チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29668] 【習作】黄色のバスケとアイドル (黒子のバスケ×The IdolM@ster)
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/23 18:59
序文

アニメ版アイマスと黒子のバスケのクロスです。もともと黒子のバスケが好きでとある対決を文章で見たいと思ったのがきっかけで、最近見始めたidolm@sterの真の可愛さに惹かれて書き始めました。
 設定の矛盾やキャラや口調のおかしさが出てくるかもしれません。初心者ですが感想お待ちしてます。
 アイマスの時期が分らないので黒子側の時期などを基準にしています。また、アイマスのゲームとXENOGLOSSIAはノータッチです。
 一応、書きたいシーンの概要はできているのでそれに向けて書いていきたいと思います。
あと、作者はアイドルのこととかモデルのこととかほとんど知らないのでそれおかしいだろ!と思える設定がでてくるかもしれませんが、寛大な心で見ていただけると幸いです。

 なるべく原作沿いで進めていきたいと思います。
 

12/23 アニメ版アイマスではクリスマスから年末あたりがかなり忙しく、予定がぎっしりのようですが、本作では多少緩和されているという設定ですが人気や知名度はアニメ準拠です。
また黄瀬や黒子など、トップに立つことで仲たがいしてしまった人たちと接した影響から、原作よりも仲間想いです。
 だんだんと原作から離れてくる部分が増えてくるかもしれません(特に4回戦あたりから)が、ここまでお付き合いして下っているみなさま、いましばらくよろしくお願いします。

9/9 投稿開始。
12/23 34話投稿、1~5話改訂


第1章 spring season ~出会い編~
 第1話~第5話
第2章 summer season ~IH編~
 第6話~第18話
第3章 autumn season ~跳躍編~
 第19話~第34話
第4章 winter season ~WC編~



[29668] 第1話 この後高校生活スタート
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/23 18:50
第一話 この後、高校生活スタート


帝光中学校バスケットボール部、部員数は100を超え全中3連覇を誇る超強豪校。その輝かしい歴史の中でも特に「最強」と呼ばれ無敗を誇った、10年に一人の天才が5人同時にいた世代は「キセキの世代」と言われている。


  
都内のとある公園に、一人の男がベンチの背もたれに腰掛けていた。
「はぁー、やっぱそうそう簡単には会えないッスか。」

不安定な背もたれに腰掛け、ひっくりかえらんばかりに上を見上げるも、バランスを崩すことなく落ち着いている。バランスをとるために広げた両足は長く、立てばその身長は190cmに届くか、といったところだ。

 公園の少し離れたところからは、ストリートライブでもやっているのかややハスキーな歌声が聞こえてくる。

「学校始まる前に、捕まえておきたかったんスけどねー。やっぱ始まってからコクるしかないんスかね。」
彼はこの春から都内ではなく、神奈川の高校に進学し、そこでバスケをすることになっている。本来であればその準備のために動いているべきなのだが…全中決勝が終わった途端に姿を消した‘彼’を探して彼が進学した高校のあたりをうろついていたのだが…結局、徒労に終わったようだ。

「オイオイ黄瀬じゃねえか。何やってんだオマエ?」
溜息をついていた彼に話しかけてきたのは色黒で、ベンチに座る彼よりもわずかに長身の男だ。
「青峰っち…」
色黒男、青峰は手慰みにボールを回しながらベンチに座る黄瀬の正面に立つ。

「んー、高校に入る前に黒子っちに会っておきたかったんスよ。決勝のあと、なんか黒子っちオレらのこと避けてたし…」
「ふーん…その様子だと無駄骨だったみたいだな。」
明らかに落胆した様子の黄瀬を見て、青峰はシニカルな笑みを浮かべる。

「そうだ!青峰っち!中学最後の記念に1on1やるッスよ!」
いい考えだとばかりに黄瀬はベンチから飛び跳ねる。

「あぁー?…最後に黒星増やしておきてぇのかよ。」
黄瀬は中学2年でバスケ部に入って以降、幾度も青峰に1on1を挑んでいたが、一度として勝ったことはなかった。しかし青峰にとって暇つぶし以上の力を出せる黄瀬との1on1は彼にとって珍しいことに楽しい相手であった。
 皮肉とともに青峰はボールを黄瀬に投げ渡し、ベンチに上着を放り投げてから公園にあるコートに向かった。
 ややハスキーだった歌声は、さらに高音の女の子と思しき歌声が二つ加わり、メロディを奏でていた。


・・・


茜色だった空には完全に夜のとばりが降り、街灯やビルの灯が煌めく中、二人はレベルの高いバトルを続ける。

ドライブで青峰の横を抜き去ろうと動き始めた瞬間、黄瀬の手元にあったボールは青峰によって弾き飛ばされた。
アウトしたボールを追いかけ拾い上げた黄瀬は、ふと公園の少し離れたところから聞こえていた歌がやみ、なにやら騒がしくなっていることに気が付いた。


・・・・・


「いいじゃねぇか。」「歌って疲れたろ?俺らとちょっと飲もうぜ。」「そうそう。」

困ったことになった。
春香と雪歩とストリートライブをやっていたのだが、うっかり夢中になってしまい、ついつい女子だけでうろつくには遅い時間になってしまった。
一息ついて、三人で談笑していると5人の、少々ガラの悪い男に囲まれてしまっていた。

自分一人ならば、多少暴力的な手段と体力にあかせて逃げることもできるが、あまり運動神経のよくない春香が逃げられるとは思えないし、男性恐怖症の雪歩に至っては、小鹿のように自分の後ろで震えている。

(いや、今の自分は卵とはいえアイドルなのだ、多少でも街中で暴力的な行動はおこせない。)
少し前であれば、周囲には先程まで自分たちの歌を聞いていた人たちがいたのだが、自分たちが談笑している間に人影もまばらになってしまい、辺りに居る人は関わり合いになりたくないのだろう、遠巻きに見ているだけか歩き去ってしまう。

「おら、行くぜ!」「嫌じゃねぇんだろ?」
いい返事を返さないことにイラつき始めたのか、男の一人が自分に手を伸ばしてくる。

(こうなったら…!!)

二人を守るためにも掴まれる前に覚悟を決めて、立ち向かおうとしたその時。

「どうみても嫌そうッスけど?」

自分たちの後ろからかけられた声に目の前の男たちの動きが一瞬とまり、次いで不愉快そうな顔を見せる。

「なんだてめえら!?」「呼んでねえんだよ!」「うっせえよ!」
後ろを振り向くと金髪片耳ピアスの男とやたらと色黒の男が立っていた。
驚くべきは二人の体格だろう、二人とも190cm近くの長身で、肩口から覗く腕の筋肉は、なんらかのスポーツをやっていることが一目でわかるほどに鍛えられていた。
絡んでいる男たちにもそれがわかったのか威圧する声に多少怯えが混じっている。

「いや、まあその娘らがどうとかは知らないんスけど邪魔なんスよ。」
「「「「「あん!?」」」」」
「人が集中してやりあってる時に外野が喧嘩してると鬱陶しいんスよ。」
「単にテメエの集中力の問題じゃねえのか?」

挑発しているかのような口調の金髪の人に比べて、色黒の人は興味がないのか、やや後ろで呆れ混じりに見ている。なんらかの運動を中断した直後なのか長身の二人は春先とは思えないほど汗をかいている。

「はん!おせっかいなバスケ野郎てとこか。」
色黒の人が持っているバスケットボールを見て、ガラの悪い男の一人が矛先を向ける。
「そんなに遊びてえなら、バスケでもいいぜ。俺らとお前らでちょうど5人だろ。」
5人組も多少バスケに自信があるのか冷笑を浮かべて、二人を挑発する。風向きが変わってきて、明らかに安堵した雰囲気が春香と雪歩から感じられていたのだが、5人という言葉に再び緊張感が増す。

(ちょうどじゃないだろ!こっちは女子が3人だぞ!)

流れ的にも勝てればいいが、負ければそれこそどうなるかと慌てるが、そんな心情を察したのか、気づかなかったのか

「ああ?オメエらみてえな雑魚がなにほざいてんだよ。」
色黒の人が明らかに気分を害したように吐き捨てる。
「てめっ「そうだ!」あん!?」

色黒の人の言葉に五人組は色めきだつが、金髪の人はいい考えだとばかりに割り込む。
「青峰っち2on5で勝負ッス!どっちが多く点がとれるか!」
「「「「「ああん!!」」」」」「あ!?」

青筋を浮かべる五人組に対して色黒の人は、
「1on1よりオメエにチャンスがあるってか?…どっちにしろオレに勝てるのはオレだけだ。」
五人組など相手にもならないと言わんばかりの、というよりも相手にもしていないようなコメントを金髪の人にむけて言い放つ。



・・・・




結局、2on5でのバスケ勝負となったのが、結果は20対14・・・・対0。
五人組との試合は瞬殺とも思える展開で勝負を決し、余裕という感じの色黒の人と負けて悔しげな金髪の人、そして息も絶え絶えに撃沈している五人組という光景がひろがっていた。

「あーもう!もっかい。もっかいッス!」
「何度やっても結果はかわんねえよ!」
すでに五人組など思考の隅にも残っていないのか二人は言い合いをしている。

「えっと…」「(ビクビク)お、男の人…」
明らかに状況が好転したため、安堵の空気が春香からは感じられるが、目の前で言い合いをする男性という光景に雪歩は脅えていた。
「あの!」
「あん?」「ん?」

思い切って声をかけると、二人は今気づいたという風にこちらを見る。
その様子に(特に色黒の人の睨み付けるような顔に)雪歩は「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げて自分の裾を引っ張る。
「助けていただいてありがとうございました。」
言い合いを中断して首を傾げる二人。どうやらなぜ礼を言われたのか分っていない、というより既に事の顛末を忘れているかのような反応だ。
「…ああ、まぁいいッスよ。こっちが勝手に憂さ晴らししただけッスから。」
「つまんねぇ相手で憂さがたまったがな。」
思い出したのか金髪の人は返答してくれるが、言い合いが中断したのを好機とみたのか色黒の人はすでに帰り支度をしている。
「ちょっと青峰っち!」
ベンチにかけてあった上着を持って公園を出て行こうとする色黒の人を追って、金髪の人は走っていってしまった。




五人組に再び絡まれる前に三人は帰宅の路につく。
「怖かったよー。」
「でも助かったね。」
先程のことを思い出したのかまだ少し怯えの残る雪歩に春香が声をかける。
「二人とも大丈夫だった?」
怪我はないと思うけど、喧嘩とかには慣れていない二人を気遣ってボクも声をかける。
「うん、大丈夫。」「真も大丈夫?」
「うん。いざとなったら、殴ってでも逃げようかと思ったんだけど…」
「駄目だよ!そんなあぶないこと!」「(こくこく)」
「まあ平和的(?)に解決してよかった。」

少しずつ緊張がほぐれてくると、話は助けてくれた二人の話になった。
「名前聞きそびれちゃったね。」
「色黒の人は青峰って呼ばれてたけど…」
脅えてお礼も言えなかったことが心苦しいのか雪歩の少しさびしそうなつぶやきに、金髪の人が呼んでいた名前を告げるが、色黒の人の厳しい眼光を思い出したのか、雪歩はビクッと身を震わせる。
「バスケすごくうまかったよね、あの二人。」
「うんうん。」
「さすがの真もあの二人には敵わない?」
運動神経が自慢と日頃から喧伝している自分に対して、春香が楽しげに尋ねてくる。
「流石に体格が違うし、ボクはバスケやったことないしね。」
自分の今の本職はアイドルだし、もともとやっていたのは空手だ。だがバスケ経験がありそうだったあの五人組を二人で、ほぼチームプレイをせずに圧倒したのを見る限り、自分がバスケをしていたとしても勝てたとは思えない。

「あの金髪の人…」
「かっこよかったよな!王子様みたいだった?」
名前の分らない恩人に心苦しさを覚えたのか雪歩がわずかに沈みがちに呟くので、盛り上げるためにからかうように尋ねる。
「そうだね。さしずめ真の危機を救った白馬の王子様?」
あたふたとする雪歩。からかいは春香のもの。
「なっ!!」
顔が熱を持つのが分る。
「春香!」
「案外、モデルとかやってて真ちゃんと見開き飾ったりして…」
「雪歩まで!」

じゃれあいながら、三人のアイドルの卵は家路を行く。




あとがき

 黄瀬のキャラがおかしい感じがします…チンピラの絡みも不自然感がぬぐえないのですが…一応、ほぼ利用されることのない設定としてチンピラは黒子の2巻で瞬殺された5人組みという設定です。
 時期は高校入学直前。ちょこっとアイマスのドラマCDの設定が入っているのですが、デビュー時期などはアニメ準拠、半年ほど前という設定です。
 あと黄瀬はいったいどこに住んでいるのでしょうか?中学は帝光で、その後メンバーが全国に散らばっていることを考えると、神奈川で一人暮らしなのかなーとおもっているのですが、東京在住で神奈川に通学しているというのもありなのかなーとも思っているのですがどうなんでしょう?
 



[29668] 第2話 おぐっっ!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/23 18:51
「はい、はい、ではまたの機会によろしくお願いします…」
薄暗い、室内から暗い声で電話に応える声が聞こえる。沈んだ声の主は声と同様に沈んだ面持ちで電話を切る。
「音無さん、もしかしてまたオーディションは…」
意を決した様子で男が話しかける。
「ええ…全滅です。」
室内にゴーンという効果音が走った気がした。

「今月に入ってから、だーれも一個もオーディションに通ってないんですよー!!」
泣き叫ぶように絶叫したのは音無小鳥、765プロの事務員だ。


第二話 おぐっっ!

都内某所、765プロ事務所。まだ半年前にデビューしたてのアイドルたちが集まるまだまだ小さい事務所。
待望(?)だった男性プロデューサーが入社し、トップアイドル目指して、ガンガン行こう!と決意したのはつい先日だったのだが…

「もーう、納得できないわ。なんでこの伊織ちゃんが落とされなきゃいけないわけぇ!?」
「仕方ないだろ、向こうが決めることなんだから。」
ウサギのぬいぐるみを抱えた髪の長い少女、水瀬伊織が膨れ顔で言い放つ。周りにいる少女たちに比べて背の高い男性、プロデューサーがそんな伊織を宥めるが…

「ふん、審査員に見る目がないのよ。それかあんたが疫病神か、どっちかね。」
「ぐあ、ひ、人のせいにするなよ。」
返ってきたのは辛辣なコメントだった。若干傷ついたように冷や汗をたらすプロデューサーに反対側から追撃がかかる。
「にーちゃん。亜美たちもっとテレビにでたいよ」
「そっ、そうだよな。」
「今月もお仕事がなかったら来月の給食費がピンチですー。」
「うあっっ、そ、そうだよな。たしかにこのままじゃやばい。」
双子の双海亜美と真美も賛同するように続き、頭の両サイドでふわふわの髪をまとめ上げた高槻やよいも深刻な問題を叫ぶ。
「とはいうものの…そもそもなんでこんなに落とされるんだ?」
少女たちならば受かって当然、とまでは言わないが、幾らなんでも全員が落ちるというのは…なにか根本的な原因があるように感じられる。

「あのー、プロデューサーさんそのことなんですけど…」




「こ、これが宣材…!?」
目の前に広がるのは765に所属するアイドルたちの宣材写真、宣伝材料用の写真であるが…
「なになににーちゃん洗濯するの?」
「じゃなくて、これ。宣材写真だよ。」
「ああ、なんだ。」
真美が興味深げに尋ねてくるので、真美と亜美の写真を見せながら説明するが…その写真はなにかが違う…

 写真の中に映る、双海姉妹はなぜか猿の全身スーツを着ていた。ほかの子の写真もどこかおかしい。眠たげな顔をしているやよい、マリリンモンローのようなあずさ、仏頂面で困惑する千早、こけた瞬間をとらえたような春香、アクション映画のワンシーンかのような真、明らかに青ざめた表情の雪歩、動物に囲まれてじゃれ合う響などなど

「にしても、どうしてみんなこんな感じなんだ」
「なによ、社長が『個性的にアピールしていこう』っていったからじゃないのよ」
「えっっ!?」
 衝撃の事実、個性的…とはいえ、社長が求めていたのはこういう方向性ではないはず…と思いきや、
「この写真、社長にすっごくほめてもらいましたー。」
「…なんか違うと思うんだが」
まずい。これはまずい。こんな受け狙いとしか思えない写真を宣伝に使ってはアイドルとして売れようはずもない…

ちょうどよくやってきた、765の女性プロデューサー、秋月律子に拝み倒すように宣材を取り直すよう進言するのだが…

「むりむりむり、あの衣装で一体いくらかかったと思ってるんですか!?」
折しも、もう一つの懸案事項。765の揃いの衣装が完成したことによって会社の懐事情はほぼすっからかんになっているのだ。

少女たちの懇願にも、困ったように渋る律子だが…

「長い目で見ればこれも、先行投資ですよ。」
という音無さんのメフィストの如きささやきに
「…先行投資ねぇ…」
今の彼女の脳内では、現在の宣材によるマイナス効果と現在の765の懐事情が天秤にかけられているのだろう。目は口ほどにものを言うとはいうが、今の彼女の眼は¥のスロットルのようだ。

「よし!じゃあ、いっちょやりましょうか!」

律子の決定により、宣材を撮りなおすことが決まり。オーディションや練習で各所に散らばるみんなに連絡をいれる。


そのころオーディション会場では
「宣材、取り直すみたいね。」
連絡を受けたやや長身の少女、青みがかった長髪が特徴的な如月千早が同僚の少女たちに連絡事項を告げる。
「新しい衣装でもとるみたいですよ。」
同様にメールを見た、黒髪でボーイッシュな少女、菊地真が嬉しげに告げる。
「はて、前のではいけなかったのでしょうか…」
銀髪で赤いカチューシャをつけた少女、四条高音が疑問を口にする。
「ん?春香?大丈夫?なんだか顔色が…」
「き、緊張しちゃって、心臓飛び出しそう…」
千早は隣に座っている少女の顔色が悪いのを気に掛ける。気が小さいのかオーディションを前に顔を青ざめている少女、緑がかった瞳と赤い髪飾りが特徴の、天海春香はもちろん比喩的な意味で言ったのだが…

「なんと、それは一大事です。すぐに救急車を…」
高音にとってそれは冗談ではなかったようで、慌てて席を立ち、身を翻してどこかに行こうとする。
「うぇ、ちっ違うんです。そうじゃなくて…あの…お手洗いに行ってきます。」
慌てた春香は誤魔化すように、席をたち部屋から飛び出すが…

「きゃっっ!!」「うおっと!」
慌てていたため、扉を出たところで廊下を歩いていた長身の男性にぶつかってしまう。春香は短く悲鳴を上げて尻餅をついてしまう。男性は多少ぐらついたが、自身に比べると相当小柄な少女にぶつかられたぐらいでは対してバランスを崩さなかったようだ。

「大丈夫ッスか?」
ぶつかられた男性は転んでしまった春香を気に掛けるように近づき手を差し伸べる。春香は床に倒れこんだまま、男性を見上げると、その身長はかなり高く、髪は金髪だ。心配げに自分を見つめるその顔は、モデルか俳優か…随分と整った顔つきだった。

「あの…その…」
つい最近、男性にからまれたこともあり、過剰に男性に近寄られて多少脅えてしまった春香は、ふと男性がどこかで見たことのある人の気がして…

「春香、どうしたの?」
手を借りようかと躊躇していたその姿は、見ようによっては男性が無理やり押し倒し、嫌がる少女に魔の手をむけようとしているようにも見えたのか


「!春香から離れろ!!」「おぐっ!!」

扉から出てきた真は、得意の空手を生かして男性の腹部に強烈な一撃を見舞う。
真も春香とともに男性に絡まれたことで、過剰に反応してしまったのだろう。以前のように人目のある街中でもなく人どおりの少ない廊下で、咄嗟だったこともあり、つい全力で殴りつけてしまった。
 よほどうまい具合に入ったのか、真の破壊力がすごいのか…男性は悶絶して、気を失ってしまう。

「ま、真ちゃん!」「大丈夫か、春香!?」


 気絶してしまった男を放置しておくこともできず、とりあえずスタッフの人に連絡をいれるとなにやら慌てた様子で男は回収されていった…多少、気になったがオーディションの順番も近く、注意がそちらにむいてしまい、結局、男性のことは放置状態となってしまった…


・・・・


「うん、まずまずでしょ。」
「まずまずどころか見違えるくらいイメージアップですよ。」
「ふっふ、これなら次のオーディション…」
「ええっ!」
「「いける!!」」
取り直された宣材写真は誰にとっても満足のいくものだったのか、律子と音無の目は皮算用によって¥になっていた。

「プロデューサ~。」
嬉しげにやよいと伊織がプロデューサーの下へ駆けてくる。
「どうした?」
「善澤さんにみんなの写真褒められちゃいました~。」
「へー、よかったじゃないか。みんなのいいところがちゃんと撮れたってことだよ。」
嬉しげに報告するやよいの言葉に、返すプロデューサの言葉も嬉しげだ。

明るい雰囲気に満ちていた室内のドアが不意に開く。
「おっっ!?新しい宣材か。」
入ってきたのは765の社長、高木社長だ。社長は宣材写真を手に取り眺めると
「うーん、これはこれでいいんだが…やっぱり前のもよく撮れてたと思わないか?」
心底惜しそうにプロデューサーに尋ねるのだが、それに同意する声は上がらず、
「…ははは」
新米プロデューサーが社長に強く言うこともできず、苦笑いを返すので精一杯のようだ。

「ところで社長、こんな時間にどうしたんですか?」
返答に窮するプロデューサーをフォローしたのか、音無さんがやや強引に話題を転換する。
「おお、そうだ!実はな…知り合いの伝手で、雑誌の仕事が入ったんだ。」
「えっ!!そうなんですか!?」
要件を思い出した社長の言葉に律子が驚く、
「宣材じゃぶじゃぶの効果が早速でたんだね。」「やったー。」
誰が…という発表もないうちから真美と亜美が喜びを表現する。
「いや、写真あがったのついさっきだし、それは流石に…」
「伝手とは言えよく仕事がはいりましたね?」
音無さんの言葉は暗に「よくあの写真で…」と告げていたのだが、幸いなことに社長にその隠された非難の言葉は届かなかったようだ…

「うむ、まあモデルとの対談企画なのだがな。」
モデルとの対談とは、なんとも…
「誰が出るんですか?」
落ち着いた雰囲気に膝元まで届くほどの青みがかった長髪の女性、三浦あずさがみんなの関心ごとを尋ねる。
 対談ということは、選ばれるのは一人だろう。仕事の少ない現状、雑誌の企画とはいえ誰もが期待する。
「相手はスポーツ万能ということで売れている相手だから、今回は真君がいいだろうと思うのだが、どうかな?」
「僕ですか!?」
社長の言葉に真が驚きの声を上げる。
確かに運動は得意だが、自分の特技はダンスだと思っているため、それを表現しづらい今回の企画に自分が選ばれる可能性は低いと思ったのだろう。

「いいと思います。」
「いいなー、真君。大変なのはヤだけど美希もお仕事ほしいなー。」
プロデューサーが、今回は正しい判断をしたことにほっとしながら肯定し、真の周りには、わいわいとみんなが集まっている。豊かな金髪にほわほわとした雰囲気の星井美希も、普段は「楽がいい。」と言っているものの、新しく宣材写真をとったことでテンションが上がっているのか、珍しく仕事熱心とも思える言葉を口にする。
「対談ということは相手はどなたですか?」
「まこちんの相手役なんだから相手は女の子とみた。」
「真美!」
音無さんの言葉に真美が悪ノリし、真がじゃれつく。
「なかなか凄い相手だぞ。ほら、彼の出てる雑誌だ。」
彼ということは男性なのだろう。
765では、本人には不本意ながら、男役を割り振られることの多い真には珍しいことなのか、はたまたいかなる意図があるのか…

「どれどれ」
机に広げられた雑誌をみんなが囲み、覗き込む。
「おっ、カッコいい相手じゃん!」
黒い長髪を黄色のリボンでポニーテールにしている我那覇響が覗き込んだ雑誌に映る、男性の感想を率直に告げる。
「真のお株が奪われちゃうかも。」
伊織がからかうような笑みで真に告げる。

 写真に写っているのは、金髪のやや切れ長の目をした男性だ。脚が長く、スポーツ万能という評判を表したのか、バスケットボールを持っている。
普段なら伊織のからかいに反応する真は、しかし写真に釘づけだ。
「こっ、この人は…」
写真に写っていたのは、オーディション会場で自分が殴った相手で、そのことを思い出し青ざめている。
「あれっ、この人…」
その場にいた春香も気が付いたのか、真の様子を伺うように見ている。

「どれどれ…ってこの人!黄瀬亮太!!」
「うそ!黄瀬君!?」
覗き込んだ相手が少し前から有名な中学生、この春から高校生モデルとなった黄瀬亮太とあって驚く律子と音無。
「どうかしたのか、真?」
写真を見た真の様子がおかしいことをプロデューサーが尋ねる。写真を囲んでいたみんなも真に注意を向ける。

「うっっ…実は…」
ためらいがちに事の顛末を話す真。次第にプロデューサーの顔が引きつる。

・・・

「うーん、イケメンモデルは実は女たらしの悪人だったのか。」「それでも気絶はやり過ぎだぞ!まこちん。」
 亜美と真美が芝居がかった口調で告げる。結局、あの事件の後、二人ともオーディションに集中したこともあり、その後の写真撮影で忙しいことも加わり、すっかり忘れてしまっていたのだ。
「やっ、だからそれは…」
流石に後ろめたいのかあたふたとする真。注意が真に向いたため雑誌を囲む人が減り、ためらいがちだった雪歩が黄瀬の写真を目にする。

「うーん、そういうことだと今回の企画ちょっと気まずいなー。」
プロデューサーが困り顔で唸る。実際、仕事のない今の状態では選り好みはできないのだが、対談相手が春香に襲いかかろうとした(かもしれない)相手で、しかも悶絶させた相手ともなれば、ともに仕事をするのは気まずい。

「あれ、春香ちゃん、真ちゃん、この人って…」
写真を指さし、ためらいがちに告げる雪歩の言葉に状況はさらに迷走する。







一方、スタッフに回収された黄瀬は、とりあえず疑惑の釈明と説教をくらうこととなり、

「なんなんスか。もー…」
モデルとは思えないデフォルメ顔で涙を流しながら帰宅していた。








あとがき

基本的に両作品は原作通りにしたいのですが…アニメではレッスンを受けている真ですが、黄瀬とのからみをつけたくてオーディションを受けてもらいました。
春香が男性とぶつかるシーンがなにかの伏線かなーと思ているのですが、なかなか出番ないしいいか…と思ってたら書き終わった日に出てきた!!?しかもまだなんか絡んできそう!?
 ひとまず保留してこのままでいってみます(汗)
アイマス側で一度に大量の登場人物がでるために、紹介が難しい…台詞もどうすればすっきり読めるのか…いろいろ試行錯誤しているのですが、もしかしたら一人二人紹介し忘れている方がいるかも(汗)キャラが壊れている、違うというのは一応アニメをみての独断とwiki参照した結果なので生暖かい目で見てください。
一話で暴力は、とか言ってたのに二話でいきなり矛盾した感じがするのですが、無理やり感は展開の都合上です。一応つじつま合わせの説明はしてますが…チキンハートの初心者ですので酷評は勘弁してください。 



[29668] 第3話 それじゃあ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/23 18:51
第三話 それじゃあ

「うーん、ここッスか。」
事前に渡された地図を片手に黄瀬は765プロダクション事務所前にやってきていた。一階はたるき亭という名の定食屋らしい。

「仕事に入る前に話したいことがあるから、事務所の方に来てほしい…って、それはまあいいんスけど…随分と…ボロそうなとこッスね。」
事務所のある2階に行くためエレベーターに乗ろうとするが、エレベーターの扉には故障中の紙が随分以前から貼られていた様子で貼り付けられていた。
 階段を上り、事務所の前に立ちノックをする。中からなぜか慌ただしい音がする

「ちょ、もう来ちゃったの!?」「社長、早く準備してください!」「真、しっかりしなさい!」「プロデューサーもしっかりしてください。」・・・・

「…」
しばらく待つがなかなか騒動が止む気配はない…仕方なく…
「こんにちわッス!今日仕事でご一緒する予定の黄瀬亮太ッス!」
多少、営業用の入ったスマイルで扉を開けて中に入る。

「ごっ、ごめんなさい!!」
入った瞬間、出口のところまで駆けてきた黒髪の子に勢いよく謝られた…
「ま、真、いきなりそれじゃ…黄瀬さんが混乱してるよ。」
頭を下げている子の後ろから額の両側で赤いリボンを留めている子が話しかけてくる。その顔はどことなく…どこかで見た気がする…
「あの…黄瀬さん、この前はすいませんでした。」
結局、その子もろくに事情を説明せず黒髪の子同様、頭を下げたため、黄瀬の混乱は高まっていく。
「…えっと、どういうシチュエーションなんスか、コレ?」
「春香もそれじゃ、分らないよ。」
頭を下げる二人から視線はずし、あたりを見るとメガネをかけた男性が呆れ顔をしていた。
「ようこそ765プロへ、黄瀬君。わざわざ来ていただいて申し訳ない。僕はこの子たちのプロデューサーです。」
今日はよく謝られる日だ、扉を開けて1分もたたない内に3回も謝られている。とはいえ今度の男性はまだ落ち着いているようだ。

「…で、これは、どういう状況なんスか?」
「うっぅ…そうだね。真、春香も顔を上げてまずは自己紹介しないと。」
プロデューサーのとりなしで、顔を上げる二人、リボンの子もそうだが、黒髪の子もどこかで見た覚えが…

「菊地真です。あの、覚えてますか…?オーディション会場で、その…お会いしたことが…」
会ったことのある、という言葉に疑問が沸き立つ。アイドルになるほどの女の子と会ったら忘れることはないと思うのだが…あらためて目の前の女の子を見てみる。
肩口くらいまで伸ばされた黒髪、黒を基調とした服装、普段は快活そうな顔つきは今は申し訳なさそうな色をしている…なぜか腹部が痛んだ気がした…

「まこちん、ちゃんと言わないとだめだよ。」「そうそう、いつぞやは悶絶させてすみませんって。」
扉の横、衝立の上から顔をのぞかせるように、よく似た顔の女の子二人が声をかけてくる…がその内容に頭を傾げる。

(悶絶…?)
「あわわ、亜美、真美!!」「あゎわわ…」

「………ああああぁ!!もしかして…あの時の子…!!?」
「「ご、ごめんなさい!!!!」」
 突如として殴られたことで直前の記憶が跳んでいたのだが、どうにか思い出し声を上げる黄瀬。
雪歩から以前のことも聞かされ、勘違いだったのではないかという思いからテンパってしまった二人…結局、混乱した場が収まるまで、10分ほどの時間を要したのだった…


どうにか落ち着いたところで、応接室-と言っても小さい机と来客用の椅子があるだけなのだが―に通され、事の顛末をプロデューサーから聞かされる。

「仕方ないかもしれないスけど…ショックッス…」
「ごめんなさい。」
「まあ、ぶつかったのはこっちも悪かったスけど…いくらなんでも襲いなんてしないスよ。」
「申し訳ありません。本人も反省してますし、できれば騒ぎを大きくしてもらいたくはないのですが…」
 黄瀬としても、あの程度でとやかくいうつもりはないのだが、あからさまに落ち込む二人、真と春香をみて、
「それじゃあ、真ちゃんとデート一回ってのでどうっスか。」
いたずら心が湧いたのか、にこやかにアイドルに対するものとは思えない提案をする。

「うぇっ!!?」「デ、デートっっ!!?」
「いや、それは…」
事務所的にも完全にNGな提案だったのだろう、沈んだ雰囲気はなくなったが、ひどく狼狽し始める。

「うーん、やっぱりイケメンモデルは女たらし…」「だめだよ亜美ちゃん、そんなこと言っちゃ…」「今の条件で許してもらうわけにはいかないのでしょうか?」「まあ、さすがに真もアイドルだしダメだろ。」

なにやら部屋の外からも声が聞こえる。慌てた様子ながらも流れていた重い空気が消え去ったことに、ふっと笑みをもらす。
「冗談ッスよ。別にもう怒っちゃいないッスから。」
「「えっ!?」」
「いくらなんでも事務所で女の子、口説こうとはしないスよ。」
暗い雰囲気が消えたことで気まずさもなくなるだろう。暗いままでは対談するにも気が重い。仕事とは言え、せっかく女の子と過ごせるのであれば楽しいほうがいい…と思ったのだが、

「うーん。事務所では…か。」「まこちん、脈ありかな。」「ふぇ、真さんつき合っちゃうんですかー?」
なにやら外野の騒々しさは増したようだ。そちらに目を向けると、先ほども居たよく似た二人の女の子とおでこをだした長髪の子、ふわふわの髪をツインテールにした子が隠れるようにこちらを見ていた。
 黄瀬は、にこやかな笑顔とともに軽く手をふる。

「ちょっと、あんたたち、いい加減にしなさい!!」
後ろから怒声が聞こえ、女の子たちは引っ込む。すると
「…分りました!!」
「へっ!?」「えっ!?」「真!?」
意を決したような声が机の対岸-先ほどまで沈んでいた真-から聞こえる。

「デート一回でいいんですね!」
「あ、いや…」
「ボクが播いた種は、きっちりとボクが片付けます!見ててください、プロデューサー!」
「見ててくださいって…」
どうやら冗談、というのは聞こえなかったのか…なにやら妙な責任感に突き動かされているようだ…とそこに、
「…真だけのせいじゃありません!私も頑張ります!」
「うぇ!!?」
妙な連帯感が湧いたのか真の隣に座る春香まで妙な決意表明を始める。
思わぬ展開に黄瀬は目を瞬かせる。

「なになに、二人だけデート!?」「ずるーい、真美たちも行くー!」
引っ込んだはずの子たちまで室内に乱入してきた。ただし二人の気分はほとんどピクニック状態なのだろう…

再び場が迷走し始め…
「お前ら…いいかげんにしろー!」
プロデューサーの爆発によって、終焉を迎えた。

・・・・

 とりあえず騒動は、黄瀬が「もう怒ってないし、いいッスよ。」と改めて説明したことで収束する。
「あの…」
応接室を出て出口に向かう途中、ボブヘアーの女の子がおどおどしながら声をかけてきた。
「ん…なんスか?」
黄瀬は愛想よく振りむくも、視線を合わせたその瞬間、
「ヒッ、お、男のひと…」
小さくつぶやいて後ずさりしてしまった。
「…」
女たらし疑惑をかけられたこともあり、かなり傷つく反応なのだが…少女の様子に、春香が思い出したように尋ねてくる。
「黄瀬さん!あの3月ごろ、夜の公園で危ない所を助けていただいたんですけど、あれは黄瀬さんですよね!」
「3月ごろ、夜の公園?」
あまり記憶に残っていない内容のため、考え込むように首を傾げる。夜の公園…

「ああ、たしか青峰っちと勝負したときに、女の子たちがいたような…」
黄瀬にとって、その時相手をした五人組はすでに記憶にも残っていないような相手だったのだろう。
「あの時は、危ないところを助けていただきありがとうございました。」
「ん?」
黄瀬としては青峰と勝負をしていたという記憶しかないのだが、
「そうだ!あの時は名前も聞けなかったんですよね。改めてありがとうございました。」
真も春香にならって感謝の意を述べる。
「萩原雪歩です。そ、その…ありがとうございました!」
脅えるような挙動は隠しようがないが、それでも勇気を振り絞ったボブヘアーの少女、萩原雪歩も感謝をのべる。



その後、黄瀬と真、プロデューサーは対談企画のため会場に赴く。
 どうやら、スポーツ万能の二人の企画だけあって、運動している写真も撮りたいからということらしい。

 カメラマンからいくつかの質問を受けながら、黄瀬と真は対談をこなしていく。

・・・・

「黄瀬さんはこの春から高校生になったと聞いたんですけど、生活とかは変わった感じがしますか?」
「そうッスね。まあ、学校はバスケ中心なんで、サイクル自体はあんま変わんないスけど、チームが変わったんでちょっとやりにくいッス。」
「バスケ中心、ですか…」
「そッス、練習が厳しくて…真ちゃんは半年前にデビューしたんスよね。仕事の方はどうスか?」
「うっ!?なかなかオーディションに通らなくて…でもこの間、宣材写真を取り直したし、事務所でおそろいの衣裳もできたし、これからガンガン頑張ります!」
「うん?なんかカンペみたいのがでてるッスね。ふーん、真ちゃん女の子のファンが多いんスか?」
「ウェ!?またこの質問…この間も記者さんに、この質問されたんですよ。その前も!みんなそろってボーイッシュだからって言うんですよ!ボクだって可愛いふりふりの衣裳着たいのに…」
「へー、たしかに可愛い系の服も似合いそうッスね。真ちゃん可愛いから。」
「かわっっ!!き、黄瀬さん、はどうですか?」
「どうって、まあ一応女の子のファンが多いみたいッスよ。流石に。」
「あっ、そ、そうですよね。えーと、そうだ、バスケ!バスケやってるんですよね。ボクも運動は得意なんですけどバスケはやったことないんですよ。バスケを始めたきっかけってなにかありますか?」
「きっかけッスか…憧れた人がいるんスよ。昔から運動は好きだったんスけど、あんまライバルになるヤツとかいなくて、どっかにすごいヤツいないかなー、って思ってたら同じ中学の同級生にすごいバスケうまいヤツがいたんスよ。そんでこの人とバスケがしたいって思ってその日にバスケ部に入ったんス。」
「へー、高校ではどうですか?」
「んー、その人とは別の高校になったんで、勝負が楽しみッス。」
「憧れの人との勝負にむけての自信はどうですか?」
「いつやっても自信満々スよ。団体戦よかそっちのが楽しみッスね。」
「…団体戦よりって、それはダメですよ。」
「えっ!?」
「ボクはバスケあんまり知らないけど、やっぱりみんなといるから楽しいんだろ!…あ、いや楽しいと思いますよ。」
「…」
「えっと、団体戦なんだから、大事なのはみんなに対して、自分が何ができるか…だと思うんだけど…」
「…」
「…」
「くっくっ…」
「へっ?」
「昔、似たようなことを言われたことあったッスよ。」
「えっと、それって・・・・・


・・・・・


「ふーん、これが例の雑誌?」「あっ、プロデューサー、出来上がったんですか!?」
「ああ、真。見させてもらってるけどこうしてみてもやっぱり、ちゃんと受け答えできてるし、写真もいい感じじゃないか。」
「ホントだ。真君かっこいい!」
「うぇ、なんでかっこいい?」
「だって黄瀬君とバスケしてる絵なんてすっごくかっこいいよ?」
「う、う、う…今回はいけたと思ったのに…」
「はは…お、でもこの写真はいいじゃないか。」
「えっ!?」
「あ、ほんとだ。こうしてみると…照れてる真君かわいー!」
「え、かわい、えっ!ちょっと…」
「ねえねえ、みんなもこれ見て!」
「あ、ちょっ、美希!」




[29668] 第4話 ん、ちょっとした合宿ッスよ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/23 18:52
「おお、そうか。ついにイベントの仕事を決めてくれたか。ははは、やるじゃないかそれでこそ我が765プロのホープだ。」
「はい、がんばって営業かけたかいがありました。」
「うむ、サポートは任せたぞ、律子君。」
「はい、任せてください。」
社長室では社長とプロデューサー、律子がなにやら話あっている。突然事務所の扉の開く音が聞こえ

「待って雪歩!」「ちょっと雪歩!」
春香と真の静止を求める声が響き、雪歩の泣きながら駆ける音が聞こえる。

「な、なんだ!?」
突然の事態に、プロデューサーは廊下にでると、そこには事務室に駆けこむ雪歩たちの姿を見つける。
「ごめんなさい。私、私…ごめんなさーい。」
「しょうがないよ、今日はたまたま男の先生だったんだから。」
「ほら鼻水が洋服についちゃうよ」
泣く雪歩を宥めるように真と春香がやさしげに声をかける。少し落ち着いたのか泣き声が弱くなるが…

「全く雪歩の男嫌いのせいで全然レッスンになんなかったわよ。」
伊織の言葉に雪歩の肩が大きく震え、泣き声が再び大きくなる。
「伊織!そんな言い方ってないだろ雪歩がかわいそうじゃないか。」
「なによ、ほんとの事言ったまでじゃない!」
相性が悪いのか、真と伊織はよく喧嘩するが…今はそれよりも…

「そうなのね、こんな私なんか、私なんか…穴掘って埋まってます―――!!」
比喩表現だけでなく、事務所に穴をあけて埋まらんとする雪歩を止めるのが先決だろう。


第四話 ん?ちょっとした合宿ッスよ


「はーい、注目!」
律子のよく通る声が事務所にひびき、ついでホワイトボードを叩く音がひびく、

「降郷村の夏祭りイベントでのミニライブが決まりました。全員参加よ!」
みんなの喜ぶ声であふれる。ようやくの大規模イベントの予感にみんなの期待が高まる。
「それと、このイベントは彼がとってきた初仕事よ。」
「っ頑張るからな」
律子の紹介に緊張したように宣言するプロデューサー、
「ちょっと大丈夫?」「にーちゃんにはまだ荷が重いかな。」
伊織と真美の辛辣な言葉にプロデューサーの顔が引きつる。

「が、頑張るからな…」

・・・・

「荷物積み込んだ奴から車に乗れよ!」
降郷村は遠く、当日出発のため早朝のまだ暗い時間帯にみんなは事務所前に集合し、出発の準備をしていた。

「そ~れは、しゃすがに触れないよ~。」
「ちょっと美希、こんなところで寝ちゃダメでしょ」
普段から眠た気な美希は、早朝とあってか輪をかけて眠そうにし、というか車の荷台で荷物に乗っかって寝ようとし、春香はそんな美希を起こそうとしている。

「前のりとかできなかったの?」
「悪い、向こうのペンションが先に抑えられちゃってて。ほんとごめん!」
「しょうがないわね…」
早朝より集合させられ、若干不機嫌な伊織がプロデューサーに不平を告げる。

車内では荷物を積み終えた雪歩、真、春香が楽し気に話している。
「真ちゃん。ステージで歌えるなんてスゴイよね。私、緊張するけどすっごく楽しみ。」
「その意気だ、雪歩!」
「雪歩!がんばろ!」
互いに鼓舞する三人だが、
「雪歩気合いはいってるな。」
様子を見に来たプロデューサーの存在に慄く、男性恐怖症の雪歩が飛びのき二人を押しつぶしていた。

「やっぱオレ嫌われてるのかな…。」
入社して数か月経つにも関わらず、拒絶感を露わにする雪歩の態度に傷心のプロデューサーにかけられたのは
「じゃまよ!」
伊織の容赦ない一言であった。

・・・・

どうにか出発し、夜明けとともにだんだんと明るくなってくると車内の雰囲気も明るくなり、目前に迫ったイベントにみんなのテンションも高まる。まだ見ぬ降郷村の特産やあるはずの豪華な食事に思いを馳せ、一層テンションを高めあっている。

…が、到着したそこは、名前のごとくの故郷の村であった。

着いたのは閑散とした木造の校舎と学校のグラウンドに設営された、ベニヤのステージ。出迎えは牛や犬の鳴き声と近所の子供たちの765の無名さをはやし立てる声であった。

・・・

「あ~、怖かった。」
「大丈夫、雪歩?」
「うん、なんとか…」
「雪歩、犬も苦手だったもんね。」
「うん。」
チワワほどの子犬でも恐怖の対象となってしまうほどに犬嫌いの雪歩は、子供たちとともにいた犬に吠えられ、涙目になっていた。そんな雪歩を心配する真。
「でも、なんだか大自然な感じのところだね…うわ。」
空気のおいしさをたしかめようとした春香は、突如鞄を下に引かれバランスを崩す。先ほど囃し立てていた子供たちが春香や真にまとわりついて困らせている。
 雪歩はその光景を苦笑いで見ていると、
「あっ!どうも!ようこそ降郷村へ!!遠いところをようこそ来ていただきました。
えっと、なごむプロさん!」
「!!!」
白い歯が眩しい、ねじり鉢巻きに土木業者のようないでたちの男性たちが朗らかに声をかけてくる。
しかし雪歩にとっては恐怖の対象だったのだろう、「あうあう。」とうめきながら後ずさりしていく。
「…いや、えーと765プロです…」
「あっ、控室とお食事、用意させていただいてるんで。ささ、どうぞどうぞ。あっ、それと申し訳ないのですが体育館の方は…」
名前を間違えられ、双方多少なりとも気まずそうにしている隙に、雪歩は逃げ出そうとするが…

「どうしました御嬢さん。」
その先には、逃げてきたところにいたのと同様の集団が笑いかけており、
「っっっっ!!!!」
「どうした、雪歩!?」
「っっっっ、お、男の人が…いっぱい…」
声にならない悲鳴を上げて、気を失ってしまう。


「じゃあみんな、荷物置いたらリハーサルの準備するわよ。」
校舎内に仮設された、控室には簡単な食事が用意されており、みな休憩をとっている。
予想していた豪華料理はないが、おいしそうに食事をとっていたが、失神から回復した雪歩はまだ青い顔をしており真に扇がれている。

「ふー、思っていたのとちょっと違ったなー…いかん、俺がテンション下げてどうする。」
思わずため息が漏れてしまうのも仕方ない話なのかもしれない。
「あのー、すいません…」
そこに青年団の人と思しき男性が近寄ってきて、

・・・・

「なんで私たちがこんな事しなくちゃ、いけないのー!!」
なぜかアイドルの伊織やあずさ、やよいたちが料理に駆り出されていた。伊織は玉ねぎの汁が目に入ったのか涙を流しながら高速で玉ねぎをスライスしている。
「ごめんなさいねぇ。実は体育館を使ってる団体さんのお食事も用意しないといけなかったんだけど、人手が足りなくて…」
「あ、ボクたちも手伝います!」「私も…」
雪歩は回復したのか、真ともに調理場にやってきて手伝いを申し入れる。

廊下から団体がこちらに向かってきている足音と、がやがやとした話し声が聞こえる。団体の先頭にいた人が、調理場に入ってくる。
「あのースンマセン。昼食をもらいたいんスけど、どこに行けば…」
真たちがその声に振り向くと、そこにいたのは
「「えっ!!!?」」
つい先日、雑誌の企画で仕事を共にした金髪長身のモデル、黄瀬だった。
「あれー、真ちゃんたちなにやってんスか。こんなとこで?」
「え、あ、ボクたちは…」
「あらあら、黄瀬さん?」「ん?あんたこそなにやってんのよこんなとこで。」
黄瀬の問いにしどろもどろになる真の後ろから、あずさが黄瀬を見つけ、伊織が涙目のまま問いかける。
「ん、ちょっとした合宿ッスよ。ところで…」
「あらあら、ちょっと待ってください。すぐに出来上がるので、そうねぇ隣のお部屋を…」
おばさんが食事場所について説明しようとし、

「黄瀬ぇ!なにやってんだ!」

怒声とともに出口のところにいた黄瀬が蹴り飛ばされた。入ってきたのは青年団の人とは違う服を着た男性だった。
「うお!いやちょっと知り合いがいて…」
「あん!?」
黄瀬が弁明しようとするが、男性は空腹で気が立っているのか睨み付けるような顔で真達をみる。
「ヒゥッッ!!」
男性の剣幕に雪歩が短い悲鳴を上げて、顔を蒼白にする。


 怒りの形相の男性を黄瀬が宥めながら隣の部屋に案内したあと、料理が完成し、大量の食事を隣室に運ぶ。そこには揃いのジャージにTシャツ姿の男性たちがいた。しかし村の青年団とは違うのだろう、まだ高校生のように見える。なにより現役高校生のはずの黄瀬がここにいるということは、

「合宿!?こんなところで?」
食事を運び終えると真達は黄瀬の近くに座り、事情を尋ねていた。
「まあ、本来だったら、もうちょい遅い時期に別のところでやるんスけど…」
「??」
なんだか言いづらそうにする黄瀬に首を傾げる。少し恥ずかしいのか、頬をかきながら
「実はこないだ練習試合で負けたもんで、臨時に合宿が入ったんスよ。そんで監督の知り合いの関係でペンション借りてここの体育館で練習することになったんス…」
 自信のあるバスケで負けたことを話すのが恥ずかしいのか少し歯切れが悪い。
「そっか、でもおかげでここで会えたんですね。ね、真ちゃん。」
「うぇ、いや、その…」
「そうっすね。会えたのは嬉しいッスけど…ハア」
「うれし…、っど、どうかしたんですか?」
軽い口調ながら、面と向かって可愛いと言われたり、デートに誘われたりと今までにない接し方をしてくる黄瀬に戸惑う真。気をとりなおして溜息をつく黄瀬に真が尋ねる。
「いや、試合に負けたの思いだして…試合に負けたのはバスケやってて初めてだったんスよ。」
「そうなの!?」
負けたことは確かに落ち込むことなのだろうが、それまで負けたことがないというのは驚きだ。
「しかも黒子っちにはふられるし。高校生活いきなりふんだり蹴ったりッスよ。」
「えっ!?…」
黒子っち、って…誰?という声は言葉にならず

「黄瀬ェ、とっとと食え!」
先程、調理場に来ていた男性が怒鳴りつける。
「まあまあ、笠松、食事の後は休憩だろ?いいじゃないか。それより気づいたか?」
「あぁ!?」
「一番左の女の子、超カワイイ。」
「テメエも早く食え!!」
「ビクッ!」「…」「…」
小声で話された一部の会話は聞こえなかったが、最後の大声に一番左に座る女の子、雪歩が身を震わせる。
「そっで、だっなんだ。この子っ!」
早々に食事を終えたのか短髪で眉毛の太い男性が黄瀬にまとわりつくように何事か話している。
「以前仕事で会った娘らッスよ。あとラ行はっきり。」

「これ運んできてくれてたけど、もしかして君たちが作ってくれたの?」
先程怒鳴りつけられていた人が復活したのか、黄瀬の隣に腰掛けて尋ねてくる。その視線は雪歩の方にむいており、雪歩は顔を青ざめさせている。
「えっと、ほとんどは地元の方とあずささんたちです。」
雪歩の表情が恐怖におののいているのを不安げに見ながら、春香が答える。
「君が作ってくれたかと思うとすごくおいしかったよ!」
今にも手を握らんばかりに近づく男性に雪歩は、
「ご、ごめんなさーい。」
謝罪とともに脱兎の如く走り去ってしまった。そして
「雪歩!」
春香も雪歩を追って走っていってしまう。

「…」
残された真は、困ったように雪歩と春香の後ろ姿を眺めている。
「…ところで真ちゃんたちはどうしてここに来たんスか?」
「…あ、事務所の仕事で村の夏祭りのイベントのミニライブをやるんです。」
結局、真は雪歩のことを春香に任せ、説明していなかった自分たちの事情を説明することにしたようだ。
「へー夏祭りがあるんスか。」
「って、知らなかったの!?」
「まあ、練習に来たんで祭りがあっても…」
「休憩時間は祭りの設営準備になってるぞ。」
行けないッスと続く言葉は、笠松と呼ばれた人が少し離れたところからかけた声に消える。
「えっ!!初めて聞いたッスよ、それ!?」
「オメエには今、初めて言ったからな。」
「ちょ、キャプテン!?」
「監督の知り合いのとこに来てんだ。そこのイベントに引っ張りだされるのは当然だろが。」
淡々とした感じで笠松は告げる。
「まあ、朝・昼・夜の練習の合間にちょっと手伝えってことだよ。」
「ちょ、それ休憩時間…」
「ウダウダ言ってんじゃねェ!!オラやることあんだからとっとと食え!」


死んじゃう―――!!という絶叫が食堂では響き渡ったとか…

結局、昼の休憩時間、海常は体を軽く動かしながらの休憩ということで夏祭りイベントの手伝いをすることとなる…



「真、ちょっとそれ向こうに持って行って!」
律子から指示がとび、真は機材を運ぼうとするが…

「手伝うッスよ。向こうでいいんスね。」
横から黄瀬が声をかけ、重たい機材を運んでいく。真は機材の付属品を手に取り、
「それくらいボクでも持てるのに…」
とつぶやくが顔色が少し赤くなっている。


機材を運んでいる途中、
「黄瀬さん、練習時間はいつからですか?」
「3時からッス。」
「海常の人たちも疲れてるのに、ごめん。」
「いやまあ、そこは真ちゃんが謝るところじゃないッスよ。」
無言で同行するのも気まずく感じて、真はためらいがちに話しかけるが、どうしてもいつもの調子がつかめない。

「そ、そうかな…ボクたちライブをやるんだけど時間があったら聴きにきてくれませんか?」
「ライブ?えっと、何時からッスか?」
「え、えと何時だっけ…あ、たしか6時半ぐらいです。」
昼・夜の休憩時間にも手伝いをするとか言われていたが、流石に祭りの最中に部外者が手伝うことも少なくなって、時間も少しは作れるだろうと考え、
「その頃なら一応、休憩時間ッスからなんとか聴きに行くッスよ。」
黄瀬の言葉に真は嬉しげな表情を見せる。
「絶対ですよ!」

・・・

機材を運んだ黄瀬は打ち合わせとリハーサルがあるという真と分れ、仮設ステージ近くで手伝いの作業を続ける。そこに先輩である森山が背後から近づき、
「黄瀬!」
なにやら真剣な表情で肩を掴んでくる。
「な、なんスか…?」
言い知れぬ迫力に思わず身を引く、

「…さっき食堂で会ったあの娘の名前教えてくれ!」
引いた距離の分、詰め寄ってきて森山は黄瀬を問い詰める。
「えっと、どの娘ッスか?」
昼食時の様子で大体の予想がついたが…念のために確認しておく、

「左端に座ってた、水色の服を着た、超カワイイ娘だ!」
「…たしか萩原雪歩ちゃんッスよ。」
黄瀬と話すときにもおどおどと脅え、男性恐怖症という風に聞いていたし、あの逃げっぷりではここで関わりをつくるのは気が引けたが、肩を掴む手の力が、時をおく毎に万力のようになるのを感じ

 まあ、アイドルなんだし、名前が売れてなんぼッスよね…

という判断に至り答える。

「雪歩ちゃんか…」
森山はなにやらときめいた顔をして浸っている。「なんだかなー。」と思いつつ、仕方なく森山を見ていた黄瀬は、

「テメエら練習再開だ!っつってんだろが!!」
先程から集合を告げていたらしい笠松の声に気づかず蹴り飛ばされることとなる。



[29668] 第5話 イェーイ!!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/23 18:52
「えー、降郷村のみなさーん!765プロ夏祭り、特別ステージにいらしていただいてありがとうございまーす。今日は私たち…」


第五話 イェーイ!!


 律子の宣言で祭りのイベントが始まる。しかし、舞台裏では慌ただしく準備が継続されていた。
「あーん、引っかかってとれないよー。」「みんな落着けー。」「ふわぁ。」「とにかく落着けー。」「伊織は本番までの間、出店手伝ってあげてくれー。」「なんで私が…!!」・・・・

バタバタと駆けまわるアイドルたちを、自身テンパりながら落ち着かせようとするプロデューサー。
一方、喧噪から少し離れた舞台裏の隅では…

「はい、お茶。ちょっと落ち着いた?」
「うん。」
しゃがみこむ雪歩とそのそばに真と春香の姿があった。真はボトルを手渡しながら雪歩に尋ねる。
「なるほど、青年団と海常の人たちが怖かったんだね。」
「でも、みんないい人そうだけどなぁ。」
 先ほどのリハーサルでは、歌を歌うどころか、前列で応援してくれていた青年団の人たちの姿に怯え、ひどく取り乱してしまったのだ。

「私、やっぱり無理なのかな?」
「「えっ!?」」
雪歩の深刻な呟きに思わず声をあげる。
「私、男の人苦手だし、緊張しちゃうと何やってるか分らなくなっちゃうし…」
昼食の時も、準備の時も先ほども、男の人に話しかけられると、耳から入ってくる言葉とは別に、頭の中でまるで脅されているかのように聞こえてしまう。目に映る人影は恐ろしい鬼のように見えてしまうのだ。
「みんなと一緒に頑張りたいけど…」
真と春香はなんと声をかけるべきか悩み思わず顔を見合わせる。舞台ではイベントが始まる。


あずさとやよいのシブメンコンテストでは、あずさが求婚されたり、自慢の一品であるはずの家畜が暴れだすというハプニングが起こるも、やよいのマイペースな進行と飛び込んだ響の機転で場は盛り上がる。
美希のともすれば村を貶しているとも思えるトークショーは、美希の独特の語り口調と雰囲気に和やかながらも客受けしている。

「みんな…すごいな、」
呟く雪歩の声は、先ほどよりも沈んで聞こえる。
「私なんか、男の人見ただけで怖くなっちゃうのに、」
「雪歩…」
「ごめんね、春香ちゃん、真ちゃん、私いつも足引っ張ってばっかり…やっぱり私にはアイドルなんて…」
話している内にどんどんと顔を俯かせてしまう雪歩に、真は思わず怒鳴るように話しかける。
「雪歩!どうしてそんなこと言うの!ボク、雪歩がいつもどの仕事でも一生懸命頑張ってるのを知ってるよ。」
「そうだよ、足引っ張ってるとかそんなこと言わないで!」
真の言葉に雪歩も続く、
「でも、私…」
「不安なのは雪歩だけじゃないよ。」
反論しようとする雪歩に春香は少し固い笑顔を浮かべ、
「私だってさっきから緊張で足、震えちゃって…」
「あっ、実はボクも…」
見れば、真と春香の二人の足元も緊張のせいか細かく震えている。

「ねっ同じだよ、だから3人で力を合わせて、ステージ成功させようよ!…ねっ!」
俯いていた雪歩の顔が上がる。春香は手を差し伸べ、真がその上に自らの手を重ねる。それを見た雪歩は、おずおずと手をさしだし重ねる。

「「「765プロ、ファイト!オー!!」」」
3人の声が合わさり、怯えが消える。様子を伺っていたプロデューサーはその様子を見て声をかける。
「さっ、そろそろ出番だぞ。」

3人は舞台袖から観客席を覗き見る。3人の結束で男性と観客への恐怖心をなんとか克服した雪歩は、しかし客席の前列に苦手な犬が鎮座しているのを見て涙を流しながら逃げ出してしまう。

・・・

「犬までいるなんて…」
再びしゃがみこんでしまった雪歩の声は、涙で震えている。

「雪歩さん…ですよね?大丈夫ですか?」
後ろから控えめな調子で声をかけてきたのは昼食時に黄瀬の隣に座ってきた海常の男の人だ。一人になってしまった雪歩は、思わず恐怖心から身を引いてしまう。

「犬と…男性が苦手なんですか?」
態度とさきほどの言葉を聞いていたのか、男は無理に近寄ろうとはせず、しゃがみこんで目線を合わせて尋ねる。
男の言葉に威圧感はなく、無理に近づいてこないことからも危害を加える気がないのは分かる。しかしどうしても雪歩の怯えは消えなかった。
「…分りました。ならオレが守ります。任せてください。必ずステージに犬を近づけません。絶対に吠えさせたりもしません…約束します。」
誓いをたてるような男の言葉に雪歩は
「あの…名前…」
消えいくような声で名前を尋ねる。
「海常高校3年、森山由孝です。」
森山は名を告げながら手を差し伸べる。その手を掴もうか逡巡した雪歩は、ふと森山の後方に見知った顔が居るのに気づく。
 自分を追いかけてくれたのだろう、春香と真、プロデューサー、そしていつの間にか来ていたのだろう黄瀬がやさしげな顔でこちらを見ている。
 そろそろとその手をつかんだ雪歩は、立ち上がった森山につられるように立ち上がる。そして…

 先に行っててほしい、という雪歩の言葉に春香と真は二人で舞台に立ち、時間を稼ぐ。客席の前列、鎮座する犬の真横に森山は構えるように立ち、舞台を見つめる。

「ソッコーで夕食済ませたと思ったら、何やってんスか森山センパイ。」
隣に立つ黄瀬が呆れたように尋ねる。
「今日のオレはあの娘のために戦うと決めたんだ!」
ところどころで間を外してしまう、この先輩にしては珍しくまともなことを言う。しかし戦う相手が、おばあさんに抱えられるほどの小さな犬というのを考えるとやはりズレているのかもしれないが…

 ステージの上では懸命に真と春香がトークで時間を稼いでいるが、まだデビューして経験も浅い二人が、初めてのステージでアドリブで引き延ばせる時間など微々たるもので、早くも行き詰まりかけている…そこに

「おまたせ!!」
雪歩の声が響き、安堵した様子の真と春香が振り返る。
「雪…ほぅ?」
しかしその顔は安堵から一転、驚愕に固まる。

「イェーイ!!」
普段着で出ている二人とは異なり、到着した雪歩の衣裳は村の雰囲気とは合わない、派手な衣装で、頬にはペイントまでされている。
 思わぬ姿とハウリングを響かせた入りに真と春香、観客が固まる…
反応のない観客に一瞬慌てる雪歩は、しかしめげることなく、

「イ、 イェーイ!」
再度繰り返す。しかし心なし声はさきほどよりも小さくなっている。反応の返せない観客に焦る雪歩は、

「イェーイ!!!」
客席の前列から返された声に小さく顔を向ける。そこには、声を返してくれた黄瀬と犬を警戒してか声をあげれなかったがジェスチャーは盛り上がっている森山がいた。
 続く声もなく沈黙が訪れるかと思われたとき、
「「「「イェーイ!!」」」」
客席の後方から、海常の人たちが盛り上げようと声を上げていた。そして
「イェーイ!!!」「はーりきっていくよー!!」
すぐそばから真と春香の合わせる声がひびく。その様子に客席もつられるように盛り上がり始める。
 場が盛り上がったことで3人の表情も明るく、雪歩の呼びかけにもノリよく応える。
 

 軽快なリズムの曲がうたわれ、歌の最中、真と春香は早着替えによって祭り衣裳に着替え、ダンスを加え始める。大きな盛り上がりとともに3人の歌が終わる。
 真たちが視線を黄瀬たちに向けると、黄瀬たちは笠松になにか話しかけられている。ふっと、黄瀬がステージを見て、視線が合わさる。黄瀬は一振り腕を振ると、笠松について客席から離れていく。

 その後も、765のイベントは続き、イベントが終了し片付けが完了したときには時刻は9時を過ぎていた。

・・・・

 村人や青年団、子供たちが大勢見送りに来てくれる中、海常の人たちも練習が終わったのか顔を見せてくれる。

 雪歩は森山となにか話している。
年齢が近いこともあり、手伝い作業の際に話す機会があったのか、幾人かは楽しげに話しをしている。
 真は黄瀬の姿を探すが、あたりに姿はない。探している姿が目に付いたのか、笠松が近づいてきて、
「黄瀬ならまだ体育館で練習してるぜ。」
探し人の居所を教えてくれる。


 真はプロデューサーに一声かけて、体育館に急ぐ。一人で行くつもりだったのだが、抜け出すところを見つけたのか亜美と真美、春香までついてきている。
 灯のついた体育館からはボールの弾む音とスキール音が聞こえる。
 
 扉から体育館を覗きこむと、熱気が顔を撫で

ダムッッ

独り黄瀬が練習を続けている姿が目についた。


 黄瀬は床にボールを強くたたきつけると、ゴールに向けて走り込み、高く跳ね上がったボールを空中で掴みそのままダンクを撃ちこむ。

ガンッッ!!

大きな音が響き、軽く空気が震えたように感じられた。


転がるボールを追いかけた黄瀬は、真たちに気づく。
「あれ、真ちゃん、と春香ちゃん。あと…」
「双海真美と」「亜美だよ。」
 名前を思い出そうとする黄瀬を遮り、二人が自己紹介する。

「ああ。えっとどうしたの?」
 軽くうなづき、黄瀬は尋ねる。全体練習が終わった後も続けていたのだろう、かなりの汗をかいており、Tシャツは水気を含んで変色している。
「どうしたって、もう帰る時間なんだけど黄瀬さんだけ見送りに来てくれてないから…」
「薄情だぞ、黄瀬っち。」「私たちデートの約束をかわした仲じゃないのかよぉ。」
練習の邪魔をしてしまった真がためらいがちに告げると、亜美と真美が冗談めかして不満を言う。
「あれ、もうそんな時間スか!?ごめんッス。」
本当に気づいていなかったのか驚いた様子で時計を見て謝ってくる。
「いえ、そんな約束もしてませんし、練習お邪魔してすみません。」
春香が遠慮がちに謝るが、
「駄目だぞ、まだ次合う約束も連絡先も聞いてないんだから、今会わなかったらデートの約束果たせないじゃんか!」
 亜美が冗談めかして怒りながら告げる。
「デ、デートって。」「ダメだよ。亜美、真美!」
 その件はただの冗談で、別にかまわないと言っていたはずなのだが、なぜか二人は乗り気だ。真と春香は、慌てて止めようとするが…

「おやー、まこちんは一度宣言したことを果たしもせずにすっぽかすのかなー?」
ニヤーとした笑みを浮かべて真美が真に告げる。
「なっっ、あ、あれは…!!」
顔を朱くして弁明しようとするが、その言葉にかぶせるように、
「しゃあない、黄瀬っち。すまんがまこちんは怖気づいてしまったようだ。」「うむうむ、ここは私たちだけで我慢してくれたまえ。」
二人の悪ノリは止まらない。
呆気にとられた表情で黄瀬は目を瞬かせる。ふと真を見ると、真は恥じらうような顔をしたままあたふたと手をさまよわせている。
「いや、その…うん、怖気づいてなんかいないぞ!うん。でもほら、黄瀬さんのこともよく知らないし、バスケのこともよく知らないし…」
 狼狽したまま、だんだんとしぼむ声で、言い訳するように捲し立てている。
「よく知らない…って、まこちんは、黄瀬っちと二人っきりで対談した仲だろ?」「そうそう。」
「二人っきりって、ちゃんとカメラマンとかプロデューサーも居たし…!」
あわあわとしている真と春香の様子に可笑しそうに黄瀬は微笑むと、

「じゃあ、デートの代わりに今度、バスケの試合を見に行かないッスか?」
「えっ!?」
「もうすぐ、都のIH予選始まるし、オレの親友の黒子っちがでてるんッスよ。予選決勝までは進むと思うッスから…たぶん。」

「それなら…」「うーん、ここらへんが落としどころかなー?」「私らも行っていい?黄瀬っち?」
春香たちは黄瀬の妥協案に頷くが真は、聞き覚えのある名前に考え込む。
「…あの、黒子って、その…」
「ああ、覚えてたんスか、昼間の話。」
黒子、その名前はたしか…

「こないだ会ったんスけど、振られちゃったんスよ。まあ、なかなか強そうな相棒も見つけたみたいだし…ってなんスか?」
 黄瀬は目の前の春香たちをみると驚いた顔をしているのに気づく。
「黄瀬さんを振ったって…」「黄瀬っち、無神経だぞ。昔の女のところにデートに誘うなんて!!」「あれ、でも試合にでてるって…?」

 捲し立てる3人の言葉に勘違いを与えてしまったことを悟り慌てて弁明する。
「違うッスよ。黒子っちは中学の頃のチームメイトで、また一緒にバスケしないかって誘って、断られたって事ッスよ!」
思わぬところで妙な疑惑をかけられ流石に慌てる。
「あ、そういうこと…」「びっくりさせんなよ黄瀬っち。」「はーびっくりした。」
3人は納得したように詰め寄ることをやめ、真も安堵したように息を吐く。

「んで、どうッスか?」




[29668] 第6話 何やって…なにやってんスか
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/14 07:57
「テ・メ・エは、なに考えてんだ!!!」
「あー!なんでッスかー!」
「えっっと…」

 以前の約束により、一日黄瀬とでかけることとなった真。ふるさと村で互いの連絡先も交換した。
事前の話し合いで1on1のデートとはならず、出発の前日になってさらに雪歩と響まで加わることとなったのだが…待ち合わせ場所に到着すると予想外の同伴者は真たちだけのものではなかったらしい。
 目の前では、黄瀬さんが海常のキャプテン笠松さんに蹴飛ばされている…





第六話 最悪ッス



「真ちゃん…なんかいつもより気合いはいってる?」
「っそ、そんなことないよ、うん、全然。」
 雪歩の言葉に動揺したかのように返す。

 仕方ないよな。うん、勘違いとはいえ、おもいっきり殴っちゃったし…春香や雪歩と一緒の時も助けてくれたし…うん、一日くらいは仕方ないな。うん。

「まこちん、思考がダダ漏れ…」
「うーん、思ったよりも…」
今の状況ではからかっても良好なリアクションが得られないと判断したのか、真美と亜美も直接本人に言おうとはしない…言っても聞こえていなかったかもしれないが…

「うーん、でも女の子を誘うのにバスケットの試合会場っていうのはちょっといただけないかな。」
 春香が今日の行く先に思考を向ける。

「お、関心、関心ちゃんと先に待ってるみたいさ。」
響が待ち合わせ場所にいる黄瀬さんをいち早く見つける。

「えっっ、ちょっ、ちょっと。」
「おーい、黄瀬っちー。」
いまさらになって慌てた声を上げる真を無視して、亜美が黄瀬さんに手を振りながら声をかける…なぜか黄瀬さんだけでなく、隣にいた男性まで反応し、驚いた表情が一転、なにやら怒ったような表情となり…



「テ・メ・エは、なに考えてんだ!!!」
「あー!なんでッスかー!」
よく見ると隣にいたのはふるさと村で会った海常のキャプテン、たしか名前は笠松さんだ。なにやら本日の趣旨に行き違いでもあるのか、怒り顔で黄瀬さんを蹴っている。

 笠松さんは一通り蹴飛ばして落ち着いたのか、一呼吸おくと、ぐるっとこちらを向く。
「んで、なんでこの娘らがここに居んだ?」
怒り顔がまだ冷めやらぬままこちらを向いたものだから、雪歩が「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて脅える。

「キセキの世代の試合を見てきます。とか殊勝なこと言ってたよなおい!」
「や、だからそれは「そういや、出るときオレがついて行くって言ったらやたらと嫌がってたよな!」えーっと。」
 話してる内に怒りが再燃したのか地に伏した黄瀬さんを踏みしだいている。

「えーっと、一応この後、バスケットの会場に行くって話だったん、ですけど…」



しばらく攻撃を加えて、ようやく落ち着いたのか、真たちのとりなしもあってどうにか落ち着き、試合会場へと向かう。

「はあ…」
予想外の同行者に真の緊張もほぐれたのか、先ほどまでの緊張はなくなっていた。なにかを期待していた訳ではないのだが、デートと言う名目の筈が思わぬ展開につい溜息がでる。

「まあまあ、まこちん。」「今回はまだその時ではなかったのだよ。」
「そ、その時って、どの時だよ。」
いつものテンションに戻り、じゃれあいも戻る。春香や雪歩は「まあまあ。」と真をなだめている。


【…国的に晴れ、さわやかな一日になるでしょう…続いては―おは朝占~~~い!!】
「まったく、オマエは何考えてんだか…んでさっきから何見てんだよ。」
ぶつぶつ言いながらも、せっかく来た女の子たちを追い返すわけにもいかず、ともに行くことになった。
「おっ、これっておは朝か?黄瀬っち、おは朝見てんのか?」
響はすでに適応したのか黄瀬さんや笠松さんとも親しげに話している。

「今朝の録画ッス。朝は最近ロードワークで見れないんで。」
同行者が増えることになってしまったが、女の子と歩いているというのにプレイヤーをかけるというのは、いかがなものか…いきなり出鼻をくじかれて、黄瀬さんも若干ならずやさぐれているのかもしれない。

「ずいぶん勤勉になったなオイ。前はサボってばっかだったのに。」
「いや、ウチの練習ちょっとアレやりすぎ…」
「チョーシ乗んな!シバくぞ!」「いて」
入部してまだそれほど経っていないにもかかわらず、このモデル兼バスケット選手はキャプテンにどつかれることが板についているようだ。

「まあ、これ見てんのは今日だけッス。これの結果がいいと緑間っちもいいんス。」
「緑間っち?」
「ああ帝光の…で何座?」
【一位とビリは同時に発表…】
響は初めて聞く名前に疑問の声をあげるが、笠松さんが黄瀬さんの中学時代のチームメイトであることを告げる。

「かに座ッス!ちなみに黒子っちはみずがめ座…」
「そこまで聞いてねぇよ。」
【一位はかに座!!おめでとう。今日は文句なし!…最下位は残念、みずがめ座です。今日は大人しく…】

「げ…「ねーねー黄瀬っちは何座なの?」っとほぎゃあっぅちょばっ…」
「うお、なんじゃい!!?」
嫌な結果にうめく黄瀬さんの背中に、真美がのしかかり、手元がくるったのか、音量を最大にしてしまい、突如響く大音量に奇声をあげる。

「ビクッ!!」






「たくテメーがちんたらしてるから始まってんだろが!」
「いや、多分キャプテンがどつきすぎ…いて!」
試合会場に到着した一行だったが、既に誠凛の試合は開始されており、空席を見つけて席につく。


「12対0!?」
「えええー!?」
「オイオイマジかよ。」
仮にも練習試合で自分たちに勝った相手が序盤から点差をつけられ負けていることに驚く黄瀬さんと笠松さん。

「ちょっ、ボクは…」「いいからいいから」
試合を観戦に入った二人とは異なり、女性陣は席次でひともめ起こしていた…というより全員が真を黄瀬の横に座らせようとして、真が騒いでいるのだが…
 試合は幾度か誠凛が攻めていたが、固い防御を誇る正邦に得点できずにいた。

「何やって…なにやってんスか?」
前半は得点がでない誠凛に、後半は真達がなかなか落ち着かないことに呆れたように疑問の声を上げる。

「いや…だから」「なんでもないです。」「ほら、真ちゃん座って座って。」
視線を向けるとあたふたとした真が春香に隣の席へと押し込まれていた。

「…この前やって思ったけど、誠凛は基本スロースターターっぼいな…」
呆れ顔で見ていた笠松さんは、スルーを決めたのかコートに視線をむけ、分析を始める。

「けど、そこでいつも初っ端にアクセル踏みこむのが火神なんだが…そいつがまだこねぇからなおさら波にのれてねー。」
落ち着いた笠松さんの言葉と胡乱気に見つめる黄瀬さんの視線に、真は顔を赤らめながらも大人しくなる。

「なあ、かさかさ「「かさかさ!?」」なんかバスケってもっとテンポよく動くのかと思ったら、なんかさっきから止まりがちだな。」
響の意外な(度胸のある)渾名に、驚きの声を上げる黄瀬さんと笠松さん。響は気にした様子もなく疑問を口にする。
 たしかに先ほどから、誠凛がボールをキープしているのだが、ファールによって流れがとまったり、ボールがハーフラインを越えたところでパスの流れが突然とまったりと、今一つリズムに乗れていない感がする。

「かさかさ…」
笑いをこらえる黄瀬を一睨みし、笠松さんは解説を続ける。
「正邦の、今DFやってる方の、システムは全員マンツーマン…だが並みのマンツーマンじゃねー。常に勝負所みてーに超密着でプレッシャーかけてくる。ちょっとやそっとのカットじゃ振り切れねー。」
笠松さんの解説に耳を傾けながら、真や春香たちも落ち着いたのかコートに目を向ける。
「いくらあの透明少年のパスがすごくてもフリーがほとんどできないんじゃ、威力半減だ。」
「透明少年?」
「さっきパスをとめた誠凛の11番、黒子っちッスよ。」
「どれどれ。」「んー、見えねー。」「あっなんか、今ちらっといたような?」
真美の疑問に黄瀬さんが答えるが、存在感の薄い黒子を真たちは見つけられないようだ…

「でもDF厳しいのはわかったスけど…んなやり方じゃ最後まで体力もたないッスよ。」
「そうなの?」
「バスケは普通にフルタイムやっても結構疲れるッスから、こんな序盤で勝負所みたいなプレー続けてたら普通はすぐにダウンッスよ。」
黄瀬さんの疑問に、真がさしはさむ。たしかに勝負所のような動きではすぐにバテてしまうのだろうが…

「あいつらはもつんだよ、なぜなら正邦は動きに古武術を取り入れてるからな。」
「古武術?」
「ねじらないことで体の負担が減って、エネルギーロスを減らせるらしい。」
「よく知ってるッスね。」「かさかさ、博識だな!」
「…全国でも珍しいチームだからな、月バスで特集された時もあったし。」
亜美の言葉にあきらめがついたのかそのままスルーして解説をしめる。

「なるほどだからッスか…けど、このままやられっぱなしで黙ってるようなタマじゃないスよね?」



コートでは誠凛がタイムアウトをとり、なにか作戦を話し合っている。

タイムアウトが終わり試合が再開する。誠凛の10番火神がそれまで苦戦していた正邦の10番相手に1on1をしかけ、

「おおっ!」「はやーい。」
チェンジオブペースから一気に抜き去り、ゴールを決める。火神の速さに真たちも感嘆の声を上げる。


一方、隣のコートでは秀徳対銀望の試合が行われており、ちょうど緑間が連続三本目の3Pを決め、温存のために交代していた。
横目でそれを見ていた黄瀬は、
「…緑間っちの方はヨユーみたいッスね。」
特に面白げもないように評していた。
「ま、当然だろ、相手もフツーの中堅校だし、波乱はまずねーだろ…あるとすりゃコッチ…なんだが…」

「うお、なんだかいきなり、テンポがよくなったぞ!?」「ふぇっ、え。」「お、今度あっち行った。」
固い守備とは一転、正邦が素早いパス回しで誠凛を翻弄していた。めまぐるしいパスワークから10番がシュートを狙い、阻止するために火神がファールをとられる。

「火神っちの得点で誠凛もエンジンかかったと思ったんスけど、あと一歩うまくいかないッスねー。」
「いくらなんでもDFだけじゃ王者名乗れねーよ。OFだって並みじゃねー。」
展開の速さに、テンションが上がってきたのか真たちは興奮したようにコートを見つめ、黄瀬さんと笠松さんは冷静に分析を続ける。

「確かに正邦にはオマエや火神みてーな天才型のスコアラーはいねーけどな。タイプが違うんだよ。OFもDFも古武術の応用をしてる。特に三年ともなれば相当のレベルで使いこなしてる。正邦は天才のいるチームじゃねー。達人のいるチームなんだよ。」
「なんか、渋いですね。」「いぶし銀だ。」
春香と真美が反応を返す。

「…達人ならいるッスよ。誠凛にも。」
コートを見つめる黄瀬さんの目元は鋭く、楽しげだ。

 誠凛の攻撃となり、パスを回そうとしているが、密着DFにパス回しもしんどそうだ。しびれをきらしたのか誠凛の5番が誰もいない空間にボールを放り投げ…

「あっ、ミスった…ってなんだ今の!?」
誰もいなかったはずの空間に投げられたパスが突如としてブーメランのように戻り、真が驚きの声を上げる。その様子を黄瀬さんは面白そうに見つめる。
「いくら鉄壁の正邦DFも壁の内側からパスくらったことはないみたいッスね。」

コートでは慌てたような正邦のメンバーが多い。だが正邦の5番は落ち着いており、慌てるチームメイトを落ち着かせるかのような力感のない、しかし速い動きでシュートを放とうとし…

バゴッッ!

「髙―い。」「鳥人間だ!」
ジャンプ一番、ブロックに成功した火神に亜美と真美が興奮した声ではしゃぐ。
 誠凛に勢いがつきはじめ、黒子のスティールから4番の3Pが決まり、第1Qを19-19の同点で終えた。

「黄瀬さん。さっきのブーメランみたいなパスどうやったんですか?」
休憩の間に、先ほどの黒子のプレイについて真が尋ねてくる。
「あれが、黒子っちのプレイッスよ。」
「黒子っちの?」
「そッス。存在感の薄さや視線の誘導を利用してパスの中継役に徹する誠凛の達人ッスよ。」


休憩が終わり、第2Qが始まる。
再開されたゲームは誠凛からの攻撃で始まるが、正邦も本領を発揮してきたのか、第1Qよりも一段と厳しいDFを見せる。

「すっげー…プレッシャー…!」
観客席にまで正邦の気迫が伝わるのか、黄瀬さんや笠松さんのコートを見る目も真剣みを帯びている。

正邦10番の強烈な圧力に火神もたじろぐ…が突如湧いて出たような黒子の壁パスによりDFを突破する。すかさず4番のヘルプが入るがまたしても、黒子と火神は連携し、高くバウンドしたボールは火神によって直接ゴールに叩きつけられる。

「おおぉ!かっちょいー。」「ダンクってんでしょあれ?」
火神の豪快なプレーに興奮する亜美たち。

「前より二人の連係の息が合ってるッスね。」
「あのDFをぶちやぶるのかよ。」
感心したように告げる黄瀬さんと笠松さん、しかし

「けど…一つ気になるな…第2Qでかく汗の量じゃねーぞ。あれは…」
笠松さんの視線の先には、第2Qにしては早すぎるスタミナの消耗を見せている火神の姿があった。


幾度かの攻防が続き、28-31となる。
だが、突如プレッシャーの弱まった10番に誘い込まれる形で火神がダンクを狙い、

ピーッッ
「OFファウル!!白10番!!」
「なっ」

ファウルトラップにかかり、火神が四つ目のファウルを取られる。
「バッカ…!!何やってんスかもー。」
「こりゃひっこめるしかねーな。残り一つじゃビビッてまともにプレイはできねー。」
「???」

黄瀬さんと笠松さんは早いQで引っ込まざるを得ないことに呆れ声だ。一方、ルールに詳しくない春香たちははてな顔だ。
「なあなあ、黄瀬っち。ファウル4つもらうとどうして引っ込めるしかないんだ?」
響から疑問の声があがる。

「バスケだとファウル5つで退場になるんスよ。んでこんな早い時間から退場なんてシャレになんないスから一度引っ込めて、勝負どころでまた使えるようにしとくんスよ。」
「へー」

だが誠凛ベンチは予想の上を行く行動をとる。4ファウルの火神だけでなく、パスの要の黒子まで引っ込めてしまうのだった。
「あれ?今ひっこんだのって黒子っちじゃ?」
真が気づき不審がる。
「ほんとッスね。黒子っちまで下げちゃ、勝つ見込みだいぶ下がるッスよ?」


交代で出てきた選手は、猫口の6番と細目の9番だ。あの二人を含めたメンバーが火神、黒子のコンビを擁していた時点よりも上だとは思えなかった。しかし…

「おおーっ、思ったより全然くらいついてるッスね。」
「…てかむしろ今の方がしっくりきてるけどな。」
誠凛メンバーは、先ほどまでよりもチーム全体での連携を生かし、王者にくらいついていた。

「かさかさ、しっくりくるってどいうこと?」
「んー、黒子と火神は攻撃力がズバ抜けてるから即採用したんだろうが…あの二人を加えたチーム編成は春から作った型。いわばまだ発展途上なんだよ。」
「へー。あの髪の赤い人一年なんだ。」

「…4番日向のアウトサイドシュートと8番水戸部のフックシュート、それを軸にしてチームOFで点を取る今の型が、誠凛が一年かけて作ったもう一つの型だろう。」
「ふむふむ。」


ゲームは司令塔の5番伊月を中心に、ぎりぎりでくらいつくことで第3Qになるころには49-54となっていた。

そして、しばらく攻防はつづき…
試合時間が残り5分というところで

ガッシャーン!
「おわ!」
「だ、大丈夫かな?」
交代で入った誠凛の選手がアウトボールを追いかけ、自軍ベンチに豪快に突っ込んでしまった。

上から見ても突っ込んだ選手は目を回していることがわかる状態だ。
「うーん、ありゃちょっとまずそうッスね。」
「残りの時間も時間だ。点差が6点あることだし、火神をだしてくるかな。」

しかし笠松さんの予想は外れ、出てきたのは黒子だった。
 黒子は一年生同士ということか正邦の10番とマッチアップするようだ。

一度引っ込んだことで、慣れてきた目がリセットされたのか黒子のパスが通り、誠凛に勢いがつく。気のせいか前半よりもほかの選手までDFを躱せるようになっている。

「ずいぶん研究したみたいッスね。誠凛は…」
「そうだな。正邦のプレイは特殊な分、癖があるから対策をしっかりしたうえで戦えば対応できるようにもなるか。」

残り時間がわずかとなってきとところで誠凛がついに逆転し、得点は70-69となる。

「やったー。誠凛が追い抜いた!」
黄瀬さんが応援しているからか真たちも誠凛に肩入れしてみているようだ。だが直後、正邦の4番が強烈なダンクを撃ちこみ誠凛を圧倒する。


「王者をなめるなよ!!キサマらごときが勝つのは10年早い!!!」
正邦の4番が意地をみせるように吠える。そして


「オールコートマンツーマン!?」
「守るどころかもう1ゴール獲る気だ…!!」
残り時間10秒ほどのところで正邦がコート前面に散らばり、誠凛にプレッシャーをかける。

残り時間8秒、水戸部がうまくスクリーンをかけ、伊月が敵陣深くに切れ込む。左サイドから中央の黒子にパスし、黒子の前に正邦の10番が立ちふさがる。

「なんで…」
黒子の行動が読まれていたことに驚く黄瀬さん、
「パスコースから逆算して察知したんだ…!!」
1on1の能力で劣る黒子ではDF力の高い10番を突破できない。しかし

「黒子ォオオ!!!」
ベンチから吠えた火神の意図をくんだのか、黒子はパスをスルー、同時に誠凛の9番のスクリーンによってフリーになった日向がボールを受け取り、シュートを決める。そして…

73-71
「試合…終了―――!!!!」


「「「「「「やったー!!」」」」」」
すっかり誠凛の味方になったのか、真達が喜ぶ。

「となりの秀徳も終わったみたいスね。」
「これで決勝は秀徳対誠凛か…つか一日二試合ってムチャしすぎだろ…」

「もう1試合あるんですか?」
日程に驚く真、確かに約束していたとはいえ、女の子にバスケの試合を二試合も連続で見せるのは酷だろう。

「んー、まあ今日の目的はどっちかっていうと次の決勝なんスけど…」
「誠凛の試合、もう一つ見れんのか!?」「いつからやるんだ!?」
きついならイイっすよと続く言葉は亜美と真美の言葉に遮られる。

「3時間後。泣いても笑っても、そこで決勝リーグ進出校が決まる…!!!」

「たしか秀徳にも、黄瀬さんの元チームメイトがいるんでしたっけ?」
「緑間っちッスよ。たぶん見応えあると思うッスよ。」
真もどうやら連続観戦に乗り気なようで、全員で決勝を見るまで居るつもりのようだ。とはいえ3時間の待ち時間を会場で過ごすのも退屈だということで一度会場をでて、喫茶店にでも行こうという話でまとまった。






喫茶店でくつろぐ一行は、バスケの話や仕事の話なども含めて様々なことを話して楽しんでいた。

「そういや、真ちゃん、オレの事さん付けで呼んでるッスけどなんでッスか?」
「いや、そりゃ、黄瀬さんの方がセンパイですし…」
「オレ高校一年ッスよ?」
「うぇ!?そうだけど…ほらこの業界ではセンパイじゃないか?」
「いや、別に本業じゃないし…」
 出会い方が出会い方だったせいか、それとも長身の黄瀬に気後れするのか、真は年下の筈の黄瀬をさんづけで呼んでいる。

「むしろテメエはもっと敬語を覚えろ。」
「ほれほれ、まこちん、黄瀬っちもこう言ってることだし、呼び方をもっと親密なものにしたらどうかね。」「黄瀬っちじゃ、うちらと同じだしな…」
 笠松さんのあきらめの入ったように呟く言葉は、亜美と真美の騒がしい言葉にかき消される。
「親密って、そんな…」
「うーん、真ちゃんなら涼でもいいッスよ?」
「ふあッッ!?」






3時間後…

「おおお、両チーム出てきたぞ!!」
選手の入場に会場が盛り上がる。両チームの選手が円陣を組み、気合いを入れる。

「誠凛が王者連続撃破の奇跡を起こすか、秀徳が順当に王者のイスを守るか。」


「さぁ…決勝だ!!」



[29668] 第7話 信楽の狸がおいてある
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/15 20:50
コート上に誠凛と秀徳の選手が散っていく。その中で赤髪の選手、火神の気迫は他を圧倒していた。秀徳のメガネをかけた選手、緑間と何事か挑発し合っているようにも見える。

そして…コートの中央でボールが舞い上がり、決勝が開始される。




第七話 信楽の狸がおいてある

「なあなあ、黄瀬っち。緑間っていうのはどいつなんだ?」
 試合は誠凛ボールで開始され、響はコートに目を向けながら尋ねる。

「緑間っちは、あれッスよ…今、ちょうど火神っちをブロックしたメガネのやつ。」
誠凛は黒子のパスを利用し、速攻をかけ、黒子―火神の連係によるアリウープを狙うが単純な高さでは負けていない緑間によって防がれる。
「あーあれか、緑間っち。どういうやつなんだ?」

落ちたボールは秀徳に確保され、秀徳は攻撃にうつるが日向のDFにより無得点となる。
「頭いいッスよ、変わったとこあるッスけど。あとおは朝の信者ッス。今日のラッキーアイテムとか絶対もってるッスから、たぶん控室に信楽のたぬきがおいてあるんじゃないスか?」
「そうじゃなくて、選手として!」
とぼけたような黄瀬の紹介に思わず声が上げる。

「プレーヤーとしては、まあ見てれば分るッスよ。でもまあ、オレとは違って残りのキセキの世代のメンバーは半端ねェスから。」
「…黄瀬君も十分凄いでしょ。」
はぐらかすような言葉に真は少しすねながら呟く。

第1Q経過が二分近くとなったところで得点はいまだに0-0。

「なんか…点数が全然入らないですね。」
均衡状態が続く試合展開に、春香が感想をのべる。

「バスケットの試合は1Q10分の4Q。つまり、最低3回流れが切れて変わるポイントがあるんだが、逆に言えば一度流れをもってかれるとそのQ中に戻すのは困難なんだよ。両チーム無得点のままもうすぐ2分。このままいくと第1Qはおそらく…先制点を取った方が獲る…!!」
笠松さんが展開の予想を解説する。コートでは誠凛のシュートミスから秀徳が速攻を仕掛け、10番の中継により緑間にフリーでパスが渡り、3Pシュートが放たれる。

放たれたシュートの軌道は通常のそれよりも高く、高くループを描き

パッ!

枠に触れることなくゴールを通過する。緑間は結果が分っていたのか、シュートを放ってすぐに自陣に戻ろうとしていた。

「うお、なんだあれ!?」
「均衡が破られた!」
「これで流れは秀徳だ…!!」
黄瀬や笠松さんですら、流れが傾いたと思った。しかし

ドキャッッ


素早くボールを回収し、回転を利用した直線軌道のパスが誠凛ゴールから秀徳ゴール近くまで送られ、走り込んでいた火神によってダンクが決められる。
「なになに、今の!?」「レーザービームだ!!」
真美と亜美も驚くが、黄瀬と笠松さんも呆気にとられている。

コート上の選手たちも唖然とした表情をしている。思わぬ好プレーに点数こそ2-3だが流れは変わらず均衡を保つ。
秀徳から再開したボールは再び緑間に渡されるが緑間は撃たずに横に流す。

「…珍しいッスね。」
「どうしたの?」
思わず漏れた黄瀬の呟きに真は尋ねる。

「緑間っちは外れる可能性のあるシュートは打たないんスよ…でも今のは、いこうと思えばいけたと思うんスけど…」
「なんか、その台詞だとまるで打てば必ず入るみたいさ。」
響のちゃかしたような台詞は
「まあ、体勢さえ崩されなければそうなんスけど…」
という言葉に肯定され、思わず響たちは黄瀬を、ついで緑間を凝視する。

「まあ、今のはいけただろうが…ありゃ緑間封じだな。」
「緑間っちが、封じられてる?」
笠松さんが今のプレーの意図に気づき、黄瀬が尋ねる。

「ああ、あの透明少年の回転式超長距離パスでな。緑間のシュートはその長い滞空時間中にDF に戻り、速攻を防ぐメリットもある。だが全員が戻るわけじゃねー。万一、外した時のために残りはリバウンドに備えてる。」
教えてかさかさのコーナーが始まり、真達も聞き入る。

「その滞空時間がアダになるんだ。緑間が戻れるってことは火神が走れる時間でもある。戻った緑間のさらに後ろまで貫通する超速攻がカウンターで来る。だから緑間は打てない。」
「おーなるほど!」「ふむふむ流石ですな。」
亜美と真美の真剣めいた悪ふざけも笠松さんはスルーして説明を続ける。

「にしてもそのパスを見せつけるタイミングと判断力。一発で成功させる度胸…流石だ。ああ見えてオマエと帝光中にいただけはある。百戦錬磨だ。」
「いやーそれほどでもないッスよ。」
「オマエじゃねーよ。」
わざとらしく照れたフリをする黄瀬に表情を変えず突っ込みが入る。

「黄瀬さんの居た中学校って強いんですか?」
「そういえば、よくキセキの世代とか言ってるよな。なんなんだそれ?」
雪歩の疑問に響が重ねて尋ねてくる。

黄瀬と笠松さんは顔を見合わせ、笠松さんは無言でプレッシャーをかける。

 オマエが説明しろ。と

「…強いッスよ。全中三連覇したり、オレらの世代は負けなしだったッスから。」
「へー。」「黄瀬っちといい、黒子っちといい人は見かけによらないもんだな。」
亜美と真美はわざとらしく感嘆する。

「…キセキの世代っていうのはオレらの世代。オレと緑間っちとあと三人を合わせてそう呼ばれてるんスよ。」
「…あの黒子って人は入らないのか?」
 正邦と秀徳の試合を見て、そして黄瀬が引き抜きたいと言っていたプレーヤーなのだから入っても不思議はないのでは?と真が尋ねる。

「黒子っちは、自身の能力が低すぎるんスよ。影は光があってこそ輝く。ってよく黒子っちが言ってたッス。」
「あんなパスができるのに能力が低いんですか?」
先程のパスを思い出したのだろう、春香が驚きの声をあげるが…

「黒子っちにできるのは、パスとミスディレクション、視線の誘導だけなんスよ。自分では得点を決めることもドライブで抜くこともできない…それでも5人が認めるプレーヤー、幻の6人目って言われてるッス。」
「幻の…6人目…」
雪歩が感心したように呟く。

「ちなみに幻と呼ばれるのは影が薄すぎて普段、周囲の人が気づかないとこからきたらしいッスよ?」
「ふぇ?」
「しかも、キセキの世代に取材が来たときも、黒子っち、声がかかってたのに、存在忘れられて帰られたっていう…」
「ふぇえええ!!?」
「おいおいそんなのがあったのかよ…」

 説明が続いている間に試合は運び、秀徳の監督から指示黒子のマークが10番に代わる。黒子はミスディレクションを駆使して姿をくらまし、タップパスをつなごうとするが

バチッ!!

10番によってカットされる。慌てた誠凛はタイムアウトをとる。

「おいおい、あいつ上からモノが見えてるのかよ。透明少年のパスを止めたぞ!?」
「あらー、大したもんッスね。」
驚く笠松さんに、少し感心したようにコメントする黄瀬。

「なあなあ、黒子っちってパスしかできないんだろ?」「通用しなかったら困るじゃんか!」
真美と亜美がいきりたって聞いてくる。
「まあ、そうッスね…」
「落ち着いてますね。」
気にした風もない黄瀬の様子に春香が首を傾げる。

「さっき言ったように黒子っちは一人ではなにもできないプレーヤーッス。でも帝光中でレギュラーをとり、チームを勝利に導いたんスよ?」
「…」
「あの程度で終わるはずないじゃないっスか。」
真たちは黄瀬と黒子との、言葉にはできない絆を感じたように黙り込む。




しかし黒子のパスは通用せず、ムキになったようにパスをだすが、それは10番にカットされる。
そして緑間がセンターライン上でボールを構え、




「マジかよ!?」

常識はずれの位置から3Pを決め、会場の度肝を抜く。
「すごーい。」
雪歩も感心したように見ている。

「でもさっき言ってた、緑間封じってのはどうしたんだ?」
響が尋ねるが、その答えはコート上で明らかになっていた。

「遠くから打てるからさっきよりも早く戻れる。ああやって自軍のゴール下まで戻っときゃさすがに後ろはとれねぇわな。」

残り3分となったところで火神は3Pを放ち、しかしそれは枠に直撃する。だが

ゴッッ

一連の流れだったのだろう、走りこんだ火神はそのままボールを押し込む。

「おいおい、あいつ…!」
流石の黄瀬も驚いた表情をする。
だが、冷静に秀徳の4番がゴール下からシュートを決めて11-18、残り14秒となる。

なんとか2ゴール差で終わらせたい誠凛は日向の3Pを決め14-18。

「おー。」
「最後いいとこで決めてきたな。」
黄瀬と笠松さんが感心したようにコメントし、
「4点差だったら、まだまだなんだろ?」
響が尋ねてくる。
「まあ、第1Qはまずまずだな…」
笠松さんが1Qの総評をのべて、誠凛も休憩に入ろうとする。しかし…

「ウソだろ…?」

秀徳ゴールの下から放った緑間のシュートは枠にあたることすらなく、コート対岸の誠凛のゴールを通過する。

「すごい…」
バスケに詳しくない真たちにも凄さがわかったのか驚いた表情でコートをみている。

「やっぱすげえな、オマエの元チームメイト…あれって前からか?」
笠松さんも戸惑うように尋ねる。
「いや、中学のときはハーフラインまでッスよ。まあ、打つ必要がないから隠してただけかもしれないッスけど…」

「ねえねえカサカサ。」「今ってまずい状態なの?」
亜美と真美が尋ねてくる。

「…まあ、点差自体はまだ騒ぐほどのものじゃねえけど…点差以上にありゃきついのもらっちまったな。」
「どういうこと?」
真が隣に座る黄瀬に尋ねる。

「終了間際に3Pもらうと精神的にこたえるんスよ。それに、誠凛は火神っちを攻撃の軸にしてるから2点ずつだけど、秀徳は緑間っちを軸にして3点ずつ入れてくる。」
「そうか、同じだけシュートを決めても、点差が開いていくのか。」
真は黄瀬の説明に納得して、答えを導き出す。

「そうッス…そういや昔…」
「えッ?」
呟くような言葉に真は聞き返す。

「いや、真ちゃんはバスケで一番カッコいいシュートってなんだと思うッスか?」
「ボク?えーと…」
「はいはーい、真美はねぇ、あのがつーんてゴールに叩きつけるやつ。」「ダンクだろ、たしかにあれはカッコいいよな!」「亜美も亜美も!」
答えを考えていた真を遮って響たちが盛り上がる。真もその様子を見て

「ボクもダンクかな…」
とやや小さく答える。「特に、ボールを床に叩きつけてから空中でボールを掴むやつ。」
今度は少し声を大きくして答える。

「一人アリウープっスか、珍しいのをチョイスするッスね…ああ、正邦のときに火神っちがやってたやつッスか?」
高校レベルではまずでてこないプレーがバスケ初心者の真からでてきたことにわずかに黄瀬は驚くが、本日の1試合目で火神が似たようなことをやっていたことを思いだし一人納得する。

「違うよ、黄瀬っち。」「まこちんが想像したのはー、火神っちじゃなくて」「うわぁああああ!」
亜美と真美が不満げな顔で何事か説明しようとするが、真は顔を朱くしてそれを止める。

「えっと、黄瀬さんはなんだと思うんですか?」
暴れる真を放置して、目を瞬かせている黄瀬に春香が尋ねる。

「そうッスねー、たしかにおれもアリウープがカッコいいと思うっすよ。」
直前まではダンクだと思っていたのだが、いざ言われてみるとたしかにアリウープも花形といえるプレーだろう。
 それを聞いた真は顔は紅潮したままだが、大人しく席に座る。

「んでそれがどうしたんだ。」
笠松さんが進まない話を促す。
「昔、緑間っちとその話したんスよ…そしたら緑間っちいきなり「だからお前はだめなのだよ。より遠くから決めた方がいいに決まっているのだよ。なぜなら3点もらえるのだから。」って真顔で言うんスよ。」
「まあ、たしかにそりゃ、そうかもしんねーけど…」
「うーん、そういう話ではないような気が…」
笠松さんが呆れ、春香も遠慮がちに呆れている。
「そうなんスよ。緑間っち、頭いいのにたまにアホなんスよね!」

「…」
この話はどこに落ち着くのだろうか?話を聞く真たちは無言となる。

「んで、そのあとこうも言ったんスよ。「いずれオレが証明してやろう」って。」
「…んで?」
笠松さんが問いかける。

「いや、まあそれだけなんスけど、ブ!」
オチもなく締めた黄瀬に笠松さんから強烈な突っ込みが入る。

「あほかてめえは!?」
「いや、それだけなんスけど、実際、緑間っちのあれは半端ねーって話ッスよ!!」
怒る笠松さんに連撃はさけようと必死で抗弁する黄瀬。その言葉に一応、攻撃がとまる。

「実際問題、緑間っちのシュートのあの長い滞空時間は精神的にくると思うんスよ。」
「たしかにな…」


インターバルが終わり、第2Qが始まる。緑間を止めるためか、黒子が緑間につく。どうやら、対海常戦でとった黒子-火神の連係DFをとるつもりのようだが、そのことごとくは10番の妨害にあって成功しない。そして…


「ああっ!また決まった!」
緑間の連続3Pに対し誠凛も水戸部のフックシュートで対抗するが、真の言うとおり、緑間のシュートは落ちることを知らず3連続で決まり、徐々に点差が開き16-29となる。

「まじぃな。いよいよ誠凛万策尽きたって感じだ…」
笠松さんの声に諦めの色が入り始める。

「いや…どうスかね…」
黄瀬の反論に真たちも視線を向ける。

「たぶん、こんなもんじゃねッスよ。これからッスよ。あいつの秘められた才能が解放されるのは…!!」
「あいつって誰だ?」
黄瀬の言葉に響が反応する。コートに視線を向けたままの黄瀬はそれに答えず、試合もズルズルと点差を離されたまま前半終了となった。

「う~、根性見せろー!」「誠凛~!」
亜美と真美が試合展開に不満を垂れている。

「見せてるよ。あんだけ力の差を見せつけられてまだギリギリでもテンションつないでんだ。むしろ褒めるところだ。」
笠松さんが誠凛を擁護する。

「黄瀬君。さっき言ってた、こんなもんじゃないってどういう意味だったの?」
思わせぶりな黄瀬の言葉にも関わらず、前半は流れが変わらず圧倒的な緑間の力が際立つだけであった。

「…キセキの世代のオレ以外の4人のメンバーとオレには決定的な違いがあるんスよ。」
「黄瀬君と…?」
 真の質問に黄瀬は、わずかに逡巡し、答える。

「オレの能力はコピー。一度みたプレイを即座に返すことッス。けど、ほかの四人はそういうレベルじゃない。身体能力の違いなんかじゃなく、誰にも…オレにもマネできないセンスをそれぞれ持ってるんスよ。」

「オマエのも十分やっかいだがな。」
黄瀬の言葉に笠松さんが気のなさそうな装いで答える。

「まあ、そうスけど…」「オイ、謙虚って言葉知ってるか?」「…」
わずか沈黙が流れるが、黄瀬はスルーして続ける。

「こないだの試合で分ったんスけど、火神っちは、まだ未完成ながらも、キセキの世代と同じ…オンリーワンのセンスを秘めてる。」
「オンリーワンのセンス…」
アイドルである彼女たちにとってもそれは必要なことなのだろう、呟くように言葉が漏れる。

「だからこそ…あいつはいずれ闇に囚われるかも知れない。黒子っちのかつての光と同じように…」
「???」

その言葉の真意は、真達には分らなかった…




「第3Q始めます。」
両チームがコートに現れ、試合が再開する。

「あれ…?黒子っちベンチスか。」
「まぁ…高尾がいる限りしょーがねーだろ。にしても無策つーか…」
黄瀬の言うとおり黒子はベンチで座っており、代わりに小金井がでている。

 秀徳ボールで始まった試合は、開始10秒足らずで緑間が3Pを決める。火神はいつの間にかそれをブロックしようとするが間に合わない。
 誠凛も小金井が返すが、得点は29-48やはり徐々に開いていく。

 再び緑間にボールが渡り、シュートを放つ、今まで以上の気迫で火神が跳ぶ。ボールは止まることなくゴールに向かうが…

ガカッ!

今まで完璧だったシュートは枠に直撃し、なんとかゴールに転がり込む。

「おしい、もうちょいで外れたのに!」「くっそー、外れねー!」
亜美と真美が悔しげに声をたてるが、黄瀬は驚いた表情でコートを見ている。


【かに座のアタナは絶好調!!ラッキーアイテム狸の信楽焼を持てば向かうところ敵なし!!…ただし獅子座の方だけは相性最悪!!出会ったら要注意…】

黄瀬のiP○dからおは朝が流れる。




 誠凛は3Pを決めて、点差を詰めると火神のオールコートでボックスワンのDFに陣形を変えた。

「うおっ!なんか火神っちすごいぞ!?」
火神の気合いを読み取ったのか響が驚きの声を上げる。

10番のスクリーンでフリーになった緑間はシュートの体勢に入るが…

「止める!!見つけたぜ、テメーの弱点!!」
火神が気合いとともに緑間に追いつき、

「距離が長いほどタメも長くなるってことだよ!!」
ボールは止まらずにゴールに向かうが今度は入ることなく跳ね上がり、

バゴォッ

秀徳の4番、大坪によってゴールへと押し込まれる。


「くっ、もうちょっとだったのに!」
ようやく訪れた変化の兆しに真も声を上げる。

「…片鱗はオレらとの試合のときから、あったッス。」
黄瀬は呟く。コートでは再び緑間がボールを持ち、さきほどよりもゴールに近い位置でシュートの体勢にはいる。

「キセキの世代と渡り合える力。バスケにおいて最も大きな武器の一つ…アイツの才能は天賦の跳躍力ッス!!」
火神は今度こそ、ブロックに成功し、ボールは誰もいない秀徳陣営に転がる。

「そうか!!より遠くから打てるということは、もし逆にブロックされたら自陣のゴールはすぐそこ…絶好のカウンターチャンスだ…!!」
笠松さんの言葉通り、誠凛はカウンターを決め、34-50となる。

 その後も、火神の連続ブロックはことごとく緑間をとめ、さらには

「速いっ…!!」
離れた位置から一瞬でヘルプに回り、4番のダンクすら弾く。


「すごい、すごーい!」「ホント鳥人間だ!」
亜美たちも興奮したように声をたてる。しかし…

「いや、多分このままはいかねぇな。」
コートを見つめる笠松さんは冷静に分析する。その後も火神は攻守にわたって異常な跳躍を見せつけ、点差を47-56の一桁差まで持ち込む。だが…


「えっ…!?」
失速は突然訪れる、緑間のシュートをブロックするどころか跳ぶことすらできず、見送る火神。

「ありゃ、ガス欠ッスね。」「…多分な。」
「ガス欠!?」
黄瀬と笠松さんの解説に真達は驚き、二人に視線を向ける。

「おそらく火神っちはまだ、常時あの高さで跳べるほど体ができてないんスよ…」
「それを乱発して孤軍奮闘してたからな…しかも途中交代とはいえ2試合目、大分、削られてたからな…」
二人の解説に真達はコートに視線を戻して、火神を見る。

果たしてそこには単騎で突撃し、緑間にブロックされている火神の姿があった。
「それに…あのままいくと不味いッス。」
「たしかに…体ができてねぇのにムチャしたら次の試合どころか、選手生命にも…」
「そういう意味じゃないんスよ。」
火神の状態が深刻であることを笠松さんは指摘するが、返す黄瀬の表情はいささか悲しげだ。

「?」「どういうこと?」
真は心配そうに尋ねる。

「あのままいったら、火神っち、オレらみたいになるッスよ。」
「それって、キセキの世代みたいに?」「それって不味いのか、黄瀬っち?」
亜美と真美が疑問の声を上げる。

「黒子っち、また光をなくしちゃうッスよ…?」
それには答えず、黄瀬は呟くように誠凛ベンチを見ていた…





[29668] 第8話 なんの呪文ッスかそれ!?
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/17 16:56
第3Qが終わり、得点は47-61。誠凛ベンチでは険悪な雰囲気が流れていた。

「オイ!なんだそれ。それと自己中は違うだろ!!」
突然誠凛から怒鳴り声が聞こえ、真達は視線をベンチに向ける。そこには殴り合う黒子と火神の姿があった。




第八話 なんの呪文ッスかそれ!?



「ちょっ、あれなにやってんだ!?」
思わず身を乗り出す真、誠凛のベンチを中心に、ざわめきが広がる。

しかし殴り飛ばされた黒子が何事か話したのか、火神は落ち着き…冷静になった誠凛に士気が戻る。

「黒子っちもやるッスねー。」
「でも殴るのは…」
黄瀬は楽しげに感心しているが、雪歩は突然の暴力シーンに脅えている。

「まあ、頭は冷えたみたいだが、誠凛の劣勢は変わらねえだろ。」
笠松さんもいささか安堵したようにコメントする。

「いやー、そうとは限らないッスよ。」
黄瀬の見る先には立ち上がり、コートに戻る黒子の姿があった。




第4Qが始まり、冷静になった火神がうまくパスを流して誠凛が49-61と点差を詰める。

「透明少年、でてきたのはいいが、どーすんだ?10番が居る限り、あいつはもはや切り札じゃねえ。」
「いやー、オレらの認めた人ッスよ?そんな簡単にはいかないッスよ。」

緑間がリスタート早く、3Pで得点を返そうとするが、ガス欠の筈の火神は体力を振り絞り、それをはたき飛ばす。さらに伊月がシュートを決めて51-61。


「おおっ、火神っち、まだまだやるぞ!」
響が感心したように言うが、
「いや、恐らく今ので体力はほぼ空だ。跳べてもあと1回だろう。」
笠松さんは冷静に切り返す。

そしてコート上では、ボールが巡り、誠凛の攻撃。伊月がパスの受け手を伺うようにするが、中継点の黒子は10番を引きはがせない…かと思いきや、10番は意識を黒子に集中しすぎて、黒子の姿を見失う。
一瞬で裏を取る黒子に対して、10番はパスコースを塞ごうと動くが、


バキュアッ

しかしそのパスは前半までとは違う殴りつけるようなパスで、軌道を変えるのみならず加速したボールは派手な音をたてて、火神の手に収まる。

「絶対に行かせん!!」「うぉおおおあ!」
気合いを上げる火神と緑間、二人の攻防は火神に軍配があがり、ダンクが決まる。

「おぉおお!」「なんだあれ!?」「ふえええ!?」
驚いたような声を上げる亜美たち。

「加速するパス、イグナイト。黒子っちの一段上の、キセキの世代しかとれなかったパスッスよ。」
「すっご…!」
黄瀬の言葉に真も感心したように黒子を見ようとする。

「って!ガス欠寸前で大丈夫なんですか、火神さん?」
春香が驚きから回復し尋ねる。
「まあ…今のはムリしてダンクいく場面でもなかった、って見方もあるな。」
「…」
「ってかそもそもダンクってあんま意味ねーし。疲れるワリに結果は同じ。」
「えっ…そういえば…」
「派手好きなだけスよ、アイツは!」
「まーな…いやオマエもだろ…」
笠松さんの説明に、納得する真達、

「けどじゃあ全く必要ないかって言えば、それも違うんだよ。点数は同じでもやはりバスケの花形プレーだ。それで緑間をふっ飛ばした…今のダンクはチームに活力を引き出す、点数より遥かに価値のあるファインプレーだ。」

 その後、勢いを取り戻した誠凛は、復活した黒子のパスを軸に盛り返し、2ゴール差まで追いすがる。そして…


「やった!また決めた!」
残り2分の時点で誠凛がついに一ゴール差に追いつめ、真が喜びの声を上げる。秀徳がタイムアウトをとり、最後の作戦会議に入る。

「秀徳がつき放すか、それとも誠凛が追いすがるか、分かれ道のT・Oだ。」
笠松さんや黄瀬も集中して行方を見つめる。

再開した試合は、火神のガス欠を読んで緑間にパスを集中して秀徳が攻めようとする。しかしそのパスは黒子によってスティールされる。カウンターに走る誠凛はしかし、王者のプライドを見せたブロックによって阻まれる。




「なんかブキミな展開だ。」「得点が動かなくなったぞ。」
亜美と真美の言葉通り、得点は76-77のままだ。
「もっと激しくなると思ったんスけど…」
「残り1分…おそらく動き始めたら一気だ…!!」

緑間が一瞬のスキをついて3Pを決め差を広げる。誠凛も日向の3Pで返す。誠凛のスティールからの攻防により秀徳の攻めが終わり、誠凛ボールからリスタートが切られる。

「残り15秒!!」
「誠凛逆転の最初で最後のチャンスだ。」
その展開を読んだのか、日向には東京屈指の大型センター4番大坪が張り付く。

「ああっなんかゴツイのがメガネに張り付いてるさ!?」
響も攻防の鍵が日向だと分かったのだろう、声をあげる。

「それでも誠凛は3Pしかねぇ、日向が決められなきゃ負けだ!」
笠松さんの言葉は誰より誠凛が分っていたのだろう、火神のスクリーンにより日向は一瞬、マークを外れる。そして3Pラインよりもはるかに遠い距離でボールを受け取り…

残り5秒、日向が長距離の3Pを決め誠凛が逆転する。

「やっりぃ!」「やった!!」
真たちは誠凛の勝利に喜び、笠松さんですら誠凛の勝利に張りつめていた気を緩める。しかし
「まだッス!!!」

黄瀬の叫び通り、試合はまだ終わっていなかった。素早くリスタートした10番から緑間にボールが渡る。残り3秒、ブザービーターを狙う、緑間のシュートが放たれ、

「ああああ!!!!」
限界を超えて、火神がブロックのため、高く、高く跳躍する…

「…!!?」

緑間は読んでいたのかシュートを放たず、踏みとどまる。そして…

残り1秒、再び振り上げたボールは上がることなく、忍び寄った黒子によって床へと落とされる…


「試合…終了――――!!」
長い、長い試合が終わりを告げた。



・・・・


「すごかったねー。」「うん、かっこよかった。」「火神っちスゲー。」
会場を後にしながら、春香や雪歩は今日の観戦を振り返る。

「今日の、相手って王者だったんだよねぇ?誠凛このまま、優勝とかするんじゃない?」
真美も興奮冷めやらぬといった感じだ。

「まあ、東京は三大王者。あと1校残ってるが…どう思う、黄瀬?」
笠松さんが黄瀬に尋ねる。
「あと1校はどこなんですか?」
質問に真がかぶせる。

「泉真館ッスね…でも、まあ問題はそっちじゃないッスよ、きっと…」
「…桐皇か…?」
考え込むような黄瀬の言葉に笠松さんが尋ねる。

「桐皇?三大王者ってのに入ってないのに優勝候補なのか?」
「桐皇は最近、スカウトに力をいれてて、急成長してるんだよ。それに…」
真の疑問には笠松さんがこたえ、黄瀬が言葉を続ける。
「桐皇には、東京で進学したもう一人のキセキの世代がいるッスからね。」
「もう一人のキセキの世代…。」「でもでも、今日の緑間っちもそうなんだろ?」

呟くような真と話に加わる、響。
「そうッスけど…黒子っちと火神っちにはちょっと因縁めいた対決になるッスよ、きっと…」
「???」

「…火神を黒子っちの今の相棒、光と呼ぶなら、あの人はキセキの世代のかつての光ッスから…」






 その後、体育館からでると天候は今にも雨が降りそうな状態となっており、振られない内に帰ろうという結論に達した。その際、「もう遅いから女の子を一人では帰せないッスね。近くまで送るッス。」という言葉にあたふたとした真を亜美たちがからかい、真は春香たちをおいて脱兎の如くに走って行ってしまう。
 結果、春香たちは真を追って行ってしまい、その日は現地解散となる。




ちなみに、さらにその後、黄瀬と笠松は土砂降りの雨から逃れるために入ったお好み焼き屋で誠凛、そして緑間たちと出会うこととなり、ひと騒動起こすのだが…
 一日デートを終えた真たちがそれを知ることはなかった。





数日後、765プロ事務所、

「なにやってんだ、真?」
プロデューサーは、こそこそとTVを見ようとしている真の不自然な挙動に、扉から疑問の声をかける。

「あ、いや、その…」
「お、今日誠凛の試合があんのか。」「見よう見よう!」「亜美もー!」
しどろもどろになる真、プロデューサーの背後から響たちが騒々しく入ってくる。
「誠凛?」
疑問符がつきないプロデューサー。

「いや、うちらこないだ黄瀬っちとバスケ見に行ってから、はまっててさぁ。」
「今日は、こないだ見たチームが決勝トーナメントで戦うんさ。」
「お、やってるやってる。」
亜美と響の説明に納得する。しかし…

「黄瀬君と…?」
 以前彼が、真をデートに誘っていたのを思い出す。相手がモデルとはいえ、アイドルである彼女がデートをするのは、なかなかに複雑だ。だが…

「あのプロデューサー、私たちもみんなで行って、黄瀬さんとこの前会った、海常のキャプテンの方に説明してもらってたんですよ。」
 いつのまにか隣にたつ春香から少し慌てたような説明を受ける。ようするにみんなで行ったおでかけなのだから、気にすることはなにもない。と言いたいのだろう…

「うーん、黄瀬君かー。随分、真によくしてくれてるよねー。」
律子が顎に手をあて考え込むようなそぶりで室内に入ってくる。やはり、不味いかな?と思ったプロデューサーだが…

「真。その調子でたぶらかして、765プロに引きずり込んじゃえ!」
「た、たぶらかしてって、そんなことしませんよ!」
どうやら考え込んでいたのは別の事らしい。たしかに黄瀬は現在、かなり売れているモデルだ。高校生であるし、忙しいこともあり、人気の割に仕事量が多くないため、数が少ないのも人気に貢献しているのだろう。



「それでどこの試合がはじまるのよ?」

テレビでは誠凛対桐皇の試合が始まろうとしていた。結局、事務所に居たヒマなメンバー全員がテレビを見ることとなった。伊織が向かいの席に座る真に尋ねる。

「誠凛と桐皇学園。どっちも黄瀬君の元チームメイトがいるらしいんだけど…」
「黒子さんと…たしか青峰さんですよね。」
 春香は、その名がかつて自分たちを助けてくれた人の名であることを思いだして嬉しげに答える。真は伊織に返しながら画面から青峰を探そうとするが…

「あれ?…いない?」
画面の中から青峰を見つけることはできなかった。
「どういう方なのですか?」
高音が尋ね、響ががさごそと鞄を漁り、

「じゃーん、黄瀬っちの中学が乗ってる雑誌!見つけてきたぞ!」
どこからか手に入れたのか以前の月バス、帝光中の特集号を机に広げる。

「どれどれ、黄瀬っちはどこかなー?」
「青峰って人じゃないの?」
亜美がページをめくり、黄瀬のページを広げる。千早は当初の目的とずれていることを指摘するがページをめくる手は止まらない。

「あった。」「おー、ガッツリ載ってるぞ!」
真が黄瀬のページを見つけ、その量に真美が驚く。

中学二年から、バスケを始めるも恵まれた体格とセンスで瞬く間に強豪・帝光でレギュラー入り、他の4人と比べると経験値の浅さはあるが、急成長を続けるオールラウンダー………

「二年生から!?」
 黄瀬のプレイをわずかだが見たことのある真が驚きの声を上げる。自身、運動を得意としているからなおのこと強豪校でレギュラーを獲ることの難しさが分るのだろう。

「うーん、モデルをしてる写真もいいけど、こういう写真もいいわねー。」
覗き込む律子が唸るように評する。
「青峰さんのページは…」
じっと黄瀬の写真を見つめる真から本を引き離し、春香がページを探す。だがそのページが見つかる前に

「なんか試合はじまってるよ。」
美希の声に本を覗き込んでいたみんなが慌ててTVに視線を向ける。

「あっ!!」
そこには開始された試合と早々と3Pを決める桐皇の9番の姿があった。

 一旦、本のことは放置して試合をみる一同。試合はテンポの速い展開で開始4分ですでに10-4と得点を刻んでいた。

 画面を見ていた雪歩は、今もシュートを放つ9番を、
「あの人…なんで謝りながら投げてるんだろ?」
気の弱い同士、親近感がわくのか、興味深げにみている。

 速い展開の中、試合が進む。優勢なのは桐皇。今も火神が遠くからシュートを放ち、届く前にゴールに走り込もうとするが、そのプレイは桐皇の7番に阻まれる。ゴール周辺の選手もそれぞれマークにつかれ、ゴールに弾かれたボールは桐皇にわたる。その後の攻防も、まるで知っているかのような動きで桐皇が誠凛の動きを封じる。

「あー、なんか火神っちのチーム全然のれてないぞ!」
前回の観戦以来、誠凛びいきの響が叫ぶ、
「でも、こういうときに活躍するのが黒子っちでしょ。」「今どこ~?」

亜美と真美も前回の観戦で多少、誠凛のことが分ったのか、誠凛のキーマンの一人を探す。

画面では日向が9番を抜こうとして阻まれる。しかしその9番は影から現れた黒子によって止められ日向はゴールエリアに侵入、シュートフェイクからのパスを受けた火神が背面ダンクを決め15-21に詰め寄った。

その後も、桐皇は黒子の予想できない動きを軸に撹乱し、第1Q終了時には21-25と詰め寄っていた。



第2Qが始まって早々、黒子-火神の連係により、火神は豪快なアリウープを決める。だが…


「誠凛メンバーチェンジです。」

「あれ、火神っち引っ込んじゃった。」「えー、なんでー。」
 突如として、得点を挙げた火神が小金井と交代する。豪快なプレーで魅せていた火神が下がってしまって亜美と真美たちも不満そうだ。

「調子よくなってきたところに見えましたけど、ねえ?」
 春香が首を傾げながら真に尋ねてみる。

「よく分らないけど…前の試合かなりムチャしてたし、その影響じゃないかな?」
真が推測を口にし、TVに視線を戻す。試合は火神が抜けたことにより、高さがなくなった誠凛はリバウンドがとれず、カウンターを取られ続けていた。そのせいで点差が開き始めて前半残り5分の時点で29-38となっていた。 


「ちょっと、誠凛負けてるわよ。」
真たちが誠凛を応援していると知って、現状をあえて口にする伊織、
「まだまだですよ、きっと。前の試合も後半からすっごい逆転でしたし。」
春香がそれでも誠凛を信じて応援する。
「そうさ、ほら。」
真が画面を示すとちょうど誠凛のメンバーチェンジが告げられ、火神がコートに入ろうとしていた。

「あっ、青峰さんだ。」
雪歩がぼつりとつぶやく。
「えっ、どこだどこだ?」
試合が始まったことで忘れていたが、噂の青峰がでたことで画面を探す響たち、
「あの、火神さんの横の色黒の人…」
「…もしかして…遅刻してたのか、青峰っち?」「分かった、きっと途中で妊婦さんを助けてたんだよ。」
「まさか、そんなこと…」
会場も騒然としており、TVの前では亜美と真美のコメントに真が疑わしげに否定する。

「残り時間ほとんどないみたいだけど、でるみたいですね~。」
やよいが言った通り、残り時間は50秒ほどしかないにも関わらず、青峰は鞄や上着をマネージャーらしき女性に渡して交代に備えていた。

 ボールがアウトになり、青峰がコートに姿を現す。
「こいつが噂の青峰ね。なんか偉そうなやつね、遅刻したのに!」
伊織がふてぶてしい青峰の態度を評価する。
「えっと、青峰大輝。キセキの世代のエースって書いてありますね。」
雑誌に大きな文字で書かれていた内容を千早は読み上げる。

「エース!?この人が?」
真が驚いたように声を上げる。

 画面の中では、桐皇の攻撃となっているのだが、その陣形は今までと違う形をつくっていた。

「随分とバランス悪く、偏っているのですね。」
高音が言うように誠凛のゴール前では桐皇が右サイドに集中的に寄っており、それに釣られて誠凛も偏った布陣となっていた。
「意図的に、あの青峰って人を孤立させようとしてるようにも見えるけど…」
真は推測を口にしながら画面に集中する。

 そして…
レッグスルーからクロスオーバー、左から右への動きだが、その動きは早く、画面で見るとコマ落ちしたかのようなスピードで青峰は火神を抜き去った。
日向が慌ててヘルプに入り進路を塞ごうとするが、高速でロールした青峰はあっさりと日向もかわし、ゴールに飛ぶ。

だが撃ちこもうとしたダンクは、再度追いついた火神のブロックによって遮られる。

「おおっ!」「さすが火神っち!」「はや~い。」
亜美たちが感心したように声をあげる。誠凛はボールを素早く確保して速攻をかける。だが、桐皇の戻りも早く、カウンター失敗かと思いきや…

「なにあれ!」「でた、黒子っちだ!」
黒子のイグナイトが炸裂しコートをボールが切り裂く。伊織が驚き、響が黒子の仕業と看破する。
ボールは火神が受け取り、火神はスピードのまま跳び上がりダンクを決める。

…はずが今度は、青峰がそれにおいつき、火神のダンクも失敗に終わる。
「ちょ、なに今の!?」
明らかに体勢を崩し、火神の後方にいた筈の青峰の出現に律子も驚く。

同時にブザーがなり、第2Qの終了が告げられる。
「青峰っちすげー。」「すごーい。」
響と春香も感心したように声を上げている。





 試合は一旦、休憩にはいる。時間があくと、青峰の遅刻の原因が気になりだしたのか話がそちらに移る。そして…










おまけ


「すいませーん。」
 誠凛対秀徳が行われた試合会場から少し離れた、とあるお好み焼きやにて

「黒子テメェ、覚えとけよコラ…」
「スイマセン。重かったんで…」
泥だらけの火神と黒子、そして誠凛のメンバーが夕食兼雨宿りで立ち寄った。そこには、

「お。」「ん。」
「…」

「黄瀬と笠松!?」
「ちッス。」「呼びすてか、オイ!」
 真達と分れたあと、本格的に降ってきた雨に誠凛と同じ考えで店に入り、もんじゃ焼きを食べている黄瀬と笠松の姿があった。



「………」
 それほど大きくない店内に誠凛のメンバーが入ったため、火神と黒子は、黄瀬たちと相席となり、気まずい雰囲気が流れる。

「なんなんすかこのメンツは…そして火神っち何でドロドロだったんスか?」
「あぶれたんだよ。ドロはほっとけよ。っち付けんな。」
「食わねーとコゲんぞ。」
 いささか気まずい相席に黄瀬が会話を始めようと試みるが、どうやらあまり触れてほしくなかったところのようで、火神の答える声は機嫌が悪い。
 ともあれ、店内は人が増えたことでにぎやかになり、誠凛は今日の勝利を祝って祝杯を挙げる。

「カンパ―…」
ところで店の扉が開き、二人の男が入ってくる。

「おっちゃん二人、空いて…ん?」
入ってきたのは秀徳の10番高尾と緑間。誠凛が先ほど戦った相手、しかも負かした相手であった。
硬直する一同。

「なんでオマエらここに!?つか他は!?」
「いやーしんちゃんが泣き崩れてる間に先輩たちとはぐれちゃってー。ついでにメシでもみたいな。」
「オイ!」
 驚きの声を上げる誠凛、高尾は日本人らしい愛想笑いを浮かべながら説明し、緑間は引きつらせた顔に青筋を浮かべて突っ込む。

「店を変えるぞ、高尾。」「あっ、オイ。」
 冷静な風を装った緑間は踵を返し店を出る。しかし


バッシャアァア

「…!!」
店の外は、大雨、強風。みれば傘をさしている通行人は吹き飛ばされそうになっており、緑間は店の前で立ち尽くす。



 

 結局、高尾が月バスにも載る全国区のPG笠松の話を聞きたいということで強引に混ざり、というより、席から連れ出し店に居座る。その結果…


   あの席パネェ!!!

 笠松の居た席にはなぜか緑間が座り、非常に気まずい空間ができあがる。

「ちょっとちょっとチョーワクワクするわね!?」
楽しそうな誠凛の女監督の声を肯定する言葉はない。

「オマエ、これ狙ってたろ。」
「えー?まっさかー。」
呆れた様子の笠松に対し、高尾は楽しげだ。


しばし沈黙が流れたが、結局、空腹には勝てず、黒子が注文しようとメニューをとる。
「…とりあえず何か頼みませんか。お腹へりました。」
「オレもうけっこう一杯だから、今食べてるもんじゃだけでいッスわ。」
 誠凛が来る前から食べていた黄瀬は、メニューを見ずに断りをいれる。

「よくそんな【ピー】のようなものが食えるのだよ。」
「なんでそーゆーこと言うッスか!?」
緑間の言葉に思わず、口に含んでいたもんじゃを吹き出してしまう。二人の会話を他所に火神は店員に注文している。


「いか玉ブタ玉ミックス玉たこ玉ブタキムチ玉…」
「なんの呪文ッスかそれ!?」
「頼み過ぎなのだよ!!」
「大丈夫です。火神君一人で食べますから。」
「ホントに人間か!?」
 呪文のような長さの注文に黄瀬や緑間のつっこみが入るが、なれたもので誠凛のメンバーは冷静に返す。

 再び沈黙が流れる。お好み焼きをほおばる火神や切れ目を入れる黒子に対して、緑間は腕組みをしたまま不機嫌オーラを出している。

「緑間っち、ホラ、コゲるっすよ?」
「食べるような気分なはずないだろう。」
 沈黙に耐え兼ねて黄瀬が、緑間を促すが、彼の不機嫌は増したようだ。

「負けて悔しいのは分るッスけど…ホラ!昨日の敵はなんとやらッス。」
「負かされたのはついさっきなのだよ!」
 とりなす黄瀬の言葉は刻一刻と状況を悪化させている。

「むしろオマエがヘラヘラ同席している方が理解に苦しむのだよ。一度負けた相手だろう。」
 いまいましげに緑間がたずねるが、
「そりゃあ…当然リベンジするッス。インターハイの舞台でね。」
 隠されていた好戦的な目が垣間見え、黒子と火神の手がとまる。

「次は負けねぇッスよ。」
「ハッ、望むところだよ。」
 告げる黄瀬の目は、以前よりも闘志のこもった目となっていた。

「黄瀬…前と少し変わったな。」
それを見た緑間がお好み焼きに手をつけながら、話しかける。

「そースか?」
「目が…変なのだよ」
「変!?」
 緑間の真顔の言葉に傷たいた声を上げる。

「まぁ…黒子っち達とやってから、前より練習はするようになったスかね。…あとちょっと最近おもしろい子に会ったんスよ。」
「おもしろい?」
「それで、海常のみんなとバスケするのがちょっと楽しいッス。」

「…どうもカン違いだったようだ、やはり変わってなどいない。戻っただけだ、三連覇する少し前にな。」
 黄瀬の表情は、思い出し笑いをしているのだろうか笑みを含んでおり、緑間は内心を見せないように返す。

「けど…あの頃はまだ、みんなはそうだったじゃないですか。」
 さしはさむ黒子の声はさびしげだ。
「オマエらがどう変わろうが勝手だ。だがオレは楽しい楽しくないでバスケはしていないのだよ。」
「…オマエらまじ、ゴチャゴチャ考えすぎなんじゃねーの?楽しいからやってるに決まってんだろバスケ」
 呆れたような火神の言葉に緑間が表情を変えて切り返す。

「…何も知らんくせに知ったようなこと言わないでもらおうか」
 冷たい目で火神をにらむ緑間に

 べしゃ

後ろの席で遊んでいた高尾のお好み焼きが直撃する。

「…とりあえずその話は後だ。」
 おもむろに立ち上がった緑間は、
「高尾ちょっと来い。」
「わりーわりーってちょっとスイマッ…なんでお好み焼きふりかぶってん…だギャ―――!!」

 高尾と戯れるために席を離れる。残った黄瀬たちは見なかったふりをして会話を続ける。
「火神君の言う通りです。今日試合をして思いました。…つまらなかったらあんなにうまくなりません。」
 黒子の言葉はどこか嬉しげだ。

「あっ、そうッス。黒子っち!これオレがでてる雑誌ッス!さっき言ってた子との対談だったんスよ!」
 黄瀬は鞄からとりだし、雑誌を広げて黒子にみせる。

 自分が変わったとすれば…あの敗戦もきっかけだろう。だが、思いださせてくれたのは…あの娘。隣に座る、この元指導係と同じことを言ってくれた…



[29668] 第9話 賭けの行方が決まってからの
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/17 16:57
「真ちゃん、黄瀬さんならなにか分かるんじゃない?」
雪歩の言葉がきっかけとなった。
「そうだ、まこちん。今こそ黄瀬っちに連絡をとるのだ。」
亜美がいい考えだとばかりに言う。

「うぇ!?や、でも練習中とか、忙しいんじゃないかな…?」
真が驚きの声をあげる。しかし
「なに、真。連絡先交換してるんなら、積極的に連絡しなさいよ!」
律子もうきうきとしながら電話を促す。見れば周りのみんなも期待しているように真を見ている。
「うっ…、わかったよ…」
しぶしぶながら電話をかける。内心では出てほしい、という思いと出ないでほしいという反する思いが渦巻いていた。真の願いは…


第九話 賭けの行方が決まってからの



<どうしたんスか、真ちゃん?>
あっさりと電話にでてきた黄瀬に裏切られたの、叶えられたのか…
「うぇ、あの、その…黄瀬君、今時間大丈夫ですか?練習とかで忙しいならいいんです。気にしないでください。」
テンパる真は早口で、切られる前提の話を進めるが
<大丈夫ッスよ、ちょうどハーフに入ったところだし。>
黄瀬は会話を続けることを促す。真は黄瀬の言葉の気になるワードを拾い上げる。
「えっ、ハーフって…?」

<ああ、今、桐皇と誠凛の試合を見に来てるんスよ。>
「えっ!?ボクたちも見てるんだ、試合!…言ってくれたらよかったのに…」
返ってきた言葉に思わず言い返してしまう。ハッと気づいて周りをみるとほほえましげにみんなが真をみており、思わずたじろぐ。

<………とちゃん、おーい真ちゃんどうしたの?>
「…はい、なんでしょう!!?」
黄瀬の言葉を聞き逃してしまい、呼びかけられていることに気づいて慌てて聞き返す。
<いや、どうしたのかなって?>
「あ…え、なんだっけ…あ、そうだ、試合見てたんだけど、前半の最後に交代したのが青峰さんだよね?」
緊張からか要件を忘れてしまい、周りのみんなが傾く。しかし、直後内容を思いだし、ようやく本題に入る。

<そっスよ。あのやたらと色の黒いのが青峰っちッス。>
「えーっと、それで、今事務所のみんなと見てるんだけど、なんで遅刻してきたのかなーって話になってて…」
<青峰っちは基本、時間にルーズッスから今日の試合、あんまやる気なくて寝坊でもしたんじゃないッスか?>
「寝坊!!?やる気がないってコレ決勝リーグだよね!!?」
返ってきた答えに思わず声が上げる真。あまりにも普通すぎる答えに一同も急速に興味を失う。しかし、真の言うとおり、重要な試合でエースが遅刻するとは、という思いを抱く。

<まあ、今のプレーもやる気なくて、ノロすぎだったし。>
「えっ!!!?今のが?」
<まあ、火神っちが予想外にやったから、もしかしたら後半は、少し本気だしてくるかもしんないッスね。>
「…」
<火神っちもやるみたいッスけど、扉を開けてない今の火神っちじゃ、きついかもしんないスね。>
「…扉?」
黄瀬の言葉に、思わず疑問の声を上げる。
だがその意味を知ることはできなかった。なぜなら亜美がいいことを考え付いたとばかりに、
「んっふっふっふ~、なあなあ、黄瀬っち。」
真から電話を奪い取り、話を進める。

「亜美だよ。失礼だぞ黄瀬っち。」
真が電話を奪い返そうとするが、以心伝心、なにを企んでいるか分かったのか真美が真の動きを封じる。電話ではどうやら、亜美なのか真美なのか区別がつかなかったのだろう、亜美が不満そうに口をとがらせている。だがその目は笑っている。

「名前を間違えた黄瀬っちには罰ゲーム!この試合どっちが勝つか賭けてもらおう。」
「ちょ、亜美!」
賭けという言葉にプロデューサーが慌てる、亜美はまあまあとジェスチャーを返して会話を続ける。
「んっふっふっふ~。黄瀬っちが勝ったら、失礼を許そう、それからぁ~」
にたぁ、という音が似あう笑みを亜美は真に向ける。真はそれを見て、嫌な予感に顔を青ざめる。

「まこちんがお願いを一つ叶えてくれるっていうのはどうかね?」
飛び出た言葉に真が亜美に飛びつこうとして、真美と伊織に押さえつけられる。ほかのみんなは、驚いた表情を亜美に向ける。
「ちょっと亜美!?」
流石にこれには、律子も慌てる。だが…

「外れた場合は…黄瀬っちが765の所属になるっていうのはどう?」
亜美の出した交換条件にピタリと動きを止める。だが流石にこれは、受けられないだろう。そんなことをすれば、黄瀬はおろか765の業界での信頼にも関わる。
断られる、あるいは渋るのを予想していたのか亜美は、次善策をうちだす。

「なら仕方ない、一回、うちらの仕事を手伝うというので手を打とうじゃないか。」
景品の意向は無視されたまま、話は進んだようだ。

「ふむふむ、黄瀬っちは桐皇だな。ならうちらは誠凛をプッシュだ!」
 ここまで話が進んでしまえば、と油断したのか、伊織と真美の拘束が緩んだ隙に真は、亜美にとびかかり電話を奪いかえす。

「黄瀬君!あの、これは、その。」
取り返したはいいが、思考はまとまらずしどろもどろな言葉しかでてこない。

<あれ、今度は真ちゃんか、ということらしいからよろしく。>
「ぅええええ!…ちなみに誠凛が負けた場合は、その、」
どうやらすでに話はまとまったのだろう。せめてもと、黄瀬の願いを尋ねようとする。
<そこは賭けの行方が決まってからのお楽しみにしておくッスよ。>



 電話が切れ、無言でうつむく真。みんなは、心配そうに様子を伺う、すると

「亜美!!どーしてくれるんだ!?」
真が爆発する。
「にゃっはっはっはー。いいじゃないかまこちん。誠凛、王者に勝つくらい強いし大丈夫だよ。」
「そうそう、誠凛が勝てばまた、黄瀬っちと仕事ができるし。」
 亜美の言葉に真美が援護射撃を送る。

「プロデューサーぁ。」
真は救いを求めるようにプロデューサーに顔を向ける。だが…
「誠凛が勝つことを祈ろう。負けたときは…黄瀬くんの良心に期待しよう…」
あまり、いやほぼ頼りにならないコメントを返すのみであった。



ハーフタイムが終わり。両チームの選手がコートに集まる。だが誠凛のメンバーの中に黒子の姿がなく、彼はベンチに座っていた。

「あれ、黒子っち。ベンチにいるぞ!」
響が目敏く、見つける。
「ホントだ…そういえば、前の試合の時も、一度ベンチにいたし、そういう人なのかな?」
春香がそれに返す。

 開始早々、青峰にボールが渡り、会場が沸き立つ。
 火神は腰を落として青峰を止めようと構えるが、一瞬で加速した青峰について行くことができない。
 火神を振り切った青峰は、土田と水戸部に突っ込み、衝突寸前に急停止から後方に跳びながらシュートを放つ。火神が後方から、ボールをはたこうとするが、紙一重で間に合わず、ボールは誠凛ゴールに入る。得点は39-51。

 次の瞬間、リスタートした日向が、ボールを前線に大きく投げ、火神がそれに走り込む。一人切り込んだ火神は、ボールを掴むとフリースローラインから跳び上がろうとするが半ばほどで、追いついてきた青峰にボールを落されてしまう。

「青峰っち、はえーな。」「でも誠凛の人も惜しかったですよ~。」
響は青峰に感心し、やよいが誠凛の惜しさを伝えようとする。

 だが、突如青峰の構えがだらりとしたものになる。ボールを受け取り、ゆらりとした動きから一転、緩くドライブをかける。

「あっ、ミスった…!!?」
青峰は手元が狂ったのか、ボールを後方に置き去りにしてしまう。
それをみて伊織が呟く、だが青峰は一瞬で体を翻すとボールを確保。火神が慌てて進路を阻もうとするが、青峰は不規則な動きを繰り返し…

「ああっ!!」
火神の体がついていけなくなり、後方に倒れる。その姿に春香が声を上げる。青峰は火神を置き去りにしてゴールに突っ込む。

「よし三人ブロック、追い込んだ!」
 ゴールへの進路上には誠凛の選手が三人構えており、それをみた真が安堵したように声をだす。青峰は進路を阻まれ、ゴールの裏に追い込まれる。しかし

「なによあれ!?」
驚きの声が室内に響く、青峰は向きを変えずにボールを上に放り投げると、そのボールはボードの裏を通り過ぎ、ボードの正面にかえり、ゴールを通過する。


その後も、青峰の常識はずれの動きは続く、今も画面の中では火神によってゴールの隅においやられた青峰は、ゴールとは別方向に跳んだかと思うと、右手でボールを振り切る。その動作はどうみても、ゴールを狙ったものとは思えなかったが、ゼロ角度の投擲はボードに直撃したのちゴールに入る。

「バスケってあんな動きもするんですか?」
あずさがのほほんとした口調で尋ねる。だが多くの者は、今のメチャクチャな動きに驚いている。

「いえ、少なくとも前みた試合では、あんなのは無かったと思います。」
春香が答えるが、その声は自信なさげだ。点数は離れだし、第3Q残り8分ほどのところで39-55。
 青峰の変則的なスタイルはとまらない。コントロールを失ってボールが跳ね上がったかと思えば、瞬時にそれは消え去りDFを抜いている。そして火神が常識はずれの跳躍力でシュートを阻もうとする。

「出た、鳥人間!」「あれなら!」
亜美と真美の希望はかなわない。青峰は空中で上体をほとんど寝かせた体勢をとりシュートを決める。

リスタートしたボールは火神に渡り、火神がゴール前から跳躍するが、青峰によってボールは下に落とされる。青峰はボールをひろい、ゴールに駆ける。火神もそれに追いすがるが

「うそ。なんで!?」
 ドリブルしている青峰は、猛烈な勢いの火神よりなお早い。だが火神は諦めず青峰の斜め後方から空中を制覇する。体がぶつかり笛がなる。

「ファウルだ。でも止め…!!!?」
 火神のプッシュによってわずかにぐらついた青峰をみて真は喜ぶ。しかしそれでも青峰は体勢を崩すことなく、右手をビハインドから跳ね上げてボールを打ち上げる。
上空を抑えられて見ることもできないはずのゴールにボールは向かい、そのまま吸い込まれる。

 バスケットカウントからのワンスローが宣告され、得点が認められる。画面の中でも、誠凛の選手が驚愕しているのが見える。
フリースローも決まり得点は39-59。20点もの差がついていた。耐えきれないかのようにベンチから黒子がコートに現れる。


「黒子っちがでてきた!」「黒子っちならどうにかできる!」
 亜美と真美が祈るように画面の中の黒子を見る。

 黒子はリスタート後、渡されたボールを全身の回転を利用して前線に投げる。走っていた火神がボールを受けて、ゴールに走り込むが、またしても青峰が追いつく。防がれる直前、火神はボールを横に流し、日向が3Pを決める。

「うまい!」「後半初得点ですね!」
真と春香が喜びの声を上げる。

 リスタートしたボールは7番、4番の間に割り込んだ黒子によってカットされる。伊月がボールを受け取りそのままゴールを決める。得点は43-59。

「なんか、あいつが入ってから急に得点が入るわね。」
「さすが、黒子っち。期待を裏切らない男だぜ。」
伊織が感心したように呟き、亜美が黒子を褒める。

 試合が続き、誠凛のボールを黒子が火神にパスするためイグナイトが炸裂する。その瞬間、
「なっっ!!?」
驚きは何度目だろう。今まで止めるもののなかった黒子の必殺技が青峰に悠々とキャッチされる。青峰はそのまま進行していき、伊月、日向、水戸部を次々に抜いていく。

「あー!三人抜かれたさ!!!?」
 響が驚きに声を上げる。だが青峰の進路上には火神と黒子が立ちふさがり、

「止めてくれ!」
真が願うように声を上げるが、二人を蹴散らすように青峰のダンクが炸裂する。
「5人、抜き?」
雪歩が脅えるように呟くが、室内を満たしていた驚愕は全員同じだろう。そしてその後も、展開は変わらない。黒子のパスは青峰によって悉く止められ、青峰の停止不能の動きは誠凛のゴールを揺らし続ける。

「…ああっ!火神っちが…」
重い空気のなか、火神が足を引きづるようにしていることに響が声を上げる。誠凛も気づいたのだろう、火神がベンチに引き戻される。
誠凛はあきらめることなく、ゴールを狙うが、差が詰まることはなく、だんだんと桐皇の圧倒的な攻撃がコートを蹂躙していく。

 第4Q残り6分を切ったところで、53-93。40点もの差が開く。もはや室内の応援も、驚く言葉もない。

そして、画面の中では懸命に最後まで走り続ける誠凛の選手の姿が映るが、ブザーが響いた時、掲示板には55-112というスコアが記されていた。


・・・・


「…誠凛負けちゃったね…」
 春香の呟くような声が響く、その言葉に俯いていた真の肩がビクッッと震え、ぶるぶると全身を震わせたと思うと、

「どうしてくれるんだ、亜美!」
ガバッッと顔を上げて亜美にとびかかる。
「お、落ち着くんだまこちん。」
亜美は首を締め上げんばかりの真に静止の声をかけるが、真の手は止まらず、諸悪の息の根が止まる前に春香たちが引きはがそうとする。そこに

「おっ、真君。その黄瀬君から連絡だよ。」
美希が真の携帯に着信があることを知らせる。ギクリとして動きを止めると恐る恐る電話にでる。


「も、もしもし?」
<あ、真ちゃん。最後まで見れたッスか?>
着信表記とおりの相手の声が耳に響く。
「えっと、その…黒子っち負けちゃいましたね。いやー青峰さんって強いんですね。」
真は内容が切り出されないようにできるだけ話しかけていく戦法をとるようだ。

<そうッスねー。さすがにこの結果は、びっくりしたッスけど。>
「そうですよね。あっ、そういえば途中で火神さんが交代しましたけど、なんだったんですかね?」

<うーん、多分足の負傷ッスね。多分、前の試合からのあのジャンプで足痛めてたんじゃないスかね。>
「あ、そうだと思ったんですよ。あはは。」

<それで真ちゃん。>
「そういえば、キセキの世代の載ってる雑誌みましたよ。響が探してきてくれたんですよ。」
<へー、そうなんスか。ところで真ちゃん。>
「誠凛大丈夫ですかね。随分ショック受けてたみたいに見えたんですけど」

<誠凛は若いチームッスから、この後の試合に影響がないといいんスけどね。ところで、>
「えーと、あと、」<真ちゃん、最初の賭け覚えてるッスか?>
引き伸ばしを図るもテンパる状態では、こちらからの一方的な会話には限度があり、ついに捕まってしまう。

「ううっ、覚えてます…」
<真ちゃんが、お願い一つ聞いてくれるんスよね?>
「うっ…その、」
亜美が勝手に言い出したことだ。と言いたいが周りのみんなは何を期待しているのかわくわく顔で、雪歩ですら、興味深げな顔色が隠せていない。ただ一人プロデューサーのみ心配そうにみている。

<そうッスねー。じゃあ、願い事ッスけど。真ちゃん、誠凛の試合ばっか見て、うちの試合は見てくれてないみたいッスから、応援にきてほしいッス。>
黄瀬から告げられた願いは、予想していたよりもずっとやさしかった、だが…
「応援ってどこの?」
 続けた言葉は、悪手だったのだろう、電話先から沈黙が流れる。
<…真ちゃん?海常も神奈川県予選にでてるんスよ?>

 先ほどのショックで、頭が回らなかったのもあるのだろうが、黄瀬の声は若干すねているように感じられる。
「ご、ごめん。そうだよね。ってことは神奈川県までか…」
慌てて謝る真。アイドルの仕事は忙しいとはいえ、今の765の仕事のスケジュールボードは空白が目立つ状態だ。隣の県に行くくらいなら大丈夫だろう。だが…

<応援されなくても、県予選くらいヨユーで突破するッスから、来るのはIH本選からでいいッスよ。>
 返ってきた言葉は若干冷たい。
「で、でも大丈夫なんですか?確か海常、誠凛に練習試合で負けたって。」
<…随分信用ないッスね。>
苦し紛れのお節介は、黄瀬のプライドを刺激したようだ。声に感情が感じられなくなっている。

<よーく、わかったッス。じゃあ全国に行けなかったら、賭けは無効でいいッス。んで全国の試合。1回戦はTVで観戦してほしいッス。>
「えっ!?」
<真ちゃんのために、1回戦の出だしで派手にかますんで、それができたら応援にくること!>
「ええっ!!」
<それじゃ、約束ッスよ!>
 返答をする間もなく切られてしまったが…1回戦で桐皇のような強豪と当たったらどうするのだろう…と言ってもきっと怒るんだろーなー、と思いながら、とりあえずわくわく顔で自分を見ている亜美の脳天にチョップをいれる。




「にゃははは。よかったじゃないか。それくらいで。海常には世話になったんだし、応援くらい。ね、にーちゃん?」
とりあえず、黄瀬の出したお願いを伝えると、笑いながら答える亜美の返答は余裕が感じられたものだ。

「いや、しかし…」
プロデューサーとしても苦しいところだ、どこで行われるのか現状、事務所のみんなは知らないが、遠くで開催されれば、仕事やスケジュールに影響しかねない。とはいえ亜美の言うとおり、ふるさと村で海常にはお世話になっている。応援にいく義務はあるかもしれない…その考えを読んだのか

「まあまあ、まだ行かなきゃいけないと決まったわけじゃありませんし。今のうちの予定をみると数日くらいは大丈夫ですよ。」
 音無さんのとりなしが入る。たしかに今の765プロの夏のスケジュールはほぼ空欄だ。海常の試合日程にもよるが数日であれば、応援にいけるだろう…

「いやー、まこちんの前でそんだけ言い切ったんなら勝つだろ。でも1回戦はTVで見てくれかー。そのときなんか言ってなかった?」
「なっ、な、にも言ってないよ。」
 黄瀬の言っていた内容をすべては伝えなかったのだが…真美の言葉はピンポイントで隠しておきたいところを突いており、動揺がでてしまう。

「真ちゃん、そんなに慌てたら、なにか言われましたって言ってるようなもんだよ…」
「な、ないったらないってば!」
雪歩の言葉に慌てて否定を続ける。しかし

「ふーん、そうねー。真に得点を捧げる。とかかしら?」
伊織の予想は当たらずとも遠からず。固まる真をからかう言葉はしばらくやむことがなかった。





ちなみにこの後日、誠凛の残りの試合が行われるが、そこに火神の姿はなく、黒子のパスはミスを連発し、誠凛の全敗が決定する。






[29668] 第10話  ありがとうッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/18 15:49
誠凛の全敗が決定して、数週間後、765プロ事務所にて…


ドタドタドタ、バタン!!ドタドタドタ…

外から勢いよく駆けてきた誰かに、扉が激しく開閉され、入室した誰かは足早にテレビの前に向かった。その後ろから…

「ちょっ、真ちゃん。」「まだ、始まってないよー。」
春香と雪歩の息を切らしながらの声が続く。二人も先行する誰かを追ってテレビのある部屋へと向かう。

TVの前ではすでに電源をつけたのか、TVに一番近い位置に腰掛けた真がやや落胆したように、
「あっ、ごめん。春香、雪歩。」
 少し照れたように謝ってきた。

 テレビではバスケットIHの試合が行われていたが、その中には目当ての選手はまだ出場していなかった。



第十話  ありがとうッス



「だから、まだ時間あるよって…」
夏のこの時期に真を追って全力疾走することになってしまったため、かなりのだるさを感じるのか若干恨めし気に雪歩が言う。

「まあまあ、ゆきぴょん。」「まこちんも彼の勇姿を見届けようと必死だったのだよ。」
 もともと予定がなく事務所で休んでいた亜美と真美が宥めるように告げているが、その言葉にはからかいが含まれている。

「まさか、真。レッスンの途中で切り上げてきたりは…」
真の慌て具合に律子が心配そうに尋ねる。

「そんなことはしてませんよ!」
真は身を乗り出して否定する。
「そうですよ。真ちゃんいつもより真剣にやってましたよ。」
春香がとりなすように説明する。

「それにしても、まだ開始の予定まで時間あるのに、随分慌てて帰ってきましたね~?」
やよいがのほほんとした調子で尋ね、新聞のTV欄を確認する。その時間まではまだ、30分ほどあった。

「しっかし、ホントに宣言通り全国でたわね、あいつ。」
伊織が呆れたように言うが、感心したようにも聞こえる。

あと30分後、IH本選にて海常バスケ部の第1試合が始まる。



「おっ、出てきた。」
 憩いの場となったテレビの前で30分近くまっているとようやく、次の試合。真達にとっては目当ての試合が始まろうとしていた。

「そういえば、うちら黄瀬っちの試合みるの初めてさ。」
 響が今、思い出したように言う。
「1回戦はテレビでって言ってましたけど、大丈夫なんですかね?」
春香がだれにとはなしに尋ねる。

「たしか、誠凛の人たちに練習試合で負けたって…」
ふるさと村での会話を雪歩が思い出す。
「誠凛、でてないじゃん!」「これで負けたらカッコつかないぞ、黄瀬っち!」
亜美と真美が声を上げ、テレビの中の黄瀬を怒鳴るように見ている。

テレビの中では、黄瀬が何かを笠松と話しており、その表情はいささか余裕が感じられる。

 両チームの選手が中央に集まり、礼が交わされたのち、選手はコートに散らばる。黄瀬君はやや前のめりの位置で様子を伺っており、

「始まった!!」
 サークルの中でボールが高く舞い上がり、それを挟む二人の選手が高く、跳ね上がる。ボールに触れたのは海常の選手。弾かれたボールは的確に海常のキャプテン、笠松さんに渡り、


「おわっ!?」「かさかさ、やるー!」
 亜美と真美の驚く声が響く、笠松さんはボールを受け、一つバウンドを入れたと思ったら、マークに詰め寄られる前にボールを一直線に前線に投げる。ボールは黄瀬君に渡り、受けた黄瀬君はワンフェイントでDFを一人躱す。二人目のDFが詰め寄ってくると、今度は強くボールを床に叩きつけ…


「おおっ!!」「ダンクだダンク!」「すっごーい。」「真ちゃん、見た見た!?」
 DFの足元から高く跳ね上がったボールはゴール付近へと向かう。同時にゴールに走り込んだ黄瀬君は、跳躍し空中でボールを掴み、そのままゴールに叩きつけた。


「う、うん…」
 

真ちゃんのために、1回戦の出だしで派手にかますんで、
 
今のがそうなのだろう。会場もかなりの盛り上がりを見せている。なにより…


ボクもダンクかな…特に、ボールを床に叩きつけてから空中でボールを掴むやつ…



 前にあった時、自分が答えたバスケで一番カッコいいシュート。宣言したうえで、それを見せてくれたのだろうか。
 画面の中では、黄瀬君がDF に着く途中、笠松さんと何か話しており、


「あ、黄瀬っち、蹴飛ばされた。」
 亜美が呟くように、黄瀬君はなにやら怒った表情の笠松さんに蹴られている…


 その後も、試合は海常有利に運び、特に危なげなく、点差を広げていく。そして…


「試合―――終了!!!」
 全国大会にも関わらず、圧倒的な点差で海常は勝利を収める。

「おぉお!黄瀬っち達つよーい。」「うむうむ、これで海常の応援ツアーは決定だな。」
 亜美と真美が感心したように述べているが…応援ツアー?

「おいおい、もしかしてみんなで行く気か?」
 プロデューサーも不穏な気配を察知したのか、おそるおそるといった風に尋ねる。

「まこちん一人、なんてズルいぞ!」「うちらだって海常に世話になったんだから。」
「まぁ、真一人じゃ、テンパって危なっかしいし。」
伊織の援護射撃が加わり、響や春香たちも乗り気になっている。しばらくわいわいと騒いでプロデューサーを追いつめている。


「うっ、わかった、わかった。それで、いつ行くんだ?日程的には…まあ大丈夫だが…」
プロデューサーは一、二週間はほぼ真っ白な予定表を見ながら尋ねる。

 いつ行くべきか話し合おうとした矢先、携帯が着信を示す。
「あ、もしもし…」
<真ちゃん、ちゃんと見てくれたッスか?>
電話の主は、騒動の発端の一人。
「ちゃんと見たよ、初戦勝利おめでとう。」
<あれ?あの最初のダンク恰好よかったよ。とかないんスか?>
 たしかに、恰好よかったが…本人に催促されると認めたくなくなってしまうのは仕方ないことだろう。

「はいはい、それで応援はいつ行こうって話になってるんだけど。」
<冷たいッス!…はあ、真ちゃんの予定的にはいつなら大丈夫なんスか?>
 今回は冷静に考える時間があったためか、うまく対処できており、黄瀬君も時間がそれほどないのか割とすぐに本題に入った。

「ふるさと村で海常の人たちにはお世話になったから、行ける人たちで行こうってことになったんだ。それで、まあ、いつでも大丈夫そうなんだけど…」
<へー……そうっすね、じゃあ山場の準々決勝に来てほしいッス。>
 返答までの間は、暇なのかという言葉を飲み込んだのだろうか。しかし…

「準々決勝?随分あとだけど…大丈夫…なんだよな?」
 今日の様子では、そうそう簡単に負けるとは思わないが、それでも全国大会だ。出場している高校も生半可な相手ではないだろう。
<そこまでは意地でも負けねッス。>
 そこまでは…ということは準々決勝では、よほど強い相手と当たる予想なのだろうか?

「準々決勝の相手は、どこを予想してるの?」
<…桐皇学園スよ。>

「えっ!?」
<まあ、という訳で準々決勝は絶対に応援よろしくッス!>
 監督かキャプテンに呼ばれたのか、黄瀬君を呼ぶ声が聞こえたかと思うと慌ただしく切れてしまった。


「黄瀬さん、いつがいいって?」
携帯をしまうと、春香が尋ねてくる。
「準々決勝だって。」
「随分遅くね。もう少し前でもいいんじゃない?」
希望を告げると伊織が自分と同じ感想を返してくる。

「そこまでは意地でも勝つらしいよ。」
苦笑いとともに告げると伊織は「大した自信ね。」とやや呆れ顔だ。

「準々決勝はどこと当たりそうなの?」
「…桐皇学園だって。」
雪歩の質問に、黄瀬君の予想を伝えると皆、驚いた表情を見せる。

「うーん、ねぇねぇ、にーちゃん。応援いくの一日だけなのかな。」「前の試合からとかダメかな?」
亜美と真美がやや不安げにプロデューサーに尋ねる。

「そうだな…」





「んで、結局、ひとつ前の試合から来てくれたんスか?」
「へへへ。」
 ひとつ前の試合が前日ということもあって、結局、会場からは少し遠い所にあるが安宿が取れたため、希望よりひとつ前から応援に来たのだ

「しかも、全員で…」
…暇な人、765のアイドル全員とプロデューサーで…
 黄瀬君が見回すと、誤魔化し笑いのみんながいた。


試合前に黄瀬君と会うことができたため、応援団の到着を知らせる。
「まあ、勝つか負けるか分らないのが勝負なんだし、いいじゃないか。頑張って応援するからな!」
 そう言って拳を前に突きつけると黄瀬君は、一瞬戸惑った顔をして
「ありがとッス。んじゃ、行ってくるッス。」
突き出した拳に合わせるように、拳を当てて会場に向かった。




その試合では、さすがに勝ちあがってきた相手だけあって、序盤から中盤にかけて海常は苦戦を強いられていた。心配するように行方を見守る真達。しかし後半になるにつれて徐々に黄瀬君の動くを相手が止めることができなくなり、点差が開いていく。そして…


「試合―終了!!」

「やりぃ!」「やったぁ!!」
 試合終了時には20点近くの差をつけて海常が勝利を収めた。

その後、真は亜美や真美、春香や伊織とともに海常のところに行き、今日の勝利祝いと明日の試合のための激励をしに行くこととなった。






しかし…
 
「黄瀬なら…おい、どこ行ったんだあいつ!?」
小堀さんが黄瀬君を探そうとして、見つからずに驚いた声で尋ねる。

「なんか、散歩に行ってくるとか言ってたぞ。」
「あー、すまないどこに行ってるか分らないのだが…どうする?」
笠松さんが離れたところから返し、小堀さんが尋ねてくる。さすがに、男性だらけの部屋で待つ度胸はなく、激励だけして帰ることとなった。


「あーあ、今度は会えなかったわね。」「まあまあ、明日の試合前にでもまた会いに行こうよ。」
 わずかに肩を落して帰る真を元気づけようと、伊織や春香たちが話しかけてくる。
「まあ、約束だから応援にきただけだし、別に会えなくても…」
その言葉が強がりであるのは、明白で亜美や真美にとって絶好のからかいの口上となる。


 からかいの声にリアクションを返しながら、宿へと歩いているとふと、見知ったような人影が目に留まる。

「おっ、あれ黄瀬っちじゃん。」
 響も気づいたのか声をあげる。その声に春香たちも視線を人影に向ける。

「あっ、ほんとだ。あれ、誰かと一緒にいるみたい…」
 春香の言葉通り、黄瀬君はだれかと話しているようだ。相手の人は女性たち。アイドル…かどうかは分らないが、見覚えはない。だが…

「…ファンの人たちかな?」
 春香が心配そうに様子を伺ってくる。女性は二人、そのうちの一人が黄瀬君に何かを渡している。
「私には、負けるけどなかなかの美人ね。」
伊織の言葉通り、というより言葉以上に女性は可愛いという部類の美人だった。自分とは違う、女の子らしい娘だ。思わず、隠れるようにして様子を伺ってしまう。声がかすかに聞こえてくる。

「あの、黄瀬さん。応援してます!頑張ってください!!それとコレ、試合前に食べてください!」
 美希のような雰囲気の女の子が告げている。もう一人の子は、春香や雪歩のような感じの娘だ。

「ありがとッス。」
 黄瀬君はこちらには気づかず。女の子からのプレゼントを笑顔で受け取っている。


「うーん、黄瀬っち、もしかして彼女に会うために抜け出したのか?」「あたしらというものがありながら、けしからんぞ!黄瀬っち!!」
亜美と真美がからかい口調で怒ったように言う。だが彼女に会うために、という言葉に衝撃を受ける。

  可愛い娘だな。

 自分にはない、女の子らしさ、それを持っている娘が、楽しげに黄瀬君と話している。
「バスケよく見るの?」
「黄瀬さんの試合は、中学のころからずっと見てました!黄瀬さんなら絶対勝てますよ!」
黄瀬君の言葉に女の子は嬉しそうに答えている。


「忙しいみたいだし。もう帰ろうか。」
 自分の口から出てきた言葉は、他人の口からでたように感じられた。


 心配する春香たちに笑いかけながら足早にその場を立ち去り、宿へと戻った。


  中学の頃の、黄瀬君…か

 自分がバスケを見始めたのはつい最近だ。中学の頃の黄瀬君は雑誌で一度見ただけ、キセキの世代と呼ばれているらしいが、それがどういったものなのかはほとんど知らない。


全国が始まる前の黄瀬君とのやりとりを思い出してしまう。


【…随分信用ないッスね。】

 自分は黄瀬君を信じられなかった。だが、あの娘は、黄瀬君が勝つことを疑ってないかのように応援していた。


  勝つか負けるか分らないのが…


 今も自分は、黄瀬君が勝つことを信じきれていない。自分の目の前で、敗けてしまったら…という思いがぬぐえない。
 眠れぬままに夜は過ぎ、翌朝を迎える。






 おまけ


 黄瀬がダンクを決めた際

「しょっぱなから随分飛ばすじゃねえか。」
 全国大会とあって流石にこの後輩もテンションがあがっているのだろうか。DFに戻るまでの短い間で、笠松は黄瀬に話しかける。

「しっかりアイサツしとかなきゃなんないッスからね。」
 黄瀬の返す言葉は、なかなかに気迫がこもっている。笠松にとっとも思い入れのある大会だけに、頼もしい後輩の言葉に嬉しくなる。「その調子でガンガン行け。」というつもりが…

「真ちゃんに応援に来てもらうためには、しっかりアピールしとかなきゃなんないッスから!」
 続いた言葉に笠松は、

「シバくぞ!テメー!」
試合中ということも忘れて、黄瀬を蹴飛ばしていた。



[29668] 第11話 いつかじゃない今
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/20 18:05
海常高校選手控室

IH本選ベスト8を争う試合の前だけあって、全国区のプレーヤーの集う海常高校といえども、緊張を隠せないのか、黄瀬や、小堀、笠松はいつもよりもなお口数少なく、準備を進めている。ところへ…


第十一話 いつかじゃない今



「あー、ヤッベー!!テンション上がってき、ッベー!!」
言葉通りテンションが上がっているのだろう、ソワソワと落ち着きなく飛び跳ねている選手が一人、

「やっますよオっ!!練習の成果を今こそっっ。がんばっますかっマジでオっっ!!」
「は!?なんて!?」
二年PF早川充洋。テンションが上がり過ぎているのだろう、目を血走らせて吠えている。

「だかっっがんばっます。オっっ!!」
気合いの表れを見せるためかキャプテンである笠松に詰め寄り、自身のやる気をアピールしているだが…
「あつっくるしーし、早口だし、ラ行言えてねーし、何言ってっかわかんねーよバカ!」
チームのためにここまで気合い十分なのはきっといいことなのだろうだが、笠松は早川のあまりの鬱陶しさ、…暑苦しさにイラつきながら殴りとばしている。

「すんません!でもオっっ…」「オイ森山!なんとかしてくれ、このバカ。」
淡々とアップしながら、集中力を高めている森山に助けを求める。

「それより笠松…ウチのベンチの後ろ、二列目…見たか?来てたぜ…」
アップのときに、なにか気になる存在でもいたのだろうか。今日の相手は強敵とはいえ、その後のチームが偵察にきていたのかも知れない。思わず緊張が走る笠松だが、

「765の娘たちが…!!オレは今日、あの娘の、萩原雪歩のために戦う…!!」
「ウチのために戦えバカヤロウ!!」
三年、森山由孝。返ってきた言葉に助けを求める相手を間違えたことがわかった。

「センパイっ!!」
「ああ!?」
集中を乱されてイラついたのだろうか、エースでもある後輩が大きな声を上げる。

「ファンの子から昨日差し入れもらったんスけど食って大丈夫スかね!?万一何か入ってたら…」
「食ってできれば死ね!!」 
ついに笠松が切れ、ボールを黄瀬の顔面へと叩きつける。
「そうだぞ、黄瀬!せっかく765の娘たちが来てくれてるのに、なにをそんなことを…!!」
「オマエはだまってろ!!」
再びしゃしゃりでてきた森山にもボールをぶつけて黙らせる。

「どいつもこいつも…つーか集中させろ!!」
もうじき監督が来て試合前の最後の言葉が始まる。その前にできるだけ集中しておきたかったのだが…

「オイ、お前ら準備はできてるか。もうすぐ入場だぞ。」
いつもよりもやや低く、威厳に満ちた(?)監督の言葉が室内にひびき、

「気合い入れていけ。」
振り向いたことを後悔した。

  なんで桐皇のイケメン監督に張り合ってんだ、オッサン!!

普段であれば無精ひげに、よれたポロシャツ、蓬髪のようなスタイルの監督は、相手チームのイケメン監督に対抗しているのか、髭を剃り、髪を撫でつけ、スーツを纏ってきめている。しかし、その顔にはテカリがでており、太い首を絞めつけるネクタイによって別の意味で極まっていた。

もはや突っ込む気力も失せたのか、笠松は影を背負って座り込み、選手のみんなは背を向けて全身を震わせていた。中でも黄瀬は今にも噴出さんばかりに口元を押さえていた。なにか監督が話しているがほぼ聞いている者はいないだろう…

この状況では集中できるはずもない、と思ったのか笠松は
「黄瀬、5分前になったら呼べ。」
「あ、はいっス。」
黄瀬に声をかけて、一人廊下にでてしまった。






離れた試合会場から歓声が聞こえる……海常の控室を探していた一行は廊下を曲がったところで少し離れたところに見知った顔が座っていることに気づく。亜美が声をかけようとするが、
「ちょっと亜美ちゃん、集中してるみたいだから、少し待とうよ!」
見知った顔、笠松は目を閉じ集中を行っている。時間はあまりないが、だからこそ集中の邪魔をしてはいけないだろう。春香が止め、一同は曲がり角のところから様子をうかがう。


  なんて応援したらいいんだろ…
 
 昨夜はほとんど眠ることができなかった。黄瀬君が勝つことを疑いもしなかった女の子。自分は今も、不安でいっぱいだ。
 なんと声をかければいいのか、黄瀬君は今日の試合勝てるのか…彼はなんで自分に応援してほしいと願ったのだろう…

…しばらく待つと


「センパイ、あと5分ッス。」

独りコンセントレーションを行っている笠松さんに声をかけたのは、ちょうど自分が会いたいと思っていた相手だった。

「…オウ」

俯き深く深く呼吸をしていた彼は顔を上げた。
なにか思うことがあるのか黄瀬は笠松と深刻そうに話はじめた。

「I・Hに来てからよくそうしてるッスね。」

黄瀬の真剣な声音と気だるげな表情で顔を上げた笠松の、表情とは裏腹な雰囲気に思わず声をかけるタイミングを失い隠れるように様子を伺ってしまう。


「ウチは去年のI・H優勝すら望める過去最強のメンバーだったが、結果は知ってるか?」
「確か…初戦敗退ッスか?」

真たちは雰囲気がシリアスだったため思わず盗み聞きするように聞き耳をたててしまう。

「ありゃ、オレのせいだ。一点差の土壇場でパスミスして逆転を許した。」
「!!…」

黄瀬の驚く表情が見える。気だるげだった笠松の表情は、いつのまにか鬼気迫る真剣みを帯びたモノへと変わっていた。

「先輩たちの涙。OBからの非難。オレは辞めようとまで思った。
けど、監督はオレをキャプテンに選んで言った。

【だからお前がやれ】

そん時にオレは決めた。償えるとは思ってねえ。救われるつもりもねぇ…
それでもI・Hで優勝する!
それがオレのけじめで、キャプテンとしての存在意義だ。」

笠松さんの語る声には表情と同様の真剣みがあった。まるで千早の歌に対する思いのようでいや、ともすればそれ以上の思いが感じられた。



「ふーん。まぁオレは青峰っちに初勝利が目標ってぐらいッス。」


いつものように軽やかな声で返し、踵を返す黄瀬。笠松はそれを「あっそ。」と再び気だるげな表情にもどって呆れ混じりに見ている。
真達もあっさりとした黄瀬の声音にすこし呆れたように緊張を解く。




「まあ…死んでも勝つッスけど」

控室の扉に向かい、こちらに背を向けた黄瀬の表情は見えない。
しかしその言葉にはさきほどまでの軽やかさは感じられなかった。

「あっそ。」




結局、真達は黄瀬と会うことなく試合場へと戻る。
「真さーん。黄瀬君には会えましたかー?」
席に居たやよいが会場の熱気にあてられたのかややテンションが上がった表情で楽しげに聞いてきた。ほかの試合場に残っていたみんなも興味深々といった表情で伺ってくる。

「んーっとねぇ、」「ちょっと会える雰囲気じゃなかったよー」

俯いたまま何も語らず席に着いた真の代わりに亜美と真美が答える。しかしその声もやや沈み気味だ。

廊下での顛末を語り始める伊織たちの横で真は沈んだ思いで思考にふける。


 彼はいつも明るくて軽い調子でふるまっていた。モデルをしながら部活動もやっていて、しかも全国でも有名なバスケプレイヤー。凄い人だとは思った。ふるさと村で、一人時間も忘れて練習している黄瀬君をみた。それでも自分の抱く黄瀬君に対するイメージは明るく、ともすればへらへらしているというものだった。でも…

思考は会場のざわめきで断ち切られた。

「真ちゃん、入ってきたよ!」
雪歩が真の肩を揺らしながらフロアを指さす。


海常、そして相手チームの桐皇学園が入場し、握手を交わしていた。

「負けねッスよ。青峰っち。」
「あん?ずいぶん威勢いいじゃねェか、黄瀬。」

歓声のなか黄瀬君は、同じくらいの身長の色黒の人と話していた。初めて黄瀬君と会ったときに一緒にいた人だ。桐皇の、キセキの世代のエース青峰さんだ。

「けど残念だがそりゃムリだ。そもそも、今まで一度でもオレに勝ったことがあったかよ?」

黄瀬君自身が言っていた。今まで一度も勝ったことのない人がいる。彼に憧れて自分はバスケを始めたんだと。

「今日は勝つッス。なんか、負けたくなくなっちゃんスよ。ムショーに」

今まで見たこともないような真剣な表情。それは練習の時に見せていた表情よりもさらに凛々しく見えて、


あんな顔もするんだ…


沈みがちだった思いは消え、会場の熱気とはことなる熱が胸からこみあげてきて、真は黄瀬をみつめる。
視線の先の黄瀬は目を閉じ、最後のコンセントレーションを行っていた。今この瞬間においても、不安は消えてはくれなかった…

「それでは準々決勝、第二試合、海常高校対桐皇学園高校の試合を始めます。」






目を閉じ集中を高める黄瀬の脳裏に浮かぶのはかつての光景

つまんねーなー。
そのころの日常はまさにその一言に尽きた。

容姿オッケー、運動オッケー、勉強もまあオッケー(?)、けれど退屈だった。
スポーツは好き…だがやったらすぐにできてしまい、しばらくやったら相手がいなくなる。
そんな繰り返しだった。
先程の体育のサッカーの授業でリフティングをした時も、退屈だった。最後まで自分とリフティングを続けていたやつはサッカー部とか言われていたけど、終盤では明らかに自分よりもコントロールを乱していた。
 その後のゲームでも特に相手にもならなかった。
 
誰でもいいからオレを燃えさせて下さい。
手も足もでないくらいすごい奴とかいないかなー、
いんだろどっかー、てか出てこいや!

退屈な生活は飽きた。片手間でやってるモデルも、退屈しのぎにはならなかった。

ゴッ!
「いってぇ!!」

ぼーっと歩いていると突然後頭部に衝撃が走り、目の前を茶色の物体が通り過ぎる。
ころころと足元を転がるのは、おそらく今しがた自分の後頭部に打撃を加えた物体。バスケットボールだった。

「ワリーワリー。って…モデルで有名な黄瀬クンじゃん!」
あまり誠意の感じられない謝り方で汗だくの男子が近づいてきた。その男子はやたらと肌が黒く、身長は自分と同じくらいだった。

「っだよー」
少し涙目になりながらも一応、ボールを拾い色黒男にボールを投げ返す。
「サンキュー」
色黒男は一言礼を言うと体育館に戻る。

バスケ…か。まだやったこと……
そーいや…帝光ってバスケかなり強いって聞いたことあるな

何気なく色黒男を追って体育館を覗いてみる。そこでは

ダムッ!!!!

先程のへらへらとした色黒男が信じられない速さで二人の男子をドライブで抜き去っていた。

バッ!!!

抜き去ったスピードそのままにさらに一人を圧倒してゴールを決めた。

すっげっ…
   あの速さであの動き…再現できるか!?
   ムリ…いや…頑張れば…
   やっべ、いたよ

   すごい奴…!!

   この先オレがどんなに頑張っても追いつけないかもしれない…
   けどだからいい!
   この人とバスケがしてみたい…!
   そんでいつか…



回想は打ち切られ、開始の合図に目を開ける。

  いつか…
  …じゃない。もう今が…
    その時だ




「おうっっ」

気合いとともに二人の選手がジャンプで競り合う。ボールは僅かな差で海常へと渡る。小堀から笠松へボールが渡り、桐皇のPG今吉のマッチアップを受けた笠松はキープもわずかにボールを回す。






ボールは黄瀬君のチームに渡った。隣の団体からわずかに話し声が聞こえる。

「両チームエース。黄瀬君と青峰君…両方戦って正直な感想は青峰君の方が上…」
よく見ると以前黄瀬君やみんなで見に行った試合で戦ってた人たち―誠凛―だった。

コート上ではそんな観客の評価の声が聞こえていたのか
「いんだよ。細けーことは、それでもうちのエースは…黄瀬だ!」

笠松がボールを黄瀬にパスし、受け取った黄瀬は青峰と向かい合い、立ち止まる。刹那、というには長い時間、けれど一瞬時間がとまったように二人はにらみ合い、


次の瞬間、


ダム!!
「抜いたぁ!!」
ほぼ止まった状態から瞬間的に加速し青峰の横を黄瀬が通り過ぎ、

ばちっ!!
抜いた筈の黄瀬のやや後方から青峰が的確にボールをスティールする。

「ぐっ!」
「相変わらず甘―なツメが。そんなんで抜けたと思っちまったかよ。」
ボールは桐皇にわたり、攻守が入れ替わる。



桐皇の6番がゴール付近でシュートを狙うが小堀に阻まれる。
直接ゴールにいけないとみるや6番は外にいた9番にパスをだす。

「スイマセン!」
なぜか謝りながら、詰め寄る森山より一瞬早く9番はシュートを放つ。

「うおおお。ッバーン!」
気合い一発リバウンドを狙って早川がゴールめがけて飛びあがるが…

ガシュ、パ!!

「んなぁっ!?」
ボールは外れることなくゴールを通過してしまう。

「3P-!!桐皇先制―!!」
観客席が盛り上がる。意に介した様子もなく海常がリスタートを切り、ボールは再び黄瀬にわたり、再度青峰と向かい合う。

先程同様、一瞬青峰の前で止まった黄瀬は

「速いっっ!?」
「えええ」
今度は先程の9番のように早撃ちでシュートを放つ、

「人マネは相変わらずうめーな!!
…が、それじゃ勝てねーよ。」

瞬時に対応した青峰は黄瀬を上回る跳躍をみせ腕を伸ばす、ボールは落ちることなくゴールに向かうが、わずかに軌道をずらされたのかボールは枠に当たり跳ね返る。
 落ちたボールは桐皇にキープされ、4番がドリブルから機を伺う。



「いきなエースが立て続けに止められるのはやばい。これでカウンターをもらったりしようもんなら流れは一気に桐皇だぞ。」

隣の誠凛からあせった声が聞こえるがコート上では、笠松が瞬時にボールを奪い返し、3Pを決める。
「そんなカンタンに流れをやるほどお人好しじゃねーよ!」

「かさかさやるぅ!」「すぐに追いついた!」
開始30秒で両校に3Pがでて点数は3-3。亜美たちの喜びが上がる。

「あそこでいきなり撃ってきめるかよ!立て直してキッチリ攻めてもいい場面で、すかさず返して流れをぶった切った!!」

コート上では笠松がチームに指示を出していた。
「よしDF!!一本止めんぞ!!」「おう!!」
同時に笠松は黄瀬にも声をかけていた
「フォローぐれぇいくらでもしてやる。ガンガン行け!」
「センパイ…」

話しながらDFに戻ろうとする黄瀬に向けて
「けどガンガンやられていいとは言ってねぇ!!」
「スンマッセン」
その背を蹴っ飛ばしていた。


   



「ハッ。なるほど頼りになるセンパイだな。一人じゃダメでもみんなでなら戦えるッス。ってか。」
「…」
桐皇ボールで始まった攻撃、ボールは青峰にわたり、攻守を逆転して、再度二人は向かい合う。

「テツみてーなこと考えるようになったな。負けて心変わりでもしたか?」
「…」
「ねむたくなるぜ。」

青峰はやや脱力した構えで様子を伺いながらも挑発するように黄瀬に語りかける。それに対して

「ハァ?一言もそんなこと言ってないッスよ?」

黄瀬は腰を落とし、青峰の出方を伺うように、そして抜かせまいとスキのない構えをとる。

「まぁ…確かに黒子っちの考え方も認めるようになったッス。海常を勝たせたい気持ちなんてものも出てきた。
 でも何が正論かなんて今はどーでもいいんスよ。
 オレはアンタを倒したいんだよ。理屈で本能押さえてバスケやれるほど、大人じゃねーよ。」
「…やってみな。」
二人の目は今までよりもさらに苛烈さをまして、視線が絡み合う。

青峰はボールをバウンドさせながら交互に持ちかえ、様子を伺う…と思いきや一転して左サイドにパスを送る。
 と見せたかと思うと、ボールは手からさほど離れず青峰は体を返し、ドライブで黄瀬の左サイドを狙う。
 瞬時に反応した黄瀬に、青峰は手首ひとつで切り替えし、

ダムッッ

加速して黄瀬の右を抜き去る。しかし再び黄瀬は反応し青峰のコースを塞ぐ。
「なっっ」
驚く青峰

「やった!止めた!」
黄瀬の見せたDFに春香が喜ぶが、誠凛の方から
「いえ…まだです。」
青峰の攻撃の流れはまだ続いていることが告げられ、コートでは青峰が刹那動きの止まった黄瀬の左側を、下から放り投げるようにシュートしていた。
「フォームレスシュート!!」
誠凛の大きな赤髪の人の驚いた声が聞こえる。しかし

バチィッッ
「なっっ!?」
驚きは会場に居るすべての人のものとなる。瞬時に反応した黄瀬はジャンプとともに腕を伸ばし、予想もできなかった今の攻撃を防いだのだ。

「マジかよ!」
「今度こそ完璧、あの青峰を止めたぁ!!」
「スゲェー!!」

詳しいバスケ事情を知らない真達も以前テレビで見た試合や黄瀬の語っていたことからも青峰という人が物凄い選手だというのは分ったが、思っていたよりもさらに青峰を止めたというのはすごいことなんだと分かり、真達も顔を見合わせて喜ぶ。コートでも笠松やチームのみんなが黄瀬と喜んでいた。

「やるじゃねーか。まさかマジで止めるとはよ。」
すれ違う青峰からも今の攻防について話しかけられていた。黄瀬は青峰を指さし告げる。

「青峰っちと毎日1on1やって毎日負けたのは誰だと思ってんスか。アンタのことはオレが一番よく知ってる。」
「…なるほどな」

ゲームは再開し、ボールは海常、笠松にわたり、パスの出しどころを探すように笠松はあたりを伺う。

「青峰は止めた…が桐皇の強さはもう一つ…、桃井の先読みデータDFがある。」
誠凛のメガネの人が冷静に状況を分析する。

黄瀬は青峰のマークにあって、とてもパスが受けられる状態ではなさそうだ。状況を読んで森山がマークを外れ、

「森山!!」
動きを見ていた笠松が森山にボールを回す素振りを見せ、それをフェイクに4番の右を抜こうとする。しかし

「ドライブやろ!!」
それを読んだ4番はハンズアップしながら進路をふさぐ、コースを塞がれた笠松は詰められる前に体を返し、4番の左からシュート体勢に入る。

「ターンアラウンド!!」
しかし笠松さんの動きは読まれており、シュートをブロックしようとするが、

「当たり。けど関係ねぇな!」
4番の人の動きよりも早く笠松さんは後ろに跳びながらのシュート―フェイダウェイシュート―を放つ。
 ボールは僅かに外れ、枠の上を転がる。
「リバン!」
外れることが分ったのか、シュートと同時に笠松から鋭い指示が飛ぶ。

「こんどこそっっ。ッバァーーン!!」

バチコーーン
「んがぁ!!」「なっ」「つうかうっせ!!」
早川が気合い十二分にOFリバウンドをとり、マークを外した森山にパスを送る。森山はきれいとは言い難いフォームで、しかし詰め寄る9番のブロックを躱してシュートを決める。



その後も、会場の雰囲気は盛り上がり、得点は18対13、第一Qは完全に海常の流れで終わった。



[29668] 第12話 憧れるのはもう
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/27 22:04
第十二話 憧れるのはもう

「まさか青峰また手ぇ抜いてたりしねぇだろうな?海常が完全におしてるぜ。」
誠凛の赤髪の人、火神さんは、桐皇が負けているのが信じられないのか隣の人に尋ねているが、それは黄瀬君や海常の人たちに失礼だろう。

「おい、にいちゃん!黄瀬っちたちが勝つのが悪いのかよ!」
火神の隣に座っている響がかみつく。

「あぁっ!?あんた誰だよ!」
「すいません。ちょっと響!」
「スイマセン。僕たちは黄瀬君の、その仕事仲間で、彼を応援してるもので…」
睨み付けるようにこちらを向いた赤髪の人に慌てたように、律子とプロデューサーが謝り、黄瀬との関係をためらいがちに告げる。

「えっ!何!黄瀬君の同業?ってことはモデルさん?」
少し離れたところに座っていた猫みたいな口元の人が耳ざとく聞きつけて反応した。
「えっ!?その…」

あまり知られていないとはいえ、こんなに人に囲まれた状態ではアイドルです。とは言えないのだろう、プロデューサーが慌てる。
「もしかして765の方ですか?」

落ち着いた声が赤髪の人の隣から聞こえる。
「それってたしか…」
聞き覚えがあるのか、前列に座る制服をきた女の人が反応する。
「黄瀬君の友達のひとたちだったと思います。」
間違ってはいないが…フォローしてくれたのか判断のつきづらい表情で影の薄そうな人が、紹介してくれる。
「えっと、君は…?」
「黒子といいます。黄瀬君の中学時代のチームメイトです。」
 プロデューサーの問いに自己紹介で返す黒子君。

「黄瀬の?なんでそんなの知ってんの、オマエ?」
「黄瀬君からメールが送られてくるんです…」
なぜか黒子君はこちらを見ているような気がする。

「それよりも」「黄瀬っちが負けるっていうのかよ!?」
亜美と真美が先ほどの言葉を思い出して再びかみつく。

「そういうわけじゃねえけど…」
女の子に問い詰められることに慣れていないのだろう、勝気な表情が少し戸惑ったようになり、助けを求めるように隣に座る黒子をみる。

「…おそらく、青峰君は本気ですよ。黄瀬君がそれを上回ってるとしか…」
「おー、わかってんじゃん。黒子っちだろ、うちらも聞いてるよ。」
「…」
黒子の返答に響が気を良くしたように答える。聞き覚えのある呼び名に黒子が黙る。

一方、コート上では
海常の人たちが、少し和やかに話している。ただ笠松の少し考え込む表情と黄瀬の怖い程に真剣な表情が、楽観視できる状況でないことを告げていた。


ひとまず誠凛の人たちと互いに自己紹介を行うと、誠凛の人たち、特に前列に座る人たちは真剣な表情に戻り戦況を話し合い、響のななめ前に座る茶髪のひと、木吉が尋ねる。

「…一ついいか」
「?」
「オマエらどーやってアレに勝ったの?」
「うっ…!うーん…気合い…とか?」

そういえば黄瀬君が練習試合で誠凛に負けたとか言ってたけど…この人はそのとき居なかったのかな?

「あと…青峰君が本気とは言いましたが、彼はしり上がりに調子を上げていく傾向があります。そして上げるとしたらそろそろだと思います。」
「ねぇねぇ、黒子っち。」「黄瀬っちとあの色黒とどっちが強いの?」

やや不吉ともいえることを言う黒子に亜美と真美が尋ね、黒子は少し考えるように間をおく、

「現時点の二人についてはわかりません…キセキの世代のスタメン同士が戦うのは初めてです。…ただ黄瀬君は青峰君に憧れてバスケを始めました。そしてよく二人で1on1をしていました…が黄瀬君が勝ったことは一度もありません。」
最初にあった日もたしか青峰さんが勝っていた。でもきっと…

「昔はそうでも、今は違うよ!」
自然にそう言葉にしていた。

「…はい。僕もそう思います。なにより勝負は諦めなければ何が起こるかわからないし、二人とも諦めることはないと思います。…だからどちらが勝ってもおかしくないと思います。」
その言葉は決して、黄瀬が勝つという意味ではないのだろう、だがこの試合がまだまだ始まったばかりだと再確認させるには十分な言葉だった。コートに視線を戻すそうとするが、まだ黒子がこちらを見ているのに気づき、ふと顔をむける。

「菊地さんですよね…」
「はい、そうですけど?」
随分と興味を持たれたような感じだがなんだろうか、と考えていると黒子が再び口を開く。
「一度お会いしてみたかったんです…黄瀬君からあなたのことを聞かされてたので…」
黒子の言葉に僅か慌てる。
「お、黒子っちなんて言ってたんだ?」
亜美が楽しそうに尋ねる。黒子は少し考えるようにして、

「…おもしろい子がいる、と言ってました。」
思わず落胆してしまう。やっぱり自分への認識はそういうものなのだろう。

「あなたと対談したときの雑誌をわざわざ見せて、楽しそうに話してました。」
「えっ!?」
続く話に思わず疑問の声を上げる。



「第2Q始めます。」
ブザー音が響き両チームの選手がコートに現れ、真たちの会話が止まる。コートでは早川が両頬を叩き…たたき続け……十分以上に気合いを入れて吠えている。呆れた様子でその横を笠松が通り過ぎた。

「…もっと開始からガンガンくるかと思ったら、ずいぶん静かな立ち上がりだな。」
日向の言うように第1Qとは変わって、ボールを回す、落ち着いた展開だ。

桐皇の9番が様子を見ながらパスの出しどころを探す。突然、4番の人が中に切れ込み、マークについていた笠松が反応するも、進路上には7番の人が妨害するように立っており、マークが外れる。
 一連の流れで、4番がパスを受けシュートを放つ、と思いきや反応した森山がブロックしようとして…シュートは放たれず、4番の人は森山の裏に走り込んだ6番にショートパスをだし、6番はゴール下のシュートを決める。

ゴールが決まり、桐皇の応援団を中心に会場が盛り上がる。
「落ち着け、一本!キッチリ返すぞ!」
流れをとられまいと笠松がドリブルしながら、チームを鼓舞する。
4番が笠松に対してDFの体勢に入り、笠松はバウンズで黄瀬にボールを渡す。

ボールを受けた黄瀬だが、目の前には腰を落とした自然体の状態で行く手を遮る青峰が待ち構えている。

「ここまで伝わってくるみてぇだ…すげえ集中力!!」
漏れ出たように火神が呟く、確かに進路を塞がれた黄瀬の表情がひきつる。
黄瀬は受けたボールを左側におろし…その動きはフェイクだったのだろう、瞬時にボールを上に持ち上げる。
 しかし、青峰は目にもとまらぬスピードでボールを弾く。

「速い!!」
「読まれてます。」
「エッッ!?」
黒子のコメントに思わず真たちは振り返る。しかし黒子はコート上に視線をむけており、ボクたちもコートに視線を戻す。
 そこでは攻守が入れ替わり、青峰がドライブで黄瀬を突破しようとしていた。

青峰は黄瀬の左…から右へのクロスオーバーで抜こうとし、黄瀬はそれに反応する。
止めた!と思ったのもつかの間、黄瀬の股下をボールが通り、青峰は黄瀬の左側を抜き去る。驚愕に振りかえる黄瀬。
 驚いたのは観客の人も同じだろう。今の動きにおいて読みあいは完全に黄瀬が勝っていたはずなのだ。
「強引にもう一つ切り替えした!!?」

「くっっ」「ファウルはよせ小堀!!」
ゴール下に侵入し、跳び上がった青峰を止めようと、慌てて小堀が跳びかかる、笠松から声がかかるが…

ドッ…
青峰は小堀との間に左手を差し込みながら、右手のワンハンドでボールを放り投げる。その体勢はやや崩れているが…

ピーッ
「バスケットカウント!ワンスロー!!」
ボールはゴールに吸い込まれ、審判が小堀のファールを宣言する。

「ちょっとなによ今の!」「うそ~止めてたのに~!」
コート上では悔やむような黄瀬と小堀に笠松が声をかけている。
「気にすんな。すぐに切り替えろ。」

外れて…!!
祈りもむなしく、ファールによって与えられたフリースローは決まり、18対18の同点になる。

「同点!!桐皇一気に追い上げてきた。」

「まずい…青峰が抑えきれなくなってきた。」「強ぇ…」
「やっぱり黄瀬でも…勝てないのか。」

誠凛の人たちの言葉に振り返り、
「そんなこと…!!」
無い…と言いたかったが、コート上の黄瀬の苦渋を飲んだ顔が目についた。

再開したボールは黄瀬に渡され、再び黄瀬と青峰の1on1となる。
「また!?海常はとことん黄瀬で行く気か!?」

「黄瀬君は間違いなく強いです。」
黒子がコートに視線を向けながら話す。その横顔を真たちは見る。
「キセキの世代の6人では間違いなく僕が最弱です。」「そりゃあなぁ…」
黒子の言葉に誠凛の人たちが頷く、

「ですが見方を変えれば、黄瀬君は唯一、キセキの世代たりえない理由があります。」
「「「「「えっ!!?」」」」」
この言葉には誠凛の人たちも真たちも驚く。

「キセキの世代のメンバーにはそれぞれ、オンリーワンの才能、武器があります…しかし黄瀬君には…彼だけの武器がない。黄瀬君にできるのはあくまで誰かのコピーです。ただのバスケで青峰君に勝つのは…難しい。」
「…」

以前誠凛の人たちが戦っていた、二人の「キセキの世代」緑間さんと青峰さん。確かに彼らには普通のスタイルとは別次元の彼らの武器があった。
 今もコートで見せている、他人の技のコピー。それが黄瀬君の能力なのだろう。
超長距離からの3Pシュート、予測不能のでたらめスタイル。
 たしかにそのスタイルに比べれば黄瀬君にはオンリーワンというスタイルはない。でも…

「たとえそうだとしても、そうやって成長することが黄瀬君の武器になるはずです。」
春香の言葉に黒子は頷き、

「はい…ですから、難しいですが…それに黄瀬君が気づいていれば…手はあります。」


コート上では、黄瀬は青峰の左を抜くふりから…
「ターンアラウンド!!」
先程の笠松の動きをコピーし、青峰の右側からフェイダウェイシュートを放つ。

しかし…
「お前のマークはこのオレだぜ?あっちの腹黒メガネと一緒にすんなよ。」

青峰はキッチリ反応し、シュートをブロックする。弾かれたボールはラインアウトし、海常はタイムアウトをとる。

ベンチに座る選手はみんな、疲労の色を出し始めていた。中でも「エース」青峰との1on1を立て続けに行っている黄瀬の消耗具合がひどい。

「いいか、早い展開は向こうの18番だ。向こうのペースに合わせるな。あとインサイド…」
やや張り上げるような、海常の監督さんの声が途切れる。

「監督…試合前に言ってたアレ。やっぱやらしてほしいッス。」
海常の選手、監督が黄瀬に注目する。


観客席では誠凛の人たちが戦況を分析する。
「同点か。」
「けどこっからだ。勢いに乗った桐皇はちょっとやそっとじゃ止めらんねーぞ。」

その言葉は両軍と戦った経験からくるものなのだろう。
「とはいえ両チームに差はそこまでない。勝敗を分けるとしたらエースの差だが…」
木吉が分析を続けるが、その語られぬ言葉は、決して海常有利に運ばないだろうというニュアンスであった。

「あの…黒子っち。さっき言ってた、黄瀬君の武器って…」
流れが桐皇に傾き、同点ながらもこのままではまずいことは分る。だからこそ、先ほどの黒子が言っていた、言いかけていたことが気になった。

「…黄瀬君のスタイルは、僕や緑間君よりも、青峰君に近い…」
「…」
誠凛の人たちも黒子の言葉に耳を傾けている。
「ですが、黄瀬君は青峰君のコピーが成功しません。そしてその理由を黄瀬君は知っているはずです。」
「それって…」
コピーが黄瀬君の武器で、それでは勝つのは難しいといったのは黒子君だ。だがそれが勝機につながるのだろうか…?

ビ―――ッ
「タイムアウト終了です。」
タイムアウトの終了とともに会話が途切れ、コートへ注意を戻す。
海常ボールで始まった展開。海常の選手は心持ち、なにかを決意したような、引き締まった表情をしている。

「来た!もう今日何度目だ!?黄瀬対青峰!」
ボールは黄瀬に渡り、幾度目かわからない二人の1on1。
しかし黄瀬は仕掛けることなく、あっそりとボールを早川に流す。

「あれ?」
拍子抜けしたような疑問が会場のそこかしこから漂う。
「オイオイどうしたぁ?もうお手上げか?」
挑発するように青峰が黄瀬に話しかけるが、黄瀬は取り合うことなく背を向ける。

ボールはめまぐるしくコート上を駆け巡る。しかし
「スティール!!攻守交代だ!!」
森山に回されたパスは繋がることなく、9番にカットされる。
ハーフライン付近で青峰にボールが渡り、黄瀬と向き合う。

 黄瀬の様子を見ると自分から攻める気はないようだ。だけど…負ける気も全くないという顔つきだ。
 腰を落とした構えから一転、青峰は体を起こし、ボールをつき始める。

「どっちにしろ結果は変わんねぇよ!!」
静から動へ、ペースをチェンジし、黄瀬を抜き去りゴールに向かって切り込む。

「うおっっ」「速ぇ!!」
「やっぱ青峰だ。」
会場が沸き立ち、青峰はそのままダンクを決めようとし、

ドッッ
「!?」「ぐっっ」
笠松が体格差にひるまずに体をはってDFする。

ピーッ
「チャージング、黒5番」「ってっ…!!」
流石に体格差があり、吹き飛ばされる笠松さん、しかし笛が鳴り、青峰のファールが宣言される。
「なぁあ、ファウル!?」「ノーカウントだ!」

「笠松さん、大丈夫かな?」
雪歩はプレイ自体よりも吹き飛ばされた笠松の安否が気にかかるようだが、コート上では青峰が手を差し伸べて笠松が立ち上がろうとしている。(その際、青峰が何か言ったのか笠松が舌打ちせんばかりの表情をしている。)

「巧い…!!いやそれより…すげえ度胸…!!」
日向が感心したように呟く、
「あの体格差で引くどころか、ファウルもらいにぶつかりにいくなんて!」
「あんな大きい人にぶつかりに行くなんて…」
千早も感心している。

「さすがキャプテン!ナイスガッツです!!!」
「うるせー!」
コート上では早川が今のプレイに感激して、笠松に跳びよっているが、すげなくあしらわれている。



「けどヒヤヒヤもんだ…できるのか…!?」
「できるかできないかじゃねぇ!やるんだよ!ウチのエースを信じろ!」
不安げな森山の言葉に言い切る笠松の顔には覚悟と信頼に満ちていた。


だが日向が言っていたように勢いづいた桐皇は、簡単には止まらず。黒子の言うとおり調子の上げてきた青峰は黄瀬を圧倒し始める。

「青峰、全開…!!」「止まらねー」
桐皇エースの活躍に会場は沸き立つが、
「ちょっと、しっかりしなさいよ!黄瀬!!」
伊織が怒鳴る。

黄瀬が必死なのはわかるが、差は開き始める。


圧倒的なプレーでゴールを決める青峰。黄瀬は悲しげに微笑みながら、憧れた存在を見つめる。

「ねえ、黒子君。なんとかなんないの?」
美希が尋ねる。
「…青峰君が昔から言ってることがあります…」
「…?」
「オレに勝てるのはオレだけだ。と…」
「なによそれ!」
黒子の告げる、傲慢なセリフにテンションの上がった伊織がかみつく。

「まさか…」
なにかに気づいたのか火神が驚いたように呟く。
「たぶん…そのまさかです。」
「?」
突然の流れについていけない真たちは首を傾げる。
「確かムリって言ってなかったか!?」
「はい…でもそれしか勝つ方法はありません。」

どうやら黒子が先ほど言っていた、黄瀬の勝つ手段ということなのだろう。
「それって、いったい…」
思わず真も身を乗り出して尋ねる。

「黄瀬君がやろうとしていることは…青峰君のスタイルのコピーです。」

「!!!?」
それは先ほど黒子自身が否定したことだ。だが…
「青峰のコピー…!?そんな…できるのか!?」
「さっき、無理ってぇー…」
やよいが思わず声を上げる。

「…そもそも黄瀬君のコピーというのはできることをやっているだけで、できないことはできません。」
「???」
それは…当たり前のことなのだろうが…今この場でどう話が繋がっているのか、いまいち分らない。

「は…は!?」「えーっと…?」
小金井も真たちもその説明だけではわからない。
「つまり…」
そんな様子が分かったのか、りこが補足してくれる。
「簡単に言えばのみこみが以上に早いってこと。NBA選手のコピーとか、自分の能力以上の動きは再現できないってこと?」

「黄瀬君が青峰君のコピーをできないのは、黄瀬君が青峰君に憧れているからです…勝ちたいと願いながらも心のどこかでは負けてほしくない。だから憧れている限り…黄瀬君のコピーは成功しません。」

「それって…勝つために憧れを捨てるってこと…?」
思わず言葉が漏れる。たしかに思い当たる節はある。
黄瀬君が青峰君のことを語るとき、いつもやたらと誇らしげだ。勝つと言いながらも…やはりどこかで負けてほしくないと思ってしまうのだろう。

「それでもやろうとしてるってことは…できると信じたってことだ。」
木吉の言葉が重く響く。コートでは黄瀬が覚悟を決めた表情を見せていた。




第2Qの時間は終わりに近づき、ブザーが響くと同時に、ゴールから遠く離れた位置から適当とも思える素振りで4番がボールを放る。

 これでハーフ34対40か…

その思いは会場のほとんどの人のものだっただろう。だが…

ガシャッ

「なっっ」
驚愕とともにボールはゴールに入り、得点が加算される。
「ハハッ、いやぁついとる。入ってもーたわ。」
腹黒メガネの笑う顔が浮かぶようだ。

「うおーー入った!!」「ブザービーターだ!!」
「くっ…」
観客は思わぬファインプレーに沸き立ち、海常の選手は歯ぎしりする。



休憩に入り誠凛の一年生、黒子や火神は飲み物を買いに行き、真たちは後半戦に思いを巡らせる。




[29668] 第13話 声が聞こえないッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/09/27 22:04
「ねぇ、真。黄瀬に会いに行かないの?」
ハーフの休憩時間が始まり、コートからは両チームの選手の姿が消え、伊織が話しかけてくる。

「…うん、邪魔しちゃ悪いし…ファンの子とかも来てるかもしれないし…」
思い出すのは昨晩の光景。アイドルではないのだろうが、それでも可愛い子だった…自分とは別タイプの、美希のような可愛さだった…黒子君の言っていた言葉がリフレインする。【おもしろい人】、それが自分への認識なのだろう。仲はいいだろう…でもそれはきっと…

沈み込む真を心配そうに伺う春香や雪歩たち。伊織も無理には誘うつもりはないのかそれ以上、言ってはこなかった。

暫くすると、誠凛の一年生の人たちが帰ってきた。しかしその中に黒子君の姿はなかった。
「どこ行ったんだ、あのバカ。」
火神さんの怒る声が聞こえる。


第十三話 声が聞こえないッス


「おせーよ。」「つーかどこ行ってたんだテメー。」
 もうすぐ試合が再開するという時間になって黒子が帰ってきた。周囲の一年生に怒られている。
「すいません。黄瀬君につかまってました。」
 黒子の謝罪の言葉にバッと真の顔が上がり、黒子と目があう。

「黄瀬君から菊地さんに伝言です。」
「えっ!?」
 黒子の感情の見えない言葉に心臓が跳ね上がる。

「【真ちゃん、声が聞こえないッスよ。】だそうです。」

 期待した表情の春香や亜美たちがガクッと傾く。自分も唖然とする、

  気づいてたんだ。

 気づいてないかと思っていた。彼には応援してくれるファンが大勢いるから、自分もその一人くらいに思っているのかと考えていた。

「黄瀬君は、変わりました。以前の彼ならあんなことは言いませんし、あの作戦も成立しないでしょう。」
「えっ!?」
 あんなこと…というのは何を指しているのだろう。それに黄瀬君が変わった?少なくとも自分と会ってからの黄瀬君には変化がないように見える…

「黄瀬君の試合にはよくファンの人がついてきます。」
「うーん、やっぱりか。」「まあ、黄瀬っちもモデルだしな。」「うん、うん。」
亜美たちが納得するように頷いている、真はそれを聞いて僅か落ち込む。


 やっぱりボクも…

「ですが、黄瀬君から応援してほしいと言ったのは初めてです。」
告げる黒子の顔を凝視する。しかしその顔から感情を読み取ることはできない。

「勝つ試合が当たり前だった中学の時より、勝てるかどうかわからない今の方が気持ちいい。黄瀬君がさっき言ってました。勝てるかどうか分らない…だからこそ応援してほしいとも。」
 勝てるかどうか分からないからこそ…それが黄瀬君の願い…


「それに…あの作戦は完全に仲間を信頼していないと成立しません。以前の黄瀬君、いえキセキの世代ならそんなことは絶対にしません。」

「?」「信頼って?どう違うんだ?」
「あの作戦、僕の予想では、黄瀬君が青峰君のコピーができるかは五分。仮にできても完成するのは第4Qの半ばです…つまりそれまでの間、試合を自分以外の人に任せることになります。それは絶対の信頼関係なしにはありえません。」

 帝光時代の黄瀬君がどういう人なのかは知らない。でもふるさと村でのみんなとの様子や笠松さんとの様子からは確かに信頼がうかがえた。

「チームで大事なのは自分が何をすべきか考えることです。」
両チームの選手が会場に姿を現し、黒子が視線を向けながら言葉を続ける。

「それって…?」
「かつて、僕が黄瀬君に言ったことです。そして…あなたが黄瀬君に言ったことでもあるんですよね。」
「…」
「黄瀬君は、すべきことが自分をギセイにすることなら、自分にはムリだと言いました。でも今、黄瀬君がやっているのは当にそれです…」
思わず視線は黄瀬を探してしまう。

「間違いなく、黄瀬君を変えたのはあなたの言葉でもあると思います。」





ビーーッ
「第3Q始めます。」
ブザー音とともにボールは桐皇に渡り、後半戦がはじまる。


桐皇は静かな立ち上がりを行おうとしたのだろうが、海常は前半以上の気迫でプレッシャーをかけ、桐皇の9番が森山のチェックにたじろぐ。隙をついて笠松が背後からボールを奪い、

バシッ
動き出し早く、青峰を振り切って加速した黄瀬にパスを通す。

「頑張れ!涼っ!!」
自然に大きな声がでる。

「いきなり速攻!!」
ドリブルで切り込む黄瀬の進路に4番のメガネの人がつく、黄瀬はスピードを殺し、急激な変速にコントロールを失ったのか…ボールが手元から外れ高く跳ね上がる。

「あっ!?」
 自分の声が黄瀬君のコントロールを乱したのか…?心配は一瞬だった。

「!!」
4番の注意がボールと黄瀬に分散し、一瞬の油断が生まれるや、黄瀬は相手の顔目前でボールをキープし、瞬時にバウンズ、相手の左を抜き去る。

「なっ!?くっっ」
4番の人が驚き、体勢を崩しながら黄瀬の足を押させる。笛がなき、審判にファウルホールディングが宣告される。

「惜しい…!!」「今の動き色黒の人っぽくなかった!?」
誠凛の人たちをみると驚いた様子で黄瀬をみている。今の動きは、ファウルで止められこそしたけれど、TVで見た誠凛との試合で青峰がしていたのとよく似た動きだった。


ボールがコート上を駆け、再び黄瀬が一人前線に切れ込む。
しかしその進路は9番と6番によってゴールから遠いコートの隅に追い込まれる…と思いきや黄瀬はシュートとは思えない動き、右手一本で放り投げるようにボールを放つ。   
寸前で気づいたのか6番の人が体で黄瀬にぶつかり、ボールは枠に阻まれる。しかし笛がなり、6番のプッシングとともに黄瀬に2本のフリースローが宣告される。


 黄瀬は冷静に二本のシュートを決め、後半5分を過ぎたところで46対58となる。
「すげぇえ黄瀬…!てゆーかカンペキ青峰みてーじゃん!!」
小金井さんが驚いている。後半が始まり流れが海常にむいたことで響や伊織たちの応援にも気合いが乗ってきている。不意に黒子と目があう。

「すごいですね。僕の予想よりずっと早い…ですが…」

「…たぶんまだ不完全ね。」
おちついたリコさんの声が聞こえる。
「え!?」
たしかに動きは青峰さんに近いけれど…
「その証拠に速攻とかで青峰君以外がマークに来た時しかやってない。きっと本人の中でまだイメージとズレがあるのよ。」
しかも、2本ともファールとはいえ、止められている。黄瀬君が憧れたほどの相手だ。おそらくあれではまだ抜けない…

「けどさけどさ、」
響がなにか反論しようとするが遮るように木吉が告げる。
「つまり…黄瀬が青峰に再び1on1を仕掛けた時がコピー完成した時だ。」

会場に追い上げムードが巻き起こる中、


ゴッ!ガガッ
その光景は信じがたいものがあった。黄瀬の前で立っている青峰がただ投げただけのようなボールがゴールに勢いよく叩きつけられ得点が加算される。

「なによアレ!!」「決まったの!?」
「というかシュートだったの今の!?」「メチャクチャさぁ!!」
伊織たちも驚愕に包まれる。

「14点差…」
火神さんの呟く声が聞こえる。

春香たちも心配そうにコート上を見つめる。黄瀬の疲労も大きいが、ここにきて黄瀬抜きで奮闘する海常のほかの選手の消耗も大きくなってきている。
「いくらエースを信じて待つって言ってもバスケに一発逆転はない。もしコピーができたところで残り時間と点差が手遅れの状態だったら…」

「そんなこと「そんなことない!あいつならきっとやるよ!」。」
響の反論にかぶせる形で真も声を上げる。

「…このままいくと恐らく15点差…そこがデッドラインだ。」
木吉の冷静な評価はおそらく当たりだろう。同じことを考えているのかコートでは笠松が決死のドリブルで切り込もうとする。しかしその動きは4番の人に読まれており抜けない。

「かさかさ…!」
業を煮やしたのか、かなり強引に笠松はシュートを打つ。

「なっ!?強引すぎる!!」
それは入るわけもないシュートだった。だが
「これだったら読みもクソもねーだろ。ついでに…O・Rに食らいつかせたらあのバカの右に出る奴ァいねんだよ!」



    …あとラ行はっきり…

笠松の信頼のもと早川がゴール下で奮闘し、

「んがー!!!」
桐皇の選手3人を相手にリバウンドをもぎ取った。ボールは小堀に渡され、ゴール下のシュートが決められる。

「よっしゃ!」「決まった!」
真美と亜美が喜びの声を上げる。
「12点差ということはまだ勝負はついてない…ということですわよね。」
普段テンションの変わらない高音の声もやや嬉しげだ。

ボールは桐皇でリスタートし、ボールが駆ける。笠松がボールをもつ4番のチェックに向かうが、4番の人は背中越しにボールを9番にパスする。

「まずい!!3Pだ!」
日向の焦る声。




   …オレは今日あの娘のために…


ビッ
「あっっ!?」「森山さん!!」
間一髪のところで間に合った森山のブロックによって阻まれる。

「止めた!差は12点のままよ!」
伊織のはしゃぐ声はコート上の選手も同様の気持ちだろう。


黄瀬君が、森山さんになにか話しかけようとして、森山さんがこちらを指さすとともに何か告げる。小堀さんの呆れたような顔と早川さんが驚き、あきれた顔が見える。
「なんすかそれ森山サン!!」

黄瀬君は呆気にとられた表情をし、こちらをちらりと見る。
気のせいかもしれない。
でも視線が合わさり、黄瀬君の微笑む顔が見えた気がする。



「涼っ!!」







 黒子っちの言ってたこと、最近ちょっとだけわかったような気がするッス。




【みんなといるから楽しいんだろ!】
バスケの経験はないといってたが…あの娘の言ってたことが不意に思い浮かぶ。




 黒子っちの言ってた「チーム」、あの娘の言ってた「みんな」…そのために何をすべきか…そして、オレが今何をすべきか







 憧れだった。初めてすごいと思えた…
 



 【俺に勝てるのは…









        俺だけだ…】









「じゃあ、そのオレが相手なら…どうなるんスかね?」


会場が不意に静まる。



息をのむ音が聞こえる。


黄瀬君が顔を上げる…



突如としてドライブで動く黄瀬、青峰も反応するが…






「待ちくたびれたぜ、まったく…」


「とっとと倒してこい」







「なっ…」


「ついに黄瀬が」



「エース青峰を…抜いたあ!!!」



まさに青峰の動きをコピーした動きで青峰を抜き去る。しかし青峰はやや後方にいながらも追いかける。

「いっけぇ!!」
心が沸き立つ、みんなも身を乗り出すようにその光景を見ていた。


「調子に乗ってんじゃ…ねェぞ黄瀬ェ!!!!」
追撃してきた青峰は黄瀬よりも高く、そして力強く、ブロックしようとして…


「ダメーーッ!!!」


黄瀬の体が青峰の体に押され、笛がなる。ダンクのタイミングをずらされた黄瀬。しかし次の瞬間


黄瀬の右手はビハインドから振り切られ、ボールは二人の背後から駆けあがるようにゴールへと向かい……

静かに…吸い込まれた…



「ディフェンス、黒5番。バスケットカウント、ワンスロー!!」
驚愕が会場を包む。

「えっと…どうなっ…」「決まった…!?バスカンだ!」
ルールを把握していない雪歩の疑問の声をかき消すように盛り上がる。

「いや…それより…青峰ファウル4つ目!」
「ファウルトラブル!布石を打ってたのか!」
誠凛の人たちも驚いている。

ルールに詳しくない765のみんなは、やや戸惑い気に顔を見合わせている。
「バスケでは5つファウルをとられると、退場になります。」
黒子が私たちの様子をみかねて説明してくれる。
「バスケは接触の多いスポーツですから、ファウルも発生しやすいんです。ですからまだ時間のある状態で4つ目のファウルがとられると…」
「もう思い切ったプレイはできないぞ…!!」
黒子の説明を日向がしめる。

前半、笠松が体を張って青峰にあたりにいったのは、まさにこのときのために青峰にファウルを重ねておくため。
「ってことは…」「コピーした上に、青峰っちの攻撃力は下がったてこと!?」
亜美、真美も状況がわかり、それが海常にとって極めていいことだとわかり、はしゃぎ始める。

コート上では悲しそうな顔で黄瀬が青峰に振り返り、その後、フリースローを決めた。

「ワンスローも決めた。これで差は一桁だ!!」
「どうなるさ、これ!?」
響のテンションもかなり高まり、火神の腕を思いっきり引っ張りながら尋ねている。

「第4Q丸丸残してこの状況…9点差はあまり関係ない!」
「それって、黄瀬さんたちが勝てるってことですかー?」
伊月の解説にやよいが嬉しげに聞き返す。

「…青峰!!!」
コート上では4番の人が青峰にパスを送るも、呆然としていたのか反応の遅れた青峰はボールを弾き、跳ねたボールをいち早く黄瀬が確保する。

「なっ…青峰がファンブル!?」
火神さんの驚く声、あれほど巧い青峰さんがあんなミスをするのはよほど珍しいのだろう。

ドリブルする黄瀬の前に9番が立ちふさがる。黄瀬は瞬時に止まった。かと思いきや一瞬で再加速し、反応できなかった9番を抜き去る。


「いっけぇー!!黄瀬っち!!」
そのままのスピードでゴールに向かい、ダンクを決めようとする黄瀬に


ドゴッ!!

いつの間に追いついたのか青峰が的確にボールを叩き、渾身の力を込めたダンクを弾き飛ばす。

「ぐわっっ!?」
弾かれたボールは近くで見ていた私たちのところに飛んできて、運よく(?)プロデューサーに命中した。
「プロデューサーさん、大丈夫ですか!?」
あずささんが慌ててプロデューサーを心配する。


「4ファウルぐれえで腰が引けると思われてたなんて、なめられたもんだぜ。けどなあ」
青峰は怒りを露わにした表情で告げる。
「特に気にくわねえのがテメエだ。黄瀬。いっちょ前に気ィ遣ってんじゃねーよ。そんなヒマがあったら死にもの狂いでかかってきやがれ。」

その表情に思わず私たちも身を震わせる。

「いっすね、サスガ。」
「いやぁ、お互い青峰のことみくびっとったみたいやなぁ。あとで謝らな行かんわ。」

「あれで終わりだったら拍子抜けもいいとこッス」
「これで駆け引きもクソもないわ。まず間違いなく、最終Qはどつき合いや」


嵐の前の静けさのごとく数十秒のターンが過ぎ、ブザーとともに第3Qの終わりが告げられる。

62対70



[29668] 第14話 敗因があるとしたら
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/01 21:13

「なあなあ黒子っち。」
「…はい?」
響が休憩を利用して、黒子に話しかけている。

「黄瀬っちが青峰っちのコピーに成功したのは分かんだけどさぁ。なんで動きだけじゃなく速さまで青峰っちと同じになってんだ?」

黒子は黄瀬のコピーを「黄瀬君の身体能力の範囲で再現できる動き」と説明していた。その理屈だと、動きが同じになったとしても黄瀬の速さが変わったことの理屈がわからない。
第3Q最後の黄瀬の動きは明らかにそれまでの動きよりも早く、まるで青峰そのものだったのだ。

「厳密にはトップスピードは青峰君の方が速いですよ。ただ、青峰君の速さの鍵は緩急です。」
「?」
「これはテクニックです。最高速と最低速の速度差が大きいほど体感できる速度が上がるので…」
「つまり黄瀬は最低速を青峰より下げることで同じ速度差を再現したってことだな。」
「なるほど。」
黒子と火神の説明に納得する一同。



第十四話 敗因があるとしたら

「黄瀬っち勝てるかな?」
亜美の声はいつものふざけた様子はなく、心配そうだ。
「大丈夫さぁ。青峰ってやつはもうあんまり、戦えないんだろ?」
響が明るい調子で答える。

「そうだな、桐皇はメンバーチェンジするか…」
「出れても4ファウルなら動きは鈍る。いくら青峰でも…」
誠凛の人たちが肯定するように、動向を予想する。しかし

「いいえ。おそらく闘いはここからです。」
黒子はベンチを見ながらそれを否定する。周囲の視線を受けながら黒子は続ける。

「おそらくここから先が、青峰君の全力になると思います。」
「だが、4ファウルだぞ!?」
伊月の訝しむ声が上がる。

「彼はまだ、その底を見せていません。そして…限界が近いのはむしろ黄瀬君です。」
黒子の言葉に真たちは慌てて黄瀬を見つめる。

両チームの選手が私たちの眼下のベンチに座っており、今までよりも顕著に疲労しており、見るからに息が切れている。特に黄瀬の疲労度合は強く、彼の限界が近いことも物語っている。


「第4Qは、正真正銘、全開のキセキの世代同士の衝突になると思います。」
黒子の予想は、この試合がここからさらに過激化することを告げていた。だからこそ…





「大丈夫か?」
「まあ…なんとか」

「黄瀬っちファイトー」「がんばれ黄瀬っち!」「が、がんばれー」
みんなも黄瀬君に声をかけている。声をかけるのをためらっていると横から春香が肘でつついてきた。振り返ると「声、かけたら。」と言わんばかりに微笑んでいる。

「涼、頑張って!!」
顔が熱を持つのが分る。黄瀬君は疲れているだろうに左手を上げて答えてくれた。

「仮に青峰が退場したとしても追いつくにはやっぱお前が必要だ。最後まで立っててくんねーと困るぜ。」
森山さんが疲労の度合いの強い黄瀬君に発破をかけている。

「ヨユーッス。信じてもらえないかもしんないけどオフでも欠かさず走ってきたんスよ?」

知っている。普段へらへらとしたように見えて練習では真剣なことも。そして以前よりも仕事を大幅に減らして、本気でバスケに取り組んでいることも…

「知ってっわ、このバ×○△…」「かむなよ」
黄瀬君の言葉に早川さんが青筋をたててはね上がり…

「信じてるさ…とっくに」
黄瀬君の頼もしい先輩たちは大きな背中を見せて、コートへと戻って行った。




「第4Q始めます。」
試合が再開する。残り10分、8点差。

「桐皇はメンバーチェンジしないな。」
「けどどんな奴でも4ファウルなら動きは鈍る。大丈夫か?」

誠凛の人たちの予想は杞憂となる。今まで以上の気迫と集中力で青峰は黄瀬に迫り、ブロックしようと腕を伸ばす黄瀬の前で、

「なっっ!?」
青峰は空中でほとんど上体を寝かせてシュートを放つ。でたらめなループを描いたにも関わらず、ボールは外れることなど知らないかのようにゴールを通過する。

思わず、息をのむ
「4ファウルで変わらないどころか…凄味が増してやがる。」
「どうなってんのよ!?」
予想と違う展開に伊織がいきりたつ。
「なんて集中力…やっぱ化け物かよ。キセキの世代のエース青峰!」
誠凛や海常の驚きは、ついで桐皇も知ることとなる。

「っだと!?」「うわぁあ、まったく同じ…!?」
黄瀬は先ほどの青峰の動きそのままに、同様のシュートを放ち、点差を戻す。


試合は…二人のキセキの激突は激しさを増していく。
オーバースローのような動きで青峰がボールを叩きこめば、黄瀬君それを返し。二人とも一歩も引かない構えをみせる。

その様相は、殴り合いというよりもすでに取っ組み合いという様相を呈し、会場の興奮もピークを迎えていた。




「黄瀬ェ!!!」
 鬼気迫る表情で敵を睨み付ける青峰。

「青峰っち…!!」
 更なる能力の開花を見せて対抗していく黄瀬。


二人のエースの気迫は徐々に会場を静かなものへと変えていった。



「やっぱこうなってしもたか、にしてもつくづく恐ろしいもんやでキセキの世代」

「いつまで続くのこれ…」
おののいたような言葉は誰のつぶやきだったのか、

実に9分間、一本も落とさず両エースは交互に点を取り続けた。




黄瀬がドリブルで走る、並走する青峰によって黄瀬はゴール裏にまで追いつめられる。しかし

「あぁあぁあぁあ!!!」
気合いとともに震える膝を叱咤し、ボードの裏から放たれたボールはしばらく枠の上を転がると、なんとかゴールへと吸い込まれる。

「あぶないゴールが増えてきたな。」「体力の限界ね。」
誠凛のひとたちの言葉が遠く聞こえる。海常の選手も桐皇の選手もまさに体力の限界といった様子だ。


「しんどいわね…」
「ほんと疲れるわよ。」
りこの言葉に伊織がうなずく。
「いやそうじゃなくて…」
日向のつっこみに伊織が「なによ」と反応を返す。
「ここまで流れがかわらない試合は始めてだわ。中の選手は相当精神ケズられてるハズよ。」
りこの説明に伊織が顔を赤らめる。気にした様子もなく日向が続ける。
「特にキツイのは追う海常だ。信じられない長時間、8点差と10点差を繰り返して、縮まらないまま時間はどんどんなくなる…」
「緊張の糸はいつ切れてもおかしくない…ハズだ。」
うなずくように木吉も続ける。
「黄瀬と青峰もだが、他の選手もほとんど往復ダッシュをしてるようなもんだ、かなり体力を削られている。」

「ですが…まだあきらめてません。」







   あきらめるか…!!チャンスは必ずくる!
   アイツが踏ん張ってるのにカンタンにへこたれてられっか!





   認めてやる…どころか最後まで気は抜かねーよ
   その眼をしてる限りは何が起こるかわかんねぇ
 テツと同じ眼をしてる限り…!





「…桜井!!」
一瞬の気の緩み、桐皇のパス回しは7番から9番に渡ったところで9番が弾いてしまいボールがコートに弾む。
「あっっ」

!!!

瞬時に黄瀬が反応し、ボールを拾う。

「均衡が崩れた!!海常チャンスだ。」
点差は98対106残り1分。

「止めろ!!ここは死守だ!!」
桐皇の監督が怒鳴るように指示をだす。

「ここで勝負が決まる!」
こぼれ出たような木吉の言葉に視線を向ける。

「残り1分。これを決めれば差は3P二本分。チームも一気に士気を取り戻せる。逆に落とせばタイムリミットだ…つまり…

事実上…最後の一騎打ちだ!!」


示し合わせたかのごとく、黄瀬と青峰が向き合う。

合わせ鏡のごとく同じスタイルの二人の距離が縮まる。刹那の間に、二人の間で読みあいの応酬が繰り広げられ、覚悟を決めたかのように青峰の顔つきが変わる。

二人が交錯する寸前、黄瀬君がわずかに右を見た…気がした。ドライブは右か左。ぶつからんばかりに二人の距離が近づき


そして
平面の動きは突如、立体に

黄瀬は右でも左でもなく、スピードのまま右腕で振りかぶるように青峰さんの上から強引な体勢でゴールを狙う。

「いきなりフォームレスシュート!?」
黄瀬の行動に度肝を抜かれたのはおそらく、二人以外のすべての人間だったのだろう。
青峰は予測不能な黄瀬のパターンに反応し、シュートコースを遮る。

   止められる…!!

瞬間、

黄瀬は一連の流れか、振り上げた腕を強引に押し下げる。



ボールが上から下へと手に吸い付くように流れ、手から離れる。その行く先には

「笠松!!?」「なっっ!!」

予想もつかないパターンに完全に選手の動きが止まり、ただ一人笠松さんが完全フリーの状態でパスを受け取ろうとする。



 そのボールが…笠松に届くことはなかった…



 

 人間の反応とは思えない動きにより、青峰が空中で捻転し、腕が振るわれコースがカットされる…




 だが、黄瀬の手から放たれたボールは右サイドではなく、ビハインドから青峰さんの右側を通りゴールへと向かう。そして…

      入って…!!


 ボールはゴールに入ることなく跳ね上がり…



「早川センパイ!!」



そこに早川が走り込むことを信じて黄瀬が叫ぶ。

「んっっが―――!!!!」



 早川によって押し込まれたボールは今度こそゴールを通過する。





「なっ!!?」「決めやがった!!」
一瞬遅れて、会場に歓声が響く。真たちも目の前の光景に立ち上がって喜びを表す。

「やった!!」「真ちゃん、やったよ!!」「これで6点差よね!?追いつけるのよね!!?」
伊織は前列の木吉を揺らしながら、問い詰める。

「信じられん!なんだ今の動きは!?」
 木吉は驚いたように声をあげる。
「今の一瞬、シュートフェイクの直前で黄瀬君は目線のフェイクをいれていました。同時に右サイドの笠松さんを見ました。青峰君はそれを、本来の彼の動きにないパターンと看破し、あのパスを読んだのでしょう…」
 あまり、顔色の変わらなかった黒子も驚いたように説明している。

「ですが、それもフェイク…いえ意図的に視線を誘導したのでしょう。本命は、ゴールに走り込んだ10番のリバウンド。」
「意図的に視線をって……ミスディレクション…!?」
火神が驚いたように黒子をみる。

「完璧ではありませんが、意図的に青峰君の意識を自分からずらしたのはその応用でしょう。そして、パスを受けるために走る笠松さんと必ずO・Rを押し込んでくれる早川さん、二人への信頼がなければ今のプレーはありません。」


 リスタートした桐皇は、なんとかパスを青峰に繋ごうとコートを駆ける。だが、士気の上がった海常の動きは桐皇を上回り、コースが限定され、センターライン付近で黄瀬がボールを奪い取る。青峰が、瞬時に黄瀬のドライブを封じようと駆け寄るが…

「なっっ!!」


 センターラインでボールを持った黄瀬はドリブルをすることなく、その場でジャンプシュートを放つ。そのボールはそれまでの彼のシュートよりも高く、高く軌道を描き…


シュパッ
「はっ、入ったぁ!!?」「あれは…緑間の!!?」
 ボールは枠に触れることなく、ゴールを通過し、掲示板は103-106を示した。

「よっしゃ!!黄瀬っちナイス!」「あと3点ですよ!」
響と雪歩が喜びの声をあげる。真達も同様に声を上げ、コートを見つめる。

「キセキの世代のコピーはできないハズじゃ!?」
火神が驚いた声で黒子に尋ねる。
「…はい、ですがそれは、中学時代の黄瀬君です。それと…今のは、現在の緑間君というより昔の緑間君のイメージです。」

「今の緑間や、黒子の完全再現はムリでもその一部であれば再現できるってことか!!?」
日向も驚きの声を上げる。

 コートの上では、それまでの凶悪な顔から一転、深く沈み込むような表情をみせる青峰が試合の行く末を睨みつけていた。




 再度リスタートした桐皇は、今度こそ青峰にパスをつなぐ。センターラインで受けた青峰はトップスピードでエリアに侵入しようとする。

「行かせるか!!…なっ!!」「…っ!!」
 青峰の進路に割り込むように笠松と小堀が立ちふさがる。しかし残像を残すかのような超速の動きにより二人は反応することすらできない。

 だが、一瞬のタイムロスで黄瀬が進路に割り込む。青峰が、黄瀬に激突しにいくように跳び上がり右手でダンクを決めようとし、黄瀬はそれを体で阻もうと跳び上がる。

「させないッス!!」

 激突するっっ!!!

目をそむけずにその瞬間を見つめ続ける真…だが激突の瞬間は訪れず、青峰は空中でロールし、ボールを左手に持ち替え…


ギャゴッ!!!


 驚きに目を開く、会場の人たち。それは、客席に座る真達や誠凛の人たちはおろか、コート上の両チームの選手も同様だ。

「うわぁあ――!何だ今のは!?空中で一回転してかわして…もはや人間じゃねェ―!!」
観客席が爆発するような歓声を上げるが、誠凛の人たちや真達は驚きで声もでない。

「いま…のは…?」
だれかの呟くような声が聞こえる。
「分りません。…おそらくボクの知らない青峰君。その一端でしょう…」
見れば黒子君も驚き青峰さんを見つめている。




 掲示板は103-108、残り時間は20秒を示していた。


 海常は追いすがろうと、コートを駆け、黄瀬がゴール前で再び青峰と激突する。二人の間でいくつの応酬が繰り広げられたのか、黄瀬は高速で動く世界の中、サイドスローのようにボールを投擲する。

 黄瀬の表情は、苦痛を耐えるかのように歪んでおり、
 真たちは祈るようにその行方を見届ける。


そのボールは



ガカッッ!
「なっ!!?」



ゴールに入ることなく弾かれ、勢いのままラインを割ってしまう…




「そんな…」
 外すことなく続いた、攻防が途切れ同時に黄瀬の目から、先ほどまでの気迫が消える。足が止まりその顔が俯く…


「涼ッッ!!!!まだ…まだ終わってない!!」
我知らず、叫んでいた。今止めなければ、黄瀬君が孤独な闇に引きずりこまれるようで、まるで周囲を頼ろうとしない彼みたいになってしまう気がして…

俯きかけた黄瀬の顔が上がる。
「切りかえろ!試合はまだ終わっちゃいねーぞ!!」

黄瀬の後ろから笠松が黄瀬の頭を押さえつける。

海常のみんなが、黄瀬を信じている。





「認めてやるよ黄瀬。だが…オレの勝ちだ。オマエの敗因は、力が使いこなせず、仲間に頼らざるを得なかったお前の弱さだ。」


「そうかも…しんないッスね…」



リスタートしたボールは青峰に渡り、青峰は海常陣地を駆ける。








 確かに最初からこれだけの能力があれば勝てたかもしれない…
 



 …けど  間違いなくオレだけじゃここまでやれなかったし



自分一人では…みんなが信じてくれなかったら、きっと自分のコピーはここまでならなかっただろう…



    オレだけじゃとっくに試合を投げてる


 青峰のダンクを阻もうと黄瀬は再度、彼の前に立ち塞がる。



「だから、負けるだけならまだしも、オレだけあきらめるわけにはいかねーんスわ。」


「敗因があるとしたら、ただ、まだ力が…足りなかっただけッス。」



「フン、当たり前なこと言ってんじゃねーよ。」



歯を食いしばりながらも阻もうと伸ばした腕は、しかし止めることはできず青峰の腕がゴールに突き刺さる。


黄瀬が倒れ…青峰が着地する。


小堀は目を閉じて顔を上げ、笠松は結末を見届けるかのように行く末を見守る。
森山は呆然とした表情で倒れる黄瀬を見て、早川は悔しげに眼を閉じる。



「試合…終了―――!!!」

103   対   110



海常の選手は終わってしまった結果に顔を俯かせ、桐皇の選手は安堵と喜びを露わにしている。


「両チーム整列!」
審判から声がかかり、両チームの選手が中央に集まる。一人黄瀬だけが、遅れている。倒れていた黄瀬を振り返る早川さんと小堀さん。

起き上がろうとし、しかし起き上がれずに後ろに倒れた黄瀬に驚きの声を上げる。

「黄瀬!?」「黄瀬君!!」

思わず真たちも身を乗り出してしまう。


「おそらく…力の反動です…」
黒子の呟きが遠くに聞こえる。



「…情けねー。」
小さくつぶやいた黄瀬はコートに拳を打ちつける。振り下ろした拳が細かく震えている。


その光景を見つめる青峰は、しかし何も告げることなく背を向ける。
笠松が手を差し伸べて、うながす。

「立てるか?もう少しだけ頑張れ。」

「センパイ…オレ…」
声が震えている。
笠松は黄瀬を引き上げ、肩をかしながら中央に歩く。

「お前はよくやったよ。それに…これで全て終わったわけじゃねぇ。」



「借りは冬、返せ。」
笠松の肩の奥から覗く黄瀬の横顔は…涙でぬれていた。


「103対110で桐皇学園の勝ち、礼!!」
「ありがとうございました。」



俯く海常の選手、肩を借りてベンチに戻った黄瀬はベンチの人に迎えられる。
「しょぼくれてんじゃねえ!!」
笠松の鋭い声が通る。

「全員すべてを出し切った!全国ベスト8だろう!胸張って帰るぞ!」
その言葉に選手のみんなも顔を上げ…

「おう!!!」
健闘をたたえる拍手の中、海常のみんなが胸を張って会場を後にする。



「……と、真!」
肩を抱えられるようにして会場を去る黄瀬君を呆然と見ていた私は、かけられていた声に反応するのが遅れる。
のろのろと顔を上げると、心配げにこちらを見ている春香の顔が映り、周りをみると、少し落ちこんだ表情ながら、心配げにこちらを見ている。みんなの顔がみえた。

「黄瀬君に会っていく?」「怪我とかしたのかもしれませんし…」
律子さんから声をかけられ、雪歩も心配そうに促す。何と答えていいのか悩んでいると、火神さんが

「やめときな、負けたやつにかけられる言葉なんてねえよ。」

その言葉を聞いて、なにかを思うよりも先に駆けだしてしまった。







無意識に海常の控室まで駆けてくると、廊下を歩く海常の人たちの影が見えた。追いかけようとした足は、控室から聞こえる、笠松の慟哭に縫いとめられる…


【それがオレのけじめで…】
【死んでも勝つッスけど】





そのあと、どこをどう歩いたのかは覚えていない、気が付くと隣には春香や雪歩が居て、みんなとともに帰京の路についていた。

 彼の敗北が、勝利を信じきれずに、疑っていた自分のせいだという思いが胸を締め付けていた…



[29668] 第15話 そっちって、どっちスか
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/02 17:05
「…はぁ…情けねー。」
 都内のとある公園に、一人の男がベンチの背もたれに腰掛けていた。

 どうにも公園に来るときはいつも溜め息をついているような気がしてしまう。黒子っち、誠凜との試合に負けた後も、公園で溜め息をついていた。


「そういや…」
 春ごろ、中学を卒業し、高校にあがる直前にも公園で同じように溜め息をついていた。たしかあの公園は…


「ここっスか…」
 わざわざ神奈川ではなく東京まで足を運んで、公園で黄昏ているなんて何やってんスかねー、と自分の思考にまで溜め息をつきたくなる。

 海常の全国大会が終わり、帰郷した。大会直後ということもあって、オフとなったのだが、それとは別に監督から自分には半強制的な休養が義務付けられた。本来であればすぐにでも、練習に没頭したい。だが来たらじっとしてないだろう、という以前から比べると正反対の評価をもらった黄瀬は部活禁止令をだされた。

 自身の右腕を見てみる。最後の攻撃、あの時自分のシュートが入っていれば、結果は違ったかもしれない。最初からあれだけの力が出せていれば結果は変わったかもしれない…だが、やはり能力を全開にした反動は避けられなかっただろう。



 あの時、以前この公園に来たときも、青峰っちには負けた。だが胸に去来する思いは以前とは異なる。仲間のために…それが少し分かった今、自分ひとりの勝ち負けではない、チームでの勝ち負けを決めてしまったことが…悔しい。


 ふと、以前ここで勝負をしたとき、外野から歌が聞こえていたのを思い出した。
あの時、途中から歌は聞こえなくなり、騒ぎが起こったのだった。勝負の最中であるにもかかわらず気になってしまい、騒ぎを見に行った。

「勝つとこ、見せたかったんスけどね…」
 勝つか負けるかわからない勝負だから楽しい。だが…それでも応援してくれたあの娘の前で勝つところを見せたかった。

 ボーっと空を眺めていると不意に声がかかる。

「黄瀬君…?」



第十五話 そっちって、どっちスか




「カーナビが示していたのは、深~い崖の向こうだったの…その時、耳元で…

堕ちればよかったのに。」

「きゃああああ!!」「………」
伊織の話に雪歩が悲鳴をあげる。しかしその横で聞いていた真は、反応を示さない。

「ちょっと真!聞いてたの?」
 ぼうっとしたまま、反応を返さない真に伊織がいらだつように声を上げる。

「あ、ああごめん。」「「…」」
 返ってきた反応はやはり覇気のないもので、そのことに伊織は溜息をつきそうになり、雪歩は心配そうに真の様子を伺う。

 海常対桐皇の試合を観戦した後から、事務所に戻り二日が経過した今も、真は明らかに元気を失っていた。

「やっぱり変だよね、真ちゃん。」
「まったくよね。いつまでも、真らしくもない。」
雪歩と伊織は、真のすぐそばで内緒話をするように小声で話すが、やはり真は反応を示さずぼうっとしている。

「原因は…やっぱり…」
「この前の試合しかないでしょ。」
海常が試合に負けたことが、いかなるショックを与えたのかはわからないが…やはりあの試合の直後、いや直前からどことなくおかしかったような気がするのだが…

なんとかできそうな人に心当たりはあった。というよりその心当たりが原因である可能性は大いにありうる。だが、試合から二日、原因から連絡はなかった…


少し離れたところで、ソファーに身をゆだねていた春香も真を心配そうに見つめる。心配ではあるのだが…

「あぁ~つぅ~いぃ~ぞぉ~」
向かいの席では膝立ちになって、響が扇風機に喋っており、
「壊れたエアコン!」「おんぼろのエアコン!」「役立たずのエアコン!」
亜美と真美が、壊れて動かないエアコンにむけて悪態をついていた。

「明後日には修理くるから。」
律子が涼しげな顔でたしなめる。もっとも亜美たちからは見えないところで、彼女の足元にはバケツに入った冷水があるのだが…
「真美たちドロドロに溶けて怪獣へドロンになっちゃうよ~。」
「心頭滅却すれば火もまた涼し!」
へドロンという謎怪獣を体現している亜美と真美に律子はばっさりと言い放つ。

試合の応援から戻ってくると事務所のエアコンが壊れており、真夏の室内は窓を開け、扇風機を駆けていたとしても彼女たちの元気を奪うのには十分すぎる威力を発揮していた。もっとも一名ほど、それとは別の原因で元気を失っている者もいるのだが…


「おーい、みんなー。アイス買ってきたぞー。」
事務所の扉が開き、プロデューサーがアイスの入った袋を携えて入ってくる。

アイスを食べながら元気のない真の様子を見ていた春香は、どうにかできないものかと考えていると向かいの席から、
「はぁ~、自分の実家はちょっと行けば、すぐ海だったんだけどな…はぁぁ、ちゅら海が恋しくなってきたぞ。」
 響が懐かしむような声が聞こえる。
「海かぁ~」
 言葉にしてみると意外といい考えのように思えてきた。響を見てみると彼女も同じ考えに至ったのか嬉しそうな表情でこちらを見ていた。


「プロデューサーさん。海ですよ!海!」
春香に話かれられたプロデューサーがアイスを咥えたまま振り向くと、輝く笑顔で見つめるアイドルたちがいた。だが春香の期待に満ちた、言葉に返したのは

「へっ?」
かなり間の抜けた言葉だった。
「慰安旅行だな!」
「にーちゃん、慰安旅行いきたーい。」「いあ~ん。」
嬉しそうな響が言い、亜美と真美が誘惑するように左右から迫る。
「む、無茶言うなよ、いきなり。つい先日、帰ってきたばっかだろ。」
 確かにこの暑さの事務所では、海に行きたくなるのもわかるが、そうそう甘やかしてばかりもいられない。しかし

「あら、いいんじゃないですか。福利厚生、健康増進もプロデューサーの仕事の内ですよ。それに…」
 音無さんが、フォローするように言う。だが最後の言葉は言い切られることはなかったが、彼女の視線の先、アイスを持ったまま、ソファーにぼうっと腰かけたままの真のことなのはわかった。

 今はまだ、スケジュールがあまり、というより全く埋まっていないため、影響はほぼないが、レッスンが再開し、仕事が入り始めた時にもあの状態ではかなりマズイ。

「…はぁ、じゃあ、スケジュールに差し支えない範囲で…」
 少なくともこんな気の滅入りそうな、蒸し風呂に居るより、開放的な海に行けば、本来は活動的で明るい彼女なら元通りになるかもしれない。





「仕事がない者って声かけたら…全員来てるし。」
 現状、事務所のアイドル全員に仕事がないということに頭を抱えるプロデューサー。慰安旅行が決定し、翌日には全員から出席の返事がきた。決定から二日で出発という強行日程にも関わらず…

「実際、暇なんだから、しょうがないですよ。」
「律子もか?」
 早々に宿の手配をした、律子は現状を嘆くこともなく受け入れた様子だ。慰安旅行では神奈川の海水浴場を目指すこととなり、現在は道中、電車に揺られている状態だ。

「私は…プロデューサー一人だと大変だろうと…それにちょっとしたサプライズもあるし…」
 律子は少し慌てたように返答する。だが後半の言葉は小さくつぶやくような声だったため、あまりよく聞こえなかった。
「みんなで旅行なんて楽しいですねぇ。」
あずさの表情は言葉通り、楽しそうだ。
 まだ目的地には着いていないが、今回の企画は成功のようだ。見れば、春香は千早や亜美たちに手作りのお菓子を分けていたり、やよいは近くの席のあばあさんと親しげに話している。
懸案だった真もやはり、開放的な雰囲気がよかったのか、明るさが戻っている。もっとも今は伊織の怪談話によって雪歩ともども顔を青ざめさせているが…

 しばらく電車に揺られていると神奈川にはいり、いくつかの駅にとまる。扉が開き、見覚えのある人が入ってくる。
プロデューサーが驚き、律子の顔をみると、律子も彼に気づいたのか、というより知っていたのか楽しげだ。




「見ると車の窓に無数の手形が張り付いていたの…」
「怖い」「ちょ、ちょっと」
伊織が怖い表情で話し、それを聞く雪歩と真は顔を青ざめている。

「拭き取ったのにどうしても一つだけ消えない…なぜならそれだけ

…内側についていたからよ。」
「「きゃあああ!」」
 話のオチに二人が悲鳴を上げる。雪歩と抱き合って震える真を見て、伊織は少しうれしげだ。
 よく喧嘩をする間だが、だからこそけんか相手の元気がないのは心配だったのだろう。

「ねぇねぇ、まこちん。」「まこちん、どんな水着持ってきたの?」
伊織の後ろの席から、身を乗り出すように亜美と真美が尋ねてくる。後ろに居たのは春香と千早だったはずだが?と疑問に思った伊織だったが、ふと前方の扉が開き、入ってきたやつの顔をみて、質問の意図を理解する。

「まさか、スクール水着とかじゃないわよね?」
 からかうように伊織も尋ねる。その言葉に真は慌てたように言い返す。





「そんなわけないだろ!ちゃんとしたやつだよ!」
「きわどーい水着?」「だれに見せるつもりだったのかな~?」
突如、水着の話になり、からかうような伊織の言葉に言い返すと、再び亜美と真美がにやりとした笑みを浮かべて聞いてくる。どことなく、その視線は自分の横をみているような気がしないでもないが…

「なっ、そんな…」「そうなんスか?」
 慌てて言い返そうとすると、隣から聞き覚えのある声が聞こえる。ピタリと動きが止まり、ギギギという音がつきそうな動きで隣を見る。

「よかったな、黄瀬っち。」「いやいや、案外そっちの方が…」
「楽しみッスよ…ってそっちって、どっちスか!?」
もはや楽しそうな様子を隠そうともしない亜美と真美の言葉に隣の人物は答えている。その様子があまりにもいつも通りで…


「き、黄瀬君、なんでここにいるんだよ!?」
 すっかりいつもの調子で言い返す。その言葉に黄瀬君はあれっ?という感じで首を傾げる。
「私が呼んだのよ。まあ、偶然会えたから誘ったんだけどね。」
少し離れた席に座る律子さんが幾分誇らしげに説明する。見れば周りのみんなも知らなかったらしく、驚いた様子で黄瀬君に声をかけている。

「ちょ、律子さん!?…えっと黄瀬君、練習とか大丈夫なのか?」
 プロデューサーが慌てて尋ねる。
「大丈夫スよ。さすがに今はオフッスよ…サボったわけじゃないスよ。」
黄瀬君の言葉に若干疑わしげな視線があり、付け加えるようにサボり疑惑を否定している。

「そっか…その…」
 真はちらちらと黄瀬の様子を伺うように見る。ためらいがちの言葉は

「黄瀬っち、大丈夫なのかー?」「そうそう、せっかく応援行ったのに負けちゃうし!」
 以前と変わりないように見える黄瀬の様子に亜美と真美が核心をついたように笑いながら問いかける。
「ぐあっ!!うぅ、それはごめんッスよ。」
 その笑顔に黄瀬も特にこたえたようすもなく、デフォルトの泣き顔をみせて応じる。
「ちゃんと借りは冬のWCで返すッスよ。」
そう言い切った黄瀬にみんなもおおっ!っと返し、和やかな雰囲気で電車は海へと向かう。



 一行に黄瀬を加えた電車は目的地に到着し、車内から見えていた海へと美希と響が先を争うように駆けていき、亜美と真美が水鉄砲をもって突撃している。
「美希が一番なの!」「一番は自分だぞ!」「目標まで30m!」「突撃ィ―!」
「待ってよー…あっ、わわわ、あた。」
春香が先行する美希たちを追いかけようとして駆けていくが…途中でこけた。
「春香ちゃん大丈夫!?」
雪歩が心配の声をかけているが、その足取りは楽しそうだ。
「海ではしゃぐなんてお子様ね。」
伊織はそういいながらも、黙々と浮き輪を膨らまし、海に入る準備をしていた。

「ははは、真ちゃんは行かないんスか?」
黄瀬は元気のいいアイドルたちに笑顔を浮かべ、ふと、隣に真がやや恥ずかしげにいることに気づく。
「あっ、その…黄瀬君は泳がないのか!?」
 沈みがちだった雰囲気は消えている。

「ああ、オレは…真ちゃんの水着姿でも眺めてるッスよ。よく似合ってるスよ?でも、もうちょっとふりふりのやつでも似合いそうッスけど…」
 一瞬、ちらりと右腕と膝を確認するように見たあと、言葉通り、嬉しそうに真の姿を眺めている。真の水着は黒を基調としたセパレートタイプで、彼女のひきしまった肢体を際立たせていた。

「う、あ…わあぁああ…」
 見られた真は顔を真っ赤にして海へと突撃していく。このまま行くとかなり離れたところに見える岩のところまで泳いでいきそうだが、その泳ぎは早く、安定している。隣では対抗意識を燃やしたのか響が負けず劣らずのスピードで泳いで並走している。

「ははは…」
その姿を楽しそうに眺める黄瀬、
「日焼け止め忘れるなよー!」
プロデューサーが海に駆けて行ったみんなに大声で声をかける。

「ふう…それにしても元気になってよかった。黄瀬君も来てくれてありがとう。」
 一息つくと、真の様子がすっかり元通りになっていることに安堵し、黄瀬に一声かける。
「なんか、元気なくなってるって聞いたんスけど…まあ、こんなんでいいなら役得ッスよ。」
 黄瀬の言葉に律子の方を振り向くと、作戦成功とばかりに律子はウィンクしている。

「黄瀬さんは泳いでこないのですか?」「そうよ、早く真、追いかけてきなさいよ!」
 律子の隣から、紺色のTシャツを着た千早が尋ねてきて、準備が整った伊織が促してくる。準備運動をしていたやよいも伊織の横からうかがうように見ている。三人をちらりと見た黄瀬は、

「みんなもよく似合ってるッスよ。さすがッス。」
 楽しげに答えにならない返答をする。
「「ちょっ」」「わ~、ありがとうございます~。」
伊織と千早はあわて、スクール水着のやよいはいつもの調子で喜ぶ。

「荷物は私たちが見てるから、行ってきていいわよ?」
 律子も暗に追いかけろと言ってくるが…
「律子さんもいいッスねー…」
 誤魔化すように律子の水着姿を褒めるが…少し胡乱な様子の律子の反応に困り、
「…さすがに、あの速さでこの距離だと、追いつかないッスよ。」
 前方の真は、響とともにすでにかなりの距離のところにいる。たしかにふつうなら追いつく距離ではなさそうだが…
 黄瀬の雰囲気に違和感のようなものを感じたプロデューサーが疑わしげに黄瀬を見る。視線を受けた黄瀬は
「まあ、真ちゃんもそのうち岸にもどってくるだろうし、のんびりさせてもらうッスよ。」
といって、パラソルをたて、陣地を設営したあと、言葉通りのんびりとし始めた。


 おだやかな時間が流れる。美希ややよいは、ビーチボールをもった春香と浪打際ではしゃぎ、浮き輪を使って漂う伊織は、亜美と真美の奇襲を受けて追いかけっこへと強制参加となる。
 真は目的地(?)の岩に到着するころあいとなり、響は…姿が見えないかと思いきや素潜りで魚を仕留めていた。

 パラソルの下でのんびりと過ごす黄瀬は、
「しっかし…アイドルがこんなに居て、だれも気付かないってのはどうなんスか?」
 自身モデルの黄瀬は、早々に顔を隠すようにサングラスをしているが、他のみんなは特に顔を隠すこともせず、楽しげにはしゃいでいる。
 だが言葉通り、周りの海水浴客は彼女たちに気づいた様子はない。一部、注目を集めている娘たち― 一人鼻歌を唄いながら穴を掘り続ける雪歩とナンパ男を軽くあしらい戦利品をせしめる美希― こそいるが、特にアイドルと気づかれた感じでもない。

 ハンドカメラでみんなの様子を写すプロデューサーはうっ。とうめいて困り顔をする。

「でも、今だからこそ。なのかもしれませんね。」
プロデューサーの横で日焼け止めを塗っているあずさが笑顔で告げる。

「黄瀬君も一段落ついたし、仕事の量、元に戻すのか?」
 プロデューサーが尋ねてくる。
「いや…減らしたままにするっス。」
「えっ!?」
プロデューサーが驚いた声を上げるが、近くに居る千早やあずさ、律子も驚いているようだ。
「借りを返さなきゃなんないんで…オフがあけたら再始動っスよ。」
「そう…か…」「にーちゃん!こっちぃ!」
プロデューサとの会話は亜美によって遮られ、

「黄瀬っちも行こーよー。」
真美が黄瀬の右腕を引っ張るようにして立たせようとする。一瞬、苦痛に顔をしかめる。だれにも気づかれないほどの瞬時にその表情は困ったような笑みに変わり、
「いやー、プロデューサーさんも連れて行かれたし男は荷物番して待ってるスよ。」
冗談めかした口調で拒否をする。
「えー。」「私らの魅力はまこちんには、及ばないということか~!!」
 驚愕ぶった芝居でプロデューサーを連れた二人は去っていく。

「ホントに遠慮しなくていいのよ?」
律子が気をつかって聞いてくる。
「…いやオレ、そこそこ顔が売れてるんで、騒がれると楽しめないかもしれないんで…」
しばし考えたそぶりをした黄瀬は、建前の言葉を口にして休むことを続ける。

しばらくすると、あずさもみんなのところに行きパラソルのところには黄瀬と千早、律子の三人になる。連れて行かれたプロデューサーは砂の城の下に埋められ、なにやら拷問のようなことをされている。

「ちーはーやーちゃん」
「なに」
「せっかくの海だよ、一緒に泳ご?」
「私、泳ぎはあまり…」
「みんなと一緒だと楽しいよー。ささ、上着脱いで!」
言いながら春香は千早のTシャツを脱がす。その下からは、控えめな胸元に水色の生地に白い花柄の水着が現れる。

「黄瀬さんも一緒に行きましょう?」
春香がパラソルの下で休んでいる千早と黄瀬を誘う。いきなり脱がされた千早は恥ずかしげに黄瀬の方を伺う。照準を黄瀬の方に定めそうになる前に
「春香ちゃん大胆ッスねー。千早ちゃんがかなり色っぽいことになってるッスよ?」
 ちゃかすような黄瀬の言葉に二人も顔を紅くする。足早に海へと向かう二人を見送ると律子が再び話しかけてくる。

「黄瀬君もしかして、誘ったの迷惑だったかしら?」
 先程からのらりくらいと言って動こうとしない様子に心配になったのだろうか。
「ん?んなことないッスよ。みんなの水着姿は見れるし、律子さんのも近くで見れるんスから。」
 否定しながら、からかうように告げるが、疑わしげな表情が消えず心配そうな色は消えない。

「…ちょびっとこの間の疲れが残ってるんスよ。まあ荷物番くらいできるし、休んでたいんで律子さんも遊んできていいッスよ?」
 少しホントのことを混ぜて返すと納得したようだ。

「そう…なら寝てていいわよ。私もモデルの寝顔を鑑賞させてもらうから。」
 意趣返しのつもりか、近くに腰掛けなおし、じーっと黄瀬を見つめる。苦笑しながらタオルを顔にかけると、思ったよりも疲れていたのかまどろみの中へと落ちていく…



…ふっと気づくと頭のすぐ傍で誰かが座っている気配がある。随分近い。タオルから透けて見えるシルエットと多少の願望から

「どうしたんスか、真ちゃん?」
声をかけるとどうやら当たっていたようだ、少しあたふたとする気配がする。
「お、起きてたの!?」
問い返す声は真のものだ。

「なにをやってたんスかねー?」
本当は今起きたところなのだが、少し悪戯心からカマをかけてみると、
「うぇ!い、いやその、これは…!?」
予想以上に慌てた声が返ってくる。何をされそうになっていたのか些か以上に気になる。
「今起きたところッスよ。なんかやろうとしてたんスか?」
ニュアンスを変えて問い直すとからかいの意図に気づいたのか少し落ち着いたようだ。
「な、なにもやってないよ!」
タオル越しでシルエットしか見えないが、きっと彼女の顔は赤くなっており、今は少しすねたように口を尖らせているのが分かる。
春先に出会ったのを入れても、半年も経っていない。真と直接会った回数は片手で数えられる回数のはずだが、ちょっとした仕草が想像できる。
そのことがおかしく、タオルに隠れた顔がにやけてしまう。

「疲れてるのに…来てくれたんだ。」
慌てた様子が消えて、真が尋ねてくる。その声は少し沈んでいる。

「律子さんに偶然誘ってもらえたんスよ。おかげで真ちゃんの水着姿が見れたッス。」
素直な喜びを伝えたのだが、軽く頭を小突かれる。

「あたっ。」
小さく訴えると、しばらく真は黙ってしまい、沈黙が訪れる。


不意に

「ごめん。」
「ウソッスよ。そんなに痛くないッスから。」
少し沈んだ声で真が謝ってきたため、明るく返したのだが…

「…前の試合のとき、黄瀬君が負けるんじゃないかって心配で…勝ってほしいって応援してたのに…」
「…」
 律子さんから今回の旅行を誘われた時、真が沈んでいるということを聞いていた。なんとなく、自分が負けたことと関わりがあるのかと思い、話を受けたのだが…

「…別に真ちゃんが、謝ることないッスよ。」
「でも!」
「負けたのは単に、オレの力が足りなかっただけッス。」
「…」
 どうやら真が落ち込んでいるのは、自分が勝つことを疑ってしまったから、負けたのではないかと思い込んでいるのに原因があるようだ。でも、それは…

「それに、嬉しかったんスよ?」
「えっ!?」
 負けたことは悔しい。彼女の前で…チームのみんなと勝てなかったのが情けない。それ以上に彼女にこんな気持ちを抱かせてしまったことに腹が立つ。でも

「中学の時は勝って当たり前だったッス。応援も勝ってほしいじゃなくて、勝つことを見に来てた。
…でも、真ちゃんが勝つか負けるか分らないのが勝負だって、言ってくれたのが嬉しかったんス。」
「…」
 彼女は自分が勝つことを望んでくれた。勝つか負けるか分らない、不安を感じながらも自分に勝ってほしいと願ってくれた。

「海常に入って、勝つか負けるか分らないのが気持ちよくて、でもそれは先輩たちを貶してる気がして…」
「…」
「真ちゃんが、肯定してくれて嬉しかったんスよ。…勝つところを見に来たんじゃなくて、勝ってほしいと願ってくれたのが…それだけでもっと速く動ける気持ちになれたんス。」
「…」

 彼女の表情が今、どうなっているのかはわからない。顔を覆うタオルを外せば見える。だが今の自分の顔も見られたくはない。

「ありがとう…」
 ぽつりと真の呟く声が聞こえた。
「ちがうッスよ。…オレの方こそ、ありがとうッス。それと…勝てなくてゴメンッス。」



 少し遠くから、みんなの楽しそうにはしゃぐ声が聞こえる。



[29668] 第16話 隣!隣ッスよ!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/04 22:46
 夕日が沈む。アイドルと一人のモデルは。橙色に染まる海を眺める。

「みんなー、忘れ物ないわねー?」
 律子が尋ねる声がとおる。

どこかから声が聞こえる…

「おーい、忘れてないかー……」
 砂の城に埋められたプロデューサーの声が浜辺に響く。


第十六話  隣!隣ッスよ!


 あたりが夜の空気に包まれた中、きらびやかな光が溢れる。不夜城が如き威容に海岸というモチーフから南国のホテルを連想させる豪華なたたずまい…

      の横の古びた民宿が慰安旅行の宿となっている。

「まあ、こんな事だと思ってたけど。」
 伊織は諦めたように言うが、決定から数日でシーズンに10人以上で予約できる宿を見つけたのは流石といえるのではなかろうか。

「なんか合宿みたいッスね。」
「一応、慰安旅行なんだけど…」
 黄瀬の感想に、律子が言い返す。

「ふっふっふ、まずはお約束!」「女風呂が覗けるか!」「「チェーッック!!」」
 果たしてそんなお約束があるのかどうか、亜美と真美が元気よく宿へと突撃する。

「遠い所へようこそ。」
 宿の女中だろうか、着物をきた年嵩の女性が一行を出迎える。





 黄瀬が案内された部屋はプロデューサーとの二人部屋。荷物を片し、夕食までの間、ゆっくりしようとしていると、扉の外から二人分の足音が聞こえてくる。

「黄瀬っちとにーちゃんの部屋!」「二人で狭い部屋。」
亜美と真美が宿の探検だろうか、元気に入室してくる。狭いというが二人で使うには十分な広さがある部屋だ。おそらく13人(と一匹)が一同に寝る女性陣の部屋と比べると段違いに狭く感じるだろう。

「黄瀬っち、残念なお知らせだ。」
「…なんスか?」
亜美がまさに残念といった顔つきで話しかけてくる。この二人のことだから…

「今見てきたが、ここの露天風呂は、混浴…ではない。」
やはり碌でもないことであった。




 場所が変わって浜辺では、全員が集まり、BBQを行っている。

「おいしいです~。本当においし~。」
「おかわり、いっぱいあるッスよ。」
 やよいが感激したように、今しがた食べた焼き肉の感想を述べている。黄瀬はその横で肉を焼いており、真はそれを微笑ましそうに見ている。
 ほかのみんなも楽しそうだ。感情があまりでない高音も、雪歩や春香に話しかけられ素直な感想を述べている。焼き係となっているプロデューサーに亜美と真美が肉を要求し、あずさにたしなめられている。

「プロデューサーさん、私、代わりましょうか?」
食べる暇がなさそうな彼のために、春香が交代を申し入れるが、
「いや、いいよ。炭も足さなきゃいけないし。」
笑顔で遠慮する。たしかに炭を足すのは、煤を被る恐れもあるので女の子にやらせるわけにはいくまい。
「ああ、だったら…はい、どうぞ。」
そんなプロデューサーの優しさを汲んで、春香は自分のお皿から焼き肉をさしだす。
「あらあら。」
プロデューサーの両手は埋まっているため、要はあ~んをしろということなのだろう。そんな様子にあずさがのほほんと笑っている。プロデューサーも苦笑しながら頂こうとするも

「う~ん、おいしいの~。」
 食べる直前、横から美希によって掻っ攫われてしまう。
「それは、プロデューサーさんの分でしょ。美希は自分で焼きなさい!」
「美希は食べる専門だも~ん。」
 少し怒るように春香は美希をたしなめるが、美希はどこ吹く風と言った様子で逃げていき、
「真君は、黄瀬君にあ~んってやらないの?」
 爆弾を投下して、真っ赤になった真から逃げていく。


 その後、みんなは持参した花火で、夏の思い出を飾った。どこからか電話を受けた律子さんが嬉しげに見えた。



 宿に戻り、女性陣は露天風呂に、男性陣は小浴場へとそれぞれ向かった。

露天風呂大浴場にて

「お風呂はすごくいい感じだね~。」
「気持ちいいです~。」
「大浴場じゃなくて、小浴場に改めた方がいいわね。」
春香とやよいが気持ちよさげな声をあげ、伊織も言葉とは裏腹に気持ちよさげだ。その横では、亜美と真美が大浴場ならではの光景か、互いに湯を掛け合うように悪ふざけしている。

「う~、染みるよ~。」
「ちゃんと日焼け止め塗ったのにね。」
 洗い場では真と雪歩が体を洗っているが、その肌は若干、熱以外の理由で赤くなっている。

「なんだかご機嫌ですね。律子さん。」
「ええまあ…」
 鼻歌を唄ういかにもご機嫌な律子にあずさも微笑むような顔で尋ねる。間に挟まれた千早が二人のとある部分をみて、悔しげに下を向いている。

「まこちん、はるるん!ここ、ここ!」
 先ほどまで暴れていた亜美と真美は気づけば、浴場の壁際に身を寄せており、亜美が小声で二人を呼んでいる。
「どうしたの?」「なに?」
 二人が疑問の声とともに顔を向けると、
「この奥が男子風呂なのだよ。」
真美の声に二人の頭がガクッと傾く。

「なんか二人で話してるみたいさ~。」
 見れば響も二人の近くで壁に耳をくっつけている…

 壁の向こう側に、夢を抱くのは男子の専売ではないようだ…



小浴場にて

「ふー…」
「たまにはこういうのもいいッスねー。」
 小浴場とは言え、入浴しているのは黄瀬とプロデューサー(と桶に入ったハム蔵)のみなので十分な広さがあった。隣の露天風呂からは、女性たちの(主に亜美と真美の)騒ぐ声が聞こえる。
黄瀬がのんびりと体をほぐしていると、
「体の調子は大丈夫なのか?」
静けさを破るため、だけではない思惑をもって、プロデューサーが尋ねてきた。

「…気づいてたんスか?」
質問に対する問い返しは、怪我の存在を認めたようなものだろう。

「そりゃあ、人をみるのが仕事だからな。それにあれだけ動こうとしなかったら気づくさ。」
「それは失礼したッス。」
 会話が一時的にとまる。女性たちは…聞いてないかな、とも考えたが、昼間の律子さんの様子では、彼女も気付いているだろう。

「そんなにひどいもんじゃないッスよ。」
「…それでオフになってるのか?」
「まあ、今日はみんなオフッスけど…いつの間にか練習熱心ということになってたらしくて、練習にでてきたらムリするから。ってことでオレは強制休暇ッスよ。」
 いかにも早く練習したい、という口ぶりでは、休まされても仕方ないかもしれない。

「脚と…右腕もか?」
「ほんとよく見てるんスね…膝と右肘ッスよ。」
「…この間の試合の影響か?」
 質問が多いッスねー。と軽口をたたきながらも、一応今回の引率者の質問に答えることにしたようだ。

「まあ、オレらの弱点みたいなもんッスよ。」
「弱点?」
「…オレら、キセキの世代のメンバーは、ガタイよくても所詮高1ッスからね。まだ体が出来上がってないんスよ。」
「…」
「ただ、持ってる力が大きすぎるんで、無制限に力を全開にできないんスよ。こないだの試合は、ちょっといきすぎたってところッス。」
「大丈夫なのか?」
「1週間ほど無茶な運動しなけりゃ、どうってことないらしいッスよ。」
 らしいという言葉には、ちゃんと診断を受けているという意味を持たせたのだろう。少し安心した様子だ。

「まあ、あの試合じゃ、オレの方が先に潰れたッスけど、多分…」
 何か言いかけた言葉は、突然の入室者に遮られる。

「あれ、みんなは?」
「「んな!?」」
 入ってきたのは、タオルを体に巻きつけた美希だった。

「隣!隣ッスよ!」
プロデューサーは慌てて体を湯船に沈め、黄瀬は顔をそむけて、隣を指さす。その際、どこからか立ち上った怒気に二人が寒気を覚えたかは定かではない…




 風呂上り、アイドルたちは思い思いの時間を過ごしている。

風呂上りのコーヒー牛乳を楽しむ春香とやよい。卓球でスマッシュ合戦をしている亜美と真美。小部屋でプチ宴会をはじめるあずさとそれに巻き込まれる律子とプロデューサー…

真と雪歩、伊織は浜辺に居た。伊織を先頭にし、雪歩は真の背中にぴったりとくっついている。

「なんで私が…」
「ごめんなさい…」
「伊織が怖い話ばっかりするからだぞ。」
 雪歩がBBQの際に、携帯電話を忘れてきてしまい、三人で回収に来たのだ。夜の海の雰囲気に伊織の怖い話を思い出してしまい雪歩の足は震えている。
 真はあたりを見回すも、暗い浜辺では小さい携帯が見つかるはずもなく、自分の携帯を使ってコールをかける。少し離れたところから着信音が響き、


「あっ…」
 風に当たりに来ていたのだろうか、長身の男性が音のなっている携帯を拾い上げる。思わぬ人影に雪歩が脅え、真の腕を握る手に力がこもる。伊織と真も警戒心をあげて人影を観察する。
 男性の身長は高く190cmほど、髪は金髪で…

「って、黄瀬君?」
「ん?これ真ちゃんのスか?」
 果たして男性は、旅行の同行者、黄瀬で、彼は拾い上げた携帯を片手に三人に近づく。
 見知った顔に二人の警戒心が薄れ、雪歩もほっと力を緩める。

「いや、それは雪歩の。」
「はいッス。」
 近寄った黄瀬は真の言葉を受けて、携帯を雪歩に渡す。その際、恐る恐るといった風になってしまったのは…雪歩らしいことなのかもしれない。おどおどとしている雪歩の横では伊織がいいこと思いついたと言わんばかりの表情となる。


「じゃ、携帯も見つけたし、私たちは戻りましょ。」
 と言って、雪歩の背中を押して宿へと戻り始めた。

「もう戻るんスか?外も風が気持ちいいッスよ?」
 夏であっても、海風がもたらす夜の涼風はたしかに気持ちいい。黄瀬は夜風にあたりに来たのだろう…実際は部屋で酒盛りが始まり避難してきたというのも理由の一つだが…とはいえ、一人でいるものさびしいものなので、呼び止めたのだが

「いいの、いいの。じゃ、あとは真をよろしく!」
 伊織と雪歩は足早に宿へと向かってしまい。黄瀬の隣には真が黄瀬を見上げるように立っている。
 黄瀬が真に視線をむけると、真は慌てたように海へと視線を向ける。


 
 真の慌てた様子に、ふっと笑みを浮かべると黄瀬は、真と同じように海へと視線を向ける。しばし静寂が訪れる。真がちらちらと黄瀬を盗み見ていると、

「綺麗ッスね。」
 静寂の中、小さく響いた黄瀬の言葉に

「えっ、き、キレイ!?」
顔を赤くして狼狽しながら真が答える。しかし黄瀬の視線は水平線。そして月の映える夜空へと向いており、その視線に気づいた真は自身も改めて視線を月へと向ける。
 そこには普段、都会では見られない、大きな青い月が見えた。当たり前の光景だが、幻想的とも思える景色に、真も落ち着きを取り戻す。

「うん、きれいだ。」

 しばらく月を眺めていた真が、口を開く。
「怪我…大丈夫なのか?」
 その言葉に、黄瀬は少し驚いたような、そして困ったような顔をする。

「盗み聞きはダメッスよ…特に風呂場では。」
 ちゃかしたように叱る。付け加えた最後の言葉に
「なっ、それは!」
慌てたように真が手を振るが、すぐに落ち着いたのか、口をとがらせてすねた表情をつくる。

「大丈夫ッスよ。…ホントに。」
 真の頭にポンと手をおき、言葉を紡ぐ。大丈夫という言葉に疑わしそうに真が見上げるが、黄瀬が嘘を言っている様子ではないことをみると、なにも言わずに大人しくなる。



「そういえば…」
 考え込むような黄瀬の言葉に真は顔を上げる。
「真ちゃんはなんでアイドルになったんスか?」
 以前、対談のときの質問で黄瀬がバスケを始めた理由を真が尋ねていたが、真の理由は聞いていなかったことを思いだし、黄瀬が尋ねる。

「うっ…えーと、ボク、ダンスに自信があるんだ。だからテレビの歌番組とか大きなステージでかっこよく踊りたいんだ。」
 少し恥ずかしそうに、だんだんと快活な様子で答える真を黄瀬は微笑むように見つめる。

「それと…女の子らしくなりたいんだ。」
続く言葉はかなり恥ずかしそうだ。
「もっとこう、ふりふりーとしてて、プリプリ―としてて、いつかそんな風になれたらなーって。」
 たしかアイドル菊地真は異性である男性よりも同性である女性ファンが多いということで多少知られている。どうやら自分の男らしさにコンプレックスがあるようだが…

「真ちゃんは十分女の子らしいと思うッスけどね。」
黄瀬の言葉に、真は飛びつくように体を向ける。
「ホントに!どこらへんかな?」
あまりの勢いに黄瀬が少し驚くが、少し考え込むような表情をして答える。

「そうッスねー。心配性なところとか、気が強いのにすぐにあたふたするところとか。」
 黄瀬の言葉に、だんだんと口をとがらせ始める
「それって女の子らしい所なの?」
真のすねたような顔に気づかないふりをして続ける。

「あとは仲間想いのところとか、優しいところとか、女の子らしくありたいって思ってるのはなによりもらしさだと思うッスよ?」
 続けられた言葉にすねたようにそっぽを向くが、耳が少し赤くなっている。


「目標はあるんスか?」
 黄瀬の問いかけに、真は決意をもって答える。
「目標は、みんなでトップアイドル!」
 真の答えに少し、驚き、内心の困惑を隠して応援の言葉を口にする。

「…真っちなら、なれるッスよ。」
 みんなで…その言葉とトップという言葉とは、おそらく同時に叶うことのない目標であることを感じながら、それでも真ならできるということを信じて…

 海風の吹く夜天には、満点の星空と大きな、美しい満月が輝いていた。









おまけ


しばらく星空を見ていた二人は、どちらからともなく旅館に戻り、それぞれ部屋へと戻ったのだが…

「あらあら、黄瀬君。どちらへ行ってらしたんですか?」
 戻った部屋では、大量の空き缶が開いておりアルコールのにおいが充満していた。問いかけてきたあずさの首は座っておらず、長い髪をゆらゆらと揺らしながらからむ獲物を探していた。
「…えーっと、」
 女性にからまれることの多い黄瀬だが、さすがにアルコールでどっぷりとなった女性の対処方法までは未経験。どうするべきかと一応、保護者を見てみると。

「ちょうどよかった黄瀬君、」
「ごめんね。黄瀬君、もうちょっとプロデューサーは飲むみたいだから少しみんなの部屋の方で話でもしてましょうか。」

 なにやら慌てた様子のプロデューサーが何事か話しかける前に、素面の律子が黄瀬を追い出すように部屋から押し出されてしまった。

「え、ちょっ…」
「いいからいいから。」
やや切羽詰まった様子の律子に押されて二人は大部屋へと向かう。背後から「見捨てないでくれー。」という悲鳴が聞こえた気がするが…未成年の自分があの場に居ても百害にしかならないと判断し、なすがままに大部屋へと向かう。



 大部屋に到着するとなにやら赤い顔をした真を春香や伊織、双海姉妹…というよりほぼ全員が取り囲んでいる状況に出くわした。律子と二人で黄瀬が入ってきたのをみると、真はあからさまにほっとした表情を見せ、その他の一同は、舌打ちせんばかりの表情を見せた。

 しばらく各々雑談をしていると、かけ流していたTVのニュースでIHの結果が伝えられた。…三位陽泉、準優勝桐皇、優勝洛山。

「桐皇が…負けた…」
 結果を聞いた真が驚きから思わずつぶやくように声を漏らし、慌てて黄瀬の様子を見た。だが黄瀬の様子は特に落胆した様子も驚いた様子もなかった。

「なあなあ黄瀬っち。ショックじゃないのか?」
 響がリアクションの薄い黄瀬に尋ねると、みんなも気になるのか黄瀬に注目する。

「まあ、ある程度は予想してたスから。」
「でも、あの青峰さんが負けたなんて…」
 あっさりとした黄瀬の答えに海常対桐皇の試合の印象が強いせいだろう、春香が声を上げる。

「キセキの世代のメンバーは陽泉と洛山にもいるんスよ。」
「えっ!?でも…」
 黄瀬の元チームメイトのほかの選手を知らないが、あのめちゃくちゃな青峰よりも上回っているというのは信じがたいものだったのだろう。

「多分青峰っちは決勝戦でてないッスよ。」
「???どういうことなんだ?」
 真が驚きながらも尋ねてくる。

「青峰っちもオレと同じでどっかしら故障中だろうから、桃っちあたりが止めたんじゃないスかね?」
「?どういうこと?」
「青峰っちもオレとやった時、結構ムチャしてたッスから…風呂場で盗み聞きしてたよーに、能力を全開にするとその反動があるんスよ。」

 黄瀬の説明に青峰の欠場理由を納得できたようだが…
「ねえねえ、桃っちって誰?」
 亜美が説明にでてきた人名に疑問の声を上げる。
「青峰っちの幼馴染で元帝光中のマネージャー、兼諜報係ッスよ。」
「へー、そういえばベンチに女の人が居ましたよね。」
 春香は試合の時の桐皇ベンチを思い出す。

「ちなみに、桃っちは黒子っちの自称彼女ッスよ。」

「・・・・」

「ええええー!」
 黄瀬の追加説明に黒子を知る一同は驚きの声を上げる。

「黒子って誠凛のあの影の薄い人ですよね!?」
「か、彼女って、そんな…」
 わいわいと騒ぎが大きくなっていく、中には随分とひどい物言いもあったりするのだが…楽しそうに夜は更けていく。


 ちなみにその後、酔いつぶれたあずさをプロデューサーが運んできてひと騒動起こるのだが…黄瀬はその隙に部屋へと戻り平和な夜を過ごした。





[29668] なかがき
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/04 22:46
 黄色のバスケとアイドルをご覧いただいている、心優しいみなさまありがとうございます。開始当初、目標にしていた黄瀬対青峰戦を書き終え、後日談まで終わったことで一応一区切りがつきました。
自分の中で桐皇戦にて青峰は負傷していたのに黄瀬はどうなった?という疑問があったため、黄瀬君にも負傷してもらったのとその立ち直りまでをとりあえず本編としました。
本来はここまでを予定していたのですが、14話までを書いた後で知った海常の後日談があまりにもおもしろかったため後日談がもう少し続きます。
またアイマス10話をみていて妄想してしまった話もあるのですが…こちらは後日談以上に物語が繋がらない番外編となります。一応設定は本編通りを予定しているのですが…

本編の方は、現在(10月初旬時点)黒子のバスケで黄瀬君がほぼ解説役しかしていないためバスケの試合話は当面ありません。アイマス側は1クールで終わることを予想していたのですが、2クール目が始まり…ぶっちゃけほとんど目途がたちません(汗)wikiにあったみたいに961のアイドルに真がナンパされたりしたらおもしろいのになーと考えてます。
もともと黄瀬と青峰が好きだったのですが、最近、木吉株が急上昇しており、別路線が進むかもしれません。その場合、完全別話、というよりもこちらの話を一部変更して、リンクするような内容になると思いますが、こちらもまだ妄想状態です。
ちなみに一番好きなのは実は黄瀬ではなく青峰なのですが…原作の彼になにか付け足せる要素が全く思い浮かばないので彼が主人子の話を書くことは自分にはおそらくできないと思います。

アイマス側ではライブ前からの話で美希が急上昇しているのでそちらもなんらかの話があると思います。書いてて思ったのですが美希と黄瀬ってなんか似てませんか?一度見たことをコピーできることとか、ルックスのスター性とか飽き性だけどはまったことには一途なとことか…(注:基本的にハーレムルートはありません。)

ひとまず後日談および番外編投稿後、ある程度アイマスか黒子の話が進むまで黄瀬君メインは第一部、IH―黄瀬編―完という扱いになります。

とりあえず決まっている分の今後の予定です。
海常後日談
第17話 えぇ、なにこの状況!?
第18話 乾杯を(仮)

番外編  
第19話 それはお楽しみッス

本編
第20話 (タイトル未定) 黒子側幕間、アイマス側ライブ準備編
第21話 (タイトル未定) 多分アイマスライブ話?

あくまで予定なため変更があるかもしれません。



[29668] 第17話 えぇ、なにこの状況!?
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/14 21:42
 ウェディング。人生における華。神奈川県某所にある神聖な教会で純白のドレスに身を包んだアイドルがその時を待っていた。



「さすがはあずさなの~」
「いいな~。綺麗だな~…はぁ、結婚雑誌のモデルって言うから、ボクもひらひらでふりふりした可愛い服が着られると思ったのに。」
 胸元に青い造花のアクセントに白いドレスを纏った美希が、ウェディングドレス姿のモデル、あずさの姿に感嘆の声をもらす。隣では真が羨ましそうにその姿を見ている。

「すまん。男も一人欲しいって依頼だったんだが、うちの事務所いないからな。」
 プロデューサーがとりなすように告げる。
本来であれば、男性役は、男性のモデルを使う予定だったらしいのだが、どうやら期待していたモデルは、最近モデルの仕事をかなり減らしているらしく、今回もつかまらなかったらしい。そのため765プロにお鉢が回り、真が男装でのモデルを行うこととなったのだった。

「ふーんだ。ボクすねちゃいますからね。」
 女の子のアイドルが、結婚雑誌のモデルと聞けば、たしかにウェディングドレスを期待するのも当然のことなのだろう。期待を外された真は、言葉通り口をとがらせてすねている。

「真君。それピッタリなの。ドレスはまた今度、黄瀬君に着せてもらえばいいの。」
 美希の言う通り、真のきているタキシードは、彼女の凛々しい様子によく似合っていた。だが後半の言葉に顔を赤らめる真には、やはりドレスも似合うだろう。

「ぇええ!?や、黄瀬君て、なんでそんな…」


 檀上ではブーケを持ったあずさがポーズをとり、撮影が行われている。




第十七話 えぇ、なにこの状況!?

 

海常高校バスケ部部室、練習後

 夏休みの『三大要素』を知っているか?きっかけはその言葉だった。

 桐皇戦から1週間、海常高校男子バスケットボール部は、次の勝利を目指し、練習を再開していた。
 桐皇戦で痛めた肘と膝が復調した黄瀬も練習への参加が認められ、今日からハードな練習を行っていた。
 練習後、シャワーを浴びて制服に着替えようとした黄瀬にかけられたのが先の言葉だ。部の先輩、森山の言う内容が分らない黄瀬が首を傾げると、森山は制汗スプレーを吹き付けながら答える。

「夏休みの三大要素とはつまり、夏休みを充実させる『三大要素』だ。すなわち、『花火』・『浴衣』・『肝試し』。」
 森山が意図したいことが分らず、黄瀬は黙り込む。さらに言えば三つの内、二つは意図せずに済ませてしまっているのだが、それを告げることはしない。

「だが、この『三大要素』には不可欠な前提条件があるんだ。わかるか?」
「わかんねぇッス。」
 黄瀬としては、全面的に否定したいところであったが、部活の縦社会に則って、センパイの言葉を全否定するようなことは言えない。

「夏休みを充実させる三大要素に必要不可欠の前提条件。それはかわいい女の子だ…!」
 確信を抱かせるような森山の言葉には力がこもっていた。
「夏休みを充実させないうちは、オレたちの夏は終わらない。そう思うだろ、黄瀬?」
「…そういうもんッスかねぇ。」
 面倒な展開になりそうな空気を察した黄瀬は、早々に離脱するために着替えを再開するが、その手は途中で止められる。

 妨害したのは、二年の早川だ。早川はひどく真剣な顔で、黄瀬の手にあるものを握らせる。
「な、なんスか、これ?」
 黄瀬が渡されたものを見つめるとそれは、スプレー缶であった。ラベルには『制汗スプレー(シトラスの香り)』とある。

「オレがネットで調べたところ、女の子ってのは、男と柑橘系の香りが嫌いじゃないらしい。」

 困惑する黄瀬に森山が自信ありげに告げる。ふと気づくと森山と早川から、シトラスの香りがする。突然の展開、突如シトラスに目覚めた男二人に囲まれ、黄瀬は唖然とする。

  なんなんスか、この状況!?

「とっあえず!そっを体につけっ!」
「はい!?なに言ってるかわかんないッス!つーか、この状況でラ行抜きのセリフって暗号以外のなにものでもないッスよ!」
「察しっ!この状況かっわかっだっ!」
「全然わかんねーッス!」
 黄瀬の必死の訴えは、二人に通じることはなく、森山はやれやれといった風情で、自分の制汗スプレーを黄瀬の背中に噴きかけた。

「ぎゃーっ!ちょ、な、なにすんスか!?えぇ、なにこの状況!?」
「だからこれからナンパに行くんだよ。」


 瞬間、黄瀬の目と口が埴輪のようにデフォルメされた…





黄瀬が絶叫を上げるかなり前

「あずささんが誘拐!?」
「はい、この目でしっかり見ました。」
 休憩時間に電話をするために席を外したあずさを探していた真は、出口のところであずさが謎の黒服集団に怪しげな車に乗せられて連れていかれるのを目撃し、プロデューサーに慌てて報告した。
 美希の手には、今しがた真から手渡された携帯があり、

「たしかにあずさの携帯なの。」
 つまり今の彼女に連絡手段はなく、現状が非常事態ということは明白であった。

「プロデューサー、今すぐ助けに行きましょう。」
真は、大切な仲間の危機に今にも飛び出しそうだ。プロデューサーは、少しだけ考える素振りをみせると
「わ、わかった。美希、なるべく早く戻るから少しだけ時間稼ぎしててくれ。」
「うん、美希やってみるの。」
 美希に撮影の時間を稼ぐよう指示をだす。美希も腹をくくった表情で応える。


一方、そのころ誘拐されたあずさは…
「まぎらわしいカッコしないで下さいね!」
黒服の集団に車から、どことも知れぬ街中に置き去りにされていた。どうやら彼らは、別の花嫁―あずさが攫われる前にぶつかりそうになった女性―を探していたらしいのだが、勘違いからあずさを連れだしてしまい、彼女の自己申告で気づいたのだ。

「あら~、どうしましょう。それに…これ」
 いきなり仕事中に連れ出され、放置されたとあっては、大変困る。しかも彼女はドレス姿のままだ。すでに仕事が再開しているかもしれないが、連絡もとれない以上早く戻らなくてはならない。ふと、女性が落とした小箱が気になり開けてみると、

「大変、結婚指輪だわ!あの花嫁さんに返さないと。」
中にあったのは結婚指輪、しかもつけられている宝石は見るからに高級そうな代物だ。仕事も大事だが、これの持ち主も困ってしまうだろう。 

「ところで私、今どっちから来たのかしら?」
 さしあたっての問題は方向音痴の彼女が無事に、プロデューサーたちのもとに戻れるかだろう。



「プロデューサー!もっと急いで!」
 攫われたあずさを探して、真は街中をタキシードで走っていた。
「無理言うな!お前が速すぎるんだ!」
真から遅れたところを息を切らしながらプロデューサーが走る。ふと真の前方の曲がり角から黒い車が走ってくる。
「あの車…プロデューサーあれです!あずささんを攫ったの!」
「なに!」「タクシー!!」
 真が、見覚えのある車に、声を上げ、プロデューサーが振り返る間にタクシーを呼びとめ乗車。追跡を開始する。





真がタクシーを拾い追跡をする少し前、

 休日の部活終わりの校門に、海常高校男子バスケ部のレギュラー五人がたむろしていた。

「んじゃ、さくさくっとナンパしますか。」
集ったメンバーに満足そうに森山が宣言する。

「おい、ちょっと待て。」
「どうした、笠松。」
歩き出そうとした森山に笠松が声をかける。

「なんでオレがこんなのにつきあわなきゃいけねーんだよ!」
 いらだった様子で笠松が睨み付けていた。その笠松からも微かにシトラスの香りが漂っている。
 どうやら彼も更衣室で制汗スプレーを噴きつけられたようだ。ただし、黄瀬とは異なり、有無を言わさず連れてこられたらしい。

「そりゃあ、オレがネットで調べたところ、ナンパは大人数でやる方が楽しいって書いてあったからだ。」
笠松の不機嫌さを前面にだした睨みに動じた様子もなく、森山は至極当然といった風に言い切る。笠松は怒鳴りつけるように声を上げかけるが、

「うおしゃー!森山さんっ、オッがんばっっす!」
早川の気勢にかき消された。
「うん、おまえはほどほどにね。」
 笠松の抗議は、取り合ってもらえず、焦れた笠松が、いつものように殴り飛ばそうとすると、横からその腕をやんわりと止められた。

「まあ、落ち着けって。たまにはいいじゃないか、こういうのも。」
「小堀…」
 レギュラー陣で一番の良識派の小堀は、苦笑いしながらフォローを入れる。

「それに、もしも早川たちが暴走したら、止めるためにも笠松は居た方がいいだろ?」
「確かに…!」
 非常に当たってほしくないが、あり得る可能性の高い予想に笠松もしぶしぶ、ナンパの一行に加わることとなった。
 ちなみに黄瀬はそそくさと帰ろうとしたのだが、笠松の「自分だけ逃げんな!」という眼光の前に一行に顔を連ねることを余儀なくされた。
 森山のネット調査の結果、港近くの中華街の広場がナンパスポットらしい、ということで一行はぞろぞろと向かっていた。

「小堀センパイって、こういうの興味あるほうなんスね。なんか意外ッス。」
 黄瀬は隣を歩く小堀に話しかけた、良識派の彼が、ナンパにむしろ賛成派なのが不思議だった。
「興味っつーかなぁ…」
 小堀の視線の先には、前を歩く笠松たちの姿がある。うきうきとしている森山と早川に、「オレは行きたくて行くわけじゃないからな!」と釘をさしていた。

「夏休みを充実させるためのナンパなんて言ってるけどさ、結局これって、森山なりの笠松への思いやりなんじゃないかと、オレは思ってる。」
 苦笑しながら小堀が黄瀬に話す。
「はっ!?思いやり?」
 黄瀬が問い返すと小堀が頷きを返す。前方を歩く三人が話に気づいた様子はない。

「桐皇戦から、まだ1週間だ。だけど、笠松はすでに頭を切り換えてウィンターカップを見ている。」
「すごい精神力ッスよね。オレ、マジで尊敬してるんスよ。」
 試合中も、試合直後も俯きそうになるみんなを鼓舞していたのは笠松だ。だが、試合後、ひとりロッカーで敗戦を悔やんでいたのを知っている。

「…無理してるんじゃなかって、森山は心配してるんだろうさ。」
「えっ?」
「笠松は自分がなぜキャプテンに選ばれたのか、その理由を痛いほど理解してる。それにキャプテンの存在がどれくらい周囲に影響を与えるかもな。だから、自分の感情を二の次に、役目を果たそうと必死だ。だが無理をすれば、どこかで転ぶ。転ばないためにも、時には休憩が必要なんだよ。」
「そうだったんスか…」
 黄瀬は前方を歩く三人を見た。真たちとの慰安旅行から帰り、練習禁止令があけた黄瀬は、もうあの敗戦から立ち直っていた。 
練習風景での笠松たちも以前と同じように見えたため心配していなかったのだが、彼らには自分よりも長い付き合いがあるのだ。それ故、なにかを感じとったのかもしれない。

最初は気乗りしないナンパ決行だったが、これが笠松の息抜きになるのだったら、悪くはない。

  こういう日があってもいいか…

 黄瀬は、どこか楽しくなっている自分に気づいた。意識がチームメイトに向き、その他への配慮が疎かになってしまったのは…仕方ないことなのかもしれない…





黄瀬がナンパスポットに向かっているころ、中華街

「どいてどいてー!…あっごめんなさい!」
 真は中華街を走っていた。どうやらあずさは、いかなる方法を用いたのか、誘拐犯たちから逃れたらしい。だが誘拐犯、黒服の男たちは、再度彼女を捕まえるべく動いているのは明白だ。すでに中華街に入り、先を争うようにあずさを探している。
 一度は近くまで接近した。だが突如、作られた人だかりによって真があずさの下にたどりつくことはできなかった。
 
…と前方にドレスを纏った女性を見つける。こんな中華街でドレスを着ているのは、

「見つけた!あずささん!」
 抱き着くように彼女を捕えるが、顔を上げてみると、その顔はあずさとは異なる茶髪の女性であった。
「な、なによあんた!?」
「うわっ、ひ、人違い!?すいません!」
 女性が驚いた声を上げ、真は慌てて手をはなし、頭を下げる。

「あずささーん、どこですかー!?」
 真は走っている。中華街を走っている。その意識が、仲間にしか向けられていなかったのは…仕方ないのだろう…





真が中で走り続けているとき、中華街前広場

 普段であれば多くの人が行き交うが、別の場所で騒ぎでもあるのか通る人の量は普段より少ない。それでもスポットと言われるだけあって、かなりの人がいる。
「…で、どうやってナンパするんだよ?」
 やや緊張した様子の笠松が森山に尋ねる。

「ふっ…まあ見ていろ。」
 自信満々に答える森山に、一同から尊敬の念が含まれた声があがる。早川が目を輝かせて尋ねる。
「森山センパイ!今まで、どっぐっいナンパしたことあっんですか!?」

「あれはナンパではない!…そう、まさしく出会いだったのだ…」
 森山がなにやら思い出すように遠い目をする。言葉から推測するとナンパ経験はないらしい。と気づいた黄瀬、笠松、小堀の顔が固まった。
 
「喧騒から遠く離れた田舎での出会い。運命と言わずしてなんと言う!…」
 森山のさす『出会い』がなにを意味するか思い当たり、黄瀬の額を妙な汗が伝う。

「しかも今度は、全国の会場で再会したのだ!」
 あれは黄瀬が真に応援をお願いし、765の全員が来てくれたためにおきたことで決して運命の再会ではなかったのだが…

「忘れもしない一週間前…。試合の後でオレは、あの娘に決意を伝えた。」
「桐皇戦の直後かよ!?おめーはなにしてんだよっ!」
 笠松が激しく攻め立てるが、森山は意に介さず、続けた。

「だが、彼女は言葉を返すこともなく、オレから走り去って行った。」

黄瀬は男性恐怖症の彼女を思いだし
  
まあ、雪歩ちゃんッスからねー

と思ったのだが、口にすれば余計な騒動に巻き込まれるのは目に見えている。

「そのとき、オレは思ったんだ。ただ出会いを待っているだけではダメだ。こうやって自分から声をかける…、そう、ナンパはすばらしいものだと!それ以来、オレはネットでナンパ方法を調べ、きっちりマスターしてきた!今日こそ、それを実践する!」

「じゃあ、一人で行けよ!」
 熱弁をふるう森山に笠松が怒鳴る隣で、黄瀬は絶句しながら確信する。

   小堀センパイ、あんた、あんた善人すぎだよっ!森山センパイ、ぜってー自分がふられた憂さ晴らしにナンパしに行こうって言い出したんだよっ!


 ふるさと村では意外とうまくいっていたように思えたのだが…森山は一体どのように雪歩に声をかけたのか、それを深く考えなかった黄瀬はこの後、激しく後悔することとなる。






「てやっ!」
 真は街の中の、ビルの狭間にかけられた梯子の上でカンフーさながらのバトルを繰り広げていた。
 仲間を攫い、今また魔の手をのばそうとしている(と思っている)相手に対し、人前で暴力はいけない、とかアイドルが…とかいう考えは全く吹き飛び、人目を集める、どころか観客を集めているような状態で真は戦う。

 不安定な足場の上で、離れた距離を一気に詰め寄り、飛び蹴りからの後ろ回し蹴りを繰り出す。連撃は躱され、カウンターの一撃が飛んでくる。
 しかし、真は空中で、トンボを切ると男の腕をつかみ、動きを封じた上で接近戦からのひじ打ちを繰り出す。攻撃がはいり、男がひるむ、その隙に一気に攻勢をかけるが、いかんせん軽身の真の攻撃だ。ガタイのいい男を倒しきることはできず、男は真の蹴りをガードすると宙に浮いた真の足をつかみ、大きく振り回す。

「ああぁああ!」
 足場を失い、落下する…かに見えた真は、危ういところで梯子を掴みなんとか持ちこたえる。だが男の足元で攻撃手段も失った真になすすべはない。男は笑みを浮かべて、とどめをさそうと梯子を掴む手を踏みつける。
 しかし真は、踏まれる瞬間手を離し、逆に男の足首をつかみ引きずりおろす。バランスを崩した男は、真同様に落下寸前で梯子をつかみ、二人はぶら下がった状態で足技の応酬を再開する。
 本場のアクションカンフーさながらの動きに観客が盛り上がる。

「てぇええええ!」
 腕をしならせ大きく振り子のように加速をつけた真は、気合いとともに両脚を男の腹部に叩きこむ。男は持ちこたえることができずに吹き飛び、近くのテントの上に不時着、そのままずり落ちてリンゴの山の中に沈む。観客からは拍手が送られる。

 ちなみにあずさは、車を降ろされた後、迷える老婆の道案内をしたり、迷子の母親探しをした後、中華街を出て歩き回り、今は謎の外国人相手になぜか筮竹での占いを行っていた。




真がカンフーを繰り広げるよりも少し前、

「小堀さん、オっ勉強になっました!ナンパって、ああやってやっんですね!」
 善人小堀が最初の生贄となり、見事に撃沈していた。早川が心から感動した様子で小堀に語りかけているが、小堀にはそれに構うだけの心のゆとりはないようだ。

「穴掘って、誰かオレを埋めてくれ…!」
 悲痛な叫びは、奇しくも今回の事件の元凶(のほんの切れ端を生み出してしまった哀れな少女)の口癖とよく似ていた。

「こ、小堀、大丈夫か?」
 笠松の言葉に、小堀がぷるぷると首を振る。
「小堀センパイ…ちなみに、勝算はあったんスか?」
 黄瀬の質問に、小堀は沈黙を返し、その後、ポツリと述べる。

「…なかった。でも、これも笠松を元気づけるためだと思って…!」
「どんだけいい人なんスか!?つーか、さっきの森山センパイの話聞いてました!?そもそも、今時ドラマでも『御嬢さん、お茶しません?』なんてナンパの常套句、使いませんよ!?」
「それしか知らなかったんだよ…!!それ言ったとき、相手の女の子がめっちゃ吹き出してさ…。女子って、どうしてああも残酷なんだ…」

 小堀が頭を抱えて唸るが
「残酷なのは、森山センパイッス。」
「違うな。残酷なのは、スポーツ青年の純情さを理解できない世の中だ。」
残酷な発起人は遠い目をして話をしめた。

 ちなみにこの後、本人曰くッバン担当の早川が、同じ女子にナンパを仕掛けるが…彼の勢いと口調に逃げ出してしまう。




真が黒服を蹴り飛ばした時、撮影現場の教会では美希の撮影が行われていた。
時間を気にするマネージャーを他所に、写真うつりのよい美希を撮影をしているカメラマンはのりのりで時間稼ぎに貢献している。
「美希的にはウェディングドレスにも躍動感?みたいなのがあった方がいいと思うな。」
「いいねぇ、斬新だよ!」
「ねぇカメラマンさん。美希、なんだか海で撮影したくなってきちゃったの。」
「それいただき!」
 驚くマネージャーを他所に美希たちは撮影場所を変えるために移動を始める。



同刻、あずさは撮影場所に帰るためにタクシー乗り場に並ぼうとして…間違って観覧車の列に並び、ちゃっかり乗っていた。

「困ったわねぇ、タクシーの列と間違えて、観覧車の列に並んじゃうなんて…でもいい眺め。」
 思わぬ展開だったが高所から見下ろす風景に顔をほころばせる。景色を見ていたあずさはふと、眼下にドレスを着た女性が走っているのを目にする。
「あの人!あのー指輪をお預かりしてますよー!」
 指輪の落とし主を見つけ声をかけるが、観覧車の中から聞こえるはずもなく…なるべく早く降ろしてくださーい。という叶うはずもない要望を係員に伝えていた。





 あずさの乗った観覧車が頂上にさしかかる少し前、

「これで、ナンパが楽しいということがわかっただろう?」
「おまえの目は節穴か!?」
 小堀に続き、早川が1分で撃沈したあと、満足そうに告げる森山に笠松は声を荒げる。

「まだわかってもらえないとは…。仕方ない、オレが行こう。」
「最初からおまえが行けよ!」
「まあ、そう言うな、笠松。よく見てろよ。うまくナンパして、夏休みの三大要素を極めてやるから。」
 自信に満ちた森山が足取り軽く出陣する。その背にエールを送る早川の横で、黄瀬は笠松に尋ねた。

「前から思ってたんスけど、オレほどじゃないけど、森山センパイって結構イケメンだと思うんスよ。それなのに彼女がいないって、どういうことなんスか?」
 今にして思えば、合宿のときにも雪歩に好印象を与えていた。黄瀬は知らないことだが、試合の時も、森山のプレーに雪歩は声援を送っていたのだ。

「おまえ、さりげなく自慢すんなよ!」「っ!!スイマセン…」
笠松が黄瀬の足を踏む。

「森山に彼女ができないのは、理由があるんだよ。それこそ、そのせいで『別名』がつくほどの理由がな。」
「はぁ?なんスか、その『別名』って。」
「見てればわかる。」
 笠松が森山に視線を向けると、ちょうど彼が女の子に声をかけているところだった。


 数分後、黄瀬には笠松が言わんとしていたことが、よくわかった。


「不思議だ…途中まではいい雰囲気だったのに。やはり男と女は分かり合えないものなのだろうか。」
「わかってないのは、森山センパイだけッス!なんスか、今のナンパは!?」
 黄瀬のツッコミに、森山が平然とコメントする。
「オレ独自の傾向と対策によるナンパ術だ。まずは相手を褒め、心の警戒レベルを下げる。」
「ああ、確かにあの褒め言葉の羅列はすごかった。初対面の人間をあそこまで褒められるなんて…森山、おまえってやっぱり良いヤツなんだな。」
 小堀が感心したように言っているが…

「小堀センパイ、あんたどんだけ、森山センパイを善人にしたいんスか!?騙されてる!完璧騙されてるッス!だって、最後の方、森山センパイの言ってた内容、酷かったじゃないスか!」
 黄瀬の訴えに、森山は心外だというように肩をすくめた。
「いったい、どこが酷かったんだ?オレは単に『この出会いは運命だ』って言っただけだろ?」
 たしかに、先ほども雪歩ちゃんに関して似たようなことを言っていたが…

「それだけじゃ終わらなかったじゃないスか!そのあとも『これは運命だから抗っちゃいけない。もうこの手を放したら、二度と会えない気がする。まさしく運命的めぐりあい。これを逃さない手はない。』って言ってましたよね!?」
「それがなにか?」
「なにかじゃないッスよ!どこの悪徳商法スか!女の子、マジでビビッてたッスよ!」
「そうか?おかしいな、ネットで調べた時、女の子は『運命の出会い』という単語で押せば、必ず折れるってあったんだけどな…」

「…もしかして雪歩ちゃんにも…?」
恐る恐る尋ねてみると、心底なにがいけなかったのか理解できないといった表情をしている。男性恐怖症の彼女にそんな風に迫れば、逃げ出しもするだろう…というよりも合宿のとき慣れ始めていた自分にもおどおどとした態度をとっていたのはそういう理由だったのか…

「これでよくわかっただろう。森山は思い込みが激しいんだ。これだと思ったら、それをとことん遂行する。だから『別名・残念なイケメン』と呼ばれるんだ。」
「残念すぎッス…」
 黄瀬はがっくりとうなだれた。残念なイケメンの結果が加わり、戦績は3戦3敗。勝率0だ。

 森山が黄瀬と笠松を見て告げる。
「そろそろ一勝が欲しいな。」
「オ、オレは行かないぞ!オレは監視役で、無関係だからなっっ!!」

 笠松が一際慌てた様子で首と手を振る。


   …真っちたちにバレませんよーに

 ちらりと頭をよぎった顔に、女たらしの疑惑をかけられたモデルは溜息をつく。





黄瀬の頭をよぎった女の子は、その時

「アー!ソレ最高級の金華ハムダヨ!」「えぇえ!?」
 中華街の中で、武器を両手に黒服の男と戦っていた。激しくぶつかりあう(骨付きハムの)肉と肉。真は

「てぇやああ!!」
 気合いとともに大きく武器を振り切ると男は吹き飛ぶ。互いに距離をとり、手近にあった物を投げ合い、遠距離戦にもつれこむ。

 その横ではプロデューサーが、店の人たちに弁償を迫られていた。
 距離を詰めた真が、アッパー一閃、男を吹きとばす。男は倒れ込む。そこに仲間と思しき黒服たちが駆け寄った。

「おい!大変だ!ターゲットが港の方に向かった。」
「な、なんだと!こんなことしてる場合じゃない!追え!追え!!」
 素早く起き上がった男を先頭に黒服たちが走り去る。

「あっ!待て!…待てぇー!!」
 真も素早く黒服たちを追いかけ、港へと向かう。ちなにプロデューサーは走る真をみて、慌ててそのあとを追うが、その後ろからは店の人たちが駆けてくる。

「あっちで何かあるらしいぞ。」
 追いかける人数は、なぜか徐々にその人数を増やしていった…



[29668] 第18話 乾杯を
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/14 21:48
真が黒服たちを追いかけて中華街を出るより少し前

チームの期待を一身に背負ったエースは、ナンパをするため出陣したのだが、ナンパをするまでもなく、現役モデルの黄瀬は注目を集め…

「ス、ストップ!!マジ、勘弁してください!」
 誘いの声を上げた瞬間、同い年くらいの大勢の少女たちにもみくちゃにされ、悲鳴を上げた。

 結局、少女たちの中から5名先着でレギュラー陣と中華街から少し離れたところのファミレスに入った。


第十八話 乾杯を



「なんか…合コンみたいだな。」
 席に座り、小堀が呟いた。
「おまえなら、やってくれると思っていたよ。」
爽やかに森山が笑いかける。

 少女たちは皆、席を外している。ドリンクバーを人数分頼んだあと、全員が「ちょっと…」と席を立ってしまったのだ。おそらく合コン対策用の身だしなみチェックに行ったのだろう。
 黄瀬はアイスティーを飲みながら、何気なく笠松を見て、

「ブッ!!セ、センパイ!?」
思わず吹き出してしまった。
「ド、ドドドウシタ?」
 油の切れた古いロボットのような動きで笠松が首を回して黄瀬を見る。

「どうした…ってこっちのセリフッスよ!大丈夫ッスか!?」
 笠松はガタガタと震える手でアイスコーヒーを手に取る。しかしその手が震えすぎていて、中身が氷ごと跳びでる。

「ちょ、え?えぇ!?センパイ、落ち着いてください!コップ!コップ離して!」
 黄瀬は慌ててコップを奪い取り、おしぼりで机を拭く。
「ほんと、どうしたんスか、センパイ?」
あまりにも不審な笠松に黄瀬は問いかけるが、答えたのは小堀だった。
「笠松は女子と話すのが苦手なんだよ。」
笠松がかくん、とうなだれた…本人としてはうなずいたのかもしれない…

「苦手って、前、真っちたちとバスケ見に行ったときは普通にしゃべってましたよ!?」
 以前、真とのデート(?)のとき、笠松は彼女たちに、バスケの解説をしており、『かさかさ』なる渾名をつけられている。

「オレが笠松から聞いたところ、バスケの話‘だけ’ならなんとかなるそうだ。あとは『ああ』と『違う』しか話してないそうだ。」
 そういえば、試合の合間に喫茶店に行ったときも話していたのは専ら…というよりほぼ黄瀬のみで、笠松はバスケのことと黄瀬に対するツッコミしかしていなかった。思い返してみると笠松はその間やけに、外ばかり眺めていたような…

「いやいや、ほら、ふるさと村で真っちとかと話してたじゃないッスか!?」
 ふるさと村で真は、笠松から黄瀬の居場所を聞いてきたと体育館で言っていた。

「ああ、珍しいことに…たぶん事務連絡みたいなものだったのと…彼女の中性的というか男らしい態度のせいじゃないのか?」
 小堀の言葉に、笠松をみていると、再びかくんと頭を揺らした。黄瀬が絶句していると、

「だから、久しぶりに普通の女子と話すことになって、ド緊張してるんだよ。」
「センパイ…オッ、泣けてきました!」
 小堀と早川が憐れんだような声をかけている。
さすがに笠松は腹が立ったのか、すかさず早川の頭をはたき、

「コ、コレクライナンテコトナイッ!オレモ男ダ…今日コソハチャントハナ…話す!」
 日本語と気合いを取り戻し宣言する笠松だが、その様は、見ていて不安しか募らせてはくれない。

「で?笠松はどの女子が好みなんだ?」
 ここにきて不安度No.1となった壊れたロボットに、不安度No.2の残念なイケメンが尋ねた。
「そりゃっ、その…一番右の…」
 笠松はごにょごにょと照れながら呟く。森山はその小さい声をばっちりと聞いており、

「右?…ああ、あのボインな子か。なるほど、笠松は巨乳好きなんだな。」
「きょっ!?おまえっ、もっと言い方を考えろよ!」
「事実を捻じ曲げても意味がないだろ。それより、せっかく好みの子がいるなら、うまく会話を弾ませろよ。」
 
 不安だ。森山の態度も不安だが…いつもであれば「おまえがそれを言うなよ。」と言うはずの笠松は言葉を詰まらせると、しばし黙り込んだ後、黄瀬を呼んだ。

「黄瀬…」
「なんスか?」
 笠松は向かいの席、女子たちが戻ってくる予定の空席を睨み付けたまま尋ねる。

「お、女の子と、ど…どんな話をすればいい?」
「どんなって…いや、普通ッス。」
「フツウってなんだっ!?」
「そっからッスか!?い、いや、例えば…」
 この席は、キャプテンの息抜きのための席…のはずなのだ。間違っても笠松に恥をかかせるような事態になってはいけない。黄瀬は自らの経験と知識をフル動員して具体例を探す。

「そうだ!森山センパイみたく、相手の可愛い所を褒めるとか!あと、適当におもしろうことを言ってみたり!」
「褒める、おもしろいこと…?」
 笠松の頭が、フル空転をはじめ、

「ごめんなさーい。お待たせしましたぁ!」
 女性陣が戻ってきた。だが、少女たちの姿を見て、黄瀬は目を見張る。

   こ、こっちも、気合十分だ…!

 少女たちのメイクは確実にさきほどよりもワンランクアップしており、一番右の少女に至ってはさりげなく強調するように胸元が開かれている。
 彼女たちは、黄瀬たちが既にドリンクを取ってきていることをみると断りをいれてドリンクバーへと姦しく向かう。
 しかし彼女たちのそんな姿は笠松にはほぼ見えていなかった。彼の脳内は

  褒める。ウケを狙う。
 
二つのワードがエンドレスにリピートされており、いっぱいいっぱいだ。
やがて少女たちがドリンクを持って席に着き、乾杯しましょう、という運びになった。

「誰が乾杯の音頭をとりますぅ?」
 黄瀬の目の前に座った少女が期待に満ちた、熱い視線を黄瀬に送る。だが、黄瀬は体育会の縦社会を重んじて、迷わず笠松に視線を向ける。

「んじゃ、笠松センパイ、乾杯を…」
口にして、刹那に後悔するがもう遅い。笠松がコップを手に立ちあがる。その手は先ほどと違い、震えていなかった。

   さすがセンパイ!本番には強いッスね。

 黄瀬は頼もしく笠松を見つめるが、緊張が限界突破した笠松の頭の中では同じフレーズが響き続けていた。

 立ち会がった笠松は、そこで初めて目の前に座る少女を見た。少女がにっこりとほほ笑む。

   褒める。ウケを狙う。褒める。ウケを狙う。褒める………

 コップを握る手に力が入り、笠松の目に入ったのは少女の大きく開かれた――




 始まりを告げる音頭は、しかし開始の合図とならず、終わってしまった一会のレクイエムとなった…
 彼の…全国区の風格をもつはずの、キャプテンの栄誉のためにもその言葉は、語られぬ黒歴史となった…






開始することもなく終了した会合がレクイエムを奏でていたころ

「あずささん、今行きます。」「早く指輪を取り戻すんだ!」
 中華街から港へと至る道の途中で、真とプロデューサー、と黒服たちと占い師と動物園の動物たちと通りすがりの絵師と中華街の店主たちと見知らぬ外人たち…大勢の人たちがあずさを追って駆けていた。
 指輪を持ち主に返そうと走るあずさはそれに気づかず、先行していく。




中華街から離れたところにある公園、夕暮れとなり始めた公園に5人の男が黄昏ていた。
なにが失敗だったのかは、言わずとも全員が理解していた。だが、誰もそれを責めることはしない…できよう筈もない。失敗の原因は、灰になったかのように煤けた姿で噴水に腰掛けていた。


「このまま夏をおわらせてはいけない。」
 決意に満ちた顔つきで森山は宣言する。なによりも負けっぱなしで終わらせてはいけないと。
 その言葉に、小堀、早川が頷き、笠松も頷く…いや、がくりと頭を垂れた。黄瀬は負けとはなんだろう、と考えていたが沈黙を通した。

「この借っはぜってぇ返します!」
 早川が力強く言い放つ。

借りっていうか、一方的にこっちの失態なんスけど…

と思ったが、縦社会に生きる男、黄瀬はこれも沈黙で返した。

「うん、このあたりとか、イメージ通りなの。」
「よし!じゃあセッティングしよう。」
 噴水をはさんで反対側、モデルかなにかだろうか、カメラマンを従えた、ドレスの少女が…

「っって、美希ちゃん!?」
見ればそれは、この間、ともに旅行した中の一人、星井美希だ。突然声を上げた黄瀬に驚く森山達だが、美希を見るとその目が大きく見開かれた。

「うん?あっ、黄瀬君なの!」
 美希もこちらに気づいた様子だ。近くを歩いていた女性―なぜかこちらもウェディングドレス―も黄瀬に気づいたのか、
「わぁ、かっこいいかも…」
なにやら感嘆の声を上げている。美希が黄瀬に向けて大きく手をふるため、黄瀬は美希の元に向かおうとするが、その肩をむんずと掴まれ足を止める。振り返ると森山たちが鬼気迫る表情を見せており、

「あのー、指輪!指輪をお預かりしてるんです!」
 彼らが何事か喋ろうとする前に、轟音とともに、異様な集団が公園めがけて駆けてくる。

「あれ?あずさ?なんで…」「あっ!落とした指輪!?」「ちょっなんスかあれ!!?」
 公園に居る全員が驚きの声を上げる。美希の声に、よく見てみれば、先頭を走るのは、ウェディングドレスを着たあずさだ。さらに言えば、その後方にはタキシードを着た真もいる。
 
 
 その後、黄瀬たちにとって、いや真たちにとってもよく理解できない状況。あずさが指輪を公園にいた女性に渡し、黒服たちを怒鳴ったかと思うと謎の外国人がやってきて。女性と謎の外国人、石油王の二人の婚約が決定した。

「真、どうなってんだ、これ?」
「はぁ、ボクもさっぱり…」
 呆気にとられるプロデューサーと真。黄瀬はそっと真に近づくと、

「なんかすごい騒ぎッスね?」
とりあえず声をかけてみた。真は今、気が付いたのか驚いた表情で振り向く。

「き、黄瀬君!?なんでこんなとこに?」
「いや、まあ、いろいろあって…ところでこれ、なんかの撮影ッスか?」
 バレませんようにと願ったピンポイントの相手と遭遇したことで、黄瀬の歯切れは悪い。誤魔化すためにも状況を尋ねたのだが、
「…いや、一応…撮影だったんだけど…」
あまり真も状況が分っていないようだ。真と話していると、不意に肩をひかれる。
 振り返ると先ほど同様真剣な顔をした森山たちが、黄瀬を真から引き離し、顔を近づけてくる。

「な、なんスか!?」
「黄瀬。おまえに至上命令を下す。」
 真剣な表情のまま告げられた言葉は、彼らの夏がまだまだ終わらないことを意味していた…


・・・・



…数日後、765プロ事務所

「えぇえー、合コン!?」「しーっ!春香もうちょっと声小さく。」
 事務所の片隅で真は春香と雪歩と顔を突き合わせて内緒話をしていた。

「真、どうしたのいきなり?」
 あずさと真、美希の撮影が終わって数日後、真は二人に合コンの誘いをかけたのだ。
「真ちゃん、黄瀬君と喧嘩でもしたの?」
 春香が突然の申し出に驚いたように声を上げ、真にたしなめられる。雪歩は、以前から親しくしているモデルと真の間になにかあったのではないかと考えたのだが…

「うぇ!?いや、そういうわけじゃんだけど…その、黄瀬君からの誘いなんだ。」

 数日前、撮影騒動が終了した広場にて、黄瀬から合コンの誘いを受けたのだった。黄瀬の背後では、離れたところから彼の先輩たちが、熱い視線を向けていた。いささかバツが悪そうにしながらも

「キャプテンがちょっと気を張り詰めてるんで、ストレス発散させたいんスよ。お願いできないッスか?」
 という黄瀬の言葉にしぶしぶながらも真は合コンのセッティングの手伝いをすることとなった。とはいえ、学校では女子高のため、モデルも参加する合コンともなれば、行きたいと手を挙げる友人はいるだろうが…

   やっぱ…ないよな…

 学校での真は、どちらかというと気の置けない友人というよりも真に憧れをいだく友人という方が多い。そういった友人を連れていくのも心情的にいい気がしない上、黄瀬君にアプローチをかける子もいるかもしれない…

 と考えたところで、慌てて思考の海から這い上がり、結局事務所の友人に声をかけることにしたのだ。海常の人なら知らない人たちではないし。という安心感もあった。
果たして知っている者同士で合コンというのが成り立つのかという疑問はあるが、黄瀬や笠松以外の人物とはあまり話していないし、相手は5人。つまりこちらの人数も5人にしなければならないのだ。
ただやはりプロデューサーに知られるのはマズイよなーと考えていると。

「うーん、合コンかー。」
 三人の内緒話に四人目が混ざっていた。
「り、律子さん!?」
竜宮小町というユニットのプロデューサーとなった彼女は、もっぱら伊織、あずさ、亜美と関わることが多くなったため、あまり警戒していなかったのだが、どうやら隠したい事を見抜く力は男性よりも女性の彼女の方がうまいらしい。

「相手はどういった人たち?」
どうやら頭ごなしに否定されることはなさそうだとほっと安堵し真は相手のメンツを告げる。
「海常バスケ部のレギュラーの人です。」
 率直に告げると、律子は試合の時のことを思いだしているのか「あー、あの人たちね。」
と頷いている。

「あの…やっぱりマズイです、よね?」
 春香が恐る恐ると言う風に尋ねると、律子は三人を見回して、

「えー、あの人たちならいいんじゃない?いい人そうだし。」
あっさりと許可が下りた、と思いきや

「ただやっぱちょっと心配だから私も行く!いつやるの?」
かなり乗り気な様子でそうのたまった。「えぇ!?」と思わず声をあげてしまうと、「なによ。」と少しすねたような声がかえってきた。

「いや、その、こっちの都合に合わせてくれるらしいんですけど、律子さん最近忙しいんじゃないですか?」
 とりあえずここで否定されると企画自体潰されかねないため、真にとってはそれでもいいのだが、一応控えめな声で尋ねる。

「大丈夫よ。スケジュール管理はしっかりするし、たまには羽も伸ばさないと。」
 どうやら来る意志を覆すことはできないらしい。

「レギュラーの子たちとってことは五人よね、あとは誰?」
 この場には4人しかいないため、律子が残りのメンバーを尋ねる。
「あ、美希です。黄瀬君に誘われた時、一緒にいたので…」
 どうやら騒動の時、海常の人たちの目に美希が目にとまったらしく、その場で声をかけるよう彼らに促されたのだ。

「えっ、5人って…」
 雪歩が驚いた声を上げる、数えるようにこの場にいる4人を指さすと…

「む、ムリです~。」
涙目で後ずさりしてしまった。たしかに男性恐怖症がいささか再燃している雪歩に合コンはハードルが高すぎるだろう。仕方なく、あと一人どうしようかと考えているとちょうど、通りがかる一人の女性が…


・・・・


夏休み最後の日

 海常高校男子バスケットボール部のレギュラー陣は練習を終えると、そろって都内のファミレスまで来ていた。
 席に座り、ドリンクバーの飲み物を飲んでも、場は沈黙していた。全員が酷く緊張した面持ちだ。

「…いよいよだな。」
 沈黙を破ったのはキャプテン笠松だ。
「とうとう来てしまったな…」
小堀がごくりと喉を鳴らす。
「黄瀬、相手のスペックをもう一度言ってくれ。」
シトラスの香りを振りまき、森山が尋ねる。知ってるメンバーだろ、というツッコミはおこなわずに、スペック報告をする。

「今日の相手は765プロの娘たちッス。ちなみに相手は真っちに一任してあるんで、分ってるのは真っちと美希ちゃんの二人ッス。」
 なんど言ったか分らないセリフを繰り返すと、聞いていたメンバーからは「おお…」と感嘆の声があがる。

「ヤッベー!オッ、今かっ緊張してきたっ!」
 早川も目に情熱の炎を燈す。各々盛り上がるメンバーを、黄瀬はじっくり観察するが…不安しか抱けない。
 性善説至上主義の小堀、熱血体育会系早口口調の早川、残念なイケメン森山、そして女子免疫ゼロの笠松。

 不安だ…唯一の救いがあるとすれば、互いに多少は相手のことを知っているということ、そして、バスケの事とはいえ以前、笠松が話をしたことのある子たちも居るかも知れないという期待であった。
 もっとも相手が知り合いだということは、失敗したときのダメージを増やすものでしかないのかもしれないが…

 黄瀬の心情が顔に表れていたのか、森山が頼もしい(不安な)声で言った。
「心配するな、黄瀬。前回のような失敗はしない。」
「本当スか?ホンットーに信じても大丈夫スよね?」
 さすがの黄瀬でも真にまで協力してもらった合コンが潰されては、というよりも来る面子が面子だけにかなりきつい。

「安心しろ。おまえが合コンのセッティングに奔走している間、オレ達が何もしないでいたと思うか?こうやって、合コン開始時間より1時間前に店に来たのだって、ちゃんと意味がある。」
 森山の自信みなぎるようすに、黄瀬の表情も和らぐ。

「さすが、センパイッス。やっぱ、借りはちゃんと返さないといけないッスよね。」
「ああ。前回失敗した原因は、一番に女子との会話する経験値が低すぎるということだ。というわけで、満場一致でより会話の経験値を上げるべく、合コンまでに練習を重ねようということになった。」

 森山の分析結果に、うんうんと黄瀬も頷く、しかし安堵はそこまでであった。
「というわけで、オレたちは練習したいんだが…黄瀬、おまえはコーチをやってくれ。」
「はぁ!?ちょ、なんスか、それ!?」
「この中で、女子との会話が一番多いのはおまえだからな。オレ達の会話スキルにチェックを入れてほしい。」
「今から!?」
 黄瀬は唖然とした様子で尋ね返すが、森山はおろか笠松や小堀ですら、なにをいまさらと言わんばかりに、黄瀬を見ている。

「仕方ないだろう、一日の大半はバスケの練習と睡眠で終わるんだ。」
 絶句する黄瀬に笠松がダメ押しの一言を放つ。
「黄瀬、ここは森山たちのために、協力してくれ。オレは全っ然乗り気じゃないが!森山達がこう言うんだ、仕方ないだろ?いいか、オレは全然乗り気じゃないからな!」

 男のツンデレなど、気持ちの悪いだけなのだが、ツッコミをいれたい黄瀬は、しかしぐっと堪える。
 黄瀬はしぶしぶ了承し、
「でも、条件があるッス。協力するからには、オレもばしばし鍛えていくッスよ。」
 黄瀬の条件に、全員が望むところだ、と首肯した。

 かくして、黄瀬の名誉と少年たちの夏をかけた最後の戦いが始まり、熾烈な訓練は続く、彼らの気づかぬ間に時間が過ぎ去るほどに…

・・・

「ここだよね?」
 黄瀬たちとの合コンのためにセットした店の前に、春香たちはやってきていた。
「うん、多分もう来てると思うから入ってみようか。」
 当初、別の場所で待ち合わせてから行こうという話だったのだが、黄瀬から「心配事があるんで、店に集合でいいッスか?」という連絡があり、店での待ち合わせとなったのだ。

「うーん、ちょっと緊張するわね。」
 言葉どおり緊張しているのだろう、律子の顔が笑顔で固定されている。
「あふぅ。」
 マイペースな美希はあまりいつもと変わった様子がない。普段よく、告白されている美希は、男性に対する免疫が強いのだろう。そして、最後の一人は…

「殿方との逢瀬の場にしては、いささか華やかさに欠ける場所ですね。」
 銀髪をさらりと撫でながら、高音が店の感想を述べる。
「まあ、お酒が飲めるわけでもないしね。」
律子の言うように今日の集まりは全員、未成年なのだ。

「それにしても律子さん、なんか緊張してますね。」
「当たり前でしょ。相手はあの、黄瀬君の知り合いなんだから。」
 春香にとって海常は、知り合いという印象が強く、合コンとはいっても懇親会といったイメージなのだろう。だが、律子は、一応引率者でもあることから、気をつけるよう促す。

「気づいたら、お持ち帰りされてたとかやめてよ!」
 律子の言葉にまさかぁ。と真と春香は返すが、

「特に真よ!あんたが一番気をつけなさいよ!黄瀬君がいつ強引になるか分らないんだから!」
「えぇええ!?」

 よく知ったファミレスも合コン会場という意味合いを持てば、雰囲気も違って見えるのか、一行は興味深げに店内にはいり、黄瀬たちを探す。目的の人物たちは、すぐに見つかったのだが…


「森山センパイ、もしも女子が遊園地に行きたいって言ったら?」
「遊園地なんて、つまらない。キミの家に行こう。」
「いきなり!?しかも、なんで全否定なんスか!?」
「ネットで調べたら…」
「ネット禁止!!ネットの知識は捨ててください。いきなり自宅へとかマジ勘弁してください!」
「しかしネットがなければ、どうやって会話を進めればいいのか…」
「それができなきゃ、女の子とつきあうなんて無理ッスよ!」
「ハ、ハードル高いな…」

「早川センパイ、もっと落ち着いて話さなきゃだめッス!」
「ぬあぁにぃぃ!?こっが普通だ!ちくしょう、でも、やってやっぜっ!!」
「小堀センパイ、存在地味ッス!もっといい人オーラを出して!」
「無茶を言うな!こ、こうか!?」
「微妙ッス!」
「黄瀬、オレは!?」
「笠松センパイはまずアイドルの写真を直視するとこから!今日来る娘らもアイドルッスよ!」
「む、難しい!!」

・・・

 真たちが入ったことにも気づかず、彼らはなにかに集中していた。端からみれば、なにかの遊びかと思えるほどシュールだったが、彼らの、特に黄瀬の様子は真剣なものだ。

「「…」」「あれは、なにをやられていらっしゃるのでしょう?」
 春香と真は、知り合いの、イメージとは違う一面を見てしまい、絶句しており、その様子を高音は不思議そうに見ている。
「…あれなら大丈夫そうね。」「んー、イメージと違うのー。」
 美希は、彼らの様子に少し呆れ気味で、律子もいささか残念そうに安堵する。真は意を決して、黄瀬に話しかけようとするが、

「まあまあ、真。おもしろそうだからもうちょっと見てみない?」
 律子が楽しそうに彼らの奮闘を見ている。


「もっと話をふくらませないとダメッス!」
「ふくらませるってなんだ!?」
 黄瀬の特訓は続く、だが重要な問題にたどり着いたようだ。話題のなさ。彼らは一日中バスケに明け暮れているのだから、テレビやドラマ、芸能人、最近の流行などに疎かった。

「やっぱり話題がある程度は必要ッスねぇ。」
 真たちが少し離れた席で見ていると黄瀬が腕を組み、眉間にしわを寄せている。
「話題か…」
「話題ね…」
「わっだーい…」
 森山たちが頭を抱えてうなっている。

「うーん、なんかコートの上と雰囲気違うわねぇ…」
「そうですねぇ。こうしてみるとカワイイ感じがしますね。」
 律子は面白ろそうに彼らの様子を伺っている。春香はコート上とのギャップにうけているようだ。

「…みなさん、ちゃんと考えてるんスか?」
 黄瀬が、じろりとうなる三人をにらむ。三人はぎくりと体を固くしている。
「まあでも、オレ達で話題にできることって、バスケくらいだよな。」
 溜息まじりに笠松が言う。
「…いやいや、せめて彼女らの仕事内容くらい、把握しときましょうよ!」
 笠松の言葉に納得しかけた黄瀬だったが、慌てて立て直す。

「仕事って、アイドルだろ?」
「有名なのか?」
 笠松と小堀が尋ねる。様子を伺う律子たちも自分たちの話題となったため、関心が高まる。

「確か最近、竜宮小町っていうユニットが出てるっスよ。」
黄瀬の言葉に、律子が「よし!流石!」と小さく喜び、美希が「美希も…」と物欲しげな様子で律子を見ている。

「誰が入ってるんだ?」
「えーと、こないだドレス着てたあずささんが入ってたはずッス。」
 森山がメンバーを尋ねるが、流石の黄瀬も練習で忙しく完璧に把握はしていないようだ。幸いにもここには名前の挙がらなかったメンバーはいないが…

「くっ!まだ知名度が…」
 彼女らをプロデュースしている律子は悔しげに歯噛みしている。


このままでは彼らが気づくことはなさそうだと判断した真たちは、黄瀬に話しかけて自らの来店を告げる。その際、黄瀬たちは跳び上がらんばかりに驚いていた。
 対面した彼らだが、やはり笠松を筆頭に緊張の色は隠せない。とはいえ、事前練習の成果もあって、原稿を読んだかのような笠松の乾杯の音頭も無事に終わり、それぞれ改めて自己紹介や会話を楽しんでいた。もっとも海常の面々はほぼ聞き役に回っていたのだが…


・・・・

「そういえばこの前の試合ですけど。」
主に女性陣と黄瀬での会話がメインとなり、聞き役に回っていた男性陣だが春香の言葉にギクリとしたように身を固くする。黄瀬も思わず笠松の様子を伺ってしまう。

「すごいカッコよかったです!」
続いた言葉に海常のメンバーは反応が遅れてしまう。

  カッコよかった…?

「そうそう、笠松さんなんて頼れるキャプテンって感じだったの。」
「わたくしもバスケットの試合観戦というのは初めてだったのですが、すばらしかったと思います。」
「結果はおしかったけど、全国でベスト8でしょ。すごいわよね。」
 美希や高音、律子も感心したように話が弾み、一同は光がさしたかのように感じた。バスケの話になったことで笠松の顔からも固さがとれて笑顔がみられる。一同は解禁になったバスケの話からバスケの魅力について熱く語り始める。
 次第に盛り上がる話の転換は美希の言葉だった。

「みんなの中学校時代の話が聞きたいの。」
 自身がこの中で唯一の中学生だからの発言だろうが、海常のメンバーにしてみれば、語るべき大きな内容が思い浮かばない。なにせ彼らは基本的にバスケに明け暮れる日々だったのだから。
 なんと答えるべきか…自然助け船を求めるように視線は黄瀬に向く。黄瀬としては先輩の前であまりでしゃばるのは気が引けるのだが、先輩たちの助けを求める眼差しと、

「ボクも聞きたいな。黄瀬君の中学時代。」
真の期待に満ちた言葉に折れることとなった。

「まあ、いいッスけど…バスケ始めた経緯とかは前、対談の時に話したッスよね。」
 黄瀬としても一年時は特に語ることもない退屈な日常で、二年からはバスケの内容が中心になってしまうためどうしたものかと考えていると

「オマエ誠凛の透明少年と仲いいよな。なんか尊敬してるとか言ってたなかったか?」
笠松が思い出したように言うとそれに真が反応し、

「試合の時に、黒子君と会ったよ。なんか、「そういえば」。」
思い出したように律子が割って入る。
「聞いたわよ黄瀬君。」
すごく楽しそうに律子は黄瀬に笑顔を向ける。

「…なんスか?」

 何を話したんスか黒子っち~!

という黄瀬の内心は誰にも届くことなく律子は続ける。

「黒子君と真が同じようなこと言ったんでしょ。それで真が気になっちゃった?」
 海常のメンバーはわずかに驚いたような表情をした後、765の娘たちと同じように興味深げな視線をむけ、真も少し顔を赤くし手慌てた素振りをみせながらも興味深々といった様子だ。
「まあ、否定はしないッスけど…」
 黄瀬は若干バツが悪げに視線を逸らすが、一同からの期待と先輩からのおもしろそうだからその話で。という決定により黒子との出会いについて話すこととなった。

「前も言ったッスけど中二の春にバスケ部に入部したんスよ。超強豪だったんスけど2週間で一軍に昇格したんス。」
「2週間で!?」「なめてんな、おい。」
「…途中入部だから一年と同じ扱いで雑務とかあったんスけど、一軍になって教育係が付いたんスよ。最初はなんで?ってカンジだったス。なんせ…

 

・・・・・


…んでその時思ったんスよ。たぶんこの人はギセイとか考えてない。だからスゲーって、その勝利への純粋さが…とか言ってみたりして。」
 話終えると少し感心したように黄瀬を見ていた。

「なんつーかなー。」
「へー、黒子君もイイこと言うわねー。」
 律子が感心している横で美希はなにか思うところがあるのか黙ったまま考え込んでいる。

「途中から黒子さんの呼び方変わってましたけど、なにか意味があるんですか?」
「そういえば、黄瀬君、ボクの呼び方も変わったよね?」
春香の問いかけに、真が気づいたように尋ねてくる。

「………なんでかこの呼び方不評なんスよね。気に入ってるんスけどダメッスか?」
 少し間が開いたあと、黄瀬は尋ね返すように真に尋ねる。
「ダメじゃないけど…」
 納得いかないように口ごもる真に春香が尋ねる。
「ねえねえ、真。真も試合の時だけ黄瀬君の呼び方変わってたよね?」
春香の問いかけに真の動きがピタリと止まる。

「たしか「うわぁあああ」。」
高音が応援の時を思い出したように話そうとした瞬間、真が叫びながら高音の口を塞ぐ。

 結局、理由は語られることなく、話題は移って行った。


 特別な呼び方、尊敬できる人にだけつける呼び方。バスケ以外で呼んだのは、初めてだった。

 ちなみにその後、海常のメンバーは合コンそっちのけでバスケ談義をぶちかますこととなる。その結果、真たちは海常高校の新たなる一面とバスケ好きの熱さを見ることとなり、
この日、少年たちの夏は極められることなく終わった…




[29668] 第19話 なに言ってんだ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/20 20:11
一年前の春

「…言っとくけどバスケはやんねーからな!」
「分かってる。だからもう言わないよ。」
ただ茫然としていた私の視界の端に二人の男性が映る。一人は金髪の、有体にいえば不良のような男性だが、それはあまり似合っていないように見えた。もう一人は優しげな風貌の茶髪の男性だが、その身長はとても高い。金髪の男性も180cm近くあるように見えるが茶髪の男性は頭一つ大きい。

「着いたぜ…ただし、1on1でオレに勝ったらな。」
 茶髪の男性が上着を脱ぎ、バスケットボールを鞄から取り出しているが、金髪の男性はなにか慌てたように怒鳴っている。

「ナメンな!一本なんてすぐにとってやる!!」
 何か言い合ったのか、茶髪の男性も上着を脱ぎ、二人が向き合う。


 見るとはなしに見ていると二人は公園にあるコートで試合を始めた。どちらも高校のバスケ部の人なのだろうか、素人の自分の目にも二人のプレイがうまいことが分る。だが、二人の実力には大きな差があるのだろう、茶髪の人のゴールが15本近くに達しようとしているが、金髪の人は一本もゴールを決められない。
 金髪の人が少しゴールから遠い位置でシュートしようと構えるが、ボールは手元を離れようとした瞬間に茶髪の男性によって弾き飛ばされた。

「うおっ!!…まだまだァ!!」
「…」
 ボールを弾き飛ばされた男性が転がるボールを拾いながら悔しげに大声を上げる。圧倒的に強い茶髪の男性はその様子を少し黙ったように見た後、

「・・…もう諦めろよ。」
 ボールを投げ渡してきた金髪の男性に向けて話しかける。諦めろ、それは今の自分に言っているようにも聞こえた。
 ぐちゃぐちゃになった感情。まとまらない思考。壊れることなんて疑いもしなかった日常があっさりと崩れたあの瞬間から、なにもかもを諦めたくなってしまった。心の整理はつけたはずだったのに、それでもやっぱり整理されることはなかったのだろう。壊れたまま続けられた日常はやがて大きな歪みを生み出した。

ボロボロに負けている男性は
「うるせぇ!!」
 それでも諦めることなく吠える。
なんであの金髪の人はあんなにムキになっているのだろう。あの恰好をみるととてもスポーツに真剣な人とは思えない。そもそもあれだけ動ける人が、あんなにも手も足も出ないということは、彼我の実力差が明確であることをなによりも自分が分っているはずだ。
その様子を冷たい目で見る茶髪の人は言葉を続ける。

「違う…バスケを諦めることを諦めろ。」
 静かな口調で紡がれた言葉に、金髪の人は目を見開く。

「オレだってお前が本当にバスケが嫌いなら何も言わない。けど本当はお前は…」
「うるせえよ!お前みたいに恵まれた奴と凡人は違うんだよ!」
 茶髪の人の言葉を遮るように金髪の人が怒鳴る。なにもが否定的に見えてしまう自分も金髪の人に同意する心が湧いてしまう。

「才能があるとかないとかは関係ない。オレもお前も根っこは同じだ。少なくともオレだって…オレだって帝光の天才と戦って、絶望を味わわされてる。」
 悲しげに眼を伏せながら話すその言葉に、金髪の人の言葉が止まる。

「何度もバッシュを捨てようと思った…けど何度放ろうとしても、どうしても手から離れないんだ。」
 人から見たら、どうということもないものでも、自分にとってはそれはどうしても譲れないかけがえのないもの…私にとってそれは…

「こんな1on1だっていやならやらなきゃいい話だ。こうやってムキになってる時点でそれだけ大事ってことだ。」
やめようと思った。居なくなってしまったあの子を忘れるなんてできない。そんな思いで自分が・・を続けるなんてできないと思った。捨てることを決めた筈なのに、それでもこんなに苦しいのは…

「お前はオレと同じなんだよ…いやオレ以上に、」
苦しい理由は自分が一番知っている。だって私は…

「バスケが大好きなんだ。」
・・が大好きだから。例えあの子がいなくても、家族がバラバラになろうとしていても、それでも私が・・を捨てるなんてできない。

「うるせーな、知ったようなこと言ってんじゃねーよ!わかってんだよ。そんなことは!」
 私には・・しかないのだから。

「だから毎日こんなにつまんねーんだろが!」


 茶髪の男性は、諦めきれない男性に少しだけ話をして去って行った。残った男性はただ手元にあったボールをゴールに向けて放り投げた。

 ボールはネットを通過することなく、転がり落ちた。


 その後、私は家をでた。変な気を使いたくないから一人暮らしを始め、そして765に入った。新たな仲間と出会い、新たな生活が始まる。

 出会いは徐々に、彼女の凍てついた心も変えた…


第19話 なに言ってんだ


「ふーん、これが庶民のスーパーなのねェ…初めてきたけど、結構そろってるじゃない。」
「伊織ちゃん、買い物とかしないの?」
「食事の支度はコックがするものでしょ?」
「ふぇえ…」
 とあるTV番組の放送が終わった後、プロデューサーや番組スタッフに対してすねていた伊織は、事務所で話していたやよいと響を買い食いに誘ったのだが、家事で忙しいやよいが逆に自分の家でご飯を一緒に食べないか。と提案したことで三人は高槻家最寄のスーパーに夕飯の買い出しに来ていた。

「自分は沖縄料理をごちそうしてやるさ~。」
「わぁ、楽しみです~。」
 水瀬財閥のご令嬢である伊織は、普段買い物などしないのだろう。興味深げにあたりを見回し、やよいは伊織の言葉に驚いている。ハム蔵を頭に乗せた響は楽しそうにスキップしながら沖縄の食材を探しに行った。

「はい。」
 キャベツの品定めをしていたやよいの下に、伊織が適当に選んだジャガイモを持ってきて籠に入れた。

「ダメだよ、伊織ちゃん。もっとちゃんと選ばないと!」
「こんなのどれだって一緒じゃない…」
 伊織の選んできたジャガイモを一目見た瞬間やよいは、普段のおっとりとした印象からは想像もつかないようなハキハキとした口調でそれを否定する。

「そんなことないよ…ほら、こっちの方が粒がそろってるでしょ!ブロッコリーもこっちの方が新鮮だし!きゅうりもイボイボの方がおいしいし!里芋は泥付きの方が安いし、栄養あるんだから!!ちゃんと選ばないとダメだよ。」
「あぅ、はい…」
 少し怒ったように語るやよいの剣幕に、いつも強気な伊織も圧倒されている。頷くほかない伊織の横から

「なるほど、そうなのか。」
 茶髪でやたらと長身の男性が感心するようにその話を聞いていた。その声に反応した伊織は、自分の横に立つ男性のあまりにも高い身長に驚き声を上げる。

「ちょっ、なによあんた!?」
「あ~、鉄平さん!こんにちは~。」
 知り合いなのだろうか、その男性をみたやよいは、嬉しそうに挨拶をしている。

「おう。こんにちは。いやー、やっぱりやよいちゃんの主婦ぶりはすごいな。」
 伊織の剣幕などどこ吹く風とばかりに、男性はやよいに挨拶を返し、やよいの選別眼と独自理論に感心している。伊織は男性から距離をとるようにやよいの隣に後ずさりしている横で、男性は先ほど聞いたばかりの選別方法を試すつもりなのだろうかブロッコリーを大きな手で持って吟味している。

「ちょっと、やよい。誰よ、こいつ?」
「えー、伊織ちゃんも前に会ったことあるよ。ほら、黄瀬さんの応援に行ったときに。」
「黄瀬の…?ああ、たしか誠凛の…。」
 親しげな様子の挨拶を交わしていたやよいに伊織が尋ねるとやよいは、少し驚いたように答える。やよいの言葉についこの間観戦した海常対桐皇戦を思い出す。たしかその際、隣にいた団体の中に、この男がいたような気が…

「ん?ああ、すまん。木吉鉄平だ。」
「へへへ。鉄平さんはご近所さんなんです。」
 野菜を選んでいた男は、伊織の不審そうな様子にようやく気付いたのか、謝りながら自己紹介し、やよいはご近所さんに会えたことが嬉しいのか笑顔で男性のことを説明する。
 
「えっ?でもあんたこの間は、そんなこと言ってなかったじゃない?」
「私も知ったのはつい最近なの。近くに優しいおじいさんとおばあさんが住んでるんだけどね。そこに住んでるらしくて…」
 海常の応援に行ったのは数週間前になるが、あの時やよいとこの男、木吉と知り合いであるようには見えなかったため、尋ねてみるとやよいはそのことを説明する。たった数週間で仲良くなれたのは、もともとそこに住んでいたおじいさんたちのところによく弟たちがお世話になっていたためだということだ。

「ははは、つい最近まで入院してたんでな。やよいちゃん。これとかどうだろうか?」
 笑いながら補足した木吉は、手に取ったキャベツの良し悪しをやよいに尋ねる。どうでもいいが、やよいが持つと抱えるほどの大きさのキャベツも彼が持つと、とても小さく見えてしまう。

「うーん、それよりも…こっちがいいと思います。」
 木吉の選んだキャベツをしばし吟味していたやよいは、何が気に入らなかったのか棚に戻し、代わりに別のキャベツを選び出した。
「むぅ…まだまだだな。」
「へへへ。でもいい所までいってましたよ。」
 キャベツを受け取った木吉は、そのキャベツを少し見て唸るように言った後、自分の籠に入れた。横でやりとりをみている伊織にはなにが違うのかまったくわからないが、どうやらやよいは以前から何度か木吉に、品の選び方を教えていたらしい。

「お!やよいちゃん。いつも大変だねェ。」
「えへへ、そんなことないですよ。」
「今日は木吉のにいちゃんと一緒か、あいかわらずでけえな。今日は部活はお休みかい?」
「ええ。先生から買い物を教えてもらってます。」
 店の奥から中年の男性が、商品を持ってきながらやよいに話しかける。なじみのスーパーだけあって店員とも顔なじみで、明るいやよいはここでもアイドルのようなものなのだろう。木吉の方も、やよいと一緒のところがよくあるのだろう、頬をかきながら挨拶を交わしている。

「よっしゃ。どこまで勉強できたか見てやる。ちょっと早いが半額シールつけてやるから、選びな!」
 切符よく、店員のおじさん―おそらく魚介コーナーのしきりをしているのだろう―が木吉とやよいを促す。

「わあ、ありがとうございます!」「ありがとうございます。」
 二人はそろって礼を言って棚に近づき、品を見ている。
「むぅ…」「えっと、コレください!」
 唸りながら選んでいる木吉の横でやよいは早々に品を選んでおじさんに手渡している。

「…これだ!」
「さすが、やよいちゃんは目が効くねぇ…にいちゃんは、もう少しだな。」
 やよいから手渡された品を包みながら、木吉の選択を見た店員さんは要努力の評価を木吉に下した。

 三人が移動しながら品物を選んでいると、響が戻ってきた。
「やよい~、ゴーヤがないさ~。」
 どうやら沖縄料理の代名詞ともいえるゴーヤを探していたようなのだが、小さいスーパーにはそうそうある品ではないため、見つけられなかったようだ。響は同行者が増えていることを見て、それが大男であることにわずか驚くが、響を見た木吉は

「ぎゃああ!ね、ネズミ!」
 スーパーであることも忘れて大声を上げる。
「っ!やよい。誰さこいつ?」
 どうやら響も木吉の事を忘れているようだが、説明しようにも木吉は、響の頭の上に座るハム蔵を見て恐慌状態になって叫んでいる。

「オレ、ネズミはダメなんだ!」
「違う!ハム蔵はハムスターだ。」
「鉄平さん落ち着いてください。」
「…はあ。」
 叫ぶ木吉。どう違うのか今一つ分らない否定をする響。なんとか落ち着かせようとするやよい。彼女たちの様子をみた伊織は、少し距離をとって呆れ顔で溜息をつく。


 ハム蔵に鞄の中に居てもらうことでなんとか落ち着いた木吉とともに一同は買い物を済ませて帰宅していた。
「まったく、でかい図体して情けないわね。」
 店内で恥をかくこととなったため少なからず不機嫌な伊織が、木吉に怒るように話しかける。
「いやあ。昔、映画でネズミの大群が街を襲うシーンを見ちまって、そんときネズミが逃げる子供の足に…」
「ハム蔵は噛みついたりしないぞ!」「ぎゃあああ!」
 木吉の説明に響が抗議の声を上げ、ハム蔵も言いたいことがあるのか鞄からでてきてなにか訴えている。残念ながらその声を聴くことはできない…どころか再び絶叫を上げる。そんな二人のやりとりを伊織とやよいは呆れながらも楽しそうに見ている。

「で、こんなにモヤシ買ってどうするわけぇ?」
「今日はぁ、木曜日恒例モヤシ祭りだよ。」
「なんか盛り上がらなさそうなお祭りね。」
 喧騒を続ける二人を放置して、伊織とやよいは今日の買い物について話し合っている。大量のモヤシが購入されていたことから、何が出てくるのかと尋ねると妙な名前のお祭りがでてきた。率直にその感想を伝えると、
「そんなことないよぉ。すっごく楽しいんだからぁ。」
やよいは少し口をとがらせたようにして答える。

「いつもやよいが夕ご飯作ってるのか?」
「お父さんとお母さん、いつも仕事で遅いから、食事の支度とか弟たちの世話は私の仕事なんです。」
 一通り木吉にからんだことで満足したのか響がやよいに尋ねてくる。木吉は響の肩に居座るハム蔵を恐れてか、やよいと伊織を挟むような位置に逃げている。

「そうか、やよいは偉いなぁ!今日は自分も伊織もいっぱい手伝うぞ!なあ、伊織?」
「え、ああ、うん、もちろんよ。」
 やよいの返答に感心したように響が答えて、伊織が戸惑いながらも協力を約束する。

「わあ、助かりますぅ!そうだ!鉄平さんもどうですか?モヤシ祭り?」
「うん?誘いはありがたいが、今日はじいちゃんとばあちゃんの手伝いをしたいんでな。」
 友人を呼んだ席に邪魔したくないから気をつかったのか、言葉通りなのか…ちらちらと響の鞄に視線を向けているところを見ると単にハム蔵の傍から離れたいだけなのかもしれないが、木吉が断るとやよいはしょんぼりと項垂れる。
 項垂れたやよいを励ますためか、大きな掌をやよいの頭にポンポンと置きなだめる。

「また、今度弟たちと来てくれたらいいさ。じいちゃんたちも喜ぶし。」
「う~…鉄平さん痛いです~。めりこんじゃいます~。」
 朗らかに言う木吉に、やよいが少しすねたような素振りを見せた後、抗議の声を上げる。

「ははは…え?何言ってんだやよいちゃん。人はそうそうめりこまない。」
「…」「…今のはボケたのか?」
真顔でやよいの抗議に返す木吉にやよいがじゃれついている様子を伊織と響は沈黙して見ている。

・・・

「ただいまー、みんなー、いい子にしてたー?」
 やよいの帰宅に気づいた弟妹は口々におかえりー。と嬉しげに出迎える。

「知らないねーちゃんたちがいるー。」
「うん。アイドルのお友達だよ。」
「お邪魔しまーす。」「よろしくなー。」
 赤ん坊の浩三を抱えた長介もやよいを出迎えに顔をだすが、弟が声を上げたようにやよいは見知らぬ女の子を連れてきており、わずかに声をだすのが遅れる…とあいさつをした響と伊織の後ろに玄関よりも背の高い男が立っているのを見て、

「鉄平にーちゃんだ!」
 弟たちとともに嬉しげに声を上げる。よく遊んでくれるらしい木吉にじゃれつこうとする。
「おう、こんにちは。」
 じゃれてくる子供たちをあしらいながら、やよいたちの荷物の一部をやよいに渡すと木吉は名残惜しそうな子供たちと分れて自宅へと帰って行った。

・・・

 やよいは弟たちの相手を伊織と響に任せ、夕食の準備とまだ赤ん坊の浩三の世話にかかりきりとなった。人見知りしない響と伊織、やよいの弟たちは楽しげに遊んだ。
 外に出てシャボン玉を飛ばしたり、三輪車を一緒に漕いだり、小さなライブで踊ったり、輪ゴムを使った銃撃戦をしたりと夕暮れごろにはパワフルな子供たちに振り回された二人はぐったりとするほどに疲れていた。
 響は次男の浩太郎に乗りかかられた状態でだれており、ハム蔵は浩太郎と三男の浩司、妹のかすみのおもちゃになっていた。伊織は居間でぐったりとしていたのだが、ふと長介が弟たちの遊びから一人離れて、浩三の世話をしているのを見て声をかける。

「あんたは遊ばないの?」
「えっ?…そんなことないけど…できることは、ちょっとずつ手伝うようにしてるんだ。やよい姉ちゃんアイドルやってて忙しいし。」
「ふーん。」
 特につらそうな様子も見せずに話す長介の様子に伊織は感心したようにその姿を見つめる。
 夕食の準備が完了し、夕食が始まる。
「あたし、響ちゃんと伊織ちゃんが来てくれて、ホントに嬉しかったんです。いっぱい、お手伝いもしてもらっちゃったし、毎日来てくれたらいいのになぁ~。なんて…」
 モヤシ祭りは、懐疑的だった伊織にも満足したようで、みんなに大好評だった。響もモヤシ祭りを喜び、さらに味噌汁にゴーヤが入っていたことに喜ぶ。やよいは友達が来てくれたことが嬉しかったのだろう、少し照れ笑いしたように言う。
 嬉しそうなやよいとは反対に長介は、やよいの言葉に少し悔しそうな表情で箸を止める。そして…

「長介は一番お兄ちゃんなんだから、みんなに優しくしなさいっていつも言ってるでしょ!」
 少し考え込むように手を止めた長介の皿から浩司がおかずを奪い取ろうとしてしまい、長介は思わず手を出してしまった。その結果、頭を叩かれた浩司は泣きだし、やよいが泣かせた長介をしかる。
 泣かせてしまった罪悪感と認めてもらえない悔しさ、しかられた事に思わず涙ぐんでしまった長介は、
「なんだよ!えらそうに言うなよな!自分ばっか、好きなアイドルなんかやってるクセに!…姉ちゃんなんか、嫌いだ!!」
 勢いに任せて吐き捨てたまま、席を立ち玄関から外へと駆けだしてしまった。

「長介…。あれ、長介どうしたのかな…。」
 駆けだした長介に声をかけるやよいは、落ち込んだ様子で目じりをこすりながら呟く、気を取り直すようにモヤシ祭りを続けて友達を歓迎しようとするがその雰囲気には先ほどまでの明るさがなくなっていた。
「ほっといていいのか?やよい…」
「うん。大丈夫。お腹がすいたらすぐ帰ってくるから。」
 響が問いかけるが、やよいは空元気で答える。

 みんなの食事が終わり、食卓の上には長介の分のご飯ともやしのみがあるだけとなった。
「帰ってこないな、長介…友達の家とか…」
「…電話してみたけど来てないって…」
「ちょっとショッだったかも…長介があんなこと言うなんて…アイドルになって頑張れば、少しはみんなの助けになるかなって考えてたのに…」
「多分本心じゃないと思うわ。」
「お姉ちゃんがアイドルで忙しいから、少しでも手伝いたいって言ってたもん。」
「やよい。自分もよく動物逃がしちゃうけど、すぐ追いかけるぞ。大切な家族になにかあったら大変じゃないか?」
「なにか…」

・・・

「いや、来てないが…どうした?」
 出て行ってしまった長介を探して、やよいと響は家と弟たちは伊織に任せて、ひとまず兄弟が懇意にしている木吉の下を訪れた。人が尋ねてくるには遅くなりつつある時間であるにもかからわず木吉は嫌な顔をせずに、心配そうに応対した。
「…」
「ちょっとした追いかけっこさ。長介が来たら知らせてほしいんさ。」
 やよいはうつむいたまま目を伏せ、響がフォローするように声を上げる。何かあったというのは分る反応だが、木吉は問い直すことなく去っていく二人を見つめた。



「もしも伊織だったら、家出したらどこ行く?」
一方、高槻家に残った伊織は、プロデューサーに連絡をいれた。「困ったことがあったら…」そう言ったプロデューサーだからこそ、遅い時間であるが頼りたくなったのだ。
 弟たちを寝かしつけた後、再び連絡をいれた伊織は、まだ見つかってないという報告を受ける。その際プロデューサーに尋ねられた言葉を伊織は反芻して、家を見上げる。

「みーつっけた。」
 倉庫の扉をひらくと、そこには膝を抱え込んだ涙目の長介がいた。
「どうしてわかったの?」
「私も兄さんたちと喧嘩したときよく、物置に隠れたわ。」
 おずおずといった様子で問いかけてくる長介に伊織が少し嬉しそうに答える。

「おにいさんが、いるの?」
「ええ。二人ともできがよくて、私の事バカにするからよく喧嘩したわ。まあ、今も似たようなもんだけど。」
 今度は少し照れたように、しゃがみこみながら答えると
「一緒だね。」
「一緒?」
長介の言葉に伊織は疑問の声を上げる。

「うん。やよい姉ちゃんアイドルやって。家の中の事も一人で全部やって、オレだって頑張って手伝ってるつもりなんだ…なのに結局いつも怒られてばっかで…姉ちゃんだったらオレの気持ち…」
 認められない自分の気持ちを吐露する長介。すねたように同意を求める言葉に伊織は
「分からないわ、全然。」
 毅然とした言葉で否定する。驚いたように顔を上げる長介。
「あんた、やよいに認めてもらいたいんでしょ?だったらコソコソ逃げてないでぶつかって行かなきゃダメじゃない。少なくとも私はそうしてるわ。」
 父親から期待されない自分。バカにしてくる兄たち。アイドルなんてできっこない。否定の言葉は幾度も聞いてきた。それでも自分は立ち向かったのだ。
 先を行く伊織は、導くように歩みを進め、長介から距離をとる。伊織の言葉に長介も立ち上がりながら表情を改める。

「やよいはね、どんなときでもにこにこ笑って頑張ってる。家の仕事が大変です、なんて顔一度も見せたことないわ。それがやよいのプライドなの。アンタにもプライドがあるなら自分の力でお姉ちゃん助けられる男になりなさい。」
「プライドって?」
「胸張って前を向けってこと。」
 胸を張るアイドル。その姿は容姿の可憐さなどではなく、その態度にこそプライドを感じ、だからこそ憧れる。

玄関にむかって二人が歩いていると大男が走ってやってきた。
「おっ…どうやら解決したみたいだな。」
 大男、木吉はわずかに息を切らした様子だが、長介の顔を見て満足気な表情となる。
「あっ…遅いのよあんた!」
 なぜこの男が今、駆けてきたのかは伊織には分らないが、木吉の言葉から察するに、長介を探していたのは間違いないと思い伊織は怒鳴る。木吉は、「まあまあ。」というように伊織をあしらう。
その後、連絡を受けたプロデューサーや響、やよいも戻ってきてやよいはいの一番に長介に抱き着いて、泣きながら喜んでいた。


「鉄平さんもありがとうございます。」
 一通り長介と泣き合ったやよいは、鉄平やプロデューサーに向かって謝罪と感謝を述べる。
「ん?まあ、役にはたたなかったみたいだがな。」
「まったくよ!」
 あははと笑いながら言う木吉に伊織が指を突きつけながら怒鳴る。
「あんた誠凛バスケ部の選手なんでしょ。へらへらしてないで試合ではちょっとは役にたちなさいよ!」
 子供をあしらうように頭をぽんぽんと手を当ててくる木吉の動作に照れたように伊織がわめく。
「ん。そうだな…」
 少し悲しそうな、優しい目をして木吉は動作を止める。
 伊織と響はプロデューサーに送られて帰宅し、木吉は一人家へと戻る。



 決めたのは決意。ただ自分のなすべきことのために、すべてをかける。そのために自分は戻ってきたのだから…



[29668] 第20話 番外編:それはお楽しみッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/23 21:29
今回の話は、アイマス10話を見ていて、ふと思いついた暴走話です。黒子のバスケの細かい時系列は無視されています。一応、IHからWCの間の秋ごろという設定ですが、番外編です。運動会だけにお祭り騒ぎという目で見ていただければ幸いです。黒子側きっかけは7巻の番外編、緑間の一言「番外編は何をやってもいいのだよ。」
 











 どうしてこうなった。俺の目標は、彼女たちをみんなまとめてトップアイドルにすることのはずだ…いや今回に関して言えば、彼女たちを鼓舞し芸能事務所大運動会、グラビア部門で優勝し、知名度のアップを図ることのはずだ…………どうしてこうなった…





第20話 番外編:それはお楽しみッス


 本日は年に一度の芸能事務所対抗大運動会。765プロは竜宮小町の活躍もあり、参加できることとなった。その最中、

「なにやってるんだ伊織!あんな所でもたもたしてるから転んだじゃないか!」
「なーに言ってんのよ真!あれはレースの駆け引きでしょ。ペース配分ってものを考えなさいよね。」
 二人のアイドルが言い合いをしていた。内容は先ほど行われた二人三脚について。どうやら途中で転んでしまったこと、敗北したことの責任の所在を互いに追求しているようだ。

「あの二人に二人三脚を組ませたのは失敗だったなぁ。」
「まぁ、そうッスね。」
溜息をつきつつ、765プロのプロデューサーが自らの采配ミスを嘆く。隣に立つ金髪長身のモデル兼バスケットボールプレーヤーは気のなさそうな返答を返す。

「勝手にペース配分する方が悪いだろ!」
「言い訳は見苦しいわよ、真!」
「何をぉ!黄瀬君、あれは一気に行くところだっただろ?」
「ちょっと、真!ズルいわよ!こいつに聞いても真の味方に決まってるじゃない!」
互いに詰りあうばかりでは埒があかないと気づいたのか、黒髪の少女、真が第三者にジャッジを委ねる。しかしその委任は長髪の少女、伊織の勘気を煽っただけのようだ…

「…聞いていいッスか?」
「…どうぞ。」
眼の前で繰り広げられる不毛な言い合いに、委任されたモデル、黄瀬はプロデューサーに自らの疑問をぶつける。

「なんでオレここに居るんスか?」
ここは芸能事務所対抗大運動会、765事務所陣営。




「キセキを起こせ、大バスケプログラム…ねェ…」
真と伊織二人の騒動は、竜宮小町のイベント準備の関係で律子に連れて行かれたことでひとまず終結した。
 本来、765の所属ではない…どころか最近ではモデル業自体と疎遠になっているにもかかわらずなぜか、黄瀬は説明もないまま、真、春香、雪歩によって連れてこられていた。
「そうそう黄瀬っちバスケ得意だろ。」
「ウチにはバスケ経験者がいないんで…」
真美と春香が運動会のパンフレットを黄瀬に渡して説明する。パンフレットにはバスケットプログラムについての説明があった。といっても時間も1Qほどのミニバスケもどきのようなものだ。

「オレ、ここの所属じゃないんスけど…」
「心配無用ですわ。そのプログラムは特別プログラム。助っ人ありの競技ですの。」
「…」
「一応、参加してる事務所から引き抜いたりはできないけど、テレビや雑誌の出演経験さえあれば他所から助っ人を連れてきてもいいことになっているようなんです。」
 暗に気乗りしないなー。という思いは受け取ってもらえず、高音と千早によって退路が断たれる。

「アイドル部門の得点には関わらないんだが、このプログラムで優勝すればそれだけでかなり事務所が注目されるんだ。」
 どうやら大会主催者によほどのバスケ好きがいるらしい。
プロデューサーの言葉に765プロのアイドルたちの顔を見れば、どの顔も期待に満ちた表情を黄瀬に向けていた。その中には最近、親しくなっている真の姿もある。

「…はあ、バスケってことは後の四人はどうなってんすか?」
 可愛い女の子たちの期待に満ちた顔を曇らせるようなことができるはずもなく、参戦するためにひとまず情報を集める。出場する以上は勝ってなんぼだ。

「一応、控え選手の出入りは自由なんですけど…これ、律子さんが決めたメンバー表です。」
 あまりないだろうが助っ人参加もありという建前上、控え選手は無制限で、所属のダブりがないかの確認のみで登録の必要はないらしい。
 とはいえスターティングメンバーぐらいは決めておかねばなるまい。

そのメンバーを見ると、
① 黄瀬亮太
② 菊地真
③ 我那覇響
④ 水瀬伊織
⑤ P  
   となっている。

了承する前から自分の名前が、しかもトップに、入っているのも気にかかるが…
「このPってなんスか?」
「えっ!?」
交代自由のスターティングメンバーに当て馬など必要あるまいになぜか名前が記入されていない⑤の選手は

「そこはプロデューサーよ!」
準備が終わったのか竜宮小町のメンバーとともに戻ってきた律子によって判明した。

「えっ、俺!?」
どうやらプロデューサーにも内緒でこの人選は組まれたらしい…

「あんたも男でしょ。ほかのメンバーがでるよりはマシでしょ。」
伊織の辛辣なコメントだが、たしかにその通りかもしれない。残るメンバーで運動神経に優れているのは美希や双海姉妹くらいだろうが、その彼女らにしても混成自由のバスケで男性と戦うかもしれないとあれば、年齢的に力不足は否めないだろう。

「うっ、そうかもしれんが…」
プロデューサーの運動神経はいいとは言えない、真と走りで競争したとしても速度、持久力ともに下回っているのだ。

「がんばってください、プロデューサ~。」
やよいが朗らかな笑顔で応援する。ほかのみんなも期待に満ちた顔だ。

「…よし。わかった。任せろ、必ず765の知名度upに貢献してみせるさ!」
プロデューサーも腹をくくったようだ。



765のアイドルたちも竜宮小町に負けないようにと奮起し、競技が進んでいく。千早や雪歩の風船割り競争、全員での綱引き、真美を中心とした騎馬戦、イベントに駆り出されて不在がちの竜宮小町のメンバーの分まで奮起して活躍を見せる。

「いっくよー!目指せ竜宮小町なのー!」
 今も三輪車競技で美希が奇妙な掛け声とともにほかの選手を圧倒して大穴の一位を取っている。

「みんな張り切ってるスねー。」
「そりゃあ、絶好のアピール機会だからな。」
 黄瀬が少女たちの奮闘ぶりを感心したようにたたえるとプロデューサーも満足気に微笑み返す。一位をとった美希は観客に手を振り笑顔を振りまいている。どうやら本命らしかった新幹少女のアイドルにもインタビューが行われている。


「これで竜宮小町に入るのにまた一歩近づいたの。」
戻ってきた美希が嬉しげに笑いながら独り言をつぶやくがそれに気にした様子もなくプロデューサーがみんなを鼓舞する。

「よし、今のでだいぶポイント稼いだぞ。これなら、アイドル部門で優勝するのも夢じゃない!」
 少女たちから「おー!」というやる気に満ちた反応が返る。

「女性アイドル部門で優勝となれば中継でもそれなりに扱ってもらえる、みんなチャンスだぞ!」
 みんなが嬉しげに頷くが、

「テレビ的なのは気にしなくていいんスか?」
「うっ…それは…」
 見る限りでは竜宮小町はまだ駆け出し、765も事務所としては大きくない。あの本命と思しき少女たちを見るための追っかけまでいるようなので視聴率とかを考えるとあまり出しゃばらない方が、業界的にいい気がして黄瀬が尋ねるとプロデューサーも言葉に詰まる。しかし

「なんくるないさ!」
「そうですよ、知名度アップ目指して頑張ります!」
 響や春香、765陣営のアイドルたちは真剣ながらも楽しげに目を輝かせている。




「あーっと、765プロの高槻選手、カツラがとれて失格!」
 仮装障害物競争に出場したやよいは、ゴールまでもう少しというところで新刊少女の選手と接触、転倒した拍子に仮装がとれてしまい、失格となった。

「おしかったよ~。やよいっち!」
「もう少しでしたね。」
「ぶつからなかったらポイント取れてたぞ。」
真美や高音、響がやよいの健闘を褒めるように声をかけるが
「すみません…」
どうやらやよいは接触した選手になにか話に行ってきたようなのだが、なにやら反応が鈍く、沈んだように座り込んでしまった。理由のわからない一同は顔を見合わせるが答えはでない。


 昼休み前にステージでは竜宮小町をはじめ、いくつかの人気ユニットがステージにたち、961プロから人気の高いジュピターが登場したことで会場が盛り上がる。もっとも、765陣営はステージの真横に近い位置に設営されているためほぼ見えなかったのだが…

 ジュピターの出番が終わり、ステージでは春香と響を交えて他事務所のアイドルとの合同チアリーディングが行われ、息の合ったチアを魅せていたのだが…結局。最後に春香がこけてオチをつけていた。

・・・・

 午後のプログラムが再開され、真は借り物二人三脚で再び伊織とペアを組んで出場しているのだが…

「なんか言い争いしてるっスね。」
「まあ、どうしましょう。」
「なにやってんのいおりん、まこちん!」
 真と伊織は再燃した言い合いをしており、スタートの合図にも気づかずにヒートアップしている。真美の檄で周りの様子に気づいたのか慌ててスタートしたのだが…
 

「とりあえず応急処置はしたけど…全員リレーにでられるかどうかは微妙ね…」
「一番足が速い真ちゃんがいないと苦しくなるわねぇ。」
先程行われた二人三脚の借り物競争で、真は伊織競争中に仲たがいしてしまった。そのためゴール前で転んでしまい、真が膝を強く打ってしまったのだ。ジャージを羽織った状態で椅子に腰かけ、テーピングの上から氷嚢をあてている。
 怪我の具合は骨折のように重篤なものではないが、全力疾走するにはつらい状態なのだろう。あずさが心配げに呟く。
 
「それでもせっかくここまで来たんですから、最後まで頑張りましょう!」
春香がみんなを励ますように告げる。しかし、その中で暗く俯いたままの少女がいる。

「やよい、どうしました?先ほどから元気がないようですが。」
やよいの様子に高音がやさしく声をかける。
「別に…なにも」
口ごもりながら告げるやよいの声はやはり沈んでいる。

「なにもないわけないでしょ。ずっと下向きっぱなしじゃない。」
「やよい、なにかあるなら言っていいんだよ。」
伊織と真がやさしく促す。すると泣きながらやよいは、ライバル事務所の売れっ子、新幹少女のアイドルに告げられたことを口にする。「足でまといがいるから765プロは優勝できない。」涙ながらに口にしたその言葉にみんなの顔色が変わり、

「律子、ボクもでる。」
真が決意にみちた顔つきで宣言する。
「…わかったわ。でもリレーにでるなら、バスケの方は絶対に無理よ。」
「そッスね。その足じゃリレーにでるのだけでもギリギリのはずッス。」
「…」
黄瀬の言葉には、多少の偽りが混じっている…本当はリレーにでるのも難しい状態だろう。
だが、少女たちの「みんな」を思う気持ちに水をさせるはずはなかった。
 口にこそ出さなかったが、真は黄瀬とともにバスケができることが楽しみだったのだろう。みんなもそれが分るためか再び暗い雰囲気がながれる。

「真っちの代わり…誰を立てるんスか?」
それが分っていながらもやはり、真にバスケまでさせるわけにはいかない。冷酷なほどに静かな声で黄瀬は尋ねる。
「あんたさえいれば…だれがでても優勝できるのよね?」
伊織が震えるような声で尋ねてくる。喧嘩が絶えない間柄といえど、いや伊織との二人三脚で怪我をさせてしまったことからも責任を感じているのだろう。

周りを囲む少女たちにみつめられ黄瀬は返答に困る。本音を言えば、先の問いかけはyesだろう。多少、運動神経に恵まれた者がいようともキセキの世代の一人に数えられる自分に対抗できるプレーヤーがいるとは思えない…だがそれは確実でもないだろう。
「まあ、そうっちゃそうッスけど…」
だが本題は、真の代わりを誰にするかということなのだろう。それが分るだけに黄瀬の口調も重い。

「…メンバー表は一応、私がつくったけど、私たちはバスケに関して素人よ。あなたが決めていいわ。」
 律子からありがたくもない委任状を渡される。少女たちに決めさせるのが酷とはいえ、自分に回すのも…と、ふと思いついたアイデアに黄瀬は律子に尋ねかける。

「メンバーは助っ人でもいいッスか?」
少女たちの中から選べば角がたつだろう、それならばいっそ、という考えかと律子は推測する。
「わかったわ。一人でも事務所の人間が居ればルール上認められるから。でも私たちに当てはないわよ?」
 完全に自分に任せるということなのだろう。

それにしても…一人でも事務所の人間がいればいい…それならば…

「大丈夫だとは思うんスけど…あと勝負はなにが起こるか分かんないッスから、他のメンバーもオレが決めちゃっていいッスか?」
 黄瀬の表情がかわり、明らかに何か企んでいるような楽しげな顔だ。

「?…いいけど、だれにするの?」
律子は確認をとるため一度、少女たちを見回すが、全員異論がなさそうということを確認すると許可をだす。

「それはお楽しみッス。」
助っ人を呼ぶつもりだろう、「電話かけてくるッス」といいながら歩いていく黄瀬の顔は、隠しようもなく楽しそうな笑みを浮かべていた。



「さあ、これがアイドル部門最後の種目。対抗リレー。」
 司会者の声が響く、第一走者は響。気合いに満ちた表情でスタートを待つ。優勝争いをしている新幹少女のアイドルは合図の響く一瞬、ややフライング気味に飛び出し、ほかの選手を引き離す。しかし

「本っ気でぶっ飛ばすさぁ~!」
掛け声とともに響のターボがかかりあっという間にトップを独走する。

「いけー!響!」
プロデューサーの応援にも気合いがこもる。バトンは高音に渡り、その後も雪歩、美希、あずさ、亜美、真美、春香、千早とバトンが繋がる。順位を変動させながらもトップ集団に入り込む千早のバトンはやよいに渡る。

 だが足の遅いやよいは新幹少女に抜かれ、次々に抜かれ最後尾にまで順位を落としてしまう。傷心が癒えきらないやよいは走る足から徐々に顔を俯かせて歩き出してしまう。心配そうに見守る765の中でただ一人

「やよい!下を向かないで!最後までちゃんと走りなさい!」
 次の走者として構える伊織から檄が飛ぶ。その姿に、涙をこらえて再び走り始めたやよいバトンを伊織に繋ぐ。

「伊織ちゃん、ごめんなさい。」
「まだまだこれからよ!」
 バトンを受けた伊織は決死の走りで一人抜き、順位を上げる。そして

「伊織ぃ!」
「真ぉ!私は一人抜いたわ!だから残り全部!抜きなさい!!」
「むちゃくちゃ言うんだから…伊織は!」
 つながったバトンを受けた真は気合いとともに加速する。

「いけいけ、真!」
「真っち、ファイトッス!」
 プロデューサーと黄瀬から応援が届き、真は一気に順位を上げていく。だが

「くっそお!」
アンカーとして走る真は、足を進めるごとに痛みがましていくことに表情を苦しげに歪ませる。あともう一人というところで徐々に差が離されていく。フォームが乱れ今にも倒れこみそうな真の耳に自身を鼓舞する声が聞こえる。
 
「真さーん、お願い、勝ってくださーい!!」
泣きながらやよいが声を上げる。
「真」「真君」「まこと!」「真―!!」
春香の伊織のみんなの声援が届き、ゴールの向こうに自分を待つかのような黄瀬の姿が映る。

「おぉぉああああ!!」
咆哮をあげながら、加速していき、一気に差を縮める。トップを走る新幹少女のアンカーに並び、そして…

ほぼ同時にテープがきられる。

息をつく二人は、同時にビデオ判定の画面に振りむく。

その画面に映るのはわずかに先行する真の姿。

「わずかに菊地選手がリード。アイドル部門優勝は765プロ!!」
司会者の宣言が響き、やよいが、亜美と真美が飛びつくように真に抱き着き、みんなが嬉しそうに真を囲む。




「まったく、ムチャしたっすね。」
「へへ!」
椅子に腰かける真に黄瀬がドリンクをさしだす。
「情けないとこ見せらんないからな。」
「かっこよかったッスよ。」
真は照れたように告げる。
「でも、女の子なんだから、そうそうムチャしたら心配ッスよ。」
黄瀬の言葉に顔を赤らめる。

「はいはい、いちゃいちゃするのは後でしてちょうだい。」
伊織が呆れたように近寄ってくる。見ればほかのみんなもあきれ顔だ。
「い、いちゃいちゃなんて…」「立っちゃダメっスよ。」
慌てて弁明しようとして立ち上がりかける真を黄瀬が宥める。

「それで助っ人の人は見つかったの?もうすぐ始まるわよ。」
律子が話題を切り替えるために、懸案事項を口にする。

「んー、そろそろ来るころ…」
黄瀬が返答しようとすると携帯が鳴ったのか、言葉をとめる。
「到着したみたいッスから迎えに行ってくるッス。」
携帯に耳を当てながら駆けだしていく黄瀬をみなが見送る。

「誰なんでしょう?」
雪歩がみんなに問いかける。
「んー、黄瀬っちモデルだからなー。モデル仲間じゃないのか?」
響が自身の予想を告げる。とはいえ黄瀬のモデルでの交遊関係を知るものはここにはいない。

「案外、海常の人たちだったりして。」
春香がつい先日合コンであった人たちを思い出しながら言ってみる。

「んー思い浮かぶのはそこらへんよね。真は思いつく?」
伊織もその意見に同意を示し、真にも尋ねる。真が意見を述べようと口を開こうとすると

「お待たせッス。」
黄瀬の声が響き、みんなが声の方に振り向く…瞬間、同行者を見た真の顔は、口を開けたまま驚愕に固まり、彼らを知る者たちも驚きを露わにする。





「えっと、これは…」
プロデューサーが困ったように黄瀬の連れてきた助っ人を見る。
そこにいたのは

「ちっ、だりぃ。いきなり呼び出したと思ったらなんの騒ぎだ、黄瀬ェ。」
「まったくだ。オレとてバカ騒ぎにつき合うほど暇ではないのだよ。」

既に一触即発の様相を呈している、キセキの世代。その関東在住メンバーだった。

「あの、お二人しかいないみたいですけど。」
千早が助っ人の数に疑問の声を上げる、しかし
「三人ですよ。」「…っっ!!!」

突如として湧いてでたように隣から影の薄い少年に声をかけられ驚く。
黄瀬は二人を宥めながらパンフレットを見せる。

パンフレットを見た、三人の顔が胡乱気なものとなる。
「この後、特別プログラムでバスケの試合があるんスよ。これにオレらで出るんスよ。」
三人の表情に気づかぬふりをして楽しげに伝える。


………
「黄瀬。これには芸能事務所対抗と書いてあるのだが?」
「そうッスね。でも特別プログラムはテレビか雑誌に出演経験があれば助っ人もありなんスよ。」
「何にでるって?」
「バスケのゲームッスよ。」
「誰がですか?」
「オレ達が。」

緑間、青峰、黒子の質問に順繰りに答えると、三人の呆れた表情はその色を濃くする。
「…わかった、じゃあ、ちょっとそこのゴールでもブッ壊してくるわ。」
青峰が物騒な台詞とともに用意されているゴールへと向かおうとする。

「ちょっっ、まあまあ、青峰っち。ほらアイドルっすよ、アイドル!」
 慌てて進路に割り込んだ黄瀬は周りを見るように青峰に促すが、

「オレは巨乳がいいんだよ!!」
青峰の怒声にここにいる765のアイドルは青筋をたてる。残念ながらこの場に居るメンバーでは青峰を押しとどめる効果はなかったようだ…とそこへ、

「すいませーん。」
どこに行っていたのかあずさが間延びした謝罪とともに姿を現す。その両サイドには高音と美希がそろっている。
「やはり、道に迷っていました。」
「つれてきましたー。」
迷子になっていたあずさを二人が探しに行っていたようだ。
青峰は三人の方を向いて動きを止める。

「あらあら、そちらの方は?」
あずさがおっとりと尋ねてくる。
「美希わかった。その人たちが黄瀬っちの連れてきた助っ人さんでしょ。」
「随分身長の高い方たちなのですね。」
美希と高音も嬉しそうに話しかけてくる。

「………っち、しゃあねえ。今日だけはオマエのバカ騒ぎにつきあってやる。」
青峰の心を動かしたのはなんなのか、

「黄瀬さん?ちょっといいですか?」
椅子に腰かける真が青筋を立てて問いかけてくる。黄瀬は真をはじめとした女性陣の様子にたじろぐ。

「ふん、くだらん。だからオマエはアホなのだよ。」
緑間が吐き捨てながら踵をかえす。
「ちょっ、緑間っち、待って。」
黄瀬は慌てて緑間を止めようとするが、ふと気づいたことを口にした。
「そういや緑間っちの家、こっから遠いッスけど、よく間に合ったスね?」
比較的近くに住んでいる青峰や黒子はともかく、緑間はどうやら一番早くについていたようなのだが、ふと口にすると緑間は想像以上にビクっと反応し、

「違うのだよ!アイドルに興味があったわけではなく、単に今日のラッキーアイテムがアイドルであっただけなのだよ!」
 やたらと早口で弁明を始める…どうやら電話を受けてから来たのではなく、もともといたらしい。

「ほっとけ、オレとテツがいれば充分だろ。んな陰険メガネ必要ねーよ。」
慌てる緑間に、青峰が背中を向けたまま告げる。

「なんだと。」
「テメエの出る幕はねえ、って言ってんだよ。」
青峰と緑間が再び一触即発の空気を生み始める。
「ふん、いいだろう。3Pこそがバスケで最も優れたシュートであることを改めて見せてやろう。」
「必要ねーって言ってんだよ。」
にらみ合う二人から黄瀬はそっと距離をとる。その背後から

「黄瀬君。」
「おわっ黒子っち!」
突然声をかけられたことに驚く。その反応には気にせず黒子は聞きたいことだけ尋ねる。
「一つ聞きたいのですが、なぜ僕たちを助っ人で呼んだのですか?」
黒子が普段と変わらぬ声音で尋ねる。
「んー、まあ一つにはやっぱ勝ちたいからッスね。三人がいれば負けないッスから。」
「…勝つため…だけですか?」
黒子の質問に率直に答えるが、その答えは黒子にとってどう感じられたのか、若干気まずい空気が流れる。

「そうッス。あの娘たちのためにも…あの娘たちに勝たせてあげたいんスよ。」
「あの人たちのため、ですか…」
続けた言葉に少し、気まずさが消える。
「あとは…単純に、もっかい三人とバスケがしたかったんスよ。ほら、この4人で飛び入りとか、前にもあったじゃないッスか?」

 楽しそうな顔で告げた黄瀬に、青峰と緑間も言い合いをやめて、黄瀬を見る。それはまだ彼らをつないでいたものが崩壊する前の物語…

「ふん、そんな昔の話、覚えていないのだよ。」
「雑魚との試合なんざ、いちいち覚えてねぇよ。」
 二人同時に反論するが、言い合いを続けることはなかった。

それを見て黒子はふっと口元をゆるませる。
「分りました。僕も協力します。」
「ありがとうッス。黒子っち。」

なんとか三人の協力を取り付けることに成功する。が…

「ところであと一人はどうするんだ?」
プロデューサーが尋ねる。
「あと一人って?」
「一人は事務所から出ないといけないから、その一人は…」
黄瀬が首を傾げ、聞き返し、プロデューサーが再度尋ねる。

「そりゃあ、決まってるじゃないスか。」
何を当たり前な、と言わんばかりに黄瀬はプロデューサーに指を向ける。
「へっ?や、なんで?」
戸惑うプロデューサーに黄瀬は
「だって任せろって言ってたじゃないスか。」




「どうしてこうなったんだ?」
四人の助っ人とプロデューサーは、試合にでるため用意されたコート脇に集合する。いくらテレビ(バスケの試合中継)や雑誌(月バスの特集)の出演経験があるといってもこれは…

「なあ、黄瀬君。俺はなにをすればいいんだい?」
とりあえず黄瀬に自身の役目を尋ねてみる。

「…なにもしなくていいんじゃないスか。」
黄瀬はあっさりとした台詞とともにコートに入る。

「うろちょろされても邪魔なだけだ。コートの隅っこにでもよけてろ。」
青峰が吐き捨てるように告げてコートに入る。

「隅に居ても利用できる場所が減るだけだ、コートの外にでも居ればいいのだよ。」
緑間が指のテーピングを外しながら告げ、コートに入る。
そして、
「…とりあえず転がってきたボールを近くの人に渡してください。」
黒子が慰めるように背に手をあてながら告げ、コートに入る。

「…どうしてこうなったんだ?」


プロデューサーがコートに入り、整列し、挨拶が終わり、ジャンプボールから試合が始まる…のだが

「やっぱジャンパーは身長の高さで緑間っちスかね。」
「ふん、飛び跳ねるノミのような仕事などそこの男にでもやらせておけばふさわしいのだよ。」
「あぁ!?かったりぃ。」

長身の三人はそれぞれにコートに散ってしまう。出遅れてコートの中央にとどまる、プロデューサーは一応、黒子に確認をとるように顔を合わせ、

「すいません。さすがに僕がジャンパーは無理です。」
彼もまたそう言ってコートに散っていってしまった。


 開始前からすでにバラバラの様相を呈している765チームを応援するアイドルの顔は引きつっている。

「ちょっと、あれ…大丈夫なの?」
伊織が確認をとるように椅子に腰かける真に尋ねる。
「…たぶん、元チームメイトって言ってたし…」
返す言葉は、自信なさげだ。


 ジャンプボールは、プロデューサーが行うこととなったのだが、相手チームは芸能界でも運動神経のいいことで評判の男性たち。彼ではやはり荷が重かったらしく、大きな差をつけられてボールを奪われる。落ちたボールは相手チームにとられる。

「へ、楽勝だぜ。」
 相手チームの余裕の様子は次の瞬間、凍りつく。

「えぇえ―!!」
突如、湧いてでた黒子によってボールは弾かれ、相手陣地に跳ねる。

バシッッ!!

そのボールに素早く追いついた黄瀬は、マークをワンフェイントで抜き去り、ボールを床に強くたたきつける。高く跳ね上がったボールは、

バギャッ!!

ゴールが壊れんばかりの音をたてて、青峰によってゴールに叩きこまれる。


 開始数秒で飛び出した、ビッグプレーに観客も静まり返る…一瞬の静寂ののち、

「すげー!!」「なんだあれ!!」「ちょ、なんなのあれ!!」
割れんばかりの歓声が会場に響く。しかし、当の本人たちは

「ちょ、青峰っち。今のオレのッスよ!」
「あぁ!?鬱陶しいことしてんじゃねェよ。ゴールの周りはあけとけ。」
ゴール下では黄瀬と青峰がなにやら言い合いをしている。

「ちょっっ、あの…」
慌てるプロデューサーは、しかし二人の威圧感に言葉をかけられない。
「二人ともリスタートです。」
いつの間にか黒子がプロデューサーの横にたち、二人を宥める。

「ちっ!おい、テツ!オレにいれとけば間違いねェんだから、オレだけに回せ。」
「ズルいッスよ!黒子っち、オレにも回してほしいッス。」
「ふん。近くから叩きつけるなら猿でもできるのだよ。黒子、オレに回せ。」

言い合いはとまらない。しかし、リスタートされたボールに反応した彼らは、瞬時にボールを奪い再び、ゴールを決める。

 三人の言い合いはとまらない。しかし…彼らのプレーは楽しげだ。





 分かたれた道が、再び一つになることはないのかもしれない…それでも…

これは、分れてしまった道が交差した、とある一日のはなし。




[29668] 第21話 …
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/24 20:29
「ねえねえ、今の美希なら竜宮小町に入れてくれる?」
 崩壊の兆しは以前からあったのかもしれない。ただ、ほんの些細なすれ違いからそれが顕在化しなかっただけ…


第二十一話  …

「みんな、ちょっと聞いてくれ…さっき社長から連絡があったんだ。…ライブだ!765プロ感謝祭のライブが決定したぞ!!」

 数日前、春香ややよいをはじめとした学生諸君がテスト勉強に追われている最中、社長から連絡を受けたプロデューサーは興奮した様子でみんなに告げた。

「う~、どきどきするな~。遂に念願のライブだよ~。」
「まあ、メインは竜宮小町なんだが…」
「なんくるないさ~。自分頑張って、竜宮小町に負けないくらい目立てるようにするさぁ!」
 ライブに向けての打ち合わせのため、竜宮小町を除くメンバーが集合し、新曲の披露などが行われた。春香はきたるライブに心を逸らせ、響はプロデューサーの言葉に熱い決意を伝える。真美を筆頭にほかのみんなも嬉しげにライブへと思いを馳せる。

「ふーん、ライブで頑張れば、律子…さんにアピールできるよね。」
 一人美希は、ライブに向けて、というよりも自分の願望に期待を寄せていた。


数日が経ったころ
 みんなの期待とやる気とは裏腹に、レッスンは困難さを増していった。今までよりも難度の高い踊りと多くの曲数。さらにはテスト勉強まで加わり、みんなが疲労していった。中でも体力と運動能力で劣る雪歩とやよい、そしてテストで苦戦する春香の疲労と完成度の低さが目立っていた。
 今も春香が疲労から足をくじいてしまい、全体ダンスでは雪歩が遅れ、やよいがリズムを崩して千早と接触、転倒してしまった。

「すみません、千早さん。」
「いいえ、こちらこそ。」
 やよいは息を切らしながら、千早に謝る。少し離れたところでは雪歩が膝に手をつき、肩で息をするほど苦しそうにに呼吸を乱し、下を向いていた。

壁際ではレッスンを見ていたコーチがプロデューサーにプログラムの難易度について話し合っていた。以前にもでた議題、難易度を下げたプログラムに変更するか否か。全力のライブを見せたいからという美希の言葉で保留となった問題だった。二人の話しをみんなが深刻そうに見る中、雪歩は

「私…でるのやめる。」
「えっ、ゆ、雪歩!?」
雪歩の悲しげな決意に真が驚きの声を上げる。
 
「だってもう、これ以上みんなに迷惑かけられないよ!」
「雪歩」「萩原さんあのね。」
プロデューサーとコーチが慌てたように声をかけるが、
「だって…だって何度やっても…」
悲鳴のように訴える。だがそれは

「萩原雪歩。」
「え、四条さん?」
普段あまり話しかけてこない高音によって遮られる。

「どうやらあなたには技術以前に欠けているものがあるようです。なんだかわかりますか?」
威厳に満ちたような高音に飲まれたように言葉を詰まらせる雪歩、

「それは覚悟です。自分の壁を突き崩すという覚悟を持ちなさい。」
「っぅ、でも、私…私だって自分なりに…」
 強い口調の高音の言葉に雪歩は泣き崩れるように蹲ってしまう。

「雪歩、焦らず行こうよ。」
「真ちゃん…」
蹲った雪歩の傍らに真がしゃがみこみ、優しく声をかける。
「それに言ってたじゃない。黄瀬君みたいに、海常のみんなみたいに頑張りたいって!」

真の言葉に海常のみんなを思い出す。点差を放されても、仲間を信じ続けて戦った人たち。何度負けようとも、憧れを捨ててもなお、挑み続ける覚悟、そして限界を超えてなおあきらめなかった人。
彼らの思いは届かなかったけれど…その在り方は、たしかに自分たちに感動を与えた。そんな人に自分もなりたい…変わりたい!

「わ、わたしも…頑張ります。だから…!」
やよいも決意したように声を上げる。その言葉に雪歩も涙をぬぐい、顔を上げる。

「四条さん、ごめんなさい。私もう絶対弱音は言いません!」
「ともに高みを目指しましょう。雪歩!」
決意と笑顔が部屋に溢れる。


 決意新たにアイドルたちは練習に取り組んだ。途中、竜宮小町の迫力に落ち込むこともあったが、春香や美希の言葉に意気を上げて乗り越えていった。
 真や春香は何度も歌を聞き、雪歩ややよいは毎晩のように自主練習をしていた。春香が遅くまで残り過ぎて、終電を逃してしまうことまであった。
 それでも彼女たちはテスト勉強とレッスンどちらも懸命に取り組んでいった。

さらに数日後、全体の練習で
「通しでできた。」「やったー!」
感動したようにやよいがつぶやき、真美がやよいにとびついた。
「や、やった。」「雪歩!練習の成果がでてきましたね。」
初めて全体の流れが通しで成功し雪歩も感激の声を上げる。高音も嬉しげに雪歩に話しかけ、その声に雪歩が感涙するとあわてて真が宥めるように声をかける。
 その後も、みんなの結束は増し、全体の完成度は形になるところまで達するようになった。みんなが踊りの達成に喜び、プロデューサーとその横で見学している律子も嬉しげに話している。
 そんな中、律子が出ていくのを横目でみた美希は律子の後を追いかけ…


・・・


「頑張ったら美希も、竜宮小町に入れてもらえるって…プロデューサーが…」
自らの望みを伝えた美希は、律子の表情からその望みがないことが自然にわかってしまい、次第に声をしぼませる。

「美希。なにか誤解してるみたいだけど、竜宮小町は伊織と亜美、あずささんの三人ユニットよ。メンバーを増やす予定も減らす予定もないわ。美希には美希のプロデューサーと仲間がいるじゃない。今のチームで頑張ればいいのよ。」
律子が美希に言い聞かせるように話しかけるが、裏切られた思いと虚無感に覆われた美希にはその声は届かず、美希は律子の前から走り去ってしまう。


そして翌日から、練習室には美希の姿がなく、数日が経過した。心配するメンバーの間で暗い空気が流れる。プロデューサーは連絡をとるが、通じることはなく、律子から最後の美希の様子を聞き真相を悟ってしまう。

【まじめになれば、美希も竜宮小町の衣裳着て歌ったり、踊ったりできるの?】
 それはプロデューサーが迷走していたころ交わした一方的な会話。あのころプロデューサーは竜宮小町と律子に差をつけられまいとする一心で周りが見えず、おざなりな返答を美希に返してしまったのだった。
 たしかにあれ以来、美希は変わった。自分から周りのフォローをしたり、熱心に練習に取り組み、自身の才覚を煌かせていた。
 プロデューサーにとって何気ない言葉でもそれは、不真面目だった美希を変えたほどの重要な願いだったのだろう…


・・・


「またなの…」
 観賞用の魚屋で水槽を眺めていた美希は、この数日何度もかかってくる電話に溜息をつくように携帯を見る。電話に出ると相手は表示通り765のプロデューサーだった。居場所を尋ねられ、魚屋であることを告げても、その真意は伝わらなかったようだ。

<なんで練習に来ないんだ?…竜宮小町に入れなかったからか?>
 本題はやはりそれなのだろう、だが…

「プロデューサーは真面目に頑張れば、美希も竜宮小町になれるって言ったの。」
美希の言葉にプロデューサーはしどろもどろになり、謝罪する。

「もういいよ。でね、美希なんだかもうやる気がなくなっちゃったの。」
<何言ってるんだ。ライブまでもう日がないんだぞ。お前ひとりの問題じゃない。一緒にやってるみんなはどうなる?とにかく明日は来るんだぞ!>
 明らかにやる気のかけている美希の言葉に強い口調で攻め立てるようにプロデューサーが言うが

「行きたくないの。」
<わがまま言うんじゃない!みんなに迷惑かけるのか!?>
 すねた声で美希は返答し、プロデューサーはその言葉に思わず激高してしまう。

「もう美希はアイドル辞めるの!ばいばい!」
 電話を切り、美希は店を後にする。


翌日、街に繰り出した美希は、クレープを食べながら楽しげにウィンドウショッピングを楽しんでいた。途中、ゲーセンでプリクラをとったり、ナンパを躱したり。立ち寄った本屋では以前のウェディングドレス写真が載せられており、そのことを思いだして嬉しげに顔をほころばせる。
だがその横では竜宮小町が表紙を飾っていた。表紙をみたことで落ち込んだ気持ちで街を歩きながら、携帯を確認すると何件ものメールが来ていた。一番新しいメールの内容はライブ用の新しい衣装の到着を知らせるもので、そのことに飛びつきかけるが…慌てて頭をふり、思いを断ち切ろうとする。
 遅めの昼食にと入ったMAJI burgerで休んでいると、ふと先ほどとったプリクラを見たくなった。その一つには楽しげな自分の横でプロデューサーへの悪口が踊っていた。

「ばか…」
何気なく口から出てきた言葉は

「なんだかわからないですけど、スイマセン。」
いつの間にか座っていた向かいの席の人に聞かれており丁寧にも返答してくれたようだ。

「ぅわぁ!びっくりしたの!全然気づかなかったの。」
 人の気配など全く感じなかったため出てきた独り言なのだが、聞かれていたと思うと少し恥ずかしい。
「いえボクが先に座ってたんですけど…」

影の薄そうなこの人、どこかでみたような…まじまじとその顔を見つめていると
 
「たしか765の星井さんでしたよね…誠凛の黒子です。」
 どうやら向こうは自分のことを知っている…と思ったら、自分の様子に気づいたのか自己紹介をしてくれた。
「思い出したの!黄瀬君の友達だよね!」
「…元チームメイトです。」
 なにかこだわりがあるのか一言訂正をいれる黒子。

「ねえねえ、黒子君はどうしてここに居るの?練習は?」
 美希は以前黄瀬から黒子の話を聞いていたこともあり、なんとなくこの影の薄い少年と話してみたくなり、問いかけてみた。

「今日の練習は終わりました…ここにいるのは、好きなんですよ。ここのバニラシェイク。」
 言葉通り、彼はストローで何か飲んでいるが、おそらくバニラシェイクなのだろう。
「一人で?」
自分も一人なのだが、尋ねてみたくなったのは、黄瀬から聞く彼の姿は、いつも仲間と一緒に居るイメージだったからだ。

「…一年の降旗君たちはみんなでどこかに行ったみたいですけど…ボクは忘れられたみたいです。」
「えっ!?」
 少しの間ののち淡々と話す黒子に悲しげな様子はないが…

「仲間に忘れられて…さみしくない?」
「慣れてますから…星井さんは、さみしいんですか?」
 少なくとも自分なら…思っていた言葉を直後、尋ねられて美希は言葉を詰まらせる。沈黙した美希を急かすようなことはせず黒子はバニラシェイクを飲み続ける。
 飲み終えたのかコップを置いた時

「…ねぇ、黒子君。」
「はい?」
美希がそれまでの暗そうな表情から一転明るそうな声で

「デートしよ?」



 返答を返す前に黒子は、美希に引っ張られるように店からでて、美希とともにショッピングを行うこととなった。
 なにを買うのでもないが、花屋を覗き込んだり、ペットショップで猫や犬を見たりしていた。ちなみにペットショップでは黒子がやたらと犬になつかれて美希は大笑いしていた。
 基本的に無口な黒子は特に話すことはないが、楽しげに話しかけてくる美希に振り回されながらもそれにつき合っていた。

 歩き回る美希が、雑貨店の前でとまると陳列されている商品をみていると
「買うんですか?これ。」
 いくつもある小物の中から、まさに美希が見ていた品を指さして黒子が尋ねてきた。

「黒子君すごいの!どうして美希がいいって思ってたのわかったの?」
「人間観察が趣味なんで…なんとなく星井さんに似合いそうな気がしたんです。」
 嬉しそうに驚く美希に黒子は冷静に返す。テンションが上がったのか美希は黒子の腕を引いて服屋へと入る。

「じゃあね、じゃあね…これ!どう思う?」
 美希が手に取ったのはピンクを基調とした子供らしい服で胸元に大きなリボンがあしらわれたものだった。それを体にあてるようにして黒子に尋ねると、彼はしばし考えるようにその姿を見て一言、

「似合わないと思います。」
ばっさりと断じた。流石にこれは失礼だったかと黒子が考えていると、美希は楽しげに笑いながら
「美希もそう思う。それじゃあ…」
特に気を悪くした様子もなく美希は、黒子から隠れるように品を選ぶと試着室に入り込んだ。
「じゃ、じゃーん!どうかな黒子君?」
 美希が選んだのは、彼女のイメージに似合う、明るいオレンジ色のカーディガンでポーズを決めるようにその姿を披露している。

「すごいですね。よく似合います。先ほどの髪留めともよく合いそうですね。」
 今度は感心したように黒子は評する。黒子の言葉に嬉しそうに美希は答える。
「でしょでしょ!あとあと、この前、撮影でいいサブリナパンツがあったんだ。あれとね…」
楽しげに続けていた美希は、ふと店の外を見て、表情を暗くする。
「やっぱ、これ…やめるね。ちょっと待ってて。」
 カーテンを閉めてしまった美希から視線を外して黒子が店の外を見てみる。そこには竜宮小町のポスターがあり、人探しをしているのかあたりを見回しながら通る人影があった…

 少し沈んでしまった美希は、黒子を連れて公園に来ていた。夕暮れが近づく中、二人は池の橋の上から池を眺める。

「あっ、先生なの。」
「?先生ですか?」
二人の視線の先では一羽の鴨が池の上を漂っていた。

「うん、鴨の先生。小学校のころからずっと尊敬してるの。」
「…鴨をですか?」
「そうだよ。寝たままでもぷかぷか~て浮いてられるでしょ。美希もそうやって楽に生きていけたらなーって。」
「…」
美希の言葉に沈黙する黒子は、
「楽に、ですか…ボクはいつもみんなについていくので精一杯なので、そういうのは分りません。」
「…」
黒子の真剣な言葉に、美希が黙り、欄干の上にもたれるように腕を載せる。

「ねえ。黒子君…黒子君はなんでバスケットしてるの?」
しばし考えていた美希は、少し沈んだ表情で黒子に尋ねる。

「…好きだからです、バスケが。」
「でもさ、でもさ、黒子君の周りにはすっごい人がたくさんいたんでしょ…辛くない?」
 活躍していく周りのみんな。自分はその華やかさに埋もれていくだけの存在。そう思ってしまうのは、黒子ではなく…

「いいえ。周りにどれだけ強い光があっても、ボクは影です。影は光が強いほど濃くなり、光の白さを際立たせる。それが、ボクの…黒子テツヤのバスケです。」
 言い切る黒子に迷いはない。美希は考え込むように顔を俯かせる。

「それに周りのみんながいるからこそ、みんなが信じてくれるからこそ、ボクはもっと強くなりたいと思ったんです。」
 たとえ壁にぶつかることがあっても、誰かに否定されようとも、信じてくれる光がそこにあれば…

「星井さんは…アイドルをしていて、仲間と居て辛いんですか?」
黒子が尋ねる。美希は顔を俯かせたまま首をふる。

「美希ね。前は、好きなことだけしてればいいって思ってたの。でも…最近それも違うのかもって…辛いこととか、苦しいこととかあっても、それでもわくわくしたり、ドキドキするようなことをしたいって…そう思うようになったの…」
 美希は下をむいたまま、だんだんとつぶやくような声音で言葉を紡ぐ。

「星井さんが最近わくわくしたり、ドキドキしたりしたことってなんですか?」
「…竜宮小町!美希ね、竜宮小町に入れたら、可愛い衣装とか着れるし、カッコいいステージに立って、歌って、踊って…きっと今の美希よりもっときらきら輝いた感じになれるって思ったの…」
黒子の質問に美希は顔を跳ね上げ、興奮した様子で黒子に言う。だがだんだんと声は小さくなり、
「でも…律子、さんは美希は竜宮小町になれないって。だからもうやめるの…」
再び欄干に手をついて沈みこんでしまう。

「星井さんが、なんでそこまで竜宮小町というものにこだわるのかはわかりません。でも星井さんの仲間は竜宮小町だけではないのではないですか。みんなとではダメなのですか?」
 黒子は最近のアイドル情報、まして765の事情は分からない。だが仲間を思う気持ちは一緒の筈だと、その質問をぶつける。

「ううん、美希ね。みんなと一緒にレッスンしてる時、楽しかった。ドキドキして、わくわくしたの…」
 眺めていたのは池か思いでか、美希は懐かしむように最近のできごとを振り返る。

「…バスケと一緒ではないかもしれませんが、ボクは仲間にとって大事なのは「自分が何をすべきか考えること、でしょ?」…はい。」
 黒子の言葉を遮って、美希は楽しそうに告げる。先日あった、黄瀬は言っていた。この人の純粋さをすごいと思ったと。短い時間で美希にもその思いが分るような気がした。

「美希!」
 橋の上で二人が向き合っていると美希の後ろからプロデューサーが駆けてきた。
「プロデューサー…」
 美希は、少し後ずさるようにして呟くが、逃げ出すことはなく向かい合う。

「とりあえず…美希、無責任なこと言って悪かった!」
 美希の眼前まできたプロデューサーはしばし沈黙した後、勢いよく頭を下げた。
「プロデューサー…怒らないの?」
 少しおびえたように胸元で腕を組む美希は恐る恐る尋ねる。
「俺の方も、悪かったから…」
「…」
頭を下げたままのプロデューサーに対して美希は沈黙を返す。

「プロデューサー、美希ね、やっぱり竜宮小町になれないんだよね…美希も、きらきらと輝いたりできないのかな…」
 揺れる声音で尋ねる。
「すまない。…でもきっと美希なら輝ける!次のライブでみんなと一緒にステージに立って、たくさんのファンの前で歌うんだ。そしたらきっと美希もみんなも竜宮小町と同じくらい、いやそれ以上に輝ける!」
 プロデューサーは懸命な思いで、自分の本心を語る。

「みんな竜宮小町しか見ないよ。」
「美希が同じくらいきらきらしてれば、みんな見てくれるさ。」
「…そうですね。きっと星井さんがステージに立てば、輝けると思います。強い、強い光になって。」
 なおも否定してしまう美希にプロデューサーと黒子が言い募る。黒子の言葉に少し考え込んだ美希は意を決して話しだす。

「あのね、一つだけ約束して。」
「なんだ?」
「絶対美希を竜宮小町みたいにしてくれるって」
「ああ。」
「あともうウソはつかないこと」
「つかない。」
 最初の約束に肯定が返ってくると、美希は少しすねたように二つ目の約束を口にする。それに対してプロデューサーはもう懲りたといわんばかりに肯定する。

「それでそれで美希をもっと、もーとドキドキ、わくわくさせて。本当のアイドルにして!」「ああ、って一つじゃないじゃないか。」
 少し呆れたように返すプロデューサー。だが否定の言葉はない。

「…それなら、もう一回だけ、やってみてもいいかな…」
「ホントか!?」
「約束してくれたら、美希次のライブまで頑張るの。プロデューサーの言う通り頑張ってみる。その後は美希にもどうなるかわかんないけど。」
「わかった…約束する。」
 指きりをする二人の間にわだかまりはなくなり、プロデューサーは美希を連れ、美希は黒子を連れて事務所へと戻っていった。


「ごめんなさいなの!」
 事務所に戻った美希は、みんなの前で頭を下げた。
「美希ちょっとやる気なくなってたの…でも美希…」
「私たちそんな、別になにも気にしてないし、だからもう、」
事務所の仲間は、戻ってきた美希を怒ることなく迎え入れ、春香は謝る美希をとりなすように声をかけるが、

「謝ってほしくない。」
千早の断じる声に慌ててふりむく。
「千早ちゃん」「千早さん」「千早!この件は…」
春香、美希、プロデューサーが戸惑うように声を上げる中、
「それよりも遅れを取り戻したいの…プロとして、ライブを成功させたい。」
プロとして、決意に満ちた声でこの先を促す。

「うん、美希、頑張る!絶対成功させるの!」
美希もその意を汲んで、顔を上げ、やる気をみせる。途端、事務所が騒がしくなり、春香ややよい、真の嬉しげな声が響き、
「あ~、みきみき!」
「あんたなにやってたのよ!」
扉が開いて竜宮小町のメンバーと律子が入ってくる。亜美と伊織も心配していたのだろう、美希に走り寄って声をかけている。

「全員、揃いましたね。」
律子はプロデューサーに笑いかけるように話しかける。あずさも嬉しそうな笑みをうかべたまま、

「あらあら、ところでこちらの方は?」
 プロデューサーの横で忘れられていた黒子に気づく。

「!!!」「!!っ黒子君!?」
途端、室内のみんなが驚く、なんとか真が呼びかける。

「…最初からいたんですけど、もう帰ってもいいでしょうか?」
なぜ連れてこられたのかも不明だが、とりあえず場の空気からなにかしらの事件が良い方向に向かったのを感じて黒子は退出しようとする。
「ああ、すまない。ありがとう黒子君。」
プロデューサーも今日一日、黒子が美希とともに行動してくれたことを知っていた。おかげで美希がなんらかの心境の変化を起こしてくれたことに対して感謝の言葉を述べる。


「ねえ、黒子君。」
 帰ろうとした黒子を思い出したように美希が呼び止める。

「はい。」
「あのね。黒子君の言ってた事もわかるんだけど、それでも役に立てないことってあると思うの。その時、黒子君ならどうするの?」
 美希の問いかけに黒子は、少し驚いたように目を開き、しばし考え込む。その問いかけには、美希のみならず、最近まで思い悩んでいた雪歩ややよいも耳を傾ける

「困ります。」
あっさりとした答えに真たちもがくっと体を傾ける。だが

「それでも、あがくと思います。」
続いた答えに再び黒子を見る。
「昔、ボクも似たようなことを考えていたことがあります。中学時代バスケを辞めようと考えたこともあります。」

「やめようとって、黒子君が!?」
 真が驚いたように声を上げる。真にとって黒子は黄瀬の尊敬するすごい選手という思いがあるためそのことが信じられなかった。

「はい、中学のバスケ部に入部して半年頃、三軍のボクは一軍どころか二軍にすら上がれない、なんの力もない選手でした…どれほどバスケが好きでも、どれほど練習しても、ボクではチームの役には立てない。そう考えていたことがありました。」

「…」
淡々と語る黒子に重苦しい雰囲気が流れる。

「そんなときに、ある人に言われたんです。」
「ある人?」
黒子の言葉に春香が尋ねるように聞き返す。

「その人は、一年から一軍スタメンになった人で、とてもバスケがうまくて、いつも楽しそうに…本当に楽しそうにバスケをしていました。
 なによりその人は、バスケが好きで、バスケをしている人が好きで…バスケの事しか考えてないような人でした。」
 黒子の口調はどこか懐かしむようで、それでいて悲しそうな影があった。

「そんな人が、ボクのことを尊敬していると言ってくれたんです…

【チームに必要ない選手なんていねーよ。たとえ試合に出れなくても…1軍の奴らより文字通り誰よりも遅くまで残って練習してる奴がまったく無力なんて話あってたまるかよ。少なくともオレはそんなお前を見て尊敬してたし、もっとがんばろうと思えたんだ。】」


 その誰かの言葉は、きっと黒子にとってなによりも大事な思い出なのだろう。真や美希たちも静かに耳を傾けた。

「【諦めなければ必ずできるとは言わねぇ。けど諦めたら何にも残んねぇ。】

…彼はボクの事を相棒と呼んでくれたんです…だからボクはあきらめたくありません。例え試合でどれだけ負けていようと、自分の力が通じなくても、あきらめたくありません。」

 あきらめたくない思い、それはきっとバスケに対する思いだけではない…

「美希も…美希も頑張ってみる。みーんなを元気にできるように美希も頑張る!」
 黒子の言葉になにかを感じ取ったのか、美希がきらきらと輝くように宣言する。その様子を765の仲間も嬉しそうに見つめる。
黒子は一言応援を述べてその場を立ち去ろうとしたのだが、今度は真に呼び止められる。

「黒子君。ボクからも聞きたいんだ。」
「?なんでしょう?」
 黒子は再度足を止められたにもかかわらず、嫌そうな顔をせずに向き合った。

「黒子君の相棒って…青峰さん…だよね。」
「…」
真は以前黄瀬が言っていたことを思いだして尋ねた。答えは返ってこなかったが否定されなかったことから真は話を続ける。

「なんで、一緒に続けなかったの?青峰さんじゃなくても、黄瀬君だって、黒子君を尊敬して…一緒にやりたいって言ってたのに…」
 黄瀬が黒子のことを語るとき、本当に尊敬していることがよくわかる。だからこそ、なんでそんな彼らと離れて別の高校に進んだのか…なんでみんながバラバラの道を進んでしまったのか聞いてみたくなった。
みんなでトップを目指して…その思いは彼らだけでなく自分たちも抱いている思いだから…いずれ自分たちもバラバラになってしまうのではないかという怖れを感じて問いかける…黒子の答えは、

「わかりません。」
 黄瀬の尊敬を知っている真はあっさりとした黒子の言葉に声を上げようとして、

「ただ、全中三連覇のころ、ボクはなにかが欠落している。そう感じたんです。」
続く言葉に声を上げることなく黒子を見つめる。

「キセキの世代にとって勝利だけがすべて…ただ彼らが圧倒的な個人技を行使するだけのバスケット、それが最強だったんです。…でもそこにはチームはありませんでした…だからボクのバスケで彼らを倒してそれを否定したかったんです。」

 IH や旅行で黄瀬が以前と変わったということを聞いていた真は、キセキの世代がどういうものかを多少なりとも感じていた。だが今まで感じたことのなかった黒子のエゴを垣間見たような気がして真達は思わず息をのむ。

「ただ…今は少し変わりました。最初はどこでもよかったんです。でも今ボクは誠凛に入ってよかった。みんな素晴らしい人で、一緒に頑張る同級生もいい人ばかりで、ボクを信じてくれる火神君がいて…だから自分のために誰かを日本一にするのではなく、みんなと一緒に日本一になりたい…!」

 黒子の宣言に真達も圧倒されたように黒子を見つめる。

「だから申し訳ありませんが、黄瀬君にも負けません。」
続けられた言葉に真は
「黄瀬君も負けないよ!」
嬉しそうに(勝手に)宣戦布告を返した。

「美希たちも、絶対トップアイドルになるの!」
 






おまけ


「ねえねえ、黒子君って桃っちさんの彼氏さんなの?」
 美希が興味津々といった風に黒子に尋ねる。黒子は少し困ったように

「違います。桃井さんが勝手にそう言ってるようですけど…それを言ったのは黄瀬君ですか?」
 真達が黒子の質問を肯定したとき、神奈川ではモデル兼バスケプレーヤーが謎の悪寒に襲われたとか…

「あのね、黒子君、今度美希たちライブやるから、絶対、ぜーったい見に来てね!」
 美希の剣幕に黒子はたじろぎながらも肯定する。
「あとあと、これからはテツ君て呼ぶから、美希のことも美希って呼んでね。」
続けて迫ってくる美希に黒子はたじろぐが、肯定以外の返答を返せる雰囲気ではなく。
「…分かりました。時間があれば応援に行きます。美希さん。」
返ってきた答えにやや満足する美希だが、

「あればじゃなくて絶対なの!」
しっかりと念押しをすることは忘れなかった。



[29668] 第22話 実はギリギリで
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/26 22:22
「うん、天気よし!絶好の、」「ライブ日和だなぁ!」
「ぅああ!しゃ、社長!?」
「や!おはよう」
 快晴の空を見るプロデューサーは後ろから社長に話しかけられ、驚きの声を上げる。まだ練習にも早い時間から社長が来るとは思いもしていなかったようだ。

「おはようございます。もういらしてたんですか。」
「もちろんだよ。我が765プロ始まって以来の大規模なライブだからな。」
「はい。」
「しかしなんだなぁ。こうして念願のライブに漕ぎつけられてうれしい限り、いやはや感無量だよ。」
 社長は言葉通り、感激しているのだろう。ミニライブやストリートとは違う、本格的な765プロのライブ。社長はここに至るまでの苦難を振り返り、
「いえ、まだまだです。ここがスタート地点です。」
 プロデューサーはこれからのみんなの活躍を夢想して笑みを浮かべる。頼もしい言葉に社長も嬉しげに答える。

「ふふふ、そうか?お、そろそろアイドル諸君も来るころかな?」
「そうですね。そろそろ…」
「律子君たちはどうなってるのかね?」
「あの四人は収録先から、ここへ直接来ることになってます。」
「お、なるほど。」

 開場は17:00、開演は18:00から、場当たりやリハの時間もあるため竜宮小町を除くメンバーはそろそろ到着する頃合いで、メインの竜宮小町は本日も別の仕事があるため新幹線でこちらに直接来る予定になっていた。
「おはようございます!」
 春香を筆頭に真たちが元気よく入室する。プロデューサーは振り返り、彼女たちに檄をとばす。

「おはよう!今日は頑張ろうな!」


第二十二話 実はギリギリで


「16:50、そろそろッスけど…」
 コンサート会場前では多くの人が、扉が開くのを今か今かと待っていた。今回のコンサートは765プロ感謝祭という名目だが、メインは最近急上昇中の竜宮小町のため、男性ファンが多い。
 ファン層がほぼすべて女性の黄瀬にとっては、さして騒がれずに済むので待ち合わせのため留まっていても、いつものように囲まれることがなく気楽だ。
 とはいえ、もうすぐ入場が始まるにもかかわらず待ち合わせ相手はいまだに到着していない。
「遅刻ッスかねー。」
 昔だれかは言いました。待ち合わせの約束は男女の間で交わされるもの、ならばこれは待ち合わせではなく、集合なのだろう…

「来てますよ。だいぶ前から。」
 益体のない思考を切り上げるためにも真に激励メールでも送ろうかとも考えていると、突如目の前に待ち合わせの相手が出現して、

「おおっ!!?黒子っち!?」
 大きくバランスを崩しかけるが、なんとか立て直す。相変わらず影薄いなー。と思っていると、黒子から「ふぅ。」という小さく息を整える音が聞こえる。よく見ると、秋も近づいているこの時期に全力疾走したかのような汗をかいている。

「いや、今回のは嘘ッスよね!実はギリギリで走ってきたんスよね!?」
「!…」 

・・・

「呼んどいてなんッスけど黒子っち、珍しいッスね。」
 真からコンサートの知らせを受け、行くことを了承した黄瀬は、一人ではさみしい、ということで何人かに声をかけたのだが、一番アイドルのコンサートに来るとも思えない人物が誘いにのったことに今更ながら驚いている。
ちなみに海常のメンバーを誘うと非常に残念な結果になることが予想されたため声はかけられなかった。もっともこのことが後ほど幾人かの怒りを買うことになるのだが…

「…そうですか?」
「まあ、黒子っちならどこに現れてもおかしくない気もするッスけど…」
 改めて問い返されると、黒子は意外と色んな所に現れていることを思いだす。穴場のゲーセン。喧嘩の修羅場。ファーストフード店…案外、どこかで都市伝説じみた存在になっているような気がしないでもないのが彼の恐ろしいところだろう。
「今回は、黄瀬君とは別に誘われていたので…」
「そういえば、黒子っち。全国の会場で真っちたちと会ったんスよね。」
 IHの際に、伝言を頼んでいたことを思いだし口にする。だが、果たしてそれだけでコンサートの誘いをかけたのだろうか。という疑問が残るが…

(ま、いっか)

 ひとまず、この人ごみで彼を見失うと、再発見はまず不可能であることが予想されるため、はぐれないようにすることは必須条件だろう。


 会場に入った二人は、まずは物販で応援グッズでも買うため列に並ぼうとしたのだが、
「おお、黄瀬君じゃないか!よく来てくれたね。」
なぜか物販の列から出てきた765の社長と遭遇した。
「…高木社長ッスよね。ご無沙汰してます。」
 疑問はスルーし、黒子にも紹介して、かなりハイテンションな高木社長とちょっとした雑談を交わす。

「誠に恐れ入りますが、開演時間の変更をお知らせいたします。当初予定しておりました、開演時間を30分遅らせまして18:30より開始させて…」

「うん?」「どういうことだ、これは?」
流れてきた放送に疑問の声を上げるもどうやら社長も事情をよく知らないらしく困り顔だ。外では遠くにある台風の影響かにわかに雨が降り出し、その勢いを強め始めていた。

・・・

「うん、事情は分かった。」
「はい。俺たちで何とかしてみせます。」
 一般客用のスペースから少し離れたスタッフスペースにそのまま社長に連れてこられた黄瀬と黒子はプロデューサーから開演時間の遅延の説明を受けていた。それは律子と竜宮小町のメンバーが、収録先のスタジオからここに来るまでの道中、台風の影響で到着が遅れてしまうというものだった。

「君たちを信じよう。まあ、いざとなったら私の手品や黄瀬君のダンスで…」
「いや、それはムリッス。」
「そうですね、黄瀬君は基本リズム感ないですし。」
 社長の冗談のような本気の提案に、黄瀬が即答するが続いた黒子の辛辣な言葉に黄瀬が「ひどいッス!」と泣き顔をしており、その光景を見てプロデューサーと音無さんは苦笑いをしていた。
 遅刻のため、全員そろってのリハもできず、どころかプログラムを入れ替えての急場づくりの舞台になってしまうため、気を高ぶらせていた二人はその様子に少し落ち着きを取り戻す。


「みんなちょっと聞いてくれ!」
スタンバイ前のアイドルたちは、突然のトラブルにかなり緊張し、雪歩ややよいは震えるように手を握り締めあっている。プロデューサーはそんな彼女らに一声かけようと姿を現す。気づいたアイドルたちは顔を上げてプロデューサーを見ると、

「えっ!ちょ、なんで黄瀬君!?」「あ~、テツ君も来てくれたの!」
 プロデューサーの横にここに居るはずのない知り合いの顔を見つけて驚く。中でも真と美希の驚きは大きい。
「なんか大変な状況みたいッスね。」
 通常であれば、まず入る機会はないであろうが、黄瀬が著名人であることと動揺しているアイドル諸君の気が和らげばということで二人はプロデューサーに連れられて真たちに会いにくることになった。
 だが観客を強く意識してしまったのか、多くの顔は緊張感が増したようにこわばっている。
「及ばずながら雑用をすることになりました。」
 実務という点においては黒子はもとより黄瀬もこの状況では対して役には立たないだろう、だが…

「こんな状況での開演になってしまったけど、これを機に765プロは決して竜宮小町だけじゃないってことをお客さんに見てもらおうじゃないか。このステージを楽しみに来てくれている人たちのために、全力を尽くそう!」
「美希やるよ!やっとここまで来たんだもん。どこまでいけるか試してみたい!」
 黒子の横に駆け寄った美希はやる気に満ちた表情で鼓舞する。

「てっぺん目指すのが、今回のライブッスよね?信じてるっスよ。」
 黄瀬が真に向けて右拳をさしだす。それを見た真は少し、戸惑ったのち、

「…ああ!見てて!」
その拳に自身の左拳を打ちあわせた。その様子を見たみんなも意を決した顔つきになる。ただ黒子のわずかに驚いた表情に気づいた人はいなかった。

「よし!それじゃあスタンバイするぞ!」
「はい!」
信じてくれる人が身近に居ることでその心を強く持つことも重要な手助けとなるだろう。


 会場にブザーがひびき、暗闇が降りる。音無のナレーションが始まる。
「会場の皆様、大変長らくお待たせいたしました。間もなく765プロの1stライブ。てっぺん目指せを開催させていただきます。」

 客席から歓声が返る。
「よし、行って来い!」「ファイトッスよ!」「頑張ってください。」
 三人の送り出しによってアイドルたちはステージへと駆けていく。暗闇の中、位置に着くと最初の曲THE IDOLM@STERが始まり歓声の中、みんなの歌が始まる。

「んじゃ、まあお手伝いといきますか。」
「なにをすればいいんですか?」
舞台裏では大ピンチの彼女たちのために黄瀬と黒子がプロデューサーに問いかけていた。

結局、ろくに事前準備もない状態ではさして手伝えることは多くないため、突発的な伝令やアイドルたちのメンタルケアを補助することとなった。
控室ではアイドルたちが、慌ただしい出入りと直しをおこなっており、それに合わせて舞台裏のスタッフたちにも慌ただしい伝令の行き来がなされていた。

<ええ、すみません。全く動きが取れなくて…高速降りればすぐらしいんですけど…>
「分ったッス。伝えときます。」
 黄瀬は竜宮小町との連絡をとるため、あずさの携帯に電話していたのだが、どうやら交通網のマヒによって高速道路が渋滞してしまい、彼女たちの到着はさらに遅くなりそうだという連絡を受けた。
 会場では大半の観客の目当てである竜宮小町がなかなかでないことで、徐々に盛り上がりが欠け始め、訝しむ客も出始めていた。

「んー、やっぱ閉まんないよ。ゆきぴょん。」
「えー、どうしよう…」
控室では慌ただしさがピークに達していた。雪歩の衣裳のスカートのファスナーを懸命に上げようとしている真美。その横でおろおろするやよい。

「あれ?次は自分、どっちに行けばいいんだっけ。えっと進行表は…あっ!真、ちょっと進行表貸して!」
 急なスケジュール変更によってステージの上手、下手が分らなくなったのか、響が困惑した様子で進行表を探す。進行表が真の近く、ペットボトルの下に置かれているのを見つけた響は慌てて抜き取ろうとして

「何するんだよ響!衣裳びちゃびちゃじゃないか!」
「ご、ごめん…」
ペットボトルの蓋が閉まっていなかったのだろう、倒れたボトルの中身が飛び出て、真の衣裳を濡らしてしまった。
「二人とも少し落ち着いた方がよいのでは?」
 高音が制止しようとするが、プレッシャーから緊張が高まっていたのだろう、二人の言い合いが激化していってしまう。混乱しているのは二人だけでなく、ファスナーが閉まらないことで真美と雪歩もかなりテンパり始めていた。

「真美!次出番だからそろそろ…」
 控室の扉が開き、春香と千早が入ってくる。どうやら出番が近い真美を呼びに来たようだが、入った部屋の中は大混乱を起こしている状態。慌てて止めようと声を上げるが
「ちょっとみんな!」
「みんなすこ「バーン!!!」っっ!?」
止まる様子のない状況に千早も声を上げようとして、突如後ろから金属を打ちあわせたような音がひびき、耳を塞いで飛びのく。
 突然の大音量に、言い合いをしていた真と響、危うい所でファスナーを壊しそうになっていた真美の動きが止まる。

「とりあえずみなさん、少し落ち着いてください。」
 静かになった室内にいつものように淡々とした様子で黒子が語りかける。

「落ち着いたら、今度はいろいろ不安になってきたぞ。」
「ボクも、歌詞少し飛んじゃってるかも」
 ひとまず場を落ち着かせた黒子は、プロデューサーを呼びに行くため場を外した。騒乱が収まり、なんとか落ち着いたことで今度は忘れようとしていた不安が押し寄せてきたのだろう。響と真が不安げな様子でつぶやく。

「なんかお客さんも盛り上がってないっていうか…」
「やっぱり私たちだけじゃあ…」
 目当ての竜宮小町が来ないことで観客の中に不満が高まりつつあることを彼女たちも感じ取っていたのだろう。真美とやよいも心配そうに言う。

「ねえ、みんな。今はお客さんにどう見られるかより、自分たちが何を届けたいかを考えることにしない?」
 春香が気分を切り換えるように語りかける。真たちが春香を見つめる。

「私たち、ずっと大勢のお客さんの前で歌うことを目標にやってきて、やっとその夢が、今日実現できてるんだよ。ちょっとぐらい不格好でも自分たちができること会場の隅から隅まで届けようよ。黒子君も言ってたじゃない、どんな時でも絶対にあきらめたくないって!私たちも頑張ろうよ!」

 落ち込むこともあった。やめようと願い出たこともあった。竜宮小町の迫力に戸惑うこともあった。それでもみんな今日という日のために懸命に練習を続けてきたのだ。

「そうだな、今は自分たちが焦っても仕方ないよね」
「うん。多分、伊織たちの方がもっと焦ってるよね。」
 響が切り換え、真も冷静になったことでここには居ない仲間のことを考えられるようになったようだ。
「だから全力で私たちの歌、届けよう!」

控室の扉の外では三人の男が立ち聞きするように壁にもたれかかっていた。

「どんな時でも…スか。」「…」
黄瀬が小さな声で話しかける、黒子は沈黙したまま隣に立つプロデューサーに視線を流す。
プロデューサーは何も語ろうとはせず、室内では少女たちが自らの手で状況を打開しようと走りはじめた。


 春香の言葉に意気ごみを変えたのか、気合十分な様子で歌い続ける。観客に自分たちのできることを精一杯伝えようとステージを舞うが、観客のざわめきは徐々に増していこうとしていた。

「ああ、その時間ならなんとか、ああ、分った。…ギリギリだな。」
 律子たちと連絡をとっていた黄瀬は、彼女たちの到着予定時刻が明確になってきたことで、プロデューサーに連絡を代わった。直接プロデューサーが時間の調整を行っている横で様子を見ていると…

「プロデューサーさん、ちょっといいでしょうか?」「おわっ!?」
 いつの間に立っていたのか、黒子が現れて控室に誘った。

「大変です。プロデューサー。美希のday of the future の後に、また美希のマリオネットの心がきてるんですよ!」
「いくら美希でもこのダンサブルな曲を二曲続けては無理だぞ!」
 進行表を確認していた真が進行ミスに気づき、指さしながらそれを指摘する。二曲のダンスの激しさを知っている響も慌てたように声を上げる。

「そうか…くそ!もう曲の入れ替えはできないし…」
「二曲とも美希しかヴォーカル練習してない曲なんです。」
 大慌てでこしらえたセットリストなため無理が生じたのだろうが…先ほど終わったばかりの時間調整を思い出す。これ以上の到着時間変更は望めないだろう。代役を立てようにも真の言うように、どちらも美希の持ち歌というべき曲なため、代わりはいない。
渦中の美希は進行表をにらみ、顔を上げたところにいつもの(ように見える)表情で立つ黒子を見つける。

「そうだな…竜宮までのつなぎを考えると厳しいが、ここは曲を飛ばして次に、」「プロデューサー。」
 ギリギリなプログラムをさらに過密なものとしてしまうが、苦渋の決断をしようとしていたプロデューサーに美希が割って入る。

「美希…やってみてもいいかな。」
「美希!?」
 戸惑いながらも告げた美希に、真たち全員が驚きの声を上げる。

「む、無理だよ!」
「そうだぞ、ただでさえ後半美希の出番多いのに」
 真と響が制止するように言う。プログラムの関係上、二曲の前には美希の出番が多くなっている。美希の特性上、ダンスが多い曲が並んでいる。美希自身の体力も真や響と比べても決して豊富といえるものではない。

「やれそうなのか?」
「分んない…だけど美希、やってみたい!試してみたいの!」
 ためらいがちに問いかけるプロデューサーに美希もためらいがちだが、はっきりとした口調で答える。
どんな状況でも決してあきらめたくない。自分が誘って、しかしゆっくりと客席につかせてあげることもできなかった黒子を見て美希は思う。「みんなのために何ができるか。」きっと今自分がなすべきことがそこにはあるのだから。

「…響、真!サポートを頼めるか?」
「「プロデューサー!?」」
 言葉とは裏腹に美希の瞳に迷いはなく、決意を固めているのを見たプロデューサーは、ダンスの巧い二人にフォローを頼む。頼まれた真と響は驚きの声を上げるが

「いいの?美希、失敗しちゃうかもしれないよ?」
「その時はみんなでフォローする。安心して全力を出し切ってこい!…ステージでキラキラするんだろ?」
 二人の会話にまた覚悟を決める。

「うん!…見ててねテツ君!美希、輝いてみせるの!」
「…頑張ってください。」
 頷く美希は、黒子に宣言する。強い光になることを



「ここが踏ん張りどころッスね。」
 いくつかの曲が終わり、問題のポイントがやってきた。ステージの上では美希が、得意のトークでテンションの下がりがちな観客に話しかけている。自分たちの混乱している状況を隠すのではなく、竜宮小町が遅れていることを正直に伝える。戸惑う観客を美希は魅了する。

「・・・それまで美希たちも竜宮小町と同じくらい。ううん、負けないくらい頑張っちゃうから。ちゃーんと、見ててよね♪」
 Day of the futureが始まり、妖精が舞うように美希が歌う。
 黒子とともに舞台の様子を見ていた黄瀬は、黒子が舞台袖からどこかに行こうとしているのをかろうじてみつけて、無言で行動を止める。彼女は黒子に見せることを宣言したのだから黒子は見る義務がある。きっと必要な事態には自分が備えるからと代わりに黄瀬は出ていく。

「美希苦しそうね…」
 舞台袖では千早や春香が心配そうに見つめており、その横では黒子もステージを見ていた。ステージの上では出番が増えた上、今の激しいダンスで一気に体力を消耗したのか、わずかに息が上がった美希がそれでも笑顔で観客に応えている。
 次の曲のため、真と響がステージに上がり、スタンバイが完了する。三人が中央に集まりマリオネットの心の演奏が始まる。わずかに遅れて黄瀬が携帯酸素とバスタオルを持って舞台袖に現れる。
 
 悲しげながらもアップテンポの曲とともに、美希たちが踊り始める。その曲を聞いていた黒子は、その歌詞に思いを馳せる。
 もっと振り向いてほしい、昔みたいに…素直になってほしい…気持ちが届かないもどかしさ…
 この曲自体の成り立ちとは異なるのかもしれない、だが節々にある歌詞は、かつての光に焦がれる自分の気持ちと重なるように思えた。

 歌が終わり、大歓声の中、響と真が先に舞台から降りる。観客に手を振り応える美希の笑顔は輝いて見えた。

「すごかったわ、美希…今度は私の番ね。」
「千早さん…」
 舞台から袖に下がった美希はやはり、疲れを露わにしており、大きく息を乱しふらついていた。そんな美希に千早が感想を送り、入れ替わるように千早が大盛り上がりのステージへと向かった。
 黒子のそばまでなんとか歩いてきた美希は、黒子に倒れ込むように体を預ける。
「美希!」
 黒子の横に立つプロデューサーや春香が慌てたように声をかける。

「美希…ちゃんとやれたの…ステージ…すっごくキラキラで…ねぇ、美希も…キラキラしてた?」
 美希が乱れた呼吸も整わない間に疲れ顔だが、嬉しそうな笑顔で尋ねる。

「はい…美希さんは…太陽みたいな輝きでした。」
 黒子は優しく頭を撫でながら感想を述べ、その言葉に美希は、とびっきりの笑顔で答える。たとえその目が自分ではなく、別の光に焦がれているのが分かってしまっても、それでも彼のその在り方に彼女は惹かれたのだから…

 椅子に腰かけ休む美希に、黄瀬は用意していた携帯酸素とタオルを渡す。春香も美希の近くによって、労いの言葉をかける。黄瀬は美希同様に、ダンスで活躍していた真と響の下にタオルを届けに向かった。
「美希ね。ドキドキして、わくわくしたの。ライトがキラキラして、お客さんの声が美希の中でわーって響いて、これからもっとアイドルやりたいって思ったの!」
 美希が嬉しそうに語る言葉を、春香もまた嬉しそうに聞いていた。

「それでね。美希、もっともっと、輝けたら、そしたらきっと…」
 互いに違う領域にある存在だとしても、それでも光は影に、影は光へと寄り添う。きっといつの日か、自分が影とともに在る日を望んで…

・・・

 竜宮小町到着予定時刻までの最後の曲がいよいよ始まる。体力が回復した美希も一緒にみんなで円陣を組んでいる。最後の曲を全力で歌いきるために掛け声を上げていく。そして
「行くよー!765プロ」
春香の音頭を軸にしてみんなが思いを一つにした。
「ファイトー!!」

 輝くステージの上では、9人のアイドルが歌っていた。その踊りは何度も練習した曲。挫けそうになりながらも乗り越えたみんなとの仲間の証。美希をはじめみんなの頑張りにより会場の雰囲気は大きく盛り上がる。
 舞台袖では、ひと段落ついたプロデューサーや黄瀬、黒子たちも曲に魅入っていた。そして、

「ねぇ!みんなは!!?今どうなってるの!?」
慌てて駆け込んできたのだろう、息を切らして伊織、亜美、あずさの竜宮小町が舞台袖へと姿を現した。振り返ったプロデューサーが笑顔で親指を立てる。なおも不安な様子の三人が曲の終わり際に袖から舞台を覗き込む。盛り上がった会場の様子に安堵した表情を見せる。ステージに立つ真たちも伊織たちに気が付いたのだろう。若干涙ぐんでいる。

「上手くいったみたいですね。」
「ああ、お疲れ。」
「色々と、すみません!でも後は任せて下さいね!」
 黄瀬と黒子が微笑ましげにその様子をみていると、雨にうたれて濡れた律子がプロデューサーに話しかけていた。

「さあ、準備するわよ!こっちも負けてられないんだから!」
 律子は自身がプロデュースする竜宮小町に檄を飛ばして準備を促す。


・・・

成功に終わった舞台裏では、アイドルたちがしばしの休息にひたっていた。輝くステージは一旦の閉幕となる。

「すごいッスね…」
控室の扉の外で壁にもたれかかった黄瀬は、呟くように黒子に言う。
「はい…すごかったです。」
珍しく黒子も感情をみせるような声音だ。

「…負けてらんないスね。」
「…ボクも…負けません。」

 アイドルたちの序章は終わり、バスケットマン達の前半戦も終わりを告げた。

…そして舞台は新たなるステージへと向かっていく。

激動の冬へとむかって。



[29668] 第23話 誰も来てくれなかった
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/28 21:54
「…ねー。そんなに楽しい?バスケ。」
「は?」
 
 数年前、全中バスケ大会、帝光対照栄中。強豪として知られる両校が激突している。

「試合中になんだよ急に。今そんなユトリはないし、そもそも…こんなボロカスにされて楽しいわけないだろう。笑ってるように見えるか?」
「ふーん。」

努力はしてきた。強豪としての自負もある。天才とささやかれ始めた大型センターの活躍はここまでの試合で存分に知れ渡っていた。だが得点はすでに逆転不能な段階まで離されている。それでも会場の声援は止むことがない。コートの中の選手、天才との呼び声高い照栄中の4番を中心に諦めずに最後まで足掻く意思を見せている。

「ねー。じゃあもっとボロカスにするけど、いい?」
「何!?」
 無邪気ともいえる声音で絶望を与える宣告がなされる。いかなる努力も否定するかのような圧倒的な才能。

 無冠の五将、鉄心と称される男はこの時、その不屈の魂に罅を入れられたのだった。


第二十三話 誰も来てくれなかった


「へへへ。」
「?真ちゃんどうしたの?」
 怒涛のライブから少しだけ時はながれ、いろいろな事が変わった。季節は秋。だんだんと肌寒さを感じ始める頃合いとなり始めていた。
 季節が流れただけではなく、765プロと彼女たちを取り巻く環境も大きく変わっていた。
1stライブが終わり、765プロへの仕事量は以前とは比べ物にならないくらい増えていた。雪歩は舞台の仕事、千早は歌、やよいは料理番組、美希はモデルなどそれぞれの分野を開拓しつつあった。
 急激に仕事が増えたのは、ライブで魅せた彼女たちの地力のすごさはもちろんだが、善澤さん―社長のお茶飲み友達と思われていたが実は凄腕の記者―の記事の反響もあったようだ。
 もちろんいいことばかりではなく、辛いこともあった。中でも961プロからの嫌がらせには落ち込むこともあったが、元気と明るさこそが765プロの一番の売りだ。
 仕事が増え、ファンの人たちに対する認知度が増したことで以前よりも自由な時間や外出時の気遣いは増えたが、それでも、いや、だからこそ彼女たちははりきって進んでいた。
 しかしそれはオフの時間が少なることも意味しており、秋から始まるとあるイベントの観戦にも自由に行けなくなっていた。

「わぁ!雪歩!?」
 仕事の合間に携帯のメールを確認していた真の顔があまりにもにやけていたため覗き見るように雪歩が尋ねると、驚いた様子で真が跳び退った。
「真がそんな顔してるってことは黄瀬君から?」
 春香が楽しそうに尋ねてくる。

「う、うん。」
 何度繰り返されたやり取りだろうか、既に慣れてもよさそうなものだが相変わらずの反応を返す真に春香と雪歩が楽しそうに詰め寄る。詰め寄られた真は少し照れながら報告する。
変わったのはアイドルとしてだけでなく、個々の中でも変化があったようだ。真と黄瀬は連絡をよくとりあうようになった。もっとも昨年夏前から黄瀬のモデル活動は大きく減少しバスケ活動が主体化しており、逆に765プロのアイドルとしての仕事は増えたため直接会う機会はほとんどなく、仕事でかち合うことも残念ながらなかった。

「海常が冬の大会で全国大会にでられることになったらしいんだ。」
 メールの内容は海常のWC神奈川県大会予選の結果報告。IHベスト8という結果を残した海常は予選大会でやはり無類の強さを誇りWCへの駒を進めていた。

「メールで報告だけ?応援とかは…?」
 あっさりとした報告に首を傾げるように春香が問いかける。
「うん。今日が試合だったから…」
 現在、真たちはラジオ番組の収録が終わり、ようやく事務所に戻ってきたという状態だ。一方、海常の試合は神奈川県。さすがに当日応援に行くことはできなかったのだ。もっとも応援に行けないことを電話で告げた時の黄瀬のリアクションは、デフォルメと化した涙顔で拗ねるというものだったのだが…
 
「ねえねえ、真くん。美希のハニーの試合はいつやるか知ってる?」
「え?いや知らないけど、黒子君から聞いてないの?」
 変わったのは美希も同様で黒子のことが大層気に入ったらしく、テツ君を通り越してハニーという呼び方に変わっていた。どうやら美希はちょくちょくと黒子の出没するMAJI burgerに顔を出しているらしい。
もっとも黒子の神出鬼没さに遭遇率、気づく回数はかなり少ないらしいが…。ちなみに先の呼称は黒子本人にはいたく不評である。周りの者もファンに聞かれるとマズイからと幾度となく制止しており、なんとか事務所内だけの呼称となっている。

「うん、最近は美希、忙しくてハニーと会えなかったから…」
 真の返しに美希がしょぼーんという背景を背負って答える。美希の方は黒子の連絡先を入手しようとしてもいつの間にか姿を見失ってしまう黒子を捕え損ねているらしかった。

「美希さん、誠凛の人たちの応援に行くんですか~?」
 話を聞いていたのか、やよいがいつも通り元気そうに尋ねてくる。
「うん!前は美希行かなかったから今度こそ応援するの!」
 落ち込んだ気分は即座に浮上してやる気まんまんに応える美希。

「やよいちゃん試合の日程わかるの?」
「はい!近所のお兄さんが誠凛のバスケ部なんで、聞いてみます!」
 雪歩の問いかけにやよいが嬉しそうに答える。

 結局、一番近い日程の誠凛の試合―予選第一試合―にはスケジュールが合わず行くことができなかったが、誠凛は108-61で快勝し、リーグ戦へと進む。応援に何が何でも行こうとする美希とは裏腹に詰まり始めたスケジュールの関係でリーグ戦の第一戦、対泉真館は観戦に行くことができず、やきもきすることとなる。そのため…

<オレの時は、誰も来てくれなかったのに…>
顔が知られ始めた彼女らのボディーガード代わりに黄瀬が呼ばれることとなり、真が日程を含めて連絡をとっているのだが、応援に来てもらえなかった黄瀬は先ほどから拗ねたような返答をしている。

「ごめんって!…ホントはボクだって応援行きたかったんだから…」
 あやす真、後半の声は小さくつぶやかれたものだが、周りの春香たちにも黄瀬にもしっかり聞こえていたらしく、春香たちはにやにや顔で動向をみており、黄瀬は

<わかってるスよ。本選会場は東京なんで応援よろしくッス!>
「うん!…スケジュールが合えばだけど…」
機嫌をわずかに直したのか、もともと苦戦するとも思っていなかった予選なため本当に応援が欲しいときに期待することにしたようだ。
<んで、誠凛の試合ッスけど、多分泉真館戦は問題ないッスよ。>
「えっ!?でも泉真館ってたしか誠凛、夏に負けてたし、王者なんだろ?」
 黄瀬はなんでもないことのように言うが、IH予選の事を思い出して真が問い返す。

<まあ…誠凛にも不安要素はあるんスけど黒子っちと火神っちがちゃんと機能してればそうそう負けないスよ。>
 夏の試合では桐皇と初戦でぶつかったため火神の欠場や黒子の不調を招き敗北したが、仮にも練習試合で全国常連の海常に勝ったのだ。そして大敗してそのままでいるような柔な奴らではないという信頼もあった。
「えーっとじゃあ…」
 真は黄瀬の言葉にどうしようかと悩む。眼前では美希が期待に満ちたまなざしを向けている。
<問題があるとすれば秀徳戦。波乱があるとすれば…まあ、行けるなら第2戦の秀徳戦の方がいいッスよ。オレも行きたいし。>
「ホント!えーっと日程は大丈夫だから。」

・・・

話の結果、応援は本選第二試合、対秀徳戦となった…ちなみに黄瀬の言葉についつい自分のスケジュールのみを考えて返答してしまったが、運よく美希とやよいもオフの日であった。そして対泉真館は78対61と快勝していた。
 

・・・・


数日後、
「あいにくの天気ッスね。」
「そういえば夏の試合のときも降ってたよね。」
 外の天気はあいにくの雨であったが、室内競技のバスケに天候は関係ない。もっとも傘で姿を隠せる分、真たちにとっては外でファンに囲まれる心配が多少なりとも減って好都合だったのかもしれないが。

「前は誠凛、勝ったから、きっと今日も大丈夫ですよね。」
 誠凛の応援に来たやよいと美希は先ほどから楽しそうに春香と話しており、話題が今日の試合になったため、春香は夏を思い出して黄瀬に尋ねてみる。

「いやー、前勝ったからこそ今回はキツイッスよ。」
「えっ?」
 黄瀬の返答は、春香や真にとっても予想外で美希たちにとっては不満なものだったのだろう、問い返すような表情が向けられる。

「秀徳と誠凛は本来なら秀徳の方が地力は上なんスよ。前の試合のときは、秀徳に黒子っちと火神っちの情報が少なすぎたのと、その前に大勝してたんでナメてたところがあるんスよ。」
 黄瀬の説明に真剣な様子で聞く一同。
「それでも誠凛も夏よりも強くなっているんではないんですか?」
 尋ねたのは千早。たまたまオフだったため春香に誘われて来ることとなったのだが、彼女も夏前と比べれば随分と変わっただろう。以前であれば、他人を拒絶する雰囲気が流れており、誘われてもこのような場所にはこなかっただろう。
「強くなってるのは秀徳も同じッスよ。ついでに言えば、今まで負けたことのなかった緑間っちがキッチリライバル認定して襲ってくるんスから…」
 
会場に入り、しばらく雑談しているとようやくといった風に両校が姿を現す。どちらももう負けるのはゴメンだというように鬼気迫った表情をしていた。
「ハニー!頑張って―!」「鉄平さん頑張って下さーい!」
 客席では美希が黒子に向けて嬉しそうに声援をとばし、春香たちが慌てるという場面があった。その横ではやよいが、本人曰く近所のお兄さんに声援を飛ばしていたが、黄瀬はそんな二人に構うことなく、近所のお兄さんを凝視していた。

「…」
「やっぱり凄い緊張感のある顔だ…どうしたの?」
 コートの緑間の様子を見た真が呟くようにいうが、その横で黄瀬が驚いた表情をしているのに気づき尋ねる。
「…やよいちゃん、近所のお兄さんってあの7番ッスか?」
「はい!すっごい優しいんです。弟たちもお世話になってて。黄瀬さん、鉄平さんの事御存知なんですか?」
 黄瀬の問いかけにやよいが嬉しそうに答える。黄瀬が驚いた表情のままなのでやよいが尋ね返す。真たちも黄瀬の様子を伺う。

「いや、まあ…やったことはないんスけど…昔、資料で見たことあるんスよ。」
「有名な選手なのか?」
 歯切れ悪く答える黄瀬に真が問いかける。

「…鉄心は中学の頃、オレら、キセキの世代に対抗できた5人の選手の一人ッスよ。」
「鉄心?鉄平さんですよ。」
 黄瀬の説明にやよいが首を傾げる。

「オレらの一学年上のその五人の選手を無冠の五将って言って、木吉鉄平はその中で鉄心って呼ばれてたんスよ。」
「へー、そんな選手だったらなんで夏には居なかったんだろ?」
 真が夏の様子を思い出して尋ねる。
「なんか最近まで入院してたって言ってました。」
やよいが真の言葉に返すように言うと黄瀬も納得したように呟く。
「ふーん、あの噂はホントだったんスね…」
黄瀬の呟きに真が尋ねようと口を開いたとき、

「それではこれより、WC予選決勝リーグ第2試合。誠凛高校対秀徳高校の試合を始めます!!」
 両校の選手がコート中央に集まり、アナウンスが響き渡る。

試合は開始早々、両校が火花を散らすような攻防から始まった。
ゴール前に先制を仕掛けようとする秀徳の攻撃を黒子が阻止し、こぼれ球を拾った緑間が長距離シュートを放つ。だがその瞬間、火神がジャンプ一番、ブロックでボールを弾き飛ばしたのだ。

「テツ君!」「ふあー、すごいです~。」
 黒子の活躍に美希が嬉しろうに歓声をあげ、やよいが攻防に感心したように感想を述べる。
「どっちもいい立ち上がりッスね。」
 コート上では再びの攻防の末、緑間の3Pを再び火神がブロックしていた。
「やっぱりすごいですね火神さん。」
春香が感心したように言うが、その様子を見ていた黄瀬は少し訝しげな表情をする。
「どうやら緑間っちは、火神っちと我慢比べでもするみたいッスね。」
「我慢比べですか?」
黄瀬の言葉に千早が尋ねる。
「緑間っちの長距離シュートにも火神っちのスーパージャンプにも弾数制限があるッスから、どっちかが潰れるまで緑間っちが打ち続けるつもりみたいなんスけど…」
千早の疑問に答える黄瀬だが、やや不審げな様子は消えていない。

「みたいだけど、どうしたの?」
黄瀬の様子に真が尋ねる。
「なんつーか、緑間っちらしくないんスよね。」


言葉にはできない違和感を感じ取ったまま試合は進んでいき、第2Qに入ってもその様子は変わらぬまま、緑間のシュートを火神が悉くブロックするという展開で試合は誠凛リードで進んでいた。
「また、ブロックした!」「髙いです~。」
 今も長距離シュートを狙った緑間を火神がブロックし、その様子に春香ややよいが歓声を上げる。
「リードは誠凛スけど…」
 黄瀬は少し考え込むような表情のままコートを見ており、その様子に真が尋ねるような表情を向ける。その表情に気づいたのか
「明らかに疲労してるのは火神っちの方なんスよ。このままいくと緑間っちの限界よりも先に火神っちが跳べなくなりそうッスね。」
「えっ!?」
 黄瀬の言葉に声援を送っていた春香たちが驚いたように振り向く。
「前ならこういう展開なら黒子っちがヘルプに行ってたんスけど、黒子っちの方は相性の悪い高尾相手でもうミスディレクションが切れてるみたいッスね。」
「ミスディレクションってなに?」
 黒子の話題になったためか興味深げに美希が尋ねてくる。

「真っちには前、説明したんスけど、黒子っちの特技ッスよ。黒子っちは試合中、視線とか意識を自分から別の対象に移すことで姿をくらましてるんスよ。まあ、もともと影は薄いんスけど…」
「相性が悪いっていうのは?」
 真が尋ねる。前の試合でも高尾は黒子を止めていたが、後半はイグナイトなどを使って躱していた。だが今回は黒子は動く様子を見せていない。
「あの秀徳の10番、視野が広くて視界が上から見たようなプレーをしてるんスよ。ああいうタイプは黒子っちのミスディレクションが効きにくいんス。」
「でも前の試合のときは、後半うまくいってたよね。」
「あれは初回だったんで、ミスディレクションの応用で何とかなったんスけど…もともと黒子っちのあれは時間制限があるんス。使えば使うほど徐々に慣れてくんで、特に同じ相手だと二度目は精度が落ちるんスよ。」
「もしかしてよく途中で交代するのってそれが原因?」
「そうッス。」
 黄瀬と真のやりとりを聞いていた美希は、黒子の状況がよくないことが分り口を膨らませたようにすねる。
「じゃあじゃあ、黄瀬君はテツ君がもう交代するって言うの?」
「…まあ、いずれにしろ一度下げないとあの状態じゃチームにも負担ッスから。」
 美希の不満をそのままふくらませてしまった黄瀬だが、コート上では刻々と誠凛の状況が悪化しようとしていた。

「あっ!抜かれた!」
 コートを見ていた春香が声を上げる。コートでは緑間がシュートの構えを見せたことで火神が跳躍したのだが、それをフェイクに緑間が火神を抜き去り、再びシュートの構えに入っていた。
「連続ジャンプだ!」
 抜かれた火神は着地した瞬間体勢を変えて跳躍し、緑間のシュートをブロックしようと手を伸ばす。その様子に真が声をあげるが一瞬早く緑間のシュートが放たれる。
 そのシュートは

「外れたわ!」
 千早が声をあげる。百発百中の精度を誇る緑間のシュートが外れたことで会場にも驚きが走る。届かなかったかに見えた火神の手は、指だけボールに掠っておりなんとかその軌道を変えたのだ。
 コート内ではアライブしたボールに駆け寄ろうと選手が動くが、

ボッ!!

 シュートが放たれた瞬間から、ゴール下に駆けていた黒子が素早くリカバーしてボールを前線に鋭く投げていた。ボールを受けた伊月はそのままレイアップでシュートを決める。

「テツ君やったの!まだまだこれからかなの!」
 黒子の活躍に美希が喜びの声を上げる。会場も姿なきパサーのプレーに盛り上がっている。だが

「楽観視はできないッスよ。緑間っちがフェイクを混ぜてきてる分、火神っちの負担がでかくなってるッス。」
 黄瀬の言うように連続したジャンプは負担が大きいのか、緑間の動きについて行くことができずについに緑間がフリーとなって、

「鉄平さん!」
 ヘルプに入った木吉が放たれる前にブロックに入る。だが

「こうくるのを…待ってたんだよ!!」

 緑間は、ここにきて単独プレーではなく引き付けてのパスを選択し、パスは高尾に通る。
「あれじゃ数的に不利だ!」
 真が誠凛の状況不利に声を上げる。誠凛陣営には2対3の完全なアウトナンバーで秀徳が押し寄せていた。緑間に引き寄せられた火神と木吉を欠いた状態の誠凛陣営は太刀打ちできずに得点を奪われる。
「へー。緑間っちも今回は本気ッスね。」
 黄瀬が感心したように呟く。真たちはその呟きに振り返る。

「キセキの世代のメンバーは基本的に得点力が高い分、シュート直前にパスしたりチームプレーに頼ることは滅多にないんスよ。」
「えっ。でも黄瀬君も桐皇戦でチームプレーしてたじゃないか。」
 黄瀬の説明に真が疑問の声をあげる。

「まあ、そうなんスけど。特に緑間っちは自分のシュートにプライドを持ってる分、ああいう引き付け役をやることはなかったんスよ。でも今回は違う。勝つためになりふり構わずチームとして挑んできてる…やっかいッスよ。」
 黄瀬の説明を肯定するようにコート上でも誠凛のメンバーが深刻な表情を見せている。

「それってピンチってことですか!?」
「ふぇえ~、ピンチですか~。」
 春香とやよいが遅まきながら驚いた声を上げる。

「まあ、ピンチッスけど…こういう状況でこそ、力を発揮するのが鉄心ッスよ。」
 コート上では木吉が周りのみんなに声をかけ、誠凛が落ち着きを取り戻した…のだが何を言ったのだろう、日向にどつかれている。だがみんなの顔に少し余裕が生まれたのを見てやよいが嬉しそうに声を上げる。
「えへへ。鉄平さんは、いつも頼りになるんですよ。」

嬉しそうなやよいとは対照的に
「あれ?テツ君がベンチに…」
木吉に何か言われて影を背負った様子で黒子がベンチに下がっている。それを見て美希が不満そうな声を上げる。
「まあ、仕方ないッスね。ミスディレクションが切れてる以上、出ててもあんま役に立たないッスから。」
 黄瀬が黒子の交代の説明をするが、美希は膨れた状態でベンチを見ている。その様子に苦笑しながら黄瀬が続ける。
「まあ、黒子っちのことスからまたなんかやらかしてくれるはずッスよ。」


コートでは黒子の代わりに水戸部が入っていた。展開の予想を尋ねようとした真だが、

「ああもう!やっぱり始まっちゃってる!」
 出口から聞こえてきた声に黄瀬が振り向いたことで中断させられる。

「あれ?桃っちじゃん!黒子っちと緑間っちの試合見に来たんスか?」
 入ってきたのは真たちが会ったことのない女性で、黄瀬が親しげに声をかけたことで真が少しムッとした表情をしている。

真の様子に気づかず黄瀬は女性に向き合っている。真の怒りは
「きーちゃん!」
女性の親しげな態度にさらに激化することとなり、口をとがらせて女性を見ている。
「その呼び方やめてくんないッスかね…?」
今まで何度も繰り広げれられたことがよくわかるやり取りである。
「だってきーちゃんはきーちゃんでしょ?一人…じゃないみたいね。」
女性は黄瀬の方をじっと見つめる真の様子に気づいたようで少しその剣幕に引いている。

「ああ。真っち、こっちは桃っち。前に言った桐皇のマネージャーで…帝光のときのマネージャーッス。」
 黄瀬は、真のじっと見つめる視線にようやく気付いたのか桃井を紹介する。だが紹介文は美希の事を思い出して途中で変えられた。
「えっ!?あ…、菊地真です。」
 黄瀬の紹介で以前話に出てきたことを思いだし、慌てて態度を改めて自己紹介をする。逆に話を思い出した美希は、観察するような視線を桃井に向けている。桃井は黄瀬の真に対する態度になにか感じたのか興味深げに真の様子を伺っている。

「へー。桃井さつきです。よろしくね。」
 桃井の楽しげな視線に真が居心地悪く身じろぎする。居心地の悪さは
「ねえねえ。桃井さん。」
 割り込んできた美希によって破られる。

「はい?えーっとあなたは…」
「星井美希!桃井さんはテツ君の彼女なの?」
 以前黒子にも尋ねた質問を尋ねる美希。黒子は明確に否定することもなく誤魔化していたためもう一人の当事者に都合よく尋ねたのだが、美希の直球の質問に桃井は顔を赤らめて悶える。

「か、彼女なんて、そんな…きゃー。誰が言ったの、ねえねえ。」
 やたらと嬉しそうに問い返してくる桃井の様子に、美希が黄瀬を睨み付ける。
「…ほら、桃っち試合が面白いことになってるッスよ!」
 黄瀬は視線をさまよわせた後、慌ててコートを指さして声を上げる。
「…え!?」
 美希に詰め寄っていた桃井は黄瀬の言葉に表情を改めてコートを見る。コート上では火神と木吉のダブルチームによって緑間を封じようと奮闘している誠凛の姿があった。
「へー、ダブルチームでミドリン対策か。でもそれじゃあ…」
桃井は瞬時に状況を理解して予想を声にする。桃井の予想通り、緑間に木吉がついたことでインサイドが不足した誠凛はアウトナンバーで襲い掛かる秀徳を防ぎきれずに得点を奪われる。だが、

「速い!」
 誠凛に渡ったボールは瞬時にコートを縦横に駆け前線に運ばれる。今までよりも格段にアップしたテンポに秀徳は対抗しきれずにゴールした前侵入を許す。

「あっ、鉄平さん!…て、えええ!?」
 ゴール下でボールを受けた木吉はそのままシュートを放つと見せかけてブロックされる直前でボールを水戸部に回し、水戸部が得点を決める。
「へー、あれが鉄心の後出しの権利ッスか?」
黄瀬が感心したように呟く。
「あれ?きーちゃん、見たことなかったの?」
桃井が黄瀬の言葉に反応して尋ねる。
「鉄心とやったのは一年の頃っしょ?入部すらしてないッスよ。DVDで見ただけッス。」
黄瀬がコートに視線を向けたまま答える。
「黄瀬君。後出しの権利ってなに?」
真が黄瀬の言葉を尋ね返す。
「鉄心の得意プレーッスよ。人並み外れた手の大きさと握力でボールを掴むことで通常なら手放してしまうタイミングで行動を変えるプレーッスよ。」
「しかも、木吉鉄平はセンターにも関わらず抜群の視野とパスセンスをもってるから普通のセンターに比べて攻撃に幅があるの。」
 黄瀬の説明を桃井が補足する形で説明する。二人の息の合ったようにも見える解説に真が感心しつつもおもしろくなさそうな表情をする。
「鉄平さんの手ってすっごく大きいんですよ!」
やよいが真の様子に気づかず、身振りで大きさを表すように説明し、黄瀬はそれを苦笑しながら見ている。

「それにしてもこれは…型はまったく違うけど、桐皇と同じ…!?」
真の様子に気づいた風もなく桃井はコートに視線を向ける。春香が少し慌てたように会話をつなげる。
「えっと、黄瀬さん。同じっていうのは?」
ただ質問は桃井ではなく黄瀬になってしまったのは、春香も場に漂う流れから桃井に発言させることの危険性を考えての事だろう。

「ん。IHの時の誠凛のスタイルは攻撃型のチームバスケ。攻撃に特化しながらも全員で得点をとりに行くスタイルッス。でも今のプレーは速さが違う。5人の走力とパスワークで得点するラン&ガンのハイスピードバスケット。どうやらこっちが本来の誠凛のスタイルみたいスね。」
 黄瀬の説明するようにコート上では誠凛が縦横無尽にコートを走り、めまぐるしい速さでボールを回して得点していた。伊月を機転にパスを回し、中から木吉が攻撃バリエーションをもたらしていた。

しかし、
「おおおお!」
 圧倒的な存在感で秀徳のセンター大坪がリバウンドを支配し、

ヒュッ、パッッ!
木吉がリバウンドに駆け寄った隙に火神を振り切った緑間が自陣コートから超長距離のシュートを放つとボールは的確にゴールを射抜いた。
「あんなに遠くから…」
始めて緑間のプレーを見る千早が驚いたように言う。会場も両校のテンションが上がってきたことで盛り上がるが、

ビー…!!
「第2Q終了です。これより10分のインターバルに入ります。」
「えっもう終わり?」
興奮がピークに達した状況で試合が中断し、春香が物足りなさげに声を上げる。その様子に黄瀬が微笑ましげな顔を見せる。
「うわーすごい盛り上がってるわね。きーちゃんどう思う?後半の展開。」
 桃井が感心したようにあたりを見回して尋ねる。

「え?うーん…さっぱりッス!!」
桃井の問いにやたらと清々しげに答える黄瀬。
「ホントだめよね。きーちゃんって…」
呆れたように断言する桃井に真がムッとしたように言い返す。
「そんなことない。ねぇ…涼!」
 先程の言葉を忘却した真が断言する様子を苦笑して見る黄瀬は、真を落ち着かせるように頭に手をおいて言葉を補足する。

「まあまず間違いなく後半は点取り合戦ッスね…ただ不利なのは誠凛ッスね。」
真の言葉を肯定するためにも語った言葉は、今度はやよいや美希の不況を買う言葉となったようで、二人がムッとした表情をする。

「今のところ誠凛に秀徳を止める手だてはない。けど秀徳は誠凛をまったく止められないというわけじゃない。先にボロが出るとしたら誠凛しかない。」
 不満そうな二人だが黄瀬の真剣な様子に口を挟むことはしなかった。ただその様子をしっかりと認識していた黄瀬は、言葉を続ける。

「ま…けどそれは黒子っちがいなかったらの話ッス。このまま黙ってるはずがない。キセキの世代、幻の6人目は伊達じゃないッスよ。」





[29668] 第24話 それは笑えないッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/31 22:05
WC予選決勝リーグ第2試合誠凛高校対秀徳高校、現在ハーフが終わって得点は45対43。序盤は火神の活躍や木吉を中心としたラン&ガンによりリードした誠凛だが、チームプレイを発揮し始めた秀徳の猛追と高尾の黒子対策により徐々にその差を縮め、流れは秀徳に傾こうとしている状態だ。
会場の様子も待ちきれないとばかりに興奮した様子で、後半の展開を予想する声、前半の激闘を回想する声が聞こえる中、黄瀬の目の前では、

「テツ君のミステリアスなところ!」
「んー、時々みせる凛々しいところ!」
二人の女性が言い合いをしていた。
「止めなくていいんですか?」
その様子を端で見ていた千早が現状を回想していた黄瀬に尋ねる。
「…口を挟む度胸はないッス。」
現実逃避から連れ戻された黄瀬は、ちらりと二人を見て短く答える。真たちも苦笑しながらも口を挟むことはできていない。
美希と桃井の二人はいかに黒子が魅力的かを競い合うように言い合っていた。
「ちょっと美希…あんまり大声で言わないほうが…」
「う~、なんだか美希さんが怖いです~。」
春香がとりなすように声をかける一方、やよいは恐れおののいている。


第24話 それは笑えないッス


「テツ君は美希の事、太陽みたいな光だって言ってくれたの!」
「む…私は夜の公園でテツ君にすごいの見せてもらったんだから!」
 だんだんと怪しい内容になりつつあることにようやく黄瀬が口を挟む。
「はいはい、桃っち、なにを見せてもらったんスか。」
「えっ…新しい技よ。」
黄瀬が話しかけたことで白熱しすぎたことを察したのか、はたまた内緒の思い出にしておきたかったのか少し恥ずかしげに黙ったのち答える。だが桃井の答えに一同ははてな顔をうかべ、黄瀬は訝しげな表情をする。

「新しい技…ッスか?」
「うん、キセキの世代を抜くための、ドライブだって。」
なぜか誇らしげに語る桃井の様子に美希が再びムッとした表情となる。止めようとした真たちだが
「へー、それは…笑えないッスね。」
 ゾッとするほど冷たい声が発せられ思わず振り返る。そこにはコートに姿を現した誠凛を好戦的な目でにらむ黄瀬の姿があった。

「これより第3Qを始めます。」
 会場の声援はインターバル明けでも衰えることなく盛り上がっている。再開された試合は、前半終了時の展開そのままに緑間の絶妙のパスが冴え、必勝パターンで攻め込む秀徳という構図となっていた。そして

「あっ!!決められた!」
 攻め込んだ状態から高尾が緑間にボールをリターンして緑間が3Pを決める。思わず声を上げる真。スコアボードはついに逆転されて45対46となっていた。

「…」
 黄瀬はなにかに気づいたかのように珍しげな表情をしており、桃井も若干ながら感心した様子だ。だがコート上の展開はそんなことを気にしている余裕もない状況となっていた。

「速い!」
 得点を返すため誠凛がラン&ガンで攻め込む。その速度は衰えることなく切れ込んでいくが、

「止められた!?」
 既にパターンを研究していたのだろう、秀徳の8番がボールをスティールして5番に繋ぎ秀徳のカウンターが炸裂。レイアップから得点を奪われてしまう。さらに追い打ちをかけるように

「どうやら我慢比べは緑間っちの勝ちみたいッスね。」
火神が限界を迎え、ブロックすることができずに緑間の3Pが決まる。

「そんな~。」
木吉と火神、二人がかりでも抑えきれない緑間にやよいが声を上げる。
「点数が徐々に…開いていってる…」
 春香も心配そうにつぶやく。スコアボードでは68対76と点差が付き始めていた。だが黒子が劣勢にもかかわらず桃井は僅かに嬉しそうに呟く。

「…なんか…変わったねミドリン。」
「そッスかー?」
 黄瀬が呟きを聞いてあきれたように問い返す。

「あときーちゃんも変わったよ。」
「うっ…」
 夏以降何度か言われたことを桃井にまで言われて思わず言葉が詰まる。黄瀬は自分を見上げる真の頭を撫でるように手をおき、
「まあ、オレの方はともかく…変わったんじゃなくて、たぶん変えられたんじゃないスか?」
 撫でられる真は猫のような笑顔をみせ、桃井は今までの黄瀬の女性に対する態度と大きく違うことにもわずかに驚きながら、黄瀬の言葉の続きを待つ。コート上では鉄面皮の緑間が仲間に囲まれて、ほんの少しだけ笑ったように見えた。

「なんでッスかね…あの人と戦ってから…周りに頼ることは弱いことじゃなくてむしろ…強さが必要なことなんじゃないかと思うんス。」
黄瀬の言葉に真たちも少し嬉しそうにその様子を見上げる。

「あ…!!」
 ボールがアウトラインし誠凛のメンバーチェンジが告げられる。
「ようやく来たッスね…黒子っち。」
コートでは満を持して黒子がコートに入った。

「テツくーん!」
美希が嬉しそうに声援を飛ばすが、真たちは少し不安そうにコートを見つめる。
「大丈夫なのかな?黒子君もうミスディレクションっていうのは切れてるんだろ。」
真が心配そうに黄瀬に尋ねる。
「この場面で出てきたってことは桃っちの言う新技しかないっしょ。」
黄瀬と桃井は真剣な表情でコートを見つめる。
 第3Q終了まで残り43秒。点差は6点。追いかける誠凛は、しかしラン&ガンのスタイルから一転慎重なボール回しを展開している。

「随分ゆっくりとした展開ね。」
 千早がコート上の変化に感想を漏らす。
「切り札投入直後ッスからね。ここで取りこぼさないようにタイミングを計ってるんスよ。」
 ボールが回り、そして

「スクリーン!?」
 異変に声を上げたのは黄瀬だけではなかった。誠凛はそれまで黒子についていた高尾を引きはがすため、なんと火神をスクリーンに使ったのだ。ボールはタイミングあやまたず黒子に送られ、

!?

なんと黒子は緑間と向き合った状態でボールをキャッチする。

「なっ!?ボールを持ったらミスディレクションは使えないハズ!」
 黄瀬が驚いたように声を上げる。
「違うよ。あれは速さとか巧さとかじゃなくて、あのドライブはおそらく…

                      …消える!!」
 桃井が新技の発動を予見し、まさにその瞬間黒子は緑間をドライブで抜き去った。

「なん、だとぉ―――!!?」
 最も驚いたのは緑間をはじめとした秀徳のメンバーだろう。抜かれた緑間は反応すらできなかった様子から瞬時に立て直し、振り返るが

「あっ!」
 5番に進路を阻まれた黒子は瞬時にボールを木吉に回す。

ガツンッ!!

木吉はゴール下でボールを受けると混乱する秀徳の他所にダンクを決めた。

「鉄平さんすごいです~。」
やよいが得点を挙げた木吉のプレーに歓声を上げ、真や美希たちも誠凛の得点に喜ぶが、黄瀬や桃井は緑間が黒子に抜かれたことに驚愕していた。
「なっ!マジで緑間っちが…!?」

 混乱から焦りがでたのか秀徳は5番が無謀な攻撃を仕掛け、枠の手前に直撃したボールはインサイドを支配していた大坪の支配権から離れた位置まで跳ね、誠凛がキープする。
 伊月にボールが回り、誠凛は再び攻撃を仕掛けるため速攻で黒子に送る。だが黒子の前にはいち早く状況を察して戻った高尾が立ち塞がる。

「高尾にはミスディレクションはもう通じない…!?」
 黄瀬は緊迫した様子で黒子を見つめるが、コートでは天敵高尾を再び発動したバニシングドライブで抜き去った。
 ゴール前に切り込んだ黒子はボールを日向に回し、日向は3Pを決め一気に得点を縮める。

「テツ君すごいの!さすがはハニーなの。」
「3点差まで追いついた!」
美希や真が興奮したように声を上げる。コート上では秀徳のボール回しをスティールした黒子が日向にパスを送り、再び3Pが決まる。

「同点ですよ!同点!」
 春香がやよいと喜びながら声を上げる。試合は第3Q終了時点で76対76の同点となった。
 最後のインターバルに入りやよいが展開の予想を黄瀬に尋ねる。

「黄瀬さん。このまま誠凛勝てますか!?」
 興奮したテンションの状態で尋ねてくるやよいに対して、黄瀬は冷静にコートを見て答える。
「そう簡単にはいかないッスよ。」
 黄瀬の言葉に真たちが黄瀬に振り向く。桃井も黄瀬からそういう予想が聞こえてくるのが珍しいのか面白そうに聞いている。

「たしかに黒子っちのドライブは仕組みが分かんないし、今一番の脅威ッスけど、火神っちの疲労はかなりの状態ッス。火神っちが飛べないと緑間っちの3Pが威力を出してくる。」
 黄瀬の言葉に、ベンチに目をやれば、たしかに火神の疲労度合が他よりも大きいことが分る。不安そうな顔で見つめるやよいだが、

「まあ、火神っちがそんな簡単にいくほどヤワでもないし…まだまだ荒れるッスよ。」
 ベンチの前では気合いを入れ直すように体を動かす火神の姿があった。
「結局、分んないのよね…」
 黄瀬の補足に桃井が少し呆れたように呟く。


 再開された試合は、誠凛のいきなりのラン&ガンで始まる。
「まだまだ、いけるぞ!」
 攻撃的なプレーが性に合うのか真が拳を握って楽しそうに歓声を上げる。伊月―日向―火神と素早くボールが巡り、再び日向にボールが渡ろうする。だがその流れをよんでいたのか秀徳の8番がカットに割り込む、しかし
「あっ!?」
 混乱からたちなおりきっていない高尾を黒子が振り切り、パスルートに変化をもたらす。叩き落とすようにルートを変えたボールは日向ではなくゴール前に切り込む火神に渡る。火神の前には二人のDFが立ち塞がるが、

「おおおおお!」
雄叫びとともに火神がダンクを決める。
「ムチャするッスねー。」
疲労の大きな状態での豪快なプレーに黄瀬が感心したように呟く、だが真たちはその言葉が耳に入らないぐらいに大盛り上がりになっている。

「これが誠凛バスケの完成型…高速パスワークにテツ君が変化をつける、変幻自在型のラン&ガン…」
 桃井は黒子の応援役でなく、桐皇のマネージャーとしての貌としてコートを観察する。喜ぶ真や美希たちに水をさすように、

「調子に乗るなよ。」
 火神と木吉のチェックが一瞬遅れ、緑間の超長距離シュートが炸裂する。

「あぁ!」「むー。」
 やよいと美希が悔しげな声を上げる。
「弾数制限があるんではないんですか?」
 激しい攻防にテンションが上がってきたのか千早も若干弾んだ声で尋ねてくる。

「…緑間っちが残弾を把握してないハズはないッスけど…」
 黄瀬は桃井に視線を流す。
「予想ではもうとっくに切れてるんだけどね…」
桃井が苦笑いで答える。

「えっ!!?」
 桃井の言葉に真たちが驚き、
「いやー、やっぱ緑間っちもアツいッスねー。」
黄瀬が楽しそうに声を上げる。

 コート上ではクラッチタイムに入った日向が3Pを決め、秀徳が負けずに取り返す。会場が盛り上がっていく中、両チームは互角の展開で点をとりあう。

「すごい声援…」
桃井が感心したように呟く。真や春香たちも会場の盛り上がりに羨ましげな表情で見回す。

「まあ、一番楽しんでんのは中の選手なんスよねー、実は…集中力が極限まで高まってハイになるっつーか…」
 黄瀬が呟くように言うと真たちも覚えがあるのか、ライブの事を思い出したのか嬉しそうな表情を見せる。
「あーなんかバスケしたくなってきたッス!」
突然声を大きくした黄瀬に真は驚くが、すぐに嬉しそうに黄瀬を見上げる。

「すごいな。こういうの…」
真が名残惜しそうに試合の行方を見つめる。時間は刻々と過ぎていき、103対102の接戦のまま残り40秒を切った。

 そして30秒を切るころ、
「あ~、逆転されちゃいました~!」
やよいが悔しげに声を上げる。大坪がゴール下から得点を決めてスコアが逆転される。誠凛は伊月を起点に攻めようとするが、

「あっ!!?弾かれた!」
 5番に弾かれたボールがラインを割ろうと跳ねていき、春香が慌てた声を上げる。勢いよく跳ね上がるボールはそのままラインを割ろうとし、

「テツ君ナイスキャッチなの!」
 間一髪で空中に大きく跳び上がった黒子がボールをキープする。

「行かせねェ!!」
黒子に迫る高尾が気迫を見せて立ち塞がり、
「なら力づくで通ります。」
空中から戻った黒子は再びバニッシングドライブを発動し、高尾を抜き去る。黒子の活躍に美希が大喜びし、高尾は悔しげに振りかえる。大坪が黒子の進路を遮るように立ち塞がる。

「このコースは…鉄心!」
絶好のポイントに黄瀬が声を上げる。切り込んだ黒子からのパスはゴール下で待ち構える木吉に渡る。

「行っけぇーー!」
真ややよいたちが試合を決める一撃を期待する声援を送り、
「「!!?」」
黄瀬と桃井はなにかに気づいたように息をのむ。

 ゴールに手をのばす木吉。その背後から

「させるか、鉄心!!」
緑間が渾身のジャンプでボールに迫っていた。直接のコースを塞がれた木吉は
「くっ…」
体勢を瞬時に変えて、緑間に接触するような体勢からボールを投げる。
祈るようにボールの行方を見つめるやよいたちの目の前で、ファウルを告げる笛がふかれ、ボールは、

ガッッ
「ああっ!」
枠に阻まれて入ることなく地に落ちた。
「ディフェンス!!プッシング!!秀徳6番!!フリースロー、ツーショット!!」
 審判の宣言が鋭く響く。

「え、えっ!?どうなっちゃうんですか、これ?」
 やよいが混乱した様子で問いかけてくる。残り時間は2秒再開されても打ち直す時間はほぼない。真たちもルールに詳しくないため尋ねるように黄瀬を仰ぎ見る。

「1点差でフリースロー二本。一本決めれば、同点。二本決めれば誠凛の逆転。二つとも外れれば、その時は…リバウンド勝負!」
 黄瀬は少し考え込むように現状を説明する。説明を聞いたやよいや美希たちが祈るようにコートに視線を向ける。

「今のプレー…」
真と千早もコートに視線を向けようとしたが黄瀬の呟きに、視線を黄瀬に戻す。

「ファウルに持ち込んだのを流石は鉄心ととるか…簡単に追いつかれたのをらしくないととるべきか…」
 見れば隣の桃井は悲しげともとれる複雑な表情をしている。コート上では木吉の周りに黒子たちが集まり、声をかけている。

「楽しんでこーぜ、です。」
「…じゃあ、そうさせてもらうか!」


 セットポジションについた木吉にボールが渡される。木吉は感触を確かめるようにボールをついたあと、ボールを縦回転させてから構える。

(入って!)
 やよいや美希たちの祈り通り、一投目が決まり、104対104の同点となる。
「…さあ、運命の一投ッスね。」

 続いてツースローのため、ボールが手渡される。木吉はただボールを手の中で回転させてから構える。

「ん!?」
 黄瀬がなにかに気づいたような声をあげるが、フリースローに集中している真たちはそれに気づかなかった。
 会場中の視線が集まる中、二投目が投げられる。ボールはループを描き…

ゴッ!
「「リバウンドォ!!」」
驚きが溢れる中、両チームの監督の鋭い指示が飛ぶ。

「おおお!」
 立ち直りは秀徳が早く、フィジカルに勝る状況のためそのまま大坪がボールをキープしようとボールを引き寄せる。思わず悲鳴を上げそうになる中、

「火神!!」
 わずかに遅れたにもかかわらず抜群の跳躍を見せた火神が、間一髪のところで大坪の手に収まる寸前のボールを空中で奪い取る。
 ボールをキープしたまま着地した火神は、

「おおおお!」「行っけー!」
真たちの歓声が響く中、最後の力を振り絞って跳躍する。その前には同じく渾身の力で立ち塞がった緑間がダンクを阻止すべく腕を伸ばしていた。
 勝敗は…

ビ――――ッ…
「試合終了――!!!」
 ボールが手元から放たれることなく試合終了が告げられる。

「えっ、この場合…どうなるんですか?」
 春香が疑問の声をあげるが、真たちが答えられるはずもなく、そろって黄瀬を仰ぎ見る。
「普通なら延長ッスけど…今大会は時間の関係で延長なし、つまり…ドローゲーム。」

コート上では、フリースローを外したことを悔やんでいるのか俯いたままの木吉にむけて
「木吉!!」
誠凛のメンバーが張り手をかましていた。

「あっあー!鉄平さんが張り倒されてます~!」
やよいが思わず驚き、張り倒された木吉も驚いている。

「ブッ…きっついな…!正直ここまで責められるとは思ってなかったわ。」
 床に座り込んだ木吉が仲間を見上げながら言う。張り倒してしまった仲間たちは、
「えっ?責める?ハイタッチじゃねーの?」
「え?」
木吉の言葉に驚いたように手をあげたまま固まっている。

「ふふふ、違うみたいだよ、やよい。」
春香が、心配そうなやよいを安心させるように笑いながら声をかける。

「なにシケたツラしてんだダァホ!!お前がいたからここまでこれたんだろが。」
「手を抜いたわけじゃない。誰のミスでもないだろ。」
「つか負けたわけじゃねーし。」
「精一杯やった結果です。何一つ不満はありません。」
 それぞれに悔いの残さないように尽くした結果なのだろう。清々しく笑いかけている。ベンチで待つ仲間たちも満足そうに笑いかけている。その様子に、

「ああ…そうだな。」
 チームを支えた鉄心も声を返す。

「すごかったね。」
「カッコよかったの!!」
 会場も両校に拍手を送り、真たちも同じように拍手を送っている。美希はようやく間近で黒子の試合が見れた事にかなり満足気だ。両校の選手が中央に集まり互いに礼を交わしている中、

「秀徳が落とすことはないから、これで緑間っちは決まり。そして黒子っち達はもう一つやっかいな奴に勝たなきゃなんなくなったッスね…」
 黄瀬は鋭い視線を向けたまま呟き、その言葉に真が尋ねるような視線を向ける。


 拍手で終えた試合の隣のコートでは、108対71という点差以上に後味の悪い険悪な空気で試合が終了していた。


「さてと…また雨が降んない内に帰るとするッスか。」
 黄瀬が真たちに提案する。だが
「えー。美希、テツ君に会いたいの!」
「やよいも鉄平さんにお疲れって声かけたいです~。」
 美希とやよいが誠凛陣営に行きたいと場を混乱させていた。

「美希、やよい。あんまり騒ぎすぎない方が…」
 千早が周囲を気にしながら制止の声を上げる。以前までと違い、今の彼女たちはかなり顔が知られてきているのだ。先ほどまでは試合に夢中だったためか、あからさまに気づいた様子の人は少なかったが、試合が終わり人がはけ始めたためひそひそとこちらを見て話している人が目立ち始めた。ただ、近くにキセキの世代として恐れられている黄瀬がいるためか会場内で声をかけようという度胸のある人はいないようだ。
 結局、真と春香も宥め役に回り、やよいも周囲の様子に気づき、黄瀬に迷惑をかけるのも悪いという思いから帰宅することとなった。


「涼。さっき言ってたけど、誠凛の最後の相手って強いの?」
 出口へと歩きながら真は試合終了時の黄瀬の言葉について尋ねた。美希と桃井はまたも火花を散らし、春香と千早、やよいは試合の興奮を話し合っていたが真の質問にそれぞれ話をとめて黄瀬に注意を向けた。

「…強いっちゃ強いんスけど…誠凛とは因縁が…」
「きーちゃん。」
 少しためらいがちに告げようとした黄瀬を遮る形で桃井が前方を指さす。少し離れたところにメガネをかけた長身の男が自販機にコインを投入していた。黄瀬の話が中断され、桃井は自販機に忍び寄ると

「えい!」
 ボタンを押そうとしていた男よりも先にボタンを押した。指定されたのは…おしるこ…

「コレでしょ?ひさしぶり、ミドリン。」
あまり表情を変えずに振り向いた緑間に明るく挨拶を投げかける桃井。少し遅れて黄瀬も歩み寄り、
「まぁ、悪くない試合。だったんじゃないスか?」
皮肉げに語りかける。
「…フン。」

 緑間を加えた一行は、話しながら外へと向かう。常に不機嫌そうに見える緑間に話しかけづらそうにしながらも親しげに話しかける黄瀬の様子を伺う真たち。
「次の試合、勝てばWC。間違ってもコケちゃダメッスよ?」
「ありえないのだよ。くだらないことを言うなバカめ。」
「バカとはなんスか!」
 緑間のあまりの言いように思わずムッとする真。黄瀬も若干傷ついたような声を上げる。

「そんな心配するなら言う相手が違うだろう。」
 文句を言おうとした真だが、緑間の言葉に耳を傾ける。
「次の誠凛の相手は霧崎第一…花宮真だ。」
 誠凛の話題になったためか、興味がなさそうだった美希も食いつく。

「花宮、真…?真くんと同じ名前なの。」
美希の言葉に黄瀬が嫌そうに顔を歪める。
「悪童ッスか…また厄介な奴が相手ッスね…」
その様子に真が黄瀬に不審な顔を向ける。
「どういう人なの?」
同じ名前だからか、興味が湧いた真が黄瀬に尋ねる。

「真っちとは正反対のヤロウッスよ。」
「ふん…木吉と並び称される無冠の逸材の一人だが、心底気に食わんヤツだ。」
 二人がそろって嫌そうに話すため真たちも不安な表情となってくる。

「この決勝リーグ、奴は明らかに次の誠凛戦に照準を合わせてきている。勝つために必ず何かしてくるはずなのだよ。」
「なにかって…。」
緑間の予想に春香が心配そうな声で呟く。
「そういえば、さっき誠凛と因縁があるって言ってなかった?」
真が先ほど中断された黄瀬の言葉を思い出して尋ねる。

「…去年の話スからオレもセンパイに聞いただけなんスけど…」
 少し言い辛そうにした後、やよいをちらりと見てから答え始める。
「去年のIH予選で鉄心が悪童に潰されて病院送りになったって噂があるんスよ。」
 黄瀬の言葉にやよいたちが驚く。
「えっ!?」
「実際、夏も含めてここまで霧崎の相手チームはほぼ必ずチームのエース格が途中退場になってるの…」
補足するように桃井が告げる。
「誠凛は、去年のIHの決勝リーグ、鉄心不在で三大王者に惨敗。以降今年のWC予選まで鉄心は姿をみせていないのだよ。」
「今日の試合も終盤のもたつきは、無冠の五将らしくなかったッスよね、緑間っち。」
緑間の言葉に、黄瀬が相槌を打つようにつなげ、緑間に返すが、

「黙れバカめ。」
 もたつきによって救われた形の緑間はメガネを直しながら青筋を浮かべている。
「もうオレは行く、じゃあな。」
機嫌を悪くしたように言い放ち緑間が足を速める。
「えーもう!?せっかく久しぶりに会ったのに…」
桃井が名残惜しそうに声を上げる。とはいえ進路が同じなため少し遅れる形でついていくと

「ってうわ!なんスかコレ!」
 緑間が向かう先にあったものを見て黄瀬が思わず声を上げる。
「リアカーだ。高尾にひかせて…」
その高尾がここにはいないのだが…なぜかリアカーの中を見た緑間の動きが止まる。黄瀬と桃井が近づき中を覗き込むとそこには

「わふっ!!」
 尻尾をふりながら、服を着た犬が鎮座していた。固まる三人。真たちも近づいて中を覗き込む。

「あー、犬ですよ犬。」「わぁあ。」「可愛いの!」
春香と真が感激したような声を上げ、美希が犬に手を伸ばす。

「てゆーか…なんかすごい誰かに似てるッス!」
「なぜだ…見てると無性に…腹が立つのだよ…!」
「なぜかしら…見てると可愛い以上に…なんか好き!」
固まる三人もそれぞれに感想を呟く。

 
 一方、激闘を終えた誠凛控室では

「2号連れてきたァ!?」「てへっ。」「てへっ、じゃねぇよ!!」
「ちゃんと控室に隠してたんだけど…どっか行っちゃったみたい…」「行っちゃったみたいじゃねえよー!!」「ただの散歩だろ?」「犬が去ぬ…!?」「だぁっとけ木吉、伊月!!」「まずいだろ、とにかく探せ―!!」
                    大混乱が勃発していた。


「どこから来たのかな?」「この服すっごく似合ってるの!」
 ここにきて意気投合したのか美希と桃井が代わる代わる犬を抱きしめながらはしゃいでいる。
「あのユニフォームどっかで…」
黄瀬は犬の来ている服に見覚えがあるのか訝しげな表情をするが、

「その犬、オレのリアカーに小便してるのだよ!」
緑間の絶叫に思考を中断させられる。先ほどまで漂っていた不安げな雰囲気は完全にどこかに跳んでしまったかのような喧噪が繰り広げられている。

「よこすのだよ桃井。」
緑間が青筋をたてて桃井に迫る。
「なんで!?」
鬼気迫る表情の緑間に桃井が危機感を覚え、犬を隠すように抱きしめる。
「撃つ…!」
「どこへ!?イヤ~!!」「いじめちゃダメなの!」
桃井と美希が犬を庇う。危険を察知したのか犬は桃井の腕から逃れて地面に降りると

「わん!」
「すみません。その犬ウチのです。」
いつの間にか接近していた人物の下へと駆けていった。嬉しそうに尻尾をふる犬を抱き上げたのは、

「あれ?」
「テツくーん!」「あっハニー!」「黒子っち!?」「黒子…!」
十色の呼び方で飼い主の名を呼ぶ。
「皆さん…どうしたんですか?」

「その犬、ハニーのなんだ!可愛いのー!」
「テツ君とテツ君そっくりの犬…!?かっ…かわいすぎ――!!」
美希は念願の黒子と会えたことで喜んで近づき、桃井は感激のあまりクラりと倒れこんでしまう。
「桃―っち!!」
 慌てた様子で黄瀬が叫ぶ。

「おーい緑間って、ん?…何この状況…!?」
  単独行動をとった緑間を探していた高尾がやってきて目にしたのは

「桃っちー!!」「救急車を呼びましょう。」「そーゆーこっちゃないのだよ!!」「あわわわ。」
 慌てるキセキの世代のメンバーと765のアイドルという摩訶不思議な図であった。
 

「フー…ッ。くだらんオレはもう帰るのだよ。」
「あれ!?行っちゃうんスか!?」
 高尾が来たことに気づいた緑間は騒ぎを脇において帰ろうとし、黄瀬が慌てる。

「行くぞ高尾。」
「えっ、いや、いいのかよ!?」
 久しぶりの友人との再会だというのに冷淡な様子の緑間に真たちも戸惑いがちな視線を向ける。
「なんか冷たい感じ。」
 美希がぼそりと呟く。その声が聞こえたわけではないが、緑間は帰ろうとした足を一度止め振り向くと

「黒子!…ウィンターカップでまた、やろう。」
「…はい。」
いつもの鉄面皮は心なしか楽しそうに笑っているようにも見えた。


 集合しなければならない黒子にへばりついていた美希を引き剥がし、黒子とわかれる。気絶中の桃井は黄瀬が背負うこととなった。その際、真がやたら不機嫌になってしまったが…
 その後、気づいた桃井とわかれ、黄瀬は真たちを765の事務所まで送って行った。騒がしさから離れると先ほど黄瀬たちが言っていたことが気になり、話題が戻った。

「黄瀬さん、さっき言ってた、誠凛の次の相手ですけど…」
「…花宮ッスか?」
 春香が尋ねると、黄瀬は少しためらいがちに相手の名前を口にする。

「黄瀬さん!鉄平さんなんですけど、らしくないってどういうことなんですか!もしかして…その…怪我とか…」
 意を決した様子でやよいが黄瀬に尋ねる。親しいご近所さんというよりも弟たちが世話になったり、一緒に買い物をしたりとやよいにとっては頼もしいお兄さんのように感じているのだろう。不安な心情がにじみ出ている。

「分んないスね…コートに立ってた以上、どういう状態かは分らないし、関係もないスから…ただ無冠の五将とまで呼ばれた鉄心があの状況で外したのは不自然ッスね。」
「…」
「ついでに言えば、一投目と二投目でルーチンが変わってた。」
「ルーチン?」
 黄瀬の言葉に黙り込むやよい、冷淡なようだが黄瀬にとって木吉はいずれくる雪辱すべきチームの一人なのだ、心配するような間柄ではない。続く黄瀬の言葉に真が疑問符を浮かべる。

「集中を高めるために投げる前にやる動作ッスよ。それが乱れていたってことは集中がなんらかの要因で乱れてたんスよ。」
 黙り込んでしまう一同、会話がまばらなまま別れるところまで着いてしまう。

「…心配かもしんないッスけど、鉄心に聞いてもなんも変わんないッスよ、きっと。」
 やよいの心配しているため直に聞いてみようという考えを見透かしたうえでの、酷薄なようにも聞こえる黄瀬の言葉に思わず春香が言い返す。
「そんなことないですよ!」

「…怪我をしていようと、オレらの前まで上がってくるのなら全力でツブすまでッス。」
 冷たい目で言い切る黄瀬に思わず、真たちも凝視してしまう。
「そんな…」
「黄瀬君冷たいの!」
 春香が驚いたような声を漏らし、美希が黄瀬の態度に反発する。真はどちらの味方につくこともできず戸惑う。黄瀬の言うことも分らなくないが、あまりに冷淡な言い方に反発心が湧いてしまう。
 黄瀬は溜息を一つついて歩き出す。

「怪我していることが分って、同情して、それでオレらが手加減しても…きっと誰も嬉しくないッスよ。」
「涼!そんな言い方ないじゃないか!」
 あまりにも突き放したような黄瀬の呟きに耐えきれなくなったように真が怒鳴る。

「それでも…それでも心配くらいはしたいです!」
 去りゆく足を止めない黄瀬に向けてやよいが言い放つ。          



[29668] 第25話 いいんスか?
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/10/31 22:04
「宣誓―!!オレ達バスケ部は日本一目指して全国大会に、今年必ず出ます!!」
 それは始まりの物語。

出会えてよかった。後悔することなんて何一つない。例え一年限りの期限だとしても悔やむことなんてあるはずがない。
その夢が無理だと思っていたのはほかでもない自分だ。でも、そんな自分をあいつらは信じてくれた。戻ってくることを信じてくれたんだ。

「なめんな、やってやらぁ!!できなきゃ全裸で告るでもなんでもやってやるよ!!」
 …言い過ぎたこともあったかもしれないが…

・・・・

パチン
「ご愁傷様。」

 ブチッ!…

 「っぐっ…っっ~~~~!!!」
 声にならない絶叫が響き、心配そうに仲間たちが駆け寄る。

「何言ってんだ。今リバウンドのタイミング明らかに遅かったろ!!それに見てたぞお前。今何か合図出してたな。」
 あいつが怒ってる。そういえばオレの事、嫌いだとか言ってたな。でも殴ろうとするのはマズイぞ。試合中なんだから。

「日向やめろ!たいしたことない…大丈夫だ。すぐ戻る。」
「木吉…!!」
 あいつの隣に立つ男の歪んだ笑みが目に付く。たいしたことない…そんな程度でないことは自分が一番わかってる。今まで感じたことのない激痛。鳴ってはいけない亀裂の音。


「…!!くそっ…ぜってー勝つぞ!!」
 担架に乗せられ運ばれる中、コートからはアイツの鼓舞する声が聞こえる。ああ…やっぱりキャプテンはお前なんだよ…


・・・・

病室のベッドから呆然と夕日を見つめていると試合を終えた仲間たちが見舞いに来てくれた。自分が抜けてしまっても試合にはちゃんと勝てたらしい。

「全然たいしたことなかったわ!ねんざみてーなもんだと。」
「な…なんだよ!ビックリさせやがって!」
「入院とか言うからてっきり…」
「今日一日だけだよ。来週の決勝リーグまでには治るってさ。おおげさにさわいで悪かったな。」
 
よかったこれで誠凛は決勝リーグに進めた。自分はちゃんと笑えていただろうか…気づかれた様子はなく、伊月たちは軽いあいさつとともに帰って行った。

一人になった病室で呆然としていると突然、缶が投げ渡される。
「ったく…ミエミエのやせがまんしやがって…」
「…日向。」
 みんなと一緒に帰ったはずのキャプテンが一人病室に座り込んでいた。

「お前がねんざ程度で試合を放り出すわけねーだろ。」
 おかしいな、なんでお前がそんなこと言ってるんだよ。オレのこと大嫌いなお前が…
「いや大丈夫だ。来週までには治す。病は気からって言うしな。」
「ちゃかすなよ!キャプテンにまで隠し事かよ?」
 そうだよな。キャプテンだから…ちゃんと部員のことは知っておかないとな…

「…違和感はけっこう前からあったんだけどな…

……手術してリハビリして完治する頃には高校は卒業してるとさ。」
 隠すことなく正直に告げても日向は顔色を変えることなく沈鬱な表情のまま聞いている。まるで…

「手術せずにリハビリだけでだましだましやれなくもないらしいが、それでも戻ってくるのに一年はかかるそうだ。」
「…止めてもどうせ後者なんだろ?」
 まるでオレの事ならなんでも知ってる親友みたいじゃないかよ。

「ああ…」
 日向の言葉に戸惑うことなく返すと沈黙が訪れる。後悔なんてあるはずがない。そう、この選択も…

「でも…お前らと三年間やりたかったなあ…」
 外の景色では夕日が沈み黄昏を迎えていた。

「リハビリだけではバスケをすれば再びダメージが蓄積していく。戻ってもできるのはもって一年らしい…結局一緒にできるのは来年だけだ…」
 終わりのときは必ずくる。ただ…ただそれが少し早く訪れてしまっただけなのだ…

「…そうか」
 話を静かに聞いていた日向はそのまま顔色を変えず頷く。

「…しょがねーな。じゃあ・・・・」


…告げられた言葉を忘れることはない。ほかの誰よりも信じきれない自分をこいつは信じてくれているのだから。

「ああ…そうだな。悪い…じゃあ…ちょっとだけ待っててくれ。すぐ戻る…」
「謝ってんじゃねーよ。ダァホ。チームメイトだろーが。」
 お前らに出会えてよかった。涙でかすむ視界のむこうでいつもの不機嫌顔をしたあいつが立っている。



 必ず、あそこへ…あの場所で…


第二十五話 いいんスか?

黄瀬との気まずい別れの翌日、練習が休みということでやよいは長介に伝言を頼んで木吉に事務所まで来てもらっていた。
 どうやって事情を尋ねるか悩んだ結果、困りごとは相談してほしいと言うプロデューサーに打ち明けたところ、ここでみんなで聞いてみたらどうかという案がだされ、伊織から即採用されたのだった。

訳を知らぬままに事務所に通された木吉は、そのまま来客用のソファーに腰掛けるなり事務所内にいたアイドルたちに取り囲まれることとなった。

「怪我…してるんじゃないんですか?」
 ソファーに木吉が腰掛け、音無によってお茶が運ばれてからしばらく、沈黙が流れたが、意を決してやよいが木吉を見上げながら小さい声で尋ねる。突然の質問に木吉は驚いた表情でやよいを凝視する。

「…まいったな。だれがそんなこと言ったんだ?」
驚いた表情から困った表情へと変わる。木吉は頬を掻きながら尋ねる。
「…この前の試合の時に、黄瀬さんがそうじゃないかって…」
春香も心配そうな表情だ。

「そっか。流石だな…」
木吉は質問に答えてはいなかったが、その言葉は肯定しているようなものだった。

「今度の相手の人にやられた怪我だって…もしかしたらまた何かしてくるんじゃないかって…」
 やよいが思いつめたように詰め寄ってくる。
相手に危害を加えるようなやり口。春香たちが思い出すのは961プロとの諍い。急成長を遂げた765プロに対して961プロは仕事の横取りなどの嫌がらせを仕掛けてきたのだった。その記憶はいまだに新しく、だからこそ実際に人を傷つけるようなやり口は許せないのだろう。

木吉は溜息をつきながら呟く。
「…そこまで言ってたのか。」
「噂だって言ってましたけど、ホントなんですか?」
真が真剣な表情で尋ねてくる。まっすぐな性格の彼女にしてみれば、相手に怪我をさせるようなスポーツマンの存在が許せないのだろう。
「どうだろうな、去年の試合前から違和感はあったからな。」
 やよいは兄のように慕っている木吉に傷ついてほしくないのだろう、出てほしくない。その思いが伝わってくる目をしているが、それに気づかないふりをしながら木吉は答える。

「どれくらい悪いんですか?」
 試合観戦に同行していた千早は普段冷静な彼女には珍しく何らかの感情で激高した様子だ。

「黄瀬君の予想だとどうだったんだ?」
 千早の質問には答えず木吉は尋ねてくる。
「…関係ないことだって。上がってくるなら全力でツブすまでだって言ってました。」
 今まで優しい黄瀬しか見ていなかった。バスケが関わると冷酷な顔を見せるのだと、知っていたようで知らなかった彼の一面を見て最もショックだったのはやはり真なのだろう。その声は少し悲しげだ。

「そっか…それは嬉しいな。」
悲しげな真たちとは対照的に黄瀬の言葉を聞いた木吉は嬉しげだ。
「えっ!?嬉しいってなんで!?」
木吉の感想に真が驚いて聞き返す。

「相手が怪我してるって知った場合、大抵はそれを突いてくるか同情して手加減してくるかってことが多いのが普通だ。」
木吉は優しげな表情で真たちに話しかける。
「でも関係ないってことは、文字通り怪我の事なんて無視してくれるんだろ?」
「あっ…」
木吉の言葉が、黄瀬の真意かどうかは分らない。だがたしかに黄瀬は言っていた、何も変わらないと…

「でも怪我してるとこに負担がかかるかもしれないんですよ!」
 納得しかけた春香が慌てる。
「スポーツをしていれば多かれ少なかれ怪我をしているのは当たり前だ。怪我を理由に手加減なんてされたくないさ。それが大好きなことだったらなおさらな。」
 自身スポーツをよくする真はそのことがよくわかる。春香たちも木吉の言葉にはっとしたような顔となる。

「そんなのはいいから!あんたの怪我の程度はどうなのよ!」
 仲の良いやよいが落ち込んでいるのが心配なのだろう、伊織が怒鳴る。木吉はまっすぐな伊織の質問にしばし黙り込み、顔をそむける。まっすぐに自分を心配するその思いを無下にはできそうにない。

「…もって一年だそうだ。ほかの人には内緒にしててくれよ。」
 背けられたその表情を知ることはできない。やよいたちは木吉の言葉に驚き声を失う。
「しゅ、手術とかできないの!?」
 伊織は戸惑いながらも尋ねる。
「一年前ならそれもありだったが…今は、どうだろうな。」
「なんで受けなかったのよ!」
木吉の言葉に伊織の怒りが高まっていく。
「受ければ完治するころには高校生活終わってるそうだ…たとえ一年限りだとしても、あいつらとバスケがしたいんだ。」
 悲しげな表情のやよいの前で木吉は笑顔を見せる。

「あんたなんで「なんで笑ってられるんですか!」…千早…」
 伊織の怒声を遮って、千早が怒鳴る。木吉は少し驚いたような表情を見せる。
「…あいつらと大好きなバスケができてるんだ。楽しくないわけないだろ?」
 千早の剣幕を流すように木吉は答える。
「もうバスケットができなくなるんですよ。高校生活よりもその先にある未来の方が…ずっと、ずっと大切じゃないんですか!」
 珍しく感情をあらわにして怒る千早に周りのみんなは驚いている。

「…そうかもな…それでもオレはこれっぽっちも後悔してないんだ。たとえ手術した後、どんな明るい未来があったとしてもオレは今、あいつらと一緒に戦いたいんだ。本気で日本一を目指す、あいつらと…それに比べたら、大切なことなんてないぜ。」
 言い切る木吉の言葉にためらいはなく、清々しいまでの笑みをみせている。

「…それがそんなにも大切なんですか?その先にある未来よりも…」
 自分の言葉はきっとひどい言葉だ。大切なものなんて人それぞれで、その価値もまた人それぞれなのだから、それを否定しようとしている自分はひどい人間なのだろう。それでも言わずにはいられない。大切なものを失う悲しみを知っているから。大切な誰かが傷つく辛さを知っているから。

「…オレのいた中学はさ、全国でもそこそこの強豪だったんだ。」
 突然の昔語りに千早たちの言葉が止まる。
「でもさ、本気で打倒帝光を、日本一を目指してたやつはいなかったんだ。」
「えっ?」
 木吉の言葉に思わず、声があがる。
「…全国大会で、キセキの世代の力を目の当たりした時に、思ったんだ。きっとこの才能には抗えないって…」
 普段の黄瀬の様子からは、中々結びつかないが、たしかにIHで見た黄瀬と青峰の闘いは圧倒的だった。あの二人、いや緑間や黒子、そしてまだ見ぬ二人のメンバーまでもが集ったチーム。詳しく知らなくてもそれが、どれほど強いかはわかる。
「でもあいつらは、本気で信じてるんだ。キセキの世代を倒すことを…必ずオレが戻ってくることを…だから、戦いたいんだ。」
 信じきれない自分の代わりに、自分を信じてくれる仲間のために、必ず戻ると決めたのだから。

「…まわりの人がどれだけ心配してもですか?」
 どれだけ言ってもこの意志は変えられないだろう、

「…誠凛にはオレがいなくてももう十分な武器があるのかもな…でもオレにもまだ誠凛のためにできることがあると思ったんだ…だからオレは自分のできることのために戻った。」
 木吉の宣言に沈黙が流れる。 

「それに今年が最後なのはオレだけじゃない。海常だって、秀徳にだって、桐皇にだって、そして今までオレ達と戦った相手にだって今年が高校最後だった奴は大勢いる。そうやって積み重なった思いがあるから、みんなが一生懸命なんだ……心配してくれてありがとな。」



 話は終わった。木吉はポンとやよいたちの頭を一撫でしながら出口へと歩いていく。言葉もなくその歩みを見送っていると

「あっ、もしオレの事が原因で黄瀬君と喧嘩してたりしたらスマン。」
 木吉は思い出したように真に向き直って謝罪する。その言葉に真は、久しぶりに会えた前回の別れ際、思わず彼を怒鳴ってしまったことを思いだして慌てる。

「あ、いや、喧嘩なんて…」
「暇があれば次の試合の応援に一緒に来てくれ、と言いたいが…あまり次の試合は見てほしくないかな。」
 戸惑うような真に木吉は冗談めかして声をかけるが、その顔は少し悲しそうな表情へと変わる。

「行きます!必ず応援に行きます!」
 やよいが普段とは異なる勢いで声を上げる。木吉はその様子に苦笑し、手を振りながら事務所を後にした。


・・・・


「応援に行くのはいいんスけど…仕事はいいんスか?」
 気まずい別れ方をしてから1週間。真は恐る恐るという感じで黄瀬に連絡をとると、気まずく感じていたのは真たちだけだったのか以前と特に変わりないような反応だった。本来は行く予定ではなかったらしいが、今回も観戦の同行をお願いしたところ、快諾してくれたのだった。
 黄瀬にとって怒鳴られたことはショックだったが、特に普段と変わったことをしたつもりはなく、最近忙しくなっている真からのお願いを断るわけはなかったのだが…誤算があるとすれば、それは

「あはは…」「いいなー真美。しっかり応援してきてよ!」「ぶっ、ラジャー!」「いいのよ、今日は!」
 前回のメンバーよりもさらに人数が増えていることだ。苦笑いしている私服のプロデューサーをはじめ、今日の彼女たちはいつもの服装とは異なり、帽子をかぶっていたり、サングラスをしていたりと多少の変装をしている。真美と伊織も今回は来る気のようだ。代わりに亜美と春香は仕事が入っているため来られず、やよいの姿もない。
 木吉からなんらかの話を聞いたのではないかと予想はしていたが、このやる気は黄瀬にとって予想外だった。

「どうしたんスか、これ?」
 思わず隣に立つ真に尋ねるが、真は言いにくいことをどうやって切り出そうかという感じで聞いていない。伊織や真美はなにやら妙なスイッチが入っているらしく

「卑怯者なんかには絶対負けないんだから!」
「応援グッズといえばこれだよねー。」
 どこで仕入れた知識なのかペットボトルを片手に意気をあげている。
「伊織、真美。頼むからあんまり騒ぎは起こさないでくれよ…」
 開始前から疲れた様子のプロデューサーは二人をたしなめている。美希は二人のテンションがおもしろいのか騒ぎに加わろうとしている。千早はなにかを思い詰めた様子で返答を返してくれる様子はない。

「…真っち?」
 とりあえず一番近くの真に再度呼びかけてみると今度は気づいてくれたようだ。
「えっ、ああ、えーっと…」
反応は返って来たが全く話は聞いていなかったらしく、しどろもどろになっている。どうしたもんかと頭をかいていると

「その…ゴメン。」
 真がためらいがちに謝ってきた。
「ん?どうしたんスか?」
 謝られる覚えがなく、黄瀬は尋ねると真は顔を俯かせてポツリポツリとしゃべりだす。

「この前、怒鳴ってゴメン…」
真の言葉に、先日の別れ際の会話を思いだす。
「ああ、別にいいッスよ。」
気にしていないことのアピールがわりに俯いた真の頭を撫でるが、真は俯いたままだ。気に病んだままの、その様子に
「それじゃあ、真っちとデート一回ってのでどうッスか。」
 笑いながら提案すると真はがばっと顔を上げる。
「うぇ!?あ…」
驚いたような声を上げるが、笑いかける黄瀬の顔をみてすぐにその言葉の意図に気づく。元気づけるためのその言葉は二度目。

「…ああ、約束だよ!」
 真は今度こそ明るい表情で笑いながら約束を交わす。

「ちょっと、真!黄瀬!さっさと行くわよ!」
 伊織の怒鳴り声に顔を見合わせて二人も駆けていく。


・・・


 試合会場に行く道すがら、今回伊織たちがやけにハイテンションな理由。卑怯者ということの意味を聞いていた。

「961プロ…ねぇ。」
 先日、雑誌の表紙撮影の仕事を裏から圧力をしかけた961プロ、ジュピターにとられたことで卑怯なやり口に過敏になっているという事情を聞き、黄瀬はその事務所のことを思いだす。

「そういえば、雑誌の仕事であたったことがあったス。」
 黄瀬の言葉に真たちが驚いた表情を向ける。
「大丈夫だったの!?」
 真の驚いたような言葉に、その時のことを思いだそうとする。
「たしか…スポーツ対決とかで、なんかやったんスけど…」
 どちらもスポーツ万能という触れ込みがあるための企画で、当時すでにモデルとしてかなり売れていた黄瀬に、売込み中のジュピターを当ててきたのだが…
「あんま記憶にないッス。」
 あっけらかんとした黄瀬の言葉に、伊織たちもがくっと崩れる。事実、スポーツ万能とはいえ、強豪校でレギュラーをとるほどの運動選手と比較すればその差は明らかだろう。
 あるいはそんな企画ではなく、燃えられる相手であれば片手間ではない、モデルあるいはアイドルへとなっていたのかもしれない…


・・・

 会場に到着した一行は、誠凛近くの客席に座り、コートを眺めていた。
「…やけに殺伐とした雰囲気ッスね。しかし…」
 コート上でウォームアップをしている誠凛に流れる空気は重く、選手の表情も思いつめた表情が目立つ。その中でも特に日向の調子の悪さが目立ち、そのシュートはまったく入っていなかった。一方、観客席では、
「鉄平にいちゃーん!」「テツくーん!」
 ワイワイとコート上の沈鬱な様子など感じていないかのような明るい空気が流れていた。

「浩司!今練習中だから話しかけちゃだめでしょ。」
「しっかり応援しなきゃっていったの姉ちゃんだろ。」
 高槻家の兄弟たちの楽しげな声が響いていた。その横では美希が黒子に呼びかけてプロデューサーにたしなめられていた。

「兄弟総出動ッスか?」
黄瀬が呆れたようにやよいに尋ねる。
「えへへ。浩三はまだ小さいから家でお母さんたちとお留守番ですけど、みんなで応援したらきっと届きますよね。」
やよいの返答に黄瀬は溜息を一つつく、どうやら集合場所に居なかったやよいは弟たちとともに現地合流をする予定だったようだ。

「この兄ちゃんだれ~?姉ちゃんの彼氏なの?」
 次男の浩太郎が黄瀬を指さして尋ねる。その言葉にやよいは慌てて、
「違うよ~。この人は真さんの彼氏さん!」
「ぶっ!か、彼氏!?」
やよいのフォローに真が慌てた声を上げる。黄瀬は真の否定の言葉に溜息をついて視線をコートに向ける。

「応援はいいッスけど…今日の試合はあんまし面白くないッスよ、きっと。」
 黄瀬の言葉に真たちは表情は改めてコートに視線を向ける。コートでは木吉と霧崎の選手がなにか話しており、その横から怒ったような顔で日向が話しかけている。

「今、鉄心と話してるのが無冠の五将の一人、悪童、花宮ッスよ。」
 日向の後ろから火神と黒子が宣戦布告を返していた。
「悪童…」
 真が同じ名をもつ無冠の五将の姿を睨み付けていた。客席の上の方でもなにやら騒ぎが起こっているのか騒々しい。

「つーかコレ、堀北マイちゃんじゃなくて堀内マイじゃん!」

「…ねえねえ、黄瀬っち。あれ、桐皇でしょ?」
 無理やりに連れてこられたらしく、青峰がなにやら騒いでおりその様子を眺めている真美が黄瀬に尋ねた。

「…みたいッスね。」
 黄瀬は、そちらには視線を向けずにそっけなく答える。
「あいっかわらずの悪人面ね。」
伊織が青峰の顔をにらみつけるように言う。
「そういえば今回、あの高校でてませんね。」
「今回のWCは、何周年だかの記念大会で特別枠が設けられてるんスよ。」
「特別枠?」
千早の言葉に黄瀬が説明で返す。黄瀬の言葉に真たちが首を傾げる。
「IHの優勝校と準優勝校は予選免除。その分、出場校が増えるんスよ。だから東京代表は桐皇を除いてあと二校。」
「黄瀬今テツ君たちは何位なの?」
 美希が会話に興味をもったのかプロデューサーの小言に飽きたの質問してきた。

「誠凛と秀徳は今、1勝1分けでトップタイ。その次が霧崎で1勝1敗。泉真館が2敗。秀徳が泉真館に負けることはほぼないッスから…この試合の勝者が予選突破ッスね。」
「1敗ってことは霧崎、秀徳に負けたの?」
真美が尋ねてくる。誠凛に引き分けた秀徳に敗北したのなら、今回の試合も余裕があると考えたのだろう、だが

「そうなんスけど…どうやらその時の試合は2軍がでてたらしいッス。」
「決勝リーグなのに2軍!?」
黄瀬の言葉に声を上げた真を含め全員が驚く。

「まともにやっても恐らく秀徳が勝ってたハズッス。だからその試合を捨てて、1軍は誠凛の研究に充ててたんスよ。」
 その言葉に先日の緑間の言葉を思い出す。コート上では両チームウォームアップが終了し、ベンチでは最後の準備が行われていた。



「木吉センパイ!」
 古傷のある左膝にテーピングを巻こうとしていた木吉に後輩から声がかけられる。
「テーピングならやりますよ!」
「てかやらせて下さい!」
 やたらと気合いのこもった後輩たちはなぜだか必死だ。
「あ…ああ…?」
「オレ達なんもできないけどせめて…そんで、そんで…絶対勝って下さい!」
 その必死さは、予選最後の試合というだけではなさそうだ。思い当たる節は…

「んん?日向…!まさか話したのか!?」
 創部にまつわるエピソード。やよいたちにも話したこと話していないこと…
「別に隠すことでもないだろ。黒子と火神が話したらしいな。」
 木吉の問いかけに日向はストレッチを続けながら答える。木吉が話している時も後輩たちは懸命にテーピングを巻いている。その光景に少し困ったように照れる木吉。

「できました。」
 懸命な後輩たちによって巻かれたテーピングは彼らの気持ちを表したのか通常の何十倍もの量がぐるぐる巻きで巻かれており、
「できましてないでしょ!!」
 それを見たリコにどつかれていた。

「…まったく…」
 それを見たリコが手早くテーピングを巻きなおす。その手は手馴れており、的確に補強が施された。
「はい!できたわ…けどムチャはだめよ。危ないと思ったらすぐ代えるからね!」
「ああ…」
 リコの言葉にうなずき返し、木吉は立ち上がる。
「…ありがとな。」
 歩きながら木吉は後輩の頭を一撫でずつしていった。撫でられた後輩たちは実質的な役にこそ立てなかったがそれでも嬉しそうな顔を見合わせた


「絶対勝つぞ!!誠凛――ファイ!!」
「「「「「オオ!!!」」」」」
 円陣を組んだ誠凛のメンバーが気合いを入れる。

「イケー誠凛!!」「テツ君ファイトなの~!」「鉄平に~ちゃん頑張れー!」
 真美、美希、高槻家のそれぞれが声援を送る。
「予選最後の…因縁の試合の開始ッスね。」
 険しい表情で黄瀬や真、千早たちが見つめる中…

「それではこれより誠凛高校対霧崎第一高校の試合を始めます!礼!!」
「よろしくお願いします!!」
 試合が開始された。



[29668] 第26話 ナメンのも大概に
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/04 11:51
「そうか、黒子と火神…そんなにすごい奴らが入ったのか…」
 それは夏が終わる前、病室でベッドに腰掛ける木吉に近況を報告していたころの記憶。

「日向と伊月、水戸部…コガと土田もどんどん上手くなってるし、誠凛にはもう武器になれる奴が充分にそろったな。」
 以前からそうだった。ヘラヘラしたような表情で裏ではいつも何か考えている。その考えは捉えどころがないようでいつも周りのみんなの事を考えていた。

「何言ってんの鉄平もでしょ!」
 なんだかコイツの言葉は自分はもう必要ないと言っているように聞こえて思わず言い返してしまう。

「そりゃもちろんオレもOFに参加するさ。けどずっと考えてたんだ、戻ってオレが誠凛のためにできること…」
 木吉の顔に悲壮感めいたものはなく、後ろ向きではない笑顔が浮かんでいる。

「もしこの先戦っていけば、帝光のような圧倒的強敵に心が折れそうになるかもしれない。花宮のような危険な相手に傷つけられそうになるかもしれない。」
 圧倒的なまでの才能に絶望したことがあった。癒えぬ傷を受けてバスケ選手としての寿命を縮められてしまったこの身がある。だから…

「だからオレは決めたんだ。・・・・・・」
 この身に宿る心が鉄でできているというのなら…重すぎるその名に相応しき不屈の魂なのだとしたら…

 自分のなすべきことのために、オレは再びあの場所へ戻ると決めたのだ。

第二十六話 ナメンのも大概に

「やった!行けー!」
 開始された試合は木吉のジャンプによって誠凛ボールから始まった。弾かれたボールを受けた伊月は素早くボールを回す。真美が歓声を上げ、誠凛は得意のラン&ガンで切り込む。

「すっげー!」
「早い!」
 長介が喜ぶように声をあげ、千早も思わず声が漏れる。切り込んでいったボールが渡ったのは、

「いきなりッスか!?」
「行けーなのテツ君!」
 霧崎の8番が立ち塞がるがボールを受けた黒子は手品のようにすり抜け、ヘルプに入る12番に詰められる前にボールを高く放り投げる。

ドギャ!!

「すごいです~!」
「よし!先制点!」
 木吉の豪快なアリウープが炸裂し、やよいが声をあげて喜ぶ。真も誠凛の好調な滑り出しにガッツポーズをみせる。
 会場が盛り上がり、コート上では木吉がナイスっと黒子の背をはたいて…強すぎたのか黒子がバランスを崩していた。

「バニッシングドライブ…」
 黄瀬は真たちほど素直には喜べなかった。緑間すら抜いた黒子の新技がまぐれだとは思わなかったが、やはり平凡以下の身体能力やミスディレクションとパス以外は平均以下のスキルしか持たないハズの黒子が強豪選手相手にああも鮮やかにドライブを決めているのは深刻な問題だった。
 攻守が入れ替わり、霧崎が花宮を起点に攻撃を開始する。花宮の前には伊月が厳しい表情で立ち塞がり、DFに戻るどの選手の表情も怖いくらいに真剣だ。中でも日向の表情は鬼気迫るものがある。
 相手プレーヤーになにか話しかけられたのか一瞬気がそれた日向は、忍び寄った10番のスクリーンに阻まれる。だがそのスクリーンはファールととられてもおかしくない程の体当たりとも言えた。

 フリーとなった7番がボールを受けてシュートを放つ。ボールはゴールに入ることなく枠に阻まれ、跳ね上がる。ゴール下に構える火神が得意の跳躍を生かしてリバウンドをとろうとするがなにかに気づいたかのように跳び上がることなく相手10番にボールを奪われてしまう。

「なにやってんの火神っち!跳ばないとボールとれないぞ!」
 真美が声をあげて叱咤するが、火神は相手のリバウンドを阻止できないばかりか、着地した相手から距離を離してみすみすシュートチャンスを与えてしまう。
「ちょっとしっかりやんなさいよ!」
 火神の様子に伊織も声を荒げる。この中で黄瀬以外に早い展開を見切っていたのは格闘の得意な真くらいだったようで、真は黄瀬に振り向く。

「涼、今のリバウンド…!?」
「肘をはって振りまわしてたッスね。」
 真の懸念を肯定する黄瀬の言葉に、千早が驚きの声を上げる。
「肘って、反則ではないんですか!?」
 伊織たちも驚いたように黄瀬に視線を向ける。
「ついでに言えばその前のジャンプもバッシュを踏んづけてたッスね。いくら火神っちといえども足を封じられたら跳べないッスね。」
「どっちもファールだろ!」
鋭い視線を向ける黄瀬に真が声を上げる。黄瀬はその声に視線を真に向けて答える。

「どっちもうまく審判の死角で仕掛けてたんスよ。事実はあっても見えてなければファールはとれないんスよ。」
「なっ!?」
 不正があっても声をあげられない、その状況はつい最近の961プロのやり口を連想させ、真たちの怒りを上げる。

「昔からの悪童のやり口ッスよ…だからこの試合は、面白くないって言ったんスよ。」
黄瀬は鋭い視線を再びコートに向け、真たちもコートを睨み付ける。
「そんな卑怯者に負けるな誠凛!」
真美が拳を握りしめて声を上げる。

 コート上では再びリバウンドの状況になったが、やはりリバウンド要員の火神と木吉はバッシュを踏まれて跳ぶことができない。そして

「危ない!」
 真はリバウンドをとった7番が肘の打ち下ろしを日向に向けていることを察知して声を上げる、打ち下ろされた肘は、

「木吉!!」「鉄平さん!」
 間一髪のところで木吉が間に割り込み、腕で受け止めていた。

「ここはコートの中だ。ちゃんとバスケでかかってこい。」
「…してるけど?」
 バスケに真摯な木吉の言葉は7番には通じず。何食わぬ返事を返して、カウンターが仕掛けられる。 ワンマン速攻をしかけた花宮はDFに戻った伊月をヒュルリと躱してレイアップを決める。
 
「あんなの…あんなのがバスケなもんか!」
 真が怒りに震える声を上げる。伊織たちも怒った表情でコートを睨み付けている。彼女たちが見てきたバスケの試合は多くはない。だが見てきた試合はどれも人を魅了するようなものばかりだった。なにより黄瀬が大好きなバスケがあんなものと同じだというのは許せなかった。
 怒りの視線が向けられるコート上でも、怒りが渦巻いていた。

「惜しいっ、もうちょいであのメガネ君つぶせたのになぁ…ジャマすんなよな。」
 すれ違う悪童からかけられた悪意の言葉に、目を見開く木吉。腕に直撃を受けた木吉を心配するように伊月が声をかけている。握る拳は震え、歯を食いしばって木吉は吐き捨てる。

「オレがケガするだけならいい…だが…」

「なんか…鉄平さんが…」
「…怖いよ。」
 木吉を見つめるやよいが心配そうにつぶやく、真美も脅えたような声を漏らす。真たちも以前話した時の穏やかな木吉の変貌に脅えたようにコートを見つめる。

「仲間を傷つけられるのはガマンならん…!」
そこに居たのは普段やよいたちが見慣れた優しいおにいさんではなかった。

「花宮ァ…お前だけは必ず倒す!!!」
 振り返る木吉の瞳は怒りに燃えていた。


 再開された試合だが、霧崎のラフプレーは止まることない。今も10番がスクリーンアウトにみせたひじ打ちを火神の鳩尾に決め、あわや乱闘騒ぎになる寸前までなる事態となった。
 黒子の機転によって、(火神以外は)事なきを得たが誠凛は一度タイムアウトをとり作戦を練り直している。


「あんなプレーが許されるのか!?」
 真が怒った表情のまま黄瀬に尋ねてくる。
「…ファールを審判から隠れてやるのもテクニックの一つと言えば一つッスよ。実際、審判が贔屓してるわけじゃない分、試合自体にはどうこう言えないッスから。」
 かつて審判のいかがわしいジャッジとラフプレーの2重苦に苦しめられた経験をもつ黄瀬はなんでもないことのように語る。

「鉄平にいちゃんがそんなことするもんか!」
「あんなやり口認めるっていうの、あんたは!」
 長介が黄瀬に怒鳴り、伊織も問い詰めるように怒鳴り声を上げる。
「まあ、鉄心はこういうの嫌いそうッスからね…あとキセキの世代にとっては勝つことがすべてだったッスからそういうプレーがあるのは嫌ってほど知ってるだけッスよ。」
 黄瀬の淡々とした言葉に伊織の怒りは増していく。

「黄瀬君。そういうのがバスケットなのかもしれないが、君自身はどう思っているんだ。」
 真美や伊織、真までもが黄瀬に失望したような視線を向ける中、プロデューサーが尋ねる。
「…あんまおもしろくなさそうッスね。勝つことがすべてっつってもあんなプレーやるようなチームだったらきっとバスケやってないッスよ。」
 黄瀬の言葉に真たちは少し安堵し、落ち着きを取り戻す。ただ誠凛ベンチでは落ち着きを失っているリコに、先ほど暴れようとした火神が拳骨を落されていた。

 少しずれた説教をしているリコの横で日向たちはアイシングを行っていた。それを横で見ていた木吉がなにか語ったのだろう、誠凛のみんなが驚いた表情をしている。
「何言ってんだ木吉!!中が特にラフプレーがひどいんだろ!!そんなことしたらお前が集中的に痛めつけられるだけじゃなーか!!」
 日向が木吉の言葉に反応して大声を上げて立ち上がる。

「なにを言ったんでしょうか?」
 険悪な雰囲気の流れるベンチを見ながら千早が心配そうに尋ねる。ベンチでは驚愕が続いていた。

「ちょ…ただでさえあんたひざ痛めてんのよ!?ダメよ!!むしろもう交代して…」
 冷静さを失ったように捲し立てるリコの言葉を遮ったのは

「だめだ、やる。悪いなリコ…このために戻ってきたんだ。ここで代えたら恨むぜ、一生。」 
 木吉の言葉は観客席にまでは届かなかったがその表情が鬼気迫るものであることはよくわかった。

 タイムアウトがあけ、会場は誠凛の戦法に驚く。
「4アウト1イン!?」
 黄瀬も思わず驚いた声を上げる。
「なにあれ!?木吉のにーちゃん以外全員はなれちゃったよ!」
 真美の言葉通り、誠凛は木吉を除いて全員がゴール下から離れ、火神でさえゴール下に近寄ろうとせず、遠くから確率の悪いアウトサイドシュートを放っていた。
 
「普通は戦術の幅を広げるための戦法ッスけど、この場合は…!!」
 火神のシュートはやはり入らず、ボールが跳ね上がる。ここぞとばかりに、霧崎DFは木吉に密着して、審判の死角からの攻撃を加える。抑え込まれるように木吉の体が二人のDFに封じられる、だが

「おおおお!」
 雄叫びとともに木吉は体をぶつけられながらも跳躍しリバウンドをもぎ取り、ボールを押し込む。

「なっ…!?」
「すっげー!木吉にーちゃん!」
 驚く真ややよいたちとは対照的に長介たち兄弟は木吉のプレーに歓声を上げる。
「どうやら鉄心は、霧崎のラフプレーを一人で引き受けるつもりらしいッスね。」
 黄瀬の推測に、不安げな様子を隠せないやよいたち。コートでは日向が、木吉に心配の声をかけていた。

「木吉!!」
「大丈夫!あの程度の接触はへでもないさ。このままゴール下はまかせろ!」
 言い切る木吉にはいつものようにバスケを楽しむ笑顔が見られない。

「普通ならこの陣形は、外からのシュートや中への切れ込みなんかで豊富なバリエーションを展開するのが特徴なんスけど、今の誠凛は外のシュートが入ってないし、中に切り込む様子もない…事実上、鉄心一人で支えてる状態ッス。」
 心配そうにみつめる真たちに黄瀬は現状を告げる。試合は木吉が奮闘し、ラフプレーを受けながらもゴールを死守していた。得点は16対13となんとか競り勝っている状態だ。活躍する木吉にますます長介たちは喜ぶがそれを見つめるやよいたちは不安げだ。
 
 心配して見つめる中、
「あーもう…ウザ…そんなに死にたきゃ、死ねよ。」
「…む!?」
 絶望を告げるフィンガースナップがコートに響く、ゴール下ではリバウンド争いをしていた木吉が7番に足を掬われて倒れ込み、その上から7番がボールを確保した状態で倒れ込む。

ドガッ!!!
「あっ!」「鉄平さん!」「にーちゃん!」
 倒れ込んだ瞬間、7番の肘が木吉の額に直撃し、木吉は床とひじ打ちとに叩きつけられて起き上がれなくなる。その音は観客席にまで響くほどであった。やよいたちの驚く声が響き渡る。

「木吉!!」「レフェリータイム!!」
 誠凛の仲間たちが駆け寄り、試合が中断させられる。遠目に見ても木吉の顔には流血が見て取れる。

「あれは…マズイッスね。」「そんな…」
 黄瀬が木吉の状況に知らず知らずの内に呟いてしまい、その声をきいた千早が驚きの声をもらす。やよいたちはその声に反応するほどの余裕はない。
「あんなのスポーツじゃないよ…!」
 格闘をたしなむ真には、その行為に怒りで拳を震わせる。長介たちは霧崎に非難の言葉を浴びせているが、花宮たちはその声に感情を揺らした様子はない。

「ふざけんなテメェまた…!!」
 日向の怒声が響く、
「はぁ?また言いがかりかよ~?知らねーよ。ゴール下でもつれて起きた事故だろ。」
 血を流し倒れる木吉の姿に響や美希は言葉を失くす。やよいは目に涙を浮かべながら震えており、伊織はそんなやよいをあやすように抱きしめている。心配そうな視線が向けられる中、

「…だからオレは決めたんだ。」
 脳震盪を起こしていたのか、わずかに揺れながらも力をこめた脚が立てられ、その体が起き上がる。
「もしあいつらの心が折れそうになったなら、オレが添え木になってやる。」
 涙があふれる寸前のやよいが口元に手を当てて、ついには涙を流しだす。

「もしあいつらが傷つけられそうになったなら、オレが盾になってやる。」
 千早がなにかを堪えるようにその姿を目に焼き付ける。

「どんな時でも体を張って…誠凛を守る。そのためにオレは戻ってきたんだ!!」
 鉄心は、額から血を流しながらも仲間を守るように立ち上がる。その眼光に迷いはなく、目に宿る魂は不屈の心を映していた。

 手当を受けた木吉は、度重なるラフプレーにも倒れることなくチームを守り続け、ハーフを迎えた。45対40でなんとかリードした状態でインターバルへと入った。度重なる猛攻にやよいは涙を流しながらコートを見つめていた。真たちも歯ぎしりしながらコートを睨み付けていた。
「なんで、なんであんなことができるんだ…」
 真の呟きに黄瀬は、冷たい目をコートに向けたまま答える。

「密集したゴール下で事故が起きるのは、よくあることッスよ。」
「だからって…!!あんなの…事故なんかじゃない!」
「そうよ、あんなのもよくあることだって言うの!」
 黄瀬の言葉に真が声を荒げ、やよいを抱きしめている伊織も黄瀬の言葉に怒声を上げる。



「…待って下さい。」
 コート上では花宮と黒子が向き合っている。
「なんでそんな卑怯なやり方で戦うんですか…そうやってもし勝ったとしても…楽しいんですか。」
 黒子の表情にいつも以上の変化を見つけることは難しい。だがその語調は今までになく、鋭かった。その様子を美希たちは見つめる。
「テツ君?」
 黄瀬も美希の言葉に黒子を見つめ、その視線を追うように真たちも視線を黒子に向ける。

「……そんなわけ…ないだろ。」
 問いかけられた花宮は拳を握り、悔しげに歯を食いしばりながら答える。
「でもこうでもしなきゃ…どうやってキセキの世代をはじめとする強豪に勝てるって言うんだ…!!」
 悔しげな花宮の言葉に真たちの言葉もとまる。あの時木吉は語っていた、今年が最後なのは…思いがあるのは自分たちだけではない。
「オレには約束があるんだ、どうしてもWCで優勝して…」
 あの花宮から聞かされる思いに思わず戸惑う真たちだが、

「って、んなワケねぇだろ、バァカ。人の不幸はミツの味って言うだろ?」
 続けられた悪意の言葉に、何を言われたのか分からないかのように反応が止まる。
「カン違いすんなよ、イイコちゃん。オレは別に勝ちたいわけじゃない。つらい練習もがんばって努力してバスケに青春かけた奴らが…歯ぎしりしながら負ける姿を見たいんだよ。」
「なんだよ…それ。」「あいつ…!?」
 真と伊織の顔色が変わる。美希や千早たちの顔も嫌悪に染まる。

「楽しいかって?楽しいね!去年のお前らの先輩なんて最高にケッサクだったわ。」
 言葉が紡がれるたびに、悪童の様子を眺める黄瀬の目は冷めていく。
「前半リードして気が大きくなってるのか知らねーが、あんなんで終わると思われちゃ心外だな。お前らが歯ぎしりすんのは…これからだぜ?」
 去りゆく花宮を見る黒子の表情は、美希たちには見えない。

「…しらけたッス。」
 代わりに途端に座席に深くもたれかかった黄瀬の言葉が聞こえる。
「しらけたって!?」「涼!?」
 真たちが驚いた表情を黄瀬に向ける。

「つまんないやり方するから何かと思えば…ナメんのも大概にしてもらいたいもんッスね。」
 真たちは呆気にとられ、次いで睨みつけるように見ていた黄瀬の表情が白けたまま言葉を紡ぐのを聞いていた。
「こんな先の見えた試合、面白くないッスよ。」
「先の見えたって…どういうことなんだ?」
 プロデューサーが問いかける。

「理由なんか特にないッスよ…ただアイツは黒子っちを怒らせた。そんだけッスよ…」
 美希たちは知らない、天才と呼ばれた五人が認めた男、幻の6人目。その彼が本当に怒った姿を…

 重苦雰囲気のまま、インターバルが過ぎ、ブザーとともにアナウンスが鳴り渡る。
「これより第3Qを始めます。」



[29668] 第27話 もうダメッス
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/11 23:17
「くっ!」「また獲られた!」
「なにやってんのよ誠凛!」
 千早が悔しげにうめき、真美が思わず声を上げる。伊織は悔しそうに怒鳴っている。

第二十七話 もうダメっス

 第3Q開始直後、黒子のバニッシングドライブが再び炸裂し、火神の豪快なダンクへと繋がり、勢いは誠凛に向いたかと思われた。勢いづいた誠凛は、フルタイムは使えない黒子を温存したものの流れにのろうとする。
 だがその直後、霧崎のセンターが交代し、それからというもの連続で花宮のスティールが決まり、誠凛はまともにボールを回すことができていない。

「どうして…!?あの5番が入ってから全然パスが通ってない…。」
 真も悔しげにコートを見つめる。冷めた目のままコートを見ていた黄瀬はその言葉に答える。

「どうやってんのかは知んないッスけど、どうやらパスコースを読んでるみたいッスね。」
 黄瀬の言葉に真たちが振り向く。
「読んでる…?」
「あの5番、さっきからボールを受ける位置に入らず、妙な位置をうろちょろしてる…おそらく、アイツが悪童のサポートとしてパスコースを限定してるんスよ。」
 真たちも頭に血が上った様子でコートを見る。
「誠凛のスタイルは基本パスワーク主体のチームバスケ。そして伊月を中心に最良に近い形の選択を常にとってるんスよ…ただ、そのせいで読みあいに優れる悪童の罠にはまってる。」
 驚く真たちの視線の先では、またもや伊月のパスをスティールしている花宮の姿があった。
「しかも、前半のも仕込みだったみたいッスね。」
「どういうことよ!?」
 伊織が再び黄瀬に向き直り、かみつくように問いかける。
「前半のラフプレーで潰れればそれもよし、耐えたとしても頭に血が上ればパターンが単調化して読みやすくなる…悪童の蜘蛛の巣に見事に絡め取られてる状態ッスよ、誠凛は…」

 まさに黄瀬の説明通り、初回のダンク以降第3Q終了まで、誠凛が得点を決めることはなく、47対58と逆転され、完全に流れが霧崎に向いていた。悔しさを露わにしているのは客席の真たちだけなく、なによりも誠凛のメンバーだった。特にパス回しの中心となっている伊月は悔しさのあまり、ベンチに拳を叩きつけていた。
「どうすれば…」
 千早が忍び寄る絶望の影におびえたように呟く。

「…本来の誠凛なら、こうも簡単にからめ捕られはしないんスけどね…」
「どういうことなんだ?」
 黄瀬の言葉に真が尋ねる。

「誠凛は基本的に火神や木吉のインサイドと日向のアウトサイドの両方から攻めるのが基本ッス。でも今日は一度も日向のシュートが入ってない。」
 その言葉に気づいたように、やよいたちも日向を見る。日向は項垂れた様子で怒りを耐えていた。

「外が入らないから霧崎は中を重点的に固める。中が密集すれば死角が増えてラフプレーがだしやすくなる、そうすればリバウンドの精度は下がる。結果、不安定な状態の外のシュートはますます入らなくなる…完全に悪循環に入ってるんスよ。」
 沈黙したまま短いインターバルが終わり誠凛がコートに戻る。

「あっ、テツ君がでてきた!」
 戻った誠凛の中には黒子の姿があり、美希が喜びの声を上げる。真美たちも期待に満ちた声援を送る。

 日向がボールをインして伊月が冷静に様子を伺う、4番が動き花宮がパスコースを読んでスティールをかけようと忍び寄る。伊月が再び蜘蛛の巣にかかりそうになった瞬間、

「なっ!?」
「うおっ…とぉ!!」
 驚きの表情をしたのは目の前で突如現われた黒子によってボールを逸らされた花宮だけでなく、パスを出した伊月、パスを受けた火神までもが驚く。体勢を崩しながらもなんとかボールをキープした火神はそのままゴール付近からDFをかわしてシュートを決める。

「やった!」「ようやく決まったよ~。」「流石はテツ君なの!」
 真たちも約10分ぶりの誠凛の得点に沸き立つ。

「へー…ムチャするっスね、相変わらず。」
関心を失っていた黄瀬が、興味を取り戻したように呟く。
「え?どういうこと?」
隣に座る真が黄瀬に尋ねる。
「従来の黒子っちのパスはあくまでもチームプレー。練習によって作り上げた攻撃パターンだったんスよ。だからこそ悪童にはその予想ができた。でも今のはパターン化された攻撃じゃないんスよ。」
 黄瀬の説明に首を傾げる真たち。
「つまり、今のは黒子っちが独断で勝手にパスコースを変えたんスよ。敵を欺くには、とは言うものの、今のは味方にも予想外のパスだったんスよ。」
 黄瀬のことばに真たちは今度こそ驚く。
「予想外のパスって、そんなのどうやって捕ってるんだ!?」
「…必要なのは理屈じゃないんスよ。毎日一緒に練習したことで、なんとなく黒子っちならどうするか考える。そんな程度ッスよ…つまり必要なのは、信頼ッス。」
 それはかつての自分たちが失ってしまったもの。懐かしくそして羨ましそうにコートを見つめる黄瀬を真は黙ったまま見つめる。


「すごいの!だんだんと点差が縮まってるの!」
 黒子の活躍に美希が歓声を上げる。第4Qで残り5分30秒を切った時点で54対60となっていた。
「でも…このままだと間に合わないよ。」
 真がスコアボードの進行具合と残り時間を見ながら呻くように言う。
「インサイドだけじゃ、キツイっすね…それに…そろそろ限界ッスね。」
 黄瀬が視線を木吉に向けて言う。味方の声援を受けて放った日向の3Pシュートは入ることなく弾かれる。リバウンドをとろうとした木吉は5番と10番に阻まれ跳ぶことすらできない。しかもただ阻まれただけではなく、ひじ打ちや膝蹴りを受けたのだろう苦しげに顔を歪めている。

「今の誠凛は事実上、鉄心一人が支えてる状態ッス。もしこの状態で鉄心が退場しようものなら…誠凛は実質的にも精神的にも崩壊する。」
 黄瀬の不吉な言葉を実現するように花宮が不気味に木吉を見ていた。やよいたちも不安そうに木吉を見つめる。
 ブザー音がなり、誠凛のタイムアウトが告げられる。

「鉄平さん…大丈夫かな…」
「脚の怪我もですけど…かなり痛めつけられてるみたいですし…」
 やよいと千早が心配げな声で呟く。打撃を受け続けた木吉の手足を明らかに内出血を起こしたように青く変色していた。
「これ以上でてくるようなら…おそらく悪童が狙ってくるのはテーピングのされた鉄心の膝ッスね。」
 黄瀬の言葉に真たちも不安そうに誠凛ベンチを見つめる。眼下の誠凛ベンチでは監督のリコが立ち上がり、木吉の前に立っていた。

「ちょっと待てよ!!もう少しなんだ!!それに今抜けたら…」
 突然、木吉の声が響き、その声にやよいたちが驚く。
「ダメよ。去年と同じようなことが起きるぐらいなら…恨まれた方がマシよ。」
 ベンチを見ると、涙をこらえたようなリコが木吉に語りかけ、木吉が戸惑いの声を漏らしていた。
「…リコ。」
「…ボクも賛成です。」
「黒子…」
 ベンチに座る黒子が顔を上げて、リコの言葉に賛同する。

「ボクに兄はいないですけど…守ると言われた時、お兄さんみたいだと思ったし、嬉しかったです。だからこの先も守ってほしいし、この試合これ以上ムリしてほしくないです。」
「…ッ」
 黒子の言葉に、喉を詰まらせたように歯を噛み締める木吉。
「そう感じているのは…ボクだけではないハズです。」
 黒子が言葉をつづけ、客席を見上げる。つられて木吉も客席を見ると、そこには心配そうな顔をしてこちらを見る、やよいたち兄弟の姿があった。耳を傾ければ、自分をおにいちゃんと呼んでくれる声が聞こえる。
 それでもなお引けない木吉に

「あ――じれってぇ!!!あとは任せろってんだよ!!おとなしくすっこんでろ!!」

 日向が立ち上がり怒声を上げる。その声に伊織たちも驚く。
「オレ達が約束やぶるとでも思ってんのか!」
 日向の言葉に木吉は目を伏せる。なにかを思い出すように沈黙した木吉は

「ああ…そうだな……スマン。」
 悲しそうに謝り、寂しげに仲間を見る。
「あとは…頼む…」
託された思いを受けて仲間たちが立ち上がる。木吉はベンチに腰掛けながら、立ち上がる仲間たちを見送る。
「あたりめーだ、ダァホ。イイ子にして待ってろ。」
 コートに戻る仲間の背に揺らぎはなかった。

「WCの切符持って、帰ってくらぁ。」


「木吉のにいちゃん、出なかったね…」
 真美がほっとしたような悲しそうな声で言う。
「そうッスね。ただこれで頼みのインサイドも使えない。いよいよ誠凛追い込まれてきたッスね。」
 特に心配した風でもなく、現状を説明する黄瀬。
「どうすればいいのよ…」
「鍵になるのは日向の3Pッスね。ただ…3Pってのは難しいんスよ。」
 伊織の呟きに、黄瀬が答える。真たちが続きを促すように視線を黄瀬に向ける。
「3Pってのは繊細なもんッスから、その日どころかその時々の調子によって全く入らなくなるモンなんスよ。特に日向みたいに気持ちで打つタイプは。」
「でもそれじゃあ…」
 美希までもが不安な心情を隠せずに声を上げる。
「ただ、ああいうクラッチシューターは入りだすと止まらない。」
 コートに戻った誠凛は伊月と黒子を中心に再びボールを回して様子を伺っている。


「リコ…すまなかったな。あんな言い方して…」
 ベンチでは、やはり無理をしていたのだろう、木吉が俯きながらリコに謝っていた。
「…ううん。気持ちはわかってるから…それにあれだけ乱暴なチーム相手にみんなのダメージが少ないのは、鉄平が守ってくれたおかげよ。」
 二人は視線をコートに向ける。
「あとは日向君達がなんとかしてくれるわ。」


観客席では美希や伊織、真美を中心に懸命の応援が続いていた。
「…表情が変わったッスね。」
「うん。」
黄瀬は日向の顔色が先ほどまでと違うことを指摘し、真がそれに同意する。先ほどまでは花宮のラフプレーにいらつき、敵意をむき出しにしていたのだが、今は敵意から戦意へとうまく昇華できている。
霧崎の7番のマークを振り切るため、水戸部がスクリーンをかけ、その瞬間を見逃さず黒子がパスを送る。


「入って!」「入ってください!」
 千早ややよいたちも日向の一投の行方を祈りながら見つめる。
「祈る必要ないッスよ…こんだけきれいなフォームで、」
美しいループを描いたボールは、
「外れるハズないッスよ。」
あやまたずゴールを通過し、3点が加算される。

「やったー!!」
 真たちが喜びの声をあげ、会場も爆発したかのように湧き立つ。残り4分19秒の時点で57対62となった。
 日向のプレーに触発されたのか、悪童の罠で落ち込んでいた伊月もここにきて気迫のこもったDFをみせ、格上の花宮相手に一歩も引いていない。
 抜くことができず、動きを止めた花宮の手元から
「やったの!テツ君!」
 黒子がスティールからボールを日向に回す。

「もっかい行けー、3点シュート!」
 その流れに真美が声援を送る。7番が慌ててブロックに跳ぶが、

「あっ!?」
 日向はシュートを放たず、バウンズのパスで伊月に送り、走りこんだ伊月はレイアップを決める。
「日向の外が決まって、誠凛の本領が出てきたッスね…桐皇と並ぶ、都内トップクラスの攻撃力。こうなった誠凛はちょっとやそっとじゃ止まんないッスよ。」
 
 霧崎のメンバーも負けてはおらず、意地をみせて得点を返す。
「切りかえろ!!すぐ取り返すぞ!!」
「おお!!」
 日向がチームを鼓舞し、誠凛が気合いを入れる。真たちの応援にも気合いがこもる。

「外が決まれば、DFの意識が外に向く、そうなれば…」
 霧崎の攻撃は枠に阻まれ跳ね上がる。そのリバウンドを制したのは
「おお、っらあ!!」
「でたー鳥人間!」

「中が空いて火神っちの跳躍力が生きてくる。」
 得意のラン&ガンをしかける誠凛。再びパスコースを読んで阻もうとするDFは、黒子の出現によって崩される。自らのパスをリターンで受けた日向は再び3Pを決める。

「よし!逆転だ!流れも誠凛!もう少しだ、頑張れ誠凛!!」
 真が大声を張り上げて声援を飛ばす。やよいたちのテンションも高まり、客席は誠凛コールが響き始めていた。


「流れは誠凛ッスね…でもこの流れを作りだしたのは黒子っち…つまり」
 黄瀬の言葉に声援を飛ばしていた真が振り返る。
「次の狙いは、まさか黒子君!?」
 真の予測に美希の顔色が変わる。コートでは悪童がスクリーンを使って伊月のマークを離れ黒子の目前でパスを受け取った。

「ふざけやがって…全部、全部テメーのせいだ…!!」
「テツ君!危ない!」「黒子ォ!!」
 美希と仲間たちの声が響く中、悪童のひじ打ちが黒子に襲い掛かる。

その軌道は黒子の顔面を的確に狙っており、その一撃は、


「!!」
「くそがぁっ…」
黒子のスウェイバックによって躱される。悔しげに呻く悪童

「テメェさえいなけりゃ…なんて、言うわけねェだろ、バァカ。」
 悪意に満ちた笑みを浮かべる花宮。その顔に気づいた黒子だったが、スウェイによって崩れた体勢は立て直せず、花宮は黒子の横をすり抜ける。 
 黒子の無事に安堵した美希たちだが、花宮の素早いドリブルに驚く。

「あっ、あいつ、一人で突っ込んできた!」
 真美が驚きを言葉にする。花宮の進路に日向と伊月が立ち塞がる。だが、そのドリブルが二人の近くまで及ぶ前に花宮は跳び上がる。そして

「なによあれ!?」
「ティアドロップシュート!?」
 伊織が花宮の初めて見せる形のシュートに驚き、黄瀬も驚いたように声を上げる。花宮のシュートは決まり残り45秒で69対70と再びの逆転を許してしまう。驚き固まる真たち。

「まさか、ここにきてまだこんなのを隠し持ってるとは、腐っても無冠の五将ってところッスか。」
「のんびりしてる場合じゃないっしょ!」「そんな…」
 黄瀬の感心したような言葉に真美と千早が絶句する。


「ラフプレーやスティールしかできないと思ったか?んなわけねぇだろ、バァカ。小細工なしでもオレは点なんていつでも獲れんだよ。」
「だから、あんまナメないでもらいたいッスね。」
 残り時間は少なく、ここにきての高度なプレーを前に日向や伊月の動きが固まる。


「正直お前らをつぶせなかったのは不満だが、まぁいいや。勝てばどっちにしろお前らの夢はゲームオーバー。虫唾の走る友情ごっこもおしまいだ。」
「言ったじゃないッスか、敗因は、」
 ベンチに座る木吉の顔にも絶望がよぎり、やよいたちも唖然とした表情でその先をみつめる。


「…ふざけるな。」
「黒子っちを怒らせたことだって。」
 ゴール下では、跳ね上がったボールを前に腕を振りかぶる黒子の姿が映る。



「ボクはキセキの世代のバスケットが間違ってると思って、戦うことを選びました。けど彼らは決して…オマエのような卑怯なことはしない…!!」
「あの人は、オレらが認めた6人目なんスから。」
 二人の言葉が続く中、真たちが身を乗り出す。

「そんなやり方でボクらの、
           先輩達の、
              みんなの夢のジャマを!するな!!」

「いっけー!」
 渾身の声援が響く中、黒子のイグナイトが悪童の傍を通過し、その計画をぶち破る。ゴール下まで翔けるボールを火神がキャッチする。木吉が立ち上がり、
「ぶちこんじまえ火神―!!!」
大きな声援とともに試合を決定づける一撃が打ち付けられる。
「やった!これで!」
 真たちが喜びに声をあげるが、
「まだだ!!最後まで手ェゆるめんな。」
 再びボールが回ろうとした霧崎の攻撃を日向がスティールで阻み、檄を飛ばす。
「…おう!!」
 誠凛のメンバーの誰一人として気を抜いた者は居なかった。そして伊月の最後のシュートが放たれ、

「試合終了―――!!」
76対70のスコアとともに闘いに幕が引かれた。そして、その閉幕が意味することは、

「誠凛高校…ウィンターカップ出場決定――――!!」
 初の全国大会出場決定に誠凛の喜びが爆発する。美希ややよい、その弟たちも喜びあっている。黄瀬の横では真も伊織たちと喜び合っている。

 コートでは、木吉と日向がハイタッチを交わし、リコが涙の笑顔を浮かべていた。

「負けだよ誠凛…あと…木吉…今まですまなかった…」
 呆然とする霧崎のメンバーの中で、花宮が木吉に近づき話しかけている。その様子にやよいたちが喜びを中断して見つめる。
「なんて言うわけねぇだろ、バァカ。オレの計算をここまで狂わせたのは、お前らが初めてだ…一生後悔させてやる…次は必ず…つぶす…!!」
 血走った目で呪詛を吐く花宮を伊織たちが憎々しげに見つめる。仲間が見つめる中、木吉は
「花宮…おまえが最後に見せたシュート…やっぱすごい奴だと思ったよ。またやろーなー。」
 いつもやよいたちに見せる笑顔そのままに花宮に笑いかけていた。自分が潰し損ねた相手のその笑顔を見た花宮が固まる。
「…ふざけやがって、クソッ…クソォォォ!」
 震える花宮の咆哮が会場に響く。


 コートに向いていた真が、不意に黄瀬の方に向き、嬉しそうな顔を向ける。
「なんスか?」
何か言いたげな真に黄瀬が尋ねる。
「へへへ、やっぱり涼もああいうプレーはしないんだって思って。」
 嬉しそうに笑いながら真が黄瀬に言う。
「そうそう、ハニーも言ってたの、卑怯なことはしないって。」
黒子の言葉をしっかりと聞いていたのか美希も嬉しそうに言ってくる。

 少し照れたような黄瀬は、
「さてと…秀徳もほとんど決まりッスね…」
 立ち上がり離れたコートに目を向け、もう一つの試合の行方を確認する。伊織たちが黄瀬の様子に気づいて声をかける。
「ちょっと黄瀬!あんたもちょっとは喜びなさいよ!」
「そうそう、今日はにいちゃんのおごりでパーッとやろう!」
 伊織が興奮した様子で黄瀬に詰め寄り、真美が勝手に提案をする。その提案にプロデューサーが慌てた声を返しているが、周りのみんなは笑っている。

「いやー今日はここまでッスよ。」
 黄瀬は背を向けて、顔を隠す。
「黄瀬さん、みんなのところに行ってみましょうよ。」
 嬉しそうにやよいが誘ってくる。
「今日はもうダメっスわ…テンション上がりすぎて。」
 見れば黄瀬の拳は握りしめられて震えており、ちらりとのぞいた黄瀬の横顔は、今まで見たことがないほど、楽しそうな笑みを浮かべていた。だがその目は好戦的に輝いており、思わず真たちの騒ぐ声がとまる。

「涼?」
 不審な様子の黄瀬に真がうかがうように近づく。
「ようやく始まるんスから…」
 誠凛の闘いの終わりに喜んでいた真たちは黄瀬の言葉に首を傾げる。
「えっ、始まるって…WCってこと?」

「それもあるんスけど…試合前にも言ったよーに今年のWCは特別枠としてIHの優勝校と準優勝校が出る分、出場校が増えてるんスよ。だからおそらく今年が最初で最後。」

 黄瀬の背を見ながら真たちは開かれるパーティーの内容を聞く。
「IH優勝校、洛山。準優勝校、桐皇。秋田代表、陽泉…」

 出演者たちの名前を聞きながら、黄瀬の雰囲気に真たちは固唾を飲む。
「神奈川代表、海常。東京代表、秀徳、そして…誠凛。」
 その意図するところに気づきハッと息をのむ。


「幻の6人目を含む、全員の終結…今年のWCは
                  キセキの世代の、全面戦争なんスから!」

 パーティーの開幕を待ちわびるかのように黄瀬が笑う。
 アイドルたちが新たなるステージへと駆けるように彼らのステージも新たなる局面へと突入しようとしていた。



[29668] 第28話 メキョ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/18 08:04
「最近、みなに見張られている気がするのですが…」

 夕暮れに染まる中、高音を中心に765プロのアイドルたちが、家路を―高音の家路を―進んでいた。

「ぅぇっ。」
「き、気のせいですよ。気のせい。」
 高音の言葉に、行動を共にしていた春香、響、真美、千早、美希がぎくりとして春香が慌てて弁明する。
 この道を帰宅するのは高音だけで、春香に至っては電車での県外通勤なのだから、確実に通る道ではないはずなのだが…
 周りの皆の不自然な行動は今日に始まったことではない。

 きっかけは数日前…


第二十八話 メキョ


 プロデューサーと律子がとある雑誌を広げて深刻に話し合っていた。隣に座る音無はかけられてくる電話の対応に追われている。そこに響、雪歩、やよいの三人が、プロデューサーが広げている雑誌と同じものを持って駆けてくる。
「ねえ、ちょっとプロデューサー!これどういこと!」
「四条さん、エルダーレコードに移籍しちゃうんですか!?」
「そんなのイヤです~!」
 三人は目を潤ませながら雑誌を広げて訴えかける。雑誌には四条高音の移籍話がスクープされている。
「プロデューサー、高音を引き留めてよぉ~!」
 涙声で訴える響に律子はやや呆れがちに答える。

「あのねぇ、あんたたち…」
「こんなの作り話に決まってるだろ?」
 プロデューサーも落ち着かせようと声をかける。プロデューサー自身、そんなことはないと信じているものの、肝心の高音はまだ出勤しておらず、相手方のエルダーレコードのオーナーは海外出張のため連絡が取れなくなっている。
「でも写真が…」
「ひょっとしてCG?」
 プロデューサーの言葉に三人は少し落ち着きを取り戻したようだが、やよいと雪歩はスクープ記事に目を向ける。そこにはどこかのレストランで高音とエルダーレコードのオーナーと楽しげに話している姿が載っていた。
 三人が混乱していると、事務所の扉が開く音が聞こえる。三人は即座に振り向き、

「行くな、高音!サータアンダギーあげるからぁ!」
 響が泣きそうな顔で皿に盛られた琉球菓子を突き出し、
「か、かき昆布茶も、どうぞ!」
 雪歩も同様に泣きそうな顔で盆に載せられたお茶を突き出す。雪歩の後ろからは両手を胸元で握りしめたやよいが前二人と同様の表情をしている。

「な…なんなのですか…?」
 出勤していきなりの事態にさしもの高音も驚き、引き気味にたずねる。
「高音…ちょっと話がある。」
 三人の後ろから深刻な表情と声音でプロデューサーが話しかけてきた。

・・・

 高音とプロデューサーが二人だけで雑誌の内容について話しているあいだ、取り乱した様子の三人は別室で待機状態になっていた。
「プロデューサー…!」
 高音を伴ってプロデューサーが出てくると響がいの一番に身を乗り出して震える尋ねる。
「言ったろ。ただの作り話だって。」
 三人の心配そうな様子にプロデューサーは苦笑しながら答える。プロデューサーの後ろではいつもの笑顔を浮かべた高音が居る。その様子に三人は安堵の息をもらす。
「よかったですぅ。」「ほっとしました。」「まぁ、自分は信じてたけどな!」
 やよいと雪歩はほっとした様子で答え、響は強がっているものの上ずった声で嬉しそうに答える。
 安堵の空気が流れる中、電話対応をしていた音無がやってくる。
「プロデューサーさん。今、善澤さんから電話があって、写真をとったカメラマンは961プロとの関わりがあるそうです。」
 765プロと961プロ、正確には両社の社長、高木社長と黒井社長の因縁を知る善澤さんは、自前の情報網から連絡をくれたようだ。
「ほんと鬱陶しい連中ね。」
きっかけはTVチャンの表紙撮影。765プロ全員で撮られた写真が表紙に使われるはずの仕事だったのだが、発売されたその表紙を飾っていたのは765プロではなく、ジュピターだった。
混乱する彼女たちに知らされたのは、961プロからの圧力という事情だった。人気ユニットのジュピターを有する業界大手の961プロが、どうやら社長と因縁のある間柄らしく、嫌がらせをしかけてきているらしいのだ。それを思い出して律子が忌々しそうに言う。

「事務所的にはどう対応しましょう?」
「そうですね。」
 音無の問いにプロデューサーが考え込む。プロデューサーと律子はエルダーレコードの立場もあるため、積極的な行動を起こさないこと、パパラッチの襲撃を懸念して活動を控えることを具申する。しかし
 
「いえ。私にはなにもやましいことはありません。普段通りに仕事に励みます。」
高音はまっすぐに瞳を上げて告げる。その意思にブレはみられない。


結局、高音の意志を尊重して対応はエルダーレコードのオーナーの帰国を待つこと、仕事に関しては普段通り行うことを決めて、それぞれ仕事に向かった。

・・・・

だが、それからというもの高音(とプロデューサー)の行動に不審な面が見られ始めた。集団行動を避け、こそこそと二人で話し合っている姿が目撃されたり、ないはずの打ち合わせのため一緒の帰宅を拒んだり、隠れて電話をかけている姿が目撃された。そのため

「怪しい…」
 竜宮小町と高音を除くメンバーが集合し、響が不審さを露わにしている。
「たしかに怪しいかも…」
「いつも通りといえばいつも通りだけど…」
 響の言葉に雪歩が同意し、真美は言葉こそ否定気味だがその声にも不信感がこもっている。
「ねえねえ、何の話?」
 どこかへ連絡をとっていたらしい美希が、駆け寄ってきて、いつもと違う様子のみんなに問いかける。
「最近の高音さん、なにか変な感じじゃありませんか?」
「変?」
 やよいから問いかけが返ってきて美希が首を傾げる。

「あの記事以降、より不思議度がアップしたというか…」
「秘密のにおいがするぞ…」
 雪歩の言葉に響が顔をしかめて呟く。
「そういえばこの前、高音、なんだか嬉しそうにしてた。」
 ふと美希は数日前、高音と出会った時のことを思いだす。美希の言葉にみんなが首を傾げて問いかけるような視線をおくる。
「たしか、おじいちゃん?から手紙をもらって、なにか決めたって…」
 思い出しながら美希が言うとみんなの顔色を変わる。
「それってまさか、エルダーレコードのオーナーじゃ!?」
「えぇ~、じゃあ私が聞いたのは移籍の話だったんですかぁ!?」
「移籍しないって言ってたぞ!」
 雪歩が慌てて推測を口にし、やよいも驚きの声を上げる。響は否定されたはずの予想が再来したことに動揺している。
「四条さんが嘘を言ってるとは思えないけど。」
 雪歩たちの推測に、一歩ひいた立ち位置に居た千早が冷静に告げる。
「そうだよ。高音さんはどこにも行かないよ。プロデューサーさんもそう言ってたじゃない。」
 春香も千早に賛同するように、みんなを落ち着かせようとする。だが
「分っかんないよー。兄ちゃんがグル、ってこともあるし。」
 推理物にはまっているのだろうか真美が可能性を口にし、周りを驚かせる。
「だ、だから考えすぎだってば。」
 真美の指摘に春香が再び慌てる。

「美希的には高音ならどこの事務所でもやっていけるって思うけどなぁ…」
 マイペースな美希は、軽い調子で口にするが、その言葉の端には、行くはずがないという信頼が籠っているようにも聞こえた。
「こ、こら美希。みんなを不安にすること言わないで!」
 だが額面通りに受け取ってしまったのだろう、響や雪歩、やよいがショックを受けた表情をしているのに気づいた真が慌てて注意する。
「あ~も-う!それもこれも、お姫ちんが謎すぎるからだよ~!…だったらぁ…」
 むしゃくしゃしたように声を張り上げた後、にやりと笑う真美は…

・・・

 後日、仕事終わりの高音に
「高音~!」
「おつかれちゃーん!」
 響と真美がにこやかな笑顔で話しかける。
「おつかれさま…」
 突然迫ってくる二人にたじろぎながらも挨拶を返す高音、
「どうしたの。最近調子いいんじゃない?」
「そうでしょうか…?」
「最近ますます、お姫ちんあっての765プロって感じだよね。」
「はあ…?」
 高音の様子に気づいた、というよりも意に介した様子もなく、二人はにこにこ顔で尋ねてくる。


 帰宅しようとすると
「高音さーん!」
「今帰り?」
「だったら一緒に帰りませんか?」
 やよいと真、雪歩が返答を聞く前に次々に話しかけてくる。
「ですが、みなとは帰る方向が…」
「小さいことは気にしない!」
 元より返答を聞く気はなかったかのように、真が素早く高音の背後に回り込み、背を押しながら同行していこうとする。
「「「さあさあ!」」」
 困惑気味の高音を他所に、三人が楽しそうに連れ立って歩いていく。


 ついには仕事の合間の休憩時でさえ、
「なにか?」
 服と髪とを整えていた高音は、じーっと見つめる二人分の視線を感じ尋ねる。だが
「「なんでも、なんでも」」
 振り返った瞬間、そこには慌てた様子で手を振る響と真美。明らかになにかを誤魔化した様子だ。



そして、

「最近、みなに見張られている気がするのですが…」

 夕暮れに染まる中、高音を中心に春香、千早、響、美希、真美がともに歩いていた。 
 ここ数日の、彼女たちの様子からすると明らかに見張られているように感じて言ってみたのだが、どうやらその予想は的中していたかのように慌てだす。
「ぅぇっ。」
「き、気のせいですよ。気のせい。」
 春香がなんとかごまかそうとあたりを見回すが、
「そうそう、様子がおかしいのはむしろ高「わぁああ、美希!」。」
 美希が普段と変わらぬ様子で、事実を告げてしまいそうになり、慌てて春香が止める。

「み、みきみきも一緒に帰るなんて珍しいよねー…。」
 真美がフォローのつもりか、話題を美希に転換しようとする。だが、たしかに普段、黒子を襲撃するためにどこかに単独行動することが多い美希が珍しく集団行動をしている。
「一緒、ていうか、今日は美希もこっちに用があるの。」
 指摘された美希は、春香の拘束から逃れて楽しそうにしている。

「用?もしかしてデートとか?」
 真美が話題を逸らす目的以上に好奇心をむき出しにして、冗談めかして尋ねる。だが
「うん。ほらあそこ!」
 嬉しそうに肯定する美希に春香たちは驚く。美希の指さす方向には
「縁日?」

 意識すると祭囃子が楽しげに響いており、少し歩いた先にある神社では屋台もでて、楽しげな雰囲気が流れている。


・・・


「みんな不安がってます。」
「不安?」
 結局、気分転換もかねてみんなで(おもに真美と響が引っ張って)縁日に行くことになった。響たちは楽しそうに屋台を巡りながら買い物をしており、美希は待ち合わせをしているのか相手を探している。千早と高音は喧騒から少し離れたところで話し合っている。

「はい。目を離したら四条さんがどこかへ行っちゃうんじゃないかって…」
「なるほど…そういうことですか…どうやら余計な心配をかけてしまったようですね。申し訳ありません。」
 感の鋭い高音は、千早のその言葉でここ数日のみんなの不審な行動の理由を悟る。みんなが自分の事を心配してくれているということに、苦笑しながらも嬉しそうな表情となる。

「四条さんには、私たちに分らないところがたくさんあって…だから。」
 心配してくれていることは嬉しい。だが秘密を作るのは高音にとってパーソナリティーのようなものだ。そしてそれ以上に今はパパラッチ対策の撒き餌のような状態なのだから。
「誰にも、他人に言えないことの一つや二つはあるものです…千早にもあるのではないですか?」
 口にしたのは別の事。それはもしかいしたらなにか大きなことを隠しているこの子にとってきっと傷を抉ることなのかもしれない。
 高音の言葉に、千早がハッとした表情をしたかと思うと、急に後ろをふりむいて固まってしまった。

「千早…どうかしましたか?」
 千早の視線の先には、転んで水風船を割ってしまった弟を助け起こして自らの水風船をあげている姉の姿があった。
「別に…」
 さびしそうにその姉弟を見つめる千早に高音が話しかけると、千早はビクッと肩を震わせて呟く。
 少し離れたところから響たちがやってくる。
「千早…いつか話せるようになるといいですね。」
「おーい、なに話してんの?」
 響たちに聞かれる前に、小さな声で呟くと千早は一層沈んだ表情を見せる。楽しそうに縁日を満喫する響たちの表情は明るい。

「秘密の話です。」
「なんか怪しいぞ。」
 誤魔化す高音の言葉に、響が訝しげに返すがその口調は明るい。
「ふふふ、せっかくですから、みなで縁日を楽しみましょう。」
 笑顔で提案する高音だが、

「ごめんなさい、私はここで…」
「帰るの?千早ちゃん。」
 暗く沈んだ表情の千早は、そう言って、春香たちの脇をとおりすぎてしまう。
「また…明日ね…」
 千早の雰囲気にためらいがちに春香が挨拶をおくる。
 しばらく思い空気が流れ、千早の去った方向を見ていると

「ん~、ハニーが見当たらないの!」
 あたりを探していた美希が頬を膨らませて戻ってきた。美希の登場に流れていた重苦しい空気が霧散する。どうやら肝心の待ち合わせ相手が見つからずご機嫌斜めなようなのだが、

「探してるのは、黒子と言う殿方ですか?」
 春香たちが苦笑し、高音が尋ねる。
「うん。今日、一緒に縁日に行こうって約束したのに…」
 どうやらすっぽかされたらしく、おかんむりの美希に対して、

「でしたら、そちらにおられますが。」
 すっと指さしたのは美希の背後。そこには
「どうも。」
 影の薄い透明少年が背後霊のように付き従っていた。

「ぅわぁあ。ハニー!遅いの!」
 突然の出現に驚く美希。響たちも宙から現れたような黒子に引き気味だ。

「…かなり前からいたのですが…」
 責められた黒子は頬を掻きながら一応の弁明を試みる。
「あはは…」
「相変わらず影うすいぞ。」
 春香が苦笑いし、響がまじまじと見つめる。

「黒子君、練習の方は大丈夫なんですか?」
 最近、黄瀬が練習で忙しくて連絡がとれないと不機嫌にぼやいていた真の様子を思い出して、同様の立場にいるはずの黒子に尋ねてみる。

「ええ、もともと今日は練習後にみんなと予定があったらしいのですが…」
 らしいというのはおそらく、黒子本人が意図しなかった部としての予定だったのだろうが、

「………あまり大丈夫ではないかもしれません。」
 長い沈黙の後、どーんと重い影を背負った黒子がぼやく。黒子の様子に春香たちの引き笑いが強まるが美希は気にした様子もなく黒子の腕に張り付いている。

「だってハ…テツ君、ちっとも会ってくれないんだもん。」
 どうやら黒子行きつけのMAJI burgerに足繁く通っている美希は、ほとんど黒子と遭遇できていないようだ。不機嫌な顔を作っている美希は、それでも嬉しそうに黒子に張り付いている。



・・・・・・


おまけ


 WC出場決定から数日後、プチ合宿から帰り、通常練習が再開した。本日もハードな練習が終了し帰り支度をしていると携帯が着信を訴えだした。
 通話に出てみると相手は最近絶好調の765プロのアイドル、星井美希だ。
「縁日…ですか?」
 なにが気に入ったのか、彼女はたびたび黒子に連絡をとってくるのだ。脈絡なく話し出した今回の連絡内容を要約してみた結果、でてきた結論が先の言葉だ。

<うん。ハニーが練習終わってから!>
 どこで調べてくるのか、最近とみに忙しいはずの彼女はなぜか自分たちの練習時間を的確に把握しており、今回も狙ったかのように終了時刻にかかってきている。
 どうやら縁日への誘いらしいのだが、予定を思い出してみると美希の指定する日にちは…
「…その日は、」
<決まりなの!それじゃあカワイイの着てくから、よろしくね!>
「部のみんなとパーティーを…切れてますね。」
 部のイベントとして予選の祝勝会と本選へ向けた盛り上げパーティーを行う予定となっており、そのことを告げようとしたのだが、電光石火の押しで用件だけ告げて切られてしまった。
 よほど忙しいんですね、と現実逃避気味に考えてみるが、なにやら興味津々で自分を見つめてくる仲間たちに予定の変更を告げなければならないことに微かに頭痛を覚える。

・・・

「はぁ!?予定が入って行けねぇ!?」
 率直に予定が入ってしまったことを告げると自分の相棒、火神が驚いた表情をしている。

「うーん、一応部の予定なんだけどなあ…」
 リコが眉を顰める。練習に関係ないとはいえ、団体行動を養う目的もあるのだが、用事があれば強要することもできない。
「まあまあ、いいじゃないか。その日じゃないといけないわけでもないんだし。用事ならしょうがないさ。」
 木吉がとりなすようにリコと火神を宥める。
「だが、急だな。なんの用事なんだ?縁日とか言ってたが…」
 伊月は否定するようなことを言いたくないが、急に入った私用で足並みが乱れるのを嫌っているのだろう、困り顔ながら尋ねてくる。

「フッフッフッ…オレ分ったよ。」
 小金井が猫口をにんまりとしながら楽しそうにしている。小金井の言葉に一同が視線を向ける。
「縁日ということはデート!ずばり桐皇の桃井ちゃんとのデートだろ!」
「「「なにぃ!!?」」」」
 ズビシと効果音がつきそうな勢いで黒子を指さし小金井が宣言すると周りの皆が驚愕に顔をひきつらせて騒ぐ。ガバッっと勢いよく黒子を睨み付けると

「いえ、違います。」
「あれっ!?」「「「違うのかよ!」」」
 あっさりとした調子で否定の言葉が返ってきた。小金井が呆気にとられ、日向たちも思わぬ肩透かしにツッコミがはいる。

「だが、縁日には行くんだろ?」 
 立ち直りが早かった伊月が尋ねてくる。彼も、自称彼女を宣言していた桃井であると考えていたため、それ以外の人物が思い浮かばず困惑する。

「ええ…まあ…」
 あまり答えたくはないが、縦社会の部内で先輩の質問をはぐらかすわけにはいかず、歯切れ悪く答える黒子。
「え~、じゃあ誰と行くんだよ?」
 当て推量が外された小金井が尋ねてくる。周りのみんなも興味津々といった風に見ている。しかたなく、

「星井さんです。」
 簡潔に名前のみを告げる。告げられた名前に、一同がはてなを浮かべる。黒子の交友関係を完全に把握している訳ではないので突然告げられた固有名詞に戸惑っていると、

「それってたしかIHの時に居た子じゃないの?アイドルの。」
 黒子にとって都合の悪いことにリコが思い出してしまう。リコの言葉に、降旗たちが色めきだつ、

「星井って、まさか星井美希!?今絶好調の!?」「ウソだろ!!?なんで黒子が!?」「ちくしょう!黒子死ねばいいのに!!」

 芸能関係に疎い、火神や木吉はあまり反応を返せないが、降旗たちの様子にどうやらかなりの有名人であることを察する。
 伊月や日向もあまり詳しくないようだが、河原がさしだすように持ってきていたグラビア雑誌の美希の特集コーナーを見せている。

「いつの間に連絡先なんて交換してたんだ?」
 反応の薄い火神が黒子に尋ねる。
「…先日、試合の時に応援に来ていてその後です。」
 親密になったのはそれよりもかなり以前なのだが、騒ぎを大きくするのも嫌なのでとりあえず端的に答える。

「はいはい、まああの小娘じゃないなら、誰とつき合おうが、バスケに障りがなければいいじゃない。」
 騒ぎ立てる男どもを鎮めるように手を叩きながらリコが閉めようとする。仕方ないだろうといくら個人的な関係とはいえ、宿敵のチームのマネージャー―というだけでなく個人的な私怨も含めて―桃井と大会間際に接触しているのはマズイが、それ以外であるならば関与する必要もないし、相手がアイドルでは忙しいだろうし、とあっさりとした対応をとったのだが、

「しかし、すごいなこの娘…これでまだ中学生!?」
「86のFカップって…」
 
 雑誌を覗き込んでいたあたりから聞こえてきた呟き、主将兼おとなりさんのごくりと唾を飲み込む音がやけに耳に響き、知覚した瞬間、阿修羅が降臨していた。

・・・

「それで…?」
「あの…カントク…?」
 死屍累々の山を背にした阿修羅が右手一本で黒子の頭部を掴み、宙にぶら下げている。仲間の頭部からミシミシという音が聞こえながらも、惨劇を免れた火神や木吉、水戸部、小金井は惨状を目にして動くことができない。

「小娘といい、そいつといい、そんなに、巨乳がいいのかしら黒子君?」
 にこやかな表情とは裏腹に右手の圧力は物凄い勢いで強まっていっている。
「あっ、いえ、そういうわけでは…」
「それともロリ好みなのかしら?」
「………」
 高校一年生と中学三年ではロリにはなるまい。弁明を試みる黒子だが、メキョと響いた音とともに中断される。はからずもすでに屍の山の一部となっている同級生の叫びは実現されようとしていた。


…後日、大会に向けたハードな練習がより一層の過激さを帯び、毎日のようにコートには黒い染みのように成り果てた影の姿があったとか…



[29668] 第29話 相変わらずですね
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/20 20:56
「いいのかな、あれ…」
「よくないだろ。」
「じゃあひびきん、止めてきてよ。」
「うぇ!?いやそれは…」
「仲のよいことはいいことではありませんか。」
 春香が苦笑いの表情でつぶやき、響がそれを否定する。否定の言葉を聞いた真美が響に提案をするも、響はしり込みしている。高音に至っては、現状を、パパラッチの脅威があることも、周囲に大勢の一般人がいることも忘れたコメントを述べている。
 彼女たちの目の前にいるのは、

「すごーい!テツ君!」
「ありがとうございます。」
 屋台の水風船を大量にせしめ続けている影の薄い少年とその横で嬉しそうにはしゃいでいる美希だった。


第二十九話  相変わらずですね


「…うまいんですね。黒子君。」
 結局、店主に泣きがはいりかかるくらいまで取り続けた黒子だったが、そんなには持てないということで適量のみいただき、縁日を楽しんでいる。美希は嬉しそうに黒子の腕にへばりついており、春香が数歩離れたところから話しかける。

「ええ、まあ…」
 黒子もやりすぎたと感じているのだろう、少し照れた様子で歯切れ悪く返答する。ご機嫌の美希は、あちこちに目を向けており今も面白そうなものを見つけたのか駆けだしている。

「ここの縁日には…以前も来たことがあります…」
 美希が離れ、その様子を見ている黒子が懐かしそうにつぶやく。春香たちはその横顔に懐かしさと悲しみの様な感情を感じたが、

「テツ君!こっちこっち!」
 美希が嬉しそうに黒子を呼んだ時には、すでにいつもの無表情へと変わっていた。

 

美希が並んでいた店で飲み物を買って、次の目的地を探してあたりを見回すと。

「いた!見つけたテーツ君!」
 嬉しそうに弾んだ声で黒子にとっても、美希にとっても見覚えのある人物が駆け寄ってきた。その人物は立ち止まる様子もなく全力で駆け寄ってきて、

「会いたかったー!!テツ君!」
 飛びつきながら黒子の顔面に抱き着いた。
「苦しいです。桃井さん。」
 抱き着かれた黒子は、表情を変えずに抗議の声を上げる。抗議の声を上げたのは黒子だけでなく、

「むー!美希のテツ君とっちゃやー!」
 美希が体に抱き着くようにして黒子を引き寄せる。間で引っ張られている黒子がかなり苦しそうな表情をしているが、


「…あちらの方は?」
「えーっと、桃井さつきさんっていって、たしか桐皇バスケ部のマネージャーだったと思います。」
 面識のない高音は突然現れた人物に戸惑っており、春香も戸惑いながら紹介する。真美と響は、突然の修羅場を楽しそうに囃し立てている。
 助ける者のいない黒子は、修羅場にしどろもどろになる…こともできずに色々なところを圧迫されたまま三途の川を渡ろうとしていた…



「ゲホっ…こんにちは桃井さん。」
「あはは、ごめんねテツ君。」
 川を渡りきる前になんとか戻ってくることができた黒子は、ようやく二人から解放され仕切り直しの挨拶を交わす。ただ黒子の横では、むーっという音とともに桃井を睨み付けている美希の姿があるのだが…
「よかった。この前は会えなかったけど、今回はちゃんと会えたね。」
「…そうですね。」
 少し前、誠凛は慰安を兼ねた温泉合宿で桐皇と鉢合わせたのだが、その際桃井は黒子と会うことができず、温泉内でリコとバトルを繰り広げていたのだった。黒子が会ったのは、

「今日はお一人ですか?」
「…ううん。あいつと一緒なんだけど…」
 人物を省いた会話でも、思い浮かべた人物は同じのようだ。

「というか聞いてよテツ君!あのガングロ、久しぶりに一緒にでかけようって言ったら、一人で行って来いとか言うんだよ!」
「…」
 一人白熱し始める桃井に、黒子は無反応で耳を傾ける。

「テツ君も、またここに来てるかもしれないと思ったから…」
「…二年ぶり…ですね。」
 彼らが来たのは二年前、彼らをつなぐ絆が崩壊し始めた夏が終わったころ。だんだんと孤立し始めていた青峰を無理やりに二人で連れ出したのがこの縁日だったのだ。
 その時にはすでに彼は笑うことを忘れ、なにが好きなのかもわからなくなっていた。それでも…それでもまだ、彼らは信頼し合っていると思っていた。
 
 黒子が沈鬱な表情でうつむいてしまい、美希ですら話しかけ辛い雰囲気となりかけていた。そんな空気を作ってしまったのをまずいと思ったのか桃井が無理に明るい笑顔を作って話し出す。

「アイツ、相変わらず赤点ギリギリで、これに来なかったら、ノート見せてやんない!って言ったらようやくついて来たのよ。」
「…相変わらずですね。」
 桃井の言葉に黒子も苦笑する。中学の頃も青峰の成績は悪かった。常に授業中に寝ており、テスト前には桃井にノートを見せてもらってギリギリで赤点を回避する。懐かしい思い出に哀愁を漂わせながらも笑みがこぼれる。
「ホント相変わらず…練習サボるし、試合も適当だし…」
 桃井の言葉に再び重い空気が流れそうになってしまう。話していてそのことに気づいたのだろう、慌てて話題を変える。

「でもアイツ、着いた途端にメンドクセーとか言って!…女の子を一人にするなんてどうなの!? あのガングロクロスケ!」
 どうやら着いて早々はぐれた、というよりどこかにエスケープしたらしい。その容姿からナンパされることも多い桃井はナンパ避けも兼ねて誘ったのだが全くエスコート役にならなかったようだ。
 怒りが再燃してきた桃井の後ろから、

「だれがガングロクロスケだ。」
 話題の人物が不機嫌そうな顔でやってきた。



・・・


「ったく…めんどくせーな、さつきのやつ…」
 周りには縁日を楽しむ笑顔が溢れる中、気だるげな表情で歩く長身の男の姿があった。テストノートを人質にされたためやむなくやってきた青峰だが、かなり憂鬱な状態だった。
 着いた先はいつかの縁日。自分にとって二度目の全中が終わり、孤立を深めつつあったころ、二人に引きずられるようにしてやってきたのがここだった。


 あの頃自分はかつての相棒をどう感じていたのだろうか…
 自分の力が開花し始めたころ、それでもまだ彼を信じていた。いつかきっと自分だけの力ではどうにもならなくなる時がくる。そのときに彼がいればどんな相手にだって負けない。拳を合わせた彼は言っていた

【青峰君よりすごい人なんてすぐ現れますよ。】

…だが、そんな相手は現れなかった。自分を苦しめたかつての相手も、成長し始めた自分の前に戦うことすら放棄した。
 どんな相手だろうと、自分一人に敵うやつはいない。相手になるどころか、相手のやる気すら奪ってしまう。
 自分は一体、バスケの何が好きだったのだろう…なぜ今もまだ、バスケを続けているのだろう…

……きっと自分はまだ、あの言葉を…

 懐かしい光景に柄にもないことを思っていたことに気づいた青峰は舌打ちをして、感傷を振り払う。
 少し離れたところに自分をこんなところに引っ張ってきた元凶が居る。その横に居るのは…

「…ちっ。」
 今度の舌打ちは先ほどよりも大きくなっていた。悪人面という言葉がぴったりくる彼の表情に周りの人が避けていく。
 放置して帰ろうかとも考えたが、それでは後々厄介なことになると考え、早々に回収すべく歩み始めた。しかし

「いたいた。ん…なんか面子が違うな…まあいい、もめごとを起こしているようだし、ネタにはなるだろ。」

 道から少し離れたところで、怪しげにカメラを構える男に気づいたことで彼の足は止まる。カメラを構える男に気づいた様子もなく桃井たちは騒いでおり、金髪の少女と桃井が黒子をとりあっている。

「…ちっ、めんどくせー。」
 進路を変えて彼は、道から外れる。


・・・


「よう…テツ。」
「青峰君…」
 不機嫌そうな顔をした青峰が現れたことで場の空気が凍りつく。だがそれは青峰が放つ空気というよりもむしろ黒子から放たれたもので、思わず美希も黒子から身を離す。

「ちょっと青峰君!どこ行ってたのよ!?」
 桃井は慣れているのか、青峰を問い詰めるように近づき怒鳴っている。
「あぁ!?どうでもいいだろ?んなの。」
 桃井に責められる青峰は、気だるげにはぐらかす。青峰はわずかに視線を元来た方向に向け、なにかを確認するとすぐに視線を黒子に戻す。黒子も同じ方向に視線を向けるがすぐに厳しい視線を青峰に向ける。

「この間は途中で邪魔が入ったが、今度はいねぇみたいだな。」
「ええおかげさまで…今日は別行動です。」
 前回、宿で出会ったときには、途中で火神が割り込み二人の会話は三人の会話へと変わってしまった。

「…そういや、あのドライブ。たしかオレたちと戦うための技とかほざいてたな。」
「はい。」
 中断された二人の会話が時をおいて続けられる。細かい事情の分からない美希たちにも、どうやら二人が黒子の新技、バニッシングドライブについて話していることは分ったようだ。ただそれでも二人の雰囲気に口を挟もうとはしない。

「フッ…なめてんじゃねぇぞ、テツ。」
 笑みをこぼした青峰は、すぐさま表情を変えて黒子を睨み付ける。その表情に春香や響たちがたじろぐ。
「なめてはいません。」
 視線を受けた黒子は、無表情ながらも厳しい視線を返す。
「言ったはずだぜ。お前のバスケじゃ、勝てねえよ。」
 鋭い眼光が交差する。

「テツ君は負けないもん!」
 それまで気圧されていた美希が黒子の隣から声を挟む。それにより空気が破られ
「そうだぞ!練習サボるようなテキトーなやつに負けないぞ!」
 響や真美が睨み付けるように青峰を見ていた。敵意むき出しの二人とは別に、春香はおろおろとしており、高音は静かな表情ですっと前に進み出る。

「青峰さん…とおっしゃいましたね。」
 高音の凛とした声音に青峰が表情をそのままに視線を向ける。
「負けず嫌いなのは結構ですが、それならばなぜ真摯に向き合おうとしないのですか?」
 続く言葉に睨み付けるような視線は薄れたものの、プレッシャーが増す。視線を逸らしたのは青峰ではなく黒子と桃井。

「…かはっ、笑わせるぜ。」
 しばらく高音を見ていた青峰は突如、口元を歪ませる。その様子に高音のみならず春香たちも訝しげな表情となる。
「真摯に向き合う?テキトーなやつに負けない?それじゃあ、オレに勝てたやつが居たかよ?」
 青峰は嗤いながら吐き捨てる。その言葉に響がIH準、優勝であることを指摘しようとするが、それが不戦敗であることを思いだして言葉を止める。

「練習なんざ必要ねーだろ。テキトーに流してやっても退屈しのぎにすらならねぇんだからよ。」
 心底つまらないというかのように吐き捨てる青峰。黒子と桃井はぐっとこらえるように言葉を飲むが、

「美希的には、それって違うと思うな。」
 いつのまにか再び黒子の隣に並んでいた美希が、真剣な表情で否定する。

「テキトーにやったり、試合で手を抜いたりしても、誰も楽しくないし、戦ってる人だって嬉しくないと思うの。」
 適当にやっていればいいと思っていた。楽に生きていければいいと思っていた…でも、みんなと一緒に過ごしてきた時間が彼女を変えた。みんなと一緒に頑張ったからドキドキして、わくわくして、そして楽しかったのだ。それを教えてくれたのは彼女の隣に立つ少年だった。
彼女たちが見てきた試合が、その選手が、スゴイと思えたのは、誰もが真剣にやっていたからだ。
 春香や響、真美、高音も同意するようにまっすぐな視線を青峰に向ける。いつか木吉が言っていたように、誰もが一生懸命だからこそ、スゴイと思えたのだ。

「…マジメにやって、なにが楽しんだよ。」
 わずかに俯き呟いた青峰の表情は、暗くなり始めた景色に紛れてうかがい知ることはできない。だが、その言葉に悲しみを感じ取った美希は追及を止めて黙り込む。だがすぐにその雰囲気は消え去り憎悪ともいえる感情が吹き荒れる。
「どいつもこいつもヘボばっかだ。オレの欲しいもんはぜってぇー見つかんねぇ。」
 憎々しげに告げられた言葉と表情に春香たちが脅え、たじろぐ。

「オレに勝てるのは、オレだけだ。」
 青峰の圧倒的な存在感に春香たちが気圧される。だが、
「…いいえ。今度こそ、負けません。」
 黒子が一歩前に踏み出し応じる。黒子の挑むような真剣な眼を見て青峰は、ふっと笑う。

「…いいぜ。反論はコートの上で聞いてやるよ。」
 青峰は踵を返して立ち去って行く。
「ちょっ、青峰君!」
 置いて行かれそうになった桃井が慌てて後を追う。だが、途中でくるりと振り返った桃井は、
「それじゃ、ごめんねテツ君…またね。」
 少し悲しそうな笑顔で別れを口にする。
「はい…今度は、WCの会場で。」
 桃井が謝ったのはなににたいしてなのか。慌ただしく去りゆくことか、再び戦うこととなる未来に対してか、それとも…
 二人を見つめる黒子の眼は怖いくらいに真剣な眼をしており、それを悲しそうに、羨ましそうに美希が見ていた。





おまけ


「くっそ。なんなんだ、あのガキ!」
 先ほど少女たち、正確には高音や美希たちをつけ狙っていたカメラマン、が慌てた様子で駆けていた。思い出すのは先ほどの光景、なにやら一般人と思しき少女と765プロのメンバーが言い争いをしており、スクープの予感に期待したのだが、

【よう。おもしれぇことやってんじゃねぇか。】
 突如として自分の肩にもたれかかってきた男が耳元でささやいた。自分には柔道黒帯としての経験があるとか、こんな人が大勢いる場所でとか、そんなことなど無関係に圧倒するような存在感に冷や汗が止まらなくなってしまった。

【女子高生趣味とは大層だな、オッサン。】
 違う。と言いたかった。自分はカメラマンなのだと。仕事で来ているだけだと。だが蛇ににらまれた蛙のように動けなくなってしまった。

【アンタの趣味なんざ知らねェが…さつきに関わるのはやめときな。】
 さつき…というのはあの見知らぬ少女のことだろうか。あんな一般人なんて知らない。自分の関心は765プロにあるのだから。

【今、イラついててよ。オレと遊んでみるかよ?】
 その言葉が本気かどうかは分らない。だがちらりと見えた横顔は玩具を見つけた子供の様に見え、その存在感とあいまって恐怖心をあおった。

 思わず組まれていた肩を振り払って逃げ出した。行先など考えずに走るといつの間にか縁日の屋台から遠ざかり墓場に来てしまったようだ。人気がなくなったことで落ち着きを取り戻したのか息を整えるために足を止める。

「はぁ、はぁ……うん?あれは765プロの…」
 俯けていた顔を上げると離れたところに先ほど居なくなっていたメンバーの一人がいた。どうやら墓参りをしているらしく、親族の墓だろうか、水風船を供え物にしている。

「墓参りか…ん?」
 パパラッチとしての習性から身を隠すようにして様子を伺う。するとターゲットの背後から彼女とよく似た面差しの女性が近づいている…



・・・・

 後日、悪徳パパラッチとして男は、一日警察署長を務めた高音と網を張っていたプロデューサーによって取り押さえられ、騒動は一旦の終結を見るのだが…




[29668] 第30話 さっきからオレばっか
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/26 20:49
オォオオオオ…

「黄瀬ェ!」
「青峰っち…!!」
 一瞬も気が抜けない…頭が割れるように痛い…

「オァアアア!」
 かつて憧れた存在が今、全身全霊で自分を狩ろうとしている。

「あぁあぁあぁあ!!!」
 コートの隅に追い込まれた。切り返すために踏み込んだ脚は今にも崩れようと震えている。
気合いとともに体を返し、コートの隅からからボード越しのシュートを放つ。ボールはしばしためらうように枠の上を転がった後、抵抗を諦めたかのようにゴールへと転がり込む。

かつてないほどの疲労に息が切れる。空気を求めるように自然と顎が上がる。ともに戦う仲間も疲労の色が濃い。
今気を抜くわけにはいかない。みんなはこの瞬間のために、自分の穴を埋めるように奮闘してくれた。今も自分を信じてくれている。


待ち望んだチャンスがやってきた…
相手のミスからボールを奪い攻め込む。対峙してくるのはやはりあの人。

かつて憧れた人…その力に憧れた。その姿に憧れた…なによりも一途なまでのその思いに惹かれた。
シロート同然の自分に対しても、笑いながら闘いを受け続けてくれた。圧倒的な力差がありながらも、叩き潰すように常に全力を出してくれた。誰よりも強く…誰よりもバスケが好きだった。
‘彼’を引き抜きたかったのは、もちろん一緒にやりたいと思ったからだ。だが…もしかしたら…自分はこの人になりたかったのかもしれない。‘彼’を相棒とすることができれば、影を独占できれば、自分もこの人のように、誰よりも強い光になれると思ったのかもしれない。

距離が縮まる。近づいた筈のあの人との距離は…遠くに感じる。なにが悪かったわけではない。いや…もしあの頃の自分にもっと力があれば…この人が闇に引き込まれることはなかったのかもしれない。この人が孤高を選んでしまうこともなかったのかもしれない。

【オレに勝てるのは、オレだけだ。】
 今の自分にならわかる、あの言葉はきっと…だれよりもバスケが好きだった彼が、一番信じたくなかった言葉なんだ。
 
 二人の間で読みあいが繰り広げられる。だが合わせ鏡のような二人の読みあいはただの堂々巡りになるだけだ。

 闇に引き込まれる寸前だった自分を引き上げてくれたのは紛れもなくこの人だ。この人がいたから、自分は笑っていられる。バスケが好きになった。仲間ができた。

 フェイクにいれた視線の先に、仲間が走っている。頼りになるキャプテン。いつも自分を怒鳴ったり、殴ったり、酷い人だ…自分ひとりで思いを背負って、誰にもそれを背負わせないようにして…本当に…
 試合前に聞いた独白。きっと自分はまた一つ変われた。‘彼’と出会えたのも、‘彼女’に惹かれていったのも、今の仲間と巡り合えたのも、始まりはこの人。

 だから今度は…自分がこの人を変えたい。いや、思い出させたい!憧れるのはもうやめる。自分が憧れたのは今、目の前にいる存在ではないのだから。

【理屈で本能抑えてバスケやれるほど…】
 そうッスね…
 自分の意志とは裏腹に、パスを出すはずの腕はボールを離すタイミングをずらす。

 はたから見ればなにをしてるのかと思うかもしれない。千載一遇のチャンスで、絶好の位置にいる仲間をブラフにして、こんなトリックショットを狙うなんて。しかも見なくてもわかる。

 これは外れる。今の自分の力じゃこれが限界。自分には影がいないから。

 でも大丈夫。きっとそこには

「早川センパイ!!」
 重荷は一人で背負うもんじゃないッスよね。

「んっっが―――!!!!」
 今の自分には信じられる仲間がいるから。だから戦える。祈ってくれるあの娘がいるから、今以上の力を願う。

 残り6点差。みんなが残った力を絞り出すように駆けまわる。みんなが狭めたコースが自分にまたチャンスをくれた。
 距離は遠い。こんな距離、冗談以外でやったことはない。
 でもできるハズ。
 
 ただ自分のためだけじゃなく、力を求めてあるべき姿を幻視する。

 センターラインから放ったボールは、幻視した軌跡のままに舞い上がる。

 占いも見てないし、ラッキーアイテムもなにかは知らないけど…今の自分にはそれよりも大切な女神がついているから…


 あと三点。


 悪寒が背を駆け抜ける。振り向いた視線の先にいたのは、あの人だ。


 でも…なんだアレは!?

 今までとは違う。かつての彼とも違う。きっと自分が憧れた、その先にあった姿だ。

 目で追うこともできない程のスピードでキャプテンと小堀センパイが躱される。ゴールとの間に割り込むように飛び込み、再び距離が縮まる。

 !!!!?

 激突するかと思われたあの人は、空中で自分を躱してダンクを決める。

 分かってしまう…やっぱりこの人は、最強なのだと。

 それでも終われない。
絶望の闇が迫る中、闇を払うように振り切った腕に感じたのは… 今まで感じていた手ごたえではなく、超えてしまった感触だった。
 ボールが手から離れた瞬間、激痛を知覚するとともに結末が分ってしまう。予見した通りにボールはゴールに入ることなく、弾き飛ばされた。
 腕には振り払ったはずの闇が激痛とともにまとわりついている。


…自分のミスだ。なにが仲間を信じるだ。結局自分は、変わってなかった。自分の弱さが、キャプテンの背負った思いを壊してしまった。自分がもっと強ければ…


…自覚すると闇が広がった気がした。

 この勝負はもう…

「涼ッッ!!!!まだ…まだ終わってない!!」
 声が聞こえる。広がっていた闇が引いていった。泣きそうなほど必死な声が、自分を導いてくれる。
 
「切りかえろ!試合はまだ終わっちゃいねーぞ!!」
 後ろから頭を押さえつけられるとともにキャプテンの声が響く。顔を上げるとみんなが自分を見ている。
 その眼は…信頼の眼差しだった。必ず自分は立ち上がる。最後の瞬間まであきらめない。そう信じ切った眼だった。


   そっか…

 自分に必要だったのは影じゃなかったんスね…

 あの頃も、今も、自分を救い上げてくれるのは…光なのだから…


「だから、負けるだけならまだしも、オレだけあきらめるわけにはいかねーんスわ。」

「敗因があるとしたら、ただ、まだ力が…足りなかっただけッス。」
 そう、まだ力が足りなかったのだ…彼の眼を覚まさせるだけの力が…

・・・・


 ガバッ!!


「あー…ひどい汗ッスね。」
 伸ばした腕が、宙をさまよっている。もう冬だというのにひどい寝汗だ。時計を見ると、いつもの早朝ロードワークの時間に少しだけ早い時間だ。

「まっ、どうせ汗かくし…」
 シャワーを浴びたいところだが、浴びてからロードワークというのもおかしな話だろう。仕方ないのでそのままジャージに着替えて外にでる。
 テンションは高い。今年の‘冬’はもう間近まで迫っており、きっと最初で最後の戦いになるのだから。かつての仲間たちが全員集う戦い。でも…


【…今大注目!男の子のような女の子。菊地真君。そのたたずまいは、まさに王子様!コアな女性ファンが急増中なのも頷けます…】
 ロードワークから帰り、朝食を済ませていると流れていたのは、あの娘のニュース。誠凛の試合観戦の時以来会っていない。自分も彼女も忙しくなっているから。

 夢見が悪かったせいか、どことなく息苦しい感情を抱いたまま朝練に向かっていると、携帯が着信を知らせてくる。どうやら電話らしく、しばらく待っても途切れない。仕方なく表記を見ると、そこにあったのは…



第三十話 さっきからオレばっか

「きゃぁあああああ!」
「ご、ごめん、ちょっと…通して…ははは…はぁ。」
 765プロ事務所前で大勢の女子ファンの待ち伏せにあった真はスマイルを返し、手渡されたたくさんのプレゼントを抱えながらもなんとか事務所に身を滑り込ませる。多少引っ張られたのか、紺色の上着は多少乱れた状態で、変装用にかぶっていたラセットブラウンの帽子はずり落ちそうになっている。


「毎度のことながら、大変だねぇ。」
「これじゃ身がもたないよ…」
 疲れた様子でソファーに身をうずめた真に、お茶を渡しながら春香が声をかける。帽子をとりながらぐったりといった様子で真が返すと

「たしかに。」
「でも、それだけ人気がでてきたってことじゃない?」
 千早が同情するように同意してくれるが、春香は人気が出てきた現状が嬉しいのだろう明るい声で尋ねてくる。
 ソファの上で身を預けるようにクッションに身を沈めた真は、
「はぁ…ホントは、王子様じゃなくて、お姫様になりたいんだけどな…」
 憂鬱な表情で溜息をつき、帽子を抱え込んだ真が呟くように心情を吐露する。
 誠凛のWC進出決定から数週間、彼女の思い描く王子役から音沙汰はない。

・・・


「な、なに!?あなたたちは!?」「ふふっ、あんたに恨みはないが、ちょっと頼まれたもんでね。」
「た、助けて!誰か!!」「やめたまえ!」「お、王子様…嘘でしょ!?」「なにが王子だ!ぶっ飛ばしてやる!」「ヒヒィィン」「ぶふぁ。」「くそっ、覚えてやがれ!」「口ほどにもない奴らだ。」「きゅん…これって…恋…かも…」

「いいなぁーボクもこんな出会い、してみたいなぁー。」
 本日購入したばかりの少女漫画雑誌を春香や千早、プロデューサーに聞かせるように音読していた真は、掲載されていた漫画の不良にからまれた少女と白馬に乗った王子の出会いに感動している。

「馬と?」
「王子と!」
 春香の天然の入った疑問に、やや怒ったように言い返す。

「そもそもどうしてその王子様とやらは、馬で登校してるんだ?校則違反だろ。」
「馬も、生徒らしいですよ。」
 プロデューサーが突っ込むなよ!と言いたいところをあえて突っ込んで千早が真から聞いた設定を注釈する。

「黄瀬君との出会いって、そんな感じじゃなかった?」
 二人のやりとりを他所に春香は春先のことを思いだして問いかける。たしかあの時、夜の公園で、ガラの悪い男にからまれていたのを颯爽と助けてくれたのがそもそもの出会い。まさに真が読んでいた漫画通りの出会いだったのだが…
「…そうなんだけど…涼って、ホントにボクの事、女の子として見てくれてるのかなぁ…」
 ソファの上で膝を抱え込んで呟く真。否定しようとした春香は、ふと今までの黄瀬の態度を思い返してみた。

 黄瀬の真に対する評価:おもしろい子。
 呼び方:真っち。
 あいさつ:拳を打ちあう。
 黄瀬と真が約束してでかけた場所:バスケ会場のみ。(しかも同伴者多数)
 プレゼント:多分なし。
 告白:多分…なし…

「…」
 男友達に対する態度のようだ…
フォローできずに黙り込んだのは春香だけではなかった。千早とプロデューサーも黙りこむ。

「みんな見かけで判断するんだよな。ボクにだって女の子らしい部分はあるのに、みんなそういうところは見もしないで。」
 座り直して、頬づえをつきながら、多少やさぐれた表情で拗ねている。どうやら春香たちの考えたことを一番意識していたのは当人だったらしい。

「まあ…そうだけどな。」
 苦笑しながらプロデューサーが答える。他ならぬ彼自身がそういった仕事を真に取ってきているのだから…
「応援してもらってることはとっても嬉しいんです!でもボクだって女の子なんだから、女として応援してほしいっていうか、扱ってほしいっていうか…別に男の子だけに応援されたいってことじゃ、全然なくて…なんというか、その…極端だと思うんですよ。ねえ、聞いてます?プロデューサー!」
 おざなりといった風情の返答に、ムキになって言い募る。だがスケジュールの確認を行いながら耳を傾けているプロデューサーにはいまいち真剣味が伝わっていないようだ。
「聞いてるって。」
 それでもスケジュール帳から視線をそらそうとしないプロデューサーに真は
「ボクだって、こうフリフリの服を着て、キャピキャピーって感じでポーズをとれば…」
 跳び上がるように立ちあがった真は、3の字の口で不満を表しながら、本人曰くキャピキャピーって感じのポーズを極めているのだが…

<~~~~~~~~~>
 その横では、つい最近放送が始まった真の歯磨きのCMが流れる。画面の中の真は、清涼な感じの服装で凛々しいポーズを極めている。しかも謳い文句は「真王子の南極歯磨き」となっている。

「ポーズをとれば?」
 画面に視線を向けたまま固まった真、プロデューサーも画面に視線を向けたまま真の言葉の続きを尋ねるが、
「カッコいい…」
 同じように画面を見ていた春香が呟くように回答する。その言葉に異論を唱える者はいないだろうという男らしさだ。

「くぅ…うぅ、やっぱりボクって…」
 本人にもそれは分ったのだろう。項垂れた状態でソファーに沈み込む。
「気にすることないよ。真はそれでいいんだから!」
 なんとかフォローしようと春香がためらいがちに言う。今日の真のテンションはどこかおかしい。浮き沈みが激しいというか…
「春香はどう見られたいのさ?」
 恨めし気な眼で春香を見ながら、呻くように真が尋ねる。
「えっ?」
「あるでしょ?アイドルとしてどんな風にみんなに思われたいか、って。」
 その表情に思わずひいてしまった春香に、迫るように真が問いかけてくる。
「私は…どうなんだろ?」
 考え込むように首を傾げる春香。だがアイドルということ自体が理想の春香に、どんな風にという具体像は思い浮かばないようだ。

「大丈夫だよ真。」
 机の対岸からプロデューサーが涼しげな顔で宥めてくる。二人が視線を向けると
「最近は真も、色っぽくなってきたって評判だぞ。」
 スケジュール帳に書き込みをしながら、軽くといった風にコメントする。

「ふぇ!そ、そうですかね?」
 プロデューサーの言葉に、猫耳が立ち上がらんばかりに反応する真。春香はなんと言ったものかと反応に困っていると、咳払いとともにプロデューサーからアイコンタクトが送られる。その意思を汲んだ春香は、

「そうだよ…やっぱり恋する乙女は違って見えるんだよ!みんな、言ってるよ。」
 口にしてみるといかにも説得力のありそうな言葉に感じた。ただ、視線はついつい今日の真の服装に向いてしまう。カーキ色のチェックのシャツに紺色のジャケット、ズボンも極まっていてまさに女の子にとって王子的な格好に思えた。

「ふぇえ!こ、恋って…でもそっか、そうだといいんだけど…そうか~、みーんな言ってるのか~。」
 ただ春香の言葉は、本人にとってかなり良かったらしく、照れながらも満面の笑みで表情を崩している。その様子を見て。
「単純で助かった…」
 プロデューサーは、喜びでいっぱいの真に聞こえないように小声でつぶやく。春香もあっさりとプロデューサーの罠にかかってしまった真に苦笑する。だが、満面の笑みで猫のように喜ぶ真を見ていると
「ふふ…でもホントに可愛くなってますよ、真。」
「えっ!?」
 やはり可愛らしくなっていると思える。真の想像するお姫様らしい可愛さとはきっと違うが、それでもその魅力に気づいている人はいるはずだ。


 一通り喜んで落ち着いた真。プロデューサーも準備が終わり、仕事の時間が近づいてきた。今日の仕事はプロデューサーと真、二人で行くことになっており、嬉しそうに真とプロデューサーが出ていく。


「は~あ。王子様、か…」
 会場に向かう車の中、真は今日の仕事の流れを確認しながら溜息をつく。手元にある構成台本のタイトルは、「王子様の昼下がり~特集・イケテル貴公子大集合!~」。
「なんだ、まだ言ってるのか。」
 助手席で呟く真の言葉に、プロデューサーが呆れ気味に返す。
「だって、お姫様みたいになりたくてアイドルになったのに、王子様になっちゃうなんて…変な感じ。」
 すねた口調の中には、幾分以上にさみしさが込められいた。
「いいじゃないか、王子様なんて、誰にでもなれるもんじゃないぞ。」
 励ますプロデューサーの言葉は、しかし真の気分を浮上させてくれるものではない。
「とりあえず今日の仕事に集中していこう。」
 知らされている出演者の中に、自分の願う王子の名はなかった。きっと彼は近くに迫った決戦に夢中になっているのだろう。悪いことではない。そんな彼を凄いと思えたのだから。
 一途なまでの真剣さに惹かれた。憧れの存在を否定しても、限界を超えても、それでもなお戦う姿に憧れたのだから…それでも…彼の中に、女の子としての自分が居ないのは…さみしい。

・・・ 

 会場に入り、出演者たちの顔が分かる。もうすぐ本番の収録が始まるのだが…合わせの段階から分っていたのだが…驚きと嬉しさは止まらない。

「特集、イケテル貴公子大集合。まずは今、人気絶頂のジュピターの三人です。」
 一つ目の驚きはこちら。もっともこの企画の趣旨を考えれば、人気の高いジュピターが呼ばれるのは自然な流れかもしれない。真の感想とは裏腹に周囲の反応は良好で、観客の女性から歓声があがる。
「いや~、相変わらずすごい人気ですねぇ。」
「ありがとうございます。」
 司会者の言葉に卒のない対応で天ケ瀬が対応し、その後ろでは御手洗がカメラに手を振っている。

「続いてはこの人、菊地真くん。」
 先ほどよりもやや高く歓声があがる。
「どうも!」
 凛々しい笑顔で対応する真、
「王子様の愛称で大人気。このコーナ初の女性ゲストです。」
「光栄です。」
 観客の女性からは「カッコいい~!」という歓声が聞こえる。

「ん~たしかに。どうです?女性からカッコいいとか王子様、とか言われるのは?」
「そうですねぇ。誰からでも応援してもらえるのはやっぱり嬉しいです。」
 爽やかな笑顔で微笑かけるように言う真に、観客は卒倒せんばかりに喜んでいる。
 
「爽やかです。さて続いてのゲストなのですが、当初お呼びしていたゲストが来られなくなりまして…急遽、お呼びしました。現役バスケット選手の高校生モデル、黄瀬亮太君です!」
「どもッス。」
 もう一つの驚きは嬉しい驚き。観客から真やジュピターの時にも劣らない、いやそれ以上の声援が飛ぶ。

「いやー、ジュピターや真くんに劣らぬ人気ぶり!黄瀬君は大会が近い、ということで当初来られなかったのですが、諸事情からゲストのお一人が来られないということを含め、お伝えしたところなんと快諾!普段は雑誌への出演がメインということですが、テレビ出演の感想はどうでしょうか?」
 経験が長くともモデル業としての活躍ばかりだった上、突発的な出演となってしまったことを気遣ってか、司会の男性が積極的に話をふる。

「たまたま練習日程がオフだったんスよ。テレビの方は、こうした形で出演するのは初めてなんスけど…まあ度胸はわりかし鍛えられてるんで。」
 多少、緊張している様子は見られるが、受け答えはいつも通りの飄々とした態度のまま。その姿に真の顔がわずかに笑みとなる。配置の関係でゲストの対角線上に位置しているが、久々に見たその姿に気分が浮上する。
 プロ意識から、あまりおおっぴらに喜びが表せない分、控えめに喜ぶ真だが、かすかに漏れ出るその微笑に女性ファンの一部が倒れそうになっている。

 一方、普段は写真撮影がメインの黄瀬は、こうして言葉が放送されるという事態に慣れておらず、見た目以上に実はテンパっていた。
 先日かかってきた電話。以前から続くこの番組への出演依頼はかなり前からあったのだが、モデル業自体を減らしているため断っていた。

だが、急遽空席ができてしまったのを慌てた番組サイドが再度打診してきたのだ。ご丁寧にも共演経験があるゲストが二組もあることを教えてくれて…

 最近会えていなかった片方とは、会えることが楽しみだが、もう一組はどうでもいい。ただ、以前765が961に嫌がらせを受けたという話を思い出した黄瀬は、依頼を了承。なにかの助けができれば、と出演することになったのだが…

(なんでさっきからオレばっかなんスか!?)
 一通りゲストの紹介が終わった後、話がふられてきて、焦りながらも対応している黄瀬だが、その内心はいっぱいいっぱいとなってきていた。
 司会は、こういう場に不慣れな上に、突発的な出演となった有名モデルを気遣っての配慮なのだが、慣れないトークを強いられている黄瀬にとっては有難迷惑だった。
 しかも肝心の真との席は、ゲストの中で対角線上のもっとも遠い位置。挙句、真の隣に座るのが懸案のジュピターときている。

「黄瀬君が近々、出場するというバスケットの大会ですが、なんと全国大会!黄瀬君は1年生ながらこの夏のIHでも全国ベスト8に貢献しており、中学時代は全国優勝の経験もあるのです。」
 頼んでもいないのに司会は、黄瀬の紹介文を丁寧にしている。しかもところどころで、

「一日どのくらい練習されているのですか?」
「上達するコツは?」
「大会に向けての意気込みは?」
 など幾度雑誌の取材で繰り返されたのか分らない質問を連発している。(司会者にとっては普段に近いやりとりから緊張をほぐそうとしているのだが…)
 内心の焦りを隠しながら司会と受け答えしていると…

「黄瀬君が逃げるもんか!そっちが卑怯な手を!」

 突然、大声で真が隣のジュピターに怒鳴りかける。驚いた黄瀬は慌てて真の方を向く。なにごとかをジュピターから話かけられていたのだろう、真が怒りの表情で天ケ瀬を睨み付けている。

司会の人は黄瀬とのやりとりを中断して真に尋ねている。
「うん?ひきょうがどうかした?」
 思わず声を上げてしまった真は、焦りながらコメントを探す。フォローしたい黄瀬だが、自分もいっぱいいっぱいで、この状況を打開できるだけのゆとりはない。

「あ、いえ…ひ、秘境探検とかしたいなって…あはは…」
 やや苦しいながらもなんとか自己フォローした真、
「秘境探検!これは男らしいコメント。頼もしい王子様です。どうですか黄瀬君?」
 司会は、流れを重視するためかさして追求せずに感心したコメントを返し、再び黄瀬にふってくる。
「!?そうッスね。オレも時間があればやってみたいッスね。」
 突然、話が戻ってきた黄瀬が驚きながらも、真と旅行ということを想像して答えると…

「おおっ!真王子と黄瀬君の秘境探検!素晴らしい企画になりそうです。」
 なぜだか、観客からは黄色い声援が飛び交い、司会者は新たなる企画の予感に目を輝かせている。 



[29668] 第31話 負けるッスよ
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/11/29 21:43
珍しいことに、どことなく緊張した様子の黄瀬が司会の集中質問を受けている。流石の黄瀬も慣れないTV出演では勝手が違うのだと思うと、なんとなく可愛く思えて笑みがこぼれる。
「おい、765プロ。」
苦笑しながら見ていると、隣から小声で話しかけられる。隣に座るのは、大変不本意ながらジュピター。話しかけてきたのは、たしか天ケ瀬冬馬。ちらりと視線をむけてすぐに、そらす。

「ちっ、無視かよ。王子様は下々のものとは話せないってか。」
「961プロと話すことなんかない。」
 なおもちょっかいをかけてくる天ケ瀬にとげとげしく言い返す。765プロが急成長し始めた頃から圧力をかけ始めた961プロに対してよい感情など抱けるはずもなかった。最初の事件は、雑誌の表紙のすり替え事件。
 事件はその後もあった。高音は961プロにけしかけられたたちの悪いパパラッチによってでっち上げの移籍騒動を起こされ、大変な騒ぎになっていた。
つい最近では、響がロケ中に誘拐まがいの罠で、あやうくレギュラーを降板させられそうになったのだ。しかもその事を気づかれた961プロの社長は、謝るどころか侮辱の言葉とともに圧力をしかけてきたのだ。なんとかその場は、みんなの協力で響が撮影に復帰して事なきを得たのだが、苦々しさは残った。

「なんだその言い方、汚いことばっかりしてる事務所がよく言うぜ。」
「なに!?」
 卑怯な手段に、卑怯な方法でつき合うことはない。プロデューサーがそう言ったが、みんなは納得できなかった。だが、数週間前誠凛の試合を見て思ったのだ。卑怯なことをされようと、自分たちの夢を正々堂々と貫くことがカッコいいことなのだと。
 天ケ瀬の言葉はそんな真の思いを踏みにじるような言葉だった。

「俺達は逃げも隠れもしない、こそこそ逃げ回るしかできない黄瀬と違ってな。悔しかったら…」
 思わず反応を強めてしまった真に、天ケ瀬は言葉を続ける。緊張しながらも司会とやりとりを続けている黄瀬をあごで指して嘲る。

「黄瀬君が逃げるもんか!そっちが卑怯な手を!」
 必死になって戦う黄瀬の姿を思い出す。逃げ回っているわけがない。最後の瞬間まであきらめないあの姿のどこにもそんな言葉はつけさせない。
 激高して言い返した瞬間、冷静になる。周りをみると、いきなり立ち上がった自分を少し驚くように見る顔があった。黄瀬も多少驚いた表情を向けている。


 なんとかフォローして、黄瀬も手伝って、無事に収録が終わった。しかし…


第三十一話 負けるッスよ


 収録が終わり、控室に向かっている真とプロデューサー。黄瀬と話したかったのだが、どうやら久しぶりの芸能活動のため黄瀬は関係者につかまって忙しそうにしていたため、先に帰宅の準備に向かったのだが…
「意味が分かりませんよ!汚いことをしてるのは自分たちなのに、響だって番組降ろされそうになったんでしょ!」
「まあ、落ち着けって真。」
 真が怒り心頭といった様子で廊下を歩く。隣を歩くプロデューサーはなだめるように言うが、どこかおかしいように感じていた。
 黒井社長がなんらかの嫌がらせをしているのは本人の口からも聞いたし、間違いないのだが、ジュピター、特に天ケ瀬はそんなことに加担している様子はなかった。もちろん気に障る相手ではあるのだが、正々堂々とかまるで765が悪者のように言う口ぶりからして、事実を認識していない可能性を疑っていた。

「ボク、ぜっったいあんな連中には負けませんからね!」
 ただ直情型の真は、天ケ瀬の言葉を侮辱や嘲りととったらしく、激怒している。廊下で大声で宣言した真に、

「誰に負けないって?」
 不味いことにどうやら961プロの控室付近だったらしく、ジュピターの三人が不敵な笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「ふん。だいたい、何で勝負するつもりだ?王子様対決か?」
「くっ!」
嘲るように挑発しながら言ってくる天ケ瀬に真が言い返そうと身構える。
「ウチのアイドルを挑発するのはやめてくれ。」
 真が言葉を発するより早く、間を遮るようにプロデューサーが割り込む。
「またアンタか。」
 響のロケの際にも一悶着あったのだろう。天ケ瀬が憎々しげな表情をする。
「だいたい君は、黒井社長が俺たちになにをしたのか分かっているのか?」
「あ?おっさんが?」
 さきほどよぎった予感を口にすると、案の定、天ケ瀬は理解していないような反応を返す。だが
「お前たち、いつから低レベルのボウフラ事務所の相手をするようになったんだ?」
控室から出てきた男が蔑むように嗤いながら現れる。侮蔑の言葉を続けようとした男、黒井社長だが、

「おっ、見つけたッス!真っち…とプロデューサーさん。」
 廊下の奥から黄瀬が明るい調子で話しかけたことにより、出鼻をくじかれた黒井社長が睨み付ける。天ケ瀬も憎々しげに睨み付けている。出鼻をくじかれたのは対決の姿勢をみせていた真たちも同じで呆気にとられた表情をしている。
 
「ようやく解放されたッス。真っちたちはこの後、なんかあるんスか?せっかくなんでどっかにメシでも行かないッスか?」
 話を遮ったこと、漂う険悪な雰囲気など眼中にないかのように黄瀬が961プロの横を通り過ぎながら話しかける。だが天ケ瀬の横を通った瞬間、
「待てよ、黄瀬。」
 天ケ瀬が黄瀬の肩を掴み、話しかける。以前仕事をしたことがあると言っていたが、内容を覚えてもいない黄瀬とは異なり、天ケ瀬は随分と根に持っている様子だ。

 肩を掴まれた黄瀬は、今気づいたとでも言わんばかりの表情で振り向くと、
「…えーっと…天ヶ崎冬弥。」
 しばし首を傾げたあと、思い出すように名前を口にするが…
「天ケ瀬冬馬だ!」
「あれ?」
 いきりたつ天ケ瀬とは対照的に、おっかしいなーといった表情を見せる黄瀬。先ほどまで共演していた相手の名前を覚えていないのは…わざとなのだろうか…?と思っていると

「ようやく出てきやがったな、逃げ回るのは諦めたってことか?」
 天ケ瀬が挑発するように言う。だが、
「ま、いいや。真っち、昼飯はもう過ぎたし、この時間ならカフェとかッスかね?」
 天ケ瀬の事など無視して真に話しかけてくる。あまりな対応に真もプロデューサーも呆気にとられる。バスケの事はともかく、普段の黄瀬は人懐っこい、明るい少年だと思っていたから、なおのことこの対応に驚く。

「あ、いや、それはいいんだけど…」「テメエ!」
 真は思わず黄瀬に返すが、挑発をさらっと流された天ケ瀬はさらにボルテージを上げる。

「ふん。有名モデルともあろうものが、そのような底辺事務所とつるむなど、地に堕ちたものだな。」
 やや頬をひきつらせたように黒井社長が声を上げる。明らかな挑発の言葉に、真とプロデューサーが言い返そうとすると。

「決まりっスね。それじゃ、とっとと準備するッスよ。」
 嬉しそうに黄瀬はスルーしている。思わずプロデューサーが
「黄瀬君…」
 ため息交じりに注意を促す。二人の様子にようやく黄瀬は通り過ぎた961のメンバーを意識に入れる。

「ああ…どーでもよかったんスけど、相手した方がいいんスか?」
 背後を振り返った黄瀬の表情は、本当にどうでもいいことのように、興味のないものを見るような表情だった。

「礼儀もわきまえていないとは、かつては私の目に留まったほどの男が…まったく最良も判断できない低能な輩はどこまでも堕ちていくものだ。今に貴様も消え行く定めだ。」
 明らかに不機嫌な様子になった黒井が吐き捨てる。黒井の言葉に、真たちが驚く。かつて目に留まった、ということはスカウトされたのだろう。だが…

「真っち。やっぱそういう服、似合うッスね。今日それで来たんスか?」
 挑発の言葉がまるで届いていない様子の黄瀬の態度に天ケ瀬がいきりたつ。
「…一度は負けたがな、俺との再戦が怖くて逃げ回ってる奴がよく言うぜ!」
 天ケ瀬の言葉に黄瀬ではなく、真が沸騰しかかる。その様子に
「あいにくあんたら相手じゃ燃えないんスよ。」
 溜息をつきながら黄瀬が振り返る。ようやく黄瀬と961プロがにらみ合う構図が出来上がる。だがすぐに黄瀬の表情は楽しそうなものになり、

「逃げたっていうなら、せめてこの娘らとの戦いを避けたって言ってほしいッスね。」
 真の肩に手を置きながら笑う。黄瀬の言葉に本人以外が唖然としたものになる。
「涼!」
「はっ、そんな奴らにか。最近は、男みたいななりして王子様だとかちやほやされているアイドルがいるようだが…所詮我々の敵ではない。」
 真が驚いて声を上げ、黒井社長が鼻で笑う。
「テメエがそんな雑魚相手に逃げ回ってるってか?ふざけやがって。」
 バカにされたと感じたのだろう、天ケ瀬の表情が怒りに染まる。

「雑魚ね…じゃあ予告しとくッス…あんたらこの娘らに負けるッスよ。」
 ようやく真剣な表情で宣戦布告をする黄瀬に天ケ瀬と黒井は憤怒の表情を見せ、蚊帳の外になっていた伊集院と御手洗がおもしろそうに見ている。
「いいぜ、なら正々堂々、実力で叩きつぶしやる。」
 天ケ瀬は真とプロデューサーを睨み付けるように吐き捨てると、961プロは踵をかえして立ち去って行った。


「黄瀬君!なにをするんだ!?」「涼!なにするんだ!」
 961プロが立ち去った廊下で二人が黄瀬に詰め寄る。
「え。宣戦布告ッス」
 あっけらかんと告げる黄瀬に悪びれた様子はまったくない。
「なに勝手に布告してるんだよ!」
 真が怒鳴るが、黄瀬は真をいなすように頭に手をおくと
「だってあんなのから逃げたって言われるのも癪じゃないッスか。」
 軽く頭を撫でながら黄瀬が嘯く。真はにらみつけるように見上げるが、

「それに真っち、人の事言えるんスか?真っちもオレの居ないところで黒子っちに宣戦布告してたらしいじゃないッスか。」
 意地の悪い笑みを浮かべて乱暴に頭を撫でる。
「うぇ!?いやそれは…」
「黄瀬君、悔しいが今の765プロじゃ、961プロには…」
 言いくるめられそうな真の横でプロデューサーが悔しげに現状を告げようとする。以前高木社長も言っていたのだが、業界大手の961プロと駆け出しアイドルばかりの765プロでは力が違い過ぎるのだ。だが、
「みんなでトップアイドルになるんスよね?」
 黄瀬はかつての真の、みんなの夢を持ち出す。その言葉に二人の抗議が止まる。

「なら、あの程度のやつ倒せるッスよ。」
 その言葉は信頼に満ちていた。
 
 あの頃の自分は退屈だった。だからバスケにのめり込んだ。バスケに嵌りながらも、一応続けていた芸能活動。だが、興味を引いた相手が出てきたのは、奇しくも完全にバスケに熱中したくなってしまってからだった。
 バスケ以外で初めて特別な呼び方を付けた相手。もしこの娘らともっと早くに会えていれば…あるいは自分は…

・・・・

「こんのー!!」
 とあるゲーセンの一角で、真の怒声が響く。
「こいつ、こいつ!こいつ!!」
 結局、あの後、961プロと会ってしまった不快感は消えず、気分転換に三人はゲーセンに行くこととなった。先ほどから真とプロデューサーは二人でゾンビを撃つ体感型のシューティングゲームを行っている。

「なんで!?なんでくるのさ!?撃ってんのに!撃ってんのにぃ!!」
 無我夢中で連射していて残弾数に気が付かないのだろう。真は懸命にトリガーを引くが、襲い掛かってくるゾンビに思わず目をつむる。
「真っち、弾切れみたいッスよ。」
 それまで後ろで見ていた黄瀬が、真の手からそっと銃を取り上げて、リロードを行う。必死な様子の真に微笑みかけると、真は
「…むぅ。」
 必死な様子を見られたのが恥ずかしかったのか、照れたように頬を膨らませながら両手をさしだして返してほしいとアピールしている。

「だぁー!ふざけるなー!!ボクだって好きで男っぽく育ったわけじゃないんだよ!」
 再び銃を手にした真は、雄叫びを上げながら連射してゾンビを撃っている。黄瀬は微笑ましげな様子で真を見るが、所々でプロデューサーの動きを観察していた。
「それもこれもみんな父さんのせいだー!!」
 真は雄叫びを上げながら画面に集中しているが、
「真っち、なんか左から来てるッスよ?」
 このままいくと間もなく、左からやってきている戦車みたいのに轢かれてしまうだろう。
「うわ!あああ!…」
 直前に気が付くも、耐久力の高いその敵を倒すことも躱すこともできずに画面はゲームオーバーを告げる。
「ムチャやるなあ、真。」
「すいません。」
 隣で同時プレーしていたプロデューサーが呆れたように言う。色んな事で頭に血が上っている真が周囲に注意を向けられていないのもあるが、おそらく元々こういったゲームに慣れていないかのようだ。
「まだやるならコイン入れるぞ?」
「いえ、見てます。」
 プロデューサーが気をつかって尋ねるが、少し項垂れたような真は黄瀬に場所を譲るように場所を空ける。
「そんじゃ代わりにやらせてもらうッス。勝負ッスよプロデューサーさん。」
 譲られた黄瀬は素直にその場にはいり、コインを入れる。先ほどから見ていると慣れた様子のプロデューサーに挑戦する。


「真っちは、こういうのあんまし慣れてないんスか?」
 黄瀬とプロデューサーは手馴れた様子でゾンビを撃ちぬいている。反射速度の関係だろうか、若干黄瀬の得点が上回っているようだ。その様子に真が嬉しそうにガッツポーズをしている。
「うん、父さんがピコピコなんてやってたら軟弱になる!とか言って許してくれなかったんだ…」
 負けないように必死でゾンビを撃ちぬくプロデューサーの横で、軽い調子で尋ねてきた黄瀬。真がわずかに沈んだ様子で答える。
「ふーん。」
「黄瀬君は慣れてるみたい、だなっ!」
 横目でその様子をしっかりと見ておきながら、気のなさそうな返答を返す黄瀬。プロデューサーは、画面に現れた大物相手に苦戦しながらも黄瀬に問いかけてくる。

「ん。これは初めてッス、よ!」
「そうなの!?」
 どうやら中ボスらしいゾンビにわずかに黄瀬の集中も増す。黄瀬の言葉を聞いた真は声を上げて驚く、画面に集中していたプロデューサーも驚きは同じだった。
「その割には、随分手馴れた様子だな。」
 プロデューサーの言葉通り、昔やりこんで経験のある自分と黄瀬のプレイはほぼ互角、わずかに黄瀬が上回っている状態なのだから。
「さっきプロデューサーさんのやり方みて覚えたッス。」
「んなっ!?」
 黄瀬のなんてことないような言葉に驚くプロデューサー。真は黄瀬の横で感心したように見ている。
「…真っちのお父さんは、厳しいんスね。」
「うん…ボクはみんなでワイワイするの好きなんだけど…」  
 中ボスを攻略して場面はひと段落している。次のステージに進むまでの間に黄瀬は、真への問いかけを続ける。真は、少し寂しそうに答える。

 真の様子を見つめる黄瀬は、
「プロデューサーさん、今日はこれからまだ仕事とかあるんスか?」
 ステージが開始しようとしている画面に集中していたプロデューサーに問いかける。
「んあ?…いや、俺は夕方ごろから仕事だが、真は今日はもう休みだぞ。」
 出先をくじかれたプロデューサーが画面と黄瀬君とを交互に見ながら答えを返す。画面ではゾンビが街に進行しようとしており、プロデューサーは銃撃を開始していた。

 だが、黄瀬は銃を台座に置くと、
「そっちはアトよろしくッス。」
 片手を挙げて真の方に向き直る。
「えっ、ちょ、黄瀬君!?」
 二人で分担して倒していたゾンビを急に一人で相手することになり慌てるプロデューサー。後ろからかかる戸惑いの声を無視して黄瀬は、同じように戸惑っている真の手をとる。

「真っち、どっか行きたいとこないッスか?」
「うぇ!?」
 いきなりゲームを離れた行動にも驚いたが、その後の行動に呆然とする真。
「せっかくのオフなんスから、約束したデートでもしないッスか?」  
「えっ!?」「黄瀬君!!?」
 誠凛対霧崎戦の観戦前に交わした約束。元気づけるためにふざけて言った言葉かと思いきや、

「そんじゃ、プロデューサーさん。こっちはアトお借りしまッス。」
 二人の驚きを無視して、黄瀬は少し強引に真の手を引いてその場を立ち去る。

「黄瀬君、街にまだゾンビが!!というかデート!?おーい…」
 ゲーセンの一角からはスーツ姿で置き去りにされたプロデューサーの声が響く。



[29668] 第32話 ヤッバ!
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/06 20:27
「じゃーん!どうかな?」
 とある洋服店。試着室からでてきた真の姿は、先ほどまでとわずかに、しかし大きく異なっていた。
「へー、初めて見たッスけどやっぱそういうのもよく似合ってるじゃないッスか。」
 カーキ色のシャツと紺のジャケット、上着に違いはないが、その足元は先ほどまでのパンツから上着と絶妙にコーディネートされたような色合いのスカートだった。しかもその丈は短く、真の健康的な肢がむき出しとなっていた。
「ひっひー♪」
 さすがにアイドルで慣れているだけあって、ポーズも様になっていた。後ろで組んだ手、さりげなく交差するようにアピールされた脚。お世辞ではなく、本当に感心したように言ってくれた黄瀬に真は満面の笑みで答える。

 ゲーセン、とプロデューサーを後にした二人だが、真のとりあえずデートらしい格好をしたいという要望から、Puri Puriという洋服店に来ていた。

「そんじゃ、行くとするッスか。」
 笑顔で見上げてくる真の頭を撫でる黄瀬が促すと、
「うん!へっへー、初デートだ♪」
 本当に嬉しそうな笑顔で同意する。


第三十二話 ヤッバ!


 二人が選んだのは、デートの定番、遊園地だった。もっとも、こういった遊びとは縁遠かった真にとっても、バスケ漬けの毎日だった黄瀬にとっても、こういった場所に来るのは久しぶりなのだが…
 
「イェエエエエエエイ!」「チョオオオオオオオ!」
 二人が最初に選んだのは、ジェットコースター。しかも相当な速度と回転がでることで知られているスリル満点のタイプ。絶叫を挙げる二人は次々とアトラクション(真の要望から主に絶叫系)をこなしていく。


 街のゲーセンとは少し趣の違うゲームコーナーでは、
「でぇえええい!!」
 気合いとともに機械を殴り飛ばす。男女分けなどされてないはずのパンチングマシンは、最高得点を示しており、真は拳を立てながら喜んでいる。笑顔の黄瀬だが、さりげなく腹部をさすっていたのを幸いにも真は気づかなかった。


 楽しそうな様子であたりを駆ける真を楽しそうに見ている黄瀬は、ふとあるところに視線を向けた。
「どうしたの?」
 どことなく寂しそうな表情をしている黄瀬に真が尋ねる。
「あっ…真っち、あれ撮らないッスか?」
 話しかけられた黄瀬の表情は、瞬時に笑顔にもどった。黄瀬が指さした先にあったのは、

「プリクラ!?うん、撮ろう撮ろう!」
 デートの記念にもなるし、という思いは言わなくてもいいだろう。嬉しそうに箱に入る真の後ろから、黄瀬も入り込む。

「ひひひー。できた!」
「どんなのッスか…て、コレとかなんスか!?」
 いくつもの写真を撮って、真が黄瀬から隠れるようにいろいろなデコレーションを施した写真。幾つかの写真は黄瀬が楽しげに声を上げるほど悪ノリが加速しているものだったが、二人の笑顔は楽しげだ。
 その中から、特に楽しそうな写真を選んで黄瀬は、自分の携帯に張り付けた。真がちらりとその様子を見ると、そこにはもう一枚すでに貼られていた。一瞬しか見えなかったがそこには黄瀬のほかに特徴的な色黒の青峰と、明るい髪色の桃井、そして判別できなかったがあと三人ほどの男子が写っていたように思えた。



 一瞬垣間見えた寂しそうな表情が気のせいかのように笑う黄瀬は、次いで嫌がる真とホラーハウスに入る。
「ううう…。」
 お化けが苦手な真は、入ってからずっと半泣きで黄瀬の腕にしがみつきっぱなしだ。苦笑しながらも嬉しそうに歩く黄瀬。不意に、

ぐらん

前方、上方より顔面が真っ白の長髪の人形が上下さかさまに落ちてくる。
「いやあああー!」
 パニックをおこした真が、人形を突き飛ばしながら猛ダッシュで走り抜けていく。置いてけぼりをくらった黄瀬は苦笑しながら小走りで後をおいかけていく。前方からは時々「やぁあああ!」と散発的に真の悲鳴が上がっている。
 真を追いかけて小走りに走っていると

「ううう…」
 道の隅で蹲った影から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「真っち。」
 声をかけるとビクッとした反応をしてから、恐る恐るといった感じで振り返る。
「りょ~…」
 若干舌たらずな口調になっている真。うずくまった状態で見上げてくるその瞳は、うるんでおり無性に庇護欲が掻き立てられる。なんとか自制しながら黄瀬は、真に手を差し伸べる。
「立てるッスか?」
「う~…」
 恨めし気に涙目で睨み付ける真。
「ちゃんと手、つないでおくから大丈夫ッスよ。」
「う~…」
差し伸べられた手をしっかりとつないだ真は、その後しっかりと目を閉じて、黄瀬の背中にへばりついた状態で出口まで向かう。

「結構、怖かったッスね。」
 あまり思っていなさそうな調子で尋ねると、
「怖すぎるよ~。」
 出口をでても涙目の状態で訴えてくる。

 
 その後は、気分なおしに、比較的おだやかなウォーターコースターや空中ブランコ、コーヒーカップなどをこなしていった。
 穏やかなアトラクションに真の機嫌も直ったのか楽しそうな笑みが戻っている。

「はぁー、楽しいな。ねぇ涼!」
「真っちやっぱ体力あるッスね。」
 歩きながら笑いかける真に疲れた様子は全くないが、黄瀬には若干の疲れが見える。お化け屋敷を出て以降の真は、仕返しとばかりに黄瀬を連れ回し、かっての違う疲労に黄瀬はいささか疲れ気味だ。
 すれ違う女子高生などが時折、二人に気づいたように視線を向けるが、堂々とした様子の二人に、勘違いと思ったのか、邪魔できないと思ったのか、話しかけてくることなく通り過ぎて行った。
「ねぇ、涼。デートってこういうのだよね!ボクたちこ、恋人同士に見えるかな!」
 初めてのデートで嬉しそうな真、その様子に、
「そうッスねー。そう見えると嬉しいんスけど。」
 黄瀬も笑いながら答える。
「クレープとか食べながら歩いたらもっと、そう見えるかな?」
 黄瀬の言葉に、嬉しそうな表情を強めて真が迫るように黄瀬に問いかける。
「どうなんスかねー。」
「菊地真。白昼堂々、モデルの黄瀬と遊園地デート!なんて週刊誌に書かれたりして。」
 嬉しそうな表情のまま冗談めかして言う真。
「それは困るッスね。」
 苦笑しながら黄瀬は答える。
「そうなったら、真っちのファンから追い回されそうッスよ。」
「そうかなー。むしろボクが涼のファンから追い回されそうだよ。」
 黄瀬の言葉に、真がおもしろそうに返す。苦笑している黄瀬に

「やっぱりファンが減りそうで困る?」
 期待した眼差しで尋ねる真、黄瀬の返答は
「オレの方はいいんスけど、真っちがそうなったら困るッスね。」
 自分のことよりも真の事を気にした答えだった。
「えっ!?」
「オレの方は、まあ、今はバイト感覚みたいな片手間のモデル業ッスから、仕方ないッスけど…真っちがそうなったらイヤッスね。」
「涼?」
 少し驚いたように真が黄瀬を見る。
「オレがモデル始めたのは、暇つぶしみたいなもんだったスから…まあ、おかげで真っちと出会えたのは嬉しいッスけど。」
 冗談めかして言う黄瀬の言葉に偽りはない。今の黄瀬はモデルよりもバスケが大切なのだ。だからこそ、そのことで挑発されようとも心に響くことはない。
 わずかに沈黙が流れる。
 二人の近くで走っていた小さな女の子が転んで、泣き出してしまった。だが、すぐあとから歩いていた彼女の父親がすぐさま抱き起し、あやしている。その様子を見つめる真の表情はどこか寂しそうだ。

・・・

「父さんは、どうしても、ボクを男の子として育てたかったみたいなんだ。」
 二人が選んだ次のアトラクションはボール当て。二人が動く鬼の的に当てていき、パーフェクトなら商品がもらえるというものだ。

「スカートなんて一度も穿けなかったし、可愛いものはウチには一つもなかった…男女なんてよくからかわれたりもしてたんだ。」
 真は赤鬼、黄瀬は青鬼に向かって交互にボールを当てている。真の言葉に黄瀬は頷くこともなく耳を傾けている。
「だから、お姫様に憧れて…長い髪、綺麗なドレス、素敵な王子様との出会い…そういうのを夢見て!アイドルになったはずなのに!」
 話している内に、普段たまっている不満が爆発したかのように全力で投げる真。見事にボールは命中し、二人ともパーフェクトでゲームを終える。

「おめでとうございます。鬼退治成功です。はい!商品をどうぞ!」
 店員から渡されたのは大きなクマのぬいぐるみ。口元が逆ハート型のそのクマを見た真の表情が、
「へへへ。」
 嬉しそうに微笑んでいる。
 
 クマを抱きしめながらご機嫌な真とともに歩く黄瀬。ベンチの横を通ったとき、
「真っち、ちょっとここで待っててもらっていいッスか?」
 はてな顔の真に黄瀬は言葉を続ける。
「クレープ食べながらだと、もっとデートらしくなるんスよね?」
 ウィンクしながらの黄瀬の言葉に、真は先ほどの会話を思い出す。
「あっ…」
「オレが王子じゃ、姫には役不足ッスか?」
 黄瀬の冗談めかした言葉に、真はぬいぐるみを抱きしめて首を横に振る。

・・・

 黄瀬がクレープを買ってベンチに戻るとそこには真の姿がなく、クマのぬいぐるみだけが鎮座していた…

「いい度胸してんじゃねえか!」
 怒声が聞こえ少し離れたところから聞こえてきて、次いで真の声が聞こえる。黄瀬は溜息をつきながらもそちらに駆けだす。



 ベンチに座って黄瀬を待っていた真だったが、少し離れたところで二人の少女が明らかにガラの悪そうな三人組の男子に絡まれているのを目撃してしまった。
 正義感の強い真はそのことを見過ごすことができず、駆け寄って制止の声を上げたのだが、

「「真さま!」」
 突如、からまれていた女子たちが黄色い声を上げて真へと駆け寄る。
「きゃああ!やっぱり真さまだ!やー!生で会えるなんて感激です!」
「あ、ありがとう。でも今はそういう場合じゃ…」
 どうやら憧れの真に会えて興奮しているのか状況を忘れて大はしゃぎになっている。だが真にしてみれば、喧嘩の修羅場の状態ではしゃぎたてられては冷や汗ものだ。

「助けに来てくれるなんて、やっぱり王子様なんだ。」
「今日の事、一生忘れません!」
 どうやら女子たちは状況を忘れたというよりも、この状況だからこそ、王子に助けられるお姫様というシチュエーションだからこそ、興奮しているようだ。

「はっ、なんだオマエ。女のくせに王子なんて呼ばれてんのか。」「へー、王子様カッコイー。」「ナウーい。」
「ぐっ!」
 一方、その様子を見た不良たちは明らかに嘲笑うように挑発する。気にしていることを茶化されて真は激高しかかるが、
「真さま、あとでサインいただけますか?」
「真さま、写メとっていいですか?」
 腕に張り付いたままの二人は状況を理解していないかのようにはしゃぎたて、二人を振り払うこともできずに、困惑する。

「おい!無視してんじゃねえぞ!」「俺ら誰だと思ってんだ、コラァ!」
「ちょ、ちょっと離れて!」
 無視されていることにいら立ち始めた不良たちがいきりたつ。このままではすぐにでも殴り合いになると感じた真は、慌てて退避を促すが、興奮状態の二人はますますしがみつく力を強めてしまう。構えも取れない真に

「ちっきしょう!なめんじゃねぇえ!」
 不良の一人、リーダーらしき中央の男が殴りかかろうと前へと踏み出す。

 だが踏み出したはずの一歩に反して、体は前に進むことはできなかった。
「ん?」
 どころか頭になにか違和感を感じる、だが振り返ろうにも首を動かすこともできない。不審な様子の男に両脇の二人が視線を向けるとその後ろから何者かが頭を掴んでいるのを目にして驚く。
「な、なんだテメエ!」「で、でけえ…」
 戸惑いながらも声を上げる二人。頭を掴んでいたのは、金髪長身の男だった。
 不良たちの身長も、170cm代の平均的な身長なのだが、金髪の男の身長は10cm以上は高い。服装に隠れてその体格を見ることはできないが、仲間の一人が右手一本で掴まれたまま身動きもとれない状態を鑑みると、相当に鍛えられていることもわかる。

「涼!?」
 金髪の男の登場に声を上げたのは、不良たちだけではなかった。真も黄瀬の登場に驚いた、若干嬉しそうな、声を上げる。
「あんたらが誰だかは知らないッスけど…とりあえず知り合いじゃないッスよね?」
 先の男の言葉に返したものだろうが、後半は真に問いかけたものだった。
「は、放せ!」
 掴まれていた男が声を上ずらせる。周りの二人のたじろいだ様子が見えない何者かの恐怖を一層煽いでいるのだろう。その声に連れが反応し

「放しやがれ!」
 黄瀬に殴りかかる。黄瀬は殴られる寸前に手を放し、拳を避ける。スピードに優れる黄瀬にその拳は届かなかったのだが、
「あれ?」
 躱した黄瀬は、思わず掴んでいた方の手と反対側、左手を見る。そこには先程買ってきたばかりのクレープがあったはずなのだが、

「……」
 そのクレープは殴りかかられた拍子に思わず手放してしまったのだろう。かかってきた男がもろにクレープの直撃を受けて震えている。その様子に思わず

「あー、なんつーか…」
 黄瀬が謝ろうと言葉を探すが、
「ぶ、殺す!」「なめやがって!」「ふざけんな!」
 男たちは頭に血が上った状態で吠え抱える。再度殴りかかられた黄瀬は、反撃することをせず、くるりと拳を躱して、男たちと位置関係を逆転させ、真たちの前に背を向けて立つ。躱された男たちが振り返り、再び殴りかかろうとするが、

「きゃあああ!」「黄瀬君よ!」「しかもあっちには、真王子!?」
 騒ぎが気になったのだろう、幾人もの女性たちがこちらを見て、黄色い声を上げている。かなりの人数が押し寄せようとしている光景を見て、

「な、なんだよこれ。」「ちっ、やべえ。」「逃げんぞ!」
 不良たちは一目散に逃げ去ってしまう。ただ、慌てているのは黄瀬たちも同じで、
「ヤッバ!」
 黄瀬は、男たちが逃げ出した瞬間、身を翻して真の手をとる。
「ごめんね。」
 一瞬で黄瀬に詰め寄られたことで、思わず真の腕を抱く力が緩まったのか、するりと真の体が少女たちから離れる。
「えっ!?」
 少女たちが立ち直る前に、黄瀬は
「真っち、走るッスよ。」
「えっ!?」
 目を白黒させている真の手を引いて駆けだしていた。後ろから王子に逃げられた少女たちの悲鳴がひびき、その後ろから女性たちが迫ってくる音が聞こえるが、二人の速度に追いつけるはずもなく、二人は何とか逃げ切る。


・・・


「ふー、そろそろ大丈夫ッスかね。」
「うん…そうみたいだね。」
 置き去りにしたクマのぬいぐるみも回収し、人気が少なくなったベンチまで逃げてきた二人は、流石に全力疾走したことで息が若干上がり、呼吸を整える間に、追手がないかを確認する。
夕暮れが迫るベンチに腰かけて、
「…ゴメン涼。巻き込んじゃって…」
 沈んだ表情で謝ってくる真に黄瀬は手を伸ばし、
「大丈夫ッスよ。真っちも怪我とかしてないッスか?」
 頭を撫でながら尋ねる。
「うん…」
「女の子なんスから、あんまムチャしちゃダメッスよ。」
 下を向いたままの真に黄瀬は言葉を続ける。

「今日の真っちはお姫様なんスから…まあ、いきなり逃げ出す王子様じゃ、恰好つかなかったスけど…」
「そんなこと…」
 頬を掻きながら申し訳なさそうにする黄瀬に、真は首を横に振ってこたえる。
「でも真っち、あの子らを助けたことは後悔してないんスよね?」
「それは…うん。」
 黄瀬の問いかけに、少し間をおくが、やはりその答えは真らしい、しっかりとしたものだった。怒られるかもという思いを抱いた真だったが、

「真っちはあの時、あの子らに王子様に助けてもらえたって夢を見せてあげられたんスよ。」
「えっ?」
 優しい声が届き、驚いて顔を上げて黄瀬を見る。

「真っちは、お姫様を夢見てアイドルになりたいんスよね。そうやって頑張るのも真っちらしいけど、だれかに夢をみせてあげられるのもアイドルにとって大切な事だと思うッスよ。」
「涼…」
 夕焼けに染まる空を見上げながら黄瀬は語りかける。

「オレは、自分の夢を追いかけるので精一杯で、ホントはそういうガラじゃないのかもしれないッスけど、真っちはそういう大切な物を持ってるんスよ。」
 芸能活動を始めた時も、続けている今も、自分にとってのそれはあくまでおまけだった。誰かに憧れられることはあっても、夢を与えることはできない。

「どこかの誰かを、お姫様にして、救ってあげられる真っちが、オレは好きッスよ。」
 お姫様らしくなかろうと、黄瀬にとっては、目の前のこのお姫様の光が、闇に沈みかかった自分を救い上げてくれたのだから。


 沈みゆく夕日を二人は、観覧車の一室から眺めていた。
「うわぁ…」「…」
 真は茜色に染まる世界を眺めながら感嘆の声を漏らし、黄瀬は朱色に染まった真の顔を静かに眺めた。

「えへへ…」
 しばらく夕日を見ていた真は、不意にこらえきられない笑みをこぼして黄瀬に視線を向ける。
「?」
 真の様子に黄瀬が尋ねるような視線を向ける。
「あの時さ、涼が手を引いて走ってくれた時さ、お姫様みたいだって思えたんだ。」
「…」
 真のはにかんだような笑みに黄瀬は優しい笑顔で応える。
「ボク、頑張って王子様、やってみようと思うんだ。中途半端な気持ちじゃなく、真剣に向き合って。」
 真は二人でとった大きなクマのぬいぐるみをいじりながら自分の思いを打ち明ける。
不安だった。だれもが自分のことを男のように扱っているのではないかと。男性として憧れた人まで自分のことを女の子として見ていないのではないかと。

「お姫様には憧れるけど、たった一人でもボクの事、ちゃんと女の子扱いしてくれる人がいるなら、それでいいって思えたんだ。」
 今日一日、二人で過ごせて、どれだけ黄瀬が自分を女の子として見てくれているかを確認できて、黄瀬の言葉を聞けて、自分の夢の一つはもうすでに叶っているのだと分かった。自分の憧れた夢を叶えてくれた人が、保証してくれるのなら、きっと自分はこの先も頑張って行ける。

「…そうッスか。」
 黄瀬は、真の言葉に短い言葉とただ頷きのみを返した。
「涼はさ、ボクが困ってる時とか、悩んでる時とか、導いてくれる光みたいだ。」
 真はなんとなく、今日黄瀬が慣れないTV番組の出演を受けたのは、自分が出演しているからではないかと思った。自惚れかも知れない、ただの気まぐれなのかもしれない。それでも、今日一日のお姫様の夢として。

「…逆ッスよ。」
 だが黄瀬は少し目を伏せて、自分の不安を吐露する。
「えっ!?」
「オレは、もう何度も真っちに救われてる。」
 大切なことを思いだすきっかけをくれたのも、仲間への呵責を吹きとばしてくれたのも、自分のことを懸命に思ってくれたのも…そして、闇に囚われかけた自分を踏みとどまらせてくれたのも、
「涼…」
「今度の戦いが楽しみなのはホントッス。でも…どんだけカッコつけても、不安なんスよ…」
 黄瀬は真から視線をそらし、目を瞑る。

「誠凛に負けて、勝負の楽しさを思い出した…でも、桐皇に負けて…勝負の怖さを知った。自分の力不足で誰かの願いを壊してしまうかもしれない…」
 夢でまで思い出した光景が過る。自分の力不足のせいで、大切なものを壊してしまうかもしれない。大切な願いに手が届かないかもしれない。応援してくれる誰かの想いを裏切ってしまうかもしれない。

「だから、確認しときたかったんスよ。」
「確認?」
 黄瀬の眼が薄く開き、真剣な瞳が現れる。
「オレがちゃんと戦えるのか。真っちがしてるみたいに、夢の、願いのために戦えるのか。会って確認したかったんスよ。」

 室内に沈黙が流れる。二人の部屋は頂上を過ぎ、外の景色も夕暮れから徐々に藍色が現れ始めた。黄瀬を見つめる真は、

「えいっ。」
「おわっ!?」
 黄瀬に向けて、クマのぬいぐるみを投げ渡す。いきなり投げられたクマをなんとか抱き留めた黄瀬は驚きの表情を真に向ける。驚く黄瀬に真は右拳を突きつける。

「涼が憧れたのはさ、ただ強いだけの人なんかじゃなくて、バスケが大好きで、いつでも楽しんで、真剣に打ちこめる、そんな人なんだよね。」
 黄瀬の憧れた人、黒子の憧れた人、自分が見てきた彼からは想像できない。それでも彼らが憧れた人なのだから。

「なら楽しみなよ!誰かのためにとか、夢を与えるのはボクの役割だから…涼は自分と、仲間のために、真剣にさ。」
 自分が光なのかどうかは分らない。夢を与えるなんてことが自分にできるかどうかは分らない。それでも彼がそう、信じてくれるのなら。
「そうやって一生懸命な涼が、ボクは好きだから。」

「…そうッスね…」
 黄瀬は顔を俯かせて、真の言葉を噛み締める。
「約束するッス…もう見失わない。」
 二人の拳が打ち合わされる。


 たった一人だけでも、自分の夢を叶えてくれる人と一緒に居られるのなら…
 ただ勝つためではなく、自分の憧れた姿を肯定し、仲間とともにかけるこの身をを光と言ってくれるのなら…





[29668] 第33話 大好きなことを諦めるなんて
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/15 20:44
「アイドル。如月千早に隠された真実…姉の千早の下へ駆け寄ろうとした弟は車にはねられ、この世を去った。当時千早は8歳。その場に居た人々の証言によれば、千早は弟を助けようともせず、ただ傍観していたという…なぜ彼女は、弟を見殺しにしたのだろうか。写真はその弟の墓前で言い争う、千早と母親の姿だ。ちなみに千早の両親は数か月前に離婚している。事故死、家庭崩壊、離婚。彼女の周囲には不幸が積み重なっていく。そんな呪われた素顔をひた隠し、如月千早は今日も歌う、何も知らないファンの前で。」

 手渡された雑誌に目を通した黄瀬は、休憩時間に呼び出してきた相手を見返して雑誌を突き返す。雑誌には悪意に満ちた捉え方をした如月千早の過去の暴露話。

「ふーん。随分な書き方ッスね。んで、これをオレに見せてどうしたいんスか?」
「…分かんねぇ…ただ、これがおっさんのやり方だとしたら、俺たち…俺は…」
 わざわざ神奈川までやってきた天ケ瀬は悔しげな表情をして黄瀬から目を逸らす。雑誌記事の写真をとったのは以前、高音の移籍騒動をでっちあげたのと同じカメラマンだ。どうやら高音とプロデューサーに取り押さえられる前にネタになりそうな写真を961プロに渡していたようだ。

「あの人のやり方は、前からこんなんだったッスけど…あんたマジで知らなかったんスか?」
「…ああ…」 
 きれいごとだけでは済まない芸能界にあって、この男は765プロ同様、正々堂々というやり方が信条のようだ。だが961プロの社長が天ケ瀬たちを騙して、卑怯な手段で相手を貶めていたことを棚に上げて、765プロを卑怯者呼ばわりしていたことに反発したのだろう。 
悔やんでいるのは、知らなかったこととはいえ、自分が汚い手段を利用していたことか、それとも

「あいつらにも、ひでぇこと言っちまった…」
 純粋な765プロの娘たちに対して、吐き続けた言葉が、してきた行動が今なら悪意に満ちたものであったことが分る。どうすればいいのかわからず、765プロと961プロ、両者に(かろうじて)接点を持つ、唯一の知り合いを尋ねてきたのも明確な答えを求めてのものではない。
 黙り込んでしまった天ケ瀬。黄瀬は溜息をついて言葉の続きを待つ。だが返答が来るよりも早く、休憩終了を叫ぶ主将の声が聞こえて、黄瀬は背を向ける。

「待ってくれ!」
 去りゆく黄瀬に、天ケ瀬が慌てて声をかける。黄瀬は足を止めて、鬱陶しそうに振り向く。
「俺は…どうすればいい…?」
 顔を俯けて尋ねてくる天ケ瀬に黄瀬は

「んなこと知らねッスよ。あんたがどうしたいのかも、彼女たちがどうするのかも。今のオレにはそんなゆとりはねぇっスから。」
「お前、あいつらの仲間じゃねぇのかよ!?」
 黄瀬の突き放したような言葉に、天ケ瀬が声を上げる。自分のことはともかく、あれほど親しげにしていた765プロに関わることだというのに、淡泊な黄瀬の態度に反射的な怒りがこみ上げた。だが、

「…ふう。なら言わせた貰うッスけど、あんまあの娘らなめない方がいいッスよ。」
 呆れたような視線を向けてため息交じりに言う。天ケ瀬は虚をつかれたように呆然とする。

「前にも言ったように、あの娘らはオレが認めた娘らッスよ。あんたらなんかに負けたりしねッスよ。」
 以前であれば、なにか手助けしたいと思ったかもしれない。今の自分はそれどころではないというのも嘘ではない。
だが、彼女たちは成長した。今の彼女たちは、駆け出しの夢を追い求める卵ではない。誰かのために、誰かに夢を与えるアイドルなのだ。彼女たちには彼女たちの、自分には自分の戦うべき場所があり、仲間がいるのだ。
 今、闇に囚われそうになっている少女がいるとしても、きっと彼女が、彼女たちが救い上げる。見失うことなく輝く光を導にして。

 練習に戻る黄瀬の背を、天ケ瀬は見つめる。彼の知らない信頼という関係を感じながら。


第三十三話 大好きなことを諦めるなんて


「…随分と…ムチャをしたようだね…。」
「…そうですね。」
 都内某総合病院にて、一人のバスケ選手が診断を受けていた。医師は、予想よりも悪化していた結果に顔をしかめた。その結果を予想していたのか患者は穏やかな表情で応える。

「本来なら、もうかなりの痛みがでているはずだが…」
「まだ…まだやれます。」
 今にも制止の言葉を紡ぎそうになる医師を遮る。

「…分かった。できる限りのことはしよう。だが…おそらくこの大会が最後になるよ。」
「…覚悟の上です…」


 診断を終え、木吉は院内の廊下を歩いていた。考えるのは、先ほどの診断。だが悲嘆にくれるようなことはない。この結末を選んだのは自分なのだから。
 勝っても負けても、悔いのないように戦えることが、なによりも大切だと思える仲間と出会えて、彼らと戦えることが、なににも代えがたい幸せだと思えるのだから…
 ただ気が重くなるのは、この結果をチームメイトに告げるか否か。
 状態を隠して出場した秀徳戦ではあやうく致命的なミスを犯すところであったし、ムチャをした霧崎戦ではみんなに余計な心配をさせてしまった。
 告げるべきか、告げざるべきか…考え込んでいると前方に見覚えのある人物が座っていた。

「うん?君はたしか…」
「あっ…誠凛の…木吉さん…」
 泣きそうな表情で暗い椅子に腰かけていたのは765所属のアイドル、天海春香だ。祖父母の居宅の近くに住む高槻家との関係で、いささか765プロと接点のある木吉は、やよいに呼び出された関係で彼女と面識があった。それ以前にもIHで黄瀬の応援に来ていた彼女たちと会っており、どうやら名前を覚えていたようだ。

「天海さん…だよな。どうかしたのか?」
 木吉は尋ねながら、自分の今居る部署を思い出す。そこは耳鼻咽喉科。詳しくは知らないが歌手活動も行う彼女が喉になんらかの異常をきたしたのかと、思わず真剣な表情になってしまう。

「いえ…その…」
 言いよどむ春香。沈黙が流れかけるが、その時春香の正面のドアが開く。
「春香。今日はもう…えっ?…」
 どこかで見覚えのある男性が長髪の女性を伴って中から現れ、声をかけようとするが、隣に立つ木吉に気づいて言葉を止める。

「君は…」


・・・・


「弟はたった一人の観客でした…あの時まで…」
 大好きな弟が居た。自分の下手な歌を何度も何度も聞いてくれた。泣きそうな時も、自分が歌うだけで笑顔を見せてくれた。心の底からの笑顔。弟も、そして自分も。
 当たり前のように続くと思っていた日常はあっさりと壊れた。
 あの時、自分の見ている前で、弟は事故にあった。
 なにもできなかった。泣くことも、助けを求めることもできず、受け入れられない事実に唯呆然としてしまった。

「歌わなくちゃいけない。優のためにずっと歌い続けなきゃ、そう思って…でも、もう歌ってあげられない。失格です。アイドルとしても…姉としても。」
 いつでもあの子は自分の歌を聞きたがってくれたのだから。だから自分は歌い続ける。それだけが自分の存在理由だったのに…

「千早ちゃん…」
「千早、あんまり思いつめるな。歌の仕事はしばらく休もう。まずは、気持ちをしっかり休めて。」
 歌おうとすると声が出なくなく。医師の診断では、喉に異常は見当たらず、精神的なものが原因であるということだが…
 歌おうとすると弟の笑顔がよぎる。見殺しにしてしまった弟の笑顔。そのフラッシュバックは自分の喉を塞いでしまう。
 完全に日が暮れた公園で春香とプロデューサーが慰めるように声をかける。病院で出会った木吉も心配するように同行している。

「歌えなくなった以上、この仕事を続けていく気はありません。」
 千早はプロデューサーの言葉を遮る。
「千早…また歌えるようになるかもしれないだろ!?いや、きっとなるさ!だから…」
 プロデューサーがためらいがちに気休めの言葉を続ける。だが、それはなんの解決も示さない言葉。今のままではなにも変わらないし、フラッシュバックは消えないのだから。

「いろいろとお騒がせしました。」
「千早…!」「千早ちゃん!待って!!」
 再度言葉を遮りその場を去ろうとする。 プロデューサーが声をかけ、春香が追いすがるように隣から声をかけるが、千早は振り返ることなく歩こうとする。

「如月さん。君の気持ちは分らんし、どういう事情かも実は、よく知らん。だが一つだけ言わせてくれ。」
 木吉の横を通り過ぎようとした瞬間、木吉から声をかけられ、思わず足を止めてしまう。気になったのは、大切ななにかを失いつつあるということにシンパシーを覚えたからか…如月は、俯いた表情のままで言葉の続きをまつ。

「ムリだよきっと。」
 明確な否定の言葉に千早の肩がビクッと震え、プロデューサーと春香の顔色が変わる。

「木吉さん!」
 非難するような春香の言葉にも木吉は表情を変えず、千早を見下ろす。
「君が歌を諦めるなんてムリだよ。」
 続けられた言葉に、千早がばっと振り返り、春香とプロデューサーは言葉を止める。

「あなたに何がわかるんですか!!」
 激高して千早が叫ぶ。なにも事情を知らないくせにわかったような口を聞く、木吉に怒りが沸き立つ。だが木吉は明確な怒りの感情をぶつけられてもひるむことなく言葉を続ける。

「君が本当に諦められるようなら何も言わないさ。でも見てれば分る。君も根っこの部分ではオレ達と同じなんだよ。」
 千早が木吉を睨み付け、木吉は淡々と言葉を続ける。

「どんなに絶望しても、どんなに苦しくても、大好きなことを諦めることなんてできないんだよ。」
 木吉の言葉に千早は衝撃を受けたように、泣きそうな表情となる。目を逸らした千早は、

「千早ちゃん!」
 止めようとする春香の声を振り切って脱兎の如く走り去ってしまう。プロデューサーも追いかけようと数歩かけるが、到底追いつけそうにないことを悟ってすぐに足を止める。木吉のとなりまで来た二人は、悲しい表情で千早を見送る。


「すいません。余計なことを言いましたね。」
 木吉が少しだけ申し訳なさそうに謝る。
「いや。木吉君の言う通りだと思う。ただ…」
 プロデューサーが小さく首を振って木吉の言葉に同意する。春香は走り去った千早の姿を追い求めるように見つめている。

「まあ、雨降って地固まるというか…固めるのを手伝うのは君たちのすることだろ?」
 木吉が春香の頭にポンと手をおいて告げる。
「木吉君…」
 追い込むようなことを言っておいて、あっさりと丸投げした木吉にプロデューサーが苦い顔をする。
「…そう、ですよね。きっと!…戻って、きてくれますよね…」
 木吉の言葉を反芻するようにためらいがちに口にした春香は、信頼と不安の波が交互に押し寄せたような口調のまま千早の去った方向を見つめる。

・・・・

 それから数日たっても如月千早の姿は世間になかった。ニュースでは、最近跳躍著しい歌姫のスキャンダルに心無いコメントを続け、仲間たちは一層の不安を掻き立てられる。


「何か用?」
「うん!一緒にダンスのレッスンに行かないかなっと思って。」
 相次ぐ仕事のキャンセル。練習にも姿を現さない千早を心配した事務所の皆を代表して春香が千早の暮らすアパートを訪れた。

「ほら体動かすと気持ちいいし。」
「行かない。」
 ドアフォンごしに話す千早の声はやはり沈んだままのもの。閉じこもりきりとなっている千早を心配して春香は外出を促すが、そこに込められたのは明確な拒絶。

「…あっ、そうだ!みんなから預かり物をしてきたんだ。お茶とか、のど飴とかいろいろ。そんなに持てないよ~って言ったんだけど、みんなこれも!これも!って。私サンタクロースみたいになっちゃって。」
「もう構わないで。」
 せめて仲間から持たされた大量の見舞い品を渡して元気づけようとするも、一枚の壁は分厚い拒絶の意志を具現していた。

「えっ…」
「私はもう歌えない。みんなの気持ちに応えられないもの…」
 千早の言葉に思わずたじろぐ春香。追い打ちをかけるように千早は続ける。
怪我をしても、大切なものを失うと分っていても仲間のために立ち上がったあの人とは違う。自分では仲間のためになにかできるとか…そもそも仲間のためにとかいうことはできないのだと。

「…千早ちゃん、弟さんんのために歌わなきゃって言ったよね。もっと簡単じゃダメ?歌が好きだから、自分が歌いたいから歌うんじゃダメなのかな?」
「…今更そんな風には考えられないわ。」
 木吉が言っていたことを、千早の歌への思いを思いだして告げてみる。だが望みを持って紡いだ言葉も千早には届かなかった。

「千早ちゃん、自分を追いつめすぎなんじゃないかな。もっとこう、私は歌いたいから歌うんだーって思った方が気持ちが楽だよ!ほら、木吉さんみたいに、楽しんでいこーぜ。とか。」
「やめて。」
 辛い思いをしても、それでも好きなことを楽しむ木吉の姿を見たのはついこの間のことだ。それを思い出して言ってみるが、拒絶の色は増していく。 

「それでまた一緒に歌えたら、私たちも嬉しいし、天国の弟さんだってきっとよろこ「やめて!!」っ!」
「春香に私の、優のなにがわかるのよ!もうお節介はやめて!!」
 まだ触れてはいけない場所。そこにまで触れてしまったのが千早の叫びで分った。思わず持っていた見舞い品を落してしまい呆然とする。
 結局、その日春香は千早と会うこともなく、見舞い品とともに帰ることとなる。沈む思いで事務所に戻ろうとすると、


「あの…天海、春香さん、ですよね…」
 事務所の前で、自分の無力さに泣きそうになっていると後ろから恐る恐ると言った調子で声をかけられた。
「はい…?」
 泣き顔をしまって、振り返ると話しかけてきていたのは、どこかで見たような面差しの女性だった。
「私…如月千早の母です。」
 千早とよく似た髪の色に目元。だがその顔は度重なる苦労と心痛によってか、やせ細っていた。


・・・


「それでこれを預けて帰っちゃったのか」
 千早の母親との会話を終えた春香は、彼女から手渡されたスケッチブック―千早の弟のお絵かき帳―をプロデューサーに見せながら、事情を説明した。
 自分が渡すよりも、母親が渡した方がいいという説得を試みた春香だったが、彼女から返ってきたのは控えめながらも拒絶の言葉。

【今さら信頼なんて、もう…私たち親子はずっとそうでしたから…】
 自嘲気味な表情で告げた彼女。春香は雑誌に載せられていた千早と母親が言い争っていた場面を思い出す。

【あの子の事、どうかよろしくお願いします。】
 二の句が継げない春香に対して、彼女は頭を下げて、去って行った。

「…そうか…やっぱり千早の事は俺たちで…」
 両親には、事件の発生直後から事情を説明して対処を求めていたのだが、結局、彼女がとった行動は放置とも取れる行動だった。そのことにプロデューサーが決意を新たにしている。だが正面に座る春香の様子もどことなくおかしく見える。

「春香?元気ないな、どうした?」
「あっ、いいえ…」
 伺うように声をかけるが、春香の反応は鈍く、なにか考え込んでしまった。

「あの…私ってお節介ですか?」
「えっ。どうしたんだ急に?」
 言葉を促すように間を開けると、ぽつぽつというように尋ねてくる。

「千早ちゃんに、言われちゃって…お節介は、やめてって…」
 春香の脳裏に去来するのは先ほど、お見舞いに行った際に言われた千早の言葉。
 春香は今までの事を思い出してプロデューサーに語る。今まで一生懸命頑張ることだけを考えて、周りのみんなにも同じように励ましていた。
 だが、千早の拒絶を受けて、もしかしたら間違えていたのではないかと思ってしまった。もしかしたら自分の無神経な頑張れと言う言葉が、だれかに無理をさせていたり、余計なお世話だったのかもしれない。そう自らの思いを吐露して沈み込む春香だが

「いつも前向きなのは、春香のいい所じゃないか!誰かを励ますのに遠慮なんかしてどうする!木吉君も言ってただろ?千早が立ち上がる手助けをするのはオレ達の役目だって。」
 プロデューサーは、そんな不安を吹きとばすように告げる。彼も春香に救われたことがあるから。焦りから周りが見えなくなって、仲間を忘れるように行動してしまっていた。だが春香の言葉と行動に彼も救われたのだ。

「千早は、不器用だけど、ちゃんと人の気持ちの分かる子だって思う。」
「はい。」
 自らの思いを告げた上で、今閉じこもってしまっている彼女を思う。

「なら大丈夫。春香の気持ちはちゃんと届いてる。思った通り体当たりでぶつかってみろ!」
「はい!」
 プロデューサーの言葉に春香は、いつもの笑顔を取り戻して頷く。

・・・


 仕事の合間、控室で千早の母から渡されたスケッチブックを眺めていると
「それ、春香が書いたの?」
 背後から美希が尋ねてくる。いくら春香でもそれはない、という思いから苦笑しながら否定する。
「美希。違うよ。これ、千早ちゃんの弟さんので…」
 春香の手元にある絵はどれもマイクを片手に歌っている千早を描いたものばかりで、彼がどれだけ千早の事が好きだったかが分かるものだった。

「へー、じゃあこれ千早さん?」
「うん…でも…」
 美希が後ろから覗き見るとそこには楽しそうに笑って歌う千早の絵が並んでいた。普段、クールな表情でしか歌わず、ほとんどいつも表情を崩さない千早を思い出して

「こんな風に歌ってる千早さん、見たことないね。」
 意外感をたたえて改めて絵を見てみる。
「美希も、そう思うの?」
「うん…」
 春香もそのことに気づいたようでゆっくりとページをめくりながら絵を見ていく。辛そうに自らの思いを、歌への思いを告げていた千早を思い出す。そして



「プロデューサーさん!あの!相談したいことが。」
 次の定例ライブの詰めを行っているプロデューサーと律子が、かけられた声に振り向くとそこには美希と、何かを決意したような春香の姿があった。



[29668] 第34話  これ以上ないくらい幸せだと思っている
Name: パパ・ンバイ◆56e2c9ba ID:02cc2c39
Date: 2011/12/23 06:40
いよいよ今月末にまで迫ったWC本選に向けて、海常バスケ部の練習は過激さを増していた。つい最近まで刺々しい雰囲気が漏れ出ていたチームのエースも、なんらかの心境の変化が―良い方向で―あったのか良好なコンディションとなっていた。もうすぐ開幕とはいえ、まだ間がある。あまりに思いつめているとどこかでこけかねないと懸念していただけに、この変化は喜ばしいことだった。
どうやら見かけや普段の態度によらず、一年生エースは思いつめやすいタイプのようで心配事があったのだ。

「なんかあったのか?」
 部活終わりのロッカーでそんな言葉が出てきたのは、そんな思いもあったからか。

「なにがッスか?」
 自覚があるのか、ないのか、飄々とした態度からうかがい知ることができないが、少なくともとげとげしい様子はない。
 いくら強いとはいえ、経験値の低い、一年生。昨年の自分とよく似た状況であったため、メンタル面で変なしこりを残していないかと不安に思っていたのだ。

「いや…まあいい。」
「?」
 着替え終わりロッカーを閉める。不自然な会話の流れに黄瀬が首を傾げているが、気にせず支度を整える。

「…心配しなくても大丈夫ッスよ。ちゃんと借りは返すッスから。」
 黄瀬も着替え終わり、ロッカーを閉めながら返してくる。夏の大会、桐皇との試合直後に黄瀬に言った言葉だ。どうやら黄瀬は、マジメにも覚えていたようだ。手早く荷物をまとめてロッカーを出て行こうとする黄瀬の背を見ながら、

「…試合前に言ったことは、覚えてるか?」
 尋ねる言葉に、黄瀬はビクッと背を震わせて立ち止まる。
「分ってるっス。」

「オレ達3年にはこの大会が高校最後の大会だ。」
 夏のIH。それは自分にとって、主将としての存在意義だった。そこで優勝することこそが自分の役目だった。だがそれは叶わなかった。
「お前にとっちゃ最初の一つ目でもオレ達にとっちゃ最後なんだ。」
 果たせなかった思いは次に託す。しかしまだ自分たちの役目は終わっていない。
「ただな、それはオレ達の事情だ。お前はおまえのバスケをやれ。」
 そう自分たちの役目だ。後輩、まして一年生に重すぎる荷物を背負わせるつもりは毛頭ない。こいつは特に、そういうしがらみを持ってやるヤツじゃねえ。自由に翔ることこそがこいつの力なのだから。

「元からそのつもりッスよ…まあ、そう何度も負けはいらないッスけどね。」
 笑う横顔に気負った姿はない。
「そうか。」
 心配はいらない。とっくにこいつは信頼できるエースなのだから。

 今度こそ、果たせなかった証明をなすために


第34話  これ以上ないくらい幸せだと思っている


息を吸い込み、覚悟を決めて手を伸ばす。チャイムの音が響く。
「千早ちゃん。私…春香です。」
 応答のない扉の向こうに語り続ける。
「あのね、今日は渡したいものあって。ここ、開けてもらえる?」
「なにも欲しくない。もう私の事はほっておいて。」
 返ってきた言葉は明確な拒絶の色、だが
「ほっとかない!ほっとかないよ!」
 今度こそ引くことはできない。
誰かの言葉じゃなくて、ただ自分の言葉を紡ぐ。公園で木吉は春香たちなら手助けができると言ったのだ。なのに春香は、木吉の言葉やありきたりななぐさめ、そして今はない弟の言葉を借りるようなことまでした。同じように千早のことを思っていたとはいえ、そこに自分の言葉はなかった。

「だって私、また千早ちゃんとお仕事したいもん!ステージに立って、また一緒に歌、歌いたいもん!お節介だって分ってるよ。でも…それでも!私、千早ちゃんにアイドル続けてほしい!!」
「…」
 扉の向こう側から返ってくる言葉はない。だが、
「…じゃあこれ。ポストに入れとくからね。絶対見てね!」
 自分たちにできるのは手助けだ。彼女が再び歌という名の、彼女だけの翼を広げるための。

 届けたのはみんなの想いと言葉。今の春香たちの気持ちを形にするための歌。そして託されたスケッチブック。
 そこに描かれた少女は、いつも満面の笑みを浮かべていた。弟の事を述べることは、勝手な想像でしかない。怒らせるかもしれない。それでも、きっと彼が好きだったのはただ歌を聞きたかっただけではないのではないかと思った。その絵に込められていたのは、大好きな彼女の笑顔だったのだから。


・・・


「プロデューサー!…千早は…?」
 結局、定例ライブの本番当日まで千早が765プロに姿を見せることはなかった。それでも彼女を信じるプロデューサーは彼女の出番をギリギリ最後まで残したままのプログラムを強行した。ライブの開演までもう間もなく、時計を確認した真が切羽詰まったようにプロデューサーに尋ねる。
「いや…まだだ。」
「やっぱり千早ちゃん…」
 ためらいがちに告げられた言葉に一同は表情を暗くし、雪歩が否定的な言葉をなんとか堪える。重苦しい雰囲気が流れそうになる中、
「ねえ、みんな…いつもみたいに円陣組もうよ!ねっ!」
 空気を破るように春香の明るい声が響く。この中で一番、千早と接点のある春香が明るく振舞おうとしている姿に、一同もやや心配げな表情を残しながらも笑顔でうなずく。

「いくよ!765プロ「あっ!ちょっと待って!」」
 円陣を組み、春香が音頭をとろうとした瞬間、真が遠くから聞こえる足音にいち早く気づいて待ったをかける。大きくなる足音に春香たちも気づき視線を向ける。そこには

「あっ!!」
「…す、すいません!遅くなりました!」
 息を切らすほどに駆けてきた様子の千早の姿があった。春香は泣くのを堪えるように口元に手を当て、真たちは、笑顔で千早の傍による。

「千早…よく来てくれたな。どうだ、行けそうか?」
 プロデューサーがやさしい声音で声をかける。
「分りません…でも私、せめて…」
 ライブに到着したものの、歌を歌えるかどうかは分らない。そのことに不安げな表情の千早は、ふと顔を上げ、そこに泣きそうな笑顔を見せる春香の姿をみとめる。
「春香…」
「千早ちゃん…」
 春香は、いつもの明るい笑顔をなんとか作ろうとして、腕を前にさしだす。みんながその手に自らの手をのせていく。泣きそうになる千早を促すようにあずさが声をかけ、千早の手が円に加わる。
「いくよー!765プロ!ファイトー!!」「オー!!」
 そろったみんなの声が舞台裏に響く。


 舞台では竜宮小町が盛り上げ、春香と千早は出番を待つ中、二人で椅子に腰かける。
「春香…あの、私…あなたにひどいことを…」
「わぁあ、そういうのナシナシ!ねっ?」
 閉じこもっていた時、訪れてくれた春香にぶつけた言葉を謝るため、ためらいがちに告げようとする言葉を春香は慌ててとめる。明るく、困った表情の春香を見て、謝罪の言葉を止める。
「…歌いたいって思ったの…みんなの作ってくれた歌詞と、優の絵を見たとき…笑えるのか、歌えるようになるのかも、分らないけど。もう一度やってみようって思えたの。」
「…うん。」
 代わりに紡いだのは自分の思い。みんなが作ってくれた歌詞を見たとき、自分の心に気づけたのだ。それは夜の公園で木吉が言っていた通りだった。
 諦めることなんてできない。自分が、そして弟が大好きなのは笑うように歌う自分の歌なのだから。
「…ありがとう…」
 謝罪ではなく、感謝。春香は千早の眼を見て、その思いをしっかりと受け止める。やがてプロデューサーが、出番が近いことを知らせにやってくる。


 復帰の歌に選ばれたのはみんなが作った歌。一人ではないことを教えてくれる歌。夢を求めて、思いを届かせるために歩き続けることを願った歌。いつかみんなが思い描いたところに辿り着くための約束の歌。
 フラッシュバックに声を奪われそうになる場面があるも、千早はみんなとともに祖も道を再び歩み続けることを掴みとった。

・・・・


「ねえねえ、千早ちゃん。」
 ライブが終わり事務所に戻ってきた一同は、千早の復帰祝いも兼ねて(特に社長が)騒いでいた。ある程度騒いでひと段落ついた時、春香が思い出したように提案してきた。
「なに?」
「あのね。前公園で木吉さんも心配してくれてたから、復帰報告を兼ねて激励、行かない?」

 病院の診断を受けたあと、たまたま居合わせた木吉に怒鳴るようなことを言ってしまったことを思いだしてどもる千早だが、
「なになに、誠凛に行くの!?」「亜美も亜美も!ついでに今度のライブのことも知らせなくっちゃ!」
 話が聞こえたのか真美と亜美が楽しそうにのってくる。雪歩が亜美の言葉に苦笑いして、「忙しいのを邪魔しちゃダメだよー。」と言っているが
「鉄平おにいちゃんのとこに行くんですか~?わたしも行きたいです!」
 やよいも喜色満面の笑みで賛同する。
「あっ!美希も行かない?」
 賛同者が増えて断りきれない千早を追い込むように春香は賛同してくれそうな美希に声をかけるが、
「んー。美希はいいの。」
「えっ!?」
 少し考えるように首を傾げたあと、はっきりと否定の言葉を口にした。驚く春香、真美たちもいつも黒子にへばりつくような素振りを見せる美希の意外な否定に驚く。
「え~。みきみきも行こうよ!」「そうそう、黒子っちも頑張ってるよ?」
 亜美と真美が関心をひこうと誘いの言葉をかける。

「うん。きっとハニーは一生懸命頑張ってる。」
 美希は真美の言葉を肯定するように笑顔でうなずく。
「じゃあ「頑張って練習してるから、そういう姿は見ないの。」、え?」
 春香が再度誘おうとするが美希はその言葉を遮るようにしてかぶせる。
「男の子は、そーいう風に頑張ってるところは見せたくないものなの。だから本番の時にうーんと、応援するの!」
「ふぇ~。美希さん、なんか大人です~!」
 美希が堂々と自説を披露すると感心したように「おぉー。」という言葉が事務所にあふれ、やよいが目を煌かせて美希を見つめる。
 結局、美希は行かず、春香と千早、そして亜美と真美が激励しに行くこととなった。

・・・


「ようやくここまできたな。」
「ああ。」
 部活が終わり、残っているのは木吉と日向。二人だけとなった体育館で、これまでの戦いを思い返す。

「悔いだけは残さないようにしようぜ…勝っても負けても。」
 木吉の言葉に日向が呆れたように振り返る。
「はあ!?何言ってんだ、勝つぞ!約束忘れたんか、ダァホ!」
 日向の呆れ気味の言葉に木吉は、小さく口元に笑みを浮かべる。
「ああ…そうだな。」
 日向の様子に、告げるべきか悩んでいたことに決心がつく。

「…そういえば、この間、病院に行ってきたんだ。」
「ん…ああ!どうだった?」
 突然切り出した内容に日向が一瞬戸惑い、すぐに膝の状態の事だと気づいて尋ねてくる。その声に心配した様子はない。そのことに少しだけ安堵する。
 
  うまく…ごまかせてたみたいだな…

 チームメイトに余計な心配をかけさせたくはない。だが…せめて、こいつにだけは知らせておきたかった。

「日向…お前だけは言っておくよ。」
 後悔はない。ただ心残りがある。それだけのことだ。


「オレが一緒にバスケできるのは、この大会が最後だ。」


・・・


「あっ、あれ黒子君だよね。」
 流石に遅い時間となっており、校内に残っている人は少ない。おかげで人に囲まれることや、不審な眼で見られることがなく助かったのだが、逆にバスケ部の体育館を見つけるのに時間がかかってしまった。
 ようやく見つけた体育館。わずかに開かれた扉の前に立つ黒子に春香が気づく。

「おーい、黒「待って!」…」
 真美が声をかけようと声を上げた瞬間、千早が小さめの声で制止をかける。真美が不満そうな顔で千早に振り向く。だが千早が訝しげな表情で黒子を見ていることに気づき、真美と亜美、春香も黒子に視線を向ける。
 黒子はめずらしく、周囲の様子が目に入らないくらい呆然とした様子だ。思わず静寂が訪れ、

「そんなっ…1年は大丈夫のハズじゃ…!?」
 突如、体育館の中から大きな声が響く。その大声に驚き、千早たちは黒子の背後からそっと扉の傍まで近づく。

「…オレもそのつもりだったんだけどな…」
 中から二人分の声が聞こえてくる。一人はたしか、日向さん。もう一人は、目的の人物のようだ。

「今までの試合で少しムチャしたせいか思ったより早く悪化しているらしい…」
 木吉の淡々と告げる声が聞こえる。

「次のIHはもちろん、関東大会もまずムリだそうだ。」
 木吉の言葉に、千早たちは絶句する。


【…もって一年だそうだ。】

 秋ごろ木吉はそう言っていた。あの時期からの一年。それは来年の夏までを意味していると思っていた。木吉の笑顔がよぎる。自分たちが心配そうにしても笑っていた。やよいがおにいちゃんと慕うのが分かる。そんな人だった。


「…そうか。」
 日向の沈んだ声が聞こえる。
 千早が苦しんでいる時も、自分の苦しさなんて微塵もみせずに気をつかってくれた。あの時、あの公園で言っていた。

【大好きなことを諦めることなんてできないんだよ。】
 そう言っていたあの人の、大好きなものは…もう…できなくなる。

「なんだよ日向!暗くなるトコじゃないぜ!」
 呆然としていた千早たちの耳に、明るい、一片の後悔も混じっていない声が響く。

「手術することよりお前らとバスケすることを選んだ。オレはこれっぽっちも後悔してないぜ。」
 明るい、いつも通りの声なのに、

「リコと、伊月と、水戸部と、コガと、土田と、火神と、黒子と、降旗と、河原と、福田と、2号と…」
 いつもは安心できるはずのその声は、

「たとえ手術した後、どんなに明るい未来があったとしても、オレは今お前らと一緒に戦いたいんだよ。そんなふうに思える仲間と全国の舞台に立とうとしてる。むしろこれ以上ないくらい幸せだと思ってるよ。」
なぜだか悲しく聞こえてしまった。

「…これ以上ないわけねーだろが、ダァホ!」
 言葉を失う千早たちの耳に、日向の怒ったような声が聞こえる。

「これからなるんだよ!オレ達が立ったのはゴールじゃなくてスタートだろ。負けねーよ…」


 途中から気づいていたのだろう、黒子は視線を向けた後、無言で春香たちを体育館から離すように歩いていく。なんとなく、体育館に入りづらく、黒子に誘導されるようについて行く。
 少し離れたところで、春香と千早、真美、亜美は黒子の背中を見つめる。不意に、

「今日の事は…」
 話しかけられたことに驚きながらも口を挟まずに見つめる。
「今日の事は、内緒にしてて下さい。」
「黒子君…」「でも…」
 黒子が振り返り告げる。黒子の言葉に春香と真美が戸惑いがちに声を上げる。

「お願いします。」


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.36593413353