「レイアウトを戻す」を押すとサイトのレイアウトが初期状態に戻ります。閉じたり、表示を伸ばしたりしていたカテゴリーやウェジェットが初期状態に戻ります。

レイアウトを戻す

特殊映像ラボラトリー 第19回 東京国際アニメフェア・シンポジウムの補足と、ゴールデン・ウィークの特殊映像たち

斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」
第19回 もーろー日記/2010年4月
東京国際アニメフェア・シンポジウムの補足と、ゴールデン・ウィークの特殊映像たち。

斉藤 守彦
[筆者の紹介]

1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

■アンダー200マーケティングの可能性と限界。
  東京アニメフェアにて、3月26日のビジネスデーに行われた「アニメ!アニメ!」主催のシンポジウムに出席し、壇上で色んなことを喋る任を仰せつかった(このシンポジウムの様子が、主催者である「アニメ!アニメ!」編集長にも、発言者である我々にも無断で、某サイトに全編掲載されていたのにはまいったなぁ)。
 シンポジウムのテーマは、「劇場アニメビジネス 2010年の新たな潮流」。つまりこの連載で何度も取りあげてきた、中小規模のアニメ映画マーケティング=カッコつけて「アンダー200マーケット」などと呼んでるけど(笑)、要するにブロック・ブッキングの日本映画やメジャー系配給会社が大規模に展開するハリウッド映画と違って、アニメ映画は200スクリーン以下のマーケットでも健闘している。小規模のマーケットで、そこそこヒットする映画を上映すれば、1スクリーンあたりの興行収入は高くなるので、映画館=興行サイドとしては万々歳。さらにアニメ映画の場合、関連商品などで興収以外にショップ収入などが見込め、これまた映画館は万々歳。例えて言えば、こんな作品群。

☆「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」
 (2007年公開/オープニング・スクリーン数=84)興収20億円。
☆「プリキュアオールスターズDX/みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合」
 (2009年公開/156スクリーン)興収10.1億円。
☆「サマーウォーズ」
 (2009年公開/127スクリーン)興収16.5億円。
☆「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」
 (2009年公開/120スクリーン)興収40億円。
☆「STRONG WORLD/ONE PIECE FILM」(2009年公開/188スクリーン)興収47億円(ファーストラン終了時点)

 今年も3月20日から159スクリーンで公開された「プリキュアオールスターズDX2 希望の光 レインボージュエルを守れ!」が、興収10億円以上が確実。「劇場版涼宮ハルヒの消失」「東のエデン劇場版」、「魔法少女リリカルなのは」などは、アンダー200ならぬアンダー30。それぞれ20スクリーン前後で公開され、これまた良好な成績を上げている。
 ただ、はっきり言っておきたいのは、こうした中小規模のマーケティングを行えば、すべてがうまく行くというわけではないということだ。シンポジウムでプロダクションI.G.の石井朋彦プロデューサーが言われたように「小規模の劇場公開で、製作費をすべて回収することは不可能」というのが現実。「東のエデン劇場版」I,IIの場合も、それぞれ7スクリーン(3月末の時点で、延べ32スクリーンで上映)、15スクリーンという規模で公開され、前者が約1.5億円、後者は2億円を見込むヒットとなっているが、この場合の「ヒット」はあくまで「このマーケット規模にしては」という前置詞がつく。上映館の数が少ないことで、1館=1スクリーンあたりの興収は高くなるが、そもそも入れ物たる映画館の数が少ないのだから、その限界は自ずと知れているわけだ。
 製作会社、委員会にとってみれば、製作費以外にP&A(プリント・アンド・アドバタイジング)が肥大化するリスクを負わなくてすむメリットはあるものの、それ故に限界も見えている。巨額の宣伝費や、テレビ局によって大規模なパブリシティ展開を行った作品は、やはり大きな訴求力を持つ。すべてとは言わないが。

 全国3300スクリーンを超えた昨今のマーケットとはいえ、春休み、夏休み、正月といった稼働期は大作、勝負作がスクリーンの奪い合いを繰り広げており、2006年夏の「時をかける少女」のように、初動段階での遅れがたたり、シネコンのスクリーンがほとんど獲得できなかったケースさえある。(本連載「クールアニメ・マーケティング・ヒストリー/『時をかける少女』」参照)同じ細田守監督の「サマーウォーズ」が、夏休みまっただ中に、127スクリーンでの上映を行えたのは、メジャー系配給会社であるワーナーの強大な営業力がものを言ったのである。
 ミもフタもないことを言ってしまえば、アニメ映画のリクープの軸足は、依然としてパッケージ・メディアに置かれている。DVDやプルーレイ・ディスクのセールスの結果が、プロジェクトの経済的正否を左右するのだ。いわば映画館での興行は、その前段階におけるプロモーションと位置づけることが出来るが、昨今はDVDの売れ行きの下降が著しい。逆に映画館マーケットは拡大している。このふたつの要素がクロスしたことによって、中小規模におけるアニメ映画の興行が、プロモーション以上の成果を上げるケースが出てきた。映画興行での成果とパッケージ・メディアのセールスが、有効な循環作用を果たす時代が到来したのである。
 では中小規模の映画興行は、パッケージ・メディアのセールスにどれほど貢献しているのかといえば、それは作品個々の戦略が左右する。「空の境界」全7作のように、特殊な上映方法で興収3億円以上をあげた例もあるが、この場合も石井Pが壇上で発言した通り、「いくら劇場で大ヒットしたとしても、それだけでリクープできるとは考えられない」というのが、正しいものの見方だ。現在池袋テアトルダイヤ、大阪・テアトル梅田の2スクリーンで展開している「イヴの時間 劇場版」のように、限られた映画館だけで上映し、好評のため上映期間が何度も延長され、さらに札幌、福岡での上映が決定するといったマーケティングのほうが、ある種のサクセス・ストーリーを感じさせる。このポジティヴなイメージは、パッケージ・メディアのセールスにも好影響を与えることだろう。

 この種の中小規模でのアニメ映画興行は、配給会社にとっても手軽なビジネスと映るようで、ましてや「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」2作や「ONE PIECE STRONG WORLD」のような成功例が出てくると、俄然注目を集めるようになってくる。事実、筆者にも配給会社の知り合いから問い合わせが舞い込んだり、話題に上ることが、このところ少なくない。配給会社にとってみれば、P&Aを委員会に負担させ(現在P&Aを配給会社が建て替えているのは東宝だけで、これは精算時にトップ・オフされる)、自らはブッキングだけを行い、宣伝実務は宣伝会社に発注して管理だけを行えば良いわけで、高い権利金を払って外国映画を買い付けることに比べれば、遥かにリスクの少ないビジネスと映るわけだ。 
 だが筆者としては、中小規模のアニメ映画興行こそ、配給サイドではなく製作サイドがイニシアティヴを持つべきだと考えている。マーケット・サイズの小ささが、それを可能にする。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」2作ではカラーが配給全体をコントロールし、「東のエデン」では、石井プロデューサーとアスミック・エースの営業スタッフが念入りな話し合いとシミュレーションを行った上で、上映劇場とマーケット・サイズを決めていったという。「空の境界」ではアニプレックスが直接配給を行い、「イヴの時間」では、本来稼働すべき宣伝部に代わって映像コンテンツ事業本部のスタッフが宣伝実務にあたり(これは「東のエデン」も同様で、「その作品を最も理解している者が宣伝すべき」との考えが反映された結果だという)、パブリシティ、アドバタイジング、プロモーション、タイアップなど全てを、制作会社ディレクションと協議の上で手がけていった。
 そうした展開を可能にしたのは、作品そのものにネームバリューがあったから。つまり、劇場公開前の段階で、ある程度の観客を掴んでいたからだ。「空の境界」ならば原作の愛読者、「東のエデン」ではTVシリーズのファン、「イヴの時間」であれば配信時からのファン層が顕在化していたからだ。いかに小規模とはいえ、このマーケティングで劇場公開発のオリジナル作品を展開するには、まだ勝算が見いだせないというのが、現時点での筆者の見解である。
 いずれにせよ、映画館での興行を成功させ、パッケージ・メディアでも目論見通りのセールスを実現させ、有効な循環作用を実現するためには、広い視野と、マーケティング力、確実な数値計測力と指導力を持ったプロデューサーの存在が不可欠と言える。この時代、プロデューサーに求められる“正しい資質”は、より多くなっていくことだろう。

2へ続く

関連記事

.