この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
「それにしても、聞きしに勝る秘密主義だな」
達也と会話する中で、前後の脈絡なく唐突に呟いた風間の台詞が、深雪の意識に引っ掛かった。
「分かりますか?」
「俺を誰だと思っている」
達也は苦笑いを浮かべながら軽く一礼して、風間に対し謝罪の意を表した。
「敷地の中に招き入れられるまで分からなかったが……最前線の野戦病院ほどではないにしても、これほど濃密な死の臭いが漂う場所は滅多にないぞ」
風間の歯に衣を着せぬ評価に、深雪が思わず眉を顰めた。
おそらくは無意識であろう妹の表情の変化を、達也は「無理もない」と思った。
「悪名高き第四研の跡地ですからね、ここは」
「死(四)の魔法技能師開発第四研究所か……地上の建物を見ただけでは到底分からんな」
現代魔法の勃興期、先進各国と同様、日本に設けられた魔法師開発の研究機関。第一から第十まで置かれた研究所の内、今も稼働しているのはその半数。
残る半数は魔法師の人権が回復するに連れて、研究内容が非人道的との理由から次々と閉鎖された。
中でも人道、人命を無視した研究が行われていたと噂されたのが魔法師開発第四研究所、通称「第四研」だ。
第四研は研究内容の機密性が特に高いという理由でその所在すらも明らかにされぬまま、ただ閉鎖されたということのみが発表された。
旧第四研の中枢は、この四葉本家の屋敷の地下にある。
第四研で開発された魔法師こそが、唯一「四」の番号を与えられた四葉だった。
苗字に四の字を持つ魔法師は四葉以外にも「四方」や「四方堂」、「四月一日」などが知られているが、彼らは十師族、師補十八家とは無関係。第四研とは無縁に偶然「四」の字を姓に持つだけであり、第四研由来の魔法師は四葉だけである。
「研究施設は全て地下にありますから。
この屋敷だけでなく、この村の家屋は全て第四研の研究施設の擬装用なんですよ」
「そうらしいな。俺も三年前に初めて知った時には驚いた」
「まあ、地上に作られた武道場は今でも、魔法師の性能試験に使われていますから……少佐が嗅ぎ付けられた死臭は、淘汰された魔法師の死体のものではないかと」
「そうやって、文字通り死と隣り合わせで鍛え上げられたのが、四葉のガーディアンということか。
なる程、軍に入隊してから少しばかり鍛えた程度では、子供にも敵わぬ訳だ」
初めてそれを知った時、深雪は実際に両手で耳を塞いでしまった。
今は、その事実を正面から受け止めることができる。
しかし今でも、胸を突き刺す痛みは無くならない。
この痛みに慣れることはできない。
この痛みに慣れてしまう日が決して来ないことを、深雪は願っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
わたしたちが見学を始めてから、程なくしてロープ登りの訓練が終わった。
ロープ登りが終了すると、今度は組手。
格闘技に興味がある人には面白いかもしれないけど、空手と拳法の区別もつかないわたしは正直なところ、すぐに退屈してしまった。
このまま見ているだけでは、兄の実力を確認することも出来ない。
わたしだけ先に失礼させていただこうかな……いえ、ダメね。兄がわたしから離れるはずもないし、そうすると何を見に来たのかということになってしまう。それは幾らなんでも、失礼すぎる……せめて、あの人が組手をするところが見られれば良いのだけど……
そんなわたしの、心の声が聞こえた、わけは無いけれど。
「司波君、見ているだけではつまらないだろう?
組手に参加してみないか?」
風間大尉に誘いを掛けられ、あの人はわたしの方をチラリと見た。
「そうですね、せっかくですからお願いします」
今の……退屈していたことを、完全に見透かされた?
カーッ、と顔に血が上る。
意地悪、意地悪、意地悪っ!
何でこんな、気がつかなくても良いところばかり気づくのよ!
――あの人は失笑の欠片すら浮かべておらず、こんなものは子供っぽい八つ当たりに過ぎない、と理性の戒める声がする。
でもわたしの感情は、あの人を糾弾し続けている。
に、兄さんなんて、滅茶苦茶にやられてしまえばいいのよ!
心の中で叫んだだけなのに、わたしは「兄さん」という呼び方に対する違和感を消し去れなかった。
もっと別に、あの人に相応しい呼び方が、本当はある、とでも言うかのように。
それは一体……?
わたしは、自分の心が、良く分からなくなっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
兄の相手に呼ばれたのは、二十代後半から三十代前半と思しき中肉中背の軍曹さんだった。
「司波君、遠慮は要らないぞ。渡久地軍曹は学生時代、ボクシングで国体に出た実力者だ」
魔法抜きでも全国レベルの実力者、ということだろうか?
ステップを踏まず足先を滑らせて、小刻みに距離を詰める動作は、ボクシングというより空手の試合に近い気がするけど、沖縄のボクシングはこういうスタイルなのかしら? それともこれが空軍流?
そんな素人考えに気を取られている内に、組手はあっさり終わってしまった。
フッと訪れた意識の間隙。その一瞬にスルスルと間合いを詰めた兄が、右手を突き出した。
これは結果から導き出した想像だ。
実際にわたしが見たのは、いつの間にか渡久地軍曹の懐に飛び込んで、右手を鳩尾に突き刺している兄の姿。
軍曹は声も無く崩れ落ち、両膝をついて何とかそれ以上倒れるのを免れている。
「渡久地!」
見物していた軍人さんが慌てて駆け寄って、脂汗を流す軍曹に応急処置(と思う)を始めた。
兄は最初の位置まで下がって軽く一礼した。
その姿は倒した相手に対して敬意を示しているようにも、自分の勝利を誇示しているようにも見えた。
「これはこれは……」
風間大尉がわたしの隣で感心したように呟く。真田中尉は目を丸くして絶句している。
「南風原伍長!」
「ハッ!」
大尉の声に、二十代半ばくらいの軍人さんが威勢良く進み出た。
さっきの軍曹さんより痩せているけど、ひ弱な印象はまるきり無くて、炎と鎚と水と砥石で余分なものを削ぎ落とし不純物を取り除いたかの如き、鍛造されたシャープな刃物のようなイメージがある人だ。こうして指名されたことから考えても、さっきの軍曹さんより腕は上。
「手加減など考えるな。全力で行け!」
「ハッ!」
答えると同時、南風原伍長が兄に襲い掛かる。
そんな、無茶よっ!
正面から本気で闘って、手練の軍人に十三歳の少年が敵うはずがないじゃない!
わたしの口から「止めて!」という叫びが漏れそうになった。
でもそれは、実際の言葉にはならなかった。
ホゥ、と感嘆のため息があちこちから聞こえる。
あの人は伍長さんの猛攻を危なげなく躱している。
霞んで見えるほどのスピードで繰り出されるパンチを、キックを、それ以上のスピードで。
紙一重、ではなく余裕を持って。
「実戦的ですね、彼は。
相手が暗器を持っている可能性を想定した間合いの取り方です」
「そうだな」
大尉と中尉の会話は半分も意味が分からなかったけど、兄が互角以上にやり合っているということだけは素人目にも分かった。
だって、伍長の表情には余裕がない。
攻め立てながら、焦っている。
あっ!
あの人が反撃に出た。
でも、伍長さんも流石だわ。
今度は兄のパンチを右、左、右、左と外側に弾いて捌き、無防備になったところへ、カウンター!?
思わず目を閉じそうになったけど、心の何処かに「そんな必要はない」と冷静に囁く自分がいた。
あの人がこの程度のことでやられてしまうはずはない、と。
伍長の右手が兄を捉える、と見えた瞬間、
兄の身体は、伍長さんの脇をすり抜けていた。
あの人の右手が、南風原伍長の右袖の、肘の上辺りを掴んでいる。
伍長さんに引っ張られる形で兄の身体が止まり、南風原伍長の身体が回転して兄に脇腹を見せる。
そこへ、音もなく踏み込んだ兄の、右肘が突き刺さった。
ぐぁっ、と呻き声を上げて二歩、三歩とよろめく伍長さん。
大尉さんから「そこまで!」と終了の合図が掛かった。
◇ ◇ ◇ ◇
手当を受けた南風原伍長とあの人が握手を交わし、その周りに人垣が出来ている。
手荒い称賛が浴びせられる中に、大尉さんが割り込んで行く。
わたしはポッカリ空いた人垣の隙間を、大尉さんの後に続いた。
「南風原伍長にまで勝利するとは大したものです。彼はこの隊でも指折りの実力者なのですよ?」
この台詞は真田中尉。
「まさかここまでの腕とは思わなかった。何か、特殊な訓練でも受けているのですかな?」
風間大尉は、見定めるような目つきで兄を見ている。
「いえ、特殊なことは何も。強いて言うなら母の実家に道場がありまして、そこで稽古を付けて貰いました」
「ほぅ……」
完全に納得しているようには見えないが、取り敢えず、これ以上の詮索はしない、という顔つきで大尉さんが頷く。
「しかしこのままでは恩納空挺隊の面目は丸潰れですな……もう一手、お付き合い願えませんか」
詮索をしない代わりに、大尉さんは随分勝手なことを言い出した。兄を組手に誘ったのは大尉の方だ。それなのに、部下が兄にやられると「面目が立たない」と言い出す。
そんな身勝手な言い分に、こちらが付き合わなければならない理由が、一体何処にあるというの?
わたしは風間大尉の申し出をやんわり断ろうとした。
兄はわたしの護衛だもの、わたしが断ったって良いはず。そう、思って。
「自分にやらせて下さい!」
でも、一歩遅かった。
わたしの声を遮って、聞き覚えのある声が轟いた。
聞き覚えがある、と言ってもそれは、つい最近聞いたばかりだからで、耳に馴染んだという意味ではない。
「桧垣上等兵――報復のつもりなら、認めることは出来ないぞ」
「報復ではありません、雪辱であります!」
どう違うというの? 同じじゃない!
悪い人じゃない、と感じたのは、わたしの勘違いだったのね。
「ふむ……司波君、本人はああ言っているが、付き合って貰えないだろうか?
桧垣上等兵は若いながら、南風原に劣らぬ猛者だ」
こんな理不尽な申し出は断るべきだわ。こちらには何のメリットも無いのだし。
「お相手します」
そんなわたしの思いを他所に、あの人は大尉の申し出に頷いてしまっていた。
桧垣上等兵は腰を落とし両手を前に掲げて窺い見るような格好であの人に相対している。
腰を落とした姿勢でも、上等兵の視点は兄より高い位置にある。
熊に襲われようとしている少年――そんなことを、連想させる構図。
見ているだけで、プレッシャーに押し潰されそうになる。
でもあの人は、右に左に弧を描いてゆっくり移動しながら隙を窺う相手のことを、右足を軸に左足を滑らせて身体の向きを変えるだけで、無表情に見ている。
息をすることも憚られる緊迫感は、それほど長く、続かなかった。
桧垣上等兵の身体が、一回り膨れ上がった、ように見えた。
次の瞬間、上等兵の巨体が一個の砲弾と化して兄に襲い掛かった。
速い……!
大きく跳び退って兄は突進を躱したが、流石に体勢が崩れている。
そこへ間髪入れず、上等兵が再び襲い掛かる。
あの人は自ら床を転がって、何とかタックルを躱し、距離を取った。
わたしは桧垣上等兵のスピードに度肝を抜かれていた。
だけどこれでも十師族・四葉の次期当主候補、驚いて他のことが見えなくなるほど柔じゃない。
「魔法を使うなんて、卑怯じゃないんですか!?」
わたしは風間大尉に食って掛かった。
CADのスイッチを入れる動作はわたしにも分からなかった。上手く擬装されていた。
でも魔法を使った事実まで見逃したりはしない。
今の上等兵のスピードは、自己加速魔法に後押しされたものだ!
わたしの抗議に、風間大尉が首だけで振り返った。
答えは、大尉が未だ視線の半分を向けている方向からやって来た。
「止せ、深雪!」
兄のその言葉に、わたしは二重のショックを受けた。
兄が、わたしに、命令した。
兄が、わたしを、「深雪」と呼んだ。
「組手に魔法を使わないという取り決めは、最初から存在しない」
キッパリと兄はそう言い切る。
わたしに敬語を使わなかったこと、わたしを深雪と呼び捨てたこと、それはお母様の言葉に従った結果であったとしても、わたしを窘めたのは兄自身の意思。
兄が、自分の意思で、わたしの甘い考えを叱責した。
わたしはそのことに、怒りや反発を感じる代わりに、痺れるような、疼くような、奇妙な感触を心の裡に生じさせていた。
「桧垣、気を引き締めて行け!」
何も言えなくなってしまったわたしの横から、風間大尉の叱咤が飛んだ。
今更のように、わたしは気づいた。
兄の纏う空気の色が、変わっている。
照明が少し暗くなったような気がした。
もちろん、錯覚に決まっている。
見ている者に視野狭窄を起こさせるようなプレッシャーを、兄が放っているのだ。
兄が構えを変えた。
右の掌を相手に向けて、真っ直ぐに右腕を伸ばす。
左手を右肘の内側に添えるように掲げる。
これは、兄の、無系統魔法の構え……?
桧垣上等兵の全身の筋肉が、再度膨れ上がった。
今度こそ、兄の両脚を刈り取るべく、ダイブする――その時。
兄の右手から、サイオンの奔流が迸った。
サイオンの波動が桧垣上等兵の身体を通り抜け、突進がガクッと減速した。
やっぱり……! グラム・デモリッション!
吹き荒れるサイオン粒子の嵐は、肉体に対して作用していた自己加速の魔法式を力ずくで打ち壊すと同時に、精神と肉体の連結を揺るがす。
神経を伝わる電気信号で身体を制御するのではなく、精神で直接肉体を制御することに長けた達人ほど、外部から自分に由来しないサイオンを打ち込まれた際のダメージは大きい。
桧垣上等兵は、まるで、タックルのやり方を忘れてしまったよう。
ただ無防備に突っ込む上等兵の身体を、兄が体を開きながら上から撫でるように叩く。
その巨体は、クルッと一回転して、冗談みたいに吹っ飛んでいった。
大の字になって天井へ目を向けている上等兵の傍らへ、兄が歩み寄った。
桧垣上等兵は胸を大きく上下させるだけで、立ち上がる気配もない。
兄が無表情に右手を差し出した。
桧垣上等兵は一瞬、逡巡を見せた後、ニヤリと笑ってその手を取った。
その手を桧垣上等兵がグッと引く。
まさか、罠!?
だけどそれは、わたしの考え過ぎだった。
体重差の所為で流石に踏ん張った兄をグラウンドに引きずり込むこともなく、桧垣上等兵は兄の手を借りて立ち上がった。
「――負けたぜ。完敗だ。
一昨日のアレが、俺の油断の所為なんかじゃないということが良く分かったよ」
そんなに大きな声で話していたわけではないけれど、桧垣上等兵の声は何故か良く聞き取れた。
「改めて自己紹介させて貰うぜ。
俺は国防空軍沖縄・先島防空隊、恩納空挺隊所属、桧垣ジョセフ上等兵だ。
名前を聞かせて貰えないか」
「司波達也です」
「オーケー、達也。俺のことはジョーと呼んでくれ。
沖縄にはまだ暫くいるんだろう?
退屈したら声を掛けてくれよ。こう見えても俺はこの辺じゃ色々顔が利くんだ。」
「そこまでだ、ジョー。今は勤務中だぞ」
風間大尉が笑いながら声を掛け、感電したような反応で桧垣上等兵が姿勢を正した。
ふーん……愛称で呼ぶ部下なんだ。信頼されているのかしら……?
コロコロ変わる印象に、どういう人間か掴み辛くなってきた。
もっとも、深くお付き合いする相手でもないんだし、それどころかおそらくもう会うことのない相手なんだから、どういう人間かなんてどうでも良いと言えばどうでも良いのだけど。
「無理を言って申し訳ない。
お陰で部下の蟠りも取れたようだ。
少しあちらで、お茶にでも付き合っていただけませんかな?
今の『遠当て』のことなども、よろしければお伺いしたいのだが」
遠当てというのは、兄の無系統魔法のことだろう。
油断ならない、という印象は益々強まったけれど、この流れでお断りするのは難しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ではやはり、あのサイオン波動は術式解体ですか」
「それだけではありますまい?
大陸流の古式魔法、『点断』の効果も合わせ持っていたようにお見受けしたが」
お茶にでも、と言いながら、出された物はコーヒーだった。
こちらは兄とわたし。
あちらは風間大尉と真田中尉。
合計四人のコーヒーブレイク。
何だか、奇妙な気分だった。
風間大尉が話し掛ける相手は兄。
真田中尉が話し掛ける相手も兄。
わたしはあの人の妹として、思い出したように相槌を求められるだけ。
ここでは兄が主役で、わたしはその付属品。
「――見たところ司波君は、CADを携行していないようですが」
司波、という名を呼ばれた時、それは兄を指しており、わたしは「司波君の妹」。
「補助具は何を使っているんですか?」
こんなことは初めての経験だった。
それが不思議と、不愉快ではない。
「特化型のCADを使っていますが、なかなかフィーリングに合う物が無くて……僕はCADを使った魔法の使い分けが苦手ですから」
「ほう、そうですか。
あれだけサイオンの操作に慣れていれば、CADも難なく扱えそうだが」
話題は兄が使った無系統魔法から、兄のCADへと移っていた。
「司波君、よかったら僕が開発したCADを試してみませんか」
「真田中尉はCADをお作りになっているんですか?」
「僕の仕事はCADを含めた魔法装備全般の開発です。
ストレージをカートリッジ化した特化型CADの試作品があるんですよ」
兄が目を輝かせている、気がする。
普通の人と比べれば随分と控え目な表現だけど、この人がこれ程ハッキリ好奇心を示すのは珍しいのではないだろうか。
少なくともわたしは、余り記憶にない。
「試してみたいです」
これ程ハッキリ自分の願望を述べるところも、初めて見たのではないだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
案内された先は、基地の中とは思えない、清潔で整頓された研究室。
軍の基地なんて汚れて散らかっているか、物が無くて殺風景な物だとばかり思っていたわたしはきっと、意外感を隠し切れていなかったのだろう。風間大尉と真田中尉が微笑ましげにわたしのことを見たのは、きっとそんな理由だと思う。
兄は感心したように、あるいは感動したように、部屋の中を見回している。
今日はこの人の、意外なところばかり見せられている気がする。
どんなことにも無関心で無感情かと思っていたら、この人にもちゃんと、感情があるし好奇心もあるんだ……
――じゃあ、わたしのことは、どう思っているんだろう?
ふと、心の中に浮かんだ疑問。
自動的に紡ぎ出される答え。
わたしは懸命に、ガタガタと震え出しそうになる自分の身体を押さえ込んだ。
「……深雪、気分が悪いのか?」
「――いえ、それほどでも。少し疲れたのかもしれません。
腰を下ろしていれば、大丈夫だと思います。
あちらの椅子をお借りしてよろしいですか?」
大尉さんに断って、壁際の椅子に座らせて貰った。
兄の側から離れることが出来て、少しホッとした。
兄は大型拳銃形態のCADを手にとって、真田中尉から説明を受けている。
兄の姿を見ていると、さっきの疑念が再び頭をもたげ、膨れ上がり、重くのし掛かってくる。
振り払っても振り払っても、どうしても意識の中から消し去ることが出来ない。
兄は、わたしのことを、どう思っているのだろう……?
愛されている、という自信はない。
好意を持たれている、はずはない。
憎まれている、かもしれない。
わたしがいなければ、わたしさえいなければ、兄は優秀な学生として、一流のアスリートとして、すぐにでも一人前として通用する軍の魔法師として、生きていくことが出来るのだから。
だからといって、今、兄から目を逸らすのは、兄の手を離してしまうようで、手を振り解かれてしまうようで、もっと怖かった。
「――この武装デバイスは加速系と移動系の複合術式が組み込まれていて、七.六二ミリ弾で最大射程二十キロを実現――」
「――凄いですね。しかし、実際の用途としては――」
大型ライフル形態のCADを手にして楽しそうに話す兄の声が、途切れ途切れに聞こえてくる。
同じ部屋の中、わたしは目を閉ざすことも耳を塞ぐことも出来ず、まとわりついて離れない暗雲に無言で耐えていた。
この時間が早く終わればいい、と心の裡で考えながら。
そんな身勝手な自分を覚られないよう、一所懸命ポーカーフェイスを装いながら。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。