ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第二章・新人戦編
2−(22) 最後の決め手
 三位決定戦が終わり、決勝戦の使用ステージが「草原ステージ」と発表された。
 それを聞いた両校の反応は対照的だった。
 三高の天幕では、歓声を上げる者もいた。
「お前の言うとおりになったな、ジョージ」
「ついてるね、将輝」
 浮かれて声を上げるような真似は自制しているものの、二人とも笑顔を隠せずにいた。
「後はヤツが誘いに乗ってくるかどうか、だが……」
「彼は間違いなく乗ってくるよ。
 遮蔽物が無い草原ステージでは、正面から一対一の撃ち合いに応じる以外、向こうにも勝機は無いからね」
「ヤツが『術式解体』という手札を持っているからこそ、そこに活路を求めるしかない、か……」
「その通りだよ、将輝。
 彼の戦術は一見、奇を衒っているように見えて、実は凄く緻密な計算の上に成り立っている。
 対抗手段が無いなら、分が悪いことを承知で奇策に走るかもしれない。
 でも『術式解体』という対抗手段を持っているが故に、最も勝率が高い正面対決を選択するはずだ」
「後はお前が後衛と遊撃の二人を制圧するだけだな」
「後衛の方は問題ないと思う。硬化魔法の腕は中々のものだと思うけど、それ以外の魔法は上手く使えないようだからね。
 遊撃の選手は……古式魔法を得意としているみたいだね。名前から見て多分、あの『吉田家』の術者じゃないかな。
 何をやってくるか分からないという点は不気味だけど、古式魔法と現代魔法なら、スピードの面で現代魔法に分があるからね。遮蔽物が無い草原ステージのメリットがここでも効いて来るよ」
「特にお前の場合は『基本コード』を使えるというアドバンテージがあるからな」
「残念だけど、新人戦の優勝は向こうに持って行かれちゃったから……せめて、モノリス・コードの優勝は勝ち取らないと」
「ああ、やってやるさ」
 吉祥寺の言葉に、将輝が力強く頷いた。

◇◆◇◆◇◆◇

「障碍物が無い『草原ステージ』ですか……厳しい戦いになりましたね、お兄様」
 深雪の言葉は、激励に来た面々の意見を代弁していた。
「いや、渓谷ステージや市街地ステージに比べればまだマシだ。
 贅沢を言えばキリが無い」
 彼の言葉に、深雪だけでなくチームメイト――レオと幹比古も首を捻っていたので、達也は解説を加えることにした。
「一条家の『爆裂』は、液体を気体に変化させその膨張力を破壊力として利用する術式だ。
 一条家の人間なら、水蒸気爆発を利用した攻撃はお手の物だろう。
 一条選手にとって渓谷ステージは、大量の爆薬がフィールド全域に用意されているようなもの。
 市街地ステージには実際に水が流れている水道管が張り巡らされている。
 それに比べれば草原ステージは『爆薬』となる液体が無い。
 いくら『プリンス』でも地下水を汲み上げて『爆薬』にはできないだろうからな。
 無論、森林ステージか岩場ステージの方がやり易かったんだが……渓谷ステージという最悪のフィールドを免れただけで芳としなければならないだろう」
 一年生が「なるほど」という表情を浮かべたのと対照的に、上級生の顔色は曇ったままだった。
「……でも、遮蔽物の無いフィールドで砲撃戦が得意な魔法師と対戦しなければならない、っていう不利が無くなる訳じゃないわ」
「司波、策はあるのか?」
 真由美の指摘に続いて、服部が訊ねて来た。
 彼が達也に自分から話し掛けるのは極めて珍しいことだ。
 達也も意表をつかれた事を隠し切れず、回答が一拍遅れてしまった。
「本来の戦い方をされると正直、手も足も出なかったところですが……一条選手はどうやら俺のことを過剰に意識してくれているようですからね。
 接近戦に持ち込めば、何とか」
「? 格闘戦は禁止されてるぜ?」
「触らなければ良いんですよ。手はあります」
 桐原の疑問に、達也は少し、自信無さげに笑った。

◇◆◇◆◇◆◇

 新人戦、モノリス・コード決勝。
 選手の登場に、客席が大きく沸いた、と言いたいところだが、戸惑いにざわめく観客の方が圧倒的に多かった。
 野次馬的な好奇の目に曝されて、幹比古はフードを更に深く被り直した。
 一方、被り物の無いレオは、少しでも顔を隠そうとしているのか、マントの高い襟の陰で首を竦めていた。
「なあ……やっぱおかしくねえか、この格好」
「使い方は説明した通りだが」
 あからさまに方向性が違う回答は、「諦めろ」という勧告だった。
「……何で僕たちだけ……」
 幹比古のボヤキは一人だけ仮装していない達也に対する恨み節。
「前衛の俺がそんな走り難い物を身に着けてどうする」
 しかし幹比古の抗議も、作戦の名の下にスッパリと切って捨てられた。
「クソッ……今頃笑ってやがんだろうな……」
 レオの台詞は「誰が」という部分が欠けていたが、あとの二人にとっても、敢えて特定する必要は無かった。

◇◆◇◆◇◆◇

「アハハハハハハハハ……お、可笑し〜〜
 何アレ、何アレ! アハハハハハハハハハハハハ……」
 三人の推測に違わず、エリカは客席で爆笑していた。
「エリカちゃん、ちょっと……」
 美月が恥ずかしそうに何度もたしなめて、哄笑はようやく失笑のレベルに落ち着いた。
「……あ〜、笑った笑った。だから達也くんのやる事からは、目が離せないのよね」
「……エリカちゃんの方が注目集めてたよ、今……」
 楽しそうに嘯くエリカの隣で、美月が恥ずかしそうに縮こまっていた。
「ゴメンゴメン。チョッと、ツボに入っちゃって。
 もうバカ騒ぎしないから、機嫌直して、美月?」
「もぅ……お願いだからね?」
 周りの席から突き刺さっていた視線がフィールドの方へ戻ったのを肌で感じて(直接目で確認する勇気は無かった)、美月はようやく、顔を上げた。
「でも何だろうね、アレ」
 草原ステージは遮蔽物が無いから、観客席から直接フィールド全域が見渡せる。
 それでも距離があり過ぎて細かい部分が観えないから、他のステージと同じように、大型ディスプレイが各選手の表情を映し出している。
 一高陣地を映した画面の中の、幹比古とレオの姿を凝視するエリカ。
 しばらくジーッと見詰めてから、「お手上げ」という感じで首を振った。
「ダメ。あたしじゃ何が目的か分からない。
 達也くんのことだから、ハッタリなはずは無いんだけど」
「……SB……『精霊』が吉田くんのローブにいっぱい群がってる……」
「えっ?」
 独り言に意外な答えを返されて横を向いたエリカは、メガネを外した美月の瞳が、不思議な色合いを帯びているのを見て、息を呑んだ。

◇◆◇◆◇◆◇

 何やら時代錯誤か場違い感があるレオと幹比古の衣装にざわめいた観客が多かったが、嘲笑や冷笑の類はほとんど見られなかった。
 観客の意識を捉えていたのは、あの「ローブ」や「マント」を一体何に使うのか、という好奇心。
 しかし、対戦する相手は「好奇心」では済まされない。
「ただのハッタリじゃないのか?」
 チームメイトの推測に、将輝と吉祥寺は揃って首を横に振った。
「ヤツはジョージのことを知っていた……あれは『不可視の弾丸』対策か?」
「確かに僕のあの魔法は貫通力が無いけど……布一枚で防がれるようなものじゃないし、彼がそんな甘い考えで対策を立ててくるとは思えない」
「そういう風に思わせる作戦かもしれないぜ?」
「その可能性も無い訳じゃない、が……」
「……分からないな。まさかこの期に及んで隠し玉を用意していたなんて……」
 唇を噛み締める吉祥寺。
 智謀を自認するが故に、悔しさも一入(ひとしお)なのだろう。
「全くの無警戒というわけにはいかないが、分からないことをあれこれ考えても意味は無い。
 力押しに多少のリスクは付き物だ」
 観客にとって好奇心の元は、対戦相手にとって警戒心の元だった。

◇◆◇◆◇◆◇

 選手たちや応援席からは知るすべが無かったが、スタンドがざわめいた理由は、もう一つあった。
 本部席近くのスタンドがざわめいた理由。
 それは、思いがけない来賓にあった。
「九島先生! このようなところへ如何なされました」
 いつもであれば、大会本部のVIPルームでモニター観戦している九島老人が突如来賓席に姿を見せたのだ。
「たまにはこちらで見せてもらおうと思ってな」
 直立不動で迎え入れる大会委員たちへ鷹揚に頷きを返し、九島烈は急遽用意された革張りの椅子に腰を下した。
「それはもちろん、我々にとって光栄なことと存じますが……」
 何故、こんなに急に?、という言外の問いに、九島老人は気さくな答えを返した。
「なに、一人、面白そうな若者を見つけたのでな」

◇◆◇◆◇◆◇

 試合開始直前の時間は、おそらく、選手の心の中に最も迷いが渦巻く時間だろう。
 どれだけ自信があっても、どれだけ勝算があっても、実際に戦ってみるまで勝敗は分からない。
 シーズンリーグ制で同じ相手と何度も戦うのではなく、同じ相手と一回しか戦わない競技会であれば特に、敵の実力が分からないことに対する不安が強くなる。
 しかしその迷いは、試合開始の笛が鳴るまでのもの。
 戦いの火蓋が切って落とされれば、迷いを持つことなど許されない。

 試合開始の合図と共に、両陣営の間で砲撃が交わされた。
 魔法による遠距離攻撃。
 それを観客は大喜びで迎え、第一高校の応援席では意外感に言葉を失っていた。
 両陣地の距離はおよそ六百メートル。
 森林ステージや渓谷ステージに比べれば短い距離だが、突撃銃では厳しい間合いであり、狙撃銃の距離だ。
 それをお互い、外見上は自動拳銃そのもののCADを突きつけ合い撃ち合いながら、相互に歩み寄って行っている。
 達也は予選、準決勝と同じ二丁拳銃スタイル。
 それに対して将輝は、準決勝の汎用型を特化型に持ち替えている。
 右手のCADで相手の攻撃を撃ち落とし、左手のCADで攻撃を仕掛ける達也に対して、将輝は意識的な防御を捨てて攻撃に専念している。
 その結果、
 ただでさえ大きな攻撃力の差が、益々広がっていた。
 将輝の「射撃」が一発一発に決定的な打撃力を秘めているのに対して、達也の「射撃」は牽制以上のものにはなっていない。
 単に相手へ攻撃が届いているだけで、特に防御を意識しなくても魔法師が無意識に展開している情報強化の防壁で防がれてしまう程度の振動魔法だ。
 手数も圧倒的に劣っている。
 だが色々と裏技じみた手札を隠し持っているとはいえ、純粋な魔法技能では間違いなく劣っている達也が、相手の攻撃に曝されながら肉視が難しいこの距離で的確に攻撃を当てているというだけで、驚くべきことだった。
「何という胆力」
 三年生の男子生徒が、唸り気味に呟いた。
「彼は本当に二科生なの?」
 女子選手の一人が、チームメイトに訊ねている。
 魔法そのものの威力ではなく、攻撃を受けているというプレッシャーの中で正確に魔法を行使している精神力に、上級生たちは驚きの声を上げていた。
 だが――真由美や克人、鈴音、あずさ、服部……彼ら、彼女たちの顔色は優れない。
 今のところは単なる挨拶であり、一歩近づくごとに、達也は防御に力を回すことを余儀なくされ、その分、攻撃の手数が減っていることが、彼らの目には明らかだった。

 吉祥寺は三高の陣地内で、一高の選手やスタッフとは別の意味で驚いていた。
 達也が行使している魔法は、振動系統。
 これまでの三試合では、加重系統を特化型CADにインストールしていたはずだ。
(僅か二時間足らずで起動式の構成を変えてきた……?)
 吉祥寺は頭を振って雑念を追い出そうとした。
 CADの調整技術がどれほど優れていようと、調整の過程は試合に影響しない。
 試合を左右するのは調整が終わった後の結果だけだ。
 調整のスピードに感心している場合ではない。それは番狂わせを生む可能性がある「迷い」だ――
「打合せどおり、僕も行くよ」
「応、後は任せろ」
 自分が何時の間にか、相手チームを格下と見下しているという事実に気付かず、吉祥寺は将輝の背中を迂回して一高陣地へ駆け出した。

 達也は今、将輝の攻撃を撃ち落すのに神経を集中している。
 それでも、三高陣地から吉祥寺が飛び出したのは見えていた。
 それにつられるように――実際、吉祥寺が動いたのを見た結果――、達也はそれまでの慎重な歩みを疾走に切り替えた。
 達也のダッシュにも慌てることなく、将輝は的確に圧縮空気弾の魔法を達也めがけて放っている。
 ジグザグに回避行動を取りながら走る、ようなことはしない。
 手で照準をつけているのではないのだから、その程度の回避行動に意味は無い。
 達也は走りながら、空中に生じる魔法の気配に神経を張り巡らせ、サイオンの砲弾――「術式解体」をぶつけて将輝の攻撃を顕在化する前に潰しながら、三百メートルの距離を駆け抜けようとする。
 だが――彼我の距離が近くなれば、照準も容易になる。いくら物理的な距離に直接左右されないといっても、物理的に近くなれば認識上も近く感じることが容易(たやす)くなる。
 特に空気のような目に見えないものに狙いをつける場合は、対比物が近くにある程、照準はつけ易い。
 この場合の対比物は、攻撃対象である達也。
 残り五十メートルを切ったところで、遂に達也は、将輝の攻撃を捌き切れなくなってしまった。
 撃ち落し損ねた圧縮空気弾が達也に襲い掛かる。
 それを五感全てで察知し、五体に刻み込まれた体術でかわしながら、尚も将輝へ向けて進む。
 真っ直ぐ進むことが出来なくなった今、数十メートルの距離が厚い壁となって達也の前に立ちはだかっていた。

◇◆◇◆◇◆◇

「到々誤魔化し切れなくなった様だな」
 追い詰められた達也を見て、山中は寧ろ楽しそうに呟いた。
「不謹慎ですよ、先生。
 魔法の発動兆候と透明の空気弾の両方を五感だけで把握し切るのは、いくら達也くんでも無理でしょう。
 それにこの状況なら、『精霊の眼』でなくとも『第六感』で言い訳が利きます」
 藤林の弁護に、山中は人の悪い笑みを浮かべた。
「そうかな?
 確かに、そこらの有象無象の目は誤魔化せるだろうが……あちらの御仁の眼を誤魔化せるとは思えんが」
 山中が視線で指し示した先は本部来賓席、そこには九島老人の興味深げに試合を見詰める姿があった。
 藤林はそちらをチラッと見ただけで、すぐに視線を達也へ戻した。

◇◆◇◆◇◆◇

 フィールドを迂回して一高モノリスの横手を目指した吉祥寺は、その途中、レオに行く手を遮られた。
 ディフェンダーがここまで前進していることに戸惑いを覚えつつ、吉祥寺はレオに向かって『不可視の弾丸』を放った。
 否、放とうとした。
「なっ!?」
 その視線の先に広がる、黒い壁。
 レオが脱ぎ捨てたマントが、翻り広がった姿そのままで固まって、レオの前に突き立ったのだ。
 吉祥寺の横手から、風を切って金属片が襲い掛かる。
 武装デバイスの空飛ぶ刃を、一瞬で発動した移動魔法によって大きく後方へジャンプすることで吉祥寺はかわした。
 そこへ突風が襲い掛かる。
 吉祥寺は加重系魔法で自分の身体にかかる慣性を減らし、風に逆らわず飛ばされることで風撃のダメージを緩和した。
(厄介な!)
 心の中で舌打ちしながら、『不可視の弾丸』の照準を幹比古へ合わせる吉祥寺。
 まず邪魔な援護射撃を潰そうという判断だ。
 だが、灰色のローブに目の焦点を合わせた途端、遠近感が定まらなくなった。
 ユラユラと揺らぐ陽炎が、ピントの狂った銀塩写真のように灰色の人影をぼやけさせている。
(幻術!?)
 視線を目標に合わせなければならない『不可視の弾丸』を逆手に取られた、と覚った瞬間、吉祥寺は頭上から襲い掛かる『小通連』の刃に気付き、回避不能なタイミングに、目を閉じた。

「ガァッ!」
 肺から空気を搾り出されたような苦鳴は、レオの口から放たれた。
 必倒のタイミングでレオが振り下ろした刃は狙いを逸れて地面にめり込んでおり、レオの身体は横合いから叩きつけられた空気の爆発で吹き飛ばされ地面に横たわっていた。
「将輝!」
 助かった、という謝辞を省略して、吉祥寺が救い手の名を呼んだ。
 まんまと敵の策に落ちた吉祥寺を、達也に攻撃を続ける傍らの援護射撃で将輝が助け出したのだ。
 吉祥寺の指がCADのコンソールを走り、加重の系統魔法が発動した。
 重力の方向を急に変えられ、幹比古は為す術も無く横へ「落ちた」。
 倒れた幹比古へ、得意魔法への拘りを捨てた吉祥寺の、加重増大魔法が襲い掛かる。
 地面に押し付けられた幹比古の口から、押し出された息が漏れた。
 その光景を、達也も黙ってみていた訳ではない。
 吉祥寺へ将輝の注意が逸れた一瞬で、達也は彼我の距離を五メートルまで詰めていた。
 達也の体術を以ってすれば、一投足の間合い。
 一投足を必要とする、間合い。
 将輝の顔に、紛れも無い動揺が走った。
 恐慌に似た、動揺。
 それは、あるいは、実戦を経験した兵士が持つ、脅威に対する直感か。
 ランクCの限度を超えた十六連発の圧縮空気弾が、達也へ向けて殺到した。

 対抗魔法・術式解体は、サイオンの圧縮弾で強引に魔法式を消去する技術。
 強引であるが故に、極めて効率の悪い術式。
 余り知られていないことだが、魔法式にも強度がある。
 干渉力の強い魔法式とは、その構造を維持しようとする力が強いサイオン情報体でもあるのだ。
 将輝ほどの術者が作り出す魔法式を、技術的に分解するのではなく力ずくで消去する為には、達也にとっても大量の、並みの魔法師では一日掛けても搾り出せない程のサイオンを圧縮する必要がある。
 それが一瞬で、十六連発。
 術式解体では間に合わない、と瞬時に判断しながら尚、達也は『分解』を選択しない。
 情報構造体を『分解』する『術式解散』を隠したまま、『術式解体』で迎撃する。
 その結果、それはある意味、必然か。
 迎撃は十四発までしか間に合わず、達也は最後の二発の直撃を受けた。

 自分の足元に沈む達也の姿を見て、将輝は「しまった」と臍を噛んだ。
 自分が衝動的な危機感に駆られて、ルールを逸脱した出力で魔法を放ってしまったということを、彼は魔法発動直後に自覚していた。
 一瞬のことだ。
 もしかしたら、審判は気付かなかったかもしれない。
 レッドフラッグは挙がっていない、が、自分が失格に該当する反則を犯してしまったと、彼自身が知っていた。
 その自覚が、彼の時間を奪う。
 それは、取り返しのつかない、一瞬の空白となった。

〔肋骨骨折 肝臓血管損傷 出血多量を予測〕
〔戦闘力低下 許容レベルを突破〕
〔自己修復術式:オートスタート〕
〔魔法式:ロード〕
〔コア・エイドス・データ:バックアップよりリード〕
〔修復:開始……完了〕
 それは彼の意識より速く走り、彼が意識するより早く完了した。
 無意識領域の処理速度は、意識領域の処理速度を大きく凌駕する。
 自分が倒された、と彼が意識した時には既に、肉体の修復は完了していた。
 手の届く距離に、立ち尽くした足元。
 何故将輝がそのような隙だらけの状態で硬直しているのか、達也は知らない。
 今は、知る必要が無い。
 そんな余計なことを考える前に、彼の身体は跳ね上がっていた。
 右足を踏み込み、不意を衝かれ強張った顔面目掛けて、右腕を突き出す。
 反射的に傾けた首の横を、傾けた以上の距離で、達也の右手が奔り抜ける。
 最初から当たらない軌道で放たれた右手の突きが将輝の耳元を通り過ぎた瞬間、
 音響手榴弾に匹敵する破裂音が、達也の右手から放たれた。
 その轟音に、スタンドが静まり返った。
 戦闘中の吉祥寺ですら、振り返り、動きを止めた。
 達也の右手は、親指と人差し指の指先を付け、親指と中指を交差させた形で突き出されている。
 選手と審判と観客と応援団と、この場に集う全員が見つめる中で、将輝が地面に崩れ落ち、達也はガックリと膝をついた。

◇◆◇◆◇◆◇

「なに? 今のは一体何なの?」
 すっかり狼狽しきった声と表情で、真由美は左右の席に訊ねた。
 だが答えは返って来ない。
 鈴音もあずさも、真由美の質問に答えられない。
「……指を鳴らして、その音を増幅したのだろう」
 答えは鈴音の更に向こう側、克人からもたらされた。
「……そうですね。単純な、音波の増幅。
 大音響による鼓膜の破裂と三半規管のダメージで、一条選手を戦闘不能に追い込んだのでしょう。
 ルール上は問題ありません」
 克人の言葉を、鈴音が引き継いだ。
「今の魔法は、音量の増幅度こそ大きいものの、術式としては振動系統単一の簡単なものです。
 だから魔法の高速発動が苦手な司波君でも、あの一瞬で発動できたんでしょう」
「そんなことは最初から分かってるわ!
 あの右手を見れば一目瞭然じゃない!」
 だがその解説に対する真由美の反応は、八つ当たり気味のヒステリックなものだった。
「だから何で一条選手の攻撃で倒されたはずの達也くんが立ち上がってたの!?
 達也くんは倒されたんじゃなかったの!?
 迎撃は、『術式解体』は間に合わなかったはずよ!?
 少なくとも二発は直撃を受けたはずよ!?
 ルール違反の過剰攻撃で大怪我をしたはずの達也くんが、何故立ち上がって戦い続けたの!?」
「七草、落ち着け」
 達也が大怪我をしたというショックで真っ青になっていた真由美を、克人がどっしりと落ち着いた声で宥めた。
「俺にもそう見えた、が、現実に司波は立ち上がり、怪我人には不可能な動きで敵を倒した。
 こうして見る限り、自分が放った音響攻撃にダメージを受けているだけで、それ以上の怪我は無い」
「でも……」
「司波は古流の武術に長けているとか。
 古流には肉体そのものの強度を高める技や、衝撃を体内で受け流す技もあると聞く。
 おそらくは、その類だろう」
「…………」
「俺たちが知っている知識だけが、世界の全てではない。
 魔法だけが『奇跡』ではないのだ。
 それよりまだ試合は終わっていない」
「……そうね。ごめんなさい、十文字くん。
 リンちゃんもゴメンね」
 真由美と鈴音が和解している内にも、戦況は新たな段階を迎えていた。

◇◆◇◆◇◆◇

「ほほぅ、彼の自己修復は、何時見ても凄いな!」
 楽しそうに――それでも周囲の耳を気にして囁き声で――歓声を上げた山中に、藤林は半信半疑の視線を向けた。
「……本当に自己修復術式が働いたんですか? 私には術式発動のサイオン波動も見えませんでしたが」
「私にだって見えなかったさ。
 老師だって気付かなかっただろうな。
 何せ、彼の自己修復スピードは人間の認識速度を超えているからな。
 いや、これだから彼は面白い」
 楽しそう、を通り越して含み笑いを始めた山中に、藤林は呆れ顔で注意した。
「だからと言って彼を実験台にしても良いということにはなりませんからね?
 彼はこの国に二人しかいない、世界にも五十人はいないと言われている貴重な戦力なんですから」
「多少の実験くらいで壊れるようなひ弱な男ではないと思うがね」
「壊れなければ良いというものではありません!」
 ピシャリと窘められて、山中は首を竦めた。
「まあ、それはそうと……藤林の言うとおり、あれを使ったな」
「ええ、やはり規定内の低スペックCADでは、一条君の相手は厳しかったのでしょう」
「振動系単一のフラッシュ・キャストか」
「左手に振動系をインストールしたCADを持っていたのは、このカモフラージュなのでしょう。
 相変わらず彼は、用意周到です」
「あれで高校生だというのだから、世の中間違っとるよ。
 しかし、フラッシュ・キャストか……敵として考えればあのスピードは脅威だな」
「本当に……洗脳技術の応用で記憶領域に起動式をイメージ記憶として刻み付け、CADから起動式を読み出すのではなく記憶領域から起動式を読み出すことで、CADの展開・読込み時間を省略する技術……
 彼の場合は意識内の演算領域という特性からこの技術を更に発展させ、記憶領域に魔法式をイメージ記憶として蓄えることで魔法式構築の時間すら省略……これによって演算領域のスピード不足を完全に補ってしまうのですから」
「補って余りある、と言うべきだろうな。
 ウチの隊に、今の術式を彼以上の速度で発動できる者がおるか?
 同じ系統の技術を持つ柳が、辛うじて匹敵するくらいだと思うが」
「……確かに、他には思いつきませんね」
 二人は最早、試合を見ていない。
 膝をついたままの達也を、気遣うように見詰めているだけだった。

◇◆◇◆◇◆◇

 吉祥寺は、パニックに陥りかけていた。
 自分が目にしているものが、信じられなかった。
 将輝が地面に倒れている。
 相手選手、達也は膝をついているが、その目は光を失っていない。
 つまり……
(将輝が、負けた……?)
 それはありえない光景だった。
 決して起こりえないはずの出来事だった。
 チームとして負けることはあっても、将輝が倒される確率はゼロ、の、はずだった。
「吉祥寺、避けろっ!」
 ディフェンスに残したはずのチームメイトの声を間近に聞いて、ハッと我を取り戻した吉祥寺は、反射的に『避雷針』の魔法を行使した。
 電気抵抗を改変された丈の短い草が、放たれた電撃を吸い寄せ地面に流す。
 吉祥寺は、加重魔法で押さえ込んでいたはずの敵選手が、荒い息に灰色のローブを揺らしながら立ち上がり彼を睨みつけているのに漸く気がついた。

 幹比古には何が起こったのか分からなかった。
 周囲の状況を視認する余裕が彼には無かった。
 ただ、彼を地面に抑え込んでいた圧力が急に消え去って、急いで地面を転がり、距離をとって立ち上がる、反射的な避難行動を取っただけだった。
 そこでようやく状況を理解した。
 レオは、倒されている。
 達也は、膝をついている。倒れてはいないが、戦闘続行は難しいコンディションに見える。
 そしてその前に、一条将輝が倒れている。
(やったんだね、達也!)
 達也なら何とかするに違いない、と思いつつ、その一方で「いくら達也でも」と考えていた幹比古は、彼がその目で確かめた現実に奮え立った。
 幹比古自身のコンディションも十分とは言えない。
 寧ろ最悪と言った方がいいかもしれない。
 息をする度に胸が悲鳴を上げる。
 折れていなくとも、(ひび)くらい入っているかもしれない。
 長時間圧迫されていた所為で、軽い酸欠状態になっている。
 倒された時に激しく打った背中が痛い。草が生えているくせに矢鱈と硬い地面だ、と幹比古は心の中で毒づいた。
 しかし――ここでリタイヤすることは出来ない。
 例えコンディションが最悪で、一対二になってしまったとしても。
 否、例え、ではなく現実にその通りの状況なのだが。
 それでも――負けられない。
 達也は「クリムゾン・プリンス」を正面から倒したのだ。
 ならば自分は、せめて「カーディナル・ジョージ」だけでも倒してみせる――そういう「意地」が、震える幹比古の脚を支えていた。
 CADを操作し、灰色のローブに魔力――サイオンを通す。
 ローブに宿らせた「影」の精霊が彼の姿を滲ませたはずだ。
 影、イコール闇、ではない。
 物の輪郭は影によって見えている。
 「影」という概念の独立(孤立)情報体である影の精霊が明暗の輪郭を狂わせることにより、相手の視覚認識を妨げ、正確な照準が取れないようにする。
 元々の術式は彼の、吉田家のものだが、術式を補助するローブと、ソフトウェアを徹底的に効率化したCADで、視覚認識阻害の術式を発動するスキームを考えたのは達也だ。
 彼が昔に近い――エリカは昔以上と言ってくれた――感触で魔法を使えるのも達也のお陰だ。
 ボーイの真似事などという屈辱そのものの仕事に放り込まれた自分が、こうして戦いの場に立てているのも達也のお陰だ。
 決勝戦まで勝ち抜けたのも、間違いなく、達也の作戦のお陰だ。
 このままでは、何もかもが、達也のお陰、になってしまう。
 幹比古はそう考えて、自ら唇を噛み切ることでふらつく足に活を入れた。

 ――そんなことは、僕のプライドが許さない
 ――何としてでも、一矢を報いる
 ――自分を地べたに這い(つくば)らせた吉祥寺真紅郎を
 ――今度は僕が地面に引きずり倒してやる

 あえて高慢に、驕慢に、傲慢に、幹比古は己に対して言い聞かせた。
 達也は言った。
 彼に、教えてくれた。
 彼の力が足りないのではなく、術式に欠陥があるのだと。
 ならば――
(達也、君の言葉を証明させてもらうよ!)
 彼の身体を掠めて行く魔法は無視する。
 影の魔法は、彼の姿を身体一つ分ずらして、敵の目に映し出しているはずだ。
 自分の魔法の効力を信じて、幹比古はローブの内側で、両手操作の大型携帯端末形態CADのコンソールに、長いコマンドを打ち込んだ。
 そしてCADから離した右手を、足元の地面に叩きつけた!

 通常の汎用型CADは、二桁の数字と決定キー、合計三つのキーで起動式を展開する。
 上位機種、特に携帯端末形態の高性能機種には、ショートカットキーを備えたものがあり、使用頻度の高い魔法を選んで一操作で魔法を発動できるようにしているものもある。
 今、幹比古が操作したキーの数は十五回。
 通常の汎用型CADによる魔法発動手順の五倍。
 それでも古式魔法の術式手順よりは遥かに所要時間が短い。
 格納している起動式の数が同じである以上、幹比古のCADが余分にキーを叩かなければならないということはない。
 幹比古は五つの魔法を一つの魔法の工程として纏め上げるのではなく、五つの魔法の連続発動を指定したのだ。
 それは逐次展開と同じ発想の技法。
 五つの魔法を含む一つの魔法式を纏めて構築するのではなく、一つの魔法を発動中に次の魔法式を構築する。
 一つ一つの魔法の結果を確認しながら、対話式で術式を完成させる精霊(神霊)魔法では当然の手順だ。
 それを一連の連続動作として、一々結果を確認せずに一気に処理を進める。
 それが達也の、幹比古に示した解だった。

 叩きつけた手の下で、地面が揺れた。
 手で打ったから地面が揺れたのではなく、地面を振動させる魔法が発動したのは分かっている。
 それでもその、如何にも「魔法遣い」然とした姿と、アクションと、その結果もたらされた現象が、「掌で叩いて地面を揺らした」という錯覚を吉祥寺に呼び起こした。
 バランスを崩した吉祥寺の足元へ、幹比古の手元から地割れが走った。
 地面を引き裂いているのではなく、土に圧力を掛けて押し広げているのだ、とこれも理屈では分かる。
 だが何故か、そういう論理的な思考が現実味を失っていた。
 吉祥寺は、加重軽減と移動の複合魔法で、空中へ逃れようとした。
 だが彼の足は、地面を離れなかった。
 草が彼の足首に絡みついていた。
 ――植物を動物のように操る魔法を、彼は知らない。
 未知の魔法に、心が揺さぶられる。
 これは単に、地面すれすれの気流を起こして草を絡みつかせただけなのだが、系統魔法しか知らない魔法師であれば、そのように「適当」な――角度を指定して風向きを変えて行くのではなく、「もつれさせる」という曖昧な結果をもたらすような――気流操作が可能とは思わないだろう。
 地割れが彼の足の下に到達し、
 草が彼の足を地割へ引きずりこんだ、ように吉祥寺は感じた。
 全ては錯覚。
 だがこの錯覚から逃れる為に、吉祥寺は全魔法力を跳躍の術式に注いだ。
 ――そんな必要は、全く無かったにも関らず。
 絡まった草を引き千切り、必要以上に高く飛び上がる。
 不気味な緑のアギトから脱出できた安堵感に満たされた吉祥寺の意識から、幹比古のことが一時的に、すっかり消え去っていた。
 『地鳴り』『地割れ』『乱れ髪』『蟻地獄』。
 それが幹比古の行使した、四つの術式。
 そして、最後の一つ。
 『雷童子』の雷撃が、吉祥寺を空中から撃ち落した。

「このヤロウ!」
 地面に手をついたまま、撃墜の成果を確認した幹比古へ、三高最後の選手の魔法が襲い掛かった。
 土を掘り起こし、土砂の塊を叩きつける移動系魔法『陸津波(くがつなみ)』。
 この魔法の本来想定している形に比べれば随分と小規模な土砂の津波だ。本当は不得意な魔法なのかも知れないし、ルールを考慮して威力を落としているのかもしれない。
 だがいずれにせよ、既に吉祥寺の攻撃によって小さくないダメージを受けている幹比古には、十分決め手になる打撃力を秘めている。
 まだ彼の干渉下に留まっている精霊に命じて土砂を退けようか、と考えて――その短い時間で、幹比古は諦めた。
 残念ながら、それだけの魔法力が残っていない。
 精霊(神霊)魔法と言っても「精霊」自体が力を持っているのではない。精霊はあくまで情報体。事象改変の干渉力の媒体に過ぎないのだ。
 結局、負けちゃったな……そう思いながら、押し寄せて来る土砂を、瞬きもせずに見ていた幹比古の視界が、急に、黒く遮られた。
 まるで鉄の壁に跳ね返されたような重い音がして、土砂が元の動かざる地面に戻る。
 幹比古は黒い壁が飛んできた方へ顔を向けた。
 そこには、雄叫びを上げて腕を振り回すチームメイトの姿。
 大きく弧を描いた武装デバイスは、三高新人戦代表選手、最後の一人を横殴りに撥ね飛ばした。

◇◆◇◆◇◆◇

「……勝った、わよね?」
「……勝ちました、ね」
 独り言のような真由美の問い掛けに、独り言のような口調で鈴音が答えた。
 それが、合図になった。
 誰かが歓声を上げた。
 一人の歓声に二人の歓声が呼応し、四人、八人と連鎖的に拡散し、
 歓声が、爆発した。
 一高生の無秩序な叫び声が、渾然一体となり地響きと化してスタンドを揺るがす。
 それは無邪気で、純粋過ぎる、感情の発露。
 勝者を讃えると同時に、敗者を打ちのめす、裁きの槌音。
 しかし、その無慈悲なお祭り騒ぎは、何故か、すぐに収まっていった。
 第一高校応援席の、最前列。
 両手で口を押さえ、ポロポロと嬉し涙を流しながら、フィールドを見詰める一人の少女の姿。
 よろめきながら立ち上がり、彼女へ向けて手を振る兄を、深雪は声を失ったまま、ただ見詰めることしか出来ない。
 まるで、そんな彼女を励ますように、彼女の周りから、徐々に拍手が広がっていった。
 やがて拍手は第一高校の応援スタンドを超えて、敵味方の区別無く、激闘を終えた選手を分け隔て無く讃える拍手へと変わって、
 ――会場全てが、暖かな拍手に包まれた。

◇◆◇◆◇◆◇

 思いがけない拍手のシャワーに、達也たちは照れ臭さを禁じ得なかった。
「……それにしても一番美味しいところを攫っていったな。
 狙ってたのか?」
 偽悪的なこの台詞も、照れ隠しであることは、言われた方も言った方も聞いていた者にも明々白々だった。
「そりゃ、まさかだぜ。
 暫く本当に動けなかったんだよ。
 あんな衝撃は、二年前、大型二輪にはねられて以来だぜ」
「はっ?
 大型二輪にはねられたって?」
 幹比古が「冗談だよね?」という表情で問い返したが、レオは大真面目に頷いた。
「いや、あん時はマジでこたえたね。
 後ろにガキンチョがいてさ、避けるに避けられず、覚悟を決めてドンッ! だったんだけどよ……
 流石に無傷とは行かず、肋骨三本、(ひび)入っちまってさ。
 まっ、今回はそれよりゃマシってえか、楽だったけどな」
「えっ、と……レオ?
 念の為に訊いておきたいんだけど、さっきの圧縮空気弾は、硬化魔法で防いだんだよね……?」
「いやぁ、恥ずかしながら、攻撃に気を取られちまって……
 お察しのとおり、ガードが間に合わなかったんだよ。
 いや、面目ねえ」
「???
 じゃあ、もしかして……一条選手の攻撃魔法を、生身で凌いだの?」
「凌げなかったぜ? だから立ち上がるのに時間が掛かっちまった。
 んっ? 幹比古も、唇を切ってるじゃねえか。大丈夫か?」
「あっ……うん、大丈夫……だよ」
 噛み合わない会話、それ以上に信じ難い告白に、幹比古は目を白黒させていたが、上機嫌のレオは相手の戸惑いに気付いてなかった。
「そういや、達也の方は大丈夫か?」
「んっ? すまん、もう一回言ってくれ」
「達也は大丈夫か? って言ったんだけど」
「ああ……鼓膜が片方破れててな。今、耳が良く聞こえんのだよ。
 ……幹比古、どうしたんだ? 何だかUMA(未確認生物)を発見したような顔をしているぞ」
「えっと、じゃあ達也はさっきまでの僕たちの話が……聞こえてなかったんだよね?」
「すまんな。今も唇を読んでようやく理解できている状態だ。
 レオが大型二輪にはねられたことがある、ってとこまでは読み取れたんだがな」
「……その発言に疑問を感じなかったの?」
「疑問? 何に?」
 達也の答えを聞いて、幹比古は絶望に捕らわれ天を仰いだ。
「幹比古、一体どうしたんだよ? 急に辛気くさい顔しやがって。
 俺たちゃ、勝ったんだぜ。優勝だ、優勝」
「そうだね……」
 急に疲れ切った表情を見せた幹比古に、無理もねえな、とレオは勝手に納得し、達也もまた、レオに同調した。
 そんな二人を見て、幹比古は思う。
 結局、最後に物を言ったのは、魔法力でも技術でもなく、頑丈な身体だったのか、と。
 肩を組み、腕を振って、照れながらも歓声に応える二人を見て、僕は鍛え方が足りない、と幹比古はしみじみ思った。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。