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[28975] 【ネタ】けれど輝く夜空のように【ロウきゅーぶ! 転生】
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:beeef20f
Date: 2011/12/12 19:02
~プロローグ~



 今際の際に思い出される事は、これまでの人生の色んな事だと聞いていたけれど、私の場合はバスケットボールの事ばかりだった。

 国際大会に日本代表として出場する予定で、アメリカへの空の旅を悠々自適にチームメイト達と楽しんでいたのだけど、あっという間にその楽しい空間は阿鼻叫喚の修羅場と化した。

 何が何だかさっぱりわからないまま機体が傾き、落下のGが身体を押しつぶそうとしてくる。咄嗟にシートベルトはしたけれど、そんなものでどうにかなる程状況は全然甘くなくて。

 もうダメだと思った瞬間、家族や友人の顔よりもバスケットボールでの思い出がぐるぐると猛スピードで頭を巡る。今から思えば、私はどれだけバスケ馬鹿なのかと。

 初めてボールに触れた小学校時代、県大会優勝まで上り詰めた中学時代、インターハイで全国決勝まで駒を進めた高校時代。インカレでの活躍を評価されて、日本代表へと選抜された現在。

 女の子としてのオシャレなんてそこそこに、私はずっとバスケットボールと一緒に歩んできた。朧気にしか覚えてないけど、このまま終わるのは嫌だと強く思ったのは確かだった。

 だからなのかな、きっと私の人生は強い衝撃と共に一端終幕を迎えて……。

「……こうなっちゃってるんだよね」

「どうしたんだ、星(あかり)?」

 呟いた私の言葉に、隣に座っていた兄が不思議そうな表情で問い返してくる。そんな兄に苦笑を浮かべて『なんでもない』と告げてから、私は小さくため息ついた。

 現在の名前は長谷川 星(はせがわ あかり)。第二の人生で、二度目の小学生やってます。





 物心ついて私という自我が目覚めたのは、4歳の頃。それはもう最初はパニックだったよ、20年の間別人として生きた記憶と、4年間の記憶が混ざって存在してるんだもの。

 とりあえず必死に成人した女性としての人格が、パニックを起こしている子供の人格を必死に抑え付けて、結局私の中での混乱は収束に向かった。

 なんかね、私は何にもしてないんだけど、大人の私と子供の私が合わさって、今の私の人格ができたみたい。精神の異常を起こさない様に、人間としての底力がそういう結果に落とし込んだのかもしれないけど。

 でも私はきっと運がよかったんだろうな、おっとりした母親に破天荒だけど明るい父親、4つ歳が離れた優しい兄と新しい人生では非常に良い環境で生活を送っている。

 後はバスケができれば、と機会を伺っていたところ、兄がミニバスケットに幼馴染の女の子と共にハマって、この機を逃すまいと私も幼児や小学校低学年の子供達が集まるチームに入らせてもらった。

 もちろん知識や経験は頭の中にあれど、身体は何の練習もしていない女児。とりあえず身体を作っていかないとと、兄のランニングに付きまとったり、縄跳びとかでまずは体力づくりに精を出した。

 兄――昴お兄ちゃんが優しかったのと、幼馴染の葵お姉ちゃんが面倒見のよい人だったので、遊びや練習によく混ぜてもらって。小学生にしては非常に体力がある女子に成長した。

 でも普通はこれだけ運動を頑張ると身体が筋張ったり、ゴツくなりそうなものなんだけど、母親である七夕さんが非常におっとりほわわんな人で、その人の遺伝子を受けついているからなのかどうかはわからないけど、自分で言うのもなんだけど柔らかい雰囲気の美少女という外見(見てくれ)を保っている。

 そんなこんなで第二の人生を謳歌していた私だったが、小学6年生になって大事件が起きた。
 この事件が兄をどん底に突き落とし、そして再び這い上がらせるきっかけになるのだけど、まさか私も巻き込まれるなんてこの時の私には全然想像もつかない事だった。



[28975] 第1話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:beeef20f
Date: 2011/07/23 23:33

 昴お兄ちゃんが通う学校――七芝高等学校を揺るがした大スキャンダルを、私は母親の七夕さんから聞いた。

 男子バスケ部のキャプテンだった人が、事もあろうに小学生と駆け落ちをしてしまったとの事だった。更に運が悪いことに、その小学生が顧問の娘さんだったそうで。元々やる気がなかった顧問は、廃部にしようとしたらしいんだけど、結局紆余曲折を経て『七芝高等学校 男子バスケ部』は一年間の休部という事で落ち着いたらしい。

「ふぅん、だから昨日昴お兄ちゃんから、あんな事言われたんだ」

「あら、あんな事って?」

 小首を傾げながら聞いてくる七夕さんは、本当に二児の母なのかと疑いたくなるくらい若々しい。前世の私より年下に見えると言っても、過言ではないだろう……っと、それはさておき。

「えっとね、『しばらく俺に近づかないでくれ。話し掛けるのも、できれば遠慮してほしい』って言われたの。まぁ今の話を聞けば、なんとなく気持ちはわかるけどね」

 なにしろ今回の事件のテクニカルタームの二つを、私という存在は昴お兄ちゃんに思い出させる存在なのだ。『バスケットボール』をしている『小学生の女の子』、身内じゃなかったら絶対会いたくない心境だろうなぁと、ある意味昴お兄ちゃんに同情してしまう。

「すばるくんが、あかりちゃんにそんな事を言うなんて……本当に参ってるのね」

「ちょっとショックだったんだけど、事情もわかったし私は大丈夫だよ。でも、心配だね昴お兄ちゃん。メンタル弱いもんね」

「あはは……そうね、でもきっと大丈夫よ。すばるくんにはあおいちゃんもいるし、落ち着いたらきっと立ち直れると思うわ」

 七夕さんはおっとりとそう言って笑ったが、私の見解は少し違った。葵お姉ちゃんは周囲にバレバレな程、うちの昴お兄ちゃんが好きなのだ。無論、LikeではなくLOVEな意味で。

 面倒見がよくて世話焼きな葵お姉ちゃんだけど、今の昴お兄ちゃんには近づけないんじゃないかな。葵お姉ちゃんもバスケットボールをしてる人だから、精神的に不安定な昴お兄ちゃんに衝動的にひどい事言われる可能性が高い。長い付き合いだからメンタル弱いのも承知してるし、もし嫌われたらと思うと迂闊には近づけないよね、恋する女の子的な意味で。

 そんなこんなで、しばらく様子を見つつ昴お兄ちゃんに近付かない様にしていたんだけど、どうやらかなり深刻な症状が観察の結果わかった。

 だってあのバスケ馬鹿の昴お兄ちゃんが、日課の朝練をしないのだ。庭にあるゴールをボールがザシュって通り抜ける音が、あの日以来聞こえてこない。こんな状況だから、私もシュート練習をする訳にもいかず、所属しているバスケチームが使っている体育館まで足を伸ばして、自主練習をしていた。体育館の管理をしている役所の部署にコーチの友達がいるらしく、結構利用に融通が利くのだ。

 練習の間は背中の中ほどまで伸ばしている栗色の髪を、くるんと丸めてバレットで止めている。練習が終了すると外して髪を下ろすんだけど、汗がキラキラと舞い落ちて床に落ちてしまう。

 私としては練習や試合の時にものすごく邪魔なので切りたいんだけど、七夕さんが泣いて止めるから伸ばし続けてたりするんだよね。まぁ、七夕さん譲りのツヤツヤふんわりな髪だから、私も嫌いじゃないんだけど。

 それはさておき、そろそろあの事件から1週間が経つ。いい加減、気持ちが心配から怒りへとシフトしてくる。ウジウジウジウジと落ち込む気持ちもわかるけど、そろそろ気持ちを切り替えてもいい頃じゃないだろうか。

 だってバスケ馬鹿の私が認めるくらい、昴お兄ちゃんはバスケ馬鹿なのだから。バスケを捨てるなんて、ほぼ確実にできやしないだろう。それなら、前向きに休部が解除される一年後に向けて、活動をした方が精神衛生上絶対いいと思うんだけどなぁ。

 妹が兄のお尻を蹴っ飛ばすのは、きっと越権行為だ。そろそろ我慢の限界だ……ちょっと心が子供に戻ってて、昴お兄ちゃんに甘えられない寂しさに耐えられなくなってるのかもしれないけど。

 そんな風に決意を固めて家路につくと、見慣れたスポーツカーが家の前に止まっていた。この車の持ち主に、非常に心当たりがある。特に苦手という訳ではなく、結構仲が良い親戚のお姉さんなんだけど、今この状況でここにこの車がある事がマズい。

 この車のオーナーである美星お姉ちゃんこと篁 美星(たかむら みほし)さんは、七夕さんの妹で私達の叔母でもある。といっても、干支一回りも歳は離れていない。ただ非常に個性的な人で、破天荒な行いをしたりして、たまに人をイラつかせたりする困ったちゃんなのだ。おそらく目的は昴お兄ちゃんを心配して様子見に来たんだろうけど、今のこのタイミングで美星お姉ちゃんを投入するのは、ある意味火にガソリンをぶちまける様なものだと思う。

 ちょっぴり戦々恐々としながら玄関のドアを開けると、ちょうど当の美星お姉ちゃんが玄関で靴をはいていた。

「よう、星。学校ぶり」

「うん、学校ぶり。ってそんな事より美星お姉ちゃん、昴お兄ちゃんとケンカにならなかった?」

「あんなケツの青いガキ相手に、この美星様が本気になるわけないだろ。ちゃんと、手を打ったよ。私の完全勝利だな!」

 美星お姉ちゃんより2cmだけ身長が低いので、少し上目遣いで尋ねると、彼女はご機嫌で携帯電話の画面を私に見せた。その液晶には『一週間だけだぞ』と短い文章が書かれた受信メール画面があった。

「? どういう事?」

「明日の放課後、うちの学校の体育館に来てみたらわかるよ。引っ張り出すまではしてやったんだし、あとはあいつらがどれだけ頑張れるかだね」

 謎掛けの様な言葉だけを残して、美星お姉ちゃんは帰っていった。明日は別にチームの練習も休みだし、ちょっと行ってみようかな。

 とりあえず、妹として兄のお尻を蹴っ飛ばす必要はなくなったようで、私は少しだけホッとしながら、七夕さんに『ただいまー』と帰宅の挨拶を告げた。











 その翌日――とりあえず我が6年B組は特になんの問題も起こらず、放課後を迎えていた。

 一緒に帰ろうと誘ってくれる友達に詫びと断りを入れながら、私は体育館へと足を運んでいた。昨日の美星お姉ちゃんの言葉は、一体何を示していたのだろう。それがちょっと気になって、実は少しだけ寝不足なのである。

 その答えはこの扉の向こうにある、と私は取っ手を掴んで扉を開けて――その向こう側の光景に少し……ううん、かなり驚いた。

「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」」」」

 何故なら、扉を開けた私を出迎えたのは、メイド服姿の少女5人だったからだ。ってあれ、見知った顔が一人居る。

「真帆、何やってるの?」

「あっ、あかりんじゃん。ってしまった! コーチじゃないのに無駄に挨拶しちゃったよー」

 いや、私の驚きを考えたらきっと貴方達の挨拶は無駄じゃなかったよ、と心の中でだけ小さく呟く。

「もーっ、何しに来たのあかりん! あたし達今チョー忙しいんだけど」

「そう言われても……私も美星先生(学校ではこう呼んでる)に言われて、ちょっとだけ見学に来ただけだし」

「えっ、みーたんから? ああ、とりあえず時間もないし、どっか邪魔にならないところで見ててよ!」

 普段はこういう攻撃的な言い方をしない子なのだけれど、今日は気が急いているのか、ちょっとだけ言葉がトゲトゲだ。まぁ、いいんだけどね。こんな事で怒る程私は大人気無くないし。

 ちなみに特徴的なツインテールのこの女の子は、隣のクラスのC組に所属している生徒で、三沢真帆ちゃんという。というか、他のメイド隊のメンバーも全員C組の子達だと、今気付いた。

 他の子とはあんまり交流ないんだけど、真帆とは去年の合同体育の授業でバトミントンのダブルスを組んだ事がある。それが縁で仲良くなったんだけど……体育館でメイド服を着て、何をしてるんだろう。

 その答えは、すぐにわかった。私が真帆の言い付け通りに体育館の壁際に移動すると、改めて体育館の扉が勢いよく開いた。そして行われる先程と同じ状況の再現。

 メイド服の少女5人が元気よく挨拶をし、入ってきた人は私と同じ様に驚きを露にしている。ってあれ? 挨拶された人って、昴お兄ちゃんだ。

 と確認したのも束の間、昴お兄ちゃんはそのまま扉を再び閉めてしまう。うんうん、多分理解の範疇を超えちゃったんだろうね、私もそうすればよかった。

 そして確認の為に再び扉が開き、再度繰り返される挨拶。もういいっちゅーねん、と挨拶を三度聞いている私は、心の中で突っ込みをいれた。

「申し訳ない! ミホ姉……篁先生が無理を言ってすまなかった。心よりお詫び申し上げます!」

 慌てた様子で5人の少女に謝罪する昴お兄ちゃん。ああ、なるほど。確かに美星お姉ちゃんならやりかねない、と思わず納得してしまう。

「えっとー、ご主人様。何のことですか?」

 真帆がきょとんとした表情で、逆に昴お兄ちゃんに問い返す。その後のやりとりを聞いていると、どうやら彼女達は自発的にメイド服を身に纏ったらしい。昴お兄ちゃんを歓迎する為に。

 その際、同意を得ようと真帆が話しかけた女の子(えーと、確か湊さんだったはず)がすごく間を置いて恥ずかしそうに返事を返していたので、多分この作戦は真帆主導によるものだったのではなかろうか。




 っていうか、何で昴お兄ちゃんが慧心(うちの学校)に来たのか、全然わかんない。美星お姉ちゃん、なんだかわからないけど説明してよ! 訳がわからないよ!!



[28975] 第2話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:beeef20f
Date: 2011/09/21 20:31
 私が呆然としている間に、どうやら5人と昴お兄ちゃんの間で自己紹介が終わったようであり、2人が更衣室へ着替えに行った隙に昴お兄ちゃんに近付いてみる。

「えっ、なんで星がここに?」

「それはこっちの台詞だよ、昴おにーちゃん。私には話し掛けるな、とか近付くな、とか言ったくせに」

 ここは私の学校だよ、とちょっとだけ恨みがましく呟くと、昴おにーちゃんはバツが悪そうな顔をした後、平身低頭で私に詫びてくれた。まぁいいけどね、わかってくれたんなら。

 時間もあまりなさそうだし、私はちょっとだけ怒った顔を見せてから、昴おにーちゃんをあっさり許した。そんなに怒ってた訳じゃないしね、寂しかったけどさ。

「おー、おにーちゃんとどういうかんけい?」

 きょとんとした表情で、身長が少し小さめの女の子が私と昴おにーちゃん両方に問いかけてきた。彼女とは実際に話したことはないけど、噂はたくさん聞いた事があった。

 『無垢なる魔性(イノセントチャーム)』の二つ名で呼ばれる、庇護欲をかきたてられる女の子。確か名前は袴田ひなたちゃんだったと思う。こうして見ると、確かにお人形の様に整った容姿と守ってあげたい雰囲気があって、ものすごく可愛い女の子だ。

「実は兄妹なんだ、恥ずかしながら妹がここに通ってるのもすっかり忘れてたくらいで」

「忘れてたんだ……ひどいよ、昴おにーちゃん」

「返す言葉もない。ミホ姉の言葉やら何やらで頭がいっぱいだったんだ」

 パン、と両手を合わせて謝られると、仕方ないなぁと結局許してしまう。そんな私達の事を見て、ひなたちゃんとアイガードをつけた女の子がくすくすと笑っていた。えっと確かこの子は……永塚さん、隣のクラスの委員長だ。

「おー、はかまだひなた。よろしくね、あかり」

「今まで話したことなかったよね、同じ学年なのに。永塚紗季です、よろしくね」

「はいはーい、三沢真帆です。マホかマホマホって呼んでくれたまえ、あかりん」

 二人と自己紹介をし合っていると、真帆がうずうずと混ざってきた。というか、あんたの事は知ってるから大丈夫やっちゅーに。そう突っ込んでやったら、真帆はちぇーと唇を尖らせた。まぁ、他の二人には受けたからよかったのかもしれないけど、本当に落ち着きのない子である。

「それで、昴おにーちゃんは彼女達のコーチにきたの? でも、もう時間あんまりないけど」

「そうだな、まぁ初回だし。軽く身体を動かした後、実戦形式で皆の動きを見せてもらおうかと思ってる」

 んー、じゃあ人数半端だよね。昴おにーちゃんが入るとバランスおかしくなるし……。

「じゃあ、私もちょっと手伝おうか? 人数合わせにちょうどいいでしょ」

「むぅ、ちゃんと手加減できるならいいぞ。お前、バスケの事になると目の色が変わるからなぁ」

「そんな事ないもん、ちゃんと相手に合わせるよ。っていうか、それだけは昴おにーちゃんにだけは言われたくない」

 所詮どちらもバスケ馬鹿なのだから、ここで言い合ってても仕方ないんだけどね。でもジト目でそう言い返すと、昴おにーちゃんは『うっ……』と言葉に詰まってそっぽを向いた。

 そんな事をしていると、着替えに行っていた二人も戻ってきて、同じく簡単に自己紹介をした。湊 智花(みなと ともか)さんと、香椎 愛莉(かしい あいり)さん。背の高い方が愛莉ちゃんで、智花ちゃんの事はなんとなく前から知ってたから大丈夫。

 簡単に身体をほぐして、オフェンスとディフェンスに分かれてハーフコートでミニゲームをする。経験者は私と智花ちゃんのみとの事なので、私達は必ずチームが分かれる様にしてもらう。

 昴おにーちゃんから、見たいのは智花ちゃんのオフェンス力と愛莉ちゃんのディフェンスらしいので、できるだけ他の子にマッチアップしてほしいとの事だったので、とりあえず他の二人の動きを見ながら余った子にディフェンスにつく。

 ピッと短い笛の音が聞こえて、ボールが真帆に渡る。その動きやボール裁きを見ると、間違いなく素人さんの動きだった。トラベリングもダブルドリブルも関係なし、昴おにーちゃんもその辺は後々教えればいいとばかりに、反則を告げずにゲームを続行させている。

 そして智花ちゃんにボールが渡り、ゴールへと鋭い動きで切り込んでくる。マッチアップする愛莉ちゃんはその勢いに負け、『ひゃうっ』と声をあげて腰を引かし、ぺたんと尻餅をついた。

 せっかくなので一槍お願いしようかと、愛莉ちゃんのフォローに回ってギリギリ智花ちゃんのマッチアップにつく。足を止めてダムダムとドリブルをしている智花ちゃんの前で、腰を落として両手を広げる。

 このチームだと経験者の智花ちゃんはPG(ポイントガード)に据えられるだろうけど、本来のポジションは多分SF(スモールフォワード)だろう。カットインで切り込んでくるか、それともシュートでくるのか、ワクワクしながらじりじりプレッシャーを掛けると、まるで竜巻みたいな勢いでドリブルインしてきた。

 確かに早い、ボディバランスは天性のものだと思う。でも私だって、前世では並み居る強豪プレイヤーと戦ってきたのだ。その経験は、現在の私になっても私のプレイを支えてくれてる。

「すごっ、トモが抜けないなんて」

「おー、たけなかはすぐぬかれたのに」

 外野の驚きの声をスルーして、意識は目の前の智花ちゃんに集中。目線だけのフェイクを入れてくるけど、それは見え見えすぎる。ほーら、やっぱり!

「もーらいっ!」

「あ……っ!?」

 左にダムダムとドリブルをしてからのジャンプシュート、でも多分そうするだろうなって勘でわかって、手からボールが離れたところを私の手ではたきおとす。音を立てて転がっていくボールを、智花ちゃんが呆然と見送る。いくら才能のある子でも、小学生に1on1で負けてたまるものですか。

 するとピーッと長い笛の音が鳴り、少し興奮気味に私達のところに昴おにーちゃんが駆け寄ってくる。なんだろう、久しぶりに褒めてくれるのだろうか。

「ごめん! 悪いんだけど智花、もう1回ジャンプシュート見せてくれる!?」

 私の事は一切無視で、智花ちゃんにキラキラした目を向けながらそう強請っていた。確かにキレイなフォームでいいシュートだったけどさ……ふんだ。 








 そんなこんなで練習が終わって、昴おにーちゃんが各人の長所と短所を簡単にまとめて、今日の練習はお開きになった。

 でも、神様は最後までどうやら騒動を待ち望んでた様で、本日最後の大騒動がこの後に待受けていた。きっかけは昴おにーちゃんの、この一言。

「あのさ……愛莉って、背が高いよね。だから……っ!?」

 それからはまさに阿鼻叫喚だった。愛莉ちゃんが号泣といって差し障り無い勢いで泣き始め、周りの皆が『背が高いのは4月生まれのせい』『ちょっと早熟なだけ』と宥め始める。

 ああ、なるほど。愛莉ちゃんにとってあの背丈はコンプレックスだった訳だ。確かに小学生の女の子で170cmくらいの背丈を喜べるのは、バスケかバレーの選手、もしくはモデルを目指している子くらいだろう。

 私は純粋に羨ましいけどなぁ、前世でも160cmで成長が止まっちゃったし。現在はすくすく身長が伸びてくれてるけど、これからどうなるやらって感じだしね。

 結局泣き止んだ愛莉ちゃんと昴おにーちゃんがお互いに謝り合って、なんとか事態は収拾できたんだけど。根本的な解決になってないんじゃないかな、とちょっとだけ不安。

 まぁ、私もバスケの練習がない日は暇だから手伝えるしと申し入れたところ、なんだか歓迎されてしまった。学校ではバスケの話題を話せる人もいなかったし、仲良くなって自然とそんな話ができるようになれたらいいなと、かなり嬉しかった。

 スクールバスに乗る皆と別れて、送っていってくれるという美星おねーちゃんの車におにーちゃんと二人で乗り込んで、あっさり帰宅の途についた。

 道中ロリコンネタでからかわれる昴おにーちゃんを見て、ちょっとだけさっき無視された事への溜飲を下げたのは、私だけのないしょだったりする。 



[28975] 第3話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:beeef20f
Date: 2011/07/30 22:36
「そう言えばさ、智花ちゃん以外の4人って、バスケの試合とか見たことあるの?」

「うんにゃ?」

 授業の合間の短い休み時間、私はお手洗いに行こうとして、隣のクラスの真帆とすれ違った。それでちょっとだけ話しこんだ後、少し質問してみる。

 返ってきた答えは予想通りのものだった。やっぱりね、昨日一緒にちょっとだけプレイしたけど、あんまり基本的な動きとかわかってないみたいだったし。

「もしよかったらだけど、今日の放課後にうちのチームで紅白戦やるけど、見に来る?」

「見てるだけで上手くなれんの?」

「もちろん、練習も必要だけど。でも、どうやって動くのかとかチームプレイとか、得るものはあると思うけど」

 中学時代とかは、私も結構実業団の試合を映した映像を見て、よく真似をしたものだ。部活でも同じ様な作戦を取り入れたりしてね。

 真帆達初心者にそこまで高等な事は求めないけど、バスケットってどういうものかという事くらいは、知っておいても損はないかと思うから。

「んー、とりあえずサキに聞いてみる。返事は放課後でもだいじょーぶ?」

「うん、じゃあ授業終わったらそっちのクラスに顔を出すね。別に行かないなら行かないで全然大丈夫だから」

 私が練習に行くのは決定事項だから、そこに同行者がつくかどうかなだけなので、参加・不参加はどっちでもいいんだけどね。

 まぁ不肖な妹としては、せっかく兄が立ち直ろうとしているんだから、そのお手伝いをちょっとはしてあげたい訳でして。

 そして真帆と別れていつも通りの授業を受け、あちらのクラスに顔を出すと意外にも全員意欲的な参加を申し出てきた。っていっても見学なんだけどね。

 こうして慧心学園女子バスケ部+1でバスに乗り込み、30分くらい揺られていつも活動してる体育館へと移動。

「あの、そう言えば星ちゃんが参加してるのってどういうチームなの?」

 控えめな様子で、そう智花ちゃんが問いかけてきた。どうでもいいけど、昨日コートの上で相対した人と同一人物だとはとても思えない。

 あれだけ攻撃的なバスケットをするって事は、地の性格も気が強そうなんだけど。目の前の智花ちゃんはどこまでもお淑やかだ。

「うん、本当は中学生のチームなんだけどね。前に一緒のチームだった先輩に誘われて、混ぜてもらってるの」

「ち、中学生と一緒にプレイしてるの?」

「小学生だから公式試合には出られないけどね、でも来年には中学生になるんだし。慣れといた方が色々お得かなって」

 ふぇぇ、と驚いた様子の智花ちゃんに、不思議そうな表情の4人を引き連れて、体育館に入る。コーチに話して5人の見学の許可をもらって、二階の観覧席へと案内。

「おー、たかい」

「ほ、本当だね。ちょっと怖い……かな」

 無邪気にはしゃぐひなたちゃんと、できるだけ下を見ないようにしながら呟く愛莉ちゃん。その隣に紗季ちゃんと真帆、智花ちゃんという順番で椅子に腰掛ける。

「じゃあ、ごゆっくり。まだ多分みんなはポジションとか決まってないだろうし。全体的な雰囲気を見てもらって、楽しんでもらえたら嬉しいな」

「ありがとう、星。あとは委員長の私がまとめるから、星は自分の準備に集中してね」

「せっかく見に来たんだから、かっこいいとこ見せてくれよな、あかりん!」

 気遣ってくれる紗季ちゃんと、応援してくれる真帆にVサインを見せて、私は1階に降りる。更衣室に入ると、チームメイトがもう何人も来てて、挨拶してくれる。

「おー、おつかれ星。なに、今日友達連れてきたの?」

「一人背高い子いたよね、あの子うちのチームに引っ張ってきてよ。同じセンターとしてめっちゃ育てたいわ」

「本人には言わないでくださいね、あの子身長がコンプレックスなんだから」

 頭を下げながら自分のロッカーの前に行き、制服からジャージに着替える。上履きをバッシュに履き替えて、長い髪をくるくると巻いてバレッタで止めた。

「高い身長がコンプレックスなんて、うらやましい話ねぇ。ポストプレーもシュートも有利になるのに」

「私達はバスケ選手だからね。他で高い身長が嬉しい女子なんてバレー部の子かモデルくらいだろうし」

「少なくとも私は身長欲しいですけどね、あと最低15センチは」

 私が真剣な表情で言うと、先輩達は何故かしらないけど私の頭を無造作に撫でて、コートの方に歩き出す。なんだろう、この馬鹿にされた感は。

 ちょっとだけムッとして、私は先に行く彼女たちの後に続いた。さぁ、楽しいバスケタイムの始まりだ!







「すげぇな、あかりん! 昨日もっかんの動きを止めたのを見て、普通じゃねーとは思ったけど!!」

「中学生がブロックに入ってるのに、シュート決めちゃうんだもんね。しかも3点シュート」

「おー、あかりすごい。さすがおにーちゃんのいもうと」

「あ、あんな背の高い人達と一緒で、こわくないの? 私はもう、何回も目をぎゅって閉じちゃって。きっと私だったら無理だなって何度も思っちゃった」

「あんなにキレイなフェイダウェイシュート、私初めて見たよ! とってもかっこよかったよ、あかりちゃん!!」

 どれだけ褒め殺すつもりなのか、帰りのバスの中で5人は私の事を褒めちぎってくれた。コーチには結構ダメ出しいっぱいされたんだけどね。

 そのダメ出しが全部頭ではわかってる事だから、余計に歯がゆい。まだ私は前世での身体のボディコントロールとか色々を、ほとんど取り戻せない状態だから。

 だからダメなミスをしたり、強引にならざるを得ない時がたくさんある。でも、コーチからしたらそこはやっぱり注意すべき場所な訳だから、怒られるのは仕方が無い。

「シューティングガードってポジションはもらってるけど、私はどっちかというとシューターだから。ドリブル突破ももちろんするけど、やっぱりシュートをキレイに決めるのが好きなんだよね。背の高い人やダブルチームでマークされてる時にそれが決まれば、もう最高な気持ちになるの」

「そのための、フェイダウェイなんだ……」

「もっかん、なにそのフェイドなんとかって何?」

 納得顔の智花ちゃんに、真帆が待ちきれない様に尋ねる。そんな真帆に苦笑いしながら、私が説明することにした。

「フェイダウェイっていうのは、後ろに飛びながらシュートする技の事だよ。 後ろに飛んでシュートすれば、相手のブロックの上をボールが通過する感じになるの。タイミングと角度を自分で変えられるから、背の高い人のブロックを抜いてシュートを打つことができるってわけ」

「あかりちゃんは簡単に言ってるけど、ものすごく難しいんだよ。ただ後ろに飛べばいいって訳じゃないし、相手のブロックを読みながらゴールを狙わなきゃいけないんだから」

「ちぇー、これ覚えればレベルが一気にあがると思ったのに」

 真帆が唇を尖らせながら言った言葉に、最近の子供だなぁと苦笑が浮かんでしまう。RPGのゲームみたいな感じなのかな、真帆にとってのレベルの概念は。

「きっと明日から昴おにーちゃんが、経験値をたくさん積ませてくれるよ。そしたらレベルもどんどん上がると思う」

「そーだよな、あかりん! よーし、明日からめっちゃ練習してレベル上げまくってやるんだから」

「もう、張り切り過ぎて怪我とかしないでよね」

 ため息をつきながら言う紗季ちゃんの言葉に皆で笑いながら、帰りのバスの中の時間を楽しんだ。よかった、みんな楽しんでくれたみたいで。

 明日の女バスの練習も、見学に行こうかな。



[28975] 第4話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ddf19f0b
Date: 2011/09/02 13:47
※入院してて、間が空きました。申し訳ないです。


「バスケ部の試合?」

 お昼休み、クラスで仲良くしている春香ちゃん達と給食を食べていると、突然そんな話題が降って湧いた。

「うん、なんか最近女子バスケ部が出来たんだって。隣のクラスの子達が作ったみたいだけど」

「あ、三沢さん達でしょ。そう言えば体育館でバスケットしてるの見たよ」

 春香ちゃんがそう言うと、その隣に座るかなちゃんが目撃情報を追加で教えてくれた。

「で、その女子バスケ部と元々ある男子バスケ部が、練習時間を賭けて試合するんだって」

 ふむふむ、どうして急に兄である昴おにーちゃんがコーチに呼ばれたのか、その裏が見えてきた気がする。

 これは放課後にでも美星おねーちゃんの真意を確認する必要があるかもしれない、と友人の話に適当に相槌を打ちながらランチタイムをやり過ごす。

 そしてそのまま午後の授業も流して、やっと放課後。隣のクラスで帰りの会を終わらせた美星おねーちゃんを捕まえて、話がしやすい中庭までご同行願った。

「にゃふふー、その様子だと聞いたみたいだな。女バスの試合の事」

 いたずらっぽい笑みを浮かべる美星おねーちゃんにため息をつきながら、私はちょっとだけ呆れた様に尋ねる。

「何考えてるの、美星おねーちゃん。いくら昴おにーちゃんでも、あのレベルの子達を残り2回の練習で、地区大会優勝レベルと対等に戦える様にはできないんだよ?」

 智花ちゃんが経験者で、同年代でもとびきりのプレイヤーだと言うのは、一昨日少しマッチアップしたからわかる。でもバスケは5対5で行うのだ。

 いくら一騎当千の智花ちゃんがいたとしても、残り4人が素人ではいくらでもパスが通るし、ダブルチーム・トリプルチームもし放題だ。いくらでも智花ちゃんを止める方法はある。

「……ちょうどいい機会だと思ったんだよ、昴にとっても女バスにとっても」

「そうなのかなぁ……」

「そうだったの! 女バスはあのままだと、男バスの顧問に何もしないまま廃部に持ち込まれてた。実績だの何だの、偉そうなお題目並べてさぁ」

 男子バスケ部の顧問と言えば、カマキリというあだ名で呼ばれている、今時珍しいくらい粘着質で嫌われている教師ナンバーワンな男の先生。もちろん、私もあまり好きじゃない。

 それでもまぁ、言い分はわかるかな。慧心だって私立の学校だもの、部活で得た栄光を宣伝の材料にしたいはずだもんね。新入生を確保する為に。

「そんなので、あの5人の居場所を奪う理由にはならない。つまり、少しでも部を残せる可能性がある方法として、試合を提案したんだ」

「勝算が限りなくゼロに近いのに、期待を持たせるやり方もどうかと思うけど……」

 私がボソッと呟いた言葉を美星おねーちゃんは意図的に無視して、話を進める。

「昴にしたって、いつまでも拗ねてたって仕方ないだろ。あのバスケ馬鹿がバスケから離れたって、いい方には転がらないと思ってさ。んでちょうどいいから昴に、女バスの運命を託したって訳」

 そんな滅茶苦茶な美星おねーちゃんの言葉に思案顔をしていると、おねーちゃんに顔を覗き込まれる。

「ん? なんか納得いかないって顔だな、星」

「納得いかないっていうか、相変わらず過保護だなぁと思って」

 女バスの件については、藁にもすがる思いで昴おにーちゃんをコーチに就任させたっていうのは、まぁいいとするけれど。

 この叔母は昔から昴おにーちゃんに甘いのだ。あのヘタレな性格を作った原因は、美星おねーちゃんなんじゃないかとずっと思ってるし、多分当たってると思う。

 私も多分ずっと昴おにーちゃんがあのままだったら、多分尻を蹴っ飛ばすくらいはしたと思うけど。ここまで環境を整えてあげるなんて、ダダ甘だよね。

「べ、別にっ! 昴のためじゃなくて女バスのついでだから! ついでなんだからな、ついで!!」

 ハイハイ、ツンデレツンデレ。照れた様に顔を赤くする叔母に、私は何もかも見透かした様に、ニヤニヤとした笑みを見せたら……頭をパシンとはたかれちゃった。

 とまぁ、冗談はさておき。一番聞きたかった事を聞いておかないと、と私は再び真面目な表情を作って美星おねーちゃんに向き直った。

「女バスの方は、負けた時はどうするの? というか、メンバーの5人としては皆でバスケで頑張れる場所が欲しいんだよね。じゃあ、別に部活じゃなくてもいいんじゃないの?」

 ミニバスケットボールでは、どちらかというと学校の部活の数よりも、外部のクラブチームの方が圧倒的に数が多い。ならば、部活にこだわる必然性はないのではないかと思ったんだけど。

「馬っ鹿、お前真帆の性格知ってるだろ。あいつは自分勝手で我侭に見えるけど、基本的に親分肌だ。智花のために立ち上げた部活を、絶対に守りたいんだよ」

 確かに去年からの短い付き合いではあるけれど、真帆は太陽の様な性格の少女であり、周りの皆を光で照らす様に常に元気と明るさを分け与えている。

 そして曲がった事が嫌いな性分でもある、つまり今回はあの5人で正々堂々と勝ちたいと考えているはずだ。

「勝ちたいって願えば勝てる、なんて甘くない世界だって事くらいは、美星おねーちゃんも解ってると思うけど……」

「勝つだけが目的なら、さっさと星にも声掛けてるよ。カマキリは今回の試合に関しては、全部自分達が有利になるように話を進めたんだし。お前と智花が揃えば、勝てるだろうしな」

 でもそれはあの5人が望まない、勝つために経験者を連れてくるなんていうのはズルイし、何より自分達の仲間として迎えがたいだろう。私が「一緒に仲間になってバスケしたい」って言うなら話は別だろうけど。

「まぁ、昴に頼んだのもある意味分の悪い賭けだからね。ちゃんと負けた後の事も考えてるよ。ほら、これ見てみ」

 そう言って美星おねーちゃんが出してきたのは、ミニバスケットボールのクラブチームを作るのに必要なもの、その一覧だった。

「代表者は私で、コーチは昴でいいだろ。星がよければこっちにも加入しといてくれたら、人数増やすのも楽だしな。練習場所は真帆が自分の家の庭にコート作るって言ってたから、そこ使って」

 普段はいい加減でちゃらんぽらんな美星おねーちゃんだけど、やっぱり色んな事に気を配る優しいいい人だったりするんだよね。

 そこまで決意してるなら、小学生で外野の私としては、もう何も言う事もなく。

「勝てるといいね、皆」

「真帆達もやる時はやる子達だし、昴も今は腐ってるけど、なんだかんだでちゃんとやってくれるって信じてるよ。星も暇な時は手伝ってやってくれな」

「昴おにーちゃんに頼まれたらね。なんかあんまり、まだ私と接触したくないみたいだし。吹っ切るまではもうちょっとかかりそうだから」

 結局一昨日も、家に帰った後に一切会話できなかったんだよね。すぐに昴おにーちゃんが、部屋に引きこもっちゃったし。昨日も以下同文。

 まぁ、気長にいきますとも。家族なんだから、多分きっとまたいままで通りに仲良くできる日がくると思うし。





 その後は女バスの練習を見学したり、ちょっとシュートフォームのコツを教えたりした後、美星おねーちゃんの車で送ってもらって、途中でラーメン食べて帰りましたとさ。



[28975] 第5話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:42a80a5e
Date: 2011/10/18 20:28
 美星おねーちゃんとあんな事を話してから少し。

 結局昴おにーちゃんは私に手伝いを頼む事もなく、三日間のコーチ期間を終えたらしい。何故らしいなのかと言うと、実際にどんな感じだったのかを、私は自分で確認してないから。

 美星おねーちゃんの話だと、試合の事を男子バスケ部の子達に教えられ、自分には荷が重いと女バスの子達を切り捨てたみたいだけど。

 まぁ、昴おにーちゃんの気持ちもわからないではないけど。無理やりやらされてるコーチで、勝ち目のない相手に勝てる様にして欲しいというプレッシャーを掛けられる。

 そりゃ逃げたくもなるよね、個人的にはヘタレだと思うけどさ。でも美星おねーちゃんはそんな結果に終わったのに、全然心配してなかったんだよね。

『昴は必ずあの子達を助けに来るよ、それが出来る子が一人だけあの五人の中にいる』なんて意味深な発言してたんだけど、果たしてどうなるやら。

 そんな事を考えている私は、いつも通りチームの休日練習に参加して、充実した練習時間を送ってきましたよ。最近家にいても、昴おにーちゃんの私への態度がギクシャクしてるから、微妙に雰囲気悪いんだよね。だからほとんど練習の虫になってる。

 駅からのんびり帰り道を歩いていると、空がいつの間にか夕焼けで真っ赤に染まってる。この街でも大きめの幹線道路に差しかかると、歩道橋の階段をゆっくりと上る。

 すると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

 私と同い年くらいの女の子が、高校生の男子に両肩を掴まれている。どうやら女の子は泣いてるみたいで、その肩が震えるように上下に揺れていた。

 多分後姿から察するに、あれは女バスのエースの智花ちゃんだと思う。そして男子の方は誰あろう、私の兄である昴おにーちゃんだった。まさか身内から犯罪者が出てしまうなんて、と内心慄きながら、私は家族としての務めを果たすために大きく息を吸い込んだ。

「おまわりさぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 私が声の限りに叫ぶと、驚いた表情で二人が私の方を見て存在を把握する。そしてしばらく状況がわかってなかった昴おにーちゃんは、ようやく私の意図がわかったのか、慌てた様に私に詰め寄った。

「ちょっ!? シャレにならん真似はやめろ!! 星は何か重大な勘違いをしている……っ」

「……ふぇ?」

「ごめん、智花。智花からも星に説明してくれないか」

 更におまわりさんを呼ぼうとした私の口を手で塞いで、昴おにーちゃんが必死の形相で説得してくる。うん、どうやら今の状況が第三者から見たらどの様に見えるのかは自覚があるみたいだ。

 そしてひっくひっくとしゃくりあげていた智花ちゃんも加わって、どうやらうちの兄が小学生を苛めて泣かせる最低男ではなかった事は納得できた。

 バスケ部のコーチも続ける事にした様で、ヘタれてた昴おにーちゃんの立ち直りへの第一歩がようやく踏み出されたみたい。美星おねーちゃんの計画通りだね。

 それにしてもちょっと悔しいなぁ、同じバスケをやってる小学生の女子なのに、私じゃ自暴自棄になってる昴おにーちゃんを前向きにすらできなかった。でもそれを、智花ちゃんはやってみせたんだもの。妹としては、ちょっと引っかかりを覚える。

 家に帰って作戦会議をリビングでしている二人を見ながら、ちょっとだけそんな事を考えてしまったりして。もちろん私も智花ちゃんは好きなんだけどね。

 4人で晩御飯を食べた後、夜道は危ないからって智花ちゃんを送っていった昴おにーちゃんが部屋に戻ってきたのを確認して、私も自分の部屋からおにーちゃんの部屋へと移動する。

 大好きなバスケを取り上げられた昴おにーちゃんの気持ちも解ると思ってたから、私は昴おにーちゃんに近付くのを自重していた。でも、慧心の女バスメンバーとかには近づけたのに、私に対してはなんだか頑なに近付くのを避けてた気がして。

 私の事が嫌いだと言うならそれはそれで仕方がないけど、家族としてすごく寂しい。他の理由があるなら、ちゃんと知っておきたい。それをはっきりさせるために、私は昴おにーちゃんの部屋のドアの前に立ち、意を決してドアをノックした。

「はい、どうぞ」

 ドアの向こうから聞こえてくる昴おにーちゃんの声に促されて、部屋の中に入る。どうやら男バスの研究をしてたみたいで、テレビには彼らの試合を撮影したものが映っていた。

「……どうした、星?」

 怪訝そうに私を見る昴おにーちゃんに返事を返さず、私はそのままスタスタと歩み寄って強引におにーちゃんの膝の上に腰を下ろした。細い身体の割に意外と鍛えられているお腹と胸にそのままもたれかかる。

 精神的にはいい歳した大人だけど、身体に心が引っ張られているのか、どうやら私は昴おにーちゃんに敬遠されていた間、とても寂しかったらしい。その反動なのか、背中から伝わる暖かさが嬉しくて、こんな子供っぽい行動を止めるどころかより一層自分の身体をおにーちゃんに押し付けた。

「ごめんな、こないだから冷たくして」

 そんな私の内心を解っているのかいないのか、私を膝の上に乗せたまま昴おにーちゃんが後ろから軽く抱きしめてくれた。

「なんていうか、すごく後ろめたかったんだ。星が俺の後を追うようにバスケを始めて、今も中学生に混じってバスケ頑張ってるお前に、バスケから遠ざかりたがってる姿を見せるのが。兄貴としても情けないし、バスケット選手としても耐えられなくてさ」

 意外なカミングアウトに、キョトンとしてしまう。てっきり私の存在が休部の原因になった事件を思い出させるから、遠ざけられてると思ってたのに。

「やっぱり兄貴ってのはさ、可愛い妹にはいいカッコ見せたいものなんだよ。あんな情けない姿はできるだけ見せたくなかったんだ」

 照れたように頭の上から声がして、私が上を向いて昴おにーちゃんの顔を確認しようとすると、ちょっとだけ乱暴に私の頭におにーちゃんの顎が乗せられた。

 そんな照れ隠しがおかしくて、思わずクスクスと笑みがこぼれる。なんだ、本当に鬱陶しがられている訳じゃなかったんだと、ホッと胸中で息を吐いた。

「さ、さてっ! あと1週間で女バスの皆を男子バスケ部に勝てるまで鍛えなきゃいけないんだ。厳しいとは思うけど星、手伝ってくれるか?」

 おにーちゃんの言葉に、ハッと現実に意識が戻る。そうだ、智花ちゃんはともかく、あと残り1週間で素人同然の4人を鍛えて、地区大会優勝チームに勝てる様にしなければいけないんだった。

 さすがの昴おにーちゃんでも、勝ち目の薄い戦い。それでも昴おにーちゃんが求めてくれるなら、私も手伝いたい。昴おにーちゃんの為だけじゃなくて、これからバスケを始めようとしている仲間達の力になりたい、そう強く思った。

「うん、お手伝いする。頑張って智花ちゃん達を勝たせてあげよ」

 私がしっかりと頷きながらそう言うと、昴おにーちゃんは優しく私の髪を撫でてくれた。明日からしっかり頑張らなきゃ!



[28975] 第6話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:4cb3f6d6
Date: 2011/10/18 20:23

 そんなこんなで、翌日から『打倒!男バス』を合言葉に、女子バスケ部の皆と部活をする事になりました。

 私の担当は、真帆と紗季のシューターチームと、ひなたちゃんのディフェンス強化。とりあえず別チームの愛莉ちゃんと智花ちゃんと一緒に、ひなたちゃんにはジョグに出てもらって。私は一週間限定の教え子達に向き直った。

「という訳で、二人にはシュート練習を徹底的にしてもらいます。目指すはシュート成功率ほぼ100%。いや、絶対無理だけど、それくらいの気持ちでって事ね」

「はーい、あかりん先生しつもーん」

 いつも元気溌剌な真帆が、元気良く手を挙げる。

「ん、どうしたの真帆?」

「とりあえずやる事はわかったけど、この場所ってちょっと遠くない?」

 体育館の床をバミっているのは、ゴールを中心にして少し離れた左右対称の場所。そこにそれぞれ真帆と紗季が立っている。

「そうね、届くかどうかちょっと不安なんだけど」

 紗季も真帆の質問に同意をしめして、少しだけ不安を表情ににじませている。

「うん、ちょっと遠い。そしてシュートを腕の力でしようとすると、私でもシュート成功率が3割くらいになっちゃうかな……ちょっと見ててね」

 そう告げて、私は真帆の立っている場所を譲ってもらって、ボールを構える。いつも使ってるボールとはサイズが少し違うけど、それは些細な違いだから大丈夫。

 まずは腕の力だけでゴールへとボールを放る。するとボールは何度かゴールの縁を跳ね回って、なんとかゴールネットを揺らした。

「今のはたまたま入ったけど、次はどうかはわからない上、腕の力だけでシュートを打つから、正直腕が疲れてしょうがないんだよね。だから二人には、正しいシュートの打ち方を覚えてもらって、尚且つそのシュート成功率を出来る限り上げてもらいたいの」

 真剣な表情で私がそう言うと、二人もまた真面目な顔でこくりと頷いた。なんといってもシュートに必要なのは、膝の柔らかさだ。

「こういう風に力を抜いて膝をバネみたいな感じにして。その力をボールに伝えて……シュート!」

 さっきの腕だけの力で打つシュートとは違って、力もそれほど使わずに放たれたボールは縁に当たらずにゴールネットをパシュッと揺らした。

「なーなー、あかりん。シュートの打ち方なんだけど、もっかんみたいに片手シュートにしたいんだけど、あかりんできる?」

「片手……ああ、なるほど。ワンハンドシュートね。できるけど、どっちかと言えば両手シュートの方が安定すると思うんだけど、真帆はワンハンドでやりたい?」

「だってカッケーじゃん。だからそのワンハンド? っていうのでやりたい」

 ふむふむ、ならば希望にはできるだけ沿う形でいきましょうか。とりあえず真帆にも見本の打ち方を教えてあげて、それからはずっと交互にシュートを打ち続けてもらう。

 もちろん、ダメなところはその度修正。ただシュートを打つだけじゃなくて、しっかりと身体の使い方とシュートフォームをイメージしてもらって打ってもらう。

「フリーである程度入る様になったら、今度はパスをもらってシュートの練習。その次は自分の前でディフェンスしてる敵がいる状態でのシュート練習もあるし。やる事いっぱいだよ!」

 檄を飛ばしながら、二人のシュート練習を見守る。うん、二人ともちゃんと言われた事は理解できてるし、時間が経つにつれてだんだん形になってる。

 練習の最後におにーちゃんにチェックしてもらって、初日の練習は合格点をもらった。ちょっと厳しくし過ぎたせいか、二人はその言葉を床に寝転んだ状態で聞いてたんだけど、まぁ嬉しそうだからよしとしましょうか。

 ああ、そうだ。外にジョグに出てたひなたちゃんなんだけど、途中で体調を崩して本日は練習できなかったんだって。練習終了前に戻ってきた本人を見たら、もう大丈夫そうだったけど。試合は今週末だから、軽い症状みたいでよかった。

 そんなこんなで個別練習の初日を無事に終えて、私と昴おにーちゃんは美星おねーちゃんの車で家まで送ってもらう為、車へと向かう。すると、車の傍に小さな人影がひとつ。

「あれ、竹中? こんなところでどうした?」

 親しげな美星おねーちゃんの声に返事を返さず、竹中君は何やらじっとこちらを(私と昴おにーちゃん)を見つめている。あれ、というか……見られてるの、私?

「……そっちの高校生だけがコーチなら納得できるけど、お前まで加わるってのはちょっと卑怯だろ」

 ん? なんかサラッとお前呼ばわりされましたけど。そんなに接点ないはずなんだけどなぁ、クラスも違うし。前に委員会で一緒になって、作業した事はあるんだけど。

「2年前のストリートバスケ大会、覚えてないとは言わせねーぞ」

 言われた台詞を咀嚼して、記憶を呼び起こす。いや、その大会自体の事は覚えてるんだよ。先輩達に誘われて出場して、その先輩達が大暴れして、結局優勝しちゃったっていう黒歴史。でもね、それと目の前の竹中君とが結びつかないんだよね。

「初戦でお前らに当たったチームに、俺も入ってたんだよ。バスケ始めてそれなりに自信もついてきた頃で、あんなボロボロに負かされて忘れられる訳ないだろ」

「……星、お前達どれだけフルボッコにしたんだ」

 種明かしをする竹中君の言葉に、昴おにーちゃんが呆れた様に問いかけてくる。むっ、失敬な。暴れたのは先輩達であって、私はポイントガードを押し付けられてゲームメイクに専念してましたとも。

「正直ダンクとかしてた人よりも、長谷川にドリブルで完璧に抜かれたり、超ロングシュートを涼しげに決められた事の方が悔しかった」

 私の弁明に、更に責任を追及してくる竹中君。そんなん、知らんがなって思わず関西弁になるくらい、私には1ミリも関係ない恨み言だった。

 そうだよ、何でそんなつまらない事で責められなきゃいけないんだろう。しかも2年前の事をグチグチというなんて、なんて小さい男なのか。

 そう考えるとイライラしてきて、私はおそらく売られているであろうこの口喧嘩を買わせて貰う事にした。

「試合で抜かれたりするのは当たり前じゃないの? そんな昔の恨み言を、わざわざこのタイミングで言いにきたの?」

「……違ぇよ、馬鹿。そんな凄いプレイヤーである長谷川が、女バスに協力するのは卑怯じゃないかって言ってるんだ」

 あ、ダメだ。カチンときた。

「はぁ? 卑怯ってどっちが? 仮にも地区大会で優勝するチームが、バスケ初心者が大半のチームに準備期間少ない状態で試合する事の方が、よっぽど卑怯じゃない」

「なっ、それは美星が」

「美星おねーちゃんがそう言い出したのは、そうでも言わないと男子バスケ部が問答無用で女子バスケ部を廃部にしようとしたからでしょ。そもそも、もっと強くなりたいって言ってるくせに、体育館が使えなきゃ練習できないって思ってるところがお粗末だよ」

 竹中君達の主張は、一度彼らと話し合ったらしい昴おにーちゃんから聞いていた。だけど、私から見れば体育館で練習できなければ強くなれないとか考えてる時点で、甘ちゃんだ。

「体育館を使えない日は、走りこむなりフットワーク練習するなり筋トレするなり、チームメイトと自分達の試合のビデオを見て反省会するなり。強くなるための練習なんていくらでもできるじゃない。そんな事も思いつかないんじゃ、結局アンタ達は真剣に強くなりたいなんて思っちゃいないのよ」

 隣にいるおにーちゃんや、三年間必死に女子バスケ部で一勝をもぎ取ろうと頑張ってた葵おねーちゃん。そんな二人や先輩達、そして前世で出会ったチームメイトや対戦相手を見てきたからわかる。大人気ないけど、こんな甘ちゃんになんて構ってられない。

 竹中君は私にこんな風に反論されるなんて思ってなかったんだろう、言葉を表に出したいけれどうまく言葉が出てこない。そんな表情で私を見ている。

「今週末、本気で勝ちたいって思う心がどれだけ人を成長させるのか、アンタ達とどれだけ心構えが違うのか。実際に見せてあげる、覚悟してなさいよ」

 不適に笑ってそう言うと、竹中君は負け惜しみを言う様に「負けるかよ」と小さく呟いて、くるりと踵を返した。子供相手にちょっと大人気なかったかなとこっそり反省していると、昴おにーちゃんがポン、と私の頭に大きな手を載せてきた。

「星、頼むからお前は葵みたいに乱暴者になるなよ。口げんかの時の口調があいつにそっくりで、ちょっと肝が冷えた」

「葵も敵に対しては容赦ないからなー。まぁ、一度身内だと思った相手には、とことん甘い奴なんだけどさ」

 二人の遠慮のない評価に、私はちょっとだけ葵おねーちゃんに同情してしまう。確かに言葉よりも先にキックが飛んできたりするけど。私には絶対当てないしね。

「でも、あいつに言った言葉には全面的に賛成だ。週末、あいつらに吠え面かかせてやろう。智花達と一緒に」

 優しいおにーちゃんの言葉に頷いて、美星おねーちゃんの車に乗り込んで家路を辿る。よし、明日も頑張ろう!



[28975] 第7話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/11/12 16:05

――水曜日。

 昨日はそれぞれ自主練習の日で、私は真帆と紗季に頼まれて真帆の家でシュート練習を指導していた。その甲斐もあってか、二人のシュート決定率はぐんぐん上がり、同じ場所からフリーで打った場合は、ほぼシュートが入る様になっていた。本当に末恐ろしい、前に冗談で言っていた100%の決定率も夢ではないくらいの上達振りだ。

 智花ちゃんはうちにきておにーちゃんと作戦を考えていたそうで、愛莉ちゃんとひなたちゃんは走り込みを行っていたそうな。月曜日は体調が悪そうだったひなたちゃんも、今日はすっかり復活した為、少し進捗が遅れている愛莉ちゃんをおにーちゃんと智花ちゃんの二人に任せて、私はひなたちゃんの指導に専念する事にした。

 もちろん、横目では真帆と紗季の練習からも目を離さない。今は交代でシューターとディフェンスの役割を変更して、相手がいる状態でシュートを落ち着いて放つ為の練習をしてもらってるんだけど、お互いがライバル心むき出しだから、二人ともかなりのスピードで上達してるみたい。

 最初はじゃれ合いだった二人の練習が、どんどん本気の1on1みたいになってきてる。ただ熱くなりすぎて、怪我だけはしないようにしてくれればいいんだけど。

「おー、あかり。ひなたは何をすればいい?」

 目の前に立って私をじっと見ているひなたちゃんから、質問の声があがった。正直、あと3日でひなたちゃんに新しい技術を教えるのは厳しいものがある。

 今回の試合でのおにーちゃんが考えるひなたちゃんの役割は、彼女に恋心を抱いている竹中くんにファールトラップをしかけて、彼の動揺を誘うという重要なポジションだそうだ。

 でも、切り札のひなたちゃんをいつ使うのかを考えると、きっとお互いが疲弊してくる試合後半だと思う。じゃあその間、ひなたちゃんは何をしてればいいのか……おにーちゃん曰く、後半に向けて体力を温存しておいてほしいとの事なんだけど、それはちょっとひなたちゃんが可哀想かなって。

 だって他のみんなは重要な役割をもらって練習してるのに、ひなたちゃんの練習は尻餅だけなんてね。それに尻餅って結構危ないんだよ、うっかり手を変な風に床についちゃうと、捻挫しちゃう場合だってあるし。

 なので尻餅の練習はもう充分してもらったと思うので、私の方でディフェンスの初歩とスティールのやり方、そして早いパスの出し方なんかを教えて、ひなたちゃんにバスケをもっと楽しんでもらえたらなぁと。おにーちゃんの許可は昨日のうちにもらってるので、後は教えるだけだ。

「そう、そうやって両手を上げて。腰はちょっと落としておくと、横に移動するときに素早く動けるから……その構えがディフェンスの基本ね」

 ひなたちゃんの手や身体を触って、基本的なディフェンスのポーズを覚えてもらう。そのポーズを相手がドリブルしてきたら、すぐに出せる様に反復練習。

 もちろんドリブル役は私なので、何度も何度もひなたちゃんに向かってドリブルで切り込む。もちろんあんまり速く切り込むとひなたちゃんが対応しきれないから、ゆっくりなドリブルでね。

「おー、むずかしい」

「疲れてくると腰が浮いて手が下がるから、頑張ってさっきのポーズを取ってね。相手を止められなくても、ドリブルのスピードを少しでも遅くできるだけでも意味があるから。ひなたちゃんが立ちふさがってる間に、他の皆が自分のゴールのところまで戻ってきてくれる。その時間を稼ぐための意味もディフェンスにはあるから」

「ひな、みんなの役に立てる?」

「うん、立てるよ。このポーズができる様になって、スティールも覚えたらひなたちゃんからカウンター攻撃への道ができる。攻撃の起点になるって事は、ひなたちゃんが得点のチャンスを作れるって事なんだから。いっぱいいっぱい役に立てるよ」

「おー! まかしとけー」

 息巻いて言うひなたちゃんに、練習再開を告げる私。これが終わったらスティールの練習、続いて取ったボールを味方に渡す早いパスの練習。このチームでは智花ちゃん以外は満足にドリブルもできない状態だから、パスでボールを味方に渡すしかボールを運ぶ手段がないから。この練習は必ずしなきゃいけない。

「おーい、あかりん! ちょっとシュートフォームチェックして! わかんなくなっちった」

「私も、もう1回イメージを固めたいからお願い!」

 ハァハァと肩で息をしながら私を呼ぶ真帆と紗季。ひなたちゃんも結構しんどそうだったから、せっかくやる気になってくれたのに申し訳ないけど、10分間ほど休憩してもらう事にした。あんまり根を詰めても仕方ないしね。今ひなたちゃんに教えている技術は、一朝一夕でモノになるものじゃないから。それでも今度の試合で一歩でも前へ踏み出して欲しい。この練習はその為の布石だから。

「じゃあひなは、お水飲んでくる」

 やっぱりしんどかったのか、ちょっとだけふらふらとしながら水飲み場へと向かうひなたちゃんの小さな背中を見送って、私は真帆と紗季の元へ駆け足で急いだ。








 そんな調子で木曜日はまた真帆の家に私と真帆と紗季とひなたちゃんで集合して、練習を繰り返す。後半はひなたちゃんも真帆と紗季チームに合流してもらって、二人の前でディフェンスしてもらってた。まだ実戦レベルなのは構えだけなんだけど、ちゃんとしたディフェンスの構えで前に立たれると、背の低いひなたちゃんでもシューターは打ちにくいらしい。

 いつもはサクサクゴールを揺らす真帆と紗季のシュートも、今日はリングに嫌われたりバックボードに当たった後外れたりと、4割程度の精度しかなかった。

「ひなスッゲーな! ちょーシュート打ちにくかったじゃん」

「ホントよね、真帆が前に立ってた時よりかなりプレッシャーを感じたわ」

 真帆と紗季が口々に賞賛すると、ひなたちゃんは照れた様に笑った。うん、同性の私から見てもちょーかわいい。

「おー、せんきゅー。でも、ひなの新しい必殺技はこれだけではないのです」

 ちょっとだけ自信をのぞかせて言うひなたちゃん。仕方ないなぁと心の中で苦笑いしつつ、その『新必殺技』を真帆と紗季に見せることにした。

 ゆっくりとしたドリブルでひなたちゃんに向かってドリブルをすると、ひなたちゃんはうまくタイミングを合わせて私の手と地面の間にあったボールを上手にスティールした。

 そしてボールを素早いパスで少し離れた場所にいた紗季へと繋ぐ。もちろん今のは私がひなたちゃんが取りやすい様にとても手加減してドリブルをしたからこそ、スティールができた。紗季へのパスもスピードに関して言えば、まだ普通のパススピードでしかない。ただ『ひなたちゃんにしては』という枕詞を入れると、かなりスピードアップしたと言える。

 まだ発展段階、今日のひなたちゃんの技術が実戦に耐えられないものでも、明日・明後日のひなたちゃんが実戦レベルまでレベルアップするという可能性だって充分ある。

 驚いた真帆と紗季にもみくちゃにされてるひなたちゃんを見ながら、私は早くも明日の練習メニューを頭の中で組み立てていた。



[28975] 第8話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/01 23:35
 いよいよ試合まであと2日。今日は体育館で練習ができる最終日、ここまで来たら、これまで練習してきた事をひたすら反復練習するしかない。

 今までほとんど別メニューだった昴おにーちゃんと智花ちゃん、愛莉ちゃんと合流してそれぞれの成果を見せ合う。

 智花ちゃんはどちらかというと、おにーちゃんのサポート役だったので、特に新しい事はしてなかったみたい。まぁ、元々実力のある子だもんね。今更飛躍的に技術的な何かを伸ばすよりも、どっちかというとモチベーションをあげた方がいいし。

 手加減は感じられるけど、おそらく男バスの子達の実力なら充分なくらいの鋭さを持つ智花ちゃんのドリブルに、愛莉ちゃんはしっかりと足を踏ん張って逃げずにディフェンスをしていた。初日とかの怖がり方を知ってるから、この進化には愛莉ちゃん的にはかなりの努力が必要だったんじゃないかな。

 とまぁ、昴おにーちゃんチームは二人とも成長著しいけど、こっちだって負けてない。ガンガン定位置からのシュートを決め続ける真帆と紗季、それをディフェンスするひなたちゃん。三人の実力アップを見て、おにーちゃんは拳を握り締めて内から湧き出る興奮を抑えきれずにいるみたい。

「すごいな、三人とも。予想以上の仕上がりじゃないか……星の方が案外、指導者としての実力は上なのかもな」

「おにーちゃん、情けない事言わないでよ。それにきっと、昴おにーちゃんだから智花ちゃんも愛莉ちゃんも、ここまで短期間で成長できたんだと思うし」

 私の場合は、単に基礎的な技術を教えただけだから。でも、モチベーションや精神的な弱さを改善できる指導力こそ、指導者に必要なものだと思う。私はやっぱりどこまで行ってもプレイヤーだし、コーチとしての技術や心構えは昴おにーちゃんの方が断然上だよ。

 正直な気持ちを言うと、おにーちゃんは照れた様に私から視線を逸らしてそっぽを向いた。こういうところが葵おねーちゃんを虜にしてるのかな、私も兄ながらちょっと可愛いと思ったり。

 そんな風に兄妹でじゃれ合いながら、練習時間をどんどん消費して、最後の体育館練習が終わる。肩で息をする皆にタオルを配って、もちろん脱水症状予防にドリンクも一緒に手渡す。

「智花ちゃん、お疲れ様」

「ありがとう、星ちゃん……あの、ちょっといい?」

 おや、智花ちゃんにタオルとドリンクを渡すと、ちょっと内緒話みたいに手招きされたから、私も智花ちゃんの口元に耳を寄せる。

「あのね、最後に1on1で勝負して欲しいんだけど、いいかな」

 突然の挑戦にちょっと驚く、だっていきなりそんな事言われるとは思わなかったし。

 なんで突然こんな事を言い出したのかなーと、内心必死に心当たりを探してみる。検索でヒットしたのは、多分初日の練習試合でちょっとだけ対決した事くらいだった。

 うーん、確かにあの時は智花ちゃんのオフェンスを止めたけど、実は悔しかったのかなぁ。だとしたら、結構な負けず嫌いさんだ。

 まぁ私ももうちょっと智花ちゃんと真剣勝負したかったし、この勝負が彼女のやる気を更に上げてくれるなら、断る理由はないよね。

 私は了承の意を伝えると、とりあえず平等な勝負にする為に、ダッシュを繰り返して体力を少し減らしておく。5分くらい続けて、体操服が軽く汗が染みこみ始めるのを文字通り肌で感じて、智花ちゃんの元に戻る。

「それじゃ……やろっか」

「うんっ、よろしくお願いします」

 ボールを持って、二人でゴール前まで移動した後、まずはジャンケン。勝った智花ちゃんがオフェンスを希望したので、私はゴールを背に彼女の攻めに対応できる様に腰を落とす。

「すばるん、あかりんともっかん、何やってんの?」

「1on1だよ、1対1の勝負って言えばわかりやすいかな。真帆も、それから皆もしっかり見ておいた方がいいぞ。多分お金が取れるレベルの攻防が見られるから」

 ゴクリ、と空気に緊迫感が増したと同時に、智花ちゃんが動いた。なんて速い切り込み、そのスピードが彼女の本気を教えてくれる。まずは基本的な右から左へのロールで抜きにくるけど、いくら速くったってそれが通じるって思われてるなら心外だ。

 ゴールへ向かおうとする智花ちゃんの正面に回りこみ、再度通せんぼ。びっくり顔の智花ちゃんから、ついでにボールをスティールして攻守交替。

 ボールを智花ちゃんにパスして、パスが返ってきたら攻撃開始。クイックモーションでシュートを打てば先取点は取れるけど、智花ちゃんはそれを望んでないみたいだし。ドリブル勝負しましょうか。

 速いドリブルからフェイクを入れて、ダックインで芸のないレイアップ。でも基本をないがしろにしちゃったら、その後に続く色々な高度な技も結局中途半端にしかできなくなる。

 パスッとゴールがネットを通り抜ける音を聞きながら、地面に着地。ちらっと智花ちゃんの顔を見ると、闘争心むき出しの顔で私を見てた。やっぱりすごい負けず嫌いだったみたい。

 それから何度か攻守交替して、現在スコアは8-0。智花ちゃん、ジャンプシュート打てばいいのに、全然打たないんだもん。あと速さとドリブルの精度は高いけど、それで同年代の子達なら抜けてただろうから、オフェンスのパターンが少ない。そういう子の相手なら、実は私大得意なんだ。前世でのライバルに同じタイプの子がいたから。

 でもその弱点を克服すれば、きっと智花ちゃんはもっとうまくなる。嬉しいな、同年代にこんなライバル候補がいるんだもん。彼女がバスケを続けていく限り、こんな風に楽しい勝負ができるって事だからね。競技者として、こんなに嬉しい事はないよ。

 レイアップでシュートに向かう私に、さすがに何度も見ればパターンが読めたのか、智花ちゃんがブロックに入る。それを空中でかわして、左手に持っていたボールを右手に持ち替えて、シュート。ダブルクラッチっていう技で久々に使ったけど、なんとかボールはゴールに入ってくれた。

「10-0だし、ここまででいいだろ。試合前に疲れを残しても仕方ないしな」

 頃合だと思っていたところで、おにーちゃんがタイミング良くストップをかけてくれた。

 ハァハァと肩で息をする智花ちゃんに、他の皆も声を掛け辛そうに遠巻きに見てた。きっと他の4人にとっては、智花ちゃんは勝利の女神で、心の拠り所だろうから。バスケに苦手意識とか、試合前に不安を与えちゃったかなってちょっと心配になる。

「はぁ……はぁっ……ここまで、コテンパンにされるとは思ってなかったよ」

 悔しそうに、それでも無理やり笑顔で言う智花ちゃんに、私は肩をすくめた。

「なんで遠くからのシュート打たなかったの? それも攻撃に組み込んだら、ここまで一方的にはならなかったのに」

「この条件でね、今日と同じくらいボロ負けした事があって。同じ小学生の子に勝てないなら、その人には一生敵わないから」

 ふむ、つまり私はその人と戦う前の前哨戦の相手として選ばれた訳か。しかもこの口ぶりから年上かな? となると……私は多分間違ってないであろう、智花ちゃんに最初のボロ負けを経験させたであろうおにーちゃんを、ちょっとだけジト目で睨んだ。あ、目逸らされたし。

「その人に勝ちたいなら、自分の手足を縛って自由を失くす様な戦い方はしちゃダメだと思うよ。ドリブル一辺倒で戦いたいなら、もっと攻撃パターンを増やすべきだし、その為のテクニックも練習していかないと」

「……あはは、本当にそうだね」

「少なくとも、私は智花ちゃんの事をライバルだと思ってるから。できればその人だけじゃなくて、私も智花ちゃんのライバルの中に入れておいてもらえると嬉しいな」

 スッと右手を差し出すと、智花ちゃんは呆気にとられた様な顔で私の顔と右手を交互に何度か見やる。

「でも私、負けたのに……」

「負けたから、今度また挑戦してきてくれるでしょ? そうやって勝負や試合の中でお互いに技術を磨き合う関係に、智花ちゃんとならなれると思うんだけど」

 智花ちゃんの言葉を途中で遮って言うと、心の中で葛藤があったのか、目を瞑ってしばらくしてからそっと私の手を握り返してくれた。

「星ちゃん、今度は負けないから」

「うん、返り討ちにしてあげる」

 にっこり笑ってお互いにそう言うと、遠巻きに見ていた真帆達が私達の周りに集まってくる。

「あかりんももっかんも、すごかった! なぁなぁ、あかりん。最後のあのシュート、どうやったの? なんか手品みたいだった」

「おー。ふたりとも、おつかれさま」

「うまく言えないけど、二人ともとっても上手だったよ! 私もあんな風になれたらなぁ……」

「うちのエースをあんまりヘコませないでね。でもまぁ、目標になるから、二人のこんな勝負は定期的に見せて欲しいけど」

 口々に勝負の感想を言う仲間達に、私は智花ちゃんと顔を見合わせた後で、軽く苦笑いする。なんだかくすぐったくて、それでいて楽しかった。

「よーし、それじゃ今日の練習は終了。お疲れ様でした!」

『お疲れさまでした!!』

 私達……というか、女バスの皆を嬉しそうな表情で見守っていたおにーちゃんがそう締めて、金曜日の練習は終了した。

 智花ちゃんとぐんと仲良くなった事、もちろん真帆達とも仲良くなった事も嬉しかったけど。今日一番嬉しかったのは、帰りの美星おねーちゃんの車の中で、おにーちゃんに頭を撫でてもらって『ありがとうな、おかげで5人のいい刺激になったよ』って褒めてもらえた事だった。

 やっぱり私ってブラコンなのかなぁ……。



[28975] 第9話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/16 07:43
――土曜日。

 いよいよ明日が試合の日。今日は皆で私の家に集まって、最後の調整をするみたいなんだけど、残念ながら私は不参加。

 昨日から携帯にチームメイト(といっても全員先輩だけど)からのメールがわんさか来てて、紅白戦するから絶対に練習に来いとの事だったので、今日はチームの方へ顔を出した。

 もちろん、応援に行くって女バスの皆と約束したので、明日の試合はちゃんと見に行くけど。

 そんなこんなで、先輩達と紅白戦をして充実した時間を過ごした後、ジャージ姿で帰途についた。もう皆手加減しなさすぎなんだもん、2試合もぶっ通しで出場させられたから、もうクタクタだよ。

「あれ? 星?」

 ふらふらと歩いていると、すれ違った人から突然名前を呼ばれて振り返ると、そこには久々に会う葵おねーちゃんがいた。

「ひさしぶり、葵おねーちゃん」

「ホントにね。元気してた?」

 相変わらずキレイな髪を、トレードマークのポニーテールにした葵おねーちゃんは、にこにこと笑いながらそう問いかけてきた。

 せっかくなのでちょっとお茶でも飲みましょうかと、近くの喫茶店に二人して入る。葵おねーちゃんが受験で忙しくなる前に会ったのが最後だったから、かれこれ半年くらいは会ってなかったので、近況報告から会話が始まる。

「それにしても、相変わらず兄貴ゆずりのバスケ馬鹿してるみたいね」

「葵おねーちゃんにだけは言われたくないなぁ、おにーちゃんを追いかけてバスケットずっとしてるくせに」

「なぁっ……私は別に、す、昴を追いかけてた訳じゃ」

 真っ赤になって否定するけど、その態度じゃバレバレなんだってば。ニヤニヤしながら葵おねーちゃんを見てると、ぱしんと軽く頭をはたかれた。そんなに照れなくてもいいのに。

「それで、葵おねーちゃんの方はどうなの? 七芝の女バスに入ったんでしょ?」

 何度か葵おねーちゃんの試合を見に行かせてもらったけど、正直慣れないセンターをやってたせいで実力が発揮できていなかった。そのせいで中学時代、負けっぱなしだったっておにーちゃんから聞いている。

 でも七芝なら結構実力あるし、センターをずっとやってた生粋の人もいるだろうから、おねーちゃんも本来のポジションに戻れるだろうしね。

 だけど返ってきたのは、意外な言葉だった。

「……高校の部活には、入ってないのよ」

「えっ、なんで? バスケ辞めちゃうの?」

「バスケ自体は辞めないけど、部活で選手としてプレイするのは辞めようかなって」

 そんなのもったいない、と抗議した私に、葵おねーちゃんは首をふるふると横に振った。

「星は七芝の男バスの事件の事、聞いてる?」

「うん。一時期、私おにーちゃんから無視されてたし」

「ヒドイ兄貴ね……まぁ、アイツなりに星を傷つけない様に遠ざけたんだろうけど」

 それはともかく、と葵おねーちゃんは仕切りなおす様に、カフェオレをこくりと一口飲んだ。私も少しだけぬるくなったホットミルクをこくこくと飲んで、少し間を置く。

「1年間の休部の処分になって、昴の高校でのバスケは前途多難になっちゃって。でもきっと立ち直って来年に『部を立て直す』って昴が言ってくれるって信じてるから。その時に、私は自分がプレイヤーとしてじゃなくて、マネージャーとして昴を手伝ってあげたいの」

「ふぅん……それはそれは、献身的な事で」

「だって、落ち込んでる昴を見てると、なんとかしてあげたいって思っちゃうんだもん」

 まるで告白みたいな想いのこもった台詞を聞いて、こっちが恥ずかしくなっちゃって、思わずからかう様な言葉を呟く。すると葵おねーちゃんは顔を真っ赤にしながら、少しだけ俯いて本音を零した。

「そ、それで! 家での昴ってどう? まだ落ち込んでる感じ?」

「んー、完全に立ち直ったとは言い難いけど、元気にはしてるよ」

 女バスのコーチを引き受け直した後くらいからは、ほぼ元通りの昴おにーちゃんに戻ってるけど、これって葵おねーちゃんに言っちゃってもいいんだろうか。

「ん? 何か心配事でもあるの?」

 私の表情から何かを読み取ったのか、葵おねーちゃんが心配そうな表情で尋ねてくる。うーん、別に口止めされてる訳じゃないから、言ってもいっか。

 そんな訳でおにーちゃんがうちの学校の女バスのコーチをしてる事を話し始めると、だんだん葵おねーちゃんの顔が強張ってきた。そこからだんだん怒りの表情になっていき、話し終える頃には、その顔は修羅の様な憤怒の表情に変わっていた。

「くっ……ぁんのお人善しがぁっ!」

「ちょ、葵おねーちゃん!?」

「行くわよ、星。アンタん家に、バカ昴をとっちめてやんなきゃ!」

「わっ、イタイイタイ! 腕引っ張らないでってば!!」

 葵おねーちゃんにズルズルと引き摺られる様にレジまで連れて行かれて会計を済ませた後、まるでおまわりさんに連行される犯人さんの様に、我が家への道のりを歩かされた。

 やっぱり黙ってた方がよかったのかなぁ……。









「おじゃましますっ!」

「あらあら、葵ちゃん、おひさしぶり」

 七夕さんが葵ちゃんに声を掛けるけど、葵ちゃんの耳には届かなかったのか、猪の様に猛進しておにーちゃんの部屋へまっしぐらだった。

 もちろん私の手も離さないままだったので、ぐいぐい引っ張られながらも、とりあえず七夕さんに『気にしないで』とアイコンタクトを送る。

 『いつまで経っても姉妹みたいに仲良しねぇ』なんて暢気な声が階下から聞こえてくるけど、そんな平和な状況じゃないですから。むしろ血走った葵おねーちゃんの目を見たら、これから始まる修羅場を想像して悪寒すらしてくる。

 とりあえず女バスの皆が帰った後でよかった、いたら巻き添えくらっちゃうかもしれないしね。

 なんて思ってると、バァンとおにーちゃんの部屋のドアが開け放たれ、中でテレビを見ていたおにーちゃんは驚き顔でこっちを見ていた。

「あ、葵? なんだ、どうした?」

「なんだ? じゃなーい! アンタ、一体何考えてんの!?」

「むしろお前が何言ってるんだよ、少し落ち着け!」

 うんうん、昴おにーちゃんの言葉に全面同意。葵おねーちゃんには、少し落ち着いて欲しい。まぁ、この暴走のきっかけを作ったのは私なんだけどさ。

「星に全部聞いたわよ。アンタ、慧心の女バスのコーチやってるんだって?」

 その言葉を聞いて、おにーちゃんは私に視線を向けた。必死に取り繕ってるけど、焦ってるのがとてもよくわかる表情。おそらく視線の意味は『何故喋った?』だろう。だから私も一応の『ごめんなさい』と言い訳の『口止めされてなかったし』とアイコンタクトを返す。

「ホントに何考えてるの! 水崎先輩がやらかした事、アンタが一番よく知ってるでしょうに」

「……ああ、知ってるよ」

「だったら、なんで危ない橋を渡ろうとするのよ。あの日、私に言った事。高校に入ったら、今度こそ全国に行くって言ってたじゃない。あれって嘘だったの?」

 真剣な表情で問い詰める葵おねーちゃんに、おにーちゃんは深いため息をひとつついて。観念したかの様に『話すから』と告げた後、葵おねーちゃんに座る様に言った。

 素直に腰を下ろす葵おねーちゃんに引っ張られて、私もぺたんと床に腰を下ろす。いい加減離してくれないかなと、ずっと繋がれている手を見ると、その手がふるふると小さく震えている事に気付いた。

 実は葵おねーちゃん、おにーちゃんに対してだけは気弱なんだもんね。きっとこうやって怒鳴り込むのにも、すごく勇気が必要だったはず。だからずっと私の手を握ったままだったんだ、と納得して、とりあえず優しく握り返してあげた。

「きっかけはミホ姉に言われて、最初は断ったんだよ。で、根負けして1週間の約束でコーチするつもりだった。でも、女バスの5人に会って、あの子達の居場所を守ってやりたいと思った。明日の試合で負けたら、女バスは廃部になるから。せっかくバスケに出会って、うまくなりたいって思ってる子達の邪魔をする権利は、誰にもないと思うから」

 葵おねーちゃんの目をまっすぐ見つめて、昴おにーちゃんは言った。あんまりにもじーっと見つめるものだから、だんだんと葵おねーちゃんの頬に朱がさしてくる。耐えられなくなったのか、ふいっと葵おねーちゃんが目を逸らして、床へと視線を向ける。

「男子バスケ部が別にあってね、練習時間が少ないからこっちに譲れって女バスに言ってきて。断ったら男バスが女バスを廃部にしようとしてきたの。それで美星おねーちゃんが怒って、今回の試合の流れになったって訳」

 少し情報が不足してたので、私がこっそり補足する。

「あの子達のコーチは、明日で終わりにするつもりだ。でもあの子達のおかげで、俺もやるべき事が見えてきた気がする。来年、七芝の男子バスケ部を復活させて、今度こそ全国へ行く。その為の準備をこの1年でする予定だ」

 だから、明日までは好きにやらせてくれ。そう真摯に頭を下げた昴おにーちゃんは、妹の私から見てもちょっとカッコ良かった。あーあ、葵おねーちゃんの顔が真っ赤になってる。惚れ直すっていうのは、今の葵おねーちゃんの為にある様な言葉だなぁってしみじみ思う。

「私は、昴がちゃんと自分の目標を忘れないでいてくれたら、それでいいよ。昴はいつも自分の事をないがしろにして、他人のために何かをしようとするから。それが心配だっただけだから」

「葵……ありがとうな」

「あと、昴のその目標達成に、私も手伝わせてもらうからね。一成と一緒に、バスケ同好会作ろうって話もしてるし。二年になったらマネージャーもやるからね」

「いいのか、葵? お前だったら、七芝の女バスでも充分レギュラーになれる実力があるだろうに」

「私がいいって言ってるんだから、いいの!」

 普通ここまで女の子が言ってくれたら、『こいつ俺に気があるんじゃね?』って思うんだろうけど、多分昴おにーちゃんは全くそんな考えには至ってないと思う。

 だって葵っていい奴だなとか、いい幼馴染を持ったとか、そういう事を考えてそうな表情をしてるもん。顔を赤くして恋する乙女の表情をしてる葵おねーちゃんとの対比が、逆に悲しくなってくる。

 とりあえず、葵おねーちゃんに話しちゃってどうなることかと思ったけど、なんとか丸くおさまったし。これでよかったのかな。



[28975] 第10話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/11 17:16
 そんなこんなで、いよいよ試合の日を迎えた訳ですが。なんか体育館の二階部分くらいの高さに作られている観覧スペースに、すごいギャラリーがいるんだけど。

 うちの学校の生徒はみんな行儀良い子なので、校則にある通り、日曜日なのに制服を着てわざわざ見に来てくれてる。というか、誰が宣伝したんだろう。

 これだけ人がたくさんいるなら、葵おねーちゃんが来るのを許可してあげてもよかったかな。昨日『昴が鍛えた子達の試合、見たい』とダダをこねて、私とおにーちゃんの二人に却下されて、肩を落として帰っていった。

 夜道を一人帰らせる訳にはいかなかったので、おにーちゃんに送っていってあげて、とお願いしたらしぶしぶ葵おねーちゃんを送っていってくれたけど。やっぱり効くなぁ、上目遣いでのおねだり攻撃。おにーちゃんはちょっとマザコンのケもあるので、七夕さんそっくりな私のお願い事にも弱いみたい。まぁ、悪用はしないけどね。

 それはさておき、女バスの皆とおにーちゃんは、最後の作戦会議をしているのでここにはいない。パイプ椅子が並べられて、とりあえず作られている女バスチームのベンチには、私と美星おねーちゃんだけが残っていた。

「あのさぁ、星……ちょっと聞いていい?」

「ん? なぁに、美星おねーちゃん」

「なんでアンタ、体操服なんか着てんの? 今回の試合、ルールで交代なしって決まってるから、星の出番はないんだけど」

 呆れた様な口調で言う美星おねーちゃんだけど、私がこんな格好をしているのにも理由があったりする。

「主に竹中くん用のプレッシャー攻撃の為に着てるんだけどね。もしかしたらコイツも試合に出るのか、って思わせるのが効果的なんだって」

「ほほぅ、つまりは昴の案か。小賢しい真似を考えるなぁ、小癪な奴」

「一体どっちの味方なのよ、美星おねーちゃん……」

 相変わらず仲良しな叔母と兄に、私は小さくため息をつく。相手チームのベンチにちらりと目を向けると、そこには余裕綽々のカマキリがいた。

 どこにでもいるんだよね、ああいうイヤミな先生って。私の高校時代の科学の先生でものすごく嫌な先生がいたんだけど、どことなくそいつに雰囲気が似てるから、皆と同じ様に私もカマキリが好きじゃない。

「ところで、正直なところ……あの子達、勝てると思う?」

 さっきまでのふざけた叔母の仮面をはがして、教師として真摯な表情で美星おねーちゃんが尋ねてきた。

「そりゃ楽勝って訳にはいかないけど、ちゃんと皆が自分の力を最大限に発揮してくれたら、勝てる見込みはかなりあると思うよ。その為に、おにーちゃんも私も頑張ったんだし」

「ただ勝てばいいって言うだけなら、星に出てもらえばいいだけだからなぁ。子供の成長を踏まえて、その上で勝つってのは難しいもんだね」

「でもそんな教師って仕事が好きでしょうがないくせに。おかーさんも言ってたよ、美星ちゃんは大変だけど、その分先生の仕事が大好きなんだって」

 私がそう言うと、美星おねーちゃんは照れた様にそっぽを向きながら『うるせー』って呟いた。ホント、照れ屋さんなんだから。

 そんな風に美星おねーちゃんと雑談などをしてると、おにーちゃんと智花ちゃん達5人がコートに戻ってきた。さぁ、いよいよ運命の試合開始だ。

 っとその前に、真帆が手招きしてる。なんだろうと近付くと、右手を真帆に、そして左手を紗季に握られた。そして他のみんなで手を繋ぎ合って、円陣を組む。

「あかりんも、もうあたしらのチームの一員なんだからさ」

「そうそう、あれだけシュート練習にも付き合ってもらったんだもの。円陣にも参加してもらわなきゃ」

 真帆と紗季がそう言うと、他の三人もこくこくと頷いている。特別な事は何もしてないつもりだけど、こうして仲間として大事に思ってもらえるのはすごく嬉しい。

 だから笑顔でこくりと頷いて、左右の二人の手をぎゅっと握った。

「おっし、勝とう!」

「それで明日から全部元通り!」

「長谷川さんと星ちゃんが教えてくれた事全部、頑張ってみる!」

「おー、ひなもがんばる!」

「うんっ! 勝とう、みんなで!」

 真帆から順番に紗季、愛莉ちゃん、ひなたちゃん、智花ちゃんと思い思いに気合を入れて、最後に皆の視線が私に集まる。えっと、私も言うの?

「教えた事全部出したら、皆なら絶対勝てるから。さぁ、男子バスケ部を皆で驚かせよう!」

「「「「「おーっ!」」」」」

 皆で気合の声をあげて、5人はコートの方へ走っていく。私はベンチに戻って、おにーちゃんの隣によいしょっと腰を掛けた。

 審判さんがボールを持って、センターサークルにジャンパーの二人が入る。女バスのジャンパーは智花ちゃんだ。それを見て、あからさまに相手のジャンパーの子がホッとした表情を浮かべる。わかってないなぁ、智花ちゃんのジャンプ力を。

 垂直にボールが投げられると、ふわりと智花ちゃんが高くジャンプした。相手の子が慌ててるけど、今更だよね。

 智花ちゃんが弾いたボールを、真帆がうまく拾って、そのまますぐに智花ちゃんに返す。そして鋭いドリブルで相手陣営まで切り込むと、スリーポイントライン手前でふわりと高いパスを出した。

「おにーちゃん、愛莉ちゃんの説得、うまくできたんだ」

「ああ、見てろよ。愛莉がカマキリ達の度肝を抜くぞ」

 一見誰も取れなさそうな高いパスだけど、ただ一人そのパスに対応できる人がいる。そう、さっきの会話にも出てきた愛莉ちゃんだ。

 愛莉ちゃんはゆるやかなパスをしっかり両手で取ると、そのままゴールにボールを軽く投げた。もちろん、ボールはゴールに吸い込まれる様にして、ネットを揺らす。

 多分この会場で私とおにーちゃん以外は誰も思ってなかった、女バスの先制ゴールだった。男バスベンチでガタリとカマキリが立ち上がる様子が見える、ざまあみろだ。

 そして男バスの攻撃に移り、皆は指定されたポジションでディフェンスにつく。そのフォーメーションに、再びカマキリは驚きの表情を浮かべた。

 ゴールの少し前でひなたちゃんを頂点にした三角形を真帆と紗季で作り、ひなたちゃんの3mくらい前に愛莉ちゃんが立つ。そしてすぐさま智花ちゃんが、相手のエースである竹中くんのマークにつく。

 ゾーンディフェンスもどきだけど、この配置には理由がある。智花ちゃんが相手のボールをスティールした後、愛莉ちゃんがすぐさまゴール下へ移動できる様にする為のポジショニングなのだ。

 鮮やかなスティールが決まり、愛莉ちゃんが再び男バスのゴールネットを揺らす。これで4-0、順調な滑り出しだ。

 同じパターンでもう1回愛莉ちゃんが得点を決めて、6-0。その様子を見ていた美星おねーちゃんが、愛莉ちゃんのいい意味での変調についておにーちゃんを問いただしてるけど、私は知っている話なので、試合の方に集中する。

 竹中くんから、男バスのチームメイトにパスが渡って、真帆に向かって切り込んでいく。意外な事に、真帆のディフェンスのポーズがしっかりと基本通りになっている事に、私も今更気付いた。ひなたちゃんと一緒に練習する事が多かったから、それを見て覚えたのかもしれないけど。

 こういうのなんて言うんだっけ? えーと、あそうそう。『門前の小僧習わぬ経を読む』だっけ。

 これには相手も驚いたのか、両手を上げて立ちふさがる真帆の前でそのスピードを緩める。明らかにお留守になったドリブルに、真帆が天性の勘で手を出して、ボールを弾いた。

「もっかん、お願い!」

 弾かれたボールがうまく智花ちゃんの方に転がり、それを拾って切り込んだ後で愛莉ちゃんにパス、そして愛莉ちゃんがゴールを決める。8-0、数字だけ見れば、一方的な試合だった。

「ふぅん、じゃあ愛莉はスモールフォワードの仕事をしてるつもりが、実際はセンターの役目を果たしてるってこと?」

「……その通りだ」

「なぁんだ、じゃあ嘘がバレたらそれまでか。愛莉が本当に前向きになれた訳じゃないんだ……」

 おにーちゃんの説明が終わったのか、ため息まじりに美星おねーちゃんが呟く。そんなに落胆しなくてもいいんじゃないかな、多分愛莉ちゃんがバスケを続けてくれれば、きっと本当に前向きになれる可能性だってあるんだし。

 むしろ愛莉ちゃんの純粋さと、おにーちゃんの苦肉の策に私は拍手を贈りたいよ。たった1週間じゃ、愛莉ちゃんのコンプレックスの原因を探して、それを解消するなんてまず不可能だもんね。

 っと、ここでビーってブザーが鳴って、男バス側がタイムアウトを取る。ここまではおにーちゃんの計算どおりだ。それにこっちに失点がないっていうのも、嬉しい誤算だし。

 ベンチに戻ってきた皆にタオルを渡しながら、おにーちゃんと目を合わせてほくそ笑む。お互いにタイムアウトは前半と後半に1度ずつしか取れないルールなのだ。

 この後で引っ掻き回されても、もう建て直しのためのタイムアウトはとれない。この展開は、私達に有利だ。

 おにーちゃんが皆を褒めて、落ち着く様に指示を出す。さっき作戦は伝えているみたいで、皆もその指示を理解してこくりと頷いていた。

 再びブザーが鳴って、試合再開を知らせる。皆が立ち上がってコートに戻る背中に、頑張れって声を掛ける。正直、選手として自分がコートに立ってる方がずっと楽だって思う。

 世の中の監督さんやマネージャーさんは、いつもこんな想いをしてるんだろうか。だったら尊敬する、やっぱり私は骨の髄までプレイヤー気質なんだなぁとしみじみ感じた。



[28975] 第11話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/12 19:03

 タイムアウト明け、早速特訓の効果が出た。

 愛莉ちゃんと智花ちゃんに二人がかり(ダブルチーム)を仕掛けてきた男バス、残りの一人は紗季にマークでついている。

 智花ちゃんはうまく二人のマーカーの隙間を抜いて、真帆にパスを出した。真帆のいる場所は、散々練習したゴールから3mの定位置。

「待ちわびたぁっ!」

 しっかりとそのパスを受け取った真帆は、練習どおりのフォームでシュート。うん、本番だけど緊張なんかはしてないみたい。

 シュパッとリングの真ん中を射抜いた真帆のシュートに、観客からどよめきが起こる。それくらいお手本みたいなシュートだったんだけど、どうやら男バスにも警戒心を与えられたみたい。

「マークは三沢だ! あのシュート、まぐれじゃない!」

 ベンチからカマキリの指示が飛ぶ。でも、女バスのシューターはもう一人いる。智花ちゃんがうまく男バスからボールをスティールすると、今度は紗季にパスを出した。

「紗季!」

「はいはいっと」

 先ほど真帆がシュートを打った場所の反対側でパスを受け取った紗季は、教えた通りのシュートをしっかりとリングに沈めた。これで12-0、出来すぎなくらいうまくゲームを運んでいる。

 でも、ひとつ懸念事項がある。それは、皆の体力が試合終了まで持つかどうか、というところ。智花ちゃんを除いて、他の4人は皆初心者だもん。いくら時間を短くした特別ルールだからといっても、これだけ動き回ってたらきっとスタミナはどんどん無くなっていくと思う。

 男バスも気を引き締めたのか、竹中くんがうまくパスを回して得点を決める。女バスも負けじと三人のオフェンスの軸をうまく使って、得点を重ねる。

 まるでターン制のゲームでも見ているかの様な状況で、それぞれが攻撃の際に得点し、現在スコアは20-8。皆の呼吸が荒くなってきた頃、ようやくビー、と前半終了を知らせるブザーが鳴った。

「はぁっ、はぁっ……」

「……おー。あいり、だいじょうぶ?」

 5人の中で一番呼吸の荒い愛莉ちゃんに、ひなたちゃんが酸素スプレーを渡しながら声を掛ける。愛莉ちゃんはスプレーを口に当てながら、こくんと頷いた。どうやら喋るのも辛いくらい、疲れてるみたい。

 そんな愛莉ちゃんに比べてひなたちゃんは元気だ。それもそのはず、ひなたちゃんには後半まで体力を温存する様に、おにーちゃんから指令が出ているから。

 でもこの作戦を相手に悟られない様に、ひなたちゃんにも攻撃には参加してもらってた。ただセンターサークルまでのんびり走ってもらってたので、ひなたちゃんもそんなには疲れなかったんだと思う。元々ひなたちゃんは少し走るスピードが遅いので、相手も気にしなかったんだろうけど。

 ハーフタイム終了のブザーが鳴り、後半戦が始まる。疲れた身体にムチ打ってコートに出る皆に、あと少しだけ頑張れとエールを送る。

 前半と同じ様にジャンプボールで競り勝った智花ちゃんが、男バスのマークを掻い潜りながら愛莉ちゃんにパスを出す。さっき少しだけ休んだのが効いたのか、愛莉ちゃんは足をもつれさせながらも、なんとかボールをキャッチ。危なっかしくもボールをゴールに沈めた。22-8、このゴールは大きい。

 竹中くんが女バスコートに切り込んで、うまく味方にパスを出して、その子がシュートを沈める。22-10、ハイタッチをした後、軽く二、三言交わしてディフェンスに戻っていく。

 多分、愛莉ちゃんのダブルチームを解除するつもりなんだろうなぁ。だって、見てるだけでもフラフラで、体力の限界なのはここから見ても明らかだし。

 智花ちゃんがうまくマークをかわしてパスを出すけど、真帆と紗季の両方にマークがつけば、ドリブルもできない二人にはパスを受ける方法がなくなる。ことごとくパスをカットされて、男バスが4連続得点。22-18にまで追いつかれていた。

 たまらずここで、おにーちゃんがタイムアウト。まず愛莉ちゃんに、敵のシュートがゴールから外れた時に、近くにボールがきたら拾う様に指示する。真帆と紗季は現状維持、パスを貰ったらシュートを打ってゴールを狙う事、智花ちゃんには少し時間稼ぎをする様に指示を出した。

 そして最後にひなたちゃん、最終兵器のしりもちはまだ温存だけど、私と散々練習したディフェンスをついにお披露目する事になった。

「おー。あかり、がんばるからちゃんとみててね」

「うん、見てるよ。頑張れ、ひなたちゃん!」

 ひなたちゃんだけじゃない、皆あと少し頑張れ。もっとちゃんと励ましてあげれたらいいのに、と自分の語彙力に情けなくなる。

 試合再開し、竹中くんが再び女バスコートに切り込むけど、これまでと違ってそこに立ちはだかる小さな影がひとつ。ひなたちゃんがちゃんと腰を落として、小さな掌を広げて通せんぼする。

「ひ、ひなたっ?」

 竹中くんはそのひなたちゃんの堂に入ったディフェンス姿に、怯んだ様にドリブルしながら後ずさる。そこを見逃さず、普段のひなたちゃんののんびりさとは打って変わったすばやさで手が伸び、ボールを弾く。

「おー、ともかー」

 素早くボールを拾ったひなたちゃんが、練習したチェストパスで智花ちゃんにボールをパス。普通の人からすればちょっとだけ早いパスだけど、今のひなたちゃんにとっては最高速だ。それを受け取った智花ちゃんは、ドリブルで再度男バスコートに切り込む。

「くそっ!」

 真帆のマークについていた男バス部員が、智花ちゃんを止めようとマークに加わろうとしたところに、智花ちゃんの鋭いパスが真帆へと繋がり、真帆がシュート。ガン、とリングに一度嫌われかけたボールが、なんとかネットを揺らしてくれる。

 24-18。また再び点差が広まり、男バスの攻撃から試合が再開。ひなたちゃんは懸命に教えてもらった事を発揮して2回ボールをカットしたけど、さすがに高めのパスを出されてしまうとひなたちゃんの身長じゃジャンプしても届かず得点を許してしまう。

 それでも本来であればそのまま得点されていた攻撃を防いだのだから、私としては花丸をあげたい。そんなひなたちゃんも、息が上がってそろそろ体力的に限界がきてそう。

 26-22。そろそろ頃合じゃないかと、おにーちゃんに視線を向けると、こくりと頷いてくれた。液晶時計は残り時間3分と少し、ちょうどいいタイミングだった。

「智花!」

 おにーちゃんが叫ぶと、智花ちゃんにちょうどパスが渡る。そのボールは、フラフラになりながらもリバウンドをもぎ取った愛莉ちゃんからのパスだった。

 まるで待ちきれなかったとばかりに、これまでとは比べ物にならない程のスピードとキレで、男子コートを攻める智花ちゃん。まさに電光石火の攻撃で、ボールをゴールに沈める。

 その動きに、観客から歓声が上がる。動揺が広がる男バスの子が竹中くんにゆるいパスを出したところを、智花ちゃんが狙い済ましてスティール。そのままドリブルで攻め込み、スリーポイントライン間際でシュート。これ以上ないくらいキレイな放物線を描いて、ボールはリングを通り抜けた。

 これで30-22。8点差だけど、まだまだ油断ならない。何故なら、智花ちゃんを攻撃に集中させるという事は、さっきまで智花ちゃんがマークしていた相手のエースの竹中くんがフリーになるのだから。

「ひなたちゃん!」

 おにーちゃんが、ついに解禁の指示を出した。その言葉に頷いて、ドリブルで攻めてくる竹中くんの前にひなたちゃんが立ちふさがる。ただし、先ほどとは違ってほぼ腰も落とさず、手だけを上げて通せんぼをする様な格好で。

 どうやらそれがひなたちゃんの体力の限界の表れだと考えた竹中くんは、そのままひなたちゃんの横をドリブルで通り抜けようとした。ちょうど通り過ぎようとした瞬間、ひなたちゃんの身体がぐらつき、すてんと尻餅をつく。

 突然の行動に、竹中くんはドリブルしながら足を止めた。その瞬間、審判からピーと笛の音が発せられる。チャージングの反則、思わず右手をグッと握ってガッツポーズを取る。

 ひなたちゃんは真帆に助け起こされながら、満足気な笑顔を浮かべている。ファウルトラップなんて、本当に成功するのか怪しかったけど、ちゃんとうまくいってよかった。

「あれ? ぶつかってなかったよね、今の」

「はは……ひなたちゃんの『無垢なる魔性』をつかわせてもらったんだ」

 疑問の声をあげる美星おねーちゃんに、おにーちゃんが説明する。でも、どうやらこのトラップは1回しか使えないみたいだ。何故なら、竹中くんが気合を入れ直す様に、パンパンと自分の頬を叩いていたから。結構強く叩いたのか、ここから見てもわかるくらいホッペが赤くなってる。

 ここからの試合展開は、両エースの得点の奪い合いだった。でも竹中くんよりも智花ちゃんの方が、より難易度の高い事をしてる。だって、男バスの5人はまだ体力を残してるからマークも厳しいけど、女バスは智花ちゃん以外は体力の限界だし、うまくディフェンスもできない。どちらがより抜きやすいかは一目瞭然だもん。

 点差を縮まらせない怒涛の攻めで、38-30のスコアでここまでやってきた。でも、残り35秒の大事なところでついに智花ちゃんのスタミナも切れてしまう。

「あっ……」

「おし、あと8点くらいすぐに追いつける! 行くぜ!!」

 これまで竹中くんを圧倒していた智花ちゃんのドリブルから、竹中くんがボールをスティールして、女バスコートに攻め込む。そのままレイアップで得点を決めて38-32。

 愛莉ちゃんがパスを出し、ひなたちゃんを経由して智花ちゃんへとボールが向かうけど、それを途中でパスカットされて、またも得点。38-34。

 残り15秒、同じパターンでボールを奪われ、38-36。私はもう神様に祈る様な気分だった。早く時間が過ぎて欲しい、負けないで欲しい。ただそれだけを願ってた。

 愛莉ちゃんからひなたちゃん、紗季へとボールが繋がって、紗季が渾身の力で智花ちゃんにパスをする。智花ちゃんも自分からボールを迎えるために近付いていたんだけど、竹中くんがそれをカットして、女バスゴールへと攻め込む。いや、攻め込もうとしたその時だった。

「行かせるか、ナツヒッ!!」

 残された最後の力で、真帆が死角から竹中くんのボールを思いっきり弾いた。そのボールは、女バスの皆の意思をのせて、智花ちゃんの方へと転がっていく。

「行けー、もっかん! 最後にトドメ刺してやれ!!」

 真帆の声に、智花ちゃんはボールを拾いながら頷いて、ドリブルで男バスコートへと最後の攻撃をしかける。

 残り5秒、時計をチラリと見た智花ちゃんは、3ポイントラインより1mくらいのところで急停止、練習初日に見せてくれたみたいなキレイなフォームで、ジャンプシュートを放った。

 キレイな放物線を描いて、ボールはゴールへと向かう。そして試合終了のブザーが鳴ると同時に、智花ちゃんが放ったシュートは、リングの中央をスパッと通り抜けた。

「やった……勝った!」

「ああ、皆本当によく頑張った!」

 私が歓声を上げると、おにーちゃんが右手で私の頭を撫でながら、嬉しそうに言った。

 そしてコートでは、最後のシュートを決めた智花ちゃんを中心に、5人で抱き合いながら勝利への喜びを全身で現している。

 40-36。最後はとても危なっかしい試合だったけど、慧心学園女子バスケ部は男子バスケ部を下して、この日その存続がはっきりとした形で証明されたのでした。よかったよかった。




[28975] 第12話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:ef09836c
Date: 2011/12/16 00:09
 あの男子バスケ部との試合の後、私の家で祝勝会と称した小さなパーティを催して、そこでおにーちゃんは葵おねーちゃんに宣言した通りにコーチを辞めた。

 もちろん、真帆や智花達全員が慰留を求めたけど、おにーちゃんは首を縦には振らなかった。本心では続けたいって思ってるくせにね、ヘタレというかなんというか。

 どうせ『俺なんかよりもちゃんとしたコーチに教わった方が』みたいな事を思ってるんだよね、桐原中学で後輩達を指導してチームの実力を底上げできた人が何を言ってるんだか。

 本当は続けてみたいって気持ちもあるのは、傍から見ててすぐわかる。なのでこっそり、智花ちゃんに耳打ちした。

「コーチ復帰を賭けて、バスケで勝負したらどう?」

「ふぇっ!? 私なんかがやるより、あかりちゃんが勝負した方が勝てるんじゃ……」

「私が勝ったところで、おにーちゃんはコーチには戻らないよ。でも、智花ちゃんは違う。最初のコーチ期間終了の時に、もう一度おにーちゃんをコーチに戻したのは、紛れもなく智花ちゃんの力だよ。多分、智花ちゃんはおにーちゃんにとって特別な存在なんだと思う」

「ふぁあうっ、わ、わた……私が、昴さんにとって特別!?」

 顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる智花ちゃんを見ながら、ちょっと焚きつけ過ぎたかなぁと反省。でも、嘘は何一つ言ってないから、よしとしておこう。

 まぁ焚きつけた側の責任として、おにーちゃんが復帰するまで、私が基礎的なところを教えてあげる事になった。ひなたちゃんも紗季も真帆も、もっと上手くなりたいって言ってたしね。

 愛莉ちゃんに教えるのは初めてだけど、さっきもスモールフォワードの話が嘘っぱちだった事で泣いてたし、センターの動きを教えるのはおにーちゃんに丸投げしちゃうか。

 まずは4人とも基礎から始めないと、変な癖がついちゃっても困るからね。智花ちゃんだったら早めにおにーちゃんを連れ戻してくれると思うし、それまでの期間みっちり基礎を固めましょうか。








「はーい、じゃあ次はV字ドリブルいくよ! 高い位置からだんだんと低い位置へ手を下げて行くけど、顔はしっかり前を向いて下げない事!!」

 そんなこんなで早1週間、真帆達には前回の試合を例に出して、どれだけドリブルが大事かという事をしっかり説いてみっちりドリブル練習をさせていた。

 ドリブルの練習のいいところは、メニューのバリエーションが豊富なところと、体幹を鍛えたり筋トレも一緒にできてしまうところだと思う。

 初日はとりあえずドリブルに慣れてもらおうと、基本姿勢を覚えてもらうのと、同じ場所でドリブルが出来るように床の同じ場所になるべくボールが当たる様に練習してもらってた。

 バスケットの技術っていうのは、基本的には反復練習をして覚えてもらうものだから、すぐにうまくなれるというものじゃない。だから1日10分でもいいから、同じ練習をしてねと釘を刺して、ひとつひとつの技術をまずは知ってもらった。

 今日で練習を始めてから4回目の部活だけど、だんだん様にはなってきてる。ただどうしてもボールに目がいっちゃうんだよね、そこはとりあえず見つけたら即注意してドリブルの時はボールは見ない事を習慣付けてたり。

 さっき指示を出したV字ドリブルは、両手でボールを交互に叩くドリブルで、ちょっと難易度が高い。でも、みんななんとか着いて来てくれてるし、この調子なら早めにシュート練習に移行できるかも。

 ただし、練習は集中して行うのが大事。なので、結構こまめに休憩は取る様にしてるんだけど、そんな折に突然紗季にこんな質問をされた。

「ねぇ、星? もうすぐ球技大会だけど、星はやっぱりバスケに出るの?」

「ううん、私はテニスに立候補したから」

 体育の授業もそうだけど、球技大会で基礎も出来てないクラスメイト達とするバスケなんて、正直なところ楽しくもなんともない。特に目立ちたい訳でもないし、学校ではバスケに関してはできる限り手を抜いて生活してる。なので今回も違う競技にエントリーしたという訳。

 それを説明すると、真帆がうがーっと噛み付いてきた。

「じゃあ、あかりんは私達とやるバスケも楽しくないと思ってるのか!?」

 この子はどういう解釈をしたんだろうと、思わず小首を傾げてしまう。まぁ、新しい技術を覚えるともう一人前だと勘違いする輩が多い昨今、自分が素人だと認識してる辺りとても好感が持てるけど。

「違うってば、真帆達みたいに本気でバスケに取り組んでる子と一緒にバスケするのは楽しいよ。でも、体育も球技大会もバスケの時間はほぼ一瞬でしょ、遊び半分で参加してる子も少なくないし。そういう子達の事を言ったの」

「そ、そっか……紛らわしい言い方するなよな、あかりん!」

「おー。まほ、まっかっか」

 ひなたちゃんに指摘されて、真帆の顔が更に赤くなる。私の言葉を勘違いしたのが恥ずかしかったのか、もしくは私が真帆達を他の子達とは違うっていう事を認めたのが嬉しかったのか、その辺りはよくわからないけど。

「ま、私達は想像通りバスケにエントリーしたのよ。でも負けたくない相手がいてね。D組にこの間試合した男子バスケ部が5人いるんだけど、去年からライバル同士なの」

「来年は中等部に進学だし、リベンジの機会は今年しかねーわけだよ。あかりん、何か作戦ない?」

 そう言われてもなぁ、と私は内心でため息をつく。基本的に私は、おにーちゃんみたいに奇策を思いつく人間じゃないので、練習をコツコツ積み重ねるくらいしか考えられないんだよね。この辺りが凡人なんだろうなぁ、とちょっぴり暗い気持ちになってみたり。

 でもいいんだ、神様から努力できる才能はもらってるみたいだから、どんなに覚えが悪くてもちゃんと覚えるまで練習できる根気は誰にも負けないもん。

 でもせっかく頼ってくれてるので、凡人の私がふと思いつくアイデアを口に出してみる事にした。

「そういえば、竹中くんって真帆達と同じクラスじゃなかった? 智花ちゃんと竹中君がいれば、D組にも勝てるんじゃないかな?」

「それがナツヒの奴、サッカーにエントリーしちゃったんだよ。訳を聞いても教えてくれないしさー」

「多分、試合の負けをまだ引き摺ってるんでしょ。ほっとけばいつも通りに戻るわよ」

 真帆と紗季が口々に状況を教えてくれる。まだエントリーできる競技は変更できるし、『竹中くんにもう1回声を掛けてみたらいいんじゃない』って軽い気持ちで提案してみたんだけど。

 あの時に戻れるなら、その提案は悪手なんだよと過去の私に教えてあげたい。まさか真帆と竹中くんの間があそこまで拗れるとは、想像もしてなかったから。




[28975] 第13話
Name: 天王寺屋◆58e19a3a ID:658aa880
Date: 2011/12/24 16:51
 それから3日程経って、練習試合からちょうど10日目。智花ちゃんからおにーちゃんをコーチに連れ戻す事に成功したと女バスの皆にメールで報告された。

 私は報告されるまでもなく、知ってるけどね。というか、その場にいたもん。雨の中で『フリースローを50本連続で決める』なんて無茶な真似をする友達を、終わり次第バスタオルで包んでお風呂に連行するために。

 最後のシュートを放つ少し前に雨があがって、ほんの少しだけお日様の光が差し込んだ神秘的な光景の中、智花ちゃんから放たれたボールはキレイな放物線を描いて、ゴールへと吸い込まれていった。

 そんなこんなで、私がしてた臨時コーチもめでたくお役御免で、おにーちゃんにコーチを引き継いだ。念のために日々書き溜めておいた練習メニューとか、4人の上達状況とかを書いてたノートも一緒に渡したから、何かの役に立ててくれたらなぁと思う。

 練習再開は明日からなんだけど、一応私も顔を出す予定になってる。実は真帆達に頼まれたからなんだけど、あの子達もちょっとだけ間を空けておにーちゃんに会うのが、恥ずかしいみたい。

 なので今日は久々にチームの方に顔を出したんだけど、先輩達にめちゃくちゃ構われた。もう鬱陶しいって思うくらい、お菓子食べさせられたり、代わる代わる話し掛けられたり。好かれてるのは嬉しいけど、私は練習に来たんだってば。軽く抗議すると皆練習に参加してくれたけど、練習終わってからも次々に先輩に捕まって、帰るのが遅くなっちゃった。

 家に帰ると先に帰ってたおにーちゃんに『遅くなるなら連絡しろ』って怒られた。でも、心配してくれるっていうのはすごく嬉しいなって思う。

 そして翌日、起きて学校に行く準備をしてからリビングに下りると、昨日と同じ様に智花ちゃんがいた。あれ、昨日で挑戦は終わったはずなのに。

「おねーちゃん、すじこ! すじこもっとないの?」

「ダメよー、美星ちゃん。辛いものばっかり食べちゃ……あら、おはよう星ちゃん」

 美星おねーちゃんもこれまでと同じ様に、智花ちゃんを学校に送るためにうちに来て、朝ごはんをもぐもぐ食べてた。まぁ、美星おねーちゃんの場合は多分智花ちゃんを送るのがついでで、ご飯を食べに来るのが主目的なんだろうけど。

 でも、最近は智花ちゃんと一緒に学校まで送ってもらってるので、あんまり下手な事は言わない方がいいかも。ヘソを曲げて置いていかれるとか、朝の貴重な時間を減らされたくないしね。

 七夕さんにおはよう、と返事を返して、自分の席に座る。すると智花ちゃんがすかさず、私のご飯を運んできてくれた。もう嫁入り前の準備は万端って感じで、ちょっと面白い。

「おはよう、星ちゃん」

「おはよ、智花ちゃん。ご飯、ありがとうね」

「ううん、全然。むしろ朝から押しかけてるのは、私の方だから」

 ちょっと照れた様に言う智花ちゃん。確かに押しかけ女房みたいになってるのは事実だけど、七夕さんも私も、もちろん昴おにーちゃんも智花ちゃんを歓迎してるし、いいんじゃないかな。

 そんな事を考えていると、ちょうどロードワークを終えたおにーちゃんがリビングに入ってきた。元気良く挨拶した智花ちゃんを見て、大きく目を見開いてびっくり顔。つまり、智花ちゃんの挑戦が終わっても、続けてここに来たらいいよと許可を出したのは、七夕さんか美星おねーちゃんという事になる。

 七夕さんは来るもの拒まずオールオッケーな人だから、わざわざそんなの口に出すまでもないし、ということは美星おねーちゃんかな。

 その推理は正しかった様で、おにーちゃんに「今日も来たの?」と問われた智花ちゃんが、救いを求める様に美星おねーちゃんを見てた。智花ちゃんがショックを受けるのもわかるけど、基本おにーちゃんは天然さんなのだ。思った事をつい口に出す習性なので、その言葉に深い意味はないんだから、そんなにわたわたしなくていいのに。

 でもまだ付き合いも短いし仕方ないよね、その辺りは不肖の妹である私がフォローしましょう。もちろん、葵おねーちゃんの応援もするけど、今のままじゃ付き合いの長さで葵おねーちゃんが有利だもんね。ちょっとくらい智花ちゃんのお手伝いをしてもいいでしょう。

 そんな事を考えながら朝ごはんを食べ終わる頃には、おにーちゃんが智花ちゃんに「毎日来てくれていいよ、練習も付き合って」と殺し文句を告げていた……ふーんだ、最近じゃ私を朝練に誘ってもくれないのに。

 傍から見てたらイチャコラしてるおにーちゃん達を放っておいて、歯磨きを洗顔、髪を梳いて出かける準備完了。リビングに戻ると、ちょうど美星おねーちゃんがそろそろ出かけ様かと提案するところだった。

 そのまま車に相乗りして、慧心へと向かう。すると、後部座席で隣り合わせで座った智花ちゃんが、もじもじと問いかけてきた。

「あの、星ちゃん。紗季から連絡きた? その……今日の、昴さんのお出迎えの」

「うん、来たけど。でも、私は参加しないってきっぱり言ったよ? 何が悲しくて、おにーちゃんの前でスク水エプロンなんてしなきゃいけないの」

「ええっ、それズルイよ! うぅ、私も断ればよかった」

 ガクン、と首を折って落胆を示す智花ちゃんに、「今度からは断りなね」と友人として忠告する。というか、隣のクラスの委員長の感性はちょっとおかしいと思う。なんでコーチのお出迎えにスクール水着着て、さらにフリフリエプロンをつけなきゃいけないのか。

 運転席で大爆笑してる美星おねーちゃんはさておき、紗季や真帆を始めとした慧心女バスのメンバーもおにーちゃんに会うのが嬉しいんだろうなぁと、嬉しいやら寂しいやら複雑な気持ちになる。嬉しいのはおにーちゃんが皆に好かれている事や、コーチとして信頼してもらってる事。寂しいのは多分、おにーちゃんをとられたみたいな、子供っぽい感傷なんだろうなぁ。

 でも私は(気持ちは)大人だし、そろそろ兄離れをするべきなのかなぁとも思う。昔は一番近くて私の面倒を見てくれていた昴おにーちゃんだけど、最近は一緒にお風呂も入ってくれないし。べ、別に私が入りたい訳じゃないけどね! ただ、おにーちゃんに髪の毛を洗ってもらうと、すごく気持ちがいいというだけで。

 急にそわそわしたり、赤くなったりする私を、智花ちゃんが不思議そうに見る。いかんいかん、平常心を大切に。

 美星おねーちゃんに、スク水エプロンに慌てるおにーちゃんの写真を撮って来いという厳命を受けたり、それに慌てる智花ちゃんを宥めたりしながら、今日も賑やかな登校時間を過ごしたのでしたとさ。



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