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 この物語はフィクションです。
 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
第一章・入学編
1−(14) 初仕事
 色々と特殊なところのある魔法科学校だが、基本的な制度は普通の学校と変わらない。
 ここ第一高校にも、クラブ活動はある。
 正規の部活動として学校に認められる為には、ある程度の人員と実績が必要である点も同じだ。
 ただ、魔法と密接な関わりを持つ、魔法科学校ならではのクラブ活動も多い。
 メジャーな魔法競技では、第一から第九まである国立魔法大学の付属高校の間で対抗戦も行われ、その成績が各校間の評価の高低にも反映される傾向にある。学校側の力の入れようには、一般のスポーツ名門校が伝統的な全国競技に注力する度合いを上回るかもしれない。九校戦と呼ばれるこの対抗戦に優秀な成績を収めたクラブには、クラブの予算からそこに所属する生徒個人の評価に至るまで、様々な便宜が与えられている。
 有力な新入部員の獲得競争は、各部の勢力図に直接影響をもたらす重要課題であり、学校もそれを公認、いや、寧ろ後押ししている感もある。
 かくして、この時期、各クラブの新入部員獲得合戦は、熾烈を極める。

「……という訳で、この時期は各部間のトラブルが多発するんだよ」
 場所は生徒会室。
 深雪の作った弁当をじっくり味わいながら、達也は摩利の説明に耳を傾けていた。
「勧誘が激しすぎて授業に支障を来たすことも。それで、新入生勧誘活動には一定の期間、具体的には今日から一週間という制限を設けてあるの」
 これは、摩利の隣に座った真由美の台詞だ。
 ちなみに達也の隣には、当然のように深雪が寄り添っている。
 鈴音とあずさはいない。昨日は真由美が声を掛けていたからで、あの二人は普段、クラスメイトとお昼を食べているらしい。
 なお、摩利も昨日と同じく自作弁当。一人だけダイニングサーバーの機械調理メニューを食べることになった真由美はかなりへそを曲げていたが、ようやく機嫌が直ったらしい。明日からは自分もお弁当を作ってくる、と張り切っていた。
「この期間は各部が一斉に勧誘のテントを出すからな。ちょっとしたどころじゃないお祭り騒ぎだ。
 密かに出回っている入試成績リストの上位者や、競技実績のある新入生は各部で取り合いになる。
 無論、表向きはルールがあるし、違反したクラブには部員連帯責任の罰則もあるが、陰では殴り合いや魔法の撃ち合いになることも、残念ながら珍しくない」
「CADの携行は禁止されているのでは?」
「新入生向けのデモンストレーション用に許可が出るんだよ。一応審査はあるんだが、事実上フリーパスでね。
 その所為で余計にこの時期は、学内が無法地帯化してしまう」
「学校側としても、九校戦の成績を上げてもらいたいから。新入生の入部率を高める為か、多少のルール破りは黙認状態なの」
 課外活動の強制は生徒の人権を無視するものとして、何十年も前に所管省庁が禁止通達を出している。部活動の為にスカウトされた生徒も巷には溢れているし、学校選択の自由の建前でスポーツスカウトは事実上野放しにしているのだから自家撞着かつ意味のない通達なのだが、やはり、建前として無視できない効力を持ち続けている。
「そういう事情でね、風紀委員会は今日から一週間、フル回転だ。
 いや、欠員の補充が間に合って良かった」
 そう言いながらチラッと隣を見たのは、おそらく、嫌味のつもりだろう。
「良い人が見つかってよかったわね、摩利」
 笑顔でさらりと流して、二人とも眉一つ動かさないところを見ると、こういうやり取りは日常茶飯事年中行事か。
 最後の一口を呑み込んで箸を置いた達也の湯飲みに、隣からお茶が注ぎ足される。
 一口、喉を潤して、彼は小さな抵抗を試みた。
「各部のターゲットは成績優秀者、つまり一科生でしょう? 俺はあまり役に立たないと思いますが」
 これは暗に、二科生を二科生が取り締まるべきという、昨日の摩利の建前論を言質としたサボタージュ宣言なのだが、
「そんなことは気にするな。即戦力として期待しているぞ」
 すっぱりと却下された。
 こうも真正面から切り捨てられると、流石に告げるべき二の句は無かった。
「……ハァ、分かりました。放課後は巡回ですね」
「授業が終わり次第、本部に来てくれ」
「了解です」
「会長……わたしたちも取り締まりに加わるのですか?」
 深雪の言う「わたしたち」とは、生徒会役員のこと。表面的な人当たりの良さとは裏腹に、対人関係には少し気難しいところのある妹がこの生徒会には早くも溶け込んでいるのが窺われて、達也は微笑ましさを覚えた。
「巡回の応援は、あーちゃんに行ってもらいます。何かあった時の為に、はんぞーくんと私は部活連本部で待機していなければなりませんから、深雪さんはリンちゃんと一緒にお留守番をお願いしますね」
「分かりました」
 深雪は神妙に頷いて見せたが、少しがっかりしていることが達也には見て取れた。
 好戦的な性格ではないはずだが、実力的には問題ない。
 新たに組み込んだ拘束系の術式を試してみたいのかもしれない。
 そんな、本人に聞かれたら「違います!」と一喝され、更には「……お兄様のバカ」などと小声で罵倒されるかもしれない勘違いを抱きながら、達也はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「中条先輩が巡回ですか?」
 暗に、頼りないのではないか、という主張。
 先と同じく「暗に」ではあったが、相手が違う所為か、今度は採り上げてもらえることになった。
「外見で不安になるのは分かるなぁ。でもね、達也くん、人は見かけによらないのよ」
「それは分かりますが……」
 達也は寧ろ、あずさの気弱な性格を問題視したのである。
「ちょっと、いや、かなりかな?
 気の弱いところが玉に瑕だけど、こういう時にはあーちゃんの魔法は頼りになるわよ」
「そうだな。
 大勢が騒ぎ出して収拾がつかない、というようなシチュエーションにおける有効性ならば、彼女の魔法『梓弓』の右に出る魔法は無いだろう」
「梓弓……? 正式な固有名称じゃありませんよね? 系統外魔法ですか?」
「……君はもしかして、全ての魔法の固有名称を網羅しているのかい?」
「ふぁ〜……達也くん、実は衛星回線か何かで、巨大データベースとリンクしてるんじゃない?」
 目を見張って確認の為の問いを発した達也を、更に目を丸くして摩利と真由美が見詰め返した。
 深雪はちょっと、吹き出しそうになったが、こういうシーンは初めてではないのでそれほど苦労することも無く慎ましやかな表情を維持できた。
 伝統的な魔法は、発生させる現象を象徴元素に当て嵌めて術式を分類していた。代表的な分類は「地」「水」「火」「風」の四大、四大に「空」を加えた五輪、「木」「火」「土」「金」「水」の五行など。「光」「闇」「虚」「無」「天」「月」「雷」「山」等が付け加えられることもある。
 超能力研究を端緒とする現代魔法は、現象をその見掛けの性質ではなく作用面から分析し分類した。
 即ち、
 〔加速・加重〕
 〔移動・振動〕
 〔収束・発散〕
 〔吸収・放出〕
以上、四系統八種類である。
 無論、分類には必ず例外があって、現代魔法学においても四系統八種に分類できない魔法が認められている。
 例えば四系統八種は作用面に着目した分類だから、超心理学にいうESP、知覚器官外認識力、いわゆる「超感覚」は「知覚系魔法」として四系統魔法とは別分野の魔法とされており、この分野では超心理学的なアプローチも未だ健在だ。
 現代魔法学が生まれてから百年足らず。魔法の実用化に多大な成果を上げてはいるが、学問としてはまだまだ未成熟ということなのだろう。
 四系統魔法に属さない魔法は、知覚系魔法を含めて大きく三種類に分けられている。
 一つは、対象物のエイドスを書き換えるのではなく、サイオンそのものを操作することを目的とする魔法で、これを無系統魔法と呼ぶ。真由美が得意とするサイオン粒子塊射出の魔法は無系統魔法の典型とされている魔法だ。達也が服部をKOした魔法も厳密には振動魔法ではなく無系統魔法になるのだが、四系統魔法と無系統魔法の区別はそれほど厳格なものではない。
 そして残るもう一つが、物質的な現象ではなく精神的な現象を操作する魔法で、これを総称して系統外魔法という。系統外魔法はまさしく系統に属さない、系統に分類できない魔法で、霊的存在を使役する神霊魔法・精霊魔法から読心、幽体分離、意識操作まで多種にわたる。
「達也くんお察しのとおり、あーちゃんの『梓弓』は情動干渉系の系統外魔法よ。
 一定のエリア内にいる人間をある種のトランス状態に誘導する効果があるの」
 情動干渉系魔法は精神干渉の魔法の一分類で、意思・意識ではなく衝動・感情に働きかける魔法を指す。
「梓弓は意識を奪う訳ではなく、意思を乗っ取る訳でもないので、相手を無抵抗状態に陥れることまではできない。
 だが、個人ではなくエリアに対して働きかける魔法なので、精神干渉系の魔法には珍しく、同時に多人数を相手として仕掛けることができる。興奮状態にある集団を鎮静化させるにはもってこいの魔法だよ」
「……それは第一級制限が課せられる魔法なのでは……?」
 系統外魔法はその特殊な性質から、四系統魔法以上に厳しく使用が制限されている。中でも精神干渉系魔法は使用条件が特に厳しい。
 説明された限りでも、この魔法は使いようによっては恐ろしい洗脳の道具になる。トランス状態にある人間は、被暗示性も高まるからだ。
 この魔法の存在を知れば、これを利用しようとする独裁政治家、テロリスト、カルト指導者は後を絶たないだろう。
 達也がそう指摘すると、真由美は「大丈夫よ」と笑いながら答えた。
「あーちゃんが独裁者の片棒を担ぐとこなんて、想像できる?」
「無理矢理協力させられる、というケースもあり得ますが」
「それこそ無理無理。
 あの子は道端で小額カードを拾っても涙目になっちゃうくらいなんだから。
 そんな罪悪感で押し潰されちゃいそうな心理状態で、魔法がまともに使えるはずないでしょう?」
 魔法が心理状態に左右されるのは常識に近い定説だ。
 それほど善良な性質なら、集団洗脳という重大犯罪に関わり合うと意識しただけで魔法が使えなくなるかもしれない。
 もっとも、極端に気が弱いというなら逆に、依存させて利用するという手もある訳だが、そこまでこの場で追求する必要も無かった。
「ですが、精神干渉系の魔法に対する法令上の制限は、中条先輩のご性格に関わりなく、適用されると思いますが……」
「あっ……
 えっと、大丈夫よ、深雪さん。学校外では使わせないから」
「真由美……その言い方は著しい誤解を招くと思うぞ。
 中条の系統外魔法使用については、学校内に限ることを条件として、特例で許可を受けている。
 研究機関における使用制限緩和の抜け道をついた、いわば裏技だがね」
「なるほど」
「そのような手段があるのですね」
「ええ、そうなのよ……」
 摩利のフォローに、司波兄妹は納得顔で頷き、真由美は誤魔化し笑いを浮かべた。

◇◆◇◆◇◆◇

 午後の授業が終わり、気が進まないながらも風紀委員会本部へ向かおうとした達也を、キーの高い声が呼び止めた。
「達也くん、クラブはどうするの?」
 振り向いた先には、ショートカットのスラッとした少女。スレンダーというよりスマートといった方が彼女には相応しいだろう。
「エリカ……珍しいな、一人か?」
「珍しいかな? 自分で思うに、あんまり、待ち合わせとかして動くタイプじゃないんだけどね」
 言われてみれば、思い当たる節もある。
「美月はもう美術部に決めてるんだって。
 でもあたしは美術って柄じゃないし。
 面白そうなトコないか、ブラブラ回ってみるつもり」
「レオも、もう決めていると言ってたな」
「山岳部でしょ? 似合いすぎだっての」
「まあ……確かに似合ってるな」
「うちの山岳部は登山よりサバイバルの方に力を入れてるんだって。もう何て言うか、はまりすぎ」
 ブツクサ悪態をついているエリカは、何処と無くつまらなさそうに見えた。
「達也くん、クラブ決めてないんだったら、一緒に回らない?」
 本人に言えばむきになって否定されるだろうが、断ってしまうには少し、寂しそうな表情をしている。
「実は、早速風紀委員会でこき使われることになってな。
 あちこちブラブラするのは結果的に同じなんだろうけど、見回りで巡回しなきゃいけないんだよ。
 それでも良ければ、一緒に回るけど?」
「うーん……ま、いっか」
 エリカは達也の誘いに勿体ぶった仕草で考え込み、不本意だけど、とジェスチャーつきで答えた。
 ただ、その笑みが、自らの演技を裏切っていた。

◇◆◇◆◇◆◇

「何故お前がここにいる!」
 それが再会の第一声だった。
「いや、それはいくらなんでも非常識だろう」
 呆れ声でため息をついた達也の態度は、更なる興奮を招くだけだった。
「なにぃ!」
 言葉だけでなく、今にも掴み掛からん勢い。だが、
「喧しいぞ、新入り」
 摩利に一喝されて、森崎駿は慌てて口をつぐみ、更に、直立姿勢で固まった。
「この集まりは風紀委員会の業務会議だ。ならばこの場に、風紀委員以外の者はいないのが道理。
 その程度のことは弁えたまえ」
「申し訳ありません!」
 かわいそうに、森崎の顔は緊張と恐怖感にひきつっていた。
 摩利に連行されかけたのは、まだ一昨日のことだ。それでなくとも、生徒会長、部活連会頭と並ぶ権力者の叱責は新入生には荷が重い。生真面目な人間ほど、特に。
「まあいい、座れ」
 血の気を失い立ち尽くす一年生を前に対して、摩利は気まずい表情で着席を命じた。
 昨日来の言動と併せ見るに、どうやら彼女は、自分より弱い立場の者を虐げて悦にいるタイプとは対極の心性の持ち主のようだ。
 森崎が腰を下ろしたのは達也の正面。お互い、望まぬ座席配置だったが、二人が最下級生、一番下っ端である以上、下座の端でにらみ合いになるのはやむを得ないことだった。
「全員揃ったな?」
 あの後、二人の三年生が次々に入ってきて、室内の人数が九人になったところで、摩利が立ち上がった。
「そのままで聞いてくれ。
 今年もまた、あの馬鹿騒ぎの一週間がやって来た。
 風紀委員会にとっては新年度最初の山場になる。
 この中には去年、調子に乗って大騒ぎした者も、それを鎮めようとして更に騒ぎを大きくしてくれた者もいるが、今年こそは処分者を出さずとも済むよう、気を引き締めて当たってもらいたい。
 いいか、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすような真似はするなよ」
 一人ならず首をすくめるのを見て、トラブル巻き込まれ体質の自覚がある達也は、同じ轍は踏むまい、と自らを戒めた。
「今年は幸い、卒業生分の補充が間に合った。
 紹介しよう。立て」
 事前の打ち合わせも予告もなかった展開だが、二人とも無難に、まごつくことなく、すぐさま立ち上がった。
 とはいっても、表情には随分温度差がある。
 緊張を隠せず、隠そうともせず、逆にそれを熱意の表れとした感のある直立不動の森崎と、落ち着いた面持ちながら肩の力を抜き過ぎているような風情のある達也。
 上下に厳しいタイプの人間には森崎の態度の方が好ましいだろうし、実力主義が徹底しているタイプには、達也の態度の方が頼もしく見えるだろう。
「1ーAの森崎駿と1ーEの司波達也だ。
 今日から早速、パトロールに加わってもらう」
 指差すだけの簡単な紹介。面倒くさい挨拶を強要されないのはありがたい。
「誰と組ませるんですか?」
 手を挙げたのは岡田という名の二年生。教職員選任枠の一人だ。
「前回も説明したとおり、部員争奪週間は各自単独で巡回する。
 新入りであっても例外じゃない」
「役に立つんですか」
 形式上、岡田の言葉は達也と森崎の二人に向けられたものだが、達也の左胸に向けられた目線が彼の本音を語っていた。
 予想された反応だったので、達也は丸投げの意思を込めて摩利を見た。
 摩利は岡田の方を、うんざりした顔で見ていた。
「ああ、心配するな。二人とも使えるヤツだ。
 司波の腕前はこの目で見ているし、森崎のデバイス操作もなかなかのものだった。
 一昨日は相手が悪かっただけだ。
 それでも不安なら、お前が森崎についてやれ」
 なげやりな回答に岡田は鼻白んだ表情を浮かべたが、辛うじて平静を保ち、嫌味な口調で「やめておきます」と答えた。
「他に言いたいことのあるヤツはいないな?」
 あまり穏やかとは言えない、ハッキリ言って喧嘩腰の口調に達也は少なからず驚いたのだが、彼と森崎以外に、気にしている者はいないようだった。
 日常的な光景、ということだろう。委員会内には根深い対立があるようだ。
 トップが先陣を切って対立を煽るような真似もどうかとは思うが。
「これより、最終打合せを行う。
 巡回要領については前回まで打合せのとおり。今更反対意見はないと思うが?」
 異議なし、という雰囲気でもなかったが、積極的に反対意見を出す者もいない。
「よろしい。
 では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。
 司波、森崎両名については私から説明する。
 他の者は、解散!」
 全員が一斉に立ち上がり、踵を揃えて、握りこんだ右手で左胸を叩いた。
 後で聞いたところによると、代々風紀委員会が採用している敬礼とのことだった。
 他にも、挨拶は時間帯を問わず「おはよう」を使うというルールもあるらしい。
「まずこれを渡しておこう」
 摩利、達也、森崎を除いた六名が出て行った後、摩利は達也と森崎に薄型のビデオレコーダーを手渡した。
「胸ポケットに入れておけ。ちょうど、レンズ部分が外に出る大きさになっている。
スイッチは右側面のボタンだ」
 言われたとおりブレザーの胸ポケットに入れてみると、そのまま撮影できるサイズになっていた。
「今後、巡回のときは常にそのレコーダーを携帯すること。違反行為を見つけたら、すぐにスイッチを入れろ。
 但し、撮影を意識する必要は無い。風紀委員の証言は、原則としてそのまま証拠に採用される。
 念の為、くらいに考えてもらえれば良い」
 二人の返答を待って、摩利は携帯端末を出すよう指示した。
「委員会用の通信コードを送信するぞ……よし、確認してくれ」
 二人が正常にインストールされた旨を報告する。
「報告の際は必ずこのコードを使用すること。こちらから指示ある際も、このコードを使うから必ず確認しろ。
 最後はCADについてだ。
 風紀委員はCADの学内携行を許可されている。使用についても、一々誰かの指示を仰ぐ必要は無い。だが、不正使用が判明した場合は、委員会除名の上、一般生徒より厳重な罰が課せられる。
 一昨年はそれで退学になったヤツもいるからな。甘く考えないことだ」
「質問があります」
「許可する」
「CADは委員会の備品を使用してもよろしいでしょうか?」
 達也の質問はかなり意外なものだったようで、答えが返ってくるまで短い間があった。
「……構わないが、理由は?
 釈迦に説法かもしれないが、あれは旧式だぞ?」
 摩利は、昨日の試合とその前後の取り回し、部屋を片付けている最中のメンテを見て、CADに関する達也のスキルがかなりハイレベルなものであると見当を付けていた。
 また、あずさの熱狂で、彼が所持するCADがハイスペックな機種であることも分かっている。
 そんな彼が、敢えて旧式のCADを使いたいと言うのだ。
 好奇心を抑えられなかった。
「確かに旧モデルではありますが、プロ仕様の高級品ですよ、あれは」
 果たして、苦笑交じりの回答は、思ってもみないものだった。
「……そうなのか?」
「ええ。
 あのシリーズは調整が面倒なんで敬遠されていますが、設定の自由度が高く応用範囲の広い点が一部で熱狂的に支持されている機種です。多分、あれを購入した人がファンだったんでしょうね。
 バッテリーの持続時間が短くなるという欠点に目を瞑れば、処理速度も最新型並みにクロックアップできます。
 しかるべき場所に持ち込めば、結構な値段がつきますよ」
「……それを我々はガラクタ扱いしていたということか。
 なるほど、君が片付けに拘った理由がようやく分かったよ」
「中条先輩ならあのシリーズのことも知っていそうな感じでしたが……」
「中条は怖がって、この部屋には下りてこない」
「ははぁ」
 顔を見合わせて苦笑する二人。
 ここで摩利は、ようやく、蚊帳の外になっている森崎の存在に気がついた。
「コホン。そういうことなら、好きに使ってくれ。どうせ今まで埃をかぶっていた代物だ」
「では……この二機をお借りします」
「二機……? 本当に面白いな、君は」
 昨日密かに、自分用の調整データを複写しておいた二機のCADを左右の腕に装着した達也を見て、摩利はニヤリと笑いを浮かべ、森崎は皮肉げに唇を歪めた。

◇◆◇◆◇◆◇

「おい」
 部活連本部へ行く摩利と別れたところで、達也は背後から森崎に呼び止められた。
 友好的な用件でないことは声音で分かる。
 かなり本気で無視しようかと考えたが、厄介事が大きくなりそうな気がしたので、嫌々ながら振り向いた。
「何だよ」
 敵意をむき出しにした呼びかけに横柄な応え。
 友好的な雰囲気が生まれる道理がなかった。
「はったりが得意なようだな。会長や委員長に取り入ったのもはったりを利かせたのか?」
「羨ましいのか?」
「なっ……!」
 この程度の切り返しで逆上するなら最初から嫌味なぞ口にするな、と達也は思う。
 反面、こういう素直さ(・・・)は羨ましくもあった。
「……だが、今回はやり過ぎだったな。
 複数のCADを同時に使うなんて、お前ら如きに出来るはずがない。
 両手にCADを装着すれば、サイオン波の干渉で、両方のCADが使えなくなるのがオチだ。
 この程度のことも知らずに格好を付けようとしたんだろう?
 どうせ大した魔法は使えないんだ。恥をかかなくてすむように、こそこそ立ち回るんだな」
「アドバイスのつもりか?
 余裕だな、森崎」
「ハッ! 僕はお前らとは違う。一昨日は不意をつかれたが、次はもう油断しない。
お前らと僕たちの、格の違いを見せてやる」
 言い捨てて立ち去る背中を眺めながら、達也は思う。
 次がある、と信じられることの、何と幸せなことか……


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