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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第六章・魔人暗闘編
6-(6) 模造神器
「――ねっ、酷いと思わないっ? あれじゃ私、晒し者よ、晒し者っ」
『……もう四度目』
 テレビ電話のこちら側と向こう側で、真夏と真冬くらいの温度差がある。
 とは言っても、どちらも北半球であり、季節の上では同じく冬。比喩的な意味で、精神的な温度差がそれ程に違うということだが。
「いいじゃない、それくらい恥ずかしかったんだから」
『それは分かったから、こっちの事情も分かって欲しい。
 今、何時だと思ってるの?』
 台詞に合わせて、三針式の置き時計がディスプレイいっぱいに映し出された。
 短針は文字盤のⅣとⅤの中間を指していた。
『せめてあと二時間待って欲しかった』
 今にも瞼が閉じそうな目で雫がぼやくと、流石に申し訳なさそうな顔でほのかは肩を(すぼ)めた。
「これでも一時間は待ったんだけど……」
 ほのかの言い訳に、寝ぼけ眼を(しばたた)かせながら、雫は諦念をため息に換えて吐き出した。
『そういうとこ、昔から少しも変わらない……』
「いつもいつもご迷惑をお掛けします……」
『迷惑じゃないよ……時間さえ気にしてくれれば』
「うっ……ごめんなさい」
 言い訳も出て来なくなったほのかを画面越しに見て、雫はもう一度溜め息をついた。
 今度はため息と一緒に眠気も吐き出したのか、目が半分しか開いていないのを除けば、かなりしっかりした顔つきになった。
『でも、結果的に良かったのかも』
 声も抑揚が乏しい――のはいつものこととして、発音が鮮明になっている。
「何をよ? 何がよっ? 良かったことなんて無いよ!」
 慰めにしては突き放したような台詞に、ほのかはたった今まで(しお)れていたのも忘れて猛然と食って掛かった。
『でも、自分の口からは言えなかったでしょ』
 しかし、雫はいい加減な気持ちで「良かった」と言った訳ではない。
 その口調の所為なのか思わせ振りな台詞そのものの所為なのか、ほのかの抗議は喉元で詰まった。
『依存癖、自覚してるよね?』
「そんなもの……」
 反射的に否定しようとしたほのかだが、自分でも否定しきれないと思っているのか、最後まで言えずフェードアウトした。
『ほのか、私たち、何年の付き合いと思ってるの』
 そこに優しく言い聞かせる口調でダメ押しが掛かる。
「……だって、仕方ないじゃない」
 ほのかは、観念したような、開き直ったような声で雫の指摘を認めた。
「私は『エレメンツ』の血統なんだから」
 遺伝子に性格まで書き込めるものなのかな? と雫は毎度のことながら疑問に思ったが、そんなことで口論しても意味はないし、議論が必要なことでもないのは分かっていた。
『依存したがるのが良いとか悪いとかじゃないよ。リーダーばっかりじゃ、世の中回っていかないし。
 私が言いたいのは、達也さんはほのかが依存するのにちょうど良い相手だってこと』
「そう……かな?」
『うん』
 恐る恐る訊ねるほのかに、雫は刹那も迷う素振り無く頷いた。
『達也さんは基本的に、相手が求める分だけしか応えない人だと思う。
 その代わり、求めたことにはキチンと応えてくれる人』
「ハッキリ言わなきゃ、分かって貰えないってこと?」
『そうだね。それに、きっと、淡泊だから』
「……えっと、それって……?」
『言いなりになっても、無理やりエッチなことされたりしない、ってこと』
 ほのかの顔がみるみる赤く染まった。
 ただ、赤面しながらも、少し残念そうな表情が垣間見えている。
『ほのかは少しくらい強引に迫って欲しいかもしれないけど』
「雫っ!」
 ほのかは声を荒げて画面を睨み付けた。が、そこには「だって、本当のこと」という顔をした雫が映っているだけだった。
「もうっ!」
 拗ねて顔を背けてみても、
「…………」
「…………雫」
 先に音を上げたのは、やっぱり、ほのかの方だった。
「私、どうすればいいのかな」
『積極的になるしかない』
 雫も経験豊富というわけでは無かったが(寧ろ、経験に乏しかったが)、あれこれ考えすぎて袋小路に陥っている感じの親友に対し、敢えてシンプルに、断言した。
「今だって精一杯積極的なつもりなんだけど……」
『つもり、じゃダメ。ライバルが手強すぎる』
「ライバルって……?」
『深雪に勝つのは難しいよ』
「深雪っ? だって、深雪と達也さんは」
『兄妹だね。それが?』
 常識的な反論をしたほのかに、何を今更そんなことは分かっているはず、というニュアンスを一言に込めて雫は返した。
「そんな、だって、そんなの」
『ほのかは達也さんとセックスしたくて付き合っている訳じゃないよね』
「あ、当たり前じゃない!
 ……そりゃ、全く興味が無いって訳じゃないけど……」
 モジモジし始めたほのかに、雫は画面の向こう側から「なに言ってるんだコイツ」という目を向けた。ただ、ここで黙り込んでしまって居心地が悪くなるのは彼女の方だ。
 雫は強引に話を纏めに掛かった。
『血縁が邪魔になるのは、そういうコトをする時だけだよ。一緒にいるだけで満足なら、血のつながりは障碍にならない。
 私、深雪に訊いてみたんだ』
「……何を?」
 聞きたくない、でも聞かずにいられない……そんな顔で、ほのかが問い返した。
『達也さんのこと、どう思ってるか』
「……それで?」
『愛してる、って』
「そう……やっぱり……」
 真っ青な顔で、それでも悲鳴を上げたりすることなく、代わりにポツリと、ほのかは呟いた。
『恋じゃなくて、愛だって』
「……そうなの?」
『女の子として、男の人を好きになる気持ちじゃないって言ってたよ。
 単に、妹だから、ってだけじゃなさそうだったけど』
「?」
 だが、追加でもたらされた情報については、どう受け止めて良いのか決めかねている様子だった。
『でも……』
「でも?」
『それは自分でも気がついていない建前で、深雪はやっぱり、女の子として達也さんのことが好きなんだと思う』
「雫もそう思うんだ……」
『うん。だからね、気がつくまでが勝負だと思う』
「どういう意味?」
『深雪が開き直っちゃう前に、ほのかが達也さんの一番になるんだよ』
「そんなの、無理だよ……」
『諦めるのは、ダメだった時だよ。
 今度のことは災難だったけど、アピールには使えると思う』
「達也さんに対する?」
『そう。
 どうせだから、全部打ち明けちゃえばいい』
「うるさがられないかな……」
『大丈夫。達也さんはきっと、負担に感じたりしないから』

◇◆◇◆◇◆◇

 雫がほのかを焚きつけている、ちょうどその頃。

 達也は「アンジー・シリウス」に変身したリーナと対峙していた。

 深紅の髪、金色の瞳、顔立ちも背丈も変わっていて(全て見掛けの上でのことだが)、到底リーナと同一人物には見えない。仮面で顔を隠さない方が、かえって別人物だという印象を強くする気がする程だ。
 達也は注意深くその姿を観察した。彼もこの二週間、遊んでいたのではない。八雲の「纏衣」を練習相手に、情報改竄(かいざん)魔法「パレード」の対策を積み上げている。
 今は外見を変えるだけに止め、座標情報の書換は行っていない、と分かる。この手応えならば、座標を改竄されても、照準に捉えることが出来ると達也は思った。
 だからといって、楽観できる状況ではなかったが。
 リーナが外見しか弄っていないのは、余裕や油断の故ではないはずだ。寧ろ、余裕が無いからだろう。
(つまり、今の魔法はそれだけのキャパシティを必要とする、ということか)
 USNA軍最高峰(それは同時にUSNA最高峰にも等しいはずだ)の“シリウス”が、それだけ力を集中しなければならない魔法――
(今の術式は、おそらく……「ヘビィ・メタル・バースト」)
 十三使徒アンジー・シリウスの戦略級魔法「ヘビィ・メタル・バースト」。重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅して広範囲に散撒(ばらま)く魔法。
 しかし、「ヘビィ・メタル・バースト」は高エネルギープラズマを爆心地点から全方位に放射する魔法だったはずだ。それなのに、千葉修次を襲ったプラズマは指向性を持つビームとなっていた。
(収束されていただけじゃない。有効射程……拡散範囲もコントロールされていた)
 修次から逸れたプラズマ光条が道路沿いの建物に被害を与えなかったのは、プラズマが届かなかったからだ。標的を通り過ぎるとプラズマがエネルギーを失うように術式が組まれていたのか、あるいはビームの終点にストッパーの役目を果たす力場を設定していたのか。
 どうやってそんなことを可能にしたのか、一度見ただけでは分からなかったが、おそらくは――
(あの「杖」か)
 リーナが手に持つ、あの杖が、それを可能にしているのだろう。
 おそらくはUSNAの開発した術式補助装置。立場が違えば素晴らしいと称賛を惜しまないであろう、技術だ。
(だが今は、最高度の脅威)
 プラズマ流制御のシステムを解明するには至らなかったが、何も分からなかった訳ではない。
 もう一度「視」れば対策を立てられる。希望的観測か? という思惟は自身で即否定した。こういう時に弱気になっても、良いことは何もない。
 寧ろ、問題となるのは、
(直接喰らって、反撃の余力が残っているかどうか、だな)
 物理的な攻撃に対してある意味で無制限の再生能力を持つ達也だが、彼に出来るのはあくまで「再成」であって「防御」ではない。
 無制限というのは損傷の程度であって、回数ではないのだ。
 今のビームは、光速には程遠い。発生から落雷までの平均で音速の約六百倍となる雷光にも劣っていた。精々、音速の百倍程度だろう。
 しかしそれでも現在の間合い、六十メートルの距離を埋めるのに二ミリ秒を要さない。それは一瞬と同義だ。見て、回避することは不可能。
 だが……
(それだけの速度で高熱源体が移動すれば、それが希薄なガスだったとしても、強い衝撃波が発生するはずだ。
 それが無かったということは、予め通り道が作られていたということに他ならない)
 その「道」の生成を察知できれば、射線から身を躱すことが出来る。
 達也は知覚を総動員してリーナを睨み付けた。
 闇を隔てた街灯の下、リーナは達也の視線からついと目を逸らし、クルリと踵を返し、チラリと振り返って、薄く、笑った。
 誘っているのは、明らかだった。
 達也は迷った。
 罠であることは間違いないが、罠というなら、既に達也はその顎門(アギト)の内に在る。
 誘いに乗らなかったからといって、無事に帰してくれるとは思えない。
 相手の狙いを外す為であっても、こんな所で撃ち合うのは論外だ。
 どうすべきか決めかねている達也の視線の先で、リーナの足が、軽やかに路面を蹴った。
 それが、迷いを断ち切るきっかけになった。
 走る、というより跳びながら、高速で遠離っていく深紅の髪。
 同じように重力制御を発動して、達也はその背中を追いかけた。

◇◆◇◆◇◆◇

「シリウス少佐、ターゲットに接触!」
「応答は?」
「ありません!」
 USNA軍がダミー企業の日本支社内に設けた秘密指揮指令室(コントロール・ルーム)は、ある種のパニック状態に陥っていた。
 捕獲作戦は第一歩から変更を余儀なくされていたが、ヴァージニア・バランスの手足はその程度で動揺したりしない。
 日本軍(のエージェントと思しき戦闘員)の介入は、寧ろ予想通りだった。
 原因は、別にある。
 リーナが独断で配置を離れたのが、混乱の始まりだった。
 スターズ総隊長「シリウス」は単独で行動する権限が与えられているので、軍規違反とは言い切れない。しかし今は、チームによる作戦が進行中なのだ。許容されているからといって、何をやっても良いということではない。
 また、ブリオナックの使用をリーナの自主判断に任せたのはバランスだが、往来の真ん中でぶっ放すとは予想外もいいところだった。
「ターゲットはシリウス少佐の追跡を始めました」
 新たな報告に、コントロール・ルームの雰囲気が多少の落ち着きを取り戻す。
 スターダストの回収も含めて後始末を考えると頭が痛くなってくる。だが取り敢えず、作戦は当初のシナリオに復帰した。
 ――と、バランス大佐を除いては、考えていた。
(作戦の中止条件を徹底しておくべきだったか……)
「中継車を呼び出せ」
 内心の苛立ちを微塵も覚らせない抑制の効いた声で、大佐はオペレーターに命じた。

◇◆◇◆◇◆◇

 灯りが(くま)無く街を照らしているように見えて、フッと光が途切れている箇所がある。
 不夜城に生まれた、黒い空白地帯。
 誘い込まれた公園も、街の灯りの狭間にあった。
 いや、ここは公園というより、空き地というべきか。
 生け垣は手入れされているが、遊具どころかベンチも無い。街灯も申し訳程度にしか配置されていない。多分、戦時中に防災空地として確保された公有地が、再開発の過程で放置されたのだろう。
 リーナはその、疎らな街灯の下で黄金の髪を曝していた。
 頭上には蓋をしたような暗闇が被さっている。
 今夜は元々、月も星も見えない曇り空だが、それだけでないのは一目で分かった。
 監視衛星や成層圏プラットフォームのカメラを遮る光学系魔法が作用している。
 ここは敵の包囲の中。
 罠と知って飛び込んだのだから、今更驚きも焦りもしない。
 隠蔽以外の魔法が作用している痕跡の無いことの方が、達也には意外だった。
(魔法同士の干渉を嫌ったのか……)
 つまり、リーナが使おうとしている魔法は、彼女にとっても、それほど高度な術式であり、集団で攻撃するより彼女の単独攻撃に任せる方が効果的と友軍に考えさせるほど強力なものだということだ。
 幻影を解除したのも、おそらくは、攻撃術式に意識を集中する為。
(やはり、「ヘビィ・メタル・バースト」)
「タツヤ」
 達也が改めてリーナの手札に関する推理を強めたところで、リーナが口を開いた。
「ノコノコついて来るとは思わなかったわ」
「しつこく付き纏われるのは迷惑だからな」
 人を食った回答を聞いて、リーナが酷薄な笑みを浮かべた。
「自信家ね。でも、今度ばかりは自惚れ過ぎよ。
 タツヤ、投降しなさい。アナタがどんな手段で魔法を無効化しているのか知らないけれど、このブリオナックを無力化することは出来ないわ」
 手に持つ杖を脇の下に手挟む形で達也に向けて、リーナはそう告げた。
 それは、彼女にとっては単なる投降勧告以上のものではなかったが、
(ブリオナック……Bryionak? Brionac〔ブリューナク〕か?)
 達也の頭の中では、彼女の言葉を手掛かりにパズルのピースが完成間近まで組み上がっていた。
 名前には意味がある。
 完成した後に付けられる名前は、その属性の一部を示していることが多い。
 観察と思考に意識を取られて、達也はリーナの勧告に対する回答を忘れていた。
 リーナはそれを、拒絶と取った。
 短絡的、と誹ることは出来ない。
 うっかり回答に時限を設けるのを忘れていたとはいえ、投降勧告に対する無回答は慣習上、拒絶を意味するのだから。
 リーナが杖から水平に突き出している横木の片側を握った。
 そのパーツは、グリップの役目を果たす物に違いなかった。
 瞬時に構築された魔法式を感知して、達也は術式解散を発動しようとし――間に合わないと悟って、中断した。

 杖の先端が煌めいた。

 細く絞り込まれた光条が、達也の右腕を掠めた。
 掠めただけなのに――達也の右腕は、肘から上が、炭化して消し飛んだ。
 衝撃に身体が(よじ)れる。
 その勢いに身を委ね且つ利用して、達也は背後の生け垣に飛び込んだ。
 リーナがブリオナックを長物のように構えて突進した。
 間合いを詰め、達也が隠れた生け垣に向けて、水平に振り回す。
 生木がたちどころに燃え散った。
 生け垣の、灌木だけが。
 その後ろの達也には、プラズマが届いていない。
 右肩を押さえ右半身を後ろに隠し、片膝をついた達也の視線の先で、光を放っていたプラズマの刃が幻のように消えて行く。
「ブリオナック……貫くもの、ブリューナク。
 神話の武器を再現した、ということか?」
 その姿勢のまま、歩み寄って来たリーナに達也が問う。
 その声に苦痛が滲んでいないのは、痛みに対する耐性が高いからだろう、とリーナは思った。
 対拷問訓練を積んでいる特殊な兵士には珍しいことではない。
「そんなことが気になるの?
 タツヤは今、生きるか死ぬかの瀬戸際なのに」
 杖の中で再び、魔法式が瞬間発動する。
 押し固めた金属の粉を、高エネルギープラズマに分解する魔法。
 魔法によって作り出された「高エネルギープラズマ」という事象が、それを包む容器の中で、リーナの意思によって形を変える。
 鼻先に電撃と灼熱の刃を突きつけられて、達也の頭の中で、思考の最後のピースがはまった。
「気になるさ。
 人は名前に意味を持たせたがるものだ。
 ブリューナクは相手を貫く光の穂先を発生させる槍とも、自在に飛び回る槍あるいは光弾とも伝えられている。
 この場合、自在に、というところが肝なんだろうな。
 神話の武器を模した、模造神器ブリオナック。
 FAE理論を実用化していたとは、流石だな、USNAの技術力は」
 それまで達也の台詞を興味薄そうに聞いていたリーナだったが、「FAE」のフレーズに、目を見開き、顔を強張らせた。
「……どうしてFAEセオリーを、アナタが知っているの?」
「別におかしくはないだろう。
 FAE理論は元々、日米共同研究の中で唱えられた仮説なんだから」
「あれは極秘研究よ! しかも、破棄されたはずの研究だわ!」
「だが実際には破棄されていなかった。
 君の手に持つその模造神器が何よりの証拠じゃないか。
 FAE――Free After Execution ……実行後は自由、か。
 日本語では後発事象可変理論とか呼ばれていたが、フリー・アフター・エグゼキューションの方が内容を良く表しているよ。
 魔法で改変された結果として生じる事象は、本来この世界には無いはずの事象であるが故に、改変の直後は物理法則の束縛が緩い。魔法によって生じる事象に物理法則が作用するには、極短いタイムラグが存在する、と言い換えても良いか。
 FAE理論に従えば、魔法によって作り出されたプラズマは、無秩序に拡散するはずの運動に指向性を与えることも容易ければ、本来の冷却速度に関わらず高熱状態から任意の時間で常温に戻して無害化することも出来る。拡散しようとする性質を抑えて、一定の形状に維持することも可能だ。そういう風にな」
 達也の長広舌を遮ることも忘れ、リーナはただ、ブリオナックの柄を強く握り締めていた。
「だが、FAE理論において、物理法則が作用するタイムラグは、ほんの一瞬だった。
 そんな短時間に、魔法発動直後の魔法師が、作り出された事象に新たな定義を加えるのは、不可能だと考えられていた。
 そりゃそうだ。一ミリ秒以下の時間で事象を定義するなんて、人間に可能なことじゃない。
 それを……世界の、物理法則の影響を遮断する結界容器の中で魔法を実行することによって、物理法則が作用するまでのタイムラグを引き延ばすとはね。
 素直に称賛しよう。
 潔く脱帽しよう。
 その『ブリオナック』を作った人物は、本物の天才だ」
「タツヤ!」
 プラズマの刃が消えたブリオナックを再び砲撃姿勢に構えて(つまり、横に突き出たグリップを握って)、リーナは達也の台詞を遮った。――遮ったといっても、彼の推理はそれで終わりだったのだが。
「もう一度言うわ。投降しなさい!
 片腕では得意の武術も使えない。アナタに勝ち目は無いわ!」
 リーナの叫びを聞いて、達也は酷薄な笑みを浮かべた。
 それは、先程リーナが見せた笑みより、更に非人間的な、ゾッとする笑みだった。
「俺を捕らえて何がしたい?
 人体実験か?
 アイツらのように?」
 不幸にして、アイツら、というのがスターダストを指していると理解できる程度には、リーナは頭が良かった。
 緊張と衝撃の相乗効果で、リーナの顔が、血の気を失う。
「当たり前だが……モルモットになるのはお断りだ」
「だったら動けなくして連れて行くまでよ!」
 ブリオナックの先端が、至近距離で、片膝立ちの足に向けられる。
 その筒先に、達也は、拳銃形態のCADをねじ込んだ。

 焼け落ちたはずの、右腕で。

「その腕!?」
 リーナが悲鳴を上げた。
 悲鳴を上げた分、術式の発動が遅れた。
 達也の魔法は、既に組み上がっていた。
 突っ込まれたCADの「銃口」――照準補助機構が、結界容器の中に狙いを導く。
 “シリウス”の力が満ちているはずの模造神器の内部で、分解魔法「雲散霧消」が発動する。
 ブリオナックの筒先から、常温のガスと化した金属粒子が勢い良く噴き出す。
 ガス圧に負けて、達也の右手からトライデントが飛んだ。
 だが、受けた影響はリーナの方が大きかった。
 しっかり握っていたのが、裏目に出た。
 意図せぬ噴射の反動で、身体ごと、後方に吹き飛ぶ。
 地面に叩きつけられた衝撃で、リーナの纏う情報強化の鎧が揺らいだ。
 拾い上げるのももどかしく、達也は「再成」を発動した。
 CADの構造情報と座標情報が復元され、「トライデント」が修復された状態で彼の手の中に戻る。
 六連発で放たれた達也の「分解」が、リーナの魔法防御を無効化し、その四肢を貫いた。
 両腕、両脚の付け根に、針で突いたような細い穴が穿たれる。
 四つの微小な傷が、神経を直接ヤスリで削るに等しい激痛をリーナにもたらした。
 苦痛を叫び声で表現する間もなく、精神のブレーカーが落ちる。
 リーナの意識は、白い闇に呑み込まれた。

◇◆◇◆◇◆◇

「……リーナ」
 一仕事を終えてリーナの所へ戻って来た達也は、まだ意識を失ったままグッタリと地面に横たわる身体を見下ろし、聞こえていないと知りつつ、彼女へ向けて呟いた。
「君はすぐにでも、軍を辞めた方が良い」
 先程の一戦は、彼女の甘さに助けられた。
 戦力だけを考えれば、もっと苦戦していたはずだった。
 右腕を消し炭にされた一発目、グラム・ディスパージョンを中断したのは、ビームを収束していた情報構造を破壊することによってプラズマが拡散し、より大きなダメージを受けることになるのを回避する為だった。始めから収束度を落としていれば、プラズマがもっと拡散するように撃っていれば、彼は右腕だけでなく半身を焼かれ身体の自由を失っていただろう。無論それでも、彼は一瞬で肉体を復元していただろうが、決め手となった、右腕を手品のタネとした奇襲は使えなかった。
 始めから、というなら、砲撃の際に二次被害を抑える為の「道」を作り出すような余分な工程は挿むべきではなかった。射線に沿って発生する衝撃波も、彼の反撃を阻害するダメージを与えていたに違いないのだ。
 生け垣を薙ぎ払った時も、彼に傷を与えることを避けるべきではなかった。敵の抵抗力を奪うのに、ダメージを蓄積させていくのは基本のはずだ。
 FAE理論の長話に付き合う必要も無かった。秘密兵器の作動原理がばれたからといって、動揺しなければならない理由は全く無い。
 最後の攻撃は、足を狙うのではなく、皮膚の表面を焼くに止めるよう威力を調節して放つべきだった。ブリオナックの向きを変えることで、彼女は決定的な時間をロスした。右腕が再生されていたことに驚いたタイムラグではなく、ブリオナックを動かすことにより生じたタイムラグの方が、実は致命的だったのだ。
「君に向いている仕事とは、思えない」
 彼女の身体を担ぎ上げながら、達也はもう一言、呟いた。


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