北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記の死亡は、08年以来途絶える日朝公式対話再開の契機となり得るか。
「日本の独自制裁はわが国経済にボディーブローのように効いている」(北朝鮮の経済関係者)。慢性化する経済難からの脱却には日本の制裁解除が必要--北朝鮮側の一致した考えだ。民主党政権が発足した09年以来、北朝鮮は政治家や民間人のルートで繰り返し接触を図ってきた。
「拉致問題に関与したよど号ハイジャック犯を帰国させる」など、自国が考える「拉致問題を進展させられる提案」をちらつかせながら対話を求めてきた。
7月には北朝鮮の宋日昊(ソンイルホ)朝日国交正常化交渉担当大使が中井洽(ひろし)元拉致問題担当相らと中国で極秘接触した。10月下旬には超党派の国交正常化推進議員連盟会長の衛藤征士郎衆院副議長らが訪朝計画を進めていたが、民主党は所属議員の訪朝を認めないと決めた。
この間、北朝鮮では対話再開への期待が高まっていた。朝鮮労働党創建記念日(10月10日)の直前、咸鏡南道咸興(ハムギョンナムドハムフン)で朝鮮人民軍幹部を集めた特別講演会が開かれ、「(北)朝鮮と日本との間に関係改善の兆しが見える」と報告された。同時期、軍板門店代表部の幹部が軍傘下の外貨調達機関の担当者に同様の説明をしたのだ。
日本側は動かなかった。そのわけを外務省幹部が説明する。
「北朝鮮が本気で関係改善を望むなら、拉致被害者を帰国させればよい。それもしないで『まず対話』だ。勘違いしている」
政府で拉致問題を統括するのが拉致問題担当相。だが2年余りの民主党政権で中井氏から現職の山岡賢次氏まで既に5人目だ。中井氏は巨額の公費を使って金賢姫(キムヒョンヒ)元死刑囚らを招いたが、拉致問題進展にはつながらなかった。
一方、実務を担う拉致問題対策本部事務局は水面下で情報収集を活発化させる。
09年に北朝鮮の情報機関が統廃合されて以後、拉致被害者の情報を持っていそうな関係者と接触しやすくなったという。「相手は既に現場を離れているので口が軽くなった」そうだ。時折、横田めぐみさんら被害者に関する雑多な情報がもたらされるのは、こういった背景があるようだ。
金総書記から金正恩(キムジョンウン)氏へ。金王朝の対日政策に変化はあるか。22日付朝鮮労働党機関紙、労働新聞は「金正日同志の遺訓を守る」と明記した。「拉致問題は既に完全に解決された」と突っぱねてきた場面が当面、繰り返される。
金総書記死亡を受けて21日開かれた拉致議連会合で、被害者家族会代表の飯塚繁雄さんが訴えた。
「交渉相手がいなくなった。この問題のこう着が長く続いた、そのあげくの結果だ。情報収集をしっかりやり、それに基づく戦略・戦術を考え、この機を逃さないでほしい」
被害者家族の訴えは切実だ。【丹東(中国遼寧省)米村耕一、政治部・吉永康朗】
毎日新聞 2011年12月23日 東京朝刊