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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第二章・新人戦編
2−(16) 新人戦〜同級生対決〜
 選手数三百六十名、技術スタッフ七十二名。
 作戦スタッフを連れて来ない学校もあるものの、選手団は九校で合計四百五十名を超えている。
 パーティー(宴会でも可)ならばこの人数でも賄い可能だが、大会期間中毎日宴会という訳にもいかない。
 朝食はバイキングで早い者から順に済ませていく形式、昼食は仕出弁当を各学校の天幕や作業車、あるいは部屋に持ち帰って食べるのが基本、夕食は三つの食堂を学校別に各一時間三交代で利用する決まりになっている。(学校別になっているのは作戦の漏洩を防止する為)
 実は、この夕食の時間は、自校のメンバーが一堂に会する一日で一度の機会。
 一時間の夕食時間は、その日の戦績に喜びと悔しさを分かち合う時間でもあった。
 そして今晩、第一高校の食卓は、見事に明暗が分かれていた。
 暗は、一年生男子選手が集まった一角。
 明は、一年生女子選手が集まった一角。
 そして女子選手の集団の中に、逆・紅一点(白一点と言うべきか?)で、達也の姿があった。

「すごかったわよねぇ、深雪のアレ」
「『インフェルノ』、って言うんでしょ?
 先輩たち、ビックリしてた。
 A級魔法師でも中々成功しないのにって」
「エイミィ、結構、決まってたよ。
 一回戦はハラハラしたけど」
「乗馬服にガンアクションが格好良かったよね」
「雫もカッコ良かった!
 振袖、素敵だったし、相手に手も足も出させず追い詰めていく戦い振り。
 クールだったよ〜!」
 女子アクセル・ボールは準優勝と入賞(六位以上)一人で「まあまあ」の成績だったが、ピラーズ・ブレイクで出場全選手三回戦進出という、スピード・シューティングに続いての好成績に女子選手はお祭り気分に浸っていた。
 ピラーズ・ブレイクのトーナメントの仕組みは、出場二十四選手、一回戦十二試合、二回戦六試合。
 三回戦に三人が進出するということは、上位六名の半分を一校で占めているということなのだ。
 三回戦の勝者三名で競う決勝リーグを同一校の選手のみで独占という、まさしく快挙の可能性も見えているだけに、浮かれるな、と言う方が難しいのかもしれない。
 上級生も「仕方ないな」と言いたげな表情で笑いながら、彼女たちがはしゃぐ姿を見守っている。
「司波君、雫のあれって『共鳴』のバリエーションだよね?」
 居心地悪そうに(他の席に移ろうにも深雪が放そうとしなかったのだ)黙々と食事を進めていた達也は、突如注目を浴びてたじろぎながら、何とか普通に返事をすることが出来た。
「正解」
 素っ気無い回答だが、それでもいつもに比べて声が柔らかい。
 同じ学校、同じ一年生といっても、相手は普段ほとんど接する機会のない一科生の女子生徒だ。
 怖がらせないように、という程度の気遣いは、達也も持ち合わせているのである。
 だがその気遣いは、喧騒を増幅する結果となった。
「やっぱり起動式は司波君がアレンジしたの?」
「雫がスピード・シューティングで使った術式は司波君のオリジナルだったんでしょう?」
「インフェルノをプログラムできたのも司波くんだからですよね」
「ほのかの眩惑作戦も司波君が考えたって聞いてるよ」
 一つ一つ返答する暇も無く矢継ぎ早に話し掛けられ、達也は内心辟易していたが、彼女たちが一種の躁状態にあること、競技会の緊張が続く中ではこのようなお祭り騒ぎが大きな気分転換になること、この大袈裟な賛辞も裏を返した自画自賛であり自信を高め不安を払拭する為のものであること、そうした心理が理解できるので、わざわざ水を差すような真似はしないつもりで聞いていた。
「いいなぁ……あたしも司波君に担当してもらえれば優勝できたかも」
 しかし、流石にこの発言は行き過ぎで、看過することは出来ない。
 それでも彼の口から注意したのでは角が立つ。
 達也は隣に座った深雪に、そっと目配せした。
「菜々美、それはちょっと問題発言よ」
 柔らかく窘められて、その女生徒は、自分の台詞が担当エンジニアに対する不満の表明とも受け取られかねないということにすぐ気づいた。
 あわわわ、と態度だけでなく口にも出して慌てて立ち上がり、上級生の中に担当エンジニアの姿を探したが、本人が笑いながら手を振っているのを見つけてホッとした表情を浮かべ、ピョコンと大きく頭を下げて席に戻った。
「あーっ、焦った」
「ナナ、自分の未熟をCADの所為にしちゃだめだよ」
「えへへ……反省」
 少女たちのお喋りは幾分、ボリュームが下がったが、まだ内緒話と表現するには程遠かった。
「でも司波君のおかげで、いつも以上の力が出せたのも間違いないし」
 スピード・シューティングで三位になった滝川という女子生徒がそう言うと、英美が大袈裟に頷いた。
「CADの調整って、ある意味自分の内側を曝け出す訳じゃない?
 それが男の子のエンジニアなんて……って最初は思ってたけど、司波君が担当してくれて、ホント、ラッキーでした!
 司波君を譲ってくれた男子には感謝ですね」
 無邪気な笑みに込められた多大な勘違いに、達也は苦笑するしかなかった。
 だが、苦笑で済ませることの出来ない者も、いた。
「あっ、おい!」
 ガタッ、と荒々しい音を立てて、一人の男子生徒が立ち上がった。
 制止の声に振り向きもせず、森崎は食べ終わった食器を手にして配膳口へ向かい、そのまま食堂を後にした。

◇◆◇◆◇◆◇

 奇しくも同時刻。
 高校生の食卓より遥かに高価な食材が並ぶテーブルを、陰鬱で苛立たしげな表情が取り囲んでいた。
「……新人戦は第三高校が有利ではなかったのか?」
「せっかく渡辺選手を棄権へ追い込んだのに、このままでは結局、第一高校が優勝してしまうではないか」
「本命が勝利したのでは、我々胴元が一人負けだぞ」
「今回のカジノは特に大口の客を集めたからな。
 支払い配当は、我々にとっても安くはない。
 今期のビジネスに大きな穴を開けることになるだろう。
 そうなれば……」
「……ここにいる全員が、本部の粛清対象になる。
 損失額によっては、ボスが直々に手を下されることもあり得るぞ」
 重い沈黙が、男たちの頭上から襲い掛かった。
「……死ぬだけならまだいいが……」
 ポツリと漏らされた呟き。
 その声は、恐怖に震えていた。

◇◆◇◆◇◆◇

 魔法競技は非魔法スポーツ競技ほど、性差の影響は大きくない。
 それでもバトル・ボードやアクセル・ボールのような身体能力が勝敗に影響する競技の存在を考慮して、新人戦も今年から男女別になった。
 裏を返せば、新人戦が男女別になったのは今年が最初ということだ。
 去年までは男女混合だったから、バトル・ボードやアクセル・ボールは男子選手、女子選手は身体能力の影響が小さいピラーズ・ブレイクやスピード・シューティングという棲み分けが出来ていたし(学校によっては男子選手に比率が偏っていたところもあった)、観客が同時開催される男女の競技に分かれるということもなかった。
 男子競技と女子競技、どちらの人気が高いか。
 本戦では例年、一般客は女子の競技に、軍・警察・消防・大学などの関係者は男子競技に集まる傾向がある。
 ――それで、今年の新人戦は、と言うと。
「すごい人ねぇ……」
「男子の方は結構余裕があるみたいだがな」
 混雑とは縁の無い、大会参加者用の観覧席から、ぎっしり満員になった一般客席を同情の眼差しで見詰める少女二人。
 真由美と摩利である。
「何だか随分、大学の関係者が多い気がするけど」
 今度は招待客席に目をやって、真由美が、そう呟くと、
「昨日のアレを見せられれば、映像記録だけでは満足できないのも当然じゃないか?」
 回答の形で、摩利が同意を示す。
「それもそうか。私たちも改めて見に来てるんだしね」
 コンディションの公平を期す為、試合の順番は昨日とひっくり返されている。
 大会六日目・新人戦三日目。
 ピラーズ・ブレイクの三回戦第一試合。
 深雪の登場を待って、真由美は時計に目をやった。

◇◆◇◆◇◆◇

 時間は少し遡る。
 達也と深雪の二人がピラーズ・ブレイクの控え室に赴いたところ、その前に二人の三高生が立っていた。
 いずれも男子生徒。
 一人は達也とよく似た体格。身長も肩幅もほとんど変わらない様に見える。――もっとも、ルックスは相手がだいぶ上だった。
 もう一人はやや小柄。だが戦闘実技を重視する校風ゆえか、ひ弱な印象は無い。
 向こうも同時に気づいたのか、達也たちの方へ真っ直ぐ歩いて来た。
「第三高校一年、一条将輝だ」
 大柄な方が口火を切った。
 初対面の相手には横柄な口調だが、不思議と不快感は覚えなかった。
 同じ一年生でありながら、自然とリーダーシップを取る、リーダーとして振舞うことが自然だと思わせる風格のようなものがあった。
 そしてその眼は、真っ直ぐに達也を見ていた。
「同じく第三高校一年の、吉祥寺真紅郎です」
 小柄な方は丁寧な口調で、だが挑戦的な眼差しで、古風な名前を名乗った。
「第一高校一年、司波達也だ。
 それで、『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が試合前に何の用だ?」
 害意は感じない。
 敵意、とも少し違う。
 だが、友好的な態度でないことも確かだ。
 敢えて言うなら、剥き出しの闘志。
 ここで今、上辺だけの礼儀を取り繕うのは、この二人にかえって失礼だと達也は感じていた。
「ほう……俺のことだけでなく、ジョージのことまで知っているとは話が早いな」
「しば・たつや……聞いたことが無い名です。
 ですが、もう忘れることはありません。
 おそらくはこの九校戦始まって以来の天才技術者。
 試合前に失礼かとも思いましたが、僕たちは君の顔を見に来ました」
「弱冠十二歳にして基本コード(カーディナル・コード)の一つを発見した天才少年に『天才』と評価されるとは恐縮だが……確かに非常識だ」
 自分勝手な言い草に、歯に衣を着せるつもりも無い返答。
 だがお互い、逆上している気配は無い。
 確かな意志をもって、敵を見据える構えだった。
「深雪、先に準備しておいで」
 もう少し相手をしなければならないようだ、と判断した達也は、目線を動かさず、深雪にそう指示した。
「……分かりました」
 深雪は達也に一礼した後、将輝たちがそこに存在していないかの如く、一瞥もせずに控え室へ入った。
 敢えて眼を逸らしているという素振りも無い、自然で完璧な無視。
 一瞬、将輝の目が深雪を追いかけたが、すぐに視線を達也へ戻した。
「……『プリンス』、そっちもそろそろ試合じゃないのか?」
 だがその一瞬に、見間違えようの無い動揺と未練を見て取った達也は、やや気を抜いてしまっていた。
 呆れていることを隠そうとしていない達也の視線に、将輝は返事に詰まってしまった。
「……僕たちは明日のモノリス・コードにも出場します」
 替わりに応えたのは吉祥寺だった。
 吉祥寺は新人戦男子スピード・シューティングの優勝者だし、将輝は新人戦男子ピラーズ・ブレイクの優勝候補筆頭。
 各校がエース級を投入してくるモノリス・コードにエントリーしてくるのは、言われるまでも無く予想の範囲内だった。
「君はどうなんですか?」
 どうとは何だ、と問い返してやりたかったが、そろそろ時間が惜しい。
「そっちは担当しない」
 とは言うもののこちらだけ丁寧に答えるのは癪に障るので、同じように抽象的な回答を返した。
「そうですか……残念です。
 いずれ、君の選手と戦ってみたいですね」
「時間を取らせたな」
 そう告げて、二人は達也の横を通り過ぎていった。
 ――最後まで偉そうなヤツだったな、と達也は思ったが、敢えて振り返ることはせず、深雪の待つ控え室へ向かった。

◇◆◇◆◇◆◇

「結局、彼らは何をしに来ていたのですか?」
 更衣室から出てきた深雪は、開口一番、先程の一幕について訊ねた。
「偵察、かな?
 意味は無いと思うが」
 達也は首を傾げながら、着替えている間に準備を済ませたCADを深雪に手渡した。
 試合前だ。
 余計なことに気を取られるのはマイナスにしかならないので、達也はもう、この話を終わりにしたかったが、深雪は達也の返事にクスッと意味ありげな笑いを漏らした。
「宣戦布告、だと思いますよ、お兄様」
 妹が何を言いたいのか、分からない訳ではなかった。
 だが達也にはそれが、突拍子も無いことに思えた。
「……信じていらっしゃいませんね?」
 上目遣いに拗ねた眼差しを向けられても、そう簡単に納得は出来ない。
「いや、だってな……俺は選手ですらないんだよ?
 魔法科高校の枠を超えて、魔法師の世界で既に評価を確立しているあの二人が、俺を敵視するとは思えないんだが」
 この場合の「敵視」とは、対等の敵手と認めること。
 客観的に見て、表面上の自分はあの二人より随分格下だ。
 格を問題にすることそのものがおこがましい程に。
 かと言って、自分の裏事情を知っている様子もなかった。
 普通に考えれば、『クリムゾン・プリンス』や『カーディナル・ジョージ』が自分のことをライバル視することなどありえない――それが達也の考えだった。
 謙遜ではなく、本気でそう思っている兄を見て、妹は深くため息をついた。
「……お兄様、ご自分の過小評価はこの場合、戦況の誤認につながります。
 どれだけご自分が注目され、意識されているのか、どれだけ他校がお兄様に――お兄様の技術と戦術に対抗心を燃やしているのか、もう少し客観的に認識なさるべきだと思いますが」
 深雪にしては珍しい、遠慮のない諫言だった。
 思わぬ迫力で思わぬ非難に晒されて、達也は目を白黒させた。

◇◆◇◆◇◆◇

 深雪が三度みたび、神秘的な美貌で客席を虜にし、神懸りとも思える圧倒的な力で敵陣を蹂躙している頃。
 バトル・ボードの水路では、女子準決勝の第一レースが始まろうとしていた。
 既に選手はスタート位置についている。
 その中に、ほのかの姿もあった。
「う〜ん……」
「…………」
「これはチョッと……」
「…………」
「まあ、その、ね……」
「…………」
「さっきから何だよ、二人して」
 スタート位置に並んだ三人の選手を見て、客席で悩ましげに唸っているエリカとその隣で絶句している美月に、レオが呆れ顔で問い掛けた。
「何かさ〜、異様じゃない?
 選手全員、黒メガネって」
「エリカちゃん、そこは『ゴーグル』と言おうよ……」
 そう、エリカと美月の言うとおり、今回はほのかだけでなく、他の二人も濃い色のゴーグルを着けていた。
「当然じゃないのか?
 光井さんの眩惑魔法対策としては一番手頃で確実なんだから」
 幹比古が常識的な推測を返すと、エリカは「つまらないな〜」とでも言いたげな気の抜けた笑い声を漏らした。
「……何が不満なんだよ?」
「だってさ〜、これって多分、達也くんの思うツボだよ?
 バトル・ボードで選手がゴーグルを使用しなかったのは、付着した水飛沫で視界が妨げられるのを嫌った、っていうちゃんとした理由があるのに、一回、目眩ましが使われたのを見たからって、安直にゴーグルを使用するなんて……
 眩惑魔法対策なら他にも色々な手があるのにねぇ……」
「ほのかさん、今度は水飛沫で目潰しを掛けるってことなの?」
 興味の薄れた表情でエリカは頷いた。
 しかし。
「それはどうかな……
 達也がそんな、単純な手を使ってくるとは思えないんだけど」
「……それはそうかも」
 幹比古の指摘に、エリカは好奇心を漲らせた。

◇◆◇◆◇◆◇

 スタート直後の閃光、は、今回無かった。
「出遅れた!?」
「いや、ついて行ってる!」
 スタンド前の緩い蛇行を過ぎて、ほのかは二番手で最初の鋭角コーナーへ侵入した。
「えっ?」
 ここで先行していた一番手の選手が、妙なコース取りを見せた。
 大きく減速しながら、コースの中央(・・)をターンしたのだ。
 同じように減速してコースの内側ギリギリをすり抜けたほのかが、大回りした(・・・・・)選手を抜いてトップに立った。
「何だ、今のは?」
 普通なら、大きく減速してインベタを回るか、減速を抑えてアウトギリギリを回るか。
 今のように大きく減速しながら、内側を広く空けてコーナーを回るのは、中途半端というしかない。
「……コースに影が落ちたような気がしたけど」
 レオの声に、エリカが鋭く目を細めて呟いた。
「あっ、まただ!」
 今度は緩く大きなカーブ。
 ほのかに抜かれた選手が、アウトに大き過ぎる余裕を残し必要以上に減速してカーブを抜けた。
 その結果、ほのかとの差が更に開く。
「……なるほど、そういうことか」
「えっ、なに?」
 頷く幹比古にエリカが訊ねる。
「達也の狙いが、他の選手にも遮光効果のあるゴーグルを着けさせること、というエリカの読みは正しかったようだよ」
 いつもの感情的な確執も忘れて、興奮した口調で幹比古は答えた。
「但しそれは、水飛沫で視界を遮る為じゃなくて、暗いところを見え難くする為だ」
「そうか!
 幻術にこんな使い方があるなんて……!」
「ああ。
 明るくする、暗くするというだけで、敵の行動をコントロールすることも出来る。
 魔法って本当に、使い方次第なんだな……」
「……二人で納得してないで、どういうことか教えてくれよ」
 不満げに口を挿んだレオの声に、自分の世界へ沈みかけていた幹比古がハッと我を取り戻した。
「ゴメンゴメン。つまり、達也の作戦は……」

◇◆◇◆◇◆◇

「司波君の作戦は単純なものですよ。
 光波振動系で、水路に明暗を作る。
 ただでさえ濃い色のゴーグルで視界が暗くなっているのです。
 明るい面と暗い面の境目で水路が終わっていると錯覚して、相手選手は暗い面に入らないようにする……つまり、相手選手にコースを狭く使わせているのです」
 男子ピラーズ・ブレイクの観戦に行った克人の代わりに本部へ詰めている服部と、彼について来た桐原は、食い入る様な表情で鈴音の解説に耳を傾けていた。
「本当はもっと広いはずだと頭で分かっていても、目から入ってくる情報に逆らうことは困難です。
 そしてどんな選手でも、狭いコースでは広いコースよりスピードが出せません。
 相手選手に、その実力を発揮させない。
 戦術の基本ですね」
「……しかし、光井さん自身は影響を受けないのですか?」
「その為の練習を積んでいますから」
 服部の質問に対する回答は、実にシンプルなものだった。
「……普通なら、術者本人は影響を受けない、って安心しちまうものだと思いますがね?」
「安心できなかったんでしょうね。
 コースの幅は決まっているんだから、目に頼らず身体で覚えろ、と司波君は言っていました」
 鈴音の回答に、桐原は唸り声を上げた。
「……奇策に見えて、実は正攻法という訳かい……性格が悪いだけじゃねえんだな」
 桐原の漏らした感想に、鈴音は声を上げて笑った。

◇◆◇◆◇◆◇

 午前の競技が終わって、第一高校の天幕は完全なお祭り状態になっていた。
 新人戦女子ピラーズ・ブレイク三回戦三試合、三勝。
 午後の決勝リーグを第一高校の出場選手で独占することになったのだ。
 バトル・ボードでもほのかが決勝に進んでいる。
 快進撃、という言葉に相応しい成績だ。
 ただ、一年生男子選手十名は、一緒に浮かれることなど出来ずにいた。
 女子チームの活躍にも関らず、男女合わせた新人戦のポイントは、二位の第三高校とそれほど差が付いていない。
 いつもどおりに戦えば女子にそれ程見劣りしない成績を収めることが出来るだけのメンバーを揃えていながら、気合が空回りしてミスから敗退、益々焦りを募らせるという完全な悪循環に陥っていた。
 そんな中、女子ピラーズ・ブレイクの三選手――深雪、雫、英美と、その担当エンジニアである達也は、本部天幕ではなく、ホテルのミーティングルームに呼ばれていた。
「時間に余裕がある訳じゃありませんから、手短に言います」
 呼んだのは、真由美。
 待っていたのは、彼女一人だった。
「決勝リーグを同一校で独占するのは、今回が初めてです。
 司波さん、北山さん、明智さん、本当によくやってくれました」
 丁寧に、静かに、慌てて、三者三様ではあったが、三人は同時にお辞儀して、真由美の賛辞に応えた。
「この初の快挙に対して、大会委員会から提案がありました。
 決勝リーグの順位に関らず学校に与えられるポイントの合計は同じになりますから、決勝リーグを行わず、三人を同率優勝としてはどうか、と」
 三人が顔を見合わせ、達也は皮肉げに唇を歪めた。
 どう建前を取り繕おうと、自分たちが楽をしたいという大会委員会の本音は丸見えだった。
「大会委員会の提案を受けるかどうかは、皆さんの意思に任せます。
 但し、あまり考える時間はあげられません。
 今、この場で決めて下さい」
 真由美の言葉に、英美がそわそわと目を泳がせ始めた。
 自分の力では、深雪にも雫にも勝ち目が無いことを、彼女はよく弁えていた。
 さっきまでは三位でも十分、と思っていたが、同率であっても優勝の可能性が出てきたとなれば、人の心理として色気を出すなと言う方が無理だ。
 深雪は、達也を見ていた。
 そして雫は、深雪を見ていた。
「……達也くん、貴方の意見はどうかしら?
 三人が戦うとなれば、貴方もやり難いと思うけど」
 なる程、真由美としては同率優勝で落ち着かせたいようだ、と達也は思った。
 確かにチームリーダーとしては、それが一番望ましい決着ではあるだろう。
「正直に言いますと、明智さんはこれ以上の試合を避けた方が良いコンディションですね。
 三回戦は激闘でした。
 あと一時間や二時間程度で回復できるとは思えません」
 まあ、達也としては、そんな思惑に慮る必要は感じない。
 ただ彼が知る事実を告げるだけだ。
「そうですか……
 明智さん、達也くんはこう言っていますが?」
「あ、あの、……私は今のお話を伺う前から、棄権でも構わないと思っていました。
 さっきから調子が悪いのは確かだし、司波君に相談して決めようって……司波君は私自身より、私のコンディションが分かっていますから」
 少し口調に後ろめたさが混じっているのは、大会委員会の思惑に便乗するのが狡いと感じているからだろう。
 落ち着きが無かったのも、主にこの所為だったようだ。
「そうですか」
 真由美は労わりを込めた微笑みで頷き、視線を深雪と雫に向けた。
「私は……」
 先に口を開いたのは、雫だった。
「戦いたい、と思います」
 強い意志が込められた瞳で、真由美の目を真っ直ぐ見返して。
「深雪と本気で競うことの出来る機会なんて、この先何回、あるか……
 私は、このチャンスを逃したくない、です」
「そうですか……」
 真由美は視線を床に落として、一つ息を吐いた。
「深雪さんはどうしたいですか?」
「北山さんがわたしとの試合を望むのであれば、わたしの方にそれをお断りする理由はありません」
 実は極めて気が強い性格の深雪であれば、こう答える事は真由美にも分かり切っていたことだった。
「分かりました……
 では、明智さんは棄権、司波さんと北山さんで決勝戦を行うことにすると大会委員に伝えておきます。
 決勝は午後一番になるでしょうから、試合の準備を始めた方が良いでしょうね」
 真由美の言葉に、真っ先に一礼したのは達也。
 ミーティングルームを出て行く彼の背中に、すかさず真由美へお辞儀した深雪と雫が続き、英美が慌てて「失礼します」と頭を下げた。

◇◆◇◆◇◆◇

 観客席は、超満員だった。
 新人戦女子ピラーズ・ブレイク決勝リーグは、決勝戦に看板を架け替えて、午後一番、他の競技とわざわざ時間をずらして行われることになった。
 一般客席だけでなく、関係者用の観戦席もギッシリ満員。
 そこには真由美と摩利に挟まれた達也の姿もあった。
 二人のCADの調整を済ませた達也は、深雪につくことも、雫につくこともなく、関係者用客席の最後列に席を取っていた。
 二人にもそう告げていた。
 二人とも頑張れ、という言葉と共に。
「でも本当は、深雪さんの方につきたかったんじゃないの?」
 しかし、折角の「良い話」をぶち壊しにするように、人の悪い笑みを浮かべて真由美がそう問い掛けた。
 どうも彼女は達也に対すると、小悪魔の度合いを増すようだ。
「ええ」
 それはきっと、こういう手応えのなさにムキになっている、という面があるのだろうが。
「……随分あっさり認めるんだな」
 偽悪家ではあるが素顔は真由美より余程善良――なのかもしれない――摩利が、既にパターンとなりつつあるため息交じりのツッコミを入れる。
「シスター・コンプレックスという言葉を知っているかね?」
「試合で肉親を応援するのが何故シスコンにつながるのか理解しかねますが?」
 そしてこれも恒例となりつつある、白々しい正論返し。
 しかし真由美たちも流石に学習しているようだ。
「うわっ、聞いた、摩利? この子、開き直っちゃったわ」
「重症だな。完治の見込みは無いんじゃないか?」
 いつもと違う「下級生イジメ」に、聞こえよがしの内緒話は本人を挟んでいては意味が無いんじゃないか、と達也は呆れ果てながら考えた。

 その様な幕間のコントは、最終幕が上がるまでの息抜きでしかない。
 それを証明するかのように、二人の選手がステージに上がると同時、客席は水を打ったように静まり返った。
 フィールドを挟んで対峙する二人の少女。
 片や、目に清冽な白の単衣に緋の袴。
 片や、目に涼しい水色の振袖。
 深雪は髪を縛っておらず、雫は襷を掛けていない。
 長い髪と振袖の袂が、夏の微風になびいていた。
 締め付けるような静けさが、二人の少女から放たれている。
 それは、純粋に魔法のみで競うこの競技に相応しい、熱狂を伴わない冷徹な「戦う意志」だった。
 始まりを予告するライトが点った。
 灯火が色を変え、開戦を告げる狼煙となった瞬間、
 同時に、魔法が撃ち出された。

 熱波が雫の陣地を襲う。
 だが氷柱はよく持ちこたえていた。
 エリア全域を加熱する『氷炎地獄』の熱波を、氷柱の温度改変を阻止する『情報強化』が退けているのだ。

 深雪の陣地を地鳴りが襲う。
 だがその震動は、共振を呼ぶ前に鎮圧された。
 自陣全域の振動と運動を抑えるエリア魔法が、地表・地下にも魔力を及ぼしたのだ。

 二人はお互いの魔法をブロックしながら、事象改変の手を敵の氷柱ピラーに伸ばしている。
 玄人受けする、専門家を唸らせる、互角の攻防――に、見える。
 だが当人たちは、そう考えていなかった。
(届かない……! 流石は、深雪!)
 雫の『共鳴』は敵陣から完全にブロックされている。
 それに対して、深雪の熱波は雫の陣地を覆っている。
 『情報強化』は魔法による対象の情報書き換えを阻止するもの。
 物理的なエネルギーに変換された魔法の影響は排除できない。
 魔法による氷柱自体の加熱は阻止できても、加熱された空気により氷柱が融け出すのは時間の問題だった。
(だったら!)
 雫はCADをはめた左腕を、右の袖口に突っ込んだ。
 引き抜いた手に握られていたのは、拳銃形態の特化型CAD。
 達也が雫に持たせた切り札だった。
 銃口を敵陣最前列の氷柱(ピラー)へ向けて、雫は左手でCADの引き金を引いた。

(二つのCADの同時操作!? 雫、貴女それを会得したの?)
 雫の左手に拳銃形態のCADが握られたのを見て、深雪の心に動揺が走った。
 複数のCADを同時に操る技術は、彼女の兄の得意技。「特異」技、と言ってもいいくらい、難度の高いテクニックだ。
 深雪も達也に複数CADの同時操作技術の習得を勧められていたが、彼女はそれを無理だと断っていた。
 魔法を暴走させてしまう自分が、サイオンの完全な制御を必要とする複数CADの操作技術に挑戦するのはまだ早過ぎると思っていたし、兄の得意技に手を出すのは畏れ多いような気持ちもあったからだ。
 しかし雫は、今、彼女の目の前で、二つ目のCADを手に取った。
 サイオン信号波の混信を起こすことなく、二つ目のCADで起動処理を完了させた。
 一瞬、深雪の魔法が止まった。
 魔法の継続処理が中断する。
 そこへ、雫の新たな魔法が襲い掛かった。

「『フォノンメーザー』!?」
 真由美が上げた悲鳴に、達也は「本当によく知っているものだ」と他人事のように感心した。
 深雪の陣地、その最前列の氷柱から白い蒸気が上がっている。
 今までの三試合、相手選手に触れさせもしなかった――魔法的な意味で――深雪の氷柱(ピラー)が初めてまともに攻撃を受けダメージを受けているのだ。
 『フォノンメーザー』――超音波の振動数を上げ、量子化して熱線とする高等魔法によって。
 達也が、深雪を倒す為に、雫に授けた作戦だが……彼の表情は冴えなかった。
 深雪がやられそうだから、ではない。
 結局この程度では、あの妹を凌駕することは出来ないと分かってしまったからだ。

 動揺は、ほんの一瞬だった。
 雫が新たな魔法を繰り出したのに合わせて、深雪も魔法を切り替えた。
 氷柱からあがる蒸気――氷の昇華が止まった。
 熱線化した超音波射撃を遮断した訳ではない。
 『フォノンメーザー』による加熱を上回る冷却が作用し始めたのだ。
 深雪の陣地がたちどころに、白い霧に覆われた。
 霧はゆっくりと雫の陣地へ押し寄せて行く。
 雫が『情報強化』の干渉力を上げたのが、深雪には分かった。
 だが、しかし。
(……残念だけど、甘いわ、雫)
 押し寄せる霧は「冷気」。
 温度変化――融解を妨げる魔法は、この攻撃には意味がない。

「……『ニブルヘイム』……だと?
 どこの魔界だ、ここは……」
 呻き声が、摩利の口から漏れた。
 達也としても、かなり共感できる部分があったが、言葉にはしなかった。
 広域冷却魔法『ニブルヘイム』。
 ダイヤモンドダスト(細氷)、ドライアイス粒子、そして時に液体窒素の霧すらも含む大規模冷気塊を生み出す魔法。
 そしてその威力は今、最大レベルに上げられていた。

 液体窒素の霧が雫の陣地を通り過ぎ、フィールドの端で消えた。
 雫の氷柱は、その一つの面――深雪が見ている面に、液体窒素の滴をびっしりと付着させ、その「足元」に「水溜り」を作っていた。
 深雪は『ニブルヘイム』を解除し、再び『氷炎地獄(インフェルノ)』を発動した。
 『情報強化』は、「元々其処にあった」氷柱に作用しており、「新たな」付着物には作用していない。
 気化熱による冷却効果を上回る急激な加熱によって、液体窒素は一気に気化した。
 その膨張率は、七百倍。

 轟音を立てて、雫の氷柱が一斉に倒れた。
 その轟音は、氷柱が倒れた音だったのか、足元を掘り崩された音だったのか、はたまた蒸気爆発そのものの音だったのか。
 氷柱はその表面が粉々に弾けていて、爆発の激しさを物語っていた。
 あるいはその光景に、呆気に取られていたのか、
 一拍遅れて、試合終了が告げられた。


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