2011年12月23日03時00分
東京電力が来年度、32年ぶりに本格的に電気料金を値上げする。4月に企業向けを値上げし、家庭向けも来年の早い時期に国へ値上げを申請する。原発事故後の赤字体質を解消し、経営難を乗り切るねらいだが、経済や国民生活を直撃するだけに風当たりは強い。
企業向けは2割弱程度の値上げを検討している模様だ。企業向けの料金は自由化されているので、国の認可が要らない。福島第一原発の事故以降、火力発電の燃料費が年8千億円程度増えており、東電は値上げで対応したい考えだ。
「値上げは事業者の義務であり、権利でもある」
東京電力の西沢俊夫社長は、22日午前の記者会見で強調し、想定された企業向けだけでなく、国の認可が必要な家庭向けにまで言及した。背景には、政府による東電の「実質国有化」へ向けた動きがある。
東電関係者によると、東電としては、国有化を避けるため、雪だるま式に赤字が積み上がる収支構造を、値上げによって改善したいところ。しかし、家庭向けの値上げは、政府内に慎重な意見が根強い。政府内の値上げ議論が本格化する前に方針を明言し、「先手を打った」という。
この東電の動きに対し、枝野幸男経済産業相は、22日午後の記者会見で「徹底的な経営合理化の後に、値上げは議論に上る。申請は事業者の判断だが、認可は私の判断だ」と牽制(けんせい)した。
経産省は11月から、家庭向けの電気料金算定のもとになる原価(費用)を見直している。来年2月ごろに結論を出す予定なだけに、省内では「議論のさなかなのにフライング」(幹部)との声が上がる。
家庭向けの値上げ幅は、最大10%程度といわれる。世論の反発は避けられず、東電が思い描くようにはいかない情勢だ。
■企業「節電しかない」
工場で電気を大量に使うメーカーは、東電が企業向けに2割程度の値上げをすると困る筆頭格だ。
「受け入れざるを得ない」。自動車大手幹部は、あきらめ顔だ。工場では大型プレスや塗装などでたくさん電気を使う。東電から新規の電気事業者に乗り換えようにも、「量を調達できず、現実的ではない」。当面は節電を続けるが、将来はガス式のエアコンや、ガスを燃料にした熱電併給(コージェネレーション)システムの導入など「ガスへのシフトを検討する」。
建設鋼材大手の東京製鉄。東電管内の宇都宮工場(宇都宮市)は、東北の震災復興を担う生産拠点だ。いまは電気代が安い平日夜と休日だけ電炉を動かしているが、「夜間も値上げになったら厳しい」。
非製造業も戸惑う。流通各社は今夏以降、これまでより2割程度を節電したが、値上げでほぼ帳消し。イオンは全店舗のLED照明化を急ぎ、さらに節電する考えだが、業界からは「生鮮を扱うので限界がある」(日本チェーンストア協会)と不満も漏れる。
東京メトロは「お客さまの負担増にならないよう努めたい」と、運賃は上げず、節電などで吸収する構えだ。通信業界も通信料金への転嫁は難しく、「まずは節電で対応するしかない」(KDDI)。
ローソンの新浪剛史社長は「唐突だし、もっと丁寧に説明すべきだ」と憤る。大和総研の熊谷亮丸チーフエコノミストは、東電の値上げは国内総生産(GDP)を0.3%押し下げると試算。「産業空洞化が進む」とみている。
ただ、「電力離れ」を商機と考える企業もある。富士通の山本正已社長は「省電力化の動きはビジネスチャンス。もっと技術を追求したい」と話す。
■追随「ゼロではない」
電力業界には、横並びの体質がある。電力各社とも、原発が止まり、火力の燃料費が増えている状況は同じ。9月の中間連結決算では東北、中部、九州の3社が赤字に転落した。東電の値上げに追随するのか。
東日本大震災で被災した東北電力は「復興にマイナスの影響を与えかねず、現時点では可能な限り避けたい」(広報担当)。四国電力の千葉昭社長も「燃料費高騰は一時的」とみて値上げを否定する。
北陸電力は「値上げすれば、再稼働をあきらめたとも取られかねない」(関係者)という姿勢だが、再稼働への見通しは立たない。
中部電力の浜岡原子力発電所(静岡県)に対しては、近隣自治体の議会が「浜岡の永久停止」を決議した。原発停止が長引きかねないなか、水野明久社長は「値上げをしないように最大限努力するが、(値上げの可能性は)絶対ゼロとは言っていない」と話す。
一方、東電の値上げは、ほかの電気事業者にとって東電の顧客を奪うチャンスだ。電力の小売り自由化で、家庭や町工場などの規制部門以外は、ほかの電力会社からも電気を買えるようになった。販売競争になれば、電力の地域独占体制は崩れかねない。
だが、原発停止で全国的に電気は足りず、「平時なら検討するが、現時点では電力に余力がない」(北陸電力)、「商品がない状態」(関西電力)と競争する気配はない。
新規参入の電気事業者も「今の契約先への販売で手いっぱい。新たな要望に応じられる余力はほとんどない」と打ち明ける。