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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第三章・横浜騒乱編
3-(20) 秘術繚乱

 魔法協会の組織した義勇軍はジリジリと後退を余儀なくされていた。
 敵の上陸部隊は、明らかにこちらが主力だった。
 北上した部隊は装甲車と直立戦車の混合部隊で、どちらかと言えば装甲車の方が主戦力の地位を占めていたが、協会支部攻略軍の方は白兵戦仕様の特殊な直立戦車を主力とし、多数の魔法師が同行している点が特徴だった。
 犬に似た獣が炎の塊となって爆ぜる。「禍斗」と呼ばれる魔物を真似た化成体を形成する古式魔法。
 そうかと思うと、一本足の鶴に似た鳥が火の粉をまき散らして消える。「畢方」と呼ばれる魔物を真似た化成体を形成する古式魔法だ。
 大陸系の古式魔法が義勇軍に襲い掛かる。
 相手は最早「国籍不明」軍ではない。
 素性を隠蔽する意図を放棄したのか、特徴のある術式と対魔法防御の施された直立戦車が義勇軍の陣地を蹂躙する。
 協会の魔法師も速度、即ち手数に勝る現代魔法で対抗していたが、数の力には抗えなくなっていた。
「クッ、撤退だ!」
「後退して防衛ラインを立て直す!」
 戦意は失っていない、ように聞こえる。だが威勢とは裏腹に、言っていることは守りに入った者のそれだ。

「後退するな!」

 その時、義勇兵たちの怯懦を一喝する声が轟いた。
 火をまき散らしていた鳥形の化成体が地面に叩きつけられ、押し潰されて消える。
 それはまるで、巨大なハンマーを打ち下ろされたかの如き光景だった。
「奮い立て、魔法を手にする者たちよ。
 卑劣な侵略者から祖国を守るのだ!」
 火を吐く犬が、炎の翼を持つ鳥が、その他、様々な幻獣を象った古式魔法の使い魔が次々と叩き潰された。
 義勇軍の先頭に、大柄な人影が歩み出る。
 古の鎧武者のようなその姿は、ごついプロテクターとヘルメットを身に着けた克人だった。
 克人は右手を挙げて、下ろした。
 それほど勢いがあったわけではない。
 だが、右手が振り下ろされると同時に、敵の直立戦車が一台潰れた。
 その意味するところは、誰の目にも明らかだった。
 もう一度、同じ事が繰り返され、
 魔法に対する防御を固めていたはずの機甲兵器は、紙の玩具同然に叩き潰された。
 声が上がった。
 それは、劣勢に立たされていた義勇兵たちの、鬨の声だった。

 克人は心の中で、気恥ずかしさを感じる心に蓋をし、鍵を掛けた。
 絶対的な正義を信じるほど、彼も幼くはない。
 方便と割り切ってしまえるほど、彼も大人ではない。
 だが彼は自分の役割を弁えていた。
 敵が我を取り戻すまで、それほど時間は掛からなかった。
 彼が何をしたのか、それはまだ分かっていないだろう。
 だが自軍に仕掛けられた魔法攻撃の主が克人だということは、目端の利かない人間にも分かったはずだ。
 直立戦車の機銃が克人に向けられ、無限軌道が唸りを上げる。
 単体ではなく、三機で隊列を組んで仕掛けて来たのは、この敵が装備頼りの無能な兵士でないことを物語っている。
 しかし結果的に、その三機は一発の銃弾を放つこともなく、一メートルも進むことが出来なかった。
 右の掌を突き出す。
 克人が取った対応は、ただそれだけだった。
 それだけで、直立戦車はスクラップになった。
 多重障壁魔法「ファランクス」。
 この魔法は、敵の攻撃を防ぎ止めるだけのものではない。
 その真価は寧ろ、敵を押し潰す、この攻撃にこそある。
 ファランクスの術式は、何枚もの障壁を次々と構築し、前面の障壁が効果を失ったら次の障壁を前に押し出し最後尾に新たな障壁を追加するというものだ。
 防壁は常に一定の領域で移動し続けている。
 その壁を自分の前に固定するのではなく、敵に何十枚も高速で叩きつける。
 これがファランクスを使った真の攻撃方法。
 対物非透過という単一の性質に絞り込んだ攻撃用の障壁は、他者の魔法が飛び交う中であっても展開が可能だ。
 魔法で作られた障壁は、物質を対象とするものでありながら、その干渉力を以って他の魔法の存在を許さない。
 射程距離が短く、実体または具現化した現象にしか通用しないという欠点はあるものの、面で敵を攻撃し、かつ対物・対魔法防御を兼ねているこの魔法は、近距離の対集団戦において絶大な威力を発揮する。
 防御においては複数の性質をもつ複数の防壁を同時展開。
 攻撃においては単一の性質を持つ多数の障壁を連続射出。
 ファランクスはその名の通り、攻防一体の魔法なのである。
 炎と雷が克人に襲い掛かった。
 プロセスを現象として具現化しなければ即効性のある事象改変を行えない古式魔法の攻撃は、克人に取って対処し易い相手だ。
 空中に築かれた耐熱、耐電の防壁が克人とその周囲にいる義勇兵を守る。
 前に立つ護衛の兵士ごと、敵の魔法師を吹き飛ばす。
 たった一人の参戦によって、戦況は逆転した。

◇◆◇◆◇◆◇

 幻影の攻撃に手を焼いていた将輝は、発想を変えた。
 敵の魔法師を探すのを止めて、敵を纏めて鏖殺(おうさつ)する方向へ方針を転換した。
 今までは市民を巻き添えにすることを恐れて、単体の敵を攻撃する魔法のみ使用していたが、このまま事態を長引かせては余計に市民の被害が広がると考えたのだ。
 ――キレた、という側面も否定できないが。
 将輝はスリー・マン・セル(三人一組)で散開する敵の、人数が最も集中している辺りを狙って方形の処刑場を設定した。
 一辺十五メートル。念の為、高さは二メートルに留めておく。(今のところ、敵が建物内に侵入した形跡は無かった)
 左腕にはめたCADを操作し、魔法を発動。
 障碍物に関係なく、遮蔽物を呑み込む形で事象を改変する力が作用する。
 最初の変化は緩やかなものだった。
 敵兵は身体が熱を持ったという程度にしか感じなかったはずだ。
 だがそれはすぐにひりつく熱さに変わり、地面を転がりまわる激痛に変化し、三十秒後には眼球を白く濁らせた死体に変わった。
 液体分子の振動による加熱魔法「叫喚地獄」。
 一条の魔法師が得意とするのは液体を気化する発散系魔法だが、無論、それ以外の魔法が使えないという訳ではない。
 実のところ将輝は、親友には悪いと思っているが、「基本コード仮説」に懐疑的だ。
 四系統八種の魔法はシームレスにつながっているもの、本質的に一つのものではないかと、頭ではなく感覚で思っている。
 系統による魔法の区分は便宜的なものに過ぎないと実感している。
 「叫喚地獄」は「爆裂」の劣化版と言える。
 体液を一瞬で気化させる「爆裂」に対して、時間を掛けて(と言っても三十秒から一分だが)体液を加熱する「叫喚地獄」。
 威力を劣化させた代わりに、対象を「物」から「領域」に拡大した魔法。
 地獄の大釜を召喚した――言うまでも無く比喩的な意味で、だ――方形のエリアの中から、激しい動揺が伝わって来た。
 叫喚地獄もまた、対象物内部、人体に直接干渉する魔法。故に、情報強化を纏う魔法師には効き難い。
 逆に言えば、あの処刑場で生き残っているということは、魔法師であるということだ。
(見つけた!)
 敵はまだまだ残っていたが、将輝はこの魔法師が幻影魔法の使い手だと直感した。
 建物の陰から飛び出し、空白地帯となった「処刑場」跡へ一気に突っ込む。
 彼へ向けられた銃は、味方の援護射撃により沈黙した。
 再び右手に持ち替えた拳銃形態のCADを逃走する敵魔法師の背中へ向け、
 相手が振り向くのを待たずに引き金を引いた。
 紅い花が咲く。
 敵の魔法師は、降伏する(いとま)もなく将輝に討たれた。

◇◆◇◆◇◆◇

 小規模な落雷が街路に乱舞し、敵の銃撃が止んだ。
 深雪たちのグループと敵の遭遇は散発的なものとなり、直立戦車や装甲車の新手は姿を見せなくなっていた。
 幹比古の雷撃魔法で敵歩兵を纏めて無力化した五人は、ビルの陰に集まった。
「七草先輩がヘリで迎えに来てくれるそうよ。
 市民の脱出用とは別に、わたしたちが脱出する為のヘリも用意してくれたみたいね」
「流石は七草、太っ腹ね」
「太っ腹とは少し違うような……きっと、先輩を確実に脱出させる為じゃないかな」
「だとしても、ありがたいことだぜ」
「そうですね。お蔭で私たちも脱出の目処がついたんですから」
 そんなお喋りをする余裕が出来たのも、敵の攻撃が沈静化しているからだろう。
「あっ、来たんじゃない?」
 エリカが指摘するまでもなく、ローターの音は全員に聞こえていた。
 元々歩いたって十分掛からない場所に陣取っているのだ。
 ヘリなら離陸と下降に掛かる時間以外は無視できる距離。
 しかし、姿はいつまで経っても見えてこない。
 風切り音は真上から聞こえてくるのに、影も形も無い。
 着信のバイブレーション。深雪は通話ユニットを耳に当てた。
『深雪さん? 悪いけど、狭くて着陸できないの。
 ロープを下ろすから、それに掴まってくれる?』
 返事をする間も無く、何も無かった頭上からロープが五本、下りて来た。
 良く見れば、ロープの端で陽炎が揺らめいている。
「……透明化、いえ、光学迷彩と言うべきかしら。
 器用ね、ほのか」
 そう呟きながら、深雪はロープを掴み、末端のステップに片足を置いた。
 準備完了の意味で軽く引っ張ると、ロープはスルスルと巻き上がって行く。
 他の四人は、慌ててそれに随った。

 ヘリに乗り込んでみれば、ほのかが何をしているのか深雪以外の目にも明らかだった。
 半球面のスクリーンに空の映像を屈折投影させているほのかは、魔法の制御で口を開く余裕も無い。
 空ではなくもっと変化の激しい景色が背景ならば、移動しながら光学迷彩を維持することは出来ないに違いなかった。
「それでも、待ち伏せにはもってこいの魔法だね」
「本当に。こんな複雑な処理を持続させるなんて、チョッと真似できそうにないわ」
「深雪さんでもですか?」
 友人たちのそんな声も、ろくに耳に入っていないようだ。
「もうすぐ到着です。でも、辛かったら解除して構いませんよ」
「大丈夫です」
 そう励ます真由美の声に応えを返すのが、ほのかの精一杯だった。

◇◆◇◆◇◆◇

 しかし、摩利たちを速やかに回収することは、残念ながら出来なかった。
 最後の悪足掻き、と言ってしまって良いものかどうか。
 空から状況を俯瞰している真由美たちには、戦闘の中心が中華街の周辺に移り、この辺りには敵がほとんどいなくなっていることが分かっている。
 しかし、摩利たち五人はライフルとミサイルランチャーを主兵装とする魔法師混じりの歩兵部隊から、猛攻撃を受けていた。寿和が一人で後背の敵に当たっていることを知らされていない真由美たちは、一人足りないことに動揺を覚えながらも、すぐに五人の援護に当たった。
 いや、「真由美たち」という表現は不正確かもしれない。
 ヘリの上から援護の魔法を放ったのは、真由美一人だったのだから。
 敵兵の身体に雹が降り注いだ。
 氷の粒ではなくドライアイスの弾丸が、自然現象ではありえない超音速で襲い掛かり防護服を貫く。
 ドライアイスを弾丸とした「魔弾の射手」。
 敵兵の頭上、背後、側面、様々な場所から様々な角度で撃ち込まれる弾丸の十字砲火を受けた敵兵は、その魔法が何処から放たれているかを見極めることも出来ず、次々と薙ぎ倒されていく。
 空中から地上への攻撃、しかもこちらの姿は見えていないという優位も手伝って、真由美の魔法は五分も掛からずにその場を制圧した。

『お待たせ、摩利。ロープを下ろすから上がって来て』
「ああ、頼む」
 圧倒的な火力――と言って良いのか迷うところだが――で敵兵力を簡単に征圧した真由美に釈然としないものを感じながら、摩利は二年生に声を掛けた。
 五十里と花音、桐原と紗耶香がペアになって歩いて来る。
 彼らが周囲の警戒を欠いてしまったことを、責めるのは難しいだろう。
 つい今しがた迄、激戦の渦中にあったのだ。
 それに光学迷彩を解除したヘリが、頭上から守ってくれているという安堵感もあった。
 だが、ゲリラの真骨頂は、こういう状況における不意討ちにある。
「危ない!」
 そう叫んだのは、摩利だった。
 その声に応えて真っ先に動いたのは桐原だった。
 紗耶香を突き飛ばし、刀を振る。
 咄嗟に発動した高周波ブレードは胸を狙った銃弾を奇跡的に弾き飛ばしたが、カバー出来たのは上半身だけだった。
 脚に、銃弾が突き刺さる。
 右脚が、太腿の下から千切れ飛んだ。
「桐原君!」
「啓!」
 別の場所では、五十里が花音を押し倒し、その上に覆い被さっていた。
 背中一面から流れ出す血。
 榴弾の破片が突き刺さった傷――おそらくは、致命傷だ。
「啓! 啓!!」
「桐原君! しっかりして!!」
 泣き縋る二人の少女。
 摩利が奇襲を掛けた不正規兵に魔法を発動しようとした。
 だが、彼女の魔法は圧倒的な干渉力がその場を覆ったことによって、不発に終わる。
 慌てて隣へ――その発生源へ目を向ける。
 そこでは、ヘリから飛び降りた深雪が重力をまるで感じさせない動作でスッと着地し、恐ろしい無表情で右手を前に掲げていた。

 深雪は逆上していた。
 彼女にとって、五十里も桐原も単なる知り合いに過ぎない。
 だが、卑劣な騙し討ちに知り合いが傷つけられたというだけで、彼女を激怒させるには十分だった。
 逆上しながらも、頭の芯は冷たく冴えていた。
 反射的に飛び降りたように見えて、自分の身に掛かる重力を完全に掌握していた。
 CADは必要なかった。
 解き放たれた魔法領域は、ただ思うだけで彼女の得意魔法=特異魔法を編み上げる。
 深雪が封じていたのは、達也の力だけではない。
 達也の力を封じる為に、深雪は自分の魔法制御の力の半分を、常に兄へ向けていた。
 深雪が魔法を暴走させるのは、兄の魔法を押さえ込んでいた副作用だった。
 今、達也の能力(ちから)を解き放ったことで、深雪自身の能力(ちから)も解き放たれていた。
 四葉には一族としての二つ名が無い。
 それは一人一人が特殊な力を持っており、一つのカテゴリーに収める事が出来ないからだが、「魔法は遺伝する」という原則から外れるものでもない。
 深雪の母親は、他人の精神構造に干渉するという唯一無二の系統外魔法を保有していた。
 ならばその娘である深雪にも、精神に干渉する魔法が遺伝していて不思議は無い。
 また、精神に干渉する魔法を有しているからこそ、達也の魔法を押さえ込む役目も果たせるのだ。
 そう――彼女の冷凍魔法は、彼女が本来、先天的に備える魔法が、物理世界に干渉するものへ形を変えた派生形態だった。

 右手を前に差し出す。

 それだけで、世界が凍りついた。

 深雪を中心として世界が凍りついた、ように見えた。
 路面も壁面も、氷に覆われてはいない。
 凍りついたのは、認識の世界。
 その波動に触れた摩利も花音も紗耶香も、重傷を負った桐原にも五十里にも変化は無い。
 だが彼らに銃を向け、手榴弾を投げつけようとした敵の兵士は、正規兵も不正規兵も硬直したまま動かなくなった。
 凍結したのではなく、静止した。
 身体が凍りついたのではなく、精神(こころ)が凍りついた。

 系統外・精神干渉魔法「コキュートス」。

 凍りついた精神が、蘇ることは無い。
 凍りついた精神は、死を認識できない。肉体に死を命じることも出来ない。
 凍りついた精神に縛られた身体は死ぬことも出来ず、最後に命じられた姿勢のまま彫像と化して転がった。

◇◆◇◆◇◆◇

 深雪が何をしたのか、説明できる者はいなかった。
 だが全員が、世界の凍りつく幻影を見た。
 全員が直感的に、深雪が何をしたのか悟っていた。
 言葉には出来なくとも、精神(こころ)を失う恐怖を覚えていた。
 深雪は隣を、そして上を見て、俯き、寂しげな微笑みを浮かべた。
 だがすぐに顔を上げて、大声で叫び、手を振った。
「お兄様!」
 その視線の先を、桐原と五十里以外の全員が見た。
 そこには着地姿勢を取った黒尽くめの兵士の姿があった。
 深雪のすぐ隣に降り立ち、バイザーを上げマスクを下げる。
 達也は厳しい顔つきで、五十里の傍へ駆け寄った。
「お兄様、お願いします!」
 その隣で、深雪が達也の右手にすがりついた。
 達也は頷き、左腰からCADを抜いた。
「何するの!?」
 五十里に向けられた銀色のCAD。
 止める時間は無かった。
 花音にできたのは、そう叫ぶことだけだった。
 引き金が、引かれた。
 花音は反射的に、目を瞑った。

〔エイドス変更履歴の遡及を開始〕
 達也の表情に変化は無い。
〔……復元時点を確認〕
 本当に、一瞬のことだ。
 だがその一瞬に、兄が想像を絶する苦痛を味わっているということを、深雪は知っていた。 
 無意識に深雪が目を背ける。
 だが魔法を行使する生体ロボットと化した達也の目に、余分な情報は映らない。
〔復元開始〕
 達也が自由に使えるもう一つの魔法、「再成」が発動する。
 エイドスの変更履歴を遡り、負傷する直前の情報体を復元し、複写する。
 複写した情報体を魔法式として、エイドスに貼り付ける。
 怪我をした状態を記録している情報体を、怪我をする前の情報で上書きする。

 事象には情報が伴い、

 情報が事象を改変する。

 魔法の基本原理に従い、怪我をした肉体の状態改変が始まる。
 怪我をしなかった状態へ、復元する。
 怪我を治すのではなく、怪我を負った事実を無かったことにする。
 世界の持つ修正力が、五十里の肉体に加えられた改変に辻褄を合わせるべく作用する。

 榴弾の破片は、五十里の身体に「食い込まなかった」ことになった。

 五十里の身体から破片が消えた。
 分解されたのではなく、何時の間にか彼の周りに散らばり落ちていた。

 ボウッ、と五十里の身体が霞んだように見えた。
 次の瞬間、彼の身体には傷一つ残っていなかった。
 それどころか、服を塗らしていた血の跡まで消えていた。
〔復元完了〕
 五十里の肉体は、榴弾で傷を負わずに時間が経過した状態で、世界に定着した。

 達也は五十里に掛けた「再成」の結果を確認する間も惜しんで、桐原へCADを向け引き金を引いた。
 視覚効果は、こちらの方が劇的だったと言えるだろう。
 千切れていた脚が太腿に引き寄せられ、接触した、と見るや、桐原の身体がボウッ、と霞んだ。
 次の瞬間、そこには、五体満足の少年が横たわっていた。

 達也は左腰にCADを戻すと、無言で深雪の身体を抱き寄せた。
「あっ……!」
 目を丸くしている深雪の背中に手を回し、耳元で一言囁いて、達也は身体を離した。
 一歩距離をとり、マスクを上げ、バイザーを下ろす。
 全身黒尽くめの姿に戻った達也はバックルを叩き、空へ舞い上がった。
 深雪はその姿を呆然と見送っていた。
 彼女の耳には、「よくやった」という兄の言葉が繰り返し再生されていた。

 半信半疑という面持ちで、五十里が自分の身体を見下ろしている。
 呆然と恋人の姿を見詰めていた花音が、いきなり五十里に抱きついて泣き出した。
 その向こうでは、桐原が首を傾げながらジャンプと片足立ちを繰り返し、それを紗耶香が泣き笑いで見ている。
 深雪は背後に「タン」という足音を聞いて振り返った。
 そこには、自分の身長よりも長大な大太刀を手にヘリから跳び降りてきたエリカの姿があった。
「お疲れ。
 凄かったね、あの魔法」
 いつも通りに話しかけて来たエリカに、深雪は控え目な微笑みを返した。
 ――それは、怖がっている様にも見える笑顔だった。
「……お兄様の前では、死神すらも道を譲るでしょう。でもあの魔法は……」
「んっ? いや、達也くんの魔法も、もちろん凄かったけどさ。
 あたしが言ってるのは、深雪の魔法のこと。
 あんな風に敵だけを狙い打ちに出来るなんて凄いじゃない。
 流石は深雪ね」
 エリカの表情には演技も強がりも無かった。
 ただ純粋な、深雪の技量に対する称賛だけがあった。
 そこに、恐怖は無かった。
 だから、
「――ありがとう」
 深雪は自然に、いつも通りの口調で応えることができた。


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