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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(5) クラスメイト
 1年E組の教室は、雑然とした雰囲気に包まれていた。
 多分、他の教室も似たようなものだろう。
 昨日の内に顔合わせを済ませた生徒も多いようで、既に教室のそこかしこで雑談の小集団が形成されていた。
 とりあえず親しく挨拶する相手もいないことだし、まず自分の端末を探そうと、机に刻印された番号へ目をやっていた達也は、思いがけず名前を呼ばれて顔を上げた。
「オハヨ〜」
「おはようございます」
 声の主は相変わらず陽気な活力に満ちたエリカだった。その隣では、美月が控えめながら打ち解けた笑みを向けて来ている。
 すっかり仲が良くなったようで、エリカは美月の机に浅く腰掛けるような格好でもたれ掛かって手を振っている。多分、彼を見つけるまでは二人でお喋りしていたのだろう。
 達也は片手を上げて挨拶を返すと、二人の方へ足を進めた。
 シバとシバタ、偶然というより五十音順という要因が働いたのだろうが、達也の席は、美月の隣だった。
「また隣だが、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「何だか仲間はずれ?」
「千葉を仲間はずれにするのはとても難しそうだ」
「……どういう意味かな」
「社交性に富んでいるって意味だよ」
「……司波くんって、実は性格悪いでしょ」
 こらえ切れずに美月が笑いをこぼしているのを横目に、達也は端末にIDカードをセットし、インフォメーションのチェックを始めた。
 履修規則、風紀規則、施設の利用規則から、入学に伴うイベント、自治活動の案内、一学期のカリキュラムまで、高速でスクロールしながら頭に叩き込み、受講登録を一気に打ち込んで一息入れる為に顔を上げると、前の席から目を丸くして手元を覗き込んでいる男子生徒と視線が合った。
「……別に見られても困りはしないが」
「あっ? ああ、すまん。
 珍しいもんで、つい見入っちまった」
「珍しいか?」
「珍しいと思うぜ? 今時キーボードオンリーで入力するヤツなんて、見るのは初めてだ」
「慣れればこっちの方が速いんだがな。視線ポインタも脳波アシストも、いまいち正確性に欠ける」
「それよ。すげースピードだよな。それで十分食ってけるんじゃないか?」
「……アルバイトが精々だろう」
「そぉかぁ……?
 おっと、自己紹介がまだだったな。
 西城レオンハルトだ。親父がハーフ、お袋がクォーターな所為で、外見は純日本風だが名前は洋風、得意な術式は収束系の硬化魔法だ。
 レオでいいぜ」
「司波達也だ。俺のことも達也でいいぞ」
「OK、達也。
 それで、得意魔法は何よ?」
「実技は苦手でな、魔工技師を目指している」
「なーる……頭良さそうだもんな、お前」
「え、なになに? 司波くん、魔工師志望なの?」
 魔工技師、あるいは魔工師は、魔法工学技師の略称で、魔法を補助・増幅・強化する機器を製造・開発・調整する技術者を指す。今や魔法師の必須ツールであるCADも、魔工技師による調整抜きでは埃をかぶった魔法書以下だ。
 社会的な評価は魔法師より一段落ちるが、業界内では並みの魔法師より需要が高い。一流の魔工師の収入は、一流の魔法師を凌ぐほどだ。
 そういう訳だから、実技が苦手な魔法科生が魔工師を目指すのは珍しいことではないのだが……
「達也、コイツ、誰?」
 まるでスクープを耳にしたようにハイテンションで首を突っ込んできたエリカを、やや引き気味に指差してレオは訊ねた。
「うわっ、いきなりコイツ呼ばわり? しかも指差し? 失礼なヤツ、失礼なヤツ!、失礼なヤツ!! モテない男はこれだから」
「なっ!? 失礼なのはテメーだろうがよ! 少しくらいツラが良いからって、調子こいてんじゃねーぞ!」
「ルックスは大事なのよ? だらしなさとワイルドを取り違えているむさ男には分からないかもしれないけど♪
 それにな〜に、その時代を一世紀間違えたみたいなスラングは。今時そんなの流行らないわよ〜」
「なっ、なっ、なっ……」
 取り澄ました嘲笑を浮かべて斜に見下ろすエリカと、絶句が今にも唸り声へと移行しそうなレオ。
「……エリカちゃん、もう止めて。少し言い過ぎよ」
「レオも、もう止めとけ。今のはお互い様だし、口じゃ敵わないと思うぞ」
 一触即発の空気に、達也と美月がそれぞれ仲裁に入る。
「…………美月がそう言うなら」
「…………分かったぜ」
 お互い、顔は背けながら目は逸らさない。
 同じような気の強さ、似たような負けず嫌いに、実はこの二人、気が合うのかも知れんな、と達也は思った。

 予鈴が鳴り、思い思いの場所に散らばっていた生徒たちが自分の席に戻る。
 この辺りのシステムは、前世紀から変わっていないが、そこから先は趣が違う。
 電源の入っていなかった端末が自動的に立ち上がり、既に起動していた端末には新しいウィンドウが開く。同時に、教室前面のスクリーンにメッセージが映し出される。
[――五分後にオリエンテーションを始めますので、自席で待機して下さい。IDカードを端末にセットしていない生徒は、速やかにセットして下さい――]
 達也にとっては全く意味のないメッセージだった。既に選択授業の登録まで終えてしまった達也には、過剰な視覚効果が盛り込まれたオンラインガイダンスなど退屈なだけの代物だ。一気にスキップして学内資料でも検索していようか、等と考えていたところで、予想外の事態が起こった。
 本鈴と共に、前側のドアが開いたのだ。
 遅刻した生徒ではない。制服ではなく、スーツを着た若い女性だ。
 意外感に打たれたのは達也だけではなかったようで、教室に戸惑いが充満する。
 誰が見ても、と言うほどではないにしろ、それなりに美人、そしてそれ以上に愛嬌の感じられるその女性は、せり上がってきた教卓の前に立つと、小脇に抱えていた大型携帯端末を卓上に置いて教室を見回した。
「はい、欠席者はいないようですね。
 それでは皆さん、入学、おめでとうございます」
 つられてお辞儀を返している生徒が何人もいた――現に、知り合ったばかりの前の席の男子生徒は「あっ、どうも」なんて素で答えながら頭を下げている――が、達也はその女性の妙な振る舞いに首を捻るだけだった。
 まず、出席を確認するのに、肉眼で見回す必要はない。着席状況は端末にセットされたIDカードにより、リアルタイムでモニターされている。
 学校関係者があんなサイズの端末を持ち歩く必要もない。学内にはあちらこちらにコンソールが収納されている。現に今、床からせり上がって来た教卓にも、モニター付のコンソールが内蔵されているはずだ。
 それに、そもそも、彼女は何なのだろうか? この学校で、担任教師などという時代遅れのシステムを採用しているという情報は、入学案内にはなかったはずだが――
「はじめまして。私はこの学校で総合カウンセラーを務めている小野遥です。皆さんの相談相手となり、適切な専門分野のカウンセラーが必要な場合はそれを紹介するのが私たち総合カウンセラーの役目になります」
(……そういえば、いたな、そういうのが……)
 悩み事を誰かに相談する、というアイデアがすっぽり欠如している達也は適当に読み飛ばしていたが、カウンセリング体制が充実しているというのもこの学校のセールスポイントだった。
「総合カウンセラーは合計十六名在任しています。男女各一名でペアになり、各学年一クラスを担当します。
 このクラスは私と柳沢先生が担当します」
 そこで言葉を切って、教卓のコンソールを操作すると、三十代半ばに見える男性の上半身が、教室前のスクリーンと各机のディスプレイに映し出された。
『はじめまして、カウンセラーの柳沢です。小野先生と共に、君たちの担当をさせて頂くことになりました。どうかよろしく』
「カウンセリングはこのように端末を通してもできますし、直接相談に来ていただいても構いません。通信には量子暗号を使用し、カウンセリング結果はスタンドアロンのデータバンクに保管されますので、皆さんのプライバシーが漏洩することはありません」
 そう言いながら、達也が大型携帯端末と勘違いしていたブック型データバンクを持ち上げて見せる。
「本校は皆さんが充実した学生生活を送ることができるよう、全力でサポートします。
 ……という訳で、皆さん、よろしくお願いしますね」
 それまでの生真面目な口調が、一転して砕けた、柔らかなものになる。
 教室内に、脱力した空気が漂った。
 緊張と弛緩、自分の容姿まで計算に入れた中々見事なエモーションコントロールだ。
 若さに――大学出たてのような外見に似合わぬ、場数を感じさせる。
 一対一でこれをやられたら、喋るつもりのないことまで喋ってしまうかも知れない。
 カウンセラーにとって重要な資質なのだろうが、女スパイとしても十分やっていけそうだ。
 油断ならない人だ、と達也は思った。
「これから皆さんの端末に本校のカリキュラムと施設に関するガイダンスを流します。その後、選択科目の履修登録を行って、オリエンテーションは終了です。分からないことがあれば、コールボタンを押して下さい。カリキュラム案内、施設案内を確認済みの人は、ガイダンスをスキップして履修登録に進んでもらっても構いませんよ」
 教卓のモニターに目を落とした遥は、あらっ?、という表情を見せた。
「……既に履修登録を終了した人は、退室しても構いません。但し、ガイダンス開始後の退室は認められませんので、希望者は今の内に退室して下さい。その際、IDカードを忘れないで下さいね」
 その言葉を待っていたかのように、ガタッ、と椅子が鳴った。
 達也、ではなかった。
 立ち上がったのは、窓側前列、少し離れた席の、神経質そうな顔立ちの細身の少年だった。
 教卓に向かってその場で一礼し、教室の後ろに回って廊下へ出て行く。
 顔を上げ、左右から窺い見られる視線を全く顧みず、傲然たる態で教室を出て行く姿が強がっているように見えて、少し興味を引かれたが、それも一瞬のこと。
 手元に目を戻し、さて、何を調べようか、とキーボード上で手を止めた達也は、ふと、視線を感じて顔を上げた。
 教卓の向こう側から、遥が彼を見ていた。
 視線が合っても彼女は目を逸らそうとせず、達也に向かってニッコリ微笑んだ。

◇◆◇◆◇◆◇

(何だったんだろうな、あれは……)
 あの後も気づいてみれば、彼女が笑い掛けて来ていた。ずっと、という訳ではなく、他の生徒に不審を抱かれない程度に短く、控え目に、だが、それが余計に秘密めかした雰囲気を醸し出していた。
 初対面だとは、断言できる。
 明らかに愛想笑いを超えた頻度だったので、達也は自分の記憶をひっくり返してみたのだ。
 おかげで、暇つぶしにはなったが……
(リラックスさせようとしていた……わけではないよな? あれじゃかえって落ち着きを奪うようなもんだし……
 まさか教室で、教職ではないにしろ学校関係者が、生徒をナンパしようとしていた訳でもないだろうし……)
 考えられる線としては、出て行った生徒と同じように登録を終えていたにも拘らず、席に残った達也に興味を抱いた、ということだろう。しかし、それにしては随分親しげ――良く言えば――だったような気がする。
「達也、昼までどうする?」
 一人で頭を捻っていたところに、前の席から声を掛けられた。
 まるでそれがお決まりのポーズであるかのように、椅子をまたぎ背もたれに両腕を重ねその上に顎を載せる、さっきと全く同じ体勢でレオが達也へと顔を向けていた。
 教室で食事をする、という習慣は、今の中学・高校にはない。耐水・耐塵性が向上したとはいえ、情報端末は精密機器だ。うっかり汁物でもこぼそうものなら、結構悲惨な羽目に陥らないとも限らない。
 食堂へ行くか、中庭とか屋上とか部室とか、何処か適当な場所を見つけるか。
 そして食堂が開くまで、まだ一時間以上ある。
「ここで資料の目録を眺めているつもりだったんだが……OK、付き合うよ」
 実に分かり易いレオの表情に、達也は苦笑して頷いた。
「それで、何を見に行くんだ?」
 本格的な魔法科教育は高校課程からであり、魔法科高校中、最難関校に数えられているとはいえ、普通中学からの進学生も多い。専門課程には、そんな生徒たちが見たこともないような授業もある。
 魔法課程に馴染みの薄い新入生の戸惑いを少しでも緩和する為に、実際に行われている授業を見学する時間が今日・明日と設けられていた。
「工房に行ってみねえ?」
「闘技場じゃないのか?」
 意表をつかれて問い返すと、レオはニンマリ笑った。
「やっぱ、そういう風に見えるのかね。
 まあ、間違いじゃねえけどよ」
 この学校に合格したのだから知的能力の水準が低いはずはないのだが、どうもこの少年は活気が溢れているというかアウトドア派というか、有態に言ってヤンチャな雰囲気がある。工房で精密機械をいじっているよりは、闘技場で暴れている方が似合っている、と感じてしまうのは、達也ばかりではないだろう。
「硬化魔法は武器術との組み合わせで最大の効果を発揮するもんだからな。
 自分で使う武器の手入れくらい、自分で出来るようになっときたいんだよ」
「なるほど……」
 レオの希望進路は警察官、それも機動隊員だという。希望通りとなれば、警棒や楯、手斧、山刀のようなシンプルな武器を使う機会も多い。それらは硬化魔法と相性の良い道具であり、また硬化魔法は素材の性質を熟知しているかどうかで効き目が随分違ってくる。
 見た目より遥かに、自分の適性、自分の進路についてしっかりした考え方を持っているようだ。
「工作室の見学でしたら一緒に行きませんか?」
「柴田も工房の?」
「ええ……私も魔工師志望ですから」
「あっ、分かる気がする」
「オメーはどう見ても肉体労働派だろ。闘技場へ行けよ」
「あんたに言われたくないわよこの野性動物」
「なんだとこら。息継ぎも無しで断言しやがったな!?」
「二人とも止めろよ……会ったその日だぞ?」
 溜め息混じりに達也が仲裁に入ったが、そう簡単には止まらない。
「へっ、きっと前世からの仇敵同士なんだろうさ」
「あんたが畑を荒らす熊かなんかで、あたしがそれを退治するために雇われたハンターだったのね」
「さあ、行きましょう! 時間が無くなっちゃいますよ」
 埒が開かないと見た美月は強引に軌道修正を図った。
「そうだな! 早くしないと、教室に残ってるのも俺たちだけになっちまう」
 すかさず、達也が便乗する。早口でまくし立てる二人に遮られ、レオとエリカは不機嫌そうな眼差しで睨み合って、すぐに、互いに、そっぽを向いた。


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