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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第二章・新人戦編
2−(18) 補欠の義務
 結局、新人戦ミラージ・バットは達也が予言したとおり、ほのか、スバルのワンツーフィニッシュで幕を閉じた。
 試合が終わってすぐ、優勝の喜びを分かち合う間も無く、達也はミーティング・ルームへと呼び出されていた。
 そこでは、完全にたがの外れた狂躁状態となった同級生(の女子)とは対照的な、抑制の効いた感情さえも改まった表情の下に隠した上級生が達也を待っていた。
 真由美、摩利、克人、鈴音、服部、あずさ。
 第一高校の幹部が勢揃いしている。
 他にも桐原や五十里の顔が見える。
 重傷者を出したばかりだから立場上喜びを表に出すことは出来ないのだろうが、それにしても、彼ら(彼女たち)は少し表情が硬い――緊張しているような気がする。
 特に服部は、どういう顔をしていいか分からず、その結果自分の顔で仮面を作った、とでも言えそうな、コチコチの表情になっている。
 余り愉快な話ではなさそうだと判断して、達也は心の中で身構えた。
「今日はご苦労様。期待以上の成果を上げてくれて感謝しています」
 真由美が随分と格式張った――というより形式張った言葉を掛けてきた。
 彼女がその言葉を発する前に、克人と瞬きほどの目配せを交わしていたのを、達也は目敏く見留めていた。
「選手が頑張ってくれましたので」
 達也も無難に形式的な答えを返す。
 こういう緊張感は、入学直後以来久し振りだった。
「もちろん光井さんも里美さんも他のみんなもそれぞれに頑張ってくれた結果です。
 でも、達也くんの貢献がとても大きいのは、ここにいる全員が認めているわ。
 担当した三競技で事実上無敗……ポイント上、現段階で新人戦の二位以上を確保できたのは、達也くんのお陰だと私は思っています」
「……ありがとうございます」
 達也は少し間をおいて、控え目に頭を下げた。
 そして視線を合わせぬまま、次の言葉を待った、が、真由美は中々本題に入ろうとしない。
 達也がソロリと目を上げると、真由美が克人を目で抑えていた。
 どうやら言い難い話を、克人が代わりに切り出そうとした様子だ。
 ここまで躊躇わなければならない話とは、一体何なのだろうか。
 達也が自分を観察しているのに気付いて、真由美は観念したように少し長い瞬きをした。
「今も言ったとおり、モノリス・コードをこのまま棄権しても新人戦の準優勝は確保できました。
 現在の二位は第三高校で、点差は五十ポイント。モノリス・コードで三高が二位以上なら新人戦は三高の優勝、三位以下なら当校が優勝です」
 では、新人戦でポイントを引き離されないという、総合優勝の為の戦略目標は達成したことになる。
 彼女たちは一体何をそんなに緊張しているのだろうか。
 それに、自分は何の為に呼び出されているのだろうか。
 達也はいい加減、気持ちが焦れていた。
「新人戦が始まる前は、それで十分だと思っていたのだけど……」
 彼が気分を害し始めているのが、真由美にも分かったようだ。
 取り繕っていた表情に、軽い狼狽の色が混入した。
「ここまで来たら――」
 この段階で、達也はようやく彼女たちが自分に何をさせたいのかを悟った。
「――新人戦も優勝を目指したいと思うの」
 いつの間にか真由美の口調が、いつもの口調に戻っていた。
「三高のモノリス・コードに一条将輝くんと吉祥寺真紅郎くんが出ているのは知ってる?」
 真由美に問われ、達也は無言で頷いた。
「そう……一条くんの方はともかく、吉祥寺くんのことは達也くんの方が詳しいかも知れないわね。
 あの二人がチームを組んで、トーナメントを取りこぼす可能性は低いわ。
 モノリス・コードをこのまま棄権すると、新人戦優勝は、ほぼ不可能です」
 だから、彼に――
「だから達也くん……森崎くんたちの代わりに、モノリス・コードに出てもらえませんか」
 ――真由美から告げられた「用件」は、達也が途中から予想したものと寸分違わぬものだった。
「……二つほど、お訊きしてもいいですか?」
「ええ、何かしら」
 答えは九割方分かっていたが、一応、ハッキリさせておこうと達也は思った。
「予選の残り二試合は、明日に延期された形になっているんですね?」
「ええ、その通りよ。
 事情を鑑みて、明日の試合スケジュールを変更してもらえることになっています」
「怪我でプレーが続行不能の場合であっても、選手の交代は認められていないはずですが?」
「それも、事情を勘案して特例で認めてもらえることになりました」
 これまた、予想通りの答えだった。
 しかし、予想通りの事情だからといって、受け容れられるかどうかは別問題だ。
「……何故自分に白羽の矢が立ったのでしょう?」
 これは質問ではなく、拒絶。
 上辺だけの礼儀正しい反応に、真由美は困り顔の愛想笑いを浮かべた。
「達也くんが最も代役に相応しいと思ったからだけど……」
「実技の成績はともかく、実戦の腕なら君は多分、一年生男子でナンバーワンだからな」
 ここまでの話を全て真由美に任せていた摩利が、形勢不利と見たのか「説得」に加わってきた。
「モノリス・コードは『実戦』ではありません。
 肉体的な攻撃を禁止した『魔法競技』です。
 こんなことは自分が指摘しなくとも、ご理解されているはずですが」
「魔法のみの戦闘力でも、君は十分ずば抜けていると思うんだがね」
 摩利がチラッと服部に視線を投げ、服部は苦虫を噛み潰した表情に顔を顰めた。
「しかし、自分は選手ではありません。
 代役を立てるなら、一競技にしか出場していない選手が何人も残っているはずですが」
 今度は摩利からも、反論がなかった。
「一科生のプライドはこの際、考慮に入れないとしても、代わりの『選手』がいるのに『スタッフ』から代役を選ぶのは、後々精神的な(しこ)りを残すのではないかと思われますが」
 それは多分、彼女たちが最も悩み、最も言われたくなかった部分。
 新人戦は新入生の育成という性格が強い。
 例え今年優勝できたとしても、来年・再来年の本戦に悪影響があるようでは、ある意味本末転倒だ。
 メイン競技の代役にスタッフ、しかも二科生が選ばれたとなれば、残っている選手だけでなく、一年生一科生全体のプライドが、ズタズタに切り裂かれることにもなりかねない。
 真由美たちから反論はない。
 どうやらこの話はこれで終わり、と判断して、達也がキッパリと辞退の言葉で締め括ろうとした、――その時。
「甘えるな、司波」
 克人のズッシリと重みのある声が響いた。

 達也は咄嗟に応えを返すことが出来なかった。
 何を言われたのか、理解できなかったからだ。
 彼が口にしたのは確かに、正論に(くる)んだ逃げ口上だ。
 だが、正論であることも間違いないはずだ。
 彼が出れば、三高には勝てなくても、二位にはなれるかもしれない。
 モノリス・コードの一位と二位のポイント差は四十点。
 二位になれば、新人戦は優勝できる。
 しかしその場合、新人戦優勝の立役者は誰が見ても達也だ、ということになってしまう。
 それは、薄っぺらいエリート意識に凝り固まった「ブルーム」にとって、受け容れ難い結果に違いなかった。
 例え予選敗退という結果に終わったとしても、彼が、「ウィード」がモノリス・コードの代表選手として出場するということ自体が彼らには耐え難いはずなのだ。
「……お前は既に、代表チームの一員だ」
 しかし、克人の指摘は、達也の思考のエアポケットを抉るものだった。
「選手であるとかスタッフであるとかに関わりなく、お前は一年生二百名の中から選ばれた二十一人の内の一人」
 言外に、克人は言う。
 彼の、達也の存在は、既に一科生の精神に大きな衝撃と混乱を与えている、と。
「そして、今回の非常事態に際し、チームリーダーである七草は、お前を代役として選んだ。
 チームの一員である以上、その務めを受諾した以上、メンバーとしての義務を果たせ」
「しかし……」
 しかし、それでも言わずにはいられない。
 それで、彼らが……
「メンバーである以上、リーダーの決断に逆らうことは許されない。
 その決断に問題があると判断したなら、リーダーを補佐する立場である我々が止める。
 我々以外のメンバーに、異議を唱えることは許されない。
 そう……本人であろうと当事者であろうと、誰であろうと、だ」
「!」
 達也は目を瞠って、言いかけた台詞を中断した。
 克人が何を言っているのか、達也にもやっと理解が出来た。
 克人は、誰が納得しなかったとしても、どのような結果に終わったとしても、その責任は全て責任者である自分たちが負うと、そう言っているのだ。
「例え補欠であろうとも、選ばれた以上、その務めを果たせ」
 この台詞は、九校戦のみを念頭に置いたものではなかった。
 ――二科生であることを逃げ道にするな。
 ――言い訳にするな。
 ――弱者の地位(・・)に、甘えるな。
 補欠であっても、とは、そういう意味だ。
 逃れる道は、全て塞がれてしまった。
 また――ここまで言われて、逃げるつもりもなかった。
「……分かりました」
 真由美と摩利の顔が安堵に弛んだ。
 克人は確りと頷いた。

「……それで、俺以外のメンバーは誰なんでしょうか」
 上級生を前にして、少し砕けた口調になったのは意識してのこと。
 と言うより今までが、いつもより堅い口調を意識して作っていたのだった。
「お前が決めろ」
「はっ……?」
 達也は別に、とぼけたわけではない。
 またしても、何を言われたのか理解できなかったのだ。
「残りの二名の人選は、お前に任せる。
 今この場で決めるのが望ましいが、時間が必要なら一時間後にまたここへ来てくれ」
「……いえ、選ぶだけなら時間をいただく必要はありませんが……」
 達也の脳裏には既に、二人の候補者がピックアップされていた。
「相手が了承するかどうか」
「説得には我々も立ち会う」
 ……つまり、拒否はさせないということだ。
 十文字家の総領は、実はかなり強引な性格だということを、達也は今日初めて知った。
「誰でも良いんですか?
 チームメンバー以外から選んでも?」
 達也は何だか、愉快な気分になってきた。
 存分に悪ノリしてみたくなる気分だった。
「えっ!? それはチョッと」
「構わん。どうせ例外に例外を積み重ねているのだ。あと一つや二つ、例外が増えても今更だ」
「十文字くん……」
 真由美が呆れ顔で軽い非難の目を向けたが、克人の顔面筋は小揺るぎもしなかった。
「では、1−Eの吉田幹比古と、同じく1−Eの西城レオンハルトを」
「おいっ、司波!」
 慌てた声で服部が口を挿もうとしたが、鈴音に手振りで制止される。
「良いだろう。中条」
「は、はいっ!」
 過剰な反応を見せたあずさにも、克人は全く気にした様子を見せなかった。
「吉田幹比古と西城レオンハルトをここに呼んでくれ。
 確かその二人は、応援メンバーとは別口で、このホテルに泊まっていたはずだ」
 豪放で大胆に見えて――実際その通りなのだろうが――こんな細部まで良く知っているものだ。まあ、この時期に正規メンバーでも応援メンバーでもない生徒がこのホテルに宿泊しているというのはかなり異例なことで、そういう事情を知っている者にとっては目につく事ではあろうから、知っていたとしても不思議ではないのだが、それでも達也は克人にすっかり感心してしまっていた。
「……達也くん。その人選の理由を訊いても構わないかね?」
 摩利も克人に説得を任せた以上、今更異議を唱えるつもりもないのだろう。
 ただ、納得できない、というより不審を覚えていることも間違いないようだった。
「無論です。
 最大の理由は、俺が男子メンバーの試合も練習もほとんど見ていないということです」
 達也は女子のメンテに掛かりきりで、事実全く、男子一年生メンバーの試合も練習も見ていない。
「俺は彼らの得意魔法も魔法特性も何も知りません。
 試合は明日です。一から調べていたのでは、作戦も調整も間に合わない」
「……今の二人なら、良く知っているということか?」
「ええ。吉田と西城のことは、同じクラスであるというだけでなく、良く知っています」
「ふむ……一理ある。
 調整は他のエンジニアが手伝うとしても、相手のことが分からなければチームプレイは難しいだろうからな。
 それで、『最大でない』理由は何かね?」
「実力ですよ」
「ほぅ……?」
 摩利だけでなく、真由美からも、克人からも、鈴音からも、興味深げな視線が達也に向けられた。

◇◆◇◆◇◆◇

「なあ、達也……マジ?」
「七草会長ならともかく、十文字会頭がこんな手の込んだ嘘を吐くと思うか?」
「いや、会長さんならともかく、ってのも俺には良く分からんのだけどよ……
 はぁ、やっぱりマジか」
 今にも自分の頬を抓り出しそうな勢いで、レオが深いため息を吐いた。
 その隣では幹比古が途方に暮れた顔でそわそわと視線を彷徨わせている。
「ミッキー、チョッとは落ち着いたら?」
「僕の名前は幹比古だ」
 いつものお約束をこなして少しは気が紛れたのか、幹比古は空いているベッドにどっかりと腰を下ろした。
 ここは達也が使っているツイン・シングル。
 幹部総出で二人に代役を引き受けさせた後――あれはもう、ほとんど強制だった――今後の段取りを説明する為に、達也が二人を引っ張ってきたのだ。
 そこにエリカや美月がついて来ているのはそれこそ「お約束」だろう。
 なお深雪とほのかと雫は、英美やスバルや他のメンバーに捕まって狂躁の輪の中から抜け出せずにいる。
「でもよ……俺も幹比古も、なーんも準備してないぜ?」
「そうだね……CADはおろか、僕たちは着る物も用意していないよ?」
「安心しろ。試合用の服を準備していないのは俺も同じだ」
「いや、それ、不安にしかならんのだけど」
 すぐさまツッコんできたレオに向かって、達也はヒラヒラと手を振った。
「安心しろ。
 それが無理なら、心配するな」
「やっ、それ、同じだから」
 今度の打てば響くツッコミは、エリカのもの。
 やはりこの二人は、息がピッタリだな、と達也は思った。
「まあ、そうだな。
 つまり、同じことしか言えない、ってことだが。
 大丈夫だ。
 防護服とアンダーウェアは中条先輩に頼んである。
 ああ見えて中条先輩は、段取りの良い女性(ひと)だからな。
 抜かりなくジャストサイズの物を揃えてくれるって」
 ああ見えて、に反論は無かった。
 外見に反して(・・・・・・)しっかり者、という評価に異論は無いようだ。
「CADは俺が準備する。
 一人一時間でバッチリ仕上げてやる」
 CADを白紙の状態から魔法師個人に合わせて使用可能な状態まで調整する為には、通常その三倍の時間が必要と言われている。
 だが、レオにも幹比古にも余り驚いた様子はなかった。
 一つにはこの「一時間」の凄さが良く分かっていないということもあるのだろうが、この四日間で散々「ビックリ箱」を見せられた所為で、「達也なら何でもアリかな」という気持ちが生まれているのだった。
「大丈夫? もう九時だよ?
 自分のもあるでしょう?」
 この四人の中では最もCADの調整の手間を知っているエリカが、唯一、心配そうな目で問い掛けてきた。
「大丈夫だ。自分のなら、十分で終わる」
 しかしそれは、杞憂だったようだ。
 彼の規格外の加減を改めて思い知らされることになって、エリカは盛大にため息をつくこととなった。
「……十分間ね、そう、十分……
 何だか心配するのがバカバカしくなってくるわ」
「残念ながら、それ程余裕があるって訳でもないんだ、実のところ」
「えっ?」
 だらけた顔は、達也が珍しく漏らした弱音に、キュッと音が聞こえそうなくらい迅速に引き締まった。
「何せ急な話なんで、作戦らしい作戦も立てられない。
 練習する時間なんてあるはずもないから、ぶっつけ本番で行くしかない。
 大雑把な段取りをつけて後は出たとこ勝負なんて、力ずくとそれ程変わらない。
 俺にとっては、不本意な条件ばかりだよ」
「……そっか。
 悪知恵が達也くんの持ち味だもんね」
「酷えな、その言われ様」
 敢えて偽悪的な表現を使ったエリカに、達也はフッと肩の力を抜き、ついでに顔面筋の力も抜いた。
「さて……決まってしまったことを愚痴っていても何一つ片付かないからな……
 市原先輩と中条先輩が必要な機材を揃えてくれている間に、作戦の打ち合わせを終わらせておこう」
「作戦、立てられないって言ったクセに」
 すかさず揚げ足を取りに掛かったエリカの前に、美月が沈鬱な表情で立ち塞がった。(と言うか、単に目の前に立っただけだが)
「エリカちゃん……せめて、達也さんの邪魔をするのは止めようよ」
「ひどっ!
 美月、あたしはこの重た〜い空気をどうにかしようと思って……」
「ハイハイ、その重た〜い空気がハッチャケて散り散りになる前に、少し静かにしていようよ。
 時間がないって言ったの、エリカちゃんだよ」
 美月も最近ようやく、この友人の扱いのコツが分かってきたようで、以前のように振り回されてオロオロ、ということも少なくなっていた。
「むぅ……」
 軽くあしらわれて頬を膨らませたエリカだが、流石にそれ以上茶々を入れようとはしなかった。
 何を言ってもどういう態度を取っても、彼女は結局の所、達也とレオと幹比古が心配になって、この場にいるのだから。
「まずフォーメーションだが」
 達也も今の茶々を無かったこととして話を進め始めた。
「オフェンスが俺、ディフェンスはレオ、幹比古は遊撃を頼みたい」
「いいぜ。
 けどよ、ディフェンスって、何すりゃ良いんだ?」
「僕も訊きたいな。遊撃って?」
「ディフェンスは、自陣のモノリスを敵の攻撃から守る役目だ。
 モノリス・コードの勝利条件は知ってるだろ?」
「相手チームを戦闘続行不能にするか、モノリスに隠されたコードを端末に打ち込むか、だよな?」
「ああ。それで、モノリスに隠されたコードを読み取る為には、無系統の専用魔法式をモノリスに撃ち込まなきゃならない。
 専用の魔法式が鍵になって、モノリスが二つに割れるんだが、一旦分割されたモノリスを魔法でくっつけることは禁止されている。だが、モノリスの分割を魔法で阻止することは禁止されていない。
 また、専用魔法式の最大射程は十メートルに設定されていて、それ以上の距離で発動させても、鍵として機能しないようにプログラムされている」
「……ってことは、ディフェンスの役目は敵のチームをモノリスから十メートル以内に近づけないこと、鍵の魔法式を撃ち込まれてもそれでモノリスが割れないように抑えておくことか?」
「満点だ。
 普通は対抗魔法で『鍵』の発動を阻止するんだが、例の使い方で硬化魔法でもモノリスの分割を阻止できる。
 ――正確には、割れてしまってもくっついたまま、の状態を作り出し維持することが出来る。これなら、割れてしまったモノリスを再び(・・)くっつけることにはならないから、ルール違反は取られない」
「言いたかないけど、達也、それは立派な『悪智恵』だぜ……?」
「レオはエリカと同じことを言うんだな」
「止してくれよ!」
「どーゆう意味よ!」
「ハイハイ、エリカちゃん、抑えて抑えて。レオくんも落ち着いて下さい」
 美月の仲裁によって、二人はすぐさま、ぶつけ合った視線を逸らした。
「……『鍵』の方は理解できたけどよ。敵を撃退する方は、どうすりゃ良いんだ?
 殴るのも蹴るのもダメなんだろ?
 自慢じゃないが、遠隔攻撃魔法は苦手だぜ、俺」
「これを使う」
 そう言いながら達也が取り出したのは、あの「剣」だった。
「……でもよ、物理的な打撃は禁止されてるんじゃなかったっけ?」
 レオがそう言うと、達也は薄い小冊子を差し出した。
「パンフレット?」
 それがどうしたんだ?、と問う前に、ページの角が一枚、折ってあるのに気付いて、レオは質問の代わりにそのページを開いた。
「モノリス・コードのルールか……?」
 そのページは、モノリス・コードについて、予備知識の無い者用に簡単なルールと、試合の様子が写された写真が印刷されていた。
「そこに書かれてあるとおり、質量体を魔法で飛ばして相手にぶつける攻撃はルール違反にならない」
「質量体を魔法で飛ばして……って言や、そうか。
 じゃあ達也、そこまで考えてソレを作ってたのか?」
 レオの結構本気な質問に、達也は苦笑しながら首を振った。――無論、横に、である。
「どうも買い被られてる気がするな……これは単に思い付きで作った物だ。
 俺はそこまで、何時も何時も悪企みばかりしている訳じゃないぞ」
 レオもエリカも、この達也の言い分に納得していないのは何となく分かったが、時間が惜しかったので達也は無視することにした。
「この武装デバイス――『小通連』には、レオの個人設定を済ませてある。
 この前言ってた分離距離と持続時間の変数化も処置済みだから、操作を間違えないでくれよ」
「うへぇ、ブッツケ本番かよ」
「明日は全部ぶっつけ本番みたいなものだ。
 それに、この前より格段に使い易くなったのは保証するぞ」
「まっ、だったら大丈夫かね」
 セリフよりも遥かに不敵な表情で、レオは『小通連』を達也から受け取った。
「次に幹比古の方の役目だが……」
「そうだよ、達也、僕は何をすれば良いんだい?」
 幹比古がベッドの上で身を乗り出してきた。
 戸惑っているみたいなことを言いながら――実際、急過ぎる抜擢に戸惑っているのだろうが――幹比古は随分前向きに、あるいは、やる気になっているようだ。
 少しくらい血気に逸るくらいの方がこの状況では望ましいので、達也はその点については何も言わずに説明に移ることにした。
「遊撃はオフェンスとディフェンス、両方を側面支援する役目だ。
 この前の雷撃魔法、あの種類の遠隔魔法は他にも持っているんだろう?」
「それは、まあ……」
 幹比古の返事は歯切れが悪い。
 古式魔法を継承する家では、自分たちが保有する魔法技能を秘匿しようとする傾向が強い。
 現代魔法学の下で魔法の分類と体系化が進んだ現状において、その意味は一部の特殊な魔法を除いて形式的なものとなっていたが、すり込まれた価値観が無意識の行動に色濃く反映し続けているということだろう。
 しかし明日チームを組んで戦うのだから、今は正直になってもらわなければ困るのだ。
「あの雷撃魔法はCランクだよな?
 低殺傷性魔法は他にどんなものが使える?」
「……あれはあくまで麻痺させることが目的の魔法だからCランク相当だよ。公開してなかったからランク表には載ってないけど」
「非公開か……じゃあ、明日使うのは拙いんだろうな?」
「いや……構わない。秘密にしているのは魔法そのものの原理じゃなくて発動過程だから。呪符じゃなくて、CADで発動すれば問題ないよ。
 ……達也」
「何だ?」
「達也は……言ったよね?
 僕の……吉田家の術式には無駄が多くて、その所為で僕は魔法が思うように使えていないって」
「ああ」
 エリカが目を丸くして見詰めている横で、達也は躊躇無く――あるいは、遠慮無く、頷いた。
 美月は、両手で口を押さえていた。
 レオですら、絶句していた。
 古式魔法の名門が、長い年月を掛けて練り上げた術式を「欠陥品」と断ずるなど、余程の自信がなければ出来ることではない。
 あるいは、我流が最高と思い込んでいる井の中の蛙、身の程を弁えない浅慮者か。
 達也は、後者とは思えない。
「……じゃあ、達也は僕に、もっと効率的な術式を教えてくれるのかい?」
「教えるんじゃない。アレンジするんだ」
「……ゴメン、違いが分からない」
 よく見ると、幹比古の両手は強く組み合わされ、微かに、だが確かに、震えていた。
「この前の術式、多分あれは『雷童子(らいどうじ)』の派生形の一種だと思うが、俺に出来ることは、あの術式に含まれた無駄を削ぎ落としてより少ない演算量で同じ事象改変効果を得られる魔法式が構築できるように、起動式を組み上げるだけだ。
 使う魔法はあくまで、幹比古が前から知っていた魔法だ」
「……見ただけで分かるっていうのは本当なんだね。
 確かにあれは『雷童子』の派生形。術の弱点を衝かれないように、術の正体を分かり難くする偽装が施されている。
 でも多分それが、達也の言う無駄につながっているんだろうね」
「長い呪文を必要としていた頃なら、施術の途中で妨害される可能性に対する備えも有効だろうが、CADで高速化された現代魔法では、術式が固有に持つ弱点につけ込むという対抗手段は、起動式の段階で魔法の種類を判別できない限り、ほとんど意味がない。
 魔法式から術式を認識して、対抗手段を選択している内に、発動してしまうからな。
 現代魔法に対して本当に有効な対抗魔法は、魔法の種類を問わずその効力を打ち消すものだけだ」
 幹比古が小さく吹き出した。
 その笑いには不思議と、自嘲の色は無かった。
「ハハッ、なるほど……威力では勝っているはずの古式魔法が、現代魔法に敵わない訳だ」
「それは違うぞ、幹比古」
「えっ?」
「古式魔法と現代魔法に、優劣は無い。
 それぞれに長所と短所がある。
 単に正面からぶつかり合えば、発動速度が圧倒的に勝っている現代魔法に分があるというだけで、知覚外からの奇襲ならば古式魔法の威力と隠密性に軍配が上がるだろう。
 老師も仰っていたじゃないか。
 要は、使い方だ。
 そして俺がお前を推薦したのは、お前の持つ魔法の奇襲力が大きな武器になると考えたからだ」
「奇襲力ね……そんなことを言われたのは初めてだよ。
 分かった。僕が使える術式は、呪符だけじゃなくてCADにも一応プログラムしてあるから、達也が思うとおりにアレンジしてくれよ。
 僕は、達也を信じることにするから」
「ありがとう、幹比古。
 信じてくれたついでに、もう一つ、教えて欲しいことがある」
「良いよ。必要なことなんだろう?
 だったら隠すつもりはない。
 僕をここに送り込んだのは父上なんだから、こういう経緯で秘密が漏れても、家として文句は言えないはずだ」
「安心してくれて良い。口は堅い方だ」
「あ〜……俺も口は堅い方だ。ここで聞いたことは他言しないと約束するぜ」
「私もです」
「あたしが口、堅いの、知ってるでしょ?」
 達也以外の同席者が、競うように口の堅さをアピールした。
 最後の一人については、胡散臭げな眼差しを向けた幹比古だったが、感情を理性で納得させて、達也へ向け頷いた。
「じゃあ手短に訊くぞ。『視覚同調』は使えるか?」
 答えに少し、間があったのは、躊躇いによるものではなく、驚きによるものだった。
「……そんなことまで知ってるのかい?
 九重先生はそんなことまで君に教えているの?」
「まあな」
「……つくづく君には驚かされるよ、達也。
 えっと、質問の答えはYESだ。
 『五感同調』はまだ無理だけど、一度に二つまでなら『感覚同調』を使える」
「視覚だけで十分だよ、幹比古。
 じゃあ、作戦だが……」

◇◆◇◆◇◆◇

 達也が自分で宣言したとおり、レオのCADの調整は一時間も掛からず終了した。
 調整し直した自分のCADと武装デバイスの二つを受け取ったレオは、武装デバイスの慣熟訓練の相手を買って出たエリカと一緒に、野外演習場へ向かった。
 随分遅い時間だが、レオが一緒なら間違いも起こらないだろうし間違いも起こさないだろうと、達也も妥協したのである。
 そして今、幹比古用のCADを猛スピードで調整している達也の隣で、あずさがそれを、呆然と見詰めていた。
 ユーザーとして同席している幹比古も、その独特の調整方法とタイピングのスピードに目を丸くしているが、あずさがショックを覚えているのは、そんな表面的な部分ではなかった。
 今、達也が扱っているのは、古式魔法の伝統的な術具で発動することを前提に組み立てられた術式を、現代魔法用にアレンジした起動式。
 その「翻訳」はお世辞にもスマートなものではなく、自動翻訳のぎこちなさに似た細かな無駄と細かな間違いが其処此処に散らばっている。
 それを修正するだけなら、あずさにもそれほど難しくはない。
 だが彼女の目の前で展開されているアレンジは、本格的な起動式の書き換えだった。
 起動式から魔法式の作動原理を理解し、魔法式の機能を損なわない形で起動式を書き換える。
 起動式は、魔法式の設計図。起動式を書き換えるということは、魔法式を書き換えるということでもある。魔法師の適性に合わせた細かな修正に止まらず、魔法式のプロセスに存在する無駄を取り除き効率化するというレベルになれば、それは最早「修正」や「アレンジ」ではなく魔法式の「改良」であり、魔法そのものの改良と言えるのではないか。
 調整前に達也からその方針を示されたとき、あずさは正直、そんなことが可能なのか、と疑った。
 だが、あずさの目の前で現に今、実験による検証も無しに、いやそれ以前に、魔法が実際に発動している様子を観測することもなしに、起動式から直接魔法のエッセンスを抜き出し、不必要な部分を削ぎ落として、新たな起動式として再構成するという作業がエディター上で(・・・・・・・)行われている。
 元々新人戦モノリス・コードを担当していたエンジニアに代わって達也のアシストに手を挙げたあずさだったが、こんなクレイジーな(・・・・・・)作業には到底手が出せない。
 せめてこの位、ということで請け負った、書き上がった起動式の文法チェックをしながら、あずさの抱いた疑惑は確信に変わりつつあった。

 彼は――司波達也は、断じて高校生レベルの魔工師ではない

 それどころが、魔工師という枠をも超えてしまっている

 彼こそが――

 そんなあずさの混乱を他所に、達也はジャスト一時間で、幹比古用の起動式書き換え作業を終わらせた。
 今回は第2章第18話と第19話、二話同時に投稿します。
 ゴールデン・ウィークスペシャル、という訳ではなく、来週と再来週の投稿をお休みさせていただく代わりです。
 応援してくださっている読者の皆様には誠に申し訳ございませんが、仕事の都合上、5/10と5/17はどうしても投稿が出来そうにありません。
 重ねてお詫び申し上げます。
 次回の投稿は5/25(月)を予定していますので、その節はまた、よろしくお願い致します。


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