“難波(なにわ)の風雲児”がいよいよ本丸へ--。19日、先のダブル選挙で大阪府知事から大阪市長への転身に成功した橋下徹氏(42)が大阪市役所に初登庁した。かつて市職員を「税金をむさぼり食うシロアリ」と呼んだことさえある人物を迎え、戦々恐々の市役所を歩いた。【中澤雄大】
「5、4、3、2、1!」。14日夕。大きな掛け声とともに、水都・大阪らしく整備された市役所脇の中之島公園周辺とメーンストリート・御堂筋が、まばゆい光に包まれた。府と市が主催する恒例の光の祭典だ。市役所正面の外壁もピンクや紫などにライトアップされたが、「合同点灯式」の会場に、選挙で敗れたあるじの姿はなかった。
一方、あいさつに駆けつけたのが、橋下氏とタッグを組み初当選した地域政党「大阪維新の会」幹事長の松井一郎新知事(47)。「府と市が一緒になってどうだこうだと言われていますけど、この事業はもう早くから合同でやっています」と笑いを誘った。
選挙で「大阪都構想」を掲げ「市役所をぶっ壊す!」と激しくボルテージを上げた橋下氏は、現職で再選を目指した平松邦夫氏に20万票以上の大差で完勝した。ところが、である。「僕の考えている民意とは違う」。選挙戦翌日、テレビ局記者に感想を聞かれた市職員が堂々とこう反論する姿が、お茶の間に流れた。
これに対し橋下氏は「民意を無視する職員は去ってもらう」と激怒。就任前のヒアリングで、市総務局に「職員の考えている民意とは何か。政治と行政の役割を踏まえた組織マネジメントを考えるように」と指示。くだんの職員も特定し、弁明書を出させた。
市に寄せられた声も「選挙結果に従うべきだ」「市職員の態度が悪い」などが多く、橋下氏に追い風となった。
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大阪市の歴代市長は助役経験者(民放アナウンサー出身の平松氏を除く)が続き、市当局と労働組合、議会与党会派が一体で支えた。今回、こうした「なれ合い」ともいえる構図が初めて崩れた。
「官民格差の是正」が全国的に叫ばれる中、職員の厚遇ぶりや「カラ残業」「ヤミ手当」「公金使いこみ」などの不祥事を覚えている市民の視線は冷たい。橋下氏に1票を投じたというタクシー運転手(58)が言っていた。「この間、市OBを名乗る人を乗せたら『職員の不祥事を数え切れないほど知っとる。本を2、3冊書けるぐらいや』と言うてましたわ。橋下さんぐらいじゃないと、役所の体質は変わらんのと違いますか」
市当局も「反省」を繰り返してきたはずだが、11月中に懲戒処分された職員は18人に上る。平松市政時代に施行された職員倫理条例も役に立たなかった。中でも清掃業務などにあたる技能職員の不祥事が相次ぎ、10月には覚せい剤取締法違反容疑で、今月には別の職員が殺人未遂容疑で逮捕された。
この異常事態に、橋下氏は「普通の組織としての採用プロセスとは、ちょっと信じられないような採用があったと思う」と述べ、全技能職員の採用実態を調査し、結果いかんでは再試験を実施する考えだ。さらに、9月市議会で否決された職員の分限や懲戒処分の基準を強化する「職員基本条例案」を、今度は市長提案として市議会に提出する構え。着々とガバメント(統治)強化に向け手を打つ。
少なくとも表面的には、こうした矢継ぎ早の“攻勢”を市職員は淡々と受け入れているようだ。ただ橋下氏は「市職員は優秀な人は優秀。幹部の皆さんは僕が知事として何をしてきたのか、見事に把握している」と評価しつつ、「それが本当に動くのか、サボタージュになるのかを見ていかないと」と慎重だ。
給与体系も例外ではない。年の瀬押し迫る28日に施政方針演説を行い、自らも給与の3割、退職金5割を削減する条例案も提案する方針で、組合側も対応に苦慮する。
「家内から『お父さん、組合活動をやってて大丈夫?』と言われましたわ。まさかクビにはようせんと思いますけどね」。職員計約3万8000人の約7割が加入する連合系の市労組連合会(市労連。7単組で構成)のある幹部は苦笑する。かつて「厚遇」で知られた人件費は各種手当の廃止と職員数削減などで11年連続して減少。ラスパイレス指数(給与水準)は19政令市中16番目の99・3だ。
市労連の中村義男委員長が悩ましげに語る。「不安がる組合員には『おとなしくしとけ』と言うてます。手当は削れるところは随分削っているし、『高すぎる』と指摘される市営バス運転手の給与にしても、退職者不補充に伴う高齢化と超過勤務によるもの。ただ我々は市民の命や幸福などのために働いているんで、何が何でも反対するわけやない。府庁のように組合を敵に見立てて、メディアで報じられたら大変だし、対策を考えなアカンと思うてます」
一方、全労連系の市役所労組は、橋下氏と対決してきた大阪府関係職員労組と情報交換を密にして「傾向と対策」を学ぼうとしている。
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「急進的」な橋下改革を懸念する声は根強い。
橋下氏が代表を務める維新の会は府議会、市議会で教育行政への政治関与などを強化する教育基本条例制定を目指すが、「百ます計算」の実践で知られる陰山英男・立命館大教授ら府教育委員5人全員が猛反発している。陰山氏は「橋下氏の教育改革で府教委職員、学校現場の意識も変わり、学力も上がってきたところに条例問題が浮上した。あの条例案では教育は良くならないし、現場も動揺している。二人三脚でやってきたことが否定された感じだ」と言う。
では、大阪の文化風土に通じる人はどう見ているのか。元吉本興業常務の木村政雄氏は、こう評する。「カエルは熱湯に入れると跳び出すが、徐々に温めるとゆで上がるでしょ。改革はドラスチックにやるしかないですよ。選挙中、有権者は韓流スターを応援するように橋下さんを支持した。今まで役人はぬるま湯につかっていたし、このままでは大阪はジリ貧になるとの危機感もあって、ちょっと危なっかしいけど、彼ならやってくれると任せたのでは。最初は『怖い人』というマイナスイメージでも、職員もそのうち褒められたりとか、少しのことでプラスイメージになる。橋下さんはうまい」
市議会では、維新の会は過半数を占めていないが、市議会の大内啓治議長も「もう職員皆、腹決めてますよ、協力するしかないと。給料カットも大阪府職員並みにやる」と見通す。
橋下氏は「改革プロジェクトチーム」をつくり、来年6月をめどに改革案をまとめる方針だ。この大勝負、緒戦は新市長優勢に見えるが、まだまだ目が離せない。
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毎日新聞 2011年12月19日 東京夕刊