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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(16) 秘匿技術
「――以上が剣道部乱入事件の顛末です」
 達也の前には三人の男女。
 向かって右に生徒会長、七草真由美。
 中央に、ある意味で彼の上司である風紀委員長渡辺摩利。
 そして左の男子生徒がおそらく、部活連会頭、十文字克人だろう。
(巌のような人だな……)
 身長は一八五センチ前後。見上げるような大男、という訳ではない。
 だが分厚い胸板と広い肩幅、制服越しでも分かる、くっきりと隆起した筋肉。
 そういう肉体的な特徴だけでなく、人間を構成する諸要素を凝縮するだけ凝縮したような、存在感の密度が桁外れに濃厚な人物だった。
 流石は真由美、摩利と並んで第一高校三巨頭に数えられる人物、と達也はその外見と印象だけで納得した。
「当初の経緯は見ていないのだな?」
「はい。
 桐原先輩が挑発したという剣道部の言い分も、剣道部が先に手を出したという剣術部の言い分も、確認していません」
 彼は閉門時間間際の部活連本部で、本日遭遇した剣道部の騒動について報告を行っているところだった。
「最初、手を出さなかったのはその所為かしら?」
 先の質問は摩利。この質問は真由美。
 克人は当初より聞き役に徹している。
「危険と判断すれば介入するつもりでした。
 打ち身程度で済むのであれば、当人同士の問題かと」
「……まあいい。確かに、いがみ合いが発生する度、毎回我々が出て行くのも人員的に不可能だ」
 勧誘時のトラブルは、部活連内部で処理するのが原則。摩利の発言はそれを踏まえたもので、真由美からも克人からも異論は出なかった。
「それで、取り押さえた桐原はどうした?」
「桐原先輩は鎖骨にひびが入っていましたので、保健委員に引き渡しました。
 とはいえ、魔法ですぐに治癒可能な程度の損傷でしたが。
 自分が取り押さえた際、非を認めておられたので、拘束は必要無いと判断しました」
「ふむ……いいだろう。訴追は、摘発した者の判断に委ねられているのだからな。
 聞いての通りだ、十文字。
 風紀委員会としては、今回の事件を懲罰委員会に訴追するつもりはない」
「寛大な決定に感謝する。
 高周波ブレードなどという殺傷性の高い魔法をあんな場で使ったのだ。怪我人が出ずとも、本来ならば停学処分もやむを得ないところ。
 それは本人も分かっているだろう。
 今回のことを教訓とするよう、よく言い聞かせておく」
「頼んだぞ」
 克人が軽く頭を下げ、摩利が頷く。
 これで今回の件は終わりだ。
「でも、剣道部はそれでいいの?」
「挑発に乗って喧嘩を買った時点で同罪だ。文句をつけられる筋合いじゃない」
 くすぶる不満の消火活動は、彼の仕事ではない。
 達也は退出の許可を得て、部屋を後にした。

◇◆◇◆◇◆◇

 部活連本部を出たその足で、達也は生徒会室へ向かうつもりだった。
 日没まで、もう僅かだ。
 いくら魔法が使えるとはいえ、年頃の少女が一人で出歩くには不適当な時間だし、それ以前に、深雪が達也を置いて帰ることを肯んじるはずもないのだった。
 だが彼の予定は、道のりの半ばで修正を余儀無くされた。
 部活連は生徒会室のある本校舎とは別棟におかれている。
 部活連本部から生徒会室へ行くには、一旦校庭へ出て(靴を履き替える必要はない。上履き、という習慣はほとんど見られなくなっている)昇降口に回らなければならないのだが、そこに見知った顔が並んでいた。
「あっ、おつかれ〜」
「お兄様」
 真っ先に声を上げたのはエリカだったが、真っ先に駆け寄ったのは深雪だった。
 思いがけない機敏さに、他の面々は目を円くしている。
「お疲れ様です。本日は、ご活躍でしたね」
「大したことはしてないさ。深雪の方こそ、ご苦労様」
 腰の前に両手で提げる鞄を挟んだだけの間近から、自分の顔を見上げる深雪の髪を、達也は二度、三度とゆっくり撫でた。
 深雪は気持ち良さそうに目を細めながら、兄を見詰める、その眼差しを逸らさない。
「兄妹だと分かっちゃいるんだけどなぁ……」
 二人へ歩み寄りながらも、気恥ずかしげな表情で、微妙に視線を外しながらレオが呟くと、
「何だか、すごく絵になってますよね……」
 その隣では、美月が顔を赤らめながらも、食い入るように二人を見ている。
「あのね、君たち……一体何を期待しているのかな?」
「ババババカ言うなよ! なな何も期待してねえって!」
「そそそそうですよ、エリカちゃん! 変なこと言わないで!」
「……ハイハイ、そういうことにしといてあげる」
 エリカのツッコミが入らなければ、レオと美月の勘違いは止まるところを知らなかっただろう。
 そんなエリカの孤軍奮闘も知らず、達也はようやく妹の髪から手を放して、三人へ目を向けた。
 深雪も、名残惜しそうな顔を見せつつ、兄に倣う。
 ――そんな表情を見せるから、変な妄想を招くのだが。
「すまんな、待っていてくれたのか」
「水くさいぜ、達也。ここは謝るとこじゃねえよ」
「私はついさっき、部活が終わったところですから。
 少しも待っていませんので」
「そいつも部活が終わったばかりだから。
 気にしなくていいよ」
 三者三様の笑顔で達也を出迎えるレオ、美月、エリカ。
 事実が言葉と裏腹であることに達也はすぐ気付いたが、彼女たちの心遣いを敢えて無にするような真似はしなかった。
「こんな時間だし何処かで軽く食べて行かないか? 一人千円までなら奢るぞ」
 現在の通貨価値は、二度のデノミネーションで百年前とほぼ同じ水準になっている。
 高校生にとって千円という金額は、少し高めではあるが妥当なラインだ。
 待たせた謝罪を呑み込んだ、代わりの誘い。
 それが分からぬ者も、余計な遠慮を口にする者も、ここにはいなかった。

◇◆◇◆◇◆◇

 入学式の日とは別のカフェで、五人は今日一日のこと――入部したクラブのこととか、退屈な留守番のこととか、勧誘に名を借りたナンパのこととか、色々な体験談に花を咲かせたが、やはり、最も関心を引いたのは、達也の捕物劇だった。
「――その桐原って二年生、殺傷性ランクBの魔法を使ってたんだろ? 良く怪我しなかったよなぁ」
「致死性がある、と言っても、高周波ブレードは有効範囲の狭い魔法だからな。
 刃に触れられない、という点を除けば、良く切れる刀と変わらない。それほど対処が難しい魔法じゃないさ」
 さっきから手放しで感心しているレオに、やや辟易した表情で達也が応じる。
「でもそれって、真剣を振り回す人を素手で止めようとするのと同じってことでしょう?
 危なくなかったんですか?」
「大丈夫よ、美月。お兄様なら、心配要らないわ」
「随分余裕ね、深雪?」
 今更のように顔を曇らせた美月を宥める深雪の表情は、エリカが指摘したように不自然なほど余裕があった。
「確かに達也くんの技は見事としか言えないものだったけど、相手の腕も決して鈍刀(なまくら)じゃなかったよ。
 本当に、心配じゃなかったの?」
「ええ。お兄様に勝てる者などいるはずがないもの」
 一分一厘の躊躇もない断言。
「――えーっと……」
 これには流石のエリカも、絶句するしかない。
 彼女はあの時の達也の技を間近で見ている。
 あれは、達人レベルと言っても、過言ではなかった。
 それでも、ここまで自信を持って言い切ることは、エリカにはできない。
「……達也さんの技量を疑う訳じゃないんだけど、高周波ブレードは単なる刀剣と違って、超音波を放っているんでしょう?」
「そういや、俺も聞いたことがあるな。超音波酔いを防止する為に耳栓を使う術者もいるそうじゃねえか。
 まっ、そういうのは最初から計算ずくなんだろうけど」
「そうじゃないのよ。
 単に、お兄様の体術が優れているというだけではないの」
 美月とレオの懸念に応える深雪の表情は、苦笑いをこらえているようでもあった。
「魔法式の無効化は、お兄様の十八番なの。
 エリカ、お兄様が飛び出した直後、床が揺れたような錯覚を覚えたのでしょう?」
「そうね。
 あたしはそれ程でもなかったけど、乗り物酔いと同じ症状になった生徒もいたみたい」
「それ、お兄様の仕業よ。
 お兄様、キャスト・ジャミングをお使いになったでしょう?」
 ニッコリと、作り笑いを向けてくる深雪に、達也はため息の白旗を揚げた。
「……お見通しか。敵わないな」
「それはもう。
 お兄様のことならば、深雪は何でもお見通しですよ」
「いやいやいやいや」
 苦笑と微笑、笑顔を見合わせる二人の間に、素っ頓狂な声でレオが割り込む。
「それって、兄妹の会話じゃないぜ? 恋人同士のレベルも超えちまってるって」
「「そうかな(かしら)」」
 ぴったりハーモニーを奏でた達也と深雪に、たっぷり一秒は硬直したあと、レオは力尽きたように突っ伏した。
「……このラブラブ兄妹にツッコミ入れようってのが大それてるのよ。アンタじゃ最初から太刀打ちできないって」
「ああ、俺が間違ってたよ……」
「その言われ様は著しく不本意なんだが」
「いいじゃありませんか。わたしとお兄様が強い兄妹愛で結ばれているのは事実ですし」
「ぐはっ!」
「わたしはお兄様のことを、誰よりも敬愛致しておりますので」
「あーっもうあたし帰ろーかなーっ」
「……深雪、悪ノリも程々にな?
 冗談だって分かってないのも約一名いるようだから」
「…………」「…………」「…………」
「……えっ? えっ? 冗談?」
 顔を赤く染めて俯いていた美月が、沈黙を浴びせられながら、キョロキョロと左右に目をさまよわせるに至って、誰からともなくため息がこぼれた。
「……まっ、これが美月の持ち味よね」
「あぅ……」
「……そういや、キャスト・ジャミングとか言ってなかったか?」
 身の置き所がない雰囲気が漂う中、レオが強引に話題を戻した。
「タネを明かせば、そうなんだ」
 達也としては、余り好ましくない話題なのだが、今は已む無し、と話を繋いだ。
「キャスト・ジャミングって、魔法の妨害電波のことだっけ?」
「電波じゃないけどな」
「慣用句よ」
 言わずもがなのツッコミを、澄ました顔で切り返して、エリカは何事もなかったように言葉を継いだ。
「でもあれって、特殊な石が要るんじゃなかったっけ?
 アンティ……アンティ何とか」
「アンティナイトよ、エリカちゃん。
 達也さん、アンティナイトを持ってるんですか?
 すごく高価なものだったと思うんですけど」
 美月の言う通りだった。
 キャスト・ジャミングは魔法式が対象物のエイドスに働きかけるのを妨害する魔法の一種で、同じように相手の魔法を無効化する『広域干渉』が自分を中心とした一定のエリアに対して、何の情報改変も伴わない、干渉力のみが定義された魔法式を投射することにより、他者の魔法式の干渉をシャットアウトする技法であるのに対し、キャスト・ジャミングは無意味なサイオン波を大量に散布することで、魔法式がエイドスに働きかけるプロセスを阻害する技術である。
 広域干渉はある意味で魔法を予約することにより、他者の魔法の割り込みを防止するものあり、基本的に相手より強い干渉力が必要となる。
 一方、キャスト・ジャミングは他のユーザーがデータをアップロードしようとしている無線回線の基地局に対し、大量のアクセス要求を行うことによりアップロードの速度を極端に低下させるようなもので、干渉力の強弱はそれほど問題にならないのに対して、四系統全ての魔法を妨害することのできるサイオンのノイズ、先の例で言えば、周波数を頻繁かつ不規則に切り替えることにより、一本の送信アンテナでも帯域を全て塞いでしまうような電波を作り出すことが必要とされる。
 アンティナイトはこの条件を満たすサイオンノイズを作り出す物質として知られている。魔法師が自身の演算でキャスト・ジャミング用のノイズを作り出すことも理論上は可能とされているが、実行は困難ともされている。
 広域干渉とは異なり、キャスト・ジャミングの影響下では自分の魔法発動も阻害されてしまう為、魔法師本人の意識がキャスト・ジャミング用のノイズを構成しようとしても、無意識下では本能的にそれを拒否してしまうのである。
(魔法演算領域は無意識領域に形成されるものであり、意識の作用よりも無意識の作用の方が優先されてしまう)
 その為、キャスト・ジャミングを使うには、サイオンを流すだけで条件を満たすノイズを発振するアンティナイトの利用が不可欠と考えられている。
 ……の、だが、達也の回答はその常識を覆すものだった。
「いや、持ってないよ」
「えっ? でも、キャスト・ジャミングを使ったって……」
「あー……この話はオフレコで頼みたいんだけど?」
 困惑した表情で間を取り、テーブルに身を乗り出して声を潜めた達也に、他の三人はつられたように身を乗り出して真剣な面持ちで頷いた。
「……正確には、キャスト・ジャミングじゃないんだ。俺が使ったのは、キャスト・ジャミングの理論を応用した特定魔法のジャミングなんだよ」
「……それって、新しい魔法を理論的に編み出したってことじゃないの?」
 感心、驚愕、賞賛というよりも、呆れたようなニュアンスがエリカの声には含まれていた。
 オリジナルの魔法を使う魔法師は少なくない。子供の頃からオリジナル魔法を得意とする魔法師の卵も多い。だがそれは、本能的、あるいは直感的に自分にあった魔法を自然に編み出すもので、理論的に新しい魔法を構築できる魔法師は数少ない。
 魔法は無意識領域の作用に大きく依存している。
 無意識に使える魔法を後から理論付けするのは易しくても、理論的に新しい魔法を作り出すことは、それが単なる既存魔法のバリエーションであっても、その魔法の構成と作動原理を完全に理解することが要求されるからだ。
「編み出したって言うより、偶然発見したと言う方が正確かな」
 エリカの正直な反応に、達也は笑いながら答える。
「二つのCADを同時に使おうとすると、サイオン波が干渉してほとんどの場合で魔法が発動しないことは知っているよな?」
「ああ、俺も経験したことがあるぜ」
「うわっ、身の程知らず」
「何だと!?」
「二つのホウキを同時に使うって、魔法を並列起動させようとしたってことなのよ?
 そんな高等テクができると思うなんて、身の程知らずとしか言いようが無い」
「うるせーな。できると思ったんだよ!
 一応、得意属性だけなら多重起動はできるんだからな」
「ウッソーマッジーヤッダー」
「……バカにしてんのは分かってっから、その棒読みは止めろ。
 余計にむかつく」
「ふ、二人とも、今は達也さんのお話を聞きましょう? ねっ?」
「…………」
「……フンッ」
 互いにそっぽを向くエリカとレオ。
 おろおろと視線を右左に振る美月に、達也は肩をすくめて見せた。
「俺としては、ここで止めてもいいんだが……続けて欲しいって? まあ、いいけどな……
 それでだ、二つのCADを同時に使用する際に発生するサイオンの干渉を、キャスト・ジャミングと同じようにエリアへ発信する。一方のCADで妨害する魔法の起動式を展開し、もう一方のCADでそれとは逆方向の起動式を展開しておけば、各々のCADで展開した二種類の魔法と同種類の魔法発動をある程度妨害できるんだ。
 高周波ブレードのような常駐型の魔法でも、魔法式の効果を永続的に維持することはできない。
 いつかは必ず起動式を展開し直さなければならない。
 今回はちょうどそのタイミングを掴まえることが出来たという訳だ」
「具体的にどうするかは全く分からねえが、おおよその理屈は理解できたぜ。
 だがよ、何でそれがオフレコなんだ?
 特許取ったら儲かりそうな技術だと思うんだがなぁ」
「一つには、この技術はまだ未完成なものだということ。
 相手は二種類の魔法が使えないだけで、しかも全く使えない訳じゃなくて、使い難くなるだけなのに、こっちは全く魔法を使えなくなるんだからな。
 これだけでも相当致命的なんだが、それ以上に、アンティナイトを使わずに魔法を妨害できるという仕組みそのものが問題だ」
「……それの何処に問題があるんだよ?」
「バカね、大有りじゃない。
 国防や治安の分野では、魔法は今や無くてはならないものだわ。
 高い魔法力や高価なアンティナイトを必要としないお手軽な魔法無効化の技術が広まったりしたら、社会基盤が揺るぎかねない」
「エリカの言う通りだと俺も考えている。
 世の中には、魔法を差別の元凶と決めつけて、魔法の排斥を運動している過激派もいるからな。
 アンティナイトは産出量が少ないから、現実的な脅威にならずに済んでいる面がある。
 対抗手段を見つけられるまで、あのキャスト・ジャミング擬きを公表する気にはなれないな」
「すごいですね……そんなことまで考えているなんて」
「俺なら、目先の名声に飛び付いちまうだろうなぁ」
「お兄様は少し考え過ぎだと思いますけどね?
 そもそも、相手が展開中の起動式を読み取ることも、CADの干渉波を投射することも、誰にでも出来ることではありませんし。
 ですが、それでこそお兄様ということでしょうか……」
「……それは暗に、俺が優柔不断のヘタレだと言っているのか……?」
「さあ?
 エリカはどう思うかしら?」
「さあね〜?
 あたしとしては、美月の意見を聞いてみたかったり」
「ええ!?
 私は、その、ええっと……」
「誰も否定してはくれないんだな……」
 達也から恨めしそうな目を向けられて、深雪は朗らかな作り笑いで目を逸らし、エリカはメニューで顔を隠し、美月はオロオロと視線をさまよわせた、が、助けは何処からも現れなかった。


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