この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
「――来た」
最初に敵の接近に気付いたのは、幹比古だった。
風に乗せて散撒いた呪符が、敵の映像を送って来たのだ。
「直立戦車……さっきとは違う。随分、人間的な動きだ」
「人間的?」
幹比古の言葉に、何故か鼓膜保護用のヘッドフォンを付けているエリカが首を傾げる。(今は会話に支障がないよう耳からずらして付けている)
直立戦車は狭い路地に入り込めるよう、移動砲塔を上に伸ばし、階段や瓦礫を通り抜け易いよう無限軌道に短い脚部を付けただけで、戦闘用ロボットとして開発されたものではない。
現在の軍事技術体系に、少なくともエリカが知る限りでは、人間の動作を再現する戦闘用ロボットは存在しない。
「もうすぐ見える……そこ!」
しかし今は、常識との乖離に考え込んでいる暇は無い。
幹比古の声と共に、ビルの陰から直立戦車が姿を見せる。
無限軌道を備えた短い脚部。
前後に長い胴体部。
そこまでは通常の直立戦車と同じ。
だが、右手にチェーンソー、左手に火薬式の杭打ち機を取り付けた腕は、通常の直立戦車ではあり得ないもの。
災害現場で使われる障害物除去用の重機を人型にすれば、このようなフォルムになるだろうか。
加えて、右肩に榴弾砲、左肩に重機関銃。
「戦闘用ロボット!?」
自分の妄想が現実になったような錯覚に、エリカが思わず声を上げてしまう。
その隣では深雪が、氷の眼差しを禍々しいフォルムの機動兵器に向けていた。
直立戦車(?)が視界に入ると同時に、深雪は魔法を発動していた。
正しく、問答無用。(もっとも、問答無用とは本来こういう意味ではないが)
三輌の機体が足を止めた。
無限軌道が凍り付き、停止したのだ。
前のめりに倒れなかったのは、バランス制御システムの優秀さを示すものか。
しかし凍り付いたのは足だけではない。
深雪の魔法は、それ程ちゃちなものではなかった。
この凍結が魔法による攻撃だということは、少なくとも直立戦車を操縦する程の軍事知識を持つ者ならばすぐに分かるはずだ。
そして自分たちの前に、長い髪を風になびかせ堂々と立ちはだかる少女が、その魔法を行使しているのだということも、理屈ではなく理解できたはずである。
それなのに、機銃も榴弾砲も、火を、噴かない。
単なる凍結魔法ではなく、「凍火」の同時行使――深雪の魔法は、行動の束縛と共に、熱量の増加も禁止しているのである。
火器が封じられた、と見るや、レオが飛び出した。
この反応の速さ、勝機に対する嗅覚の鋭さは、正に野性的と称して差し支えないだろう。
手にする得物は、双頭ハンマーに似た短いスティック。
全長約五十センチ、グリップがおよそ三十センチ。
ハンマーヘッドから突き出た先端はグリップよりかなり幅広で、長さも約十センチ。縦横の比率は、寧ろラテン十字の十字架に近いかもしれない。
そのハンマーヘッドの部分がモーターの駆動音を立て、スティックの先端から黒いフィルムが吐き出される。
薄い、薄い、黒く透き通ったフィルム。
モーター音が止まった直後、そのフィルムは真っ直ぐな二メートルの刃に変わった。
完全な平面、横からでは存在を確認できない極薄の刃。
これこそが千葉一門の秘剣「薄羽蜻蛉」。
硬化魔法により完全平面状に固定された、カーボンナノチューブ製シートの刀身。
薄羽蜻蛉とは、術の名前であり、同時にこの特殊な武装デバイスの名前だ。
レオが右手の薄羽蜻蛉を一閃した。
カーボンナノチューブを織って作られた厚さ五ナノメートルの極薄シートは、どんな刀剣よりも、どんな剃刀よりも鋭い刃となって、凍り付いた装甲板を易々と切断する。
前面装甲が斜めに斬り裂かれる。
斬った、とも分からぬ程、僅かな細い線。
そこから赤い雫が滴り落ちる。
素早く跳び退ったレオを追いかけるように、直立戦車の機体が路面に倒れた。
スタートを切る反応はレオに一歩後れを取ったが、獲物を仕留めたのはエリカの方が早かったかもしれない。
パッとヘッドフォンの位置を直すと、左腕で抱くように立てていた大蛇丸の柄を掴み、鯉口を切る。
鞘から柄へ左手を移動させると同時に、鞘は峰側を蝶番にパカッと開いて、長大な刀身が露わになった。
手の内をそのままに、鍔のすぐ下にあるボタンを、エリカは右手の人差し指で押し込んだ。
全長百八十センチの得物を肩に担ぐように持ち上げる。
この時には既に、魔法が発動していた。
重さ十キロの大太刀が軽々と振りかざされた。
直後、エリカの姿が消えた。
少なくとも、隣にいた深雪には消えたように見えた。
破砕音が轟く。
旧式のスクラップ工場で聞こえるような、金属が潰れて裂ける音だ。
大太刀を地面まで振り下ろした姿勢のエリカ。
鈍い断面で前面装甲を唐竹割に断ち切られ、叩きつけられた様に倒れている直立戦車。
刀身を濡らす赤い液体は、間違いなく、操縦者の鮮血だ。
加重系・慣性制御魔法「山津波」。
自分と得物に掛かる慣性を極小化して敵に高速接近し、インパクトの瞬間、消していた慣性を上乗せして得物の慣性を増幅し対象物に叩きつける秘剣。
この偽りの慣性質量は助走が長ければ長いほど増大し、最大で十トンに及ぶ。
慣性を消して得たスピード、プラス、慣性を増幅して得た重さ。
最大威力の山津波は、十トンの巨大なギロチンの刃を空高くから落とすようなものだ。
その威力に耐えられる装甲は、現時点でおそらく存在しない。
慣性消去から慣性増幅へ切り替えるタイミングの見切り。
慣性を消した不安定な状態で駆け抜ける足捌きと、刃筋をぶれさせない操刀技術。
何より、無慣性状態のスピードに負けない知覚速度と運動神経。
それが山津波の必要条件。
エリカの先天的な「速さ」に加え、ただこの技を修める為に費やすことを強いられた日々があって、はじめて可能となる剣技。
エリカが次の獲物に目を向ける。
レオは既に、次の獲物に肉薄していた。
山津波の発動。
刹那の後、破砕された直立戦車の前で、薄羽蜻蛉を解除したレオが両耳を抑えて蹲っていた。
二つに分かれた「警戒」チーム――実態は「迎撃」チーム――のもう一方も、直立戦車相手の戦闘に突入していた。
ここでは五十里が、予め地下三メートルの地層に振動を遮断する壁を作って、地面を媒体とする花音の魔法を使用可能としていた。
そして五十里が地下に張った「陣」は、地上にも索敵という作用を及ぼしている。
固体表面・内部にサイオンの糸を通して魔法発動を補助する効果を持つパターン、即ち魔法陣を編み上げる。
刻印魔法の権威、五十里家の英才・五十里啓が得意とするこの技術は、幹比古が使う古式魔法の呪法陣と不思議なほど似通っている。結局の所、現代魔法も古式魔法も「魔法」であることに変わりはない、ということだろう。
ならば二人が同じ役割を担っていたのも、ある意味当然か。
「来たよ」
五十里の声に、花音が起動式を展開する。
五十里がカバーしているといっても、地下がどういう状態かハッキリ分かっていない以上、あまり強力な振動魔法は使えない。
異形の直立戦車が二輌、その姿を見せた。
兵器の種類に余り詳しくない花音は、その形状を見ても驚かなかった。
余計な思惟に囚われることなく、予定通りの魔法を繰り出した。
舗装された路面が細かく砕けて砂になり、
細かく振動する地面から、水が滲み出て水たまりを作る。
直立戦車の全高が、頭一つ分、低くなった。
足が地面に沈んだのだ。
無限軌道は砂地や湿地も平地同様に走行する為のもの。
だが砂と化し、液状化した路面は、小型のキャタピラを苦も無く呑み込んだ。
千代田家の魔法、「地雷原」のバリエーションの一つ、「振動地雷」。
その効果は今、この場で展開されている通り。
地面を液状化し、敵の足を止める魔法。
唸りを上げて泥水を掻き出す無限軌道は、すぐに砂を噛んで停止した。
いつの間にか水分が抜け、液状化した路面は直立戦車の足をくわえ込んだまま凝固していた。
花音が地面の液状化に続いて、水分子を振動させ蒸発させたのだ。
振動地雷の魔法はこの捕獲までが一連のプロセス。
旧世紀の物とは多少組成が変わっているとはいえ、舗装材の基本素材はコンクリート、とは言うものの、水和反応が再現された訳ではないので単に水を含んでいた砂が固まったのと同じ状態だ。
従って捕獲といっても本当に一時的な拘束に過ぎないが、敵の眼前で移動できなくなるということは、それが一時的なものであれ致命的な意味を持つ。
立ち往生した直立戦車の左右に、寿和と桐原が姿を見せた。
空中から襲い掛かる寿和。
直立戦車の操縦者はそのスピードに反応できない。
隼も斯くや、の勢いで舞い降り、その勢いのまま操縦席を深々と斬り裂く。
秘剣・斬鉄。
刀を「刀」という単一概念の存在として定義し、魔法式で設定した斬撃線に沿って動かす移動系統魔法。
但し、得物がこの「雷丸」以外であれば。
雷丸を以て「斬鉄」を発動した場合、刀だけでなく剣士も魔法の対象に含まれる。
刀が単一概念で定義されると共に、「刀を振るう剣士」が集合概念として定義され、僅かなブレもない高速の襲撃、高速の斬撃が可能となる。
刀を振り下ろすとき、自分の身体がどう動いているか。何千、何万、何十万回という素振りと型稽古により全身に斬撃動作をすり込ませてはじめて可能となる技。
千葉家の長男は弟にその才は劣る、と評価されていた。
事実、修次は天才であり、寿和は天才ではないと、寿和本人が思っている。
だが天才でないが故に、人知れず愚直に型稽古を繰り返した結果、彼は雷丸による斬鉄、「迅雷斬鉄」を会得した。
型を極めた技であるが故、「迅雷斬鉄」を使う時、彼は型どおりにしか動けない。故にその稽古を他人に見せる訳に行かなかった。
そのことで彼を怠け者と誤解していた者は多かったが、実は、果てしない努力の末に彼はこの秘剣を手にしたのである。
コンソールを両断された直立戦車は、完全に沈黙した。
地を蹴って接近する桐原に向かって、直立戦車の上半身がクルリと回転した。
刀の間合いまで、後一歩。
機銃の銃口が桐原に向けられた、が、銃撃が放たれることはなかった。
桐原の背後から飛来した小太刀が、機銃に突き刺さり直立戦車の肩からもぎ取ったのである。
桐原の斜め後方に立つ紗耶香が、もう一本、小太刀を投げた。
榴弾砲が同じようにもぎ取られる。
投剣術。
学校では剣道を修めていた紗耶香だが、彼女の父親は剣術で実戦に臨んだ魔法師だ。
家では剣術の技も手解きを受けていた。
その中で彼女が最も得意とする技がこの投剣術。
手裏剣やスローイングダガーではなく、小太刀、脇差しを投げ付ける技。
打ち合いでは、女性故にどうしても腕力に劣る。例えば桐原の得意とする高周波ブレードも、刀を振るのは腕力だ。魔法で太刀行きを制御するのは、彼女の魔法技術では難しい。
だが投剣術なら、投げる動作に合わせて魔法を発動すれば腕力は関係ない。
そう考えて修練を積み、工夫を重ねてものにした魔法だ。
投げた直後の隙が大きすぎる為、素早い相手には使えないが、今回のように大きく動きが鈍い的なら最大限の効果を発揮する。
火器が無力化されたのを見て、桐原は最後の一歩を踏み込んだ。
頭上から振り下ろされる巨大なチェーンソー。
しかし、その軌道は見切っている。
身体を自然にスライドさせながら、桐原の刀は直立戦車の左脚を両断する。
高周波ブレード。
彼の最も得意とする魔法は、地雷や対戦車ライフルを想定した装甲板を易々と斬り裂いた。
のしかかるように倒れ込んでくる車体。
桐原は後退しながら杭打ち機を根本から切り落とし、側面に回って操縦席に刀身を突き込んだ。
手に伝わる、肉を貫く感触。
桐原は僅かに顔を歪めて刃を引き、大きく跳び退って転倒した直立戦車から距離を取った。
彼の見せた表情は、笑(嗤)い顔では、決してなかった。
そして、出番のなかった摩利は、誰にも見えないよう、こっそり肩を竦めていた。
◇◆◇◆◇◆◇
将輝や吉祥寺は知る由もないことだが、侵攻軍の陣容にそれ程の厚みは無い。
大型貨物船に偽装した揚陸艦(と言うより陸上兵力輸送艦)が一隻と、事前に潜伏させた不正規兵が敵の総兵力である。広範囲に兵力を展開し継続的な占領拠点を築くことが目的の侵攻ではなかった。
「もう終わりか……?」
それを知らない将輝が、攻撃が途絶えた敵軍にこう訝しんだのも、決して彼が好戦的だからというばかりではない。
「これで終わりかどうかなんて、僕たちに分かるはずが無いよ。情報を手に入れる手段がないんだから」
将輝の独り言は、背後から歩み寄って来た吉祥寺によって応答を得た。
彼の周りには、吉祥寺しかいない。
左右に仲間の姿は無く、前には血塗れの死体しかない。
「だから脱出するなら今の内だ」
赤味を帯びた光沢を放つ拳銃形態のCADを懐にしまいながら振り向いた将輝に、吉祥寺は真面目な顔でこう続けた。
「タイヤの修理は終わっているから、将輝も早くバスに戻って」
そう言われて背後を見回すと、敵の迎撃に当たっていた生徒たちもほとんどがバスの近くに集まっていた。
「行こう。可能な限りすぐに出発した方が良い」
促す吉祥寺。
だが将輝は、首を横に振った。
「将輝?」
「俺はこのまま、協会支部に向かう」
「無茶だよ!」
将輝の言葉に、吉祥寺は目を見開いて反対した。
「第一、何の為に!?」
詰め寄る親友に、妙に冷めた表情で将輝は答えた。
「援軍に加わる為だ。
この状況を協会の魔法師が座視しているはずがない。義勇軍を組織して防衛戦に参加しているに決まっている」
「だからって!」
「俺は『一条』だからな」
あっさり紡がれた言葉に、吉祥寺は息を呑んだ。
「……もしかして、さっきのこと、気にしてる?
みんなだって悪気があったんじゃないんだ。
ただ慣れていなかっただけで、別に将輝のことを」
「そんな事、気にしちゃいないさ」
吉祥寺の言葉を遮って、将輝は頭を振った。
「俺だって初めて戦場に出た時は、吐きそうになったからな」
苦笑いを浮かべて、「実際には吐かなかったが」と付け加える将輝。
吉祥寺はその顔に、確かに、孤独を認めた、ような気がした。
「まして今回は、満足な装備も頼りになる上官も与えられず、何の心構えも無しに戦場へ放り込まれたんだ。
初陣の条件としては、悪過ぎる」
「そうだよ!
だから皆、心にもない態度を」
「だから違うって」
必死に言い訳をする――と、将輝は感じてしまった――吉祥寺を、将輝は再度、遮った。
「詳しいことは言えないが、十師族には魔法協会に対する責任が有る。
知らん顔で逃げ出す訳には行かないんだよ。一条の、長男としては」
将輝は吉祥寺の肩をポンと叩き、バスと反対の方向へ足を向けた。
◇◆◇◆◇◆◇
装甲車の残骸をあさっていた達也は、中から一辺三十センチ程度の立方体の箱を取りだした。(ちなみに火を消したのは達也ではない)
「これですか?」
箱をカメラに向けて訊ねると、
『そう、それだ。アナライザーを向けて……
ふむ、間違いないようだね』
カメラが取り付けられたディスプレイから答えが返って来た。
『それがソーサリー・ブースターだよ』
「ただの箱に見えますが」
『接続も操作も百パーセント呪術的な回路で行われるから、機械的な端子は存在しないんだ』
取っ手が付いている以外平坦な箱の表面を見て訝しげに眉を顰めた達也に、ディスプレイの中の真田はそう説明した。
「装甲車の対物防御魔法はブースターで増幅されていたということか?」
『そのとおり。推測に過ぎないけど、間違いないだろうね」
質問の形を取った柳の推測に、真田も同意を示した。
「これで敵の正体がハッキリしたわけだ。
まあ、最初からそれ以外の可能性は無かったが」
『証拠というには弱いけど、僕たちは警官でも判事でもないからね。
もっとも、分かったからと言って対応が変わるわけでもないけど』
ディスプレイのこちら側と向こう側で黒い笑みを交わす二人の大尉。
こうはなりたくないよな、と手遅れ気味のことを考えながら、達也は次の指示を仰いだ。
「では、中華連合の偽装戦闘艦を撃沈しますか?」
『港内で撃沈するのは拙い。港湾機能に対する影響が大き過ぎる』
無論その程度のことは彼にも分かっている。撃沈というのはあくまで冗談に過ぎなかったのだが、思ったより真面目な回答が返ってきて、少し申し訳ない気分になる達也だった。
「では乗り込んで制圧しますか?」
真田を押しのけてフレーム・インした風間に、柳がそう訊ねた。
何だかこの少人数で敵艦に攻撃を掛けることが既定事項になっている気がする、と達也は思った。
今更ながら彼は、この知人たち――今は上官たち――が、冗談の通じない、と言うか普通なら冗談で済む無茶を日常的に押し通している人種だということを思い出していた。
『それは後回しだ。
駅前の広場で民間人が避難民脱出用のヘリを手配している。
現在地の監視を鶴見の部隊に引き継いだ後、駅へ向かい、脱出を援護せよ』
「了解しました」
柳の隣で同じように敬礼しながら、勇気のある民間人がいたものだ、と達也は感心した。
自分が脱出するついでとはいえ、逃げ遅れた市民を一緒に連れて行こうというスタンスは賞賛に値する、と考えたのだが、
『尚、ヘリを呼んだ民間人の氏名は七草真由美、及び、北山雫だ。
両人から要請があった場合は、助力を惜しまぬよう全員に徹底してくれ』
聞き覚えがタップリある名前が耳から入ってきて、達也は思わず咳き込みそうになった。
◇◆◇◆◇◆◇
ほぼ同時刻、敵の正体について、別の場所でも同じ推定に至っていた。
エリカが叩き潰した残骸、は原形を留めていなかったので、レオが操縦席を斬り裂いた以外はほぼ無傷の車体の前に、深雪、エリカ、レオ、幹比古の四人は集まっていた。
幹比古が他の三人を呼び集めたのである。
「この直立戦車だけど、機械的なコントロールだけで動いていたんじゃないと思うんだ」
「つまり、何らかの術を併用していたということですか?」
「ええ、そうです」
深雪が男子生徒に丁寧語を使うのは特別なことではない(いつものことでもなく、相手が同じでもシチュエーションによって使い分けているのだが)。
それに合わせているのかどうなのか、幹比古の方でも深雪が相手だとざっくばらんな口調にはどうしてもなれないようだ(幹比古の方はシチュエーションに関わらずいつも、である)。
「この三輌は、手足の動きが奇妙に人間的でした。
胴体部が操縦席で占められている直立戦車は、人間と構造が違い過ぎます。人間の動作をそっくり真似しようとしてもそんなことは出来ませんし、過度に人間の真似をさせようとすればかえって動力のロスにつながるはずです」
「それなのにコイツらは、『過度に』人間の動作を再現しようとしていた、ってことか?」
レオの問い掛けに、幹比古は迷いのない様子で頷いた。
「ピストンや歯車やワイヤーで伝えられた動力だけじゃなく、手足を直接、人間の身体の動きを真似て動かす力が働いていたとしか思えないんだ」
「つまり、魔法で? 一体どんな魔法なの?」
「多分、剪紙成兵術の応用だ」
「せんしせいへいじゅつ?」
「陰陽道系の、人形使役の術式ですか?
もとは道家の術だとか」
深雪の言葉に、幹比古は感心を隠し切れない顔で頷いた。
「そうです。
紙を人の形に剪み切り、雑霊を宿して兵と成す術、それが剪紙成兵術だよ」
後半はエリカに対する解説だ。
「要するに、相手は中華連合ってこと?」
だがエリカは術のシステムに関する解説をサラッと流し、敵の正体へと切り込んだ。
「そいつは結論を急ぎ過ぎじゃねえか?
陰陽道系の術ってことは、売国奴の可能性だって考えられるぜ」
「いや、十中八九、エリカの言うとおりだと思う」
レオが彼に似合わぬ(?)慎重論を唱えたが、幹比古は頭を振ってエリカの意見を支持した。
「奇妙に聞こえるかもしれないけど、古式魔法の術式にも流行があってね……伝統を重んじる中にも、時代時代に流行る技、廃れる技があるんだ。
ここ十年以上、国内の古式魔法どの系統でも、実体を持つ式神は使われなくなっている。
剪紙成兵術はこの国で、廃れてしまった術なんだ。
直立戦車の腕で鋸や杭打ち機を扱わせる為の魔法なら、もっと効率的なものがいくらでもある。例えば僕なら、杭や鋸自体に術を掛ける。
無駄が多いと分かっていて態々廃れた技術を持ち出す程、僕たち古式の術者は頑迷じゃないよ」
「別に、誰の頭が固いなんて思っちゃいねえって」
少しムキになっている――意識しすぎている感のある幹比古に対して、レオはやや辟易した表情で手と首を振った。
「要するに、直立戦車を操っていたのは中華連合の魔法師だってこったろ?
理解したし、納得したぜ」
「あ、いや、まあ……そういうことだよ」
幹比古も自分の口調に八つ当たりの気があったと自覚したのか、恥ずかしそうに口ごもる。
だがすぐに表情を引き締めて、他の三人には思い掛けないことを言い出した。
◇◆◇◆◇◆◇
「えっ? 柴田さんに来て欲しい?」
音声通信端末のスピーカーから聞こえてきたリクエストに、真由美は思わず大声で訊き返してしまっていた。
「……そう。まあ、一理あるとは思いますけど……ええ、分かりました。でも一応、本人の意思を確認してから……そうですね、直接説明して貰った方が良いでしょう。
柴田さん」
真由美は端末を顔から離し、美月の方へ差し出した。
「あの、何でしょうか……?」
「深雪さんたちのところへ、柴田さんに来て欲しいそうです。直接理由を説明するとのことですから、それを聞いた上で決めて下さい」
真由美と美月はあまり接点がない。
やや事務的な口調で差し出された音声端末を、美月が怖ず怖ずと、いや、寧ろビクビクと受け取ったのもやむを得ないところだった。
『あっ、柴田さん?』
「吉田くん?」
通話の相手が幹比古だと分かって、美月は幾分ホッとした表情を浮かべた。
エリカだと何時爆弾が降って来るか分からないし、深雪と話していると今でも時々理由も無く緊張してしまうことがある。
だからといって、幹比古だと何故安心するのか――その理由を、美月は自覚していない。
『柴田さんの力を貸して欲しいんだ』
一方の幹比古は、やや焦っているような口調だった。――いや、昂奮しているのかもしれない。
「えっ、力って?」
『敵は剪紙成兵術という古式魔法の術式で機甲兵器を動かしている。
僕が使う魔法とは性質が違うから、僕には敵の術式を上手く捉えられない。
でも柴田さんの「眼」なら、魔法を継続的に行使している敵の動向を僕よりも早く捉えることが出来るはずだし、敵の魔法の核となっている部分を見つけ出すことも出来るはずなんだ。
核が見つかれば、僕の魔法で敵の剪紙成兵術を無力化できる。
だから柴田さんに、こっちへ来て欲しいんだ。
もちろん、そこにいるより危険だけど、絶対に怪我はさせないから』
「――っ!」
絶句した美月の顔は赤く茹だっていた。
他意など無いことは、無論、彼女にだって分かっている。
しかし――
『良かったわね、美月。吉田くんが守ってくれるそうよ?』
『――っ!』
「――っ!!」
通信に割り込んできた深雪の発言に、電波を通して互いに言葉を失っている気配が伝わった。
相手の顔の色まで思い描くことが出来る、そんなむず痒い沈黙に時間が停止する。
『……もちろん、吉田くんだけじゃなくて、わたしたちも精一杯カバーするわ』
止まっていた時間は、深雪の白々しいフォローで動き出した。
通信を傍受していた真由美は、「深雪さんってやっぱりSだったのね……」と心の中で呟いた。
『そ、そう! 僕たち全員でディフェンスの方はカバーするから!』
色々な意味で必死に訴えかける幹比古の言葉に、美月はコクリと頷いた。
「分かりました。今からそちらに向かいます」
通信端末を顔の横から下ろして「ふぅ……」と大きく息をついた美月は、端末を真由美に返してペコリと頭を下げると、幹比古たちの陣取る「前線」へ小走りで駆けて行った。
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