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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(8) 勧誘
「……借りだなんて思わないからな」
 役員の姿が校舎に消えたのを見届けて、最初に手を出した、つまり達也に庇われた形になった男子生徒が、棘のある口調と視線で、達也へ向けてそう言った。
 やれやれ、という表情を浮かべて背後を見る。
 全員が彼と似たような顔をしていた。
 無用にエキサイトする友人が、少なくともこの場ではいなかったことに安堵しながら、達也は視線を戻した。
「貸してるなんて思ってないから安心しろよ。
 決め手になったのは俺の舌先じゃなくて深雪の誠意だからな」
「お兄様ときたら、言い負かすのは得意でも、説得するのは苦手なんですから」
「違いない」
 わざとらしい非難の眼差しに、苦笑で返す。
「……僕の名前は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎の本家に連なる者だ」
 兄妹の、見ようによってはほのぼのとしたやり取りに気を殺がれたのか、やや敵意の薄れた顔で、少年が名乗りを上げる。
「見抜いたとか、そんな大袈裟な話じゃないんだが。
 単に模範実技の映像資料を見たことがあっただけで」
「あっ、そういえばあたしもそれ、見たことあるかも」
「で、テメエは今の今まで思い出しもしなかった、と。やっぱ、達也とは出来が違うな」
「何を偉そうに。起動中のホウキを素手で掴もうなんてするバカに、頭の出来を云々されたかないわよ」
「あぁ!? バカとはなんだバカとは」
「あの……本当に危ないんですよ。他の魔法師用に調整された起動式は、個有情報体の拒否反応を起こしかねないんですから……」
「という訳なのよ。分かった?」
「エリカちゃんもよ? 直接手で触らなくたって、干渉を受ける可能性はあるんだから」
「大丈夫。これ、シールド済みだから」
 背後では話がそれなりに意味のある方向へ発展していたが、達也は森崎と目線を合わせたまま、動かない。
「僕はお前を認めないぞ、司波達也。司波さんは、僕たちと共にあるべきなんだ」
 返事を待たずに背を向ける。
 返事を必要としないからこそ捨て台詞なのだろうが。
「いきなりフルネームで呼び捨てかよ」
 独り言のように、但ししっかり聞こえる音量で呟く達也の隣で、深雪が困惑を浮かべている。
 自省的な性格の癖に、敵を作るのを躊躇わない自己破滅型の無鉄砲さは、兄の大きな欠点だと彼女は以前から気に病んでいた。
 もっともそれ以上に、森崎の思い込みに辟易している部分があったのだが。
「帰るか」
「はい」
 とにかく精神的に疲れた、という実感を共有していた二人は、どちらともなく頷きあって、その場を離れることにした。
 行く手を遮るように、あの女子生徒が立っていたが、今日はこれ以上関わりたくないというのが本音だ。
 深雪に目配せして、そのまま通り過ぎようとする。
 兄の意を汲んで、また明日、と挨拶をしようとした深雪だったが、それより先に、相手が口を開いた。
「光井ほのかです。さっきは失礼なことを言ってすみませんでした」
 いきなり頭を下げられて、正直なところ、達也は面食らっていた。
 先程までは控え目に言ってもエリート意識を隠しきれていなかった少女のこの態度は、豹変と言えた。
「庇ってくれて、ありがとうございました。森崎君はああ言いましたけど、大事にならなかったのはお兄さんのおかげです」
「……どういたしまして。でも、お兄さんは止めてくれ。これでも同じ一年生だ」
「分かりました。では、何とお呼びすれば……」
 思い込みが激しそうな目をしている。
 厄介なことにならなければいいが、と思いながらも、不機嫌な口調にならないよう注意しながら達也は答えた。
「達也、でいいから」
「……分かりました。
 それで、その……」
「……なんでしょうか?」
 素早いアイコンタクトの結果、深雪がほのかの前に出る。
「……駅までご一緒してもいいですか?」
 拒む理由はなかったし、拒める道理もなかった。

◇◆◇◆◇◆◇

 駅までの帰り道は、微妙な空気だった。
 メンバーは達也、美月、エリカ、レオのE組の四人と、深雪、ほのか、そして同じくA組の北山雫という女子生徒。
 達也の隣には深雪、そしてその反対側には何故か、ほのかが陣取っている。
「……じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」
「ええ。お兄様にお任せするのが、一番安心ですから」
 我が事のように得意げに、深雪がほのかに答える。
「少しアレンジしているだけなんだけどね。深雪は処理能力が高いから、CADのメンテに手が掛からない」
「それだって、デバイスのOSを理解できるだけの知識が無いと出来ませんよね」
 深雪の隣からのぞき込む様に顔を出して、美月が会話に参加してくる。
「CADの基礎システムにアクセスできるスキルもないとな。大したもんだ」
「達也くん、あたしのホウキも見てもらえない?」
 振り返りながら、レオ、エリカ。
 エリカの呼びかけが「司波くん」から「達也くん」に変わっているのは、光井さんに名前で呼ばせているんだからいいでしょ、との一方的な宣言によるもの。その代わり、あたしのこともエリカでいいから、という有難い交換条件付だ。当然、美月も同じ取引を主張して、早くも既成事実化している。
「無理。あんな特殊な形状のCADをいじる自信はないよ」
「あはっ、やっぱりすごいね、達也くんは」
「何が?」
「これがホウキだって分かっちゃうんだ」
 柄の長さに縮めた警棒を、ストラップを持ってクルクル回しながら陽気に笑う。
 ただ、その目の奥には、単純な笑み以外の光がある。
「えっ? その警棒、デバイスなの?」
「普通の反応をありがとう、美月。
 みんなが気づいていたんだったら、滑っちゃうとこだったわ」
「……何処にシステムを組み込んでるんだ? さっきの感じじゃ、全部空洞って訳じゃないんだろ?」
「ブーッ。柄以外は全部空洞よ。刻印型の術式で強度を上げてるの。硬化魔法は得意分野なんでしょ?」
「……術式を幾何学紋様化して、感応性の合金に刻み、サイオンを注入することで発動するって、アレか?
 そんなモン使ってたら、並みのサイオン量じゃ済まないぜ? よくガス欠にならねえな?
 そもそも刻印型自体、燃費が悪過ぎってんで、今じゃほとんど使われてねえ術式のはずだぜ」
「おっ、流石に得意分野。
 でも残念、もう一歩ね。
 強度が必要になるのは、振り出しと打ち込みの瞬間だけ。その刹那を捉まえてサイオンを流してやれば、そんなに消耗しないわ。
 兜割りの原理と同じよ。……って、みんなどうしたの?」
 感心と呆れ顔がブレンドされた空気の中、居心地悪そうに訊ねたエリカに、
「エリカ……兜割りって、それこそ秘伝とか奥義とかに分類される技術だと思うのだけど。
 単純にサイオン量が多いより、余程すごいわよ」
 全員を代表して、深雪が答えた。
 何気ない指摘だった。
 だがエリカの強張った顔は、彼女が本気で焦っていることを示していた。
「達也さんも深雪さんもすごいけど、エリカちゃんもすごい人だったのね……
 うちの高校って、一般人の方が珍しいのかな?」
「魔法科高校に一般人はいないと思う」
 だが、美月の天然気味な発言と、それまで押し黙っていた北山雫がボソッと漏らした的確すぎるツッコミで、色々と訳ありの空気は核心が見えぬまま霧散した。

◇◆◇◆◇◆◇

 第一高校生が利用する駅の名前はずばり「第一高校前」。
 駅から学校まではほぼ一本道だ。
 途中で同じ電車に乗り合う、ということは、電車の態様が変わったことにより無くなってしまったが、駅から学校までの通学路で友達と一緒になる、というイベントは、この学校に関して言えば頻繁に生じる。
 昨日も、今日も、そういう実例を目にした。
 しかし、いきなりこれはないだろう、と達也は思った。
「達也さん……会長さんとお知り合いだったんですか?」
「入学式の日が初対面……の、はず」
「そうは見えねえけどなぁ」
「わざわざ走ってくるくらいだもんね」
「……深雪を勧誘に来ているんじゃないか?」
「……お兄様の名前を呼んでいらっしゃいますけど」
 彼の周りには美月、エリカ、レオの、既に「いつもの」と表現しても違和感のない面々。
 昨日と同じく、そしてこれまでずっとそうしてきたとおり、深雪と二人で登校した達也を、まるで待ち構えていたかのように、駅の構内で、駅から出てすぐに、その直後に、彼女たちは次々と声を掛け合流してきた。
 そのことに関しては、別に悪いことではない。
 一日の始まりとしては、悪くない。
 だが、五人で校門までのそれ程長くない道をのんびりと歩む背後から、「達也く〜ん」と客観的に見れば割と恥ずかしいに違いない呼び声と共に、軽やかに駆けて来る小柄な人影を認めた瞬間、今日も波乱の一日になるに違いない、と達也は根拠のない確信を抱いた。
「達也くん、オハヨ〜。
 深雪さんも、おはようございます」
 深雪に比べて随分扱いがぞんざいだ、と達也は感じたが、相手は三年生で生徒会長だ。
「おはようございます、会長」
 それなりに丁寧な対応を心掛けなければならない。
 達也に続いて深雪が丁寧に一礼する。他の三人も、一応礼儀正しく挨拶を述べたが、やや引き気味なのはやむを得ないだろう。気後れする方が普通のシチュエーションだ。
「お一人ですか、会長?」
 見れば分かることをわざわざ訊ねたのは、このまま一緒に来るのか、という問いかけでもある。
「うん。朝は特に待ち合わせはしないんだよ」
 肯定は、言外の質問に対する肯定でもある。
 しかしそれにしても……馴れ馴れしい。
「深雪さんと少しお話したいこともありますし……ご一緒しても構いませんか?」
 これは深雪に向けて掛けられた言葉。
 どうやら、達也の気の所為ではないようだ。
「はい、それは構いませんが……」
「ああ、別に内緒話をする訳じゃありませんから。
 それとも、また後にしましょうか?」
 そう言って、微笑みながら目を向けたのは、一歩離れたところに固まっている三人の方。
「会長……一人だけ扱いが違うような気がするのは、俺の勘違いでしょうか?」
 滅相もない、と言葉と身振りで意思表示する三人にこぼれるような笑みで会釈した真由美に相対して、達也は憮然とした表情を隠しきれない。
「えっ? そうでしたか?」
 今更のように言葉遣いが変わったが、白を切っても、口調や表情が裏切っていた。
「お話というのは、生徒会のことでしょうか?」
 この程度のことで達也は切れたりしないが、それでもストレスを感じない訳ではない。
 深雪は急いで、話の流れを自分の方へ引き寄せた。
「ええ。一度、ゆっくりご説明したいと思いまして。
 お昼はどうされるご予定なのかしら?」
「食堂でいただくことになると思います」
「達也くんと一緒に?」
「いえ、兄とはクラスも違いますし……」
 昨日のことを思い出したのだろう。
 やや俯き加減で答えた深雪に、何やら訳知り顔で真由美は何度も頷く。
「変なことを気にする生徒が多いですものね」
 チラッと横を見る達也。
 案の定、美月がウンウンと頷いている。昨日の一件を、結構引きずっているようだ。
 しかし会長、貴女が言うと、それは問題発言なのでは? と達也は心の中で呟いた。
「じゃあ、生徒会室でお昼をご一緒しませんか? ランチボックスでよければ、自配機がありますし」
「……生徒会室にダイニングサーバーが置かれているのですか?」
 物に動じない深雪が、驚きを隠せず問い返す。
 呆れ気味でもある。
 空港の無人食堂や長距離列車の食堂車両に置かれている自動配膳機が、何故高校の生徒会室に置かれているのだろうか。
「入ってもらう前からこういうことは余り言いたくないんですけど、遅くまで仕事をすることもありますので」
 ばつ悪げに、照れ笑い。
「生徒会室なら、達也くんが一緒でも問題ありませんし」
 それが、一瞬、人の悪い、遠慮なく言えば邪悪な笑みに変わったのは、達也の見間違いだろうか。
 例え見間違いであっても、頭の痛い言い種であることに変わりはなかったが。
「……問題ならあるでしょう。副会長と揉め事なんてゴメンですよ、俺は」
 入学式の日、彼を睨みつけていたのは二年生の副会長だったはずだ。
 あの視線は、誤解しようのないものだった。
 彼が気安く生徒会室で昼食など摂っていようものなら、喧嘩を売りつけられること、ほぼ間違いなしである。
「副会長……?」
 真由美はちょこんと首を傾げ、すぐに、芝居じみた仕草でポンッと手を打った。
「はんぞーくんのことなら、気にしなくても大丈夫です」
「…………それはもしかして、服部副会長のことですか?」
「そうですよ」
 この瞬間、真由美にあだ名を付けられるような事態は絶対に避けよう、と達也は固く決心した。
「はんぞーくんは、お昼はいつも部室ですから」
 達也のそんな思いとは無関係に――当たり前だが――ニコニコと笑みを絶やさず真由美は勧誘を続ける。
「何だったら、皆さんで来ていただいてもいいんですよ。生徒会の活動を知っていただくのも、役員の務めですから」
「せっかくですけど、あたしたちはご遠慮します」
(えっ?)
 遠慮した、にしては、やけにキッパリとした返答、拒絶。
 エリカの示した意外な態度に、気まずい空気が流れる。
 だが、彼女の真意が解らない以上、それをひっくり返すことも、フォローすることも出来ない。
「そうですか」
 ただ一人、真由美の笑顔は変わらない。
 鈍い、というより、自分たちの知らない事情を弁えている……
 理由はないが、達也にはそんな風に感じられた。
「じゃあ、深雪さんたちだけでも」
 どうしましょう、と深雪が眼差しで問い掛けてくる。
 さっきまでなら断っても良かったが、エリカのとった態度を考えると、角を立てずに断ることは難しい。
「……分かりました。深雪と二人でお邪魔させていただきます」
「そうですか。では、詳しいお話はその時に。
 お待ちしてますね♪」
 何がそんなに楽しいのか、くるりと背を向けた真由美は、スキップでもしそうな足取りで立ち去った。
 同じ校舎へ向かうというのに、見送った五人の足取りは重い。
 達也の口からため息が洩れた。


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