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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第六章・魔人暗闘編
6-(10) 拒絶の理由
 青山の高架駅から地上第一層の歩道に降りた途端、達也はねっとりと絡み付く監視の目を感知した。
 四葉が話をつけたのはUSNA軍の方で、七草の影響下にある情報部(の某セクション)は様子見という話だったので、監視が続くことは予想していた。とはいえ、ここまで熱心に人員を投入してくるとは、予想を超えていた。
 七草と手を組んでいる勢力は、それほど大切なスポンサーだということだろうか?
 兄妹と四葉の関係(に関する推測)を教えられていて、それで多めに戦力を投入している、ということはないだろう。
 そもそも、いかに七草がバックについているとはいえ、この国の諜報機関が、四葉と衝突するリスクを冒すとは思えない。
 四葉と事を構えたらどうなるか……兄妹の母親と叔母がまだ少女の頃に巻き込まれたあの事件で、内情も公安も情報部もそれを思い知ったはずだ。報復の巻き添えになっただけでターゲットそのものではなかったにも関わらず、あそこまで徹底的に叩きのめされた記憶を、二十年や三十年で忘れられるものではない。ましてや四葉の力――権力というより暴力という意味の「力」――は、あの頃より更に強化されているのだ。
――達也はそこで、思考を打ち切った。
 彼らを見る視線に、新たな目が加わったからだ。
 新たな、異質な、視線。
 人とは異質な、魔の眼差しだった。

◇◆◇◆◇◆◇

 プロの諜報員に対して、高校生三人と家事ロボット一体を監視する、という任務が与えられれば、命令された者が多少気を緩めていても、やむを得ないと思われる。
 キャリアを積むということには、手の抜き方を覚えるという一面がある。中にはどんな時でも全力投球、仕事中は一切手を抜かない、という真面目すぎる仕事人間もいるにはいるが、手を抜くということとサボるということは、似ているけれども、違う。
 手抜き、と言うとどうしても印象が悪くなるが、手の抜き方とは要するにペース配分のことだ。五の力で必要な仕事に、十の力を注がない、ということなのだ。
 仕事の難易度に関わらず常に十の力を注いでいるより、五の仕事には五の力しか使わないようにする方が、その場その場の出来上がりは遅くても、結局、より多くの仕事を片付けられるようになる。「慣れ」もまた一種のスキルである。
 ただ、メリットばかりでなくデメリットが存在するのも、また事実。
 警官に変装した中堅の諜報員にとって、尾行と監視は数多くこなした任務だ。その豊富な経験が告げるところに従い集中力を無意識にセーブしていたことが、今回は裏目に出た。
 彼らに与えられた任務は、監視対象が魔法を使用したらすぐに、逮捕を装い拘束・拉致すること。
 その為に渡された検出器が魔法を感知。
 その、メーターの変化ではなく、アラーム音に身構えた直後――
 ――男の視界いっぱいに眩い光の洪水が押し寄せた。
 思い掛けない先制攻撃。
 まさかの敵対行為。
 反撃の意思は、イルミネーションの水底に沈んだ。

◇◆◇◆◇◆◇

「達也さん、私たちを見張っていた人たちには、全員眠って貰いました」
「ご苦労様」
 得意げに告げるほのかを労うのに、顔が引きつらないようにするのは、達也にとっても結構な苦労だった。
 今も感じている異質な視線。
 人外……ほぼ間違いなく、パラサイト。その相手をするのに、人間の監視者は邪魔だった。
 街中で勝手に魔法を使うのは、本来違法行為なのだ。
 こんな粘ついた視線を絡みつかせてくる相手が善良な市民や真っ当な公僕であるはずはなかったが、真っ当でないから余計に、魔法を撃ち合っている姿を見られるのは、都合が悪い。
 達也が同行者にそれを伝えたのは、監視の目を振り切るまで不用意に魔法を使わないよう注意する為だった。
 実際、達也は言葉にして、そう続けるつもりだった。
 しかしそれより、ほのかが行動を起こす方が早かった。

――もし誰かに見咎められたとしても、ほのかが何とかしてくれるだろう?――

 ほのかは達也のこの台詞を、ステキに拡大解釈していた。
 実のところ彼女は、「達也さんが初めて私を頼ってくれた!」と、かなり舞い上がっていたのだ。
 普段から割と思い込みの強い面を見せているので、達也ばかりか深雪も余り気にしていなかったのだが、今日は、いつもとは、一味違った。
 ほのかの得意魔法は光波振動系。
 光を操るのが彼女の得意技だ。
 達也から監視者の配置を聞き出し自分でも光を曲げたり増幅したりして位置を確認すると、いきなり、相手のまさしく目の前に、激しく明滅する光の塊を作り出したのだ。

 洗脳用魔法、「邪眼(イビル・アイ)」の光を。

 それに気づいた達也は、流石に焦った。
 暗示効果が単に「眠らせる」だけだったから発動の邪魔はしなかったが、その判断が正しかったという自信はない。
 魔法の中でも暗示効果を持つ術式は、肉体を直接害する術式と同じレベルで違法の度合いが悪質と判断される。
 本物の警察に掴まれば、注意程度では済まない。未成年であっても実刑――おそらく「魔法を使った勤労奉仕」という名目の懲役刑――は免れないだろう。
 テロ組織「ブランシュ」のリーダーとは比べものにならないスピードと精度で、しかも同時に四人を相手にして「邪眼」を発動した技量に舌を巻きつつ、達也は早急に移動する必要を感じた。
「そいつらの仲間が駆けつけてくる前に、ここを離れよう」
 やはり、ほのかを連れてきたのは失敗だったか……と今更なことを考えながら、達也は同行者にそう告げた。

◇◆◇◆◇◆◇

「困ったお嬢さんだこと……」
 街頭監視システム――街路カメラをメインに、有毒ガスの検出器や違法に高出力な電波の検知機と合わせて組み込まれた、魔法の無許可使用を見つけ出すサイオン波センサーのモニターを前にして、藤林は無意識にため息をついていた。
「見事な腕前じゃないか。彼女は確か、『光井ほのか』といったね?」
 背後から聞こえてくる、純粋に魔法師としての技量を評価する声。
 裏も透かしもないお気楽な祖父の発言に、藤林はもう一度ため息をつきたくなった。
「そうですわ、お祖父様。第一高校一年生の、光井ほのかさんです」
「あの系統の魔法を得意としていて『光井』というと、光のエレメンツの血統かね?」
「さあ、そこまでは。調べておきましょうか?」
「いや、わざわざ調べる必要は無いよ」
 孫娘に問われて、九島老人は人の好い笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「それにしても……力ある者は力ある者を、異能は異能を呼ぶということかな、これは。
 彼の周りには面白い人材が多い」
「能力面だけでなく、人間的にも面白い子が多いようですけど」
 何気なく酷いことを言いながら、藤林はオペレーション用の薄い手袋に覆われた指をタッチパネル・コンソール上で忙しく滑らせている。
 街頭監視システムは、システム的に見れば、ハードもソフトも強固で融通の利かないシステムだが、その代わり運営面で融通を利かせられる。
 無差別に記録をとられては都合の悪い連中が、政府部内にもあちらこちらにいるのだ。手動で記録を制限できるようにしておかなければ、これほど包括的な監視システムを張り巡らせることはできなかっただろう。
 今回の吸血鬼騒動においても、魔法の無断使用に対する免責を確実なものとする為に、七草や千葉から監視システムにデータが残らないよう手配されていた。
 情報管制の一環として真由美がその指揮をとっていたのだが、受験を間近にした彼女の代役を藤林が務めているのだった。
 もっとも、藤林の場合は誰かにやらせるのではなく、自分でコンソールを操作しているのだが。藤林は真由美と違って、七草家当主が娘の手駒の情報隠蔽に手を貸す一方で、娘に内緒で覗き見をやらせていることを、更にその覗き見をして知っていたから、他人に任せる気にはなれなかった。
 ハッキングではなく正規のオペレーターとしてシステムを動かしているので、いつもより技術的には楽だが、同時に操作性の面では不自由で窮屈だ。
 だがそれも仕方のないこと。
 依頼を受けた形をとりながら、実はそうなるように手を回して割り込んだ役目だ。いつもの様に好き勝手するわけにはいかない。
 背後で祖父が見ているとなれば、尚更に。
 彼女にとっても彼女を派遣した人間(イコール、彼女に代役が回ってくるよう画策した人間)にとっても、この場に九島老人が立ち会っているのは、想定外の事態だった。
 何故ここにいるのか、とは、藤林は訊かなかった。
 祖父とはいえ、それほど親しいわけではない。
 彼女は藤林家の人間として、九島家の先代に対し余り馴れ馴れしい態度を見せないように心掛けてきた。
 それに、七草家と四葉家の間に火種が生じたとなれば、九島烈がそれを消火すべく動くことに何の不思議もない。
 藤林響子の祖父は、司波達也の正体を知る数少ない人間の一人なのだ。
「類は友を呼ぶのか……それとも、呼ばれた側か。
 いずれにしても、平穏とは程遠い星の下に生まれたようだな、彼は」
「そうですね。
 振り回す側のように見えて、実は振り回される側なのかもしれません」
 モニターを見詰めながら、藤林はそう相槌を打った。
 もし振り返って祖父の顔を見たならば、その発言の裏にあるものを覚ったかもしれない。
 しかし、そうはならなかった。
 類が友を、の中には風間を始めとした独立魔装大隊の面々、その一員として彼女自身も含まれていたのだが、祖父の意図は、不幸にしてか幸いにもか、孫娘には伝わらなかった。

◇◆◇◆◇◆◇

 予想どおり、青山霊園の中には入れなかった。
 その必要も無かった。
 戦後に造られた高い塀(死者に対して不敬な撮影等をする不心得者対策)に沿って夜の散歩と洒落込んでいた(?)三人と一体に、前後から近づく気配があった。
『マスター、「パラサイト」四体が接近中です』
 ピクシーのテレパシーに、達也は足を止めた。
 機体のスピーカーを使わせるのではなくテレパシーを許可しているのは、パラサイトを呼び寄せる為だ。
 テレパシーは深雪とほのかにも伝わるように命じてある。
 達也が足を止めるのとほぼ同時に、少女二人も立ち止まり、達也の左右に身を寄せた。
 二人とも、恐怖の色はなかったが、緊張は隠せていない。
 達也自身も緊張していないわけではないので、二人の態度に不満は無かった。
 打ち合わせ通り、達也は携帯端末の送信スイッチを押した。
 ナビゲーションシステムから取得した現在位置が、エリカと幹比古と克人の許へ送られたはずだ。
 もっとも、相手の出方次第では、仲間が到着するのを待っているつもりはない。
 達也は左の懐から銀色の愛機を抜いた。
 拳銃形態・特化型CAD「トライデント」を持つ右手を自然に垂らし、人に寄生した妖魔の到来を待つ。
 達也の背後を守るように、深雪が情報端末形態のCADを構えて背中合わせに立ち、左手に巻いたブレスレット形態のCADに右手を添えたほのかが、達也の隣で前と後ろを交互に見ている。
 中々頼もしい姿に、我知らず笑みが浮かんでくる。
 思わぬ所で、緊張がほぐれた。
 彼の緊張の源泉は、この二人の少女に危害が及ぶ懸念だ。
 この二人なら大丈夫だろう、と感じたことで、それが解消された。
 改めて、街灯の明かりの向こう側へ目を凝らす。
 近づいてくる人影――人の形をした影は三つ。
 前後同数ではなく、前から三、後ろから一だったわけだ。
 ただ、その程度のことは計算違いどころか誤差にも入らない。
 どちらも手を出さぬまま、更に距離が詰まる。
 立ち止まったままの達也へ向けて、四体の妖魔が歩み寄って来る。
 その姿がハッキリと見えるようになるに連れて、違和感が強まって行く。
 違和感の正体は、すぐに見当がついた。
 目から入ってくる情報と、肌で感じる情報の喰い違い。
 人の形をしているのに、人ではないものの気配がする。
 これが妖気というものだろうか。
 達也とパラサイトを隔てる距離の減少は、双方の声が届き表情が読み取れる間合いで止まった。
「司波達也、話がしたい」
 達也の方から話し掛けるつもりはなかったから、相手が口火を切ったのは予定通りだった。
 それが会話という、(言葉遣いは別にして)穏やかな形態だったことも、一応、予想の範疇だった。
 しかし、相手が自分を名前で呼んだのは、少し意外だった。
「俺はお前のことを何と呼べばいい?」
 対して、達也はこう応えた。
 パラサイトに憑依された男は、開きかけた口から台詞の続きを口にすることができなかった。
 この程度のことに絶句するとは、随分と人間らしいことだ、と達也は感じた。人格を乗っ取られても、感情のベースは変わらないらしい。
 あるいは、乗っ取る、という理解が間違っているのかもしれない。
「マルテ」
 なる程、勘違いしそうになる流暢な日本語だが、よくよく見れば日系の顔立ちではない。髪は黒いが顔の彫りは深いし、瞳の色は黒というにはやや薄い。本名であれコードネームであれ、いや、十中八九コードネームだろうが、マルテ(火星)と名乗ってもおかしくはなかった。
「では、ミスター・マルテ。いや、セニョール・マルテかな?
 一体、何の用だ」
 自分で話の腰を折っておきながら、いけしゃあしゃあと「何の用」と訊ねる達也に、マルテと名乗った男はムッとした顔を見せたが、自制を失うほどではなかった。
「ミスターの方だよ、ボーイ」
 ただ、わざわざ「ボーイ(坊主)」という小馬鹿にした表現を使っているあたり、沸点が高い方ではないようだった。
「それで、何の用だ」
 時間稼ぎにこのまま挑発合戦を続けても達也としては構わなかったが、同行者が徐々に落ち着きを無くして来ているのを見て、話を進めることにした。
「……司波達也。我々はこれ以上、君たちに敵対する意図は無い」
 どうやら「ミスター・マルテ」にとっては、「ボーイ」よりもフルネーム呼び捨ての方が礼儀に適っているようだ。
 達也には(最初から礼儀など期待していないという意味で)どうでも良いことだったが。
「抽象的すぎて言っていることが理解できないな。
 我々とは誰のことだ?
 君たちとは誰のことで、敵対とは何を指している?」
 そんなことより、相手が何を言おうとしているのか、そちらの方が遥かに重要だった。
「――我々デーモンは、君たち日本の魔法師に対して、今後、敵対行動をとるつもりはない」
(デーモンと来たか……)
 デビルでもゴーストでもスペクターでもなく、デーモン。それが彼らの自己認識らしい。
 ピクシーからこの単語は聞かなかったから、人間に対して自分たちをどう呼ぶか、この交渉に先立って相談でもしていたのだろう。
 達也が苦笑を漏らしかけたのは、彼の分解魔法を「デーモン・ライト(悪魔の右手)」と呼ぶ者がいることを知っているからだ。
 これは彼が分解魔法を発動する際、対象に右手のCADを向けることが多いからだが、だからといって親近感を覚えたりはしなかった。
「それで? 他にも用があるんじゃないか?」
 マルテと名乗ったパラサイト(自称デーモン)の短い台詞に対し、達也には言いたいことがあった。
 だがひとまず、相手に言わせるだけ言わせてみることにした。
「君たちに敵対しないことを約束する代わりに、そのロボットを我々に引き渡して貰いたい」
 ピクシーがビクリと身体を震わせた、ように見えたのは、達也の錯覚だろう。中に何が入っているとしても、ロボットはそういう生理的反応と無縁のはずだ。
「……あのな、ミスター・マルテ。
 もう少し、丁寧に話してくれないか。
 引き渡せ、と言われても、何の為に引き渡しを求めるのか、それを説明して貰わなければ答えようがない」
「説明など必要ないと思うが?
 君たちにそのロボットを庇う理由など、それこそ無いはずだ」
「理由の有無は俺たちが決める」
 達也の回答にマルテが顔を顰めた。不快げな表情も、一回り以上外見年齢が違うことを考えれば、不思議の無い反応と言えるだろう。
「……そのロボットの中に囚われている同胞を解き放つ為だ」
「どうやって」
「機体を破壊する。
 宿主を失えば、新たな宿主に移動することができる」
「なる程ね……ということらしいぞ、ピクシー。
 お前は、そこから解放されることを望むか?」
『嫌です、マスター!』
 達也も本気で訊ねたわけではない。
 無生物に宿っていても、自己保存の欲求がある以上、破壊されることを是とするはずは無かった。3Hの基本プログラムにも、ロボット三原則は可能な範囲で適用されている。
 ただ、念話で示された拒絶の意思は、予想したよりずっと強いものだった。
『私は、私です。
 私の望みは、マスターの物であること。
 それが私です。
 私が元々どのような存在であり、私の核を成すこの願いが何処から得られたものかなんて、今の私にはどうでもいいことです。
 私は、私が私でなくなるのは、嫌です』
 ピクシーのテレパシーを、達也だけでなく、四体のパラサイトだけでなく、ほのかも、深雪も、聞いた。
 ほのかが唇をキュッと引き締めた。
 深雪の唇が笑みにほころんだ。
「達也さん……」
「だ、そうですよ、お兄様」
「そうだな」
 達也の唇にも、微笑が浮かんでいた。
 思い掛けない熱弁に、不思議と苦笑いは湧いてこなかった。
 ロボットに宿る魔性から向けられたその想いに、忌避は、何故か感じなかった。
「さて、こちらの回答はもう、ある程度予想できると思うが……ハッキリと答えてやる前に、二、三、訊きたいことがある」
「思ったよりも愚かだったようだな、司波達也。失望したよ……
 いいとも、訊きたいことというのを、言ってみろ」
「お前、さっき『魔法師に対して』敵対するつもりは無い、と言ったな?
 何故『人間に対して』ではなく『魔法師に対して』と言ったんだ?」
 答えは、無かった。
 いや、嘲るように歪められた唇が、答えだった。
「魔法師に対しては、敵対しない。
 では、魔法師でない人間にとっては、どうなんだ?」
「…………」
「ピクシーの機体を破壊した後、今度は何を宿主にするつもりだった?
 いや、答える必要は無い。
 聞かなくても分かっている」
「……回らなくても良い猿知恵ばかりを持ち合わせている」
 鋼の眼差しを宿した達也と、その背後で少女が身構えるのを見て、マルテはわざとらしく肩を竦めた。
「理解できんな。
 お前たちとは敵対しないと言っているのに、何故それで満足しようとしない?
 我々デーモンと人間が相容れないものであるように、お前たち魔法師と人間もまた異質なものではないか」
「ほぉ?」
 突如、演説を始めたパラサイトに対して、達也は白々しい合いの手を入れた。
 しかし、演説と言ってもアジ演説の類だ。
 口調の白々しさを気にするような殊勝な心掛けなど、伴っているはずもなかった。
「私の宿主も魔法師だった」
 そう言って、大袈裟な手振りで自分の胸に掌を当てる。
 もしかしてこの男、パラサイトに取り憑かれる前は煽動工作が専門だったのだろうか。であるなら、「マルテ(マルス)」というコードネームはミスマッチだ。寧ろ「メルクリウス」とかの方が相応しいように思われる。
「だから分かるぞ。魔法師が、人間に、どのような扱いを受けているのか」
「どういう扱いを受けてると言うんだ?」
「人間にとって魔法師は、道具であり実験動物だ。
 魔法師の意思など、人間は顧みない。
 魔法という力を利用する為の道具として扱い、魔法という力をより多く引き出す為の実験材料としか見ていない。
 自分たちを利用することしか考えていない人間に、何故義理立てしようとする?
 君たちに、そんな義理は無い。
 君たちには、君たちの意思があり希望がある。そうだろう?」
 演説を終えたマルテの顔を、その真意を推し量るように、達也はジッと見詰めた。
 マルテは如何にも誠実そうな顔で達也を見返している。
 達也はフウッ、と溜め息をついた。
「別に、利用されているのは魔法師だけとは限らないと思うがね」
 気色ばむパラサイトの宿主に、言い含めるような口調で言葉を返す。
「何というか……マニュアル通りの台詞にしか聞こえないな」
 そして、唇に嘲笑を浮かべる。
「人のことを愚か者扱いする割には……バカだな、お前」
 男の目に怒気が揺らめく。
 それは、パラサイトの感情だったのか、それとも、宿主の感情だったのか。
 マルテが何事か言い掛けた台詞に被せて、達也は言葉を続けた。
「俺たち魔法師に危害を加えない。
 実に結構なことだ。
 だがな、お前たちは既に、俺の仲間に危害を加えている。
 俺の友人の、魔法師に対して、だ。
 その事について一言の詫びも無しに、今後危害を加えないという台詞を信じられる理由が何処にある?
 そんなものは、魔法師の人権を尊重するというお題目と何も変わらんよ。
 ましてやそんな空言と交換にこちらから何かをせしめようなんて、厚かましいにも程があるぞ。
 そういえば、さっきの答えがまだだったな。
 答えは、ノーだ」
「小僧……」
「後悔するな、なんて決まり文句は吐くなよ?
 相手をしているのが恥ずかしくなる」
 マルテが殺気だった目で、右手を振った。
 袖口からナイフが現れる。
 柄にコードがつながっているところをみると、ただの小型ナイフではなく、何かのギミックが仕込んであるようだ。
 他のパラサイトも、同じようにナイフを手に取った。
 達也はそれを見て、冷笑を浮かべた。
「実に分かり易いな。
 では、俺の方も分かり易く言ってやろうか」
 達也は、外連味たっぷりに、ニヤリと笑った。
「武器を捨てて、大人しく投降しろ。
 そうすれば、痛い目を見なくて済む。
 幸せな実験動物としての待遇を保証するぞ?」
「この……人間の、犬がっ!」
 取り憑いた人間を支配したパラサイトは、宿主となった人間の強い「望み」に支配される。
 支配し、支配される、メビウスのループ。
 おそらく、取り憑かれる前の「魔法師」マルテは、自分を支配する人間に対し、恨みと憎しみを秘めていたのだろう。
 そう思わせる、怒りに満ちた叫びだった。
 起動式の展開もなく、魔法発動の兆候が現れる。
 やはりパラサイトは、魔法を使うのに起動式や呪文の類を必要としないようだ。
 もっともそれは、達也の方も似たようなものだが。
 パラサイトの魔法が発動するより早く、達也の「分解」が事象を改変する為の情報体を破壊する。
 全ての魔法師の天敵たる異能、情報体の直接分解。
 その魔法、「術式解散」は人外の術に対しても有効だった。
 音も光もない、静かな攻防。
 だが魔法が発動することを前提とした攻撃態勢をとっていたマルテは、魔法をキャンセルされるという思い掛けない事態に立ち竦んでしまう。
 達也がその隙を見逃すはずもなかった。
 四肢の付け根を撃ち抜かれ、マルテが路上にひっくり返る。
 パラサイトが宿っていても、人体の基本構造に逆らうことはできない。痛みを無視することはできても、腱を断ち切られては手足を動かせない。
 達也は何も持っていない左手を、路上のパラサイトへ向けた。
 肉体を破壊すれば、別の宿主を求めて飛び去って行く。
 深雪の魔法で凍らせても、自爆して逃げ去ってしまう。
 起動式を必要としないパラサイトは、身体を動かせなくてもおそらく、魔法は使える。
 パラサイトを無力化する為には、精神情報体に直接ダメージを与える必要がある。
 掌中に、サイオンの塊を握り締める。
 これで、効果があるという確信はない。
 だが、迷いは無かった。
 これでダメなら、古式魔法の封印術式を会得した術者を連れて来るしかないのだ。
 迷いは今、有害無益。
 ただ「拒絶」の念を込めて、左手をパラサイトへ向けて突き出した。
 硬く凝縮されたサイオンの砲弾が、パラサイトの胸を撃った。
 脳髄ではなく、心臓。
 これはピクシーから得た情報を元に、八雲と相談して決めたことだ。
 彼らは、肉体的な器官に憑依しているのではなく、人の精神に憑依している。
 だから身体の何処に当たっても、本質的な違いはない。
 ならば全身と最もつながりの深い場所、細胞に活動する為の燃料を送っている心臓を狙うべきだと。
 効果は予想以上に、劇的なものだった。
 海から引き離されたばかりの海老のように、パラサイトの身体が激しく屈伸する。
 のたうち回る。
 パラサイトに侵された身体が、拒絶している。
 パラサイトに撃ち込まれた達也の思念が、パラサイトを拒絶し、パラサイトに拒絶されているのだ。
「お兄様!」
 しかし残念ながら、その姿をじっくりと観察している余裕はなかった。
 切羽詰まった、深雪の叫び。
 だが、達也は深雪から「眼」を離していない。
 深雪の身に危機が迫っているならば、声を掛けられるまでもなく察知する。
 果たして、振り向いた先では、
 四肢そのものではなく服を凍らせることで動きを封じ、相手の魔法を広域干渉――この場合、「領域干渉」と呼ぶべきか――で抑え込んでいる深雪の向こう側で、
 ナイフの刃を有線で操る敵の武装デバイスに翻弄されるほのかと、彼女の盾となって攻撃を受けるピクシーの姿があった。
「ほのか!」
「大丈夫です!」
 達也の助っ人を拒むように、ほのかが強い口調で応える。
 ほのかの瞳に、強い光が宿る。
 足手まといには、決してならないと、その強い想いが光となって宿る。
 ほのかの瞳と、
 彼女の髪飾りに。
 サイオン波の急激な高まりを達也は感じた。
 それは、思念エネルギーの増大を表す(しるし)
 魔法ではない。
 もっと直接的な、思念の干渉。
 直後、
 強力なサイキックが、ピクシーから放たれた。


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