この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
現地時間午後四時。
戦況は早くも反転の兆しを見せていた。
元々侵攻軍側も長時間の戦闘は予定していなかったのだろう。
侵入艦艇は大型貨物船に偽装した一隻のみで、事前に潜伏させた戦闘員との連携もそれほど密なものではなかった。
それでも警察力のみが相手なら主要施設の占拠、多数の市民拉致が可能な兵力だったが、いち早く組織された魔法協会による義勇軍の抵抗が侵攻軍にとって大きな誤算となっていた。
無論、防衛軍の対応が迅速だったということもある。
動員から一時間足らずで大隊規模の援軍を投入し、避難する市民の盾となった。
遠からず敵は撤退し、治安回復の為の掃討戦に移行。市民を脱出させる必要も認められないところまで、状況は改善している。
しかし、渦中に身を置く少年少女たちは、それを知る由もなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「黒沢さん? ……うん、そう。……ううん、ありがとう」
雫が通信ユニットを耳元から離すのと、ヘリのローター音が聞こえて来たのは、ほぼ同時だった。
「七草先輩。会社のヘリがもうすぐ到着するそうです」
雫がこう報告すると、難しい顔をして情報端末を見詰めていた真由美が顔を上げて作り笑いを浮かべた。
「分かりました。北山さんは女性、子供連れの家族を優先的に収容して脱出して下さい。
稲垣さんは同じヘリに乗って北山さんのサポートをお願いします。
それと稲垣さん、先に避難する人とそうでない人の誘導をお願いできますか。
私と市原でお手伝いしますので。
光井さんは周囲の警戒に当たってください」
テキパキと指示を出して、こっそりため息をつく。
避難を後回しにされる市民は、当然不満を持つだろう。
ただでさえ子供にイニシアティブを握られていることに対して、感情的な反発を覚えている者が少なくない状況だ。
当面はヘリに乗れなくなることを恐れてか、暴れだすような素振りを見せる者はいないが、後続のヘリが遅れる程に緊張は高まって行くに違いなかった。
本当は二機同時に到着するのが理想的だったのだが、だからといって、先着したヘリにしばらく上空で待機して欲しい、等と告げられるはずもない。
(何をグズグズしているのよ、もう!)
まず自分自身の苛立ちを抑えることに、真由美は苦労しなければならなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
海岸沿いに北上するルートを鶴見からの増援部隊に押さえられて、侵攻軍は内陸へ進路を変えていた。
――ヘリの到着を待つ、駅前広場の方へ。
十字路を曲がろうとした装輪式装甲車がグリップを失って横滑りにスピンする。
車体に掛けられた反発術式に打ち勝って作用した五十里の「伸地迷路〔ロード・エクステンション〕」によって、装甲車は車輪を空回りさせながら街灯を薙ぎ倒して停止した。
「花音!」
「任せて!」
迎撃ポイントを押し上げた結果、地下に避難した生徒への影響を考慮する必要が無くなった花音は、千代田家の代名詞「地雷原」を発動した。
装甲車を直下から突き上げた激しい震動は、各車輪に取り付けられたアブゾーバーを嘲笑うように車体へ伝わり内部で各所に震動破断を引き起こす。装甲車は装甲に傷がないまま内側から壊れ、操縦者は脳と三半規管を揺さぶられて行動不能に陥った。
大型機銃の弾が二人の隠れるビルの壁を削る。
後続の装甲車から放たれた銃撃だ。
悲鳴を上げる花音を胸の中に庇いながら、五十里が壁面に沿ってベクトル逆転の力場を築く。
反射された銃弾に曝され装甲車が沈黙した隙を狙って、向かい側に隠れた摩利が酸素濃度低下の魔法を発動する。
しかし対BC兵器仕様になっているのか、気密された車内は空気組成が改変し難い状態になっており、彼女の魔法は不発に終わる。
摩利は舌打ちして酸素濃度情報に対する干渉を解除し、擲弾銃の砲口から加熱した空気を送り込んだ。
ちょうど発射寸前でランチャーにセットされていた擲弾が、隣の機銃を巻き込んで爆発する。
攻撃力を失った装甲車に、桐原が上から攻撃を掛けた。
貫かれる装甲。
高周波ブレードが運転席に突き刺さる。
後部ハッチが開き、拳銃を手にした兵士が姿を見せた。
小太刀が飛来する。
胸を貫いた小太刀の柄に手を掛け、自分の刀で喉を切り裂いてとどめを刺す桐原。
そのまま小太刀を抜いて跳び退り、遮蔽物の陰へ転がり込む。
「壬生、大丈夫か?」
紗耶香が投げた小太刀を本人に返しながら、気遣わしげに桐原は訊ねた。
「大丈夫。刀を抜いたからには、覚悟の上よ」
紗耶香は蒼い顔で、それでも気丈に答えた。
またしても、地面が大きく揺れた。
今度は後続の直立戦車に対する花音の魔法発動だ。
素早く後退してダメージを軽減する敵機。
後列から榴弾が撃ち込まれ、遮蔽物の陰へ退避を余儀なくされる。
厚みを増した敵の陣容に、花音たちは釘付けとなっていた。
深雪の干渉力は、敵の魔法の存在を許さない。
例えそれが、ブースターで増幅されたものであっても。
凍りついた装甲車へ、「薄羽蜻蛉」が襲い掛かる。
ハンマーヘッド型の巻取り機に収納されたカーボンナノチューブ製の極薄シートの長さはニ十メートル。
つまりレオは、最長二十メートルの伸縮自在な刃を手にしていることになる。
それでも長くなれば長くなる程、シートを刃として硬化する魔法の難度は増して行くはずだが、レオは十メートルの刃を難なく形成して装甲車を水平に斬り裂いた。
「右から来ます! 核の位置は同じ!」
美月が側面から回り込む敵の直立戦車を先回りして捉え、幹比古が破呪の術式を行使する。
敵機がガクッと見えない壁にぶつかった様な挙動を見せ、両腕がダラリと下げられる。
そこへ、目にも留まらぬ速さで、エリカが斬り込んだ。
山津波。
大蛇丸の長大な刀身が、二倍の身長を持つ機械兵を叩き潰す。
深雪と幹比古の援護射撃で、レオとエリカのコンビは敵の戦闘車両を次々と撃破した。
「美月」
一段落ついてホッとしているところへ不意に名を呼ばれて振り向いた美月に、深雪は別働部隊の動向を訊ねた。
「千代田先輩たちの方はどんな状況か視える?」
深雪は摩利が援軍に出向いていることを知らない。
「えっと……場所は変わっていないみたいです。現在も交戦中」
上級生組の迎撃位置は彼女たちより少し前。
駅の方へ進むルートの、二つの要を押さえる配置だ。
「どうしたの、深雪? 今更、考え込んじゃって」
美月の言葉に眉を寄せた深雪へ、大蛇丸を肩に担いだエリカがその理由を訊ねた。
「変だと思わない?
何故、敵はわざわざ、わたしたちが待ち構えている所へやって来るのかしら?」
深雪の答えに、エリカも眉を寄せる。
「駅の方へ行くには私たちの居る所を通らなきゃならないからじゃないんですか?」
上級生組と一年生組が陣取っている場所は、鈴音が地図を見て割り出した場所だ。
しかし美月の答えは、深雪を納得させるものではなかった。
「それは、幅の広い道を通るなら、という条件付よ、美月。
敵だって通信機くらい持っているだろうし、こちらは十人しかいないのだから、わたしたちが居ない所をすり抜けていく事だって出来るはずなのに」
「……足止めかも」
エリカの言葉に、美月がハッとした顔を見せた。
「来たよ!」
しかし、幹比古の告げた新たな敵の襲来に、彼女たちの推理は中断を余儀なくされた。
◇◆◇◆◇◆◇
黒沢が操縦するダブルローターの輸送ヘリ(なんとこのハウスキーパーは、クルーザーだけでなくヘリまで操縦出来るらしい)が上空に姿を見せ、着陸しようと高度を落としている最中、それは起こった。
突如として飛来した黒い雲。
空気中から湧いて出た、としか言いようのない唐突な登場を見せたのは、季節はずれの蝗の大群だった。
たかが蝗と言っても、エンジンの吸気口に飛び込まれては厄介なことになる。
それに、こんな不自然な出現の仕方をしたモノが、自然の生物とは思えない。
ヘリの出迎えに来ていた雫は、咄嗟の判断でポーチからCADを取り出した。
小型拳銃そっくりの、銀色のCAD。
九校戦が終わった直後に購入した、シルバーモデルのセカンドマシン。
そこにインストールされている起動式は、ループ・キャストの「フォノン・メーザー」。
空に向けて引き金を引く。
音の熱線が、蝗の群れを薙いだ。
「数が、多い……っ!」
焼け死ぬのではなく、燃え尽きたように消えて行く蝗の群れ。だがそれは、黒い雲を成す大群のほんの一部だ。
次々とフォノン・メーザーを発動し、ヘリに近づく蝗を撃ち払っているものの、回り込んだ群れがヘリへ迫る。
ほのかもそれに気づいていたが、彼女の魔法はこういう敵の迎撃に向いていない。雫の魔法と相克を起こすのを恐れて手が出せない。
蝗の群れがヘリに取り付く、と見えた、その時。
滅びの風が、吹いた。
黒雲を成す大群が、幻の様に輪郭を崩し、色を薄れさせ、消え去った。
空を仰ぐ雫とほのか。
異変に気づくのが遅れた真由美と鈴音も、同じように空へ目を向ける。
そこには黒尽くめの人影が、銀色のCADを構えて浮いていた。
「達也さん……?」
そう呟いたのは、雫か、ほのかか。
同じ黒尽くめのスーツに身を包んだ集団が飛来し、ヘリを守るように陣を組む。
輸送ヘリは再び降下を開始した。
◇◆◇◆◇◆◇
「化成体による攻撃を撃退。ヘリの降下を護衛します」
『護衛は他の者に任せ、特尉は術者を探索、これを排除せよ』
「了解」
柳の指示を受け、達也は使い魔を作り出した術者を探し出すべく「眼」を凝らした。
迎撃に当たり、彼は蝗の各個体を分解したのではない。
彼の分解魔法が照準に定めたのは、蝗の化成体を作り出していた魔法式。
仮初めの身体を構成していた術式を分解されて、蝗を象っていた化成体はサイオンの粒子に還った。
そのプロセスで、彼は魔法式の出所を掴んでいる。
この距離、この経過時間であれば、飛行魔法を維持したままでもトレースは十分可能だ。
(あそこか)
このままでも排除は可能だが、魔法は直接視認した方が掛け易い。
達也は逃走する術者の頭上へ移動した。
◇◆◇◆◇◆◇
銀色の大型拳銃――の形をしたCAD――を手にした黒尽くめの兵士は、流星の様な速度でビルの向こうへ飛んで行った。
ライフルを構えたその仲間が、空中で円陣を形成するその内側で、ヘリは広場へ着陸した。
黒一色で顔も見えないその姿は、ある種の禍々しさを醸し出している。
だが、ほのかも雫も、真由美も鈴音も、不安には思わなかった。
「何者ですかね、彼らは」
稲垣が気味悪そうに訊ねて来ても、
「味方です」
真由美は微笑んで、短く、そう答えるのみだ。
達也の仲間であり、藤林の仲間でもある、国防軍の一部隊。
それ以上のことは真由美も知らなかったが、それだけで十分だった。
ヘリに市民が乗り込んでいる間も、彼らは空中で警戒を続けている。
もう、十分以上、飛び続けている。
それでいて、消耗はまるで感じられない。
全員がハイレベルな魔法師であることは確実だ。
噂には聞いたことがある。
国防陸軍が、特定分野に突出しているクセの強い魔法師を集めて作った実験部隊。
個々の魔法師のランクを見れば大したことがないように思われるが、ひとたび実戦に臨んだならば強大な打撃力を発揮する実戦魔法師集団。
考えてみれば、それは、彼にピッタリ合致する条件だ。
「頼もしい援軍ですよ」
搭乗の完了しつつあるヘリを見ながら、真由美はそう付け加えた。
雫と稲垣を乗せたヘリが無事に飛び立ち、地上からの狙撃が届かない十分な高度に達したのを見届けてから、周囲を警戒していた独立魔装大隊の飛行歩兵隊は周囲のビルに散らばった。
残された市民には、安堵感が漂っている。
正体の判らない薄気味悪さは残るものの、国防軍が周囲の警戒に当たっているのだ。
子供に任せ切りの状態よりは、余程安心出来る、と彼らが感じたとしても、それを非難は出来ないだろう。
「ようやく来たわね……」
援軍のお蔭でパニックの心配は無くなったものの、脱出を切望する市民のプレッシャーから一刻も早く逃れたいと思っていた真由美にとって、ヘリの到来を告げるローター音は待ちかねたものだった。「ようやく」というのは、完全に、嘘偽りのない感想だっただろう。
到着したのは軍用の双発ヘリ。
雫が手配したヘリより一回り大きい。
これなら残った市民も全員が問題なく搭乗できるはずだ。
それに、やって来たヘリは一機だけではなかった。
もう一機、戦闘ヘリが随従していた。
『真由美お嬢様、ご無事でいらっしゃいますか』
コール音に応えて通信ユニットを耳に当てると、そこから名倉の声が聞こえて来た。
「問題ありません。名倉さんは、どちらに?」
『私は戦闘ヘリの方に搭乗しております。
お嬢様もこちらの機体で脱出するように、と旦那様より仰せつかっております』
「――分かりました」
真由美は「残ります」と言い掛けて、それを断念した。
近接戦闘では残念ながら、名倉の方が一枚上手だ。だからといって、救援に来たヘリを撃つ訳にも行かない。色々な意味で、抵抗は意味が無かった。
「とにかく、市民の収容を急ぎましょう」
通信を終わり、鈴音に声を掛ける。
それに応えて、鈴音が振り返った。
その時、だった。
「動くな!」
背後から鈴音の首に腕を巻き、もう片方の手でナイフを突きつける若い男。
ビルの上からライフルが向けられたが、別の男が前に出て、手榴弾を持った手を前に突き出す。
「……なる程、この為の布石だったのですか」
静かに呟いたのは、ナイフを突きつけられている当の鈴音だった。
「頭の回転が速いな」
その落ち着いた様に違和感を覚えながらも、避難の市民に偽装したゲリラは鈴音の言葉を首肯した。
「機動部隊で戦力を前方に引き付け、更に脱出を待って人数を減らせるだけ減らした後、ターゲットを確保。
中々考えられた作戦です」
「最初から脱出を許すつもりでは無かった。脱出されても支障の無い作戦を組んでいただけだ」
まるで危機感を覚えていないかの如き鈴音のお喋りに、男はつられているようだった。
「私を狙ったのは、エネルギー供給の安定化の為ですか?」
「それだけではない。
本作戦に先立ち、大勢の仲間が拘束されている。お前にはその解放の人質になって貰う」
「私一人では大した材料になりませんよ」
「そうでもあるまい。
――動くなと言った!」
後ろ手にこっそりCADを操作しようとした真由美を鋭く一瞥して、男がナイフを煌かせた。
真由美は諦めて、両手を挙げた。
「お前が人質になれば、七草家が放ってはおかない。
娘の友人を人質に取られる事の方が、娘を人質に取られるより効果があるだろうからな」
「確かに。
真由美さんは甘い人ですからね」
何故自分が非難の目で見られなければならないのだろう、と理不尽を覚えながら、真由美は手出しできずにいた。
おそらく、こういうところが「甘い」と言われるのだろうが、少なくとも人質に取られている本人に非難されることでは無いのではないか。
「その後は、私を本国へ拉致する手筈ですか」
「そうだ」
「しかしそれでは、人質交換にはならないのでは?」
「それは……お前、何をした?」
男はようやく、自分が喋り過ぎていることに気づいた。
いや、そもそもこんな敵の真っ只中で、いくら人質をとっているとしても、悠長な会話を続けていた自分が信じられなかった。
「作戦は悪くなかったのですけどね」
鈴音が顔の前のナイフを手でスッと除け、首に巻かれた腕を簡単に解いた。
「ターゲットが良くありませんでした」
手榴弾を持つ男の前に回りこんで、その手からゆっくりと手榴弾を引き剥がす。
「私はCADを使った魔法こそ平凡ですが、無媒体で行使する魔法なら真由美さんや十文字君より上なのですよ。
随意筋を司る運動中枢を麻痺させました。
貴方たちの身体は、しばらく自由に動きません」
その言葉の通り、脂汗を流し、いくら身動ぎしても、男の手も足も、意味のある動きをしようとはしなかった。
「人体に直接干渉する魔法。
かつては禁止されていた種類の魔法です。その性質上、人体実験が不可欠ですから、禁止されていたのはその面からなのでしょうけど。
難点は効力を表すまで時間が掛かることですが、貴方がお喋りな方で助かりました。
ああ、言っておきますが、貴方が口を滑らせたのは、魔法とは無関係ですよ。
単に貴方が軽率だというだけのことです」
そう言いながら、鈴音は冷たい笑みを浮かべた。
◇◆◇◆◇◆◇
魔法協会支部方面の敵の進攻は、激しさを増していた。
攻勢が限界に近づいていることを悟った侵攻軍が、決戦に出た結果だ。
克人は協会支部で次々と舞い込む報告に耳を傾けていた。
国防軍は桜木町・関内方面から反撃に出ており、石川町・中華街方面は魔法協会が主体となって組織した義勇軍で辛うじて持ちこたえている状況だ。
「――予備の戦闘服はありますか」
克人の問い掛けに、女性職員が目を見開いて叫んだ。
「まさか、ご自分で出られるおつもりですか!?
ダメです、そんな!」
「予備の戦闘服は、あるのですね」
しかし、念を押すように繰り返された克人の問い掛けに、気圧されながらその職員は頷いた。
「しかし、十文字家のご総領を……」
「案内して下さい」
渋る相手の台詞を断ち切る克人。
女性職員はギクシャクと立ち上がった。
◇◆◇◆◇◆◇
もう一人の十師族直系は、中華街の手前で義勇軍に加わっていた。
身に着けたプロテクターは、負傷者から譲り受けたものだ。
遮蔽物に身を潜め、赤味を帯びた光沢のCADを左手で握り締めて、将輝は肩で息をしていた。
爆裂の連発による消耗。
それに加えて、敵の攻撃が機甲兵器から魔法によるものに切り替えられたことで、疲労の蓄積速度が倍化していた。
幽鬼が隊列を組んで迫って来る。
将輝は左手に持ち替えた特化型CADではなく、左腕にはめた汎用型CADを操作した。
干渉力の放射。
一体の木人形を残して、幽鬼の群れが幻と消える。
大きく横に広がった隊列を包み込む形で発動しなければならない広域干渉は、将輝のスタミナを大きく削って行く。
彼の「爆裂」は対象内部の液体を気化させる魔法。
対象物内部に液体が存在しなければ効力を発揮しない。
敵の対応は素早かった。
直立戦車の一隊を「爆裂」によって潰されたと見るや、偽りの幽鬼で部隊を編成して戦場に投入して来た。
古式魔法で作り出した実体の無い幻影に、「爆裂」は意味を成さない。
実体は無くとも、幻影体は攻撃力を持っていた。
催眠術、と同じ理屈なのだろう。
幻影に斬られた者は、赤い痣の線を浮かび上がらせて絶命する。
魔法師はその身に纏う情報強化で偽りの斬撃を無効化することが出来るが、魔法師でない義勇兵はそうも行かない。
市民兵に混じって戦う将輝は、得意魔法を封じられた状態で幻影の攻撃をしのぎながら、敵の魔法師が何処にいるのか、必死に探し続けていた。
◇◆◇◆◇◆◇
輸送ヘリに、市民の搭乗が完了した。
「リンちゃん、頼んだわよ」
「真由美さんも余り無理をしないようにして下さい」
飛び立つヘリ。
黒い兵士がヘリを追いかけて空へ上がり、その周囲を固める。
ヘリが安全高度まで上昇したのを確認して、飛行兵は海岸の方へ飛び去った。
「私たちも行きましょう。
深雪さんたちと摩利たちを拾って、ここから脱出します」
「――承知致しました」
真由美の指示に名倉は何事か言いたそうだったが、結局恭しく頷いて副操縦席へ戻った。
真由美とほのかを乗せて飛び立つ戦闘ヘリ。
その途中で真由美は、ビルの屋上に立ち彼女を見送る一人の兵士に気づいた。
その右手には、銀色の特化型CAD。
ほのかは逆サイドを見ていて、気付いていない。
真由美はヘリの中で、その兵士に向かってこっそり「あかんべぇ」と舌を出した。
◇◆◇◆◇◆◇
達也はスモークバイザーの奥で、真由美の「あかんべぇ」をバッチリ目撃していた。
(……愉快な人だ)
達也としては、それ以外に表現のしようが無い。
(それにしても市原先輩が「一花」だったとはな……)
鈴音が使った魔法は、一花が番号を剥奪されてエクストラになった原因となったもの。
あの魔法は一花家の先天的な素質に大きく依存するものだったはずだ。
人体に直接干渉する魔法はその当時禁止されていただけでなく、今でも医療目的以外の使用には厳重な制限が課せられている。
鈴音がそうした諸々の事情を弁えているかどうかは微妙なところだが、彼女が一花の血を引く者であることは、ほぼ確実だ。
もっとも、と達也は考える。
(それを言うなら、俺の魔法は番号剥奪どころの騒ぎではないが)
苦笑するまでもなく淡々と心の中でそう呟いて、達也はヘルメットの通話スイッチを入れた。
「七草真由美嬢はヘリに搭乗し、低空飛行で海岸方面へ向かいました。
途中で同級生・下級生を拾った後、この場を離脱する模様です」
『了解した。
護衛対象の戦闘領域離脱を確認後、隊へ合流せよ』
「了解です」
いよいよか、と通信を切って達也は思った。
柳は口にしなかったが、反転攻勢に出るつもりだというのは、聞かなくとも分かることだった。
その為にはまず、真由美たちを無事に脱出させなければならない。
屋上の端に立っていた達也は、CADを下へ向けて、引き金を無造作に引いた。
建物の角でポッと火が上がり、すぐに消える。
ミサイルランチャーが路面に落下するのが見えたが、気にも留めなかった。
今の携行兵器は、その程度で暴発するようなちゃちな作りではないからだ。
同じ事を五回、繰り返す。
ヘリを狙っている者が辺りにいなくなったのを確認して、達也は後ろを振り返った。
そこには、抜き身の刀を持つ男が一人。
ただぶら下げているだけに見えて、隙のない「無形の構え」を取っている。
「――何者だ?」
訊ねたのは、その男の方だった。
ここまで登って来たにしては――尋常な方法ではなく、ビルの壁を交互に蹴ってビルとビルの間を駆け登るという異常な方法で上がって来たにしては、芸の無い質問だった。
「国防陸軍第101旅団、独立魔装大隊特務士官、大黒竜也」
「なに?」
その男――千葉寿和警部は、達也があっさり答えるとは思っていなかったのだろう。
聞いたこともない部隊名よりその事に虚を突かれて、寿和の構えに隙が生まれる。
達也は軽く、屋上を蹴った。
寿和の方へ跳んだ、のではなく、ビルの外へ飛んだ。
達也の左手がベルトのバックルを叩く。
その身体が重力の支配から解き放たれる。
右手のCADで寿和を牽制したまま、達也は拳銃の弾が届かない高度へ一気に上昇した。
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