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[30707] 【習作】始まりの『豚』 【幻想水滸伝シリーズ】 【オリ主】
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/17 22:00
前書き
 
 お読みください

 この作品は幻想水滸伝シリーズの二次作品です。その為シリーズを知らない方にはわかりづらい描写が出てくると
 思います。なるべく作中で説明するつもりですが作者が初心者の為、無理かも知れません。またその為ほとんど会
 話による進行になります。原作キャラを一人でも多く出したいのでちょい役。名前だけの出演があります。またオ
 リジナル設定が入ります。
 
 シリーズと銘打っておきながら今の所ティアクライスからの参戦は有りません。また時系列上、3,4,は
 殆どど出ません。

 この作品の中でそのキャラ達は基本的に有り得ない行動は取りません

 具体的にはルカ・ブライトが良い奴になる。リムが兄を嫌いになる。ミアキスは腹黒いなどです。
 ごめんなさい。ミアキスは腹黒くありません。ただあったかも知れないそのキャラならやりかねないという行動を
 とります。それ以外で動く場合それなりの理由をつけるつもりです。
 思いだしながら書いているので間違うことがあるかもしれません。その場合、幻水ファンの方は仰ってください。
 出来る所は修正します。

 また主人公以外に名前をつける気はありません。名前があるのはすべて原作キャラだと思ってください。
 侍女に外見描写はつけません。お好きなように。

 頭の中のプロットだけで書いたものなので修正が入ると思います。その場合こちらに書きます。
 またあとがきがうざいと思われる方もいらしゃるかも知れませんが作者は書きます。
 そのうち消します。シリアスな引きでは入れません。

 ではよろしくお願いします。

 12/11 少し容姿の描写に変更を加えました。

 12/17 十話に少し補足を追加
 
  



[30707] プロローグ
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/11 21:35
 

 フェリクス・ルーグナー

 それが彼に与えられた名前だった。正史には存在しなかった赤月帝国第一皇子の名前。彼は幼い頃より不思議なこ
とを言い出すことがあった。
 最初に言い出したのは彼が4歳の時、ファレナ女王国で大規模な内乱が起きると父に告げたのだ。だがそれははっ
きりとした言葉ではなくたどたどしく何かを思い出す様な言葉であった為、父であるバルバロッサは気にはしつつ放
置した。

 それより2年後彼が周辺国の歴史を学んでいる時にそれは起こった。話が群島諸国連合に差し掛かった時、彼はま
だ教えてもいない150年近く前の歴史を語り始めたのだ。まるで見てきたかの様に話す彼を見て周りの者は当時の
戦争に参加した者の生まれ変わりであると噂した。

 さらに2年たった頃彼は思い出す。グラスランドで起こる戦いと運命に抗おうとした一人の少年のことを。この頃
になると彼は自分の言っていることがおかしいと気付き周りの者に話すことは止めていた。なぜならそれは未来の話
であり、そこに赤月帝国という国は存在しなかった。そして不思議な夢を見始める。笑っている知らない家族。見た
ことのない食べ物。夜になっても光を失わない建物。どこか懐かしいそう感じながら。

 ファレナで内乱が起きた。バルバロッサは息子の発言を思い出したが、亡き妻の生き写しであるウィンディの心を
慰めてやりたいという思いが強く息子の為に時間をとるということはしなかった。

 さらに2年後、フェリクスは自分は前世はあの夢の世界で生きていたのだろうと考えていた。前世で自分がどの様
な生き方をしていたのかはわからなかったがそれはいいと思っていた。前世がどうであれ自分は今赤月帝国の皇子フ
ェリクス・ルーグナーなのだからと。帝国が滅びるというなら滅ばさせない。
 その為に自分はいるのだと固く決意した。

 月日は流れ帝国の為にと誓ったものの子供であるフェリクスにできることは何も無かった。皇子という身分が逆に
身を縛り宮廷からの外出もなかなか許されなかった。煌びやかな宮中では民の暮らしは見えない。そのことに歯がゆ
さを感じながらもできる事をやるしかないと勉学に励んでいた。そんな彼に皇帝から呼び出しがあった。

 父と会うのは久方ぶりのことである。ここ数年バルバロッサは部屋にこもり宮廷魔術師ウィンディと逢瀬を重ねて
いた。近臣はおろか息子である自分すら近づけない。その為国は乱れている。

 あの女狐め。いつか退治してやる。そう思いながらも母に似たウィンディを嫌いには成り切れない自分が居ること
も分かっていた。
 



 謁見の間に入り膝を着く。面を上げろ。そう言われ見上げるとそこには少し白髪の混じった毛を後ろに流し口元に
髭を蓄えた父がいた。細い眼からは何を考えているのかは伺い知れない。しかし黄金の鎧を纏うその姿は昔と変わら
ぬ威厳を放っていた。
 
 「ウィンディ」

 またウィンディか。
 
 そう思いながらも顔には出さず父の横に立つ女を見る。女は金色の髪を頭の上で纏め下ろしている。その眼からは
愉悦が見て取れる。高貴な魔術師のローブを纏い皇子の嫌いな笑みを浮かべている。
 
 「喜びなさい。貴方の婚約が決まったわよ」

 そう言う彼女の笑みはどこか歪なものだ。

 「相手はハイランド王国第一皇女ジル・ブライトよ」

 その言葉を聞いたフェリクスはなるほどジョウストン都市同盟を抑える為に2ヵ国で同盟を組もうということか。
その為の政策として婚姻は悪くはない。皇子である僕が恋愛結婚を望めるとは思わなかったが、ジル姫は美しい方だ
と聞いている。

 何も不満は無い…。…無い…はずだ。
 
 ……?何かを忘れている?
 
 ………豚?

 豚とはなんだ?

 僕たちが食べる家畜。

 生姜焼きがいい。鍋もいいな。

 違うそうじゃない!
  
 豚……豚………豚は…………どうなる…?

 豚は…………‥









 「豚は……死ねぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」

 頭になり響いた声に戦慄が走る。フェリクスは知っている。いや思いだしたのだ。ジル・ブライトの兄であるルカ
・ブライトのことを。そしてこの世界がなんなのかを。

 あの男が兄になる…?人を豚と呼び情け容赦無く殺すあの男が。……帝国はどうなる?

 いや僕自身は………?

 フェリクスは混乱していた。額からは汗を流し、小刻みに震えている。しかし周りの者には何が起こったのかはわ
からない。話を聞いていた皇子が突然この様な状況に陥ったのだから。臣下の一人が声をかけようと彼の側による。
  
 「い、嫌だ!」

 聞こえてきた声に驚いたのはハイランドの使者である。

 「嫌だ」はっきりそう言った。皇子が公的な場でこの様な発言をするとは赤月帝国も堕ちたものだ。
 しかしまだお若いし、好きな子でもいたのかも知れんな。姫様の事を知っていただければ満足するだろう。
 そう思っていた。

 だが……










 「豚は嫌だぁぁぁ!!!!!!!」

 ……ぶた?………豚!?

 豚とはなんだ?

 食用の家畜。

 私は角煮が好きだな。

 なぜ皇子は豚の事を…?

 豚は嫌だ!………ああ皇子は豚がお嫌いなのか。美味しいのに。

 しかしなぜ豚のことを?

 私は何のためにここに来たんだ?

 確か姫様の婚姻。

 それで皇子が嫌だって。

 何が?

 豚だろう?

 姫様は………豚!?


 「き、きさまぁぁぁーいくら皇子といえども姫様を豚呼ばわりするとは何事かぁ!!!!!」

 あまりの暴言に一瞬意識を飛ばしていた使者が叫ぶ。

 「だって豚は嫌なんだ!!!」

 「まだぁ言うかぁぁぁ!!!!!」

 皇子に襲いかかろうとした使者を周りの者が止める。謁見の間の空気は最悪であった。皇帝であるバルバロッサす
ら顔を青くしている。そのなかでウィンディだけは笑顔を浮かべていた。


 太陽暦454年フェリクス・ルーグナー14歳の事だった。

 


 



[30707] 第一話 疑惑
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/10 13:12
 

 グレッグミンスター城にある自室で宮廷魔術師ウィンディは大笑いしていた。先程の謁見の間でのことを思い出し
ているのだろう。あの後使者はカンカンに怒りすぐさまハイランドに帰ろうとした。皇帝であるバルバロッサが自ら
頭を下げ何とか宮廷内に留まってもらったもののその怒りは収まりそうには無かった。途中で皇子が気を失い倒れた
から良かったもののあのまま叫び続けられたら皇子を処断しなければいけないとこだった。

 「まさか一国の皇女を豚呼ばわりするとはねぇ」

 自身が進めたはずの婚姻政策が馬鹿な皇子の性で失敗に終わろうとしているのに彼女が笑っていられるのには理由があった。

 「あの使者を操ってもいいけど、娘を豚呼ばわりされて怒る皇王の顔も見てみたいねぇ」


 彼女の額に宿る『門の紋章』はその名の通り異世界との門を開くだけではなく人の心を操る力を持っている。 
 その力を持って皇帝バルバロッサを操っている。

 彼女は考えた。あの憎きハルモニア神聖国を潰すにはどうすればいいかを

 彼女の故郷はハルモニアによって虐殺されている。その恨みを晴らすべく『生と死の紋章』を探していた途中でバ
ルバロッサに出会った。これ幸いと彼を魅了し、帝国兵を使い『生と死の紋章』を探せた。その経過で帝国を腐敗さ
せたのは八つ当たりの様なものである。帝国は独立したとはいえハルモニアの一部だったのだから。

 彼女はハルモニアに関わるすべてを憎んでいた。

 だからこそ同じく独立したハイランドも許せなかった。そこで考えたのが婚姻政策だ。都合の良い事に両国に男女
がいる。婚姻を結べば結婚する時に皇王も来るだろう。その時に操ってやればいい。
 失敗しても皇女はこちらにいる。皇王は狂っているとでも噂をまいてやればいいし、無ければ作ればいい。皇女は
心を痛めていると。それに順次てハイランドの民を救うという名目で攻め込めばいい。間に都市同盟があるが2カ国
を同時に相手どる力はあの国には無い。都市同盟が滅んだ後ハイランドと帝国で戦えばいい。どちらが勝とうがどう
でもいいが出来るなら帝国の勝利で終わって欲しい。
 三カ国を飲み込めばハルモニアを潰せるかも知れないのだから。
 
 「私は少しだけ貴方のことが好きになれそうよ」
 
 妖艶な笑みを浮かべる彼女はとても綺麗だった。

 「それにしても、あの子、不細工が好きなのかしら…?」
 
 呟きに答える者は居ない。




 同じ頃、城の一室では皇子が典医による診察を受けていた。あの後、『豚』と叫ぶだけ叫んだ皇子は気を失った。
長年皇子を見てきた典医にも理由はわからず、神妙な顔したまま思い出す様にそういえば殿下は昔から不思議なこと
を言う事がありました。『豚』にもなにか意味があるのかもしれませんなぁなどと訳の分からないことを言った。

 付き添いで来ていた帝国五将軍の一人であるソニア・シューレンは何を馬鹿な事をと思いつつ考えだす。

 『豚』………?

 『豚』に意味………?

 ……家畜のこと……臭そうだけど実は綺麗好き。

 仔豚は可愛い。私は好きだ。

 仔豚………子………子供!?

 子供?………テオ様!!!

 彼女は連想ゲームの果てに自身の想い人に辿りついた。

 今は確か北部の方にいらっしゃるはず。お怪我をして居ないだろうか?次に会えるのはいつだろう。私ではテオ様
の心を埋めてあげられないのだろうか?

 皇子そっちのけでそんな事を考えだす。しかし流石は五将軍の一人。彼女は還ってきた。子供からテオに繋がるキ
ーワードを頭に残し。

 マクドール家の坊ちゃん。テオの一人息子であるこの少年はとても素直で私にもよく懐いてくれている。そんな彼
が時折見せる寂しそうな顔。テオ様の部下たちが側にいるとはいえまだ13歳の少年だ。
 やはり親が居ないのは辛いのだろう。早くに母を亡くしテオ様は任務で各地を飛び回る。近い年の友達といえば皇
子くらい。しかし皇子は宮廷からは殆ど出られない。なにより次代の皇帝と臣下だ。真の友になるのは難しかろう。

 だからこそ私が………

 いけないまた違うことを考えている。今は皇子だ。思えば皇子も母を亡くしその生き写しであるウィンディ殿には
冷たくあしらわれていると聞く。父である陛下はウィンディ殿を寵愛するあまり皇子を見ていないとも。

 皇子寂しかったんですね。だからあんな言葉を吐いて父の気をひこうと。そのお気持ちお分かります。私も母を亡
くしましたから。
 
 でも…『豚』は言い過ぎだと思うんです。あれじゃハイランドに喧嘩を売っているとしか思えません。会ったこと
もない方をしかも女性を『豚』呼ばわりするなんて。私が言われたら相手を殺すと思います。

 皇子。貴方の寂しさを出来るなら埋めてあげたい。でもそれは出来ないんです。だって私はテオ様の………

 頭を振り考えを打ち消す。
 
 女として慰めることは出来ないし、母親にもなれない。ならば臣下として出来ることをしよう。 
 自分は帝国五将軍の一人ソニア・シューレンなのだから。

 扉を開け、出ていくソニアが向かう先はハイランドの使者が待つ部屋である
 



 数日が立ちフェリクスが目覚めた時彼は軟禁状態にあった。なぜ自分が軟禁状態にあるのかわからず側にいた侍女
に尋ねた。彼女は言葉を濁す様に答えた。

 「その…皇子殿下が…ですね…」

 「僕が?」

 言うべきだろうか?彼女は迷っていた。自分がそれを言うことによって怒られないだろうか?僕がそんなことを言
うはずがない!と。それに皇子は混乱していたと聞く。もし『豚』と告げることによって皇子がまた混乱しないだろ
うか?彼女は皇子の心配をしていた。

 彼女がそれを知っているのには理由があるという程のものでは無い。ただ単に皇子の声が大きかっただけである。
謁見の間から発せられた声は宮廷中に響きわたった。殆どの者は言葉通り受け取り、厨房では二度と皇子に『豚』は
出すまいと決意する料理人達が居た。だが謁見の間の近くに居た者達は別だ。
 彼女はすぐ側におり言い争う使者の声を聞いている。

 結局彼女は言えなかった。箝口令が敷かれていることもあったが、それよりも信じたく無かった。自分の耳で聞い
たにも関わらずあのお優しい皇子が他国の皇女をよりにもよって『豚』と罵るなんて事を。皇子は宮廷では人気が有
った。政治を省みなくなった皇帝とは対象的に勉学に励む姿を見て何人もの者が帝国の未来を信じ宮廷に残った。

 どこか気まずそうな顔して退出して行く侍女を見送りフェリクスはこれからの事を考える。自分はどうやら大変な
事をしでかしたらしい。自体の収拾にはソニア殿が応ってくれているとの事だ。その罪で自分は軟禁状態にあるのだ
と。面倒をかけるそう思った所で気付く。却って良かったかもしれないと。
 
 確かにハイランドに喧嘩を売る様な形になったかも知れないが戦争にはならないだろう。都市同盟もあるし今の皇
王は穏健派だ。気になるルカ・ブライトだが、彼は今はまだそれほどの権力は持っては居ないはずだ。
 なにより彼が妹の為に動くとは考えられない。母に似ていなければ斬り殺しているとまで言った男だ。
 まず動かないだろう。
 
 そこまで考え声が漏れる。

 「母か…」

 僕にとっての母親は夢の中のあの人なのだろう。眠っている間に何度も見た。幸せな家族なのに不満を言っている
僕。ここに来てから改めて思う。幸せだったと。今が不幸せなわけじゃない。とんでもない場所で有り得ない地位に
ついていることは分かっている。現状も。逃げれば楽なのだろう。それをする気になれないのは帝国の皇子として生
まれ、愛してくれたみんなのおかげなのだろう。

 僕はフェリクス・ルーグナーだ!!!

 クラウディアの子だ!
 
 母を愛していた!

 「ルカ・ブライトの気持ちが少しだけわかるよ……」

 ウインディを思い浮かべ、そのままベットに倒れこむ。

 「あーでも帝国が滅ばないとルカを倒せないのか」

 「仲間にならないかなぁ。無理だろうなぁ」

 「それこそ、豚は死ね!!!って言われるだろうな」

 少し声が大きくなった。うつ伏せになり枕に顔をうずめる。
 取り敢えずこの先の為に少しでも多くの事を思い出そう。その作業の途中である事に気付く。引っかかるのだ。
 いくつかの種族が。思い浮かべた時彼は自分ではどうしようもない衝動に襲われた。もう一人の自分。
 前世の自分の性だろう。

 具体的には












 
 ダックでモフモフしたい!!!

 ネコボルトでモフモフしたい!!

 コボルトでもモフモフしたい!

 ビーバーでもモフモフする。

 リザードは……リザードはモフモフしない…?

 虫は……嫌だ食われる。

 モフモフできるなら男でも構わない!!!


 なんだこれは!?
 
 確かに帝国は亜人に友好的ではない。だからと言って自分は彼らを愛眼動物の様に見たことはない。彼らも同じ地
に生きる帝国の民だ。

 顔を上げベットの上に立ち上がる。

 なにより









 「僕はホモじゃない!!!!!」

 そう叫んだ彼の声は幸いな事に部屋の前の侍女にしか聞こえなかった。

 しかし、

 そう。そうだったのですね。皇子。不細工がお好きだったのではなく殿方がお好きなのですね。だからあれほど婚
姻に関して嫌がられたのですね。婚姻の話をされ心に秘めた思いが爆発してしまったのですね。
 皇女様を『豚』と罵るほどに。私など最初から目にも入っては居なかったのですね。いえそれは最初から分かって
いたことです。いずれ誰かと結婚するその日まではお側に居たい。そう思っておりました。しかし今私には新しい目
標が出来ました。結婚生活に疲れた皇子をお救いするという目標が。この事は私の胸の中にだけ秘めておきます。
 皇子が男色家だからと言って皇子をお嫌いになったりしません。

 私は皇子をお慕い申し上げているのですから…。


 部屋の前に立つ彼女の目には涙が流れていた………。





[30707] 第二話 花と父
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/11 21:41
第二話 花と父


 月日は少し流れフェリクスはいまだ軟禁状態にあった。この部屋を訪れた者は五将軍のソニアだけでそれ以外のも
のはこの部屋には入れなかった。軟禁状態といっても逃げようと思えば逃げられた。扉の前には侍女が一人立ってい
るだけ、どうぞ逃げて下さいと言わんばかりだ。彼にも分かっていた。
 これが罠であることは。今逃げればウィンディは喜々としてフェリクスを追って来るだろう。そして罰を下す。
 場合によっては『門の紋章』を使うかも知れない。それを使われた場合フェリクスに対抗できるすべはない。
 だからおとなしく従っているふりをしていた。

 最後にあったソニアは皇子を抱きしめるとこれが私の精一杯です。と言いマクドール家に向けて駆けていった。
 側にいた侍女はなぜかはらはらしていた。彼には意味がわからなかった。食事に『豚』が出なくなった意味も。

皇子は帝国の未来を考える一方で襲い来る衝動に耐えるべく毛布を抱きしめるという悶々とした生活を送っていた
話相手といえば侍女しかおらず彼女に宮廷や城下の様子を伺うのが精一杯であった。
そんな彼の前に一人の来客が訪れた。

 「殿下、御機嫌麗しゅう御座います」

 部屋に入り派手な赤色の帽子をとって挨拶をしたのは帝国五将軍の一人であるミルイヒ・オッペンハイマー。如何
にも貴族ですと言わんとした彼は花将軍の異名を取り遠くから見ると孔雀の様にも見える。切れ長い眼と高い鼻、卑
劣漢のようにも見える。そんなことはないのだが。

 帝国五将軍とは軍部を統括する将軍のことである。ソニアを除いた彼らは先の戦争、継承戦争で現皇帝と共に戦い
勝利を収めた。その忠誠は帝国よりもバルバロッサにある様に思える。

 「元気とは言えそうにはありませんね」

 久しぶりと声を返した皇子に対しミルイヒは少し考える仕草をした後そう言った。

 「今日はどうしてこちらに?」

 「殿下とお茶を楽しもうと思いまして」

 侍女に紅茶の葉を渡したミルイヒはゆっくりと時間をかけて入れておくれと侍女に告げ、皇子に促せられテーブル
に着いた。二人っきりになったのを確認した後で皇子は切り出した。

 「帝国の様子はどうですか?」

 「平和そのものと言いたいところですが、良くはありませんね。私が治める地はともかく辺境では反乱が起きて
おります」
 
  最近、辺境では貴族の圧政に苦しんだ人達による反乱が起きていた。ただでさえ皇帝によって重税が課せらてい
るのに辺境貴族はさらに重税を科した。反乱が起きるのは当然ともいえた。ミルイヒも同じく領地を持つ貴族だが
彼は治める領地の税を変えず足りない分を私財から出して帝国に納めていた。

 「陛下も何をお考えなのか…」

 ミルイヒは迷っていた。自分たち五将軍を遠ざける様な皇帝の態度に。先程も報告と挨拶に向かった彼に労いの
言葉もなくただウィンディの言うことに頷くだけであった。


 私は皇帝陛下の臣下であって貴様の手下ではない!!!

 継承戦争ではこの国の未来をより良いものにするその言葉を信じたからこそ私たちはあの方の元に集い戦ったので
す。なのに突然人がお替りになられたように民に重税を貸し圧政をお敷きになられた。何度苦言を呈そうと陛下は
ただ黙って聞いているだけで何も仰られない。我らはあの方を皇帝にするべきではなかったのでしょうか?
 あの戦争は何の為にあったのでしょう。ゲオルグ殿。キラウェア殿。貴方達が居てくれればこんなことにはならな
かったのでしょうか?
 
 いいや、彼らはもう居ないのです。ならば私たちは………。

 「ミルイヒ殿?」

 考えこんでしまったミルイヒに皇子から声がかけられる。いえ失礼しました。そう言って話を続ける。

 「反乱の事でしたね。反乱と言っても大したものではありませんし、すでに鎮圧されました」

 「そう…ですか…」

 その話をする両者共に笑顔はない。反乱を鎮圧したとはいえ犠牲になったのは帝国の民だ。暗く重い雰囲気の中で
ミルイヒは更に続ける。

 「ただ先導した者がおりまして…その…殿下には言いづらいのですが……」

 「彼らは解放軍と名乗っております」

 その言葉を聞いて俯いていたフェリクスの眼は見開かれる。


 解放軍。
 正史では『生と死の紋章』を持ったティル・マクドールを盟主に据え108星と共に赤月帝国を倒しトラン共和国
を建国した。盟主であるティルはその後国を離れたが後に戻っている。フェリクスにわかるのはそこまでだった。
 具体的にどこでどう戦ったという記憶は彼には無かった。いや、思い出せて居ないと言ったほうが正しいだろう。
 彼は衝動に悶々としながらも思いだそうとしていた。だが解放戦争にまつわる記憶は殆ど出て来なかった。出てき
たのは戦後の記憶。デュナン統一戦争の記憶だった。もっと前に思い出した群島やファレナについては覚えようとし
て居なかったため忘れかけていた。ネコポルトは覚えている。

 ただフェリクスはあまりそれを気にはしなかった。
 自分がいる以上歴史は変わっていくし、必要な情報は持っている。
 
 そう『覇王の紋章』について。

 あの日、夢の中、遠い未来で演劇を見た。

 赤月帝国が滅ぶ劇だ。

 その中で一人の男が一人の女の為に国を滅ぼすのを見ていた。

 馬鹿な男だ……。

 










 …………父だった。

 信じたくはなかった!!!

 これは夢だと!!!

 何度もそう思った。

 けど…今なら分かる…。







 ………父が…国を…亡ぼしたのだと。

 それが分かったからこそ記憶が蘇った時暴れたのだ。何を叫んだかはわからない。ただ認めるしかなかった。

 
 

 場面は戻り

 解放軍。そう聞いたフェリクスは考える。

 いつ彼らが現れるかはわからなかった。今なら潰せるかも知れない。それは無理か…。僕はこの部屋から出られな
いし何の権力も無い。考えたくはないけど帝国を止められるのは彼らしか居ない。

 ならこの部屋に居る僕にできることは、

 「ミルイヒ殿」

 顔がこわばり、手に汗が滲む。

 信じてくれるだろうか?いいや信じてもらうしかない。今から言うことに帝国の命運が係っているのだから。

 「ウィンディは『門の紋章』で陛下を操っています。」

 何を…。そう思ったミルイヒは声に出そうとしたがそこで気付く。

 あの女が宮廷にやってきたのはいつだ?継承戦争が終わり太后であったクラウディア様が亡くなり宮廷から明るさ
が消えたあの時に、陛下の心に入り込む様にやってきた。そして…そして……陛下は………!

 そこまで考えたミルイヒは椅子から立ち上がり駆ける様に扉へと向かう。

 「ミルイヒ殿!どこへ!?」

 かけられた声に振り返り憤怒の表情で叫ぶ。

 「どこへ!?どこへだと!!!」

 「決まっておる!!!あの女狐めをたたっ斬る!!!!!!」

 剣を握りしめ血走った眼で皇子を見るその姿に臣下としての礼はみられない。

 「それは駄目です!!!」
 
 思わず皇子も声が荒くなる
 
 「なぜだ!!!!!!?」
 
 これを言えばミルイヒ殿は敵に回るかもしれない。でも言わなければ帝国に未来はない。

 「陛下は……父上は……そのことを知っている…。父上のもつ竜王剣には『覇王の紋章』がありすべての紋章の力
を無効化出来る。ウィンディはそれを知らない…。父上は操られた…振りをしているん……です…」

 続けてそんなウインディを殺せばどんなことになるかと言った皇子だったがミルイヒの耳には届かなかった。

 陛下は操られてはいない………!?…それは…………それは…………つまり…!!!

 「嘘だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 頭の中にある考えを打ち消すかの様に叫ぶ。。

 「フェリクス!!!!!貴様!!!ふざけたことを言うなぁ!!!!…陛下が………陛下が!!!」

 その眼は語っている。認めたくないと。だがまっすぐにミルイヒの眼を見かえす皇子の眼も語っている。

 真実だと。

 「フッフフ…」
 
 笑い声が漏れた。

 「フッフフ…フッ…フファーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」
 
 最早剣を握る手に力はなくただ笑うしかなかった。、

 「ミルイヒ殿……」

 「ふざぁけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 狂った様に笑っていたミルイヒは皇子の言葉など耳に入らずただ叫んだ。
 そして脱力し扉に背を向けたまま座りこんだ。





 「国を…滅ぼすおつもりですか………陛下……」

 そう呟いた彼に五将軍としての威厳は何処にもなかった。















 扉の向こうでは紅茶を運んできた侍女が扉が開かず困っていた。




[30707] 第三話 動き出す狂気
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/19 20:11
第三話 動き出す狂気
  

 ハイランド王国。皇都ルルノイエ。皇王の間では赤月帝国との婚姻についての協議が行われていた。ソニアにたし
なめられたものやはり使者の怒りは収まらず婚姻は取り敢えず延期するということで決着がついた。皇王の前に赴い
た彼はなんとか縁談を破断にするべく奮闘する。

 「あの様な国との婚姻など即刻破棄するべきです。土地は荒れ、民はやせ細り餓えております!」
 
 「なにより!!皇子は馬鹿です!!!!!」

 馬鹿の所を強調したのは気の性ではないだろう。彼はジル・ブライトを小さい時から知っている。彼女の生い立ち
も知っているし、長年側に仕えてきた。だからこそ彼女には幸せになって欲しかった。帝国が傾いているとはいえそ
れを立てなおそうと頑張っている少年の噂はハイランドにも流れて来ていた。その彼との婚約の話が来た。
 婚約の前に会うことは叶わなかったが、噂通りなら姫様を幸せにしてくれるそう思い、帝国に赴いたのだ。
 
 それが出できたのは

 ただの馬鹿。

 すごい馬鹿。

 もうすんごい馬鹿。

 信じらんないくらいの馬鹿。

 公的な場で泣きわめき、あろうことか姫様を『豚』呼ばわりする馬鹿。それも耳がはちきれんばかりに大きな声で
何度も何度も

『豚』!!!

『豚』!!!と。

 あの様な男に姫様をやれる訳がない。この命に変えてでも姫様は守って見せる。そう決意した彼は皇王を説得せん
と迫る。しかし空気を読まない皇王は言う。

 「しかし、皇子は混乱していたと聞くしのう。バルバロッサ自ら頭を下げたとも」

 「かと言ってあの様な振る舞いが許される訳ではありません!!!それに同盟国ならハルモニアがおります!!」

 「しかし、のう」
  
 駄目だ。こいつ話にならない。そう思った使者はできるなら使いたくはなかった必殺のカードを切る。

 「なによりあの男は姫様を『豚』と罵ったのですよ!!!!!」

 静寂が皇王の間を支配する。皇王自身、使者の言葉が信じられない。一国の皇子がそのような発言をするとは。
 真実を確かめるべく使者に声をかけようとした時、聞こえて来たのは笑い声であった。










 「フハハハハハハハハ!!!!!」

 ルカ…。皇王は小さくそう疲れた様に呟いた。

 彼の目線の先には真っ白な甲冑を着こみ体から溢れでんばかりの力と狂気を秘めた男がそこに立っていた。黒い髪
と鋭い眼。笑いながら近づいてくるその姿は獣そのものであった。

 「真か?その話は?」

 にらみつけるかの様に問いかけるルカに使者は真ですとだけ告げた。
 それを聞きさらに狂ったようにルカは笑い続けた。何がそんなに面白いのか使者にはわからなかった。生まれの事
はあれど、どうして自分の妹君を『豚』と罵られここまで笑えるのか。問いかける前にルカが口を開く。

 「『豚』か。確かに『豚』かもしれんなぁ」

 面白そうな顔でそう言った彼は愉悦に満ちた表情で玉座に座る皇王を見る。その眼だけは憎しみで満ちていた。

 「なにせ薄汚い都市同盟の血が入っているからなぁ」

 そう問いかける様な彼に対して皇王は何も言わない。ただ耐える様であった。思いがけない言葉に対して使者は
声を荒げそれでも嗜める様にルカ様!!!とだけ声をかけた。

 だが、

 「何だ?」

 そう威圧を込めたった一言言われただけで彼の怒りは吹き飛んだ。代わりに彼を支配したのは恐怖であった。
 姫様の為になら死ねる。そう誓った言葉に嘘はない。だが体は動いてはくれない。
 声が出ない。目を逸らしたい。

 











 怖い。










 そんな彼を救ったのは皇王であった

 「ルカ。何の用だ?騎士甲冑など着込んで。お前を呼んだ覚えはないぞ」

 つまらなさそうに使者から目を離し質問に答える。

 「何。小競り合いも飽きて来た所だ。都市同盟に攻め込んでやろうと思ってな」

 軽い散歩に行く様な口調でそう言った彼に対し慌てたのは皇王だ。

 「ならん!!!ならんぞ!!!国境での争いがあるとは言え今は比較的友好関係にある。赤月帝国を含めた三カ国
で条約を結ぶという意見も出ておる。それを潰す様な真似は許さん!第一お前に指揮権など無い。」

 
 ハイランドと都市同盟は領地を争い長年戦争を繰り返していた。最近では太陽暦428年から434年にかけて大
規模な紛争が起きている。この際休戦協定が結ばれているが20年立ち国境付近では小さな争いが起きていた。
 皇王であるアガレス・ブライトはこの争いが大規模な紛争に発展することを恐れていた。そこに舞い込んできたの
が帝国との婚姻である。彼は喜んだ。この縁談をうまく纏めることができれば二ヵ国で都市同盟に圧力をかけれる。
ハルモニアを入れれば三ヵ国だ。どうやっても都市同盟には対抗できない。こうなってしまえば都市同盟も交渉のテ
ーブルに着くしかない。

 今攻め入るなんて事をされればすべてが無駄になる。だからこそ彼は声を荒げ叫んだのだ。

 「そんなに怖いのか?死ぬのが?」

 返ってきた返答は冷たいものだった。 

 「帝国に娘をくれてやってまで。同盟を結ぶなどと」

 臆病者が!ルカの眼はそう言っていた。

 皇王は息子であるルカ・ブライトのことが気になっていた。最近ルカは白狼軍という部隊を設立し訓練に明け暮れ
ていた。今はまだ小さいがいずれ軍部を掌握し戦争を始めるかも知れない。その前に手を打つ必要があった。
 その為にもこの婚姻を何としてでも通したかった。

 「だが、まあいい」
 
 ルカの発言の真意が掴めず困惑する皇王。マントを翻し皇王の間から出ていこうとするルカに声をかける。

 「どこへ行くつもりだ!?」

 「暇を潰しに行くだけだ」

 そう答え、使者を見るルカ。皇王は気付く。婚姻を潰す気だと。
 そんなことはさせない。そう思い兵を呼び寄せようとして腕を挙げる。

 「勘違いするな。婚姻などどうでもいい」
 
 吐き捨てるようにそう言い
 
 潰して欲しいなら潰してやるがな。そう眼に力を込め

 「ただ聞きに行くだけだ」




















 「『豚』の兄は何なのかをな!」




 『豚』は本人の知らない所で大きくなり血に飢えた獣を呼び寄せる。

  天が味方をすれば世界をも平定できると言われた男は動き出す。その身に狂気を携えて。

  それは帝国の未来に関わるのか誰にもわからない。

  ルカ・ブライト 太陽暦454年21歳の時だった。











 その頃、侍女は見てしまった。紅茶を運ぶ為に部屋になんとか押し入った彼女は涙を流し座りこんでいるミルイヒ
とそれを申し訳なさそうに見ている皇子の姿を。この光景を見た彼女の脳は答えを出すべく回転する。

 彼女が見つけた答えは
 










 押し倒しちゃったんですね。皇子。さっき、ふざけるなって声が聞こえたから多分皇子が関係を迫ろうとして、そ
れを嫌がったミルイヒ様が抵抗して、でも皇子は押し切ろうとしてそれでミルイヒ様は泣いちゃったんですね。受け
入れられなかったから今皇子はあんなにも悲しそう顔をしてるんですね。
 私だったら……………………きゃ!!!…いけない!
 コホン、確かにミルイヒ様は魅力的なお方です。五将軍の一人で花将軍って呼ばれるくらいお花がお好きでスカー
レティシア城に大きな大きな薔薇を咲かせようとしているそうですよ。花粉とかどうするんでしょうね。それに人間
を食べちゃう胞子を持ってるって噂ですよ。なんだか怖いですね。
 ミルイヒ様がそんなことをするとは思えませんけど…。それからミルイヒ様の治める街は名前が変わるんですよ。
 アンティっていう街だったんですけどビィル・ブランシェになったんです。可愛い名前ですよね。それにすごく派
手な格好をしています。あまりにもカラフル過ぎて目が痛くなるって人も居ます。道を歩いていて何かにぶつかった
なって思ったらミルイヒ様の着ている服だったって噂も有ります。私はミルイヒ様の隣を歩けるような身分じゃない
ですけど。それに歩くなら皇子の方が……でも…皇子は……殿方のことが……。


 侍女の勘違いとミルイヒ談義は続く………。

『豚』のせいで……。





[30707] 第四話 花の忠義
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/09 00:28
 「なぜ‥?なぜ……ですか…?」

  座りこんだまま涙を流しているミルイヒにフェリクスは何と声をかければいいか迷っていた。侍女を退出させ、
しばらく近づかぬようにと言いつけた。やはり言わない方が良かっただろうか?
 そんな疑問が皇子の心に湧き上がる。だけど!とそれを振り払うように声をかけようとして逆に問いかけられる。

 「なぜですか‥?殿下…?」

 自分では何度考えても答えの出なかったミルイヒはその答えを皇子に求める。

 「陛下はウィンディを愛しているのです……。」

 「それだけ………?たった…それだけの……ことなのですか?それだけの為にこの国を……?」

 その言葉を聞き更に分からなくなる。
 
 人を愛する。その気持ちは分かる。だがその為に帝国すべての民を殺すと言うのか?
 私はどうすればいいんでしょう?その話を聞いた今でも陛下に対する忠誠心に変わりはない。
 おそらくこの話を他の五将軍に聞かせたとしてもも同じだろう。

 「ウィンディを討つ訳にはいかないのですか……?」

 絞りだす様な声でそう言うミルイヒに対して皇子は先程も言いましたがと

 「駄目です。父は一度母を失っている。ウィンディを失えば壊れてしまう。そうなった陛下を誰が止められるとい
うのですか?」

 ウィンディを討つと言われた時、湧き上がった小さな感情には気付かないふりをしてフェリクスはそう答えた。


 黄金の皇帝バルバロッサ・ルーグナー。『覇王の紋章』に認められ継承戦争を勝ち抜いたその名は伊達ではない。
 五将軍が反旗をひる替えせば倒せるだろう。しかし彼らにそれは出来ない。彼らは臣下なのだから。
 150年も前の英雄。それと覇を争った海神の申し子。あるいはファレナの守護神。そして狂皇子。彼らなら倒せ
るかも知れない。だがそれは同時に帝国の滅亡を意味する。

 
 ウインディを討つ訳にはいかない。かといって陛下を討つ訳にはいかない。しかしこのままでは。自分には選べな
い命題を突き付けられたミルイヒはやはり皇子に答えを求めた。

 「私はどうすればいいのでしょうか?」

 縋る様に

 「分かりません。それはミルイヒ殿が決めることなのですから」

 返ってきた答はミルイヒが希望するものではない。彼は言って欲しかった。陛下に従えと。そう言われたのなら
眼に映るすべてに見えないふりをして突き進んだだろう。例えそれが帝国を滅ぼすことになったとしてとも。
 是は是。否は否という。だが主君が否は否だと分かっていながらそれでも進もうとしている時それを止めようとす
ることは忠義なのだろうか?

 「出来れば私に協力してくれませんか?」

 協力?その言葉を聞き彼は考えだす。ウィンディを討つことも陛下を討つこともできない。陛下が彼女を必要とし
いるからだ。ならば…帝国を救う為には………!!
 
 「殿下!!!!!」

 思わず叫んだ。その考えの先に行き着いた答えを認めることは出来ない。飛び跳ねる様に立ち上がり再び剣を握り
締める。先程までの情けない様子などどこにもなく、そこに居たのは紛れも無く帝国五将軍の一人ミルイヒ・オッペ
ンハイマーであった。








 私に陛下を裏切れというのか………!!!

 今やミルイヒの皇子を見る眼に臣下としての気持ちなど微塵も無い。当たり前だ。彼ら五将軍はフェリクスの臣下
ではない。帝国の臣下ではあるだろう。だが彼らはあくまで皇帝バルバロッサの臣下なのだ。仮りに皇帝と皇子が戦
うというのなら彼らは迷わず皇帝に付くだろう。それが間違いだと気付いてたとしてもだ。

 彼らが帝国五将軍ではなく帝国六将軍と呼ばれていた時、最後の一人だったゲオルグ・プライムなら皇子に付いた
かもしれない。彼は臣下ではなく皇帝の友だった。

 その姿を見た皇子の背に汗が湧き出す。ゴクリと一つ唾を飲み込んで

「ミルイヒ殿が何をお考えになっているかは分かりますがそうではありません」

 絞りだした声は震えていた。

 少しだけ空気が緩まる。だがミルイヒの剣を握る手は離れない。

 「では……?」

 次の返答次第で彼は皇子を殺すだろう。皇子が嫌いな訳ではないむしろ好きだ。帝国の未来を憂いて頑張ってきた
少年だ。嫌いになどなれるはずがない。
 
 だが……それでも……。

 反乱を起こし皇帝に立ち向かうというのなら自分はここでそれを防がなければならない。それが帝国の皇子であっ
たとしてもだ。その結果ミルイヒ自身が極刑に処されようとも。

 






 「殿下~!!!殿下~!!!どこですか!?」

 「爺が助けにきましたぞ!!!」

 その大声に2人の間の緊張は消しとぶ。

 「話はまた今度ですね」

 そう顔に笑みを浮かべたミルイヒだが眼は笑ってはいない。また皇子も。

 「この話他の将軍には‥?」

 「伝えない方がいいでしょう。彼らを苦しめるだけです」


 では何故私にと?たまたまですと答えた皇子だったがそうではない。五将軍に伝えるなら誰でも良かったはずだ。
 現にソニアは何度もここを訪れた。だが彼は言わなかった。ソニアでは駄目だったのだ。他の三将軍でも駄目だ。
 彼ミルイヒ・オッペンハイマーだけが持っているものがある。彼は貴族であり領地を持っている。しかも善政で知
られている。その証拠がアンティの街だろう。戦争は軍だけでは出来ない。そんな彼が寝返ったらどうだろう?
 解放軍もやって来るのではないか?そして彼らと話会えば。自らの手で父を殺すことになるかもしれない。それで
も帝国は亡くならない。そこに生きる民は救われる。彼はそう考えた。

 だがその手は断たれた。ミルイヒが裏切ることはない。ならば彼に残された道など一つしかない。それはきっと最
善であり最も難しいのだろう。そして彼はいくつか忘れていることがある。それはまた先の話で語ろう。
 

 「ここでしたかぁ!」

 扉を開け入ってきたのは元マクシミリアン騎士団団長マクシミリアンである。白い髪と白い髭。引退したというの
に鎧を着込んでいる。彼の騎士団は帝国の許可無く都市同盟に助力した為取り潰しになったが、彼自身はその功績に
よって許され皇子の世話役を努めていた。孫であるフレッドが生まれた為故郷に帰っていた。ここに入ってきたのは
当然無許可である。

 「どうしてここに?」

 緊張から解放された皇子がほっとした顔で言う。

 「なに、あの悪逆極まりない魔術師めが殿下を監禁してるという噂を耳に挟みましてなこれはお救いせねばと」

 そう答えた彼の眼は正義の光で溢れていた。眩しい。なぜか皇子は唐突にそう思った。

 「む!こんなに憔悴されてさあ行きましょう!」

 そう言い皇子の手を引いて出て行こうとするマクシミリアン。疲れてるのは監禁の性じゃないんだけどなと思いな
がらも引きづられる皇子。彼を止めたのはミルイヒであった。

 「せっかく、いらしたのですからお茶でも飲んで行きませんか?」

 もう冷めてしまいましたけどと。振り返り考えるように

 「む、ミルイヒ殿にそう言われては断る訳には行きませんな」

 引き返し皇子を引きずりながらテーブルに付いた。

















 その頃侍女は泣いていた。侍女は見ていたを期待した方には悪いのだが、彼女は良い子なので部屋を盗み見るなん
てことはなく皇子に言われた通り部屋の前から立ち去っていた。そんな彼女が泣いているのには訳があった。

 それは…













 そう…そうだったんですね皇子。既にミルイヒ様と出来てたんですね。しばらく近づかない様になんてさっきのは
別れ話だったんですね。だからミルイヒ様はあんなにも怒ってふざけるな!なんて大声を出して。でも皇子が別れる
って言ったから泣いていたんですね。でもその涙を見た皇子の気が変わって今から慰めるんですね。
 私は馬鹿だ…。皇子が綺麗な身体だと思っていたなんて……。
 いつ皇子がムラムラしてもいい様にお側にいたのに。皇子は私の知らない所でミルイヒ様と………。
 そういえばソニア様以外誰も訪れなかった。だから今日はきっと……。
 駄目!ミルイヒ様が憎いなんて考えちゃ。皇子が選んだ方なら私は祝福しなきゃ。

 そう!

 そうよ!
 
 頑張れ!私!

 でも涙が………。

 そして夜は更けていく…。




 

 
 
あとがき
 ミルイヒ・オッペンハイマー
  正史において解放戦争後、主君であったバルバロッサとその妻クラウディアの墓守になった。
  例え真実を知ろうと彼の忠誠は変わらなかった。





[30707] 第五話 それぞれの思惑
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/09 00:28
第五話


 ジョウストン都市同盟。それは名前の通りいくつかの都市がハイランドに対抗する為同盟を組んだものである。詳
しくはミューズ、サウスウィンドゥ、トゥーリバー、グリンヒル、ティント以上の国にマチルダ騎士団を加えたもの
だ。盟主であるミューズのジョウストンの丘で同盟が結ばれた為そう呼ばれる。だがその結束力は強いものとは言え
なかった。彼らが協力する時など戦争がある時ぐらいで普段はそれぞれ一つの国としてその地を納めていた。

 そんな彼らが今話し合っている議題は赤月帝国とハイランドの婚姻についてである。
 都市同盟は北方にハイランド、南方に赤月帝国がありその間に領地を抱えている。この問題は都市同盟全土を揺る
がすというのに彼らは未だ纏まりきれてはいなかった。

 何があったのかは分からないが婚姻はどうやら延期になったらしい。今は都市同盟全土が纏まらなくてはいけない
時だというのにそう思いグリンヒルの市長であるアレク・ワイズメルは意見を出す。

 「ハイランドと帝国2つを敵に抱えては都市同盟に勝ち目などありません。ここは三国による和平交渉を行うべき
です」

 それに反対したのはティントとサウスウィンドゥの市長だ。

 「帝国と同盟など結べるわけがない!!!」 

 彼らは継承戦争の折りに帝国に攻め込んでおり手痛い反撃を食らっている。特にサウスウィンドゥは帝国に一番近い
為何度も紛争を繰り返している。

 「では戦うというのですか?二ヵ国を相手に!」

 そんなことは言っておらん。そう言う彼らに呆れるアレク。息を一つついて問う。

 「ではどうするのです?」

 彼らは黙り込んだままそれに答えない。

 声は違う方向から聞こえた。

 「私も同盟には反対です」

 そう言ったのはトゥーリバーの全権大使だ。トゥーリバーは人間、コボルトそしてウイングボードと呼ばれる背中
に翼の生えた種族からなる三者を抱えている。彼らはそれぞれ別の地域に住みそれぞれの代表が自治を務めている。
各種族の代表による三院制の為この様な都市同盟での会議に出席できるものは全権大使と呼ばれている。人間と亜人
と言うことで差別もあり仲が良いわけではない。

 「帝国、ハイランド共に亜人に対する扱いが良い訳ではありません。同盟など結べは我らは内に争いを抱えること
になります」」

 ただでさえ奴らには参っているのに最後にそう付け加えて。


 「戦えば良かろう」

 尊大な声で男が告げる。マチルダ騎士団団長のゴルドーだ。
 マチルダ騎士団はハイランドに対抗する為に作られた。元々はミューズの守護隊だったが都市同盟の支援を受け誕
生し後に独立自治が認められた。白、赤、青、の騎士団からなり彼がその騎士隊長を務めている。

 「勝てると思っているのですか!?」

 声を荒らげたアレクに対して何でもない様に言う。

 「我が騎士団は負けぬ」

 その自信はどこから来るのだ!?

 アレクは下を向いて思う。この男は何かにつけ都市同盟への協力をしようとはしない。払うのは自分に火の粉がか
かった時だけだ。先のハイランドとの争いでも出陣しようとはしなかった。帝国とハイランドが同盟を結んだ場合こ
の男は裏切るのではないのか?あの時…カラヤクランの族長キアヌを二人で殺した時の様に。
 私はこの国を守りたかった。お前は違うのか!?ゴルドー!?

 「ふん、臆病者のお主がハイランドと交渉を進めているのは知っておる」

 告げられた言葉に驚いて顔をあげる。周りの者が騒ぎ出す。何を勝手なことを!と。
 侮蔑の眼でこちらを見ながら男は続ける。

 「グリンヒルには戦力などないしのぅ」

 金だけ出していろ。眼がそう言っている。

 グリンヒルは学園都市である。周囲が深い森に囲まれており堅固な門を持ってはいるがその軍備は都市同盟中最弱
である。市長は代々ワイズメル家が務めることになっている。そして様々な国から留学生を募っている。それはハイ
ランドも例外ではない。彼はその伝手を使いハイランド、帝国の同盟に入り込もうとしていた。

 「何処まで進んでいるんじゃ?」

 男は問う。

 「ハイランドは乗り気でした。後は帝国です」

 そう答えた彼に周りから野次が飛ぶ。

 「都市同盟は貴様の物ではないぞ!!!」

 収まりのつかなくなった議会で今まで黙っていた盟主であるミューズの市長が口を開く。

 「議会は一時延期とする」

 そう言われ文句を言いながら周りの者はアレクを残し出ていった。
 残された彼は怒りの表情で手を握りしめたまま机に叩きつけた。
 
 「馬鹿者どもが!!!!」

 そう叫んだ彼に声をかける者がいた。

 「お父様………」

 「あいつらは何も分かっていない!!!」

 彼に声をかけたのは娘であるテレーズ・ワイズメル。彼女は言う。

 「その為に私たちが」

 その言葉に気を鎮め、そうだなと呟いた。

 都市同盟は未だ纏まる気配を見せない。残された時間は多くはない。彼らはどの道を選ぶのだろうか?
 










 その時侍女は……

















 三人………!!!


 それより一ヶ月後帝都に一人の男が帰還した。名をテオ・マクドール。
 百戦百勝と謳われたその男は一人の少年を連れていた。『生と死』を宿した少年を。
 
 その眼に映るのは憎しみか。それとも…。
 
 帝国暦454年12月の事だった。




[30707] 第六話 天敵
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/11 21:44
第六話 天敵


 彼は今困っていた。誰もが忘れたであろうモフモフ設定のことでは無く自分の食事に『豚』が出なくなった事でも
侍女が時々悲しい顔をして自分を見てくることでもない。問題は目の前にいる老人だ。
 老人の名前はマクシミリアン。元騎士団団長だ。彼が何に困っているかというと

 「おお!!!あの女め!!!皇帝もろとも今こそ退治してくれる!!!」

 「いざ行かん!!!正義の為に!!!!!」

 そう言って殴りこもうとするマクシミリアンを止めることにだ。

 「おお!!殿下お可哀想に!!すぐお助けしますぞ!!!」

 その顔には善意しかない。

 何回目だよ。その話。そう思いながらフェリクスは彼を止める。

 「何故お止めになるのですか!?殿下!!!」

 まるで意味が分からないといった顔で老人は皇子を見る。その眼からは正義が溢れ出している。

 「勝てる訳ないよ」

 「勝てる勝てないの問題ではありません!!!問題はそこに正義があるかどうかてす!!!!!」

 もはや疲れ泣きそうな顔をしている皇子に老人は断言する。

 マクシミリアン騎士団はその名の通りマクシミリアンによって創設された。そしてまだまともであった頃の赤月帝
国の保護下の元活動していた。しかし事件が起きる。ハイランドの攻撃に苦労する同盟軍に対し許可なく手を貸した
ため騎士団は解体となった。同盟軍は街を守ろうとしていた。死ぬのは民衆だ。彼の心に宿る正義の炎はそれを許さ
なかった。だが帝国はそんな彼に罰を与えた。しかしバルバロッサはこの老人のことを惜しんだ。そこで皇子の教育
係を任せた。引き受けた彼には打算もあったのかも知れない。彼の夢は騎士団の復興である。
 その為解体となった後、彼の部下たちは各地を巡りその夢の為に活動している。皇子がいい子ちゃんなのは彼の影
響が大きいだろう。最も混ざってしまった今では分からないが。また皇子の剣の師匠でもある。

 そんな彼は皇帝が暴君と化した後も皇子に使えた。母を亡くし、父は変わり母に似た女は自分を拒絶する。そんな
皇子は彼によく懐いた。皇帝の圧政を止める為バルバロッサに殴りかかろうとさえした。
 ウィンディは彼を無視した。たぶん嫌なんだろう。暑苦しいのは。そうして孫であるフレッドが生まれ皇子も大き
くなったということで彼は遠ざけられた。彼が最後に皇子に言った言葉はいつ如何なる時も心に正義をだった。

 そんな彼は今皇子の部屋に住み着いていた。もちろん無許可である。ウィンディは?と思うかも知れない。
 たぶん嫌なんだろう。彼に関わるのは。流石に皇子が部屋から出れば追ってくるだろう。嫌そうに。たぶん声が
大きいのが嫌なんだろう。

 皇子が部屋から出ようとしない為こうやって側にいて皇子を守っているのだ。ベットは一つしかない。そして日に何
度か狂った様に叫ぶのだ。

 「今こそ立つ時!!!正義は我にあり!!!!!続けぇぇサンチョ!!!!」と。サンチョはいないのに。

 そんな彼を抑える為に皇子は必死になっていた。ぼけたのか?とは思いつつウィンディや父の所に行かせる訳には
いかない。勝てる訳がない。皇子が言った通りだ。マクシミリアンが弱い訳ではない。皇子と100回勝負をしたら
100回彼が勝つだろう。それでもバルバロッサには勝てない。格が違う。そうとしか言えない。そしてその前にミ
ルイヒが立ち塞がるだろう。ウィンディは紋章で操るかもしれない。嫌そうに。たぶん、正義とか嫌いなんだろう。
 皇子が彼に負けると言ったが皇子が弱い訳ではない。ただ皇子に実践経験などない。そして彼がミルイヒに負ける
とあるが部隊を指揮させたなら彼が勝つだろう。彼に勝てる者を探す方が難しい。

 「辞めてよ!!!爺や!!!」

 幼児退行を起こし抱きついてマクシミリアンを止めようとする皇子。そんな彼を見て老人は気付く。

 殿下…あれほどまでに虐げられてもお父上とあの女のことを…。なんとお優しい。思えば殿下は昔から優しい子で
した。わしの教えを良く聞き良く守り民の為だと頑張っていらしゃった。その姿にわしは励まされたのです。孫も殿
下の様に育ってほしい。
 
 それを…それを……

 そして














 「許すまじ!!!!!正義の鉄槌を食らわしてくれる!!!!!!!行くぞぉぉサンチョ!!!!」」

 叫ぶ。先程までより大きな声で。サンチョはいないのに。皇子は困り果てた。ミルイヒと話をしなければいけない
のに老人から眼を話すと殴りこみに行くだろう。侍女じゃそれを止められない。城の衛兵は彼を止められないし、止
めようとしないだろう。たぶん嫌なんだろう。彼に怒られるのは。

 この一ヵ月、毎日この調子だ。流石の皇子も疲れ果てていた。助けを求めようともどうしようもない。何よりこの
ままではミルイヒが領地に帰ってしまう。どうしたもんかなと悩みながら皇子は老人を止めるのであった。










 その頃謁見の間ではテオ・マクドールが皇帝に帰還の挨拶をしていた。短く切り込んだ黒い髪に彫りの深い顔立ち
が印象的である。黄色いマントの下に鎧を着こみ、跪いているというのにその迫力は一つも衰えてはいない。
 
 「ただいま帰還しました」

 静かな声を出すテオに対して皇帝はうむと一言だけ返してウィンディを見る。そして女は言う。

 「貴方には悪いのだけどすぐに反乱の鎮圧に向かってもらうわ」

 それを聞いたテオは顔を挙げる。

 「反乱ですか…」

 伺う様な視線のテオに対して女は更に続ける。

 「そうなんでも解放軍と名乗っているらしいわよ。帝国からの解放ですって」

 何が不満なのかしら?そう言いたげだ。

 「不服かい?」

 挑発する様な女に対して

 「それは陛下の意思なのですか?」

 その鋭い眼光で皇帝を見る。彼は何も答えない。その姿に焦れて

 「恐れながら申し上げます。帝国の民は圧政に苦しみ餓えているのです。どうか民の事をお考えください!」

 そう懇願する様なテオに対して皇帝はやはり何も言わない。

 「陛下!!!」

 声を荒げたテオだが女の横槍が入る。

 「貴方は帝国の将でしょう?反乱を鎮圧するのは当然の事じゃないか」

 笑いながらそう言う女に対して憤り、お前には聞いていない!そう言おうとするが

 「ウィンディに従え」
 
 その声の前に沈黙させられた。

 テオは頷くことしかなく皇帝は女と連れ立って謁見の間から出ていった。

 「この国はどうなるのだ‥……」

 呟きに答える者は居なかった。
 













 その頃皇子を見ていた侍女は…


















…安心していた。

マクシミリアン様は私が皇子にお仕えするよりも早くからお世話係をしていらしている方で私よりも皇子にお詳しい
んです。マクシミリアン様といえばサンチョさんって言う従者がいらっしゃるんですけど今は結婚相手を探している
そうですよ。娘さんが生まれたらリコって名付けるんだって。私も皇子の子供が欲しいなぁ……………!!
 そ、それからですね騎士団が有名ですよね。イザベルさんって方は騎士なのにふとももを出しているそうですよ。
 危なくないんですかね。私は恥ずかしいなぁ。それから従者にマティアスさんって方がいらっしゃるんですけどイ
ザべルさんが大好きなんですよ。うらやましいなぁ。
 イザベルさんの為なら死んでもいいって思ってるみたいですよ。なんだか共感しちゃいますね。
 戦士の村の出身だからやっぱり剣の名前はイザベルなのかなぁ?
 
 



 皇子も剣に私の名前付けてくれないかなぁ………………!?












あとがき
マクシミリアンファンの皆様ごめんなさい。なぜかこんな事になってしまいました。
原作では彼は仲間になるのを断られると帰ろうサンチョと言って帰ります。正義の心は
持っています。なんだかアメリアみたいになりました。ごめんなさい。


この物語はエゴとエゴのぶつかりあいをテーマにお送りしております。
それはきっと彼女も例外ではないのでしょう。
次回、太陽の女王




[30707] 第七話 太陽の女王
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/21 20:28
第七話 太陽の女王


 ファレナ女王国。海を挟んで赤月帝国より更に南方にあるこの国の宮殿。太陽宮に一人の男が呼び出されていた。
 名をユーラム。元バロウズ家長男。たれ目で金色の髪を頭の真ん中で分け垂している彼はまさに貴族の坊ちゃんと
いう感じだ。かつて起きた内乱の折りに馬鹿を演じ今は騎士長である王子軍の邪魔をしていたが内乱終了後、女王に
よって許された彼は爵位を返上し家督を妹に譲り自らの罪を悔いるかの様にファレナでの復興作業に奉仕していた。

 「赤月帝国との条約ですか?」

 うむ。玉座に座ったままそう言いながらユーラムを見ているのはこの国の女王であるリムスレーア。栗色の髪をま
っすぐに下ろし羽織を着た彼女は内乱の折りには10歳だったが15歳になり日々女らしさと女王としての威厳を増
していた。その傍らに立っているのは女王騎士であるミアキス。薄い紫の髪を頭の上で纏めそこから2つに分けた髪
型は頭の上にハートマークがある様に見える。童顔な彼女は真の紋章に喧嘩を売るがの如く5年前と変わらぬ姿をし
ている。

 「その件でしたら先日使節団が帰還したのでは?」

 その言葉を聞いたリムは目を吊り上げプンプンと怒り出した。

 ユーラムが疑問に思ったのは無理も無い。ファレナは何度か帝国に対して使者を出していた。圧政を辞め国内を治
める様にと。そして難民についてだ。ファレナは群島諸国と帝国と海上貿易を行なっていた。その貿易船の中に難民
が紛れ込んでいたのだ。ただの難民だったら良かったのだが彼らは貴族だった。圧政に苦しんだ貴族達には2通りの
道がある。領民から更に絞りとり反乱を招くか。国を捨てて逃げるか。彼らは後者だった。ハイランドや都市同盟に
行って争いに巻き込まれるよりは海を渡り豊穣な大地のファレナに逃げてくるのはある意味当然かも知れない。なに
しろ彼らの土地は荒れ果てているのだから。だが帝国にとって何処に行ったかを調べるのは簡単なことだった。金を
握らせればいい。そして彼らの返還を帝国は要求した。当然ファレナは飲める訳がない。女王が貴族が嫌いであると
言っても同じ人間だ。彼らを返せば反逆罪で死ぬか、餓えて死ぬかそれとも領民と争って死ぬかその違いしかない。
 この問題は少ないながら群島諸国でも起きている。だからこそ使節団を派遣したのだが、

 「読んで見ろ!!!!」

 ドレミの精が声を出す様に怒ったリムは跪いているユーラムの前に一枚の紙を投げつけた。

 その内容は簡単に言うと

 彼らを返せ。食料寄越せ。貿易は続ける。後、金も寄越せ。あ! 返還の費用はファレナ持ちね。

 以上のボナパルトもびっくりの内容だった。

 それを見たユーラムも流石に驚愕し声を張りあげる。

 「何ですか!?これは!?」

 「わらわが聞きたいわ!!!!!」

 ユーラムの声をかき消す様にリムはドレミの精を三人揃えて叫ぶ。

 「彼らは何をやっていたのです!?」

 こんな要求を飲める訳がない。というか何を考えているんだ帝国は。これでは喧嘩を売っている様なものだ。
 
 そう思いながらユーラムは更に言葉を続ける。

 「まさか飲んだのですか!? この馬鹿げた要求を!!!」

 リムはドレミの精を増やすかの如く答えない。

 「よく見てみろ……」

 怒りに顔を滲ませながらも彼女は静かに言う。そう言われ手元の紙を最後まで見るユーラム。最後にファレナは以
上の事に女王の名において従いますウィンディ様。そう書かれていた。

 使節団は何を考えている。こんな事を認めるなんて。ウィンディって誰だ!?

 話を聞かなくては。そう思ったユーラムだったが

 「そこでお主を呼んだのじゃ」

 声を出すより先に怒りで震える大地を使いそうなリムから声がかけられた。

 「この条約を何とかしてくるのじゃ!!」

 ユーラムの動きが止まる。

 「改正してこいと……?」

 「そうじゃ!!」

 僕が……? その言葉を飲み込んで彼は考える。この条約になんの意味があるんだ。ファレナになんのメリットも
ない。改正などしなくて良いのではないか?このまま破棄すれば。帝国は怒るかもしれないが間には海がある。群島
諸国連合の領地だ。三国での貿易をしてはいるが連合とは100年以上の同盟だ。
 帝国に付くことはまずないはずだ。

 そう考え

 「陛下! この様なふざけた条約は破棄するべきです。我が国を馬鹿にしているとしか思えません」

 「これを期に帝国との貿易も辞めるべきです」

 遅かれ早かれ帝国は滅ぶ。民をないがしろにした国の結末など知れている。その言葉は出さずに進言した。

 「駄目じゃ!!!!!」

 帰ってきたのは玉座に座ったまま更に怒ったリムの声だった。

 「何故ですか!?」
 
 ユーラムは問う。答えは帰ってはこない。緊迫した空気の中ほんの少しだけ時間が流れる。








 「嫌なのじゃ…」

 下を向いてボツリと呟く様に声を漏らしたリムの言葉の意味を彼は考える。貴族達のことでしたら…そう言おうと
した所で彼女は弱々しく口を開いた。

 「他国の民であろうと争いで人が死ぬのは………それをただ見ていることしかできんのは………」

 ようやくユーラムは気付く。彼女は何も出来なかった自分の過去を思い出しているのだと。貴族たちのことだけで
はない。帝国の民すべてを救おうとしているのだと。
 
 ファレナでは内乱があった。国を2つに分けた内乱だ。この国は女王制国家である。女王が居なければ正当性は認
められない。そして父と母である先代女王を殺され彼女は女王という名の駒になった。お飾りの彼女に止めることな
ど出来ずただ見ているしかなかった。自分の為に将兵が死んでいく。それに巻き込まれ民も死んだ。
 そして叔母を失った。どんな形であれ人が死ぬということを嫌がっている。それが争いや支配者の圧政によるもの
ならなおさらだ。

 本当は帝国に自ら行きたいのだろう。

 こんな戦いは無意味だ。圧政を辞めて今すぐ反乱軍と話し合え。そう叫びたいのだろう。

 だがそれは許されない。彼女はファレナの女王なのだから。女王にはファレナの民を守る義務がある。
 
 ファレナに戦火が及ぶ様なら彼女は心を鬼にし命令を下すだろう。

 その責務を負わせたのは自分たち貴族だ。母の為とはいえ道化を演じ、彼女を助けようとしていた殿下の散々邪魔
をした僕を許してくれた。生きていいと。ルセリナの為だったのかも知れない。妹は早くから殿下の為に、ファレナ
の為に働いていた。爵位を返上し、家督を妹に譲ったとはいえ僕の罪が消えるわけじゃない。

 そんな顔しないで欲しい。笑っていて欲しい。その小さな肩に背負った重責を一緒に背負いたい。
 
 でも…それを言うことはできない…。

 僕は……。

 僕は…














 …大罪人の子ユーラム・バロウズなのだから…。
 










 ユーラムは胸の中に溢れてきた感情を抑える様に跪いたまま顔を俯けた。

 両者共にふさぎ込んでしまったまま、時はまたほんの少しだけ流れた。















 「陛下……」
 
 下を向いたまま目を赤くしたリムの側に立つミアキスから優しい声がかけられる。

 「わかっておる。大丈夫じゃ」

 その声に女王としての自分を取り戻し奮い立たせる。

 「食料も金もくれてやる!!!じゃが彼らは渡さん!!! このまま黙って見ている気もない!!!」

 立ち上がり、救えなかった家族を思い出し涙を堪えてそれでも慈愛に満ちた表情で

 「わらわは救いたい!!! それが驕りであることも分かっておる。
  ……じゃが家族を亡くした者も見るのはもうたくさんじゃ…」

 「できんのか?」

 そうユーラムに向けて問いかけた。

 「できます!!!」

 頭で考えるより先に声が出た。彼もまた立ち上がり宣言する。それが己の生きる意味だと。

 「ファレナの為にも必ず!!!」

 「それでこそじゃ」

 満足そうに頷き、まさに太陽の様な笑顔浮かべるリムスレーア。

 それを見てユーラムもまた笑顔を浮かべ先ほど迄の落ち込んだ空気も何処得やら。新たに自分の心に帝国を救うと
いう誓いを立て失礼しますと言って女王の間から立ち去ろうとした時に彼を絶望に落とす言葉が聞こえた。
 
 


















 「圧政と反乱を止めてくるんじゃぞ。それに返還の際の費用がファレナ持ちっていうのはのぉ」

 「次いでにウインディて奴を一発殴ってくるんじゃ」

 その発言を聞き嫌な汗が流れだす。ユーラムそれはちょっとと本音では言いたかったがなんとか彼はその言葉を
呑み込んだ。全力を尽くします。その言葉を彼が紡ぐより早く声が聞こえた。奈落の底に落とす声が。

 















「出来るまでファレナに帰って来なくて良いからの」

 少し涙目になったユーラムが玉座の前に立っているリムを見上げると彼女は満面の笑みでユーラムを見つめてくれ
た。その笑みには報告だけで一々ファレナに戻るのは煩わしかろう。報告は使者に任せてお主は帝国との協議を全力
で頑張れという意図が見えたのでユーラムは何も言えなくなった。頑張りますとだけリムに告げ太陽宮を出た。
 ユーラムは目から出た汗を拭いそのウインディって奴、饅頭好きかなと思いながらお土産を買い帝国へと旅立って
行った。腐ることには気付かずに。

 こうして彼の受難は始まった。そしてその時…

















…侍女ではなく彼女は

「なんで私ばっかり……」

 船の上でそうぼやいていた。

 運命は彼らを帝国へとよび寄せる。『豚』から始まったこの物語はまだ始まってもいなかった。





[30707] 第八話 出会いそして
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/21 20:31
第八話 出会いそして


 『真なる27の紋章』それはこの世界における真理だ。

 最初に『やみ』があった。『やみ』は長い、長い時のはざまに生きていた。

『やみ』はあまりに長い間さびしさの中で苦しんだために、ついに『なみだ』を落とした。

『なみだ』から二人の兄弟が生まれた。

『剣』と『盾』である。

『剣』は全てを切り裂くことができると言い、『盾』はいかなるものにも傷つけられないと答えた。

 そして二人は戦うこととなった。
 
 戦いは七日七晩続いた。

『剣』は『盾』をきりさき、『盾』は『剣』をくだいた。

『剣』のかけらがふりそそぎ、空となった。

『盾』のかけらがふりそそぎ、大地となった。

 戦いの火花が星となった。

 そして、『剣』と『たて』をかざっていた27の宝石が『27の真の紋章』となり、世界が動き始めた。

 『27の真の紋章』には意思があり自ら所有者を選ぶと言われている。そして持ち主に不老と絶大な力を与える。
 
 だが『夜』のように自らを剣としているものや、『覇王』の様に剣に宿されたもの、また『太陽』の様に人には
 
 扱えないものもある。
 
 これは『覇王』と『門』の物語である。そして物語はようやく動き出そうとしていた。


 父が帰ってくる。そう聞かされて少年は喜んでいた。友達である皇子には殆ど会えない。普通の時でもそうなのに
今皇子は城に軟禁されているらしいということを聞いた。なんでも婚姻の席で暴言を吐いたらしい。そう言われても
信じられなかった。いつもといっても少ないけど兄のように接してくれる皇子が暴言を吐くなんて。そんなに婚約が
嫌だったのかな?好きな子でもいたのかな?あのよく後ろをつけ回していた侍女かな?それはないか。そんなことを
彼は考えていた。グレミオはテオ様が帰ってくるんですからと言って昨日からクリームシチューを作っていた。パー
ンはそれを盗み食いしようとしてクレオに怒られていた。

 少年の名はティル・マクドール。正史において赤月帝国を打ち倒しトラン共和国を作った英雄だ。

 ようやく帰ってきた父の顔に笑みは無く一人の少年を連れていた。

 「テッド…」

 そう名前を名乗った後少年は黙りこんでしまった。ティルはそのどこか怯えている様な少年に自分の名を名乗った
後、手を差し出した。差し出された手を見ているテッドの頭をよぎったのは銀色の髪をした一人の青年。

 この手を取ってはいけない。すぐに出て行こう。強引にここまで連れて来られたけど迷惑はかけられない。もう俺
のせいで人が死ぬのは見たくない。俺の右手には…。

 頭に浮かんできた考えはティルの

 「よろしく」

 その掛け声と共に握られた右手によって吹き飛んだ。何十年ぶりかの人の手は暖かかった。暖かかったんだ。

 夕食の時間になりテオは静かに口を開いた。

 「お前たちには悪いがまた家を空けることになる」

 申し訳なさそうに言うテオを見てティルは何も言えなくなった。だけど寂しさをこらえて言った。

 「大丈夫だよ。みんなもいるし。それにテッドだっている」

 テッドの方をティルが伺うと声を出すことはなくただ頷いてくれた。

 「大丈夫ですよテオ様。坊ちゃんは私がお守りします」

 「お守りってあんた戦争する訳でもないのに」

 「家のことは我々に任せてください。それにしても腹へった」

 グレミオが勇んで声を上げクレオがそれに突っ込みパーンの言葉で笑いが起きる。テイルは思う。幸せだと。父が
居なくとも家族がいる。寂しくなんて無い。それにテッドも加わった。いつまでもこの幸せが続けばいいと。

 「そうだな。私は部下に恵まれた」

 「さあみんな食べよう」

 そう言ってテオは笑顔になり食事を始めた。それに続く様にティル達も。話の中心はテッドの事だったが彼は殆ど
答えてはくれなかった。言いづらそうなその姿に辛い過去があったことをみんなが悟る。話を変えようとした時家の
扉を叩く音が聞こえた。それは運命の始まりの合図だったのかもしれない。






 この夜マクシミリアンを止めていたフェリクスの元にテオを連れたミルイヒが現れた。ミルイヒはどこか気まずそ
うな顔をしていた。それを見て皇子も悟る。話したのだと。ミルイヒだけでは抱えきれなかったのかも知れない。皇
子は彼にマクシミリアンを預けることにしてテオと話をし始めた。ミルイヒは少しだけ嫌そうな顔をしたものの心良
く引き受けてくれた。部屋に入ってテオは何も言わずただ皇子を見ていた。

 重く苦しい空気の中でテオは口を開いた。

 「事実ですか…?」

 何がとは聞かない。ただ、はいとだけ頷いた。それを聞いたテオは眼をつぶり天を仰いだ。固く握り閉めた手から
は血が流れていた。一応皇子は聞いて見る。

 「それを聞いた所でテオ殿のお考えは変わらないのでしょう?」

 「はい、皇子殿下が反乱を起こすと言うなら私が討ちます」

 やっぱりな。そう思いながら顔にはおくびも出さず困りましたねとだけ言った。

 テオは信じるしかなかった。ただの子供が言ったことなら流せただろう。
 だが皇子はファレナの内乱を言い当てた。教科書にも乗っていない群島の歴史を語った。そしてバルバロッサから
友が言われたその言葉を知っている。ゲオルグに伝えて欲しいとファレナを…フェリドを助けてと言う言葉を。言わ
れたゲオルグには意味が分からなかっただろう。なぜフェリドのことを知っているのか。テオだけではない。ソニア
を除いた五将軍全員が知っている。当時は彼女の母キラウェアが将軍だった。なにより今の皇帝を見ればわかる。

 「手はないのですか……?」

 弱々しく救いを求める様に語りかけるテオに対し

 「一応あるにはあるんですか……」

 言葉を濁し

 「…まず成功しないでしょう」

 小さく呟いた。

 「それは……?」

 希望を見出して顔を少しだけ明るくしたテオが皇子に問う。

 「……ウインディに真実を告げます」

 言いにくそうに皇子は答える。
 
 それを聞いたテオは思う。何の意味があるのだと。愛されているということを知ればあの女が変わるのか?有り得
ないと。しかし皇子は違う。あの女は揺らいでいた。ただそれに縋るしか皇子に取れる道はもはやなかった。お願い
がありますと彼は切り出してマクシミリアンをテオ殿の部下で抑えてくれませんか?と父上を討ちに行きそうで困っ
ているのでと付け加えて疲れた顔で言った。テオは少しだけ嫌そうな顔をしたが心良く引き受けてくれた。

 行きましょう。と言う彼に対してどこへと? 問うテオ。

 「おそらくあそこに二人でいるはずです」

 そうあそこに。皇子はそう思いながら声を出す。

 「皇帝の薔薇園に」


 雨雲が空を支配し始めた頃、星を見る女がいた。白いローブを被った綺麗な女だ。

 「…貴方は姉を救えるのですか……?何処より知れぬ世界のものよ…」

 そう呟いたまま、また黙りこんだ。彼女のいる島は魔術師の島と呼ばれていた。

 そしてその額には『門』の紋章が輝いていた。






[30707] 第九話 偽りの母
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/10 00:39
第九話 偽りの母


 皇帝の薔薇園

 それは正史において皇帝が守ろうとした最後の帝国領であり彼が死んだ場所でもある。そして彼女が真実を知った
場所だ。宮廷の最上階に位置するここは皇帝以外の立ち入りを許されてはいない。物語はここより始まる。

 薔薇園へと続く廊下の中で話を聞いたミルイヒもまた思う。意味がないと。しかし皇子が言うのならと。少しだけ
希望を信じて気持ちを切り替えた。マクシミリアンをグレミオ達に押し付けて彼らは進む。グレミオ達はかなり嫌そ
うな顔をしたものの心良く引き受けてくれた。階段を駆け上がり扉を開いた彼らが見たのは星の見えなくなった曇り
空と一面に咲き誇った美しい薔薇。そして佇むバルバロッサとウインディだった。皇子達を見つけた女は美しい顔を
崩し不機嫌そうに問いかける。

 「何の様かしら……?」

 薔薇にも負けぬほど刺々しい声で。
 
 お話がありましてと前置きをしたフェリクスには眼もくれずミルイヒとテオを睨みつける。部屋から連れだしたの
はお前らか? そう意思の篭った眼に対して彼らは何も答えずただ耐える。この女を殺さぬように。そして皇帝を見
る。皇帝もまた彼らを見ていた。悟った様な顔で。何も答えないとわかった女は皇子に眼を向ける。

 「これではハイランドに申し訳が立たないわねぇ?」

 傍らにあった杖を握り歪な笑顔を浮かべたまま近づいてくる女に対し皇子は思う。醜いと。
 
 やはり違う。こんな顔で母は笑わなかった。

 「悪い子には罰をあたえないといけないわね」

 杖を振りかざし今にも皇子を攻撃しようというのに皇帝は動かない。ただ見ている。それを見たミルイヒとテオは
やはり…と少しだけ期待した心が沈むのを感じる。

 「操るつもりですか?その紋章の力で?父上の様に」

 はっきりとした口調で断言する皇子に驚いた女の動きが止まる。皇帝はただ女を見ている。しばらく考えこんだ
女だったが
 
 「知っていたのかい? それで? ああ……私を殺しに来たのかい」

 二人も連れて。そう呟いた顔に焦る様子など何処にもない。むしろ喜んでいる。そして口元を歪め










 「大好きなお母様に似た私を!!!」

 ありったけの憎しみを込めてそう言った。

 その言葉を聞いたフェリクスの中に感情が溢れだす。違う!お前は母じゃない!似ているだけだ!違う!!!
 母はそんな歪んだ笑みで笑わなかった!そんな冷たいことを言わなかった!そんな眼で僕を見なかった!
 違う!違う!!違う!!!
 
 違う!!!!!

 下を向き目の前の女を否定しようとする皇子に女は無造作に歩み寄り、髪を掴み自らの顔を見せつけた。そしてな
お歪んだ笑顔で言い放った。

 「貴方は私によく似ているわねぇ」

 「この髪の色もその眼もこの口元も」

 髪をなぞり唇に触れる女の眼に篭る憎しみは一つも薄れてなどいない。そして皇子の手を取り自らの首にかけさせた。

 「あげるわよ」

 「私の命?」

 鬱憤をはらすかの様に続けられた言葉と態度に皇子は動けなくなる。ただ逃げ出したい。ミルイヒもテオもその手
には剣を握りながら動けない。一人の女の憎しみに飲まれていた。

 「どうしたの?」

 「いらないの?」

 女は歪んだ笑みのままとても綺麗に笑う。できるものならやってみろと。

 痛みなど気にも止めず皇子は答えを探す。眼の前の女を殺せない理由を。

 …僕がお前を…殺さないのは父の為だ!

 そうだ!!!

 …お前を…殺さないのは帝国の為だ!

 違う!

 母に…

 違う!!!

 この髪は母のものだ!眼も!唇も!

 お前じゃない!!!

 違う!

 なのに……

 …。








 愚かな皇帝バルバロッサの血は彼にも流れていた。










 女は否定しきれない感情の葛藤の中でもがいていた皇子の髪を放し一瞥をくれると

 「貴方も馬鹿ねぇ」

 そうくだらないことだと吐き捨てた。

 ウィンディは気付いていた。フェリクスが自分に母の面影を見ていることに。
 そしてそれがたまらなくいらついた。

 私はお前の母ではない!縋る様な眼で私を見るな!!!

 自分の中にある気持ちに耐えられなくなり、また否定する為皇子は叫んだ。

 「父は………」

 「父は………操られてなどいない!!!!!」

 女の顔に少しだけ動揺が見られた。どういうことかしら? そう顔が語っている。皇帝に視線が集まるが彼は驚く
ことはなくただウインディをいつもと変わらぬ眼差しで見ている。

 「父は…『覇王の紋章』を持っている」

 「『覇王』は紋章を無効化できる。だから…お前の『門』は効かない」

 それを聞いて女は高らかに笑い出した。可笑しくてたまらないと言った所だ。そして面白そうに問いかける。

 「それじゃなんで私の言うことを聞いているのかしら?」

 その問いに答えたくはなかった。それはきっとバルバロッサだけではなくフェリクスの…。だが答えるしか道はな
い。唇を噛み締め血を流しながらその問いに答えた。

 「…貴女を…愛しているから……」

 少しだけ女の眼が開く。

 しかし

 「アッハッハッハハハハハ!!!!!」

 返ってきたのは笑い声。苦しそうに。
 
 「それを信じろと!?」

 信じられる訳がない。そう思いながら女は更に笑う。皇帝に眼を向け、お前は愚かだと嘲笑する様に。皇帝は何も
言わない。笑うウィンディをただ見ている。それが己の在り方であると。たまらずミルイヒが叫ぶ。

 「陛下は貴様の為に国を犠牲にしようとしているんですよ!!!!!」

 「何故陛下のお気持ちが分からないのです!!!」

 そう言われて笑うの辞めて黙りこむ女。何かを考えこむ様に。少しだけ優しい声で

 「陛下は貴方の望みを叶えた。もう良いではありませんか」

 辞めましょうこんな事は。そう最後に述べてミルイヒは女を見る。女は黙りこんで俯いたまま動こうとはしない。
 薔薇園に少しだけ静寂が訪れる。
 
 そして


 
 












 ごめんなさい……

















 とでも言うと思ったのかしらねぇ?

 女はそう言いまた狂ったように笑い出した。笑う。笑う。嗤う。この世のすべてを嘲り笑う様な女は皇帝と皇子を
交互に見ると恐ろしいまでの笑顔で吐き捨てる。

 「父が父なら子も子ね。大馬鹿だわ。私は貴方達の妻でも母でもないっていうのに」

 「貴方達のせいで帝国は滅びるのね」

 そしてまた笑う。自分に非などない様に言う女にミルイヒは決意した。

 この女を殺す。この女は毒婦だ。生きている価値などない。陛下、申し訳ありません。
 その罪、死によって償わさせて頂きます。

 またテオも。

 国が滅ぶというのならこの女ではなく陛下の方が良いだろう。この国は陛下が作りあげた国だ。すまん。ティル。
 後は頼んだぞ。グレミオ、クレオ、パーン。
 

 薔薇園の空気が戦場へと変わる。ミルイヒとテオは剣を握る手になお力を込め女を射殺さんと睨みつける。皇帝は
女を守る為彼らの動向に眼を向け女に近づく。女が笑い今まさに両者がぶつかり会わんとする中でフェリクスは考え
ていた。夢の中で真実を告げられた時ウィンディは確かに揺れていた。それは演劇の中の話。本当にあった話ではな
いのかもしれない。最初からわかっていたことだ。だが気になるのはそれではない。だから口に出した。




















 「貴女は初めから知っていたんじゃないんですか?父は操られてなどいないということを」

 笑い声が止んだ。




[30707] 第十話 憎しみの果ての選択
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/17 21:58
第十話 憎しみの果ての選択


 雨が降ってきた。薔薇たちに祝福を与える雨が。その中で4人の男は動きを止め、一人の女を見ていた。

 「何を言っているのかしら?」

 そう言うウインディに先程までの歪んだ笑みはない。表情を崩さぬまま笑うのを辞めフェリクスを見ている。

 フェリクスは記憶を探る中で気になった事があった。『真なる27の紋章』はお互いを知っている。そして惹かれ
あう。『夜』と『月』がそうである様に。『償いと許し』が『生と死』を呼んだ様に。
 そして『生と死』が『始まり』の片割れと共鳴していた事を。
 紋章を使わなかったのなら分からないかも知れない。『雷』がそうであった様に。だがウィンディは使っていた。
 『門』を。そしてバルバロッサは『覇王』でそれを防いだと。あり得るだろうか? 気付かないなんてことが。
 『覇王』は紋章を無効化する。もしかしたら気付かない様にできるのかも知れない。でもその可能性は低い。
 
 そしてもう一つ。ミルイヒは何故操られていない? テオもソニアも。この国を自由に操りたいならその方が良か
ったはずだ。皇帝の勅命なら彼らと2人っきりになるなんて事は簡単なはずだ。そして僕も。
 
 ならばウィンディは?

 「貴女は…試したかったんじゃないんですか?」

 「自分が愛されているということが…信じられなくて…」

 その問いに女は答えない。ただ憎しみの篭った眼を維持したまま皇子の言葉を聞いている。そんな女に対して皇子
は更に続ける。同情と憐れみを眼に乗せて。

 「貴女は…可哀想だ…」

 その瞬間女の顔色が怒りで染まる。

 「黙れ!!!」

 大声を張り上げた。すべてを否定する様に。

 私を見るな!

 その目で私を見るな!

 私を憐れむな!!!
 
 お前は違う!
 
 お前は…







 私の子ではない!!!

 私の子は…死んだ!

 …殺された!
 
 あの時…








 …ハルモニアによって!!!


 ハルモニア神聖国。それはこの世界最大にして最強の国家である。太陽暦を定めたその国は『真なる27の紋章』
を集めていた。そして『門』を守る一族だった彼女達の村は襲われた。生き残ったのは彼女と彼女の妹だけ。彼女は
復讐の為に紋章を探していた。そして『生と死』を持っていた村を襲った。彼女がかつてやられたことを復讐の炎に
身を任せ行ったのだ。

 彼女にとってフェリクスは罪の象徴である。ルカ・ブライトにとってジル・ブライトがそうである様に。だからこ
そいらついた。守れなかった自分の罪を突き付けられている様で。復讐を辞めてフェリクスを愛すればいい。彼女に
その選択はなかった。フェリクスは別人なのだから。なにより…

 「お前達は私を見てなどいない!!!」

 「お前達が見ているのはクラウディアだ!!!」

 「私ではない!!!!!」

 悲痛な声で女は叫ぶ。
 
 「それは違う!」

 皇帝が初めて口を開いた。女に歩み寄り、赤子に言い聞かす様な優しい声で語りかける。

 「わしはお前を愛している」

 そしてこの子もと。皇子に目をやる。

 「違う!!!お前が愛しているのはクラウディアだ!!!」

 「いいや。ウインディ」

 「お前を愛している」

 「近寄るなぁ!!!」
 
 女は近づいてくる皇帝に杖を向け獣の様に威嚇する。

 「お前は私の何を知ってその言葉を吐く!!!」
 
 何も知らぬ。と皇帝は言い更に歩み寄る。

 「だがすべてを愛している。クラウディアではない」

 「ウインディ。お前をだ」

 「ふざけるなぁ!!!!!」

 激高した女は皇帝に向かって魔法を放った。しかし当たると思われたその魔法は皇帝の剣による一振りによってか
き消された。そして困惑した表情で女は膝をついた。本当はウィンディが皇帝に使ったのは支配の紋章という『門』
とは関係のない紋章なのだが皇子はそれを思い出せず自分の中にある記憶から推測を立てた。だが今、皇帝の振るう
『覇王』と女の態度によって推測は正しかったと証明された。女が何故気付いたのかは謎のままだが……。

 それを…

 それを…

 それを…認めてしまえば…

 私は…

 私は…










 …なんなのだ?


 認める訳にはいかない。自分が愛されていたなんてことを。そんな資格もない。
 それを認めてしまえば私はもう………。

 杖を手から放し、膝をついたまま手で顔を覆い苦悩するウィンディにミルイヒから声がかけられた。

 「私がお前を殺さないのはなぜだと思います…?」

 その質問の意味は今の彼女には分からない。ミルイヒは剣を手にかけながら怒りを抑え言葉を続けた。

 「…それが…陛下の意思だからです」

 彼自身もそれを認めたくはない。だが皇帝は言ってしまった。愛していると。ならば私は陛下の意思に従って行動
しよう。

 そしてフェリクスもまた語りだす。

 「僕は貴女に…死んでほしくないと……思っている」

 愛しているとは言えなかった。それは母を裏切るようで。
 ただ死んでほしくないその気持ちがあるのもまた事実だった。

 雨の中、跪いている女の前に皇帝もまた膝まずき優しく囁いた。

 「わしはお前と共に生きたい。ウィンディ」

 彼女が出す答えは…。





[30707] 第十一話 愛の形
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/21 20:24
第十一話 愛の形


 跪いているウィンディとバルバロッサを皇子は見ていた。彼女がその手を取れば帝国は蘇る。そう信じて。

 「ウィンディ」

 その優しい声の前に彼女は恐る恐るその手を取った。

 そして…





















 …赤月帝国は滅んだ。これより一年後の話である。

 少し時は遡る。その日帝都グレックミンスターには五将軍全員と帝都守備隊長アイン・ジードが呼ばれていた。呼
ばれた理由は全員知らずただ皇帝を待つのみであった。謁見の間で皇帝を待ちながら皇子は考えていた。

 圧政を辞めたことで国は安定している。解放軍のことならもう心配はないだろう。彼らも分かってくれるはずだ。
 そうすると結婚報告かな? あの人をまだ母とは呼べないけど努力はしよう。結婚で思いだしたけどあれが兄にな
るのか…。嫌だな。逃げたいなぁ。無理だなぁ。諦めるか。ジルは綺麗だし。でも『豚』の兄は何だとか意味が分か
んないよ。あの人だって変わったんだしルカだってきっと………。無理だなぁ。

 ようやく皇帝がやってきた。それを見て考えるのを辞める。バルバロッサの横にウィンディがいた。以前の様な刺
々しい雰囲気はなく少しだけ笑う様になった。皇子と目が合うと照れくさそうに笑ってくれた。五将軍達はその変わ
り様に驚いたものの皇帝が幸せそうなので渋々といった感じで彼女を見ていた。そして皇帝はその言葉を告げた。

















 「我が軍はこれよりハルモニアを攻める!!!」

 誰もが意味が分からなかった。ウィンディですら。皇子は意識を空の彼方へと飛ばした。慌てたミルイヒが言葉を
発する。

 「陛下何を!?」

 テオも続く。

 「戦争を仕掛けるというのですか!?」

 ソニアが叫ぶ。

 「お辞め下さい!陛下!」

 初登場のクワンダ・ロスマンが

 「お気をたしかに!!!」

 最後の一人カシム・ハジルが

 「お茶が美味いのぉ~」

 しかし皇帝は続ける。

 「あの国のかような振る舞いもはや見逃せぬ!!!」

 これを聞き全員が一斉にウィンディを睨みつける。私じゃないわよ。全力で身振り手振りで否定する。そしてそう
いえばと思い出す。昔のことを話したことを。詳しく説明するなら

 「バルバロッサ。私昔ハルモニアに虐められたの」

 「でも今は貴方がいるから平気よ」

  ガバー 抱きつく音。

 「なんだってぇぇぇ!!!」

 「許せん!!!!!」

 たぶんこんな感じだろう。それを思い出して恍惚の表情でバルバロッサを見つめるウィンディ。考えてみればこの
展開は当然なのかもしれない。更に言葉を続ける皇帝。

 「怖い者は来なくて良い」

 そう言われては五将軍としては引き下がれない。

 「我らは常に陛下と共にあります。お! コブ茶か」

 声を揃えてそう言う五将軍。そして各々軍議の為謁見の間から出ていった。残された皇子はようやく意識を取りも
どし
           
















 「お前馬鹿じゃねぇのぉおおお!!!!!」

 と叫んだがアイン・ジードしかおらず肩を叩かれ慰められた。そしてハルモニアの物力には勝てず帝国は滅んだ。

 












――そしてそれより数年後――

 軍を整えかつてグレックミンスターと呼ばれた聖都ルパンダを見る一人の男がいた。

 「行きましょう皇子」

 「もう皇子じゃないよ」

 「私にとってはいつまでも皇子です」
 
 照れくさそうにそう言う彼女を見て熊と青い人が笑い出す。それに釣られて周りの者も笑い出した。
 そして彼はそうだね。行こう。そう呟き声をあげる。

 












 「すべてを奪還しに!!!」


  fin










あとがき

     ヘ⌒ヽフ
    ( ・ω・)やあみんなブタなんだ!
          この話を呼んだ君たちは投げんじゃねよぉ!!!ブタは死ね!って思ったと思うんだ。
          うん。ブタなんだ。でも5の東方王国エンドってやつを思い出してほしかったんだ。そこに
          バルバロッサらしさってやつを感じてほしかったんだ。
          お詫びに作者がシリアスに飽きて作ったスノウの詩をおいておくんだ。面白くはないんだ。
          この話でスノウの活躍が伝わるといいと思うんだ。物語はまだまだ続くよ。
              
外伝 腕が痛い


 腕がいたい。

 それはきっと魔法の言葉。

 腕がいたい。

 その言葉で全てを許されるんだ。

 腕がいたい。

 だから僕は言うんだ。

 腕がいたい。

 船が海賊に襲われてみんなが戦っている時に僕は言うんだ。

 腕がいたい。

 船から小舟を腕で降ろしてオールを漕ぎながら言うんだ。

 腕がいたい。

 救援に来てくれた団長に言うんだ。

 腕がいたい。

 殴られた。

 でももう一回言ったんだ。

 腕が動かなかったんです!!

 腕を振り回しながらそう言ったんだ。

 殴られた。

 僕は考えたんだ。

 腕がいたいって言ったら殴られる。
 
 領主になった僕は親友と戦うことになったんだ。

 腕がいたいって言わなかったのに

 首を切れって言われたんだ。

 海賊になった僕はまた戦うことになったんだ。

 首を切れ。

 また言われたんだ。

 漂流した僕は丸太に腕で捕まって言うんだ。

 腕がいたい。

 親友に貰った饅頭を腕で食べながら僕は言うんだ。

 腕が動かなかったんだ!!!

 殴られた。



[30707] 第十二話 愚かな愛
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/11 21:32
第十二話 愚かな愛


 強くなってきた雨の中でバルバロッサはウィンディの答えを待っていた。手を差し出し共にという皇帝に対して女
は手を見たまま動かない。ミルイヒもテオもフェリクスも動かない。ただ女の答えを待っている。帝国が救えると信
じて。

 ギリッ

 歯を食いしばる音が聞こえた。そして女は涙を流しながら叫んだ。

 「今更…!」

 「今更幸せになどなれるかぁ!!!」

 この手を取れば幸せになれる。

 わかってる! 

 それでも…

 この身に残る憎しみは復讐を望んでいる!!!

 あの子を…

 …許せるものか!!!


 彼女の心は迷いを抱えながらも復讐へと傾いた。そして魔法を使おうとした。だが竜王剣に宿る『覇王』は直接的
なものはすべてをかき消す。だから女は叫ぶ。その男の名を。






 



 「ユーバーァァァ!!!!!」 

 その瞬間何もない闇よりなお昏い騎士が現れた。

 ユーバー。そう呼ばれた騎士は全身を真っ黒な甲冑で纏い恐るべき速さで背を向けている皇帝へと斬りかかった。

 「陛下!!!」

 ミルイヒとテオが叫ぶ。距離があった為反応は出来なかった。
 いや距離がなくとも反応出来なかったかもしれない。それほどまでにその黒い騎士は速かった。誰もが思った。
 皇帝が死ぬと。














 キィィィンンン!!!!

 剣と剣がぶつかり合う音が響いた。あの凄まじいまでの踏み込みに背を向け跪いていた皇帝は反応したのだ。

 「人間にしてはやる…」

 黒い騎士は驚愕でそう言葉を漏らした。皇帝が女から眼を放した瞬間女は杖を握り距離を取った。

 キィィン!!

 音はまだ続いている。皇帝と黒い騎士は幾度となく切り結んでいた。押しているのは皇帝だ。神速とも言える切り
込みすべてを捌き的確に打ち返している。

 「くっ!!」

 黒い騎士から更に声が漏れた。顔を狙った一撃がユーバーの金色の髪を切り落としのだ。
 詠唱を終えたウィンディが叫ぶ。

 「ユーバー!!!」

 ビギッ!

 その音と共に空が割れる。何もない虚空に門が現れ中から幽玄なる船が現れた。死者の乗る海賊船の様にも見える
それは皇帝に向かって砲撃を開始した。

 『空虚の世界』

『門』の力による攻撃魔法だ。

 ドォォォンンン!!!!!

 ドォォンン!!!

 二度三度、砲撃は皇帝に向かって降り注ぐ。



 「ふん!!!」

 ドッドォォォンン!!

 薔薇園の大地を抉るその弾を皇帝は切り落とした。爆炎と粉塵を防ぐことは出来ず姿が見えなくなる。勝機と見た
ユーバーは舞い散る粉塵の中に突っ込む。




 キィィィンン!!!

 響いてきたのはまたその音。テオだ。皇帝はユーバーに背を向け立っていた。
 そこにテオが来るのは当然だというように。

 「何者だ!?」

 テオが問うが黒い騎士は答えない。力押しの状態に入り皇子を庇っていたミルイヒが加勢に加わろうと近寄る。
 状況を不利と悟ったユーバーは舌打ちを一つすると離れていた女の元に近づく。

 「お前らしくもない」

 「………」

 冷たい声でそう言うユーバーに対して女は何も返事を返さない。

 「ちっ。退くぞ」

 その言葉と共に黒い騎士は女を抱え薔薇園から飛び降りた。

 「なっ!」

 驚いたテオが生死を確認しようと急いで駆け寄る。そこには何もなかった。おそらく『門』による転移で逃げたの
だろう。立ち尽くし呆然としている皇帝にミルイヒが雨の中膝まずき声をかける。

 「陛下もうお辞め下さい!!!」

 テオもそれに続く様皇帝に近寄る。

 「今こそ民のことを!!!」

 皇帝は沈黙したまま答えない。2人を見てもいない。ただ女が飛び降りた場所を見ている。そして剣を収めた後、
身を翻し歩き出した。2人は気付く。その意味に。

 「まさか探しに行かれるおつもりですか!?」

 テオが叫ぶ。

 「あの女は陛下を裏切ったのですよ!!!」

 ミルイヒもまた叫ぶ。2人共止まるとは思ってはいない。それでも叫ばずにはいられなかった。

 「陛下!!!!!」

 声を重ねて叫ぶ2人の声など耳に入らず歩みを止めない皇帝に別の者から声がかかる。



 「父上…」

 初めて皇帝の動きが止まる。振り返り声を出した皇子を見る。

 「裏切られた今でもあの人を愛しているのですか…?」

 「無論だ」

 女とは言わなかった。自分の中にある気持ちに皇子は気付いてしまった。お前はどうなのだと? 語りかける皇帝
の眼に見透かされている気がした。そして言葉を続ける。

 「圧政を…お辞めになる気もないのですね…」

 その発言の意味がミルイヒとテオには分からない。あの女はもういない。何故…? と。皇帝は答えない。皇子は
その答えを静かに呟く。

 「それが…あの人の望みだったから…」

 その答えに2人は絶句する。それほどまでに…と。国よりも一人の女が大切だった。ただそれだけの話。そしてそ
れが彼女の望みだったからすべてを自由にさせた。悲しい顔をしたまま皇子は皇帝へと語りかける。


 「貴方は…馬鹿だ………」

 それは自分もと。

 そして雨の中、手を着き頭を地に擦りつけた。そして言葉を整え

 「陛下。お願いがあります。私が…ウィンディを…探しに行きます」
 
 「だから…約束してください。連れて帰って来たら…私に…王位を譲ると」

 その言葉がどれだけ大それたことかは知っている。それでも帝国と父を…そして……あの人を救うにはもう……。
 
 続けて皇帝と皇子ではなく父と子としての言葉を伝える。
 
 「そして貴方はあの人の為だけに生きると!」

 「約束してください!!!」

 強く強く皇子は言った。しばらく薔薇園に降る雨の音だけが聞こえた。





 跪いていた2人は思う。皇子が王位に着くのは問題ない。今の陛下よりは良いだろう。しかし皇子が行くというの
は…。だがウィンディの顔を知っている者など限られる。陛下を行かせる訳にはいかない。自分達五将軍が出る訳に
もいかない。なにより…あの女が憎い!

 …そうだ!テオの部下ならあの女を知っている。
 それに気付いたミルイヒが声を出すより先に皇帝は皇子に告げた。

 「よいだろう。必ず連れて参れ」

 そう言った皇帝は皇子に希望を見たのかも知れない。自分ではウィンディの心を救えなかった。
 フェリクスならと。認めないだろうが同じ女を愛している者として。



 そしてここより物語は始まる。

 時を同じくして大国ハルモニアで一つの事件が起きる。一人の女が精霊の宿るという銃を持って逃げ出したのだ。

 太陽暦454年12月 正史において赤月帝国が滅んだのは457年。

 もう時間はあまり残されてはいない。

 フェリクス・ル―グナー 記憶に目覚め帝国の運命は変わりつつあった。


 だが…彼はまだ知らない。自分達は憎まれているということを。憎しみは憎しみを呼び帝国を舞台に幕は上がる。
 その結末はまだ…誰も知らない…。
















そのうち消すあとがき
ここまでがプロローグだったんだよ!!!!
書いてて思ったこと 愛!それがすべてを狂わせた。ならば愛などいらぬ!!拳王は偉大だった。
ここから更新速度がかなり落ちます。文を書くのがこんなに楽しいとは思わなかった。ですが少しスランプ気味です
またギャグ調に戻ります。2年の設定をどう埋めるかで悩んでおります。…長すぎた…軍曹が8歳…。国と豚を巡る
群像劇を目指していたのですがもはや豚は関係なくむしろ重荷に…。国々の描写は入れて行くつもりです。
ここからは帝国と解放軍の間の皇子の成長日記になります。原作を知らない方には中だるみと取られる部分が増える
と思います。申し訳ない。
侍女がヒロインにのし上がろうとして困る。脳内プロットにもいなかったのに。

補足
ウィンディの子供はオリ設定です。それが一番しっくりきたからです。またカラヤの族長キアヌの殺された理由を詳
しくご存知の方がおりましたらお寄せ下さい。作者も探したのですが見つからず忙殺されたということしか解りませ
んでした。出るか解りませんが。シックスクラン、ザクセンまで絡めると死んでしまう。
まだオベルの説明もあるのに。時たまこの様なオリ設定がはいります。
ぶっ飛んだものは入れるつもりはありません。『空虚の世界』について レーザーを出していた気がするんですが砲
撃とさして頂きました。












腕が痛い。

それはきっと魔法の言葉。

更新が遅れても許されるんだ!

でも腕が動かなかったんです!!!




[30707] 第十三話 旅立ち
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/16 21:53
第十三話 旅立ち


 彼女は意味が分からなかった。昨日までパンヌ・ヤクタ城に行けと辞令を受けていたのに今日の朝になって突然皇
子であるフェリクスの護衛をしろと言われたのだ。彼女の名はバレリア。茶色の長いカールした髪と帝国軍の鎧を着
ている。正史では烈火のバレリアと呼ばれ隼の紋章を持ち卓越した剣技を振るう。この紋章は『真なる27の紋章』
ではなく彼女の固有紋章だ。名前の通り隼の様な素早い攻撃と行動を可能にする。帝国軍の非道な行いを眼にした彼
女は自分の良心のもと帝国を裏切り解放軍に参戦した。そして戦争終結後、新しい五将軍になった意思の強い女だ。


宮廷を歩きながらバレリアは考えだす。
 
なんでも皇子直々の指名ということらしい。会ったこともないはずなのに何故私のこと知っているのか? 疑問は
尽きない。とりあえず話を聞きに行こう。そう思い部屋にいるであろう皇子を尋ねた。そんな彼女が見たのは
 
 「殿下!ついにご決断なさったのですね!!!」

 「あの女狐めを討つと!!!」

 老人とそれにしがみついている子供の姿だった。

 「だから違うって!!!連れ戻しに行くだけだよ!」

 そんな子供の姿を無視して老人は続ける。

 「おお!!そうだ!わしの部下も呼び寄せましょう!おいサンチョ!!!」

 やっぱりサンチョはいない。皇子はその言葉を聞いて冷や汗が出るのを感じる。冗談じゃない。マクシミリアンだ
けで大変なのに他の奴らが来たらどんなことになるんだ。ウィンディを連れ戻すどころじゃない。そう思い全力で止
める。そこでようやく部屋に入ってきたバレリアに気付き加勢を頼む。

 「お願いです!手伝って下さい!!」

 涙目の皇子の声に身体が反応し皇子に言われるまま老人を布団で簀巻きにすることに成功した。殿下~。と声を出
していたが、とりあえず無視することにした。

 「え、と皇子殿下お初お目にかかります。バレリアと申します」

 できるだけ冷静を装いながらそう言った彼女に対して皇子は老人が逃げ出さぬよう簀巻きの上に座りバレリアの方
を見る。

 「はい。はじめまして。フェリクスです」

 「殿下!何故ですかぁ~」

 無視だ。無視だ。私には何も聞こえない。バレリアはその強靭な精神力で表情を崩さず皇子に疑問に思ったことを
問いかける。

 「何故私のことを知っていらっしゃたのですか?」

 「殿下~」

 「……私は少し不思議な夢を見ることがありましてその中で貴女のことを知ったのです」

 皇子が見た記憶の中で彼女は帝国軍の鎧を纏って戦っていた。それが何故なのかはまだ思い出せてはいないが、も
しかしたら帝国側にいた人物ではないのかと思い名前をあげさせて貰ったのだ。帝都にいたのは偶然である。

 それを聞いたバレリアはそういえばと思い出す。皇子は未来を予見するという噂があったことを。。知っていても
おかしくはないか。続いて次の質問に移る。

 「何故私を護衛に?」

 「殿下~お恨みしますぞぉ~」

 「………夢の中でバレリア殿がとてもお強かったので少し旅に出ることになりましてそのお供として
  バレリア殿を呼んで頂きました」

 その言葉を聞いて彼女は喜んでいいのか分からなくなった。

 確かに剣には自信がある。自分を試したくて軍に入った様なものだ。しかし子守りというのは。とりあえず次の
質問に移ることにするか。

 「旅と言いましたが、何の旅なのですか?」

 少し言いよどみながら皇子は答える。

 「…一人の…女…ウィンディを探す旅です」

 「女狐を退治する旅ですぞ!」

 簀巻きにされながらもしぶとく大きい声をだした老人に皇子はメッと叱りつける。

 「それは…討つということですか……?」

 「違います!!!」

 「その通りじゃ!」

 まだ声を出す老人に対して皇子は簀巻きの端に枕を詰め込む作業を開始する。バレリアは目の前の状況など意にも
止めず考えだす。

 ウィンディ…。会ったことはないが確か宮廷魔術師の名前だったな。亡くなられた皇后に似ているということで陛
下の寵愛を受けているという噂だったが。逃げ出したのか? ということは連れ戻してこいと。
 陛下も情けないことだ。女に逃げられたから皇子を向かわすとは。そしてこれが私の任務とは。あいつはどうして
るんだろう……。いいや今はこれをどうするべきか。なにより簀巻きの老人が気になる。いや名前は知っている。元
マクシミリアン騎士団団長マクシミリアンその人だろう。帝国内で知らぬものは殆どいない。いろんな意味で…。確
か数年前に故郷に帰ったと聞いていたのだが何故ここにいるのだろう。

 ……まさか!?

 「…その旅にマクシミリアン殿は…?」

 「もちろん、行きますぞぉ!」

 皇子が何か言うより早く両端に枕を詰められた簀巻きの老人が声をあげた。バレリアの表情が初めて崩れる。そし
て理解した。自分はこの老人の抑え役として呼ばれたのだと。

 「………拒否権は?」

 「ありません!」

 簀巻きを崩されながら皇子は逃さない! と眼に込めてバレリアに言い放った。彼女は諦めた顔で精一杯頑張らさ
せて頂きますとだけ言った。

 「わしが居れば女狐なんざ一捻りですぞ!!!」

 簀巻きから脱出した老人が声高に宣言する。

 「だから連れ戻すだけだって!!!」

 皇子の言葉は老人の耳には入らない。
 バレリアはため息をついて大丈夫かなぁと先行きに不安を感じるのであった。








 そして次の日、旅立ちの朝が来た。城門の前にテオとミルイヒがいた。お
 忍びということで地味な格好をしている。ミルイヒなりにだが…。

 「本当によろしいのですか?殿下」

 テオが言ったのは仲間のことである。最初テオとミルイヒはグレミオ達を旅のお供として出す気でいた。しかし皇
子は拒否した。巻き込みたくない。関われば彼は死ぬのだから。
 歴史が変わっている以上意味はないのかも知れない。それでも不安が残った。だから一人で行こうとしたのだがマ
クシミリアンを止めることなど出来ず、バレリアを呼ぶことになった。

 「大丈夫…」

 「心配ありません。わしがついております!」

 だから心配なんだよと言いたかったが誰も言わなかった。軍の指揮経験もあり、武人としても非の打ちどころはな
い。だが正義の心だけが心配だった。

 「ご武運を」

 ミルイヒのその言葉とともに彼らは旅立っていった。















 そのころ久々に侍女は見ていた。城門の影から。
















 こんな日が来るっていつか分かってました。私はただの使用人。皇子とはひいらぎこぞうとひいらぎとうさんぐら
いの差があるんです。本当はついて行きたい。でもそれはできないんです。私は戦えないしバレリア様の様に綺麗で
もない。マクシミリアン様みたいに大きい声もだせないし、眼から正義の光を出したりできないんです。
 ずっと側にいたかった。もう皇子の邪魔になるだけなんです。私も皇子に…簀巻きにされたかった。
 涙が止まらない。泣いてもいいよね。今日ぐらい…。























 涙流しながらハンカチを加えている侍女に声がかかった。ミルイヒである。

 「お行きなさい」

 「でも私は………」

 「皇子がお好きなのでしょう?」

 その言葉に侍女の顔が真っ赤に染まる。

 「戦うことだけが役にたつという訳ではありませんよ」

 優しく語りかけるミルイヒにでもと食い下がる侍女。一息ついてミルイヒは言った。
 
 「お忘れですか? 私は帝国五将軍が一人ミルイヒ・オッペンハイマーですよ」

 「お行きなさい。命令ですよ」

 そして満面の笑みで侍女は

 「はい!!!」

 そう言い駆けてて行った。


 行きます。皇子。貴方の側に私は行きます。ずっと側にいます。ミルイヒ様ありがとうございます。憎いなんて思
っちゃってごめんなさい。本当は変な服だなぁとか扉に引っかからないのかなぁとか思っててごめんなさい。

 そしてミルイヒは遠い目をして呟く。

 「本当は愛とはあの様に綺麗なものであるはずなのに……」

 「殿下。どうか殿下には良き人が現れます様に…」

 












 そして城門を出て行った彼らはこそこそと隠れ出した。竜騎士が来ることを忘れていたのだ。
 
 馬鹿な彼らの旅は始まる。














あとがき
ひいらぎこぞう。それはHP10の初めての冒険者達に狩られるだけの存在である。たまにお薬を落としてくれる。
負けた奴はまず居ないだろう。ひいらぎの葉に赤い目玉と足が生えているモンスターである。
対するひいらぎとうさんはHP600を誇る大きな木である。エリアボスは更に多く1600だ。力に至ってはこ
ぞうが3であるのに対してなんと70もある恐るべき敵である。中級者のみんなはくれぐれも注意しよう。
それだけだ!!


侍女に幻水的に死亡フラグが立っている気がする。
108星を殺すかもしれない。すまない。こんな予定はなかったのだが掘り下げてる内に原作よりひどいことにな
りそうだ。本当にすまない。
悲しいけどこれ戦争なのよね。反省はしている。なんとかベストエンドを探している状況だ。



[30707] 第十四話 運命
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/21 20:23
第十四話 運命


 竜に乗った彼らが目指すのは魔術師の島。そこにウィンディの妹がいる。そう言われどこにいるか心当たりはない
かを聞きに行く為だ。風を切って先頭を行くのはミリア。愛竜スラッシュに乗り空を行く姿が実に様になっている。
 若輩ながら女にして竜洞騎士団の副団長を努めている。皇子という事で副団長がわざわざ来てくれたのだ。フェリ
クスはこの竜に乗り、後ろの二頭にそれぞれマクシミリアンとバレリアが乗っている。

 竜洞騎士団は赤月帝国領西部に存在し60名ほどからなる自治を認められた者たちである。竜はこの世界の生き物
ではない。百万世界と呼ばれる世界のどこかで生まれた生き物である。その竜達をこの世界に留めているのが『真な
る27の紋章』の一つ『竜の紋章』である。代々竜洞騎士団団長がこの紋章を継承している。自治といっても彼らは
帝国の自治をしている訳ではない。竜を守る為の自治だ。帝国としては貴重な竜をこの世界から消す訳にはいかず彼
らを守っているのが現状だ。その見返りとしてこの様な使い方をされている。

 竜騎士は竜と共に生きる。幼い頃一匹の竜の誕生に立会いその瞬間から彼らにとって竜は親であり兄弟であり友に
なる。騎士が死ねばその瞬間竜は旅立つ。おそらく自分の世界に帰っていくのだろう。他の者に懐いても言うことは
きかない。逆に竜が死んだ場合、騎士は竜洞を去らなければならない。竜をどこかで見つけることができれば復帰は
できるが基本的に世界の各地にある竜洞以外で卵は孵化しない。そしてそれらには同じ様に騎士の様なものがいる。


 「すぐに着きますよ。スラッシュは速いですから」

 ミリアがそうフェリクスに声をかける。

 「しかしなんであんな所にいたんですか?」

 「いろいろありまして…」


 疑問に思い問いかけるミリアに物凄く気まずい顔で皇子が答える。彼らは帝都を出た後すぐに竜騎士が来ることを
思い出したのだがなんとなく気不味くなり野宿兼マクシミリアンによるサバイバル合宿を行なっていたのだ。強制的
に。バレリアは慣れたもので余裕綽々という感じだったが皇子となぜか付いて来た侍女は蛇に始まり蛙そして虫。吐
きたい気持ちを無理やり押し込まれ憔悴していた。ようやくやって来たミリア達をマクシミリアンの大声で呼び、逃
げる様に飛び立った。皇子はスラッシュを触り感触を確かめて残念な顔をしていた。ちなみに侍女になんで付いて来
たのかを聞くと考え込んだあと














 「め、命令されたんです!!!」

 と言いやがりました。皇子はああ、ミルイヒ殿かぁと特に気にはしなかったが、顔を赤くした姿はちょっと可愛い
と思った。そんな彼女は今皇子の横にいた。三人と聞いていた為乗るスペースがなくスラッシュに詰めている。彼女
の人生で始めてだろう。ここまで皇子と密着したのは。ゆえに落ちた。まっさかさ~ま~に~。






 「スッ! スラッシュ!!!」

 慌てたミリアが大声で叫び竜がそれを追う。食べない様に甘噛みでなんとか侍女を救出することに成功した。ベト
ベトだが。その顔は至福で包まれていた。ベトベトだけど。

 
 ようやく島が見えてきて少し引いていた皇子は呟いた。

 「レックナート……」

 それがウィンディの妹の名前。バランスの執行者を名乗り『真の紋章』が関わる所に現れる。皇子の記憶の中で群
島、デュナンそしてグラスランド。おそらく帝国にも関わっているのだろう。道を示すものであり見届けるもの。
 言い換えればただ見ているだけ…。そんな考えに行きつき皇子は少しいらついていた。侍女はベトベトしていた。

 島に着き鬱蒼とした森へと入る。途中でモンスターが襲って来たがバレリアが見事な剣技で斬り払う。
 思わず皇子は感嘆の声をあげる。

 「すごいですね」

 「いえ。これくらいは……」

 そう言って謙遜した彼女だったが少し嬉しそうだった。頬が緩んでいる。横を見るとマクシミリアンもまた素晴ら
しい剣技を見せていた。バレリアは少し認識を改める。

 ただの変な人だと思っていたがやはり元騎士団団長だけのことはある。慢心してはならないな。

 皇子を見ると彼もまたモンスターを倒していた。彼の持っている剣は黒刀である。正史ではバルバロッサよりテオ
へと渡された剣だ。長年皇帝が使っていた愛刀である。お守りがわりに渡されたのだ。それを見ながらまた考える。

 師がマクシミリアン殿だけあって流石なものだ。考えてみれば父親は陛下か。筋がいいのも当たり前か。しかし…
…噂どうりなら皇子に人が斬れるだろうか…。いや今はこんな事を考える必要はないか。我々の任務は魔術師を連れ
戻すことだ………嫌がって逃げたのならどうしようか。……考えたくはないな。
 皇子が無理やり連れ戻すとは思わんが。マクシミリアン殿に至っては討つと言っているし。何をやってるんだろう
な……私は。

 「バレリア殿?」

 考えこんでいたバレリアにマクシミリアンから声がかかる。すぐに気付き考えこんでいた自分を恥じる。

 戦闘中に私は何を……。

 「いえ、申し訳ありません」

 そう言って目の前の敵を見ようとしたが既に終わっていた。

 「かっかっか! わしにかかればこんなもんですぞ!」

 老人が威勢よく声をあげる。倒した敵はひいらぎこぞうだが。

 「大丈夫?」
 
 皇子から心配そうな声がかかる。

 「いえ失礼しました。皇子」

 真面目な顔で答えるバレリアに皇子から思いがけない言葉が伝えられる。

 「皇子は辞めてくれませんか?」

 しかし……そう言いかけたが皇子の言葉はまだ続く。

 「ウィンディを探す旅をしているんです。この先街の中で皇子と呼ばれては問題が起こるかもしれません。ですか
  ら名前で呼んでいただけませんか?」 

 バレリアは少し戸惑う。自分が一国の皇子を呼び捨てにして良いのだろうかと。だが確かに無駄な問題は避けるに
越したことはないと思いその提案を呑むことにする。

 「分かりました。フェリクスと呼ばせて頂きます」

 敬語も辞めてくださいね。そう笑いながら言う皇子に苦笑いで答える。

 「わかった。フェリクス」

 「僕もバレリアと呼ばして頂きます」

 敬語使ってるじゃないか! と言うバレリアに癖の様なものですと答える皇子。そしてマクシミリアンは当然

 「どうしました!? 殿下!!!」

 聞いていない。侍女はベトベト……していなかった。ミリアが必死で拭いていた為ピカピカへと進化を遂げようと
していた。彼女達は森の手前で待機している。スラッシュが森へ入れなかった事と、ミリア達の任務はここまで皇子
達を運ぶだけだからだ。ようやく森を抜けると白い塔が見えてきた。


 魔術師の塔。扉を開けると階段があり登って行った最上階にウィンディの妹レックナートがいた。白いフードを被
り眼は瞑っているのだろうか開いてはいない。端正な顔立ちで手のひらを上に向け組んでいる。その姿は神々しさを
感じさせるものだ。

 「来ましたね。フェリクス・ルーグナー」

 驚きはない。分かっていたのだろう。皇子が来ることは。また皇子も驚いてはいない。予想していたからだ。どう
やっているかは判らないが見ていたのだろう。ウィンディが宮廷からいなくなった出来事を。

 「はじめまして。レックナート」

 声をかける皇子の声は刺々しいものだった。

 「貴方が何を思い、何を聞きたいかはわかっています」

 冷静な声で女は返す。そして続ける。

 「姉は帝国内にいるということしか私には判りません」

 そしてと

 「私はバランスの執行者。世界の行方を見届けるもの。それが私に与えられた役割」

 その言葉で皇子の眼は血走る。

 「貴女は姉を…」

 ギリッ!

 歯を噛む音が聞こえた。

 「…ウィンディを…助けようとは思わなかったんですか!?」

 怒声にも似たそれに女は静かに返す。

 「姉は私の『門』を狙っていました。その為、私はここに結界を張り隠れていたのです」


 『真なる27の紋章』には2つで一つの紋章がある。『始まりの紋章』は名前の通り創世の詩をかたどっている。
 『黒き刃』と『輝く盾』に別れお互い戦いあい勝った者にその力と不老を与える。『門の紋章』は唯一片方だけで
不老を与える。そして開く方、表をウィンディが、閉じる方、裏をレックナートが所持している。村を滅ぼされた後
ウィンディはレックナートの持つ『門』を狙った。だがそれは防がれウィンディは『生と死』を求めた。この事実は
フェリクスも思い出していないだけで知っている。


 「そんなことが聞きたいんじゃない!!!」

 叫べば叫ぶほどウィンディを愛しているという証明なのに皇子はそれに気付かない。自分の中にあるもやもやとし
た感情を抱えたまま叫ぶ。そんな皇子を見て少しだけ微笑みを浮かべ女は言う。

 「ありがとう。姉を愛してくれて」

 それはバランスの執行者ではなく家族としての言葉。皇子は更に怒って叫ぶ。

 「違う!!! 誰があんな奴のこと!!!」

 「なんですとぉ!!! あの女狐め!!! 殿下まで!!!」

 否定する皇子に対して空気の読めないマクシミリアンが大声で叫ぶ。
 その傍らでバレリアは静かに考えを纏めだす。

 『門』と言ったな。そして姉と。私達の任務はその姉を連れ戻すことだ。陛下が変わったのはウィンディ、その女
が来てからだ。だが居なくなった今でも圧政は変わっていない。とすると女は関係ない? だが竜騎士を呼ぶほどの
任務だ。フェリクスの言動から考えるに認めたくはないのだろう。愛しているということを。皇子が好きだから連れ
戻しに行く? だが『門』………分からんな。どうやら楽な任務ではなさそうだ。

 横で騒いでいる老人を見る。ため息が出た。老人を何とか取り押さえた皇子はレックナートに質問を続ける。

 「紋章の運命とは何ですか…?」

 暴れて落ち着いたのか先程までの粗い声ではなく小さく問いかけた。

 「私にはわかりません。私は見届ける者ですから」

 女の表情から笑みは消え能面の様になる。

 「その結果……ウィンディが……死んでもですか?」

 はい。と答える女に皇子はまた怒り出すかと思われたが、そうではなく下を向いて考えこんでしまった。女は黙っ
たまま皇子を見ている。そして皇子は顔をあげ眼を見て問いかけた。

 「貴女は何故ルックを助けたのですか?」

 顔こそ崩さなかったものの女は動揺した。ルックは先日彼女がハルモニアから助けだした少年だ。今はまだ眠りか
ら覚めていない。彼女はその罪でハルモニアから追われている。何故? と口に出そうとしたが皇子が未来のことを
予言することを思い出し言葉を出した。

 「貴方は未来が分かるのでしたね。真なる紋章を宿している訳でもないのに」

 「憐れに思ったから…でしたか?」

 女の言葉と重ねるように皇子は声を出した。

 「そして貴女は彼を止められずその後も見ているだけだった」

 少しだけ皇子の眼に怒りの色が見えた。そんなことを言われても女には何のことか分からない。だが同じ様に気付
く。

 「それは未来の話ですか?」

 皇子はただ首を縦に振った。

 
 『真なる27の紋章』には意思がある。所有者を選び争いの中で試すのだ。宿すだけなら出来ないことはない。だ
が真の力を出すことは出来ない。紋章に認められていないからだ。そんな人間を待っている訳には行かないし、己の
陣営に着くとも限らない。だから作り出した。『円の紋章』に認められしハルモニアの神官長ヒクサクは己のコピー
の魂と紋章を括った。そして生まれながらにして『真なる風』を使える者を作った。それがルックだ。

 彼は今より約20年後、グラスランドにて争いを起こす。自らの持つ『真なる風』を砕く為、100万の命を犠牲
にして。それは自分も死ぬということだ。そしてそれが彼にとっての運命への挑戦だったのだ。
 『真なる27の紋章』は時折遠い未来を見せる。彼は見たのだ。音も光も風もなにもない灰色の世界を。それはこ
の世界の終点。紋章と魂を括られ不老の呪いを受けた彼が行き着く場所。絶望したのだ彼は。紋章によって人の生死
を操られ何も変わらない世界に。そして紋章への復讐だったのだろう。『真なる紋章』はこの世界の根源だ。一つで
も失えばこの世界のバランスは崩れる。ひょっとしたら灰色の世界を回避する為だったのかも知れない。彼は結局失
敗した。その中でレックナートは彼を止めようとしたが、不完全な『門』では止めることは出来ず、その後も見てい
るだけだった。

 
 「役割なら最初から放って置けば良かったんだ。でも貴女は助けた。ならば最後まで付き合うべきだ」

 皇子とて会ったこともない少年の為に何故怒っているのかはわからない。これは前世の自分の思いなのだろう。道
具として生み出され死という結末を迎えた彼を憐れんでいるのだ。ルックが聞けば怒るだろう。傲慢だと。結末が何
であれそこには彼の意思があった。やり方が間違っていたとしても今の皇子に彼を止めることは出来ないだろう。

 「貴女は本当は紋章の運命を否定したいのではないのですか?」

 更に続ける。

 「紋章によって作り出されたこの世界の中で人は……人は紋章に操られるだけの存在ではないと」

 そこまで言い切った皇子に対して女は黙ったまま皇子の眼を見つめている。

 「そう……かもしれません」

 小さく頷く様に声を出した。

 「貴方はそれを証明するというのですか? 貴方は……誰なのです?」

 その質問の意図に皇子は気付く。『門』は異世界とこの世界を繋ぐ紋章である。何かしら違和感を感じていてもお
かしくはないと。もしかしたらウィンディも感じていたのかもしれない。だけど答えは決まっている。

 「僕はフェリクス・ルーグナーです。それ以外の何者でもない。運命なんかに負けてやるもんか!」

 はっきりと断言した皇子に女の顔に少し笑みが戻る。皇子は今までの会話からレックナートが協力することはない
だろうと見切りをつける。最後にルックを頼みますと言って部屋から出ていった。それは20年を共にしたレックナ
ートが最後までルックの側に入れば止められたのではないかという希望を信じたからだ。バレリア達が皇子を追いか
けて部屋から出ていった後、女は誰に聞かせるでもなく呟いた。一抹の不安を抱えながら……。



 「……信じる道ならば進むのでしょう。それは人のサガなのだから……」



 人は誰しも譲れないものを持っている。それは国であり家族であり友である。それらがぶつかり合う時フェリクス
はどうするのだろう? 今の彼はそれに気付くことも選択することも出来はしない。ただ帝国を父をあの人を救う。

 それだけを信じて……。















 ベトベトからピカピカに進化した侍女は森を抜けて帰ってきた皇子達を見て……















 ……羨ましがっていた。

 なんで名前で呼んでるんですか? あんなに楽しそうに……。私だって名前で………はっ!!! これはひょっと
したらチャンスじゃないんでしょうか。今私達は旅の仲間。皇子と侍女じゃないんです。つまり私が名前を呼んでも
何の問題もないと言うこと。これは神様がくれたチャンスなんです。そうに違いありません!二人の仲を進展させる
のです!!! なんて呼ぼうかな……。フェリクス…呼び捨ては駄目かなやっぱり。フェーちゃん……舐めてるとか
言われそう。フェリフェリ………むささびの名前みたい。思い切ってフェイレン………何か被ってる気がする。
 ロォォォイィィィ!!!とか叫びそうな気がする。なんだか涙が………違います!!! 皇子はあんなに卑しくあ
りません!!! っていうか全然関係ありません!!! はぁ……。



 侍女の悩みは続く。意味のわからない電波を受信しながら……甘噛みされながら……。


 


 


 



あとがき 補足
デュナンとはハイランド、都市同盟一帯の地域のこと 正史で起こるこの戦いはデュナン統一戦争と呼ばれている。
そのうち修正か追加で説明を入れると思う。真なる27の紋章を作中で真なる紋章と表示しております。
同じものです。




[30707] 第十五話 黄金と狂気
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/18 19:33
第十五話 黄金と狂気


 フェリクス達が旅立ってしばらくした頃帝都に一人の男が現れた。男の名はルカ・ブライト。ハイランドの狂皇子
である。突然の来訪に宮廷の者は驚き、慌ただしく走りまわる中、男はフェリクスが居ないことを知り不機嫌な面で
皇帝との謁見へと赴いた。玉座に座るバルバロッサを敬うなどいう気持ちは一つもなく食い殺さんと睨みつける有様
であった。横に居る使者は問題を起こすのではないのかと胸の動機が鳴り止まなかった。

 「はるばるようこそ。皇子」

 皇帝が静かだが威圧感のある声を出す。挨拶しているというのにルカは何も答えず、跪いているというのにどちら
が王なのか分からない。慌てた使者が声を出す。

 「はい!おひさしぶりです」

 本音を言えば婚姻など使者はぶち壊して欲しいと思っている。だがルカに暴れられては何が起きるか分からない。
 なんとか穏便に婚姻を取りやめさせようと声を出そうとした時であった。

 「……豚と言ったと言う話だが?」

 謁見の間にいる者の空気が凍る。発言をしたルカは少し顔をあげ試す様な眼でバルバロッサを見る。皇帝もそれを
受ける様にルカを見る。周りの者達が諌めようと声をあげる。

 「それはその…なんというか…その…」

 「どうなのだ?」

 そんな声には耳を貸さず、獲物を狙う獣の様な笑みで皇帝だけに問いかける。皇帝はしばらく黙っていたがゆっく
りと口を開いた。

 「事実だ」

 ザッ!!

 その瞬間ルカの姿が消える。一足飛びで皇帝の目の前により抜き放った剣で斬りかかる。狙うは首。豪腕から繰り
出されるその一撃は確実に首を落とすだろう。周りの者は声を出すこともなく事態が飲み込めない。












 しかし剣は首の手前で止まった。そして皇帝を殺意のある眼で睨む。皇帝はまばたきをすることもなくルカを睨ん
でいた。その眼に怯えは見えない。二人は睨み合ったまま沈黙が時を支配する。そして…













 「フハッハッハッハッハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!」

 ルカは笑い出した。顔を歪め見たこともないような笑顔で。これは嘲笑などではない。歓喜だ。彼は初めて出会っ
たのだ。自分に並ぶ者に。この二人は似ていた。一人の女の為に国を滅ぼそうとしたバルバロッサ。正史において辱
められた母の贖いを都市同盟全土の血で求めたルカ・ブライト。どちらもたった一人の女の為に全てを犠牲にできる
者。ルカは嬉しくてしょうがなかった。使者がようやく声をあげたが構わず笑い続けた。またバルバロッサも臣下を
抑え自由にさせた。一しきり笑い終わった後、また獣の様な笑みを浮かべ言い放った。

 「よかろう。くれてやる!」

 「ルカ様!何を!?」

 使者が意味に気付き止めに入るが時既に遅く

 「よいのか?」

 「二言はない。ジルをくれてやる」
 
 二人の間で婚約の約束は交わされた。皇帝も嬉しかったのかも知れない。同類に出会えたのだから。ルカは剣を収
め挨拶もなしに謁見の間から出て行く。慌てた使者が後を追う。そしてまた笑い出した。


 「フハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」

 面白い。面白いぞ。あの男は!どうなる。敵に回すのもいい。
 ただの暇潰しのつもりだったがあの様な男がいるとは……。運命とでも言うのかこれを……。

 そこまで考えたルカだが立ち止まり、笑うのを辞め表情が険しくなる。

 俺は今何を考えた!? 運命!? 運命だと!? ふざけるな!!! そんなものに俺は縛られない!
 俺を導くのは俺だけだ! 運命などというふざけたものが俺の前に現れるなら踏み潰すだけだ!!! 

 母のことを思い出したのだろうか。その背には怒りが見えた。謁見の間では皇帝の周りに臣下達が寄りあの様な無
礼者とは……と声をあげるが皇帝は落ち着いた声で言う。

 「こちらにも非礼はあった。これでなしだ」

 そしてこれもウィンディの望みだったから。言葉には出さず婚約の発表を臣下に促す。それでも食い下がる臣下を
退出させた後一人の男を呼んだ。

 「サンチェス」

 「はい」

 現れた男は白い髪を七三分けにし猫の様な大きな眼と大きな鼻でスーツを着込んでいる。

 「解放軍はどうなっている?」

 「既にアジトはつきとめています」

 そうか。とだけ声を返し考えこんでいる様な皇帝に声をかける。

 「潰さなくて良いのですか?」

 「まだよい」

 疑問に思った男に皇帝は、はっきりと告げる。それにと

 「あの男がやるだろう」

 婚姻を結んだのだからなと。そうしてまた皇帝は黙り込んだ。ウィンディが居た時と何も変わらぬまま……。










 その頃ユーラムは船の補給で寄った島で絡まれていた。空は快晴、海も透き通っているというのにその一角だけが
淀んでいる。

 「ですから……聞いてくださいよ。……父上ったらひどいんですよ」

 彼に絡んでいるのはベルナデッド。長い黒髪を上げ後ろに流し女なのに男らしい。豊満な胸は女らしさを強調して
いるが着ている服は女らしいとは言えず海の男という感じだ。お肌は曲がり角である。彼女の話題の中心は殆ど父親
のことだ。彼女は群島諸国連合の中核であるオベル王国からやって来た。群島諸国連合は小さな島々が集まり連合体
を形成している。約150年前に成立したものだ。この結束は強く都市同盟とは比べものにならない。彼女の父親は
スカルド・イーガンと言い連合総艦隊司令官を努めている。旗艦の名はリノ・エン・クルデス。150年前の戦争時
の国王の名前を取ったものだ。彼女はその七女にあたる。そんな彼女が何故ここにいるかというとユーラムと理由は
同じなのだが詳しくご覧いただこう。


 















  スカ「もはや帝国の暴虐は見逃せぬ!!! 退治してくれる!!!」

  ベル「辞めてください!! 私が行きますから!!!!」

 みんな「どうぞ! どうぞ! どうぞ!」 
 
 たぶんこんな感じだろう。要は押し付けられたのだ。彼女は性格上いつも損をしている。そしてその愚痴をユーラ
ムにぶつけているのだ。彼らファレナでの内乱で共に戦った仲間である。ユーラムは殆ど何もしていないが。

 「こないだだってすぐ問題を押し付けて……。それに帰るたびに結婚しないのかって聞いてくるんですよ…………
  私が困ってるの見て喜んでるんですよ………絶対。………だいたい今度のことだってああ言えば私が行くと思っ
  て言ったに決まってます。……ああ…なんかもう気が参ってきた………。……これが……私の運命……」

 目の前で欝だ。死のう。というベルナデットを前にしてユーラムの受難は続く。  


 運命に抗う者、否定する者、従う者、様々な者の思いを乗せて帝国は新年を迎えた。

 帝国暦555年1月の事である。








あとがき 
私はもう謝らない。




[30707] 第十六話 解放軍
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/23 17:07
第十六話 解放軍


 帝国には中央にトラン湖という大きな湖があり帝都グレックミンスターはそこより北東に位置する。トラン湖より
北西にはジョウストン都市同盟との国境があり、モラビア城にはカシム・ハジルが詰めている。南西はミルイヒの治
める領地と旧クールーク皇国の領地を吸収したものである。トラン湖の水上はソニアが水軍頭領として指揮を取って
いる。テオは有事の際に各地に派遣される。そして南東にあたる地域は鉄壁の異名をとるクワンダ・ロスマンがパン
ヌ・ヤクタ城で睨みをきかせている。この地方は山と森に囲まれ豊かな自然と共に亜人種が多く住んでいる。そこに
ある小さな村の秘密基地で解放軍は会議を行なっていた。

 「エルフ達はどう?」

 「駄目だな。話を聞く気すらない。人間の争いには関わりたくないとよ」

 声を出したのは解放軍のリーダーであるオデッサ・シルバーバーグ。赤味のかかった真っ直ぐな髪を下ろし額にサ
ークレットを付け赤いマントを羽織る姿に気品を感じる。耳につけたイヤリングは恋人からの贈り物だそうだ。その
眼には揺るがない意思が見える。手を上げ降参ですと言わんばかりのボーズを取ったのはビクトール。ボサボサの黒
髪に黄色い服の腕の裾をめくり上げたくましい筋肉が存在している。風来坊なこの男はまるで熊のようである。

 「ドワーフやコボルトは?」

 「そっちも駄目だな。ドワーフもコボルトもエルフと同じ様な答えしか返さない」

 帝国領にはこの三種の亜人が住んでいた。エルフは長い年月を生きる。そして高い頭脳から人間を見下している。
 ドワーフは自らの作り出す数々の兵器に驕っている。コボルトは争いを嫌うものが多く関わろうとはしない。全て
がそうではない。ジョウストン都市同盟にあるトゥリバーにいるコボルト達は勇敢だ。だが帝国にはあまり多くは居
ない。そして人が彼らを嫌う様に彼らもまた人間を嫌っている者の方が多い。仕方のない話なのだろう。継承戦争よ
りたった9年。人は小さな争いを繰り返し何も学ばない。彼らに自分たちは帝国の民であるという意識は低く好き勝
手に暮らしている。帝国が本気で争いを仕掛ければすぐにでも彼らは殲滅されるだろう。それをしないのは利益が薄
いからだ。エルフは叩き潰した所で帝国の言うことを聞くとは思えない。ドワーフは下手に突っつくとその自慢の兵
器を持ち出すかもしれない。コボルトは言うことは聞くだろうが、使い捨ての駒にしかならない。下手をすれば反乱
を起こす。人間の力では彼らを抑えるのは難しい。そういう訳で帝国は街に近づかない限り彼らを放っている。

 「困ったものね……」

 ため息をつきながらオデッサは話を続ける。

 「帝国を倒すには戦力が足りなさすぎる……」

 「地方で反乱を起こしたのはいいがすぐに鎮圧されちまったしな」

 右手で頭を掻きながらビクトールがぼやくように答える。

 「フリック達は大丈夫かしら………」

 「あいつは悪運だけは強いから死にはしないと思うがな」

 そう言われてもオデッサは恋人である彼への心配は尽きない。しばらく机に座る二人に重い空気が流れた中、音が
聞こえた。

 タッタッタ!

 階段を降りる音だ。二人はすぐに立ち上がり体勢を整え扉の向こうの人物を警戒する。もしフリックが捕まったの
なら、ここがばれていてもおかしくはない。オデッサだけでも逃がすとビクトールの剣を握る力が強くなる。

 



 緊張状態は続かなかった。

 「俺だ。フリックだ。開けてくれ」

 その声を聞いて二人の顔に安堵が見える。すぐに開けようとオデッサが近寄るがビクトールはそれを止めた。何故
止められたのか分からずにビクトールの顔をオデッサは見上げる。

 「合言葉を言え! お前がフリックだという証拠はない!」

 にやにやとしながら言うビクトールになぜか嫌な予感がオデッサに走る。

 「はぁ!!! 合言葉って! 決めてねぇだろ。そんなもん」

 「いいや。決めた。言えないってことはお前はフリックじゃないな」

 扉の向こうではフリックが混乱しているのだろう。声が荒くなっている。

 「だいたい声で分かるだろ。そうだろうオデッサ?」

 問われたオデッサはその通りだと声をあげようとするがビクトールが口元に人差し指を立てている為、取り敢えず
静観することにした。後に後悔する。

 「脅されているかもしれん。声だけでは証明できないぞ」

 「脅されてるって……だいたいハンフリーも一緒にいるんだ。なぁ」

 フリックは横にいるというハンフリーに助けを求めたが




 「………………………………」

 「何か言えよ!!!」

 何も答えは帰って来なかった。それを聞いてオデッサも理解する。からかっているのだと。しかし彼女が笑えるの
はここまでだった。











 「ならお前がフリックだという証拠の為、お前の剣の名前を言ってみろ!」

 笑いながら言うビクトールにオデッサとフリックの顔が引きつる。

 「どうした? 言えないのか? 戦士の村の出身は剣に大切な者の名をつけるんだろ」

 しばらく無言が続く。




 「てめー!!! 何言ってやがる!!!」

 扉の向こうから怒声が聞こえた。オデッサは顔が赤い。

 「てめー。それがお前の愛する者の名前なんだな」

 「ふざけんな!!!」

 扉を挟んで寸劇は続く。

 「オデッサ。残念だがフリックはお前を愛してはいなかったようだ」

 真剣な顔で言うビクトールに対し、あのねと顔を赤くしたオデッサが言いかけた所で扉の向こうから声が聞こえた

 馬鹿でかい声が。









 「オデッサだよ!!!!! オデッサ以外見てもいねーよ!!!!!」

 また静寂が訪れた。











 「はっはっはははははは!!!!!」

 笑い声をあげながらようやく扉をビクトールは開けた。そして殴られた。顔を茹でダゴにしたオデッサが顔をはら
したビクトールに言う。

 「こんな時に何をもう……」

 あまり説得力はない。

 「こんな時だからこそだろ。大概の事は上手く行くと思っていた方がいいんだ。それに暗い気持ちで会議をしても
  いい案は出てこないぞ」

 まだ殴られながらもビクトールは諭す様に言った。まだ顔が赤いオデッサだったがビクトールの心づかいに気付き
それ以上の追求を辞め気持ちを切り替える。

 「そうね。ありがとう。ビクトール。よく戻って来てくれたわ。フリック、ハンフリー」

 殴るの辞めフリックもまたオデッサを見る。その姿は青い。以上。
 

















 失礼。軽戦士の服を纏いすね当ては青い。マントも青い。何故か髪は茶色だ。それを青いバンダナで巻いている。
 鼻も高く眼も小さくはない。かなりの二枚目なのだが運は悪そうに見える。青雷と自分で名乗っているらしい。恥
ずかしいことだ。雷の紋章を使うからだ。その後ろで寸劇を黙って見ていたのがハンフリー。黄色に近い刈り込んだ
髪と細い眼。簡単な鎧を着てはいるもののマントの上から背負った大刀が存在感を強調している。無口な性格で殆ど
喋ることはない。

 「ああ、すまない。何人か捕まっちまった」

 悔しそうにそう言うフリックに対して気持ちを切り替えたオデッサは優しく言う。

 「大丈夫。反乱の芽は確実に育っているわ。貴方達も帰って来てくれた。まだまだこれからよ」

 そしてハンフリーの方を見る。彼は無言のまま頷いた。ビクトールは皆の気持ちを上げようと声をあげる。

 「そうさ! まだこれからだ。帝国の圧政にみんな嫌気がさしている。俺たちで帝国を倒すんだ」

 場が明るい空気になる。フリックは簡単に言うなよと思ったが口に出すことはせず、オデッサを見た。彼女を見て
いるとすべてが上手く行く気がした。そして心に再び誓う。
 
 俺はオデッサの剣であり盾だ。彼女の道を塞ぐものはすべて俺が斬る。この剣、オデッサの名にかけて。

 そんな彼を見ていたオデッサから声がかかる。

 「私の為に死ぬ様な真似は辞めてね。フリック」

 顔に出ていただろうか。そんなことはしないと言った後また考える。

 オデッサと俺の命、比べるまでもない。お前は解放軍の希望だ。
 もしそんな状況になったら間違いなくお前を生かす。ビクトールもいる。ふざけた奴だが腕は確かだ。オデッサが
死ぬことだけはあってはいけないんだ。

 「帝国が平和になっても貴方がいないのは嫌だよ」

 また顔を少し赤くしたオデッサが告げる。フリックは敵わないなと思いながら声を出す。

 「大丈夫。俺もオデッサも生き残るさ」




 二人の世界に入った彼らをビクトールが茶化す様に言う。

 「お暑いことで。まだ昼間だぜ」

 二人が真っ赤なトマトの様になる。必死で否定しようとしているがやはり説得力はない。ビクトールは更に茶化す
ように言う。

 「フリック。お前さんは先走る癖がある。結婚もいいけどまずは目の前のことを考えてくれよ」

 更に二人揃って反論するがビクトールは相手にしない。そこで黙ったまま壁に寄りかかり腕を組んでいたハンフリ
ーが初めて声を発した。

 「………誰か来る」

 その言葉で先程までふざけていた彼らも状況を把握し再び警戒体勢へと移る。オデッサを守る様にフリックが前に
出る。


 カッ カッ カッ


 フリック達の様な駆ける音ではなくゆっくりと歩いてくる音だ。扉の前でその音は止まった。








 「私です。開けて下さい」

 扉の向こうから聞こえてきた声にオデッサ達は息を吐く。扉を開けオデッサが声をかける。

 「どうしたの? 急に?」

 入ってきた人物は彼らと同じ解放軍の仲間であった。ここにいる五人が結成初期のメンバーである。暗い顔をしな
がら男は言う。

 「悪いニュースです。帝国とハイランドの婚約が成立し同盟国のため反乱を鎮圧するという名目で皇子であるルカ
  ・ブライトが任にあたるそうです」

 「ハイランドが介入するっていうのか!!!」

 大声をあげたのはフリックだ。ただでさえ戦力が足りないのに! そう思いながらオデッサを見る。彼女は顎に手
を当てたまま何かを考えている。

 「それはどのくらいの規模なの?」

 「本体ではなく、彼が動かせる直属部隊のみだそうです」

 確かめる為に声を出したオデッサに男はそう答える。この時点でルカの情報など彼らは持ってはいない。

 「それなら何とかなりそうだな」

 「簡単に言うなよ。ビクトール」

 あけっらかんとしたビクトールをフリックが睨みつけ抗議する。

 「どうせやることは変わらないんだ。落ち込んでもしかたねぇってさっきも言っただろ」

 「そうね。たとえハイランドだろうと私達のやることに変わりはないわ。
  私達は民の為に戦っているのだから」

 ここは任せることにするわ。そう言いながら出て行こうとするオデッサに後ろから声がかかる。

 「どこ行くつもりだ?」

 「この状況を打開してくれる人を連れに行くの。兄を……マッシュの所に」

 軍師か……。ビクトールが呟くように言った。エルフ達の事は任せることにするわ。
 入ってきた男を見てそう言う。

 














 「お願いね。サンチェス」

 はい。と答えフリックが追う様に出て行った後で会議を開始した。帝国と解放軍。そしてハイランド。ぶつかり合
う日は確実に近づいていた。





[30707] 第十七話 忘れえぬ記憶
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/21 20:19
第十七話 忘れえぬ記憶


 魔術師の島を後にしたフェリクス達はミリアと別れ、帝都の南西にあるレナンカンプという街で宿をとっていた。
 この街は中央にけやき亭という大きな宿がある。彼らが街に着いた時、一組の夫婦が娘を探す旨のビラを配ってい
た。何でも冒険が私を呼んでるの! 待ってて。ジュッポおじさん! と言ってその少女は家を飛び出したらしい。
 皇子はそのビラを見て誰のことか想像はついたが無視することにした。
 特に関係ないし大丈夫だろうそう思いながら。

 皇子の顔はやはり殆ど知られてなく騒ぎが起こる様な事は無かった。マクシミリアンも名前で呼ぶ危険性に気付き
殿下と呼ぶことは止めていた。敬語は辞めなかったが、正義さえ絡まなければ話はちゃんと通じるのだ。宿に入った
彼らが通されたのは年期の入った大きな時計のある部屋だった。

 「これからどちらに向かいますか?」

 少し敬語口調になってしまったバレリアにベットに腰掛けている皇子は答えを返す事なく悩んでいた。

 どこに行けばいいんだろう。帝国内にいるという事しか分からなかった。帝国領は広い上に近づけた所で逃げられ
る可能性だってある。かといって闇雲に探し回っても……。

 言葉を返さない皇子に敬語はまずかったと不安になったバレリアが恐る恐る声をかける。

 「あの……フェリクス? どこに行くつもりなんだ?」

 「……あ。すみません。考え事をしていたもので」

 顔を見て答えてくれた皇子にほっとしながら続ける。

 「そうか。手がかりはなかったからな。悩むのも無理はないな」

 「はい。どうしていいものか……」

 落ち込んでしまった皇子にマクシミリアンが声をかける。

 「でしたら、帝国領内を見まわってはいかがです? 民がどの様な生活をしているか見るのは上に立つ者の義務で
  すぞ。それに何か情報が集まるかもしれません」

 思いがけずまともなことを言った老人に二人の顔がア然とする。しかし情報と言われて皇子は少し考えを変えるこ
とにする。

 解放軍はどうなっているんだろう。鎮圧されたといっても全てが捕まった訳でもないだろう。なんとか彼らに接触
したい。話せば分かるはずだ。

 そこまで考えてふと部屋にある時計が目に入った。気になる。何か重要な事の気がする。立ち上がり時計へと近づ
く。触っても動くことはなくただ時を刻んでいるだけの時計。しばらくそうしていた皇子にバレリアから心配そうな
声がかけられた。

 「フェリクス……? 時計がどうかしたのか?」

 「……よくわからないんですけど。何故か……悲しいんです」

 全く意味のわからない言葉を発しながら皇子は時計を確かめる様に触っていた。老人もつられて触って見るが、や
はり何の仕掛けもない時計だ。だが老人は気付く。

 「フェリクスは昔から変なことをしていましたな。薔薇園に無断で進入して何をするでもなく、ただ空を見ていた
り、皇子なのに鎧に隠していたへそくりを盗んだりして」

 他にもと言おうとした老人を覚えていないと言って皇子が止めに入る。バレリアは二人を見ながら考える。

 これもまた予言ということなのか。未来が見えるとあの女は言った。今は何もないこの時計にも何か意味があると
そういうことなのか。ならば私の未来も……?

 皇子が気になった何の仕掛けもない時計。それは正史では解放軍のアジトへの入り口。この時点では何もない。
 そしてオデッサがその意思を託して死んだ場所。今はただ時を刻む。











 
 一晩が立ち彼らは結局老人の言葉どうり各地を見て廻ることにした。目指しているのはクワバの城塞だ。トラン湖
を中心に帝国領をぶった切る様に南東に走る城壁の門である。ここは帝都守備隊長アイン・ジードが管理を任されて
いる。何日か野宿と戦闘を繰り返しようやく門の前に来た皇子の頭に浮かんできたのは一つの名前だった。

 










 ―シュトルテハイム・ラインバッハ3世―

 なんだこれは? そう思いながらこの名前を記憶から探る。

 シュトルテハイム・ラインバッハ3世。それは約150年前に群島諸国の一つ、ミドルポートに居た人物である。
 代々この島の領主を努める家だが父と対立し群島解放戦争に参加した。彼はいわゆるナルシーといわれる存在であ
る。要は派手な格好をして妙な言葉遣いをする貴族達のことだ。ミルイヒもこの項目に当てはまる。彼らは薔薇の胸
飾りをしているので見分け易いだろう。船酔いし易いらしい。

 浮かんできた本当にどうでもいい情報に皇子は頭が痛くなる。なにより今彼は衝動に襲われている。

 言え! 言えよ!! 自分はシュトルテハイム・ラインバッハ4世だ!!! って言えよ!

 別に名前を名乗る必要など何処にもなく通行証だって持っている。
 なのに何故か名乗らなければいけない気がする。だから言ったんだ。
 本当は言いたくなかったけど門番に向かって。

 




 「シュトルテハイム・ラインバッハ4世だ!!!」











 肌寒い風の吹く音だけが辺りに響いた。










 しばらく凍っていた時から覚めた一同は皇子を憐れみの眼で見ていた。壊れてしまったと。マクシミリアンが優し
く声をかける。

 「大丈夫ですぞ。わしがついております」

 バレリアもまた可哀想な目で

 「ああ。すぐに見つかるさ」








 ……くやしかった。

 ただ、くやしかった。









 そして侍女は……










 悩んでいた。彼女が悩んでいるのはバレリアのことである。

 何でしょうか……。
 バレリア様が皇子じゃなくて4世様のことを呼ぶ時に湧き上がるこのイラッとした感情は……。ミルイヒ様が付き
合ってるってっ分かった時は祝福しようとしたし皇子が幸せならいいと思ったんですけど……。
 あ! また名前を……。なんだかムカムカしますね。私はバレリア様が嫌い……?それはないですね。バレリア様
はお綺麗だし、お優しい。それにお強い。なんでもカナカンという所で剣の腕を磨いたそうです。ライバルにアニタ
さんって方が居て張り合っているそうです。それを兄弟子のベルクートさんが止めに入るんですけど、二人で協力し
て退治するそうです。なんだか兄妹みたいですね。お兄ちゃん元気かな……。隼の紋章は免許皆伝の証みたいなもの
だそうです。私も紋章を宿そうかな……。魅惑の紋章がいいな……。そしたら4世様もきっと……。













 そして数日後、帝都より一つの発表があった。赤月帝国皇子フェリクス・ルーグナーとハイランド王国皇女ジル・
ブライトの婚約の発表である。そしてこれに基づき同盟を結ぶと。この情報を受けてジョウストン都市同盟もまた動
きだす。グリンヒル市長の娘テレーズ・ワイズメルは盟主であるミューズ市の若手では一番との呼声高いアナベル議
員のもとを訪れる。都市同盟を纏める為に。帝国の混乱から始まった新年は激動の予感を感じさせていた……。


 









補足
シュトルテハイム・ラインバッハ4世。クワバの城塞を通る時の偽名イベントがあるため。みんなこれを選んだと信
じている。1をやっていない方はここから名前があったのだよ。

追加修正
第十四話
彼の持っている剣は黒刀である。正史ではバルバロッサよりテオへと渡された剣だ。
長年皇帝が使っていた愛刀である。お守りがわりに渡されたのだ。
第十六話
オデッサ
耳につけたイヤリングは恋人からの贈り物だそうだ。
フリック
青雷と自分で名乗っているらしい。恥ずかしいことだ。雷の紋章を使うからだ。

あとがき
次は新年と言ったがあれは嘘だ。私はすぐ謝る。十四話は失敗だと知っているが修正する気はない。レックナートと
ルックの解釈が違うという場合は修正する。あとがきをそろそろ消す。OsEditor2の無料期間が終わりそうだ。
女と別れたからフリックもオデッサも皆死ねばいいんだとは思ってはいない。ムシャクシャしているだけだ。



[30707] 第十八話 打ち込まれた楔
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/23 17:06
第十八話 打ち込まれた楔


 ミューズ市。都市同盟の中で一番の発展を誇り道具屋、武器屋、紋章屋など様々な建物が立ち並ぶその一番奥に市
庁舎はある。一度グリンヒルに戻っていたテレーズはここの一室でアナベルが来るのを待っていた。机を前に椅子に
座り長い金色の髪を下ろしはっきりとした顔立ちで両手を膝の上に置いている姿には深窓の令嬢という言葉がよく似
合う。そのすぐ後ろには一人の男が立っている。名前はシン。蛇使いのような黄色いターバンを頭に巻き大きなピア
スを耳につけている。橙色の服に青い腰布。何より眼を引くのが禍々しい蜘蛛の様な作りをした剣の柄とその背中の
蜘蛛の文様だろう。彼はテレーズの護衛として同行している。

 「遅くなってすまないね」

 扉を開けて入ってきた大女が申し訳なさそうに声を出す。その後ろからもう一人男が入ってきた。

 「アナベル様も忙しいのです。申し訳ありません」

 「様はいらないっていつも言ってるだろう。まったく」

 男を叱る様に声をだしたのが議員の一人であるアナベル。パーマの当たった髪を纏める様に青いバンダナを巻き、
肩が見えるようなジャケット。お世辞にも議員とは言えない格好だ。むしろ盗賊や海賊の女頭領と言った方が似合っ
ている。

 「いえ、私が尊敬しているのですから……」

 「ああ……もういいよ。まったく」

 アナベルを呆れさせているのはジェス。ちゃんとしたシャツを着て黒いベストを羽織り手には書類の束を抱えてい
る。堅物な優等生という感じだ。机に腰掛けたアナベルはテレーズに向けて芯のある声をだす。

 「言いたいことは分かっているよ。帝国とハイランドの同盟だろ」

 「はい。都市同盟はなんとしてもここに入り込まなければなりません」

 頷きながらテレーズは声を返した。

 「あいつら頭が固いからね。アレク殿も苦労なさってる。過去より今だろうに」

 「対立なんてことになれば間違いなく都市同盟は滅びます」

 確かめるように二人で声を交わしながらアナベルはジェスを見る。

 「ジェス。貴方の意見は?」

 「三国での同盟を結ぶべきでしょう。対立はまず考えられませんし、不利な条約を結ばれたとしてもアナベル様が
  居ればどうにでもなります」

 手をあげアナベルが言う。

 「過大評価だね。あぶないよ。そういうのは」

 「いえ、正当な事実に基づいた意見です」

 しかしジェスの意見が変わることはない。

 「私もそう思います。都市同盟は貴女のもとで纏まるべきだと」

 テレーズがジェスに同調するように言ったため少し言葉に詰まりながらアナベルは声を出す。

 「私が纏めるかどうかは置いといて同盟には私も賛成だ。さっきまで市長を説得してたんだがなかなか、はいとは
  言ってくれなくてね」

 遅れたのはそのせいさ。そう言いながらアナベルは眼を細める。彼ら市長達は怖いのだ。同盟を結んだ時の市民の
反応と追求が。確かに恨みはある。だがなにより自分が権力の座から引きずり降ろされることが怖いのだ。だから、
なあなあのままでずっと引き伸ばしてきた。しかし時間はもう無い。

 「僭越ながら私に策があります」

 神妙な顔で話を切り出したのはジェスだ。こういう時はあまりアナベルにとってはいい意見ではない。

 「市長達に金をばら撒きます。彼らは所詮、俗物です。すぐに意見を変えるでしょう」

 「ジェス……」

 また呆れて声をアナベルが出す。しかし怯むことなくジェスは続ける。

 「アナベル様がこの様な手段を嫌っているのは知っています。しかし今は都市同盟のことをお考えください。この
  まま、あの老害どもの日和見をただ見ている訳にはいかないのです」

 アナベルとて考えていなかった訳ではない。その程度のことを考えつかないほど浅はかな女ではない。ただ清廉で
あろうとする彼女の良心と市長達を信じたいという気持ちがあったのだ。皆、都市同盟のことを考えていると。しか
しジェスは違う。市長達の心に潜む欲に気付き、あえてアナベルに嫌われようとも意見をだす。彼は都市同盟の発展
を願っているだろう。だがその忠誠はアナベルのもとにある。これがアナベルの望みだと知っているから。テレーズ
の傍らに無言のまま立つシンと同様に。何のことはない。愛し方と在り方が違うだけで彼らもまた馬鹿なのだ。


 「どうか今回だけは私の意見をお聞き入れください」

 部屋の中が静かになる。皆、アナベルの答えを待っている。そして彼女はゆっくりと答えをだした。


 



 
 「わかったよ。今回はその意見に従うことにしよう」

 だがと睨むように

 「私の知らない所で勝手なことをしないでくれ。どんなことでも私に知らせろ。お前が私の部下だというのなら従
  ってもらうぞ」

 はいと答えたジェスだが本心は違う。

 アナベル様の為になるなら私は何でもしよう。例え蛇蝎の如く嫌われたとしても構わない。それが私の役割なのだ
から。

 心にアナベルという楔を打ち込んだままジェスは動く。それは正史においてアナベルの死という結末を迎えた。こ
の物語には関わるのだろうか。運命は動き始めたばかりだ。まだ彼女の結末は決まってはいない。


 「で? 誰にやらすんだい?」

 「フィッチャーが適任かと」

 ジェスの出した男の名にアナベルは頭を唸らせる。フィッチャー。こういう時はいつもこの男だな。口の上手い男
で身も軽い、適任ではあるが……彼の人生を考えると……。

 「アナベル様。人には役割があります。この任務で彼以上の適任はおりません。彼自身も納得しています」

 苦い顔をしていたアナベルにジェスが後押しをかける。それが自分の役割だと。

 「わかったよ。あんたに一任する。私はアレク殿と協力して都市同盟を纏めよう。
  テレーズ。あんたはどうするんだい?」

 顔をテレーズに向け問いかける。

 「私はキャロの街にいるジル・ブライトを訪ねようと思います。彼女は戦争など望んでいないでしょうから」

 「ジル・ブライトはまだ11歳になったばかりの子供だろう? 彼女に何の権力もないだろうに?」

 「都合のいいように抱き込むということですね」

 ジェス……。アナベルが暗い声を漏らす。彼女は謀略となると鈍くなる。それはけっして悪いことではない。戦争
中でなければだが……。志しだけでも力だけでも人はついて来ない。
 正史においてその力故に裏切られたルカ・ブライトの様に。

 少し緊迫した空気が流れた中でテレーズに対する視線が厳しくなる。

 「そこから帝国との和平を探るか。帝国との同盟は断られたのかい?」

 「いえ。まだ検討中だそうですが、上手く行かなかった時を考えてです。
  私は私の出来ることをするしかない……」

 アナベルの問いに答えたテレーズもまた暗い顔をしていた。自分たちの為に子供を利用する。どんな言い訳をしよ
うとそれは変わらない。罪悪感を国の為という名のもと押し込める。
 本当はそんなものを持つ必要などどこにもない。だが彼女達はそれを捨て切れない。
 そこに人は惹きつけられるのだ。オデッサもまたそれを持っている。そして運命はそこにつけ込む。何の意味もな
いと嘲笑うように……。

 「そうかい。私も上手く行かなかった時のことを考えないといけないね」
 
 そうだ。今は都市同盟だと思いながらアナベルは声を出した。では都市同盟をよろしくお願いしますと挨拶をして
テレーズは部屋から出ていった。それを追うようにシンも。部屋に残されたアナベルは帝国のことに考えを寄せる。
 解放軍が動きだし鎮圧されたということを。









 「勝手に死ぬなよ。ビクトール……」

 呟いた言葉にあった意味は愛情だろうか。それとも友としての言葉か。彼女にしかわからない……。ジェスは複雑
な心境で彼女を見ていた。













 同刻、帝都グレックミンスター

 テオ・マクドールの家の前から音が聞こえる。カンッ カンッという固い物をぶつけ合っている様な音だ。棍を握
り打ち込んでいるのはテオの息子であるティル・マクドール。黒髪に緑のバンダナを巻き必死に打ち込むその姿はテ
オの力強さを想像させる。慣れない棒術に四苦八苦しながら受けているのはテッド。茶色の髪と青い魔導師の服。そ
して右手の手袋の下に隠すようにある『真なる27の紋章』の一つ『生と死を司る紋章』 通称『魂喰い』 ソウル
イーターを宿した少年だ。その眼にあるのは戸惑いだった。

 彼は帝都に連れてきてから何度か出て行こうとした。現にテオの家に住むことはなく近くの部屋に住んでいる。だ
がいつもテオの家の者に見つかり説得されてしまうのだ。当たり前の話ではあるのだが。彼はいつも見つかるように
動いていたのだから。本人は自覚していないだろう。ウィンディに村を滅ぼされた後、各地を転々とし逃げ回ってい
た彼に差し伸べられた手は暖かすぎたのだ。ここに居たいと思わせるほどに。理性はそれを否定する。いけないこと
だと。矛盾を抱えたまま彼はここに居た。

 彼が逃げなければいけない理由はその右手にあるソウルイーターにある。名前の通り他者の命を食らうのだ。親し
き者であればあるほど紋章はそれを食らう。呪われしこの紋章を宿すことを余儀なくされたテッドは300年の間、
世界を彷徨った。ウィンディに襲われることも怖かった。だが何より自分のせいで人が死ぬのが怖かったのだ。

 
 「やるね。本当に棒術は初めて?」

 ティルが打ち込みながら声を出す。

 「初めてだって言ってるだろ」

 そう言いながらテッドも棍を振るう。ここに来てから距離を取ろうとしていたのだが、それを崩す様に踏み込んで
くるティルに悩みながら彼は生活していた。この手合わせも稽古相手がいないから、やってくれないか? そう言わ
れ世話になっている為、断りずらく渋々引き受けてしまったのだ。相手が居ないなんて嘘だろ。口には出さず。彼に
は戦いの経験がある。いくら慣れない棒術とはいえそう簡単に遅れは取らない。そう思っていた。

 「へっ!?」

 打ち込んだ瞬間、目に見えたのは固いタイルの地面。気づけば空が見えた。赤く染まりかけた空が。

 テッドが打ち込んだ棍はティルの持つ棍によって逸らされ、前のめりになったテッドはそのまま棍の反対側で足を
掬い上げられたのだ。一回転しながらドォーンという音と共に大の字になって地面に横たわるテッドは恨みがましい
声を出す。

 「素人に……ここまでやるか……」

 「ごめん。つい……」

 そう言いながら大丈夫とまたティルは手を差し出した。それを見てテッドの頭をよぎったのはまた銀髪の青年。名
をアルドという。今より150年程前の群島解放戦争にテッドは参加していた。紋章の運命を呪い100万世界に逃
げていた彼は導かれる様に出会った。『償いと許しを司る紋章』 通称『罰』を持つ少年に。彼は群島の人々の為に
今は亡きクールーク皇国と戦っていた。同じように呪われし紋章である『罰』は宿した者自身の命を食らう。継承者
が死ねば紋章の意思によって身近な者に取り付く。彼は自分の命を削りながらも戦い紋章に認められた。

 そんな彼の仲間達の中にアルドは居た。人との触れ合いを怖がり近づいてくる相手にはそっけない態度を取ってい
たテッドを心配し何かと世話をやこうとする青年だった。戦争が終わり一人で旅立ったテッドを追うように彼は付い
て来た。口では嫌だとは言いつつその優しさに心は慰められていた。だが……彼は死んだ。
 それが『ソウルイーター』によるものなのかは分からない。だけどテッドはそう思った。また自分のせいで人が死
んだと。『罰』を持つ少年に出会った時、心に誓った紋章の運命から逃げないという言葉も忘れまた逃げた。100
万世界に逃げ込まなかったのはアルドのおかげかも知れない。彼の生きた世界に居たかったのだろう。そしてまた長
い年月が過ぎる。逃げることに疲れ果てもう死んでもいい。そう思いながら倒れた所をテオに救われたのだ。

 
 「俺は……」

 手を見つめたままテッドの動きが止まる。

 

 この手を取っては……。












 しかし口から出たのは違う言葉。無意識に発せられた言葉だった。

 「お前は何で……俺に……構うんだ……?」

 怯えるように声を出しながら、しまったと思い眼を逸らす。

 何を聞いているんだ俺は……。こんな所すぐに出て行く。そう決めたじゃないか。確かにここは暖かい。でも俺が
ここにいることは許されない。俺は人を不幸にすることしかできない……。今日にでも出て行こう……。

 そう決意したテッドに少し悩んだ顔のティルが肩を貸し身体を起こしながら声をかける。

 「考えたけど……よく分からない。僕がこうしたいから……こうしてるのかな」

 でもと
 
 「君はとても寂しそうだよ。そんな眼をした人を放おっておけなんて、父さんには教わらなかった」

 皇子にもと付け加えながら言った言葉にテッドの心は揺さぶられる。

 寂しい……? 

 寂しくなんてない……。

 俺はずっと一人で生きてきた。

 これからも……そうだ……。

 お前に……何が分かる……!?

 帰る家がある。家族が居る。

 それが……どれほど幸せなことか……!!

 俺を……憐れむな……!!!

 俺は……

 







 
 「触るなっ!!!」

 思わず大きな声が出た。悲痛に満ちた声が。そして手を振り払う。

 「同情なんかいらない!!! 俺を憐れんでいるんだろう!? 可哀想な子だと!!!」

 「ふざけるなっ!!!!!」

 鬼気迫るといった顔で叫ぶテッドは見ているティルの心が痛くなるものだった。

 「お前に何が分かるって言うんだっ!!!」

  何も……!! 何も……知らないくせに!!!

 完全なる拒絶の言葉を吐きながらティルを睨みつけた。関わるなと。時計の秒針が一周する程の僅かな時間が流れ
た後ティルは細々と声を出した。

 「確かに僕は君の事を何も知らない。君が話したくないならそれでいいと思う」
  
 でもと強い眼差しではっきりと言った。

 「僕が君に構うのは同情や憐れみなんかじゃない!」

 その言葉をテッドは信じられない。心は信じたがっている。だが理性は否定し声をあげさせた。

 「嘘だっ!!!!!」








 ――駄目ですよ。テッド君。人の好意は受け取るものですよ――

 
 アルドッ……!?
 
 
 暗い憎しみに囚われそうになったテッドに懐かしい声が聞こえた。右手にある最も憎き紋章から……。

 
 俺はお前を……!!

 お前のことを……!!!

 
 ――違いますよ。私の死が何であれ、私がそうしたいからそうしたんです
              彼は貴方を憐れんでなどいません。私と同じ様にこれは……――

 



 

 

 「僕の願いであり望みだよ」

 照れ臭そうに頬を掻きながら言うティルにテッドは眼を見開き少しの間、顔を見た。その眼に憐れみは無かった。
 身体が震えるのがわかり、俯き、手で顔を隠す様に覆った。

 「そんなに痛かった? 同じくらいの年の人と手合わせすることなんて殆どないから」

 ごめん。と謝ったティルはテッドの隠した顔から涙が出ているのを見つける。
 それを見てまた慌てて謝る。何度も何度も。

 違う。そうじゃない。嬉しいんだ。自分のことを想ってくれる人間がいた。ただそれだけのことがこんなに嬉しい
なんて……。俺は……生きるよ……アルド。お前の為にも……。

 そこまで考えた所でアルドが微笑んでくれた気がした。もう声は聞こえない。何も言わず涙を流すテッドに焦った
ティルが何と声をかけようか悩んでいた所で先に言われた。

 「俺は……弓の方が得意なんだ。それなら絶対負けない!」

 眼を赤くしながら言うテッドにティルは戸惑いながらも声を返す。

 「いいよ。次はそれで勝負しようか」

 「おう! 目に物見せてやる」

 泣いてたくせに。小さくティルが呟いた言葉に泣いてねーよとテッドが応える。夕焼けの中笑いながら逃げていっ
たティルを追いかけながらテッドは思う。

 もう少し……もう少しだけでいいから……。待ってくれよ。ソウルイーター……。

 まだ運命と向き合う覚悟は出来なかった。ただ少しだけ……その凍てついた心に変化を与えた……。

 
 正史においてオデッサの意思を継ぎ、解放軍を率いたティル・マクドール。そして運命に翻弄されその呪われし紋
章を彼に託し死んでいったテッド。

 彼らの運命もまた廻り出していた。

 歯車を………組換ながら……

 狂狂と……。




[30707] 外伝 チープー商会
Name: すのう◆a31459a8 ID:741c4224
Date: 2011/12/16 21:54
 チープー商会

 それはこの世界に数ある不思議の中の一つだ。その名の通りチープーと言うネコボルトの若者によって作られた。
 ネコボルトとはコボルトの猫版である。彼は太陽暦288年に群島諸国にあるネイ島のネコボルトの集落で生まれた
とされる。彼は同時期に生まれたネコボルト達とモフモフしていたのだが、何を思ったのか突然商人になると宣言し
村を出ていってしまったのだ。勿体ない話である!全く意味がわからない!

 その後、彼は当時はガイエン公国の一部であったラズリルで商売人として勉強を始めた。しかし太陽暦307年頃に
起きた群島解放戦争によってラズリルを離れることをよぎなくされ、数人の仲間と共に海に出た。その途中で嵐に会
い無人島に漂流してしまう。その中で猫は、失礼、人である彼は見事なサバイバル能力を見せ仲間達の中心になり大
カニを倒しその甲羅で風呂に入るという豪胆な姿を見せそれを見ていた人魚に求愛されたと
















 そう彼の日記には記されている。

 その後、彼らはクールーク公国との戦いに趣き、彼を中心とした仲間達と共に海神の申し子とまで呼ばれたトロイ
を海の底に沈めるという偉業を達成している。水を嫌う猫がぁである!!!失礼、人である。
 また彼はそのかっこ良さから人気があり彼の真似をする者まで現れた。ネコミミを付けた少女は絶えず彼の周りを
うろついた。無理もない。猫に憧れるのは人の性なのだから。失礼、人である。私はミレイが好きだ!

















 そう彼の店舗の者は話す。

 そんな彼は戦争終結後なぜか無人島に戻ることになる。誰も訪れることのない無人島で彼が何をしていたのかは、
分からない。おそらく日向ぼっこにでも明け暮れていたのだろう。しょうがない。猫なのだから。
 失礼、猫である。ただ饅頭を持った少年が時折現れ饅頭を差し入れするという奇妙なことをしている。
 













 猫にあげるなら猫缶だろうがぁぁぁ!!!!!失礼、猫である。

 そうしてなぜか指しいれされた饅頭の味を閉めた猫は失礼、彼は故郷であるネイ島にもどり仲間達とモフモフする
のかと思えばそうではなく、饅頭屋の見習いを始めた。しかし彼の作る饅頭は毛だらけでとても食べられる様なもの
ではなかった。当たり前だ。猫なのだから。失礼、猫である。

 そのことにさも初めて気付いたたと言う顔で驚く彼の顔はまるで猫の様だったと伝えられる。そして自分で饅頭を
作るのを諦めた猫は人を雇うことにする。所詮人は猫の奴隷に過ぎないということか。
 そうして人を猫の支配下においたチープー商会は拡大しその恐るべき繁殖力で瞬くまに群島全土に広がった
 それを知る当時のオベル王国の王女は語る。

 「気付いたらいつの間にか増えちゃって」 私はフレイも好きだ!

 追いだそうとはしなかったのか?その疑問は当然であろう。だが










 「だって可愛いんですもん」 可愛いのはお前だ!!!

 なんてことだ!可愛いは正義なのか!?こんな世界に誰がした!!!

 そうして群島を手中に収めた猫は次に世界進出を試みた。だがうまくは行かなかった。彼ら亜人を受け入れる土地
ばかりではないということだ。しかしそれでも彼らは押入れの中で出産する猫の様に増えていった。

 戦乱が終わった国には猫が住み着くとまで言われた。最近内乱のあったファレナの女王は言う。

 「モフモフじゃったのぉ」 リムの出番はまだ先だ!

 側の女王騎士は言う。

 「姫様もころしやうさぎみたいでかわいい~ですよ~」 かわいいんだよお前は!

 そうして彼らは増えて行く。まるで未来に種を残さんとする猫のように。失礼、猫である。

 だがそんな彼らにも天敵がいた。赤いバンダナを巻いた半ズボンにジャケットを着た少年のことである。彼はいつ
の頃か現れ、饅頭が美味しくないと本部にチクるということを繰り返していた。その為支店では彼に対する警戒をし
ていた。だが彼の入店を拒否すると、夜中に侵入し、饅頭を食っていくので支店の者は戦々恐々としていた。

 そんなある日一人の者が気付く。姿が十年前と変わっていない?

 そうして怯えだした彼らはある一つの結論を出す。彼はきっと饅頭を食べれずに死んだ可哀想な子なのだろう。そ
うして彼はチープー商会のVIP会員として饅頭を思う存分食うことが出来る様になったのであった。


 めでたしめでたし














 失礼、猫である!








 ガセネタだなこりゃ。

 煙草の煙を吐き出しながら男はそう呟く。チープー商会の詳しい資料が欲しいそう言われた彼が集めた資料はどう
やら間違っていたらしい。また一からだなそう思い彼はまた部屋を出ていく。
 
 最後に一言











 仕事はパーフェクトにってね!



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