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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(10) 挑発X挑発
 教育用端末の普及により、学校不要論が流行ったことがある。
 ネットワークで授業が出来るのだから、わざわざ長時間掛けて通学するのは時間の無駄だし、エネルギー資源の無駄でもある、という訳だ。
 結局、学校不要論は流行(はやり)以上のものにはならなかった。
 どれほどインターフェイスが進歩しても、仮想体験は所詮、現実ではない。実習や実験は、リアルタイムの質疑応答を伴う現実体験でなければ十分な学習効果が得られないこと、同年代が集団で学ぶことそのものに学習促進効果があること、この二点が人体実験まがいの試行錯誤により立証されたからだ。
 だが同時に、端末を用いた「家庭でも学べる」授業方法にも一定の効果があることが立証され、通信教育だけでなく、学内の授業にも活用されている。この授業形態における教師の役割は、端末を通して生徒から寄せられる質問に回答することだ。通信教育との違いは、クローズド・ネットワーク内の豊富な資料を利用できる点と、質問に対する回答者が受講人数比で多いという点、同じ科目を受講中の他の生徒の質問とそれに対する回答を閲覧できるという点だが、これだけでもかなりの違いになる。特に、レベルの高い学校ほど、その恩恵は大きい。
 個人個人で進捗が異なる端末授業は、ある意味で自由参加だ。他の生徒の邪魔をしないのが唯一のルールで、学期内にカリキュラムを消化しテストを合格できれば、出欠は問われない。受講科目も弾力的に決められる。
 とはいうものの、入学後最初の授業から欠席している生徒は、流石に見当たらなかった。
「達也、生徒会室の居心地はどうだった?」
 午前三時限、午後二時限合計五時限の授業の、四時限目と五時限目の間の休み時間に、椅子をまたいで背もたれに両手と顎を載せる例のポーズでレオが訊いて来た。
 隔意無く、単に興味津々といった様子だ。
「奇妙な話になった……」
「奇妙、って?」
 美月の肩越しに、エリカが乗り出してくる。
「風紀委員になれ、だと。
 いきなり何なんだろうな、あれは」
「確かにそりゃ、いきなりだな」
「でもすごいじゃないですか、生徒会からスカウトされるなんて」
「すごいかなぁ? 妹のオマケだよ?」
「まぁまぁ、そう自虐的にならなくても。それで、風紀委員って何をするの?」
 あずさに聞いた話をかいつまんで説明するにつれて、三人とも目が丸くなっていった。
「そりゃまた、面倒そうな仕事だな……」
「危なくないですか、それって……エリカちゃん、どうしたの?」
 エリカは不機嫌、と言うか、怒っているような顔をしていた。
「……全く勝手な人なんだから……」
 視線が微妙に外れている。虚空を睨みながら呟かれた台詞は、ここにいない誰かを詰るものか。
「エリカちゃん?」
「えっ、あっ、ゴメン。ホントにひどい話よね。達也くん、そんな危ない仕事、断っちゃえ」
 険しい表情を悪戯っぽい笑顔に変え、わざと明るい口調で、唆すように。
「えぇっ、面白そうじゃねえか! 受けろよ、達也。応援するぜ」
 冗談に紛らせようとしているのは分かったが、何を誤魔化そうとしたのか。
「でも、喧嘩の仲裁に入るってことは、攻撃魔法のとばっちりを受けるかもしれないんですよ?」
 何となく、「勝手な人」が誰を指すのか、分かる気はする。
「そうよ。きっと、逆恨みする連中だって出てくるし」
 だが、それを確かめられるような雰囲気ではなかったし、
「でもよぉ、威張りくさった一科生にしゃしゃり出られるよりは、達也の方が良いと思わねぇか?」
 ずかずかと踏み込むつもりも無かった。
「う〜ん……それは、そうかも」
「エリカちゃん、納得しないで! そんなの、喧嘩しなければいいでしょう!?」
「でも、こっちにその気が無くても、火の粉を払わなきゃならない時だってあるだろうし ……昨日みたいに」
「うっ、それは……」
「世の中には濡れ衣とか冤罪とか、いくらでもまかり通っているしね」
「いや、その二つ、同じ意味だから」
「よっ、二科生の希望の星!」
「聴いちゃいないよ……」
 それより、自分の方が外堀を埋めてしまわれそうだった。

◇◆◇◆◇◆◇

 妬み、嫉みを受けないのはありがたい。
 だが「頑張ってねぇ〜」と送り出されるのも、調子が狂うというか、逆に気が滅入ってしまう。
 達也本人は全く乗り気でないのだから、尚更だった。
 昼休み時以上に重い足を引きずって、生徒会室へ。
 雰囲気的に少し情けない構図だが、彼の屈折した心情が理解できるだけに、深雪は口をつぐんでいる。
 既にIDカードを認証システムへ登録済なので(生徒会入りが既定事実扱いされているのに抵抗はあったが、真由美と摩利に押し切られた)、そのまま中に入る。
 と、明確な敵意をはらんだ鋭い視線に迎えられた。
「失礼します」
 悲しいかな、また自慢できることではないが、この手の応対には慣れている。ポーカーフェイスを保って一礼すると、嘘のように敵意は霧散した。
 とはいっても、達也に対する敵意が解消されたのではなく、後ろに続く深雪の姿を認めただけだとすぐに分かったので、別段、安心もしないし嬉しくもなかった。
 視線の主が立ち上がり近づいてくる。
 達也とほぼ同じ身長、横幅はやや細身か。
 整ってはいるが特筆すべき程のものではない容貌と、これといって特徴の無い体つき。肉体的にはそれほど強い印象を与えないが、身の周りの空気を侵食するサイオンの輝きは、この少年の魔法力が卓越したものであることを示している。
「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、生徒会へようこそ」
 少し神経質そうな声だったが、年齢を考えれば十分に抑制が効いているといえるだろう。
 右手が小さく動いたのは、握手をしようとして思い留まったからか。
 何故止めたのかを、詮索する気にはならなかった。
 そのまま達也を完全に無視して席に戻る。背中越しにムッとした気配が伝わってきたが、一瞬で消える。何とか自制してくれたようだ。
「よっ、来たな」
「いらっしゃい、深雪さん。達也くんもご苦労様」
 既に完全な身内扱いで気軽に手を挙げて見せたのは摩利、ナチュラルに違う扱いを見せたのは真由美だが、この二人に関しては気にしても仕方がないという境地に早くも到達していた。
「早速だけど、あーちゃん、お願いね」
「……ハイ」
 こちらも既に諦めの境地なのだろう。一瞬、哀しそうに目を伏せ、ぎこちない笑顔で頷くと、あずさは深雪を壁際の端末へ誘導した。
「じゃあ、あたしらも移動しようか」
 僅か一日の間に話し方が随分変わっているような気がするが、おそらく、この蓮っ葉な方が地なのだろう。
「どちらへ?」
 達也も話し方を気にするほど上品な育ちではない。簡潔に、告げられたことについてのみ応える。
「風紀委員会本部だよ。色々見てもらいながらの方が分かりやすいだろうからね。
 この真下の部屋だ。といっても、中でつながっているんだけど」
「……変わった造りですね」
「あたしもそう思うよ」
 そう言いながら、席を立つ。が、腰を浮かせたところで制止が入った。
「渡辺先輩、待って下さい」
「何だ、服部刑部少丞範蔵はっとりぎょうぶしょうじょうはんぞう副会長」
「フルネームで呼ばないで下さい!」
 達也は思わず真由美の顔を見てしまった。
 彼の視線に、真由美は「んっ?」という感じで小首を傾げる。
 まさか「はんぞー」が本名だったとは……完全に、予想外だった。
「じゃあ服部範蔵副会長」
「服部刑部です!」
「そりゃ名前じゃなくて官職だろ。お前の家の」
「今は官位なんてありません。学校には『服部刑部』で届が受理されています!……いえ、そんなことが言いたいのではなく!」
「お前が拘っているんじゃないか」
「まあまあ摩利、はんぞーくんにも色々と譲れないものがあるんでしょう」
 その発言主、真由美に、一斉に視線が突き刺さる。
 お前が言うな、と。
 だが、彼女は全くこたえた様子がなかった。
 気づいてもいないのかもしれない。
 そして何故か、服部も、何も言わない。
 苦手としている、とは、ちょっと違う。
 服部の、摩利に対するものとは異なる感情が垣間見えて、中々に興味深い。
 ――第三者として見物している限りでは。
 しかし、観客でいられたのは、ほんの短い時間だった。
「渡辺先輩、お話ししたいのは風紀委員の補充の件です」
 顔に昇った血の気が一気に引いている。服部はコマ落としを見るように、落ち着きを取り戻していた。
「何だ?」
「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」
「おかしなことを言う。司波達也くんを生徒会選任枠で指名したのは七草会長だ。例え口頭であっても、指名の効力に変わりはない」
「本人は受諾していないと聞いています。本人が受け容れるまで、正式な指名にはなりません」
「それは達也くんの問題だな。生徒会としての意思表示は、生徒会長によって既になされている。決定権は彼にあるのであって、君にあるのではないよ」
 摩利は、達也と服部を交互に見ながら言う。
 服部は、達也を見ようとしない。あえて無視している。
 そんな二人を、鈴音は冷静に、あずさはハラハラしながら、そして真由美は感情の読めないアルカイックスマイルで見ている。
 深雪は、神妙な顔で壁際に控えている。だが、いつ妹が爆発してしまうか、達也はあずさと別の意味でハラハラしていた。
「過去、ウィードを風紀委員に任命した例はありません」
「それは禁止用語だぞ、服部副会長。風紀委員会による摘発対象だ。委員長である私の前で堂々と使用するとは、いい度胸だな」
「取り繕っても仕方がないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?
 ブルームとウィードの間の区別は、学校制度に組み込まれた、学校が認めるものです。そしてブルームとウィードには、区別を根拠付けるだけの実力差があります。
 風紀委員は、ルールに従わない生徒を実力で取り締まる役職だ。実力に劣るウィードには務まらない」
「確かに風紀委員会は実力主義だが、実力にも色々あってな。
 力づくで抑えつけるだけなら、私がいる。
 相手が十人だろうが二十人だろうが、私一人で十分対処できる。
 この学校で私と対等に戦える生徒は七草会長と十文字会頭だけだからな。
 君の理屈に従うなら、実戦能力に劣る秀才は必要ない。それとも、私と戦ってみるかい、服部副会長」
「……私のことを問題にしているのではありません。彼の適性の問題だ」
「実力にも色々ある、と言っただろう? 達也くんには、展開中の起動式を読み取り発動される魔法を予測する目と頭脳がある」
「……何ですって?」
「つまり彼には、実際に魔法が発動されなくても、どんな魔法を使おうとしたかが分かる。
 当校のルールでは、使おうとした魔法の種類、規模によって罰則が異なる。
 だが真由美がやるように、魔法式発動前の状態で起動式を破壊してしまうと、どんな魔法を使おうとしたのかが分からなかった。
 だからといって、展開の完了を待つのも本末転倒だ。起動式を展開中の段階でキャンセルできれば、その方が安全だからな。
 彼は今まで罪状が確定できずに、結果的に軽い罰で済まされてきた未遂犯に対する強力な抑止力になるんだよ」
「……しかし、実際に違反の現場で、魔法の発動を阻止できないのでは……」
「そんなものは、第一科の一年生でも同じだ。二年生でも同じ、魔法を後から起動して、相手の魔法発動を阻止できるスキルの持ち主が一体何人いるというんだ?
 それに、私が彼を委員会に欲する理由はもう一つある」
「…………」
「今まで第二科の生徒が風紀委員に任命されたことはなかった。それはつまり、第二科の生徒による魔法使用違反も、第一科の生徒が取り締まってきたということだ。
 君の言うとおり当校には、第一科生徒と第二科生徒の間に感情的な溝がある。
 第一科の生徒が第二科の生徒を取り締まり、その逆はないという構造は、この溝を深めることになっていた。
 私が指揮する委員会が、差別意識を助長するというのは、私の好むところではない」
「はぁ〜……すごいですね、摩利。そんなことまで考えていたんですか?
 私はてっきり、達也くんのことが気に入っただけかと」
「会長、お静かに」
 真由美によって空気が壊れかかったが、鈴音によって制止された。
 責めるような眼差し。
 首を横に振る。
 前者が真由美で、後者が鈴音だった。
 感情的な対立は、有耶無耶にされぬまま(・・・・・)毒素をなお、吐き出す。
「会長……私は副会長として、司波達也の風紀委員就任に反対します。
 渡辺委員長の主張に一理あることは認めますが、風紀委員の本来の任務はやはり、校則違反者の鎮圧と摘発です。
 魔法力の乏しい二科生徒に、風紀委員は務まりません。この誤った登用は必ずや、会長の体面を傷つけることになるでしょう。
 どうかご再考を」
「待ってください!」
 達也は慌てて振り返った。
 恐れていたとおり、遂に深雪が耐えられなくなったのだ。
 摩利の弁舌に引き込まれて、タイミングを計りきれなかった。
 慌てて制止しようとしたが、既に喋り始めていた深雪の方が速かった。
「僭越ですが副会長、兄は確かに魔法実技の成績が芳しくありませんが、それは実技テストの評価方法に兄の力が適合していないだけのことなのです。
 実戦ならば、兄は誰にも負けません」
 確信に満ちた言葉に、摩利が軽く目を見開いた。真由美も曖昧な笑みを消して、真面目な眼差しを深雪と、達也に向けている。
 だが深雪を見返す服部の目は、真剣味が薄かった。
「司波さん」
 服部が話しかけた相手は、言うまでもなく深雪だ。
「魔法師は事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識できなければなりません。
 身内に対する贔屓は、一般人ならばやむを得ないでしょうが、魔法師を目指す者は身贔屓に目を曇らせることのないように心掛けなさい」
 親身に教え諭す口調に、含みは感じられない。多分、彼は、同じブルームに対しては、独善的な面はあっても面倒見のいい優秀な「先輩」なのだろう。
 ――この場合、こういう言い方は逆効果になると、深雪が反論してきた時点で分かりそうなものではあるが。
「お言葉ですが、わたしは目を曇らせてなどいません! お兄様の本当のお力を以ってすれば――」
「深雪」
 冷静さを失いかけていた深雪の前に手が翳される。
「っ!」
 言葉と手振りで妹を止めて、達也は服部の正面に移動した。
「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか」
「なに……?」
 意外な申し出に言葉を失ったのは、挑まれた服部だけではなかった。
 真由美も摩利も、予想外の大胆な反撃に、呆気に取られた顔で二人を見詰めている。
 全員の視線が集まる中、服部の身体がブルブルと震え始めた。
「思い上がるなよ、補欠の分際で!」
 小さく悲鳴を上げたのは、あずさか。
 他の三人は、流石に上級生だけあって、平静を保っている。
 そして、罵倒を受けた本人は、困ったような顔で薄っすらと苦笑を浮かべている。
「何がおかしい!」
「魔法師は冷静を心掛けるべき、でしょう?」
「くっ!」
「あるがまま、の対人戦闘スキルは、戦ってみなければ分からないと思いますが。
 俺は別に、風紀委員になりたい訳じゃないんですが、妹の目が曇っていないと証明する為ならば、やむを得ないでしょうね……」
 後半は、独り言のような呟きだった。
 それが服部には余計に、挑発的に聞こえた。
「……いいだろう。身の程を弁えることの必要性を、たっぷり教えてやる」
 動揺を長引かせないのは、彼が口だけではない証拠か。抑制された口調が逆に、憤怒の深さを物語っていた。
「私は生徒会長の権限により、2−B・服部刑部と1−E・司波達也の模擬戦を、正式な試合として認めます」
「生徒会長の宣言に基づき、風紀委員長として、二人の試合が校則で認められた課外活動であると認める」
「時間はこれより三十分後、場所は第三演習室、試合は非公開とし、双方にCADの使用を認めます」
 真由美と摩利が、厳かと形容して構わない声で宣言すると、あずさが慌しく端末を叩き始めた。


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