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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第二章・新人戦編
2−(19) 弱点
 新人戦五日目は、困惑の空気と共に幕を開けた。
 前日のモノリス・コードで、前例の無い悪質なルール違反があり、その為に負傷・試合続行不能となった第一高校チームは、通常であれば残り二試合が不戦敗となるところを、大会委員会の裁定により代理チームの出場による翌日順延が認められることになった。
 モノリスコードの予選は一校が四試合を行い、勝利数の多い上位四チームが決勝トーナメントに進出するという変則リーグ戦を採用している。
 勝数が並んだ場合、不戦敗や相手チームの失格による勝利がある場合それを勝数から落とし、不戦敗・失格勝ちが無ければ直接対決で勝利した方、直接対決がなければ勝った試合の試合時間の合計が短い方がトーナメントに進出する。
 現在の勝数は第三高校が四勝、第八高校が三勝、第一高校と第二高校と第九高校が二勝で並んでいるが、勝った二試合の試合時間合計は九高の方が二高より短く、一高は四高の失格による勝利が含まれている為、二勝ではトーナメントに進めない。
 今日の特例の試合で一高が二高にも八高にも勝った場合、トーナメント進出は一高と三高と八高と九高。
 二高に勝って八高に負けた場合も一高と三高と八高と九高。
 二高に負けて八高に勝った場合は一高と二高と三高と八高。
 二高にも八高にも負けてしまうと、トーナメント進出は二高と三高と八高と九高。
……という、微妙な星勘定になっている。
 要するに、一高が本来不戦敗のはずの二高に勝利すると、二高は予選敗退となってしまうのだ。
 今回の特例措置に対して、二高が強い不満を示しているのも当然と言える。
 かと言って、一勝したところで手を抜いたりすれば、九高が八百長と騒ぎ出すだろう。
「……っていう訳で、八方丸く治める為には、ウチが二試合とも負ければ良いんだろうけど……」
「出る以上は、勝ちに行きますよ。当然でしょう。
 そもそも負けたのでは、特例で試合をする意味が無い」
「余計な心配だったみたいね」
 とは、達也と真由美の間で交わされた会話。
 一高の代役が三人とも登録選手外だったことも困惑の種となった。
 実力者トップテンを揃えているはずの代表選手から代役を選ばずに、一人は技術スタッフ、後の二人は新たに招集したメンバー。
 もしや、モノリス・コードのスペシャリストを隠し玉に持っていたか、と憶測する向きもあったが、だったら最初からモノリス・コード単一エントリーのメンバーとして入れておけば済む話であり、各校とも第一高校の意図を測りかねていた。
 そして、フィールドに登場した三人の姿が、困惑に拍車を掛けていた。

◇◆◇◆◇◆◇

「……なんか目立ってる気がするんだけど」
「フィールドに立つ選手が注目を集めるのは当たり前だ」
「いや、そういうんじゃなくて……」
 達也の嘯きに首を振り、幹比古は遠慮がちにレオへ目を向けた。
「……やっぱり、これが目立ってるんだろうなぁ……」
 その視線の意味を理解して、レオは自分の腰に目を落とした。

◇◆◇◆◇◆◇

 レオの推測を、客席の声が裏付けていた(もっとも彼らに客席の声は聞こえないのだが)。
 防護服プロテクション・スーツにヘルメットを被った姿は他校のチームと同じ。
 だが……
「剣? 直接打撃は反則だろ?」
……レオが腰に差した「剣」が武装一体型CADであることを看破した観客が、全体の一割もいなかった。
 出場選手・技術スタッフでさえ、武装一体型CADの存在を知っている者は少数派なのだから、やむを得ないことかもしれない。
 しかも、通常、武装一体型CADの使用方法は、一体化した武装――「武器」の性能を高める魔法を編み上げるものだ。
 「刀」ならば切断力。「槍」ならば貫通力。「棍棒」ならば打撃力。「盾」ならば防御力。
 それは例えば『高周波ブレード』であったり『加速』であったり『慣性増大』であったり『硬化』であったり『リフレクター』であったりするのだが、いずれの場合も通常、武装部分が本来持っている武器としての性能を高める魔法が武装一体型CADには組み込まれている。
 「剣」であるならば切断力か貫通力か、いずれにしても直接物理攻撃の効果を増幅する魔法が組み込まれているはずであり、モノリス・コードのルールに違反していると、CADに詳しい者ほどその様に考えるに違いなかった。
 しかし、注目を浴びているのはレオだけではなかった。

◇◆◇◆◇◆◇

「……出て来たね、彼が」
「そうだな。
 選手として出て来るとは思わなかったが」
「二丁拳銃スタイルに加えて、右腕にブレスレット……同時に三つのデバイスなんて、使いこなせるのかな?」
「アイツがやることだ。伊達やハッタリじゃないだろう。
 特化型は、左右のレッグホルスターにロングタイプの拳銃形態か」
「隠し玉じゃなくて、最初から二つの特化型デバイスを同時に操作するスタイルだね。
 異なる系統の魔法を使いたいだけなら、普通は汎用型をチョイスするところだけど……」
「複数デバイスの同時操作、その狙いを見せてもらおうか」
 この、将輝と吉祥寺の会話で象徴されるような視線が、各校の選手とスタッフから達也に注がれていた。
 担当競技を(ことごと)く上位独占した、忌々しいスーパーエンジニア。
 それが、達也が二科生であることを知らない各校メンバーの認識であり、その彼がまたまた披露したイレギュラーなスタイルは、相手校の警戒を招きこそすれ、それを嘲笑する者はいなかったのだ。
 唯一の例外は、他ならぬ、第一高校選手団が観戦しているスタンドの一角。
 一年生女子選手たちの熱狂的な声援と、対照的な一年生男子選手たちの皮肉で冷ややかな視線。
 相手チームに対する声援と、
 その全てを圧する無数の好奇心。
 その中で、第八高校との試合が始まった。

◇◆◇◆◇◆◇

「八高相手に森林ステージか……」
「不利よね……普通なら」
 第八高校は魔法科高校九校の中で最も野外実習に力を入れている学校であり、森林ステージは彼らのホームグラウンドのようなものだ。
 ステージの選定は乱数発生プログラムによってランダムに行われる、という建前になっているが、特例試合に本来ならば不戦勝だったチームに有利なステージが選ばれた、というのは作為の介在を疑わずにいられない。
――が、真由美も摩利も、他の幹部たちも、それほど心配していなかった。
 彼が「忍術使い」九重八雲の個人的な教えを受けているということは、第一高校の首脳部にとって周知の事実であり、森林ステージのような遮蔽物の多い環境は「忍術」が最も得意とするフィールドだということも、彼らにとっては常識だった。
 だが、その「事実」を知らない相手校にとって、それは大きな計算違いだ。
 双方のスタート地点――モノリスが置かれた場所の間には、直線距離で八百メートル。
 プロテクション・スーツを着け、ヘルメットを被り、CADを携えた状態で、樹々の間を縫いながらこの距離を走破する為には、最低五分は掛かる。
 まして敵に警戒しながら進むとなれば、途中戦闘がなかったとしてもその倍の時間は掛かると見るべきだ。
 ところが――開始五分も経たない内に、八高のモノリス近くで戦端が開かれた。

◇◆◇◆◇◆◇

 選手の姿はルール違反監視用のカメラが追いかけている。
 その映像は、客席前の大型ディスプレイに映し出される。
 障碍物の多いステージでは、この映像が観客の頼りとなる。
 今、空中に吊るされた大型ディスプレイに、八高ディフェンダーの前に躍り出た達也の背中が映し出されていた。
「速い……!」
「自己加速か?」
 吉祥寺の呟きに、目を画面に固定したまま将輝が質問の形で応える。
 一瞬映し出された背中は、次の瞬間、画面の外に出ていた。
 その向こうには片膝をついたディフェンス選手の姿。
 画面の角度が変わり、ディフェンダーの右側面に回り込んだ達也がモノリスへ向かって疾走する姿を映し出している。
「いや、移動に魔法を使っている様子は無いけど……あっ!」
 ディフェンダーがCADの銃口を達也へ向けた。
 先程の達也の攻撃は、相手の体勢を崩すに留まっていたようだ。
 ショートタイプの特化型CADが、起動式を展開。
 その直後、サイオンの視覚化処理が施された画面は、その起動式が急激に拡散するサイオン粒子の衝撃波――サイオンの爆発に消し飛ばされる様を映し出した。
 さっきは、確かに、左手にCADを握っていた。
 背中越しに見えた限りでは、右手は空いていた。
 だが今、画面の中の達也は、走りながら右手に握ったCADの銃口をディフェンス選手へ向けていた。
「何時の間に?」
 抜いたんだ? という言葉が省略された将輝の問い掛け。
 だが吉祥寺の応えは、質問に対する答えではなかった。
「今のは、まさか……術式解体(グラム・デモリッション)!?」
「術式解体だと!?」

◇◆◇◆◇◆◇

 起動式が破壊された衝撃で棒立ちになったディフェンダーを尻目に、達也はモノリス手前で右手の引き金を引いた。
「やった! モノリスが開いたわ!」
 達也が打ち込んだ鍵が作動し、敵チームのモノリスが二つに割れたのを見て、ほのかが手を叩きながら飛び上がった。
「……おかしい」
 だがその隣で雫は、訝しげに眉を顰めた。
「雫、何がおかしいの?」
 一年生女子が集まった中で、英美が雫に問い掛けた。
「モノリスが開いたのに、何故離脱するんだろう?」
 雫の言うとおり、達也はモノリスのコードを読み取る為に接近するのではなく、走るコースを変えて樹々の陰へ飛び込んでいた。
「そう言えば……ねっ、深雪、どう思う?」
「いくらお兄様でも、敵の妨害を前にして五百十二文字の打ち込みは難しいわ」
 左腕につけたクラムシェル型のウェアラブルキーボードが、コードを打ち込み送信するための端末だ。
 いくら達也のタイピングスピードが速いといっても、この扱い辛いキーボードで五百十二文字のコードを打つには、それなりの時間が掛かっても仕方が無い。
「そうか……ディフェンスを無力化する前に鍵を使うなんて、見るの初めてだから」
 雫が言い訳のように呟く中で、ディフェンスが達也を追いかけて樹々の間へ突っ込んだ。

◇◆◇◆◇◆◇

「今のは……あれは……」
 達也が使った対抗魔法に最も衝撃を覚えていたのは、摩利だったかもしれない。
 喘ぐ様に、意味の無い言葉を漏らす隣で、真由美が妙に感情の希薄な声で呟いた。
「……『術式解体』か……もしかしたら、と思ったけど、達也くん……使えたんだね」
「真由美、今のが何か、知っているのか!?」
 掴み掛からんばかりの勢いで迫る摩利にチラッと視線を投げて、真由美はすぐに視線をディスプレイへ戻した。
「術式解体は、圧縮したサイオン粒子の塊をイデアを経由せずに対象物へ直接ぶつけて爆発させ、そこに付け加えられた(・・・・・・・)起動式や魔法式なんかの、魔法を記録したサイオン情報体を吹き飛ばしてしまう対抗魔法よ。
 魔法の記録(グラム)粉砕する(デモリッシュ)魔法だから、グラム・デモリッション。
 魔法と言っても、事象改変の為の魔法式としての構造を持たないサイオンの砲弾だから情報強化や広域干渉には影響されないし、砲弾自体の持つ圧力がキャスト・ジャミングの影響も撥ね返してしまう。
 物理的な作用は一切無いから、どんな障碍物でも防ぐことは出来ない。
 そうして、対象座標で発動途中の魔法を力ずくで吹き飛ばしてしまうの。
 強力なサイオン流で迎撃するか、サイオンの壁を何層も重ねて防御陣を作ることで、ようやく無効化できる。
 射程が短い以外、欠点らしい欠点が無い、術式解散(グラム・ディスパージョン)と並んで最強の対抗魔法って呼ばれている無系統魔法だけど……使える人はほとんどいないわ。
 私にも無理。
 術式を乱す(・・)んじゃなくて、吹き飛ばす(・・・・・)圧力なんて、私のサイオン保有量じゃ作り出せないから。
 本当に、超・力技なのよ」
「……つまり、大男が力任せにハンマーを振り回して建物を壊しているようなものか?」
 摩利の回りくどい例えに、真由美はプッと吹き出した。
「余裕ね、摩利。そんな嫌味が言えるなんて。
 でも概ねそのとおり。
 はんぞーくんとの試合で、達也くんって繊細な技巧派だと思ってたんだけど……実は凄いパワーファイターだったのね」
「じゃあ、やはり、事故の時……」
「そういうこと、でしょうね。
 あれだけ重ね掛けされた魔法式を消し飛ばしてしまうなんて……一体どれ程のサイオン粒子量なのかしら……」

◇◆◇◆◇◆◇

 八高のフォーメーションは、ディフェンス一人、オフェンス二人。
 左右に分かれて進攻する二人のオフェンスのうち、一人が一高の本陣へたどり着いた。
「ああん、達也くん、早くしないと!」
「レオくん、頑張って!」
 エリカと美月が見詰める先で、レオは敵が姿を見せる前に、腰の「剣」を抜き放っている。(自校のモノリスが置かれている地点は、応援席から直接見える)
 木の陰からオフェンスが姿を見せた。
 手に持つCADは、チームメイトが携えていたのと同じタイプの特化型。
 モノリスを開くより先に、ディフェンス、つまりレオを倒す意図が明らかだった。
 オフェンス選手が銃口をレオへ向けるのと、
 レオが武装デバイス『小通連』を横薙ぎに一振りしたのは、
 全く同時だった。
「やった!」
「やるわね、アイツ!」
 美月とエリカ、二人の口から歓声が上がった。
 八高の選手は、木立の間を抜け真横から弧を描いて飛来した金属板によって、強かに打ち据えられ転倒していた。
 木の配置から計算された迎撃位置に立っていたレオは、注文どおりの距離で立ち止まったオフェンス選手を、分離した刀身で殴りつけたのだ。
 勢い良く飛んで来た「刃」と合体して元の姿に戻った「剣」を、レオは天に向けた。
 その手元から「刃」が垂直に撃ち出され、空中高くに、静止した。
「ウォオオリャァァ!」
 雄叫びと共に振り下ろされた「刃」は、運動半径に相応しい速度を以って、倒れ伏す八高の選手に止めを刺した。

◇◆◇◆◇◆◇

「何ですか、今のは?」
 声を荒げるようなことは無かったが、問い掛ける鈴音の口調は、持ち前の冷静さが少し刃毀れしている様にも聞こえた。
「司波くんが開発した武装デバイスとオリジナル魔法、『小通連』です」
 答えを返したのは、昨晩調整を手伝った時にその存在を知ったあずさだった。
「武装デバイスと同じ名前のオリジナル魔法ですか……
 一体どういう仕組みなんですか?」
 簡潔なあずさの説明に、鈴音は繰り返し頷いた。
「なるほど、斬新な発想です。
 ですが、司波君にしては随分、杜撰なシステムですね」
「杜撰、ですか?」
 鈴音は、小首を傾げたあずさに、言い含めるような口調で答えた。
「ええ、この魔法は使用者の肉体的な条件と、使用できる環境条件が著しく限定されています」

◇◆◇◆◇◆◇

 第八高校三人目の選手は、樹々の間を彷徨っていた。
 森林ステージと言っても富士の樹海を会場に使っている訳ではなく、演習場の一部に人工の丘陵地形を作りそこに樹木を移植した、あくまでも訓練の為のフィールドだ。
 既に移植から半世紀が過ぎて自生化しているが、八百メートル程度の道程を迷うような密林ではない。
 だが現実に、八高の選手は自分の現在位置を見失っていた。
「何処だ、畜生! こそこそ隠れてないで姿を見せろ!」
 苛立ちが剥き出しになった声で喚きながら、八高選手は超音波を打ち消す魔法を発動する。
 超音波の威力自体は、大したことがない。
 せいぜい、軽い耳鳴りがする程度だ。
 だがその耳鳴りが妙に鬱陶しかった。
 選手が被っているヘルメットは軍が使用している物とはいっても、衝撃と圧力から頭部を守ることだけを目的とした一般歩兵用の基本装備で、ガスや音波の遮断効果は無い。耳の部分には音を通す為の細かな穴が多数開いている程だ。目を保護するシールドも鼻の上までしかなく、口元は剥き出しになっている。
 音波攻撃を受ければ、自分の魔法力で防御しなければならない。
 八高の選手は、チームメイトでお揃いのCADをホルスターにしまって、予備の携帯端末形態・汎用型CADをポーチから取り出し、断続的に襲ってくる超音波に対抗しながら敵チームのモノリスへ向かっている、つもりだった。
 しかし何時まで進んでも、敵の本陣が見えてこない。
 彼は気付いていなかった。
 超高周波音と超低周波音を交互に浴びせられ、高周波音にばかり気を取られている内に低周波音によって三半規管を狂わされてしまっていたことに。
 視界が制限され、右に左に次々と方向転換――回転を重ねなければならない状況で、回転を知覚する器官を狂わされては、自分が今どちらを向いているか正確に把握できなくなるのも当然のことだ。
 方向を見失ったという自覚があれば磁石(コンパス)を見るという対応も取れるが、気付かぬ内に感覚を狂わされては、迷うはずが無い人工的な環境であるが故にこそ、修正が効き難い。
 八高の選手はこの「思い込み」の陥穽に落ちてしまっているのである。
 この罠を作り上げたのは幹比古だった。
 SB魔法『木霊迷路』。
 反撃しようとしても、方向感覚が狂わされているから術者の位置が分からない。
 いや、仮に方向感覚が正しく機能していたとしても、幹比古の居場所は掴めなかっただろう。
 幹比古は精霊を介して、この音波攻撃を仕掛けていたのだから。
 仮に魔法の発信源を突き止められたとしても、それは精霊が漂う座標でしかない。
 相手に居場所を掴ませない隠密性。
 これこそが精霊魔法、幹比古の流派で言う「神霊魔法」の最大の武器だった。
 前に進んでいるつもりで後戻りしている八高選手の後をつけながら、そろそろ次のミッションへ移行しようか、と幹比古は考えた。

◇◆◇◆◇◆◇

 デイフェンダーをモノリスから引き離し、樹々の間に誘い込んだところで、達也は迎撃か、連携か、どちらの戦術を選択するか考えた。
 迎撃は、彼がディフェンス選手をコードを打ち込むのに必要な時間、行動不能の状態にする。
 連携は、彼がこのままディフェンス選手を引き付け、幹比古がコードを入力する。
 思案は一瞬。
 達也は迎撃を選択した。
 左のCADを抜き、地面に向けて引き金を引く。
 加重軽減の術式が発動し、軽く地面を蹴った身体は樹上に舞い上がった。
 魔法を使った以上、相手に自分の居場所が分かったはずだ。
 魔法の行使には、エイドス側から不可避の反動が生じる。
 この波紋を辿れば術者の位置から、熟練者であれば使った魔法の種類まで分かるが、今の微弱な魔法から、加重軽減の魔法を使ったと八高の選手は見分けられただろうか?
 仮に魔法の種類を見分けられたとして、それを樹の上に跳び上がる為に使ったということまで推測できただろうか?
 ――その方が、達也にとっては望ましい。
 彼は枝の上から隣の樹へ、魔法を使わずに(・・・・)跳び移った。
 脚のバネで樹の揺れを、ほぼ完全に抑え込む。
 果たしてディフェンダーは、彼が跳び上がった地点で立ち止まった。
 その視線が、上へと動いた。
 その背中へ向けて、達也は右手の引き金を引いた。

◇◆◇◆◇◆◇

 ディスプレイの解析画像は、無系統魔法のサイオン波が八高のディフェンダーに浴びせ掛けられる様子を映し出していた。
 よろめき、崩れ落ちるディフェンス選手。
「……『共鳴』、だろうね。無系統の」
「生体波動とサイオン波の共振で倒したのか」
 吉祥寺の言葉に将輝が頷いた。
「どうやら、右手のデバイスが無系統、左手のデバイスが加重系統って使い分けてるみたいだ」
「ジョージ……アイツの無系統魔法、妙に古式魔法っぽいと思わないか?」
「将輝もそう思うかい?
 修験道か……忍術か。
 生体波動――古式だと『気』って言うのかな、その操作を得意とする系統の魔法に似てるね」
「今は古式の連中も、『気』なんてイカサマくさい言い方はしてないと思うぞ」
「うわっ!?
 揚げ足を取るなんて、らしくないよ、将輝」

◇◆◇◆◇◆◇

 八高のディフェンダーは完全に行動力を喪失した訳ではなかった。
 少なくとも、意識は保っている。
 しかし今の彼に、達也を追う脚力は無い。
 達也は枝をしならせ、その反動で大きく跳躍した。
 地面に向けて左手の引き金を引き、着地姿勢をほとんど取らず疾走へ移行。
 瞬く間にモノリスへ到達した。
 クラムシェルのカバーを開けて、滑らかにコードを打ち込む姿がディスプレイに映し出されている。
 八高応援団の悲鳴を遠くに聞きながら、真由美は何となく、摩利の方を見た。
 摩利も、真由美の方を見ていた。
「……勝ったな」
「……勝ったわね」
 これで、決勝トーナメント進出が決まった。
 だが二人は何故か、諸手を挙げて喜ぶ気になれずにいた。

◇◆◇◆◇◆◇

 コードが受信され、試合終了のサイレンが鳴った。
 一高の校旗が掲揚されるその途中から、第一高校の応援席は大騒ぎだった。
「勝った! 勝った!!」
「すごいすごいすごい!
 完勝ですよ、完勝!」
「おめでとう、深雪!」
「お兄さん、やったじゃない!」
 黄色い声ではしゃいでいるのは、一年生女子選手たち。
 まるでもう、優勝したような騒ぎだった。

◇◆◇◆◇◆◇

 一般客席では、もう少し落ち着いた祝賀風景が繰り広げられていた。
「ふぅ〜……心臓に悪いわ、コレ」
「なんで? 達也さんもレオくんも吉田くんも、全く無傷なのに?」
「いや、なんか達也くん以外は危なっかしくてさ……」
「? 変なエリカちゃん」
 美月に変人扱いされたことに対して、エリカの方には十も二十も反論があったが、友人をむやみに不安がらせるのは彼女の趣味ではなかったので、今回は変人扱いに甘んじておくことにした。

◇◆◇◆◇◆◇

 次の試合、一高vs二高戦は三十分後に指定された。
 必要以上にインターバルが短い気もするが、確実に今日対戦することになる(と確信している)将輝たちが心配することではない。寧ろ、一高選手の消耗は歓迎すべきことだが、そういう考え方をしていると性根が卑しくなっていきそうなので、意識的に頭の中から追い払った。
 次のステージはまだ発表されていない。
 試合が終わった後のスタンドに腰掛けたまま、将輝はやはり隣席に座ったままの吉祥寺に話し掛けた。
「今の試合、どう思う?」
「将輝が訊きたいのは試合の総括じゃなくて、『彼』のことだよね?」
 省略した言葉を正確に補足されて、将輝は苦笑いを漏らした。
「そうだ。ジョージ、お前ならヤツをどう攻める?」
「彼は凄く、戦い慣れている気がする。
 身のこなし、先読み、ポジション取り……魔法の技能よりも、戦闘技術の方が警戒すべきじゃないかな」
「その魔法技能はどうだ」
「そうだね……『術式解体』には驚かされたけど……最後の『共鳴』、背後から完全な狙い撃ちだったにも関らず、意識を刈り取るには至らなかった。
 その辺りに攻略の糸口があるんじゃないかな?」
「フム……」
「考えてみれば、最初の接触のときも、多分あれは加重系統魔法で重力バランスを崩して相手を転倒――投げ倒そうとしたけど、片膝をつかせるに留まった、ってとこだと思う。
 樹の上に跳び上がった重力軽減魔法だって、それだけで身体を持ち上げる出力は無かった。
 彼はそれ程、強い魔法が使えないんじゃないかな?
 もしかしたら、普段極めて高性能なデバイスを使っている反動で、スペックの低い競技用デバイスだと実力を出せないのかもしれない」
「ありそうなことだな。
 あれだけのアレンジスキルがあれば、ハードの方も高度にチューンナップされた物を使っている方が自然だ。
 急な代役だった所為で、スペックの低いデバイスに慣れる暇が無かったという可能性は高い」
「本当の事情は分からないし、分かる必要も無いんじゃない?
 とにかく魔法力だけを見れば、『術式解体』以外は警戒する必要も無いと思う。
 最後に八高のディフェンダーが引っ掛けられたように、彼の駆け引きに(はま)ってしまう事こそ警戒すべきだよ」
「――正面からの撃ち合いなら恐れるに足りない、ということか?」
「そうだね。
 どうやって力ずくの真っ向勝負に引きずり込むか……それができれば、百パーセント、将輝が勝つよ。
 例えば試合が『草原ステージ』だったら、九分九厘、こちらの勝ちだ」

◇◆◇◆◇◆◇

 次の試合を待つ一高選手控え室では、幹比古がソワソワと落ち着かなげに立ったり座ったりを繰り返していた。
「幹比古……少しは落ち着いたらどうよ?」
 試合後の微調整を済ませた『小通連』を、その重みを確かめるようにユラユラと振りながら、レオが呆れ声で言葉を掛ける。
「レオ……君はよく平気だね。その…………普段接点が無いクラスの人たちばかりなのにさ」
 何がだよ? という視線を向けられて、苦し紛れに幹比古が捻り出した答えに、深雪がクスッと(あで)やかな笑みを漏らした。
「吉田君は、意外と人見知りなんですね」
 力を抜き背もたれに身体を預けるような格好で座っている達也の背後に立ち、その肩を揉みながら、深雪は輝き出さんばかりの笑顔を幹比古に向けた。
「幹比古の態度の方が普通だと思うぞ?
 少年はシャイなんだよ、深雪」
「まぁ、お兄様ったら。
 シャイなお兄様なんて、深雪は見せていただいたことがありませんよ?」
 閉ざしていた目を薄く開き、首を逸らして下から見上げてくる達也に、深雪はコロコロと笑いを溢す。
 その間にも、彼女の白魚のような指は兄の肩を優しく揉み解している。

――確かに僕は人見知りだけど!――
――それ以上に貴女たちを見ているのが恥ずかしいんです!――

……と口に出来ない幹比古は、苦労人の素質十分だった。
 と、そこへ、キャンバスの仕切り(と言っても本当に麻で織られている訳ではなく、二十一世紀仕様のハイテク布なのだが)をめくって、真由美とあずさが入って来た。
 兄妹の姿を認めた瞬間、二人はカチンと固まり、あずさの顔は見る見る茹で上がった。
 真由美はそこまで赤面することは無かったものの、薄汚れた野良犬でも見るような目を達也へ向けた。
「……何だか酷く非難されているというか、蔑まれている気がするんですが?」
「気の所為よ」
 姿勢を正した達也に素っ気無く言い放ち、真由美は横を向いて「コホン」と一つ、咳払いをした。
 顔の向きを戻した時には、既に、達也は立ち上がっていた。
(何だか……軍人さんみたいよね、この子って……)
 軽く足を開き、背筋を伸ばし、手を後ろに組んだ立ち姿が凄く自然で、緊張しているとか(しゃちほこ)張っているとか粋がっているとか、少しもその手の違和感を感じさせない。
 対する自分の振る舞いが、如何にも子供っぽく思えてしまう。
「……本当に、何でもないの」
 その結果、言わずもがなの言い訳を口にしてしまった真由美は、軽い自己嫌悪を抱えながら、さっさと用事を済ませてしまおう、と思った。
「次の試合のステージが決まったから」
「わざわざ知らせに来て下さったんですか。
 ありがとうございます」
 真由美の台詞を途中で攫い、目線で「それで、何処です?」と問い掛ける達也。
「市街地ステージよ」
 真由美の言葉は、達也を絶句させるほど意外なものだった。
「…………昨日あんな事があったばかりで、ですか?」
「ステージの選定はランダムだもの。そんな事は考慮されないんでしょうね」
「はぁ……」
 建前もそこまで徹底すれば立派なものだ、と達也は思ったが、口にしたのは別のことだった。
「早速移動します。CADの調整は終了していますので」
「ご苦労様」
 真由美が頷いたときには、既にレオと幹比古が準備に掛かっていた。
 とは言っても、上半身だけ脱いでいた防護服を着直し、ヘルメットとCADを携える。
 準備はそれだけだ。
 ジャケットに袖を通して、ファスナーと留め金をシッカリ締める。
「あの、司波くん……」
 ホルスターを巻いてCADを収めたところで、達也はあずさに話し掛けられた。
「何でしょうか?」
「西城くんのデバイスは……どうするんですか?」
「どうする、とは?」
「だって……室内とか階段が張り出したビルの谷間とかじゃ、『小通連』は使えないんじゃありませんか?
 あの魔法は刀身を宙に浮かせるだけで、打撃力はそれを振り回すユーザーの腕力に依存しているもの、でしょう? 刀身が『伸びている』ことによって同じスイングで高速の打撃が可能になるというメリットはそのまま、振り回すだけのスペースが無ければ相手を倒すだけの勢いを稼げない……ということになると、」
「市原先輩が仰っていたんですね?」
 見事に裏事情を看破されて、あずさは先程と別の意味合いで赤面した。
「流石は市原先輩、正確な分析です。
 ですが、ご心配には及びませんよ。
 室内であっても、ロングソードを振る程度のスペースはあります。
 十メートルの剣として使えなければ、一メートルの剣として使うまでです」
 達也の目配せを受けたレオは、「任せておけ」とばかりに頷いた。
 今回は第2章第18話と第19話、二話同時に投稿します。
 ゴールデン・ウィークスペシャル、という訳ではなく、来週と再来週の投稿をお休みさせていただく代わりです。
 応援してくださっている読者の皆様には誠に申し訳ございませんが、仕事の都合上、5/10と5/17はどうしても投稿が出来そうにありません。
 重ねてお詫び申し上げます。
 次回の投稿は5/25(月)を予定していますので、その節はまた、よろしくお願い致します。


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