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馬之助さんの夫人が語る「金狼の最期」

2011年12月27日
スポーツ

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〝金狼〟の異名を取った昭和の名レスラー・上田馬之助さん(本名・上田裕司=ひろし)が21日午前、大分・臼杵市内で呼吸不全のため亡くなった。71歳だった。死因は食物をノドに詰まらせたことによる窒息死とみられている。1996年に不慮の事故に遭ってから上田さんの介護に当たってきた恵美子夫人(72)が〝金狼〟最期の時を語った。

昭和の灯がまたひとつ消えた。世紀の悪役レスラーとして一世を風靡した上田さんは96年3月16日深夜、東北自動車道でワゴン車に乗車中、大型トラックに衝突され、脊髄損傷の重傷を負った。IWAジャパン仙台大会出場後、帰京する際の事故だった
奇跡的に一命こそ取り留めたものの、後遺症としてまひが残り、車椅子での生活を余儀なくされた。選手としての活動は休止に追い込まれ、恵美子夫人と懸命のリハビリ生活を続けていた。そしてこの日になって事態は急変した。
恵美子夫人は「朝食に『バナナが食べたい』と言うのでバナナをあげました。お通じにもいいと思っていましたし。年齢的にも弱っていましたので…ラクになったと思います。診断書には『窒息死と書いてあった』と(近親者から)聞いています」と話した。
異変を察知し、午前9時半頃に救急車を要請したが、搬送先の病院に向かう途中の同10時7分、上田さんは息を引き取った。美恵子夫人は自家用車で救急車を追ったため最期には立ち会えなかったものの「『苦しい』とも言わず『静かに息を引き取った』と病院で聞きました」と最後の様子を明かした。
恵美子夫人によると、晩年の上田さんは自宅での療養を選び、通院生活は拒んだという。
「肺活量も落ちて自力でタンを出すことができなかったので、24時間態勢でタンを取ってきました。それは(上田さんが)『やっぱり家がいい』ということだったので…。内科の先生たちにも来ていただきました。毎日毎日が生きることで必死でした。窒息ではなく自然に逝ったのではないかと思っています」(恵美子夫人)
さらには『(一時移住した)フロリダの海を眺めてみたい』なんて言ってました。(死期が)近いことを分かっていたのではないでしょうか」とも語った。昭和のマット界を鮮やかに彩った〝金狼〟は、静かにひっそりと天に召された。

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