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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(17) 接触
 一週間が過ぎた。
 新入部員勧誘週間は、達也にとって嵐の日々だった。
 風紀委員の中で、一番忙しかったのは彼だろう。
 ――それも、本来の活動とは少し違った方向性で。
 初日、達也が取り押さえた桐原武明は、対戦系魔法競技では当校有数の有望株だったらしい。達也が組み伏せた時には壬生紗耶香との試合で鎖骨にヒビが入っていたし、だからこそあれほど容易く捌くことが出来たのだという見方もあるのだが、同じ対戦系魔法競技者で細かい事情を知らない生徒にとっては、一年生の、しかもウィードに、レギュラー選手が負けたという事件は大層面白くないに違いなかった。
 その結果――
「達也、今日も委員会か?」
 帰り支度中の達也に、鞄を手にしたレオがそう訊ねた。
「今日は非番。ようやく、ゆっくりできそうだ」
「大活躍だったもんなぁ」
「少しも嬉しくないな」
 憮然たる面持ちでため息をつく達也を前にして、レオは明らかに、噴き出すのを我慢している顔だった。
「今や有名人だぜ、達也。
 魔法を使わず、並み居る魔法競技者(レギュラー)を連破した謎の一年生、ってな」
「『謎の』ってなんだよ……」
「一説によると、達也くんは魔法否定派に送り込まれた刺客らしいよ」
 ひょっこり覗き込むように顔を見せたのは、同じく帰り支度を済ませたエリカだった。
「誰だよ、そんな無責任な噂を流しているヤツは……」
「あたし〜」
「おい!」
「もちろん、冗談だけど」
「勘弁しろよ……性質(たち)が悪すぎだ」
「でも、噂の中身は本当だよ」
 再び、ため息をつく破目になった。
 そんなデマを真に受ける者はいないと思う――思いたいが、便乗してチョッカイをかけてくる輩は十分予想の範疇だ。
「随分大きなため息だな?」
「他人事だと思いやがって……
 一週間で三回も死ぬかと思う体験をさせられた身になってみろ」
「真っ平だ♪」
 面白がっていることを隠そうともしない笑い顔に、拳を叩き込みたい衝動に駆られたが、結局、達也は三度(みたび)ため息をつくのだった。
 剣術部の次期エース、二年生ではトップクラスの実力者と目されている桐原武明を、新入生の、ウィードが倒した。
 このニュースは、中途半端な魔法選民主義に染まった者達を驚愕させ、怒り狂わせた。
 彼らは逆恨みにすらなっていない理不尽な怒りを達也に向け、的外れな報復行動に出る者も続出する有り様だった。
 かといって、あからさまな私闘は、粛清の対象になる。
 達也のバックには風紀委員長が控えているし、今回の件に関して生徒会長、部活連会頭も達也の擁護に回るであろうことは、細かい事情を知らない者にも容易に想像出来ることだ。
 ならば、どうするか。
 こういうときは、事故に見せかけるのが定石。
 彼らも、そうした。
 巡回中の達也が近づくのを待って、わざと騒ぎを起こす。
 彼が仲裁に入ったところで、誤爆に見せ掛けた魔法攻撃を浴びせる。
 大体、このパターンだった。
 達也にとってみれば、行く先々で騒動が続け様に勃発するのだから、たまったものではなかった。
 只でさえ、風紀委員という立場上、無視して通り過ぎることも出来ず、事態の収拾に努めなければならない。
 その上で、彼を目掛けて魔法が飛んで来るのだ。
 どうやら自分が狙われているらしいということは一日で分かったが、裏で結託している証拠が見つかるまでは予め手の打ちようがないし、証拠が見つかる頃には勧誘週間が終わっている。
 つまり、みすみす罠の中へ飛び込んでいかなければならないような状態だったのだ。
「……考えてみれば、良く無事だったな、俺……」
「今日からデバイスの携帯制限が復活することですし、もう心配ないんじゃありませんか?」
「そう願いたいよ」
 美月のかけた慰めの言葉に、達也はここぞとばかり頷いた。

◇◆◇◆◇◆◇

 生徒会にオフはあっても非番はない。そもそも交代制ではないのだから。
 深雪は今日も生徒会室でお仕事だ。
 そして、達也たち兄妹には、片方を置いて先に帰るという選択肢は存在していない。
――客観的に見れば、ブラコン、シスコンと揶揄されても仕方のない二人だった。
 それでも、
「申し訳ありません、お兄様……
 わざわざお待ち頂くことになってしまって……」
 相手を待たせることに罪悪感を覚える余地が残っているだけ、まだ救いがあるのだろう。
「気にするな、と言っても無理なんだろうがな……」
 笑いながら、妹の頭をポン、ポンと軽く叩く達也。
 それは叩くと言うよりも撫でると言った方が相応しい、優しい手付きで、深雪ははにかみながら気持ち良さそうに目を細めている。
――下校途中の生徒が行き交う廊下を歩きながら。
 誤解(?)を推奨するような仲睦まじさを見せつけながら、生徒会室へ向かう二人に向けられる視線は、好意と悪意が相半ばしている。ただそれは、仲の良すぎる(・・・・・・)カップルに向けられるありがちなものとは顕著な違いがあって、悪意の視線は達也が一手に引き受けていた。
 深雪と並んで歩いているとき。
 彼に向けられる悪意の視線、その主成分は、先週までなら嘲りだった。
 今は、忌々しげな反感、と、微妙に見え隠れする、恐怖。
 強者に対する畏れ、ではなく、
 未知なるものに対する、恐れ。
 それは、彼の「活躍」に溜飲を下げてもいいはずの二科生も同じだった。
 そういう訳だから、面識の無い相手から声を掛けられたのは、今週に入って初めてだった。
「司波君」
 達也と深雪は同時に振り返った。
 肉体的なスペックなら、明らかに達也が上回っている。
 にも関わらず反応が同時になったのは、深雪の行動が反射的なものであったのに対して、達也の方には自分が声を掛けられたということに確信が持てない部分があったからだ。
 それは、ややハスキーではあったが、女性の声だった。
「こんにちは。一応、はじめまして、って言った方がいいのかな?」
 セミロングストレートの、なかなかの美少女。
 彼女の顔に、見覚えはあった。
「そうですね、はじめまして。
 壬生先輩、ですよね?」
 達也にとって、激動の一週間の幕を開けたともいえる、剣道部の二年生。
 剣道部乱入事件の、一方の当事者だった。
 足を止めた達也へ向かって、躊躇の無い足取りで近づいてくる。
 物怖じしない性格なのか、それとも下級生だからと安心――あるいは侮っているのか。
 どちらであるにせよ、そのどれであるにせよ、変に隔意を持たれるよりマシではある。
 深雪は、上級生が兄の前に立ち止まったのに合わせてスッ、と半歩、身を引いた。
 達也に焦点を合わせていれば見えない、少しでも気を逸らせば自然と目に入る、そんな立ち位置だった。
「壬生紗耶香です。
 司波君と同じE組よ」
 達也の目が、自然と紗耶香の左胸に吸い寄せられた。
 緑色のブレザーに縫い付けられた、緑色の、無地のポケット。
 同じ、とは、そういう意味だと、達也にはすぐに分かった。
「この前はありがとう。
 助けてもらったのに、お礼も言わないでごめんなさい」
 親しげに投げ掛けられる微笑みは、同年代の少年にとって抗い難い吸引力を備えていた。魔法を扱う者にとって安易に使用してはならない言葉だが、心を奪う魔力が秘められている、という文学的な表現が相応しい。――文学といっても通俗文学だが。
「あの時のお礼も含めて、お話したいことがあるんだけど……
 今から少し、付き合って貰えないかな?」
 自分の笑顔が男子高校生に与える影響力を、意識しているか無意識であるかは別にして、良く弁えているのだろう。
――もっとも、美しすぎる妹が常に傍らに在る達也に対しては、幾分勝手が違うかもしれない。
「今は無理です」
 あっさりと拒絶された紗耶香は、ムッと来るよりむしろ呆気にとられているようだった。
「十五分後ならば」
「えと、それじゃあ、カフェで待ってるから」
 詮索の暇もなく代替案を事務的な口調で提示されて、すっかり調子を狂わされながらも、紗耶香は達也の約束を取り付けることに成功した。

◇◆◇◆◇◆◇

 達也が付き添うのは、生徒会室の扉の前までだ。
 中まで入ってしまうと、服部と顔を合わせる可能性が高い。そうなるとお互い余り愉快な思いはしないので、自然と、用事の無い達也の方で放課後の生徒会室を避けるようになっていた。
――既に安全が確認されているというのが、大前提ではあったのだが。
「じゃあ、図書館で待っているから」
 昨日までは深雪が達也を待つ立場だった。
 達也が深雪を待つパターンは今日が初めてだが、入学前に達也がシミュレートしていたのはこのパターンだった。
 深雪は間違いなく、何らかの役職に就くと分かっていたから。
 故に、時間の潰し方を迷ったりはしない。
 元々彼がこの学校に来た理由の一つが、国立魔法大学の関係機関からでなければアクセスできない非公開文献にあったのだから尚更である。
「図書館、ですか?」
 しかし、そういう事情を知っているはずの深雪が、小首を傾げてわざわざ確認の言葉を返して来た。
「……その予定だが、何故そんなことを?」
「いえ……これから壬生先輩とカフェテリアで待ち合わせをされていらっしゃいますので……」
 深雪の目は、達也の喉の辺りへ向けられている。
「深雪?」
 達也が名前を呼んでも、顔を上げない。
 目を合わせようと、しない。
 寧ろ、視線を脇へ逸らしてしまう。
 妹が何故こんな態度をとるのか、達也には分からない。
 普通に考えれば拗ねているのだろうが、この妹に限って、ただそれだけであるはずがなかった。
 問いただすにしても、ここは生徒会室の目の前で、お互いに人を待たせている状況だ。
「そんなに長話をする訳じゃない。
 どうせ、部活の勧誘かそこらだろう」
 見当外れなことを言っているという自覚はあった。
 だが、事態を打開する切っ掛けにはなった。
「……本当に、それだけでしょうか」
「なに?」
「単なる、クラブ活動の勧誘なのでしょうか。
 わたしは、違うような気がします。
 理由はありません。
 ですが……深雪は、不安です。
 お兄様が名声を博するのはとても嬉しいことなのですが……
 お兄様の本当のお力を、その一端でも知れば、私利私欲に役立てようと群がってくる輩は大勢います。
 きっと、そうでない者の方が例外です。
 どうか、気をつけて下さい」
 杞憂、と笑い紛らすことは簡単だった。
 彼が、司波達也でなければ。
 相手が、司波深雪でなければ。
「……心配するな。
 何があろうと、俺は大丈夫だ」
「だから!
 それが、心配なんです!」
 ようやく、妹が何を案じているのか、達也は朧気ながらも理解した。
「……大丈夫だ。決して、自棄を起こしたりしないから」
「……約束ですよ、お兄様」
「分かった。
 ……ところで深雪、たかが高校の委員会活動で、名声を博する、は言い過ぎだ」
「……もう!
 いいじゃありませんか、そんなこと。
 わたしにとって、お兄様のお名前は、名声なのです!」
 クルリと身を翻してカードリーダーへ向かう深雪の、弧を描き流れた黒髪に隠れた頬が、ほんのりと紅に染まっていた。

◇◆◇◆◇◆◇

 待ち合わせの相手は、すぐに見つかった。
 何故なら紗耶香は、入口の脇に立って待っていたからだ。
「座って待っていれば良かったと思いますが」
「それじゃあ司波君が気づかないかもしれないでしょ?
 こっちが誘ったのに、探させるのは悪いから」
 女性らしい、あるいは年上としての気遣いなのだろうが、この人は自分のことを余り理解していないようだ、と達也は思った。
――思い切り、目立っていたのだ。
 煩わしい噂がまた一つ増えたことを覚悟しなければならないだろう。
 大喜びで肴にしそうな上級生の顔が二人分、脳裏に浮かび上がり、達也は心の中でため息をついた。
 もっとも、それを表に(面に)出すような、不用意な真似はしない。
 流石に初対面の女性と待ち合わせて、会った早々ため息をつくのは失礼だろうから。
「とにかく、座りましょう。
 話はそれからだ」
「そんなに混んでる訳じゃないから、飲み物を買ってからの方がいいわ」
 疑問形でもなく、誘導形でもなく、断定。
 少し、意外感を覚えた。
 だが、あえて逆らう程のものでもない。
 達也はコーヒーを、紗耶香はジュースを購入して、空いている席に、向い合わせで腰を下ろした。
 一口、コーヒーを含み、カップを持ったままの体勢で、達也は向かいの席へと目を向けた。
 紗耶香は鮮やかな真紅の液体を、ストローで夢中になって吸い込んでいる。
 一気に三分の二程も飲み干して、ようやく顔を上げる。
 目が、合った。
 きょとんとした表情が、みるみる赤く染まる。
 まるでジュースの色素が顔に巡って来たような塩梅だ。
「……好きなんですか、それ?」
 達也としては素朴な疑問だったのだが、
「うっ……良いじゃない、甘い物が好きでも!
 どうせあたしは子供っぽいです!」
 いきなり怒られ……いや、拗ねられてしまった。
 そんなに恥ずかしいなら最初から頼まなければいいのに、と達也は思った。
 羞じらいの度合いと、無防備さ加減の釣り合いが取れていない、とも感じた。
 だが口に出したのは、全くベクトルの異なる台詞だった。
「俺も、甘い物は好きですよ。
 それは飲んだことがありませんが、家ではよくジュースを飲んでいます」
「そうなの……?」
「ええ」
「そっか……」
 実際にそういう仕草をしている訳ではないが、胸を撫で下ろす紗耶香の様は、年長者に見えなかった。
――先週と、随分印象が違う。
「……えっと、気を取り直して、っと……
 改めて、先週はありがとうございました。
 司波君のおかげで大事に至らずに済みました」
 揃えた両膝に手を置き、居住まいを正して、一礼する紗耶香。
 流石は「剣道小町」というべきか、先程までの「可愛らしい女の子」より余程、様になっている。
「礼には及びません。あれは仕事でやったことですから」
 達也は、半自動で紡ぎ出される考察を意識の裏で聞き流しながら、当たり障りの無い答えを返した。
「ううん、桐原君を止めてくれたことだけじゃないの」
 だがその形式的な答えは、紗耶香のお気に召さなかったようだ。
「あんな野試合じみた真似をしたんだもの、あたしと桐原君だけじゃなくて、剣道部と剣術部の両方に懲罰があってもおかしくなかった。
 穏便に済んだのは、司波君がお咎め無しを主張してくれたからでしょ?」
「実際に、騒ぎ立てる程のことではありませんでしたからね。
 壬生先輩と桐原先輩以外、怪我人も出なかったことですし」
「そうね、女の子なのに、と思われるかもしれないけど……
 武道をやっていればあの程度、よくあることだわ。
 上達の過程で、自分の強さをアピールしたいという気持ちを抑えられない時期が、必ずと言って良いくらい、ある。
 司波君にも、覚えがない?」
「そうですね。分かります」
 ――嘘だった。
 少なくとも、その半分は。
 彼には武道の修行をしているという意識は無い。
 彼が学んでいるのは、あくまでも戦闘の技術。
 任務を遂行する能力のアピールなら理解できるが、単純に強さを見せつけるという衝動には縁がなかった。
「そうでしょ?」
 だが、当たり前のことだが、今日初めて言葉を交わす紗耶香に、達也の内心まで分かろうはずもなかった。
「大袈裟に騒ぎ立てる必要なんて無いのよ。
 それなのに、あのくらいのことを問題にしたがる人が多いの。
 今回も、同じ程度のことで摘発された生徒が大勢いる。
 風紀委員の、自分の点数稼ぎの為にね」
「……俺も一応、委員会のメンバーなんで……
 すみません」
「ご、ごめん!
 そんなつもりじゃないのよ、ホントに!」
 決まり悪げに装って(・・・)頭を下げる達也を見て、いつの間にかエキサイトしていた紗耶香は、大慌てで釈明を始めた。
「あたしが言いたいのは、司波君はそんな連中とは違ってて、そのおかげで助かったってことで、えと、風紀委員会の悪口が言いたかったんじゃなくて、そりゃああの連中は嫌いだけど、って、あれっ?……」
 ゲシュタルト崩壊を起こしてしまった紗耶香を、達也は無表情に観察している。……目が、笑っていたが。
 既に意味をなさなくなっていた単語の羅列は次第にフェードアウトしていき、遂には声にすらならず口だけを開閉していた紗耶香は、達也の視線に含まれる笑みに気付き、恥ずかしげに俯いた。
「……ねえ、司波君って、いじめっ子なの……?」
 どこかで聞いたような台詞だった。
「そんな特殊な性癖は持ち合わせていません」
 しれっと嘯く。そして、反論の機先を制して言葉を重ねる。
「それで、お話とは、なんでしょう」
「……単刀直入に言います」
 唇は違う音韻を形作っていたが、諦めたのか、はたまた目的意識が勝ったのか、
「司波君、剣道部に入りませんか」
ようやく本来の(・・・)用件を切り出した。
 予想通り、過ぎて、いささか拍子抜けの感を否めないが、答えは決まっていた。最初からそう言ってくれれば、手っ取り早かったのだが、と小さな苛立ちを覚えつつ、達也は用意済みの答えを返した。
「折角ですが、お断りします」
「……理由を聞かせてもらってもいい?」
 僅かな考慮の素振りも無い即答に、紗耶香はショックを隠しきれない面持ちだった。
「逆に俺を誘う理由をお聞きしたいですね。
 俺が身に付けている技は、剣道とは全く系統が異なる徒手格闘術。壬生先輩の腕なら、分からないはずは、ありませんが?」
 特に荒げたのでもなく、挑発的でもない落ち着いた口調だが、指摘自体が韜晦を許さぬ鋭い切れ味を持っていた。
 紗耶香の視線が、宙をさ迷う。
 必死に脱出路を探しているような仕草だった。
 ある意味で、その通りだったのだろう。
 彼女は一つため息をつくと、観念した顔で、口を開いた。
「魔法科学校では魔法の成績が最優先される……そんなことは最初から分かってて、こっちも納得して入学したのは確かだけど、それだけで全部決められちゃうのは間違っていると思わない?」
「……続きをどうぞ」
「……授業で差別されるのは仕方がない。あたしたちに実力が無いだけだから。
 でも、高校生活って、それだけじゃないはずよ。
 クラブ活動まで魔法の腕が優先なんて、間違ってる」
 達也がこの一週間で見てきた限りにおいて、魔法競技に関係の無いクラブ活動が学校側から不当な抑圧を受けているという事実はなかった。
 確かに、魔法競技系統のクラブは、学校から様々なバックアップを受けている。
 だがそれは、魔法科高校としての名前を上げるための宣伝の一環であって、学校経営の観点から行われていることだ。
 思うに、正面で熱弁をふるっているこの女の子は「優遇されていない」ということと「冷遇されている」ということの区別がついていないのだろう。
 しかしそれは、達也が教えてやらなければならない筋のものでもなかった。
「あたしたちは、非魔法競技系のクラブで連帯することにしたの。剣道部以外にも大勢賛同者を集めた。
 今年中に、部活連とは別の組織を作って、学校側にあたしたちの考えを伝えるつもり。
 魔法が、あたしたちの全てじゃないって。
 その為に、司波君にも協力してもらいたいの」
「なるほど……」
 アイドルかと思っていたら、とんだ女闘士だった訳だ。
 自分の見る目の無さを、達也は笑った。
「……バカにするの」
 その笑いをどうやら勘違いしたようだ。
 このまま誤解していてくれた方が、後腐れ無い気もしたが、達也はつい、余計なことを口にしてしまった。
「そんなつもりはありません。
 自分の思い違いが可笑しかっただけですよ……
 先輩のことをただの可愛いアイドルと思っていたんですから、俺も見る目が無い……」
「…………」
 後半は、半ば独り言だった。
 入学以来、一癖も二癖もある美少女が次々と登場した所為か、普通の(・・・)美少女を無意識に期待していたのか、と大声で自分を笑い飛ばしたい気持ちすらあった。
 意識が内側へ向いていた為に、紗耶香が顔を赤らめてそわそわと挙動不審になっていたことに、達也は気付いていない。
「壬生先輩」
「な、何かしら」
 笑いの衝動を収めて、達也は表情を改めた。
 紗耶香の応える声が多少ひっくり返っていたが、達也に気に留めた素振りは無い。
 そして達也は、本当の意味で余計な(・・・)一言を、吐いてしまった。
「考えを学校に伝えて、それからどうするんですか?」
「……えっ?」


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