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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第三章・横浜騒乱編
3-(7) 護衛の資格

 騒ぎを聞いて(風紀委員長として)保健室に駆けつけた花音は、ベッドの上で意識を失ったままの一年生と、保険医の治療を受けている二年生カップルを見て溜息を吐いた。
「アンタたち、やり過ぎよ……」
 紗耶香から経緯を聞いて、花音はもう一度溜息を漏らす。
 常日頃より暴走特急気味の花音に「やり過ぎ」呼ばわりを受けるのは桐原も紗耶香も不本意だっただろうが、相手が頭を打って気を失ったままという芳しくない状態とあっては、反論の言葉が見つからなかった。
「それで一体、彼女は何をやったの?
 今聞いた話では、単に非合法な電子機器を持っていただけで、違法行為も校則違反も実際には行っていなかったということになると思うんだけど」
 これもまた、反論のしようが無い指摘だった。
 元が生真面目な紗耶香や、弁が立つとはいえない桐原には。
 だが今ここにいるのは、この程度で畏れ入る人間ばかりではなかった。
「非合法なハッキングツールを持っているだけで、捕まえるには十分だと思いますけど?」
 挑発気味の口調で(うそぶ)いたエリカを、花音は鋭く睨みつけた。
「……やり過ぎが問題だって言ってるの。
 罪と罰はバランスが取れたものでなければならないのよ」
「べっつに~、罰を与えようと思って捕まえたんじゃありませんよ。
 汚い大人に利用されている学友を保護しようとしただけです」
「保護する相手を気絶させるの、貴女は。彼女、頭を打ってるのよ」
「隠し武器まで持ち出して抵抗されては仕方ないですねぇ。
 人助けだからって自分が怪我に甘んじなきゃならない理由はありませんから」
 睨み合う花音とエリカ。
 一触即発の空気に紗耶香はオロオロしていたが、おそらくこの場で止めに入るべき最右翼の立場にいる保険医が、仲裁に入る素振りすら無いのを見て、手も口も出せずにいた。
「そんじゃ、千代田委員長。後はよろしく」
 口を挿んだのは壁際に立っていたレオだった。
「行こうぜ」
「チョッと、いきなり何?」
 クイッ、と首で退室を促されたエリカが、矛先を変えてレオに食って掛かった。
 しかし今度は、睨み合いにはならなかった。
 レオは一瞬だけ面倒臭そうな顔をして、フイッと背中を向けた。
「こっから先は風紀委員会の仕事だろ。
 オメーはどうだか知らんけど、達也や美月や幹比古に火の粉が飛ばなきゃそれで良いんだよ、俺は」
「待ちなさい!」
 背中を向けたまま言い捨てて出て行くレオを追いかけて、エリカも保健室を後にした。

◇◆◇◆◇◆◇

 騒々しい一年生(そして少なくとも一方は癇に障る一年生)の声が聞こえなくなって、花音は少し落ち着きを取り戻した。
「それで先生、この子の容態は正直なところどうなんです?」
 花音の問い掛けに、保健医の安宿怜美〔あすか・さとみ〕はおっとりとした笑顔を向けた。
「心配要らないわ。
 脳にも骨にも異常は見られないから。
 何もしなくても自然に目を覚ますわよ」
 安宿は生体放射を視覚的に捉えて肉体の異常個所を把握することの出来る医療系の特化型能力者だ。視るだけでそこらの病院にある精密検査機器より正確な診断を下す能力がある。
 彼女が大丈夫だと言うなら、一先ず安心出来るというものだ。
「じゃあお手数ですけど、この子が目を覚ましたらご連絡いただけますか」
「良いわよ。
 あっ、でもこの子に逃げられても、文句は言わないでね?
 私は戦闘能力皆無なんだから」
 ホンワカと笑いながら告げる安宿に、花音は笑顔で頷いた。
「先生が怪我人を逃がすはず無いじゃないですか」
 花音は治療を終えた紗耶香と桐原を引き連れて、保健室を辞した。

◇◆◇◆◇◆◇

 花音は風紀委員長であると同時に、今は五十里の護衛役でもある。
 論文コンペを睨んだ護衛は一人のガード対象に複数人のガードがつく体制であり五十里のガードにはもう一人二年生の男子生徒がついているが、花音はこの役目を他人任せにするつもりは全く無かった。
 話を聴かなければならない一年生が目を覚ますのも待たずに実験が行われている校庭へ戻ったのはその為だ。
 そしてその先ではまたしても、あの癇に障る下級生――要するにエリカのことだ――がトラブルを起こしていた。
 頭痛を覚えながらも見て見ぬ振りは出来ず、花音は手近な風紀委員を捉まえて事情を訊ねた。
「チョッと司波くん、これ、一体何事なの?」
 達也は確かに花音が委員長を務める風紀委員会のメンバーだが、それ以上に今は論文コンペ代表メンバーの一人として実験の進行に関わっている身だ。
 現在はガードされる側であり、キーボードを叩いている横から話し掛けるなど、護衛役としては、担当が別であっても本来以ての外なのだが、花音には余りそういう意識は無いようだった。
 案の定、達也の背後で深雪が柳眉を吊り上げていたが、達也は特に機嫌を害した様子も無く、画面のスクロールを止めて振り向いた。
「エリカとレオがウロウロしているのが、関本先輩にはお気に召さなかったようですね」
 そう言われて再度状況を確認してみれば、迷惑そうな視線を集めているのは確かにエリカではなく関本の方だ。
 花音はうんざりした顔で、言い争っている二人へ近づいた。
「……関本さん、一体どうしたんですか?」
 風紀委員に任期は無い。自分から辞めると言い出さない限り、卒業するまで風紀委員のままだ。
 生徒会の代替わりを機に摩利や辰巳は委員を辞めたが、関本は委員会に籍を置き続けている。
 今現在、三年生の風紀委員は彼一人だった。
「千代田……いや、大したことじゃない。
 風紀委員でも部活連で選ばれた訳でもないのにウロチョロされては護衛の邪魔になると注意していたところだ」
 およそ彼女の柄ではないのだが、花音は頭を抱えたくなった。
 何故この先輩は、わざわざ波風を立てたがるのか、というのが彼女の偽らざる心境だった。
「……来年、再来年の為にも、一年生が実験を見学するのを止める理由はありません。
 それがガードの邪魔になれば、護衛役のあたしたちが注意します。
 関本さんは今回、護衛の仕事に立候補されなかったんですから、あたしたちに任せて貰えませんか」
 花音の言葉に関本がスッと目を細めたが、彼に反論する暇を与えず、花音はエリカの方へ向き直った。
「貴女たちも今日は帰ってくれない?
 さっき起こした騒ぎだって、見方を変えれば四対一の暴力行為になるのよ」
 有耶無耶の内に事態を収拾しようとする花音の台詞を聞いて、エリカは冷笑を浮かべた。
 自分でも姑息な手口だと感じていた花音は、それを見て頭に血を上らせた。
 しかしここで自分が逆上しては状況が悪化するばかり。
 花音が奥歯を食いしばっている前で、エリカはアッサリと背を向けた。
「あたし、そろそろ帰るね。
 達也くん、深雪、また明日」
「……オレも帰ることにするわ。じゃあな、達也」
 二人の一年生がアッサリ引き下がったのを見て、花音はホッと息を吐いた。
 情報端末が振動で着信を告げたのはその時だった。
 メッセージを確認した花音は、まだ何か言いたそうな関本を放置して、今来たばかりの道を保健室へと引き返した。
「あっ、花音、待って」
 その後を五十里が慌てて追いかけたが、彼の持ち場放棄を咎めた者はいなかった。

 五十里が閉じ損ねた情報端末のディスプレイへ、関本が興味深げな目を向けた。
 と、横から手が伸びて、端末の電源が落とされた。
「市原」
「関本君はこういう実用的なテーマに興味がないと思っていましたが」
 ムッとした表情で振り向いた関本に、鈴音は体温がまるで感じられないポーカーフェイスで応えた。
「……基本コードのような基礎理論や術式そのものの改良を重視すべきだという意見は変わらないが、応用技術に興味が無い訳じゃない」
「基礎理論を軽視しているつもりはありませんが。
 実用化に伴うリスクを軽減する為には、理論の為の理論を研究するより寧ろ厳密な基礎理論の検証が必要ですから」
「検証と研究は違う。研究は創造だ。検証だけでは、前進は無い」
「人間の役に立たない理論に価値はありません。実用化されてこその理論です」
 冷静に、但しどちらも頑なな態度で口論する二人の様子を、達也がモニター越しに盗み見ていたが、少なくとも関本は、それに気づいていなかった。

◇◆◇◆◇◆◇

 校門を出たレオは、エリカの後を黙々とついて行った。
 と言っても、一緒に下校しているという意識は、彼には無い。
 校門から駅までは一本道。
 単に、追い越していく程、急ぎの用事は無いというだけだった。
 それはエリカも同じなはずだ、とレオは思っていた。
 単に足を進める方向が同じなだけで、偶々(たまたま)歩調が合っているだけだと。
「レオ」
 だからいきなり名前を呼ばれた時、意外感に思わず足を止めてしまった。
 エリカもまた、足を止めていた。
「アンタ、今日、時間ある?」
 質問の意味が咄嗟に理解できず、レオは立ち尽くしたまま絶句してしまう。
 エリカがクルリと振り返った。
 スカートがフワリと翻ったが、レオの目はエリカの瞳に釘付けだった。
 甘さなど微塵も無い、
 悪ふざけの欠片も無い、
 今にも斬りつけてきそうな、鋼色の気迫に染まった眼差しだった。
「どう?」
 再度、短く、エリカが問う。
 それで、レオの呪縛が解けた。
「……特に予定は無いぜ」
「だったら付き合いなさい」
 再びクルリと踵を返し、エリカはスタスタと歩き始めた。
 同じ速さ、無言のままで、レオはその後に続いた。
 見掛けの上では、さっき迄と同じ。
 だがその意味合いは、百八十度変わっていた。

◇◆◇◆◇◆◇

 花音が保健室に入ると、安宿がおっとりした声で出迎えた。
 その手に押さえ付けられ、もがいている千秋の姿を見ると、「おっとりした」という印象は霧散するのだが。
「先生……『戦闘力は皆無』じゃなかったんですか?」
 分かっていながらついついそう訊ねてしまうのも、これが初めてではなかった。
「やあねぇ、これは『看護』よ。『戦闘』じゃないわよ?」
「…………」「…………」
 思わず目付きが据わってしまったのは花音一人ではなかったが、敢えてツッコミを入れなかったのもまた、彼女一人ではなかった。
「えーと……その子から話を聴きたいんで、取り敢えず放して、じゃなかった、座らせてあげてくれませんか」
「良いわよ」
 咄嗟に言い換えた機転を褒めるように、ニコニコと笑みを深めて安宿は千秋を抱き起こした。
 ――あのまま言葉を続けていたらどうなっていたか、花音は薄ら寒さを感じた。
 それを振り払う為か、花音は小さく頭を振って、起き上がった千秋へ視線を移した。
「一昨日は大丈夫だった?」
 花音に問われて、千秋はハッと目を見開き、慌てて顔を隠すように俯いた。駅前で自分を追いかけてきた相手が花音だと、今更ながら気づいたようだ。
「一昨日といい今日といい、無茶するわね。
 一歩間違えば自分が大怪我してるわよ」
 花音の口調に問い詰める色合いはない。
 寧ろ、優しい声だ。
「でも、このままエスカレートするのを黙って見てる訳にもいかないの。
 まだ何もしていない今だからこそ、あたしは貴女を止めなくちゃならない」
 これは花音にとっても精一杯の背伸びだ。
 風紀委員長、という地位を与えられたからこそ、下級生を更生させようという義務感が生まれた。そうでなければ、彼女本来の気質からして、さっさと忘れていたことだろう
「さっき壬生さんに、何かが欲しい訳じゃない、って言ったらしいわね。
 じゃあ何でデータを盗み出そうなんて考えたの?」
 だが本人にとっては背伸びであっても、それを向けられた相手にとってはそれなりに感じ入るものを与えたようだった。
「……データを盗み出すことが目的じゃありません。あたしの目的は、プレゼン用の魔法装置作動プログラムを書き換えて使えなくすることです。
 パスワードブレーカーはその為に借りたものです」
「当校のプレゼンを失敗させたかったの?」
 本心では、花音の(はらわた)は一瞬で煮えくり返っていた。
 よりによって五十里の晴れ舞台――花音の主観的には――を邪魔しようとしていたというのだから。
 今日の彼女は、本当によく我慢していた。
「違います! 失敗すれば良いなんてそんなことは考えていませんでした!
 ……悔しいけど、あの男はその程度のことなんてきっとリカバリーしてしまう。
 アイツはそれだけの腕を持ってる。
 でも本番直前にプログラムがダメになったら、少しくらい慌てるに違いないって思った。
 何日も徹夜してダウンしちゃえばいい気味だって思った。
 あたしは、アイツの困った顔が見たかったの!
 だって、アイツばっかりいい目を見るなんて許せないんだもの……!」
 千秋はベッドの上で嗚咽を漏らし始めた。
 花音は途方に暮れた顔で五十里へ振り向いた。
 ベッドから離れて話を聴いていた五十里は、花音に一つ頷いて、ベッド脇のスツールに座った。
「平河千秋くん……君は、平河小春先輩の妹さんだね?」
 俯き、嗚咽に震えていた千秋の肩が、別の意味でビクッと震えた。
「お姉さんがああなっちゃったのは、司波君の所為だって思ってる?」
「……だってそうじゃないですか……」
 低く響いてきた声は、呪詛だった。
「アイツには小早川先輩の事故を防げたのにそうしなかった。
 アイツは小早川先輩を見殺しにして、その所為で姉さんは責任を感じて……!」
 五十里が千秋の肩にそっと手を置き、千秋はその手を勢いよく払い除けた。
 五十里は払い除けられた手を見詰めながら、苦々しさの混入した声で再び話し掛けた。
「もしあの事故について、司波君に責任があるというなら、僕も同罪だ。僕はあの仕掛けに気付かなかったんだから。
 僕も含めた技術スタッフ全員が同罪だよ。司波君だけの責任じゃない」
「笑わせないで下さい……」
 言葉だけでなく、千秋は顔を伏せたまま嘲笑していた。
 カッとなって立ち上がった花音を、五十里が手で制した。
「姉さんにも分からなかったんですよ。五十里先輩に分かるわけ無いじゃないですか。
 アイツだからあの仕掛けに気付くことが出来たんです。
 それなのにアイツは、自分には、妹には関係ないからって手を出さなかったんじゃないですか!
 あんなに何でも出来るクセに自分からは何もしようとしない……きっとそうして、無能な他人を嗤ってるんだわ。
 本当は魔法だって自由に使えるクセに、わざと手を抜いて二科生になって、一科生も二科生も手当たり次第に他人のプライドを踏み躙って嘲笑ってるに違いないのよ、あの男は!」
「ハイハイ、そこまで」
 深い憎悪と妄念にまみれた糾弾に花音と五十里の二人が言葉を失う中、緊張感皆無の声が千秋の演説を遮った。
「ドクターストップよ。
 千代田さん、続きは明日にしてちょうだい」
「安宿先生……」
「彼女の身柄は一晩、大学附属の病院で預かります。
 親御さんには私の方から連絡しておくから、二人とも準備に戻りなさいな。
 もう日にちが無いのでしょう?」
 安宿の申し出に、花音は何か反論したそうだったが、五十里に制止され、そのまま保健室を後にした。

◇◆◇◆◇◆◇

 二人乗りのキャビネットの中、
 レオの隣にはエリカが座っている。
 狭い車内に同級生の女の子と二人きり。
 色気より食い気ならぬ、花より喧嘩のレオであっても、全く意識しないという訳には行かなかった。
 相手がエリカと分かっていても、何となく居心地が悪い。
 いや、相手がエリカだから、余計に居心地が悪いのかもしれない。
 客観的に見て、エリカは滅多にいない美少女だ。
 スタイルが良い所為か武術を嗜んでいる所為か、窓枠に肘をついて外を眺めているというラフな姿勢でさえも格好良く見える。
 しかも、何やら甘い匂いまで漂って来ている、様な気がする。
 隣り合わせではあからさまに目を向けるわけにも行かず、かといって無視することも出来ず、どうしてもチラリ、チラリと目が吸い寄せられてしまう。
 レオは目的地も聞かぬ内から誘いに乗ったことに、早くも後悔を覚え始めていた。
 居心地の悪さを増幅する沈黙は、彼にとって幸いなことに、長く続かなかった。
「……簡単過ぎると思わない?」
「何がだよ」
 唐突な問い掛けにも、何とか普通の声で答えることに成功して、レオは密かに胸を撫で下ろした。
「昨日、正体不明の外国人に、スパイが潜入してるって警告を受けて、
 今日、スパイ道具を持った生徒が見つかった。
 それも、『見つけて下さい』と言わんばかりのお粗末な成り行きで」
「お粗末って……結構苦労した内だと思うぜ、アレは」
「バカ。苦労したのは捕まえるのに、でしょ。
 ハッキングツールをむき出しで手に持ってるなんて、普通じゃ考えられない不用心じゃない」
「所詮は素人ってことだろ」
「ウン……」
 あっさり決めつけたレオの言葉に、生返事で頷きながらも、エリカは納得し切れていない様子だった。
「どうしたんだよ」
 エリカのいつになく歯切れの悪い態度に、レオはようやく、冗談や軽口で済まされないものを彼女が感じているのだと覚った。
「これで終わりじゃない……あの子は、当て馬かもしれない」
「こっちの油断を誘うための囮で、本命は別にいるってか?」
 今この時、沈黙は肯定だった。
「……で、俺に用事ってのは、本命を炙り出す探偵の真似事か?」
「まさか」
 呆れ声で斬り捨てたエリカにいつもの彼女を感じて、レオは怒るよりも安心してしまった。
 どうも狭い空間に二人きりという状況が、レオの精神を失調させているようだ。
「アンタに頭脳労働なんて期待してないわよ」
「なんだとコラ」
 流石にこの暴言は見過ごせなかったが。
「あたしもアンタも頭脳労働なんて柄じゃないでしょ。
 そんなのはそれこそ達也くんに任せときゃいいの」
 しかし、自分まで「頭脳労働に向かない」と開き直られては、反論は難しかった。
「そんな似合わない真似をするより、あたしたちにもっと相応しい役回りがあるでしょ」
 これで「ピン!」と来る辺り、この二人は思考回路が似ているのだろう。――本人はどちらも強硬に否定するだろうが。
「用心棒か」
「守るより反撃がメインだけどね」
「怖い女だな……達也を囮にしようってか?」
「達也くんなら殺したって死にゃしないわよ」
「ハッ、確かにな」
 狭いキャビネットの中で人の悪い笑い声が低く響いた。
 達也に聞かれたら絶交を言い渡されそうな遣り取りだが、幸い(?)ここに当人はいない。
 ――その笑い声は、唐突に途切れた。
「でもその為には、足りないものがある」
 一転、エリカは表情を引き締めて、そう切り出した。
「足りないもの?」
 どうやら真面目な話らしいと察して、レオは大人しく耳を傾けた。
「レオ、アンタの歩兵としての潜在能力は一級品よ。
 短銃やナイフを併用した戦闘なら、服部先輩や桐原先輩より素質は上だと思う」
 唐突で思い掛けない高評価に、レオは寧ろ呆気に取られた。
「素質という点ではミキも相当なものだけど、有視界戦闘ならアンタの方が勝ってるでしょうね」
 ただ、思考停止に陥ったのは、ほんの数秒のことだった。
「……で?
 素質は、ってことは、今の能力に問題ありって言いたいんだろ」
 レオの鋭い切り返しに、エリカは特に驚いた様子もなく頷いた。
「足りないものがある、って言ったでしょ?
 アンタには、決め手が無い」
「決め手?」
「決め技、殺し技と言ってもいいわ。
 相手を確実に仕留める技。
 相手に大きな脅威を感じさせる技。実際に使わなくても、それを持ってるってだけで優位に立てる技。
 アンタには、それが無い」
「……オメエにはあるのか?」
「ええ。
 専用のホウキが必要だけど、それを手にすれば確実に相手を叩き潰すことの出来る秘剣が、あたしにはある」
「へぇ……」
「アンタは、相手を確実に殺せる技を持っていないでしょ?
 達也くんの作った『小通連』は使い方とチューニング次第で大きな殺傷力を持つ武器だけど、それでも決め手とするには斬れ味が足りない」
 キャビネットが低速レーンへ移った。
 目的地が近づいているということだ。
「……確かにな。
 オレは、相手を殺すことを前提とした技術は持っていない」
 四月の一件でも、レオは後詰めに回されて、ブランシュのメンバーと実際に戦ってはいない。桐原やエリカの様に、人間の肉を斬り裂き骨を砕く暴力を実体験していない。
「それを身につける覚悟がある?」
 エリカの眼差しが、レオの瞳を射抜いた。
「自分の手を人の血で汚す覚悟がある?
 今度の敵は、多分そういう相手よ」
「愚問だぜ」
 レオは、エリカの眼差しから僅かも目を逸らすことなく、簡潔に、明快に答えた。
 キャビネットがスピードを落とし、駅のプラットホームに滑り込んで、止った。
 ドアを開けてエリカがホームに降りる。
 続いて外に出たレオの鼻に、潮の匂いが届いた。
 神奈川との境近く、かなり海に近い所らしいと、駅名を確かめる前に、レオは思った。
「だったら、あたしが教えてあげる。
 秘剣・薄羽蜻蛉(うすばかげろう)……アンタにピッタリの技をね」
 逆光の中、振り返った肩越しに、エリカはそう告げた。

◇◆◇◆◇◆◇

 すっかり日も落ちて街灯に照らされた駅までの帰り道。
 今日はレオとエリカがいない代わりに花音と五十里が一緒だった。
「……なるほど、そういう動機でしたか」
 余り気が進まない様子の花音から、分かった範囲で事情を聞いて、達也は納得顔で頷いた。
「何ですかそれって! 単なる逆恨みじゃないですか!」
「って言うより八つ当たり?」
 憤慨するほのかの隣で、理解に苦しむとばかり雫が首を捻っている。
 二人にとって今の話は、正気の沙汰と思えなかった。
「八つ当たりせずにいられなかったんだろうね……」
「きっと、お姉さんのことが大好きなんでしょうね……
 平河さんがやろうとしたことを認めるわけには行きませんけど、気持ちだけなら、少しは解る気がします」
 対照的に、同情混じりの言葉を漏らしたのは幹比古と美月の二人だった。
 一科生と二科生で見事に割れた感想を達也は興味深く思ったが、もちろん面白がっている素振りを見せたりはしなかった。
「ですがそれなら、放っておいても問題なさそうですね」
 達也が口にしたのは、それをどう思うか、ではなく、これからどうするか、ということ。
 達也の意見に、花音と五十里が揃って首を傾げた。
「狙われているのはキミなんだけど?」
 花音が心配してというより呆れ気味に問い掛けた。
 達也は何故か申し訳なさそうな表情で頭を振った
「そう……俺を狙った嫌がらせに巻き込んでしまった形ですね。
 しかしご迷惑はお掛けしませんよ。
 ブルートフォースのパスワードブレーカーで破られるほど柔なセキュリティは組んでいませんから」
「いや、装置の方はシステム的なセキュリティだけじゃなくて、ロボ研にも協力して貰って監視しているから、心配要らないと僕も思うんだけど……
 クラックが通用しないって分かったら、もっとエスカレートしないとも限らないんじゃないかな。
 平河先輩のことが原因なら、先輩から説得して貰って考え直させるのが一番だと思うんだけど……」
 眉間に皺を寄せて――そういう表情まで悩ましい(艶めかしい?)から(たち)が悪い――五十里が最も効果的と思われる解決策を提示したが、達也はやはり、首を横に振った。
「平河先輩をこの件に関わらせるのは止めましょう。
 姉妹とはいえ、関係も責任も無いんですから」
 平河(姉)は、少なくとも妹の暴走の原因になったという意味で無関係ではない。
 だがそれを「関係ない」と言い切った達也の台詞に、五十里は感心している様子だった。
「へぇ~、優しいトコもあるのね」
 からかっているのではなく、花音は素で驚いている。
 それを見てムッとしている深雪をさり気なく上級生の視界から隠しながら、達也は先の二回よりも大きく首を振った。
「余計面倒になりそうな気がするからですよ。
 それに、最近周りをチョロチョロしているのは、平河姉妹の妹の方だけじゃありませんから」
 その台詞にハッと顔を強張らせて、花音と五十里と幹比古が左右に目を走らせた。
 不審な人影は発見できなかったが、微かな場の揺らぎ――意図しないサイオンの波紋――を、五十里と幹比古は感じ取った。
「……やっぱり護衛を付けようか?」
 空間に広がる揺らぎではなく、五十里の顔に浮かんだ揺らぎによって、達也の指摘が思い込みでないことを確認した花音がそう問い掛けたが、
「いえ。
 七草先輩クラスの知覚能力がなければ、あれの尻尾を掴むのは難しいでしょうから」
 暗に、任せられる役者がいないと指摘して、達也は四度(よたび)、首を振った。
 色々と思うところがありまして、更新を不定期に変更します。
 勝手を言いまして申し訳ございません。


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