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特殊映像ラボラトリー 第21回 「ONE PIECE/STRONG WORLD」大ヒットの秘密/東映・谷口毅志宣伝プロデューサーに聞く(後編)

斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」
特殊映像ラボラトリー 第21回 「ONE PIECE/STRONG WORLD」大ヒットの秘密/
東映・谷口毅志宣伝プロデューサーに聞く(後編)

斉藤 守彦
[筆者の紹介]

1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

 映画の宣伝という作業は、今、大きな変革を見せている。
従来の映画宣伝とは、いわば宣伝マンたちの職人芸だった。対象となる作品をじっと見すえ、セールスポイントはどこか?ターゲットはどの層に設定すべきか?そのためにアピールすべき媒体は、新聞か?雑誌か?あるいはテレビか?作品を扱ってもらう露出数は、どのくらいを目標にすべきか?広告出稿はどの程度実施するか?TVスポットは何本か?タイアップは?等々…。そしてその結果、どれだけの入場者が映画館に来場し、どれだけの興行収入をあげることが、ビジネス的な成功に繋がるのか?
 宣伝マンたちは、そうしたミッションを遂行するリーダーであった。彼らの腕ひとつに、映画の経済的存亡が賭けられたのである。

 昨今の状況は、大きく異なる。映画に出資した企業によって形成される「製作委員会」では、単に製作費を負担するだけでなく、その作品を商品として成功に導くことに対しても、配給会社にお任せではなく、積極的にコミットするケースが多い。配給会社の宣伝プロデューサーの役割は、自ら媒体に作品を売り込むことよりも、その名の通り「宣伝をプロデュース」し、作品に関わる様々なマーケティングを推進・統括する立場となった。
 作品をヒットさせるためには、いかにして出資企業の持つ、それぞれのメディア・パワーを引き出し、それを活用するか。配給会社だけの単独技ではなく、製作委員会による複合技が勝敗を分ける決め手となるのが、今日の映画ビジネスの大きな特徴だ。
 そうした状況に対して、では配給会社の存在意義はどうなるのか? 出資企業にそこまでの負担を強いるのは、いかがなものか?という声は当然あるし、筆者自身も疑問を感じることが少なくない。だがしかし、3400スクリーンにまで拡大した、現在の映画マーケットにおいて、より確実に映画をヒットさせ、ビジネス的成功に導くためには、様々な論議こそあれ、現在のところこの方法が大きな成果を上げている。これは認めざるを得ない現実だ。

 「ONE PIECE/STRONG WORLD」の場合も、東映アニメーション=東映=フジテレビ=集英社によって組織される製作委員会各社のビジネス・テリトリーを中心に、様々な展開が行われていった。製作=配給=興行といったビジネス・テリトリーの中で、とりわけ「興行」の現場である映画館において作品の魅力をアピールする、昨今「シアター・マーケティング」と呼ばれる方法も積極的に用いられることになった。
 前回に引き続き、この宣伝プロジェクトを推進・実行した、東映の谷口毅志宣伝プロデューサーに、その推移と方法論、効果などを語っていただいた。

■ 「効率よく稼ぐ」ため、全国188スクリーン体制に

−それにしても、前作が興収約9.2億円でしたから、5倍ですよ。
谷口 48億円行きそうですよ。4月20日時点で47.7億円。こんなに跳ね上がることはめったにないんですが、最初は20億円行ってくれればと思っていたんです。その中で、尾田先生が関わられ、集英社が0巻を出してくれて、フジテレビがTVシリーズでアナザー・ストーリーをやってくれて、その上で前作並みなんて言えないですよ。皆さんのご協力のもと、20億円を目指しましょう。大人単価1300円ほどで150万人来れば20億円行きます。まず0巻を150万冊作りましょう。これがハケれば20億円。

−でも、今回正月公開で、本番線ではありませんでした。いつもと違うマーケットと公開時期でしたよね。
谷口 いつもでしたら邦画チェーンで290〜300スクリーンは開けますね。前作は作品的に素晴らしかったんですが、300スクリーン開けた価値があったか? 9億円の映画で300開けた価値があったかと言えば…分かりますよね?

−だいたい分かります。
谷口 もっと効率よく稼げるんじゃないか。うちの営業部に、集英社さんからも話がありました。「興行のプロとして、どう思います?」と。普通、興行サイドとの連携はなかなかとれないものなんです。それが劇場を絞ることによって、興行サイドから応援してもらえるんじゃないか?そういう話になりました。ワーナー・マイカルとT・ジョイで組織する「ワッツ・チェーン」でやっている「プリキュア」シリーズのように。「ワンピース」はコンテンツが強いので、興行会社さんに宣伝に協力してもらう。そういう座組が出来ないかと。
 
−いわゆるシアター・マーケティングの範疇になりますよね。
谷口 そうですね。まあ劇場宣伝ですよね。だから担当者とお会いして、1年ぐらい前から話をしていました。実際に決まったのはギリギリですが、どういうモノを作りましょうか?ということは、ずっとしていましたね。

−興行会社からの要望は、一番に何があったんですか?
谷口 やっぱり、何かしら劇場オリジナルのものを作って欲しいと。やはり宣伝協力するにあたり、シネコンが導入したいものを、「ワンピース」のキャラを使って応援しましょうと。例えば割引デー用の告知アイテムを「ワンピース」のキャラを使って作ったりしました。

−今、200スクリーン以下のアニメ映画がうまく行っていますが、だいぶ誤解が多いように思います。アニメって小規模にやれば、リスクがなくて儲けられるという、そういう配給会社まである。
谷口 それは違いますよね。誰もが儲かるのであれば、誰もがやりますよ。ちゃんと考えて、どういうスキーム、どういう座組を作るかが大切で、そこでどこをからめるか。それをうまくやることによって、みんな利益を得られましたというのは良いとは思いますが、コンテンツの力もあるし、配給会社の営業力もある。スクリーンは確保したけど、午前中2回しか上映出来ないのだったら、お話にならない。ニーズが多様化しているので、その多様化の部分が、200スクリーン以下でも興行が成功するだろうという考えに繋がっていくと思うけど、それは作品によってアプローチが違ってくる。すべてがそれだから良いってわけじゃないと思います。

−最初から47億円行くと分かっていれば、東映さんだって、500スクリーン空けますよね(笑)。
谷口 そりゃそーですよ。やっぱりちょっと違いますよね。

■ 興行シミュレーションで出るのは、あくまで「想定値」

 洋画メジャー系配給会社などが、特に力を入れているのが、作品が公開され、初日以降どのような推移をたどり、最終的にどれだけの興行収入が上がるのかを、事前に予測した興行シミュレーションの作成である。数十年分の興行データを用いて、緻密に興行推移を事前予測している配給会社も少なくないが、その基盤となる最終的な興収予測は、シミュレーション担当者のカンであったり、科学的根拠のまったくない思いこみであったりするケースも少なくない。

−東映さんとしても、営業部で興行シミュレーションをしますよね?
谷口 もちろん、「STRONG WORLD」の場合もやりました。ただ20億円というのは、シミュレーションの結果ではなく目標です。凄く微妙なんですが、目標値をシミュレーションで出すことは、いくらでも出来るんですよ。想定値を入れることによって、シミュレーションは成り立ってしまう。シミュレーションは一応作っていますが、それは皆さんに説明するためのもの。あくまで想定値。

−つーか期待値(笑)。
谷口 そうですよね。20億円行かせるためには、このくらいスクリーン空けなきゃいけないよね、とかあるじゃないですか。じゃあ40億円だったらこうとか、いくらでも出せるじゃないですか。それは現実ラインを踏まえて出していくのが、真っ当だと思います。今回48億円行くのも、多分に興行の前半部分で社会現象化したことが、要因としてあげられると思います。初日の1スクリーンあたり興収が500万円を超えた。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」の400万円を抜いた。そういうことを考えていくと、絞ったことによっての相乗効果もあると思います。最初188スクリーンでやったのと、200スクリーン空けたのと、どう違うのかというと、多めにスクリーンを開けることで、混雑感が失われてしまうかもしれない。「ワンピース大したことないね。初日に行ったけど、ガラガラで座れたよ」とか。「あんなに入っているのは凄い」という声は、事前の数値では測れないですよ。

−こういう結果が出て、一番驚いたのは、東映の営業部だと聞いています(笑)。
谷口 そうだと思います。東映アニメのプロデューサーと、僕も驚ろきましたけど。今回は前売りの数字とかを見ていても、明らかでした。なんか盛り上がってるな、と。あの初日を見た時に「僕らが仕掛けなくても、尾田先生がやったらこうなるんだなあ」と(笑)。複雑な心境ですよね。一応僕らとしても、考えて考えて、宣伝を組み立てていったんだけど、尾田先生が出ることで、これほどの破壊力が出るとは。僕らの想像以上に行ってしまっているから、胸はって「やりました!!」とは言えないですよ。

2に続く

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