この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
大型特殊車輌専用の駐車場で不正規兵を相手取る三高の生徒は、その過半数が戦闘不能に陥っていた。
――吐き気を抑え切れずに。
「一条、少しは手加減しろ!」
「先輩こそ、下がっていてください」
その元凶たる将輝は、幾ら非難を浴びてもまるで聞く耳を持たなかった。
赤味を帯びた拳銃形態の特化型CADが国籍不明のゲリラに向けられ、
紅の花が咲いて、散った。
うっ、と口元を押さえる声が、またしても将輝の耳に届いた。
彼が一人の敵を屠るたびに、敵も味方もどんどん戦意を低下させて行く。
(この程度でびびるなら、最初から戦場に立とうなんて考えるなよ)
どんな目で見られても、どんな言葉を掛けられても、将輝は心の中でそう嘯いて涼しい顔で無視している。
彼の主張は正しい。文句のつけようがない正論だ。
だが――人体が破裂して鮮血(正確には赤血球)を撒き散らす光景に、平然としていられる兵士が一体どれだけいるものだろうか。
一条家の秘術、「爆裂」。
対象物内部の液体を瞬時に気化する魔法。
それを人体に行使した場合、血漿が気化し、その圧力で筋肉と皮膚が弾け飛び、血液内の固形成分である赤血球が真紅と深紅の花を咲かせることになる。
彼の同級生と上級生は、一握りの例外を除いて、初めて「クリムゾン」の真の意味を知った。
◇◆◇◆◇◆◇
「……で? 何で和兄貴がここにいるわけ?」
駅前広場の片隅では、千葉家兄妹の心温まる、とは言えない団欒(?)が繰り広げられていた。(少なくとも兄の方は楽しんでいたから、団欒と言っても半分は間違っていない)
何故「片隅」かというと、直立戦車の残骸を片付け、引きずり出したパイロットを訊問し、ヘリが着陸できるように路面を整える作業に、エリカも寿和も向いていないからだった。――現役警部の寿和が「訊問に向いていない」というのもどうかと思うが。
とにかく、そういう訳でこの二人、あぶれてしまっていたのだ。(二人の名誉の為に付け加えておくと、桐原と紗耶香もあぶれていた)
しかし、少なくとも寿和は、この場で役立たず扱いされたことを気にした様子もなく――役立たず扱いしたのは稲垣だ――、喧嘩腰で突っかかってくる妹との会話を楽しんでいるようだった。
「何で、とは心外な。
心優しい兄が、愛する妹の手助けをしたいと思って、何の不思議もないだろう?」
「心優しい!?
どの面下げてそんな空々しい台詞を……」
「こらこら、エリカ。女の子が『どのツラ』なんて下品な言葉を使っちゃいけないよ」
「アンタが! 今更! このあたしに! お嬢様らしく振舞えなんて言えた義理!?」
「やれやれ、哀しいなぁ……俺はこんなに妹のことを愛しているのに」
流石に白々しさが極まったのか、激していたエリカの感情がスッと冷却された。
一転して冷ややかな眼を向けてくる妹に、寿和はつまらなさそうに、ため息をついた。
「手助けに来た、というのは本当だ」
シラけた顔と投げ遣りな口調でそう告げて、その言葉を鼻で笑った妹に、寿和は意地の悪い笑みを向けた。
「そんな態度で良いのか、エリカ」
「何よ」
エリカが少し怯んだ表情を見せた。
相手が絶対的な強者であった子供の頃――今よりもずっと小さかった子供の頃の苦手意識は、そう簡単に拭い去れるものではない。
「俺はお前に良い物を持って来てやったんだぞ」
「良い物? いらないわよ、別に」
それでもエリカの強がりは――意地は、折れなかった。千葉寿和はエリカにとって、二番目に屈服することの出来ない相手だった。
それは寿和にとって、望ましいもの、小さな頃の妹に望んだものだった。
「そう言うな。今日のお前には必要な物だ」
寿和にとって「小さなエリカ」は、ついつい意地悪をしたくなる可愛い妹だった。だがここにいるのは、あの頃より強くなろうとしている、もっと可愛い妹だ。「今日のところはここまでにしといてやるよ」などと悪役か負け犬の風味が漂うことを考えながら、もたれ掛かっていたワゴン車から、緩やかなカーブを描く長大な得物を取り出した。
そのシルエットを見て、エリカが目を見張り絶句する。
細長い袋を取り去って、寿和はその大太刀をエリカに差し出した。
全長百八十センチのサイズはエリカの身長を大きく上回る。
刃渡りだけで百四十センチ。
太刀にしては不自然なほど反りが少ないその刀身は――
「……大蛇丸……?
……何故ここに……?」
「何故? 愚問だぞ、エリカ。
大蛇丸は『山津波』を生み出すための刀で、『山津波』を使えるのはお前だけだ。
親父にも修次にも『山津波』は使えない。
型をなぞる事は出来ても、『使える』と言えるのはお前一人。
故に大蛇丸は、お前の為の刀だ」
差し出された大太刀を受け取るエリカの手は震えていた。
身体ごとよろめきそうになる重量をしっかりと握り締めることで、その震えはようやく止まった。
千葉家が作り出した最強の武具。
雷丸と共に、刀剣型武装デバイスの最高傑作と千葉家が自負する秘密兵器。
例えほんの一時のことであったとしても、この刀を自由に振るうことが許されるとは、エリカは思っていなかった。
「嬉しそうだな」
兄の声にハッと顔を上げる。
兄に抱いている反発心を忘れるほど、エリカは大蛇丸に心を奪われていた。
何故なら、この刀は――
「自分の分身たる愛刀を手にして、それほど嬉しかったか、エリカ?
フッ……やはりな。親父がどう思おうと、修次が何を考えていようと、エリカ、お前は千葉の娘だよ」
「……フン! 今回は礼を言っとくわ」
「だから女の子がそんな下品な……」
寿和の台詞を最後まで聞かず、エリカはクルリと背中を向けた。
大蛇丸を手にスタスタと遠ざかっていくエリカ。
妹の分かりやすい態度に、寿和は楽しそうな笑みを浮かべた。
「何か分かった?」
パイロットを引きずり出した直立戦車のコックピットに上半身を突っ込んでいた五十里は、背後から掛けられた声に身体を引き抜いて振り向き、頭を振った。
「ダメですね。
僕もこの手の兵器はそれほど詳しい訳じゃありませんが、中古市場に出回っている旧型機だと思います。
国籍を特定できるような物は見つかりませんでした」
「兵器に中古市場なんてあるの?」
ビックリした顔で質問した真由美に、五十里は笑って頷いた。
「戦闘機にだって中古市場はありますよ。
局地戦なら大戦期の兵器だって今でも現役です」
フ~ン、と感心している真由美に五十里が微笑ましい気持ちになっていると、何やら横手から不穏な空気を感じた。
今更、目を向けなくても、誰の気配かすぐに分かる。
表情を改めて、五十里は改めて真由美に目を向けた。
「やはり、パイロットから詳しい事情を聴取する以外にないと思います」
「でも、素直に話すでしょうか?」
「そこは摩利の腕に期待しましょう」
花音のもっともな疑問に、真由美が肩を竦めた。
「じゃあ僕は整地作業の手伝いにいってきます」
ペコリと頭を下げた五十里と、彼にピタッとくっついている花音の背中を見送って、真由美は尋問を担当している摩利たちの方へ向かった。
縛り上げられた二人のパイロットは、顔に軽い凍傷を負っている以外、特に怪我は無かった。
その内の片方を稲垣が、片方を摩利が訊問している。
「どう?」
真由美は摩利の方へ近寄って、簡単に状況を訊ねた。
「ダンマリだ。
こんな事と分かっていたら、もっと強い香水を持って来てたんだがな……」
思うように上がらない成果に、摩利は少し苛立っているようだ。
「仕方ないわよ。薬物を使わない、が関本くんから話を聞く時の条件だったんだもの」
対人戦闘のスペシャリストと自他共に認める摩利は、魔法や刀剣だけでなく、小型銃器、更には化学兵器の扱いにも長けている。
気流を操作して揮発性の薬物を敵だけに経鼻投与するのも彼女の得意技の一つ。
向精神作用のある香水を相手にだけ嗅がせるという悪女(というか犯罪そのもの)の技も隠し持っている。
今もその手の薬物を縛り上げた相手にこっそり使ってみたのだが、残念ながら効果は見られなかった。
「拷問でもするか」
「チョッと、それはいくらなんでも」
摩利が物騒な台詞を呟き、真由美が慌ててそれを止める。
「大丈夫だ。一切傷痕を残さず苦痛だけを与える自信がある」
「そういうことを言ってるんじゃないの!
……摩利、貴女少し休んだら?」
「……そうだな、そうさせてもらおうか」
煮詰まっている、という自覚が多少はあったのだろう。
摩利は手を振って、ベンチで地図を広げている鈴音の方へ歩いて行った。
鈴音が座っているベンチの前の地面(当然舗装されている)には、縦三メートル横四メートルに拡大された高精細地図が映し出されていた。
鈴音が端末に呼び出した地図を、ほのかが光を屈折させて投影しているのである。
彼女たちが今いる、桜木町から山下町までの海岸通り地区の詳細地図。
そこへ新たに、船と人の群れと街並みが投影された。
「ほう、凄いじゃないか」
「あっ、渡辺先輩」
路面に投影された映像がぼやけて崩れ、すぐに鮮明な画像を取り戻す。
街並みの映像が回転し、地図とピッタリ重なり合う。
鈴音の指がフルオープンにしたノート型端末のキーボード上を忙しく踊り、パチッ、と最後にエンターキーを叩いて鈴音は顔を上げた。
「何か分かりましたか」
「残念ながら、まったくだ」
鈴音の問い掛けに苦い顔で首を振り、すぐに興味津々の表情を取り戻す。
「こっちは成果がありそうだな」
「ええ。光井さんのお蔭で、現状における敵の兵力と動向がおおよそ把握できました……光井さん、もう良いですよ」
鈴音の称賛に、ほのかがはにかんだ笑みを浮かべて頷く。
同時に、路面の地図が消えた。
「光を制御する魔法にしても、これだけ精密にコントロール出来るのは珍しいんじゃないか?」
「そうですね。低高度偵察機並みの鮮明な映像を、光の屈折だけで実現出来るという話は記憶にありません。
これはもう、通常の光屈折魔法とは別種の魔法と考えた方が良いでしょう」
淡々とした鈴音の称賛に、ほのかは顔を赤くしていた。
「そんな……達也さんや深雪に比べれば、私の魔法なんて大したものじゃ……」
「謙遜する必要はないぞ、光井。
確かにあの二人の魔法は強力だが、時として情報は攻撃力以上に戦況を左右するんだ」
「そうですよ、光井さん。
こうして状況を俯瞰的に把握出来るというのは大きな意味を持っています。
無人偵察機も成層圏カメラとの通信手段も持たない私たちにとって、貴女にしか出来ないこの魔法は、極めて有益なものです」
「ありがとうございます!」
赤面しながら勢い良く一礼するほのかを、二人の三年生は微笑ましげに見ていた。
図太い(?)下級生ばかり目に付く中で、このように初々しい反応は新鮮に感じられたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
国際会議場から魔法協会支部が入っている横浜ベイヒルズタワーへ向かうには海岸寄りの道を使う方が近いが、内陸寄りの道を使ってもそれほど遠回りになる訳ではない。
敵の主力は国籍不明戦闘艦が吐き出している上陸部隊。市中に潜伏していた兵力も、海岸沿いで活発に活動している状況だ。
しかし克人は、「迂回しますか?」という質問に首を振った。
縦、ではなく、横に。
そして今、克人を乗せた軍用車輌は砲火の飛び交う海寄りの道路をベイヒルズへ最短距離で向かっていた。
ベイヒルズに近づくにつれて――正確には山下埠頭へ近づくにつれて――敵は重武装化していく。侵攻軍の機動兵器(具体的には直立戦車)を見掛ける頻度も少しずつ上がって来ていた。
「敵の兵力が集中している、と言うより、敵兵力の展開が進行しているのでしょう」
助手席に乗る楯岡軍曹が克人にそう説明した。
克人はそれに、無言の頷きを返す。
言葉を返さなかったのは下士官と見下しているから、ではなく、魔法により多く集中力を割いている為だった。
その直後、進行方向上の脇道から、多連装ミサイルランチャーを担いだ小集団が路上に現れた。
私服兵ではない。国籍を明らかにする標章は身につけていないが、デザインが統一された野戦服を身に着けている。
敵上陸部隊と見て間違いない。
その分隊から、克人の乗る車輌目掛けて、対戦車ミサイルと思しき四発の携行ミサイルが発射された。
至近と言っても良い距離だ。
いくら初速の遅いミサイルといえど、オフロード用の車輌で躱すことの出来る状況ではない。
だがハンドルを握る音羽伍長に動揺はなく、楯岡軍曹は助手席の風防越しにオートライフルを構えていた。
ミサイルは、車輌前方五メートルの空中に着弾した。
半球状に車を覆う障壁を舐める爆炎。
その中から撃ち出された銃弾が敵兵を薙ぎ払う。
外からの攻撃は通さず、
内からの攻撃は妨げない。
指向性を有する透明な防壁は、言うまでもなく、克人の領域魔法だ。
自分を中心とした半球面状の薄い空間を、一定量以上の熱量と酸素分子より大きな物質の侵入を許さない性質へと改変する。
高速で移動する車輌の上でも、克人の防壁魔法に揺るぎは無い。
藤林の部下は、この短い行程の中で既に「鉄壁」の称号が意味するものを実感するに至っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
独立魔装大隊は独立した作戦単位として「大隊」と位置づけられているが、人数面では二個中隊の規模しかない。
今回、元々は本来の任務――つまり魔法技術を利用した兵器の運用テスト――の為に出動していた人数は、その内の五十人。大型装甲トレーラー二台にその人数分の新装備が搭載されていた。
「――どうかな、特尉」
「流石です。脱帽しました」
ハンガーに掛かったプロテクター付ライダースーツのような外観のツナギを前に、真田は何度も得意げに頷いた。
「サイズは合っているはずだから、早速着替えてみてくれ給え」
真田に促されて達也が着ている物を全て脱ぎ捨てる。
トレーラーの中には女性士卒の目もあったが、お互い気にする様子はなかった。
独立魔装大隊の兵士は皆、ある意味において実験動物であり、全身検査も珍しくない。男性士卒が女性士卒に全裸を見られるだけでなく、その逆も間々起こることなのだ。羞恥心で立ち竦んでしまうようではやって行けない職場だ。
達也は手早く専用のアンダーを着込み、テキパキと黒いツナギ――ムーバル・スーツを身に着けた。
ごついベルトを腰に巻き、スーツのジョイントにカチリと接続。
両腰のホルスターに自前のCADを差し、最後にフルフェイスのヘルメットを被った。
「問題無いようだね」
『ええ、誤差は許容範囲です』
達也の声は、トレーラーの室内スピーカーから聞こえた。通信機が自動でオンになっていたことに気付いた達也は、ヘルメットを操作して口元を覆うマスクを外した。
「防弾、耐熱、緩衝、対BC兵器は固より、簡単なパワーアシスト機能も設計通り付けておいたよ。
そして無論のこと、飛行ユニットはベルトに仕込んである。
緩衝機構と組み合わせて射撃時の反動相殺としても機能するように作ってあるから、空中での射撃も可能だ」
「お見事としか言いようがありません。自分が設計した以上の性能ですね」
「いや、僕も良い仕事をさせて貰ったよ」
真田が達也に握手を求め、二人がガッチリ手を握り交わしているところへ、二人の兵士を引き連れた風間がやって来た。
「真田、そろそろ気は済んだか」
無言で敬礼を返す部下をジロリと睨み、風間は達也へと視線を転じた。
「では早速だが特尉、この二人を連れて、柳の部隊と合流してくれ。
柳の隊は瑞穂埠頭へ通じる橋の手前で敵部隊の足止めをしている」
「柳大尉の現在位置はバイザーに表示可能だよ」
「了解しました」
マスクを付け直してから、顎の内側にあるポインタを指で操作して柳隊との相対位置を確認し、達也はトレーラーの外へ向かった。
タラップを使わずにトレーラーから飛び降りた達也は、その勢いが消えぬ内にベルトのバックルを叩いた。
それは、飛行魔法用CADのスイッチ。
軽く地面を蹴って、達也はそのまま空へ駆け上がった。
◇◆◇◆◇◆◇
山下埠頭に機動部隊を上陸させた国籍不明の侵攻軍は、部隊を二つに分けていた。
一つは魔法協会のあるベイヒルズへ向かい直線的に進軍。
もう一つは海岸沿いに北へ進攻。
北へ向かった部隊は、三高により足止めされている不正規兵と合流することなく寧ろこれを迂回し、海路の脱出を図る民間人を追いかけるような動きをしていた。
その動向は、独立魔装大隊の知るところだった。
機動性を重視した六台の装輪式装甲戦闘車輌による進攻部隊。
走りながら二列縦隊に隊列を組み直して、橋へ殺到する装甲車の群れを前に、柳大尉はヘルメットの陰でニヤリと笑った。
彼は典型的な対人戦闘魔法師だ。
得意とする技術は、相手の運動ベクトルを先読みして、体術と魔法の連動により、それを誘導、増幅、あるいは反転させる白兵戦技。この様な機甲部隊が相手では、出来ることはほとんど無かった――独立魔装大隊に配属されるまでは。
独立魔装大隊は隊長が古式魔法の使い手である為か、101旅団の中でも古式の魔法師の割合が多い部隊だが、柳はその中でも典型的な古式の術者だった。
斬り合い、殴り合いの中で魔法を行使する為の工夫として、身体の動作、「型」そのもので結印を代用する技術を受け継いだ柳は、CADの操作さえも隙につながるタイムロスとして敬遠していた。
だがそんな彼も、引き金を引くだけで数十トンもの重量物をひっくり返してしまう大規模な魔法を編み上げる特化型CADの実用性は認めざるを得なかった。
この規模の魔法を結印やその代替儀式で発動しようと思ったら、最低でも五秒は掛かるだろう。
それは敵を目前にして、許される時間ではない。
(気に喰わんな)
心の中でそう呟きながらも、彼の唇は笑みに歪んだままだ。
マスクの奥に獰猛な笑みを刻んだまま、柳は遮蔽物の陰から装甲車の隊列正面へ躍り出た。
全身黒尽くめのアーマースーツ。
それが、唯一人。
予想外の敵に戸惑いを覚えたのか、装甲車の砲塔は火を噴かなかった。
あるいは、たかが一兵、その巨大な車輪で踏み潰すつもりだったのかもしれない。
装甲車とアーマースーツでは防御力に差がありすぎる。
柳も敵の砲口の前に長居するつもりなど更々無かった。
銃剣付のライフル――の外見をしたCADの引き金を引き、魔法の発動を確認して再び遮蔽物の陰へ飛び込む。
真っ直ぐに土埃が上がり、路面に直線が刻まれた、様に見えた。
その直線に触れた装甲車の車輪が、浮き上がる。
地面を揺るがす轟音の連鎖が、発動した魔法の結果を柳に告げた。
僚車を巻き込んで横転している装甲車の列。
よく見れば、東側を進んでいた車輌が西側の車輌にのしかかるようにして転倒しているのが分かる。
加重系魔法「千畳返し」。
地球の重力を南北の線上で瞬間的に遮断することにより、対象物は地球の遠心力によって東側が持ち上げられ西へ転がることになる。
装甲車の底面部、「腹」に向かって空から銃弾が降り注ぐ。
柳の魔法が発動すると同時に空へ上がった隊員による銃撃だ。
ライフル形態の武装一体型CADから放たれる銃弾は、貫通力向上の効果を付与され、地雷に備えた装甲車の底面装甲を容易に貫く。
燃料タンクを撃ち抜かれ炎上した車体が下側から撥ね飛んだ。
押し潰されたかに見えた西側の装甲車が、無傷の姿を現す。
どうやら侵攻軍の装甲車には「反発」の魔法を得意とする魔法師が防御要員として乗り込んでいるようだ。
十トンを超える重量物を撥ね除ける強度の障壁は、通常火器による砲撃のほとんどを無効化するに違いなかった。
かなり強力な魔法師。あるいは魔法を増幅するシステムを積んでいるのだろうか。
再び空から銃弾が降り注いだ。
銃撃を強化する魔法と、銃砲弾を弾き返す魔法の干渉力が喰い合って、双方の魔法が効力を失う。
徹甲弾が装甲に喰い込む、が、貫通するには至らない。
装甲車の機銃砲塔が上を向き、空中に大口径機銃弾を散撒いた。
二人の隊員が姿勢を崩し、地上へ落下する。
一人は脚、一人は腹部に被弾したようだ。
スーツの防弾効果のお陰で、身体が千切れる重傷には至っていない。
遮蔽の陰からそこまで見て取った柳は、再び敵の前に飛び出し、続けざまに三度、引き金を引いた。
柳の「千畳返し」は地球の重力を遮断する魔法。
対象物の付随情報に干渉するものではない。
敵が車体に掛けた防御魔法に関わりなく、重力遮断の魔法は発動した。
勢いよく横転する敵の装甲車。
転倒の衝撃で装甲車を守る魔法障壁が途切れたのか、
空中から放たれた銃弾は装甲車の底面装甲を貫き、残る装甲車三台も紅蓮の炎に包まれた。
達也が柳と合流した時、最初の戦闘は既に終結していた。
柳は負傷者の治療に立ち会っているところだった。
「特尉、丁度良かった」
達也が声を掛けるより早く、柳が彼の姿を認めて呼び寄せる。
柳の前でサッと敬礼した後、達也はスーツを脱がされて横たわる負傷者を覗き込んだ。
「弾は抜いた。後は頼めるか」
ヘルメットを脱いだ柳の顔に表情らしきものは浮かんでいなかったが、瞳の色が心の裡を隠し切れていない。
「了解です」
キッパリとした返事で、柳の罪悪感を不要なものと否定して、達也は左腰から銀色のCADを抜いた。
◇◆◇◆◇◆◇
ほのかの魔法により敵兵力の俯瞰映像を入手した鈴音は、侵攻軍の兵力が思ったよりも少ないことに気付いていた。
「――それにしては戦線が派手に広がっているような気がするが?」
「現在、戦線、と呼べるものは存在しません」
摩利の疑問に、鈴音は遠慮の無い回答を返した。
「内陸部の戦闘は点で行われています。
潜入したゲリラ兵により交通と通信を混乱させ、上陸部隊が直線的に目標の制圧に当たる……これが侵攻軍の基本戦術だと思います」
「リンちゃんがそう言うなら、その通りなんだろうけど……
じゃあ、敵の目標って何かしら?」
首を傾げた真由美に、鈴音も少し、考え込む素振りを見せた。
「……一つは魔法協会支部。これは確実でしょう。
もう一つは海路で脱出を試みる市民を狙っているように見えますが、これは多分、人質を欲しているのではないかと」
「人質?」
「市民を殺傷すること自体が目的とは思えません。もしそうなら、揚陸艦ではなくミサイル艦で侵入してきたと思います。
人質交換か、身代金か……最終目的は分かりませんが」
「ならば、いきなり砲弾やミサイルが浴びせられる危険性は少ないということだな」
「おそらくは。
しかし人質が目的なら、ここも標的になる可能性が高いと思います」
そう言って鈴音は、背後を、改札前のホールに集まった市民の集団を見た。
「さっきの藤林さんの話からすると、鶴見の援軍は既に到着しているはずだわ。
ルートを考えれば、瑞穂埠頭に集まった市民を保護して、余った兵力で掃討戦という手順になるはず」
「そうですね。私もそう思います」
「敵の目的が人質なら、守りの薄いこちらへ流れてくる、か……
あたしは――そうだな、花音の方の加勢に行ってくる」
「そうね……人数が少ないといっても、あちらには深雪さんがいるから」
「ああ、アイツの冷凍魔法は戦術級と言っても差し支えない」
真由美と摩利は、顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
おそらく、「兄妹揃って……」とでも考えたのだろう。
「……でも、摩利、無理はしないでね。
貴女は機械化部隊と相性が悪いんだから」
「分かっているさ」
小走りに駆けて行く摩利の背中を見て、近くに控えていたほのかが真由美に怖ず怖ずと話し掛けた。
「あの、私も迎撃に回るべきでしょうか?
フロントは無理でも、バックアップなら出来ると思いますし」
多分、勇気を振り絞ったほのかの申し出に、真由美は笑顔で首を左右に振った。
「光井さんはヘリが来た時に手伝って貰わないと行けないから。
それに深雪さんや花音ちゃんの役目は、迎撃じゃなくて警戒よ。私たちはプロの実戦魔法師じゃないんだから、我が身を危険に曝してまで戦う必要はないし、戦うべきじゃないわ。寧ろ逃げることを考えるべきよ」
真由美は悪戯っぽく語尾を上げてそう諭した。
だが深雪やエリカは、決して逃げたりしないだろう、とほのかは半ば以上、確信している。
不安に揺れる眼差しを雫に向けると、親友も同じ色を瞳に宿していた。
「――来ました!」
丁度その時、メガネを外して海側をじっと見ていた美月が、そう声を上げた。
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