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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第四章・追憶編
4-(8) 魔神が生まれた日
「あの、よろしいのですか?」
 お兄様の背中を見送ったわたしに、桜井さんが躊躇いがちに、そう話しかけて来た。
「何がでしょうか?」
 どうも、わたしの思考力は居眠り(サボタージュ)中なのか脱走(エスケープ)中なのか、さっきから思うように働いてくれない。
「いくら達也君の腕が立つといっても、戦争に行くなんて……それも、最前列に飛び込んでいくなんて、危険過ぎはしないでしょうか」
「っ!」
 囁くような桜井さんの声は、耳元で大音量の目覚まし時計を鳴らされたように、わたしには聞こえた。
 そうよ! 何をわたしは、平然と見送っているの? お兄様が戦争の真っ只中に飛び込んで行こうとされているのに!
「深雪さん!?」
 走り出したわたしの背中を、桜井さんの声が叩いた。
 追いかけて来たのは声だけだ。
 お母様を放っておく訳には行かないから。
 ごめんなさい。
 わたしは心の中で彼女に謝った。
 お母様を任せきりにしてしまうのは心苦しかったけど、今はそれより、お兄様を止めなければ!
 わたしはその一心で足を動かした。
 幸い、お兄様はまだそんなに遠くまで行ってはおらず、わたしは道に迷うことも無くお兄様に追いついた。
「お兄様!」
 もしかしたら、振り向いてくれないかもしれない。そんな(おそれ)が意識を過ぎったけど、それはいくら何でも杞憂だった。
 お兄様は先行する真田中尉に何か小さく一声かけて、足を止め振り向いた。
 中尉さんは少し進んだところで立ち止まっている。多分、わたしたちに気を遣ってくれたのだと思う。
「深雪、どうした?」
 当たり前の口調で、ごく自然に「深雪」と呼ばれたことに、何だかジーンとこみ上げてくるものがあったけど、今は浸っている場合じゃない。
「お兄様、あの、」
 行かないでください、と言い掛けて、わたしはいきなり、意識してはならないことを意識してしまった。
 これではまるで、「ラブロマンス映画(小説または漫画でも可)」にありがちな、恋人を引き止めるヒロインの台詞みたいだ、と。
 それも「禁断の兄妹愛」ものの。
「深雪?」
 それこそいきなり、絶句してしまったわたしを、お兄様は訝しげに見ている。
 多分わたしの頬は、熟したリンゴみたいになっていることだろう。
「……い、行かないでください」
 それでも、言わない訳にはいかない。引き止めない訳にはいかない。
「敵の軍隊と戦うなんて、危ないことはしないでください。
 お兄様がそんな危険を冒す必要は無いと思います」
 言えた……!
 わたしは、「これで大丈夫」という達成感に包まれていた。
 お兄様がわたしの言葉に首を振るなんて――首を横に振るなんて、わたしは全く予想していなかった。
「確かに、必要は無い。
 俺は、必要だから行くんじゃなくて、そうしたいから戦いに行くんだよ、深雪」
 だから、お兄様のこの回答は、ショックだった。
 拒否されたこともショックだったし、まるで人殺しを望んでいるみたいな言い方もショックだった。
 だけど、わたしの身体はお兄様から遠ざかろうとはせずに、わたしの手はお兄様の服を掴んでいた。
 上着を掴んだわたしの手を、お兄様は不器用な笑みで見下ろして、わたしの手に自分の手を重ねた。
「さっきも言ったとおり俺は、お前を傷つけられた報復に行くんだ。
 お前の為じゃなくて、自分の感情の為に。
 そうしなければ、俺の気が済まないから。
 俺にとって、本当に大切だと思えるものは、深雪、お前だけだから」
 そう言ってお兄様はわたしの手をそっと外し、「我侭な兄貴でごめんな」と笑った。
 わたしは多分、顔中が、完熟トマトの様に真っ赤になっていただろう。
 でもすぐに、お兄様の言葉に違和感を覚えて、眉を顰めた。
「大切だと、思える……?」
 お兄様は今、「大切なもの」じゃなくて、「大切だと思えるもの」と仰ったわよね?
 単なる言い回しの違いだけで、特に意味は無いのかもしれないけど……何故か、気になる。
 無意識に口を()いて出た、質問にもなっていないわたしの呟きに、お兄様は「参ったな」と言いたげな苦笑を浮かべた。
 その表情は、笑っていながら、泣いているようだった。
 涙なんて浮かべていないし、そもそもお兄様の泣き顔なんてわたしは一度も見たことは無いけど、わたしは理由も無く、これがお兄様にとって悲しい話題なのだと思った。
「……っ、申し訳ありません!」
 だから、わたしは謝った。わたしがお兄様を悲しませるなんて、もうこれ以上、あってはならなかったのに……そう思って、勢い良く頭を下げた。
 わたしの長い髪をかき分けて、わたしの頬に、華奢な少年の手が滑り込んできた。
 華奢だけどそれでも、わたしの手よりずっと大きくて、しっかりしている、お兄様の手が。
 お兄様の手の動きに合わせて、わたしは顔を上げた。
 無理矢理な力は無かったけど、逆らうことなど出来なかった。
「いや……お前もそろそろ、知っておいても良い頃だ。
 知らずに済むなら、ずっと知らないままにしておいてやりたかったけど……お前が母さんの娘で、あの人の姪である限り、そういう訳にも行かないんだろうな……」
 お兄様の言葉はわたしに向けられたものだったけど、わたしに話しかけているものではなく、ご自分に言い聞かせているもののように思われた。
「お兄様?」
「今は時間が無いし、俺から話して聞かせるべきことでもないと思う。
 だから深雪、母さんから教えて貰いなさい。
 今、お前が疑問に思ったことの、答えを」
「お母様に……?」
「深雪、心配するな。
 俺が本当に大切だと思えるものはお前だけだ。だから俺は、これからもお前のことを護り続けるし、その為に無傷で帰って来る。
 大丈夫。俺を本当の意味で傷つけられるものなど存在しない」
 お兄様はわたしの頬に置いた手を頭に移して、わたしの頭をクシャクシャ、と撫でた。
 少し乱暴にかき乱された髪に手を遣るわたしに笑いかけて、お兄様は小走りに真田中尉の方へ駆けていった。
 そのまま、今度こそ、お兄様は戦場へと出向いて行った。

◇ ◇ ◇ ◇

 防空指令室、と言われても、それが何処にあるのかなんて、わたしは当然知らない訳で。
 外壁も内壁も無くなってしまったあの部屋に戻る以外、わたしには選択肢がなかった。
 そういえば、あの部屋の壁、何故消えてしまったのかしら?
 桜井さんとお兄様のお話では魔法を阻害する結界術式が組み込まれていたということだから、魔法で破壊された可能性は低いと思うけど、あんなに綺麗な断面は逆に魔法じゃないと難しい気もする。
 置いていかれることはない、とは思いつつ、やっぱり少し不安になって、わたしは小走りでさっきまで居た部屋へ戻った。
 あっ……
「お待たせして申し訳ございません」
 出迎えてくれたお母様に、わたしはまず、謝った。
 いくら体力の回復に必要だからといって、まさか担架で運んでなど行けないのだし、何らかの覚醒措置がとられるのは考えてみれば当然だった。
 わたしは勝手な判断でお母様を放置した形になったことと、その結果お母様たちを待たせてしまうことになったことに対して、お怒りを免れる為ではなく、本当に申し訳なく感じて頭を下げた。
「謝る必要はありませんよ、深雪さん。
 勝手な真似をした達也を連れ戻しに行ってくれたのでしょう?」
 にこやかに答えるお母様。
 うっ……かなりお怒りになってる……
「それで、達也は何処へ? 姿が見えないようだけど」
「あの、それが……お兄様は軍と協力して敵の撃退に当たられると」
「お兄様?」
 訝しげにお母様が眉を顰めた。
 反射的に「拙かったかな」と考えたけど、言い直そうとは思わなかった。
 お母様にも咎められなかった。
 咎める代わりに、「はぁ……」とため息を()かれた。
「そんな勝手な真似をするなんて……やはり、不良品ね」
 突き放すような、ではなく、突き放した、台詞。
 諦め、ではなく、見切り。
 それが誰のことかなんて、訊くまでもない。
 義憤に駆られるよりも、ゾッとした。
 自分の母親が、実の子供に対して、ここまで淡泊になれるということに。
「まあ、いいわ。
 今回はそれなりに働いてくれたことだし、好きにさせましょう……
 お待たせしました。ご案内くださいな」
 お母様は案内の為に待っていた兵隊さんに声をかけた。

 ――「それなり」なんかじゃない。
 ――わたしが生きているのも、お母様が助かったのも、お兄様のお蔭。

 なのにわたしは、「それなりに」という評価に、異を唱えることも出来なかった。

◇ ◇ ◇ ◇

 防空司令室は装甲扉を五枚、通り抜けた先にあった。
 窓がない、どころか直接外に面している壁もない、学校の教室四個分くらいのフロアで、中は三十人前後のオペレーターが三列に並んだコンソールに向かって座っている小ホールと、壁からホールの大型スクリーンに向かって突き出した八つの中二階個室からなっていた。
 わたしたちは前面がガラス張り(透明な樹脂かもしれない)になった個室の一つに通された。
「盗聴器や監視カメラの類は見当たりません。どうやら、高級士官や防衛省幹部の視察用の部屋みたいですね」
 部屋の中を調べていた桜井さんがお母様にそう告げた。
 どうやって調べているのは知らないけれど、彼女の調査結果は信頼できる。
 この部屋で内緒の話をしても大丈夫ということね。
「それから前面のガラスは、ただのガラスじゃありませんね。
 警視庁にも同じものがありました。
 この指令室でモニターしている任意の映像を映し出すことが出来るものです」
 そう言って桜井さんは、卓上モニターを見ながらコンソールを操作し始めた。
「お母様、一つ、お教えいただきたいことがあるのですが」
 その間に、わたしは思い切って、さっきのことをお母様に訊ねてみることにした。
「お兄様が先程、本当に大切だと“思える”ものはわたしだけだ、と仰ったのですが……何故『大切なもの』ではなく、『大切だと思えるもの』なのか、理由をお訊きしたところ、お母様に教えていただくように、と……」
「そう。達也がそんなことを」
 わたしの質問を、眉を顰めながら聞いていたお母様が、つまらなさそうにそう呟いた。
「そろそろ教えてあげても良い頃かしらね」
 そして、お兄様と同じようなことを仰った。そこに何か、重大な秘密を感じて、わたしは緊張に身を強張らせた。
「でも、その前に……深雪さん、達也のことを『お兄様』と呼ぶのはお止めなさい。
 他人の耳目がある場所では仕方のない部分もあるから構わないけど、四葉の者だけしかいない場で達也を兄として扱うべきではないわ。
 貴女は真夜の跡を継いで四葉の当主になるのだから、あのような出来損ないを兄と慕い依存しているなどと見られるのは、貴女にとって大きなマイナス点となりかねない」
「そんな言い方……!」
 わたしは思わず、遠慮を忘れて、お母様に食って掛かっていた。
 緊張して、真剣に耳を傾けていた分、いくらお母様でも聞き流すことが出来なかった。
「実の子に対して、出来損ないなんて!」
(わたくし)も残念だとは思うのだけど、事実だから仕方がないわ」
「そんなことありません! お兄様はそのお力で、わたしを助けてくださいました!」
「さっきのこと? そうね、あの程度のことはやって見せてくれないと……あの子は、あれしか出来ないのだから」
 わたしの精一杯の反論に、お母様は今まで聞いたこともないくらいの、冷淡な声で答えた。
 それは、すっかり諦めきっているような、冷淡さだった。
「達也が貴女に話して聞かせるべきだと言ったのなら、私は別に構いません。
 そうね、何から話してあげましょうか……」
 お母様が思案されている最中、不意に、壁一杯の窓は映し出す風景を変えた。
 オペレーターが忙しく立ち回る指令室が、空から地上を見下ろす映像へ。
 そこに映っていたのは、空から降下したばかりのお兄様だった。
 わたしはそれを映し出してくれたのであろう、桜井さんに目を向けた。
 桜井さんは無言でわたしたちを――わたしとお母様を見ていた。
 彼女に口を挿むつもりが無いのは、訊いてみるまでもなく明らかだった。
 彼女が、わたしの知らない多くのことを知っている、ということも。
 ――お母様は、お兄様の姿を映し出したスクリーンを、見ようともしなかった。
「達也は、魔法師としては、欠陥品として生まれました。
 あの子をそういう風にしか産んであげられなかったことには責任を感じないでもないけど、達也が魔法師としてどうにもならない欠陥を抱えているという事実は事実。
 達也は生まれつき、二種類の“魔法”しか使えません。
 情報体を分解すること、情報体を再構成すること。この二つの概念の範疇でなら、様々な技術を編み出したり使い分けたりすることが出来るみたいですけど、達也に出来るのは何処まで行ってもこの二つだけで、魔法師の本領たる情報体を改変することは出来ないのですよ。
 魔法とは、情報体を改変し、事象を改変する技術。それがどんな些細な変化であっても、何かを別のものに変えるのが魔法。でも達也にはそれが出来ない。あの子に出来るのは、情報体をバラバラに分解することと、情報体を元の形に作り直すことだけ。それは、本来の意味の魔法ではないわ。情報体を別のものに変化させるという、本当の意味での魔法を使う才能を持たずに生まれたあの子は、魔法師として紛れもなく欠陥品です。
 まあ、その再構成の力で私たちは助かったのだけど、あの力は厳密に言えば“魔法”ではありません」
 反論の言葉は、思いつかなかった。
 ただ、わたしは思った。
 あれが魔法でないのなら、あの力は、何と呼ぶべきなのだろう。
 あれが「魔法」以外の名で呼ばれるべきものならば、それは「奇跡」に他ならないのではないのだろうか?
「でも、わたしたち四葉は十師族に名を連ねる魔法師で、魔法師でなければ四葉の人間ではいられない。
 魔法が使えないあの子は、四葉の人間としては生きられない。
 だから私たちは、私と真夜は、七年前、あの子にとある手術を施すことにしました。
 ――もっとも、あの実験の動機はそれだけでも無かったのだけど……」
 実験?
 その単語は、わたしの耳の中で、不吉に響いた。
「人造魔法師計画。魔法師ではない人間の意識領域に、人工の魔法演算領域を植え付けて魔法師の能力を与えるプロジェクト。
 その精神改造手術を達也に行った結果、あの子の感情に欠落が生じてしまったのです。
 いえ、感情と言うより衝動と言った方が適切かしら。
 強い怒り、深い悲しみ、激しい嫉妬、怨恨、憎悪、過剰な食欲、行き過ぎた性欲、盲目の恋愛感情。そういう『我を忘れる』ような衝動を、一つだけの例外を除いて失ってしまった代わりに、達也は魔法を操る力を得ました。
 ただ残念ながら、人工魔法演算領域の性能は先天的な魔法演算領域の性能に著しく劣っていて、結局ガーディアンとしてしか使い物になりませんでしたが」
 まさか、と思った。
 そんなはずはない、と思った。
「その『手術』を……お母様が為さったのですか?」
 そう思いながら、問い返さずにはいられなかった。
 「窓」には、体格に勝る大人たちに囲まれたお兄様が、敵の上陸部隊と接触した様子が映っていた。
「私以外には出来ないでしょう?」
 否定して欲しい、というわたしの願いは、叶わなかった。
 分かっていたことだ。
 魔法演算領域は、大脳にそのような器官があるわけでは決してなく、つまるところ精神の機能の一つ。
 人工の魔法演算領域を付加するということは、精神の構造を改変するということ。
 それは、お母様だけの魔法、『精神構造干渉』を使わなければ不可能なこと……
「……何故、そんなことを」
「理由は既に説明しました。
 それより、貴女が知りたがっていたことに答えましょう」

 ――ああ、そうなのですか……

 わたしにも、解ってしまった。
 気づいてしまった。
 その実験で感情の一部を失ってしまったのが、お兄様だけではないということに。
 それが魔法の副作用か、それとも罪悪感やもっと別の精神作用によって引き起こされたものなのかは分からないけれど、

 わたしは初めて、「魔法」に恐怖を覚えた。
 人の心をこんな風に、残酷に変えてしまう「魔法」に。

 スクリーンの中では、お兄様が大型拳銃そっくりのCADを敵兵に向けている。
 お兄様の視線の先で、敵兵が次々に塵と化して行く。
「達也が失わなかった一つだけの例外……それが、答えです。
 あの子の中に残った唯一つの衝動は、兄妹愛。
 妹を、つまり貴女を愛し、護ろうとする感情。
 それだけがあの子に残された、本物の感情なのですよ」
 両手で口を押さえたのは、無意識の動作だった。
 あるいは、条件反射だったのかもしれない。
 そんな必要、本当は無かったのだけど。
 悲鳴なんて出て来ないくらい、衝撃を受けていたから。
「達也は自分のことを良く知っていますから。『大切だと思える』というのは、そういう意味でしょう。
 私のことは、ただ『母親』と認識しているだけで、そこに当然付随すべき親子の愛情は存在しません。達也の心が大切だと思うことが出来るのは、深雪さん、貴女だけです。
 さっきのことだって、私を助けたのはついでに過ぎません。あるいは、私が死ぬと貴女が悲しむと判断したのかもしれませんね」
「お母様はそうなることを……意図的に選ばれたのですか?」
 自分が訊ねているのに、他人が喋っているように聞こえる。
 わたしではないわたしが、わたしの身体を動かし、わたしに質問させているような感覚さえ、ある。
「そこまでハッキリと意図したわけではありませんけどね。
 ただ、キャパシティの関係で、残せる衝動が一つだけであるなら、それは貴女に向ける愛情であるべきだとは、考えていましたよ。
 私よりも貴女の方が、達也と共に在る時間は長いのですから」
「それをお、いえ、あの人に、お話になったのですか」
「もちろん、説明しましたよ。
 あの子はあれで、常識に拘っているところがありますからね。
 親に愛情を抱けない、なんて、つまらないことで悩む必要はありませんから」
 そう仰ったとき、
 微かに、
 子供に愛情を抱けない、お母様の苦悩が、垣間見えた気がした。
「まだ何か、訊きたいことはありますか」
「いいえ……ありがとうございました」
 聞かなければ良かった、と感じている自分がいる。
 聞いておいて良かった、と考える自分もいる。
 直視するには辛い過去、辛い事実、だけどわたしが目を背けてはならない現在と未来。
 スクリーンの中には、無人の荒野を進むが如く一定の足取りで進むお兄様が映っている。
 銃弾も砲撃もお兄様には届いていない。
 お兄様に砲塔を向けた戦車――みたいな物――が、中の搭乗員ごと消え失せた。
 変わらぬ足取りで征く、お兄様。
 でもお兄様と同行している兵隊さんはそういうわけにも行かなくて。
 お兄様に遅れないよう、遮蔽物の陰から陰へ、飛び移るように走りながら銃や魔法を撃っている。
 あっ!
 兵隊さんが、一人撃たれた。
 上空のカメラを通してみる戦場は、まるで映画の中の出来事みたいで。
 わたしがそれほどショックも受けずに見詰めているスクリーンの中で、お兄様が左手に握ったCADをその兵隊さんに向けていた。
 いつの間に?
 そう首を捻る時間は、ほとんど無かった。
 次の瞬間には、その兵隊さんは、何事もなかったようにスクリーンの中を駆けていた。

 敵の砲塔が火を噴く。

 お兄様には当たらない。

 お兄様が右手を向ける。

 敵の姿が消える。まるで、SFXみたいだ。

 味方の兵士が倒れる。

 お兄様が左手を向ける。

 それだけで、倒れていた兵士が何事もなかったように立ち上がる。

 スクリーンに流れている映像は、他の人よりも、一般人だけでなく大多数の魔法師よりも、魔法というものに深く馴染んでいるわたしから見ても、現実感に乏しくて本当に映画みたいだった。
 でもそれは、無責任な傍観者の感想。
 お兄様と共に戦っている軍人さんにとっては望外の幸運。怪我をしても、致命傷であってもすぐ治るという夢のような状況。
 そしてお兄様と向かい合っている敵軍にとっては予想外の凶事。倒したはずの敵が起き上がり、自分たちだけが死体も残せず消し去られていくという悪夢。
 魔神と化して、お兄様は戦場を闊歩する。
 ただ、わたしが撃たれたことの、報復の為に。
 それが七年前から、お兄様が六歳の時から定められていたことだというのなら。
 わたしは、お兄様に、どう報いればいいのだろうか。
 何をお返しできるというのだろうか。

 今のわたしはこの命すら、お兄様から頂いたものだというのに。
 いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
 またご感想を頂いている方々には重ねてお礼を申し上げると共に、お詫び申し上げます。
 現在作者は、私事多忙につき、本編を更新するだけで手一杯の状況です。
 時間的な切迫と、それ以上に精神的な余裕の欠如の為、ご感想のお返事が当分出来そうにありません。
 本編を更新する余裕があるなら返信しろ、とのお考えもある意味当然かと存じますが、何卒ご寛恕願います。


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