岡松参太郎文書の公刊について
早稲田大学図書館長 加藤 哲夫

 早稲田大学図書館には、寄贈された多くの貴重な書籍、文書が存在します。これらの歴史的な価値は言うに及ばず、なお現代における社会の方向性にもさまざまな面で少なからず影響をもたらします。
 その意味で、このたび、岡松家より早稲田大学図書館に寄贈された岡松参太郎博士所蔵の書籍、文書を雄松堂の協力を得て、このような形で公刊することにいたしました。岡松参太郎博士はわが国の民法学研究の嚆矢であり精緻な研究の足跡は今日でもなお民法改正論議に参酌されています。また、戦前における台湾の法制度にかかる研究にも多大な功績を残しています。このような貴重な資料を広く公開し研究の用に供することは、大学図書館の使命と考えています。研究者のみなさんをはじめ多くの方に活用していただければと念じています。


東アジアの「近代」を知る万華鏡のような史料群
東京大学大学院総合文化研究科 准教授 川島 真

 日本の近代そのものを、法や制度の側面から、また東アジア全体への空間的な広がりをもって深く考察することのできる岡松参太郎文書が、意を尽くした解説と、きわめて精緻な目録とともに、史料として広く研究者に利用されることとなった。
 周知のとおり、岡松はドイツ流の法解釈を日本に紹介した京都大学の民法学者であるが、台湾の後藤新平民政長官に請われて臨時台湾旧慣調査会の活動に参与し、また後藤の満鉄総裁時代には満鉄の理事となり、東亜経済調査局を兼任するなど、幅広く活躍した。文書群の中には、ドイツ留学時代の法学関連のノート、「法律第六十三 号ニ関スル意見書」などといった台湾での法制整備の過程を示す文書、また満洲での満鉄附属地や租借地での制度設計を示す文書などがある。岡松は、すでに近代法制史だけでなく、台湾史研究からも研究対象として注目されているが、この文書群は新たな研究領域を育み、また定説に疑義を呈する上での豊富で画期的な内容を含むと言える。中でも後藤新平との関係は注目に値する。たとえば、従来後藤の意見書とみなされていた「大調査機関設立ノ議」が岡松の手によるものであることがうかがえる。
 この史料の魅力はこれにとどまらない。未発表のものを含む、岡松自身の著作や論文の下書きなどとともに、その父であり、昨今注目されている儒学者・岡松甕谷関連の史料、たとえば「文靖先生年譜」に含まれない日記などがある。岡松家は、明治以降、多くの著名な官僚を輩出する名家となるが、そのファミリー・ヒストリーを考察する上でも重要な史料となろう。このほか、明治期の留学を対象とした教育史、学士院研究等の近代日本学術史にかかわる文書も少なからず含まれる。
 以上のように、この文書群の可能性は万華鏡の如きものであり、これを繙くことで、岡松という法学者の周辺で展開した日本近代がうかがえるであろう。今後、多様な分野の研究者に幅広く活用され、また岡松自身の研究も進むことを期待したい。

【岡松参太郎文書PDFカタログ okamathu.pdf: 2.8MG

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