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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(18) 背後組織
 生徒会室での昼食風景も、最初の頃とは――と言ってもまだ二週間も経っていないのだが――様変わりしていた。
 まず、ダイニングサーバーの出番がめっきり無くなった。
 摩利、深雪に続いて真由美もお弁当を作ってくるようになったからだ。
 実績の無い真由美の腕前はいささか懸念されるところだったが(と言っても懸念していたのは摩利だけだった)、まずまず無難なレベルはクリアしていて、今ではおかずの交換などして楽しんでいる。
 それから、メンバーが増えた。
 あずさは特に声を掛けられない限りクラスメイトと一緒に学食、がパターンだったのだが、最近は毎日声を掛けられている状態になっていた。
 一年生と三年生だけではバランスが悪い、という、ワガママと言うべきか無茶苦茶と言うべきか、とにかく理屈になっていない理由による招集なのだが、それでも逆らえないところが――本人には不本意だろうが――あずさらしかった。
 ちなみに男女比は一対四。
 バランスが問題になるなら余程アンバランスだが、こちらは問題ではないようだった。
「達也くん」
「何でしょうか、委員長」
 そんなメンバーでお昼をとっている最中だった。
 本人は然り気無く切り出したつもりなのだろうが、野次馬丸出しの笑みが隠しきれていない。
 そして、そんな表情までもがハンサムな少女だった。
「昨日、二年の壬生を、カフェで言葉責めにしたというのは本当かい?」
 食べ終わっていて良かった、と達也は思った。
 何か口に含んでいたなら、粗相しているところだ。
「……先輩も年頃の淑女なんですから、『言葉責め』などという、はしたない言葉は使わない方がいいと思いますが」
「ハハハ、ありがとう。
 あたしのことを淑女扱いしてくれるのは、達也くんくらいのものだよ」
「そうなんですか?
 自分の恋人をレディとして扱わないなんて、先輩の彼氏は余り紳士的な方ではないようですね」
「そんなことはない! シュウは……」
 そこまで言いかけて、摩利は「しまった」という顔で口をつぐんだ。
「…………」
 そんな上司を――と言っても高校の委員会の上役でしかないのだが――達也は無表情、という名の表情で見詰めている。
「…………」
「…………」
「……なぜ何も言わない?」
「……何かコメントした方が良いですか?」
 摩利の視界の端で、豊かに波打つ黒髪が跳ねた。
 甚だ不本意ではあったが、摩利は目線を横にスライドさせた。
 予想通り、
 真由美が背中を向けて、肩を震わせていた。
 その背中を半眼で見る。
 すぐに目を逸らした。
 逆戻りした視線は、達也のものと交わった。
「……それで、剣道部の壬生を言葉責めにしたというのは本当かい?」
 どうやら、今の一幕を全て、無かったことにしたいらしい。
 達也は、摩利の隣を見た。
 真由美が声を殺して笑う、のを止めて、芝居じみた仕草で肩をすくめていた。
 ――仕方がない。
 ここは、ローカルルールに従うとしよう、と達也は思った。
「……ですから、『言葉責め』などという表現は止めた方がよろしいかと……深雪の教育にもよくありませんし……」
「……あの、お兄様?
 ……もしや、わたしの年齢を勘違いされていませんか……?」
 不本意そうに、それでも遠慮がちに小声で深雪が抗議したが、達也に目で謝られて、すぐに引き下がる。
 再び、沈黙という名のバトル。
 しかし、この手の戦いは、往々にして千日手にしか成らない。
 将棋なら、仕掛けた側が手を変える。
 だがこの場のローカルルールでは……残念ながら、達也の方が手を変えざるを得ない。
 立場というのは、色々な場面で理不尽に働くものなのだ。
「……そんな事実はありませんよ」
「おや、そうかい?
 壬生が顔を真っ赤にして恥じらっているところを目撃した者がいるんだが」
 不意に隣の席から冷気が漂って来たのを達也は感じた。
「お兄様……?
 一体何をされていらっしゃたのかしら?」
 気の所為では無かった。
 物理的に、かつ局所的に、室温が低下している。
「ま、魔法……?」
 あずさの呟きには怯えが混じっていた。
 現代魔法学は超能力研究の発展上にある。
 それはつまり、現代魔法は超能力と呼ばれた異能の持つ性質も潜在的に受け継いでいるということ。
 古式魔法と超能力の最大の違いは、発動に思考以外のプロセスが必要か、必要無いかということだ。
 現代魔法がCADを必ずしも必須としないのも、根本的にはここに由来する。
 しかし同時に、現代魔法は超能力とイコールでもない。
 通常、「超能力者」は一種類、多くとも数種類の異能しか行使できない。
 「超能力」をシステム化し体系化した現代魔法は、発動プロセスに魔法式を、そしてその構築ツールとして起動式を導入することにより、数十種類から多い者では百数十に及ぶ種類の魔法行使を可能にしている。
 もっとも、現代魔法の分類は細分化され過ぎているきらいがあり、超能力と同じ尺度の大まかな分類では、せいぜい二、三十種類になるだろう。だがそれでも、圧倒的な多様性と言える。
 現代の魔法遣い=魔法師は、魔法式を介して多彩な魔法を行使する。それは同時に、多種多様な魔法を行使する魔法師は、魔法式を媒介とした魔法の発動に、自らの精神を適応させるということでもある。
 特定の魔法に特化した、超能力者に近い(・・・・・・・)魔法師ならば思考のみで、明確に意図することなしに魔法を発動することもありうるが、数十種類の魔法を行使する魔法師が意図せずに魔法を発動することは通常ありえないのだ。
 確かに魔法式は無意識領域で処理するものだが、それは意識して(・・・・)無意識領域を使うということであって、無意識に魔法式が構築され処理されることは絶対に無い。
 もし多種類の魔法を使いこなす魔法師が意図せずに魔法を発動することがあるとすれば……
「エイドスに対する干渉力がよっぽど強いのね……」
 真由美の呟きに、達也は苦笑いを浮かべた。
 切り捨てられた「超能力」の残り香でも、「現実」を変え得る程のエイドス干渉力。
 魔法の暴走は、未熟の証であると共に、卓越した才能の証でもあった。
「落ち着け、深雪。
 ちゃんと説明するから。
 まず、魔法を抑えろ」
「申し訳ありません……」
 兄の言葉に、深雪は恥ずかしげに目を伏せ、ゆっくり息を整えた。
 室温の低下が止まる。
「夏場は冷房いらずね」
「真夏に霜焼けというのも間抜けですが」
 真由美のジョークをさらりと流して、達也は紗耶香との会話を正確に再現して聞かせた。
「どうも、風紀委員会の活動は、生徒の反感を買っている面があるようですね」
 最後にそう締めくくると、摩利と真由美が同じように表情を曇らせた。
「しかし、点数稼ぎに強引な摘発、等という事が本当にあるんですか?
 少なくともこの一週間、そういう事例は見聞きしていませんが」
「わたしもです。
 わたしの場合はモニター越しにしか現場を見ておりませんが、あの無秩序ぶりからすれば、風紀委員会の皆様の活動は寧ろ寛容だと思われますが」
 達也と深雪の指摘に、真由美は一層沈痛な表情になり、摩利は首を振りながら口を開いた。
「それは壬生の勘違いだ。思い込み、なのかもしれないが。
 風紀委員会は全くの名誉職で、メリットはほとんど無い。
 対抗戦の成績のように、演習の評価が加点されるというようなことも皆無だ。
 風紀委員を務めた、ということで、多少は定性的な評価を得られるかもしれないが、それも校内だけのこと、生徒会役員のように卒業後も高評価の要因になる、ということもない」
「……だけど、校内では高い権力を持っているのも、また、事実。
 特に学校の現体制に不満を持っている生徒から見れば、学内秩序維持の実働部隊である風紀委員会は、権力を笠に着た走狗に見られることもあるの。
 正確には、そういう風に印象を操作しているグループがいるんだけどね」
 真由美の回答には、達也も驚かずにはいられない。
 思いの外、根の深い話のようだ。
「正体は分かっているんですか?」
 彼としては、当然の質問だった。
「えっ? ううん、噂の出所なんて、そう簡単に特定できるものじゃないから……」
「……張本人を突き止められれば、止めさせることもできるんだがな」
 だが、真由美たちにとっては、予想外の質問のようだった。
 多分、さっきの発言も、つい口を滑らせてしまったのだろう。
 達也は真っ直ぐに真由美の目を見た。
 真由美は、すぐに視線を逸らした。
 これほどハッキリと動揺している真由美を見るのは初めてだった。
「俺が訊いているのは、特定の個人の正体ではなく、グループの正体なんですが」
 腕がクイッ、クイッと引かれるのを感じた。
 目だけを動かして見ると、机に隠れて深雪が彼の袖を引っ張っていた。
 踏み込み過ぎだ、と言いたいのだろう。
 だが達也には、ここで退く気はなかった。
「例えば、『ブランシュ』のような組織ですか?」
 動揺が驚愕に変わった。
 硬直する真由美、そして摩利。
 そんな二人の姿を、あずさが目を丸くして見ていた。
 どうやら、あずさは詳しいことを知らされていないらしい――達也はそう思った。
「何故、その名前を……」
「別に、極秘情報という訳でもないでしょう。
 報道規制が掛かっているようですが、それこそ、噂の出所を根絶する事なんて出来ませんから」
 達也にしてみれば、真由美がここまで驚いていることの方が、驚きだった。
 反魔法組織「ブランシュ」。
 魔法師が政治的に優遇されている現代の行政システムに反対し、魔法能力による社会差別を根絶することを目的に活動する、というのが彼らの掲げる理念だ。
 だがそもそも、この国には魔法を使える者が政治的に優遇されている、という事実がない。
 寧ろ、魔法師を道具として使い潰す軍や行政機関のやり方に、非人道的という非難が浴びせられているのが実情である。
 これは、世界一の人口を抱える隣国に比べて、どうしても魔法師の絶対数で劣ってしまうハンデを質で埋めなければならないという、如何ともし難い必要性の故だ。
 確かに魔法師の軍人・行政官は、そうでない者より高い報酬を受けているが、それは単純に労働の量に応じたものでしかない。命を磨り減らす過重労働の対価でしかない。
 反魔法組織のほとんどは、自らが作り上げた虚構に対する批判を元に反体制運動を行っている組織であり、ブランシュはその中でも最も先鋭な活動を行っている組織の一つに挙げられている。
 この国では建前上、政治活動の自由が保証されているから、単に政府を批判するだけならば取り締まられることも弾圧されることもない。だが反体制運動は往々にして犯罪行為と結びつきやすいものであり、また実際に、テロ行為に走った反魔法組織の例も複数ある。
 ブランシュは現在、公安当局から厳重にマークされている組織の、代表的なものだった。
「こういうことは中途半端に隠しても、悪い結果にしかつながらないものなんですがねぇ……
 いえ、会長のことを非難しているのではなく、政府のやり方が拙劣だと言っているだけなんですが」
 達也が言い訳の形で慰めをかけても、真由美の眉は晴れない。
「……ううん、達也くんの言うとおりよ。
 魔法師を目の敵にする集団があるのは事実なんだから、彼らが如何に理不尽な存在であるか、そこまで含めて正しい情報を行き渡らせることに努めた方が、一見もっともらしく不都合なアジテーションごとその存在を丸のまま隠してしまうより、効果的な対策を取れるのに、私たちは正面から対決することを逃げてしまっている……」
 むしろ、自分を責めるような口調になっていた。
「それは仕方がないでしょう」
 だからその、突き放すような口調は、随分冷たく感じられた。
「この学校は国立の施設ですから。
 俺たち生徒は身分上、まだ公務員ではありませんが、学校運営に関わる生徒会役員が国の方針に縛られるのは仕方のないことです」
「えっ?」
 温度のない声音と、掛けられた言葉の内容が頭の中で上手く結び付かずに、真由美は戸惑った顔で達也をまじまじと見詰めている。
「……会長の立場では、秘密にしておくのもやむを得ないということですよ」
 居心地悪そうに目を逸らした達也を見て、摩利がにんまりと唇を歪めた。
「ほほぅ、達也くん、なかなか優しいところがあるな」
「でも、会長を追い詰めたのも達也さんなんですよね……」
 ぼそっと呟く、あずさの一言。
 すかさず摩利の追撃が入る。
「自分で追い込んで自分でフォローする、か。ジゴロの手口だね。
 真由美もすっかり、籠絡されているようだし、達也くんはなかなかの凄腕だな」
「ちょ、ちょっと、摩利、変なこと言わないで!」
「顔が赤いぞ、真由美」
「摩利!」
 じゃれ合いを始める生徒会長と風紀委員長。
 その間、達也は素知らぬ顔で明後日の方角を向いていた。
 妹の冷たい眼差しにも、気づかぬふりをして。

「さてと……そろそろ時間ですから、俺たちは教室に戻ります。
 行こう、深雪」
 まだじゃれ合いを続けている真由美と摩利に声を掛けて、達也は席を立った。
 機嫌を損ねていた深雪は、誠意を込めた(・・・・・・)説得で懐柔済みだ。
 それを見ていたあずさが顔を真っ赤にして部屋の隅に置かれた端末の前へ逃げてしまっていたが、達也の関知するところではなかった。
「ああ、待ち給え、達也くん。
 っと、真由美、ストップだ、ストップ。真面目な話をするところだぞ」
「……続きは放課後、じっくり話をつけましょう」
「わかったわかった……全く、見かけによらず執念深いな……
 それで達也くん、結局、返事はどうするつもりなんだい?」
「返事を待っているのは俺の方ですから、それを聞いてから決めますよ」
 達也が投げかけた質問、
 ――学校側に自分たちの考えを伝えて、それからどうしたいのか――
に、紗耶香は答えることが出来なかった。
 ただ「あ」とか「う」とか発音するだけで、意味のある回答を紡げなかった。
 だから達也は、彼女に宿題を出したのだ。
 自分の考えが纏まったら、もう一度、話を聞かせてもらうと。
「今の話を聞いて、放っておけることではないと分かりましたから」
「――頼んだぞ」
「何を頼まれれば良いのかさえ、今の段階では見当も付きませんが」
「出来る範囲で構わないさ」
「期待されているのか、いないのか、微妙なニュアンスですね……まあ、その程度で良ければ引き受けました」
 達也たち兄妹の姿が扉の向こうに消えたのを見送って、摩利は小さく呟いた。
「多分それが、ベストの結果につながるだろうからね……」


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