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自身二作目になります。初めての連載小説です。
文才のない作者ですが、がんばります。

意見、感想をヨロシク御願いします。

第一章
彼女はまるで妖精だった。

透き通った、今にも消えてしまいそうなほど白い肌、絹糸のような銀の髪、アメジストのような深い紫の瞳・・・。
もっとも、とても幻想的な彼女の事を表すには、こんな言葉じゃちっとも足りないのだけれども。
そんな陳腐な言葉じゃ表し切れないほど、彼女はとても美しい。

僕は毎日、彼女の家にある温室から薔薇の花を摘んでいく。
一輪一輪、丁寧に。
ひとつひとつ棘を取って、彼女に捧げる。

彼女は毎日、その薔薇を見つめ、そして口に運んで行く。
僕の思い人は今日も大きな月を見上げ、紅い薔薇を食べる。
細く長い指先で一輪一輪摘み上げ、口に入れ、飲み下し、そして

「足りない、足りない」

と、また手を伸ばす。

「・・・僕の血を吸っても良いんだよ」

自分の首筋をとんとんと指先でたたきながら、僕は彼女に言った。

彼女は、吸血鬼だ。

吸血鬼に首筋から血を吸われると、その吸われた者も吸血鬼になるのだという。
永遠の命を持つという、吸血鬼に。

出来ることなら、僕は彼女と共に生きたい。
永遠の命を持ち、彼女のそばで、永遠に。

けれど、彼女は微笑み僕の額に唇を当てるだけ。
ちゅ、と小さな音を立てて、そんな悲しいこと言わないで、と嘆くように呟く。

「貴方に手を掛けたら、私は死ぬまで後悔する。
人よりずっと永い時間、後悔するの。
・・・だから、お願い」

そんなことは、言わないで。

口にしなくても、言葉の続きが僕にはわかる。
悲しくなるくらい、彼女の声が聞こえてくる。

「・・・そう」

呟いて、僕はスーツのポケットの中から細いナイフを取り出し、自分の指先に傷をつけた。
赤い線が滲み、ぷくりと、赤い珠が浮かんだ。
零れ落ちてしまわないうちに、と僕はその指で彼女の唇をなぞる。

血の気の失せた唇が、僕の血で紅く色づいた。

綺麗な血色の花よりも、きっと僕の血の方がおいしいよ。
紅い花も、紅い食べ物も、ただの気休め。
本物の血の方が、僕の血の方がきっときっとおいしいはずだよ。

「せめて、ここから血を飲んで」

じゃないと、君がまた倒れてしまう。
初めて会った時のように。

ふいと顔を背けようとする彼女の顎を押さえ、僕はもう一度その唇に血のあふれる指を押しつけた。

彼女の唇は何度触れても柔らかく、いつでも、少しかさついていた。










「・・・私、吸血鬼なの」

『ユウガオ』と名乗るその小柄な女性は、そう言って微笑んだ。
可笑しな名前だと僕は思った。
あまり、耳に馴染まない。
そう言うと、彼女はわずかに目を伏せて、続けた。

「‘Moonflower ’の和名なの。
でも‘ ユウガオ ’の方が、響きが綺麗でしょ?
昔は他の名前だったのだけど、そっちは気に入らなくて捨てちゃった」

フードを深くかぶった行き倒れの女。
家に連れ帰り、ベッドで寝かせた。
目を覚ました時、何か食べたいものはあるかと聞いたら彼女は血が飲みたいと言った。

可笑しな女。

だけど、自分の血を与えるのも良いかもしれないなんて、そんなことも思った。

だから、僕は果物ナイフで自分の指に傷をつけ、彼女に与えた。

「・・・綺麗な色」

呟いて、彼女は僕の指を咥えた。
傷口を抉るように舌を動かし、歯を食い込ませる。
指先の痛みとひどく官能的なその眺めに、僕は思わず喉を鳴らした。

このまま死んでしまっても良いかもしれないな、と思う。
血を全部吸われたら、このまま死ねるんだよな、などと考えた。
それも、良いかもしれない。

「・・・本当の名前、」

ああ、でも、一つだけ聞いておこう。
僕の命を誰に捧げるなかくらい、聞いても良いだろう。

「ん?」

僕の指から口を離し、彼女は僅かに首を傾げた。

「君の前の名前、聞いてもいい?」

「そんな面白い名前じゃないけど」

いいから、と彼女の髪を指で梳いた。

「・・・リナリア」

言って、彼女は頭の上の僕の手を払った。

「花言葉が、嫌いなの。
‘ 幻想 ’という花言葉。
何から何まで否定されているような、全てが偽者なんだとでも言われているような気になるから。
だから、この名前は嫌い」

綺麗な名前なのに。

「・・・ユウガオは?」

「安らかな死」

良い名前でしょう?
とでも言うように、彼女は笑った。
そして僕の服の袖を勝手に上げ、そこに牙を突きたてた。
ぢゅっ、と液体をすする音がした。

「足りなかった?」

「全然足りない」

僕の腕を咥えたまま、器用に喋る。

「君はどうして倒れていたの?

「死にたくて絶食していた」

「じゃあ、どうして僕の血を吸うの?」

「空腹がつらくて、耐えられなくなったから」

「ふぅん」

静かに頷いて僕は彼女の髪をもう一度梳いた。

「まぁ、そういう日もあるよね」

「うん。そういう日もある」

死にたい日だって生きたい日だってある。
そう言って、彼女は僕の腕から口を離した。

「どうして、死にたかったの?」

「・・・人間がね、好きなの。
無知で愚かで、見ていて飽きない」

「それだけなら、僕は人嫌いになってると思うけど」

「・・・そう?
でも、好きなの。
人の血を吸うことに、どうしてかとても勇気がいるの。
本当に貰っていいののだろうか、このまま吸い尽くしてしまっていいのだろうか、この人には守るべき家族がいるのではないだろうか、この人を仲間にしたら私はどうなるのだろうか、この人に恨まれるのではないだろうか、この人の家族に恨まれるのではないだろうか。
・・・そんな風に、色々なことを考えてしまう」

彼女は優しいのだな、と思った。
その人の人生を考えすぎるあまり、手が出せなくなってしまうのだろう。

「・・・いや、人が好き、な訳でもないのかも。
自分の身を守る事を考え出すと、何も出来なくなるだけ、かな」

その所為で、栄養失調になっていたらただの笑い話だけど。
自嘲するように彼女は言った。

「違う、と思う」

心の声が、言葉に出ていた。

「君は、優しすぎるだけだよ。
優しすぎて、その人のことを考え過ぎて、手が出せなくなっているんだ」

「ものは言いようね。
どんなふうに解釈してくれても構わないけど、貴方は、私が貴方の意見を聞いたからと言って考えを変える訳ではないということも理解しておいたほうがいい」

「そうだろうね。
でも、言うか言わないかで君の僕に対する見方は少し変わるかもしれないよ?
まぁ、良いほうにも悪いほうにもだけど」

彼女は、可笑しな人ねと言って笑った。
私のことを恐れない、食事を与え、話し相手にもなってくれる。
普通の人間ではないみたい。
そう言って、真白な両手で僕の頬をそっと包んだ。

「普通ではない、っていうのは、当たりかもしれない」

「でしょうね」

微笑み、僕を見つめる。
深い紫の瞳が、綺麗だと思った。
まるで、アメジストか何かをはめ込んだみたいで、とても綺麗で、目を放せなくなった。

「・・・ねぇ、貴方の名前を教えて?」

そう言って、彼女は細い指先で僕の唇をなぞった。
それは静かで、とても優しい手付きだった。










僕は『カイ』と名乗った。

癖の強い栗色の髪に、ブルーグレーの瞳。
綺麗な弧を描く眉に、常に笑みの形を作る薄い唇。
随分と女性的な顔立ちをした人だと思った。

彼は少し前までピアニストとして活動していたらしい。
言われてその指先を見てみると、なるほどと思うような、ピアニストらしい、長くてしなやか指をしていた。
まだ若いのに、今は辞めてしまったのかと聞けば、彼は手に怪我をして弾けなくなったんだ、と答えた。

「そこそこにね、有名にはなっていたんだよ。
‘ ザントマン ’なんて呼ばれて」

「ザントマン?」

「眠りの妖精。
僕の弾くピアノを聴くと、どうも眠たくなるみたい」

それは喜ばしいことなのかと問うと、彼はそれなりに、と答えた。

「前にね、不眠症の王様の為にピアノを弾いてくれないかって依頼が来たことがあるんだ。
弾いたら、王様は眠ってくれたよ。
とても気持ち良さそうに」

じゃあ、ピアノを辞めてしまったのは残念ねと声を掛けると、彼は実はそうでもないんだと答えた。

「元々、ピアノなんてどうでも良かったんだ。
生活の術として考えられるものの中でピアノが一番手っ取り早かった。
簡単なんだ、指の運びを考えるだけ。
ただ指を動かすだけだから、誰かに何かを与えようとして弾いている訳ではないから」

だからきっと、みんな眠たくなるんだろうね、と彼は笑った。

「良く分からないのだけど」

「ようするにさ、ピアニストって職業に何の未練もないのさ。
だから手に怪我をした時、何の躊躇もなく『じゃあピアノは辞めよう』って考えられたんだ
躊躇なく指に傷をつけられるんだ。
もとより僕のピアノをちゃんと聞いている人なんていない訳だしね」

何せ僕はザントマンだからね。
そう言って、彼は笑った。
不思議なくらい、綺麗な笑みを浮かべていた。

「美しすぎるものは理解されるのに時間が掛るもの。
眠りを誘う貴方のピアノも、そういう類のものだったのかもしれない」

「分からないよ。
僕は自分のピアノを聴く側に回ったことなんかないんだから」

可笑しなひと。

だけどとても寂しそうに言葉を紡ぐ人。

霞んだ空色の瞳が、とても穏やかに微笑んでいた。

「・・・そうね」

霞んだ空色の瞳がとても穏やかに微笑んでいて、今にも雨が降りそうだと、そう思った。

「貴方の血、とても美味しい」

「それは良かった」

「また御馳走になりに来ても良い?」

「いつでもどうぞ」

こうして、私たちの関係が始まった。

読んでいただきありがとうございます。

出来るだけ早く更新したいと思います。
次回もヨロシク御願いします。


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