この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
朝の報道番組を見ていた達也は、無意識に頷いている自分に気づいて、慌てて首の動きを止めた。
幸い、深雪の目もテレビ画面に向かっていて、達也の奇行に気がついた様子はなかった。
「機器の故障でしょうか? 嵐だったり濃い霧が立ちこめていたりという悪天候は、特に見られなかったようですが」
深雪が首を傾げているのは、アメリカ海軍所属の小型艦船が千葉県沖の日本領海内で漂流していたというニュースだった。
「計器が一斉に故障するというのは考え難いから、動力系統のトラブルじゃないかな。
ここまで自動化が進んだ時代に、人為的なミスだけで舵を失うこともないだろうし」
自分の言葉を疑う様子も無く頷く妹の無垢な(?)姿を見ていると、自分の汚れきった心まで洗われていくような気がする。――無論それは錯覚に過ぎないと、達也は自覚していたが。
それにしても……
(叔母上直々の下知があったとしても、この対応は早過ぎる)
漂流船が「保護」された時刻から見て、達也が葉山に連絡してから、半日どころか更にその半分程度の時間で襲撃から後始末まで完了させた計算になる。
戦力の運用に制限のある秘密作戦中とはいえ、相手は一国の正規軍、それも地方軍閥に毛が生えた程度の小国の軍隊ではなく、極めつけの大国の、おそらくは精鋭部隊だ。
いかに四葉の工作部隊が有能だからといって、一から動いていたのではあり得ない早さ。
それはつまり、
(俺が連絡した時には、戦力を配置済みだったということか)
そこにどんな意図があったのかは、分からない。
偶々タイミングが合っただけかもしれないし、出来る限り介入しないというスタンスだったのかもしれない。
達也が頭を下げてくるまで待っていた、という可能性もある。
(もしそうだったとしても、借りに感じたりはしないけどな)
どんな背景があったとしても、結果として事態が好転すれば、達也にとっては十分だった。
◇◆◇◆◇◆◇
動力系統のトラブル、という言葉に頷いて見せて、深雪はそっと、兄の顔を窺った。
特に不審を持たれている様子は無かった。
兄を騙すような真似は辛かったが、彼女にだって偶には、兄に知られたくないことがある。
自分は何も知らないままだと、兄には思っていて欲しかった。
このニュースを深雪は、テレビで見るまでもなく知っていた。
いつもの様に、達也が朝の修行に出掛けた後。
深雪は真夜から電話を受けていた。
内容は「達也の身辺を脅かしていたUSNA軍排除完了」の知らせ。
具体的に四葉一族の誰が動いていたのか、深雪は知らない。
だから深雪が感謝を向けることの出来る相手は、真夜だけだ。
それが支配のためのテクニックだと分かっていても、今回は本心から感謝を覚えた。
深雪が、兄も自分も普段は面従腹背の相手である真夜を頼った、ということを達也に伏せてくれていることも含めて。
(ずるいな、わたし……本当のことを知ったら、きっとお兄様、わたしのこと、イヤな娘だって思われるでしょうね……)
深雪は達也に、バカな子だと思われたくない、と思っている。
しかし同時に、あまり賢い子だと思われるのも避けたい、と思っている。
深雪は、兄の重荷になりたくない、と心から思っている。
それと同時に、「自分はもう妹に必要ない」と思わせることは、絶対に避けたいと思っている。
自分が四葉の当主として、自立してやって行ける……そう判断した時、兄は自分の許から去って行くかもしれない。
去らないまでも、距離を置くかもしれない。
それは、深雪を苛んでいる悪夢だ。
深雪と達也は実の兄妹。
大人になれば兄離れをするのは当然だし、妹離れをするのも当然だ。
自分もいずれは結婚しなければならない。
兄でない誰かを、夫に迎えなければならない。
それも、そんなに遠い未来ではなく。
現在、魔法師は早婚であることが求められている。
特に女性魔法師は、早くに結婚して、早くに子供を産むことが求められている。
何故なら魔法師は、代が新しくなる程、先天的に高い能力を持っている傾向があるからだ。
科学者はそれを「魔法が遺伝子に馴染む」という言い方をしている。
トップクラスの能力レベルに世代間の差異は見られないが、平均的な能力を比べれば確かに、祖父の世代より父の世代、父の世代より自分たちの世代の方がレベルが高い。
いずれは均衡点が訪れるだろうが、今はまだ、次の世代を早く産み出すことが強く期待されている。
魔法大学を育児休学する女子学生が珍しくない程に。
寿命の不安定な調整体はその限りでないが、それでも第二世代、第三世代になると若年出産が義務のような目を向けられているのが現状だ。
晩婚だった兄妹の母や、独身を貫いている叔母は稀な例外で、それだって身体的にやむを得ない理由が無ければ認められなかっただろう。
深雪は完全な健康体で、その条件に合致しない。
まして彼女は、四葉の次期当主と目される、優秀な因子の持ち主なのだ。
(ダメな妹でもいい……ううん、頼りない、ダメな妹と思われる方がずっといい。それでお兄様が、傍にいてくださるなら……)
そう思いながら、その一方で、達也に嫌われたくなくて、愛想を尽かされたくなくて、頑張ってしまう。
それは深雪の抱える、深刻なジレンマだった。
◇◆◇◆◇◆◇
教室に入った達也は、いつもと違う空気を嗅ぎ取って、左右に目を走らせた。
原因は、すぐに分かった。
一クラス二十五人の机の配置は、男女が交互の縦五十音順。
達也の前がレオ、左隣が美月で――暗雲の源は、一列とばした窓際の席だった。
エリカがムスッとした顔で窓の外を眺めていた。
体中から不機嫌のオーラが湧き出しているような姿だ。
(まあ……仕方ないだろうな)
不機嫌の原因も、達也にはピンと来た。
夏に見た、あの傾倒ぶりでは、昨夜の顛末は受け容れ難いものだろう。
「達也さん……エリカちゃん、どうしちゃったんでしょう?」
エリカの姿を一瞥しただけで腰を下ろした達也に、隣から問い掛ける声があった。
達也の顔を見ながら、美月の意識の半分はエリカに向けられている様子だった。
それでもエリカに対して八割とか九割でないのは、達也が事情を知っているらしいと敏感に察したからに他ならない。
気づいてみると、幹比古にレオまで美月と同じような目を向けて来ていた。
しかし、頼られても応えられない事だってあるのだ。
少なくとも、「昨晩、エリカの次兄がリーナにやられた」なんて言える訳がない。
「どうしたんだろうな?」
結局、とぼけて見せるしか達也に出来ることは無かった。
ここで食い下がったりしないのは、この友人たちの美点だろう。美月は生来の気質で、幹比古とレオは「人には訊かれたくないことがある」と身を以て知っているから、という違いはあるにしても。
ただ、微妙に居心地の悪い空気が流れ込むのは避けられなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
ぎこちない雰囲気はその後もしつこく続いた。
お昼もクラスメイト五人、久々にバラバラだった程だ。(クラスメイト、と敢えて言ったのは、深雪とほのかはいつも通りだったからである)
変化が訪れたのは、放課後のことだった。
昨晩妹に告げたとおり、達也は早速持ち主と(裏工作込みで)交渉して、ピクシーを個人的に借り出した。
遊ぶ為、ではなく訊問する為だが、ロボ研のガレージは訊問に向かない。
かと言って、あの服装で校内を連れ回すのは目立ち過ぎる。あらぬ疑いを(主に趣味方向で)掛けられるのは勘弁して欲しかったし、目的を考えれば目立つことそのものからしてNGである。
という訳で、美月経由で美術部から借りた女子の制服(人物画のモデル用だ)に着替えさせて、実験棟の空き教室に連れ込んだ。人間の骨格とはフレームの構造が違うので着替えが可能かどうか心配だったが、3Hのボディは予想以上に柔軟でワンピースを脱ぐのも制服を着るのも問題なく可能だった。(ロボットの着替えを目の当たりにしても達也は何も感じなかったことを、念の為に記しておく。また「連れ込んだ」と言っても、変(態的)な意図はないので誤解してはいけない)
能動型テレパシーが脳裏に響く違和感は良いとして、無機物の光学センサーに宿る熱い眼差しに未知の居心地悪さを感じながら、達也は質問を重ねていった。
――犠牲者から血を抜き取ったのはパラサイトの仕業か?
――Yes
――何故、人の生き血が必要だったのか?
――増殖に必要なプシオンを補給する為
――仲間はこの国に何体いるのか?
――このボディに宿る直前の時点で六体
――パラサイト同士で交信は可能か?
――Yes
――交信が可能な範囲は?
――国境の内側であれば交信可能
――他のパラサイトの居場所は?
――現在位置不明。このボディに宿ってから、仲間との接続が切れている
達也の質問に、ピクシーは淀みなく答えた。
その顔に表情は無かったが、思念波が嬉しそうに聞こえるのは、多分、彼の錯覚ではない。
テレパシーがどの程度感情を表現するものなのか、どの程度感情を偽装できるものなのか分からないが、伝わって来る限りでは、達也の役に立つことが本当に嬉しいようだ。
魔物から好意を向けられていると思うと、薄情なようだが、気色の悪さを禁じ得ない。だが宿主が人間ではなく「物」である分、気が楽だった。所有物と割り切って、利用するだけ利用することに、罪悪感を持たずに済む。
二人きり(正確には一人と一体)の教室にエリカが入って来たのは、訊問が一段落ついたちょうどその時だった。
「達也くん、チョッといい?」
聞き耳を立てタイミングを計っていたのか、単なる偶然か、それは分からない。
盗み聞きされてもエリカならば構わないし、そもそも能動型テレパシーを介して答えを得ていたのだから、どんなに頑張っても達也の質問しか聞こえなかったはずだ。
いきなり入って来たことに、文句は無かった。
着替え中という訳でもなかったし、自分の部屋でもないのに「ノックしろ」などと要求する気も起きない。
ただ、
「話を聞くのは構わないから、そう殺気立たないでくれ。俺だって、何も感じない訳じゃない」
もう少し、落ち着いて欲しかった。
「あっ、ゴメンなさい――」
エリカ本人は、意識していなかったようだ。
達也の指摘を受けて、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「いや、分かってくれれば良いよ」
本当に自覚が無かったらしく、エリカが纏っていたハリネズミのような気配は見る見る空中に融けて行く。
つまり、それだけ思い入れがあるということだろう。
何となく自分の妹にも似たところが有る気がして、漏れそうになる苦笑を意識的に押し止めなければならなかった。
「ピクシー、鍵を閉めてくれ」
『かしこまりました』
ピクシーと入れ替わるようにして、エリカが達也の前に立った。
座るように勧められても、腰を下ろそうとしない。
椅子に座る達也を、立ったまま見下ろすエリカ。
気持ちも分からないではなかったので達也も無理強いはしなかった。
「それで、話って?」
「分かってるでしょ」
「予想はつくが?」
「そうね……昨日の晩、ウチの兄が醜態を曝した件よ」
エリカの回答は予想どおりのものだったが、達也が予想していた回答は、一種類ではない。
「その件だけか?」
「取り敢えず、コッチが先」
なる程、順序がある訳だ。
「相手は誰なの?」
何の前置きもない、実に端的な問い掛けだった。それにしても、話相手の相槌も待たないとは、随分と気が急いている、のかもしれない。
「USNA軍、スターズ総隊長、アンジー・シリウス」
対する達也の回答も、端的で、あっさりしたものだった。
すぐに答えが返ってくるとは予想していなかったのか、戸惑った気配をエリカが漏らした。
「で、それを聞いてどうするんだ?」
エリカが戸惑っている隙をついて、今度は達也が問い掛ける。
「そんなの……決まってるじゃない」
真っ向から浴びせられた反問にエリカは面食らった様子だったが、すぐに、強気な顔で言い返した。
「どう決まっているのか、大体分かる気がするけど……止めておけ、エリカ」
「あたしじゃ無理だって言いたいの?」
先程までの無意識な怒気ではない。
意識的に放出されたそれを、達也は眉一つ動かさず受け止めた。
「無理だな。実力的にじゃなくて、結果的に」
「……どういうこと?」
台詞の前半で膨れ上がった怒気は、台詞の後半で訝しさに置き換わった。
「今朝のニュースは見た? 映像でも活字でも良いが」
「見たけど、どのニュースのこと?」
「USNAの小型艦船が漂流していたニュースだよ」
「アレね……まさかっ?」
「察しが良いな」
サッと顔色を変えたエリカを、達也はリップサービスでなく、称賛した。
「多分、だけどね……『シリウス』も、もう出て来ない。
穿り返しても、お互いに良いことは無いだろうな」
達也のアドバイスに、エリカは諾とも否とも答えなかった。
「達也くん……」
その代わり、彼女はマジマジと、正体不明の怪人物を見るような目で、達也を見詰めた。
「貴方……何者なの……?」
いや、「ような」ではなく、そのまんま怪人扱いだった。
「あんな事、少なくともウチには……千葉には、無理だわ」
「そうかな」
「ウチだけじゃない。五十里だって、千代田だって、十三束だって、きっと無理。
何をどうしたのか知らないけど、あんな結果が出せるのは、十師族の、それも……」
「もう止めないか?」
「特に、力を持っている一族。
首都圏を地盤にしているか、地域に関係なく活動できる家」
「もう止めた方が良いぞ?」
「北陸が地盤の一条は除くとして……七草か、十文字。あるいは……四葉。
達也くん、貴方、まさか」
「エリカ、もう止せ」
「っ!」
達也は声を荒げた訳ではない。
声の調子や大きさではなく、そこに込められた意志が、エリカに口をつぐませた。
「それ以上は、お互いにとって不愉快なことになる」
達也は静かに、そう告げた。
修羅場をくぐった経験は、エリカも並ではない。
気圧されて、黙ったのではなかった。
密度の濃い経験があるからこそ、覚ったのだ。
軽率にも、自分が、境界線の向こう側に踏み込もうとしていたことを。
「……ゴメン」
「分かってくれれば良いさ」
先程と似た台詞。
先程と同じ、軽い口調。
だが、エリカの背中には、冷や汗が浮かび、流れていた。
「エリカ、シリウスが誰かなんて詮索しても、もう誰も得をしない。
だから、その件はお終いにしよう」
「……そうね」
達也が話をすり替えたのも、半分は自分の為だと分かった。
エリカは、達也の提案に頷いた。
「じゃあ、もう一つの用件を聞こうか。多分、パラサイトの残党のことだと思うけど」
「ご名答、と言うほどじゃないよね。この程度の話が通じないなら達也くんじゃないから」
ようやくいつもの調子を取り戻した、様に見えるのは、意識してのことだろう。
「褒められているのか、それ?」
「少なくとも、貶しているつもりはないよ?」
演じている内に、エリカも段々いつもの調子が戻って来たようだ。この立ち直りの早さは、羨ましくもある。
「俺も放っておくつもりは無いよ。
何か分かったら教えるから安心してくれ」
「絶対、よ? その代わり、あたしもこの件では隠し事しないから」
この件では、と条件を付ける辺りが、如何にもエリカらしい。
「ああ、約束するよ」
彼女との付き合いは、この程度の距離感がちょうど良かった。
「じゃあね、達也くん。邪魔してゴメンね」
「ああ。お兄さんにもよろしく」
ドアに手を掛けたエリカの背中がビクッと震えたが、そのまま何事もなかったように、エリカは教室を後にした。
達也もそれ以上の言葉は掛けなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
達也と密談(?)していた教室を出て、足早に廊下を歩く。
人気の乏しい実験棟から本棟に戻って来たところで、エリカは廊下の壁に背中を預けた。
大きく、息を吐き出す。
今更のように、冷たい汗がこめかみを伝う。
今の一幕を振り返って、落ち込みはしないが、反省は心に深く刻まれた。
今更ながら、今日の自分はおかしかった、と自覚する。
普段であれば、あんな、虎の尻尾をまともに踏みつけるような真似はしなかったはずだ。
いや、あれは虎の尻尾どころか、竜の逆鱗だった。
お陰で、分かってしまった。
知る必要のないことを、知ってしまった。
(……サイテー)
自嘲の笑みがこぼれる。
こういう裏があったのか、と分かってしまえば、色々なことが納得できる。
だがそれを、他人に話すことは出来ない。
話すなと、知られるなと、釘を刺されてしまった。
それは、多分、自分だけではなく……
(次兄上に何て言おう……)
最後の台詞は、多分、そういう意味だ。
元々エリカは、次兄を使ってまで達也の身辺を探ろうとする「誰か」が気に喰わず、達也の味方をしてその邪魔をしてやろう、と思っていた。
達也の秘密を守ってやろうと考えていたのだ。
それが、どういう訳か、「守ってやろう」ではなく、「守らなければならない」立場に追い込まれてしまった。
別に、エリカが秘密を漏らしたからと言って、達也は報復したりしないだろう。
笑ってスルーしそうな気がする。
だが、万が一、ということがある。
それを試してみる気にはなれない。
達也の実力だけでも厄介極まりないのに、その上――かもしれないのだ。
(あ~あ……ドジったな。ホント、「触らぬ神に祟りなし」よね)
何故、あんな話になったのだろうか。
今にして思えば、自分が気づくように誘導された気さえしてくる。
(まさかね……いくら達也くんが性格悪いからって、それは考え過ぎでしょ)
エリカは強引に、自分の疑念を笑い飛ばした。
その程度のことはやりそうだ、という思いから、全力で目を逸らして。
◇◆◇◆◇◆◇
(……やぶ蛇だったかな?)
エリカが出て行った後のドアを見詰めたまま、達也は心の中で独白した。
昨日の千葉修次による介入は、千葉家が一族ぐるみで七草家の、あるいは七草家に使嗾された国防陸軍情報部の手先となって探りを入れてきたものか、とも考えたのだが、少なくともエリカは関与していなかったようだ。
単に知らされていなかっただけかもしれないが。
(まあいいか。遅かれ早かれ気づかれていただろうしな)
エリカには既に、色々なものを見せている。自分の力だけでなく、深雪の「コキュートス」まで見られているのだ。彼女の勘の良さなら、今回余計なことを言わなくても、時間の問題だった。
(結果的に、巻き込むことも出来そうだし)
達也もこの展開を最後まで企んでいた訳ではなかったが、どうやら結果オーライで済みそうだ、と考えた。
一般に、秘密を守る為には、協力者の存在が不可欠だ。
当人たちだけではどうしても手が回らないこともある。何故なら、秘密を探り出そうとする者は、それを当人に隠れて行うものだからだ。そういう時、見かけ上は第三者の協力者がいてくれると何かと都合が良い。
達也はそんな、かなりエゴイスティックな結論で無言の独白に幕を下ろした。
「ピクシー」
『はい、ご主人さま』
ピクシーとの会話で、テレパシーが言葉ではなく概念を伝えるものであるということを、達也は実感覚で理解していた。
相手が伝えようとしているイメージが、伝えられる側の語彙を使って翻訳されているのだと。
使用人の格好ならまだしも、同じ学校の制服姿で「マスター」とか「ご主人さま」とか呼ばれるのは落ち着かなかったが、相手がそう思っているのだから、テレパシーでコミュニケーションをとる以上、慣れるしかなかった。
寧ろ「マイ・ロード」とか「ミ・ロード」とか翻訳されなかったことに、安心することにした。主に、自分自身の言語センスに対して。
彼女(?)が使っているのは能動型テレパシーだから、達也が考えていることは分からない。
電子頭脳にインプットされていたマニュアルから名前を呼ばれた場合の行動パターンを読み出して、達也の正面に移動する。
「そのボディに宿る以前、お前たちは共通の目的意識を持ち、組織的に行動していた様に見える。
お前たちの中に、指揮官に該当するものは存在するのか?」
『我々の中に指揮命令関係は存在しません』
「ではどうやって、組織的な行動を維持していた?」
『生命体を宿主とした場合、その最も根源的な欲求に影響を受けることは避けられません。
我々は生存本能と生殖本能という共通の欲求の下、生存と自己複製を共同で行っていました』
「仲間同士で交信が可能と言っていたな。
では、生存と自己複製以外の目的については、協力関係はなかったということか?」
『宿主が共通に持つ欲求に対しては共同で、個別に持つ欲求に対しては個別に対応します。
今回は、宿主が組織的な目的を欲求としていましたので、マスターがその様に感じられたのだと思います』
「なる程な……」
達也は言葉を切って、考え込んだ。
そこで余計な口を挿まないのは、彼女が人間でないからか、それとも機械を宿主としているからか。
「では、今のお前はその共通の目的から外れた、異端の存在ということになる。
仲間の中に異端が発生した場合、お前たちはそれを排除しようとしないのか?」
『我々に異端の排除という欲求はありません。
ただ、私が彼らの目的を妨げると判断したなら、優先的に攻撃を仕掛けてくる可能性はあります』
「そうか……あと一つ質問だ。
お前は現在、仲間との接続が切れた状態だと言っていたが、仲間の存在を全く感知できないのか?」
『相手の活性が高まっている状態であれば、感知可能です。
逆に言えば、現在の私は、同じ地域内にいれば、彼らに感知可能な状態です』
「そうか。
ピクシー、ガレージに戻って元の服装に着替え、スリープ状態で待機。
また後で、用がある」
『かしこまりました。ご用命をお待ちしております』
ピクシーは折り目正しい、言い方を換えれば硬い動作でお辞儀をして、ガレージへ向かった。
達也は必要な装備を頭の中でピックアップしながら、一旦家に戻るべく、深雪を迎えに生徒会室へ足を向けた。
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