2011年06月16日(木)

生き残るためには逃げることも必要

テーマ:被災地医療関連情報

[災害時なぜ逃げ遅れる]心理に「あそび」 鈍る危機感


東日本大震災では、1万5000人以上が津波の犠牲になった。津波警報が鳴っても、すぐに逃げなかった人が少なくない。人はなぜ逃げ遅れるのか。心理的側面から対策を考えてみたい。(佐藤光展)

異常事態を正常内と誤認

 「人間は安心して生きるために、心の中に『あそび』の部分がある。ある範囲までの異常は異常と感じず、正常範囲内と受け止めてしまう」。東京女子大名誉教授(災害心理学)の広瀬弘忠さんは、そう指摘する。

 この「あそび」を専門用語で正常性バイアス、あるいは正常化の偏見と呼ぶ。小さな物音などにいつも驚いていては神経が持たず、心を守るために必要な反応だが、非常時に危機感を鈍らせてしまう働きもある。


 広瀬さんが、テレビ局の控室で若い男性約80人に行った実験では、

控室にいきなり白煙を吹き込んでも、吹き込む速度がゆっくりだと、7割の人が煙が充満しても逃げなかった。


 煙は無害だが、少し刺激臭があった。ところが逃げなかった人たちは「いい匂いでお香かと思った」「体によい煙だと思った」などと都合のよい解釈をしていた。また、非常ベルの音、消防車のサイレン、煙の進入、を順番に発生させて反応を見る実験では、一緒にいる人が無反応だと、逃げない人が多かった。

 こんな調子では、死者が多数出てしまう。生き残るために、何を心掛けたらいいのか。東日本大震災の見事な避難例をみてみよう。

 「地震が起こったら、君が最初に逃げる人になれ」。群馬大学広域首都圏防災研究センター長の片田敏孝さんは、7年前から防災教育に携わる岩手県釜石市で、小中学生一人ひとりに訴え続けた。そして起こった大地震。子どもたちは教師の指示を待たずに、高台に向けて一斉に駆けだした。

 途中、小学生と合流した中学生は、低学年の児童の手を引いたり、おぶったりして一緒に逃げた。指定の避難場所も危ないと判断し、さらに高台に上がって助かった子どももいた。同市の小中学生の生存率は99・8%。子どもたちが逃げる姿を見て慌てて避難し、助かった住民も多かった。

 片田さんは「正常性バイアスに加え、自分だけが飛び出して何もなかったら恥をかくという思いが、避難を遅らせる。非常時には自分の生存を第一に考え、ためらわず行動する自主性が何より大切。その素早い行動が周囲も救う」と話す。


 また、広瀬さんは「行く先々で、避難ルートの確認を習慣づけてほしい」と勧める。例えば、建物内では非常口を必ず確認する。海で遊ぶ時は、高台の位置や距離を気に留めておく。飛行機に乗った時は、緊急時の対応ビデオを必ず見る。

 「そうした短時間の確認を事前に行うだけで、いざという時の心身の反応が抜群に早くなる」という。

 古今東西、災害で生き残るのは、誰よりも早く逃げた人と決まっている。今、あなたの身に災害が降りかかったら、どんなルートで逃げますか?


防災専門家の判断にも影響

 正常性バイアスは防災の専門家の意識も鈍らせる。関西学院大教授の室崎益輝さんは、阪神大震災前、震度5強を想定した神戸市の防災計画を作成した。過去の記録を調べると、震度7の地震が起こる恐れはあったが、「神戸は安全と多くの人が信じており、私も影響された。震度7は私が生きている間はないと思い込んでしまった」と悔やむ。

 今後、各地で見直しが進む防災計画や原発の安全対策。正常性バイアスに陥っていないか、作成する専門家自身が、自らに問い続ける必要があるだろう。


http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=41997


========

引用ここまで



>「人間は安心して生きるために、心の中に『あそび』の部分がある。

>ある範囲までの異常は異常と感じず、正常範囲内と受け止めてしまう」。


>正常性バイアス、あるいは正常化の偏見


>逃げなかった人たちは「いい匂いでお香かと思った」

>「体によい煙だと思った」などと都合のよい解釈をしていた。




救急外来などで、

医者がある訴えや症状を見て、


「これは軽症だ!」

とか

「○○病(自分の専門分野の病気)だ!」


という都合のいい結論に

ついつい持って行きたくなるのも


『正常性バイアス』


なんでしょうねきっと。





医療が崩壊した現場で


「患者さんに必要とされている!」

とか

「俺がこの病院を支えている!」

とか

「忙しいけどやりがいがあります!」


ていうのも、

都合のいい解釈です。


『正常性バイアス』


なんでしょうね、きっと。




>「正常性バイアスに加え、

>自分だけが飛び出して何もなかったら恥をかく

>という思いが、避難を遅らせる。


>非常時には自分の生存を第一に考え、

>ためらわず行動する自主性が何より大切。

>その素早い行動が周囲も救う」



救急外来だと、

「検査して何もなかったら、あとで何か言われるかも」

という思いが、

誤診や地雷を踏む原因になります。


救急外来は非常時の外来。

ためらわずに検査する自主性が

医者と患者を救うとおもいます。

検査自体のリスクが高い場合はともかく。


にも関わらず、

「検査をすればいいってもんじゃない!」

とか研修医に説教している指導医を見ると、

ホント馬鹿だと思います。

じゃあお前が全て責任とるのかと。

この爺医と昔に大喧嘩しました。今の病院にはそんな馬鹿はいません。多分。




医療崩壊だと、


自分だけ辞めて

病院が平然とに診療体制を維持していたら恥をかく。

あるいは

住民や職員に何か言われるんじゃないか、


という思いが、

自分自身の人生崩壊を招くのではないでしょうか。



>一緒にいる人が無反応だと、逃げない人が多かった。


同僚が平然と仕事をしていると、

「あれ?俺が間違ってるんじゃ・・・」と思ってしまいます。

実は仕事を他に押し付けているから平然としているだけかもしれません。


>古今東西、災害で生き残るのは、誰よりも早く逃げた人と決まっている。


ちょっとでも、

この患者ヤバいと思えば即検査、


ちょっとでも、

この病院あるいは地域がヤバいと思えば即退職。


生き残るためには速く逃げることも大切だと思います。



逃げ回るのが良いとまでは言いませんが、

逃げるタイミングを逃せば滅びます。

生き残らなければ、再び戦うこともできません。

インパール作戦

を例にあげるまでもなく、

逃げずに戦えば良いというものではありません。




2011年06月01日(水)

当ブログの過去の主張のまとめ

テーマ:被災地医療関連情報
2011年05月31日(火)

気仙沼市立本吉病院に希望の星現る!!!

テーマ:被災地医療関連情報
2011年05月30日(月)

いいこと思いついたかも。

テーマ:被災地医療関連情報

院長不在が長期化、無医地区続出の恐れ、被災地が抱える医療問題


約1万1000人が住む宮城県気仙沼市本吉地区(旧本吉町)。地域で唯一の医療機関(歯科診療所を除く)として、住民への医療を担ってきた気仙沼市立本吉病院(病床数38床)で、院長不在の異常事態が2カ月以上も続いている。

 きっかけは3月11日に発生した東日本大震災だ。本吉病院には大人の背の高さの津波が押し寄せ、医療機器が使用不能になった。2階への避難で患者や職員の生命は守られたものの、震災後休む間もなく診療に当たってきた院長が、入院患者全員を岩手県内陸部の病院に搬送させた直後に、辞表を提出する事態になった。もう一人の医師も震災後、長期の病休に入っており、院長および常勤医師不在に陥った。

 そうした中で本吉病院の診療機能を肩代わりしてきたのが、民間医療機関ネットワーク最大手「徳洲会」や全国国民健康保険診療施設協議会(国診協)などの医療支援チームだ。全国からの医療スタッフによる支援を受けて、本吉地区では「医師不在」は回避されているものの、住民の間に「病院がなくなるのでは」との不安がくすぶっている。

千田孝昭・気仙沼市本吉総合支所長は「市としても絶対に無医地区にしないという決意で取り組んでいる。具体的には、菅原茂市長のルートで院長探しを進めている」と言うが、5月12日時点でも「院長招聘のメドは立っていない」(本吉病院の鈴木孝志管理課長)と言う。

地区住民の森谷喜三さん(79)は震災前、1カ月に1度、本吉病院に通院していた。血圧が高いうえ、ぜんそくや前立腺肥大を患う喜三さんにとって、本吉病院は不可欠な存在。「病院がなくなったらたいへんなことになる」と妻のとし子さんは心配する。とし子さんも震災前、JR気仙沼線で市中心部の気仙沼市立病院に通院していたが、津波による被害で気仙沼線は不通に。現在も運行再開のメドはまったく立っておらず、通院の手段を失った。

 本吉地区の認知症対応グループホーム「リアスの杜」職員の熊谷微笑香さん(38)にとっても、本吉病院の存続は切実な問題だ。「容態が急変した高齢の入居者を、

車で30分もかかる気仙沼市立病院まで連れて行くのは大変

本吉病院の入院機能を回復してほしい」と熊谷さんは話す。
(以下略)
http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/4e83fd9b0f4a97b1e64829a921dc7e1a/page/1/


================

引用ここまで


件の本吉病院です。



>車で30分もかかる気仙沼市立病院まで連れて行くのは大変。




あの・・・


僕は去年、毎日30分かけて病院に行って、


ふらふらになっても、


また30分かけて帰宅していたんですが。



3時間の間違いではないですよね?




なんなら、病院の上に50階建てのタワーマンションでも建てたらどうだろう?



東京の大きなタワーマンションだと600戸くらいあるようなので、



5棟も建てれば本吉地区の世帯数をカバーできるよ。



エレベーター直通で受診。



徒歩0分。



戦闘医師  ~医療のスキマに火を放て!~

2011年05月24日(火)

なんか嫌な予感が・・・

テーマ:被災地医療関連情報

医療復興へ県が会議



沿岸部 被害拡大 8月、市町へ提言


 東日本大震災で甚大な被害を受けた沿岸の地域医療の復興について、


県と医師らが話し合う「県地域医療復興検討会議」が18日、設立された。気仙沼市や石巻市、南三陸町では公立病院が診療機能の大部分を失っており、同会議は将来の街づくりを見据えながら、


統廃合を含めて病院の配置や医師数などを検討、8月に各市町に提言する。


 同会議は里見進・東北大病院長や伊東潤造・県医師会長ら9人で構成。県庁で同日開かれた初会合で、県保健福祉部の岡部敦部長が「日本のモデルになるような地域医療の姿を描きたい」とあいさつした。


 県のまとめでは、大震災で民間を含めて9病院、歯科を含む127診療所が全壊し、特に沿岸部の公立病院の被害が甚大だった。


(中略)


 東北大病院によると、同大関連の医師66人が震災で職場を失い、県外の病院へ転出する可能性も出ている。県は「町の復興状況を見ながら、医師確保、避難者の健康維持の課題を解決していく」としている。


2011年5月19日 読売新聞)


==============

引用ここまで





>同会議は里見進・東北大病院長や伊東潤造・県医師会長ら9人で構成





こういう、偉い人とか県が言いだす「地域医療」って



現場を知らないからとんでもないことを言い始めたりするんじゃないかと心配。





もしうまくいったら、それはそれでいいんですが、



「俺の町にも津波が来ないか」と言う人が必ず出てくると思う。





「地域主導の地域医療」 は当ブログのマニフェスト?に入れておこう。


「偉い人にはそれがわからんのです!!!」






2011年05月22日(日)

夢見る46歳

テーマ:被災地医療関連情報

新たな地域医療の形を 宮城県保健福祉部


 東日本大震災の被災地における医療の実態を知ろうと始めた「被災地から関西から」だが、震災から2カ月が過ぎたこともあり、今回で連載を終えたい。最後に、被災地の行政担当者はどう思っているか、宮城県保健福祉部の大内みやこ医療政策専門監(46)に話を聞いた。

 連載や他の記事でも取り上げたように、同県気仙沼市の「市立本吉病院」は、常勤医師2人が震災で病院を去り、全国から支援に入った医師と、残った看護師らのみで支えている。地域医療が壊滅的被害を受けた例だが、大内さんによると、宮城の中でも津波で大きな被害を受けた湾岸地域は、震災前から医師不足に悩んでいたという。

 県は医師を全国から募り、「県職員」として採用した上で県内の自治体病院に勤務してもらう「ドクターバンク」制度を設けたほどだった。さらに地震や津波に見舞われ、大内さんは「地域医療はいったいどうなるのか、と思った」という。本吉病院は病院の建物が残ったが、石巻市立雄勝病院のように、建物も大きな被害を受け、現在も診療停止のままになっているケースもある。


 しかし、いい意味で大内さんを驚かせたことがあるという。

「全国から、とても多くの医療救護チームが支援にきてくれて、地元の医師や看護師、保健師たちと避難所や被災者宅を訪問して、震災前には、病院や診療所に行かなければ受けられなかった医療にまで手をさしのべてくれた。地域医療のあるべき姿を見て、大切さを改めて感じた」

 まだまだ医師の絶対数は不足しており、支援の手が必要な状況は変わらない。だが、震災の教訓を前向きな形で残せないか-。大内さんはいう。「通常の診療体制に戻っても、病院や診療所、保健師などのネットワークをつくり、なんとか新しい地域医療の形をつくりたい。そのためにも、宮城県は引き続き医師の応援を募っています」

 阪神大震災のときにも、限られた条件の中で、高齢者のケアを行うためにつくられた「グループホーム」が、高齢者ケアの新しいスタイルとして注目されたことを思い出した。未曽有の大災害である東日本大震災を教訓に、新しい医療の形ができあがれば、それはすばらしいことだ。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/110516/myg11051615400002-n2.htm

=============

引用ここまで


>国から、とても多くの医療救護チームが支援にきてくれて、

>地元の医師や看護師、保健師たちと避難所や被災者宅を訪問して、

>震災前には、病院や診療所に行かなければ受けられなかった

>医療にまで手をさしのべてくれた。

>地域医療のあるべき姿を見て、大切さを改めて感じた



震災という、前代未聞の非常事態だからこそ、


前代未聞のサービスが提供されたのだ。


「地域医療の理想」


とは言えるのかもしれないが、


全国の医療現場に負担を強いて実現した医療が


到底、持続可能なはずはなく、


「地域医療のあるべき姿」とはとても言えない。


困窮した被災地の医療現場が


このような夢見がちな行政に振り回されないことを祈らずにはいられない。



被災地にこれから期待するのは、あくまでも


「持続可能な新しい地域医療」であり、


それは「臨時医療支援」が無くなった後に、


被災地の地元の医療従事者から自然に発生するものと思われる。



県や国に期待するのは、「机上の空論」の押しつけではなく


被災地の現場から生まれた、「持続可能な新しい地域医療」のサポートである。


いち早く「医療の自立」を掲げた南三陸町 などは、


「新しい地域医療」の土壌が出来つつあるのではないか。



県や国には、せめて、その芽を摘まないでほしいとお願いしたい。

2011年05月15日(日)

弱い者達が夕暮れさらに弱い者?を叩く予感

テーマ:被災地医療関連情報

東日本大震災:ハンセン病入所者協「被災者を療養所に」 厚労省に要請へ

 ◇設備も敷地も充実

 全国13カ所の国立ハンセン病療養所の入所者でつくる「全国ハンセン病療養所入所者協議会」(全療協)は12日、青森市で開いた代表者会議で、東日本大震災の被災者を療養所で受け入れるよう厚生労働省に申し入れることを決めた。療養所は医療や介護が完備し、仮設住宅を建てられる広いスペースもある。さらに病気による差別や偏見に苦しんできた立場から、原発事故に伴う福島県民への差別問題も看過できないとして被災者支援の方針を決めた。

 全療協は、被災者受け入れが、目標に掲げる施設の地域開放にもつながるとしており、厚労省に全施設での受け入れを要請する。

 入所者たちは、透析が必要な慢性疾患や、認知症など介護を要する高齢者、障害を持つ被災者に対応できる避難所が少ないことを報道などで知った。

 療養所では全入所者の平均年齢が80歳を超えているため、慢性疾患や高齢の入所者に対応できる医療スタッフや設備がある。人工透析の設備を持つ施設も多い。さらに各施設とも敷地が広く、仮設住宅を建設できるスペースがあり、入所者減に伴う職員の定数削減で職員官舎に空きもあるという。

 全国の入所者たちが特に心を痛めたのは、原発事故で避難を強いられた福島県民への差別問題が相次いだことだ。03年、熊本・黒川温泉のホテルが「他の客に迷惑がかかる」と療養所入所者の宿泊を拒否する事件が起きたが、今回、入所者たちは「ハンセン病問題で教訓とされたことが何も解決されていない」と痛感したという。

 一方、ハンセン病問題基本法(09年4月施行)で可能になった、療養所の開放や敷地内への福祉施設などの併設が進んでいないことも背景にある。全療協の神(こう)美知宏会長は「地域開放を進め、差別を受けた被災者と連携するため、入所者側から積極的に受け入れを呼びかけるべきだ」と判断。この日の会議で、職員官舎の空き部屋の活用や仮設住宅の建設用地提供を提案し、了承された。

 厚労省国立病院課は「被災者側のニーズも踏まえ検討したい」と話している。【江刺正嘉】

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110512dde041040030000c.html

==============

引用ここまで



介護を要する被災者を受け入れるのは良いアイデアですが、


『介護を要する被災者』に限って、ハンセン病への偏見がバリバリな気がするんですが。


仮に受け入れが決定して、回りが入所を勧めても、


『介護を要する被災者』自身が断固拒否しそうww


「うつる」とか言い出しそうwwww



「全国ハンセン病療養所入所者協議会」の志は立派ですが、


僻地と認知症に対する認識が甘そうではある。



2011年04月17日(日)

後のコスモクリーナーDである。

テーマ:被災地医療関連情報

<放射性物質>顔料使ってセシウム汚染水浄化 東工大が開発


 医薬品などに使われる市販の顔料で、原子炉から発生する放射性物質のセシウムに汚染された水を浄化する技術を、東京工業大原子炉工学研究所長の有冨正憲教授(原子力工学)らのチームが開発した。東京電力福島第1原発の事故で発生している汚染水の処理のほか、周辺の池や沼の浄化にも活用できるといい「一日も早い地域の生活、農業再建に役立てたい」としている。

 チームは、青色顔料の一種「紺青」の主成分「フェロシアン化鉄」に、セシウムを吸着する働きがある点に着目。汚染水にこの顔料を混ぜ、遠心力で分離した後、セシウムとともにフィルターでこし取るシステムを開発した。

 実験では、化学的な性質が同じで放射線を出さないヨウ素、セシウム、ストロンチウムを海水に混ぜ、同原発の高濃度汚染水に相当する模擬汚染水(ヨウ素、セシウム各10ppm=1ppmは100万分の1)を再現。模擬汚染水100ミリリットル当たり顔料1グラムを入れたところ、処理後の水から検出されたセシウムの濃度は1万分の1以下となり、ほぼ100%除去できた。

 ヨウ素とストロンチウムは除去できないが、ヨウ素は半減期が8日と短いため問題は小さく、ストロンチウムもセシウムに吸着する性質を使って除去率を上げることは可能だ。

 泥水の浄化などに使われる既存の可動式装置を使えば毎時最大300リットルを処理でき、処理後の水は原子炉の冷却水に再利用する方法が考えられるという。

 有冨教授は「福島原発で発生している汚染水に適用が可能だ。土壌の浄化にも応用したい。

日本の科学の英知を合わせて復興に取り組むべきだ」と話す。


【八田浩輔、須田桃子】

==================

引用ここまで








科学技術ってすばらしいですね!


僕も子供の頃は人類の役にたつ科学者になりたかったですね、そういえば。


一瞬、昔の純粋な気持ちに戻りました。


この際ですから、速めの運用開始を希望します。












2011年03月31日(木)

元ネタは誰?

テーマ:被災地医療関連情報

民主党がお揃いの防災服新調 党内から「パフォーマンスしている場合か」の声


2011.3.31 01:30

 東日本大震災を受け、民主党は国会議員や秘書が着用するおそろいの防災服をあつらえることを決めた。右腕には「民主党」の文字と、赤い丸を2つ重ねた同党ロゴマークが入るデザイン。党総務委員会が議員に配布した「党防災服購入のご案内」によると、色は濃紺。サイズはSSから5Lまで8種類を用意し、金額は5千円程度。4月中旬に配布する予定だ。

 防災服をめぐっては、閣僚が各省庁の防災服姿で国会答弁している姿についてすら、「現場に行くわけでもないのにわざとらしい」(若手)との声もある。遅まきながら形から入ろうとする民主党らしい取り組みにも、党内から「パフォーマンスをしている場合か」(中堅)と冷ややかな声が上がっている。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110331/stt11033101390000-n1.htm


=============

引用ここまで。



御存知、民主党の作業服。


戦闘医師  ~医療のスキマに火を放て!~




































元ネタは


彼↓ではないのか?



戦闘医師  ~医療のスキマに火を放て!~






2011年03月27日(日)

双葉病院続報

テーマ:被災地医療関連情報


私は今話題になっている双葉病院の医師です。
私自身避難先の病院にいますが、やっとこの掲示板を読み書きする余裕ができました。
とりあえず私が経験したり院長から直接聞いた情報を書きます。賛成も反対も要りません。
皆様に事実を知っていただきたいと思います。
双葉病院は350床の精神科病院ですが、地域の認知症の患者さんを多数受け入れており、約半数が老人で寝たきりも多く、TPNの患者さんがが20数名、経管栄養が30名以 上いました。
3/11の地震直後に電気・ガス・水道は止まったものの、病院の建物は無事で、職員・患者さんに全く怪我はありませんでした。海岸から離れているため、津波の被害も全くあ りませんでした。
地震当日は帰宅困難な職員が泊り込み、救援物資が届くまで食事や経管栄養の回数を減らす、点滴速度を下げるなどの対応で凌ぐことにしました。
しかし翌日、原発事故のため第1原発から2キロだった避難指示が10キロになり、病院が避難エリアに入ってしまいました。
このまま病院に留まっていても避難エリア内のライ フラインの復活や救援物資は全く期待できないため、大熊町に避難のバスを依頼しました(大熊町はバスを依頼するまで病院の職員と患者さんが残っていることを知りませんでし た)。
町から大型バス5台が来たため、自力で歩ける患者さんを中心に209名の患者さんと私を含め数十名の職員が5台のバスと数台の病院の車に乗って、数日分の薬と非常食を積ん で大急ぎで避難しました(避難したのは最初の爆発の2時間前でした)。
この時は一時的な避難で、病院に数日以内に帰ると思っていました。

私たちの出発時に院長は病院に間違 いなく残っていました。
最初に避難した209名の患者さんと職員は三春町の避難所(学校の体育館)で一泊し、翌13日にいわき市にある関連病院にバスで避難しました(2名の患者さんは避難所で家 族に引き渡しました)。


いわき市に避難した患者さんは、多くの病院の先生方のご協力を得て、殆どの患者さんが1人も亡くなることも病気が悪化することもなく茨城埼玉東京山梨神奈川の病院に無事入院させて頂けました。
また、患者さんを連れて各病院をバスで回ると、「空のバスで帰るのはもったいない」といってたくさんの支援物資を乗せて頂きました。
ダンボールに書かれた「ガンバレ!」と いうメッセージを見て涙が出るほど嬉しかったです。
さて、病院に残った院長と数名のスタッフは、1回目の水素爆発の後も電気も水道も通信手段もない病院で点滴やオムツの交換をしつつ次の救援を待っていたそうです。

自衛隊の救援が来たのは、丸2日後の午前で、近くの老健の入所者98名と双葉病院の寝たきりの患者さん30名をバス8台で連れて行きました。

3/15午前1時に警察の車で強制的に川内村まで避難させられたそうです。

その後院長を含む4 名が警察官と共に次の救援を待っている間に3回目の水素爆発があり、
院長一行は川内村から再び病院に戻ろうとしましたが、避難指示のエリアということで戻ることは許可されず、1回目とは別の自衛隊員だけで最後まで残された90数名の患者さんを避難させたそうです。
自衛隊によって避難させられた患者さんは、名前も病名もわからない状態で医療機関や施設に収容され、中には亡くなった患者さんもおり、各病院の先生方にはご迷惑をおかけし、大変申し訳なく残念に思っております。
以上の経過の通り、患者さんが全員避難するまで院長は病院に留まろうとしていたのにもかかわらず、強制的に警察に退避させられたのです。
間違っても患者さんを置いて「逃げた」わけではないのです。
おそらく最後に患者さんを避難させた自衛隊員の報告を聞いた県の担当者が、何の裏づけも取らず「なぜ入院患者だけがいたか、現段階では分からない。避難する中で混乱が起きることはあるが、高齢者だけを置いて避難したら許せない」
と発言し、新聞が横並びに報道したものと思われます。
後になって県は訂正しましたが、果たしてどれほどの人が訂正を知っているでしょうか?
今回の地震では、殆どの病院スタッフが被災しています。
家を流されたり家族の安否がわからない状態で患者さんたちと共に避難しサポートをしている中で、病院と院長の名誉を傷つけ、私たちの心を踏みにじるようなコメントを軽々に発した福島県を絶対に許すことができません。

引用ここまで
================


彼らは「原発」から逃げ遅れたんじゃない、

「福島」から逃げ遅れたんだ。



こういう記述を目にしました。



お灸というにはあまりにも大きすぎる代償を払ってしまった福島県。



数年前から「医療崩壊の聖地」と全国の医師から避けられていましたが、

原発爆発、放射能拡散で医師どころか世界中の人間が避けて通るようになった福島県。



医療再生の前に、人間が住める土地にすることがまず先です。

僕が生きている間に福島の医療再生はあり得ないでしょう。

Amebaおすすめキーワード

    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト