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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第五章・来訪者編
5-(16) スケープゴート
 “それ”は弱っていた。
 “それ”は元々この世界に属するものではなく、自ら望んでこの世界にやって来た訳でもなかった。
 “それ”は強いプシオン波動に引き寄せられる性質を持つ。
 狂喜、悲嘆、憎悪、そして、願望。
 祈り、と言い換えても良い渇望のプシオンの波動によって、形の無い世界から形を記した世界へ、一刹那だけ揺らいだ「壁」を越えて引きずり込まれた。
 壁を越えた時の衝撃で、“それ”は十二に分裂し、“それ”を引き寄せた人間に宿った。
 “それ”が存在し続ける為には、プシオンを吸収しなければならない。“それ”は存在するだけで、少しずつプシオンを排出しているからだ。
 だが「形ある世界」では、“それ”は独力でプシオンを吸収することが出来ない。プシオンを集めることの出来る、形あるものと一体化しなければ、プシオンを補給できない。
 本体だけの状態で何度も力を行使した結果、“それ”は「形ある世界」に来てから貯蔵した大量のプシオンを失っていた。その上、高圧のサイオン流を浴びせられて、物質次元に侵入していた部位が大きく削り取られた。
 “それ”本体に、高度な思考力はない。宿主の隠された思考や抑えられた衝動を反映し増幅した結果、魔物と呼ばれているに過ぎない。
 “それ”本体には、存在を続けるだけの、本能に似た思考力があるだけだ。
 それでも、今の弱った状態では、意思の防壁に穴を穿ち新たな宿主を得ることは難しいと、その乏しい思考力で理解していた。
 何処か、休む場所が必要だった。
 意思が無く、大量のプシオンを含む場所。
 例えば、抜き取られ本体から切り離されたばかりの、血液の中。
 例えば、人の形を与えられたことでプシオンを集める、意思無き人形の中。
 人気を避けてさまよっていた“それ”は、敷地の端に建つ倉庫の中で、休む「場所」を見つけた。

◇◆◇◆◇◆◇

 リーナは人生初とも言うべき居心地の悪さを味わっていた。
 屈辱的といえば大統領主催の茶会(ティー・パーティー)に招待された時の、女性にとって屈辱以外の何者でもない徹底したボディチェックを受けさせられた経験があるが、不快感で言えば今この時は、それに匹敵した。
「……では、スターズのシリウスともあろう者が、高校生相手に手も足も出せずに容疑者を奪われた、ということかね」
 ミアは自爆したので最終的には奪われていません、と抗弁したかったが、査問委員がそういうことを問題にしているのではないと、流石に理解していたので、大人しく俯いていた。
「しかもその容疑者は、同じ部屋で寝起きしていたオペレーターだということじゃないか。
 一ヶ月近く一緒に暮らしていて、気がつかなかったのかね」
 その「容疑者」をオペレーターとして潜入任務に不慣れな自分の下につけたのは貴方たちではないか、とリーナは今度こそ声を大にして言い返したかった。
 そんなことが言えるはずはない、と分かっているから余計、ストレスはが溜まる一方だ。
 更に、ネチネチ、ネチネチと嫌みが続く。
 USNA軍内部にも、若すぎるリーナに嫉妬している者は少なくない。実戦から縁遠い軍官僚ほどその傾向が強く、今、彼女の前にいる男たちは(何故か女性は査問委員に選ばれていなかった)、典型的な「実戦を知らない」軍官僚たちだった。
 真面目に考えたり腹を立てたりするのが馬鹿馬鹿しくなる意味の無い(少なくともリーナの主観では)嫌みをボーっと聞き流していたリーナだったが、
「ところで、少佐のメディカルチェックは万全なのか?
 感染者と一ヶ月同居していたのだろう?
 少なくとも噛まれた痕が無いかどうか、すぐにでも確認すべきではないか。
 もしまだであるなら、今この場ででも、確認すべきだ」
 流石にこの暴言というか暴論というか、セクハラもいいところな言い種には、目を覚まさずにいられなかった。
 今、ここで、裸になれというのか、この狒々オヤジどもは!
「それは少佐に対して、余りに失礼というものでしょう」
 激発寸前で踏みとどまることが出来たのは、このタイミングの良い援軍があったからだ。
 お陰でリーナは「若いのに冷静で思慮深い」という評判――評価ではない――を守ることが出来た。
「バランス大佐」
 突如、会議――という名の吊し上げ――に乱入して来た女性を怒鳴りつけようとした査問委員は一人や二人ではなかったが、彼女が誰なのかを認識して、その行為を咎めることが出来る豪傑は、委員の中に一人もいなかった。
 彼女の名前はヴァージニア・バランス大佐。
 スターズという組織を前提に考えるとコードネームとしか思えない姓名だが(ヴァージニア〔乙女座〕にバランス〔天秤座〕だ)、これはれっきとした本名。
 つい先日、三十代最後の日を迎えたはずだが、見た目は三十代に突入したばかりにしか見えない、颯爽としたお姉さんである。
 だが、彼女が怖れられているのは、大佐という階級の故でも若作りな外見の故でもない。そもそも階級を問題にするなら、この場に集った軍官僚の過半は将官を査問に掛けた経験を持っている。
 委員を(よく言えば)遠慮させているのは、彼女の役職。
 USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長。
 カナダ軍統合時に改組・新設された、情報部において制服組のみならず私服組の不法行為にも目を光らせている内部監察局のナンバー・ツー。それがバランス大佐の役職だった。
 任務の性質上、この場にいてもおかしくない人物であり、寧ろ、最初から呼ばれていないことの方がおかしな人物だ。――彼女の地位と役職からして、この査問に合わせて来日していることを他の委員が知らなかった、などということは、あり得ないのだから。
 その彼女がいきなり入ってきたからといって、咎め立てすることは不可能だった。
「失礼、発言をご許可願えますか?」
 一段高い場所に座る査問委員をジロリと見渡して、言葉だけは慇懃に、大佐は発言を求めた。
「あ、ああ、許可しよう」
「ありがとうございます。
 何故、本官が、この場に最初から呼ばれなかったのかは、別の機会にお訊きするとしまして」
 査察委員の半数が怯んだ顔を見せたが、バランス大佐はそちらにチラリと目を向けただけで、リーナへ向き直った。
「今回、シリウス少佐に与えられた任務は、彼女の職務及び能力から見て適正なものではなく、任務の失敗を彼女の責に帰すのは妥当ではないと本官は考えます」
 室内にざわめきが走った。
 それはすぐに収まったが、それはバランス大佐がここまで真正面からリーナを擁護するとは予想されていなかったことを示していた。
「ですが、責任の有無とは別に、スターズ総隊長の地位にある者が魔法戦闘で遅れを取ったという事実は、憂慮すべきことです。
 “シリウス”は、我が軍最強の魔法師なのですから」
 リーナが両手をギュッと握り締めた。
 バランス大佐の指摘は、誰よりもリーナ本人がそう思っていることだ。
 口惜しくて、奥歯がギリギリと音を立て始めそうだ。
「シリウス少佐も当然、雪辱の機会を望んでいるはずです。
 そうですね、少佐」
「ハイ……!」
 リーナの返事に頷くと、大佐は壇上の一同に目を移した。
「本官はシリウス少佐の現行任務継続を提案します。
 それと同時に、現地の支援レベルを最高水準に引き上げることを、合わせて提案いたします」
「最高水準の支援とは、具体的に何を意味しているのですか」
 委員の一人が、大佐に問う。
 大佐は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「駐在武官に対する監査を名目として、本官が東京に駐在しようと思います」
 今回沸き起こったざわめきは、中々消えようとはしなかった。
「また、本部長より既に、『ブリオナック』の使用許可を頂いております」
 ざわめきがどよめきに変わった。
「大佐殿、それは真でありますか?」
 リーナも「信じられない」という表情を浮かべている。
「本当だ」
 階級秩序の観点から言えば余り好ましくない類の質問に笑顔で答え、大佐は更に一言、付け足した。
「私が持って来た」

◇◆◇◆◇◆◇

 掌の中にサイオンを集め、握り締める。
 それは、「術式解体」を行使する際の、いつものイメージ。
 通常の術式解体であれば、握り込んだサイオンを展開中の起動式や対象物に作用中の魔法式に叩きつける。
 だが今、求めている技術は、情報体が作用している実体を手掛かりに情報体を狙い撃つのではなく、情報の次元において情報体を狙い撃つ技。
 情報の海を漂うバラサイトの本体を、直接、攻撃する手立て。
 握っていた手を開く。
 腕を突き出すことはしない。
 物理的な方向性のイメージを補完する為の動作は、かえって邪魔だ。
 情報の次元では、軌跡や航跡の類は生じない。何処に何があるか定義されれば、それは、そこに、ある。
 標的の孤立情報体――式神の一種らしい――に重なるようにして、達也が放ったサイオン塊が情報次元(イデア)に出現した。
 複数の物質が、同時に、同一座標に存在することは出来ない。
 だが、情報にはそんな制約は無い。情報次元に存在する情報体には、物理的なアロケーションの制限も無いのだ。
 孤立情報体と重なった「座標」で圧縮状態から解放された達也のサイオンは、孤立情報体に何の影響も与えず拡散して消えた。
「クッ……」
 奥歯をギリッと噛み締めて悔しさを表す達也を、心配そうな表情で見つめる深雪の隣から、的作りに協力していた八雲がいつもと変わらぬ飄々とした口調で話し掛けた。
「流石の君も苦戦しているね。
 出来ない人間にはどんなに努力しても出来ない類の技だからねぇ、これは」
 突き放した言い方に、深雪がキッと殺気のこもった目を向ける。
 表情を変えなかったのは流石、八雲と言うべきか。もっとも、よくよく見れば、こめかみ辺りに冷や汗らしきものが浮いているようにも見えたが。
「……三日で理の世界に遠当てを放てるようになったんだから、適性が全く無いということでもないと思うんだけどね……」
 パラサイトが校内に侵入し、勝利無き苦い結末に終わったあの日から、ちょうど一週間。達也はその翌朝から八雲に修行を願い出て、今日で七日目となる。
 八雲の言葉とは裏腹に、達也はこの二、三日、才能の壁を改めて実感していた。
 三日で情報次元の標的にサイオン弾を当てることが出来た、というのは、並みの修行者からすれば高速で長足の進歩。
 だが達也は元から、イデアに漂う情報体を認識することが出来ていた。並の修行者を比較の対象にするなら、彼は修行前から大きなアドバンテージを持っていたのであり、それにも関わらず未だに的に対してサイオン弾を作用させることも出来ない現状は、自分に対してポジティブな評価を下せるものでは、とてもなかったのである。
「まあ、適性の有無は、結果でしか判らないところがあるからねぇ。
 今日、まるで出来なかったことが、明日になると突然出来るようになったりするのも、術法というものだから」
 そんな達也の苛立ちを汲み取ったのか、八雲がそんな慰めを掛ける。
「もっとも、『何時か』を待っていられない状況であるのも、また事実」
 無論、ただ慰めるだけで終わるはずもない。
「君の場合は何処を狙えば良いのかは判る訳だから、遠当てとは別の攻撃手段を編み出すのも、一つの手だと思うよ」
 それを聞いて、失礼だとは知りつつも、達也は苦笑を漏らしてしまった。
「そんなにホイホイと新しい魔法を開発出来るものじゃありませんよ。
 行き詰まっているのは認めますが、それにしたって買い被り過ぎです」
「そうかな?
 君は確かに、ある一面では非才だけど、術式の改良や開発に掛けては非凡な才能を持っているじゃないか。
 自分から可能性を狭めてしまうのは、得策じゃないと思うけどねぇ」
「そうですよ、お兄様!」
 尚も乗り気でない様子の達也を、今度は深雪が激励する。
「お兄様ならば必ずや、余人には考えも及ばない、素晴らしいアイデアを実現することが出来ます」
 ……いや、激励を通り越して、断言していた。
 深雪の言葉は、推測の形すら取っていなかった。
「僭越ながら、どちらも諦めてしまわれる必要は無いかと存じます。術式解体による直接攻撃を第一の対策としつつ、新たな魔法の開発を並行して進めればよろしいのではないでしょうか」
 口にしたのが深雪でなければ、達也は「無茶言うな」と一蹴しただろう。あるいは、「過労死させる気か」と笑って冗談で済ませただろう。
 だが深雪の、期待と言うも愚かな、信頼しきった眼差しを前にしては、「出来ない」とか「不可能」とかその類の回答を返すことは、それこそ不可能だった。

◇◆◇◆◇◆◇

 雪辱を期して動き出していたのは達也とリーナの二人だけではなかった。エリカも、幹比古も、真由美も克人も、それぞれに再戦――個体に対する再戦ではなく、パラサイトという脅威に対する再戦――へ向けて動き始めた二〇九六年一月末、凶報が、太平洋の向こう側から舞い込んだ。
「お兄様、これは……!」
 達也たち兄妹は、それを朝食時、テレビのニュースで知った。
 まるで日本が朝になるのを待っていたようなタイミングで発信されたそのニュースは、達也を絶句させるに余りある衝撃的なものだった。
「……雫が教えてくれたお話と、同じですよね……?」
「……随分と脚色されているみたいだけどな」
 ようやく声を出せるようになった達也は、苦々しい声で答えた。
 ニュースの中身は、とある政府関係者による匿名の内部告発の形式をとっていた。
 内容は、こうだ。

――政府は、昨年十月三十一日、朝鮮半島南端で使用された日本軍の秘密兵器に対抗する手段の開発を、軍の魔法師に命じた。魔法師たちはダラス国立加速器研究所において、科学者の警告を押し切り、粒子加速器を利用して異次元からデーモンを呼び出した。
 魔法師たちはデーモンを使役することで、日本の秘密兵器に対抗しようとしたのである。
 しかし彼らは、デーモンの制御に失敗し、身体を乗っ取られてしまった。
 昨年末より巷間を騒がせている吸血鬼の正体は、デーモンに憑依された軍の魔法師であり、犠牲者に対して軍は三重の責任を負っている。
 一つ目は、無謀な実験を強行した魔法師たちを止められなかったこと。
 二つ目は、リスクが高いと分かっていて強行した実験に失敗したこと。
 三つ目は、正気を失っている可能性が高いといえども、軍に所属する魔法師が市民に危害を加えていること。
 この不祥事の根本的な原因は、軍が魔法師を統制しきれなかったことにある。
 魔法という、強力ではあるけれども何時暴走するか分からない超自然的な力を利用することが果たして本当に国益に適っているのかどうか、我々はもう一度、良く考え直してみる必要があるのではないか――

「巧くオブラートに(くる)んではいるが……」
「では、やはり!?」
「魔法師排斥が、本音だろうね」
 強張った表情の深雪に答える達也の苦い声は、憂慮しているというより呆れ気味のものだった。
「根っ子は『人間主義者』と同じか……魔法師でない者の方が圧倒的に多いのだから、メディアがどっちにつくかなんて、考えるまでもないが。
 それより問題は、ニュースソースだな」
 達也は電話機のコンソールに手を伸ばしかけて、その動作を中断した。
 誰に電話を掛けるつもりだったのか……いくつもの候補先の中から、深雪の脳裏には何故か、味方とは言えない相手の顔が浮かんでいた。

◇◆◇◆◇◆◇

 突如降って湧いた爆弾ニュース(スキャンダルの方が妥当かもしれない)に、リーナは(比喩ではなく)頭を痛めていた。
 学校になんて行っている場合じゃない、というのが彼女の率直な思いだったが、だからといって百パーセント実戦要員である彼女がいても事態の沈静化には何の役にも立たないし、彼女に「いつも通り」を指示したのはバランス大佐本人だ。
 上官直々の命令では、サボタージュを決め込むことも出来ない。
 リーナはズキズキと痛む頭を抑えて「第一高校前」駅の改札を抜けた。
 後は校門まで一本道、なのだが。
「おはよう、リーナ」
 突然目の前に立ち塞がった人影に、リーナは頭痛を忘れて踵を返し、脱兎の如く逃げ出した。

「人の顔を見ていきなり逃げ出すってのは、どういう了見なんだ……?」
「ア、アハハハ……」
 リーナの逃走は僅か三歩で失敗に終わった。
 改札口には、予め深雪が回り込んでいたからだ。
 ニッコリ笑うクラスメイトの笑顔を見て、「まさか、読まれていたの!?」とリーナは戦慄を覚えたのだが、それを口に出すのも口惜しかったので、今は笑って誤魔化すことしか出来ずにいた。
「まあ、良い。いや、本当は良くないが、今はそんな話をしている時間が無いからな。
 好きこのんで遅刻する必要もないし、歩きながら話そう」
「……何の話?」
 警戒感を露わにして、それでも大人しくついて来るのは、こんな所で騒ぎを起こす訳にはいかない自分の立場を弁えているからに他ならない。
 彼女が余り忍耐強い方ではないということは短い付き合いで分かっているので、達也は即、本題に入った。
「今朝のニュースは見た?」
「……見た。不本意だけど」
 本当に不機嫌そうに、リーナが答える。
 端から見ると達也が何か怪しからん事を言ってリーナを怒らせているように見えるが、達也と深雪でリーナの左右をブロックしているので、積極的に覗き見しようとしない限り、第三者に見られることは無い。(覗き見しようとしている者があれば、達也はもちろん、深雪もリーナも確実に気がつく)
「あれは何処まで本当なんだ?」
 達也の質問に正直に答えなければならない義理は無い。
 だが、誰かに愚痴をこぼしたい気分だったリーナは、相手が自分の事情を知っていて今更隠す必要が無いのを幸いとばかり、ストレスの発散を始めた。
「肝心なところは全部、嘘っぱちよ!」
 流石に声量は抑えているが、声の調子は激しいものだった。
「表面的な事実は押さえてあるから、余計にタチが悪い!
 情報操作の典型だわ!」
「やっぱり、世論操作か」
 納得、という達也の声音の意味が理解できず、リーナは首を傾げた。
「なに、やっぱりって? 世論操作?」
「いや、単なる推測だ。
 それで、表面的な事実関係は正しいんだな?」
「……そうよっ!」
 指摘されたくないことをズバッと指摘されて、リーナは数秒前の疑念を忘れ、不本意丸出しで吐き捨てた。
「しかしあの内容なら、当然機密扱いになっていたはずだ。
 外部の人間が調べ上げるのは難しいと思うが」
「…………『七賢人』よ、多分」
「七賢人? ギリシャの?」
「“The Seven Sages”って名乗ってる組織があるの。正体不明だけど」
 リーナのこの台詞には、達也も驚きを禁じ得なかった。
「君たちに正体が判らない? ステーツの組織なんだろ?
 そんなことがあり得るのか?」
「あるのよっ! 口惜しいことに!」
 リーナの表情は、本当に口惜しそうなものだった。
「七賢人って組織名も向こうから名乗ってきたもので、どんなに調べても尻尾が掴めないのよ。
 辛うじて分かっているのは、セイジ〔Sage:賢者〕の称号を持つ幹部が七人いるらしいってことだけ」
「まんまじゃないか」
「だから正体が判らないって言ってるでしょうが!」
「チョッと、リーナ。お兄様に当たらないで」
「なっ、わ……」
 深雪の余りに盲目的というか、空気を読まない発言に、リーナは「なんですって!」「ワタシが悪いというの!?」と爆発しそうになったが、深呼吸を繰り返すことで何とか人目を集める真似をせずに済ませた。
「……気にしたら負けよ、アンジェリーナ、ミユキはかなりおかしいんだから。あんなブラコン娘のブラコン発言をいちいち気にしてたら(きり)がないんだから。あんなブラコン気にしちゃ駄目ブラコン気にしちゃ駄目ブラコン駄目ブラコン駄目……」
 気持ちを落ち着かせる為に口の中で呪文のように唱えていた言葉を聞き咎められることは、幸いにして無かった。
「リーナ?」
「えっ? ゴメンナサイ、なに?」
「その七賢人だが、人間主義者とつながっている可能性はないのか」
 達也の指摘を、歩きながら少し考えて、リーナは(かぶり)を振った。
「百パーセントの否定は出来ないけど、多分、それはない。
 過去の例で判断する限り、七賢人はイデオロギーや狂信とは無縁の組織よ」
「狂信はともかく、イデオロギーと無縁の組織なんてあり得るのか?」
「……言い方が悪かったわね。
 彼らには、普通に言われているようなイデオロギーは無いわ。
 ウチのプロファイラーによると、彼らは刹那的で愉快犯的なメンタリティの持ち主だそうよ。
 一つのイデオロギーに執念を燃やし続けるというあり方は、彼らのイメージにそぐわない。
 何より、七賢人はワタシたちに協力してくれたこともある。随分、一方的な協力の仕方だったらしいけど」
 七賢人の名前はその時に知ったのよ、と付け加えるリーナに、達也は成る程と頷いた。
 確かに、人間主義者とはイメージが違う。
「最後に、もう一つだけ訊かせてくれ」
 校門まではまだ些かの距離が残っていたが、達也は質問の切り上げを宣言した。
「……なに」
 今まで以上の真剣な声に、リーナの返答にも警戒感がみなぎる。
「パラサイトをこの世界に招いたのは、意図した結果か?」
「いいえ」
 達也の質問に、リーナはキッパリと否定を返した。
「本気で言ってるのなら、怒るわよ、タツヤ」
 そう言いながら、既に結構怒っていた。今はただ、その矛先が達也に向いていないだけだ。
「ワタシは既に、三人の『感染者』を処断しているのよ。
 これが誰かの企んだ結果だというなら、ワタシはソイツを許さない」

◇◆◇◆◇◆◇

 マイクロブラックホール実験のリーク元と人間主義者の関係を、達也に向かって、リーナはキッパリ否定した。
 達也も、リーナの推測を妥当なものと判断した。
 だが、そんな二人を嘲笑うように、人間主義者による魔法師排斥運動は大きな潮流と成って、北アメリカ大陸を東から西に浸食していった。
 その潮流が世界に広がるのも時間の問題だった。
 季節に遅れること三ヶ月、「冬」が到来しようとしていた。
 第五章はこれで終わりです。
 第六章は、第五章の続編(解決編)になります。


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