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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第四章・追憶編
4-(2) 再従姉弟(はとこ)

「おや」
 中庭に面した窓から外を見ていた達也がふと漏らした声で、深雪の意識は過去から現在へ復帰した。
「お兄様?」
「黒羽の姉弟(きょうだい)だ」
 眼差しで問い掛けてくる妹に、達也は僅かに驚きを滲ませる表情で答えた。
「亜夜子さんと文弥くんですか?」
 達也は驚きを滲ませる程度で済ませたが、深雪はそうもいかなかったようだ。
 慌てて腰を浮かせ、中途半端な体勢でしばし固まって、思い直したように腰を下した。
「ちょうど帰るところのようだ」
 黒羽姉弟が出て来た離れには、彼女たちの祖母、達也たち兄妹の祖父(故人)の妹、現当主の真夜にとって叔母に当たる人物が住んでいる。
 黒羽文弥は四葉の次期当主候補ナンバーツーだ。祖母のところへご機嫌伺いに来ても不思議は無い。
 深雪も、彼女たちがここに来ていること自体に驚いた訳ではなかった。
「……偶然でしょうか?」
「俺たちがここにいることを知っていて、素通りする二人じゃないと思うがね」
 確かにそうだ、と深雪は思った。
「縁が濃いのか薄いのか、あの二人とはニアミスを起こす巡り合わせのようだな」
 完全に鉢合わせるのでもなく、完全にすれ違うのでもなく。
 兄と同じ事を考えていた深雪は、一晩だけの接近遭遇となったあの日のことを思い出していた……

◇◆◇◆◇◆◇

 バカンスに来ているといっても、世間のしがらみと縁を切ってしまうことは出来ない。
 わたしはまだ中学生になったばかりだけど、招かれて断れない相手がいないわけじゃない。
 親戚筋ばかりで、そんなに数が多くない、というのは不幸中の幸いだけど……その少ない相手が同じ時期に同じ場所に来ているなんて全くの予想外だった。
 招待主は黒羽貢さん。お母様の従弟に当たる方だ。
「深雪さん、用意は出来ましたか?」
 姿見の前でグズグズしていたわたしを、桜井さんが呼びに来た。
「なんだ、もう済ませていらっしゃるじゃないですか」
 カクテルドレスに着替えて、髪留めとネックレスをつけて、ハンドバックを手にした私を見て、桜井さんは苦笑気味の笑みをこぼした。
「そんな不機嫌そうなお顔をなさっては、折角のお召し物が台無しですよ?」
 わたしはそんなに判りやすい顔をしているのだろうか?
「……わかりますか?」
「私には、ね」
 そう言って、桜井さんは少し得意げにウインクして見せた。
 ……って、他の人に覚られるような顔はしていないということ?
「もう……からかわないで下さい」
 思わずぷくっ、と頬を膨らませて、慌てて表情を取り繕った。
 クスッ、と桜井さんが笑みをこぼしたのを見て、顔が熱くなるのを感じた。
 もう中学生なんだから、こういう子供っぽい真似はやめようと思っていたのに。
「ゴメンナサイ……でも」
 三十歳とは思えない――せいぜい二十歳過ぎにしか見えない――可愛い笑顔でひとしきりクスクスとやった後、桜井さんは急に表情を改めた。
 わたしも自然と気持ちが引き締まる。
「私以上に鋭い『目』を持つ人だって、世の中には大勢いますから。
 私は深雪さんのことを良く知っていますから嫌がっていることも判りますけど、もしかしたら一目見ただけで表情を読むことが出来る人も来ているかもしれません。
 深雪さんは普通の中学生じゃないんですから、隙につながるようなところは無くすべきだと思いますよ」
 的のど真ん中を射たアドバイスで、反論しようという気持ちも起こらなかった。
「……どうしたらいいでしょう?」
「どんなに上手く隠したつもりでも、気持ちというものは目の色や表情の端々に表れてしまうものですからね」
 ……それって、どうしようもないということ?
「必要なのは、自分の気持ちを上手に騙せるようになること、でしょうか。
 建前というのは、まず自分自身を納得させる為のものなんですよ」
 わたしの不満を読み取ったのか、桜井さんは宥めるような、言い含めるような口調で続けた。

◇ ◇ ◇ ◇

 とは言うものの、建前で自分の心を覆い隠してしまうには、わたしはまだまだ子供なわけで。
 パーティー会場に近づくにつれて、気分が沈みこんでいくのを止められなかった。
 悪い人ではないのだ、黒羽の叔父様は。(正確には「叔父」ではないけれど)
 ただ、奥様を早くに亡くされているからなのかどうなのか、親バカ振りがチョッと……というか、正直かなり鬱陶しい。
 まったく、子供を相手に自分の子供を自慢するなんて、どういうつもりなのだろう? いえ、わたしがどう感じるかなんて、きっと考えていないのだろうけど、そういうのは大人同士でやって欲しい。
 ハァ、と口からため息が零れる。
 思わず、ではなく意識的に。
 今の内にため息を吐き出しておかないと、本番で我慢できないような気がしたから。
 既に、ホテルの敷地内。
 無駄に派手な――わたしの主観的に、だけど――エントランスがもう見えている。
 無人運転のコミューターが停止した。
 キビキビした動作で兄がコミューターを降りて、ドアを押さえ、わたしが降りるのを待っている。
 わたしは表情を引き締めて、退屈で憂鬱な戦場へ足を踏み出した。

 ロビーには強面(こわもて)のおじさん、お兄さんたちと、凛々しいお姉さま方が居た。
 全員、目立たないようにしているつもりなのだろうけど、生まれた時からこういう人たちと付き合ってきたわたしの目を誤魔化すには力量不足。
 他人事ながら、もっと修行したほうが良いですよ、と言いたくなってしまう。
 もっとも、かく言う私も今晩、連れているのは、兄だけではなかった。
 全国区の警備会社から女性のボディガードが二名、臨時に付いている。
 パーティーなんかだと男性では同伴できない場所も多いし、さっきのこともあるからだ。
 いつもは桜井さんがいてくれるからこんな心配はしなくていいのだけど、今はお母様の側にいてもらっている。
 お母様は少し身体が弱く、今も別荘でお休みになっている。
 それは仕方の無いことだけど、お蔭でわたしは、一人で叔父様の相手をしなければならなくなった。
 気が重い。
 父は最初から当てにならないとしても、本当ならこういう付き合いは、妹のわたしではなく、兄であるこの人がこなすべきことのはずなのに。
 わたしは一歩先を進む兄の背中を、恨めしげに見詰めた。

◇ ◇ ◇ ◇

「叔父様、本日はお招き、ありがとうございます」
 予想通り個人のパーティーには大き過ぎる会場で、予想通りの豪華なテーブルを背景に、予想した通り高価なスーツを身にまとって出迎えてくれた叔父様に、わたしは型通りの挨拶を送った。
 こういうことに独創性を求めても意味は無い。
「良く来てくれたね、深雪ちゃん。お母様は大丈夫かい?」
 叔父様は、大層フレンドリーな言葉を返してくれた。
 わたしのことを未だに「ちゃん」付けで呼ぶのはこの人くらいだ。
 そして、兄の存在を空気の様に黙殺しているのも、いつもの通り。
 兄も黙って私の後ろに立っているだけだから、どっちもどっちではあるのだが。
「お気遣い、畏れ入ります。
 少し疲れが出ているだけだと思いますのが、本日は大事を取らせていただきました」
「それを聞いて私も一安心だよ。
 おっと、こんな所で立ち話もなんだな。
 ささ、奥へどうぞ。
 亜夜子も文弥も、深雪ちゃん会うのを楽しみにしていたんだよ」
 当然と言えば当然のことだけど、やはりあの二人が来ているのね……
 あれほど強く自分に言い聞かせたのに、わたしの口はため息を吐きたがっていた。

 叔父様に背中を押されて、わたしは奥のテーブルに連れて行かれた。
 兄は入り口で置き去りのまま。
 ボディガードは壁際で控えているのが慣わし、ということだ。
 自分も同じ仕打ちをしているのに、他人が兄を使用人扱いすると無性に気に障るのは……多分わたしが、身勝手なのだろう。
 それはともかく、わたしはこうして、当面のところ孤立無援で、黒羽親子の相手をしなければならなくなった。
「亜夜子さん、文弥くん、二人ともお元気?」
 わたしから声を掛けると、文弥くんは嬉しそうに、亜夜子さんは待ち構えていたような、それぞれにいつもの笑顔で迎えてくれた。
「深雪姉さま! お久し振りです」
「お姉さまもお変わりないようで」
 亜夜子さんと文弥くんはわたしより一学年下の小学六年生。
 わたしたち兄妹と違って、本物の双子だ。
 一学年下と言ってもわたしが三月生まれ、二人は六月生まれだから歳は同じ。
 だからなのかどうなのか、昔から亜夜子さんはわたしに対してあからさまにライバル心を向けて来て……これもこの一家との付き合いが鬱陶しい理由の一つだ。
 後継者候補は亜夜子さんじゃなくて文弥くんの方なのだから、競争意識を持たれても……というのがわたしの偽らざる本音だったりする。
 文弥くんは素直に慕ってくれるから可愛いのだけど、男の子としては、少し可愛すぎる気もする。兄と比べるとどうしても……いえ、あの人は例外か。
 今日も可愛らしすぎる二人の衣装を見て、わたしは表情筋の動きを抑えるのに苦労しなければならなかった。
 文弥くん、いくら冷房が効いているといっても、今の季節にアスコットタイは暑くないかしら? カジュアル風にアレンジされているとはいってもメスジャケットにカマーバンドまでつけてるし……プライベート・パーティーなんだから、そんなに気合を入れる必要はないと思う。
 一方、亜夜子さんは……まあ、いつも通りと言えばいつも通りだ。
 リボンとフリルと飾りボタンをふんだんに使ったワンピースに膝上のソックスとリボンがあしらわれたローファー。綺麗に巻かれた髪を飾る、フリルで縁取られたヘアバンド。
 別に、他人の趣味にケチをつけるつもりは無いけれど、夏のリゾートにはチョッと不似合いなファッションではないだろうか。
 本人も親御さんも喜んで着て(着せて)いるのだから、本当に、余計なお世話だと思うけど。
 わたしがそんなことを現実逃避気味に考えている間にも、叔父様の自慢話は続いている。亜夜子さんがピアノコンクールで入賞したとか、文弥くんが乗馬の先生に褒められたとか、そんなどうでもいいことに適当な相槌を打ちながら、時間が過ぎ去るのを待つ。
 これは一体、何の罰ゲームなのだろうか、といつも思うけど、幸いなことに毎回、そう長い時間の忍耐を強いられることはない。今日もそろそろ、文弥くんがソワソワし始めた。
「ところで深雪姉さま……達也兄さまはどちらに?」
 ほら来た。
 文弥くんはとても良い子でわたしのことを亜夜子さんと同じ様に、つまり実の姉の様に慕ってくれているけど、それ以上に兄のことを慕っている、と言うか、尊敬している節がある。
 いえ、憧れている、と言った方が適当かしら?
 それもまあ、理解できなくもない。
 一般的な意味で――魔法協会が定めた基準に則って判断する限りは、という意味で――魔法の才能に恵まれなかった兄だけど、あの人にはそれを補って余りある頭脳と肉体と特殊技能がある。
 成績は、優秀という言葉が生温く感じる程。
 スポーツは万能、と言うか、元々の身体能力が反則的に優れている。
 外見だって悪くない。ルックスはともかく、スタイルは少年らしいしなやかさの内に獅子や虎に通じる力強さを秘めている。
 そして、全ての魔法師の天敵ともなれる、あの人だけの切り札。
 男の子が憧れるヒーローは、きっと兄のような人なのだろう……
 ……あらっ? 何故わたしが、兄のことを褒め称えているの?
「あそこに控えさせているわ」
 突然心の中に湧いた黒い雲を覚られないように、かなりの気合を入れて作った笑顔でわたしは壁際を指し示した。
 あっ、文弥くんの頬が赤くなっている。
 どうやら誤魔化せたようだ。
「……えっと、どちらでしょうか?」
 わたしから目を逸らすのと兄を探すのと半分半分で目を彷徨わせる文弥くんの隣で、亜夜子さんも無関心を装いながらチラチラと壁際に目を遣っている。
 彼女の判りやすい態度が可笑しくて、つい口元が(ほころ)んでしまったけど、亜夜子さんはそれが文弥くんに向けられたものだと思ったようだ。関心の無いフリを貫く彼女の隣で、わたしは文弥くんに兄の立っている場所を指し示した。
 兄は、わたしたちの方を見ていた。
「達也兄さま!」
 文弥くんはパッと顔を輝かせて、兄の許へ小走りに駆け寄った。
「もう、仕方ないわね」
 文句を言いながらも、亜夜子さんは足早に文弥くんを追いかけて行く。如何にも、走り出すのを我慢している、という風情。
 そんな二人を見て、叔父様が苦虫を噛み潰していらっしゃるのも、毎回のことだ。
 叔父様がゆっくりと、亜夜子さんとは対照的な歩調で歩き出したので、わたしもその後に続いた。
 文弥くんが兄に、何事か一所懸命話し掛けている。
 兄は何度か小さく頷き、唇の端を小さく吊り上げて、僅かに歯を見せて――笑った?
 あの人が?
 嘲笑でも苦笑でもなく、あんなに普通に?
 何故……?
 わたしには、あんな笑顔を向けてくれたことは無いのに……!
「こらこら、文弥、亜夜子。達也くんの仕事の邪魔をしてはいけないよ」
 愛想笑いを維持する為に、爪が掌に食い込むほど手を強く握り締めなければならなかったわたしの前で、叔父様は本音をまるで窺わせない完璧な作り笑いを自然に浮かべていた。
「ご苦労様。しっかりお勤めを果たしているようだね」
「畏れ入ります」
 叔父様に向き直った兄は、いつもの兄だった。
 さっきまで浮かべていた笑みが嘘のような無表情。
「あら、お父さま。少しくらい、よろしいのではありません?
 深雪お姉さまはわたくしたちがお招きしたお客様。
 ゲストの身辺に危害が及ばぬよう手配するのはホストの義務ですもの。
 ここにいらっしゃる限り、達也さんのお手を煩わせることは無いと思いますけど」
「姉さまの言うとおりですよ。
 黒羽のガーディアンズは一人のお客様の身の安全も保証できないほど無能ではありません。
 そうでしょう、父さん?」
 あらっ? 文弥くん、叔父様のことを「父さま」と呼ばなくなったのね……
 そんなどうでも良いことが気になって、そのお蔭で気持ちが逸れてくれた。
 しかし、ガーディアン「ズ」、か……黒羽家が護衛体制を強化したという噂は本当だったのね。
 何か、危ないことでも始めたのだろうか?
「それはそうだが……」
 わたしの思いとは無関係に、叔父様は困惑顔で言葉を濁した。
 わたしもそうだけど、多分、亜夜子さんも文弥くんも叔父様の本音は分かっている。
 叔父様は自分の子供たちが、特に文弥くんが兄に好意を向けているのが気に入らないのだ。
 文弥くんは四葉の次期当主を狙う候補者。
 兄は、同じく四葉の次期当主候補であるわたしの、単なる護衛役。
 ガーディアンという特別な呼び方をされてみたところで、所詮は使用人、悪く言えば使い捨ての道具に過ぎないのだ。
 道具、と割り切ることが出来なければ、四葉の後継者とはなり得ない。
 もっとも、兄はわたしの護衛役なのであって、文弥くんと兄の関係は再従兄弟(はとこ)同士でしかないのだから、文弥くんが兄のことを慕っていても本当は何の問題も無い。それは亜夜子さんも同じで、亜夜子さんが兄に好意を持っていても、それがどんな種類の好意であっても、特に問題は無い。真夜叔母様は、そんなことを気にしたりなさらないだろう。
 極端な言い方をすれば、叔父様が外聞を気にしているだけなのだ。叔父様は兄を使用人、使い捨ての道具としか見ておらず、そういう意味で黒羽貢という人は骨の髄まで「四葉」なのだろう。だから、自分の子供たちが道具に感情移入しているのがみっともない、と感じているに違いない。
 それが「四葉」として当然のあり方だ。
 わたしが「四葉深雪」になる為には、わたしも叔父様と同じ心掛けを持たなければならない。
 兄である前に、ガーディアン。
 あの人はわたしの護衛役。いざとなれば、自分の命と引き換えにわたしを護ることを義務付けられた盾。
 道具であるあの人がわたしに愛情を持たないのは当たり前のことで、わたしもあの人に情愛を抱くべきじゃない。
 自分にそう、言い聞かせる。
 呪文の様に、繰り返し。
 兄は、わたしの護衛役。
 私を護る盾。
 それが兄に与えられた役目で、わたしは真夜叔母様の跡を継がなければならなくて、だから兄はわたしのお兄様ではなくて――
 キリッ、と頭の芯が痛んだ。
 一瞬、自分が何処にいるのか分からなくなった、気がした。
 もちろんそれは錯覚で、わたしは黒羽の叔父様のパーティーに招かれていて、わたしの前では叔父様が難しい顔をなさっている。
 ……何か大切なことを考えていたような気もするけど……多分、気の所為だろう。
「……文弥、余りお父上を困らせるものじゃないよ」
 意外なことに、叔父様に助け舟を出したのは兄だった。
 文弥くんのことを「文弥」と呼んで。
 まるで実の弟に対するように、親愛のこもった口調で。
 頭の奥で、微かな疼痛を感じた。
 不快感に思わず顔を顰めそうになる。
 ダメだ。
 ここでわたしが不機嫌そうな表情を見せたりすれば、叔父様と兄の対応に不満を持っていると誤解されかねない。
 ……誤解、なのかしら……?
 ダメダメ、そんなことを考えては!
 ええと、こういう時はどうすれば良いんだっけ?
 出かける前に桜井さんが教えてくれたはずだ。
 そう、必要なのは、自分の気持ちを上手に騙せるようになること――
「黒羽さん、会場の中はお任せしてよろしいですか?
 自分は少し、外を見回ってきますので」
「おお、そうかい?
 それは立派な心掛けだ」
 兄の申出に、叔父様は大袈裟に驚いて見せて、殊更に兄を称賛した。
「分かった。深雪ちゃんのことは任せておき給え。
 この場は責任を持ってお預かりしよう」
 それは、リップサービスの称賛ならいくらでも出て来るだろう。
 態の良い厄介払いの口実を、当の本人が言い出してくれたのだから。
 実に都合の良い建前を。

『建前というのは、まず自分自身を納得させる為のものなんですよ』

――兄は自分に与えられた役割を忠実に果たそうとしている。

「そんな! 僕たち、明日には静岡に帰るんですよ!」
「文弥、少し落ち着きなさい……達也さん、文弥が言ったとおりの事情ですので、早めにお戻りくださいね?」
「分かった。一通り見て回ったら戻ることにするよ。
 では黒羽さん、少し外させていただきます」

――だからわたしも、わたしに与えられた役割を精一杯演じなければならない。

 文弥くんの抗議と亜夜子さんのお願いと、優しい口調で応える兄の声を聞きながら、わたしは自分にそう言い聞かせた。


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