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  大根と王妃① 作者:大雪
第四章 大根を求めて
第18話 色
 ぶんぶんと激しく頭を振る果竪に、ようやく書類を書き終えた明燐は訝しげに見る。
 一体何をしているのか、あの子は。
 まさかまた大根を想像して悶えているのかもしれない。
「って、こんな場所で……」
 ここは街道よりも人目がありすぎる。今だって、観光客の団体がごっそりと来ているのだ。
 明燐は一刻も早く果竪を人目につかない場所へと連れて行くべく、手続きを急ぐ。
 と、そこに背後から聞こえてくる言葉に思わず耳を傾けた。
「あの子の髪見てよ」
「え? 黒?!」
「いや、完全な黒じゃないな。少し青みがかってる」
「ってか、この炎水界では唯でさえ濃い色の髪は珍しいのに、黒だなんて……」
 ハッと振り返れば、観光客達の視線がいつの間にか自分から果竪へと移っている。
 彼らは、果竪の髪の色を見ながらひそひそと話をしていた。
「明燐様」
「すっかり忘れていたわ――あの子の髪のことを」
 果竪が自ら青系と称し、どこにでもある色だと言うその髪の色。
 けれど、それが実はこの炎水界ではとんでもなく珍しく人目につきやすい色だという事を。
「組合長」
「分かりました」
 先に手続きを終えた組合長が、観光客達の間をすり抜け果竪の元へと歩み寄っていく。
 それを見ながら、明燐は溜息をついた。
「ここが王都であればまだ良かったんですけれどね」
 この炎水界では、圧倒的に青系と赤系の髪と瞳を持つ者が多くい。
 例外はたった一分。
 けれど、凪国の王都には他の国や領地と比べてその例外が多い事もあり、ここまで注目はされない。
 しかし、こういう田舎に来れば来るほど例外は殆ど居なくなり、注目度はグッと高まる。
(だというのに、面倒なことに果竪は自分の色を珍しいと認めていないから余計にややこしくなるのですわ)
 ――私の髪の色はちょっと青が濃すぎるだけだもの。
 そんなレベルですまされる話ではない。
 というか、たとえ青が濃いだけだとしても、それはそれで珍しい色として認識されるのは代わりのない事なのだ。
 そもそも炎水界では、青系赤系、濃淡関係なく鮮やかで明るい色が多い。
 逆にいえば、くすんだ暗い色は少なく、珍しい色、青系赤系問わずとも一割もいるかどうかだ。
 因みに、珍しい色でも鮮やかで明るい色が多かった。
 果竪の髪の色は、一見すれば濃く暗い青の髪に見える。
 それだけで、珍しい色に確実にひっかかるだろう。
 しかし、本当の色は青みがかった黒だった。
 くすんだ暗い色の頂点に立つ黒――たとえ青みがかっていたとしても、黒の色を持つ果竪の髪は非常に珍しいと言えよう。
 それこそ、白髮紅瞳の王に並ぶほどの珍しさだ。
 いつもはヴェールを被らせているゆえに、一部の者達しか知らないが、公にすればきっと大騒ぎになるのは目に見えている。
 唯一救いなのは、色で差別が行われないことだった。
 寧ろ、凪国に関してだけ言えば、珍しい色のものが多い事もあり、羨望の眼差しで見られても侮蔑の眼差しを向けられる事は殆どないと言ってもいい。
 が、だからこそ果竪は自分の髪の色を誤解し、珍しいと思わなくなってしまったのだ。
 だが、果竪ほど色の暗い青を持つ髪の持ち主は凪国を含めた周辺国には見あたらず、明燐も出会った事がない。
 数多の国々を訪れてきた経験を持つ外交官達も、果竪と同等の色の暗さと濃さを持つ髪の持ち主を見た経験は皆無である。
 珍しいものと言うものは一度見れば中々忘れるものではない。
 それこそ、その珍しさから噂になる事は必死である。
 特に、それが珍しければ珍しいほど、人の記憶に残る。
 中には、好奇心を抱き近づく者も居るかもしれない。
 下手をすれば、そこから果竪の正体に行き着かれる恐れもあった。
 だから、瑠夏州の屋敷に来てからは、基本的に果竪を外に出す時には髪を染めさせるか帽子を被らせていた。
 なのに、今回はそれをしている暇がなかった。
 というか、完全に忘れていた。
「明燐様、今戻りました」
 組合長が果竪を連れて戻って来る。
 またポカリと果竪の頭を叩いた。
「また殴ったぁ!」
「いいから、髪を染めますわよ」
「えぇ?! 何でぇぇ?!」
「何でもですわ!」
 小声で果竪を叱ると、明燐は果竪を連れて受付の係員に詰め所に入れてくれるように頼む。
 幸にも、染め粉は持ってきている。後は水を借りれば済む。
「全くもう!」
「けど、わしは果竪様の本来の色は好きですぞ」
「好きとかそういう問題ではありませんわ」
「それは申し訳ない」
「まあ……果竪の色が好きだと言って下さるのは嬉しいですが」
「それは光栄。ああ、勿論明燐様の色もわしは好きですがな」
「はい?」
「今もそうですが、外出の度に染めてしまうなどもったいなさ過ぎると思っております」
 組合長は本来の色が失われた明燐の髪に溜息をつく。
 あの鮮やかで濃い、見事なまでの朱色の髪――黄金を一滴垂らした様な輝く夕焼けの朱そのものの艶やかな髪は今、淡い水色へと変わっていた。
 風に靡き、流れるように背中をうねる清廉な泉を思わせる色からは、もとがあの見事な朱色だとは想像もつかない。
 明燐は外出時――屋敷から出て街など人目に付く場所に行く時には、いつも髪を染める。
 まあ、明燐の色も濃淡でいえば珍しい濃い色という事で、人目に付きやすい。
 それを考えれば、染めるのは当然の事だと言えよう。
 でなくとも、明燐はそのままでも非常に美しく、白百合のように清楚ながらも可憐にして華麗、誰もが見惚れる美貌を持っている。
 その上、髪も見事な濃い朱色となれば、より多くの者達を虜にしてしまうだろう。
 一度目にすれば決して忘れる事の出来ない、絶景の夕焼けを思わせる朱。
 それを炎水界では比較的多い淡い水色へと染め上げてしまうのが本当に残念だった。
「もったいないですなぁ」
 ため息をつく組合長に、明燐は苦笑した。
 ふと昔の果竪の言葉が重なる。
『夕焼けの綺麗な色。染めるなんてもったいない』
 それまで、血の様な色と揶揄される事も多かった自分の色を、明燐は初めて好ましいと思った。
 限られたものだけが知る、大切な秘密。
 ぽっと心に灯りが灯った。
 そこに、受付の係員がようやく傘を三本持って出て来る。
「すいません、他の方にも傘を渡していまして」
「いえ、ありがとうございます」
 明燐がお礼を言うと、係員は飛び上がらんばかりに喜んだ。
 相変わらず降る雨。
 だが、雨脚が少し弱まったような気がする。
「さて、行きましょう」
「うん」
 力強く頷く果竪に、明燐は微笑み――
「ちょっと待て」
「はぅっ!」
 ガッと頭を掴まれる。
 ってか、ちょっと待て。
 その傘は一体何なんだ。
「どうして貰った時は透明のビニール傘に大根が沢山現れているんですか!!」
「く、くれるって言ったから私のサインを描いただけだもん!」
 傘に白と緑のペンで見事に書かれた大根。
 一体いつの間にか書いたのか。
 相変わらず果竪の大根への愛は凄まじかった。
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