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OWSの正論と反貧困の誤謬 - OWSは何をしようとしたのか
反貧困と反格差とは違うということは、繰り返し何度でも言わなければならない。同じではない。もしOWSの抗議者たちに日本の消費税問題について問い尋ねたら、彼らは何と答えるだろうか。現役世代と将来世代の負担を軽減するため、増税に賛成だと言うだろうか。それは絶対にあり得ないだろう。Tax The Richの標語をプラカードに掲げている彼らは、社会保障の財源は富裕層と大企業への課税でファイナンスせよと言うはずだ。GreedなBankに課税して、HealthcareとEducationに回せというのが彼らの要求であり、Greedに蓄積した資本はJobの創出と労働者への分配に使えというのが彼らの主張だ。逆進性の高い消費税で社会保障を賄おうとする政策に対して、OWSが賛成するはずがないと私は確信する。当然だろう。消費税増税をすれば、低所得者はさらに貧しくなるのである。ところが、日本の反貧困系の若い運動家たちは、なぜだか理由は全くわからないが、宮本太郞を御輿に担ぎ、宮本太郞の理論と政策に帰依し、「社会保障のための消費税増税」を推進する一派となって潮流を作っている。具体的には湯浅誠がそうであり、POSSEの川村遼平がそうである。他にも無数にいる。そして、若い連中に引き摺られて、この国の左派全体がこの方向に収斂しつつある。まさに霞ヶ関の思うツボ。左派の反貧困系が消費税増税を求めている。


現在は左派が消費税増税論の主力になっている。この状況を最も端的に示していたのが、12/17に放送されたNHKスペシャル「激論“増税” 税から考える 日本のかたち」だった。例によって三宅民夫が指揮をとるこの特集番組は、単なる消費税増税プロパガンダの刷り込みに止まらず、もっと手の込んだ悪質な仕掛けを打っていて、増税推進の左派と増税反対の右派の構図で論戦を見せるのである。左派は宮本太郞、右派は竹中平蔵。竹中平蔵が増税に反対する論陣を張っていた。従来は逆であり、左派が反対で右派が賛成だったことは言うまでもない。現在、消費税をめぐるイデオロギーの布陣は変容していて、福祉国家を言う岩波系がそれに賛成し、新自由主義側が「小さな政府」の論理で反対するという配置になっている。これまで、左派は、逆進性の高い消費税は低所得者の負担が重くなるとか、消費税増税すれば景気が悪くなって税収全体が減るとか、増税分を商品価格に転嫁できない中小企業が苦境に立つとか、大企業が溜め込んでいる230兆円の内部留保を課税せよとか、そういう立論で消費税増税に反対してきた。今でも共産や社民の公式的立場はそこから離れてないだろう。だが、昨年までは大声を張り上げていたそれらの主張を、今回は左派は控えていて、左派の立場は宮本太郞が代表し、宮本太郞を批判する左派の姿がない。

つまり、今年の消費税論議において左派は増税賛成派になっている。マスコミと官僚がそうした構図を巧妙に作ったとも言えるが、現実に湯浅誠やPOSSEが宮本太郞を担ぎ、宮本太郞の増税論をエンドースし、特に若者層を対象としたエバンジェリズムに奔走している以上、構図はマスコミ(三宅民夫)の捏造とは言えず、マスコミ批判で切り返すことができない。マスコミ批判では反論として不十分だ。何と言っても、左派の中では湯浅誠は神様に等しい権威で、内橋克人と同じほどの決定的な影響力を持っている。湯浅誠と若い反貧困系が消費税増税に賛成の旗幟で動いたとき、共産や社民を支持している左派一般(組合系・市民系)や、それに乗っかっている論者は、従来の主張を固持して消費税増税に反対する孤高の論陣を張ることは難しいだろう。そのためか、マスコミで左派の方角からの消費税反対論がすっかり消えている。森永卓郎も、鳥越俊太郎も、3年前のように声を上げず、沈黙してしまっている。消費税増税は左派の政策主張にされてしまった。POSSEのような反貧困系が宮本太郞を支持する理由は、おそらく、消費税増税で得た税収を若者の職業訓練に使えとか、失業中の生活保障を充実させろとかの、そういう「第二のセーフティネット」と北欧福祉国家モデルの構想に靡いているからだろう。官僚に騙されているのだろうが、そうした議論を簡単に信じている。

今日(12/27)の新聞に、財務省の「給付つき税額控除」の記事が載っていて、年収550万円以下の世帯を対象に食品の増税分を返すと、年1兆円の支出増になるという試算が紹介されている。この還付をすると、増税分の13.5兆円の1割弱になり、税収が大幅に減るので、財務省は対象の世帯収入を減らしたい意向だなどと書いている。記事によれば、年収550万円以下の世帯というのは、全体の6割がカバーされるらしい。日本のエンゲル係数の平均が23%なので、こんな感じの数字が出るのだろう。昨年夏の参院選時の菅直人の演説では、年収350万以下の者には全額還付すると法螺を言い、福島瑞穂にそれじゃ税収が上がらないじゃないかと批判されていた。果たして、上の財務省の考え方で制度設計すると、食品以外の支出分は控除の対象にならないことになる。年収200万円以下の者でも、控除は食料品の5%分だけだ。日用品や衣料品、灯油やガソリン、携帯やネットの通信費は対象にならない。最近、マスコミで消費税が5%上がった場合に年間の負担増額がどれくらいになるか、所得別にシミュレーションした数字が報道されている。第一生命経済研究所の試算によると、年収300万円の世帯で13万4046円とある。このうち還付されるのは、仮に食品支出比を30%で計算すると4万円くらいだろうか。9万円は確実に負担増になる。年収250万円で負担増額は年間11万9000円、還付分を3万9000円として、純粋負担増は7万円。この分を生活で切り詰めないといけない。

湯浅誠やPOSSEが向き合っている(言わば)カスタマーは、年収200万とか300万の非正規労働者だと思われるが、その層の若者は、年間7万円とか9万円の税負担増(生活切り詰め)に対して、社会保障に回って職業訓練のセーフティネットが張られるから、我慢して納得できると言うのだろうか。老後の年金が安心になったと歓迎できるだろうか。菅直人が選挙で言っていたように、全額免除なら話は別だが、食品分だけの控除でそういうハッピーな話になるとは私には到底思えない。そもそも、宮本太郞や湯浅誠がバラ色の如く言い上げている職業訓練と生活保障についても、現実に仕事がなければ何の意味もないではないか。どれほど「第二のセーフティネット」を整備しても、失業率や有効求人倍率が改善せず、逆に悪化したならば、その制度措置と予算投入は無駄な公共事業の拡大にしかならないのである。ダム建設の土木工事よりずっと質の悪い、単にPC教育やマナー教育で人材派遣会社を儲けさせるだけの、無駄な労働行政の投資にしかならない。今年は誰からも言われなくなったが、消費税増税で景気が冷え、内需がさらに落ち込み、中小企業の経営が苦しくなり、地域の雇用が減ってしまえば、いくら失業者が新技能を身につけても、それを活用して賃金を得られる現場がない。結局、「第二」の意味はなくなり、制度は生活保護と何も変わらなくなる。必要なのは仕事なのであり、技能の前に求人なのだ。

そうでなくても、どんどん企業が海外に出て、政府も財界も、マスコミもアカデミーも、右の論者も左の論者も、企業に対して「出ろ出ろ」と煽っているときに、さらに内需を悪化させる消費税増税を強行して、どうやって雇用を増加させると言うのか。企業の採用人数を増やすのか。まさか、宮本太郞や川村遼平は、菅直人や小野善康が言ったように、消費税を上げれば内需拡大して経済成長するとでも本気で思っているのだろうか。これまでの経験が証明しているとおり、消費税増税は税収増に繋がらず、財政再建の解決策にもならず、社会保障の将来的安定を導くものではないのだ。税収増は、内需拡大と経済成長によってでしか達成されないし、そのためには労働者と中小企業への分配を増やすしかない。「少子高齢化」のイデオロギーを否定し、少子高齢化と消費需要とは無関係であるエコノミクスを確認しなければならない。正論は、日本の反貧困系ではなく、米国のOWSにある。年金や医療の財源は、低所得者の家計から奪い取ってくるのではなく、Greedな大企業の内部留保230兆円から充当しなければならないのである。日本の反貧困系の政策主張は間違っている。それは貧困層を扶助するものではなく、国家財政を再建するものでもなく、逆であって、労働者を貧窮に追い込み、地域の中小企業を倒産に追い詰め、社会を絶望に追い立てるものである。その政策思想は官僚と経団連のものであって、労働者のためのものではない。

「税と社会保障の一体改革」は、社会保障の切り捨てであり、社会保障を労働者の自己責任にするプログラムであり、政府の責任範囲を狭める目的の政策だ。その「税と社会保障の一体改革」の先頭に立ち、左側から旗を振っているのが宮本太郞に他ならない。さて、OWSはこれからどう動くのか。本当はそれを書くつもりだったが、感情が昂じるまま、消費税問題と反貧困批判で埋めてしまった。来年のOWSの予想はできないが、OWSが公園から追放される前に何をしようとしていたのかは、私には分かっている。それは、組織だの政策だのではない。革命だ。彼らは、その運動名のとおり、本当にウォール街を占拠しようとしたのである。ウォール街を群衆で埋め、NYSEの業務を一時停止状態にさせ、ゴールドマンサックスなどの事業を麻痺させようとしたのだ。ウォール街占拠を事実として平和裏に達成し、Objective Doneの勝利の里程標を画しようとしたのだ。そこから始まるイベント・ハプニングで革命のモメンタムをさらに上げ、政治に要求(金融課税・学資負債・医療保険・教育等々)を突きつけるフェーズを考えていたのだ。彼らのイメージにあったのは、純粋にカイロのタハリール広場である。2月のエジプト革命の再現だ。若い世代も含めて日本の浅薄な論者たちは、二大政党制の政権運営しか政治ではないと考えていて、OWSがワシントンとリンケージする論理的可能性のみを喋々している。議会とホワイトハウスと大統領しか米国の政治ではないと観念している。

何と政治のイマジネーションの貧困なことか。だから、TIME誌の幹部のような発想ができない。彼らは、抗議行動のエジプト的拡大で権力を市民(99%)の手に引き寄せる政治を考えたのである。革命なのだ。


by thessalonike5 | 2011-12-27 23:30 | Trackback | Comments(0)
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