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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第六章・魔人暗闘編
6-(2) 甘くて苦い幕間劇
 半世紀前まで使われていた多人数輸送電車が現代の電車(キャビネット)に勝る点があるとすれば、到着時刻の予測性が挙げられよう。
 時刻表の用途を考えれば分かることだが、キャビネットには時刻表というものが無い。
 その性質上、渋滞も発生しないので到着が大幅に遅れるということもないが、軌道内には法定制限速度も無いので早く到着する分にはかなりの時間差が生じる。
 待ち合わせをするには、少し不便になったと言えよう。
 一学期には駅で合流して一緒に登校することが多かった達也たちも、最近ではすっかり教室で合流というパターンに落ち着いていた。
「おはようございます、達也さん」
「お早う、ほのか」
 そんな不便をものともしないのは、やはり、若さ故だろうか。
 あるいは、恋するが故だろうか。
 多分、どちらも正解だ。
「あっ、おはようございます、ほのかさん」
「おはよう、美月」
 そして、恋する乙女としては、今日ばかりは、同行者が疎ましかった。深雪が一緒にいるのはデフォルトだから仕方がないと、ほのかも思っている。
 だが深雪以外は、友達とはいえ、正直、邪魔だった。
 いや、友達だからこそ、今日が何月何日か、察して欲しかったとほのかは思う。
 ――きっと、そんな想いが顔に出たのだ。
 ほのかの些細な表情の変化で、美月が空気を読んだ、とも言える。
 いきなり、美月がソワソワし始めた。
 何とも居心地悪いけれども、()りとて、いきなり「先に行きます」とか「用事を思い出しました」とか言い出すのはわざとらしさが過ぎる。
 思惑は一致しているのに、そのとおりに動けない、という膠着状態を打破したのは、意外なことに(?)深雪だった。
「美月、貴女、制服に何をつけているの?」
「えっ?」
 突然そんなことを言われて、美月は一所懸命首を捻り、肩越しに背中を見ようとする。
 そんなことをしても自分の背中に目が届くはずはないし、そもそも汚れなど付いていないのだから徒労でしかないのだが――
「いらっしゃい。とってあげるから。
 お兄様、申し訳ありませんが、先に行って下さい。
 ほのかも先に行ってくれる?」
「ああ、分かった」
 思い掛けない展開にほのかがアワアワしている横で、達也はあっさり頷き、眼差しでほのかを促した。
 ギクシャクした足取りで達也の背中に続いたほのかが、上体だけで振り返り、目で深雪に感謝を告げる。
 深雪は小さく笑って頷いた。

 思い掛けない二人だけの登校に、ほのかの緊張と興奮は天井知らずに高まっていた。
 達也に話し掛けられても相槌を打つのがやっと。それも声が(かす)れる有様。
 達也は寧ろゆっくり歩いているのに、緊張に関節が強張った足は、もつれ、転びそうになる。
 あがり症という自己申告は、紛れもない事実だった。
 それでもこのまま校舎に入ってしまえば、一科生と二科生は昇降口すら別々だ。折角のチャンスが台無しになってしまうということは、ほのかにも十分解っていた。
 送ってもらった塩を使わないのは、ライバルに対する裏切りに他ならない。
「あの、達也さん!」
 校門を過ぎた所で、ほのかが達也を呼び止めた。
「少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか!」
 まるで何階級も上の上官か何階層も上の役職者に対するような、しゃちほこ張った物言いだった。
「良いよ」
 それを、少しの呆れた様子もなく控え目な笑顔で受け止めて、達也は頷いた。
「こっちへ……お願いします」
 人目を憚るようにコソコソと(かえって目立っていた)裏庭の方へ急ぎ足で進むほのかを、達也は訝しむことなく追いかけた。
 ――彼の顔には、全てを予測しているような表情が浮かんでいた。

「あのっ、たちゅ……!」
「…………」
 校内の密談スポット(告白スポットでも可)として知られるロボ研ガレージ裏手の木陰。(但し特に伝説の類は無い)
 達也の前に進み出たほのかが、几帳面にラッピングされた小箱を両手で勢い良く差し出して――思い切り、セリフを噛んだ。
 そのままフリーズするほのか。
 ロングの髪を首の高さで二つに縛ったヘアスタイルは、赤く染まった耳を隠してくれない。
 俯いた顔は、真ん中から左右に分け目をつけた前髪の隙間からのぞく額まで、真っ赤になっている。
 身動ぎも出来ない、声も出ない、俗に言う「テンパった」状態だ。
「ありがとう、ほのか」
 達也はそんなほのかの、突き出されたままの両手から、チョコレートの小箱を包装が崩れないようにそっと抜き取り、代わりに掌に収まる程の小さな紙袋を握らせた。
 予想外の行動に対する疑問が(一時的に)羞恥心を上回ったのか、ほのかが紙袋を胸元に引き寄せ、キョトンとした表情で顔を上げた。
「あの、達也さん、これ……」
「取り敢えず、お返し。来月分とは別口だから、そっちも期待してもらって良いよ」
 見開いていた目にジワッと浮かんできた涙を慌てて拭い、ほのかはぎこちない笑みを浮かべた。
「あ、その、私、まさか、こんな……
 あの、達也さん、開けても良いですか?」
「もちろん」
 袋の中から取り出したプレゼントを、ほのかは魂を抜かれたような目で見詰めた。
「……ほのか、そろそろ教室に入ろうか」
 達也が声を掛けるまで、ほのかはじっと立ち尽くしていた。

 その時、誰かに覗き見・盗み聞きされていないか、達也は十分な注意を払っていた。
 とはいえ、精霊の眼(エレメンタル・サイト)を使うことまではしていない。
 たかが年中行事(バレンタイン)に、機密指定のスキルが露見するリスクは冒せなかった。
 だが――達也は、エレメンタル・サイトを使うべきだったのだ。
 確かに、盗み聞きを意図した者はいなかった。
 その直前まで、ソレは意識を持っていなかったのだから。
 心を持たぬ人形の中で微睡(まどろ)んでいたソレは、己をこの世界に引きずり込んだものに似た波動に目を覚ました。
 目を覚ました、という表現は、些かの誤解を招くかもしれない。
 祈りに似た、強く、純粋な思念を浴びて、ソレに新たな意識が芽生えた。
 意思が再構築された、と言う方がより正確だろう。
 意思無き人形に宿るソレに、意思が生まれた。
 人形に、意思が宿った。

◇◆◇◆◇◆◇

 教室に着いたほのかは、荷物を置くや否や、トイレに駆け込んだ。
 一足先に到着していた深雪を引きずって。
 お目当ては個室ではなく、鏡の前。
 髪を縛っていたヘアゴムをもどかしげに抜き取り、一転、慎重な手つきで髪を纏める。
 仕上げは達也から貰ったばかりの、一対の髪飾り。台座のついた小さな珠を二個ぶら下げただけの簡素なデザインのヘアゴムだ。
 但し、デザインは単純でも造りと材質は安くない。
 ゴムは結んで輪にしているのではなく台座に通した後カバーごと輪状に成形したものだし、銀色の台座は細い爪で珠をホールドする形状、珠は純度の高い水晶の真球だった。
 水晶は装飾品としてより魔法の補助媒体として現代では価値を認められている(想念波の指向性を高める効果があると言われている)。彼女たち魔法科高校生には最も馴染み深い貴石であり、ほのかにもその価値は判る。達也からのプレゼントなら安物のガラス玉でも大喜びしたに違いない彼女には、感激も一入(ひとしお)だった。
「ねっ、深雪、どうかな?
 おかしくない? 似合ってる?」
 髪飾りに両手を添えて、少し不安そうに訊ねるほのか。
 深雪は笑いもせず、呆れもせず、大真面目に答えた。
「安心しなさい、ほのか。良く似合っているから」
「……本当に?」
「本当よ。
 お兄様が似合わない贈り物を選ばれるはずがないでしょう」
 深雪の言葉に上気した顔で頷くほのか。
 舞い上がっているほのかは、深雪の声が何処か脚本を読んでいるような空々しさを含んでいたことに気付けなかった。

◇◆◇◆◇◆◇

 ほのかと別れて自分の教室に向かう短い道すがら、達也は湧き上がる自己嫌悪と戦っていた。
 彼女を騙すような真似をしたことに対する罪悪感も()りながら、妹にその片棒を担がせることに対する後悔が、虫歯のような疼痛となって心の中にじんわりと広がっていた。
 ほのかに贈った髪飾りは、実を言えば、深雪が選んだ物だ。
 それだけならば「嘘も方便」で済まされる。「達也からのプレゼント」という事実に変わりはないのだし、敢えてほのかをガッカリさせる必要はない。
 だが、プレゼントを用意した理由は、そんな無邪気なものではなかった。
 自分がチョコのお返しに贈り物をすれば、ほのかの意識はそれだけで飽和してしまうと、達也は読み切っていた。
 バレンタインチョコレートの受け渡しに伴って、当然に交換されるべき「気持ち」を表す言葉、二人の関係を縛る「約束」、そういったものが意識の表に浮かび上がってくる余地も無くなるだろうと予測し、事実、そうなった。
 それが当日のお返しを用意した理由であり、ほのかの反応は完全に、達也の計算通りだった。

 達也は、ほのかの心を弄んだのだ。

 我が身に限れば、()うに諦めている。
 自分が人情を解さぬ「人でなし」であるのはもう仕方のないことだし、それが為に愛想を尽かされても、あるいは報復を受けても、自業自得というものだと思っている(それは諦めではなく開き直りだ、と言われれば、全く以てその通りである)。
 しかし、妹が自分に決して逆らわないと分かっていて、先送りの為の姑息な計略に妹を利用したことについては、悔いを覚えずにいられなかった。
 ――こういう風に考えてしまうこと自体、彼が自分で思っているほどすれていないという証拠なのだが、生憎、達也の周りには、それを教えてやれる大人がいなかった。

「よっ、朝から何か、疲れた顔してんな」
 気持ちの切替が間に合わなかったのだろう。
 教室に入るなり、そんな言葉を掛けられた。
 椅子を跨ぎながら片手を挙げたレオに、達也も手を挙げて応えた。
「そっちは昨日退院したばかりなのに、すっかり元気そうだな」
「二人とも、朝の挨拶は『おはよう』だよ」
 そこへ、「仕方がないな」という笑いを浮かべて、幹比古が割り込んで来る。
「ああ、お早う、幹比古」
「オッス」
 素直に朝の挨拶を返した達也に対して、レオはあくまで自分流を貫くようだ――別に深い意図も無いのだろうが。
「おはよう。レオはすっかり元通りだね」
 幹比古の口にした「元通り」は「相変わらず」という意味だったのだが、
「応よ、医者が中々退院させねえもんだから、体力が余っちまって仕方がないぜ」
 レオは分かってか分からずか、言葉通りに解釈した答えを返した。
 当初の診断では、少なくとも後一ヶ月は病院暮らしだったはずで、医者が常識はずれの回復力に多少懐疑的になるのは、やむを得ないと思われる。
 しかし、現に異常が見られない以上、そして患者本人が退院を望んでいる以上、いつまでも病室に留め置くことは出来ない。そういう訳で、今日から復帰となったのだった。
「で、達也は? 朝から兄妹喧嘩でもしたか?」
「まさか」
 この台詞は達也ではなく幹比古のもの。
 間髪入れず断言されたことについては、釈然としないでも無かったが、だからといって誤解でもないので反論は出来なかった。
「寧ろ、修羅場に疲れたんじゃない? 今日はバレンタインだし」
 おおっ、とレオが大きく頷いている。それがまた(しゃく)に障ったが、ここでムキになると泥沼にはまってしまう。
「決まった相手もいないのに、修羅場になどならないさ。
 美月。遅かったんだな」
 達也は強引に素っ(とぼ)け、ちょうど教室に入ってきた美月を利用してあからさまに話を逸らした。
「いえ、チョッと部室に寄って来たものですから。
 おはようございます、吉田くん、レオくん」
 露骨に話を逸らされて幹比古などは少し口惜しそうな顔をしていたが、それに全く気づかないのが美月の個性(クオリティ)だ。
「レオくん、今日から登校なんですね。
 思ったより早く治って、良かったです」
 実の所、レオが昨日退院して今日から登校することは、先週お見舞いに行った時に聞かされていたことで、美月も当然知っているはずだった。
 だから本当なら、今の台詞はおかしいのだが、達也も幹比古も、
「オウ、何回も見舞いに来てくれてアリガトな」
 そしてレオ本人も、笑って流していた。

 美月は席に着くや否や、掌に収まる程度の小箱を三人に手渡した。
 彼女の態度は実にあっさりしたもので、もったいぶった様子も緊張した様子も恥じらった様子も無い。
 年中行事と割り切った顔だ。
 その事に少し、不満げな顔を見せた男の子も約一名いたのだが、本人はポーカーフェイスを保っているつもりの様に見受けられたので、他の二人は何も言わなかった。
 武士の情けだ。
 ちなみにその一名は、レオではない。
 ただ彼は、貰った小箱を珍しそうに眺めていただけだ。
 どうやら、身内以外からバレンタインにチョコレートを貰ったのは初めてらしい。
 かなり意外な気もしたが、中学生時代の彼がどんな生徒だったのか知っている訳ではないので、達也も幹比古も意外感を口には出さなかった。
 口を挿んだのは、教室に入ってきたばかりのエリカだった。
「随分急いで退院すると思ったら、チョコが目当てだったの?」
 もっともその内容は、意外感の表明どころか、レオにしてみれば聞き流せない誹謗だったが。
「そんなわけねぇだろ! ふざけんなよ、このアマ!」
 単に言い返すだけではなく、椅子を蹴って立ち上がっている。
「あら、もしかして図星?」
 確かに、穿った見方をしようと思えば、そうとも解釈できる過剰な反応。
 ――無理矢理、解釈すれば、だが。
 文字で表現すれば「ぐぬぬぬぬぬ」となるであろう歯軋りと呻り声の複合技を繰り出すレオを横目に、人を呪わば穴二つだ、と性格の悪いことを考えながら、
「お早う、エリカ。今日は遅かったんだな」
 達也はエリカに声を掛けた。
「おはよ、達也くん」
 当然の帰結として、レオは置き去りだ。
 まあ、美月も苦笑しているくらいだから、イジメとは程遠いじゃれ合いの一種だが。
「毎年大変なのよ、二月十四日は。
 ウチは男ばっか大勢だからさ」
 もっともエリカは、レオをからかっているというより、本気で愚痴をこぼしていて、そちらの方へ意識がシフトしている様子だった。
「あげないと拗ねちゃう子供みたいなヤツも一人や二人じゃないし、そういうのに限って腕は良かったりするもんだから無視も出来なくて、もう大変よ」
 大変、を二回も繰り返したのは、それだけ強く実感しているということなのだろう。
「欲しがっているヤツにだけ渡せば良いんじゃないか?」
「そしたら、不公平、って騒ぎ出すお調子者がいるのよ。そして、ここぞとばかり団結。普段は『まとまり』って言葉を知らないクセにさ。
 一応、門下生の親睦の為って名目で親から金は出るし、女の子のお弟子さんが買い出しに付き合ってくれたりもするんだけど」
「それは本当にご苦労様だな」
「本当よ! もう面倒臭くって……バレンタインなんてさっさと無くなっちゃえばいいのに」
 話している内にストレスが噴き出してきたらしい。
 エリカはかなり本気で憤っていた。
「ミキの(トコ)はいいよね」
 こういう時は、得てして八つ当たりに走りがちなもの。
「お弟子さん、女の人の方が多いでしょ」
 今回のターゲットに選ばれたのは幹比古だった。
「毎年、選り取り見取りなんじゃない?」
「吉田くん……そうなんですか?」
 自分が何故、そんなことを言ったのか、美月は良く分かっていなかった。
 と言うより、その理由を意識していなかった。
 そして幹比古の方も、エリカの台詞そのものより美月のツッコミにダメージを受けていたのだが、その理由を突き詰めて考えようとせず、
「そんなことないよ!」
 反射的な答えを返した。
 ここでもう少し背景まで考えた対応をすれば色々な面で話が早かったはずだが、十六歳の少年にそこまで求めるのは難しいかもしれない。
「大体、そんな浮ついた気持ちで修行に臨むなんてとんでもないことだよ!」
 しかしこれは、不用意な発言だった。
「言ってくれるわね、ミキ。
 じゃあ何、ウチの道場が浮ついてるって言いたいワケ?」
「うっ、いや、別にそこまでは……」
「だったら何なのよ」
 冷や汗を浮かべ始めた幹比古と、ジトリと据わった眼差しを向けているエリカと、何故か似たような目をした美月を脇に、達也とレオは苦笑いを交わし合った。

◇◆◇◆◇◆◇

 浮ついた空気は、放課後になっても収まるどころか盛り上がる一方だった。
 特に注意を払わなくても、校内のあちこちで甘酸っぱい光景が繰り広げられている。
 今日ばかりは一高生も「魔法師の卵」ではなく「高校生」として青春に浸っているようだ。
 祭りの雰囲気に乗れない者にとっては、目の毒だったが。
「あら、達也くん。今日は巡回当番だったの?」
 何の因果か、そんな光景を見ないで済ませることが出来なかった達也は、テーブルからに掛けられた声に、気疲れを隠せない顔で頷いた。
「先輩方は皆さん、予定があるらしくて。
 今日は俺と森崎の一年生二人ですよ」
 道連れがいると思えば、普通なら少しは気が晴れるだろう。しかし、その相手が未だに非友好的な態度を崩そうとしない森崎と来れば、微妙な気分になるだけだった。
「つまり、(てい)良く押し避けられた、と」
「そこまでぶっちゃけるつもりはありませんが」
 諦観のこもった声に、真由美はコロコロと対照的な笑い声を上げた。
「ところで達也くん」
 一頻り笑って満足したのか、真由美は表情を改めて達也に話し掛けた。
 ――何故か、向かいの席を見ようとはせずに。
「チョッと時間を貰いたいんだけど」
「それは構いませんが、その前に」
 そう言って達也は、真由美の向かい側でテーブルに突っ伏した上級生へ目を遣った。
「ここで一体、何があったんですか?」
 彼らが今居る場所は、カフェテリアの片隅、パーティションで仕切られた簡易なミーティングスペースが並ぶエリアだ。
 ドアも天井もないから、会話は筒抜け。
 だが、密室になっていないという点が、かえって安心感をもたらすのだろう。
 その人気の高さから、事実上、一科生・三年生御用達となっており、下級生は三年生が一緒でないと中々足を向けられない場所だった。ちなみに達也も、まだ利用したことはない。
 では何故、ここにいるのかというと、
「校内で毒物というわけでもないでしょう。
 服部会頭は一体何を召し上がったんですか?」
 校内巡回の途中で喉を潤そうとカフェに立ち寄ったら、とても苦しげな呻き声が耳に入ったので様子を見に来たという次第だった。
「いえ、まあ……毒じゃないわよ、もちろん」
 犯人はすぐに分かった。
 服部の正面に、真由美が困惑気味の表情で座っていたからだ。
 少し途方に暮れているような佇まいは、珍しいと言える。
 今も、ややもすると、視線が泳ぎ出しそうな風情があった。
「……司波」
 どう対処すべきか、達也も決めかねているところに、気を失っているようにも見えた服部から、(うつぶ)せのまま声が掛かった。
「……水を……」
 それは、オアシスを前に力尽きた旅人のように、弱々しい声だった。
「少々お待ちを」
 ただ、その要求するところは明らかだった。
 一瞬、ミネラルウォーターにするかウォータークーラーにするか迷ったが、ウォータークーラーの方が近かったのでそちらを選択、備え付けのコップ(バイオマス由来の非石油系合成樹脂製。省資源の観点から、使い捨ての紙コップは姿を消している)に冷たい水を満たしてテーブルに置いた。
 服部は手探りでコップを掴むと、ノロノロと身体を起こし、フラフラと小さく左右に頭を揺らしながら口元に当て、顰め面で一気に飲み干した。
 目をつぶったまま、じっと固まっていたが、秒針が九十度ほど回転してようやく目を開け、大きく息を()いた。
「――司波、礼を言う」
 本当に、何があったのだろうか。四月に決闘もどきを演じた時ほどの刺々しさは無くなっているとは言え、今でも服部と達也の関係は、決して友好的とは言えない。
 達也の側には、特に含むものは無い。
 服部も、悪意や敵意を(いだ)いているという訳ではなく、自分の感情を持て余しているという感じだが、それでも、こうして素直にお礼をされるのは、意外感を禁じ得ないものだった。
「……大丈夫ですか?」
「……ああ、もう大丈夫だ」
 その言葉通り、服部はすっくと立ち上がった。
 ――無理をしている感は、否めなかったが。
「手間を掛けたな。特に問題が生じた訳ではないから、もう気にしないでくれ。
 ではかいちょ、いえ、七草先輩、私は、これで」
 服部は真由美に向けて丁寧に一礼し、背筋を伸ばして立ち去った。
 一体、何を強がっているのだろう――と、それを見て、達也は思った。

「ええと、取り敢えず、掛けてくれる?」
 真由美は白々しさと空々しさが入り交じった、形容しがたい笑みを浮かべて達也に席を勧めた。
 服部が異常を来していた理由は間違いなく彼女にあって、それを誤魔化そうとしているのは見え見えだったが、服部本人が庇っているものを暴き立てるのは野暮ったい行為に思えた。
 達也は服部の言うとおり、今の一幕を忘れることにした。
 別に急ぎの用がある訳でもなく、「分かりました」と頷き返そうとした達也だったが、
「あっ、ここにいた! スバル、こっちこっち!」
 賑やかな声が、彼の出端を挫いた。
 パタパタパタ、と軽快に駆けてくる足音。
 達也のすぐ横まで来て、ようやくパーティションの内側が視界に入ったのだろう。
 ブレーキ音が聞こえてきそうな勢いで、声の主は立ち止まった。
「か、会長っ」
「こら、エイミィ。会長じゃなくて七草先輩だろ」
 小突かれた頭を「いたっ!」と可愛らしく押さえ、上目遣いに抗議の眼差しを向けて来る英美(エイミ)からわざとらしく目を逸らして、スバルは真由美へ深めに一礼した。
「お取り込み中の所、お騒がせして申し訳ありません」
 思わせ振りな口調に、真由美の目元がヒクッと震えた。
「別に取り込んでなんていないから気にしなくて良いわ、里美さん」
 取り澄ました顔で素っ気なく答える真由美。
 普通の下級生なら、萎縮してしまったであろう声と口調と眼差しだった。
 現に英美は少し固まっている。
「そうですか。コッチの用はすぐ終わりますので」
 だが、スバルは中々に(したた)かだった。
 平然とそう切り返して、手に提げた袋(正確には布バッグ)を達也に差し出した。
「受け取ってくれ給え」
「……里美……今日は一段と芝居がかっているな」
「何の因果か、僕とエイミィが代表に選ばれてしまってね。流石の僕も、素面では些か恥ずかしいのだよ」
 よく見ると、頬が微かに赤らんでいる。
 羞じらいを感じている、というのは、嘘ではないらしい。
「一応、何の代表か訊いてもいいか?」
 何となく答えの予想はついていたが、態勢を整える間を稼ぐ為にも、達也は敢えて訊いてみた。
「九校戦一年女子チーム一同からの……そうだね、お礼だよ」
 スバルが選んだ名目は達也の予想と違ったが、指している物は同じだ。
 つまり、義理チョコだろう。
 それにしてもチーム全員からとは、予想もしなかった大収穫だ。
「あっ、一同って言っても、深雪とほのかは入ってないけどね」
 硬直が解けた英美の方は、特に羞じらっている様子もない。元々気後れしない性格、プラス、まだまだ男女関係に(良く言えば)天真爛漫な為だろう。彼女の場合は、他に考えることが多過ぎる所為かもしれない。
「あの二人は自分で渡したいだろうからさ」
「変なお節介焼くと怒られちゃいそう」
「その代わりと言っちゃなんだけど、雫の分も入っているから。確かに受け取ったって、後で電話でもメールでもしといて」
「じゃあ、またね。
 会長、じゃなかった、七草先輩、お邪魔しました」
 後半は口を挿む暇がなかった。
 嵐のマシンガントークで達也と真由美を圧倒し、スバルと英美は去っていった。

「……なんて言うか、若いって良いわね」
 賑やかな闖入者に調子を狂わせられたのか、真由美は随分と的はずれな感想を漏らした。
 もちろん達也は、目の前に地雷が敷設されても、踏んだりはしなかった。
 少し前まで服部が座っていた椅子に、無言で腰を下ろす。
 同時に達也は、反射的に、眉を顰めた。
「どうしたの?」
「いえ、チョッと臭いが……誰かコーヒーを(こぼ)したんでしょうか」
 コーヒー豆かカカオ豆か、かなり強い臭いが鼻を衝いたのだ。
 クリーナーロボットには脱臭機能も備わっていたはずだが……わざわざ人手を使ったのだろうか。
 ――と、達也が考える一方で、
「そう? 気づかなかったわ」
 真相を知る真由美は、知らん顔をしていた。
 もっとも、シラを切っても全く意味はないのだが。
「それより、ハイ」
 そう言って真由美が差し出した箱から、同じ臭いが漂って来たのだから。
「…………これは?」
 どうやら、隠す気も誤魔化す気も無いようだ、と達也は認識した。
 服部にダメージを与えたのも、これに違いないと直感した。達也はさっき見たものを忘れるつもりだったが、真由美がそれを許してくれないようだ。
 形とラッピングと今日の日付から見て、これが何であるかは明らかだったが、それでも訊かずにはいられなかった。
「やあねぇ、決まってるじゃない」
 呆れを表す台詞とは裏腹に、真由美の声も表情も、とても楽しそうだった。
「……ありがとうございます」
 残念ながら、断る口実は無かった。
 先程の一幕がなければ「甘い物は苦手なんです」という常套文句も使えたかもしれないが、スバルたちから大量のチョコレートを受け取った後では説得力皆無だ。
 仕方なく、達也は真由美のチョコを受け取った。
 かなり、大きい。
 手に持った感じで、市販の板チョコの五倍以上の重量がある。
 その時点で、この上級生が何を企んでいるのか、達也は大凡(おおよそ)を覚った。
「ね、食べてみて」
「今、ですか?」
「うん。感想を聞かせて欲しいの」
 服部先輩で実験済みでしょう、とは、言わなかった。
 言っても無駄だということは、分かり切っていた。
 多分、達也がどんな顔をするのか目の前で見たいのだろう。
 こんな子供っぽいところがあるなんて知らなかったなぁ……と思いながら、達也は包みを一瞥した。
(まあ、いいか)
 真由美には訊きたいことがあったところだ。
 自分をオモチャにするつもりならば、時間を取って貰うのにちょうど良い、と達也は思った。(というのも、真由美は受験を間近に控えた身だから、長時間拘束するのは気が引けるのである)
「でしたら、場所を変えませんか?
 少しご相談したいことがありますので」
「聞かれちゃまずいこと?」
 真由美の顔から笑みが消えた。
 キュッ、と表情が引き締まる音が聞こえそうな変貌だった。
「はい」
「…………分かった。ついて来て」
 返事をするまでの間は、携帯情報端末を見て、操作していた時間。
 空き部屋を押さえたのだろう。本来、生徒には出来ないことだが、この上級生ならば不思議はなかった。
 席を立った真由美を、達也は渡された箱を持って追いかけた。
 少なくとも十人以上の視線を感じたが、気にしても仕方がないと割り切った。

 携帯端末にダウンロードした使い捨てのキーコードを使って真由美が鍵を開けた部屋は、父兄や業者との面談に使う談話室の一つだった。応接室ほど格式張っていないが、生徒だけで使うには少しばかり気が引ける作りになっていた。
 良いのかな、と思わないではなかったが、キーコードをダウンロード出来た時点で、それを問うのは今更だろう。
 全自動のティーサーバーが置いてあるのは、飲食可能な部屋を選んだということか。
「紅茶でいい?」
「いえ、お構いなく」
「女に恥をかかせないの」
 そこまで言われれば、頷いて見ているしかない。
 全自動とはいっても、カップを抽出口の下にセットしたりソーサーを用意したりの手間は掛かる。
 その手順を、真由美は楽しそうにこなしていた。
「ハイ、どうぞ」
「ありがとうございます」
 礼儀としてカップに一口つけてから、達也は居住まいを正した。
 つられたように、真由美も腰を下ろして背筋を伸ばす。
「相談というのは、『吸血鬼』のこと?」
 口火を切ったのは、真由美の方だった。
 もしかしたら、彼女の方でも達也と話したいと思っていたのかもしれない。
「ええ。マスコミに情報が出て来なくなりましたが、被害は沈静化しているのですか?」
 マスコミだけでなく、独立魔装大隊ルートの情報でも、あの日以来、被害情報がパッタリ途絶えている。
 単純に考えれば、達也たちがあの吸血鬼を退治したことで事件は解決した、と見ることも出来る。
 しかし、暗躍していた魔性存在が複数個体であることは確認できているのだ。
 仮にあの「吸血鬼」をあの場で斃せていたのだとしても、それで事件が全て解決したなど、あり得ない。
「表面的には、沈静化しているわね」
 真由美は、と言うより七草家は、達也とは別の情報ルートを持っている。
 その彼女にも、詳しい現況は分かっていないようだ。
「ただ、行方不明者がいつもの年に比べて多いって事だから、相手の動きが巧妙化した、と解釈すべきでしょう。
 一匹仕留めたことで、警戒されちゃったのかもね」
「仕留めた、と決まった訳ではありませんが、多分、警戒されているのでしょうね。
 もしかしたら仲間同士、共感覚を備えているのかもしれません」
「きょう……感覚?」
 耳慣れない言葉に、会話の流れを中断して、真由美が小首を傾げた。
「共有感応知覚能力の略語です。
 一卵性双生児の間で観測されることが多い五感外知覚力(イー・エス・ピー)の一種ですよ。
 多いといっても、稀少な事例の中で比較的、ですけど」
「つまり、一個体が見聞きしたものをグループ全体で体験として共有する、ということ?」
「憶測に過ぎませんけどね」
 真由美が、難しい顔で考え込んでしまう。
 達也がその邪魔をしないよう、音を立てずに紅茶を飲んでいると、
「……わからない事ばっかりで嫌になっちゃう……」
 真由美が、そう呟くのが聞こえた。
 全くの同感だったが、達也までそんなことを言い出すと愚痴の零し合いになってしまう。
 それは、非建設的過ぎるように思われた。
「未知の事態は、手探りで対処方法を見つけていくしかありません」
 だから仕方なく口にした、慰めと言うより気休めの言葉。
「…………」
 中身がないことを言っている、という自覚があったので、まじまじと見詰められる居心地の悪さは数割増だった。
「……そうじゃないんだけど」
 だがどうやら、真由美の視線には全く別の意思が込められていたようだ。
「共有感応知覚能力、って言葉の意味が全然解らなかったのが、ね……
 ねえ、それ、入試には出ないわよね?」
「……ESPは魔法学とは別の学問領域に属すると見做されていますから、出ないと思います」
 居心地の悪さは、最高潮に達した。

 何とか気を取り直して情報交換を終えた二人は、「こんなところね」という真由美の総括で一息ついた。
 そのまま何食わぬ顔で席を立とうとした達也だったが、向かい側から伸びてきた手に、袖口をガッシリ掴まれてしまった。(躱そうと思えば躱せたのだが、そっちの方が面倒な結果を招きそうだったので自重した)
「それじゃあティータイムにしましょうか」
 達也の訝しげな視線(無論、わざとだ)を鉄壁のスマイルで撥ね返し、空いている方の手で、真由美はテーブルの上に置かれたままの小箱をチョンチョンと(つつ)いた。
 忘れては、くれなかったようだ。
 と言うか、何か企んでいるということを最早隠そうともしていない真由美の態度に、達也は小さくため息をついた。
 お咎めの言葉は、降って来なかった。
 逆に、ドキドキ、ワクワクという目で達也を見ている。
 受験ノイローゼで幼児退行してるんじゃないか? と二重の意味であり得ないことを考えながら(そもそも真由美の成績でノイローゼになんてなるはずがない)、達也は小箱の包装を解いた。
 もたもたと手間取るような見え透いた真似はしなかったが、包装紙に破れ目一つ付かないように丁寧に剥がしていったのは、、せめてもの抵抗だった。
 出て来たのは上蓋を被せる形の、厚紙の箱。内側をビニール加工してある、自作派御用達の容れ物で、この大きさは所謂(いわゆる)「本命用」だ。
 もちろん、そんな勘違いはしなかった。
 眩暈(めまい)がしそうなカカオともコーヒーともつかぬ臭いが、そんな妄想を許さなかった。
 箱の中身は、ギッシリ詰まったダイス状の黒い物体。
 少なくとも、達也が知っている「チョコレート」とは別の物だ。
 臭いだけで味の方も予測がつく。
 いくらニガい物が苦にならないといっても、質と量に限度がある。
 食品と言うより薬品と言いたくなるその物体を、達也は観念して次々と口の中に放り込み、噛み砕いた。
 その結果は――真由美が満足げに微笑んだ、とだけ記しておく。

◇◆◇◆◇◆◇

 ほのかは生徒会の仕事で、ノート型の大型端末を抱えて部室棟のエリアに来ていた。
 陽は既に大きく傾き、気温は大分下がっている。気を抜くと、身体が震え出しそうだ。
 だが、彼女はそんな寒さをものともしない精神状態だった。
 足取りに合わせて、二つに纏めた髪が揺れる。
 一緒に揺れる水晶の珠に、意識がついつい向いてしまう。
 口元が緩んでいると自分でも分かっていたが、「今日くらい良いよね」と開き直っていた。
 ほのかは自分が、達也の恋人ではない、と自覚している。
 告白して断られたことを、忘れてはいない。
 既に、ふられているのだ。
 それでも達也が拒絶しないのを良いことに、彼に付き纏っている。
 そんな自分を「嫌な女の子だな」と感じることもあった。
 いっそ拒絶してくれれば吹っ切れるかもしれないのに、と逆恨みする夜もあった。
 でも、今日、そんなネガティブな感情が、全て吹き飛んでしまったような気がした。
 こんな小さなアクセサリーで懐柔されるなんてお手軽過ぎる、という理屈は、感情の前にまるで無力だった。
「ほのか!」
 軽い足取りで部室棟の中へ入ろうとしたほのかは、横合いから掛けられた声に足を止めた。
「あっ、エイミィ」
 ルビーのような光沢の、鮮やかな赤い髪が目立つ小柄な少女が、小走りに駆け寄ってくる。
「珍しいね。ほのかが部室棟に来るなんて」
「五十里先輩の代理でね」
 そう言ってノート型端末を軽く掲げて見せると、英美も納得の表情を見せた。
「エイミィの方は、クラブ、お休みだったの?」
 英美の所属する狩猟部のユニフォームは細身のズボンにブーツ、長袖のアンダーに袖無しジャケットというスタイルだったはずだが、今は制服姿だ。まだクラブ活動が終了する時間でもない。
「今日はミーティングだけだったから」
 ほのかが服装を見て質問してきたのはすぐに分かったので、、英美の方から「何故」と問うことは無かった。
「あれ? それ、水晶?」
 その代わり、という訳でもないが、ほのかの髪と一緒に揺れている光を目敏く見留めて、興味津々の口振りで訊いてきた。
「あっ、うん」
 はにかんだ表情で「ピン!」と来たのか、英美は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「司波くんに貰ったんでしょ」
「……うん、チョコの、お返しにって」
 頬を染めたほのかの幸福感が伝染したような嬉しげな笑顔のまま、英美は目を丸めて見せた。
「へぇ……予めプレゼントを用意しておくなんて、司波くん、やるじゃん。
 見掛けは無愛想だけど、そんな気配りが出来るんだ。大人だね~」
 ますます幸せいっぱいの笑みを浮かべるほのか。
 だがその笑みに、英美の次の一言で、影が差した。
「人気があるのも分かるな~
 さっきも会長がチョコ渡そうとしてたけど、もしかしてあれ、本命チョコかも」
「……会長?」
「あっ、違った。前会長。七草先輩」
「七草先輩が?」
「先輩が無理矢理捕まえてた感じだったけどね。司波くん、何となく迷惑そうな顔してたから、心配要らないと思うよ」
 あっけらかんと言い放つ英美は、正直な感想を口にしているのだろう。
 だが、だからといって、ほのかは心穏やかには、いられなかった。
 真由美が達也に特別な想いを懐いているのではないか……とは、彼女が以前から疑っていたことだ。
 もし真由美と競争になったら、ほのかには、勝てる自信がなかった。
 目下最大のライバルである深雪は、何の()の言っても最後の一線で「実の兄妹」という枷がある。
 最終的に結ばれることは決してないはずだと、ほのかは心の何処かで安心していた。
 だが真由美には、そんな制約はない。
 ルックスでも魔法の実力でも向こうが上、唯一のアドバンテージは「年上でない」という点だけだ。
 しかし、達也が一歳や二歳の年齢差を気にするとも思えなかった。
 心の中に(さざなみ)が生じた。
 波は静まる気配も無く、心の中に広がっていく。
 波は、ほのかの心の中に止まらなかった。
 今朝、あの瞬間、ほのかの歓喜は、人形の内に宿るものを震わせた。
 今、あの時につながれたパスを伝って、漣は“ソレ”を再び震わせていた。


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