「Money Globe- from NY(安井 明彦)」

「幻想」だったアメリカンドリーム

親世代を超えられない米国の憂鬱

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2011年9月22日(木)

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 「子供の世代は親の世代よりも良い暮らしができる」というのは、アメリカンドリームの中核をなす考え方。その夢を信じられない米国民が増えている。経済金融危機の後遺症にもがく米国民は、今更ながらアメリカンドリームの儚(はかな)さに気づかされているようだ。

揺らぐ次世代への期待

 9月中旬、米商務省が2010年の家計の状況に関する調査結果を発表した。映し出されたのは、経済金融危機の後遺症に苦しむ米国民の姿だ。

 米商務省の調査によると、2010年の家計の実質中位所得は3年連続で下落、前年を2.3%下回り、1996年以来の水準にまで低下した。1990年代の景気拡大の後半部分、そして、2000年代の景気拡大で潤ったはずの平均的な家計の台所事情は、実に14年前に逆戻りした格好だ。

 一方で、2010年の貧困率は前年の14.3%から15.1%へと上昇している。こちらは4年連続の上昇となり、1993年以来の高水準を記録した。

 長引く家計の厳しさは、将来に対する米国民の期待感を蝕んでいる。TNS社が今年7月末に行った調査によれば、「子供の世代の生活水準は自分の世代よりも向上する」と答えた割合がわずかに19%に止まった。既に低水準だった2010年6月の調査結果(27%)と比べても、大幅な低下である。

 また、ピュー慈善財団が今年3月に行なった世論調査では、47%が「子供の世代の生活水準は自分の世代よりも向上する」と回答している。しかしこちらの水準も、2009年初めの調査結果(62%)から大幅に低下していることに変わりはない。

 次世代への期待は、米国民を前向きな経済活動に駆り立ててきた原動力の1つである。「子供の世代は親の世代よりも良い暮らしができる」というのは、長らくアメリカンドリームの中核とされてきた考え方だった。

 米国民の行動を性格づけてきた「夢」が揺らいでいるとするならば、景気が力強い回復軌道に復帰するにあたっての逆風になる。いわば、長引く経済金融危機の後遺症が、米国経済の回復力をさらに弱めてしまう構図である。

階層が固定化していた米国

 アメリカンドリームの崩壊は、思いのほかあっけないかもしれない。国民の思いとは裏腹に、そもそも米国は世代を超えて所得階層を上方に移動できる可能性が高い国ではなかったからだ。

 アメリカンドリームの足場の弱さは、経済金融危機が発生する前から存在していた。

 2006年に発表された研究では、1958年頃に生まれた子供を対象に、米国と欧州諸国における親子間の所得階層移動の度合いを比較している。研究の対象は、家計を所得の高低で5段階に分類した場合に、最も低い階層に属する家庭に生まれた子供たちである。

 これらの子供たちが40歳前後に達した1998年頃で比較すると、米国では42%が依然として親と同じ最も低い所得階層に属していた。これに対し、英国、ノルウェー、スウェーデンといった国々では、その割合が30%以下となっており、子供の世代が所得階層を上方に移動する度合いは米国よりも高かった(図1)。

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著者プロフィール

安井 明彦(やすい・あきひこ)

安井 明彦

みずほ総合研究所調査本部 ニューヨーク事務所長
1968年東京都生まれ。91年東京大学法学部卒業、富士総合研究所(当時)入社。在米日本大使館、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所、同調査本部上席主任研究員などを経て、2007年より現職。著書に『ブッシュのアメリカ改造計画〜オーナーシップ社会の構想』(共著、日本経済新聞社)『ベーシックアメリカ経済』(共著、日経文庫)など
(写真:丸本 孝彦)



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変わりゆく米国の姿を、ニューヨークから見た経済の現状と、ワシントンの政策・政治動向の両面をおさえながら描き出していく

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