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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(7) 衝突(トラブル)
 入学二日目にして早くも行動を共にするメンバーが固まりつつあった。
 これを迅速と表現すべきか、拙速と表現すべきか、それとも当たり前のことなのか、達也には分からない。
 ただ、アタリかハズレかでいうならば、十中八九アタリだろう、と彼は思う。
 エリカもレオも明るく前向きで、美月も内気ながら屈託のない性格に見える。
 自分が沈み込みがちな性向と自覚しているだけに、高校生活最初の友人が彼女たちだったのは運が良かった、と達也は思っている。
 しかし、十中八九は百パーセントではない。
 残り十〜二十パーセント。
 卑屈にならないのはとても良いことだが、こういうのはどうにかならないものだろうか。
「お兄様……」
「謝ったりするなよ、深雪。一厘一毛たりとも、お前の所為じゃないんだから」
「はい、しかし……止めますか?」
「……逆効果だろうなぁ」
「……そうですね。それにしても、エリカはともかく、美月があんな性格とは……予想外でした」
「……同感だ」
 一歩引いた所から見守る――あるいは、眺める――兄妹の視線の先には、一触即発で睨みあう新入生の一団がいた。その片方は深雪のクラスメイト、もう一方の構成メンバーは、言うまでもなく、美月、エリカ、レオだった。

◇◆◇◆◇◆◇

 第一幕は、昼食時の食堂だった。
 第一高校の食堂は高校の学食としてはかなり広い方になるが、新入生が勝手知らずという事情から、この時期は例年混雑する。
 しかし、授業を半分エスケープするような形で食堂に来た達也たち四人は、それほど苦労することもなく四人がけのテーブルを確保した。
 四人がけと言っても長椅子の対面式で、細身の女子生徒なら片側に三人は座れる。
 半分ほど食べ終わった頃(レオはもう食べ終えていた)、クラスメイトを引き連れた深雪が達也を見つけてやって来た。
 そこで一悶着。
 達也と一緒に食べようとする深雪。
 座れるのは彼女一人。
 深雪のクラスメイト、特に男子生徒は、当然、彼女と相席を狙っていた。
 最初は狭いとか邪魔しちゃ悪いとかそれなりにオブラートに包んだ表現だったが、深雪の執着が意外に強いと見るや、相応しくないだのけじめだの、果ては食べ終わっていたレオに席を空けろと言い出す者まで出る始末。
 達也は急いで食べ終えると、そろそろ爆発しかけていたレオに声を掛けて席を立った。
 深雪は美月たちに目で謝罪して、達也と逆方向へ歩み去った。

 第二幕は実習見学中の出来事だった。
 通称「射撃場」と呼ばれる遠隔魔法用実習室では、3年A組の実技が行われていた。
 生徒会長、七草真由美の所属するクラスだ。
 生徒会は必ずしも成績で選ばれるものではないが、今期の生徒会長は遠隔精密魔法の分野で十年に一人の英才と呼ばれ、それを裏付けるように数多くのトロフィーを第一高校にもたらしていた。
 その噂は、新入生も耳にしている。
 そして噂以上にコケティッシュだった容姿も、入学式で見ている。
 彼女の実技を見ようと、大勢の新入生が射撃場に詰め掛けたが、見学できる人数は限られている。こうなると、一科生に遠慮してしまう二科生が多い中で、達也たちは堂々と最前列に陣取ったのだった。
 当然のように、悪目立ちした。

 そして第三幕は、今まさに進行中だった。
「いい加減に諦めたらどうなんですか? 深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むことじゃないでしょう」
 つまり、深雪を待っていた達也に、深雪にくっついて来たクラスメイトが難癖を付けたというのが発端だ。ちなみにそのクラスメイトは女子。流石にそこまで度胸のある男子生徒はいなかったようだが、すでにそんな遠慮、あるいは良識はこの場から立ち去っていた。
「別に深雪さんはあなたたちを邪魔者扱いなんてしていないじゃないですか。一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか」
 理不尽な言いぐさに、意外なことに、最初に美月が切れた。
 丁寧な物腰ながら、容赦なく正論を叩きつける。
 そう、最初は正論だった、はずなのだが……
「引き裂くとか言われてもなぁ……」
「み、美月は何を勘違いしているのでしょうね?」
「……深雪……何故お前が焦る?」
「えっ? いえ、焦ってなどおりませんよ?」
「……そして何故に疑問形?」
 渦中の兄妹もいい塩梅に混乱し始めているのを横目に、思いやりに溢れた(?)友人たちはますますヒートアップしていた。
「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」
「そうよ! 司波さんには悪いけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから!」
「はん! そういうのは自活(自治活動)中にやれよ。ちゃんと時間が取ってあるだろうが」
「相談だったら予め本人の同意をとってからにしたら?
 深雪の意思を無視して相談も何もあったもんじゃないの。それがルールなの。高校生にもなって、そんなことも知らないの?」
「うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」
「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですか?」
 決して大声を張り上げていた訳ではなかったが、美月の声は、不思議と校庭に響いた。
「……あらら」
 まずいことになった、と達也は思った。
「……どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやるぞ」
 美月の台詞は、ある意味でこの学校のシステムを否定するものだ。
「ハッ、おもしれえ! 是非とも教えてもらおうじゃねぇか」
 道理は美月にある。
 それが分かっているからこそ、今のシステムに安住する者は、生徒、教師の区別なく、感情的に反発する。
 ここで明確なルール違反があったとしても、それが美月たちの側のものでなければ、見て見ぬふりをするだろう。
 たとえそれが、学内のルールに留まらずとも――
「だったら教えてやる!」
 学校内でCADの携行が認められている生徒は生徒会の役員と一部の委員のみ。
 学外における魔法の使用は、法令で細かく規制されている。
 だが、CADの所持が制限されている訳ではない。
 意味が無いからだ。
 CADは今や魔法師の必須ツールだが、魔法の行使に必要不可欠、ではない。
 CADが無くても、魔法は使える。
 故に、CADを所持している生徒は、授業開始前に事務室へ預け、下校時に返却を受ける、という手続きになっている。
 またそれ故に、下校途中である生徒がCADを持っているのは、別におかしなことではない。
「特化型デバイス!?」
 だがそれが、同じ生徒に向けられるとなれば、異常な事態、いや、非常事態だ。
 特にそれが、攻撃力の高い特化型なら尚のこと。
 見物人の悲鳴をBGMに、小型拳銃を模したCADの「銃口」がレオに突きつけられる。
 その生徒は口先だけではなかった。
 CADを抜き出す手際、照準を定めるスピード、それは明らかに魔法師同士の戦闘に慣れている者の動きだった。
 魔法は才能に負う部分が大きい。
 それは同時に、血筋に依存するところ大であるということ。
 優秀な成績でこの学校に入学した生徒であれば、入学したばかりであっても、親の、家業の、親戚の手伝いといった形で実戦経験のある者も決して少なくはない。
「お兄様!」
 深雪の言葉が終わらぬ内に、達也は右手を突き出していた。
 手を伸ばしても届かぬ距離。
 それは思考の埒外に生じた反射的な所作なのか。
 それが何であったにせよ、この場では、何の結果も生まなかった。
 何故ならば――
「ヒッ!」
 悲鳴を上げたのは、銃口を突きつけていた少年の方。
 CADは、彼の手から弾きとばされていた。
 そしてその眼前では、伸縮警棒を振り抜いた姿勢でエリカが笑みを浮かべていた。
「この間合いなら身体を動かした方が速いのよね」
「それは同感だがテメエ今、俺の手ごとブッ叩くつもりだっただろ」
 残心を解いて得意げに説くエリカに答えたのは、CADを掴みかけた手を危ういタイミングで引いたレオだった。
「あ〜らそんなことしないわよぉ」
「わざとらしく笑ってごまかすんじゃねぇ!」
 警棒を持つ手の甲を口元に当てて「オホホホホ」などと、ごまかす気があるのかどうかも定かでないごまかし笑いを振りまくエリカに、レオの堪忍袋は結構ギリギリだった。
「本当よ。かわせるか、かわせないかくらい、身のこなしを見てれば分かるわ。
 アンタってバカそうに見えるけど、腕の方は確かそうだもの」
「……バカにしてるだろ? テメエ、俺のこと頭からバカにしてるだろ?」
「だからバカそうに見える、って言ってるじゃない」
 今や目の前の「敵」を忘れて、差し向かいでギャアギャアと漫才を繰り広げている二人に、誰もが呆気にとられていたが、いち早く我を取り戻したのは彼らと向かい合っていた深雪のクラスメイトの方だった。
 特化型デバイスを叩き落とされた生徒の背後で、女子生徒が腕輪形状の汎用型CADへ指を走らせた。
 組み込まれたシステムが作動し、起動式の展開が始まる。
 式の展開が完了後、展開された起動式を無意識領域内にある魔法演算領域に読み込み、座標、出力、持続時間等の変数に目的とする数値を入力、起動式に記述された手順のとおりにサイオン情報体(魔法式、術式ともいう)を組み立てる。
 起動式とは魔法の設計図であり、魔法を構築するためのプログラムだ。
 人の内部世界である演算領域内で組み立てられたサイオン情報体を、無意識領域の最上層にして意識領域の最下層たる「ルート」に転送、意識と無意識の狭間に存在する「ゲート」から、外部世界へ投射することにより、魔法式が投射対象の情報体――これを現代魔法学では、ギリシャ哲学の用語を流用して「エイドス」と呼んでいる――に干渉し、対象の情報が一時的に書き換わる。
 現象には情報が伴う。
 情報が書き換われば、現象が書き換わる。
 サイオン情報体に記述された現象が、現実世界に顕現する。
 これがCADを用いた魔法のシステムだ。
 サイオン情報体を構築する速さが魔法の処理能力であり、構築できる情報体の規模が魔法のキャパシティであり、魔法式がエイドスを書き換える強さが干渉力、この三つを総合して魔法力と呼ばれる。
 一方、起動式を展開するスピード、展開できる情報量はCADのハードとしての性能、どれだけ精妙で有効な起動式を展開できるかはCADに組み込まれたソフトの性能に依存する。
 性能の劣ったCADでも、起動式を簡略化して魔法演算領域内の処理を増やすことで発動速度を上げることはできるが、それは上級者の場合であり、一般的には、CADの処理能力が魔法発動速度の一次的な制約条件となる。
 起動式も一種のサイオン情報体だ。
 使用者から注入されたサイオン粒子を、信号化して使用者に返す。
 大まかに言えば、これがCADのシステム。
 特化型が銃の形をしていることが多いのは、起動式展開の時点で座標情報を埋め込み、使用者の演算負担を軽減する為で、銃口からサイオン波が放出されている訳ではない。
 魔法師からCADへ、そしてCADから魔法師へ。
 このサイオンの流れを妨害されると、CADを用いた魔法は機能しなくなる。
 例えばサイオン粒子を、展開中あるいは読み込み中の起動式に撃ち込むことで、起動式を形成するサイオンのパターンを攪乱されると、効力のある魔法式が構築されず、魔法は未発のまま霧散する。
 今のように。
「止めなさい! 自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」
 女子生徒のCADが展開中だった起動式が、サイオン粒子塊の弾丸によって砕け散っていた。
 サイオンそのものを弾丸として放出する、魔法としては最も単純な術式ながら、起動式のみを破壊し術者本人には何のダメージも与えない精緻な照準と出力制御は、射手の並々ならぬ技量を示している。
 声の主の姿を認めて、エリカたちを攻撃しようとしていた女子生徒は、魔法によるもの以外の衝撃で蒼白となった。
 警告を発し、サイオン弾で魔法の発動を阻止したのは、生徒会長・七草真由美だった。
 常に――達也が目にしている限りにおいて――にこやかだった顔は、こんな時であっても、それほど厳しさを感じさせない。
 だが魔法を行使する者の目には瞭然たる、並みの魔法師を大きく上回る規模の、活性化したサイオン光がその小柄な体をハーローのように包み、一種の冒しがたい威厳を彼女に与えていた。
「あなたたち、1−Aと1−Eの生徒ね。
 事情を聞きます。ついて来なさい」
 冷たい、と評されても仕方のない、硬質な声で命じたのは、真由美の隣に立った女子生徒。入学式の生徒会紹介によれば、彼女は風紀委員長、渡辺摩利という名の三年生だ。
 彼女のCADは既に起動式の展開を完了している。
 ここで抵抗の素振りでも見せれば、即座に実力が行使されることは想像に難くない。
 レオも、美月も、深雪のクラスメイトも、言葉無く、硬直している。
 反抗心から動かないのではなく、雰囲気に呑まれて動けなくなった同級生を横にして、達也は深雪を従え、摩利の前に歩み出た。
「すみません、悪ふざけが過ぎました」
 摩利の視野において、達也たちは当事者に見えていなかったようだ。
「悪ふざけ?」
 突然出てきた一年生に、いぶかしげな視線を向けて、問い返す。
「はい。
 森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学の為に見せてもらうだけのつもりだったんですが、あんまり真に迫っていたもので、思わず手が出てしまいました」
 レオにCADを突きつけた男子生徒が、目を丸くして驚いている。
 他の一年生も今までとは別の意味で絶句する中、摩利は、エリカが手にする警棒と、地面に転がった拳銃形態のデバイスを一瞥し、冷笑を浮かべた。
「ではあちらの女子が攻性魔法を起動していたのはどうしてだ?」
「驚いたんでしょう。条件反射で魔法を起動できるとは、流石は一科生ですね」
 真面目くさった表情で答えていたが、その声は何処となく、白々しかった。
「きみの友人は、魔法によって攻撃されそうになっていた訳だが、それでも悪ふざけだと主張するのかね?」
「攻撃といっても、彼女が編成しようとしていたのは目くらましの閃光魔法ですから。それも、失明したり視力障害を起こしたりする程のレベルではありませんでしたし」
 再び、息を呑む気配。
 冷笑が、感嘆に変わる。
「ほう?……どうやら君は、起動式が読めるらしいな」
 起動式は、魔法式を構築するための膨大なデータの塊だ。
 魔法師は、魔法式がどのような効果を持つものであるかについては、直感的に理解することが出来る。
 魔法式がエイドスに干渉する過程で、改変されまいとするエイドス側からの反作用により、魔法式がどのような改変を行おうとしているのかを読み取ることが出来る。
 だが単なるデータの塊に過ぎない起動式は、その情報量の膨大さ故に、それを展開している魔法師自身にも、無意識領域内で半自動的に処理することが出来るのみ。
 起動式を読む、ということは、画像データを記述する文字の羅列から、その画像を頭の中で再現するようなものだ。
 意識して(・・・・)理解することなど、普通は出来ない(・・・・・・・)
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
 だが達也は事も無げに、その非常識な技能を、「分析」の一言で片付ける。
「……誤魔化すのも得意なようだ」
 値踏みするような、睨みつけるような、その中間の眼差し。
 ただ一人、矢面に立っていた兄を庇う様に、深雪が進み出る。
「兄の申したとおり、本当に、ちょっとした行き違いだったんです。
 先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
 こちらは微塵の小細工もなく、真正面から深々と頭を下げられて、毒気を抜かれた表情で摩利は目を逸らした。
「摩利、もういいじゃないですか。
 達也くん、本当にただの見学だったんですね?」
 いつの間にか名前で呼ばれているよ、と達也は思ったが、せっかく差し向けられた真由美の助け舟を無碍にはできない。
 今までどおり、真面目くさった表情で頷くと、真由美は何となく、得意げに見える――まるで「貸し一つ」とでも言いたげな――笑顔を浮かべた。
「生徒同士で教え合うことが禁止されている訳ではありませんが、魔法の行使には、起動するだけでも細かな制限があります。
 このことは一学期の内に授業で教わる内容です。
 魔法の発動を伴う自習活動は、それまで控えた方がいいでしょうね」
「……会長がこう仰られていることでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことの無いように」
 慌てて姿勢を正し、呉越同舟ながら一斉に頭を下げる一同に見向きもせず、摩利は踵を返した。
 が、一歩踏み出したところで足を止め、背中を向けたまま問いかけを発した。
「君の名前は?」
 首だけで振り向いた切れ長の目は、その端に達也の姿を映している。
「1−E、司波達也です」
「覚えておこう」
 反射的に「結構です」と答えそうになった口をつぐんで、達也はため息を呑み込んだ。


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