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白い恐怖
 今日はニセ女子高生のナオミちゃんと山へドライブだ。ニセ女子高生は、にせルーズソックスを履く。にせルーズソックスはルーズソックスのにせものである。だから、本物の女子高生と間違えることはまずない。
 ナオミちゃんは髪を金色に染め、顔といい体といい真っ黒に日焼けしているが、織田信長と豊臣秀吉と徳川家康を足して三で割ったような男性がタイプという、どこにでもいる十六歳。意外と家庭的な面ももちあわせている。
 そして僕はニセ女子高生ハンターのジョウジ。二十歳のときからはじめて、この五年間で何百人ものニセ女子高生を餌食にしてきた。今日も新たな獲物のナオミちゃんを最終段階にまで連れ込むべく、新車でドライブという名目でおびきだしたのだ。
 新車は国民的大ブームになっている取っ手カーだ。この車はルーフに取っ手がついている。だから、持ち運びが可能だ。今までの常識では考えられないことである。「取っ手がついて、とっても便利。片手でラクラク、取っ手カー」という歴史的名文句で売り出され、またたくまに市場を席巻した。持ち運んで帰ることができるので、飲酒運転が激減したらしい。
 そんな取っ手カーの助手席に今、ナオミちゃんがいる。ナオミちゃんはニセ女子高生らしく、とても退屈そうだ。その証拠に、にせルーズソックスもずり下がっている。ニクイほどのニセ女子高生ぶりだ。僕は思わず心の中で太鼓を叩き、雄叫びをあげた。こうなったら、なんとしてでも、ナオミちゃんを最終段階にまで連れ込まなくては気がすまない。
「ナオミちゃん、今日は楽しもうね。もふふ」
 僕はそういってアクセルを強く踏み込んだ。

 山頂についた。休日でもこの山を訪れる人は少ない。閑散とした山頂の広場に取っ手カーをとめ、広場の中ほどにある芝生にござを敷き、ナオミちゃん手製の弁当を食べることにした(ナオミちゃんが意外と家庭的な証拠だ)。
 僕は弁当のふたをあけて喜びの声をあげた。
「わあ。イタリア風スパゲティだ」
「そう。ジョウジの大好物」
「イタリアン・スパゲティとは全然ちがう料理。別名を中華風スパゲティ」
「多国籍料理ね」
「チャイニーズ・スパゲティともちがうしね」
「でも、お弁当の中身がスパゲティだけって、失敗だったかな。あったかくないし」
「そんなことないよ。冷製スパゲティと思えばいい」
「そうね。大好物なら冷えててもおいしいもんね」
「そういうことさ」

「はぁ〜、おなかいっぱいになっちゃった」
 と、ふたくちしか食べなかったナオミちゃんがいった。
「そうだね。とってもおいしかったよ。嘘だけど」
「本当? 嘘でも嬉しいわ」
 僕たちは心の底から笑った。しかし、このとき、僕たちの幸福をかき乱すひとつの黒い影(いや、白い影というべきか)が近づきつつあったのだった。

「ジョウジ、見て。あそこにホワイト犬が――」
「え。なんだって!?」
 僕がふりむくと、二十メートル離れた茂みの中から鋭い目つきをした一匹の白い犬がこちらをにらみすえていた。僕は思わず声をあげた。
「ひぃ、色が白くて、怖い」
「あれはホワイト犬――特徴は色が白いこと」
「そのままだ」
「別名を黒い魔犬というのよ」
「色が変わってるじゃないか!」
「見かけは白いけど、実質的には黒いの」
「わけがわからないよ」
 そのときだった。ホワイト犬は茂みの横に駐車してあった僕の取っ手カーに近づき、うしろ足で蹴り始めたのだ。
「ホワイト・キックだわ」
「なんだってー!?」
 ホワイト犬は恐るべき勢いでホワイト・キックとやらを繰り出している。取っ手カーのフロントドアはどんどんへこんでいく。
「やめるんだーっ!」
 僕の魂の叫びに、ホワイト犬のうしろ足はその殺人的な、いや、殺車的な動きを止めた。ホワイト犬は僕を見た。目には殺意がこもっていた。
 ホワイト犬はくるりと向きを変えると、今度は前足で取っ手カーのフロントドアを叩きはじめた。
「ホワイト・パンチだわ」
「なんだってー!?」
 ホワイト・パンチの威力の前に取っ手カーのフロントドアはみるみるへこんでいく。このままでは取っ手カーがだいなしだ。
 僕は意を決して、ホワイト犬に踊り懸かった。
「ジョウジ、だめ!」
「え!?」
 しかし、時すでに遅し。ホワイト犬は機敏にもうしろ足で大地を蹴り、空中で一回転するというスタンドプレーを見せて、僕の攻撃をかわした。
「む、これは!?」
「移し替えの術よ!!」
「なんだってー!」
「移し替えの術とは、あの有名な移し替えの原理を応用した技――ホワイト犬が空中で見せた一回転は意味のないスタンドプレーのように見えるけど、それに気をとられているあいだにホワイト犬は移し替えの原理をはたらかせたのよ」
「移し替えの原理?」
「移し替えの原理とは、何かをあるものから他のものに移し替えるときにはたらく原理――たとえば、カレーを鍋からタッパーに移し替えるとき、煮豆を箸でひとつひとつ別の皿に移し替えるときにさりげなくはたらくという、中学の理科の授業で最初に習うあの原理よ」
「そんなの習ったかな」
「私立だったからね、わたし」
「なるほど」
 この恐るべき「移し替えの術」によって、僕とホワイト犬の位置は巧妙にすり替えられてしまった。つまり、もといた僕の場所に今ホワイト犬がいる。その横にはニセ女子高生のナオミちゃんが! このままでは別の意味でナオミちゃんが最終段階にまで追いつめられてしまう。ナオミちゃんを最終段階にまで連れ込むのはこの僕だーーーーーっ!
 と、気勢をあげたものの、ホワイト犬はすでに意味ありげな白い顔つきでナオミちゃんの周りを円を描いてまわりはじめている。
「これはホワイト・フェイスよ!」
「なんだってー!?」
「ホワイト・フェイス――それはホワイト犬の恐るべき必殺技。白く、ぶきみな顔で、取り囲んだものすべてを色白に変え、そのまま死に至らしめてしまうという忌々しくも禍々しい顔……」
「なんでそんなに詳しいんだ」
「小学生のとき、ホワイト犬の飼育係だったの……。そんなことより、早く助けて!」
「よし、わかった!」
 と、男らしく叫んだものの、ここは逃げ出すチャンスだ。僕が犠牲になり、ナオミちゃんを逃がすこともできなくはない。しかし、それではかえってナオミちゃんがかわいそうだ。「わたしのためにあの人を死なせてしまった!」そんな悔恨の思いを一生抱えさせたくない。ナオミちゃんとしても自分が犠牲になったほうがましだと思うはずだ。自分だけ助かったという悲しみは僕が背負う。これが真の優しさというものだ。
 僕は即決し、すぐさま取っ手カーに乗り込もうとした。
「ジョウジ、逃げる気?」
「ちがうんだ――。僕が助かるほうが、のちのち、ナオミちゃんのためなんだ」
「どういうこと?」
「くわしく説明しているひまはないけど、僕が逃げるのは、ナオミちゃんのことを思ってのことなんだ」
「やっぱり逃げるのね。そんなことをいってるうちに、ほらもう、わたしの足が膝まで白くなってるわ」
「ごめんよ。悲しみは僕が背負うよ」
「わけのわからないこといわないでよ!」
 ホワイト犬はまだナオミちゃんの周りをゆっくりと周回している。ホワイト犬の描く円はだんだんと小さくなっていく。円が最小になったときがナオミちゃんの最終段階、つまり最期だ。
 ナオミちゃんを助けたいという嘘いつわりのない気持ちを泣く泣くおさえ、僕はこれ以上ない素早さでへこんだフロントドアをあけた。
 そのときである。取っ手カーのうしろのほうで、「くぅ〜ん」というかすかな鳴声がした。うしろに回りこんでみたが、なにもいない。そのときまた「くぅ〜ん」という声が聞こえてきた。僕はおそるおそる車の下をのぞきこんだ。
 暗闇のなかにほの白く発光するふたつの物体――。
 僕は恐怖で顔面が真っ白になった。そのふたつの物体とは、紛れもなく二匹のリトル・ホワイト犬だったのだ――。
 なぜこんなところにいるのか。目を凝らして見ると、二匹のリトル・ホワイト犬はどちらも、しっぽがタイヤに巻きこまれている。そのせいで逃げ出すことができないのだ。親ホワイト犬が見せたホワイト・キックやホワイト・パンチは、リトル・ホワイト犬を助け出そうとする必死の試みであったわけだ。
 そうとわかれば話は早い。僕は取っ手カーの取っ手の部分をもって、らくらく取っ手カーを移動させた。取っ手カーってなんて便利なんだろう。タイヤが溝にはまっても、簡単にもちあげることができるぞ。
 解放された二匹のリトル・ホワイト犬は一目散に親ホワイト犬(おそらく母親であろう)のもとに駆け出した。母ホワイト犬もホワイトフェイスの術を解き、うれしそうにリトル・ホワイト犬に駆け寄る。なんとも微笑ましい光景だ。さっきまでの、あの恐ろしい形相がうそのようだ。
 ナオミちゃんも助かった。幸い色の白さは太ももまでしか進行していない。僕は元気な声でナオミちゃんに声をかけた。
「ナオミちゃん、よかったね」
 いきなり往復ビンタが飛んできた。
「ひとりで逃げようとしてんじゃねーよ」
「さっきまではおしとやかだったのに……」
「どうすんだよ。この白さはもとにもどらねーんだぞ」
「ルーズソックスの白が映えないね」
「のんきなこといってんじゃねぇよ! 死ね」
 そういって、ナオミちゃんはひとり山道を駆けていっていってしまった。歩いて家まで帰るには三十時間はかかるのだが。
 しかし、これでよかったのだ、と僕は思った。僕が白くなっていたらナオミちゃんはもっと苦しむことになろう。罪の意識は僕が背負う。
 さて、気を取り直して、新たなるニセ女子高生のターゲットを探さなくては。がんばるぞ。
 ホワイト犬の親子は、沈みゆく夕陽に向かって遠吠えを奏でていた。
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