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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第二章・新人戦編
2ー(13) 新人戦〜空中機雷〜
 大会四日目。
 本戦は一旦休みとなり、今日から五日間、一年生のみで勝敗を争う新人戦が行われる。
 各校の第一目標は総合優勝だが、新人戦のポイントも二分の一とはいえ総合順位ポイントに加算されるし、出場する一年生にとっては新人戦優勝こそが自分達の栄誉になる。
 気合いの入り方は本戦に劣るものではなかった。
 競技の順番は本戦と同じだ。
 本日の種目はスピード・シューティング(予選・決勝)とバトル・ボード(予選)。
 但し本戦とは違い、スピード・シューティングは午前が女子、午後が男子で、一気に決勝まで行うというスケジュールになっている。(これは本戦スピード・シューティングが開会式に引き続いて行われる為、午前中だけで決勝までを終わらせることが出来ないという理由によるもの)
 試合中にCADを調整することは出来ないが、選手の希望を聞いて試合と試合の合間に細かな調整を行うのは、エンジニアの重要な仕事だ。
 だからエンジニアは基本的に、試合時間中、担当する選手の傍に付いている。
 同一競技で同じ学校の選手が同時に試合をすることがなるべくないように、大会委員会で調整はされている。
 だがアクセル・ボールの様に一日の試合数が多い競技では、どうしても時間が重なることもあり、エンジニアもメインとサブの二人がつく。
 同じ競技でもこのようなことが起こるのだから、一人のエンジニアが同じ時間帯に行われる別の競技を同時に担当することは出来ない。
 試合順の関係で、結果的に試合時間が重ならなかったとしても。

◇◆◇◆◇◆◇

「ほのかは最終レースか……」
「ハイ! 午後のレースですので、女子のスピード・シューティングとは重なりません!」
 ニコニコと笑いながら、ヒシヒシとプレッシャーを掛けて来るほのかを、達也は先程から持て余し気味だった。
 達也が担当する競技は女子スピード・シューティング、女子ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットの三種目。
 女子の競技ばかりなのは、彼が女(たら)しだから、では勿論なく、一年生男子選手の方で達也に対する反発が強かったからだ。
 ――無論それだけではなく、一年生女子選手の一部から強い要望もあったのだが。
 例えば、深雪とか、ほのかとか、深雪とか、ほのかとか、深雪とか。
 ……つまりは、この二人が熱心にアピールしたということなのだが。
 しかしここで一つ、問題が生じた。
 深雪の魔法力に最も向いている競技はピラーズ・ブレイク。
 彼女が振動減速系統を得意としていることは、生徒会役員もクラスメイトも知っている。
 何と言っても、無意識に冷却魔法を発動させる程なのだ。(真由美たちはその現場を見ている)
 深雪はピラーズ・ブレイクと、花形競技であり各校とも女子のエースをエントリーしてくるミラージ・バットに出場させるとして、問題は、ほのかを何に出すか、という事だった。
 一年生女子の中では深雪、雫に次ぐ実技優秀者のほのかだが、彼女の魔法力は、実は余りスポーツ系魔法競技向きではない。
 全ての系統をそつなくこなし、複雑な工程の魔法式も然程苦労することなく組み上げる。どちらかと言えば、ほのかは研究者タイプなのである。
 得意魔法を敢えて挙げるとすれば光波振動系統の幻影魔法だが、同じ振動系統でも大出力の振動・加速系を得意とする雫の方がピラーズ・ブレイクには向いている。
 達也が深雪を担当するのは、最初から決定事項。この事に異議を唱える蛮勇の持ち主は上級生にもいなかった。
 従って、達也に担当してもらうことを望むなら、深雪と同じ競技にエントリーするのが一番確実なのだが、ナンバーワン、ナンバーツー、ナンバースリーの選手を同一競技に出場させるのは、作戦上得策ではない。と、言うか……無理だ。
 ではピラーズ・ブレイクと試合が重ならない競技に、ということになるのだが、残念ながらスピード・シューティングも雫の方に適正がある。元々競技日程は、選手が得意分野にエントリーできるように、と考慮されて決められているのだから、最初から仕方のないことなのだ、とも言える。
 作戦上の要因も重なり、結局ほのかの出場種目はバトル・ボードとミラージ・バットに決まった。(作戦スタッフはバトル・ボードとアクセル・ボールの組合せを第一案としたのだが、本人の希望と彼女の意を汲んだ友人たちの口添えで、一種目は深雪と同じ競技になったのだった)
 ……このような事情があったので、「試合時間が重ならない」ことを盛んにアピールするほのかが、本当は何を言いたいのかは、達也にも察しがついた。
 だが例え時間的に可能でも、チーム事情として今更エンジニアの担当替えは無理なのである。それに、今日は大丈夫でも六日目――新人戦としては三日目――のピラーズ・ブレイクとバトル・ボードの試合が重ならないという保証はどこにもない。
 この程度のことは、ほのかにも分かっているはずなのだが……
 今日に限って何故か助け船を出そうとしない妹にも込みでため息をつきながら、達也は二股男の言い訳のような台詞を口にした。
「……本当はCADも診てやりたいんだが、それは無理だから、せめてレースは傍で観ていることにするよ」
「本当ですか!? 約束ですよ!」
 誰かがクスリと笑った。達也には誰の声だか分かっていたが、彼の意識はそれを分からなかった振りをすることを選択した。
 端から見れば、彼は紛うことなく「女誑し」である……のかも、知れなかった。

◇◆◇◆◇◆◇

 当事者にとっては決して「些細な」では片付けられない幕間劇であっても、メインストーリーからすれば所詮、サイドエピソード。
 幕が上がれば、意識をそこに集中しなければならない。
 最終チェックを終えた、スピード・シューティング専用の細長い小銃形態CADを手渡して、達也は雫にコンディションを確認するよう指示した。
 CADは魔法師からサイオンを吸収し、サイオン情報体である起動式を送信する。
 この交信機能にトラブルが生じると、他の部分をどれほど巧みに仕上げていても役に立たない。
 ハード的な交信障害があれば予備機に交換しなければならないし、ソフト的なバグがあれば大急ぎで手直しする必要がある。
「んっ……万全。
 自分のより快適」
 顔にも声にも表情が乏しいので、雫とコンビを組んだ当初は、どの程度本気か嘘か戸惑うこともあったが、今では達也も大分慣れてきた。
 彼女は基本的に嘘は言わない。
 都合の悪いことは黙秘するだけだ。
「達也さん、やっぱり雇われない?」
 ただ、未だにこういう、本気か冗談か判断がつき難いことを言い出す点には慣れることが出来ない。
「……この試合直前に冗談を言う余裕があれば大丈夫だな」
「冗談じゃ無いよ」
「…………」
 ちなみに彼女が何を言っているかというと、「自分と正式にCADメンテナンス契約を結ばないか」という意味である。
 雫が「雇われないか」と達也に訊くのは、既に十回を超えている。彼女の性格からして同じ冗談を繰り返したりはしないだろう、と達也も思うのだが、どうにも本気とも思えないのだ。
「専属じゃなくていいから」
 競技用CADのアレンジの参考にする為、一度見せてもらった彼女のCADは、達也にも手を加える余地が無いくらい巧みに調整されていた。
 それもそのはず、雫のCADをメンテナンスしているのは、現在この国で五指に入ると言われている有名魔工師だった。
 雫の、と言うより、北山家の、と言った方が、より正確ではあるが。
 最初に聞いたときは達也も意外感を禁じ得なかったのだが、雫の家は、いわゆる「大富豪」なのである。
 もっとも北山家は、十師族や百家のような、魔法師の名門という訳ではない。
 一流の魔法師である母親が大富豪の跡取り息子に見初められて、すったもんだの末にゴールインした、という事情で、父方の家系に魔法師はいないし、年の離れた弟も実用レベルと言える程の魔法の素質は持ち合わせていないそうだ。
 その所為なのかどうなのか、父親の雫に対する――雫の魔法の才能に対する入れ込みようは、常軌を逸しているらしい。
 雫がモノリス・コードに嵌り込んだのも、父親が財力にものを言わせた魔法競技観戦ツアーを毎年組んでいた結果なのだそうだ。
「……何度も言っていると思うが、その件は俺がライセンスを取ってからな?」
 達也が何の返事もしないうちから雫が提示した契約金と作業料は、トーラス・シルバーとして巨額と言える収入を得ている達也から見ても、破格のものだった。
 彼がただの脛かじり学生だったら、目が眩んでいたに違いない程に。
 だがこうして学校行事の一環として無報酬で調整を行うのと、報酬を受け取って本物の仕事として調整を行うのとでは訳が違う。
 ライセンスが無くとも違法ではないが、世間的に「モグリ」であることに間違いはないのだから。
「分かった」
 いつものように(・・・・・・・)雫は聞き分け良く頷いて見せた。
 だが本当はどこまで理解しているのか、疑わしいものだった。

 雫本人にとってはどうと言うことも無かったかもしれないが、達也にとっては試合の直前に、大幅に緊張感を殺がれる会話だった。
 まあ、選手に悪影響が無ければ、それで良いのかもしれないが。
 作戦は事前に何度もミーティングを重ねた。
 達也が雫の為に考案し、その為のCADを組んだ秘策もある。(「秘策」の出番は対戦型となる決勝トーナメントからだが)
「いよいよだな、雫」
「うん」
 出番を前にして、言うべきことは一つしかない。
「よし、頑張れ!」
「ウン、頑張る!」
 単純だが、それこそが最後の作戦なのである。

◇◆◇◆◇◆◇

「隣、空いてる?」
「アラ、深雪。
 空いてるわよ。どーぞドーゾ」
 実は先程から同じ問い掛けが繰り返されていたのだが、訊ねてくる相手が下心の見え隠れするヤローどもばかりだったので(レオと幹比古が隣に座っているにも関らずである!)、殺気を乗せた嘘八百で(ことごと)く追い払った結果の空席だった。
「レオ、あっち」
「……つくづく偉そーな女だな、お前って……」
 ボヤキながらも素直に席を立ち、レオは深雪たちの更に外側へ回り込んだ。
 無論、軟派除けだ。彼はこう見えても(?)紳士なのである。
 ――最初からそうしなかったのは、エリカがレオの隣を拒否し、幹比古がエリカの隣を拒否した為だったりする。
 深雪はレオにお礼を述べて、一つずつずれた席に腰を下ろした。
 レオが微妙に照れているのは、深雪に笑顔を向けられたからというより、ほのかの隣になったからという要因が大きい。ほのかも世間的に見れば十分「可愛い」と評価される容姿の持ち主であり、レオはエリカや深雪ほどにはほのかと親しくしていない。
 相手の容姿よりも親密度が顔色に反映する当たり、硬派と言うか純情と言うか、評価の分かれるところだろう。
「……ほのかさん、準備はいいんですか?」
「大丈夫です。私のレースは午後だから」
 美月に問われて、ほのかは少し、硬い笑顔で答えた。
「ほ・の・か。
 今から緊張していては、試合までもたないわよ?」
「うっ、分かってるんだけど……」
「大丈夫よ、ほのかなら。
 お兄様もそう仰っていたでしょう?」
「う、うん……」
「レースのことを考え過ぎないように、こちらを観に来たのでしょう?
 今は、雫の応援をしましょう」
「……ウン、そうよね」
 必要以上に強く頷く仕草から、到底緊張を紛らせ切れていないことが窺われた。
 生真面目で思い込みが強い性格だから、緊張するなと言う方が無理なのかもしれない。
「……あの、私、余計なこと言いましたか?」
 そして美月の繰り出す悪意の無い追い討ちに、ほのかの顔が、僅かに引きつった。

◇◆◇◆◇◆◇

 そんな一年生たちの、ある意味初々しい一幕が繰り広げられている客席から少し離れたところに、生徒会プラス風紀委員長の三年生トリオは陣取っていた。
「摩利、寝てなくて良いの?」
「病気じゃないんだ。暴れなければ問題ない。
 それより真由美の方こそ、テントに詰めていなくて良いのか?」
「大丈夫よ。
 何キロも離れている訳じゃないんだし、何かあったら知らせてくるでしょ」
 そう言って真由美は、頬に掛かる髪をかき上げて見せた。
 露わになった耳には音声通信用のレシーバーが引っ掛けられていた。
「しかし、真由美だけならともかく市原まで一緒に席を外すのはどうかと思うが」
「問題ありません。
 今日の私は強制オフみたいなものです」
「……お前の冗談は相変わらず分かりにくいぞ、市原……」
 ニコリともせず返された答えに、一瞬、参謀の役目を事実上取られてしまったことに不満があるのかと摩利は疑ってしまった。
 無論、そんなはずがないことは摩利も知っている。
 鈴音は作戦スタッフの総責任者だが(と言っても作戦スタッフは四人しかいないが)、個々の作戦立案は分業体制に従っている。
 最も大きな担当分けとしては、男子の試合は男子のスタッフが作戦を立て、女子の試合は女子のスタッフが作戦を立てる。
 本日の競技では、女子スピード・シューティングが鈴音の担当種目だ。
 ――が、元々この競技は余り細かな作戦が入り込む余地の無い、能力任せの色合いが強いもの。
 力任せ、と言ってもそれほど的外れではない。
 参謀が関与する部分があるとすれば、選手の特性に応じた魔法種類の選択と、それに合わせたCADのセッティング傾向になるのだが……この部分については技術スタッフの仕事と重なる領域だ。
 そして一年女子スピード・シューティングの魔法種類選択とCADセッティングは、計画から実行まで達也が全て一人でやってしまっていた。
 とはいっても、そのプランについては事前に鈴音も了解済みだ。
 また彼女は、この程度のことでへそを曲げるような性格ではない。
「さて……考えてみれば、アイツのエンジニアとしての腕を実戦で見るのはこれが初めてだな」
「そうね。
 私のときは、本当にお手伝い程度だったし。
 彼が一から調整したCADがどんな性能を見せてくれるのか、楽しみだわ」
「北山さんを始めとして、選手からはとても好評のようですが」
 鈴音の言葉に誇張は無かった。
 一科生のみで構成される一年女子の選手団には当初、深雪、ほのか、雫の三人を除けば、同学年のしかも二科生に自分のCADの調整を任せることに対してアレルギーに近い抵抗感が、大なり小なり見られた。
 だが彼が調整したCADで何回か練習を重ねるに連れて、そんなマイナス感情はすっかり消え失せていた。
 その激変振りは、「吹っ飛んでしまった」という方が適当かもしれない。
「今日も自分のCADを持ち込んでいる選手がいたようですし」
「おいおい……競技に差し支えるんじゃないか?」
「その辺りは司波君の方で上手く調整しているみたいですね。
 サービスしてあげるのは試合が終わってからのようですよ」
 サービスというのは、CADの調整のこと。
 達也が調整した競技用CADを使った選手が、私用のCADの調整まで持ち込んでくるようになったのだ。
 それも、一人や二人ではなく、一年生女子選手のほぼ全員が。
「地道にファンを増やしているのね」
「変なところで人が好いんだな」
 真由美と摩利が、顔を見合わせてクスッと笑い合った。

◇◆◇◆◇◆◇

 もし達也が真由美の「ファンを増やしている」発言を聞いていたなら、苦い顔で否定したことだろう。
 事実懇親会では、彼女たちから避けられていたのだ(と達也は感じていた)。
 だが言うまでもなく、彼はそのような「順風耳」など持ち合わせていない。
 それに彼の注意は、雫の立つシューティングレンジに集中していた。
 彼には、美月のような「目」は無い。
 しかしその代わり、達也には情報構造を読み取る力がある。
 自分で一から調整したCADの情報構造は、全て頭に入っている。
 そこに少しでも手が加われば、その「手」を知覚できなくてもその「結果」を認識することが彼には出来る。
 ――雫が構えを取った。
 スタートのランプが点り始めた。
(どうやら今回は大丈夫のようだな)
 尚も「眼」を逸らすことなく、達也はそう思った。

◇◆◇◆◇◆◇

 ランプが全て点った瞬間、クレーが空中に飛び出した。
 得点有効エリアに飛び込んだ瞬間、それは、粉々に粉砕された。
 次のクレーはエリアの中央で砕け散った。
 次はエリアの両端で、二つ同時に破砕された。
 雫の視線にブレは無い。
 ただ正面を真っ直ぐ向いていて、飛び込んでくる標的を見ていないようですらある。
「うわっ、豪快」
「……もしかして有効エリア全域を魔法の作用領域に設定しているんですか?」
「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に振動波を与える魔法で、標的を砕いているんです。
 内部に疎密波を発生させることで、固形物は部分的な膨張と収縮を繰り返して風化します。急加熱と急冷却を繰り返すと硬い岩でも脆くなって崩れてしまうのと同じ理屈ですね」
「より正確には、得点有効エリア内にいくつか震源を設定して、固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させているのよ。魔法で直接に標的そのものを振動させるのではなく、標的に振動波を与える魔法力の波動を作り出しているの。
 震源から球形に広がった波動に標的が触れると、仮想的な振動波が標的内部で現実の振動波になって、標的を崩壊させるという仕組みよ」
 ほのかと深雪が二人掛かりで行った丁寧な解説に、美月は(しき)りと頷くばかりだった。

◇◆◇◆◇◆◇

「……という仕組みですね」
 偶然か必然か、同じ会話が同じタイミングで、三年生トリオの間でも交わされていた。
「ご存知のとおりスピード・シューティングの得点有効エリアは、空中に設定された一辺十五メートルの立方体です。
 司波君の起動式は、この内部に一辺十メートルの立方体を設定して、その各頂点と中心の九つのポイントが震源になるように記述されています」
 解説役は達也から調整プランを見せられている鈴音だ。
「各ポイントは番号で管理されていて、展開された起動式に変数としてその番号を入力すると、震源ポイントから球状に仮想波動が広がります。
 波動の到達距離は六メートル。つまり一度の魔法発動で、震源を中心とする半径六メートルの球状破砕空間が形成されることになります」
「……余計な力を使っているような気もするが……北山は座標設定が苦手なのか?」
「確かに精度より威力が北山さんの長所ですが……」
 摩利の問いに答える鈴音の顔は、彼女のデフォルトとも言うべきクールなポーカーフェイスのままだ。
 しかしその目の中に、同情交じりの苦笑の影が垣間見えた。
「この魔法の狙いは精度を補うことではなく、精度を犠牲にする代わりに速度を上げることにあります」
「……つまり、その気になればもっとピンポイントな照準も可能という事よね?
 どういうことかしら?」
「この魔法の特徴は、座標が番号で管理されているという点です」
 視線を正面に――試技中の一年生に戻して、鈴音は説明を始めた。
 すらすらと繰り出される答えは、彼女も以前に同じ質問をして既に回答を得ていたから、だろうか。
「スピード・シューティングは、選手の立つ位置と得点有効エリアの距離、方向、エリアの広さが常に同じです。
 ですから、この魔法で設定する必要がある震源ポイント、その位置決めをする仮想的な立方体と選手の距離、視野角も常に一定です。
 故に、座標を変数として毎回入力する必要は無く、起動式に選択肢の形で組み込んでおいて、発動時にはその番号を指定するだけで魔法を発動させることが出来ます。
 この程度の粗い狙いであれば、CADの照準補助システムでその時に最適なポイントを自動的に選び出すことも可能です。
 そしてこの魔法は、威力も持続時間も、変える必要がありません。実際にそれらは、起動式で定数として処理されています。
 つまり選手は、CADの補助に従ってポイントを設定するだけで、ほとんど変数入力を意識することなく、事実上ただ引き金を引くだけで、標的を破壊することが出来るのです」
 試技は終盤に差し掛かっていた。
 撃ち漏らしはまだ、一つも無い。
「制御面で神経を使う必要がありませんから、魔法を発動することだけに、演算領域のポテンシャルをフル活用することが出来ます。
 連続発動もマルチキャストも思いのままです」
 試技時間が終了した。
 結果は、パーフェクト。
「魔法の固有名称は『能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)』。彼のオリジナルだそうですよ。
 まあ、色々な要素が詰まっている分だけ大きな起動式になりますから、北山さんの処理能力があってこその魔法ですが」
「……真由美の魔法とは、発想がちょうど逆だな」
「……よくもこんな術式を考え付くわね」
 真由美の声には、感心の成分よりも呆れ声の成分の方が多く含まれていた。
「しかし……面白いな。
 空中に仮想立方体を設定するのではなく、自分を中心にした円を設定して、その円周上に震源を配置すれば全方位に有効なアクティブ・シールドとして使えないかな?」
「持続時間が問題ね。
 短すぎるとタイミングが難しいし、長すぎると自分が巻き込まれる可能性が出て来るわよ?」
「そこは術者の腕次第だ。お前の言うとおり、タイミングを見極めることが出来れば持続時間は短く出来る。
 ……よし、早速今晩にでもアイツを捉まえて、あたしのCADにインストールさせよう」
「……試合の邪魔にならないようにね」
 今度はハッキリ、呆れ声の純度、百パーセントだった。

◇◆◇◆◇◆◇

「お疲れ様」
 シューティングレンジから引き上げて来た雫に、達也はタオルを渡しながら労いの言葉を掛けた。
 エンジニアはマネージャーではないので、タオルの手渡しまでする必要は無いのだが、彼にはそんな、ちっぽけなプライドの持ち合わせは無かった。
「何だか拍子抜け」
 斜に構えている訳ではなく、本当にそう感じているのだろう。
 額に軽く滲んだ汗を拭きながら、雫の表情は物足りなげだ。
 だが同時に、喜びも隠し切れていない(隠す気も無いのだろうが)。
 新人戦の予選突破ラインは、毎年大体、命中率八十パーセント前後。
 皆中ならばそれ以上の得点は無いのだから、ボーダーラインに関係なく、当然決勝トーナメント進出となる。
「死角を突かれることは無いと思っていたが、予想通り、そんな意地の悪い軌道設定はされていなかったな」
 雫に使わせた魔法は、有効エリアの全てをカバーしていたわけではない。
 外縁部を掠めるようにして、死角が存在する。
 しかし、クレー投射機の性能から見て、そのようなギリギリを狙う軌道設定はされていないだろうと予測していた。
 もしクレーが有効エリアを通過しなかったら、公平を期する為にその試技はやり直しとなり、大会委員の失態となる。
 競技の性質上、これは必要の無いリスクだ。
 そこまで読んだ上の作戦なのだからそれほど心配はしていなかったが、実際に裏もかかれず上手く行ってみると、やはりホッとするものだ。
「達也さん、心配し過ぎ。
 ふるい落としの為に、わざわざ死角を突かなければならない程、新人戦のレベルは高くないよ」
 雫の言い分はもっともだ。
 達也は自分の気分を切り替えて、雫の気分の切替にかかった。
「まずは予定通り。
 だが準々決勝からは対戦形式だ。
 CADの調整は朝のうちに済ませてあるから、感触を確かめておいてくれ」
「分かった」
 予選と決勝トーナメントでは試合形式が違うので、使用する魔法も変えてくるのが普通だ。
 そして競技用の特化型CADは、魔法の種類に応じてCAD自体も変えるのが一般的。
 達也はこれから次の選手――次の次の試合の準備に入る。
 雫は、決勝トーナメント用のCADが保管されている天幕へ、一人で向かった。

◇◆◇◆◇◆◇

「三人とも予選通過か……」
 一高本部の天幕に戻った真由美の元へ、スピード・シューティングの予選結果が届けられていた。
「今年の一年女子はレベルが特に高いのか?」
 決勝トーナメントに進出するのは、予選二十四名の内、八名。
 その八名に同じ学校からエントリーした三名が共に入っているというのは、本戦、新人戦を通じて、過去にも余り例が無い。
「摩利、分からないフリはやめたら?」
 真由美から質問をツッコミで返された摩利は、無言で肩をすくめてみせた。
 お手上げ、のポーズである。
「バトル・ボードの方はどうなっているのかしら?」
 真由美の問い掛けに、鈴音がわざわざ端末を取り出して確認する。(「わざわざ」というのは、本当は既に頭に入っているからだ)
「男子は二レースを終了していずれも予選落ち、女子は一レースに出場して予選突破です」
「男子はあと一人か……女子の方では、最終レースの光井さんが予選突破確実でしょうから……こっちもあーちゃんが頑張ってるからかな」
「当校ももう少し、技術者の育成に力を注ぐべきかもしれんな」
 同じ成績表を見ていた克人が、苦味の混じった声で、言葉を挿んだ。

◇◆◇◆◇◆◇

 スピード・シューティングの準々決勝は四つのシューティングレンジを使用して行われる。
 決勝トーナメント進出の八名が全て別々の学校であれば、四試合が同時に行われるが、同じ学校の選手が含まれている場合、試合が重ならないように時間が調整されることになる。(準々決勝では、同じ学校の選手同士の対戦は無い)
 とは言っても、同じレンジで一試合ずつ行う準決勝に比べ、各試合のインターバルはどうしても短くなる。
 今回の第一高校女子チームのように、三名が準々決勝に進出すると、エンジニアは非常に忙しい思いをすることになるのだ。
「……達也さん、大丈夫?」
 最後の順番に回された雫は、控え室(天幕の中だから厳密には「室」とは言えないが)に駆け込んできた達也を見て、思わずそう声をかけた。
 心做こころなしか、雫には達也が少し息を切らしているようにも見えた。
「大丈夫」
 短くそれだけを答え、達也はCADの最終チェックを始めた。
 雫が見守る――と言うよりジッと凝視している前で、調整機のモニターを高速スクロールさせ、異常個所が無いことを確認して、達也はようやく雫へ目を向けた。
「分かっていると思うけど、予選で使った物とは全くの別物だ。
 時間は無いが、少しでも違和感があったら可能な限り調整するから遠慮なく言ってくれ」
 達也から受け取ったCADで一旦構えを取り、二、三回、トリガーに指を掛けては離すという仕草を繰り返して、雫はCADを下ろした。
「そんなの、無いよ。
 寧ろしっくり来過ぎて怖いくらい」
「そうか」
 実際に胸を撫で下ろしたりはしないが、ホッとした顔で緊張を緩めた達也に、雫は随分気合の入った顔を向けた。
「二人とも、勝ったんだよね」
「ああ」
 二人とも、というのは先に試合をしたチームメイトのことだ。
 雫と同じく決勝トーナメントに進んだ二人は、いずれも準決勝に勝ち上がりを決めている。
「大丈夫」
 もう一度、異なる意味で、同じ言葉を達也は使った。
「いつも通りにやれば、雫も勝てるさ」
「もちろん」
 そして雫も、いつもと同じく簡潔に、いつもと違って力強く頷いた。
「優勝する為のお膳立ては、全て達也さんが整えてくれたんだから、あとは優勝するだけだよ」
「その意気だ」
 少々気の早い優勝宣言を敢えて修正したりせず、達也は雫を笑顔で送り出した。

◇◆◇◆◇◆◇

「いよいよ雫さんの出番ですね」
「コラコラ、美月が緊張してどうするの」
「だって、エリカちゃん、ドキドキしない?
 これで雫さんが勝てば、当校から三人がベストフォーに進むことになるのよ」
「あんまり興奮しすぎて倒れないようにね?
 雫は間違いなく勝ち抜くから」
 自信たっぷりに断言した後で、「だから深呼吸でもして落ち着きなさい」と深雪からからかい混じりに促された美月は、何も考えず素直に深呼吸を繰り返した。
「……これも一種のお約束かしら……」
「……美月さんって時々お茶目よね……」
 深呼吸の成果と言うより、深雪とほのかに全く心配している様子が見られないのを間近で感じて、美月もようやく落ち着きを取り戻した。
「今度はどんな工夫を見せてくれるのかな」
 幹比古の声が少し弾んでいるのを耳に留めて、エリカがオヤッという表情を見せた。
「そうだよな。今度は何が飛び出してくるのか、予想がつかないぜ」
 だが実際に声に出して応えたのは、レオだった。
「まるでビックリ箱だよ、彼の頭脳は」
「言えてる」
 エリカにとって、幹比古が魔法に対して前向きな興味を示したのを見るのは随分久し振りだった。
 この変化は、単に他人の(・・・)試合を見ただけ(・・・・)でもたらされるものとは、彼女には思えない。
 自分の知らないところで、達也と幹比古の間に何があったのだろうか……声に出さず、エリカはそんな事を考えていたのだった。
「えっ!? あれって……?」
 その思惟は、意識を向けていた当の本人が上げた、調子外れな声に破られた。
「どうしたんだよ?」
「あのCAD……」
 幹比古の視線は、雫が襷掛けにストラップでぶら下げ、脇下に抱え上げたCADに向けられている。
 小銃形態のCADは一見、ストラップがついている以外は、他の選手が使用している競技用の物と大差が無いように見える。
 だが実弾銃の機関部に当たる部分が、他の選手が使用している物に比べて幾分厚みを帯びていた。
 幹比古の流派では、元来CADをそれほど重視しない。
 未だに呪符による術式の発動が主流だ。
 だが去年の事故以来、幹比古は取り憑かれたように現代魔法の技術について学んだ。
 失ったものを、補う為に。
 その成果は、定期試験の成績にも表れている。
 CADについても、並みの現代式魔法師より詳しくなったという自負が、幹比古にはある。
 その彼の目に間違いが無ければ……
「あれって……汎用型?」
「えっ、マジ?」
「えっ、でも、あれは」
「小銃形態の汎用型ホウキなんて聞いたこと無いよ?
 第一、照準補助システムと汎用型の組み合わせなんて、技術的に可能なの?」
 次々に上がる、当然な疑問。
 だが幹比古は自信を持ってかぶりを振った。
「でもあの、トリガーの真上に配置されたCADの本体部分は、FLTの車載用汎用型CAD『セントール』シリーズに間違いないよ。
 セントール・シリーズは本体にインターフェイスを持たず外部の入力機器につないで使用するタイプだけど、その為のコネクターでグリップと照準補助装置につないでいるんだ」
「よくお分かりですね」
 ニコッと笑って振り向いた深雪の一言が、幹比古の観察を裏付けた。
「えっ? じゃあ、アレって」
「そうよ、エリカ。
 あれはお兄様のハンドメイド。
 汎用型CADで照準補助システムを利用する為にお作りになった物よ」
 深雪が得意げに返した答えに、自身も特殊形状のCADをオーダーメイドして、その手間を知っているエリカは絶句した。
「……もう驚く気にもなれんのだけど……
 一体、何の為に?」
「もちろん、試合の為ですよ」
 簡潔に告げられたほのかの答えは、レオの、そして他の三人の疑問に対して十分なものではなかった。
 だが、それに続く説明はなかった。
 示し合わせたように息を呑み、六人の視線が前へ向いた。
 競技開始のシグナルが点り始めていた。

◇◆◇◆◇◆◇

 紅白のクレーが宙を舞う。
 紅に塗られた三つのクレーが軌道を曲げ、有効エリアの中央に集まって衝突し、砕け散った。
「移動系……いえ、違うわね。
 収束系?」
 各校が本部に使っている天幕には、進行中の全競技を映し出すことが出来る大画面の多段階分割モニターが設置されている。
 そのモニターをほぼ一杯に使って、真由美と鈴音は雫の試合を観ていた。
「ご名答です」
 今度は有効エリアの奥を飛び去ろうとしていた紅のクレーがエリア中央に吸い寄せられて砕け散った。
「今のは予選で使った魔法よね……?」
「はい。収束系魔法と振動系魔法の連続発動ですね」
 白いクレーは二つずつ、衝突によって破壊されている。
 移動系魔法により標的自体を弾丸として、他の標的にぶつけるオーソドックスな戦法。
 だが先程から、エリア中央付近で頻繁に的を外している。
 外縁部ではほとんど命中させているから、本人の技術的な未熟の所為というより……
「……有効エリア内を飛び交うクレーをマクロ的に認識して、中央部における紅色のクレーの密度を高める収束系魔法の影響で白のクレーが中央部からはじき出されているのは分かるんだけど……」
 収束系魔法は、魔法式で定義した空間内に存在する、魔法式で定義した「情報」を持つ対象を、魔法式で定義した座標に選択的に集める魔法。これを物質に対して使用した場合、対象物質の密度を高めると同時に、対象物質以外の物質の密度を低下させる効果を持つ。
 例えば真由美が使用したドライアイスの弾丸を作って飛ばす魔法も、十分な弾数を得る為に初期工程で二酸化炭素を集める収束系魔法を組み込んでいる。
 この際、一箇所に集められた二酸化炭素がそれ以外の気体を押し除けて、二酸化炭素密度の高い空間が作り出されている訳ではなく、指定された座標に二酸化炭素が流れ込み、同時に(・・・)それ以外の気体が流れ出して行くのである。
 この魔法の気体分子をクレーに置き換えたのが、雫の使っている魔法だ。
 特定の空間――この場合、有効エリアの中央部――の情報を「紅色のクレーが集まっている空間」に書き換える収束系魔法。
 より具体的には、得点有効エリアをすっぽり覆って尚余る二十メートル四方の空間を「中央部に近づくほど紅色のクレーの密度が高い空間」に改変する魔法。
 空間の体積は巨大だが、同時に飛んでいるクレーの総数が少ないので、術者の負担はそれ程でもない。
 改変の対象は空間そのものではなく、その空間内に存在するクレーの分布だからだ。
 紅のクレーは魔法式による情報改変によってエリアの中央部へ引き寄せられ、白のクレーは中央部を横切る軌道から外される。
 相手選手が直接干渉しているクレーはこの副次的な干渉の影響を受けないが、相手選手がぶつけようとしている「的」の側のクレーは、相手選手の魔法によるコントロールを受けている訳ではないので、雫の魔法の影響により軌道が変わって、その結果、相手選手が的を外すという現象が起こっているのである。
「でも、最後の振動系が発動したり発動しなかったりしているのは何故?」
 複数の標的が集まった場合は、そのまま中心部で衝突させて壊している。
 飛翔中の紅色のクレーが一つだけの場合に限って、振動系の破砕魔法が行使されている。
 一つの魔法として構成されているなら、振動系魔法で標的を破壊するという最終工程が、発動したり発動しなかったりするのはおかしいのだ。
「標的が複数の場合、振動系が発動する前に衝突するようにスケジュール設定されているのかしら……?」
 口に出した推論を自分でも信じていないのは、真由美自身の口調が物語っている。
 そんな時間差を設けるメリットは、何も無いのだから。
「会長、私は『収束系魔法と振動系魔法の連続(・・)発動』と申し上げましたが」
 少し人の悪い笑みを含んだ声で、鈴音が真由美の勘違いを正す。
 真由美はその言葉の意味を即座に理解した。
 そして反射的に、反論の声を上げた。
「嘘! 特化型は系統の組合せが同じ起動式しか格納できないはずよ!?」
「お疑いはもっともですが、あれは特化型ではなく、汎用型CADです」
「そんなのありえない!
 汎用型CADと特化型CADは、ハードもOSもアーキテクチャからして違うものよ。
 そして照準補助装置は、特化型のアーキテクチャに合わせて作られているサブシステム。
 汎用型CADの本体と照準補助装置をつなぐことなんて、技術的に不可能なんじゃない?」
 真由美の語勢は徐々に落ち着いたものになって行ったが、紅潮した頬にまだ醒め切れぬ興奮の影が窺われる。
 鈴音の笑みも、穏やかで大人びた、相手を落ち着かせる様なものに変わっていた。
「私もそう思っていました。
 ですが、実際は可能でしたね。
 これは司波君のオリジナルではなく、ドイツで一年前に発表されたものだそうですよ」
「……一年前なんて、ほとんど最新技術じゃない」
「この程度のことで驚かない方が良いですよ、会長。
 彼に口止めされていますが、もっとすごい最新技術を司波君は用意していますから」
「ハァ……まあ、秘密というなら訊かないけど。
 でも、リンちゃんには話して、私には話せないなんて、チョッとショックかも」
「会長は選手ですから。
 きっと彼は、会長を動揺させたく無かったのでしょう」
「まぁね……
 こんな術式があるなんて事前に知らされていたら、確かに動揺したかも」
 ため息を吐いて視線を戻したモニターの角に、残り時間と両選手の得点が表示されている。
 残り時間僅かで、勝利は既に確定していた。

◇◆◇◆◇◆◇

(残り三十秒)
 この二週間、何度と無く繰り返し、積み重ねた練習により、体感時間で五分の競技時間を正確に測れるようになっている。
 雫は、ゴーグルに映し出される青い球体の内側に紅のクレーが飛び込んだ瞬間、CADの引き金を引いた。
 標的は速やかに砕け散る。
 保護ゴーグルを照準器として利用することは大会規定で認められている。寧ろ、そのようなギミックを仕込んでいない選手の方が稀だ。(自前の照準手段を持っている真由美の様なケースは別として)
 だが、標的に狙いをつける為ではなく、空間を仕切る為にHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)の機能を組み込んでいるのは、おそらく雫くらいのものだ。――いや、達也くらいのものだ、と表現した方が正確か。
 何から何までオーソドックスなノウハウとは異なる仕掛けを提案してくる達也に、雫も最初は戸惑った。
 しかし、実際の競技経験が無いことが逆に幸いしたのか、慣れるまでに時間は掛からなかった。
 そして慣れてしまえば、これ以外の装備、これ以外の術式が考えられない程、雫のフィーリングにピッタリとマッチした。
 とにかく、楽なのだ。
 魔法行使に伴うストレスを、ほとんど感じない。
 雫は自分が細かい制御を不得手としている、ということを自覚している。
 だから彼女がこれまでCADエンジニアにリクエストしてきたのは、細かな設定をスムーズに行えるようアシストする機能だった。
 ある程度スピードを犠牲にしても、確実に魔法を照準し、確実に威力を制御できることをCADに求めていた。
 スピードは自分の処理能力で補う自信があった。
 しかし達也の組み上げた術式は、細かな設定を不必要としたものだった。
 短所を補うのではなく、長所を最大限に活かすことをコンセプトとしていた。
 雫の、高速な連続発動を可能とする処理能力と、大規模な魔法式を構築するキャパシティを、最大限に発揮する為のものだった。
 そして今、彼女が手にしているCAD。
 照準補助システムと汎用型CADをつないでしまったということにも驚いたが、それ以上に、起動式を処理するスピードに驚かされた。
 汎用型は、処理速度において、特化型に劣る。
 これは常識というより、理論的な事実だった。
 汎用型CADと特化型CADは、ハードもソフトもアーキテクチャからして異なる。
 両者の違いは、組込コンピュータと汎用コンピュータの違いに似ている。
 中枢となる演算装置の性能が同等なら、その処理速度において、汎用型は特化型に決して敵わない。
 その差は通常、明確に実感できるレベルだ。
 それなのに――このCADは、特化型に劣らぬスピードを発揮している。
(あと五秒)
 ――標的が飛び込む。
 ――引き金を引く。
 ――魔法が発動する。
 ――標的が砕け散る。
 この処理速度は、予選で使った特化型と比べても、ほとんど遜色が無い。
 達也はその絡繰りを「二種類の起動式に限定したから」と言っていた。
 競技専用だから可能なことで、日常的に使用するCADには使えない裏技だ、とも。
 詳しい理屈は、雫には理解できなかった。
 理解する必要は無い、と雫は思っている。
 魔法は道具。
 CADも道具。
 道具は使いこなせればいい。
 それ以上のことは、専門家に任せておけば良いのだから。
 最後の二つは、「能動空中機雷」を使うまでもなく、ループキャストされた収束魔法で砕け散った。
「パーフェクト」
 自分の成績を口に出して確認し、雫は勝利の笑みを浮かべた。


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