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帰ってきたコメディー編Z(短編)
苦労人、世にはばかる3 ~弁・闘! ディノダモンのから揚げ弁当 34500kcal 中編~



 次に俺が目を覚ました時、目に入ってきたのは見知らぬ天井だった。

 棒型の蛍光灯が目に入ってくるので、天井を見上げ仰向けに倒れているのだと分かる。地面に接しているはずの背中には心地よい軟なかな感触。まだ、俺が打ちのめされたスーパーマーケットの床に倒れているのなら、こんな寝心地の良い感覚は味わえない筈で、野宿特有の体中の関節の痛みも感じられない。
 見知らぬ部屋のソファーの上で寝かされている。そのことに気付くのにさほど時間はかからなかった。
 
「っ……!」

 ソファから起き上がろうと動くと、全身に痛みが奔った。
 気を失う直前に、「リモネシア」というスーパーで銀髪の男に殴り倒されたのを思い出す。システマを学び腕っぷしに自信のある俺だったが、あの銀髪男には手も足も出なかった。訳も分からない内に全身を右往左往と殴られて、気が付けば見知らぬ天井だ。
 腹が減って力だ出なかったとはいえ、我ながら穴があったら掘り隠したい程の醜態だった。
 思い出せば出す程、俺の腹の虫は収まらない。堪忍袋の尾的な意味と、胃の中身が空っぽという、精神と物理的な二重の意味でだ。「チカのから揚げ弁当」を手に入れられなかった……考えていると余計に腹が減り、憂鬱になってくるので、俺は自分の置かれている状況を確認することにした。

 俺が寝かされているソファーは大きな部屋の隅に置かれているようだ。
 タイル張りの床にはゴミ一つ落ちておらず、棒型の蛍光灯が室内を明るく照らせるよう天井には配置されている。12畳はありそうな広々とした部屋には大きな円状の木製の机が設置されていた。椅子は12個、それも互いに向かい合えるように配置されていて、どこぞの王様に忠誠を誓った円卓の騎士を連想させた。もっとも、机や椅子は大分古いもののようで、高貴さに程遠く庶民的な代物ではあったが。
 この部屋の庶民臭さを象徴するように、部屋の隅には小さな冷蔵庫と電子レンジが置かれていた。目に入ってくる壁には赤いシールが無数に張られている。真っ赤だ。
 よく見れば、夜遅くのスーパーで見慣れた「半額」シールが白い壁を赤く染め上げている不思議な空間だった。
 
「ここは……何処だ? 俺は生きているのか?」

 手の感覚はある。動く。視界にも入る。足も動くし、生えているのは間違いない。
 生きている、とは思う。しかし生きているという実感がどうも沸いてこない。「リモネシア」で銀髪男の猛ラッシュにあい、殺されるような思いと痛みを味わったのだから。
 動かすたびに軋み痛む腕……しかしこれだけでは不安だった俺は、古典的だが「夢か現実か確認する」オーソドックスな方法として、自分の頬をつねってみることにした。
 ぎゅぎゅ~、と加える力に比例して頬に痛みが奔る。

「いひゃいいひゃい(痛い痛い)」
「なんだ、お前はマゾなのか?」

 聞き慣れない凛とした女の声が、頬の痛みに喜ぶ俺に降ってきた。
 白い服を着た金髪の美女が、ソファに寝ころび頬をつねる俺を見下ろしている。部屋に入ってくる気配は感じられなかったが、いつの間にか俺の傍まで近づいていて、侮蔑の念が籠っている視線を俺に向けていた。
 まるで一流の絵画から飛び出してきたような美女だ。
 腰まで伸びる金髪に纏っている白い服が良く合わさり、貴族の令嬢のようにさえ思える。下衆な言い方だが胸もバカデカく、絶対に男受けする外見をしている美人だった。
 俺は頬から手を離し、目を閉じて……絶望した。

「天使がいやがる」

 俺を迎えに来るのは子鬼か魔女だと思っていたのに。

「……俺、死んじまったのか。やっぱり借金を返さなかったのが原因かな……ふっ、我ながらよく天国に来れたもんだぜ」
「お前はなにを言っている? ここは我ら『ハーフセイバー』の部室だ」

 美女は手に提げていたコンビニ袋を円卓に置くと、中からカロリーブラザー(チョコレート味)と缶コーヒーを取り出して続けた。

「正式名称は『ハーフプライズセイバー同好会』というのだが、長い上に語呂が悪いので『ハーフセイバー』と我々は呼んでいる」
「……で、そのハーフセイバーさんが俺になんの用だい?」
「不躾な男ね。『リモネシア』で無様に倒れていた貴方を、わざわざ助けてあげたのは私なのに」

 美女は呆れたようにため息をついた後、手に持っていたカロリーブラザー(チョコ味)と缶コーヒーを放り投げてきた。
 俺はそれを受け取ると痛みを我慢して起き上がり、ソファーに腰かける。
 美女の言うように、俺は銀髪の男に倒されて意識を失った。俺は1人で「リモネシア」を訪れていたのだから、誰か手を貸してくれなければ、あのままスーパーの床で倒れたままだったかもしれない。
 だが俺が今いるのは、ハーフセイバーとかいうエタイの知れない連中の部室らしい。夢遊病者でもない限り、自分の足で歩いてこれるはずもない。
 きっと、目の前の美女が俺を運んで、介抱してくれたに違いない。十二分に美しい美女だったが、後光が差して女神さまに見えたような気がした。

「天使ちゃん、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
「……? なにを言っているのか分からないけど、お腹が空いているのでしょう。お前に美しくはないけどそれを贈ろう」

 美女がカロリーブラザー(チョコ味、俺はこれ以外は認めん)と缶コーヒーを指さして言った。
 なんだこれは!? 砂糖水以外のエネルギー摂取源を久しぶりに見た気がする。飲めばカロリーになるカロリーブラザー! いやいや、よくよく考えれば噛まなければいけないじゃないか! はっ! これがカルチャーショック ── デカルチャーというやつか!?
 ざわ。ざわざわ。戦慄と興奮と好奇が

「マジで!? ヒャッホー、天使ちゃんマジ天使!」
「そ、そうか。よく分からないけど、そんなに喜んでもらえるとこちらも嬉しいよ。どうぞ召し上がれ」
「いよっしゃあ! いただきます!!」

 俺の両手に乗るカロリーブラザーと缶コーヒーの重さに、俺は全力で一礼する。
 カロリーブラザーは各栄養素を配合したバランス栄養食品で、有名なので俺も食べたことがある。1ブロック100キロカロリーのクッキーが4つ入っていて計400キロカロリー、時にはダイエットに使用されることもあるらしいが、今の俺にとっては貴重な栄養素が満載の最高の食品だ。
 缶コーヒーは「ボス」という商品だった。まるで今にも斬艦刀を振るいそうな中年のシルエットが印刷されている。これも有名なので俺も口にしたことがある。
 俺の心は歓喜に打ち震えていた。
 砂糖水以外のものを口にするのはどれくらいぶりだろう? おそらく、そんなに長期間ではないのだろうが、舌が砂糖の甘味しか覚えていないぐらいには口にしていないような気もした。
 兎に角、出された食事は何だろうと間食するのが俺の主義だ。
 意を決して、カロリーブラザーの開封口の切り込み口に親指を突き刺し、蓋を開けた。空気に触れないように包装された金色の袋が2つ顔を出す。
 1つを取り出して封を開けると、茶色いブロック状のクッキーが2つ姿を現した。チョコレート味のカロリブラザーのブロックだ。震える指でブロックをつまみ、口に運び、半分程食べた。
 砂糖じゃない、甘味と香りが噛みしめるたびに口中に広がる。
 缶コーヒーの「ボス」も開封して、黒い液体を口に流し込んだ。
 砂糖水にはない、コーヒーの苦みが口に残っていたカロリブラザーの甘味を綺麗に洗い流す。そしてカロリブラザーをもう一口。控えめなチョコの甘味がコーヒーの苦みで引き立つように感じる……

「う、うめえ……ぐす……うめえよぉ」
「それは良かった。あー……お前、名前は何と言う?」
「クロウ、クロウ・ブルーストだ」

 俺は食べる手を少し休めて答える。
 美女は円卓にあった椅子に腰かけ、続けた。

「クロウ、食べながらでいいから聞いてくれ。我が名はマルグリット・ピステール、ハーフセイバーのナンバー7だ」

 俺を救い、食べ物を分けてくれた美女 ── もとい天使ちゃんはマルグリットというらしい。外見に負けず劣らずの高貴そうな名前である。
 しかしマルグリットという名は長いし、彼女は天使ちゃんなので、略してマルちゃんの方が呼びやすい気がする。心の中では天使ちゃんをマルちゃんと呼ぶことにしよう。
 俺はカロリブラザーの2つ目を口に突っ込みながらマルちゃんの話を訊いた。

「ハーフセイバーの正式名称は『ハーフプライズセイバー同好会』という。ハーフプライズ ── つまり、半額弁当を守るために集まった同士の集いなのだ」
「守る? 半額弁当を?」

 俺はマルちゃんの「半額弁当」を守るという言葉の意味が分からなかった。
 半額弁当とは売れ残った弁当を買ってもらうために、店側が半額シールを貼り、販売を促進するためのシステムだ。半額弁当を守っても弁当は売れ残るだけなので、店側にとってはただ迷惑行為にしかならないように思える。
 その旨をマルちゃんに聞いてみたら、彼女はこう答えた。

「半額弁当は食べられるために存在する。半額弁当は取り合うものだ、守るという名目のもとに独占するものではない」
「では……?」
「うむ。私たちが守るのは半額弁当を巡る秩序だ。最近マナーの悪い客が増えていて、半額になる前の弁当を大量に確保し、ハーフプライズラベリングタイムを待ち店員に半額シールを貼らせるなどの悪質な客がいる。そのような輩を『豚』と呼び、我らは『豚』から半額弁当を守るために戦っているのです」

 なるほどね。半額弁当になるまで、ズルして半額弁当を購入する者が出ないように見張る。それを目的としたのがハーフセイバーらしい。
 ……ふと、脳裏に昨日の銀髪男の言葉が蘇る。


── 弱気は叩け、豚は潰せ ── 貴様は豚だ


 黙っている俺を見て察したのか、マルちゃんが答えた。

「弁当の前で物欲しそうにシールが貼られるのを待つのもマナー違反です。クロウ、昨日の貴方はどうしようもなく『豚』でしたよ」

 くっ、昨日の俺は弁当を真っ先に手に入れることしか頭になかった。餌に突進していく豚のようと言われればその通りかもしれない。言い訳のしようがないな。
 どうも、あの時の俺の豚という以上、あの場にマルちゃんもいたようだった。俺の推測を肯定するように、彼女は言った。

「礼儀を持ちて誇りを賭けよ、弱気は叩け豚は潰せ ── これが半額弁当を巡る戦いのルールだ。『自由戦士』が手を下さなければ、おそらく私が貴方を叩きのめしていたでしょう」
「もぐもぐ……おいおい、そりゃあないぜ、マルちゃんよ」
「マルちゃん?」
「え、あ、いや何でもねえ」

 滑らせた言葉でマルちゃんの眼光が鋭くなったので、俺は顔を伏せて2袋目のカロリブラザーを開け始める。
 マルちゃんは俺の失言を特に気に留める様子もなく、話を続けた。

「半額弁当のルールを無視する『豚』がいるように、ルールに乗っ取り半額弁当を奪い合う者たちを『狼』と呼びます。彼らが、半額弁当を奪い合う主戦力といっても過言ではありません。そして私たちのように半額弁当のルールを守ることに尽力し、『狼』と対抗して弁当争奪戦に参加する者を『騎士』と呼ぶのです」
「そうかそうか ── って、結局取るのかよ! 弁当! 卑しい騎士様だな!」
「い、卑しくなどない。私たちは競争の果てに半額弁当を確保しているのだから、なんの問題もないはずだ」

 確かにそうなのかもしれないが、熾烈な奪い合いの果てに手に入るのが売れ残りの弁当だけとは、やりがいがあるのかないのか分からない戦いだな。それに「騎士」だか「狼」だが知らないが、やっていることは半額弁当の取り合いなので、両者の境界線がいまいちハッキリしない。
 マルちゃんの言葉のままなら、「豚」に制裁を加えるのが「騎士」で、ただ単に半額弁当争奪戦に参加しているだけなら「狼」と表現されるのだろうか。半額弁当争奪戦のルールを無視するのが「豚」であり、昨日の俺はシールを貼られた直後の弁当にすぐ手を出そうとした ── これはフライング行為というモノなのだろうか? 結果、俺は「豚」と見なされて制裁を加えられたわけだ。 
 この理屈で言えば、俺を倒した銀髪の男 ── マルちゃんは「自由戦士」と呼んでいた ── も「騎士」ということになる。しかし「自由戦士」とマルちゃんとではあまりに受ける印象が違いすぎて、俺は奴を「騎士」と呼ぶことに少し抵抗を覚えた。
 あの男はマルちゃんとは違う。マルちゃんを「騎士」と呼ぶのなら、あの男は荒々しく、まるで血に飢えた戦士のような男だった。

「なぁ、マルちゃ ── マルグリット」

 食べる手を休め、俺は訊いた。

「『自由戦士』と言ったか? 俺を倒したあの銀髪の男は何者なんだ? あんたと同じ騎士なのか?」
「違う」

 マルちゃんははっきりと否定した。心なしか表情は硬く、膝の上で強く拳を握りしめていた。

「奴らは騎士ではない。奴らは戦場の秩序を乱す。すなわち我らハーフセイバーの敵なのです」
「じゃあ狼って奴なのかい?」
「それも違う。奴らは ──」

 マルちゃんは息を飲んで、忌々しそうにつぶやいた。

「修羅だ」

 マルちゃんの口から出た言葉は、いかにも暴力的でふてぶてしい印象を受けるネーミングだった。
 なるほどな、と俺は思う。
 マルちゃんという騎士には会い、狼というモノをまだ目にしていない俺だったが、修羅というのは「自由戦士」というあの銀髪男を表すのに適切な表現に違いないように感じる。
 システマを学んだ実力者の俺を赤子同然に滅多打ちにしたのだ。それも洗練された技のような動きで、だ。一朝一夕でできる動きではない。あれを可能にするのは戦いを日常にしている戦士たちだけだろう。
 そうでなけば、俺が軽く捻られる訳がない。そう思いたかった。

「奴らが現れ出したのは約3か月前程からなのです」
 
 マルちゃんが淡々と物語る。

「半額弁当界、とでも言えばいいのかな? 私たち騎士や狼たちは、長い間『エリア』で供されている半額弁当を巡り熾烈な争いを続けていた。決して容易い戦いではなかったが、ある時は勝利し、またある時は敗れ、いい意味でバランスの取れた弁当争奪の競争が『エリア』には定着していた」

 初耳だった。「エリア」のスーパーマーケットで、人知れず半額弁当を巡る闘争が続いていたなんて誰も夢にも思わないだろう。俺の珍獣ハンターという仕事と同じで、誰も知らない仕事や世界というものは何処にでもあるものだ。
 夜20時からの戦争 ── 半額弁当争奪戦。
 その存在に改めて驚きながら、俺はマルちゃんの話の続きを聞く。

「あの時のバランスが今も続いていれば、何の問題もなかったのです」

 苦々しい口調……話す内容がマルちゃんにとって良いものでないことが伝わってくる。

「3か月程前、スーパーマーケット『リモネシア』が気でも触れたのか、とんでもないキャンペーンを始めたのが全ての始まりでした」
「キャンペーン…………まさか」

 マルちゃんの言葉に俺は心当たりがあった。

「はい。10円弁当の販売、夜8時時点での売れ残り弁当が10円になる ── いわゆるテンプライスラベリングタイムの導入です。
 まさに閉店の霹靂、半額弁当界に激震が走りました……当たり前ですよね? どんなお弁当でも10円になるのですから。それも1日ではなく毎日です。『エリア』中に広がって縄張りを持っていた狼たち……10円弁当は彼らを一か所に集めるのに十分すぎる程の魔力を持っていました」

 俺には狼たちの気もちが痛いほど良く分かった。
 現在の俺の所持金は104円。例え半額になろうとも手も足もでなかった弁当に手が届くのだ。しかも買った後にお釣りが返ってくる。同じ品質のものなら、値段の安いものの方がいい、この人情を誰が攻めることができようか。
 この後の展開が、俺にはなんとなく予想できた。
 マルちゃんが続ける。

「半額弁当争奪の比ではありません。『リモネシア』に一点集中した狼たちによって、テンプライスラベリングタイムは病院送りが何名も出る程の熾烈な争いになりました。
 さらに10円弁当の情報を得た豚の増殖。
 あの店の半額神 ── あ、半額神というのは半額シールを貼ってくれる店員さんのことなのですが、あの店の半額神は気が弱く脅されると10円シールをすぐに貼ってしまうのです。実は店員ではなく店長らしいのですが、誰からもシオニーちゃんとよばれているらしいです。
 そんな彼女のために弁当争奪のルールを無視する豚が急増し、我らハーフセイバーも事態の収拾に介入せざるを得ない状況に発展してしまいました」

 あの店……「リモネシア」の半額神、つまりシールを貼る店員はシオニーという名の女性だった。
 初見で気の弱さを見抜ける程、体中からあふれ出るビビリオーラ。つねにビクビクオドオドしていて挙動不審だった印象が強く残っている。彼女なら「貼れ!」と怒鳴れば「ヒィ」とか叫びながら従いそうだ。
 そのシール1枚で弁当が10円になるのだから、ルール無視する輩が続出するのも頷けた。

「まぁ、この程度で済めばよかったのですが……」
「まだ何かあんのかよ?」
「クロウ、貴方の頭は鳥と同レベルですか? 修羅ですよ。奴らが『リモネシア』にやって来るようになったのです」

 10円弁当を巡り、狼・豚・騎士が入り乱れて混迷を極めた「リモネシア」。そこに追い打ちをかけるように修羅がやって来たってか? はっ、たまんねぇなソイツは。
 事態が好転する気配は微塵も感じられなかった。修羅の登場は火に油を注ぐようなものだと想像する。
 マルちゃんの答えは案の定のモノだった。

「毎日繰り返される大規模な弁当争奪戦、その争いが修羅たちを呼び寄せてしまったようでした。修羅たちは戦いを求め、さらに弁当で腹もふくれるため『リモネシア』が気に入ったのか頻繁に現れるようになり、病院送りにされる狼たちの数は急増、中には死人も出たとか出ないか噂も出始める始末」
「そいつは穏やかじゃないな。俺がやられたのもその修羅の1人ってわけか」
「はい。『自由戦士』アリオン・ルカダ、最も頻繁に出現する修羅です」

 アリオン・ルカダ。それが俺を叩きのめした男の名前のようだ。

「他には『氷結の魔女』『閃光の魔術師』『史上最強の負け犬』などが主だった修羅でしょうか。『自由戦士』に比べればあまり現れはしませんが、現れたら最後、弁当コーナーは血の海に変わります。
 放置できるような状況ではありませんでした。我らハーフセイバーは総力を挙げて、修羅に立ち向かったのです……」
「……なーんとなく結果は予想できるが、一応聞いておこうか。で、どうなった?」

 マルちゃんは苦無視を噛み潰したような表情で答えた。

「ハーフセイバーの総勢12名で戦いを挑みましたが、私と部長代行を除いて『閃光の魔術師』1人に病院送りにされました……『閃光の魔術師』は手向かわなければ危害は加えないと言っていましたが、全身火傷を負った部長たちを見れば、その言葉が偽りだったのは疑いようもありません」
「いや、それはあんたらが攻撃したのが悪いんじゃないか?」

 俺はマルちゃんの話を呆れ半分で聞き流した。
 大層な事を言っているが、早い話が12人居たにも関わらず、修羅に返り討ちにあったというだけの話だ。1対12という数の差をひっくり返されたというだけ。果たしてマルちゃんたちが情けないのか、それとも「閃光の魔術師」と呼ばれる修羅が凄いのか、考えもしたが正直俺にはどうでもいい話だった。
 マルちゃんの話から無事だったのは、マルちゃんと部長代行という人物の2人だけらしい。
 10人も病院送りにされたと聞けば、俺が腰かけるソファーのあるこの部屋 ── ハーフセイバーの部室にある円卓と椅子が、心なしか寂しげに見えるから不思議な物だ ── と。
 腑に落ちないことがある。スーパー「リモネシア」で倒された俺は、ハーフセイバーの部室に運ばれ、さらに食事の提供まで受けている。だが、何故?
俺はマルちゃんに質問した。

「マルグリット、どうして俺を助けた? スーパーの店員に介抱されたり、起きたのが病院のベットなら納得できる。しかしここはあんたたちの部室、いわば家みたいなものだろう?」
「そ、それは……」

 俺の問に対してマルちゃんは目に見えて動揺していた。視線を俺から外したり戻したりを繰り返し、返答を渋っている。まるで悪い事をした子どもが親に叱られるのを恐れているよう……いや、違うな。
 面と向かって俺には言えない秘密があり、言い出せずに恥らっている……と言う方が正しいかもしれない。
 俺はじっとマルちゃんの顔を見た。端正に整った顔立ち、清楚な雰囲気を持つ金髪の美人さんだ。相変わらずマルちゃんは、恥ずかしそうに俺から視線を外したりを繰り返している。古今東西、美女が恥らう理由は1つしかないだろう。
 ふっ、俺も罪な男だぜ。
 初対面でほとんど話もしていない女性を虜にしてしまうとはな。
 間違いない。マルちゃんは俺に惚れ ──

「マァァルグリットォォ!!」

 ── 突然、部屋の入り口の扉が勢いよく開かれ、野太い怒号が部室内に響いた。
 男の声だった。まさか……マルちゃんの彼氏か!? 彼氏彼女の関係という色眼鏡で室内の状況 ── 男と女が密室で2人きり ── を見れば、俺は完全に間男だろう。このままでは昼ドラよろしくの修羅場が始まってしまうかもしれない……そんな懸念を抱く俺。
 だが声の主を見ることで、俺の懸念は霞のようにあっさり消し飛んだ。
 声の主は中年のおっさんだった。
 太い声質に相応しい巨体、しかし歳は40を廻っているように思われる。マルちゃんに年上好きという趣味でもない限り、彼女と声の主が付き合うなどあり得そうにない。
 ハーフセイバーの部室に乱入してきた大男の手には1枚のチラシが握られていた。

「シュバル部長代行」

 マルちゃんが大男の名を呼ぶ。部長代行ということは、「閃光の魔術師」と戦い生き残ったもう1人ということになる。

「マルグリットよ、機は熟した。このチラシの情報が確かなら、今晩、『リモネシア』に多くの修羅が現れるはずだ。おそらく『閃光の魔術師』も ── むぅ、なんだ、その男は?」

 生き残りの片割れ ── シュバルが俺に気付いたようで、俺の顔を見て怪訝そうに眉をしかめた。対するマルちゃんはと言うと、バツが悪そうに顔を伏せていた。マズイところを見られた……と言わんがばかりに、マルちゃんの頬を一筋の汗がキラリと落ちる。

「マァァルグリットォォ!!」
「は、はい! なんでしょうか、シュバル部長代行!」

 空気を切り裂くシュバルの叱責に、マルちゃんは背筋を伸ばして椅子から立ち上がった。

「貴様ぁ、また妙なものを拾って来おってからに。まぁた弟を可愛がりすぎて逃げられたのだな。
 弟がおらず寂しいからと言って、気になった生き物をなんでも拾って餌付けするのは止せと言っておるだろうが!」
「うぅ……申し訳ありません。でもシェーヌが居ないとお姉ちゃん寂しくって……」
「マァルグリットォォ! いい加減に弟離れができぬと、反抗期の弟に敬遠されるどころか嫁の貰い手も付かなくなるぞ!」
「シェーヌ……かまい過ぎるダメなお姉ちゃんでごめんね……」

 シュバルの言葉に叱られた子犬のようにしょ気るマルちゃん。これはこれで可愛いと思う俺にはもしかするとSの気があるのかもしれないが、それそうと、シュバルの口から飛び出した言葉が聞き捨てならなかった。
 拾ってきた? 餌付け? マルちゃんに渡され食べかけのカロリーブラザーに目を落とす。手の中のそれは、もしかして餌付け用の餌ということになるのだろうか?
 シュバルがのしのしと近づいてきた。

「客人よ、マルグリットが迷惑をかけたようで申し訳ない。こやつには弟が1人おってな、あまりに溺愛するもので反抗期の弟はたびたび家出をしてしまうのだ。すると寂しさのあまり、こやつは気になった生き物を拾って来て餌付けをしてしまうという悪癖があるのだ」
「……つまり、今回は俺が拾われた気になる生き物、ってことか?」
「うむ。流石に人間を拾ってきたのは今回が初めてだぞ! 一体、貴殿はどこで拾われてきたのかな!」

 シュバルは豪快に笑い飛ばしていた。
 俺はあっけにとられ、自分が助けられたのがそんなしょーもない理由だったのかと心の中で呆れながら、マルちゃんの方を見た。
 お父さんに怒られた生娘みたいにまだ凹んでいる。「気になったものを拾う」という悪癖に、彼女が罪悪感を持っている証拠だろう。理由は兎も角、見ず知らずの俺を介抱し食事も提供してくれたのは事実だった。
 呆れはすれど、感謝の念は抱いている。
 何か礼をしなくてはいけない。受けた恩はきっちり返すのが俺の主義だからだ。
 シュバルが持ってきたチラシを示しならがら、マルちゃんに話しかける。

「それはそうとマルグリットよ、これを見よ」
「……チラシ、ですか。──── ッ!? シュ、シュバル部長代行、これは本当なのですか!?」
「当然だ! 拙者は嘘など申さん!」

 用を成したからか、シュバルはチラシを投げ捨てた。
 放り出されたチラシがソファーに座る俺の方に飛んでくる。チラシを手に取ると、紙面に目を通した。

「なになに? 『月末特別企画! 伝説の美食屋ガイオウ様の食材を入荷! 数量限定でディノダモンのから揚げ弁当を「リモネシア」で販売いたします!』……値段は……1個18万円!? おいおい馬鹿かよ、こんな弁当が売れるわきゃあないぜ」
「その通りだ、客人よ!」

 俺の独り言にシュバルが答えた。

「その弁当は必ず売れ残る、いや、売れ残られるためにそのような法外な値段を付けておるのだ。つまり、夜8時の10円弁当販売の時間まで売れ残らせることこそが目的。最初からテンプライスラベリングタイムのためだけに作られた弁当、それが『ディノダモンのから揚げ弁当』 なのだ!」

 気を持ち直したのか、シュバルの言葉に続き、マルちゃんは打って変わってハキハキと喋り出す。

「今夜の『リモネシア』は荒れるでしょうね。18万円が10円になるのですから、狼たちを引き付ける10円弁当の魔力がいつもの比ではありません。『リモネシア』が多くの狼が現れる戦場と化せば、間違いなく奴らは ── 修羅は現れる」
「『閃光の魔術師』も現れるやもしれぬ。マルグリットよ、今夜こそ部長たちの仇を取る絶好の機会、我らハーフセイバーの意地を見せる時なのだ! よいな、マルグリットよ!」
「勿論です、シュバル部長代行。行きましょう、『リモネシア』へ」
「ちょっと待て! そいつは幾らなんでも無茶だぜ」

 シュバルとマルちゃんの会話を聞いていて、俺は思わず声を荒げてしまった。

「たった2人で戦おうってのか。前は12人で手も足も出なかったんだろ? 部外者の俺が言うのもなんだが、勝ち目はないと思うぞ」
「そんなことは百も承知です」

 凛とした声でマルちゃんが答えた。

「礼儀を持ちて誇りを賭けよ ── それが半額弁当界のルール。我らは騎士。法を守り、闘争に身を置く者です。例え負けると分かっていても、立ち向かわなければならない時があるのです」
「そういうことだ。客人よ、これは我らハーフセイバーの誇りを守るための戦いでもあるのだ」

 プライドのため、か。俺はシュバルとマルちゃんの言葉に酷く共感できた。
 俺には借金がある。それも生半可な額ではなく、思い返すのも嫌になる程忌々しい額の借金だ。膨れ上がった借金を返すために犯罪を犯したり、自己破産を選択する人間も広い世の中にはいるだろう。
 確かに是非を問わなければ、それも選択肢の1つだろう。しかし俺は決して選ぼうとは思わない。なぜなら、それらの選択肢が俺の主義に反しているからだ。
 くだらない意地、くだらないプライドかもしれない。
 だが自分のケツは自分で拭く、それが俺の主義だ。例えオヤジの残した借金だろうと、俺は自分で働いたかねで返す。珍獣ハンターなんて仕事を続けているのも全ては意地とプライドを通すためだ。
 だから2人の言葉が心に響いた。

「それに ──」

 マルちゃんが言う。

「── どうせなら、美味しいお弁当が食べたいでしょう?」
「ふっ、違いない」

 手の中のカロリーブラザーを見た。
 マルちゃんの恵んでくれた食事だったが、どうせならもっと美味い物を食べたい。昨日、取り逃した「チカのから揚げ弁当」のように、見ているだけで唾液があふれ出てくるような食事をしたい。
 半額弁当……いや、10円弁当の争奪戦。いいじゃないか。これなら、食事金104円の俺でも参加できる。
 それに ──

「受けた借りも恩も、きっちり返さねえとなぁ」

 ── 俺は意を決してソファーから立ち上がった。
 体の節々があの銀髪の男 ── 「自由戦士」アリオン・ルカダにやられた傷で悲鳴を上げる。今は体を動かすなと、脳が痛みという信号を発している。だが一度決意を固めてしまえば、不思議な事に動けない程の痛みではないように感じられた。
 やられた分はきっちり返す。これも俺の主義だ。

「マルグリット、俺も連れて行ってもらうぜ。『リモネシア』にな」
「クロウ? だが危険だ……」
「相手は修羅だろ? 戦力は1人でも多い方がいいと思うぜ」
「しかし……いいのですか?」

 負傷中の俺の体を気遣ってか、心配そうな表情を浮かべるマルちゃん。俺は真っ直ぐに彼女を見つめて言ってやる。

「勿論さ。男一匹クロウ・ブルースト、この程度の修羅場なら何度もくぐってる。心配しなくても大丈夫だ」
「クロウ……分かった。当てにさせてもらうわ」

 ガッ。俺とマルちゃんは強く握手を交わし合った。
 こうしてハーフセイバーであるシュバルとマルちゃんに俺を加えた3人で、今夜「リモネシア」に現れるであろう修羅との戦いに挑むことになり、夜8時にはまだ早いが戦場になるスーパーの偵察を兼ねて早めに出発することとなる。
 
 待っていろ、「自由戦士」アリオン・ルカダ。
 俺の誇りを賭けて、昨日いただいた黒星をそっくりそのまま返してやるぜ。
 そして旨い弁当を胃に収めるのだ。
 逸る腹の虫を押さえながら、俺たちは商店街にあるスーパーマーケット「リモネシア」を目指すのだった。



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