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更新しました!少々短いですが、第四章です。では、どーぞ!
第四章







軽やかな、三拍子。

旧式の蓄音機から、たまに音の飛ぶワルツが流れる。

「この曲は?」

「僕が作曲したものだよ。
なかなか綺麗でしょ?」

柔らかに歌う蓄音機に目を向け、私は無言のままうなずく。
とても、綺麗な曲。
子守唄のような柔らかさを持った、穏やかで優しい曲。

「・・・今にも、眠りに落ちてしまいそう」

「そう?
これでも、明るい感じに作ったはずなんだけど」

違う、と私は左右に首を振った。

「退屈だとか、そういうのではない。
ただ・・・この曲を聴いていると、とても落ち着く。
すごく、綺麗」

それは良かった、と彼はにこりと笑った。
今までに見たことがないくらい、華やかな笑み。
あぁ、やっぱり彼はピアノを愛していたんだと、目を閉じて耳を傾ける。

「・・・ユウガオの為なら、ピアノを弾いても良かったかもしれないな」

「弾いてくれるの?」

「指さえ、うまく動けばね」

あぁ、そうか。
怪我をして弾けなくなったんだっけ。
なんて惜しい。
こんなに綺麗な旋律は、誰にも真似出来ないだろうに。
・・・あぁ、そうだ。

「ねぇ、ワルツは踊れる?」

彼は曖昧に微笑んで、一応、と小さく答える。
そして、あまり得意ではないのだけど、と困ったように付け足した。

「構わない。
私と、踊ってくれる?
・・・何かで気を紛らわせていないと、今にも狂ってしまいそうなの」

静かに、頷いてくれた。
彼は、テーブルに残る薔薇の花を二輪手に取ると、一輪を私の髪に挿し、もう一輪を自分の胸ポケットに挿した。
そして、その場に跪き、私の右手の甲にそっと唇をあてた。

「僕でよければ、いくらでもお相手いたしましょう」










音の飛ぶワルツに、時折つまずくステップ。
それはとても滑稽で、とても愉快なものだった。

「・・・どうしてか、」

唐突に、彼女はそう言って息を吐いた。
僕の不器用なステップをリードするように動きながら、わずかに目を伏せる。

「満月の夜はとても心細くなる」

「吸血鬼としての本能じゃない?
ほら、狼男が満月の夜に覚醒するような、そういう感じの」

「そうかな。
・・・うん、そうなの、かもしれない」

異形としての、本能。

そう呟いて、頷く。

「とても綺麗な、本能だよね」

そういうと、彼女はわずかに首をかしげた。
急に動きが緩慢になるものだから、またつまずきそうになってしまった。
彼女は足を止め、僕を見上げた。
音楽だけが、変わらず流れ続けている。

「・・・綺麗?」

「月の明かりはとても美しいだろう?
曖昧で、透明で、密やかで、なのに華やかで、心地良く光っている」

月明かりは魔の力を高める、なんて言われて敬遠されていたりもするけれど、多分それは間違いだ。
ただ人が、その美しさに気付いていないだけ。
もしくは、その美しさに恐れているだけ。

そして、異形の者(かのじょ)たちは月明かりに魅せられている。
きっと、月に手の届かないことを嘆いているのだ。

「ねぇ、ユウガオ、僕が居るよ。
心細く感じる必要なんて、何もないんだ。
・・・僕が、傍に居るんだから」

抱きしめると、その細い体は今にも折れてしまいそうだった。
何かの病気かなのではと疑いたくなるほど、あまりにも頼りない身体だった。

・・・仲間(吸血鬼)にしてくれれば、ずっと一緒に居られるのに。
いや、それとも人でなければ、彼女の食料として在り続ける事すら叶わないのだろうか。

ねぇ、ユウガオ?

君は僕の事をどう思っているの?

僕のことをどう考えているの?

ねぇ・・・。

「・・・ユウガオ」

小さく細い身体を抱きしめ、僕は呟く。
それは、幼い子供の願望か、それともただの独り言か。

「君の傍に居るには、僕はどうしたらいいのかな」

彼女はきっと、答えたりはしないだろう。













読んでいただき、ありがとうございます。次回の更新で完結の予定です。



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