次の日からアスカと綾波による僕へのアプローチが始まった。
「おはようシンジ」
「おはよう碇君」
「綾波?」
朝、家を出た僕はアスカだけでなく綾波も立っていたのに驚いた。
綾波はいつも僕達より早く学校に来て教室で本を読んでいるからだ。
「ほらシンジ、襟が曲っているじゃない」
「あっ」
今日、僕は寝坊してあわてて出て来た事もあって、アスカに言われて初めて服装の乱れに気が付いた。
そしてアスカは慣れた手つきで僕の襟を整える。
「アタシが直してあげる」
「ありがとう」
「本当、シンジってばアタシが居ないとダメよね」
アスカが勝ち誇ったように言うと、綾波はむっとした表情になる。
「碇君、鞄を持ってあげる」
「さすがにそれは恥ずかしいよ」
僕が綾波の申し出を断ると、綾波は悔しそうにアスカをにらみつけた。
今まで僕のお弁当を作ったり、服装の乱れを直したりする『お節介』はアスカの専売特許だった。
だけど綾波もライバル意識を燃やして割り込んで来る。
自分もアスカと同じ事が出来ると訴えているようだ。
僕は控えめだった綾波がここまで強気になっている事に驚いた。
儚げで守ってあげなくちゃいけない妹のように思っていたのに。
おかげで僕はその日から昼休みにアスカと綾波のそれぞれが作った合計2人分のお弁当を食べる羽目になってしまった。
クラスのみんなも綾波の変化に気が付いているみたいで、僕らを指差してヒソヒソ話をしている。
アスカと綾波に引っ張りだこにされる僕は肉体的にも精神的にも疲れてしまった。
「お弁当を2人分食べるのは辛いし、前のようにしてくれないかな」
僕はこんな事は止めて欲しいと訴えた。
「シンジが困っているし、この勝負について考えなくてはいけないわね」
「そうね、碇君を苦しめてはいけないわ」
するとアスカと綾波は顔を見合わせてうなずいた。
よかった、これでアスカか綾波のどちらかを選ばなければならないと言う悩みから解放されると思ったけど、そう上手くは行かなかった。
次の日からは一日交替でアスカか綾波のどちらかが僕の側に居るルールとなってしまったようだ。
そして僕にも新たなルールが課せられた。
アスカと一緒に居る日は綾波と話すのは禁止。
さらに綾波の方を見ただけでルール違反だとアスカに怒られる。
その次の日、綾波と一緒に居る時も同じような感じだ。
邪魔が入らずに2人きりになると、アスカも綾波も自分の魅力を売り込もうと積極的な行動に出る。
だけど僕はそんなアスカと綾波の熱気とは裏腹に心が冷えて行くのを感じた。
人の魅力は自然体で居る時にこそにじみ出て来るものなのだと思うから、無理して作った性格なんて返って逆効果だ。
機嫌を損なわないように僕の顔色を見て怯えるアスカ、僕の気を引こうと機関銃のように話す綾波に僕は違和感を覚える。
だから僕はアスカと綾波に「無理をしないで」と伝えたんだ。
どうやらアスカも綾波も自分が無理をしている自覚があったみたいで、次の日から僕達3人の関係は以前の雰囲気に戻った。
でもアスカと綾波は、僕を賭けた勝負を止めてはくれなかったんだ。
元気で活発なアスカと落ち着いて控えめな綾波。
2人ともそれぞれ違った魅力を持っている。
大切な思い出もたくさんある。
僕はアスカと綾波にどうやって『好き』の順位を付ければいいんだろうか?
自問しても答えは出て来ない。
思い悩んだ僕は母さんに相談する。
母さんは「一般論だけど」と前置きをして僕にアドバイスをしてくれた。
まず条件としては価値観が近い事。
そう言われても、僕にはピンと来なかった。
「じゃあシンジは悪魔を信仰している人と恋人になれる?」
「それはいくらなんでも無理かも……」
「そう、だから自分に似た人を好きになるのよ」
なるほど、例を挙げられて母さんの説明したい事は解った。
だけどそれだけじゃ恋人を選ぶ理由としては足りない。
僕がその疑問をぶつけると、母さんは当然のようにうなずく。
「ええ、他の人を好きになるにはね、価値観も大事だけど、他にも大切な要素があるの」
「それって何?」
「どうして人は誰もが欠点を持つ不完全な存在なのか解る?」
質問を逆に返された僕にはさっぱり解らない。
「だって、母さんは家事も仕事もできるし、僕にも優しいし、欠点なんか無いじゃないか」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね。だけど、母さんにも悪い所はあるのよ」
母さんは楽しそうに笑った後、懐かしそうに目を細めて母さんが僕と同じ中学生二年の時の話を始めた。
その頃の母さんは学級委員をしていて成績も良くて、先生達から優等生と見られていた。
逆に父さんは毎日のようにケンカに明け暮れて、問題児だった。
周囲からは正反対に見られていた母さんと父さんだけど、母さんの方から父さんに近づいて両想いになれたんだ。
「でも、その時の母さんは父さんと価値観が違っていた感じがするけど」
「そうかもしれないわね」
僕の投げ掛けた疑問に苦笑しながら、母さんはどうして父さんに引きつけられたのか教えてくれた。
父さんは周りに反発していたけど、自分の意志を突き通す強い目をしていた。
それが両親や先生達のいいなりになっている自分に嫌気が差していた母さんには魅力的に感じられたんだ。
「そっか、母さんの言いたい事が分かった気がする」
「今まで親しかったアスカちゃんとレイちゃんを秤にかけるなんて大変な事だと思うけど……シンジはどう『在りたい』のか考えてみると良いと思うわ」
「ありがとう、母さん」
そうか、相手を選ぶのは僕一人だけの問題じゃないんだ。
僕と相手が居てカップルが完成するんだよね。
僕達はどんなカップルになりたいのか考えるのも大切なんだ。
それを教えてくれた母さんに心から感謝した。
僕はクリスマス・イヴの日まで考え抜いた末に結論を出した。
そして迎えた運命のクリスマス・イヴの日。
昨日の金曜日、終業式をして学校が冬休みに入ったから、学校で会わずに僕の家にアスカと綾波が来る事になっていた。
僕が持っているのは近くの遊園地の入場券が2枚。
僕はアスカと綾波のどちらかに入場券を渡して告白の返事をする事になっている。
それは告白した後には恋人同士で迎えるクリスマスの気分を味わいたいと言うアスカと綾波の強い希望だった。
アスカと綾波はそろって僕の家へとやって来て玄関へと足を踏み入れる。
「シンジ、心は決まった?」
「うん、もう迷わないよ」
僕がアスカと綾波の方を見据えて力強く返事をすると、2人とも少し驚いたようだった。
いつも優柔不断な僕らしくなかったのかもしれない。
アスカと綾波は目を閉じて僕に向かって手を伸ばした。
ここで逃げるわけにはいかない。
僕は意を決してアスカに入場券を渡した。
手が触れる感覚を覚えたアスカは目を開く。
「よかった……」
アスカは安心して胸元で僕が渡した入場券を抱き締めた。
綾波は何かをこらえているような固い顔で、僕を見つめて尋ねる。
「どうして惣流さんを選んだのか、教えてくれる?」
僕は綾波に向かって強くうなずくと、自分の気持ちを話し始める。
「まず決して誤解して欲しくないけど、アスカを選んだのは先に告白されたからじゃないんだ」
アスカと綾波が軽く首を縦に振るのを確かめてから、僕は続ける。
「僕は綾波が可愛いし、守ってあげたくなると思っているけど、それは綾波を妹のように見ているから湧きあがって来る感情なんだと思う」
「そう、私は碇君にとって妹を超える存在にはなれないのね」
綾波はとても悲しそうな顔でつぶやいた。
僕の胸が痛んでこれ以上話すのを止めてしまいたくなった。
だけど、綾波を振る事になるんだから、きちんと理由は納得できるように説明しなければならない。
「そして僕はアスカと一緒なら自分の願いが叶えられると思ったんだ」
「シンジの願い?」
アスカが不思議そうに尋ねた。
「僕は消極的で暗い性格だけど、積極的で明るいアスカから元気を今までのようにもらいたいんだ」
僕はアスカの手を取ってそう言った。
アスカは目を丸くして僕を見つめている。
「これからもずっと一緒に歩き続けてくれるよね?」
「……うん」
アスカは顔を赤くしながらも、しっかりと僕の目を見つめてうなずいた。
「私より惣流さんの方が、碇君にあげられる物が多かったのね」
そう言った綾波はついにこらえきれなくなったのか、涙を流し始めた。
僕は綾波に掛ける言葉を思い付かない。
「さよなら、碇君、惣流さん……」
綾波は消え入りそうな声でそう言うと、顔を伏せたままドアを開けて出て行った。
僕は綾波を悲しませてしまう事は覚悟をしたのに、いざ直面すると気持ちが揺らいでしまう。
「冬休みが終わって学校で綾波と会った時、どうすればいいんだろう」
「今から気にしたって仕方が無いじゃない。アタシがレイの立場だったとしても、シンジに引きずって欲しくないと思うわ」
「分かったよ」
アスカに説き聞かされて僕はネガティブな考えを断ち切った。
「それよりも、これからどんなクリスマスデートをするのか考えましょうよ」
「うん」
アスカとデートの計画を立てているうちに、僕の心から悲しみが消えて、楽しい気持ちで満たされて行くのを感じた。
僕は暗い思考に落ちてしまいそうな時も、いつもアスカの笑顔に助けられている気がする。
今日、僕とアスカがデートをする予定の遊園地は午後4時からイルミネーションが灯り始める。
僕達はその時間に合わせて遊園地へと行くつもりだ。
時計を見ると午前10時半頃。
「これから今夜の遊園地に着て行く服を選びに行かない?」
「えっ?」
今まで散々アスカと綾波の洋服選びに付き合わされた僕はまゆをひそめてしまった。
そんな僕の態度を見てアスカはあきれた顔でため息をつく。
「初めからそんな事でどうするの、一緒に服を買い物するのはデートの定番よ」
「そうだね」
「それにアタシはクリスマスプレゼントを用意できなかったわ……だからシンジの服を選ぶくらいの事はさせてよ……」
悲しそうなアスカの表情を見て、僕は察した。
僕だけでなくアスカの方も、マフラーを編んでいた綾波に負けてしまうのではないかと不安だったんだ。
だから僕はアスカに明るい口調で話す。
「じゃあ僕に似合う服を頼むよ」
「任せなさい!」
アスカは太陽のような笑顔を浮かべて胸を張って答えた。
そして今、僕はアスカと手を繋いでクリスマスムードに包まれる街を歩いている。
きっと夜はイルミネーションに彩られた遊園地で他のカップル達に混じって、2度目のキスをしたりするんだろうな……。
僕がそんな妄想をしていると、アスカと目が合ってしまった。
アスカは僕の気持ちを見通していたみたいで、「夜の遊園地が楽しみね」とつぶやいた。
僕も恥ずかしさを感じながらも「うん」と返事をした。
今日一日だけで悲しさや嬉しさ、不安と安心など様々な感情が僕の中を駆け巡って行った。
僕はアスカと付き合う事になったこの運命のクリスマスの日を忘れないだろう。
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