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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(22) 鎮圧
 ここで終わっていれば、この一件は民主的に解決したと記録されただろう。
 だが、民主的プロセス、合法的プロセスにおける敗北こそが、テロリズムの引き金を引く。
 それは、学校という小社会でも、二十一世紀末を迎えた現代でも、同じだった。

◇◆◇◆◇◆◇

 轟音が講堂の窓を震わせ、拍手という一体行動の陶酔に身を委ねていた生徒たちの、酔いが醒めた。
 動員されていた風紀委員が一斉に動いた。
 普段、まともに訓練など行っていないとは信じられない、統率の取れた動きで、各々マークしていた同盟のメンバーを拘束する。
 窓が破られ、紡錘形の物体が飛び込んで来た。
 床に落ちると同時に白い煙を吐き出し始めた榴弾は、白煙を拡散させずに(・・・・・・)、ビデオディスクの逆回し再生を見ているような動きで煙もろとも窓の外へ消えた。
 達也が賞賛を込めた視線を向けると、服部は不機嫌そうに顔を逸らした。
 それを見た真由美がクスッと笑いを漏らしている。
 摩利が出入り口に向けて、腕を差し伸べていた。
 防毒マスクを被った数名の闖入者が、段差に躓いたかの様に一斉に倒れ、そのまま動きを止めた。
 この場のパニックは、誘発未遂で収まりつつある。
「外の様子を見てきます」
「お兄様、お供します!」
「気をつけろよ!」
 摩利の声に送り出されて、達也たち兄妹は最初に轟音が聞こえた区画、実技棟へ向かった。

◇◆◇◆◇◆◇

 魔法科学校には、魔法実技を指導する為、魔法師が教師として常駐している。
 最高レベルの魔法科高校と目されている第一高校ともなれば、教師陣は魔法師としても一流ばかりだ。
 この学校は、小国の軍隊程度なら、単独で退ける実力を持つ。
 当然、外部からここを襲撃する者があるなど、想定はしていても予想はしていない。
 危機感の無いところに本当の意味での警戒は無い。
「何の騒ぎだ、こりゃあ?」
 まんまと先制を許した実技棟は、壁面が焼け、窓にひびが入っている。
 その前で大立ち回りをしていた男子生徒が、達也の姿を見留めて大声で訊ねて来た。
 深雪の指が、しなやかに踊る。
 片手で操る、携帯端末形態のCAD。
 一瞬で展開・構成・発動するサイオン情報体。
 魔法師と魔工技師、「魔法遣い」のみが目にすることの出来る、魔法の煌き。
 レオを取り囲んでいた三人の男が、一斉に吹き飛ぶ。
 まるで地雷でも踏んだかのような勢いだったが、その中心にいたレオには何の影響も無い。
 このピンポイントな選択性こそ、魔法の持つ最大の優位点だった。
「テロリストが学内に侵入した」
 達也は詳細を一切端折った。
「ぶっそうだな、おい」
 レオはそれだけで納得する――納得できる性質だと、居残りに付き合った折りに判っていたからだ。
 今現在、重要なのは、排除すべき敵が存在するということのみ。
「レオ、ホウキ! ……っと、援軍が到着してたか」
 反対側、事務室方向から走って来たエリカは、達也たちの姿を認めて足を緩めた。
「気にすんな。十分間に合ったタイミングだぜ」
「気にするわけ無いでしょ。殺したって死にゃしないくせに」
「んだとコラ! ……っと、今はテメエと遊んでる場合じゃねえ。さっさとオレのCADを寄越せ。
 って、投げんなよ!」
 CADは精密機器とはいえ、タフな環境下で使用されることを前提とする機器である。
 ソフトコートの路面に落としたくらいで、壊れるものではない。
 それを知っていて投げ渡したエリカは、レオの抗議を当然のように無視した。
 ――壊れる危険性があったとしても、無視したかもしれないが。
「これ、達也くん?
 それとも深雪?」
 呻き声をあげて緩慢に這いずる侵入者を同情の欠片もない眼で眺めながら、簡潔に問うエリカ。
「深雪だ。俺ではこうも手際良くは行かない」
「わたしよ。この程度の雑魚に、お兄様の手を煩わせる訳には行かないわ」
 回答は、全く同時。
「ハイハイ、麗しい兄妹愛ね……
 それでこいつらは、問答無用で打っ飛ばしても良い相手なのね?」
「生徒でなければ手加減無用だ」
 冷やかしをアッサリ、サッパリ無視して、微妙に方向性の異なる答えを返した達也に、エリカはニッコリ笑った。
「アハッ、高校ってもっと退屈なトコだと思ってたけど」
「……お〜怖え。好戦的な女だな」
「だまらっしゃい」
 エリカの右手が半ばまで上がりかけたが、流石に特殊警棒でド突くのは自重したようだ。
「ところで、二人はこんな時間に実技棟で何をしていたんだ?」
 それは、何気ない疑問だった。
「えっ!?
 いや、そりゃ、まあ、何だ」
「えっ、ええ、まあ、その、何なのよ」
 だから、これほど動揺するとは、予想外だった。
「……二人っきりで何をしていたんだ?」
 真面目くさった声音。
 だが、誰よりも達也のことを理解している深雪には、兄が生真面目な表情の裏に人の悪い含み笑いを隠していると、すぐに分かった。
「二人っきり!?」
 エリカの声は、面白いほど裏返っていた。
「誤解だ!」
 レオの声は、絶叫と言ってよかった。
「俺は実技の練習をしてただけだぜ!
 この女が後から来たんだ!」
「あたしが練習しに来たら、この男が図々しくも居座っていたのよ!」
「図々しくとは何だコラ!」
「あーっ、分かった分かった。理解した。誤解してない」
 事実はそれほど面白みが無かったが、二人の反応は十分満足の行くものだった。
 達也は意識を切り替えた。
「他に侵入者は見なかったか?」
「反対側を先生たちが守っていたけど、流石ね、もうほとんど制圧してた」
「オレが言うのも何だか、こいつら、魔法師としては三流だな。
 三対一で魔法を練れないんだからよ」
 何でも無いことのように言うが、そもそも三人を同時に相手取ること自体、容易ではない。
 このクラスメイトは、思った以上に遣れるようだ。
「エリカ、事務室の方は無事なのかしら?」
 深雪の問い掛けに、エリカが頷く。
「あっちの方が対応は早かったみたい。
 やっぱり、貴重品が多いからかな」
 エリカの言葉に、達也は引っ掛かりを覚えた。
 事務室には多くの貴重品が保管されているから、襲撃の対象となるのは分かる。
 だが、実技棟には型遅れのCADが置かれているだけだ。
 あえて価値を見出すとすれば、手榴弾の直撃を受けても表面が焦げる程度の損傷しか受けない耐熱・耐震・対衝撃の建物それ自体。
 破壊されれば一ヶ月程度は授業に支障が生じるだろうが、所詮、その程度だ。
 他に、破壊活動によって学校の運営に支障を来たす場所といえば……
「……実験棟と図書館か!」
「では、こちらは陽動?
 予想以上の規模ですね。
 お兄様、如何致しましょう?」
 選択肢は三つ。
 二手に分かれるか、
 このまま実験棟へ向かうか、
 このまま図書館へ向かうか。
「彼らの狙いは図書館よ」
 決断は情報の形でもたらされた。
「小野先生?」
 踵の低い靴に細身のパンツスーツ、ジャケットの下は光沢のあるセーター。
 今日の装いは、先日とは打って変わった行動性重視。
 光沢の元はおそらく、防弾・防刃効果を重視した金属繊維だ。
 表情までもが厳しく引き締まり、別人のような雰囲気を醸し出している。
「向こうの主力は、既に館内へ侵入しています。
 壬生さんもそっちにいるわ」
 三人の戸惑った視線が、達也に向けられた。
 達也は正面から、遥を見据えた
 一秒に、満たない時間。
「後ほど、ご説明を頂いてもよろしいでしょうか」
「却下します、と言いたいところだけど、そうも行かないでしょうね。
 その代わり、一つお願いしても良いかしら?」
「何でしょう」
 逡巡の色を浮かべながらも遥は、口ごもったりして時間を無駄にすることは、しなかった。
「カウンセラー、小野遥の立場としてお願いします。
 壬生さんに機会を与えてあげて欲しいの。
 彼女は去年から、剣道選手としての評価と、第二科生徒としての評価のギャップに悩んでいたわ。
 何度か面接もしたのだけど……私の力が足りなかったのでしょうね。
 結局、彼らに付け込まれてしまった。
 だから」
「甘いですね」
 遥の依頼は、誠実な職業意識に基づくものだった、のだろう。
 だが達也はそれを、容赦なく切り捨てた。
「行くぞ、深雪」
「はい」
「おい、達也」
 そして、切り捨てられない友人に、一つだけ、アドバイスをする。
「余計な情けで怪我をするのは、自分だけじゃない」
 それ以上の台詞は、時間が惜しい。
 走り出した彼の背中は、そう語っていた。

 図書館前では、拮抗した小競り合いが繰り広げられていた。
 襲撃者は、CAD以外にもナイフや飛び道具を持ち込んでいる。
 三年生を中心とする応戦側は、CADこそ持たないが、魔法力で圧倒的に上回っている。
 CAD無しで、武器を振るう敵に魔法で相対する技量は、流石に将来を約束された魔法師候補生たちだった。
 それを目にした途端、まず、レオが突っ込んだ。
「パンツァァー(Panzer)!」
 雄叫びを放ち、乱戦へ飛び込む。
 その咆哮には、意味があった。
「音声認識とはまたレアな物を……」
「お兄様、今、展開と構成が同時進行していませんでしたか?」
「ああ、逐次展開だ。十年前に流行った技術だな」
「アイツって、魔法までアナクロだったのね……」
 幸いなことに、刻印魔法等という過去のものとなった技術を常用している自分のことは棚に上げたエリカの陰口(?)は、戦っているレオには届かなかった。
 手甲のように前腕を覆う、幅広で分厚いCADで、振り下ろされた棍棒を受け止め、殴り返す。
 なる程、プロテクターを兼ねたCADなら、可動部分やセンサーの露出が必要ない音声認識を採用するのも頷けるというもの。
 とは言うものの……
「あんな使い方して、よく壊れないわね」
「CAD自体にも硬化魔法が掛けられている。
 硬化魔法は分子の相対座標を狭いエリアに固定する魔法だ。
 どれだけ強い衝撃を加えても、部品間の相対座標にずれが生じなければ、外装が破られない限り壊れる事は無い」
「どれだけ乱暴に扱っても壊れないって訳か。
 ホントに、お似合いの魔法」
 乱戦を避けてエントランスへ回り込みながら論評と悪態を繰り返すエリカたちを他所に、レオは何かの鬱憤を晴らすかの如く暴れ回る。
 黒い手袋に包まれた両手は、飛来する石礫や氷塊を粉砕し、金属や炭素樹脂の棍棒をへし折っていく。
 時折火花が上がるのは、スタンパトンが混じっている為か。
 かわし切れず突き込まれるナイフも、袖の下から騙し討ちで射掛けられるバネ仕掛けのダーツも、濃緑のブレザーを貫くことは無い。
「身に着けているもの全てを硬化しているのか。
 全身を覆うプレートアーマーを着込んでいるようなものだな」
 得意魔法、と躊躇無く言い切った言葉は伊達ではなかった。
 レオの硬化魔法は、起動式の展開と魔法式の構築・発動が並列的に行われる逐次展開の技法により、継続的に更新されている。
 武器を持っているとはいえ、素人に毛が生えた程度の錬度しかない駆け出しテロリストでは、あの鎧を貫くことは出来ないだろう。
 そして、肉体の力のみで突き出されているはずの拳は、移動術式や加速術式を使っているのと遜色の無い破壊力を生み出している。
 火器の使用が制限された近接戦闘なら、今すぐ軍の第一線で通用しそうな戦闘力だ。
「レオ、先に行くぞ!」
「おうよ、引き受けた!」
 達也は、この場を、レオに任せることにした。

 図書館内は静まり返っていた。
 遥の言葉を信じるならば、撃退に成功した、のではなく、迎撃の方が足止めされていたということ。
 館内には職員以外に警備員も常駐していたはずだが、既に無力化されてしまったらしい。
 主力、というだけあって、段違いの錬度のようだ。
 達也は一旦、入り口脇の小部屋に身を潜めると、意識を広げて(・・・)、存在を探った。
 気配(・・)、ではなく、存在(・・)を。
 現代魔法は、存在の付随情報にして、存在と表裏一体の情報体たる、エイドスに干渉する技術。
 現代魔法を使う者は皆、イデア――世界そのものの情報体であり、全てのエイドスを内包している「情報」のプラットフォームを、古代ギリシャ哲学の用語を流用してこう呼ぶ――の中に、個々のエイドスを認識している。
 ただそれを意識して(・・・・)、見分けることの出来る者は、少ない。
 達也は、通常の魔法の才能と引き換えに、イデアの中に個々のエイドスを見分ける特別鋭敏な感覚を有していた。
「……二階特別閲覧室に四人、階段の上り口に二人、階段を上り切ったところに二人……だな」
「凄いね。達也くんがいれば、待ち伏せの意味が無くなっちゃう。
 実戦では絶対、敵に回したくない相手だな」
「特別閲覧室で何をしているんでしょう?」
「クラックにしては大人し過ぎる。おそらく、機密文献を盗み出そうとしているんだろう」
 達也の推測に、エリカがガッカリした、という表情を浮かべた。
「エリカ、何だか期待外れって顔をしているけど?」
 深雪に訊ねられ、エリカはここぞとばかりオーバーアクションで肩をすくめて見せた。
「だってさ〜、高校生の反乱なんて、青春の暴走、みたいな感じてチョッとワクワクするものがあったのに、種を明かせばありふれた諜報工作だなんて……夢を返せって感じ?」
「俺に訊くな。それから、そんな夢は最初から見る方が間違っている」
「答えてるじゃん」
 ぐっ、と反論に詰まった達也を、深雪が慌ててフォローした。
「それより、特別閲覧室へ急がなくては。
 待ち伏せはわたしが相手をしましょうか?」
「いーや、その役目、あたしがも〜らい♪」
 歌うように台詞を攫い、返事も待たずにエリカが飛び出した。
 音も無く、気配も無く、滑るように階段へ急迫。
 柄にCADを仕込んだ伸縮警棒は、既に伸展済み。
 待ち伏せしていたはずの敵が、奇襲を受ける。
 振り下ろされた警棒は、打ち込まれた瞬間、背後へ翻っている。
 一瞬で二人の敵を打ち倒したエリカ。
 荒々しいレオの闘い方とは対照的な、洗練を尽くした白兵戦技だった。
 味方の倒れた音で、階上の待ち伏せ要員がようやくエリカに気付いた。
 一人が駆け下りて来る背後で、もう一人が起動式を展開している。
 だがその起動式は、サイオンの閃きと共に砕け散った。
 呆然と立ちすくむ、魔法を否定する魔法師。
 その身体が、不自然に硬直した、と見えた次の瞬間、バランスを崩して階段を転げ落ちた。
「あっ……」
「ドンマイ」
 拳銃形態のCADをショルダーホルスターへ戻しながら、可愛く声を上げた妹に、一声かける。
 二本足で立つ人間は常に、無意識のうちにも細かく重心を調整しながら立っている。
 身体の動きを急減速=強制停止された人間は、そのまま立っていられない。
 そこまでは想定内だったが、階段から転げ落ちてしまうところまで予想していなかったのだろう。
 まあ、首の骨を折った様子もなかったし、こういう暴挙に参加した以上、脳震盪と肋骨を二、三本折る程度は織込み済のはずだ。
 その一方で、ナイフというより、脇差と表現する方が相応しい本身の刃で、エリカに斬りかかるもう一人の伏兵。
 その顔には見覚えがあった。
 剣道部のデモンストレーションで、紗耶香の相手をしていた男子生徒だ。
「ちっ。
 達也くん、生徒には、手加減しなきゃ、ならないん、だよね?」
 鍔迫り合いの中から問い掛けてくる声は、少し震えていた。
 体格差から来る腕力の差は、膠着状態において諸に影響を及ぼす。
「無理に手加減する必要は無いぞ」
 そう言いながら踏み出す達也を
「助太刀無用! だよ」
 制止するエリカ。
「この程度の相手、本気になれますかって」
 瞬間的に圧力を上げ、直後、力を逸らす。
 いなされた相手と上下の位置を入れ換え、エリカは先へ急ぐよう促した。
「ここは任せて」
「分かった」
 挟み撃ちを警戒し、半身になる男子生徒。
 だが既に、達也と深雪の眼中に、その生徒は存在しない。
 達也が力強く床を蹴った。
 深雪が軽やかに床を蹴った。
 達也の身体は壁を跳ね、
 深雪の身体は宙を舞う。
 二人は、一気に階上へ降り立った。
「ひゅう〜♪」
 口真似で口笛を吹くエリカと、呆気に取られた同盟の生徒を残して、二人は突き当たりの特別閲覧室へ向かった。


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