僕の側には幼い頃から一緒だった女の子が2人居る。
隣の家にドイツから引っ越して来た幼なじみのアスカと、母さん同士が親しくて僕も妹のように思っている綾波だ。
小学校の頃までは、学校ではアスカと僕。
放課後や休みの日には綾波と僕、と言った2人の関係だった。
中学に上がった時、綾波が僕と同じ学校に通えるって聞いた僕は喜びと同時に不安も感じた。
アスカも綾波も相手のために僕と遊ぶ事を我慢しているように思えたからだ。
だけど、それは僕の余計な心配だったようだった。
風邪を引いてしまった時に出会ったアスカと綾波はお互いの立場を思いやる事ができたみたいだ。
そして僕達3人が同じクラスで始まった中学校生活は楽しい物となった。
アスカのお節介は僕だけじゃ無くて綾波にも及んだみたいで、読書以外の楽しみも教えてあげると、アウトドア活動に綾波を連れ出すようになった。
今まで体が弱くてインドア派だった綾波がアスカに振り回されて体調を崩してしまわないかとハラハラしたけど、そんな事は無かった。
アスカと綾波はまるで姉妹のように仲良くなって、僕とアスカの間では綾波は妹だと言う気持ちを共有するようになった。
僕はアスカと綾波と一緒に過ごす楽しい生活がずっと続けば良いと思っていた。
でも、クリスマスが近づいたある冬の日にそんな僕の望みを打ち砕く事件が起きたんだ。
放課後いつものように管弦楽部で部活をしているとアスカがやって来た。
「シンジ、話があるんだけど」
「え?」
近づいて来たアスカは僕の腕をつかんで強引に引っ張った。
僕は持っていたチェロをあわててカヲル君に渡すと、アスカにされるがままについて行った。
黙って歩いているアスカの顔は今まで僕が見た事がないほど厳しいものだった。
そんなアスカに声を掛ける事は出来ずに歩いていた僕達はそのうちに人気の無いプールに着いてしまった。
プールに着いた所でアスカはつないでいた僕の手を離した。
「どうしたのアスカ、そんな怖い顔をして? 何かあったの?」
やっと僕はアスカに尋ねる事ができた。
するとアスカは必死な形相で僕に向かって訴えて来る。
「シンジ、アンタはアタシと一緒に居てくれるわよね?」
「えっ?」
僕はアスカの言葉の意味が分からず驚いた。
アスカが急に転校してしまうじゃないかと思ったけど、そうだとしてもやっぱり意味が通じない。
まさかアスカの引っ越し先に僕もついて来て欲しいって事?
「アンタがアタシから離れるなんて、絶対に嫌っ!」
僕が思考を巡らせていると、そう叫んだアスカが僕の顔をつかんで引き寄せた。
突然アスカに口を押しつけられた僕は空気の無い宇宙空間に放り出されてしまったかのような息苦しさを感じた。
「ぷはーっ、アスカ、いったい何をするんだよ」
アスカから解放された僕がそう言うと、アスカはあわてて僕に謝り始める。
「ごめん……アタシってば、アンタが好きって気持ちを急に抑えきれなくなって……」
僕を見つめるアスカの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
そんな切なげなアスカの表情を見るのなんて初めてだったから、僕もどう答えて良いのか分からなくなる。
「だからって、急すぎるよ」
困ってしまった僕はそう言い捨てて、アスカの前から逃げ出してしまった。
アスカの前から立ち去った後、僕は心を落ち着かせようと何度も深呼吸を繰り返した。
僕はクラスの友達が何人か女の子とキスをした事があるって話は聞いていた。
そしてアスカや綾波と仲の良い僕も経験はあるのかと冷やかされている。
だけど僕にとってアスカは幼なじみだし、綾波は妹のような存在だからキスをするなんて思ってもみなかった。
僕には女の子とキスなんて縁の無い話だと思っていたのに。
女の子にとってファーストキスは大切な物だって聞いたけど、アスカは勢いで僕としてしまってショックを受けていないだろうか?
もしかして、好きだと言っていた加持先生とキスを経験した後だから……?
いや、アスカは誰とでも構わずキスをするような子じゃない、だけど……。
頭の中でくだらない妄想が渦巻いている事に気が付いた僕は、グラウンドにある水道の蛇口で顔を洗って目を覚ました。
僕が顔を洗っていると、雨が降り出した。
アスカが今日傘を持って来ていなかったのを僕は思い出した。
このままじゃアスカが濡れて帰る事になってしまう。
けどアスカと顔を合わせづらい。
そうだ、綾波を誘って一緒に帰ろう。
でも僕が図書室へ行ってもいつものように本を読んでいる綾波の姿は見当たらなかった。
教室に戻ってみても綾波は見つからない、管弦楽部の部室に戻ってカヲル君に聞いても来ていないようだった。
綾波は何か用事が入ってしまって帰ったのかな。
雨が降っているからチェロは部室に預けて僕は正面玄関へと向かった。
靴箱を見るとやっぱり綾波の靴は無くなっている。
そして僕は困ったように立ちつくしているアスカの背中を見つけた。
あんな事があった後だからやっぱり声を掛け辛い。
それにアスカの前から逃げてしまったのだから嫌われて居たらどうしよう。
声を掛けようか逃げてしまおうか葛藤したけど、アスカが濡れて帰るのを見過ごすわけにはいかなかった。
「綾波、先に帰っちゃったみたいだね」
僕は平静を装ってさりげなくアスカに声を掛けたつもりだったけど、自分でも体が細かく震えているのが分かった。
アスカは僕の顔を見て顔を真っ赤にする。
僕も自分の顔が火照って来るのを感じた。
アスカの顔を直視できなくなった僕は視線を反らしてアスカに持っていた傘を押し付ける。
「アスカ、傘を持っていないだろう? 貸してあげるよ」
「シンジはどうするのよ?」
「僕は走って帰るよ」
「ダメよ、それじゃあシンジが濡れちゃうじゃない。悪いのはアタシなんだから」
僕はアスカと傘を巡って押し問答を続け、僕はアスカに根負けして同じ傘に入って帰る事になった。
お互いの体が濡れてしまわないように肩をピッタリと付けて歩く。
幼稚園の頃から同じような事はあったはずなのに、僕はドキドキした。
僕が黙っていると、アスカは穏やかな声で話し始める。
「あのね、アタシは今までずっとシンジと一緒だったから、これからもずっと一緒にシンジとこうやって一緒に歩いて行きたいと思ったのよ」
アスカの言いたい事は分かる、僕だってそうしたい。
でも僕はアスカをずっと幼なじみだと思って来たんだ。
14歳の僕はまだまだ子供、恋人が出来るのなんて先の話だと考えていた。
僕はアスカに正直に自分の思いを打ち明ける。
「うん……でも、僕もアスカから突然告白されて、気持ちの整理が着いていないんだ。だから返事は少し待ってくれるかな……」
アスカは僕の言葉を聞いて残念なような、安心したような感じだった。
それから僕達は家に着いて別れるまで何も話さなかった。
次の日、僕とアスカは顔を合わせて気恥かしくなったけど、いつものように2人そろって学校に登校した。
すると僕達より早く来ているはずの綾波の姿が見当たらない。
「綾波、どうしたんだろう? 最近は風邪もあまり引かないで元気だったのに。寒くなって来たからかな」
クラスでは風邪が流行っていたから、アスカも僕と同じ考えのようだった。
だけど綾波の欠席は3日4日と長引いて居た。
そうだ、クリスマスも近いし、アスカと一緒にまたクリスマスパーティをやると言って綾波を元気付けよう。
僕はアスカを綾波のお見舞いに誘った。
だけどアスカは僕から顔を反らして断ったんだ。
いったいどうしたんだろう、アスカは綾波と仲が良いはずなのに。
僕はそれ以上声を掛ける事が出来ず、一人で綾波の家にお見舞いに行く事にした。
綾波の部屋に入った僕は会うなり気になっていた事を尋ねる。
「ねえ、アスカと綾波の間で何かあったの?」
すると綾波もアスカと同じように僕から顔を反らして、
「別に何も無いわ」
と冷たい答えた。
僕はきっとアスカとの間に何かあったのだと思った。
綾波が気にして体調を崩すほどの悩みだったら放っておけない、だから僕は助けになりたかった。
「そう、もしアスカとケンカしていて悩んでいるのなら僕に教えてよ、力になるから」
僕は良かれと思って綾波に声を掛けたんだけど、僕の言葉を聞いた綾波の目の色が変わった。
「ど、どうしたの綾波、僕は何か悪い事を言った?」
「帰って、碇君……!」
「えっ?」
驚いた僕は綾波の言った事が信じられなくて聞き返した。
「帰って!」
綾波に怒鳴られたのは初めての事だったから、僕は面喰って逃げるようにあわてて綾波の家から部屋から出て行った。
家に帰った僕は、アスカに電話してもう一度綾波と何かあったのかと尋ねてみたけど答えてはくれなかった。
やっぱりアスカと綾波はケンカをしているんだろうなと僕は確信した。
だけどこの時僕はその原因が自分であるとは全然自覚していなかったんだ。
そして綾波は風邪が治って学校に登校して来たんだけど、綾波は厳しい表情をしていて僕もアスカも「おはよう」とすら言えないで居た。
放課後にプールに来るように言われた時、僕は心臓が飛び上がるくらい驚いた。
アスカも真っ青な顔をしている。
まさか綾波は僕とアスカがキスをしてしまったのを知っている!?
僕は授業中も針のむしろに座っているような気持ちだった。
昼休みになっても僕達は今までみたいに顔を合わせてお弁当を食べる事はできなかった。
アスカと綾波は黙々と食べていたみたいだけど、僕は何ものどを通らなかった。
放課後になって、先に教室を出て行く綾波を見送ってから僕も後を追うようにプールに向かう。
不安そうに僕を見つめたアスカに、僕は大丈夫だとうなずいて教室を発った。
プールに着くと、綾波は僕の目の前に持っていた編みかけのマフラーを突き出す。
これは確か綾波がお父さんのために編んでいたマフラーのはずだ。
「……実はこのマフラー、碇君へのクリスマスプレゼントなの」
「えっ?」
綾波の言葉を聞いた僕は驚いた。
「本当はマフラーを編んで渡す時に打ち明けたかったけど……私、碇君の事が好き」
もちろん僕も綾波の『好き』がアスカと同じ意味で言っているのだと解った。
綾波の表情はアスカが僕に告白して来た時と似ていたからだ。
さらに綾波から告白を受けた僕は後頭部に2連続でパンチを食らったような衝撃を受けた。
幼なじみのアスカだけじゃなくて、妹のように思っていた綾波からも告白される事になるなんて……。
「いつから、僕の事をそう思い始めたの?」
「今年の夏に海に遊びに行った時ぐらいから……碇君が惣流さんと手を繋いで走って行ったのを見たら、碇君を他の子に取られたくないって思うようになったの」
絞り出すような声で僕が尋ねると、綾波はしっかりと僕の目を見つめて来た。
僕は耐えきれずに目を反らしてしまう。
「ごめん、僕は……」
「ええ、惣流さんがここで碇君に告白したのは知っているわ、図書室の窓から、プールに行く碇君達の姿が見えたから」
じゃあやっぱり僕とアスカがキスした所も見られているのか……。
僕は綾波に聞こうと思ったけど酸欠になった魚のように口をパクパクさせたけど何も声を出せなかった。
自分の体も大きく震え出したのが分かるけど動揺が止められない。
「碇君が惣流さんとキス……したのを見た時はショックだったけど、私もそれで碇君の事を諦めるなんてできないわ」
「綾波……」
僕がもう一度綾波の方を見ると、綾波は決意が込められているかのような強い瞳で僕を見つめ返して来る。
「私は惣流さんに先を越されてしまったけど、碇君を好きだと言う気持ちは負けないつもり。告白は先にした人の勝ちとは限らない、碇君もそう思うでしょう?」
「それはそうだけど……」
返事に困った僕がうつむいて地面をじっと見ていると、綾波は大きな声で言い放つ。
「そこで隠れて見ている惣流さんも、そう思うでしょう?」
驚いた僕が顔を上げると、決まりが悪そうな顔をしたアスカが物陰から姿を現した。
綾波はアスカが居る事を知って話していたのか。
「レイ、アタシってばアンタがシンジに告白するって聞いたら、シンジを取られたくないって気持ちが強くなっちゃって……ごめんなさい」
アスカは何回も綾波に向かって頭を下げて謝った。
それだけ綾波にゆるしてもらおうと必死なんだろう。
「私も惣流さんの気持ちが解るから、これ以上その事で責めたりはしないわ」
「レイ……」
「だから今度は正々堂々、勝負をしましょう」
「勝負?」
綾波の返事を聞いて表情を緩めかけていたアスカは、綾波の発言を聞いて目を丸くした。
「クリスマスの日、私と惣流さんのどちらの告白を受け入れるか碇君に決めてもらうの」
「ええっ!?」
大胆な綾波の提案を聞いて、僕は大声を上げてしまった。
「いいわ、勝負を受けましょう」
そう言ってアスカが綾波と握手を交わすのを見て、僕は頭を抱えてしまった。
僕の意思が無視されたまま話が進められてしまっている。
「せっかくのクリスマスなんだから、そんな勝負なんてやめて3人で仲良く楽しめないかな?」
そう言った僕はアスカと綾波の両方にすごい剣幕でにらみつけられてしまった。
こうして僕もあいまいな答えで逃げるわけにはいかなくなったんだ……。
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