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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(19) テロリストの大義
 風紀委員会は、その業務の性質上、本部に毎日顔を出す必要はない。
 委員長からして、普段は階上の生徒会室に入り浸っている。
 人選も各方面から武闘派を選りすぐって集めたメンバーだから、事務とか整理整頓とかはどうしても疎かになりがちだったところに、人が居着かないものだから、部屋が荒れ放題という嘆かわしい事態に陥っていたのだった。
 達也は新入部員勧誘週間の戦績以前に、唯一の事務スキル保有者として風紀委員会の中で確固たる地歩を――不本意なことに――築いていた。
 今日も、本来ならば非番のところ、修羅場を極めた新入部員勧誘週間の活動報告が全く整理されていないということで、摩利からヘルプの要請が入っている。――ヘルプといっても、実際に作業するのは達也一人だが。
 この状況は、全く彼の本意ではなかった。
 放課後は非公開資料の閲覧に充てる、それが入学当初に立てた彼の予定だったのに、あれやこれやアレヤコレヤあって、研究が少しも進んでいない。
(とにかく、今日のところは報告書を仕上げるか……)
 非生産的と知りつつため息混じりに心の中で独白し、まずは深雪と合流すべく、課題を終えた端末からログアウト――しようとした、その時。
 まるでタイミングを見計らっていたかのように、ディスプレイに着信の通知が表示された。
 そこには学校のサインが入っている。
 つまりこれは、生徒に対して強制力を持つ指導あるいは通達のメールということだ。
 当然、無視する訳にも行かず、腰を浮かせ掛けていた椅子に座り直して、受信メールを開いた。
 送信者欄には、「小野 遥」と表示されていた。

◇◆◇◆◇◆◇

「急に呼び出してごめんね」
「いえ、特に急ぎの用はありませんから」
 カウンセリング室で、少しもすまなさそうには見えない笑顔で形式的な謝罪を行った遥に、達也も心のこもっていない社交辞令で応えた。
 彼の内心ではこの呼び出しについて、正直なところ、非常に迷惑に感じていた。
 確かに急ぎではなかったが、手伝いを約束していた摩利に対して、断りのメールだけでは済まされず、音声通信で謝り倒した末に、予定以上の仕事を押し付けられる破目に陥ってしまった。
 エスコートをキャンセルした深雪は、表面上こそいつもと変わらぬ様子を保っていたが、帰宅してからどうやって機嫌を取ろうかと、今から頭が痛い。
 そもそも彼には、カウンセラーに相談したい事など無いのだ。
 何故自分がここに呼ばれたのか、早く説明してほしいところだった。
「どう? 高校生活にはもう慣れたかしら?」
 そんな彼の内心を知ってか知らずか――確実に、知らないだろうと達也は思っている――、遥は定番とも思える質問を投げ掛けてきた。
「いいえ」
 それに対する達也の回答は、定番とは言い難いものだった。
「……何か困っていることがあるの?」
「想定外の出来事が多くて、中々学業に専念出来ません」
 副音声は、無駄話は止めてさっさと本題に入れ、時間が勿体ないじゃないか、である。
 心の副音声は聴こえなくても、非友好的な気分でいることは何となく分かるのか、遥は苦笑と微笑の中間のような曖昧な笑みを浮かべて、これ見よがしに足を組み替えた。
 丈の短いタイトスカートの下から、薄手のストッキングに包まれた肉感的な太股が覗く。
 向い合わせの椅子に腰かけている二人の間に、視線を遮る物は無い。
 現代のマナーでは、公の場において肌の露出は抑えることを良しとする。
 女子生徒も皆、スカートの下に素肌の色が透けないレギンスの着用が義務となっている校内において、成熟度を別にしたとしても、滅多にお目にかからぬ刺激的な眺めだった。(余談だが、肌を全く露出しないファッションでも、繊維素材の進歩により、真夏も快適に過ごすことができる)
 そういえば上も胸元が大きく開いた淡い色のブラウスで、下着の線が透けて見えている。
 学校の職員が生徒を前にする服装としては少々挑発的なファッションだ。
「……どうしたの?」
 思わず目が離せなくなっている達也に、遥が悪戯っぽく問い掛けた。
 慌てて目を逸らし、しどろもどろの応えを返す――
「セクシーな脚ですね」
――のが普通なのだろうが、達也の反応はそうではなかった。
「……えっ?」
「それに、胸元がとても色っぽい。
 スタイルもセックスアピール満点だし、先生のその姿は男子高校生には刺激が強過ぎます」
 そう言いながらも達也の目は、まだ、遥の太股に固定されたままだ。ただそこに、興奮の色はなく、
「ご、ごめんなさい」
寧ろ冷たさすら感じさせる視線と、声音に込められた軽い非難のニュアンスに、遥は慌てて脚を揃え、深く座り直した。
 調子が掴めない。
 主導権を握れないことに、遥は困惑を覚えていた。
「それで、自分は何故ここに呼ばれたのでしょうか」
 抑制が効いた中にも、微かに苛立ちが感じられる口調。
 そして、それすらも、彼自身による演出ではないか、という疑念が湧いてくる。
 たかがもうすぐ十六歳、と侮る気持ちは無いつもりだった。
 一筋縄で行く相手ではない、そう考えたからこそ、慣れない色仕掛けじみた真似もしてみたのだが、どうやらリスクの少ない遠回しな段取りは諦めなければならないようだ。
 遥はそう、踏ん切りをつけて、改めて達也と向き合った。
「今日は、司波君に、私たちの業務へ協力をお願いしたくて来てもらいました」
「私たち(・・)の業務、ですか?」
 知能が高いのは入学試験の結果だけでも、分かっていたことだった。
 それでも、こうして的確に急所を突いてくる応答には、益々警戒心を掻き立てられてしまう。
「ええ、私たち、カウンセリング部の業務です。
 ――生徒の皆さんの精神的傾向は、毎年のように変化しています。
 例えば、司波君は『自分』という一人称を使っていますね?
 元々、軍務志願者の割合が高い魔法師候補生の間では珍しくないものでしたが、それでも、『自分』という一人称を使う生徒が一般的になったのは、三年前の沖縄防衛戦の勝利以来です。
 社会情勢の変化は、生徒のメンタリティにも変化をもたらします。特に、大きな事件が起こった後は、同じ年代の少年少女とは思えないほど、物事や自分自身に対する感じ方、考え方が変わってしまいます」
 一旦言葉を切って、遥は目の前の少年の表情を窺った。
 達也には少しも戸惑った様子がなく、寧ろ、遥の話を既知の知識として受け取っているように見えた。
「それで、毎年度、新入生の一割前後を選び出して、継続的にカウンセリングを受けてもらっているんですよ。
 その年々の生徒のメンタリティ性向を把握し、的確なカウンセリングを行う為に」
「つまり、モルモットという訳ですか」
 さらりと総括する言葉。そこには当然あるべき怒りや侮蔑や嫌悪感といった負の感情が、見当たらなかった。
 頑なにさせてしまったか、と遥は思った。
「言葉は悪いけど、そういうことです。
 どう、協力してもらえないかな?
 もちろん、嫌だったら仕方がないけど」
 努めて柔らかな笑みを浮かべ、言葉も砕けたものに変える。
 それが功を奏したのか、達也もこの部屋に来て初めて、笑顔と呼べそうなものを見せた。
「その程度の事なら協力しますが、本当の(・・・)目的は何ですか?」
 微かな笑みと共に返された質問。
 遥は、動揺を押し隠すのに全力を振り絞らねばならなかった。
「……本当の目的を隠してるって考えてるの?
 心外だな。私、そんな性悪女じゃないわよ?」
 あくまで軽く、冗談めかして。
 年上の色香を匂わせるのではなく、同年代の友人感覚で。
「サンプルにするには、自分は特殊に過ぎると思いますが」
 再び軌道修正。
「そうね。私も司波君は一般的な新入生とは言えないと考えているわ。
 でも逆に、だからこそ協力して欲しいのよ。
 貴方は一科生と二科生の壁を乗り越えた最初の例になるのかもしれないけど、貴方が最後の例だとは限らないから」
 今度は、あくまでロジカルに。
「……では、そういうことにしておきましょうか」
 ようやく手掛かりを掴んだ、と遥は思った。
「私が未熟な所為で司波君に不信感を持たせてしまったようで、遺憾に思うわ。
 ……じゃあ、いくつか質問させてもらっても良いかしら」
「ええ、どうぞ」
 警戒を解くことに成功した訳ではない、ということは分かっていたが、時間が無限に存在する訳でもない。
 遥は準備していた質問を、順番に問い掛けた。

「……ありがとう。
 それにしても、良く平気でいられるわね。
 それだけストレスが積み重なれば、精神のバランスを崩す人だって珍しくない無いんだけど」
 一通り話を聞き終えて、遥は医者のような顔でそう言った。
 実のところ、遥は精神衛生を専攻して医師の資格を得ており、達也が彼女を「先生」と呼ぶのもそれ故なのだが、今の彼女はカウンセラーとして話を聞いているはずだった。
「医学的には、そうでしょうね。
 ですが統計的なデータに例外はつきものです」
 臨床データが統計処理の産物であることを指摘されて、遥は恥ずかしそうに目を逸らした。
 しばし目を泳がせていた遥だったが、達也が(古風にも)壁に掛けられた時計にチラチラ目をやっているのに気付いて――無論、気付くようにやっていることだ――慌てて視線を戻した。
「えと、今日訊きたかったことは以上です。
 ……ところで、これはカウンセリングとは、直接関係無いんだけど……」
「何でしょう」
「二年の壬生さんに交際を申し込まれてるって、本当なの?」
「……本当に関係無いことですね」
 達也は呆れ顔を隠そうともしない。
 遥は焦って言葉を継いだ。
「相手が壬生さんだっていうから、少し気になって……
 詳しいことは話せないんだけど」
「他人のプライバシーを聞かされても困ります。
 それで、一体何処からそんなデマを聞き付けてきたんですか?」
「デマ……なの?」
「デマですが、何か不都合でも?」
「いえ、何でもないのよ……ううん、本当の事を言うと、もし司波君に壬生さんと交際する気があるなら、お願いしたいことがあったの。
 でも、司波君にその気持ちが無いならいいわ」
「交際云々がデマだと言ってるんですが。
 それで、その話は何処から聞き付けてきたんですか?」
 重ねて問い掛ける達也から、遥は態とらしく目を逸らせた。
「ごめんなさい、守秘事項なの」
 達也はそれ以上、追求しなかった。
「……失礼します」
 追求する代わりに立ち上がり、返事を待たずに出口へ向かう。
「壬生さんのことで困ったことがあったら、何時でも相談してね」
 その背中にかけられた声には、確信のようなものが込められていた。
 ――「困ったこと」が起こるという、確信めいたものが。

◇◆◇◆◇◆◇

 夕食後、達也が自室でコンソールに向かっていると、扉越しに声が掛けられた。
「お兄様、深雪です」
 この家には、実質的に、達也と深雪の二人しか居ない。
 ノックされれば名乗るまでもなくそれが誰だか分かるし、声を聞けば名乗りを聞く必要もない。
 それでも深雪は、事あるごとに、こうして自分の名前を告げる。
 まるで、自身の名を達也の心に刷り込もうとでもするように。
 まるで、自身の名を達也が忘れてしまうのを、恐れてでもいるかのように。
「入って良いよ」
 達也はディスプレイから目を離さぬまま、入室を促した。
 コンソールは扉から見て側面の壁に埋め込まれている。
 高速でスクロールする文字列を読みながら、達也は視界の端に妹の姿を捉えた。
「お兄様に買っていただいたケーキが届きましたので……お茶にしませんか?」
 誘いの言葉に躊躇いが含まれているのは、兄に余計な気を遣わせたという引け目だろうか。
 達也としては、ケーキくらいで済めば安い物、というつもりだったのだが、こういう奥ゆかしさもまた、この妹の美点だった。――誰にでも発揮されるものかどうかは別にして。
 物流システムの進歩は「荷物持ち」という言葉を死語に変えた。
 ケーキのような小さな物でも、無料で配送してもらえる。
 無論、店舗としては注文を受けてから作り始めて配送する方が、余計な商品の在庫を抱えずに済み、客の回転率を上げることが出来るという二つのメリットを、極小化された物流コストと秤に掛けた上でのサービスだ。
「すぐ行く」
 そう答えて、達也は表示された情報をホームネットワークの共有ディレクトリへ保存した。

 深雪の好きなチョコレートケーキの、口の中に残る甘過ぎないクリームを、苦味を強めにしてもらったコーヒーで洗い流して、達也はリビングのディスプレイをデータ閲覧モードに変更した。
「……わたしが見てもよろしいのですか?」
 達也自身もまだ食べ終わった訳ではない。深雪のペースは更に遅い。
 それにも関わらずデータファイルを呼び出そうとしているということは、明らかに、深雪にも見せようとしているということだ。
 それでも一応、確認の伺いを立てて、肯定の回答に改めて腰を落ち着かせる。
「家族の団欒には相応しくない話題だと思うが、どうも、お前も無関係では済まされないことのようだし、早い内に情報を共有しておいた方が良いと思ってな。
 ……いや、そんなに畏まる必要はないよ」
 フォークを置いて居住まいを正してしまった妹に、そんな必要はないと身振りを交えて示す。
 達也の苦笑に、深雪は照れ笑いで応えて、再びフォークを手に取った。
「キャビネット名『ブランシュ』、オープン」
 食べ物を広げたリビングのテーブルにフルキーボードは持ち込めない。
 達也は余り好きではないのだが、音声コマンドを使って、調査結果のファイルをディスプレイ上に次々と表示した。
「反魔法活動を行っている政治結社ですね……?」
「当人たちは市民運動と自称しているけどな。
 どうやらこのテロリストどもが、校内で暗躍しているらしい」
 達也の言葉に、深雪が小首を傾げた。
「魔法科高校で、ですか?」
 深雪の疑問はもっともだ、と達也は思った。
 第一高校に限らず、魔法科学校は魔法を役立てよう――それが自分の為であれ他人の為であれ――と考えている人間が、魔法を学びに来るところだ。
 魔法科高校の生徒が魔法を否定するのは、自家撞着でしかない。
「当たり前に考えればおかしなことなんだけどね……
 その『当たり前』が通用しないから、ああいう気狂いどもが蔓延るんだよ」
「……何故そんなことになるのでしょう」
「こういうことは一般論で考えようとすると、迷路に陥ってしまうからね。
 具体的に考えれば良い。
 まず抑えておかなければならない点は、奴等が表向き魔法を否定していない、という事だ」
「そう言えば……そうですね」
「奴等のスローガンは、魔法による社会的差別の撤廃。
 それ自体は、文句のつけようもなく、正しい」
「……はい」
「では、差別とは何だろう?」
「本人の実力や努力が社会的な評価に反映されないこと、でしょうか……?」
「さっき言ったはずだよ、深雪。
 一般論で考えるべきではないと」
 そう言いながら、達也はサイドボードに置いてあったリモコンを手に取り、スクリーンへ向けた。
 十六に分割された画面の一区画が、前面に拡大表示される。
「奴等は魔法師とそうでないサラリーマンの所得水準の差を、魔法師が優遇されている根拠としている。
 奴等の言う差別とは、詰まるところ平均収入の格差だ。
 だがそれは、あくまで平均で、あくまで結果でしかない。
 高所得を得ている魔法師が、どれほどの激務に晒されているのか、その点を全く考慮していない。
 魔法スキルを持ちながら、魔法とは無関係の職しか得られず、平均的なサラリーマンより寧ろ低賃金に甘んじている大勢の予備役魔法師の存在を完全に無視している」
 淡々と語る達也の声に、感情は希薄だった。ただ、少しだけ、遣る瀬無さが滲んでいた。
「どんなに強力だろうと、社会に必要とされない魔法は、金銭も名誉ももたらさない」
 辛そうに、深雪が目を伏せた。
 立ち上がり、回り込み、妹の肩に、達也は優しく、手を置いた。
「魔法師の平均収入が高いのは、社会に必要とされる希少スキルを有している魔法師がいるからだ。
 絶対数の少ない魔法師の中に、相対的に高い割合で高所得者がいるから、平均収入が高く算出されるだけなんだ。
 そして、そういう第一線で活躍している魔法師は、社会に貢献する――いや、この言い方は綺麗過ぎるな。魔法師は、金銭的な、あるいは非金銭的な、いずれにしても何らかの利益を生み出すことによって高い報酬を受けているのであって、ただ魔法師だからという理由で金銭的に優遇されているんじゃない。
 魔法の素質だけで裕福な暮らしが出来るほど、魔法師の世界は甘くない。
 俺たちはそれを、良く知っている。
 そうだろう、深雪?」
「ええ……良く存じております」
 肩に置かれた兄の手に、自分の手を重ねて、深雪は深く頷いた。
「魔法による差別に反対するという主張は、結局のところ、魔法師が金銭的に報われることに反対するという主張になっている。
 魔法師は無私の精神で社会に奉仕しろ、という訳だね」
「……随分自分勝手で虫の良い主張に思われます。
 生活する上で、金銭的な収入が必要なのは、魔法師もそうでない人も同じであるはずです。それなのに、魔法師が魔法で生計を立てることは許さない、魔法を使える者も、魔法以外で生きる糧を稼がなければならない……
 それは結局、自分たちには魔法が使えないのだから、魔法を人の能力として評価したくないと言っているだけなのではないのですか?
 魔法師が魔法を研鑽する努力は報われなくても構わない、魔法師の努力は評価されなくても当然だと言っているのですね……
 ……それとも、そのような人たちは、生来の才能だけでは魔法は使えないということを知らないのでしょうか? 魔法を使うには長期間の修学と訓練が必要だということを知らされていないのでしょうか?」
 達也は深雪の背後から離れ、シニカルな笑みを浮かべながら自分の席に戻った。
「いや、知っているさ。
 知っていて、言わない。
 都合の悪いことは言わず、考えず、平等という耳触りの良い理念で他人を騙し、自分を騙しているんだ。
 深雪が最初に訊いたね。
 魔法科高校の生徒が何故、反魔法活動に荷担するのかと」
「ええ……それは、魔法否定派の本音が分かっていないからではないと……?」
「魔法を使えない人たちが、自分たちがどんなに努力しても身につけられない魔法で、高い地位を得るのは不公平だと考える。
 ならば、魔法を使えはするけれども、その才能に劣った生徒が、豊かな才能を持つ生徒に対して、自分がこんなに努力しているのに追いつけないのはおかしい、自分の方が下に見られるのはおかしい……そう考えても不思議はないと思わないか?
 才能の違いなんて、魔法に限った事じゃない。芸術とかスポーツとかだけでなく、人の営みのあらゆる分野について回るものだ。
 魔法の才能が無くても、他の才能があるかもしれない。
 魔法の才能が無いことに耐えられないのなら、他の生き方を見つけるべきだ。
 魔法を学んでいる者が、魔法による『差別』を否定するのは、魔法から離れられないからに他ならないと俺は思うんだよ。
 魔法から離れたくはない、でも、一人前に見られないことには耐えられない。
 同じように努力をしても、追いつけないという事実に耐えられない。
 何倍もの努力をしても、追いつくことは出来ないかもしれないという可能性に耐えられない。
 だから、魔法による評価を否定する。
 才能ある者も努力という対価を払っているんだという事実は、当然知っている。目の前でそれを見ているのだから。それなのに、その事実から目を背け、生来の才能に全ての責任を押しつけて、それを否定する。
 まあ……そういう弱さは理解できない訳じゃない。俺の中にもそういう気持ちは確かにある」
「そんなことはありません!
 お兄様には誰にも真似の出来ない才能があるのに、ただ他の人たちと同じ(・・)才能が無いというだけで、それこそ何十倍もの努力を積み上げて来られたではありませんか!」
「それは俺に別の(・・)才能があったからだよ」
「あっ……」
「不足している現代魔法の才能を、別の才能で埋めた。
 その(すべ)があったから、こうして第三者的な論評をしていられる。
 もしそうでなかったら……『平等』という美しい理念にすがりついていたかも知れないな。
 それが嘘だと分かっていても」
「…………」
「魔法の才能に劣った者は、劣っているという事実から目を背けたくて、平等という理念を唱える。
 魔法が使えない者は、それもまた人の持つ才能の一種に過ぎないということから目を背けて、嫉妬を理念という衣にくるむ。
 では全てを分かった上で扇動している奴等の、本当の目的は何か?
 奴等のいう平等とは、魔法を使えても使えなくても同じに扱えということだ。
 魔法による社会的差別の撤廃とは、魔法という技能を評価しないということだ。
 それは結局、魔法の社会的意義を否定するということだ。
 魔法を評価しない社会で、魔法が進歩するはずはない。
 魔法による差別反対を叫び、魔法師とそれ以外の者の平等を叫ぶ奴等の背後には、この国を、魔法が廃れた国にしたい勢力が隠れている」
「それは一体……?」
「良くも悪くも、魔法は力だ。財力も力、技術力も力、軍事力も力。
 魔法は戦艦や戦闘機と同じ種類の力にもなる」
「では、魔法否定派は、この国で魔法を廃れさせることを目的にしており、その結果としてこの国の力を損なうことを目的にしているということですか?」
「多分ね。
 それ故に、テロという非道も辞さない。
 では、この国の力が損なわれて、利益を得るのは誰だ?」
「まさか……では、彼らの背後には」
「そういうことだ。
 そしてそんな奴等を、十師族が放置しておくはずがない。
 特に四葉家が、な
 だから、気をつけるんだよ、深雪。
 巻き込まれないように。
 祭り上げられないように」
 何に、とは言わない。
 二人の間では、言う必要がない。
 深雪は、兄の言葉に、蒼褪めた顔で頷いた。


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