ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(6) 名家の雑草
 工房、工作室という語感に反して、工学実習室は小規模な工場といった趣の建物だった。
「工房と言うより実験棟だな、これは……」
「すごいですね……」
 思わず呟いた達也の隣では、美月が目を丸くして辺りをキョロキョロ見回していた。
 レオとエリカもさっきまでの反目を忘れて、仲良く絶句している。
 四人の反応も無理のないものだった。
 これだけの規模と設備の整った魔法工学の実験施設は、大学にも、そうはない。
 最先鋭の国策教育機関の面目躍如といったところか。
「思ったより見学者が少ないな」
 見学用の通路に上がり、施設の充実振りに比して見に来ている一年生が予想外に少ないことが分かった。
 出遅れたこともあり、もしかしたら定員オーバーで入れないかもしれないと思っていた達也が、何気なく口にした疑問に、レオが皮肉っぽい口調で応えた。
「あいつらの所為じゃねえか?」
 顎をしゃくった先には、教師に率いられた新入生の小集団。
「へぇ……ブルームには先生がつくんだ」
 エリカの声には皮肉やひがみの色はない。その代わり、大袈裟だなぁ、と感じているのを隠そうともしていない。
「聞こえるわよ」
「大丈夫よ。プラズマ加工機の音も聞こえないくらい遮音性が高いんだから、授業の邪魔にはならないって」
「そうじゃなくって!」
 小声でたしなめる美月の顔を、本当に分かっていないかのようなキョトンとした表情で見返すエリカ。
 それが演技かどうか、達也には判らない。
 だが、他に、分かることもある。
「全員に引率がつくという訳でもないだろう。それにしては人数が少ない。
 第一科は魔法師志望が多いらしいからな。魔工師志望の一科生は大事にされるんじゃないか」
「フ〜ン……」
 達也の推論に納得したのか、興味を無くした表情で目線を外し、実験機器の見学に戻る。自動で動いている鍛造用ハンマーに見入っているレオとは対照的に、右を見て左を見て、右に動いて左に走ってと、アクティブに――良く言えば――工房を見て回っていたエリカは、知り合いを見つけたのか、急に、高く、右手を上げた。
「おーい、ミキ〜!」
「エリカちゃん!」
 流石に今の行動は顰蹙モノだと自覚したのか、小さく首をすくめたエリカは、自分が手を振った方へ小走りに駆け寄った。
 足音が全くしないことに感心しながら、達也は後を追いかける。
 一拍遅れで美月がついてきたのは、まあ、当然としても、レオまで追いかけてきたのは、さて、どういうことだろうか。
 しかし、それを考えるのはまた別の機会だ。
「こら、ミキ。何で無視するのよ」
 達也がエリカを追いかけて来たのは、彼女が何やらトラブルを起こしかけているように見えたからだ。
(やはり「彼」だよな?)
 ミキ、という語感に反して、エリカが話し掛けている相手は男子生徒だった。それも、オリエンテーションのときに一人、先に退室したあの生徒だ。
「フ〜ン、ミキってば、久し振りに会った昔馴染みにそういう態度を取るわけ。
 それならあたしにも……」
 彼が駆けつけるまで、二言、三言しか言葉を交わす、あるいは掛ける時間は無かったはずなのに、いつの間にか脅迫じみた台詞になってしまっている。
 もしかして彼女は、根っからのトラブルメーカー気質なのだろうか。
 達也がそんなことを思い浮かべた、その時。
「何度も言っただろう! ミキなんて女みたいな名前で呼ぶな!」
 相手の男子生徒の、忍耐が切れた。
「僕の名前は幹比古だ!」
「知ってるわよ。だからミキって呼んでるんじゃない」
「何が『だから』なんだよ!」
「ミキヒコだから、縮めてミキ」
 そんなことも分からないの、という字幕が、エリカの傍らにありありと見えた。
「それとも、ヒコの方が良かった?」
「何でそうなる! 人の名前を勝手に縮めるな!」
「ミキヒコと呼べ、って?
 ウ〜ン……ミキヒコミキヒコミキヒコ……やっぱ、言い難いからヤダ」
 理不尽だ、と感じたのは、一人ではあるまい。
「それに、何だか恥ずかしくない?」
「何処がだよ!?」
「ミキヒコクン……」
 突如、甘い声音で囁かれて、その男子生徒は目に見えて動揺した。
「……誰よ、アレ?」
 そう呼ばれた本人だけでなく、レオまで動揺していた。
「どう?」
 ニンマリと笑うエリカから、微妙に目を逸らしながらも、男子生徒は強気な態度を崩さなかった。
「だ、だったら」
「あっ、噛んだ……」
 ぼそり、と美月が呟いた。
 実は結構容赦のない性格なのかもしれない。
 幸い、美月の声が耳に入るほど、本人には余裕が無かったようだが。
「苗字で呼べばいいだろ!」
「えっ? だって、ミキって苗字で呼ばれるの嫌がってたじゃない」
(マズイ!)
 男子生徒の雰囲気が変わった。
 顔は赤いまま、頭に血が上り、落ち着きは失せている。
 しかし今までの怒気には、羞恥心が根底にあった。
 だがそこに、憎悪に似た暗い情念が混じり込んだように、達也は感じた。
 止めさせなければならない。
 何か、別の話題を――
「じゃあよ、ミッキーってのはどうだ?」
 達也が切り出すより早く、二人の会話に割り込んだのはレオだった。
「これなら男の名前だぜ」
「…………」
「ミッキーねえ……まあ、いいかな」
「何でそんなに偉そうなんだよ……」
「気のせいよ」
「百パーセント! 客観的な! 事実だろうが!」
「やーねぇ、思い込みの激しいお子ちゃまは」
「てめえこのあまいいかげんにしやがれしまいにはおかすぞこら」
 矛先(?)がレオへと向いたことで、平常心を取り戻したようだ。
 息の合った漫才(?)を冷めた目で眺めていた男子生徒は、一言も残さず、背中を向けて立ち去った。
「……俺たちも行こうか」
 尚も掛け合いを続ける二人の間に割って入り、達也が退出を促す。
 美月はすぐさま頷いたが、レオとエリカは不満そうだ。
「もう行くのか?」
「まだ時間は残ってるよ?」
 達也は無言で通路の反対側へ目を向けた。
 二人もつられて振り返る。
 そこでは、ブルームを引率している教師が、苦い顔でこちらを睨んでいた。
 首をすくめたエリカとレオは、こそこそと達也の後に続いた。

◇◆◇◆◇◆◇

「やれやれ、バカ女の所為で追い出されちまったぜ」
 食堂へ向かう並木道。
「調子に乗りすぎてたみたい。一応授業中なんだから、あんなに騒いじゃダメだよね。反省」
 まだ授業時間は残っているが、別の実習を見学するには中途半端な時間だったので、四人は早目のランチに決めたのだった。
「わ、分かりゃいいんだよ」
「迷惑掛けてゴメンね、司波くん」
「達也だけかよ!?」
「美月も、ゴメン」
「……ううん、気にしなくていいよ」
「…………」
「……何見てるの? 視姦も犯罪なのよ? 知らないの?」
「うがーっ」
 いいように遊ばれているレオを、まっ、楽しそうだからいいか、と放置して、達也は躊躇いながら先の一幕について訊ねようとした。
「エリカちゃん……さっきの人、知り合い?」
 が、美月に先を越された。
「うん、いわゆる、幼馴染み」
 あっけらかんとした口調で答えるエリカ。今日は良く機先を制せられる日だ、と思いつつ、今回は気まずい思いをせずにすんで寧ろ有難かったので、達也はこのまま聞き役に回ることにした。
「フルネームは吉田幹比古。
 家同士に昔から交流があってね。
 中学は別だったんだけど、小学校に上がる前からの付き合いよ。
 と言っても、そんなに仲良くは無かったんだけどね。アイツ、人間嫌いというか、他人が苦手だから」
「それにしては……随分、気が置けない間柄に見えたけど……」
「それはあたしが強引に行ってるからよ。
 そうじゃなきゃアイツ、口も利かないんだから」
「強引なのは地だろ」
「だまれ」
 パコン、と中々良い音がした。
 笑顔のまま、目にも留まらぬスピードで振り下ろされたエリカの右手には、いつの間にか丸めたノート。
 頭を抑えて座り込むレオを置き去りにして、女性陣はさっさと進んでいる。
「ドツキ漫才か?」
「んな訳ねーだろっ!」
 ガァッ、と吼えて立ち上がったレオに肩をすくめて、達也は二人を追いかけた。
「じゃあ、三年ぶりの再会ってこと?」
「ううん、学校は別だったけど、親の付き合いもあるし、全く会わなくなった訳じゃないから。
 それでも一年ぶりくらいかな……しばらく見ないうちに、ますます取っ付き難くなっちゃって」
「エリカちゃん?」
「分かる気もするんだけどね……アイツさ、喚起魔法なら跡取りであるお兄さん以上って言われてた、世間的に言う天才児だったのよ。
 でも、去年の儀式中、事故に遭ってね……ホントなら、あたしと違って、ブルームとして入学しているはずだったんだけど」
(喚起魔法? 儀式?)
 いくつかの単語が頭の中で組み合わさって、達也はつい、口を挟んでしまった。
「吉田って、あの、神霊魔法の吉田家か?」
「……司波くんって、ホント、鋭いし、何でも知ってるよね」
「うっ……ごめん」
 気づかなくてもいいのに、と目で非難され、抗いようも無く、頭を下げる。
「神霊魔法って、SB(Spiritual Being)を使役する系統外魔法のことだよな?」
「吉田家といえば、SB魔法の分野では日本屈指の名門でしたよね」
 だが、空気を読めなかったのは、達也だけではなかったようだ。
「いいわよ、もう……その分じゃ他にも気づいたみたいだけど、そっちは言わないでね?
 隠してる訳じゃないんだけど、打ち明けるときは自分の口で言いたいから」
「じゃあ……いや、了解」
「何のこと?」
「ヒ・ミ・ツ」
「うわっ、似合ってねえ」
「だまりなさい」
 再び蹲る羽目になったレオの横を通り過ぎながら、美月をあしらうエリカの背中を見ながら、達也は飲み込んだ言葉を頭の中で繰り返した。
(彼女は、やはりあの「千葉」なのか?)
 剣の魔法師、千葉家。
 軍や警察の制服組、特にその第一線を務める実働部門に大きな影響力を有する、対人戦闘魔法の名家。
 現代魔法の名門、「百家」の一つ。
 しかしそれにしては、随分と普通な(・・・)女の子だ。
 魔法の腕は、まだ見たことがないから分からない。
 だがエリカのざっくばらんな性格と、伝え聞くかの一族の偏執的な武への拘りは、まるで結び付かない。
 もしエリカがあの千葉家の出身だとすれば、彼らに対する認識を改めなければならないのだろう。
 百聞は一見にしかず、か。
(……いや……)
 そこまで考えて、達也は思い直した。
 何を以て自分は「普通」と判断しているのか。
 何が普通であり何が普通でないのかなど、この(・・)自分に決められるはずがないではないか……


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。