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冷たい目
あたしは自分の目が冷たいって思ってる。
でも。
彼の目も負けず劣らずに冷たいと思う。



幼さの残るその目に、冷たさが宿る。
何がそんな目にさせたのかあたしには分からない。



今日もまたこうしてあたしの隣に彼はいる。
あたしと同じ匂いをつけて。




「ジュンコさんってキレイだよね」
突如そう言った彼に驚いた。
何を言い出すのかと思って驚いた。



「なによ、いきなり」
あたしはヨシキの顔から視線を逸らした。
そんなあたしにふっと笑って見せた彼は、年下には見えなかった。




「ほんとだよ」



彼はそう言うと、あたしの髪に触れてきた。
男にそうやって髪を触られたりすることがなかったから、どうしたらいいのか困ってしまった。



あたし、絶対、顔真っ赤だ。




そう確信出来る程だった。



「俺、初めてだよ」
そう言ったヨシキに視線を戻すと、ニコッと笑った彼がそこにあった。
でもすぐにその顔が変わったのを見逃さなかった。




冷たい、目をしていた。



その目を見た時、不覚にもちょっと怖いと感じてしまった。
でもその目はほんの一瞬で、すぐに元のあのヤンチャな目に戻っていた。



「なにが初めてなの」
あたしはそう聞くと、煙草を咥えて空を見上げた。
「女をキレイって思ったの」
「なに言ってるの」
「ほんとだって」
隣に座るヨシキもあたしと同じように煙草を咥えてる。



あたしと同じマルボロの匂い。



まだ幼い顔をしたコが、数ヶ月前までランドセルを背負ってたコが、こうして隣に座って授業をサボり煙草を吸ってる。
それがまた可笑しい光景。
髪を金色にしたこのコは、あたしにとって癒しのような安らぎを与えてくれた。



そんなコなのに、どうしてあんな目をしているのか不思議でならなかった。





「ヨシキはさー…」
あたしは疑問に思ったことを口にしてみた。
「どうしてここに来るの?」
そう。
この空間はあたしだけのものだった。


「んー…なんでろうな」
少し考えた後にそう答えたヨシキは、やっぱり子供っぽさが抜け切れてない。
その顔から、小学校の時はやんちゃでみんなと一緒に思いっきり野球やサッカーをやっていたコなんだろうなって思った。




「あたしとここにいるより、同じ年のコと遊んだ方が楽しいんじゃないの?」
「あー…」
また考えるように唸って、ヨシキはこっちを見た。
「俺、もうそういうのやめたんだ」
「なんで?」
「ガキじゃねーんだ。そう言うことしたって楽しくねーし」
「じゃ、部活は?うちの学校、部活は絶対だよ」
うちの学校は部活は絶対に入らなきゃいけない学校。
でも名前だけのコは結構いる。
現にあたしだって、陸上部に所属しているけど練習には出ていない。
名前のだけの陸上部。


「あ。俺、一応サッカー部」
思い出したかのように言うヨシキは、「面倒くさい」と言いたげだった。
「サッカー部なの?」
「うん。行ってねーけど」
「へぇ」
「ジュンコさんだって、行ってないでしょ。部活」
「まぁね」
なんで陸上部にしたかって。
そりゃ、足だけは自信があったから。
でも、いつの間にか走ることはイヤになってしまった。


走っても褒めてくれる人はいないから。
ヨシキもあたしと同じような理由で行っていないのかなって思った。


ヨシキが冷たい目をしているのは誰の所為かって考えなくても分かった。
ヨシキの家はこの街で一番の病院。
その医院長を父親はしている。


ヨシキと姉と弟が何か問題を起すと金で解決しようとするらしい。
無駄にお金がある家だら、冷めた家庭なのかもしれない。


だから、こんな冷たい目をしているのかもしれないとあたしは思った。





教室に戻ると、クラスメートたちの痛い視線を浴びる。
それを完全にムシして自分の机に座る。
一応は授業に出てやろうと思う時がある。
でも勉強なんかしたくないっていう気持ちがどこかにあるから、全く授業内容は聞いていない。



この時間は数学の授業だった。
数学は数字を見ているだけで眠くなる。



あたしは基本、文系だから。





「……こら!そこ!」
と、あたしの頭を叩く先生。
寝るなって言いたいらしい。
でもほっといて欲しいと思う。



普段、寝てないんだから学校にいる時間くらい寝かせてよと思う。
でもそんなことは通用しなくて、起されて教科書を見る。
教科書を覗いてもあたしにはさっぱり分からなかった。



“冷たい目をしている”




そう言われることはよくある。
だけど、冷たい目をしている人に会うことはないって思ってた。
ヨシキはあたしが会った初めての“冷たい目”をしたコだった。


だから、最初はあたしと同じだって思った。
でも、あたしと同じじゃない。



それは分かってる。




あたしはあたし。
彼は彼。




“同じ”じゃない。




あたしの歪みはあたしだけのもので、彼の歪みも彼だけのもの。
誰も分かってはくれない。



分かろうともしてはくれない。




そんなことをボーと授業中考えていた。
答えなんかは出ない、あたしの中にある問題。
それを誰が解いてくれる???




あたしはこれから先、何を見ていけばいいのか分からないんだ。
どうしていけばいいのか分からないんだ。




常に付き纏う、自殺願望。




“ここ”にはあたしの“居場所”はもうないって何度も言ってる。
そんなあたしにヨシキは屈託のない笑顔を向けてくる。
その笑顔があたしの心に問いかけてる。



“もっと知りたい…”って。



彼を知りたい。
彼の冷たい目の理由を知りたい。



そう思うようになっていたんだ。






放課後。
昇降口を出て、学校を出て行く。
グラウンドを見てはため息を吐く。
そこには陸上部が練習をしていた。
3年生は夏までだから、あまりいない。
あたしの後輩たちが一生懸命に走ってる。
その姿を羨ましいなんてことは思わなくなってる。



走ることは、あたしにとって生きているって意味を実感する術だった。
でも今は違う。
生きているって意味が分からなくなってるから。



学校から自宅まで歩いている途中で、携帯が音をたてて鳴った。
画面には“木下大樹”と記されている。
木下大樹はあたしの1コ上の先輩。
去年、うちの学校を卒業して行った先輩。
あたしの処女を奪った相手だ。



「はい」
あたしは電話に出るといつもの低い声が聞こえた。
『今夜、9時。倉庫にまで来い』
それだけ言うとガチャッと電話を切られた。

あたしは最早反論はしない。
その電話が入るとあたしは大樹に抱かれるってこと。
別に付き合ってるわけじゃないけど、いつからかそうなった。


初めての時はどうだったかなんて覚えてるわけない。
あたしにはそんなもん、必要ないし。





大樹は“黒龍”のナンバー1。
つい最近、バイクの免許を取ったヤツは高校にも行かずにフラフラしている。
高校にはまだ籍はあるらしいが辞めると言ってる。



夜、8時に家を出る。
家を出る時、母親は男とヤってた。


今日は仕事は休みらしい。
母親の部屋からは母親と男の官能的な声が洩れていた。
わざと聞かせているんじゃないかってくらい、大声で喘いでいた。


その声にウンザリしてため息を吐く。
そしてあたしはこれからこの母親と同じことをヤリに倉庫にまで行くのかと思うと更にウンザリした。




タクシーを使って、黒龍の溜まり場近くまで行く。
そこまで行って後は歩いて倉庫まで行く。
倉庫に行くまで黒龍系列が溜まり場にしているバーやクラブが立ち並ぶ。
そして廃港の入り口に差し掛かると見た顔が揃っていた。


これから“走り”に行くんだろう。
あたしはその中を通って倉庫に近付く。
そしてその中心にいる男を睨んだ。




「遅ぇ……」
不機嫌丸出しのこの男が、大樹。
あたしを性的処理の道具に使ってる男。
大樹があたしを車に押し込むと運転手に「行け」と告げた。
車が走り出すと、バイクに跨ってる面々もエンジンを蒸かし走り出した。



大樹は走りの後に必ずあたしを抱く。
でもその行為はあたしは好きじゃない。
乱暴に抱かれるその行為が好きじゃない。


今も車の後部座席で大樹は偉そうに座り、右手であたしの太腿に触ってきている。


あたしが何の反応がないのがムカツクらしく、その右手がエスカレートして来てスカートの中にまで入って来る。
目の前には運転手の男がいる。
その男はこんなことをされてるあたしに見向きもしないでただ車を走らせていた。


大樹の手はあたしの密部へと滑らせて来た。
閉じていた足を無理矢理開かせてその中へ指を入れて来る。

こういうことも、慣れてしまって何も言わない。
声を出すこともしない。

だから、大樹は逆に面白がってあたしを車の中で犯す。
後部座席にあたしを押し倒し、あたしの服を捲り上げる。
まるでレイプでもされてるようなその状況。
それでもあたしは何も言わないし、声を上げることもしない。



車の揺れと大樹の身体の揺れ。
その揺れがあたしの身体に伝わる。
あたしの中に大樹のモノが入ってきてもあたしは何も言わない。
声を上げることなく、大樹があたしの中に欲望を吐き出す。


この行為はいつものこと。
だから気にしない。
あたしはこの行為を好きじゃないってことは、大樹は知ってる。
知っててあたしを抱く。



人はなぜセックスをするんだろう。



この時に必ず思う。
あたしはこの行為の意味が分からない。



いつの間にか車は倉庫へ戻って来ていた。
バイクは囮となってあちこちに散らばったらしく、倉庫には誰も戻って来ていない。


車から降ろされたあたしは大樹に引っ張られて倉庫の中へ入る。
倉庫の中は、大樹たち幹部しか入れない部屋がある。


あたしはそこには入ったことはないが、その隣の大樹だけが使ってる部屋に入れられる。


その部屋はベッドがポツンと置かれている。
この部屋は暴走が終わった大樹があたしを抱く場所。
もしかしたらこの部屋には他の女も連れ込んでいるのかもしれない。



ベットに叩きつけられるように押し倒されたあたしは、大樹の顔を見た。
実際、大樹の顔を見ているのか見ていないのか分からないけど大樹の顔を見ていた。
その時の目がとても冷たいと自分でも思っていた。



そして、大樹の目も冷たかった。



冷たい……というより、怖かった。






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